あ〜あ・と。
これが実に大変なのだった。豊津をキープしたまま、新大阪・別の豊津・603・関大前、と部分的引っ越しはこれまでもあった。だが、全面引っ越しというのはおよそ20年ぶりとなる。20年一つの場所にいると、当然ながら室内のエントロピーは限りなく上昇する。早い話・モノで溢れる。そのモノには記憶コーティングがされているから話はやっかいだ。そのコーティングは今や大抵は
シュガーコートだったりする。過ぎ去ったものは時間によって美化される。それも必要以上に。
捨てれそうで捨てれない。今日こそ別れようと思い、オンナのとこへ行くが、面と向かうとそれが言い出せず、言い出せないばかりかいつものようにセックスをしてしまい、言い出せない自分に腹が立ち、余計に乱暴な行為になるが、それが却ってオンナを喜ばせてしまう・って感じと似てる? 似てない?全然違う?
モノには違いないのだが、モノを捨てることはオノレの過去を捨てることと同義に思え、まあ・オンナのヒトはそういうの得意なヒト多いと思うが、おれには所詮無理な話だった。これは生理の違いだと思う。ただし、一般的にはオンナの論理がより現代的とされている。未来志向でもあり、前向き・と捉えられがちだが、ほんとにそうか?と疑問を呈したい気がする。なんでもかんでもリセットできる・と思い込む事は現代人・としては効果的だろうが、心のキャパの狭さと同義でもある。もちろんヒトは喰って生きていかねばならず、この資本主義の前衛・新自由主義の世では、過去にとらわれることは瞬発力に翳りを持たせ、その中で割を喰うこととも繋がり、であるとすれば、おれたちは一生を生きる際に必要以上に経済寄り・の一生しか送れない、ということにもなり、芥川や三島や川端各氏の事情とは異なるとは思えど、その一生は、生きるに値する一生なのか・という永遠の疑問とも重なり、極論、なぁんにも生み出さず、家一軒だけが残りました・などという・まあこれホント極論なのだけども、おれの/あたしの一生なんだったの?なんてことにもなりかねない・そんな危惧を抱く。
その週は店に行かず、中間テストと重なった事もあり、忙しく、週末・金曜の引っ越しに向け団ボール作業なのだったが、これがはかどらない。元々掃除・片付けというものが最も苦手である上、頻繁に出てくる複数の角度からの過去の手紙やら
写真やら、にダメージ受けっ放しのパンチドランカーなのだった。
それでも亀の歩みながらも作業は進行し、進行しつつも停滞し、停滞しつつも進行し、だけど、そのペースではとても間に合わない・そんな情況だった。中津チームやナガイやヤマダの手伝いも有って、当日の午前中にはなんとか目鼻がつく。
朝はいい天気だったのだけど午後からは曇り、小雨まで降ってくる。まあしかし、快晴・なんて方が皮肉だろうか。
豊津から出す方はエレヴェータもあり、まあそんなに作業に支障はないはずだった。引っ越しチームは手際・マナーともに申し分なく、予算には入ってなかったコピー機もノリで運んでくれることとなった。これは内心大喜びで、こいつを運ぶには7万要る・と言われて途方に暮れていたのである。ミタキがトナーも抜いてくれ、
コピーもコピーで運ぶ際には足・も出て、降ろすのはそんなに難しくはなさそうだった。しかし、中津では・・・・。
引っ越しチームは本日2件目の作業らしく、しかし、疲れも見せずてきぱきと仕事をこなしていく。あまりにてきぱきで、もうないっすか・これで以上っすか、と質問され、意外に慌ててしまったおれは靴を30足ほど・つまり全部忘れてしまった。他にも色々あり、結局翌日も翌々日も、引っ越し後の豊津通いをするハメになってしまった。全然、以上!!なことはなかったのだ。
そして中津へ。中津では引っ越しチームがやや暗いカオをして待っていた。暗いカオの理由は想像通りで、それは中津の住まいの狭い階段だった。
コレも無理・アレも無理っすわ、と責任者の彼が言う。確かに入って最初の踊り場と次の踊り場の狭さって、これはカオルちゃんを想定したのか・というほどのタッパなのであって、北朝鮮の軍隊ならば、調子よくそこまで前進して来て、この階段でもれなく全員がアタマ打って垂直に足上げたまま倒れる、そんな感じなのだった。しかし、ここでひるんじゃいられない。なんとかならんの・と食い下がるわけだった。
ユニック・という手がありますけど、と責任者は言うのだった。
ひょっとして、それ・アレ、あの吊るし? むちゃ高いんじゃないの?訊いてみましょうか。
しかし、窓がこれまたリヴィングは二重になっていてここは無理。奥の部屋の窓を外す・しかないね、しかし、この自殺予防?の
ステンレスの横棒・これジャマやなあ。
2万と消費税らしいです。うそぉ・それ、是非・よろしくお願いしたい。
で、ユニック隊がクレーン車で来るのだけど、ユニック隊の隊長と引っ越し隊の隊長でしばし打ち合わせ。もうそろそろ暗くなって来ているのだった。はよ・終わりたいよね、お互いにね。
しかし、念入りにベルトで巻いて、最初のスチールラックが宙に浮いたときは・おおおー・だった。階段通らない
家具は約10個ほど残っていて、その中でも一番の難関はやっぱりコピー機。おかしいのは、吊り上げる際に交通を遮断してやるわけで、それがなんだか一大見物になっていた。クルマ・チャリ・人、みんな止まってコッチ見てるわけ。おれも見るわけ。ベッド・ラック・
ソファーと順調に吊り上げられ、窓際でのリモコンによる微調整で角度を調整しながら、部屋の中の力自慢たちが支え、内部へと運び込まれてく。そしていよいよコピー機が吊り上げられることとなったが、こいつはそれまでと比べると格段に重い。3階の高さまで吊り上げられたが、ラックとかであれば、中からどこかに手を掛けてたぐり寄せれば後は何とかなるのだけど、コピー機はそうもいかん。100キロ超の重さだからね。だから、やや高めに吊り上げ、斜め上から角度を付けて中へ入れる。その際、自殺予防のステンレスの横棒にその重さを預けざるを得ないのだけど、その時だった。ぼきっ・だって。おれは苦笑するしかなかったのだが、一本折れてしまいました。
ややアセっているのがわかったが、、その一本、後で応急処置してくれて、まあ・いいんぢゃないの・おれは気にならんけど、と言ったら、そうすか・と彼らもまあ・ほら、こんな時って、勢いを折ってしまうとこのプロジェクトのすべてにケチがつくでしょ、それはおれとて同じ。とにかく、やり切って・しまいたい、そんな気分を共有しているから、そこはもう横棒の一本や二本・別に・だったのね。
全部無事に入った。ほんとにごくろうさん・だった。クーラーだけが担当者が室外機との高低差にビビって保留ってことになったのだが、まあ、それは後でやるよ。
段ボール170個。もう考えただけでも、ぞっとする。引っ越しはもうたくさんだと思った。
実はまだ解けていない段ボールが、25個ほど残っている。一週間以上経ってもまだそんな状態だ。片付けの嫌いなおれ・ということもあるが、少し体調を崩してしまった。カラダもココロももうずたずたになった。段ボールの持ち過ぎで手首を痛めてしまったし、半年前からの背中から肩の筋・そしてそこから来る左腕の痛みと痺れで二晩ほど眠れなかった。枕もどこか行ってしまっていて、それも苦しかった。おれは頸椎が人より前に傾いているから枕無しでは眠れないのも忘れていた。
しかし、少しずつだが、人は動物であるから、放っといても回復してくるものなのだ。どうしようもなくなって10分単位で激もみしてくれる太融寺の
マッサージも見つけて行ったり、快適な枕を買ってきたり、手首に湿布をしたりしているうちに徐々にではあるが、良くなってきていると感じる。もう酒気帯び運転の心配も・ない。無くしたものはあまりにも大きいのかもしれないが、基本的におれはアウトサイダーなのだから、そんなペルソナ被ってマスクマンをいつまでもやってるわけにもいかんのだ。TODO O MUNDOも売り上げはまあ大したことはないが、ヒトの出入りは少しずつ良くなって来てるかもしれない。
豊津と完全に切れてしまったが、豊津自体も以前ほどのいい街でもなくなってきていたのも事実。潮時だったと見るべきだろう。
JRの貨物線と阪急のダブルノイズにもそのうち慣れることだろう。おれはJRは貨物線だけたと思っていたのだが、東海道本線も実はそこを通っていて、ある時ふと下を見るなら、人の乗った電車の行き先が、新宮・となっていた。旅情をそそられた。この一週間はTUTORも迷わずチャリで行く。下に
スーパー・という利便はなくしたが、日々デパ地下にも行こうと思えば行ける。天六も近い。
何よりもそのフロアに自分だけ・というのがいい。エレヴェータも必要ない。食洗機も買わないことにした。シンクもまあまあ広く、食器を手で洗うものもいいな・と思っている。ウォシュレットは要るかな・しかし。近くにギター屋もあり、調子の悪いスペクトラム5とブズーキを
リストアしてもらうことにした。ESPも目と鼻の先であるから、森野くんを拉致して、プロツールズを完璧にセットアップしてもらおうとも思ってる。ぺろも一度・粗相をしてしまったが、新しいトイレの場所にも慣れてくれたみたいだ。
最初は音・のことが気がかりだったのだが、このノイズ・特にJRの・人でも轢いたか・ぐらいの急ブレーキの音に慣れている中津人民なら、何の問題もないはずだ。ネットも繋がった・が、アップロードできないのは、DVDがイジェクトできなくて、zaqを
インストールできないからなのだが、知人の方に、死によったか・と思われているのも、これもまた、自分の死後の世界をシミュレートする・という希有な体験をしている・と思えば悪くない。と・いうか、別に何のリアクションもないわけで、やや・サミシいね、とも思うが、それも楽だし、社会的に言っても、まあ・その社会的・にもレヴェルというのがあったりするが、必要とされていると・されていないのボーダーの内側と外側の区別ができて・というか学習して、これも良かった。コミュニティ→アソシエイションとレヴェルは拡大というかまあ位相がズレ、人やモノの再編成がなされると思うが、まあそこまで。自分がヒトに対する感じとヒトが自分に関する感じというのは正に同じ強度を持った逆向きのヴェクトルなのであって、社会的・ではなく世間的達成ということを成し遂げていなければまあそれはそれでそんなものなのだ・という、そんな学習事項だ。
引っ越しの翌日、豊津まで戻ってゴミを下に出す。大量であって、603のえりちゃんに手伝ってもらって、作業するのだが、捨てても捨てても、打ち出の小槌かよ・と思えるぐらいいくらでも出てくる。下の・ここだったら出してもいいよ・というエリアでは足りず、上に積んでもはみ出る。苦情来るだろうな・とも思うが、こればかりはしゃーないのだ。まあ、市役所にも連絡しているし、2・3日がまんしてね・豊津ファミリー住民の方々。その日は、突然のCATS&DOGSで、それも、中津に持って行く残りの荷物を外に出して、えりちゃん、今クルマ出してくるからね、一瞬待っててね・のその一瞬がCATS&DOGSなのであって、いやーごめんごめんなのだった。
翌々日、本日までが家は自分のもの。駐車場の解約だったり、豊津駅の看板代の精算とか、もうほんまにないか・忘れ物、という最後の最後だから、また行く。行くのだが、クルマで行く気がしなくて、御堂筋線で江坂まで行って歩いていくことにした。昼食時だったので、がんこのロースカツ弁当を買って、どこかで喰おう・と思った。
豊津まで約15分、これで自分の街として歩くことはもうないと思えばやや感慨深くもあるが、ちょっとハラ減ってることもあって、そこまで感傷的にもなかなかなれない。感傷的になるタイミングとは、感傷的になろうかな・というタイミングとは、常にズレる・残念ながら。で、忘れた頃に来るのね・ドッカーン・とね。
家まで行く。本日ナガイに服をあげるから、カギはもう開けっ放し。名実共に、取るもんない・の状態である。なんだか、家の中は、もちろんガラーンとしていることもあろうが、埃っぽい。こんななかで最後のメシを喰うのもわびしすぎる・というわけで、ヴェランダに出、よくここでメシ喰ったり酒飲んだりしたなあ・など思いながら、しかし、テーブルもチェアもゴミになっていて、座り込みもまたいかがなものか・どうしようか、と思っていたところ・閃いた。室外機のブロックにぺろ用の夏場涼しい石製の板を掛けて簡易椅子にし、下で買ってきたロング缶とともに食すこととした。
下に見える庭園・はボランティアのおばあちゃんたちの不断の尽力により、お花畑・と化しており、そう言えば最近、引っ越して来たての若い夫婦+コドモがよく歩いてたりしたなあ。全然そんな気にはなれなかったが。
振り返れば、なぁんにもない我が家がそこにはあり、おれがこの後、前の家をアタマの中でイメージする際、それが家具があった生活の場・なのか、それともこの中身のないハコなのか、どっちなのだろう・と思うと複雑な気持ちになる。
ヴェランダでよく月を愛でながらメシ喰ったり、酒飲んだりしたのだった。つい最近の出来事のような気がする・とはよくあるフレーズだが、ほんとに最近までそうしていたのだ。引っ越しの決断が四月。そして今は六月。急転直下とはこのことであった。直観で動くというおれの悪い癖もあるが、情況の急激な変容もそこにはあって、何かの渦の中に巻き込まれたときというのはそんなものなのだろう。
そして最後の忘れ物であるチャリで中津へ戻る。きれいに掃除すべき・という説もあるが、この家は翌日からリフォームにかかることが決まっていて、そうなると健康上の理由から、埃まみれにはなりたくないわけで、職人さんたちに託す・こととする。ある工務店が、リフォームのモデルルーム的に使い、あわよくば、良い値で売れれば、という展開らしい。どうぞ好きに活用していただきたい。
引っ越してからおよそ10日経った。引っ越してからも毎日・日本橋に通っていたし、いろんな電話もかかってくるし、まあ落ち着くとまでは言えないが、生活必需品も揃ってきたし、中津の地理がこれまたややこしいんだけれども、それは東西南北の勘狂うからなのだが、それにも少し慣れてきた。うちの窓は東向きだということも今頃判明した。昨夜は梅田のビルの間を満月が上って行った。窓を開けっ放しにしていたからだと思うが、ゴキブリを一匹発見して格闘の末、殺した。ドキドキした。これは何かの事故的出来事であると思ってる。リヴィングと寝室に関してはだいぶ片付いてきた・と思う。手首はまだかなり痛く、重たいものは一日に何個も処理出来ないが、それでも少しずつ事は進行している。この夏はシーツの代わりにい草を敷いてみようかと思う。少し畳の感触が恋しかったりする。新しい畳の匂いとか肌触りとかのことである。
キッチンもまあ使いやすい。料理人としてはそこんとこ重要だったりするのだ。食洗機を置かなければ、調理スペースがかなり広く、ほんとに何もかも落ち着いたら、ゆっくり一日かけて料理をしてワインを飲みたい。ふるまうのも悪くない。リヴィングはコドモだけでなく、いろんなヒトに開放してサロンのようになればいいと考えている。
しかし、ほんとに・疲れた。