2012年05月24日

こゝろに良い

 生野区のコリアンタウンから夙川のお屋敷エリアへの移動がどうも時間が掛かり、どうかすると2時間ほども掛かってしまう。2時間ブレイクがあるから、よーし・夙川or苦楽園でメシ・コーヒーで予習・と目論みながら、いつもイカリ・スーパーでおにぎり・なんてことになってしまう。

 昨日は、試験前で、タイムテーブル・詰め詰めで、ブレイクは「1時間」。高速使わなこれ・無理ね、と思ってた。で法円坂から乗る。900円だって・ナメてる。神戸3号線をしかし、ぶっとばすわけだが、で・武庫川で降りて北上し山手幹線まで出る。しかし山幹・意外と混んでるのだ。1分押しで到着。疲れるなあ。

 この2週間ほど試験weeksで休みなしの日が続いた。ま・しかし、そのスウィングの幅が、行って帰って・が遠ければ遠いほどまあ戻る楽しみもあるというものだ。

 訃報が続く。ロビン・ギブ。BEE GEESだが、おれたちのちょっと下の世代なら「ナイト・フィーヴァー」だろう。でもおれには、「マサチューセッツ」や「ホリデイ」だなあ。恥ずかしながら「小さな恋のメロディ」なんちって。ナイト・フィーヴァーはトラボルタを発掘したのが良かったけど。「フィーバーしよーぜ」なんちって、その頃から日本人の「本格バカ化」は始まったんだね。

 ハラから声出すのは「ダサい」。なんか、中学生の頃に覚えた歌詞って忘れないのね。1967年。

 なんか流れで。静謐・清潔な音楽・とでも言おうか。アメリカを感じないよね。

 バカにしてた・んだけど、おれがバカだったんですね。美しい。


 この頃のイギリスの音楽って「なんでもある」。ついでに。
 
 キング・クリムゾンの「コンフュージョン ウィル ビー マイ エピタフ」をザ・ピーナッツや西城秀樹がカヴァーしてたりする。バックの演奏もかなりの「コピー度」だったりする。ギターの方とか「燃えた」でしょうねえ。シンバルの方とかも・別の意味で。

 この頃のブリティッシュ・ミュージックって「雨に濡れたエジンバラの芝のように深い」よね。いや・深い。これアメリカン・ミュージックの持ち得ないところで、ザ・バンドなんかもこの深さを表現したいと考えたんだろうと思う・アメリカで。

 おれも好きなバンドたくさんある。ペンタングル、ジェスロ・タルとか。イアン・アンダーソンね。

 コドモたちを見てて「かわいそう」なのは、感覚の瑞々しい時期に今は「ゴミ音楽」しかないことだ。うんこの匂いで最初にハートをコーティングされた彼らはノスタルジーを感じる時はいつでもウンコの匂いへと引き戻されることになる。そんな悲惨なことでいいのだろうか。おれは、20年後、日本人の自殺率はさらに高まっていると予想する。広い意味の「教育」って大事ね。
 
posted by 浪速のCAETANO at 12:57| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月22日

星屑野郎

 昨日は学校だったし、今マイナー人数ながら中間テストで、今週いっぱいばたばた。なんかさあ、実働って短いのだけど、準備とかそこまで行くとかそれに時間取られてるからまあまあ拘束されてるな。誰がしてるかと言うと自分以外には見当たらなくって・なんだけど。

 今年はまたtutorにも行き始めたが、それがなかなか一般的な子たちでなく、良いのだ。

 今・二人見てるけど、どちらもTV見ない。だから、いわゆる「しょーもない」話題がなく・する必要もなく、そこは快適である。そんな子たちもいるのだな・と思って、そして実際に目の当たりにすると「ほー」である。

 俗のうんこまみれじゃない・ってこんなに気使わずに済むんだ・と再確認する。自分の能力以上に自分を大きく見せようなんて・そんな意図がなくなかなか二人とも清々しい。まあ・今の歳だからだろうか。そうかも。

 ただ、将来自分の自信となるかもしれないことをそんなに大きくない声で言うところがおれは気に入っている。声の大きいやつというのは苦手である。根拠がないからだ。まあ「子犬のきゃんきゃん」の一種だが、一般的に言うなら「神経に障る」。

 今、高一が生物やら化学やらをやりだして、細胞の中身や酵素、元素記号なんてのが今回の試験のテーマなのだけど、例えば元素(原子)の話。

 おそらくみなさんの中にも、その性質があまりに異なることから、いろんな原子・例えば水素と炭素と酸素と鉄と金とウラン・これらの物質が、それを構成する要素も「異なる」と思っている方もいるのでは・とおれは思っている。だって、水素は軽いし、炭素はすべての生物の元だし、酸素は必需品だし、鉄は硬いし、金は値上がりしてるし、ウランはヤバい。

 その「質」の違いは実はまたまた「量」の違いに過ぎないことをなかなかピンと来ない・そんな気がしている。

 すごく雑に言うなら、それらの元素を構成するものは「陽子と中性子と電子」にすぎず、その違いはそれらの中でも「陽子と電子」をいくつ持ってるかにすぎない。

 ちょっと学のある方なら「あったりまえぢゃん」で終わっていただいていいんだけど。

 陽子と電子を一個ずつ持ってるのが水素・六個なら炭素・八個で酸素・鉄で26個・金は79個・ウランになると92個。ふーん・で? ならばそれで終わっていただいていいんだけど。

 では、それらの100ちょっとある元素は最初からあったんだろうか?

 最初ってのが曖昧なら、所謂「BIG BANG」の物質と時間と次元が生まれたその時に・というと少し現実的になる。

 最初はもっと小さい単位だったですね。クオークとか光子(notみつこbutこうし)とかね。正確に言うなら、そこでは元素はないですね。そのも少し後かな。ちょっとBANGが「落ち着いて」一息ついた頃。

 「陽子と電子」のセットを一組持つ「H」と二組持つ「He(ヘリウム)」と三組持つ「Li(リチウム)」こんだけしかなかったわけです。じゃあ・なんでその大きいというか重いと言うかそんな元素ができたのか?ってことになる。

 超新星ってわかりますか? 「SUPER NOVA」ですね。太陽のおよそ10倍以上の質量を持つ星がその生命の終わりにやっちゃう現象なのだけども、まあ大爆発よね。その際にはげしい原子同士の衝突で原子核が合体し、そこで大きな原子が誕生すると言われている。超新星爆発を・その放射する光をスペクトラム分析すると、「炎色反応」だと思うけど、特定の元素の過剰が色により判断できる。で、「お・この超新星爆発にはナトリウムが」なんてことがわかるんですね。

 で・あるタイプの超新星爆発に於いて「C(炭素)」がたくさん含まれることがわかった。それは一回カルくBANGしといて、数年後にあらためてBANGという形を取ると「C(炭素)」が大量にできることが賢く勤勉な宇宙物理学者のみなさんの研究でわかった。これ、すべての「生命の源」ですからね。

 みなさん「星屑野郎」だよね。おれたちは「星屑である」と誇りを持って言える・そんな感じ。

 その組み合わせで出来ている。その中でもあるものはいい元素であるものは致命的。これが、不思議よね。

 始発の電車と通勤ラッシュの満員電車は「別人」ってことだから。終電の「げろ」が散りばめられた車内もまた「別人」。ま・エントロピーはひどく高いと思いますが。

 ただ、乗ってて「気持ちいい車内」と「居心地の悪い車内」があることから、元素にもたんなる「量的な差」だけでいろんなやつがいる・ってのは納得する話よね。

 日蝕の話は早くも「Gone bihind」で、今日はスカイツリー一色である。みなさんを浮かれさしといてー、「消費税」と「原発最稼働」を表と裏で同時に決定へ・という図が垣間見える。まあ、昨日はぐっすり・というか、前日毎度の午前様だったから、酔っぱらったまま寝ていた。別に見なくていいんだもんねー。

 我が市長の発言が「1-3ヶ月の臨時稼働でもイんぢゃね」に変わりつつあるのってみなさん気づいてましたか?

 あのさ、まず試しにげろまみれの終電で一生過ごしていただきたい・と思う。再稼働賛成のみなさまにはね。

 AT LAST I AM FREE.

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:34| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月21日

日蝕は見なかった・寝てました。

 平安時代以来と言う「金環日蝕」見事に見逃した。

 まあ、みなさん・あまりにも「そこだけ」騒いでいるから、そんなの・あんまり、という気にもなる。金環日蝕自体に罪はないが。一億人全員で「ダー」に、やっぱり馴染めないだけなのだ。ごめんね、性格悪くって。

 松本清張は、卑弥呼は日蝕により殺された・と推理している。248年のことである。卑弥呼の生涯には日蝕が二度あり、ということはその同時代人もおそらく二度の日蝕を経験し、語り継がれていたはずの「天空の暗黒化」が、「また」起こった、ことが卑弥呼=日巫女の致命傷となった・そんな推理である。

 「卑弥呼、以て死す」という一文の・その言い回しが、そのような「非業の死」を表現することが多い。だからといって箸墓古墳のヤマトトトヒモモソヒメ=卑弥呼とは思わないんですが、巻向遺跡の成立がいろんな発見により、どんどん遡っていくことから、邪馬台国と巻向の時代がぴったり合ってきつつあるのも事実。

 その霊力のようなものの衰え、それを決定的にしたのが248年の日蝕であって、日の巫女が、日=太陽をコントロールできないのは、だめだこりゃ・ということにもなる。あり得る。

 卑弥呼の死については、その「以て死す」という言い回しからさまざまな推理がなされている。老衰・または病死ではないのでは、というのが主流になってきている。まあ・その方がおもしろいからね。

 こんな説もある。卑弥呼は台与(とよ)に殺された。台与とは「二人目の卑弥呼(日巫女?)」とされる宗女と言われる女子のことであるが、日本書紀の著者は「魏志倭人伝」を知っていて、神功皇后をあたかも台与であるかのごとくの書き方をしてる。応神の母だが、ただ、意図的?に時代を200年ほどズラしている。河内にあるでっかい古墳の主であるが、この時代もよくわからない。ただ、応神王朝は征服王朝だろう。from 九州? おそらく。

 それよりも前の時代。神武=崇神なるヒトが巻向に入った頃、おそらく巻向をつくった・あるいは、そのきっかけを作ったヒトがアマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤヒノミコト。

 天照国照彦・・・・・・・・・・であるから、この人が「真の太陽神」であるのだが、「おばちゃん」にその座を譲ることになった。おばちゃんは伊勢の内宮の方。女子が太陽神? いや、大陰唇やろ・なんて好きよ。しばかれそうですが。いや、顕微鏡で見る「卵子の周りに精子がたかる」、あるいは、めしべのまわりをヤリたそうなおしべが囲む、なんて現実からはそうも言えんことないと思うのだけど、ほんとのとこはよくわからんが、太陽神は「陽物」の所持者・がやっぱ正論なのでは。

 金環日蝕は1080年が前回と言うから上皇になる前の白河が天皇の時世である。今の「平清盛」の・ん十年前ということになる。白河が院政を始めるちょっと前、日蝕を見た白河が「影に隠れ・治天の君」となることを閃いた・のだったらちょっとおもしろいな・と思うのだ。

 実際に見てはいない日蝕のことを考えてたら、生徒来る・でした。
posted by 浪速のCAETANO at 17:48| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月19日

初夏のつれづれに

 貧乏ヒマなし。
 
 そんな感じ。

 しかし、本日は土曜日。またまた来週いっぱい休めはしないが、それでも、なんか別に、といった感じ。感じ感じと、まあ日本人的な感じ・ではある。曖昧な日本人。

 しかし、原発は今は稼働していない。ここ、曖昧なところではなく。しかし、みなさん「お金」に弱い。おれも弱いが、ないもんはしょうがないからなあ。そこはないなりに生きる。電気がないとしても、ないなりに生きる。それでよいのでは。暑い暑いといいつつ、一日が終わり、冷や奴でビール・もよかろう・なんて。

 夏がもうすぐやってくる。本日なんて、濃厚にそんな予感がする一日だが、夏は暑く冬は寒い我が家ながらもまあ覚悟は出来ている。ドリンク剤も大量に買っておく。VITAMIN B COMPLEXとパントテン酸と豆腐で生きる夏である。

 先日、神戸まで行くことがあって、時間が少しあったので駅地下のイカリでバルサミコやヴィネガーを物色するついでにお惣菜を手に取り出したら止まらなくなり、イカリスーパーの袋・かなり重かったが、その日の晩メシはかなりの充実を見た。白一本空けてしまったくらい。久しぶりに「ろくろ豆腐」も。

 夏のおれの風物詩は「豆腐と半パン」だな。そしてたまにイタリアン・蕎麦。うん・まちがいない。そんなもんで充分。そんな時期が確実に近づいて来てる。確実に食欲は落ち・したがって体重も落ちる。春・秋は短くなっているが、夏・冬はほんとにわかりやすい/すぎる。日本で「竜巻」だからね。おどろく。空の上も荒れている。地上は大荒れだけれど。

 「平清盛」不評らしいけれど、おれはまあ面白く見ている。後白河が即位し、これからかな。今・「童」が気になっていて、平家物語の、「禿髪」と書いて「ハゲカミ」ではなく「かぶろ」と読みますが、1179年の軍事クーデターにより権力を掌握した清盛が京都に放った15歳くらいの「コドモ」300人の「紅衛兵」のような集団のことなのだけど、そんなことも盛り込まれてるかな・どーかな、なんて期待してる。

 童子の姿・って旧くは「聖徳太子」の肖像画に始まって、かつてはコドモや老人は「異界」に近い場にいるという意味で、パワーを持つとされたわけよ。

 古代日本に於いて、神・とは「正しい」ものではなく、気分によっていいことも悪いこともするわけで、その悪いことをする方面は平安期にはもう「鬼」と呼ばれていたはずだけど、まあ清盛自身鬼の要素満載の人物ではあるけど、松山くんがどんな凄みのある清盛の晩年を演じるか・はカルく楽しみにはしてます。

 明日は保元の乱だったよね。強引に進んでるとこもあるが。

 白河院・鳥羽院てのは、おそらく一番「治天の君」として「らしい」人々で、しかしその頃は摂関家のパワーも落ちていた時代で、そこに武士の付け入る隙もあった。天皇を誰が「傀儡」とするか・が、日本の政治の歴史とも言ってもいいのだけど、クソ藤原のその後が清盛だったというわけで、しかも、貴種ながら武士だから、これが下克上の始まりみたいなことでもあり、まあダイナミズムに溢れてるわけですよね。

 ダイナミズムと言えば「常磐御前」だけどね。あ・生徒がきてしまったので、ではまた。と髭スタイル。

 

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:25| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月17日

灰は灰へ

 沖縄があらたに「日本」になって40年。

 労働力や観光やアイドルやその他の供給地となって、ワカモノたちにはある種憧れなのかなんかよーわからんが、特別な地となっているのかもしれないが、それは90年代からの「線引き」による再編成の賜物だと思う。その線引きは、本質は何も変化させず、思いっきり表面を他の色で塗り尽くした・というもので、それ以降に思春期を送った人間はみんなその影響を受けている。いわゆる「J化」というものだけど。

 それは「最低」である。おれはそう思ってる。

 戦争が終わって67年。沖縄が日本になるまで27年掛かり、その沖縄を資本に本格的に組み込む手法を編み出すまで20年掛かり、そこからは早かった。

 日本に戻り・という言い方にはやや引っかかるのだが、進める。沖縄は「日米同盟」ふるくは「日米安全保障条約」の前衛基地だ。島・街自体がまさにそうだもんね。

 バカ首相は、沖縄で「日米同盟を深化」させる・なんて言うのだが、それは、沖縄はこのままでよろしくね・そこんとこ、と言い替えられる。なんか、おかしいね。鳩山ちゃんの失敗以来、政治の場面では事態はすごーく後戻りしてしまった。何かを言うことが「憚られる」そんなことである。

 憚らなくていい・と思う。もう、言いたいこと全部言えばいいのに・とも思う。タブーというものは、ものすごく内向きの妄想の集合体でもある。外からの目線には「なんてことない」ことも多々ある。

 このままの状態で「戦争=紛争」が起これば、沖縄は地勢学的に「戦場」となる。それも、そこんとこ・よろしく、ってことだ。「日米同盟を深化」させるとは。

 ただ、絶対にアメリカはその紛争に「手は汚さない」。高みの見物をするはずである。手や土地を汚されるのは「沖縄」だろう。そして日本人はまたもや致命的な過ちを犯した民族・となる。あ〜あ・だ。
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 ひとつ、興味深い状況があって、それはギリシアなのだが、再選挙が決まって、急進左派連合が第一党になるのが確実視されている。ツィプラスくん。

 ギリシアの状況は、将来の「みんなの」状況・と言っていい。政府は「自己破産」しかし、何千万の国民はいる。資本のブラックホールに「国家」が吸い込まれる・そんな喩えが正しいかどーか。ただ、国家はそうなっても「ひとびと」はそこにいる。

 日本のメディアはギリシアの人々を「ラテン系でなまけもの」とよく言うが、「勤勉」といわれた日本だって今やこの「ていたらく」である。そういう気質の問題に新自由主義の致命的欠陥をすりかえるのはヤメろ・と言いたいわけである。人間として生まれたんだから「ホモ・ルーデンス」でいいのよ。「遊びをせむとや 生まれけむ」でどこが悪い。おれたちはマシーンではないのだ。わかっとるか。誰にゆってんだろ・おれ。

 オランドも難しい舵取りを要求されるが、「累進課税」でお金持ちからごっそり取ることは公約している。

 それでいいのでは。

 ギリシアをEUから追い出すことは「EUの存在意義」を根底から覆すことになるから、そう簡単には行かない。イタリアをスペインをポルトガルをアイルランドを(好きな国ばかりだなと苦笑するが)追い出すことにもなる。そうなればEUはEUではない。ヨーロッパ人の知恵が試される。注視したい。
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 大飯原発再稼働に向けて、経産省と関電がメディアを使って、ほぼ毎日のサブリミナルをやっている。大阪市の橋下くんや古賀ちやんなどが、そこを追求していて、そこは今んとこよし・だが。

 ただ、そのサブリミナルは「小沢くん」のイメージ悪化の手法とまるで同じ。だから、それは「わかりやすく・ばれやすいが・しかし効果あり」ということになっているのだろう。すごく頭のいい人まで小沢くんは「憎し」というから結構びっくりしたなあ・もう・と言い続けて何年? って感じ。もしかして「絵踏み」ですか? その業界で小銭稼ぎ続けるための。そんな気がしてる。日本社会の「闇」は意外と深かったりする。「B層でも一票は一票」正論だ・それ。

 で・あるなら、ギリシアの、オランドよりもさらに左の政権ともEUはなんとかうまくやってかなきゃならん。

 いや・ほんとに「ヨーロッパの知恵」を見たい。


 灰は灰へ
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 11:18| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

こってり・成仏を。行けなくてすまん。

 gmailのアカウントをなぜか2つ持っているのだが、その一つはiPhoneで見られるようにしているのだが、もう一つの方は「発信用」にしていて、しばらく開けていなかった。

 悪い・というのは聞いていたのだが、その彼が「4.26」に亡くなっていた・ということを今・そのメールを開けて知った。不覚だった。そっちの方は受信はない・なんて思い込んでいた。そこから発信しているのだからその返事があるはずなのだ。

 FANDANGO時代のライヴァル・バンドのVo.だった。最後に会ったのは、kingちゃんのバンドのライヴだったかなあ。

 まあ正味の身近・とは言えないが、全盛期のファンダンゴで切磋琢磨した仲だった。

 先輩だけでなく、同輩もまた逝ってしまう。なんだか辛い時代になってきてる。
posted by 浪速のCAETANO at 22:03| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嗚呼・Donald

 Donald 'Duck' Dunnが突然・しかも東京で亡くなったりするものだから、驚く。

 職人ですよね。20世紀最高のベーシスト。オーティス、レヴォン・ヘルム、清志郎ともやってたね。

 最近、クルマでオーティスばかり聴いていた。「gotta gotta」のイメージ先行し過ぎのオーティスの歌は実は「狂おしいほどのラヴ」を歌った歌ばかりで、しかもしっかり制御されたその節回しは決して「声でかい」だけのヴォーカリストには歌えない・難易度の高い歌なのだった。

 みんな・ちゃんと聴いてみろ・と言いたい・声を大にして。

 しかも「かなり・切ない」

 バックの「MG's」の贅肉を削ぎ落とした演奏あってのオーティス・レディングのソウル・スピリット溢れるその歌が完成する。いや・奇跡だからね。しかし、奇跡とは、器材のtoo muchの充実とは関係ないのね。逆にtoo muchでは奇跡は起こらんのだ・と言いたい・これも声を大にして。

 しかし、ものすごく好きだったミュージシャンがぽろぽろ亡くなっていく時代を迎えてしまったのだな。15歳上の人たちに、そんな人たちが固まっていて、まだ70くらいは「若い」なんて思ってたが、ヤバいこともいっぱいやってるし、それと過度の興奮の連続と失意・なども考え合わせると、サラリーマンやってたおじさんたちとはやはりちょっとちがうよね。

 いや・しかし、歌のための「最高のベーシスト」Wish the God'll walk w/ you.ほんとに惜しいです。

 スティーヴ・クロッパーもがっくりきてるだろうなあ。ふたりの絡みも「黄金」だった。たくさんある、彼の参加アルバム・試験が終わると聴き返そう。

 自分のライヴの前後にそんなことを知って、空回りしない演奏に於けるガッツとは、と考えた。コムボでやる音楽は、他の演奏者への敬意から始まるなんていう「基本的なこと」をちゃんとやりたいと思うわけだった。おかげで、納得の行く演奏ができた。いつもそうありたいと思う。それが、ダック・ダンという・勝れた他者との演奏に精通する・勝れた音楽家から学んだことだった。

 「先輩たち」どんどん逝くなあ。

 なにげないことがすごくかっこいい。


 Steve Cropper, Donald Duck Dunn final US performance TIME IS TIGHT Marshall, TX


 Otis Redding shaking Monterey!  ところで、「すっぽんぽん'z」のめぐよ・キミは今・何を思う。
posted by 浪速のCAETANO at 12:26| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月11日

ほんとつまんねえ国/明日は大義あり

 司法官僚の粘着体質と罪深さを思う。そして、控訴・はあまりにも不毛だな。

 いろんなことが頭をよぎる。政治vs官僚は政治の側の完敗。ため息が出ますねぇ。

 なんだかこの国の支配を担当している人たちはおおよそ、ロングレンジでモノを見ることができないみたいである。ものすごくお勉強できたはずなのにね・キミら。「国益」なんて言葉をカルく使いながら、ほんとの「国益」って考えたことない・そんな洟垂れた「絵」が見えるよ。

 残念なことだ。そして残念な国だった。

 昔から、詰め込み勉強や「馬と人参」勉強してきたヒトは「ろくなことがない」ことの証明にもなるかも・と思ってる。かわいそう。

 
 さて、おれも「忘れていたが」明日は、「反原発ライヴ」でした。

 @杭瀬。山本太郎ちゃん姉主催です。ポール・ジャクソンも出ます。まあ、前回と同じような物言いで芸がないですね。今回はCVS COWBOYSで出ます。北村くん・ノビくん・北林さんと「音楽/演奏」を楽しみたいと思ってます。なんかね、最近、見に来てね・なんて感じじゃないのよね。自分が余裕もって演奏を楽しまない限り、聴いてるヒトも「別に」ではないのかな・と思う。

 そりゃ、一人ヴァージョンの時は曲によっちゃ、目・三角になるときもあるが、達者なメンツがいる時は、できるだけ「音楽/演奏」を楽しみたい。シンガーでもあるがプレイヤーでもあるのでね。

 そこには「おれがおれが」なんて気はほとんどないのね。ほんとに・ない。そして、その無私感がとっても気持ちがいい。その気持ち良さなら「見て/聴いて」いただきたい、と思う。

 まあ、今手許にフライヤーさえないから、なんの情報も発信できないんですが、阪神杭瀬駅の90+9だったかな・そんなカラオケボックスを改造したクラブです。山本美華さんの名前で検索してもおそらく出てくるのでは。まあ、ヒマな週末になんか気持ちを暴れさせたい・なんてヒトなら、是非どうぞ。

 ぼくらは今んとこ20:30からの予定です。今んとこ・ってのは小林くん曰く、美華さんは当日にならないと「よくわからん」らしいからだって。おれも、ハプニングは好きよ。

 
posted by 浪速のCAETANO at 22:54| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月09日

構造はワンパターン・当たり前か

 水曜日は「身動き取れない」のだが、午前中だけ時間がある。

 ゆっくりと朝食をとってコーヒーを飲み、新聞を読む。

 しかし、違和感があることが多い。

 小沢くん・フランス大統領選・ギリシア総選挙・原発最稼働の問題・大阪市長の家庭教育支援条例案・などだが、この国の新自由主義の存続ってことから考えるとその違和感は何かの確信へと繋がる気がする。

 ものすごく単純化して考えたい。

 小沢くんは新自由主義陣営にとっては一番コワい存在である。「国民の生活が第一」のあの民主党がそれによって政権を奪ったその政策は小沢主導の時のもの。その小沢を排除した後の現在の民主党政権がマニフェスト無視の政治をしているのだから、そこと小沢を絡めたり、建前上、小沢は民主党(まだ今日のところは党員でさえない)の内部じゃないかというつっかかりは当たらない。

 オランドが勝ったことをただただ経済の観点から「株価・為替」そんな観点からだけ、懸念してみせる日本のメディア。ギリシアの総選挙でも与党が敗北している。それは「リアルな今の」フランス・ギリシアの選択であるから尊重しないとね。それが民主主義ではないかな。おれたちが「橋下ぼけー」と言う言葉がお辞儀してフェイドアウト気味になるのも、彼が選ばれたその民主主義において瑕疵がないからだしね。要するに、フランス・ギリシアは「国民の生活が第一」を選んだということではないかな。フランスの累進課税のことを見てもそう思う。フランスにそしてギリシアにさえ「政治の健全」を見るけどね・おれ。そこを「ポピュリズム」という見当違いの批判はヤメた方がいいと思うよ・メディアのみなさん。あなたたちが担ごうとしている我々の市長がその権化でしょう。すぐにわかるよ。今、おもしろいのは、原発の再稼働の鍵をにぎるのが橋下くんである・ってことね。民主党はそこ・制度上なんにも関係のない大阪市長へとその判断を丸投げしてしまってる。市長もそこんとこ、口だけじゃなく態度はっきりさせろ・なんてことを中央が投げてきてる。ちょいと、切れがなくなってきてるもんね・市長の言葉。おもしろがってます・そこ。

 しかし、再稼働の世論調査はなぜやらんのだ/やったとしてなぜ発表しないの? 都合の悪いことはメディアは流さない。市長の「その件」に関してもそうである。TVで「おそらくNW9とか報道ステーションとか」で流さなければ、だ〜れも気づかない・その代わりにカルい小沢懸念を言葉尻にサブリミナルしとこーか・ってのが「戦法」ですね。

 あのさ、でもそれは、受け取る側が「こんなにもアホだから」ってことが最大の原因ではないですか?

 あと、あまりに忙しい。貧しい人もそうでないヒトも。たまたま、おれの周りには「ごっついヒマな・イマドキ珍しい」人々が多くて、勘狂ってるのかもしれないが、一般的にはみなさん・大変忙しく、それはとりもなおさず「小さな経済」のことだけ、つまりその人が・家族が喰っていけるかどうかだけに問題を矮小化させてるもんね。あとは阪神が勝ったかどーか・みたいな、それで一般的にはいっぱいいっぱいよ。

 そんな戦略がよく見える。でもどうすればいいんでしょう。TV見ない。コメンテーターの・・・です・のあとに「ていうのはうっそ」をつける。そんなことくらいしか浮かばない・おれの不毛だった。

 では、身動き取れない午後〜夜に向け、出動。

 おかまからおかまへ。学年一緒。

 
posted by 浪速のCAETANO at 11:00| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月08日

おれの「セカンド」instrument

 おれ、「ピアニキスト」なので、まあまあ高いHORNERというドイツのメーカーのピアニカ・使ってるのだけど、ちょっとピッチが狂ってきてて、こういうののメンテナンスって何処で誰が? なんて思うわけである。

 で、調べてみると、要はリードなのだけど、「交換」するのが良いのでは・ということになっている。で、修理中の繋ぎに、そんな時期にCVS COWBOYSのライヴがこの週末にあるからなー、と思って探してたら37音ではなかったが、32音の「ルックスグッド」の楽器を見つけた。ちょっと嬉しい。アホだろうか・おれ。

 かなり「ルックスグッド」。ピアニカのルックスグッドってえ・と思いますよね。思います・おれも。思ってました。

 ピアニカって小学生の楽器ですが、ま・おれも本格的な鍵盤弾きではないので、とは言うもののなんちゃってでもなく、まあ例によって「中途ぱんつなピアニキスト」とヒトに言われるなら、それに対して首を横に縦に振るにやぶさかではないです。

 まあ・ルックスグッドなピアニカを手に入れましたよ・というご報告(誰に?)でした。

 おそらくルックスだけがグッドなのだけど。

 ピアニカという楽器は、ニュアンスの楽器で、そんなばりばり弾くってものじゃない。いや、弾けるヒトは弾けばいい。良く似た楽器にアコーディオンがあるが、あれはばりばり弾いていただきたい。

 ピアニカになくてアコーディオンにあるもの、それは永遠の空気だった。蛇腹を「ひらいてとじて〜ひらいてとじて〜」もうなんぼでも音は出る。でもピアニカはおのれの肺活量以上の音は出ないわけよね。そんな限界のあるピアニカだけど、「コンドル2」や「観覧車」や「CVS COWBOYS」には欠かせない。

 オーガスタス・パブロというレゲエのピアニキストがいて、おれもちゃんと聴いたこともないくせに、その奏法みたいなことを本で読んで、こんな感じかな・と思いつつ、ほとんど練習もせず、今に至る・だが、ピアニカのいいところは口による微調整ができる。それが「ニュアンスの楽器」という意味だけど、音のフェイドイン・フェイドアウトが「自分で」できる。もちろんパワーはないけれど、パワー必要ありません。それと長い音に独特の空気感がある。その雰囲気勝負が自分に向いている。ギターはもう少し「饒舌」なのだけど、ピアニカは自分にとってはニール・ヤング師匠のギターのニュアンスを目指している。わかりにくかったですか/ですね。

 小学生のピアニカ・だが、それを「メロディカ」と言い替えると俄然、たとえばジャズ・コムボとだって共演できそうな勢いが出てくるから不思議だ。

 リヴァーブ・ディレイとの相性や良し。
posted by 浪速のCAETANO at 14:42| 大阪 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月07日

何かが少し変わってきたよん

 いやなことだらけ、厭な事故・厭な天気、GWでさえそんな呪われたかのような(昔で言えば祟られたかのような)出来事の中、少しGOOD NEWSも。

 1. 今日本は「非原発」の国である・ということだ。

 使い古された言葉で今や「牧歌的」な響きさえ含むが「省エネ」で乗り切ろうよ。「省エネ」はいい言葉だと思う。この四語省略はおれ・許せる。トレンドなどとは既に無縁になった「省エネ」・ええやんか。

 おれは、ご存知のように日本車はゴミ収集車の如し、が口癖&ポリシーなのだが、確かにトヨタやホンダや日産なんかは大嫌いなのだが「SUZUKI」と「DAIHATSU」には妙に可愛げを感じる。K-CARという言葉があるが、昔なんのこっちゃ・と思っていたら「軽」のことだった。

 ハイブリッドとか、そんなはったり言わずともリッター25km超・なんてのが、「すごい」「えらい」「しぶい」と三拍子揃うわけよね。これぞ「省エネ」。左ハンドル出してくれたら買ってもいい。

 2. オランド、フランス大統領選勝利。

 中道左派のオランドが大統領になるということは政策的に言うなら社民党の福島氏が大統領になるということよ。あんなおばはんええし、とか言うな。政策的にって言うとるやんか。

 ギリシアも新自由主義後退である。

 オランドの勝利にはそっち方面の裾野の広がりがあって、それは左翼党を率いるメランシォンの存在が大きい。おれはフランスの音楽は大好きでかつての「カルト ド セジュール」「レ ネグレス ヴェルト」にこゝろ震わせた人間だが、メランシォンもモロッコからの移民である。フランスで自由を求める若者は左翼を支持するわけだが、ここどこかの国とえっらい違いだが、このジャン・リュック・メランシォンがカリズマがあるのね。こんなことを叫ぶ。「人民を主役に!」「再びバスティーユをとれ!」やっぱ、かっこいいって大事ね。もちろん「脱原発」。フランスでそこ言うと値打ち・よね。

 新自由主義一色に対する「潮目の変化」をおれは感じてます。日本はちょっとアメリカ絡みとばか右翼絡みのできちゃった土壌ゆえ、影響が一番遅れそうだが、それでもそんな国の「存在」ってオルタナティヴとしては嬉しいことである。オルタナティヴが存在しないから、デッドエンドへとヒトは殺到するわけだし。

 3. 小沢くんの党員復帰手続き

 無罪判決の後、相も変わらないバッシングが特に「TV」で続いている。そして、相も変わらずそれは「効果的」である。世論調査によれば。しかし、TVのそれは最近「犬のきゃんきゃん」に聞こえてきた・おれにはだけど。

 先の話で言うならオルタナティヴは「小沢くん」である。というか小沢くんしかいないのだ。この二度目の集団狂気から集団自殺(仙谷くんが言った意味とは別)への流れは止めなければいけない。電力不足で「集団自殺」はないさ。それこそ「省エネ」が解決する。スズキやダイハツのようなことをすべての電気器具でやればいいのだ。省エネは経済をシュリンクさせる・なんておバカなことを言っちゃいけない。損するのは電力会社だけだ。余計いいぢゃん・そこ。「日本人」なら、それ・できるでしょう・きっと。

 ただ、幹事長の判断は勇み足。10日の「控訴断念」「無罪確定」待ってから、堂々と党員復帰が良い。

 中国のバブルもはじけ始めてる。その自覚が「留学生たち」にもあり、今日は難しい微積の合間にそんな話で「湧いた」。今年の子たちはほんとに「いい子たち」で、質も上がっていて、先生・嬉しい限りである。

 学校行き出すと、「カレーの市民・アルバ」が呼んでいる。

 アルバ・って何人? 東欧系か?

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 19:03| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月06日

HOW WAS YOUR HOLIDAYS?

 ふーん、スーパー・ムーンって言うの? ちーとも知らなかった・ぽてちん、である。

 昨日は明日香へ行っていて、石舞台古墳の隣のなだらかな芝生に置かれた石の上に座って沈む夕日を眺めていたのだが、そこで「入鹿が・・・蝦夷が・・・・皇極が・・・中大兄が・・・聖徳太子は・・・・善徳が実は・・・・鎌足は実は・・・馬子も・・・甘樫丘で・・・・雷には・・・・・推古って・・・・・サララちゃんはまことに・・・・・首皇子の・・・・・草壁がしかし・・・・で元明に・・・・・実は古事記は・・・・・
で、結局不比等だが・・・・・長屋王と・・・・多武峰では・・・・斉明の・・・・河内王権の・・・・宇佐八幡宮からの・・・・やまとととひももそひめのお●んこ・・・・あまてるくにてるひこあまのほあかりくしたま にぎはやひのみことが実は…・・アマテラスはだから・・・・・西(かわち)の飛鳥と東(やまと)の飛鳥・・・・・・で神話を・・・・・・雲太和二京三・・・大国主を・・・・・で日本紀を・・・・・・しかし藤原四兄弟は・・・・・欠史八代・・・・・・・神武・・・・・崇神・・・・・・応神・・・神功・・・・・ハツクニシラスノミコトと・・・・・・最低三度は・・・・・・だったのよ」

 と、言うような「飛鳥と古代のベーシック」をマシンガントークしていたわけだが、太陽が丘の向こうに沈んで空の色が変わっていき、暮れてきたちょうどその時、気配を感じて振り返ったら、「ばあー」みたいに、そいつはおりました。所謂スーパー・ムーン。ま・そのネーミングは置いといてー。

 あまりのタッチ交代・いいタイミング、そしてFINE WEATHER。まあ虫くんたちは容赦なくたかってきていたのだが、それでもまだ半袖は早いと思いつつも懲りずに半袖オトコのおれは、ちょいとひんやりだな・と思いつつもそんなに後悔もせず、おそらくまた懲りずに同じことをしでかすだろう・という予感の中、気配を感じて振り返れば「ほらー」みたいにそいつはおりました。

 楕円軌道の所謂近日点というわけで、15%ほどでかいのだ・なんてのは今知った。西の空には沈んだ太陽に代わって「宵の明星」も輝き出し、それも皿みたいな三日月なのが眼鏡かければはっきりわかり、明日香の夜は街灯も残業しているビルもなく、暗いから余計に夜空が存在感を増す。特にその中でも「お満月をお満喫」するのだけど、そうだなあ、なんだか大きく「見えた」ね、昨夜の月は。

 みなさん、よく知ってるね。小賢しくケータイいらってるっちゅーことだな、情報ね。でも「ヒトの噂も7.5日」ですから、「はい・次行ってみよー」になるくせに。

 明日香に行くといつも思うことは「現実感に欠ける」である。「夢」みたいな場だなあ・といつも思う。ほんとはマキャベリズムの嵐の中、ドロドロの時代だったのだが飛鳥時代は「あまりに遠い」。きれいに上塗りされているなあ・と思う。そんな中、遺跡を発掘するようなマインドで明日香を歩き回り、そのあまりに微かな残り香を嗅ごうと五官を総動員するのだが、それがなかなか。

 一回・お泊まりしてゆっくり、と思っている。そのうち。

 昨日は黄金週間終盤だったから、ヒトはまあまあ多く、飛鳥寺にもヒトが多く、飛鳥寺は「鐘」を鳴らしてよく、なんだかそこにヒトが次から次に殺到し、鐘つきにいそしむ・というかいそしみすぎるバカファミリーなんてのもいて、「つかにゃ損」とちゃうっちゅーねん・など思いながら眺めていたが、昨日の明日香には鐘の音が、「普段より多め」に鳴らしております〜・な状態でした。染之助染太郎なムードだった。やや・恥ずかしい現場。

 聖徳太子の存在は否定するものの「太子の湯」は全肯定で、風呂へと行くのだが、脱いでしまってさあ入ろうと思った時に「タオルがない」。うろうろしているおっちゃんに訊くと、「フロントで買ってきなさい」と言う。そーだった。すっぽんぽんで行くのも憚られるなあ。で、バッグを探すと、「おー・これこれ」ハンカチがあった。

 ブリコラージュ・ね。

 キミらはやな〜、30cmスクウェアのハンカチで入浴行為全般を「まかなった」ことがあるのか・おい!!

 たいへんやぞ〜・これがまた・いや・まぢで。

 帰りは下道でのんびり帰るのだけど、こんな連休でなきゃ「混んで混んで」大変なのである。久しぶりにゆったり運転する。バカがイキって抜いていくが気にしない。香芝〜柏原〜八尾と下道をオーティス、ガル、ソルダ・ルイを流しつつ、のんびり帰ってきた。夜に屋根開けるにはまだちーと早い。しかし、それももうすぐ・かな。

 連休中も普通に仕事はしていたのだが、何日かはやりたいこともできた。久しぶりのヤツとも話できたしね。仕事があっても世間が休みだと、こちらの気もピースフルになりますね。チャリもクルマも市街地走ってて快適でした。

 ところで「非原発の日々」スタートしましたね。今週の土曜、また山本太郎ちゃんのお姉さん主催「反原発イヴェント」で演奏します。今回はCVS COWBOYSで出演します。割といい時間をもらってるみたい。場所はあの・杭瀬です。

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:20| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月30日

MY HERO GOES ON

 バーナード・シャーキーの5作目の映画と言える。CSN&Y「DEJA VU」。GWの楽しみに取っておいたのだけど、見ようと思った。

 時は2006年。オバマ登場前のことである。イラクの泥沼化のピークで送られた兵士がどんどん死んでいく、そんな中でニールヤングを中心にCSN&Yが全国ツアーを開始する。そのドキュメントである。

 滑り出しは好調。北部から始めたからなのだ。丁度「LIVING W/ WAR」というダウンロードフリーのアルバムをニールはリリースして、おれも一週間ほどそれをPCから流しながら寝たことがあった。「LET'S IMPEACH THE PRESIDENT」という40年後のプロテスト・ソング(それもかなり直裁的な)が一部で話題になっていた。おれもこのブログで「全訳」を掲載したことがあった。

 対ヴェトナム、そして対イラクと戦争の相手は異なるが、泥沼化という意味では同じで、しかし、それに対して民衆が戦争反対で盛り上がっているかと言えば、日本同様というにはちょっと違うが、2001 Sept.11が原因とされるイラク戦争においてはブッシュ支持の人々がかなりいるのである。だから、そのツアーが南部に入ったら様子は一変する。

 南部、おれの憧れの南部は、実はその音楽の素晴らしさとは様子が異なり、非常に保守的である。キリスト教原理主義者も多い。社会の開かれ方とそこでの音楽のすばらしさとはおおざっぱに言うと「反比例」の関係にある・という持論があるのだが、ここひどく興味深いところなのだけど、それはまたのちほど。とにかく、まあニールヤングにしてみると「喧嘩売りに」行ってるようなものである。

 実際、あるラジオ局では「このクソ老いぼれヒッピーが・・・」みたいな言われ方をし、ツアーの盛り上がりに歌われるその「LET'S IMPEACH THE PRESIDENT」では喝采とブーイングが混在し、実際共和党支持者は途中で帰ってしまう。その数1/3。「党(民主党)大会はヤメろ」。「BULL SHIT」「FUCK」という言葉が飛び交っていた。

 世界の「ニールヤング」とドメスティックの「ニールヤング」の違いがよく見えた。アメリカはニールヤングのアンチが「世界で最も多い国」である。まあそれでもニールヤングはめげない。悲壮感すらない。

 他のCS&Nはひたすらニールヤングに付いていく。一歩引いた善き相棒たちである。

 でも、一番チャラけてる、グラハムナッシュの、おれは最初彼のファンだったのだが、その「狂気の軍隊」と「シカゴ」を久しぶりに聴き、ほろっ・ときてしまった。そうだよね、今こそそれらを歌うときだよね。バッファロー時代の曲も混ぜつつ、そして時には保守系のTVのトーク・ショーに出てキャスターと視聴者を挑発しつつ、ツアーは進んでいく。

 「まだプロテストソングを歌うの? 誰かに譲ればいいんじゃないの?」なんていう意地悪な質問にも「いや・40年間待ったさ。待ちくたびれてまた歌うことにしたんだ」とニールヤングスタイルを貫く。

 3大師匠のひとりだけど、正しくはおれにとっての「英雄」である。ニールヤングってひとは。

 2006だから中間選挙の年に当たり、そこでの民主党の躍進が2年後の「オバマ大統領」を生むことへと繋がる。おれはニールヤングがブッシュからオバマへの流れにひどく貢献したのだな・と確信した。

 ニールヤングたちは、イラク帰りの若者やいわゆるウォー・ヴェテラン、そしてイラクで息子をなくした母親たちと交流しながらツアーを進めていく。しかし、アンチも多いけれど、ニールヤングを持つアメリカって幸せだなあ・と感じる。正確にはカナディアンだけどね。ツアーが始まる前のリハだったかで、「さ・逃げるなら今のうちだぜ」なんてことをメンバーに軽口叩くニールヤングなんてもう最高にかっこいい。

 「MANSION ON THE HILL」というものすごく好きな曲があるが、60・70sのどこが悪い、といったそのハードなノスタルジーにはものすごく共感している。「おれはアーカイヴではないぜ」というマニフェストでもある。この人を見ると自分が「若造」へと戻る。

 バーナード・シャーキー=NEIL YOUNG。

 from DEJAVU

 from DEJAVU


 60's is NOT too far.

 
posted by 浪速のCAETANO at 20:41| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月29日

劣化しないつもりの劣化が

 社会の、なんていうんだろうなあ、カラダで言うなら、血の流れなのか・神経の繋がりなのか・関節の潤滑油なのか、そこ上手く言えんのだが、何かがひどく「緩んでいる」と思うのだ。

 酷い事故が続いている。そんな連鎖、どうなのよ。犯罪の連鎖は聞いたことがあるが、事故の連鎖てなあ。

 連鎖などではないのかもしれない。それぞれいろんなところで偶然今破綻しているだけかもしれない。おそらくそうなのだろう。しかし、その破綻の仕方が「似ている」。

 いやーな事故を思い出す。博多の、バカのワカモノの酔っぱらい運転で母と子が海に落ちて亡くなった・あの運年前の事件だ。あれをきっかけに道路交通法は改悪され、罰金30万の世界へと突入。

 なんかそことも似ている気もする。

 コドモたちを見てて思うこと、それは「何かに追いつめられて」いるかな・ってことだ。オトナだってそない変わらんか・変わらんな。追いつめられる・ってことはどこかに追いつめる主体の存在があるはずなのだが、象徴的な何かや誰がは存在するかもしれないが、それはもっと根の深さを感じる。

 はっきり言おう。市場原理主義がヒトを追いつめている。新自由主義でも同義。

 その先端に「おかん」とかがいるだけの話。

 追いつめられ、余裕がなくなるとヒトは「・・・さえやっとけばいい」といった感情に支配される。おれはこの国の政治の正統性・と正当性に対する批判を市場原理主義が、ヒトの余裕を奪うことで制御していると思っているが、そんな政治の話だけではなく、日常生活に於いてもさほど変わりはしない。みなさん・何かに追い立てられている。

 追い立てられた挙げ句、こんな事故が起こる。そして、事件も起こる。飛躍したねえ。

 確かにしたけど、でもみんな、心のどこかで思ってることぢゃないの?

 競争とは、勝利者は「一名」である。残りのヒトは「LOSER」なわけ。市場原理が拡大するということは、もう何遍も言っているが「要らん競争」をさせられるわけである。で、その競争はフラクタルなのよね。その先端と言うか先っちょというか頂上での競争だけなら、いいのでは・とおれも思う。あかんかな? レアルとバルサがCLリーグFINALで当たる・とかいうことよ。それなら良いのでは。しかも、来年の保証は何もない。そこがいい。

 フラクタル化した競争はもちろん「競争の必要性のない場」に於いても存在する・それがF●CKだと言っている。それはそのマインドがそこまで浸透してしまったからなのだが、それはこの国の価値観が画一化してしまったからだと思う。それが、なんとつまらない「お金」に集約されたんだもんね。資本主義だからしょうがないか。

 バブルのマインドがなにかしらヤバかったかなあ・やっぱり、しかし、新自由主義にみるみるなっていくのは、その後である。そして、今のワカモノの不幸は「新自由主義に生まれた」ことだったりする。

 社会がドラスティックに変わる途上なら選択肢も有ろうが、もう固定化しちゃったなら、彼らは彼らなりの適応を余儀なくされるわけで、なんとなく哀れにおもう。

 そんなマインドが「・・・さえやっとけばいい」ということになり、それ以外のことにエネルギーを使うのってアホらしい・とかね。

 クルマの運転だって、好きでない人は運転せずとも良いのでは。「利便性」だけでクルマに乗らんでいいのでは。

 てんかんの彼はわかんないが、たとえば仕事に行ってお金稼がなきゃなんない、そんなときに余裕なけりゃ、通勤のことなんてできるだけエネルギーを使いたくない・そんな気にならないでしょうか。

 そこ「ヌクとこ」だったりしないかなあ。

 おれみたいに「ただ運転することが好き」なんてバカは、音楽聴きながらのドライヴとは五本の指に入る「愉しみ」であるから、そこでエネルギー使って仕事でぐったり・まあそれもまた笑えん話だが、そんなこともたまにある。

 今朝のバスの事故も何か痛い。原因はわからんが自爆だもんね。居眠りだろうか。ドライヴァーは一人だったと言うし、コストだろうね・そうなると。一番弱いところにしわ寄せが来るもんね。何事にも。

 要するに、みなさん「疲れている」のだ。市場原理主義はみなさんを疲れさしめ、内部から腐らせていく、そんなシステムであることだけが間違いない。結果、ぽやーとした無自覚なヤツがいなくなるそんな世界は不幸だと思う。みなさん「気持ち悪いほど」自覚的だしね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:53| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

楽器屋へ

 これでも喰らえ。

 脈絡はないのね。

 「ぉぉぉーーーーーーーーぃ」「おきろーーーーーーー」とLINEのメールが来るわけである。

 女子高生初心者ギタリスト・ベーシストの買い物に付き合う約束をしていたのだった。

 阪急古書の街へ行く。いや・久しぶりだ。TeiscoのSpectrum5をそういや、買ったな・ここで。何年前だ?

 Rec.ではいい仕事するよん。恋のバンジージャンプのあの変なギターはSpectrum5です。

 nuへ移ってイシバシ楽器のディスプレイが見事で、少しこちらも楽しくなるわけよね。しかし、やつらのお買い物はというと「初心者セット」であるから、もう見事に、ルックスだけでの選択がなされつつあるのだった。しかし、見かけだけなら充分ではある。「マーボ豆腐セット」みたいですが。

 ヒトリは青のストラト、もうヒトリはOLPシルエットのエンジ、ベーシストは水色のジャズベ・タイプを無事セレクト。小さなアンプも付いてベース以外は15000円でおつりがきてた。おれもちょっと弾いてみたが、いちおう・鳴る。しかし、ネックとかすぐ折れるか曲がるかしそうである。

 これが「安もん」と気づくようになれば、まあ第二段階へ行けるのね・キミら。いや・まぢで。

 おれも、ちょっと欲しくなった。テレキャス。30年前にパクられたあの分割払いでやっと買ったテレキャス。ディフュージョンでもいいから欲しいなあ。

 で、買った。

 可愛い「譜面台」を。代償行為。

 買えるかー・っちゅーねん。

 しかし、今・ギターはブーム来てるね。ほんと大衆化社会だな。「けいおん」なんですかね。

 しかし、コドモが必死にコピーするのは「にっくきJPOP」だったりするわけで、そこらへんなんか複雑なものである。

 こちらは「ザ・ビーナッツ」。細分化が未だ・であった証拠だけど、そんな大らかな時代は良かったのではやっぱ。なんちゃら系の「系」なんてなかったし。
posted by 浪速のCAETANO at 17:20| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

今問題にすべきはさあ

 三権分立の国でしょ・日本って。

 司法が政治をしてしまった・というのが、今回のことだろう・と思った。

 しかし、あの判決文・なんかおかしいよね。

 ここ・おかしい。

 「証拠の内容に瑕疵があることと、手続きに瑕疵があることとは別の問題である。検察官が、任意性に疑いのある供述調書や事実に反する内容の捜査報告書を作成して検察審査会に送付したとしても、審査会における審査手続きに違法があるとは言えず、事実に反する内容の捜査報告書が意図的に作成された場合であっても、同様である。仮に、事実に反する内容の捜査報告書のために、検察審査員が供述調書の信用性判断を誤って起訴議決に至ったとしても、そのことから起訴議決を無効とするのは法的根拠に欠ける

 ええ加減な証拠でも、「うそ」の証拠でも、検察審査員がそれをもとに「誤って」起訴議決したとしても、それは「有効」だ・なんて、「アホ」なことを言ってる。なんだ・これ?

 これ、外国語に訳されへんぞ・恥ずかし過ぎて。

 もうひとつ。検察審査会って何?

 どこに「属す」? どこの「下部組織」 ?

 だれか「おせーて」!!

 おれたちは、小沢くんのような政治家を同時代に持てたことを誇りに思うべきだ。他の政治家・官僚・メディア・司法から「言いがかり」をつけられ、政治生命を奪われそうになりながらも「正論の反論」をし続け、そして、「無罪」。いままで公の場、あるいはネットでも構わんが、小沢くんのことを批判したことのある方は「少し反省」したほうがいい。今・小沢に批判的なことを言うのが「小金が儲かり続ける」みたいなセコい動機の方を含めて。

 この際・わかったことがある。官僚が・政治家が・メディアが・怖れているのは「橋下くん」ではなく「小沢くん」だった・ということだ。逆にいうなら、橋下くんは「大したことはない」ということだ。市役所ではなく国家の官僚は橋下くんを怖れてはいない。昨日も書いたが「橋下くん」と「石原くん」はフランス大統領選挙で言うなら「ルペン」のポジションなのだ。石原の「敬礼」すごく悪趣味・よな。橋下くんも「根」は同類。

 小沢くんに対する怖れは、「畏れ」に近くなる。古代で言うなら、ここで小沢くん・ポシャってたら「祟る」のではないか・と思うし。蘇我入鹿にならずにほんとに良かった・と思うひとりだ。

 戻るが、判決文の「ぷっ」なところは、「ウンコの混ざった水でも、ちゃんと蛇口から出てればオッケー」「だって一応・上水道通ってますから」ってことね。「そこ・にウンコはいかん」「確かにいかん」、「しかし、上水道通れば、ま・いんぢゃね」

 恥ずかし過ぎるわ。

 わかった。で・無罪なんや。

 ちょっと、政争に「関わる」の・厭になったか、裁判関連の官僚たち。というか、控訴はもう・ないね。上告ちゃうで・京大法の前原くん。こんなぐらいのツッコミ、耐えなさい。

 小沢くんを否定するヒトに考えてもらいたいが、ちょっとそこんとこ「プロパガンダ」に乗せられ過ぎたな・と思わないか?

 それで、この国は何を失った?

 小沢くんが民主党内に「ちゃんと」いたなら、管や野田なんかが首相になったか? 消費税増税なんてお約束にないことをしようとしたか??

 そして、何を得た? なあんにも・だ。強いて言うなら「橋下くん」だよ。幸か不幸か・だが。

 わからないのは、橋下も小沢もどちらも否定する人たちだ。じゃあ「野田」でええの? ほんまにええの? アメリカさえもそこまで望んでないようなとこまで奴隷化して何が嬉しい? 今・史上最強の奴隷状況やで・いや・まぢで。

 誰かがいるのなら、話は別。いないもんね。おのれの「奴隷度」を競う、みたいな故団鬼六先生も呆れ、沼正三先生も「おいおい、そこまでは」とおっしゃるに違いないヤプー化競争だからね。

 しかし、今回の一連の「小沢くんたたき」ってもう「弾圧」だった。ほとんど昔の「共産党」でしょう・たとえられるのは。西松〜今回の事件(小沢くんサイドでは事件ではないが)は政治・官僚・そしてメディアのある種ファナティックな「犬のきゃんきゃん」に多くのヒトが乗せられてしまった、そんな「日本の恥」だと思う。小沢くんのことを「旧い政治家」というが、新しいってのはじゃあ誰なんだよ・と逆に訊きたい。野田か・前原か・枝野か・岡田か・コイズミJR.か・橋下か。全員、ビンボー人の敵ぢゃん。そして、まちがいなく「ヤプーちゃん」たちよん。

 小沢くんがいないから橋下に期待・なんてマヌケなヒトもいたはずだ。違う。

 橋下くんはメディアの後押しがなくなったら、すぐに潰れます。

 

  
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 20:44| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月26日

きわきわ2

 無罪は無罪であるのだから、そこは潔く認めるべきだと思う。

 小沢くんの「説明責任」と言うが、裁判より重たいものはないはず。三権分立を子どもに教えられないようなことを国会議員は言うべきでもすべきでもないのでは。コイズミjr。

 それよりも、検察の「どぶさらい」ではないのかな・責任というなら。

 検察は証人を脅迫・監禁してウソの証言を書かせ、それを元に「ウソの捜査報告書」を作り、検察審議会のシロートに判断させ、議決させた・のだから。

 国策捜査・という疑いも晴らす必要があるのでは?

 メディアで「小沢くんへのリンチ」を数年続けてきた人々の「反省」を聞きたいが、「裁判がおかしい」なんてことを言うんだろうな。「それでもなにか・・・・」みたいな話が小沢くんの場合はあるのではないか。今も各ニュース番組・なんだか「くやしそう」である。

 おそろしい世界になってしまったものだ・と思う。今更ながら。小沢くんの問題が始まって以来、この国はさらに右カーヴしてしまった。フランスの大統領選挙を見てみるなら、中道の二人に完全右のルペンと完全左のメランシォンのバランスがいい。日本のように全員が右向け右・してないところがうらやましいですよね。石原・橋下くんなどはフランスなら極右のルペンの立ち位置にいるんだけどね。そんなところにしか期待が持てない状況が、それがこの国の「戦争」へと向かわざるを得ない「現実」を示唆している。あ〜あ・だ。

 ぜひ・もう一度小沢くんにがんばっていただきたい。地裁前に詰めかけた支持者が「国民の生活が第一」というプラカードを掲げていた。そこが、民主党政権の一丁目一番地だったはずである。

 控訴しても「無罪」は確実。是非、そのような「まことに無駄」なことはおヤメいただきたい。

 
posted by 浪速のCAETANO at 21:39| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キワキワんとこで

 無罪判決後もメディアは「真っ白という意味の無罪ではない」とかゆってる。

 ばかぢゃないのか。その他の冤罪が証明された人々にも同じことが言えるのか。いつからお前らは「司法の徒」になったのか。

 検察の妄想に加担し、アンプリファイし、反復し、そして「反省」もしない。みのもんた・例えば・は何がうれしくっておざわくんを犯罪者にしようとしたのだろう。この間、メディアは「権力」であることを自分でも公表するようになってきた。かつては「それほどでも・・・」だったけど、今や・・・だ。

 それでもまだ「控訴すべきだ」と言う法曹関係者もいて、あのさ「三度」やっても無罪なものを、四度目やるの? 税金の無駄遣いじゃ・ね? なんてことも言っておきたくなる。検察の証拠の捏造がもうバレてるのに・よ。

 ほんとの「巨悪」ってのはおざわくんではない。「巨悪」のふりをさせられた・のがおざわくんだった。

 司法がぎりぎりのところで踏みとどまった・という印象を受けた。めでたしめでたし・とも言えないが。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:28| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

追悼リヴォン・ヘルム

 彼が歌うと、一気に「南部の香り」が辺りに立ちこめたものだった。

 哀愁たっぷりのリチャード、母性をくすぐる頼りなさのリック、誰が歌っても「The BAND」なのだが、リヴォンが歌えばそれは紛れもない「南部のバンド」だったなあ。

 よくよく考えればThe BAND唯一の「アメリカ人」。それがより明確になるのは、解散後の「RCO ALL STARS」の素晴らしい2枚のアルバムの「大南部大会」に於いてであるが、すべてカヴァー曲なのにこんな素晴らしいアルバムが他にあるかな? ちょっと思いつかない。参加しているミュージシャンの顔ぶれを見るだけで当時は「震えが来た」ものだったし、遠くはそれらは「オーティスへのオマージュ」にも思えた。

 リック・ダンコのソロも超素晴らしいし、満を持して発表されたロビーの「STORYVILLE」も最高にいいのだが、リヴォンの2枚はなんというか「ストレート」なのだね。「わし・南部音楽しか知らんけんのう」の開き直りがいいんだね。The BANDのひとたち・やっぱり凄い人たちだったわけですね。尊敬しております。

 リヴォンのスネアのタメが好きだった。あの・肩でタメるのね。そして、そのスネアは「鼓笛隊仕様」である。メタルのドラマーなんかとは「思想」が違うわけですね。しかし、それは紛れもなくロックのドラムであるのだけれど、そのビートは抽象的。The BANDのある意味「プログレ的」な曲にはひどく合ってた。

 今、Caetano Veloso&David Byrne Live at Carnegie Hallを聴きながらなのだが、丁度今カエターノとディヴィッドの掛け合いの「Nothing but FLOWERS」なのだが、そのぞくぞく度は、出来はともあれこれは、久しくなかったぞくぞく度なのだが、そんなことは上記の「元・ザ・バンド」の人々のアルバムには間違いなくあったなあ・と懐かしくなっているのだ。

 ほんとに興奮することからなかなか遠くへ来ちゃったな・と思う。

 というか、少々のことじゃもう興奮できないのね。当然と言えば当然です。

 興奮は「オノレの内部より」生み出さないと。

 おれは「渋谷系」とは無縁の人生であるから、The BANDがあればBEACH BOYSは要らない体質だから、Richard ThompsonがいればEric Claptonなんて全然要らんし、なんだかオノレのシュミがかなり「アーシー」なことに今頃気づく・なんてのはウソだけど、ほんとにあんまりみなさんが騒ぐほどそれらの方々に値打ちを感じない。というか、もう決まってしまっているのだね。選択完了しているというか、おれの審美眼はもう既に決定済み・みたいです。それで充分豊かな気持ちになれてるから、もういいの。

 だから、そんなひとはあんまりおらんと思うがRichard ThompsonとBEACH BOYSが同時に「ものすごく好き」というのは実は成立しないのではないか・という風にも思えてくるね。何かを選ぶということは何かを捨てる・ということでもあって、そういうところからものすごく遠い場所にいたはずなのだが、自分にとってのベスト以外のものには時間とともに「消極的」になってくるなあ・と思う。何かをいつだって「選びながら」生きているんだよね。

 続いてリヴォンのソロ・2ndを聴いて個人的に供養をしよう。ほんとに歌心満載の・実際に歌ってもいたのだが・理想的なドラマー=ミュージシャンだった。時代をともに生きれたことに感謝します。

オフェリア

ホンキィ

南部の香りが立ちこめ
 

 

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:37| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月21日

ヒトリ飲みの午後

 前に、小沢くんの判決@4.26が「シロ」ならば、野田が予定している「政治日程」との間に齟齬が生じる・と書いたことがあったけど、野田、訪米でのTPP参加表明を撤回した。

 いい兆候だと思っている。兆候が現実になれば・・・と切に願う。

 西宮まで行く用事があって、なんだか最近・そっち方面に縁があるのだが、しかし、駅前・ひどいね。「塾」と「不動産」だらけ。駅前のあの利便をそんなとこばかりに活用・ってのも、あ〜あ・だ。

 しかし、うちの塾も「超駅前」だった。今気づく。西宮と中津ではあまりに違いすぎるが・くくく。しかし、超・駅前のコンビニ隣・って「悪くない」。

 二時間ほど拘束されたからか、「いいいいっ」となって、酒飲みたくなるわけである。昼酒のチャンスを待っていたわけで、昼酒というが、やたらに明るいときから飲んでも・またちょっと違う。なんかした後でないと。なんかすると、酒の味はぐんと「上がる」。昨日はそれ・だった。

 で、十三と言えば「十三屋」だ。やっぱり、すべて=料理からスタッフまで一番の充実を誇る。カウンターの空いてるところへと滑り込む。となりのよう知らんおっちゃんと意味の分からん会話をしながら、ビール・酒・焼酎・と進んでいくわけだけど、あの喧噪の中「素敵な孤独」を味わうわけである。いいね。ばかがよく「本日ヒトリ酒」みたいに、ちょっと同情買いたいのかなんかしらんが、そんなことをアップしたりしてるが、ちがう。わかってない。なぁんにもわかってない。

 居酒屋のひとり・これは「黄金」D'ORである。

 居酒屋ではないが、P&G時代に2回に一回は無理して(地理的に)泊まっていた今はなき九段の「フェアモント・ホテル」のバーでのヒトリ飲みも「黄金」D'ORだった。サンドイッチにビールかハイボールで始まって、ウォッカへ進み、わけわかんなくなって部屋へと戻る。ホテルのバーのいいとこはそんなことだ。もう完全に安心してるわけで、すると酔いも早いのね。

 そこには喧噪はないが、初老のバーテンダーがいて、少し話を振ると控え目ながら、的確なコメントが返ってくる。抑制された態度・ってなかなかできないが、AWESOMEである。陽の当たるとこばかりを歩いて年を取るなんてのもそうなると「どーかな?」なんて思えてくる。無駄に元気・ってメーワクだよね。

 おれは知らない街でふらーっと店に入るのが好きだが、こないだの福島もそうだったが、人生の・が大層なら旅の・醍醐味ですよね。何かをきっかけに「氷河が溶けるように」打ち解けていく・あのダイナミズムがたまんない。それも一期一会・前提で、ね。

 喧噪の中の十三屋もつまるところおんなじで、酔いとともに孤独が崇高なものへ変容するあの過程がいいです。最近、肝臓ちょっと弱っているから、8時までになんとか酔いを覚まさないと・ってのが緊急課題だったけど。しかし、昨日は相手が「おとな」で助かりました。

 今日はレアォンジーニョにて、受験の打ち上げ。新高一のギャルたち(もう手に負えん生物化しているはずです)に「何喰ってもいい」と言ってある。それと、かつての懐かしいべっぴんの塾生が訪ねてくるという。べっぴんは母になってもべっぴんだと思うが、どーなんでしょう?

 そろそろ彼女らが高校合格してから20年近くなる。20年。その年齢の頃の20年なんて長かったよなあ・いろんなことがあって。おれも高校の同窓会・行く気なかったけど、行ってよかったなんて思うもんね。

 しかし、その後のanother20年・早過ぎるというか速過ぎ・である。ねえ。ということは、次の20年などさらに加速してあっという間に老人となってしまうのだろう。なんだか儚いねえ。儚さがあるからいいんだろうけど。まだおれも「きれいなうちに」いろんなヒトと会っておこう・なんて思う。

 満を持してのヒトリ飲みが似合う人になってください・みなさんも。


 変則的な「肩の動き」、「鼓笛隊仕様」のスネア、貴方が歌うと一気に「南部色」に彩られた。WISH THE GOD 'LL WALK W/ YOU . LEVON HELM,BE FOREVER.

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:07| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月19日

生ピ・がいいさ

 めったにその方面は足を運ばないが、ラウンジのママが教え子で、忘年会にうちの店を使ってくれたこともあり、一回行かないといかんな・と思っていて、いい機会だからと行ってきた。

 新地の端っこ。

 生ピアノがあり、なんでも弾けるピアニストがいるからご機嫌だった。年末に顔なじみになっていたから話は早く、久しぶりに「歌って」しまった。マイ ファニー・・とかフライ ミー・・・とかジョージア・・・・・・とかテネシー・・・・とか。スタッフにはオぺラ歌手もいて、その歌の伴奏も彼女がやる。

 ピアノの彼女と結婚して、日本全国どさ回りする「ヴィック フォンテーン」となる・なんて酔っぱらいアタマで幻視する。

 うちのお袋がデヴュー前の前川清の歌を、酒も飲めないのによく聴きに行っていた。長崎市内のいろんなクラブを廻って最後に「おつかれ〜」と訪れる店があり、よっぽど疲れてない限り、そこで本日の歌い〆めをする・ということだった。贅沢・ね。

 ヴィック フォンテーンとは「STAR TREK DEEP SPACE 9」のホログラムの名だが、明らかにシナトラがモデルではある。ただ、ヴィックはシナトラよりは甘く、関係ないがおれの声は、あるヒトから「アンディ ウイリアムズ」といわれたことがあり、こないだはそのピアニストからは「チェット ベーカー」と言われたが、要は「そっち系」であるようだ。ま・アンディのように歌い上げるのは「ちょっと」だが。

 それらの歌は、アメリカの黄金期が背景に浮かび上がり、今となっては「映画」の世界ほどにも「架空感」が満載ながらもだからこそ、今の日本のクソ状況を一瞬忘れるには贅沢でいい。

 今度は「SOMEONE TO WATCH OVER ME 」なんかを歌いたい。

 新地の北東角の8F、「ラサ」というお店です。真由美ママがおります。お店の子たちはみなさん、何か音楽的一芸を持ってる。余裕のある方は是非。

 スポンサー付きで行かないと、「お帰り」の際がやや「気が気ではない」からさ。

 最近、不思議とkey.の人々との付き合いが多い。何かの兆候だろうか。

 関係ないが、小沢くんの4.26に判決の出る冤罪のことを「陸山会事件」なんて呼び方・ヤメた方が良いのでは。メディアはそんな「ずるい」ことを平気でやるんだからな。

 
 映画も良かった。ミミ・ロジャースが。

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:48| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月16日

三年目に思う

 そもそも日本は「西洋」の国ではないし、ただ東洋の中で最も早く近代化をしたというだけの国である。
その近代化も、なんとなくお上から押し付けられた感がものすごくあるわけで、だから、おれたちは「自由」などという概念なんて「あんまりよくわかってない」。苦労して手に入れたわけではないからね。

 古くは「外国」とは中国だったのであって、大陸および半島だったのであって、そこから「米」だとか「漢字」だとか「儒教」だとか「仏教」だとか「食器」だとかを得てきた。人間そのものも得てきた。目のでかくない日本人はほぼ、元大陸・半島人と言って差し支えないわけである。所謂・弥生人。

 近代化後、途上かな、日英同盟(1902)を組んだ。それは主にロシアと闘う(1904)ためだったと思うが、当時の英国は覇権国家である。つまり、世界で一番強かった。

 その日露戦争でチョーシ乗った日本は、恩があった・というよりもある意味「故郷」でもある大陸・半島を侵略(に進出・が正しいという身内に甘い人たちもいるが)し、政治は軍事にどんどん浸食され、天皇の統帥権なんて「わっけわからん」ものを盾に陸軍が、ホンネは「いたずらっこのいたずら」みたいな気持ちで、半島・大陸の中で暴れ、そのうち誰かが「優しく止めてくれるだろう」「はやく見つけて怒って」なんて気だったのだと思う。現実は「ちょっと遅れて、激しく怒られた」のだが、タイミングって大事ね、その少しの遅れがメンツを肥大化し、600年前のなんの根拠もない「困ったときは神風が吹く」などという荒唐無稽極まりない「神話」もけっこう多くのヒトが信じ、超オプティミスティックに太平洋戦争に突入するのだが、そのオプティミストぶりは、アメリカは・・だろう、アメリカだって・・さ、アメリカ・・・あってほしい、あめりか・・・に違いない、という「アンタホントばかね」な「おのれのお人好しを相手にも期待する」そんなタイプのもので、まあ当然そんなもの通用するはずもなく、物量に激しく勝るアメリカに、ミッドウェイ以降は惨敗に次ぐ惨敗を重ね、そこから沖縄・本土大空襲・広島・長崎とご存知のように続くのだが、それでも、原爆前後にでさえ、ソ連に仲介を頼み、その根拠が「スターリンは西郷どんに似てる」だったという笑えない実話もあるくらいで、「おのれのお人好しを相手に期待する」癖はここでも治らず、実はその時「ヤルタ会談」で、ソ連は日本との不可侵条約を破棄して満州に攻め込むことは決まっていたのだった。

 満州での悲惨はご存知の通りだ。

 その後、戦後のヘゲモニー国家であるアメリカのポチで今に至るのだが、あのさあ、イラク戦争やアフガン戦争の時、ほとんど「賛成ありき」で、一応国会審議とかしてたけど、もうほんと一番早く「アメリカに賛成」なんて言っちゃったでしょう・コイズミとか言うばかが。

 日本は「独自の外交」をするチャンスだってあったのだ。しかも日本は「東洋の国」だ。その東洋の・というか「非・西洋」にはまずシムパシーを持つべきだった。その戦争は「宗教戦争」でもあったが、しかし、大方の国民が「葬式仏教」である日本人が「キリスト教」に加担する根拠はそこにはない。

 何を長々と言うてきたかというと、タリバンが日本大使館を、西欧の国々の大使館と「同様に」攻撃し始めたからだ。

 おそらく、当時の政府なんて、こんな「テロの対象」にはならんやろ、と思っていたはず。ここでも「おのれのお人好しを相手に期待する」そんな心理が垣間見えて、なかなか「成長せんものだな」という感想を持つね。

 その前にはゲリラに拉致されたり、斬首された青年すらいたが、拉致された3人を帰国させるのに「国家予算」を使うべきではないなどという、おばかもおばか・三回廻ってぶぅ・ぐらいのバカ意見もでてた。しかも政治家から。

 この時点で、今起こってることも容易に予測できたはずなのだ。なのに、なぁ〜んも手を打たず、なぁんにもしなかった。アメリカにいかに貢いで、自分らだけいい思いをするか・だけに精を出していたこのていたらく・なのだった。

 今、民主主義のそのレールの先にファシズムが涼しい顔をして待っている・そんな状況だけど、それもしょうがないのかな・という気にもなるもんね。

 本日、学校初日で、今年もいい子たちが集まってきている。今年は「中国・韓国・シンガポール・インド」そんな面々。毎年、新しい顔を見るたびに(おもろい顔多すぎるのだが)、「WE」という気持ちになる。去年は中途ぱんつなアメリカ人とかがいて「お・なんか、きみ違う」というのがあったが、今年は「リアルエイジアン・クラス」である。

 また一年、政治とは関係のない「地に足の着いた交流」をやれたら・と思う。


 シンガポール人はジェイソンという「華人」の子孫。LEEを知ってた。
posted by 浪速のCAETANO at 18:06| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月15日

なんか、こんがら

 おれたちはすでにもう経済にがんじがらめにされている。

 だから、今原発最稼働に関して、さらに「経済」を理由にする人のことはおれは信じない。

 江川紹子氏とかが、なんだかおかしい。何があったんだろう・なんて思う。

 しかし、事態はさらに複雑かつ面妖で、橋下くんとかが「反政府」的な立場を取っている。原発最稼働反対。

 メディア(TV)は今、橋下支持であるから、思い切り「原発最稼働・NO!!」に舵を切っている。放送メディアは今や橋下サポーターだから。

 民主・自民は小沢グループを追い出して、大連立を形成しないことには「維新」に負けてしまう・という思いが強い。メディアの中でも産経や読売は最稼働賛成である。そこが彼らの拠り所かと思う。

 でもさ、ほんとに橋下くんが「原発最稼働反対」を貫くか、ということに関しては「疑問」だと思ってる。「反政府」という意味と意図での発言だとおれは思ってる。異論もあるかな。ま・いいでしょう。

 大飯原発の最稼働へのプロセスがあまりにお粗末だったから、なんで民主党はそんなことするんだろうと思うのだが、ひょっとしたら経済界からの圧力を飲むことが政権の先延ばしへ繋がる・そんな裏契約があるのかもしれない。

 しかし、橋下くんを経済界は批判してはいない。橋下くんも経済界を特に批判しない。経済界は、そしてアメリカは、民主党政権を見限ってしまってて、原発最稼働だけをさせといて、そのカウンターとして橋下政権を誕生させて、その後、橋下くんに民主党と同様な態度、たとえば「政権を取ってみたら取る前とは認識が変わった」なんて言わせて、それをうやむやにしてしまうか、なんて見方も出来る。

 そうなると、橋下くんはヒットラーではなくなる。しかし、世の中は変わらない。

 または橋下くん、今の態度を貫く。経済界・アメリカを敵に回して、「改革」を断行する。大阪市でやろうとしてることが霞ヶ関でできるのか? 大阪市でもまだできている気がしないけどね。

 単なる「大阪市長」が、「政府」の「シャドウ・キャビネット」となっている事実はTVを見てれば解る。ムードはすでに「橋下総理」なのだけども、やはりアメリカに楯突くことはできない・とするなら、結局「君が代」と「日の丸」と「中国嫌悪」という方向性が先鋭化することにならないだろうか。

 彼らは「市場原理主義」と「国粋主義」のアマルガムに今見えている。彼らが唱える「道州制」は、それやっちゃうと、地方交付税交付金などもおそらくなくなるんだろうけど、例えば「四国」や「東北」や「北海道」は壊滅状態になるのでは? 国の意義・と言えば、そのでこぼこを均すことも重要なことですよ。

 「東京」電力の発電所が「東北」の福島にあったなんてのは関西にいると「目から鱗」なことだった。

 「関西」電力の発電所も「北陸」にあるんだからね。少々電気が足らずとも絶対に生活できると思うんだが。

 今や、電気自動車の普及とかにも「斜視」になる。内燃機関を持つクルマはやっぱりおもしろい。ふと思い出すのは、新燃料の・なんていったかな、ディーゼルより安い燃料がもう10年ほど前に売られてたことがあった。名前は失念してしまったが、ガソリンの上から入れても大丈夫っていうすぐれものだったが、ガソリン業界の圧力により、売っちゃダメ・ってことになったこと覚えてますか?

 新規に業界に入っていくことって「難しいんだなあ」と思ってた。

 既得権を持った人たちの「延命」を仲良しクラブ的になんか利益を廻し合ってる・ってのが現状で、それは「すべての業界」に共通のことだったりする。

 橋下くんは、そこに切り込むことができるのかもしれないが、やはり思想信条が危険すぎないかな。今の日本で「ヒトが生きていて」彼の年で思想信条を「確定」できていることが、なんだかヤバい。そして確定できる人々が、ほぼすべて「右」で確定していることが「今の時代の特異なところ」ではないのだろうか。

 「ヒト」としてまともな感じがしない。目がコワい。いろいろある。

 ほんとにそれができるのは「小沢くん」だと、今でも思っているが、一度も彼のプランが実践されずに冤罪で獄に繋がれる・なんてことになれば、それは、国と国民の滅亡が早まったと同義かもしらんなあ。
posted by 浪速のCAETANO at 14:18| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

一夜明けて

 風邪で喉が大変チョーシ悪く、しかもモニターが最悪で(サンホール・ちょい質悪いよ最近)大音量も生ギターも大変やりにくかった。

 みなさんの技量に助けられつつ、ラフレシア春特番「男と女のプリマヴェーラ」無事(でもないけど)終了できました・とりあえず。

 今回はメール、送ったつもりが送れてなく、このFuck・Mac、ほんまなんとかしなあかんなあ・と思いつつの巻。

 出演者・スタッフ・そして少数精鋭ゲリラ部隊のみなさま、おつかれさまでした。そしてありがとうございました。

 大変疲れましたが「年三回」はこんなこともやらねば・と強くこゝろに決めているのだ。ランナーズ・ハイみたいなものかな・と思う。しかし、体調とPAのチョーシさえ良ければできる。そんな自信はある。

 ちょっと寒暖の差でやられてしまいました。気が緩んでたかな。それと変なコーフンも直前にあったし。

 
 天六へとまた本日行くのだが、扇町公園で、桜吹雪を見ていたら、ハトが可愛かったのだ。ハトは可愛くないのだ・基本的に。おれの外メシの天敵・なのだが、そいつは可愛かった。おそらく足が悪いのだと思う。ぺろ・みたいに「おっちん」してるのだ。ハト特有の「せわしなさ」もなく、じーっとしてる。ハトを見て、ぺろを思い出すのもどーか・なのだが、なんだかその収まり方がさ、完結してるんだな、過不足ないかわいさで。

 ハトはアホで集団はうっとうし過ぎて、雄バトなんて「やらして・やらして・やらして」と雌バトを追いかけてるだけで、ほんとにヤツら「羞恥」というものがなく、人前ですんな・ゆーても「学」がないからわからない。まあ・ハトに「学」を求めるおれもおれ・ながら。

 この数日はあちこちで桜吹雪でしょうか。一番のクライマックス・ね。

 今日は活動と言えば、それが精一杯で、あとは大量に来た本をスラックキー・ギターを聴きながら読むことぐらい。なあんもする気・ございませんでした。

 風邪ひいているが、なんとか直したい・週末で。
posted by 浪速のCAETANO at 23:49| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月12日

明日は「男と女のプリマヴェーラ」

 ちょっとなんか面白そうです。

 「何してもいいよ」ってライヴって実はあんましなくて、明日はその「何してもいいよ」っていうライヴです。

 明日リハやってから、「こうしようか」なんてこともありそう。異種格闘技戦的なニュアンスも大好きなおれですし。

 7:00〜 <> ご存知Bossa姫とバカテクギタリストの藤井くんのDuo。

 7:30〜 <<松本有加&藤井拓>> ここをすごいおれは楽しみにしてる。前述の藤井くんにこの有加ちゃんがみなさまの「度肝」を抜くことでしょう。

 8:00〜 <<岩崎秀昭>> Los solos LobosのVo.イワサキはかなりイカしたソウル・ヴォーカリストなのであって、彼をフィーチュアしてみました。バックはおれたちが勤めます。好きな曲ばっか。

 8:30〜 <<マルタニさんと遊ぼう>> 前述の若手3人におれが無理難題を吹っかけ困っていただきつつ、返り討ちに遇うかも・みたいな。今回ならではの企画です。

 9:00〜 <> 最近はもうHost Liveの「重鎮化」してます。ここ・ほんとに「何してもいいオリジナル」なのね。今回は珍しい曲もあります。

 明日は意外に早く終われそうです。ワインとフードと演奏を楽しんでくださいon春爛漫の日。

 では、C U @ SUN HALL!!!

 P.S.みなさま、返信Muito OBRIGARD!!!
 
posted by 浪速のCAETANO at 18:33| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

それでもRTはRT

 余韻に浸っているのだけれど、後から店の者たちに聞いた「一部」のリストが、その選曲が「おれのシュミ」すぎて「ぎょわーん」ってなった・かな。師匠ってばー。

 でも、一部は「はげ」しかいなかった・と。

 RT好きでもないやつが聴きに・見にいってもしゃーないと思うのだが、今のRTは素晴らしすぎるのだが、かといってそれが商業的盛り上がりに繋がるとは限らない。そこ・なにかが「間違ってる」のだけど、それはオノレの身の上なんかとも相関があって、必死に考えなきゃいかんとこなのだけど、いい考えがなかなか浮かばない。一般の人のキョーミからは「遥か遠く」にいたりするからなのだけど。

 関連するツイートなんかを見てても「ジェネシス・ホールのバックにサンディーの歌声が聞こえた気がしました」とか、なんとなくズレてるものが多い。そんなこと言ってる人たちへ。

 「今」のRTがすごいの。そりゃ過去もよいが、今がすごいの。そのすごいのを貴方は「昨日」見たの。RTに関しては「ノスタルジア」の入り込む余地はそんなにないのだ。貴方の過去は貴方の過去でよく、それをRTの過去と重ね合わせるのはまことに自由なことなのだが、それは今のリアルなRTを見誤ることになる。特に一部を見た方なら、「When the spell is broken 」から始まり(くそー)、おれが確認しただけでも「Wall of death」「Crawl back」「Time to ring some changes 」(くそーくそー)「1952 vincent black lightning」
、おそらくもっとあるのだ。そんでもって最後は「Tear stained letter」だったらしい(くそっくそっくそー)。でも、ハゲたちのノリが悪く「怒って途中でヤメた」らしい。

 その辺のラインナップってさあ、浪速のカエターノのカヴァー・レパートリーとかなりのどんぴしゃ・かつ、おれが選ぶならRT BEST ALBUM内の曲目なのよね。そのおかげで(かどーかは不明)第二部はかなり「渋め」の選曲だった。それでも充分良かったが。

 まあ、なんと言うか、「すれ違う」んですよね。

 永遠にすれ違う。人は何に反応するか。もう・わかっている。人は「オノレ」に・というか「オノレ」にしか反応しないのだ。「わたしの個人史」にしか反応しないのだ。そして、それが「モノを売る」ためには「良し」とされてもう20年以上経ってしまったのだ。

 これはさ〜あ、かなり絶望的なことではないのかなあ。

 まあそんなことは「わかっていた」ことではあるのだが、こちらが「無防備」になっている時に、突きつけられる事実にはまたまた「ぎょわ〜ん」ではあります。

 シロートの時代。シロートが幅を利かせる時代。演奏するガワもシロートっぽい。シロートにはRTはもったいないなあ。達人のあの超絶ギターは、でも、おれはおそらく誰よりもしっかりと受け止め、再度衝撃を受けました。

 しかし、ビルボードってほんまにカスなハコよね。

 RTを「フォーク」とか言ったのはどこのどいつや。

 進化し続ける1952 vincent black lightning。何度でも泣いてやる。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:09| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月11日

祝・Richard Thompson三度目の来阪

 哀しいだけではなく、不吉、そんな歌を書く人。そしてそれを歌う人。

 浪速のカエターノのカヴァーでいうなら:

 FAREWELL FAREWELL
 THE DIMMING OF THE DAY
 DEVONSIDE 
 TIME TO RING SOME CHANGES
 WHEN THE SPELL IS BROKEN
 WALTZIN' FOR DREAMERS
 TEAR STAINED LETTER
 など。

 それは英国のトラッドをベースにしながらも、自分の過去・現在の愛・別離・苦悩を超絶ギター・テクニックに乗っけて歌う人。それがリチャード・トムプソンなのだが、今夜三度目なのだが生で聴ける。

 一度目はかつての宿敵ベンタングルのベーシスト、ダニー・トムプソンとのデュオ@Muse Hall。
 二度目はソロで@QUATRO。
 三度目が本日で@ビルボード。

 去年の震災・原発事故で一年延びたが、そんなことはどうでもよい。知識のないワカモノにとっては理解が出来かねるだろうが、彼が世界最重要ミュージシャンの一人であるのはもう間違いのないところ。

 昔すごくて、今もすごい。

 フェアポート時代のバンドとしての重要性もさることながら、その中心人物サンディー・デニーの死亡と入れ替わるように、リチャード・トムプソンは歌を書き、自分で歌うことを選択したように思える。そこからのものすごさといったら。

 最初の紹介では足りないところがおおいにあって、それプラス、かれのロックンロール・ギタリストとしての凄さなんてもうだれも真似できない。それは「LOCH LOMOND」や「MOTHER KNOWS BEST」「TEAR STAINED LETTER」などでもうギター全部ゴミに出しちゃおか・ぐらいの打ちのめされ方をおれなんかするのだけど、それ、最近の自称速いうまいワカモノギタリストに聴かせてみたい。タッピングがどーの・なんか、ゆーてるばーいちゃうし。お前らのギターこそ、ゴミに出せ・今すぐに、である。

 まあ・ゆーても、おれもワカモノギターのある意味上手さ速さなんて知らんし、というか興味がないからなんとも言えんのだけどね・ほんとはね。

 しかしさ、ギター弾きというのはエレキ/アコースティック両方弾きたいわけ、ちゃんと。どっちもレヴェル高くないと、と思う。そんなギター弾きの憧れの頂点にあるリチャード・トムプソンなのだけれど、何度も言うが彼に近づけば近づくほどかれの偉大さがわかる。彼のように「進化」を続ける15歳上の人がいることで、おれもギター「練習」しようなんて気になるわけです。おれたちの15歳上にはリチャード・トムプソンだけでなく、カエターノ・ヴェローゾ、ニール・ヤングなんて人々がいます。

 80'sの終わりか90'sの初め頃に歴史に「アーティフィシャルな断絶」が設けられ、音楽もまた「新しいお金儲け」の時代に見事に入っていくが、わかりやすいところでいうなら、それ以前の人々は「アーカイヴ」となっていくわけよね。そこから後が、例えば日本ならいわゆる「Jの音楽」つまり「サルが作ってサルが聴く」システムでサルぼろ儲け・ということになり「今に至る」なのだけど、そこを「アーカイヴ」な立場から乗り越えてきた人って実はあまりいない。世界的に見ても新しい時代のスターとしてはマドンナとかニルヴァーナとかがいたが、それらがほんとにいい音楽だったのか・ってことに関してはおれは「懐疑的」です。その時代の一部を除いたマイケルの曲とかに関しても。

 アーカイヴな立場からそこのボーダーを乗り越えてくるということは「音楽家としてまだ危険」という意味だよね。断絶以降の音楽は「資本主義に飼いならされた」まあもっともロックの本質的衝動からはほど遠いものだけど、パンク以降のある種の「いびつさ」とは違うところから、パンクの概念をも包み込んでしまうような音楽をやっている人ってのがほんとうに「尊敬すべき人」なのだよね。そこは、やっぱり「世代」ということになる。おれたちぐらいですれすれ。もちろんおれたちでも「遡って」勉強しないと無理。パンクのコアは「嘗てのロック」に存在していたから、そこを結びつける・そんな作業が出来た人、そういう人々が尊敬に値する。それがいないのよ・そんなにたくさん。

 清志郎と細野さんぐらいでしょうか、日本人なら。ただ、メインの表現者としてはやっぱり、上の三人と比べると弱い。おれはそう思う。単純に言うと「歌えて弾く・一人でも」ってことかな。日本は多かれ少なかれ「天皇制」の国だから、だれかを「マツリ上げる」ことに関しては「年期」入ってますから、それは周到にやって、それを資本主義に寄り添わせる。そんな構造がすぐできる。そういうことではなく、肉体を持つ人間がその肉体を使ってどんなレヴェルの表現ができるか・なんてことも少しは考えた方がいい。一人でステージに立って、凄いことをするなんてのが「本当に凄い」のだから。

 いい夜になりそうです。 
 
 Guess who she is & WHO plays the guitar.



 
posted by 浪速のCAETANO at 15:17| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

実は桜は嫌いでした。

 昨日〜昨夜。店の・例によって「長ーい・遅漏系花見」にややファティゲの本日であった。

 外メシは好きなのよ。大好き。まあ、みなさんの「桜を愛でる写真や言葉」に水を差すつもりもないんですが、ホント言うと「桜は苦手」です・おれは。花見の機会でいろんなひとびととともに過ごす・そこだけは良いのだけどね。そんな泥酔するヒトもいないからね・まわりには。

 昨日は、店の近くのタクシー洗車の会社の花見をテイクオーヴァーして・というはなはだ幸運な花見でありました。グッズもテイクオーヴァー。目線・高い高い。史上最高値の花見だった。社長とみなさん・ありがとうございました。

 しかし、昼で、カタはつかず、夜になり、やや冷えてきた頃、上を見上げた時の桜が「やや・こまる」のね。

 意外と「グロい」なんて思うわけですね。威圧感と言うか、何かの「意思」を感じるというか。

 桜は極めて「現代的」だと思う。デコラティヴでもう全部持って行っちゃう。ケバい。自己主張の強さに「はいはいわかったわかった、わ・か・り・ま・し・た」と言いたくなる。特に満開寸前がおれは一番恐怖を感じるんです。それも夜。咲き誇った夜の桜は「かなり」コワいですよ。同士の方・ご連絡ください。

 好みも変わってくる。昔は「ケバい」オンナが大好きだったのだけど、最近の女子のケバさ・ってもうこれは「尋常じゃない」からね。すんごいブスもおらんくなってきましたけど、そこには化粧技術の向上と言う「底上げ」がなされていると思う。それはおそらくいいことなんだろうけど、うーん・なんて言うかなあ、ベースが底上げされるとなると、もうベースを取り除くことはできなくなるもんね。そしてどんどん足し算で分厚くなっていく。顔洗った後を見るのが「こえ〜」ですよね。それは桜とはまた「別の」コワさではある。

 最近・美しいな・と思うのは「坂本冬美」とか「杉山愛」とかなんだけれど、なんというか「内面から滲み出るもの」ってあるんじゃないかな。ガワ・とりつくろっても「無理」が必ずある。もうそんなものに「反応」できなくなってきてる自分があるもんね。オトコだけじゃなく女子も「顔は年齢とともに考えていることが反映されてくる」そんな時代ではないんだろうか? と思う。メイク技術が進んでしまったいまだからこそ。

 誰かの顔・みたいな顔が多過ぎて、P.K.DICK世界を生きてるなあ・と思うこと多し・だ。ただ、こちらも眼力が養われてきたのも事実である。メイクによって作られた顔の内部を見るX線も眼力内部に内蔵されてきつつある。作られた誰かの顔を一皮剥いたあとの「ブス」を発見する術も持ち始めてるってことよね。

 こうやって「メイクによる一見美人」と「ブス発見」といたちごっこは続くのである。

 桜に戻ろう。

 咲き誇った桜は「こわい」し「苦手」なのだけど、蕾の桜には悪意はない。そして、そういった感情がすべてなくなるときがある。それは「桜散る」時なのだけども、そこの桜は「好き」「苦手・あるいは嫌い」を通り越した存在ではないか・と思う。あの・咲き誇っていた花びらたちがあっという間に・そして大量に「散っていく」というのは、咲き誇っていただけに、そしてその咲き誇っていた時期からの時間があまりにすぐなことから、あまりに「劇的」である。「平氏の滅亡」を連想させるんですね。平氏もその栄華を誇った時期があまりに「短い」わけよ。そこでは「色即是空」や「無常」といったもう思想と言ってもよろしいか・と思うが、この時、それらが体現され、日本人は「一番日本人」になるのではなかろうか・と思えるんですね。

 同時に、ある種の宗教的なカタルシスに近い感情も味わうことにもなる。そこではもう桜は「コワく」もなく、ただただそのはかなさに「涙する」そんなことになる。そのダイナミズムが桜の「アジ」だと思う。要は引っ掻き回される。翻弄されるわけ。そんなオンナもおりますね〜。

 梅のような・あるいは、ヒヤシンスのような、そんなオンナがMY FAVORITEではあります。

 よっ!!!冬美っ。

 
posted by 浪速のCAETANO at 19:18| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月07日

メールが届かなかった貴方へ(男と女のプリマヴェーラへのお誘い)

すごい風が吹いてあれがカタチとしては
「春一番」だったのかよ。冗談きついぜ。
そんな感想のマルタニでした。
関西もそろそろ桜「お満開」。

昔ね、曾根崎時代のTodo O Mundoでは、この季節
「お満開スパークリング祭り」というのをやってました。
アホですね。
ま・正しい日本語というのはたいへん難しい。
しかし、これは受け取る側の「こゝろの余裕」にやや依拠する。
世の中には「つまんないヒト」もまあまあ多くって・・・
そんな印象の2012年春の頃ですが。

春はラテン語では
「PRIMAVERA」
もうお馴染みになってますよね。

今回のホスト・ライヴは春ですから
「男と女のプリマヴェーラ」
です。
前回(去年の今頃)は
男たちのプリマヴェーラ」だったですね。
しかし、それでは
コート男子が次々に「ほらー」みたいな
そんなことではいかんな・やっぱりな
と、反省もあって今回
「男と女のプリマヴェーラ」
です。

となると、男女で「ほらー」
なんてことはなくて、
なにやら
「期間限定の発情期」
そんな気配さえ漂ってきたから不思議です。

発情期がなくなった・ということは
いつでも「発情オッケー」なおれたちですが、
春という季節はなにかしら
人間が「先祖帰り」して
やや動物に近づく・そんな季節でもあるかもしれません。
幸か不幸か、誕生日が「啓蟄」という
栄光?をしょって生まれた、そんなわたくしごとではありますが
そこんとこ、先天的に「わかる!!!」なんて気に
なるのはあながち勘違いでもなかろうと思ってます。

今回は若手中心
HOST LIVE
です。

Cast:
北林純・岩崎秀昭・北村嘉章・Novi Naniwano
Yuumi・藤井拓・松本有加
マルタニカズ・CVS COWBOYS


このような・いつもより少人数の
Combo で廻すLiveです。
大御所約二名ダブルブッキング
にておりませぬが
そこはほら「達者なワカモノ」を
Featureしてお送りします。

是非お越し下さい。お待ち申し上げております。
COWBOYS今回ぶちかましたいと考えております。

4.13(Fri.)
18:30open 19:00start
@SUN HALL
お名前を言っていただければ
2000円(ドリンク別)
です。
プリマヴェーラなFood by O Leãozinhoです。



posted by 浪速のCAETANO at 16:01| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | host live | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月06日

進化を続ける人

 ボサ姫とのライヴ、よかったですね。おそらく、来られた方・満足されたのではないでしょうか。

 最近・アウェイほんとに大好きです。

 その後・せっかくtentenでは飲まなかったのに、結局朝まで飲んでしまったわけで、その余韻にカラダがだる〜みたいな状況で、塾をかるくこなして、あ・そーだった。カウボーイズのリハだった・と気づき、エレキを持ってスタジオへ。

 ケースを開けてギターを取り出すが、「よう錆びてた。」弦が。そしてチューニングしてるとすぐ切れた。前のホストライヴ以降触ったませんでした。だはは。

 そんな練習せんやつでええの?

 うーん・わかりません。まあ・しかし、アコースティックは弾いてたんだけどね。

 しかし、だね、バンドは楽しい。その筋の猛者たちと音を出すのは楽しいよ。ただ、たまにやるとオノレの書いた歌詞を忘れている。ここ・ダメね。これが一番ダメ。復習しましょうね・本番までに。

 しかし、おそらく前々日にRichard Thompsonを見るわけで、これはもう間違いなく気持ちは昂揚しているはずであり、精神面は問題ないんです。多分、あのプレイを見て「わかる」のは大阪で何人いるんでしょうか?
ある高みまで行かないと「次の高み」って見えないからね。わからなくってもそれを体験するのはすごくいいことなんですが、なんというか「?」で終わるでしょうけど。それでも彼の音楽のトータリティーを感じるだけでも幸せ・というものだと思う。おれはですねえ・こないだの来日から、どれくらい自分が「近づいた」かを確認してみたいの。彼特有のプレイというのがあり、それはピックを持った親指と人差し指でベースラインを弾きながら中指とおねーさん指でフレーズを弾く・といったもので、結果的にひとりでベースとギターをやっちゃうというアクロバティックなプレイなんですが、それをおれもやっています。それをジャズ的にやるのはつまんない。あくまで、トラッド、そしてロックのニュアンスでやってるところがかっこいいわけ。まあ端的に言うなら「ガッツ」があるかないか、かな。それと、そのプレイに(あくまで歌のバックとして)必然性があるかないか、かな。

 上手さの「次元」が違う。おれは、ジャズってはっきりいうと嫌いで、「おれジャズやってんねん」と言うヤツはさらに嫌いだが、それは本来は「パンク」であったはずのジャズを「技術」のみでしかとらえられないバカが多過ぎるからなのだ。お前ら音楽をなんや・思とんねん、と。「上手い」とは時に「恥ずかしい」ことでもあるのだ。そんなことも「一回も」思ったことはないだろう・お前らは。 なぜか?  バカだから。

 そんな、風潮に凶器攻撃・そして、ギタリストから尊敬を集めるのが彼・なのであって、何度も言うが「次元」が違う。彼の演奏を譜面に起こすのはかなりたいへんな作業だとおもうな。

 まあ・そんなリアリィ グレイトなRichard Thompson、Neil Young、Caetano Velosoとともにおれの「偉大なる先達」です。

 来週は音楽の比重の高い、自分にとってはすばらしい一週間。ということはどんどんビンボーになる一週間。しかし、お金には換えられん値打ちってのも「確実に」存在するの。いや・ほんとよ。


 これを見て「?」の人は音楽ヤメることをすすめるけどね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:45| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする