2018年01月20日

1 year has passed.

8月前〜中盤の二週間は鎮魂の日々という認識がある。悲劇が起こり過ぎているからなのだが、1月の17〜27まではおれにとってもう一つの鎮魂periodになってしまった。一週間後にはヒゲのオトコの命日だが、今日は親父の命日である(享年83歳、数えなら84歳)。一周忌ということである。

「偲ぶ会」ということで、おれも弟も業界的にこの時期は休めないので春にそれは改めてやろうや、ということになっている。もう日取りも決まっている。

親父の死はまだhotである。その後5・6度実家へ行っているが、親父の闘病〜葬儀の際に表面化した家族間のトラブルが尾を引いていたからなのだが、それも時間とともに(1年かよ)少しづつ沈静化してきたような、こないような。一番怒ってるのはおれなんだけど。

体調がすこぶる悪く、喉は治んないし、交感神経がずーっと高ぶってる感じで、擦り切れてそのうち死ぬんじゃないか、という気がせんでもなく、出来るだけストレスを避けようと思ってる。too muchなことはmentalだけではなくphysicalにも「ちゃんと」ダメッジを残す。残してる。今、アラームが鳴ってるのが自分でもちゃんとわかってるから「いつexodus?」というか「どれだけ早くにexodus?」

ギターを弾いてないことも関係あるかもしれないと思ってる。東日本の震災の時のあのやるせなさをすくってくれたのもギターを触るという行為だった。で、やっと店から取ってきた。20日触ってなかった。

今はちょっと心身ともに「最悪」。しかし/だから「底」打ったかな?ならいいのだけど。see what's gonna happen.

死んだら親父と向こうで「we two alone」である。それだけは避けたい。






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2018年01月19日

へー、孤独担当相!

英国の「孤独担当相」。深刻なんだな。Pubとかの数が減ってるのも一因のようだ。

おれはプライヴェートではそうopenな方ではないと思う。だから飲み屋で話盛り上がっても「一期一会」である。だが世の中には、そこから友人関係を築ける人もいることはわかっている。すごいな、、とは思うがいいなとはさほど思わないけど。

そこだけでいうなら、店がその機能をもってるかもしらんなあ。

仕事が「全開」を要求されるからね。そのワンクッションあった方がおれは楽である。お勉強や音楽やということかな。だからそういうのがなくなったら「ぼっち」ということになるな。あービックリした。

友人ではないが、日々の生活の中で「いないと困る」方がいる。

本庄のスーパーのレジの元ヤンぽいおばさんと、十三のタバコ屋の、経済学者水野和夫氏に似たおばちゃんである。彼女らがいなくなるとこまる。元ヤンのおばさんは必ず買ったものをレジ袋に詰めてくれるし、水野和子は3回に一回ライターをくれる。

今「お前はアホか」あるいは「お前か、アホは」のどっちかが聞こえた気がしたが、誰か言うた?

となりのコンビニの「ねえちゃん」とかじゃないとこが救われるはずなんだけど。若いオンナに期待しちゃあかんのよ。そんなもんの「中身のなさ」はもうよくわかってる。彼女らだけのせいではないのね。育った時代が悪い。まあ、ええ子もいるっちゃいるが。

だけど、「孤独担当相」なんかすごいね。最近見直すこと多いなイギリス。かつてのヘゲモニー、大英帝国。

こちらの国のバカpoliticianが海外で、おそらくUNで、だと思うが、「DPRKの漁民がわずかな燃料だけで日本海に出て、それが裏日本の海岸に漂着して、そこには死体がゴロゴロのってるでしょ、それ「経済制裁」が効いてるって証拠じゃん」と得意げに話したらしいが、「ほんまのアホ」こういうとこにおる。何かが狂ってる。人権意識ってやっぱアジアってないねんな、そういう理解をされるね。されてるか、もう。

昨日は仕事が夜だったから、通勤(帰り)のみなさんに混じって通勤(行き)のおれは阪急からJRへの高架を歩いてる時にその「遅さ」に「ちょっとちょっと」となって、そりゃそうね、お帰りは行きみたいに歩くのが速くない、当然か、そんな気になり、ただそういう人々のお帰りに混じって「行き」ってのはその空気が辛いなと感じ、「そうや、サンダーバード」やと11番線へと向かった。

シートが最高のサンダーバードの窓際で京都まで27分。新快速でも29分だからさほど変わらんのだけど、そこは気分の問題。夜京都、もうそれで行こうと決めた。通勤の「乾いた空気」が「旅情」へ変換した27分。その分授業は緩みがち、だったが、ええよ、もう。

混んでる、がもっとも嫌な人間もいる。バルカン人は「孤独」を愛するわけで。









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2018年01月18日

コーヒー切れで手震える

コーヒーが切れて手が震えていた。雨と外仕事で買いに行けなかったのだ。靴のお直しとか、フンドーキンのポン酢とかコミで天六へ。

で、今超フレッシュ・コーヒーを淹れている。

旨い。マンデリンg1のイタリアンとフレンチの間ぐらいで、といつも言っている。かなり、だから深入りだね。西京極の駅出たとこにnestleのコーヒースタンドがあり、そこではブラックかカフェオレのビターというのをtake outして学校まで持っていくのが常だった。今期は昨日で終了。また来年。阪急特急で読書か睡眠の行き帰りだった。だいたいズルして乗ってるので。先週今週は週5で京都行っている。職場京都、でよかった?まあいいこともあった。ごっつい旨い「お茶漬け」が梅田阪急で見かけて、各おばあさんに大好評だったのだが、消えてしまっていたのを京都伊勢丹で発見したり、とか。会館飲み、とか。会館文化って知らなかった。京都ならでは。

喉の痛さは1日目の60%ほどになったが喋るのがこんどはキツくなってきた。今日は夜に150分。またまた京都。今日のjrは座れないな。だが行きの新快速は速い。29分。帰りは途中で快速化する普通で。

本日は暖かい。

早く喉が戻っていただきたい。何もできない。今はミュージシャンからは最も遠い。スウィングの向こう側。

さて「政府は教養が高く、批判的思考のできる、情報をきちんと精査できるような人間を嫌う。政府の利益に反するからだ。政府が好むのは、従順な働き手で与えられた仕事を事務的にこなし、歯車の一部になることを容易く受け入れるくらいアタマの軽い人間だ」ジョージ・カーリン。彼はアメリカのコメディアン。

こんなぐらいのこと言えるお笑い、こちらの国にいるか?こちらの国の「不振」って「構造的」ということだね。








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2018年01月17日

1.17

1.17。23歳以下の若者にその話をすると、家族の誰かが被害者じゃないとき、「は?で?」みたいな反応が返ってくることが多い。

大災害はやっぱ東日本・東北でないかい?というのが主流なのだろう。まだ収束してないし「一生」収束しないからね。

ただ、あの日、からこちらの国は「変わった」のね。「揺れる街」になりました。そこからは揺れ続けてるわけで。

当時、豊津も震度は4ながら、味わったことのない揺れがあった。膨大な数のヴィデオは全て落ち、ネコたち(当時4名)は3日ほど押し入れかどこかにいて出てこなかった。缶詰を開ける音をさせたとしても。

マンションのタンクが壊れ、水浸しになった家もあり、風呂は1ヶ月入れなかった。冬だったからまだ良かった。初見の人とかでも、あの時の記憶から話を始めたなら、ひどい喧嘩にはならないんじゃないか、そんな気がする。

駐車場の前の道が地割れ・段差になってて、こりゃ普通のクルマ出れんな、と思ったが、当時乗ってたシトロエンBXのハイドロを一番高いところに設定するとかろうじて出入りが出来た。あのシトロエンは車体と同額ぐらい修理費にかかったが、あの一瞬の雲の上を歩いてるような段差を越える際の乗り味だけで全て「ユルす」となる。高さには4段階あって一番下と一番上はそれで走っちゃいけません。あのときは「緊急事態」。よく壊れたがほんとにいいクルマだった。エンジンに火を入れるとLHMオイルが全身に回り出し、まずはフロントがそして遅れてリアがムックリともたげてくる。機械が動物になる瞬間なのだが、それだけでも人に見せる値打ちはあった。

同じフランス車でもプジョー309GTiみたいに前脚ビキーンと決まってコーナーをクリアするのが楽しくてしょうがないというわけでもなく、ただ高速走る時のシートのあの密度の高い液体に浮かんでるかのような(リアルにそうなんだけどね)あの気持ちよさったらなかった。おれの歴代15台クルマの中で高速走って楽しかったのはシトロエンとSAAB コンヴァーチブルぐらいだなあと思う。あとは全て「峠系」だはは。

そんなことで震災当時のクルマと言えばシトロエンBX。いつまでも忘れられない、ということになる。

神戸、淡路、阪神間あと伊丹豊中ね、そこら辺で被災された方とはレヴェルが違うが、おれもまた激しく心が揺さぶられた一人であることは間違いない。阪神高速が「倒壊する」なんて誰が想像できただろう。あと駅が「なくなった」とか、ビルが傾いたまま止まってる、とか。

暫くの間、震災の時の映像を必ず流してたよね。いつの間にかヤメになったね。体験してない人々にとっては「ホラー」だからなあ。

おれは震災を思い出すときは必ずシトロエンを、BXと言えば必ずあの震災を、思い出してしまうのね。こればっかりはもう「切っても切れない」の。








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2018年01月16日

ロキソニンが効かん

物理的にもその内容自体も「過剰」でなあとには何かある。何かがあるよね。あった。

この喉の痛さは未経験。fluではなかった。でもこの非道いsore throat。もう唾を飲み込んでも「飛び上がるほど」痛い。

平成クリニック昨日行ったがラチがあかんから、大学前に耳鼻咽喉科行こうと思う。hardest ever。

food & drinkも同様にツラい。しかし、食わないと飲まないと、だから無理に食ったり飲んだりするから食ったり飲んだりは「苦行」となる。

風邪、なのだろうか?ここはやっぱり専門の、、、という気になる。梅田に用事があるから行ってこようと思う。ロキソニンの効かない痛み、と言えば、少しは分かりやすいだろうか。

vitamin cも大量投与してはいるが、要らんよもう、ということにはなっていない、身体は。やっぱ風邪か?いろいろ考えてしまう。人生・実験とは言え。

今回は声には影響はない。声帯とかではない。嚥下に力がいるし、痛い。ふと親父のことを思い出す。ごっくん力が歳とともに低下して、彼が肺炎を起こした際には「ワカメ」が気道から出て来たという。奇しくも今週末は一周忌でもあった。何かしら思い出す。








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2018年01月15日

なんかようわからん

朝が来ない夜はない。というわけで、最忙週が終わる。もうさすがのおれもいっぱいいっぱい。今日の京都300分は295分で力尽きた。

センターも終了。ムーミンがなんとか、みたいな。

いろんなことが「重なる」のだが、ちょっとその「責任」においてこんなに重かったのは久しぶりだなあと振り返る。結果は静かに自分で受け止めるしかないだろうなあ。これがおれの「実力」だよなあ、と。まだ何も結果は出てないが。今はセンター試験受けた受験生と同じく。まあ、彼らは自己採点の真っ最中だろうが。

今週はホンマに4人で生きてた。染色体が体細胞分裂時に相同染色体となるがごとく、それを二回繰り返すかのごとく、4人になって生きてた。密度が4倍、時間を細分化して7日で28日、およそ〜1ヶ月、生きた。

ヘトヘトでJRの新快速を待つ体力もなくふくらはぎの外側の足首に近い方がつって歩けなくなったので、普通、に乗る。だが普通といっても高槻からは快速になる普通、ちゅうのがあり(そんなことも今回知ったのだが)、あのさ、新快速を待ってる人々に言いたいが、新快速なら29分のところ、そのおれが乗ってる普通でも45分ぐらいで大阪着くよ。で、おれが乗った普通、3分出るのが早いわけでさ、で、何よりも「空いてる」わけ。だから、こう言いたいのね。「お前らは正味のアホである」と。

日曜の夕方、時間でいうなら引き算できる?45ー29ー3=12。12分よ。たった12分の節約のためにキミらは座れるか座れないかわからんとこをじーっと並んで、座れたかもしらんが隣が「ワキガのデブ」かも知らんわけでさ。おれなんか隣誰もいない中、高槻まではヒルネ、そこからは読書、そんな人生(45分)だったけどね。

まあ、選択。人生の選択(大げさ?)ですから、他人がどやこや言う必要もないのだけども。

もう大阪着いたら立ち飲みも、座り飲みもできない状態で、阪急メシだと思い立って、地下一階でいろいろ買って、帰宅し、白そして赤、と。一本600円のスジ煮、メルローにドンピシャだったなあ。

カーペット寝、ソファ寝を経て、これからやっとベッドへたどり着けそうである。ちょっと喉痛いが。イヤな予感せんでもないが。

人って「なんのために」生きてるんだろ?







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2018年01月13日

鍋だ!

エストニアへ?なんでまた?なんか用事?

国難とか言うとったくせに。

通常国会もヤバい。働き方(働かせ方)をオマエらに決められたくないんだけど。goalはもうわかってる。優秀な人材を年収300万ぐらいで働かせることだもんね。いや、できることなら200万かな。

ヒマな人、是非監視を。

ヒマな人にはヒマな人なりの有用性ってあるからね。

汚染水、水で薄めて太平洋へfrom fukushima。もうサンマは嫌いになった方がいいかもね。おれ、特にハラワタふぇちなので。いやー太平洋のサカナは食う気にならないな。実家行った時にサカナは食いだめ。刺身などを買う際にも、やっぱり産地、気になるね。長崎ではほとんど食べられてないが「ヨコワ」とかは買ってしまう。

今年入って鍋がなかなか出来ない。忙しくて買い物に行けなかったこともあるが、昨日行ったが、噂通り野菜(葉物)高い。白菜キャベツ大根レタス。どれも高い。野菜が、太陽のもとで育つことを再確認するものだ。葉物の野菜をおれたちは空気みたいに思っていたんだね。貴重になって初めてそういうことにも気づく。アホである。キノコ類はその点安定供給ね。キノコ鍋ということになるな。最近は舞茸が欠かせない。あのちょっとスモーキーな味が好み。

鍋は9割がた、ポン酢である。九州のポン酢が酸っぱすぎずいい。フンドーキンという大分は臼杵市で出来てるポン酢が阪急oasisに売っていて、そればっかり。それとヒガシマルのゴマポン酢の併用。まあまあ安上がりにできている、おれ。今日こそは京都から帰ったら鍋だ、とリキむ。葛切りもある。

酒はボルドーの白。これは豊富にある。シャブリやガヴィは別格で美味すぎるがボルドーの白特有のブルゴーニュとはまた違ったミネラル感も好きだ。最初鍋にはちょっと違和感があったのだが最近は逆にこっちでないとなんか物足りない。

鍋にはシャウエッセンとか入れる。あとエビシューマイとかもいれる。非常に旨いです。サカナは鮟鱇(これが太平洋か)がいいのだけど、ハゲや鱈のこともあり、意外にイケるのが鯖の水煮缶である。ちょっと投げやりな味わいで悪くない。お試しあれ。かしわはおれは食えんから、肉なら豚肩ロースか豚バラだね。あと、牡蠣ね、今の季節。Znよ。

大根に穴開けてそこに鷹の爪を「挿入」して、indee紅葉おろしを作る。ここ必須科目。最後の雑炊までいける時もいけない時もあるのだが、時々納豆を入れる。雑炊に納豆!黒胡麻(ゴマふぇちでもあった)。で海苔はものすごく旨いのが今ある。ハサミで切って。

もう冬といえばおれは鍋なのよ。正月明けて以来しかし、やってなかった。本日は絶対やるぞというマニフェスト。







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2018年01月12日

back to 70s

貧困と格差に多くの人たちが苦しみ、その出口さえも見えないこの閉塞状況を新自由主義の枠の中でその解決を図ろうということ自体が悪循環の極みなんだよね。人を出し抜こうという発想にしかならんでしょ。

「周りとともに」そんな意識じゃないと根本的には解決しない。

こちらの国にある資産の分配のプロポーションを少し変えるだけでえらい違うと思うな。

おれたちのアタマ悪いとこは、「非」資本主義の話になった時「じゃあキミは、旧USSRやchinaや、DPRKみたいにしたいのかー、おい」という反応が返ってくるところ、そしてその荒井注な言葉の勢いに押されること。政治と経済は分離できるパート、分離できないパート、あるから。政治体制を一党独裁にすることは「非」資本主義つまり経済を社会主義「的」にすることと同値ではないのね。

dtとhcの選挙の際にもう一人重要な人物がいたことをみなさんもうお忘れになっていると思うが、「Bernie Sandars」だが、彼は「社会主義」正確にゆうなら「民主的な社会主義」を唱えていた。あの新自由主義のメッカのUSAにおいててある。

ここはとても大事なとこで、それは新自由主義のカウンターは社会主義だったのね、やっぱり、ということなのだ。

OWS、つまりwall st.へのカウンターもまた社会主義だった。「労働者は団結しないと。ヘイ、そこのお巡りさん、キミも入ってるよ」なんてプラカード、なかなか素敵である。

おれたちとか団塊の世代とか、実は「経験的に」わかっているのね。政治体制は自由主義のまま経済を社会主義的にする、つまり、今のchinaと真逆だけど、それは可能だってことをね。生まれてこの方、だいたい「失われた時間」を生きるしかなかった若い子たちには想像もつかないような社会状況がありました。それは、あまり話題にならないが、バブル期より「以前」のことである。バブルで人は「格差」へ舵を切ったわけで。

冷酷で貪欲な資本主義の成れの果てが、今世界を覆う新自由主義だけど、もう一度おさらいをしておくなら、資本主義とは「奪う」ものであって「奪う場」を常に探してる。最初は植民地、次はcyber空間、そのどれもがフロンティアではなくなった今、資本主義は奪う側だった人々をその略奪の対象にしてるのね。アメリカでもこちらの国でもお隣の韓国でもそれは同じ。それがいわゆる中産階級がボロボロこぼれて、落ちていってる原因だから。中産階級の資産が略奪のターゲットになった、ということ。

今いい会社と言われる場にいる方は「奪う側の末端」に居るというだけの話。会社のリストラを考えればすぐに分かることだが、「会社」はおのれを守るために従業員の首を切る。奪う側にいたはずの人間が「奪われた瞬間」である。こんな簡単なことも「わからず」自分の身を守ろうと他人のことをチクったり、そんなつまらないことも起こる。奴隷度を競うなんてultimately stupid。資本主義の思惑通り。

だから言ったように新自由主義の枠内で物事を解決しようとしてもそれは無理なのね。

おれは空想を言っているんじゃなくて。というのはかつて「最も理想的な社会主義の国」が存在したからなのね。結果、分厚い中産階級が形成され、人々は希望に溢れていた。

それは70sの日本なのよ。灯台下暗しですね。












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2018年01月11日

猫の手の、ネコはいない

今、死にそうに忙しく、猫の手も借りたいぐらいだが、ネコ田大学卒業の身としては、そうもいかず、店ネコのticoとは仲悪い、そんなことである。

昨日は京都k女子大で「カタチばかりの」試験。カタチばかりとは言え、自分が教えてることに対するレスポンスであるから、できるだけいっぱい正解していただきたい、が人情となる。

しかしなかなか問題がムズい。

もうひとつの自然科学の講座は対象が環境とおのれのカラダであるから喋ってても楽しいが、こちらの数的と言われるお勉強は論理と脳内の活性みたいなことなので、なかなかスパーンと割り切れず、もやもやが残りがちね。まあでも半年間、みなさんよく頑張っていただいたよ。

いい子たち多いね、最近の大学。関係性は化学反応だからいい時もあれば悪い時もあるが、だからいちいち喜んだりめげたりしてもしょうがないのだけど、それでもdecencyを持ちながら対処するしかないのね。

この大学とは縁がありそうである。来年度も三つ講座が決まってたりする。ただ今期は来週が最後の授業、ちょっとさびしいね。

このfu◉kな世の中にこれから出て行くことになる彼女たちに、いつでも相談乗るぜ、と言いたい気分だ。ちょっとパパ的にもなるというわけだね。

喫煙所がある大学でよかった、かんけーないが。ガマンはできるけどさ。

昨日からマスクマンである。どうも、flu蔓延しつつある、そんな「気」がする。加湿器もガンガンかけている。さて中学受験反日小学生がもうじきやってくる。終わって京都校の本日二本建て。










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2018年01月10日

David Byrneの新作

[everybody's comin' to my house & never gonna be alone. everybody's comin' to  my house & never gonna go back home]

「これは皮肉を言っているのだろうか? 冗談か? 僕は本気で言っているのか? どんな意味で? 過去ないしは未来のことを言っているのか? 個人的なことか、それとも政治的なことか?

今回の曲は空想の場所や存在し得ない場所のことを述べているわけではなく、むしろ今僕らが暮らす世界のことを描こうと試みたんだ。思うに、僕らの多くはこの世界に満足していないだろう。僕らのために形作ってきたこの世界をね。僕らは見回して、自分に問いかける。こんなことにならなければならなかったのか? 別の方法はなかったのか? これらの曲はそうやって見つめて、問いかけることについてなんだ。

このアルバムは間接的な意味で強い大志についてのものなんだ。時にそれを描くことが他の可能性を明かし、見せることになるからね。疑問を投げかけることは、答えを探すプロセスを始めることになるんだ。それを描くことはある意味、規範を作っていくことになる。問いかけるという行動は大きなステップなんだ。これらの楽曲は心からのものだし、タイトルも皮肉じゃない。このタイトルは特定のユートピアについて言っているのではなくて、どんなことが起こり得て、実際可能なのか、そうしたことについての切望や苛立ちや大志や恐怖や希望について言っているんだ。描くこと、不満、そして情熱、このアルバムの曲が触れているのはそうしたものだと思っている。

僕は間違いのない答えへの方法を持っているわけではない。でも、僕に分かるのは、見つめて、問いかけ、疑問を持ち、僅かな希望にすがりつき、絶望や冷笑にすっかり屈してしまいたくないと考えているのは僕だけではないということだ」

david byrneの、brian eno ,st.vincentとのすんばらしい共作をのぞけば、14年ぶりの新作が出る。上記はそのstatement。訳はイマイチ。おれにやらせろよ、と思う、マヂで。まあそれはいい。

その間、著書[How Music Works](これ、ほぼ論文ね)で自らと、音楽、制作、制作環境、音楽ビジネス、それらの変容についてもまさにこれはdavid byrneならではの視点からの論点を展開してるわけね。残念ながら、その訳、おれは300/360(あと60ページ)というところで止まってるけどさ、まあ、でもおそらく、ろくでもない音楽現場を知らんバカ学者か、ちょっと名の売れたミュージシャン&ゴースト翻訳者のコラボとなって世に出ると思う。だが、おれはおれで春になったら残り60ページ終わらそう。人としてのケジメだから。おれが一番david byrneのことわかってるってのは不動。うーん、でももう少し動いてみようかな、やっぱり。

世の中には「信頼できるミュージシャン」というのは実はさほどいなくてね、neil young,richard thompson,caetano veloso、信頼という重たい言葉が付随するためにはsenior to meという条件もまた要る、おれには。だからbonoとかはちょっと違う。そもそもその音楽がおれにはピンとこないからね。

david byrneはその一人。その後、followする人、あんまりいないのね。carl finchぐらいだね。david & carlは同世代。NY Punkとして出現して(尤も、本人は自分のことをPunkとは一度も標榜していないけどね@How Music Works)、世界音楽に触れ、のめり込み、時に消化不良を起こし、コピーではないおのれの音楽としてキメラではないものを作るっていうのはもうほんとにそのスケールに結果的に少し差が出たけど、おれとおんなじ。Fandango元staffならわかってもらえるだろうか。

上記の[everybody's comin' to my house]はyou tubeでも聴ける。1日で49000再生。ちょっと安心した(何を?)。




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2018年01月09日

cruel world

揚げ足を取ろう。

驕ることなくが「奢ることなく」になってるよ。奢りまくってるくせにね。おのれの普段の行為から無意識に漢字を選択してしまう、なんてことがあるのかないのか、そんなことは知らないが、くくく。

昨日は店長とフレンチで新年会。豊崎のmistral。忘年会ができなかったからさ。年末、忙しかった。もう忘れてるが。

今日までは普通だが、明日からはちょっと厳しいよ〜。受験と試験と卒論。期日とdueが重なっている。もうどーしよーかい、と思うが「自転車操業」しかないのね。しかしかなりハードに「漕がなきゃ」いかんなあ。生きてるかなあ、その後?

フレイルってなによ?「Frailty」のことみたいだが。Frailtyは老衰・虚弱だが。サルコベニアってなによ?筋力低下みたいだが。だけどさ、年取るって「そういうこと」じゃないの?商売の匂いがするね。

あのさ、クソみたいな国のクソみたいな時間帯を生きたいわけ?おれはそうでもないので。筋力低下大いに結構よ。ギターが弾けたらそれでいい。老衰で死ぬのって「理想的」。

あのさ、こちらの国の人々、もう今がまだキワキワでこれからは間違いなく不幸度アップするので、生きたい方はそこ、戦ってちょーだいよ/ちょーだいね。死者のことを考えると、まあそれも良かったかもね、となる。

だから、おれは「どっちでもいい」です。おふくろを見送る。それだけが今の義務。あとは未定。そもそも五輪後のこちらの国にvisionがあるかね?warを仕掛けた国の国民も嫌だし、また敗戦国の国民なんてもっと嫌だし。

だったらただ/まだ「元気のない」国の人でいいよ。消費税上がるの今年やった?「消費税10%で完全に日本は終わる」と言われてるけどね。駆け込み購買とせんでもいい五輪がこちらの国の「正真正銘・最後」の盛り上がりになることでしょう。チーン・だね。若いヤツ、ホントに可哀想。












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2018年01月08日

Gall

闘将・星野は膵臓がん、享年70歳。

France Gallは乳がん、享年70歳。

フランス ガル、好きだったな。アホそうなとこが。歳の取り方も。イタリアのカトリーヌ・スパークにも似て、かわいいおばあさん、というかリアル「年上の女(ひと)」。

シャンソン人形とかじゃなくておれは70sのガルが好きだった。脱ゲンズブール後ということだが。歌は決して上手くない(そこは美点ね)のだが、彼女独特のヴィブラートがどこまでもおれの心と身体の中でエコーしていたなあ。

歌は上手いか下手か、ではなく、「いいかわるいか」だけ。

フランス語で歌われる歌はそれだけでゲタ履いてるようなものだ、とはよくかつて思ったものだが、これは気のせいかなあという気もするが、いややっぱりほんと、とも思う。結論はまだ出ていない。ゲンズブールの曲なども、一人でやったりするとまた格別なる思いに包まれることがある。この場合は一人で、というのがポイントで、その経験がなければその特権的な感覚はわからないだろうと思う。

体内化しちゃったものはしょうがないのよ。そして出逢いのタイミングもあるしね。ここは「脱国境音楽家」ならではの感覚。だからだれかにわかっていただこうという気はないのね。わかりっこないから。

ちょっと思うが70歳をおばあさんというのはちょっと違うなあ。吉永小百合氏の例とか。昔のイメージってもはや払拭されたのかもしれません。もちろん、人による、だが。

70歳の二人の死に、「平均寿命、下がるのでは」と先を見るおれは感受性過多だろうか?

おれの感覚は「そうじゃない」と言ってるけどね。昭和一桁ってなんだが「強い」んだよね。そこから徐々にひ弱になる、そんなイメージを持ってる。感覚と勘の話に終始したな。









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2018年01月06日

すでに進行してる

何日やったかな、「都庁爆破」というドラマやってたね。安かったけど。帝都でのテロ。

大卒の初年度年収、200万@こちら、500万@あちら。

憲法を私物化、というか無視するPM。立憲主義というのがよくわかってないのね。誰か教えてあげてほしい。

水も種もバーゲンだね。

海外の人たち、もうこちらの国の劣化・崩壊に気づいてる、と思うね。raperとその保護が致命的だったと思う。「内向き」ってのがだめなのよ。黒塗りとか、キックも。アホがたくさん喜んでたね。象徴的。視界が列島内で終わってる。禊・なんて言葉を使うんじゃないぞ。禊と祓はそんな気軽に使う言葉じゃないからね。バカ議員とかがカルく使いすぎなのね。

相撲界に関してずっと勘付いてたホモの匂い。力士の紹介、行事の紹介、そして「呼び出しは【次郎】」ここに集約されてるから。ゲイではなくこの場合はホモ、だね。くくく。


しかしまあ、年が変わったとしても人の気分ぐらいは一瞬変わる気もするが状況は「進展」してるわけだから、正月気分のヴェールを剥いてみたら「暗〜く」なって当然かな。ずっと暗いもんね。

嫌な兆候もすでに現れてきてる。早いな。今はまだ兆しではあるが。

おれの寿命というよりはやはりおふくろの寿命を区切りにする方が「正しい」のではないか、という方向に傾く。傾きがち。

最近の正月、なんだかのっぺりしてる。年末の解放によるダラダラ気分が全てなのかもしれないな。もしかそうなら、こちらはところが年末は最後まで仕事であるから、さらに世間とは乖離していくもんね。全然いいが、それで。

いやしかし、もう始まってしまったよ、2018。酷い年になるのはもうわかってる。だが、だからというべきか、ここは繋がりが、大変大事だということになる。外を向きながらの内的連帯というかね。







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2018年01月04日

relaxed

時間を噛み締めながら過ごしているが、ゆっくり出来てると感じる。

残り少ない時間は大切に。心からそう思うのね。

まあ「いいよー」。「いいよー」と吉本の彼も言っていた。「寛容」だよね。

おそらくおれはもう3/10まで休めないと思うが、それで構わないのね。そこからは録音とツアーとおのれのライヴ。親父の一回忌。そういうことをgoalに春まで過ごす、そんなことね。そこまでの仕事のヴァリエーションを思えば頭クラクラしてくるが、ちょっとぐらい無理目の方がworth overcoming、そんなことでもある。

高校時代のbassist、家具屋の社長はカラダはまだ癒えてはいないが、チューニングは手が届かず出来んと言うてたが精神はかなり「戻ってた」。昨夜Uncle Harrisonで、以前と同様のことをやって、やれてそう思う。去年のお盆から4ヶ月半。順調な回復で安心した。リヴェンジ・ライヴ、準備するよー。

一力のある寺町通りから鍛冶屋通りへ戻ってくるとある冨士男というコーヒー屋、ママもお気に入りだがそこでコーヒーを飲んでいる。石丸文光堂でestrangedicostaricaのカレンダーを買い、unitedbeesの手帳は案の定まだ出てなくて、お袋に頼まれた和筆を買った。cheのタバコを売ってるタバコ屋には中国人がいた。年末に船で3000人規模で長崎港に着いたのだという。三月のツアーのvenueを確認しに行きたいのだけど正月だしなあ、まだ空いてないかね?bassistからの連絡待ちである。

なんとなくだが、活気があるな、と思う。嬉しいことだ。モノも売れ出せばいいが。観光都市のニュアンスどんどん大きくなってくるなという印象であるがいいも悪いもなく、世の中の流れに逆らうことはメリットないもんな。

うちの家の近くにも外国語大学があって、いろんなforeignersいる。長崎市の北限だが、その北限超えた町がかなり裕福で、いろんなものができている。長崎市の所謂郊外。文化的にはまだまだうーん、だが、そこは最後の話。

できるだけ穏やかに生きてる親と同じ空気を吸う。そんなことぐらいしか出来ないのね。で、それでいいのね。

さてそろそろLet's get busy!






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2018年01月03日

新年明けましておめでとう

思いもかけず、Ganzでのカウントダウン後、Todo O Mundoで関係者と過ごし、富島神社へ初詣、おみくじを引き、あのさ「半凶」てなんなん、と誰に当たるでもないやるせなさをぐっと飲み込んで、みんなと別れ、家に帰り、これでちゃんと寝たらヤバいな、ということでカーペット寝の初寝後、無事起きたのはいいが、その後ダラダラしてしまい空港へ行く電車を一つ乗り遅れ、いやーまたかよと自分でもやや嫌気さしながらも、行くだけ行ってあかん場合はそんときはそんときと思い、行ってみたら、困ったちゃんの処理に慣れているスカイマークの受付嬢はススススーと案内してくれ、ケツから3番目ぐらいの機内の人となる。

で、俳人宅にお邪魔している。

元旦の夜は12時間近く寝てしまった。ありえないことで、本人もびっくり。

tv、見るものがないので見ていなかったが、あ、箱根があったね、と箱根を二日間見てしまう。エネルギーが詰まっているものはやはり見る価値あるね。20000mって大変である、と元駅伝部(中1一年だけ)は思う。本人たちが自然に泣けてくることってのは値打ちあるということだね。その値打ちは3年ごろし、いや10年ごろしかもしらんよ。

うちそとで食う物飲む物あり過ぎて、あかんな、太るな、ええか、ま。そんな食えんのでね。腰が痛むからストレッチを執拗にするがなんかもひとつ。もうちょっとやり続けてみよう。

友人たちとはこれから。アンクルハリソンもこれから。

the most fu●kin' yearが始まったけどね。everな。覚悟はいいかい?おれは「半凶」だしねえ。


旧年中はいろいろとお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたしますね。








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2017年12月31日

いい大晦日だ!

恒例の年越し蕎麦を店長と食べに行ってビール・酒と飲み、帰りに店長の明日のメシと本日迷い込んできたヤツ用のまぐろのヅケと豚汁の材料を買って、コーヒーを飲みたいなとさんざん探したがこの時間開いてるドトールさえもなく、いやあ、それでいいのかも、そーだよね、と一旦家に戻ったとこなのだが、なんだかこう落ち着いた大晦日というのは大変久しぶりだなあと感慨に耽っている。
おそらく、今日早く起きたことが奏功したな。だいたい、起きたらあと9時間で本年終わり、とかいうパターンばかりだった。これがコツでした。覚えとけよ。

家では25年前の世界最強Sonna Bananaの@Fandangoというのが鳴っていて、これが物凄いからね、ほんとに。北林、かおる、ホンジ、ともののリズム隊にシーラ、ミルクマンのフロントチーム、ラッパ隊は最強の四人。みんな持ち場での自己主張、凄まじい。しかしこれが見事にアンサンブルになってるところが最強たる所以であるね。おれのストラトもシールド一本でやってますなのに、なんであんなええ音なるかね?

まあ、「世間」では紅白歌合戦などというおそろしくも醜悪な番組が始まろうとしている頃だが、おれは「じゃあ、今日何をやろうか」など考えている。優劣ではないのね、matter of tasteってことね。

そうか、すっぽんぽん'ズと一緒ということはアオミのエレキあるな、なんて。

世の中そうすてたもんじゃない。もしそう思っているとするなら「あまりに知らなさすぎる」だけである。自分から楽しいことはやれるのである。才能もそりゃいるだろう。努力ももしかしたらいるのかもしれない。おれにはあんまりそこ、縁のない話だけど。

本年も、TodoOMundo,marutanikaz=浪速のカエターノ、marutanikaz y sentimiento '17,すっぽんぽん'ズのこと、ちらっとでも気にかけていただいた方々、ありがとうね。また、来年もかる〜くでいいので、よろしくお願いいたしますね。


ではみなさん、prospero ano novo 2018!



posted by 浪速のCAETANO at 18:23| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

年末final 2017〜2018山椒の誓い

<2017〜2018山椒の誓い>

さてやっと終わりやがる。2017。

おれ、年末忙しいっていうの、救われてると思う。この年末で気が緩みがちな時間帯に他の日本人と共有するものか極力少ないという結果をもたらすからだ。

感謝しなきゃな、仕事に。そう思う。いやマヂで。

まだ終わっちゃいなくて、卒論help。まあそれもよし。これからコーヒーを淹れてから昼までにやる。

年という「枠」でほんとにおれたち考えがちなのだが、この東洋的なマナーっていいの・あかんの、どっち?

その枠ってことで言えば、2018という枠はまたまたいろんなものが顕在化する。これ毎回なのだがパンツ脱ぐ、に似てる。パンツを脱ぐのだが、「やめてー」の声とともにパンツは脱がれるのだが、脱いでもまたパンツなのね。パンツの下にはまたパンツ。で、そのパンツの様子がどんどんグロテスクになっていく。かつては仄めかし、ぐらいだったのが今やmuch too 直裁的で、それはもうある一派がもうぶっちゃけにかかってるからなのだが、もうホンマに品ないんやから、ぶっちゃけにぶっちゃけでかえしたり、ぶっちゃけ度を競ってたりするうちに、もうおっさん専用の痰壺ほどの濁り粘り汚水化、そんな見るに堪えん、そんな様子である。強いて言うなら。

いや、だから、この年末のバカ番組(およそ地上波な)って国民的コンセンサス形成になんらかの決定的な作用を及ぼしてるよ、絶対。

振り返るとか纏めるとかやばいのね。纏めんでええしな。アホがそんなことすればするほど非常にキメの荒い、貧相なヴォキャブラリイのまとめとなる。で、アホ同士「おーおー」となる。そしてそれは固定化するのだ。もーやめて。

電波芸者。それやったら、、、、の方がマシやん、とか言う話。よくあるが、マシ言われてるヤツ、「もーどーにでもして、私(おれ)この世界で死ぬまで生きる」といったハラ括ったタイプ、多いです。そこもまた、グロテスク。

そういう全国民的コンセンサスの一部になるくらいなら独立国家作ろうよ。いや国家とかもうモタんか。コミュニティでしたね。もうできてるといえばできてる。だが、常に侵食されてる。そのせめぎあい。

だいたいがカネ(それも少額の小銭)に転ぶ。カネは今の世の中、ちっちゃなカミであるから致し方ないといった側面も否定できないが、これが70sの大英帝国だったら、政府から失業手当もらいつつ音楽やってたヤツら、いーっぱいいたのだ。1000人遊ばしといてそのなかの一人が大ブレイクして外貨をしこたま稼がせる、そんな発想できんかね。999人はプーだということだが、0.1%の確率だって宝くじよりは高い。母集団が1000000人だって理屈は同じである。

全国民的コンセンサスの外部にいるとこういう発想になる。もうこの国なんておれはどーでもいいので。税金は払ったるし選挙にも行くが、興味はない。古代の過去にはある。現代にはもうない。当然未来にもない。ろくなもんじゃなかった、ということがこれもまた顕在化するだけだ。日本がそーとーヤバいぜ、ということがあちこちで「語られてる」。記事になってるということだが、それを知らないのが日本人という、この喜劇的時間帯。なんでもかんでもギャグにしてその場を取り繕って、はい次行ってみよー、それで終わり。そんな終わり方してると、キミらがそんな終わり方させられることになるんだけどね。ご愁傷様。

関節が錆び付いて動きが悪く、血液の循環も滞りがちなのはあちこちに血栓ができているからで、脳からの指令も神経が断線しててうまくカラダの隅々まで届かず、内臓はガンが至る所に。それがこの国、で合ってる。

新幹線までも事故危惧リストに載ったよ。こないだも結局ダチョウ倶楽部してたわけで、それはおれたちが外からの目線を持ったときにギャグとしては自虐も入り大変面白いんだけど、決断できずに先送りというこれがカルチャーなんだよね。責任取るという言葉が辞書にない国。事が起こった後にハゲを見せて、30秒、それが責任。

汚れに汚れた2017。

明日から「サラ」の時間が始まる、などと少しでも思ってしまうおれもたいがいな東洋人であるが、西洋の語でもnew neo novo やっぱり新しいという意味はある。時間的断絶度は低くとも「サラはサラ」。

いいことも悪いこともあるのはわかってる。だけど、社会全体の中ではマージナルな位置取りだが、これはモットーだが「山椒」にならないとね。存在感。おれも、おれの周辺も、おれのやってることも。

とっとと消えやがれfu◉kin'2017。








posted by 浪速のCAETANO at 09:57| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

年末-6

やり納め、とか言うとったが、Ganzの大晦日のライヴのオファーがあり、すっぽんぽん'ズを連れて行ってこようと思う。

おれたちは22:00からと河村は言うてたが、押すのが常。すっぽんぽん'ズ→おれ、か、おれ→すっぽんぽんズかは行ってみないとわからない。

儀礼とも言える。convention。

ただいま仕事納め中。今2人いて、某高校と某中学の過去問をやっている。外仕事、多すぎだが、本来は好き勝手できる塾が何と言っても本業である。シモネタ満載でも怒られない。ここ大事。外ではこんな風にはいかない。その分子どもたちも伸び伸び。マルタニ塾の伝統でもあるけど。

昨夜は市橋でひとり忘年会。勝駒とまながつおが美味かった。年の瀬。

どんどん臨界点に近づく中、目の前の小6と中3の未来にたいしておれたち、責任持たないといかんのだけど、もてんのか?と自問自答しつつ、12/30の午後が過ぎていく。


posted by 浪速のCAETANO at 13:43| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

年末-5

「判官贔屓」というのがあるでしょ?あったでしょ?が正しいかな。

バランスを取る「智慧」だと思うんだが。判官=貴乃花でいいと思う。国体の人だけど。

村本くんに「賛否」両論ておかしい。賛も否も「ふつう」にあっていいわけで、賛否両論と敢えて取り上げんでもよろしい。まだ民主主義国(ガワだけでもね)であるなら。

嘘つきは菅くんじゃなく東電だったことが証明された。そこに関しては名誉回復してあげないと。

籠池ちゃんとおばちゃん、ほんと「出して」あげていただきたい。弁護士の方々、動けよ。

寄らば大樹がデフォルトってもうこちらの国の人々が卑しくなって何年?空気は戦前。戦争のためには、opponentはchinaだからさ、DPRKではなくね、まだもひとつ盛り上がらないのを歓迎してるけどね。ただ戦時の空気だけは充分に整ってきてる。来年完成だね。それがイヤならlconをremoveすること、まず。できるかな?

いい思いをしたいという気持ち、おれはもうなくなった。充分に「した」。「本人」の満足度は本人しかわからないが、おれは十二分に「客観的」な人間ですけどね。

ほんとにどーでもよくなってしまってるのは、どうしようもないからなのだけど。しかし、明日も来るし、来年も来る。死んだ人々のことを考える。大蔵・Honzi・親父・高瀬・北林。キミらは解放されてるね、おれのこの苦しさからは。まあ、おれがキミらから学べることは、そっち行けば苦しみからは解放される、ということなのだけど、まだ行かない。行くべき時には行くことになるが、まだ行かない。キミらの思いを集約してもうちょっとがんばるね。心配がある。おれの思いを集約してくれる人間が不在なことなんだけど。だから、おれが終わるときは世界が終わるぐらいの気分である。滑稽かな。ま、いいんだけど。

今年中にやらないといかんことはまだまだ残ってるんだが、外仕事が終わってちょっと気が緩んだ挙句のバカ発言。

ストックと冷凍庫の整理というか、その一環でさつまいもご飯を炊く。おれは冬至の日に「食欲回復」が成されたので、正月はそこそこ食えるな、と安心している。飲むのはいつだって飲める。

年が明けるとまたまた2週間ほど休めない。1月は高瀬と親父の命日がある。今年はライヴの日に親父が死んだり、なかなかドラマチックだった。ドラマチック、でええんかな?

来年は3/5までは<Don't trust over sixty>.
3/6からは<Don't trust under sixty>などとフザケたことをいいつつ生きるつもり。

今年もバタバタしてるうちに終われそうだ。そこんとこ、歓迎。ていうか、みなさん、ヘタなヒマ、の方が危険じゃないの?と心配してあげる。






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2017年12月28日

年末-4

外仕事は今日で終わり。あとはうちの受験生である。30日まで仕事するね。毎年恒例のことであるね。

カネまみれの閉鎖体質の協会と「国体」なんて言葉を出してそれに逆らう貴乃花。意外におっきな話になってきてる。バカ右翼に利用されなければいいが。

今日を除けば3 days to go。もうほんと、早く終われ、クソ2017。

another fu●kin' 2018が始まるのなら始まれば良い。それが運命ならばいいよ。受け入れるよ。もう状況も進む方向も、それに対してジタバタという時期はalready gone behind。もう「手遅れ」なのね。

であれば、もうしょうがないのだ。しょうがないんだよ。みんなで選んだことなのだ。受け入れるしかないだろうよ。

このブログを始めて14年目に入る。いつまで続けられるだろうか?そんなことも思うのね。おれは基本、気持ちはメジャーながらその存在はマイナーなオトコなので、そうcheckされることはないと思うが、まあそんなこともどーでもええわ、なんて気にもなる。

自分のリアルな関係の中にしかリアルは存在しない。身体を使うというのが効率悪いけど、それしかないのね。効率を考えないなんていまどきどんだけアッタマ悪いねん、みたいなことだが、それ「上等」。効率のすべてにfu●ked upで良いのでは。

おれは自分の行為によって自分の全体性を回復することしか興味がないからさ。邪魔すんなよな、
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2017年12月26日

いいやり納め

今年の弾き納め、歌い納め。

気持ちの良いAudienceの前だったから、awayながらこちらも肩肘張ることなく気持ちよくできたね。オーナーの小田さん、江編集長に謝意を。

大阪組もありがとね。

いこいの横の洞穴で仕上げに飲んで、翌朝(今朝ね)に備えた。無事起きれた。高校から帰ると、卒論ヘルプが佳境を迎えてる。受験生を見ながら、いろいろ考える。まあ手順の問題なのだが、手順がめんどくさいんだな、これが。

はあー。

まあ昨日は「ハラ5分目」ぐらいでやめといて良かった。変な分泌が脳に 過剰にあったら、今日もやばかった。加減が難しい。

明日はなんとか朝ゆっくりである。「本日飲みすぎないこと。」おれがおれに言ってる。

ちょっと、ホットカーペットの人になろかな。

まあ毎年、年末はバタバタで新年を迎えるのがデフォルト。これでヒマになったらここはちょっとどうしていいのかわからなくなるかなあ。自分の常識は他人の非常識。逆も然り。

まあ忙しいのは「暇つぶし」にはなる。

今年もあと五日かあ!、。






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2017年12月25日

Feliz Navidad!

まあまあの早起きでog高校へ。近大問題一つ片付けて、帰ってきたらまだ一時過ぎだということだから家にも寄らず市橋に吸い込まれる。

ゴージャス昼メシでサッポロビールを飲んで、帰ってきて今ライヴの準備中というか声ちょっとヤバいな。ボーイソプラノは遠くになりにけり。

gearのチカラでなんとかごまかそう。頼むでRoland。


さ、そろそろ出かけようか。

みなさま[Feliz Navidad❗️]
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2017年12月24日

How far from X'mas

もう曇ってしまったが、先ほどまで北摂は「小春日和」。こりゃ外メシだ、と桃山台阪急オアシスに直行する。あれこれ買ってタカラ缶チューハイも買って、いつもの野球場のレフト側へ。

今日は野球をしてた。いつもは大抵ソフトボールなのだが。

子ども(何とかボーイズみたいな)vs障害をもつ大人チームの対戦だった。なんか妙だなと思っていたが注視してるとその事がわかった。

右手にグローブ、右手で投げる。そんな方が4.5人いたな。キャッチャーもそういう方で、捕球してポーンとボールを空中に放り投げ、その間にグローブを外して空中にあるボールを右手でキャッチし、ピッチャーへ返す。

バッティングはと言えば片手打ちだった。オーヴァースロウの速球にはなかなか片手では難しそうだった。だが、皆さん楽しんでいて、勝負は何ちゃらボーイズが勝ったみたいだったけど、これからの打ち上げの席もきっと楽しいだろうなと想像できた。

経済の卒論を手伝っていて、高齢者の不自由のことを考えていたから共通するものがあり興味深かった。これからの時代何かええことないんかい、がテーマだった。テーブルは何かしら悲惨な予兆だらけである。

だが、おれたちの先輩である団塊チームが後期高齢者になるあと5年後、まあ今でもそういう雰囲気はあるのだが、めんどくさい老人が増えるだろうな、と想像できる。めんどくさい老人のめんどくさい要求がニッチを発見させる、とおれはフんでいる。老人のハンデを老人のハンデはそのままにかつての喜びを回復させる、そんな産業が興るはずなのだ。ICTやAIがそこでは「いい仕事」をするはずだ。まあ若者よりはカネ持ってるし、これまで経験した快楽にかんしてもその絶対量はかなり日本初ほどのヴォリュームがあると思う。おれたちも大概だとは思うが、彼らって何かを(主にそれは欧米由来のもの)初めて「見た聞いたやった」という人々だからね。カスの人もいっぱいいるけど、おもしろい人生を送ってきてるはずなのね。

まあそんなことを言ってたのだけど、彼らのお金のストックで食いつなぎ、その間に熟年国としての産業を見出すことかな。それができるかは「技術大国」にもう一度戻れるかどうかにかかっている。

ただし、そこは今なかなか危機である。精神の緩みみたいなものが蔓延している。電機メーカーしかり、鉄鋼メーカーしかり、自動車メーカーしかり、ゼネコンしかり、JRしかりである。そこに関わった世代は早く企業の当事者よりは消費者に戻ることだね。そしてめんどくさいことを言い続けるのね。それがいい。いい企業人はしっかりおのれたちの遺産を下の世代に継承することね。政府が右翼のふりして売国って姿勢はしばらく変わらないと思えるから、その遺産の中からわがままな消費者相手のブレイクスルーを何個編み出せるかにこの国の未来はかかっている。

キーは老人が頑張って過去を取り戻す、ではなく、頑張らないで過去を取り戻す、だと強く思う。


ああ、なんかX'masから遠く離れて、である。すき焼きはやってます。









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2017年12月23日

年末-3

三ノ宮センター街、ヴェトナム料理店の乱立にちょっとビックリ。「南ヴェトナム」料理とわざわざ謳ってるものもあって。そうだね、HanoiとHo Chi Minhはだいぶ違うとはヴェトナム人留学生を見ててもなんかわかるし本人たちもそう言う。

仕事で面白くないことがあり(外に出るといろいろある、というかウンコが居る)、ちゃんとメシ食おうと潜ってウロウロしてた。

久しく訪れてなかった馴染みのバーにと生田筋を上ったが、、、なくなってた。下ってcorazonへ。ちょいとした打ち合わせというかなんというか、ただ飲んでるだけというか、終電ギリギリまでいてしまう。


暖かいx'masみたいだね。知らん間に12/23が祝日になってもう29年?それがヒロくんが即位したら外すの?で、明治の日かよ。ほんまに後ろ向きだなあ。逆行する歴史というのはなんなんでしょう?

いや70sに戻ろう、ならおれも支持する。

自分が何者でもまだなかった時代というのが愛おしい、ということはある。あるけども、そしてスマホもなく、音楽はヴィニール盤でアナログの極みであるが、彼女に電話、もドキドキでオトンが出たらどーする!みたいなことだが、自分が何者でもないと同時に社会もどう転がるかわからなかった。まだ物質的な意味でも余地があり、いろんな伸びしろもタップリあり、貧しかったが余裕があった、希望もあった。

明治なんてみなさんピンと来ないよ。戻るなら70sじゃね?英米のロックが輝きながらそこにあり、マークボランにデヴィッドボウイがいて、そして後半にはpunkも始まる。クラッシュのあの下手くそでsquareなビートの「police & thieves」がやけにカッコよかったんだね。すぐに取り込まれてしまったが。

昭和で言うなら45…55年ということになる。ちょうど中・高・大ということになる。自分は70sのオトコだなあと実感する。その気分のベースで自分は80sをそして90sを生きたのだなあ、とさらに激しく実感する、当時から言うなら遥かな未来であった2017の年の瀬。

明日は「平和のための世界の祝日」である。Todo O mundoではすき焼き。20時ぐらいから。オトナのすき焼きのたれこれから作ります。余っても自分で食うからいいのよ。










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2017年12月22日

声帯が、、、

朝起きたらまた、喉が痛く、耳鼻咽喉科へ行く。風邪とかじゃないのはわかってるんだが、「何」かが分からんのね。アレルギーではないのか、とかも思ってた。

鼻から細カメラ突っ込まれて声帯を見られる。イヤン。

浮腫が出来てる、と、声帯に。ちょっとの間通ってみようと思う。

Vocalist、頑張って。声帯もおそらく筋肉だから、そのコントロールに関して、歳は影響するはずよね。おじいさん・おばあさんvocalist、往年の音程そして節回しから程遠い例はいっぱいある。歌いつけてないというのもあると思う。おれは技巧派なので、コントロールは大事というか生命線なのだが、どうもそれが上手くいかず、なんでこんなに下手なのよ、とおのれに突っ込むこと再三あり、「うーん、もうっ!」だったのだが、たしかにファルセットが厳しい。khoomei(ホーメイ)みたいに「何音」かなってることがある。おれはアホなので「そーゆうのおもしろい」と思うのだが、そーじゃないのね。

まあ、歌いながら治していこうと思ってる。歌は「アジ」であるよ。あららら。

高音はHzが高い(多い)から声帯が余計に振動するわけで微妙なコントロール(特に高音は)が難しくなるのね。


今日はまああったかいですね。クリスマス前で神戸の街、人多いかなあ。意外とメゲるんだね、人混みは。行って教えてさっと帰る、今日はそれかな/だね。




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2017年12月21日

謙虚に

なんか寒いのね、今年は。エアコンとホットカーペットだけでやってたら生徒たちからブーイング。で、ガスファンヒーターを出す。うん、あったかい。

ホットカーペットをお勉強テーブルの下敷いているが、冬のひるねはそこで。ちょっとした「テント内感覚」があって気に入っている。胎内感覚かな。一人暮らしで自由に倦んじゃいかんのよ。やりたいことはやる。ファブリーズはしょっちゅうね。

太陽の黒点がいまなくなってるでしょ。寒くなるというか、寒冷化というかちょっとした氷河期にはいるのではないか?いい加減なこと言ってる、と思うだろう?思えよ。温暖化が「ウソ」だと思っていて、それは、化石燃料fu◉kということで、LEDだとか太陽光発電とか電気自動車とかに今投資が集中していてそこに日本企業が乗り遅れてる、とかを支持してるってこととはまた異なる話。マネーの世界はちょっと恐ろしくてね。もうそれは多勢に無勢であるから、そこはもうしょうがない。おれは内燃機関を持ったヴィークルがいいし、好きだが、もうそんなこと言ってられない時代になってる。

温暖化は時間帯の問題だと思う。そういう時間帯。だから、冷える時もある。ちっちゃなジグザグを繰り返しながら大きなスパンで「変化」して行くものなのだから、おれたちにその実感がないのは普通。実感があること自体がおかしいし、傲慢。たかが数十年の経験しかないのよ。

地球のことは「なるようにしかならん」これである。

おれたちは「ケツを拭く」ことしかできないの。あんまり「生意気」にならんほうがいいのよ。だいたいみなさんナマイキである。今、全世界の人間が「謙虚」になりさえすれば大概の問題は解決しそうだが。

全能感は、それがあるとするなら謙虚の遠い先にあるのだ。親鸞がそんなこと言うてたような気がする。










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2017年12月20日

little something(something awesome)

今年は学校はもう終わりで、大学も本日最終、予備校はあと一回、だが高校の冬期講習とあとは塾の受験生の冬期それにオトナのすき焼きの仕込みにコラソンでのライヴ、もうひとつ某女子の卒論の手伝い。これらが今年中の予定。30日まで。

小商いの集合、それがおれだった。昨日は学校のクリスマス会に呼ばれなんばパークスまで行く。もう全然わからない。あのあたりの変わり様。中国人旅行者の方がよく知ってるんじゃないの?ガイドブック持ってるから。新しいなんばは好きじゃない。千日前はまだマシ。ごちゃごちゃ感が街には必要なのね。みんみんのジンギスカン定食、餃子、ビール、とかスネパマル。

店にやっとこさ到着。総勢80名ほどの中、おれが教えてるヤツらほとんどいない。それでも、イネちゃん、ホアンくん、タインくん、ショウロちゃん、ハンちゃんとは会えた。ティエンくんは帰郷。ブンリュウはバイト、ニコラスとチャジャメイは寝坊。食事後はスケートが企画されているという。

最近、数学と理科を取る学生が減っているのね。まあ楽でいいんだけど。vietnameseはまず取らない。その中でもホアン、タイン、ティエン、ハンと4人いたのは良しとするべきなのだろう。すべてfirst nameながらこんなレヴェルだとほとんど個人情報とは言えん感じ。

とって返して西京極へ。京都は寒い。

地学の授業。地球の歴史46億年。女子大生のおかん、だいたい46歳が1人2人いる。昨日はけいこ(母)の人生に喩えて、地球の歴史を。けいこの40歳までは謎である、と。謎の女・けいこ。

等比級数的なテクノロジーの自己増殖的発展の真っ只中にいるおれたちを地球史の中に置いてみる、というのはまた明らかに別の観点がそこに生じるのね。時間のスケールがまるで違うでしょ。だから。まあ、これから時々でいいから思い出していただきたいな。時々でいいのよ。

自分の小ささを、というよりも「エラそうにしてるバカ」の小ささを確認してね。

さて、「Corazon」での1人ライヴは楽しみにしている。1人、好きである。awayというのも好きである。おそらく大晦日は静かに店で飲もうと思っているから音出し・歌い、今年最後でしょう。今年はeveが日曜でおれのんは月曜という「条件の悪さ」の中であるからまたまた少数精鋭ゲリラ第5部隊のみなさまと静謐な外気によく似合うクール、でありながらジワジワ熱が発生し、後は知らない、そんなao vivo(live)になればよいな/ね!8D2BF6E9-52B6-4694-9A31-837FC5AC02BB.jpg

おヒマなら是非!おれと一緒に阪急の終電で帰ろうよ。


ps バノンが極右の悪人みたいに言われてるがこちらの国で会ってるヤツが悪すぎるだけでちょっと違うのでは。





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2017年12月18日

意外に明日は我が身である

今日で本年度の学校は終わり。月曜が時間できる。さっそく来週はog高校が入っているが。今日ほどリーマン・タイミングではない。

学生たち、全員遅刻である。でも2限目からは来るだろう。彼らも「サボりたい」と「来年のために」はbarterである。なぜかというと前年の出席率が90%を下回るとヴィザが「3年更新→1年更新」となるからだ。

おれたち日本人は、というかおれはそれなりにわかってるけど、他の人たちですが、留学生たちがどんな気持ちでこの国にいるかとかいうことに関してデリカシーがなさ過ぎると思うことがよくある。留学生に限らず、オトナの異邦人も含めて。特にfrom Asian countriesだけどね。アタマ悪いとすぐそこで右翼的になる。そこに感情が入る、その吐露をがまんできない。大日本帝国臣民、とまでは言わないが、一般の人の心の中でもう「排斥」が始まっているのがよくわかる。

事実を言うけど、2016年の名目GDP、1位アメリカ18兆5691ドル、2位中国11兆2183ドル、3位日本4兆9386ドル、以下ドイツ、イギリス、フランス、インド、イタリアと続く。

こないだ中国に抜かれたと思っていたら、あっという間に3倍の差をつけられてるでしょう。これさ、くそーと思う人いたら(いるよね)、じゃあそのくそーの矛先はどこへ向けるのが正しいか、っちゅうことなんだけどね。知性が試されるところだね。

我が物顔で国内を闊歩するchinese tourists?

それ襲ったらちょっと問題だよ。

いわゆる「失われた20〜25年」を失われたままにしていたこの国の為政者と財界ではないのかな?それを放置し、協力してきたメディアと。新自由主義を進むがままにし、国のお金をおのれのそれへと付け替える、そんなことしかしてこなかった彼ら、ではないのかな?

おれはそう思うけどね。怒りの矛先までちょこっと操作されてるなんて、やつらが賢いのかおれたちがバカすぎるのか、あるいはその両方か、のどれかでしょう。

おれは留学生たちに「将来の日本人」を重ねている。国の体制が嫌でこちらの国に来ている彼らのことは、こちらの国(もうじき、あるいは既に戦時体制となる)が嫌でどこかへ行かざるを得ない時のおれたちの立場とどこが違うというのだろう。おれみたいな大人がそこにはいてくれるのか?そんなことも思う。

いていただきたいと思う。









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2017年12月17日

年末-2

恥ずかしい人間がいる。

落下物、自作自演ちゃうんか、というバカたちね。死ねばいいのに。

落ちてる映像もある、というのに。Fictionの中で生きてんじゃねーよ。

かと思えば、落ちもしないミサイルに「避難訓練」。国全体でドリフやってる。

おれは「荒井注」時代のドリフがPreference。エバの「バカだから」「ハゲだから」に「なんだバカやろー」。今考えれ、虚しい反撃だが。そんなぐらいが大事にならずにいいのね。「現代」を先取りしてたかな。


まあ年末はあれこれ忙しい。忙しいのは逆に良くて最近の年末に対しては「早く終われ」そんな気持ちに囚われる。悲惨なことばかりがRECALLされ、さらに悪くなる(ことが確実「にもかかわらずなのだが」)、次の年に想いを馳せる。「恐いもの見たさ」もある。悲惨がデフォルトである以上、「どこまで」悪くなるかをこの目で見てやるぞ、といったもはや破れかぶれの好奇という自分の中の変態部分がそれを望んでいるのがわかる。

「狂い」を内包してなければ「正気」がずたずたにされるというのが現代人の闇(ハートの)であると思う。

先述のバカたちの行いもそれで説明できるのだが、なんか着地点が不憫である。そこかよ。

それはたとえて言うなら大きな愚行である「核兵器や原発」を底辺で支えることになる小さな愚行だよ。

今ふとTVを付けたら東野・松本・指原が同時に出てた。「若きスシローたち」。三浦もでてた。TV(民放)って気持ち悪いな。30秒見て消した。


今年最後となるライヴの選曲をしていた。楽しい。今60曲ほどピックアップしたところ。これを20曲ほどに絞っていくのだが、その作業はなかなかに切なくもある。中には場違いか、と思われる曲もあるが、その場違いが値打ちだったりもするから。やっぱり期待に添いつつも裏切り行為がないことには現場は(というかー現場のおれは、だけど)面白くない。

演奏する曲は「歌よし、展開よし、ギターも自分アレンジ後弾いてて楽しい」という自分にとっては黄金の曲たちである。もちろんファンであるし、それが自分の体内化されてしまったものもあれば、その途中のものもある。バンドでやってる自分の曲も1人演奏にアレンジするという面白さもある。まあ、皆さんがすべてをお分かりにはならんと思うが、だから、おのれが一番その芸術的果実を享受できるという機会なのだね。ありがたい。

今年もあと半月やんね。








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2017年12月15日

末法の

寒のゆるみ。若干。

高裁の判決。だが稼働する、と。近大学長、バカだった。学長が経産相兼務というのもどーなの?まだ大八木の芦屋大学長の方が罪が軽そうな気がする。気がするだけ、勘で言ってる。

阿蘇山ってすんごい「カルデラ」なのね。カルデラ、知ってる?

通常、マグマは地下、比較的浅いマグマ溜まりに溜まりそれが下からの圧力によって噴火するのだがそのマグマ溜まりが通常以上に巨大(横に広い)な場合にそこにあったマグマが全て噴火した後に空洞となり上にあった地面が陥没してカルデラができる。

阿蘇のカルデラは日本一。さすがに「阿蘇山有り@魏志倭人伝」であるよね。

火砕流は海水よりも密度低いから一旦海上まで進めば海の上をつつつつーと滑って伊方まではあっという間に行っちゃうよ。

九州は、その南方の「鬼界カルデラ」というのがあって、黒糖焼酎の喜界島ら辺だが、その大噴火により九州・四国・山口あたりまでの縄文人は壊滅したという話、知ってる?唯一難を免れたのが北九州だった。倭国の元。

壊滅だから。

地震や火山、台風、大雨、そんなものをナメすぎ、そんな印象である。福島からの学習がないとするならアタマ悪すぎで、わかってても目の前のカネに転ぶなら守銭奴という言葉が似合う。そんなんが学長の大学、全国からの受験者が日本一だという。アタマクラクラ。教授陣と学長はその存在する層が違うだろうけど。


落下物。危機一髪だったという話。

米軍は人・民家の上は「決して」飛ばない。ただし、米人とそれが住む家。なんか鹿やタヌキの上も飛ばないとも聞く。ウチナンチュー < 鹿・タヌキ < 米国人、そういうことらしいね。かつてのヴェトナム戦争でのヴェトナム人への視点とさほど変わらないと思うが。ここ、右側、怒るところ。沖縄のことはどーでもいいというなら、そのうち本土でも必ずオスプレイ、落ちますよ。そーなっても怒らなそうだけど。気分だけ右(=上)でも大方その扱われようは(下)になるのに。哀れである。でも同情はしないけどね。身から出た錆の苦さを味わってね。

育ちの問題。哀れだ。


ユニセフから「君んとこ、餓死するひといるみたいだが、大丈夫」とか言われてる。貧困という、視点が一つ加わった。誰だって、というか中間層以下だが、すぐに落ちる。そんな社会がおれたちの社会だからね。ビンボーな人々をさらにちょいとだけビンボーにしようとしている。分配・再分配の精神はこれっぽっちもない。100年前、カール・マルクスは最初の革命は英国で起こる、と予言した。当時の英国はいまの米日に酷似ですね。

資本主義の成れの果て。新自由主義全盛の二国。彼の地ではOWSがありバーニー・サンダースが登場する。こちらでは?

松居とかいうおばさんの離婚関連の記者会見に100人ほど記者らが集合していた。

末法の世である。








posted by 浪速のCAETANO at 12:42| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする