2009年07月06日

川沿いに思う

 大した仕事ではないにも関わらず、一応毎日ある。そして、本日・店のお使いにいかされた。パシリやね。しかし、コーナンまでの最短ルートがわかったような気がする。やっぱりキーは「川沿い」だった。

 最近・麦わら帽をよく被っている。引っ越しの時に見つけた女ものなのだが、重宝している。いかにおれの髪の色が光を反射するといっても、夏の直射日光はいかん・ダメ。

 川沿いの堤防の路を走っていると、不思議な気分になる。対岸の十三の街とこちら側のビル群。東の方角は淀川の上流で視界が広がり、空には夏の雲にグラデーションがかかり、くすんだプラチナから真っ白までのもくもくが三角形を形作り、それらがあまりに突然目に入ったことから、そして対岸やビルを見慣れたパースペクティヴでは近そうで実はものすごく遠いことがにわかに判断できず、目眩に似た感覚に陥り、同時に孤独感と解放感に溢れ、気持ちはどこか遠くへと行ってしまう。

 神崎川の小さいがそれなりのパッケージ化されたトンネルのようなエアポケット・な路も悪くなかったが、淀川はさすがに大河・スケールがでかい。山の尾根をバランス取りながら走っているかのような上位にある何かとの妙な一体感を感じることがある。

 世界の果てにいる・という自覚は「世界」を遠目ながら眺めることが出来ないと実感がわいてこないたろうと思うのだが、果てが知らぬ間に中心となりそしてまた果てになるというダイナミズムこそがいいのであって、それは地球の丸さが成し遂げる技で、それが「自然」だと思う。

 少しずつ計画を実行していかないと。


 センティミエントといえばおれはヘクトル・ラヴォーだなあ。

 
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2009年07月04日

JACKSONとその世代

 ちょっと体調が悪い。2日連続で欠席。tutorでいっぱいいっぱいだ。

 いっぱいいっぱいからそれを越えてはいけない・と何かが言っている気がする。無意識の何かなのだが、それに従う。きっと暑さと前々からのトラブルの余波のミクスチュアが原因でしょう。

 トラブルの解決って手をつける前にどっと疲労感が出てしまい、先送りとなり、それがまた疲労感の元となる・そんな悪しき循環をもたらす。でもいい加減何とかしないと。限りなく気は重い。

 まあしかし土日はピーターパンである。

 ピーターパンと言えばマイケル・ジャクソンなのだが、ギャグの対象になりがちなマイケルなのだが、それは大衆がイッパシの意見を言うようになったことと関係が深い。も一つ言うなら、ブッシュ政権8年間の極右超大国の大間違いとも関連してる。

 特に切れ切れの情報(主にスキャンダラスなこと)しか入ってこない日本では、それプラス顔の変遷くらいしか話題にならず、あとはマイケルがネヴァー・ランドに何百億とかそっち方面の視点からのニュースや数々の奇行など、なんだか、今うようよいるオカマ・ニューハーフタレントのブレイクの下地を作ったみたいな役割を無責任に押し付けられていたような気がする。

 しかし、ほぼ40年前から、フィンガー5の例や、今のとりあえずノリのいい曲には意味も無くうしろで踊ってるその他大勢がいる・などというように、ものすごい影響を、そのプロトタイプとして与えたやっぱりビッグ・スターなのだけど、おれはそこんとこはまあどうでもいいのだけど、それよりも、2001の時にアメリカが国を挙げて「復讐モード」と化した時に、それに対抗しようとした数少ないアーティストの一人であった・ということだ。あの時、一番印象に残っているのは、ニール・ヤングによるピアノの弾き語りのイマジンだったが、マイケルは独自のやり方で犠牲になった人々への追悼曲を録音しようとしていた。

 いわば、その非常事態の中で「正気」の大切さを逆風を受けながらも訴えようとしていたわけで、ただその奇行とスキャンダルがまた別の角度からの逆風となり、その本意が伝わらなかった・そんな印象がある。

 この21世紀の最初の10年間はものすごくアメリカが保守化・それも宗教をベースにした保守化という、まるでアメリカが敵視する国と同じ構図に陥ったがゆえの「近親憎悪」か!!とツッコミ入るぐらいの・らしくないDECADEだったと思うけど、そことの馴染みにくさが彼の奇行の一因だったことは間違いなく、それは「アメリカだけ・より世界を」「イデオロギーの硬直よりも優しさとか柔軟さを」そしてもちろん「闘いよりも平和を」というほんとのアーティストであるならあったり前ぢゃん・な考え方をもつキャラクター付きアーティストとしてはかなり生きにくかったはずなのね。

 日本のワカモノなんて、彼が人生をギャグにして生きてるヒト・なんてイメージがあると思うが、おそろしいことに、そのガワだけパクったような人々が現実にあちこちにいる。「ガワだけパクる」正にこれ・ニッポン人らしいことなのだが、その「風俗的パクリ」が、その着地点はどこになるのか・うーん「聞きたくない・知りたくない」とにわかに南方師匠になるのだが、なんだかいやな気がしてる。

 ありがちなのだが、マイケル・ジャクソンも「被虐待のコドモ」だった。

 21世紀の最初の10年は、「優しさがネガティヴ」な結果に終わることになるDECADEだった。

 そんなことはどう考えてもあってはならないことなのだけど、時代は「小賢さ」や「パワー」を根拠に進んで行った。30代・40代の前半の人々のことはわからないが,アラウンド50代の人々にとってとてつもなくツラい10年間だったと思う。それはものごころついた時代の「差」なのであって、それこそ誰のせいでもないんだけど、アラウンド50の人々が見て聞いて感じた何かが30・40代の人々が物心ついた時にはもうなかった・というただそれだけのことなのだが、そのことの重さを表現する言葉が急には出てこない。それは60年代と70年代の間で失われてしまった何か・ということなのだが、それはひょっとしたら「貧しさ」かも知れないし,「熱」かもしれないし、「自由の可能性」かもしれない。しかしどの言葉も不十分だと思う。

 より先端で生きる者はより時代との軋轢を経験し、より多くの成功とより多くの挫折を味わうものだから、マイケル・ジャクソンの死は、なんだかそんな風にも捉えられる。

 しかし、これから世界のパラダイムが確実に変容していく時に、そこを生き延びることの出来なかったマイケル・ジャクソンの「コアな部分」それは奇行や整形の背後に隠れてしまって見えなくなってしまっていた部分が、彼の伝説化とともに再び浮上してくるに違いないと思う。そしてみんなはそのとき無責任に驚いてそれを賞賛するのだろう。その無責任は責められないんだけどね。


ABCよりこっちだったりする。
 

 
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2009年07月03日

巡り会い

 食材を買いに福島へ。

 阪急にしようかなとも思ったが、今日はKOHYOへ。

 KOHYOはお気に入りである。なぜか? 四万十川の海苔納豆・男前豆腐、この2点が揃っているからである。四万十川の海苔納豆は、大豆の価格が急騰して以来、おれの行っていた豊津のどのスーパーからも突然姿を消し、I MISS YOU だったのね。それが中津に来て巡り会ったこの運命のいたずら。

 巡り会う・ってのは邂逅と言い替えると、ばかにとっては格調が高まる気がする。四万十川の海苔納豆がその言葉に釣り合うかどうかはよくわからない。そもそもおれ自身が釣り合ってない気もするんだが。

 ま・その邂逅以来2パック買うようにしている。これで一週間モツからね。いやー・大豆エラいよね。この時期特にそう思います。昨日はtutor中、メロンとコーヒーの食い合わせにヤラレてしまって、気分が悪くなり、15分ほど早く切り上げ、帰りに黒門西川でなんかちょっとお惣菜を買って、店失禁も未遂にして酒も控えめに早めに寝ようと思い、そうした。そうして良かった。

 自分のレストアって要るのね・このトシになると。8Vも無事に帰って来た。これもちょっとしたレストアと言える。なかなか万全といえる体調にはもはやなれないのだが、というか、何が万全だったかという記憶もどっか宙に浮いてしまってることもあり、ものすごいもやーっとした中で生きていくことになってる。人生のエッジ感が失われていく感じよね。受け入れましょう・それも。

 
 若いだけではできない音楽だってある。勢いがなくなることとさまざまなことを「知ってしまう」ことがその根拠なのだけれど。

 

 
 
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2009年07月02日

道州制はダメ

 ゆうべはゲリラ豪雨の心構えで待っとったのだが、いい意味ハズレ。

 しかし本日も「雨・降るのか降らんのかはっきりせんかい」などっちにも転べるようなお天気である。なんとなく回復していきそうな感じもする。梅雨明け近し・なのだろう。でも最後に降るのよね・きっついのが。

 梅雨の最後っ屁ですね。

 突然ではありますが、おれは橋下くんや東国原くんが選挙の争点にしようとしている「地方分権」「道州制」には「ちょっとな」と思ってる。

 これは小泉郵政選挙のときの「郵政民営化」と同じ役割の言葉だったりする。

 地方を早い話、いくつかの独立採算州にしてしまおうという事だと思う。関東はいいよ。関西もきっとまだだいじょうぶだろう。だけど、北陸とか九州とか四国とか東北とか中国とか北海道とかが州になっちゃったとしたら、またまた経済のギャップは広まりそうだ。

 よくできる子をもっと出来させることで他の子たちもレヴェルが上がる。これが新自由主義の考え方をお勉強に喩えた例えだが、そんなことしても全体の底上げがなされるわけではなく、出来る子はより出来、出来ない子はヤル気もなくなり、どんどん沈んでいく。それが結果だ。

 道州制とはすくなくともそんなことだ。それが予想出来る結果。国は国の責任をある部分放棄することになり、各州ごとの裁量と権限に任せる時に、それは助け合いではなく「競争」を助長し、もっと殺伐としていくと思う。

 各州の独立採算ということは、例えばお金のない州は行政のサーヴィスがなくなるということだ。夕張市みたいなことになる。あちこちに夕張が出来る。我が州では財政難により小学校は4年までとなりました・なんてことも起こりえる。我が州では財政難により、病院大阪には一つだけになりました・なんてことにもなり得る。

 現に大学や病院は独立採算となっているが、今既にその「悲惨」は現実となっている。そんなことがもっと大きな規模で起こる。企業の誘致合戦も熾烈を極めると思う。競争がすべて悪ではないが、バランスを今欠いてしまって混乱している日本人に、事の善悪を判断する知性は備わっていないと思う。自由と平等はどちらも必要でそれがプラスサムなら尚よく、ゼロサムであったとしても50:50でないといかんと思う。

 バランス・なんでそんな悪いかな・と思うのだが、日本人のやってきたことって、徒競走のゴール寸前でみんなで手をつないでゴールか今の新自由主義か・みたいな、なんか極端過ぎる。

 徒競走で三等までに入らなかった子に、「よくがんばったね」の一言と、温かい視線があればそれでいいのに。勝者への賞賛と敗者への蔑視
、そしてその賞賛の裏には嫉妬が渦巻いてるような、要は心根が腐っとるわけだが、その心根の腐ったのは置いといてー・それを「政策」で補うという過ちを犯し続けて30年だったりする。そんなの無理よ。政策に血は通っとらんからだ。

 道ばたでころんだおばあさんを助けないやつらが多いから、「道ばたで転んだおばあさん救助・法」みたいな法律作るのが馬鹿げてると誰もが思うはずだが、それと相似形である。

 なんだか「不審・不信」に満ち溢れていたりするのだ・最近。橋下や東がTVで喋ってる様子にこそ「不審・不信」を持つべきなのだ。

 民主党まで「道州制」に擦り寄ってしまって、ほらね、マニフェストがどんどん似てくる。今・「できるやつ」を演じてるやつが一番ヤバいんだから。

 ということで非常に逆説的だが「麻生ちゃんがんばれ」と本日は言っておく。


 セペータBROS.数あるカリブのリズムの中でそのやんちゃ度においてはダントツのメレンゲ。我がレパートリー内でも「疲労天国」や「遠い結論」において飲尿じゃなかった・引用させていただいてる。
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2009年07月01日

沖縄への放言

 7月の声を聞くと、完全な夏気分になる。

 そしてこの暑さはヒトをしてアタマの回転止めさせる。アホのエクスキューズ・のような気がせんでもないが、本格的なアホは梅雨明けとともに出現する。

 沖縄は梅雨が明けたらしい。ただ沖縄は「亜熱帯」であるから、暑さにはみなさんお慣れになっている。だから夏の到来とともに大量に発生するアホの群れというようなことはないのだろう。それは本土から飛んでくるものだったりする。

 沖縄は1972年までアメリカだった。今も米軍基地の存在は沖縄を語る際には欠かせない。もちろん基地の街は佐世保・岩国・横須賀と他にもあるが、沖縄の基地とは元アメリカだった土地・という意味では象徴的であり、アメリカの極東戦略のみならず、中東への拠点という意味をも持った。

 マイケル・ジャクソンスタイル。

 ジャニーズ系を別として、そのスタイルをいち早く取り入れて一般化したのは沖縄の芸能養成所だったと思うが、時代のニーズとは言え、空虚なものが流行り出したなあ・と当時思っていた。厭な感じがした。しばらくするとそれがアジア全体に広がっていくのを見たときは犯罪的な感じを持った。

 見ている人間のアタマ止める気がした。河内音頭に参加してアタマ止まる・とはまた違ったアタマの止まり方だと思う。ステージングもこけ脅し度が高まって、ここんとこは70年代ロックの遺産の再活用なのだが、そんな大掛かりなステージングに頼っていたバンドはもう終わったバンドばっかりだったのだけど、おれはクイーンが大嫌いなのだが、例えばそういうことだったりする。あれもアタマ止まっとったんだな・と今思う。

 沖縄と言えば20代の頃、喜納晶吉とチャンプルーズのライヴによく行った。いいライヴだったと思う。当時は、音楽を聴きながら踊ることがなかなか抵抗がある時代で、だからこそ、みんなで同じ振り・のディスコがニッポンでも流行ったのだが、それとは異なり、好きにカラダを動かすなんてことへの抵抗があったから、そんな時、喜納晶吉は「踊ろう踊ろう」と盛んに客を煽っていた。ウチナンチューの常識を本土に浸透させることによってヤマトンチューも「解放」させる・というような意識が喜納さんの中にあったのだろう。ライ・クーダーと組んだ「花」の入ったアルバムもその前のイラストのアルバムも良かった。

 しかし、時代の断絶をうまく産業側に作られて、結局、沖縄はその現実の悲惨さをカムフラージュされ、観光地の一つとなり、マイケル・ジャクソン型シンガー・ダンサーの供給地となり、宮沢に音階をパクられ、それを喜び、結局一番カネで転ぶヒトビトが多くなってしまった・というのは言い過ぎなのだろうか。

 三線(さんしん)はおれも持っていて、その音色は大好きだが、あのきれいな海に、夜に、月も出て、そんななかに切なくも、秒針の進みを遅らせるかのように響く三線の音色とはおれの求める単なるエキゾチズムなのだろうが、目指す対象としての「南」である限りは、宮沢みたいな安易なパクりは出来ないのだ。

 安保条約や沖縄返還の際の密約が暴露されつつある。オバマが「核のない世界を」と発言し、日本を取り巻いている安全保障のパラダイムもどんどん変容していく中で、いつだって、その犠牲になってきた沖縄なのだが、その負のパワー・負のまなざしを産業は覆い隠していると思うが、その表面に表れたものがウソだというのは成人式のあの「いまどき!!」なワカモノたちのルックスを見たらすぐにわかる。

 文化の連なりという点から言うと、やっぱり琉球は日本よりも台湾から東南アジア(タイ・マレーシアもだが、それプラス海洋性のインドネシア)に通じると感じる。喜納さん、ロマ・イラマみたいだったりするから。
posted by 浪速のCAETANO at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

ブラックホール再び

 おれの中にブラックホールがあるってのは一部地域ではまあまあ有名な話なのですが、一昨日・昨日と、またそのタキオン素粒子濃度が高まってきてるみたいだ。

 実は車検に8Vを出して、茨木まで板井さんに送ってもらったのだが、茨木から乗って十三で降りた時キップがなくなった。なくなっていた・というべきだろう。東口で、どうしようか・と思い、飛び越えちゃおか・とも誰かおばあさんの背後を超密着の二人で一人・で出ちゃおか・など思ったが、最近はどこでも「監視カメラ」があるのね。

 で・ここは「HONESTY IS THE BEST POLICY」だと考え直しまして、西口の駅員に「キップなくなったみたいです」と打ち明ける。「どこから乗られました?」「茨木から」「おいくらでした?」「260円」「本当であれば再度料金いただくことになっておるんですが、ま・結構です」で・セーフ。

 これだけであれば、アクシデント・だ。

 で・昨日。中津〜日本橋である。

 また・なくなってた。

 「どこから乗られました?」「中津から」「おいくらでした?」「230円」「本当であれば再度料金いただくことになっておるんですが、ま・結構です」

 不思議だった。キップをなくすなんて生涯・覚えがない。それも黒の半パン左のポケットに入れておいたのが2日連続でなくなるとはね。で・あっそうか・ブラック・ホール内蔵人間だった・おれ・と思い出したわけ。

 ある時期・限定でそうなるのだ。いろんなものが集中的になくなったりする。

 よくよく考えてみたなら、この3月4月もちょっと規模のでかいブラックホールがおれの中で「発達」していたのかもしれない。

 昨日の帰り、キップの確認は10秒毎に行った。ふと・気を抜いた瞬間にワームホールは口を開けるからね・と思いながら。

 2度も同じことがあると、スムーズな対処の仕方もわかる。どこから?いくらでした?の問いに淀みなく答える。これがコツですね。

 で・梅田から歩くことにしたら、東梅田〜阪急までの様子が変わっててびっくり。

 今日は上六だが、雨が降っていなければ野田阪神から千日前線を攻めてみよう。キップのチェックは忘れずに。



 セヴンとドクター。「あんたも好きねえ・ほんとに」と言われてもしょうがないのだが、セヴンだけはどうしようもない。しかし、歌声にヒトの本質が出る・とは某名プロデューサーの名言!?であるが、ほんとだね。サンシャィーンの「シャィーン」を8分で喰わずに4分のアタマで歌ってるとこがぞくぞく・っと来たもん・初めて聴いた時。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:40| Comment(2) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

たまに最悪に出会うことこそ

 8V車検で高槻まで行く。板井さんも豊津ではないから、「持って来て」とクールである。

 一号線から鳥飼の次の橋を渡れば高槻だった。川ってのはなんだかエラいね。帰りは阪急茨木まで送ってもらい十三でうろうろ。一杯飲んで帰ろうかと思ったのだが、なんだか「マズい」ものを喰いたくなった。しょーもないもの・ではなく「マズい」もの。

 期待して「失敗」とかではなく、敢えて狙ってマズいもの。しかし、そんなものあるかなあ・と思ってさがす、というのはウソで、突発的に「脊椎思考」によって目についた某カレー屋に飛び込む。ここだ・という予感あり・だった。

 おれは、知らない街でのいい店探しの「ハナ」は利く。では逆はどーなのか・ということである。まあ・知ってる街でのマズい店・である。

 ものすごいブスの店員がいて、うれしくなる。先に来ていたワカモノ二人もなんだか、ちょい荒れた感じでナイスだ。パチンコの話を延々している。そんなのも・いい!!

 ん? その時おれが入って来た側ではない奥にもドアがあることに気付く。そのドアへと一人のワカモノが消える。その時大音量が。

 そうか、この店はバチンコ屋がやっている店であって、言わば、パチンコ店内学食のようなものだった。パチ食だね。

 そのものすごいブスの店員のヤル気も問題だ。ものすごいブスなのに愛想とか良過ぎてそのルックスを態度でカヴァーしようなんて意図があっても困る。しかし、そのものすごいブスは、ヤンキー・サンダルを履いていて、そこは良し・で、でも水を持って来て以来、なぜか現れないのだ。

 で、立って、ついたて越しに注文にいく。すると、嬉しいじゃないの。足組んで、ヤンキー・サンダルをぷら〜んぷら〜んさせながら、メールしてた。そして、お客様が敢えて注文をしに来ていただいたにもかかわらず、「すいません」の後、10秒ほどの時間が経過して、こちらを見やがった。メールのキリのいいとこまで打つほうを優先したわけね。

 ルックス・ヤル気・態度においてこれほどまで完璧にあかんのは、イマドキありそでうっふんなさそでうっふん・であって、おれはもう嬉し過ぎて、イボ族の勝利の踊りを踊りかけてしまった。

 しかし、そこは「客」であるから、「カツカレーの量普通・辛いの」と注文を終え、席へと戻るのである。

 お味の方は・と言いますと・・・決して期待を裏切らない出来でした。

 そこから淀川を歩いて、中津まで帰ったが、初めて歩いて渡る淀川って「長い!!」橋のない頃なんて十三側は「異界」であったかもしらんなあ。だってあの、これに比べれば小さい宇治川も反対側は「あの世」であるからして・だ。大坂人は都人と比べると、当時も「合理的」であったかもしれないが、なんらかの「こちらに対するあちら側感」と言ったようなものはあったはずなのだ。

 汗びっしょりになって帰宅。それからずっと本を読む。夕方に阪急までチャリで行く。夕方のデパ地下・と言われるものはこれから「癖」になりそうな予感あり・だ。

 舌平目とカツオ・R/F1のサラダを買って帰る。カルパッチョかなあ・と思っていたのに、帰ると口の中が「オムレツ渇望症」になり、きのこオムレツを作る。新しいシャブリの味見も兼ねまして、イチジク入りの田舎パンとともに食す。ETVの録画していたのを見ながら、またまたソファで一時間ほど眠ってしまったが、起きてそうだ風呂だ・と思い、窓を開け「簡易露天」にして本を読みながら入る。蛾が迷い込んで来てしばし格闘。

 今週は雨の予報である。クルマがないのはちょっと困るなあ。



 この頃までは良かったマイケル・ジャクソン。何事も「抑え」って必要だと思う。曲もいい。ビリー・ジーンは名曲だね。しかし、これ以上彼は何が欲しかったのだろう?というのはおれにはよくわかりません。しかし産業が天才を使い切って潰す・というのはよくある話だとは思う。


 カンケーないが、東知事くんのギャグ・おもしろかったね。で・おれも。
「今夜は・お満月よの〜」「あ・お満車だ〜残念」「本日のお満潮は午前7時となっております」「デザートはおマンゴープリン!!」もうええっちゅーねん。
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2009年06月27日

SO PITY

 tutor先でおかんの愚痴(至極まっとうな)に付き合ってたら11時回ってた。

 最近にしては遅い時間に出勤して、7月に予定していた近くのデザイン事務所の周年パーティの思いの食い違いに、そんなんじゃあやってられまへんわ・ということになってひとしきり荒れて、しかし、せっかくのいい機会だったのになあ・と残念に思う。いやー・ホント残念。

 「やってや」「やるわ」で、事の詳細はお互いお任せで物事成立・というほど人間関係に成熟はまだ見られていないわけであった。

 しかし、ほんともったいない音楽家たちとの出合いだから、どこかでライヴができたらな・と思ってる。久々な音楽的トキメキだったのだから。


 旧ブルーノートのライヴでは「あんまりな選曲」に思わず「カネ返せ」と怒鳴ってしまったガル、だけど、適切な歌を歌えばやっぱりいい。だからこその「なんだ?その選曲」だったのだけどね。w/ジャキス

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

それではほんとに終わる

 宮崎県知事の突発的言動は小泉くんに始まった政治の「お笑い化」の終着駅・なのかもしれないが、終着駅は実はさらに遠いのかもしれない。

 それはここで、どうみなさんが反応するのか・次第だ。

 しかし、これはかなりよく練られた戦略だと思う。とにかく毎日メディアは宮崎県知事と大阪府知事を追うからだ。

 日本のみなさんの多くは、TVで馴染みになると「そのヒトはいいヒト」と刷り込まれる傾向が大いにあり、そして、非常にその時々のトピックを「消費」し、物事をゆっくり考えたりできないという「体質改悪」をされてしまっている。だから、そのようなことになっても、正気を保っていられるのかどうか。んー・無理かな。

 宮崎県知事と大阪府知事がやろうとしているのは意図的なポピュリズムからゆるやかなファシズムへと至るやり方って気がする。もちろんそのテキストは小泉くん・にある。キーワードは橋下くんの言う「地方へ」という言葉かもしれない。橋下くんは「今・地方の首長」であるから「地方に権限を」と言っていて、それが対国・という幻想の中では国は地方に相対するものとして受けとられているだろう。しかし、彼が中央政界に行ったとすればどうだろう。それでも「地方に権限を」と言うだろうか。

 極端に言うなら、そのときは彼の言う地方は国家・となり、相対していた国家は北朝鮮や中国・なっているんじゃないか、という気がする。

 彼らのような「どっぷり業界に浸かっていない政治家」の現実離れは「新鮮」に映ることがある。実際に映っていると思う。

 いやな言葉だが、「B層」という言葉がある。小泉・竹中路線の中で郵政選挙の時に「こっそり」使われたポートフォリオの右下1/4である。「具体的なことはよくわからんけれど、小泉のキャラを支持し、ものすごく雰囲気に弱いヒトビト」・のことだけど、その後の自民党総裁の選択基準・特に安倍ちゃんの場合や今の麻生くんのあのある意味無邪気な笑顔なんてのは、いまだにその「B層」なんてものに対する戦略が機能していると信じているフシもある。

 ナメられたものだな・と思うしかなく、実際にナメられ続けてるわけで、しかし問題は、宮崎県知事と大阪府知事の場合、もう少しメディアに鍛えられているから、麻生や安倍が、お前らが実は「B層」ぢゃん・というようなアタマの悪さ・は彼らにはなく、もっとクレヴァーだ・ということだ。

 用意周到なシナリオができていて、それは宮崎県知事のあの騒動の時の大阪府知事のすっとぼけ方・とその2日後に立ち上げられた知事・市長による政策グループの立ち上げのタイミングを見ててもわかる。

 最近はマスメディアがもうなりふり構わずオノレの既得権を守ろうと必死であるが、その利害にも彼らの行動は一致するし、「厚顔な方が現世的には得をする」のはそうかもしれないが、もうどっちに転んでもイヤ〜な感じ。

 どちらにしても彼らが第三の勢力になるのは間違いなく、そして意図的に自・公、民主の双方にマニフェスト書き換えを迫るだろうし、それがキャスティング・ボードを握ることになることもよく自覚している。変更出来るマニフェストの項目は、その結果、自・公、民主の間に有為差はなくなって、では自・公、民主の差ってなんなのよ・ということにもなる。

 最終的には、前にも言ったが、かれらは「強いニッポン」を目指していて、だから自・公、民主の最後の差である「憲法」の問題において、キャスティング・ボードを握ることになると思う。そこでは自民党のそして民主党の右のヒトビトがとてもじゃないが言えないことを言うだろう。そこにおいてはニッポン人の最後の良識を信じたいところでもあるが、というか、事態が、意図的なポピュリズムからゆるやかなファシズムへと既に移行していたなら、意外とすんなり通っちゃうかもしれない。

 ただ、かれらはアメリカに対して「盲従」なのか「反米」なのか、あるいは「反米のフリした盲従」なのか、そこんとこまだよくわからない。ただ、勘で言うなら、最近の首相で言うなら「安倍」に近いような気がする。「日本の独立を意図したかのように見せかけてアメリカべったり」というようなことだけど。

 しかし、今回のシナリオは主に30代・40代のヒトビトの「自己実現願望」の無意識と底で通じ合っている気がしている。最近の30代・40代、驚くほど単純に「右」である。うまく「教育」したね。

 今・かつての「戦前」を意匠を変えてトレースしているのだろう。ウマい具合にキムちゃん暴れてくれてるしね。実はキムちゃんともツルんでいるのでは・という気だってしている。



 「人生はガスである」ほんとにその程度のことだ・という気がする。
構成元素を見てみても「正にそう」だったりする。そしてマーク・ボランはお先に・逝ってしまった。ややズルい気もする。


  
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2009年06月24日

そろそろ一ヶ月

 昨日もDS9を見ながらソファで寝てしまった。そしてものすごく早い時間に起きてしまった。

 またベッドで寝ようとしたが、なぜか早朝から味噌汁と蛸のトマト煮を作ってしまったから、まあ味噌汁はそうでもなかったが、トマト煮の方が時間掛かってしまい,寝るタイミングを逸すわけ。

 口当たりのいいものばかり食べる傾向がややあって、最近のじわじわきてる暑さにもよるとは思うが、「焼肉」とか「カツ丼」とか100万年前の話・な気がする。

 こないだまでロースカツ弁当喰っとったくせに。

 最近の遅い朝メシのお気に入りは「男前豆腐」のっけ・だ。ごはんに男前豆腐をのっけて、気分で鰹節や葱やもみ海苔や明太子やキムチをさらにのっけてぐちゃぐちゃにはあまりせず、喰う。こいつが旨い!!!

 ソーメンもいいのだが、いざ・ソーメンとなると、錦糸卵やハムや胡瓜を細切りにしたりする手間が今は邪魔臭い。まあ冷やし中華にしてもそうだが、これらは休日の遅い昼メシというかんじかな。

 中津の居酒屋・数件ご近所を攻めたが、豊津のかつての名店・長崎屋とはいかないまでも、それを1/3ずつに薄めたような、お気軽お手軽な店もある。塾終わり・出勤前に一杯ひっかけという感じである。

 また「休み無し」になってしまったが、ものすごく「効率悪い」働き方をせざるを得ないから「うーん・もうっ!!」だったりする。しかし、受け入れるしかないのだった。ツケが回って来てる感じがする。

 その居酒屋の一番「シブい」店には、カウンターの奥・店の棚の上に「100万円」が束となって置いてある。しかし、客の手ではどうしても届かないところにある。マジックハンドなら届きそうである。どういう意味なんだか? 謎だ。

 もう一つの居酒屋では「どて!!」と注文すると「どーてー?」と毎回言うおっちゃんがいる。どういう意味なんだか?

 近代化ではないが、ポストモダンかな・その波を被ってない街なのか・という気もする。非常に特殊な一画だと思う・この中津ってとこは。いまだに昭和4・50年代のニュアンスもある。こんなシブいお好み焼き屋がまだあるなんて・なお好み焼き屋も発見し、ここはまあご贔屓にしている。

 下の喫茶店ではいまだにシロップの入った「レーコー」を出している。

 そろそろ一ヶ月になる。

 
 STARTREK VOYAGERのホログラム歌手・ヴィック・フォンテーンはシナトラなんかがモデルだと思われるが、I MISS SEVEN OF NINEだけれども、現在は毎晩キラ・ネリス(nana visitor)を求めている自分がいる。パラレル・ワールドのエピソードが数日前にあり、あれはやっぱりおもしろかったなあ。映画はまだ見ていない。
 

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2009年06月23日

早起きしても得ではないが

 朝早起きして、豊津へ。いろいろと用事があるものだ。シブーいの・ね。

 おれの元家は工事が入ってる様子だ。

 HOLLY'S CAFEでダッチとサンドイッチで朝メシ・と思い、入ると、そこは「おじいさん天国」だった。それも喫煙おじい天国。

 なかなか予想外の展開で驚いたが、まあまあ経営側にすると「誤算」なのだろうが、嬉しい誤算だろう。スターバックスのような「アメリカ」ではないところがいい。喫煙者にも人権あるもんね。

 客の中では「若手」なおれも、交じって一服しながら作業。

 その後、元地元の信用金庫へ。

 元自分の駐車場に停めれそうだったが、マジメにタイムズに停める。

 シブーい話をして帰る。本屋のおっちゃんに見つかって「出戻り?」
などと冷やかされる。

 中津に戻り、ぺろと戯れる。ちょっとカルくなったかな。


 アイルランドが生んだ天才ギタリスト。同じブルージーなフレーズを弾いても何かが違う。その何か・に反応するわけだった。
posted by 浪速のCAETANO at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

長屋ライブ・後

 長屋ライヴは「苦情」がきたね・やっぱり。

 今後は、「美とアコースティック」にコダワって、秘密結社的にやっていく、そして、もっと早い時刻にやっていく、そして、その後の「飲み」を重視する。こんな感じです。コード・ストロークはやらない・ぐらいのことでいいかなといった感じです。

 また来月もやろうかと思ってます。あんまり・めげないね。次回はさらに耽美的にやる。

 お座敷化した真ん中の部屋があって、奥の部屋とのボーダーにおれは座り、なんだか変な感じ。暴発のできないライヴはヒトの精神を鍛える・と思った。だから、またやろうと思う。

 結論から言うと、やってよかった。

 自分の中の「区別」ができたし、これによって他所の場が相対化できて、セットの違いが明白になり、エレキギターを弾くことへの渇望も生まれ、それはちょっとした爆発にも繋がると思うし、その自分の「振れ幅」が明白になって、おれは極端をゲットすることになるか・と思ったりする。

 すると「浪速のカエターノ」はTODO O MUNDOにいるということになる。あちこちに拡散していた「かれ」はそこにとりあえず固定される。

 いいんじゃないか・と思う。


 ちょっと舌ったらずなハスキーな声と、ギュイーンなスライド。好きである。



 
posted by 浪速のCAETANO at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

よかったら・ね。

 まあこのような時刻にお誘いをしたとしても「効果薄」とはわかっているものの、まあそれでも、記念すべき中津での一発目のおうちライヴであったりするから、日曜の夜ですが、ちょいとTODO O MUNDO冷やかしにいったろう・または旨いワインが飲みたいなあ・あるいはおれORあたし「ヒマで狂いそうである」といった方、よかったら中津まで来ませんか。

 本日は大皿料理ドリンクオール500円自己申告制でやってます。チャージは1000円でそのなかには食べ物代も含まれているという良心の店TODO O MUNDOです。食べて飲んでわいわいやりたいわけだよね。

 ではでは。


 本日のネタばらし。ボサノヴァだけがブラジルのおいしいとこでは決してない。ビートルズをはじめとした当時のロックの影響が顕著なこんな曲も大変素晴らしいわけだった。真似って、したとしても必ずその人間が出るじゃない。自分のカラダに染み付いたものがある人なら余計にできたものはアマルガムとなる。
posted by 浪速のCAETANO at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

消えてしまった日

 店で我に帰ったら、午前六時だった。

 気を失ったぐらいの堕ち方で、自分でもびっくらこいた。やっぱりやや疲れている。コーフン状態の後の疲れ・という感覚。

 そうかコーフンしとったか。

 この生活が日常へとすこしずつ近づいていくわけだろう。

 というわけで、本日はほとんど消えてしまった。もったいないことをした。しかし、消えてしまったものは仕方のないことであるから、ばかはすぐに忘れるのだった。

 明日の準備・というほどの大層なものではないが、歌詞カードぐらいは揃えんとな・と思う。指はやっぱり「軟弱」ではある。じゅんちゃんを呼ぼうかどうか、迷ってる。


MY MASTERの一人・リチャード・トムプソン。いつ・どれを聴いても素晴らしいのだけど、不吉な歌・哀しい歌を書かせたら世界一でしょう。こんなことが日本ではできないなあ。
 
posted by 浪速のCAETANO at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

たまには食い過ぎ

 週末だね。

 もう既に期末テスト前なのであんまりカンケーなかったりする。ビンボーなのにヒマは・ない。特に他人の用事のために走り回るのがイマイチである。

 やっとクーラーが付く。が、がんがんにつけるタイプでもない。汗をかかないと、アトピーのような気になってしまうのだ。ガテンタオルの方が好きである。旧い「体質」ということになるのだろう。生まれたときからクーラーがあった世代とは違って。これはある種の「強み」だと思う。

 消費税・とてもぢゃないけどはらえましぇん・と税務署に「泣き」の電話を入れる。分割にしてもらった。今年は今までで最も少なかったのだけど、それでもウン十万はでかいよ。あと法人の市税と府税が合わせて7万。今の7万はおれにとって大金だ。だからして、ウン十万ともなるとね。日本人ヤメたいぐらい。あ・ヤメても税金は取られるのか、選挙権なかったりするくせに。酷い国だね。

 最近・昼間にビールってのが習慣化してしまってていかんと思いながらも、なんというか・だ。まあ・夜はガッツリ食べないことになっているので、まあいいか・とも思っている。

 最近、痩せて、しかし、20代のベスト体重には4キロほどまだ落とさないといけないのだが、いや・別にいけなくもないのだが、昨日はふらっとチャリンコで福島から野田そしてコーナンまで行き、ちょっと買い物をし、となりのスーパー・マルハチでお弁当でも買おうとおもったが、突然の「あれも喰いたい・これも喰いたい病」が発病し、お弁当+鳥の竜田揚げ+肉じゃが+おから+和総菜などという暴挙に出る。ロング缶も買って、淀川辺りで喰ったろうと思い、場所を物色していたが、あいにくお天道様はてっぺんにあり、陰が皆無であって、阪神高速とJRの橋の下へと避難するが、あまりのうるささと振動・そしてあまりに堕ちた感じに「だめだこりゃ」で、さらに風もびゅーびゅーで弁当砂だらけになりそうだったが、上に置いたチャリまでもどるのもじゃまくさく、もういいや・って思った途端にテント発見。そこに見渡す限りでは唯一の「陰」を発見。風は依然として強いが、もうそこに決めた。

 で、喰いだす。とてもじゃなく喰えんな・と思っていたが、喰ってしまう。おそろしい。多分1500KCALぐらいはあったのじゃないか。まあしかし、夜とうふとまぐろのヅケだしええか・と思い直す。

 そこは野球場のバックネット裏も兼ねていて、ふとグラウンドを見ると軟球が一個転がっていたので、それを腹ごなしにバウンドさせてしばし遊ぶ。高くバウンドさせてフライを捕る要領で上を見れば、それはまだおれがかわいらしい少年だった頃の絵と同じだった。「青空と白球」ね。おれの目には同じなのである。「おれを含む絵」となるといささか、無理も問題もあろうか・とは思うが。そんなときは敢えてオノレを客観視しないものなのであった。

 今・まだ中津界隈の地理がアタマの中でクリアではないから、しばらくは退屈せんな・と思った。問題はなんも解決してないにもかかわらず・だが。


 人生の大方のばかばかしさ・これはやはり共有となるとW/ええトシこいたおっさんと・となるのだろうか。B-52'Sである。ばかばかしさ・と言えばおれは彼らを想起する。そして動く映像を見た時、VO.のこのおつさんのあまりのカッコわるさに夢中になってしまった。このへなちょこ具合が、もう・っさいっこー。DON'T YOU THINK SO?
posted by 浪速のCAETANO at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

アバレるのは許可された場で

 P&GというかVICKSというか、短い5年間だけのサラリーマン時代は会社が阪急ファイヴの裏だった。

 その頃よく行っていた新梅田食堂街の鰻屋・菱竹さんに、ヨドバシカメラの帰りに久しぶりに行ったが、記憶がすぐに甦り、カウンターの中のおっちゃんら、そのままでちょうど20年分年を取ってそこにいらっしゃった。で、おれも注文は20年前と同じく、う巻き定食・ということとなる。

 店がかつてそこにあったまま、まだそこにある・ということは、すんばらしいことなのね・と思います。

 そう思ったのは、その前日、中津チームを乗っけて、食材を買いに曾根崎へいったときのことがふとアタマをよぎったから。

 新御堂側の測道・つまり、旧トドムンドへ行く露地の入り口に8vを停めて、A美シェフの買い物を待っているときだった。目の前5mのとこに、胡散臭そうなおっさんの集団がいて、なんとなく「曾根崎コア」っぽいよな・と思ってみたら、曾根崎コア・オールスターズだった。

 その中には、おれを見事に「ハメ」てくれました・荻野がいて、それにおれが気付いてサングラス越しにじーっと見つめていたら、荻野もこちらに気付いたらしく、目を逸らし、ちょっとの間駐車場になってて今は空き地の荒れ放題のトドムンドから見て東側の一画の入り口に移動しやがった。

 相手は5人、こちらは2人かー、と思って後部座席を見るなら、口開けて爆睡・のオトコが一人。こちらは1人かー・ということになり、昨夜の松竹芸人たちとの激飲からいまだ回復せずのヤツ無理やり起こしても戦闘要員としては役に立たんだろう・と思い、メンチのみ・にした。

 あの中の重要な話をしていそうなおっさんのなかに曾根崎コアの社長もいるはずだった。曾根崎の土地を転がして今この瞬間にも何億・とか儲けてるわけだった。こちらとしても「内容証明」出した相手だし、接触するときっと「熱く」なってしまいそうで、収拾つかなくなってもナンだしな・と思い、目ヂカラのみで対処する。やや・情けない。

 しかし、現実、そんなことしか出来ないのだ。敵も法律を熟知し、用意周到にボロ出さないようにやってるわけで、おれのような甘ちゃんではなかったりするわけで、いやもう本当に情けないわけだった。そして後ろを振り向くと、爆睡継続中。情けなさはピークに達し、ここに於いておれの戦闘意欲は完全に萎えてしまうのね。しょうがなくGOIN'BACK TO 中津ということになるわけだけど、そうなるとこの中津の長屋は愛おしく思えてくる。気持ちは複雑ではありますが。

 その晩、荻野を街中でシバいてる夢を見た。きっとそれの方が良かったのだろう・と今は思える。

 管理された世の中なのだ。


 殆どBRAVECOMBO目当てではない客を前にした、言わば「中津de祭り」情況でのBRAVECOMBO。おれもメゲずに頑張るよ、心の友CARL FINCHへ。

posted by 浪速のCAETANO at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

たまには告知でも

 さて、本格的に暑くなってきました。引っ越し後クーラーなしで過ごしていたが、さすがにこれはきびしいな・というわけで、クーラー設置屋さんへと電話する。

 本日はライヴのお知らせを。

 今週の日曜@TODO O MUNDOにて。
 これは浪速のカエターノ店でのお初ライヴ。詳細はトドムンド日誌で。

 7月に入ると、中津の木村クンというデザイン事務所の周年パーティでやることになってるみたいです。こちらでは、できれば、純ちゃんとパンデイロのぱあこちゃんを呼んで、その繋がりでフォネイロの方も呼んで最後はフォホー(FORRO)で終わりたいな・なんて勝手に思ってる。あ・そうそう、木村クンの先輩の、そのルックスとギタープレイのギャップがすばらしい橋本くんとの共演もあります。

 そして今日先ほど、ファンダンゴの鶴一と話をしていたのだけど、8/16(日)@ファンダンゴ、「しいちゃん」のおかあさんの追悼ライヴをやることになりました。出演者はこれから決めていくのだけれど、まあ、オールドファンダンゴファンの方々には嬉しいラインナップになりそうです。むーちゃんも絡めてこれから作戦を練っていく・という次第です。

 せっかく身軽になっての@中津生活なのだから、ファンダンゴにもしょっちゅう出ようと思ってます。動いていると浮き世を忘れられたりもするもんだしさ。


 SOCAの爆弾野郎・ARROW「HOTHOTHOT」で夏を先取り・というわけだね。このソカのビートをジュンちゃんが叩けばだ〜れも真似できない「パンキー・ズーク」というオリジナルになります。

 


 
posted by 浪速のCAETANO at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

抵抗は無意味・でもないのかどうか

 思い立ってヨドバシカメラへ。5分だよ・5分。

 店の音楽にどうも「脱国境ムード」がイマイチ足らん・と思い、曾根崎初期〜中期にアホほど作った編集MDの代わりのCD-Rを編集しよう・ということである。

 今、TODO O MUNDOは音楽の比重が低く、多分それは対面カウンターになったこととお客の特質の相乗効果なのだろうが、それとあんまり音楽に興味のあるヒトが来てないこともあるのだろうが、おれとしてはやや不満も残る。だから、少しずつそっち方面、版に焼いていこうと思ってる。

 やはり作っていたMDの数は膨大で、そこに選曲家のセンスと聴く者へ対するくすぐりなんかもあったはずなのに、それが全滅してるということは、音楽の比重も低くならざるを得んなあ・と思うわけ。それはしょうがないことなのだった。

 まあ、レジスタンスを始めるというわけね。自分の店でのレジスタンス・というのも変な話だが。

 日本人は基本的に音楽なくても生きていける民族だ・といささか乱暴だが言ってしまえる。必要としている人々も一部であり、その中には必要としている「気」がしている人も多かったりするし、一時期のはしか・みたいなことになる人もその中の多数派で、だから、結局「良い音楽」これの定義は一般化できなくて難儀なのだが、もうそんなこと言う時代でもないのかな。であるなら、好きな音楽・ということにしとくのがいいかな。その好きな音楽に包まれて、お客もそれに反応してくれることが嬉しいのだけど、なかなか難しいのかもしれない。

 まあ・それでもかまわないが、レジスタンスである。

 しかし、一体誰に対するレジスタンスなんでしょう?

フェアポートのライヴァル、PENTANGLE。ベースは今リチャード・トムプソンとやっているダニー・トムプソン。喜ばしい皮肉だ。ひんやりするでしょう。
posted by 浪速のCAETANO at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

エコ辞めよう

 まだ完全に片付いていない。

 予想では、このままの状態がすくなくとも夏休みぐらいまでは続くだろう。とりあえず、なんでもかんでも奥の部屋へと押し込んだが、そこでの目の前の段ボール色の景色にも慣れてきつつある。イクないのはわかっちゃいるんだが。

 引き蘢って仕事しないニートではないニート(neat)を目指したいところではあったのだが、片付けには何か強い動機がいるからなあ。そんなことがあるかなあ・とやや心配している、オノレのことながら・と言ってる口調がなぜか他人事。

 時代はクールを求めていて、「汗」を嫌っているみたいだ。やっとこさ、人口密度に由来する「狭いところで人が全力出すと暑苦しさTOO MUCH」にやっと気付いたみたいである。暑苦しさTOO MUCHではない全力の出し方もあったりするのだが、人はそない器用に出来てなかったりする。

 ただ、いつもそうなのだけど、一般化してしまったムードには中指立てときたいわけよな。全力出さない癖がつくと良くないこともあり、なんだか精神が・肉体が縮んでいくような気になることがある。全力出せる環境作りをまず第一に考えるべきなのだ・という気がしている。環境無しに全力投球ってそれは暑苦しいし危険だ。

 なんだか、エコエコ言い出してからそんなムードになってきたと思う。日本人の言ってるエコが正しいとは思えない。政府や産業界主導のエコなんて「胡散臭さ」がその周りに漂い過ぎ・である。「AC」がTVで展開しているキャッチコピーなんてろくなもんじゃない。

 トヨタ・がそのクルマもエラいヤツも大嫌いなのだが、GMやクライスラーのアンチみたいな捉えられ方をしているが、それはGMやクライスラーが「あんまり」過ぎたことが原因なのであって、それのアンチだから、大したことはないのだ。

 もう現代のクルマはドライヴィング・プレジャーからは遠く離れたモノになってしまっていて、今それを求めるっことは「変人」なのである。特にエコに洗脳されてしまった30代以下の人々には、そういう発想はもう一生出て来ないだろうと思える。

 大金かけて「太陽光発電」セットしないとエコが出来ない・なんて発想を「なんとなく受け入れて」しまうようではいかんのだ。それは地球のことを考えているようで考えていない。そんな企業がスポンサーになっているTV番組がゴージャス旅館にばかタレントが行き山海の珍味を食べ尽くす・だったりするわけで、そのスポンサーのCMを見て、なんとなく受け入れることが「免罪符」の作用をしているだけなのだ。

 普通に年取っていくことだけで、エコと言えばエコだよ・とおれは言ってみたい。20代の自分と今の自分では必要とする快楽もエネルギーも、その量に於いてかなり異なるからだ。簡単に言えば、喰うメシの・和食の頻度が高まるだけでもエコっちゃエコなのよ。それで充分じゃないの。

 そもそも今の経済状態で、この下流大増産の社会で、クルマ買い替える? 太陽光発電する? それはやな、お金持ちでないと出来んでしょう。すくなくとも以前の自称中流だらけ・のレヴェルは必要なのであって、みなさんちょっとでも安いもん・みたいなデフレ社会で、そんなん可能なわけがない。

 放っといても日本なんておじいさん・おばあさんだらけになるわけだから、それで充分「エコ」なのよ・と言いたいわけである。それじゃモノ売れなくて困る「企業」が政府とグルになってエコを商売にしてるだけだからね。騙されちゃいかんのね。70年代ぐらいの生活に戻ればかんなりのエコである。

 あまりにもわかりやすいとこにしか反応出来ない洞察力ゼロ・の日本人だから、その公的行為は「すべてパフォーマンス」になってしまうんじゃないか・と危惧する。もう政治家とTV報道の関係がそうなってるからね。

 今朝キムラヤさんに朝早くパンを買いに行ったが、旨そうな田舎パンがあって、これいくらですか・と訊くなら、50円・とおばあちゃんが言う。「今朝焼いたんじゃないから」だって。嬉しくなって、ベリー入りのヤツと2つ買ってきた。計100円。コンビニもそんなことしたらいいのに・と思ったりする。節約とはエコの概念に近いと思うが、それが成り立ちにくいのはエコで儲けたいヤツやお金を回したいヤツがその中でコントロールしているからだ・っていういいサンプルだよね。

 
 節約の対義には「蕩尽」のようなものがあるが、その熱狂には「資格」が要るはずなのだ。大衆化社会はそれをみなさんに等しく与えてしまった。それが大間違いの元。例えばブスに基本的人権を認めているところがおかしい。昨日たまたまフランス革命後のフランスでルイ16世とマリー・アントワネットがパリから逃亡する・というドキュメンタリー・ドラマを見ていたが、その中で描かれる、王と王妃の気品に比べて、「革命家」たちの、その品性下劣さには少し考えさせられるものがあった。平等の代償ってのもなかなか大きいな・ということである。人は必ず過ちを犯すものだったりもする。フランス革命後のドタバタはもう加速度ついちゃってることもあって、もうしっちゃかめっちゃか(懐!!)で、結局ダントンもロベス・ピエールもオルレアン公も断頭台の露と消える。右も左もモザイク状になっちゃってるそのプロトタイプってフランス革命に内在してるわけだったね。

 決してマリー・アントワネット役はできないアンナ・カリーナなのだけど。ファム・ファタールの称号はよく似合う。悪いオンナもよく似合う。

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:10| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

ナマ好きだけど

 前日に酔っぱらいであると本日がどんよりするものだが、本日そんな日であって、もうどうしようもなかったから新しい(自分にとって)スーパーまで買い物に行く。

 しかし、この中津という街界隈は、人を方向音痴化させる街だ。条里制だか条坊制だか、そんなものが崩れた地域・枠外にあるわけ。今日も方向がわかんなくなって、しかしさして深刻さも無く彷徨っていると、なんとなく目的地に着き、福島の聖天通の西の入り口も発見した。

 こんな風に街を理解していくのだな、そんなときチャリンコはやはり便利といえる。

 TODO O MUNDOの以前を知っている方なら、おれが今何故「泡」「泡」としつこく言っているかもおわかりだろう。もう昨日や今日なんて完全に泡ワインの季節だよね。ま・そう言いながらも生ビール入れるんだけどね。ま・ちょいと注ぎ方講習もせにゃあいかんかもね。

 自分は生ビールはほとんど飲まないが、夏の時期の「生」「なま」「ナマ」の連続コールには思考停止の何か・を感じてる。まあおいしく注がれたナマは旨いけど。しかし、「ナマ」やったらなんでもええんか・バカもん、と一言言いたい気にもなる。そんなこというなら、おれ、30年来いつだってナマ・のオトコですが、など、オノレの習性をバラす暴挙に出たところで誰も得しない。損もしないけど。

 キンキンに冷えた白・あるいは泡がいいんですけど、これは自分の好み・ね。それは文化・のような何かだったりして。店を12年もやっていると「生まれる何か」だったりする。ただ、それを異なる環境で盲目的にやっちゃうとそれはそれでアタマ止まりました・ともなる。

 中津の方々が来ていただくのと同じぐらいに曾根崎からの方々に来ていただくのもまた嬉しいものである。

 中津のリヴィングは「開放」しちゃうよ・というのがポリシーですが、何故か、本日オージー・ギャルに一宿一飯の恩義を売ることになった。なかなか極端な展開っちゃ展開である。


 かつてあって、今はないもの、それは例えばこんな楽曲的にも優れた、ヒット曲かな・と思ったりする。昨日の夜11:00頃、地上250mほどの場所にいたが、そこで聴いた音楽は、パロディのようなものだったが、パロディのようなものしか、きっともう存在できないのだろう。あまりにも大きな隔たりなのだけれど、その隔たり埋めたいとは思ってんだけどね。その隔たりの大きさの理解は年の功によるしかないから。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

実験ね

 やっぱり、この年になると、やってきたことしか出来ないよね。

 となれば、やってきたことをやりつづけましょう・というわけで、豊津が中津に入れ替わっただけの生活、曾根崎が中津に入れ替わっただけの生活というものが求められるわけである。

 新しい土地ゆえ、困難もそれなりにあろうが、ここで初めて「根気」なんて態度が必要になるのだろう。がんばってみたい。

 「根気」に「がんばる」だって。環境は人を変容させるねぇ。受け入れるしかないもんね。お・「受け入れる」だって。

 人と人は基本長い目で見て50:50がいいよね、と同様店とお客も50:50がいいよね。厳密には51:49かもしれないが、いや、なかなかそうはならんことはわかりながらの話ですが、当事者の事情にもよるし、しかし、理想的にはそんなことの方がいい。現場もそこだけではないし、廻り廻ってってこともある。

 中津TODO O MUNDOでもライヴを敢行してしまおうか・と思ってて、奥の部屋をステージにして、一度実験的にやります。

 曾根崎の定例行事がないのはやっぱりさみしかったりする。デッドエンドストリートのような無法地帯ではないから、爆音は無理だろうけれど、そこはややマイルドな味付けならばなんともないのではないか・という気がしています。美しい目の曲を選んでやってみよう。

 日は日曜で時間は夕刻からがよいでしょう。

 今度かその次か、またここか店のブログにてお知らせします。

 季節柄、こんな気分だったりする。


 
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2009年06月12日

バランスいい夜

 昨夜はまあ早めに帰って、本日吹田まで税理士のところへと行く。

 昨夜はTODO O MUNDOバランス良く、可愛い女子が二人お座敷に、可愛くない髭野郎が一人・失意のアーティストが一人、松竹芸人が一人、スペイン帰りのおじさまが一人、失恋の女子が先輩と、というヴァラエティに富むラインナップだった。

 男男男男男男・男、というイカクサさにA美ちゃん参りがちだったから、梅雨入りしたことだしねぇ・それはとっても良かったのである。

 バランスとは大切である。インバランスは文字通り平行でも平衡でもなくなり、とある方向へとSKEWしていく。とある方向とは、まあ日によっていろいろだが、どっちでもいける状態と、もう行ってしまうしかない状態と、行って一生帰れない状態とがある。

 店主として畏れるのはダイナミズムがあるうちはまだいいの、行ってもう帰れないっちゅうのが困っちゃうわけである。

 昨日はどっちでも行ける「余裕」の状態でちょこっとどっちかにSKEWしたかと思えば、逆方向にも体重掛かり、ひじょうに心地よく、疲れなかった。疲れる要素はいっぱいあつたのに・だ。それはとりもなおさず、お客のヴァラエティの成せるワザであって、そんなのがいいなあ・と思ったよ・いや・まぢで。

 バランス悪いのって船なら転覆である。

 見た目の暑苦しさをその歌声とギターで見事にバランスを取るRON SEXSMITH。いやー・バランス・ってとっても大切ですね/ですよ。
posted by 浪速のCAETANO at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

今こそ読むべき

 しばらく離れていたらなんか勘狂っちゃう。

 最近、世の中とズレている・と思う。敢えてズレたい・のかもしれない。そんな傾向が出てきたのはいつ頃からか・と考えてみるなら、曾根崎の店を初めてしばらく経ってから・と一応の結論が出た。

 目の前のちっちゃな社会が問題山積な場合に周囲のおっきな社会の動向が二の次になることは能力にも体力にも限りのあるおれたちにはまあよくある話だろう。

 なんだかその頃から、先端についていくことがなんかなあ・になったみたい。ついて行く値打ち・に翳りをみたのかもしれない。ほんとのとこは忘れてしまったが、なんだかそこ・自分のターニング・ポイントだったみたい。そこから未来に対する興味・進歩に対する賞賛、そんなものがなくなってきたみたいである。そして、このザマであった。

 派手な生活・というのも20年ぐらいが限界なのかもしれないな・とは最近思うところだ。何をもって・派手・というかはヒトそれぞれか・とは思うが。

 レーベル・ラフレシアのコンセプトの中に過去に於いて忘れられてしまったものを拾い集める・なんてことがある。おれたちは基本・軽薄であるから、目の前のちゃらけた事象にすぐ反応してしまう。もうこれは癖(へき)と言えるほどのしょうがなさ・なのだけれど、そこで使われるエネルギーをどう使うか・ということに関してはもっと恣意性をもつべきだと思う。

 音楽で言うなら、新しいものにほとんど見るべきものがない・そんな事情もあったりする。そういう情況・を反映するものを評価するかどうかはその情況に自分がどんなコミットをし、どう受けとられているか、まあもっとぶっちゃければ、どのくらい受け・がいいか、にも関係してくる。

 受け・がよければ、まあ、やや保守的にもなろうか・ね。

 おれは1Q84をIQ84と思っていた。アイキュウ84の子の話か・村上さんがー・と思ってそれはそれで期待していた。

 まあそれではほとんどおれがIQ84・ではないかって話が一番のオチっぽいのであるけれど、それでもいいのだが、最初からほとぼりが冷めた後に読もうと決めていた。ちょうど引っ越しの最中でもあったから。

 それよりももっと重要な作家のことを読んだり考えたりしていたから。それは中上健次なのだけど。

 引っ越しの際に中上健次に関する本や資料が、いっぱい出てきてしまって、それに釘付けになってしまったのだった。

 他のメディアよりはやや遅いかもしれないが、文学も情況を確実に反映するものだ。村上さんの新作はそれはすばらしいものだと思う。多分それは予想を超えてすばらしいはずだと思う。でも今は読む気がしない。だからほとぼりが冷めてから読もう。

 90年代初頭に何かのアンケートで、心に残る作家ランキングなんてのがあって、一位が夏目漱石で四位ぐらいに赤川次郎(!)で村上春樹が七十何位で中上さんは100位にも入っていなかった。そんな時代あったよね。みんな無自覚に生きて読んでいたんだね。多分今なら第一位は文句無しに村上春樹だと思う。中上さんは多分50〜100位ぐらいのところか・と予想する。没後、読者は確実に増えてはいるだろう。

 移り変わりの激し過ぎる時代だし、例えば、高村薫なんてヒトの名前も多くの方が忘れてしまっていることだろう。一時期あんなに読まれていたにもかかわらず。

 現在は、大きな物語は特定の作家に収斂して行く時代だと思う。そして、もうその作家の後にはきっと誰もその重みに耐え得る作家は出てこないと思う。その最後の作家が村上さんなのだが、それはある偉大な作家の死によって取れた重しによる。その作家が中上健次だと思う。

 結果として、中上さんの分も村上さんの肩にのしかかってきている・という印象を持つ。こんなことを言うとバカかお前は・と言われそうだが。今もっともノーベル文学賞に近い作家と言われる村上さんだが、実はその称号は以前は中上さんに言われていたことでもある。そんなことから思うに、さきほどのバカの想像も当たってないとも限らない。

 もちろん、中上さんと村上さんの作品に優劣なんかつけられないと思うし、どちらも大好きなのだが、だから思うのだけど両方読んだらいいのではないか・と思う。村上さんの背後にはクソ音楽マーケティングで味を占めた業界のノウハウを持った有象無象がこびりつき、それはいささかも作品のダメージにはならないと思うが、そこ・にしか物語はない・というわけでもない。

 ただ中上さんと村上さんはどうしても交わらないから、だからこそ、双系性を持つ二人の大作家なのに、今の現状では単なる二重性でしかないと思うのだ。村上さんがでかくなるほど中上さんは小さくなるみたいな危惧を少し抱いてます。どちらもおれたちには必要・なんだって。


 村上さんと中上さんはたとえばこのような対比にも喩えられると思うのだ。ブラジル・ノルデスチを理解する上でのドリヴァルとルイズ・ゴンザーガというような。
  
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ということは必然的に

 と・いうわけで、「マルタニ塾」も梅雨入りとともに移転しております。豊津to中津です。

 駅前・というのは変わんないですね。北摂の住民で学校が大阪市内なんてヒト、帰りに寄れたりして。そして中津という土地は御堂筋線で考えるなら北は千里中央から南は中百舌鳥まで一本。阪急ならば神戸宝塚・そして吹田・茨木・高槻さらには京都までカヴァーします。意外に便利なのかも。

 近くに予備校も多いですが、マルタニ塾はまた全然ノリが違うので。

 21世紀の寺子屋・マルタニ塾です。すべての受験に対応します。06-6375-4660
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2009年06月09日

引っ越すって

 あ〜あ・と。

 これが実に大変なのだった。豊津をキープしたまま、新大阪・別の豊津・603・関大前、と部分的引っ越しはこれまでもあった。だが、全面引っ越しというのはおよそ20年ぶりとなる。20年一つの場所にいると、当然ながら室内のエントロピーは限りなく上昇する。早い話・モノで溢れる。そのモノには記憶コーティングがされているから話はやっかいだ。そのコーティングは今や大抵はシュガーコートだったりする。過ぎ去ったものは時間によって美化される。それも必要以上に。

 捨てれそうで捨てれない。今日こそ別れようと思い、オンナのとこへ行くが、面と向かうとそれが言い出せず、言い出せないばかりかいつものようにセックスをしてしまい、言い出せない自分に腹が立ち、余計に乱暴な行為になるが、それが却ってオンナを喜ばせてしまう・って感じと似てる? 似てない?全然違う?

 モノには違いないのだが、モノを捨てることはオノレの過去を捨てることと同義に思え、まあ・オンナのヒトはそういうの得意なヒト多いと思うが、おれには所詮無理な話だった。これは生理の違いだと思う。ただし、一般的にはオンナの論理がより現代的とされている。未来志向でもあり、前向き・と捉えられがちだが、ほんとにそうか?と疑問を呈したい気がする。なんでもかんでもリセットできる・と思い込む事は現代人・としては効果的だろうが、心のキャパの狭さと同義でもある。もちろんヒトは喰って生きていかねばならず、この資本主義の前衛・新自由主義の世では、過去にとらわれることは瞬発力に翳りを持たせ、その中で割を喰うこととも繋がり、であるとすれば、おれたちは一生を生きる際に必要以上に経済寄り・の一生しか送れない、ということにもなり、芥川や三島や川端各氏の事情とは異なるとは思えど、その一生は、生きるに値する一生なのか・という永遠の疑問とも重なり、極論、なぁんにも生み出さず、家一軒だけが残りました・などという・まあこれホント極論なのだけども、おれの/あたしの一生なんだったの?なんてことにもなりかねない・そんな危惧を抱く。

 その週は店に行かず、中間テストと重なった事もあり、忙しく、週末・金曜の引っ越しに向け団ボール作業なのだったが、これがはかどらない。元々掃除・片付けというものが最も苦手である上、頻繁に出てくる複数の角度からの過去の手紙やら写真やら、にダメージ受けっ放しのパンチドランカーなのだった。

 それでも亀の歩みながらも作業は進行し、進行しつつも停滞し、停滞しつつも進行し、だけど、そのペースではとても間に合わない・そんな情況だった。中津チームやナガイやヤマダの手伝いも有って、当日の午前中にはなんとか目鼻がつく。

 朝はいい天気だったのだけど午後からは曇り、小雨まで降ってくる。まあしかし、快晴・なんて方が皮肉だろうか。

 豊津から出す方はエレヴェータもあり、まあそんなに作業に支障はないはずだった。引っ越しチームは手際・マナーともに申し分なく、予算には入ってなかったコピー機もノリで運んでくれることとなった。これは内心大喜びで、こいつを運ぶには7万要る・と言われて途方に暮れていたのである。ミタキがトナーも抜いてくれ、コピーもコピーで運ぶ際には足・も出て、降ろすのはそんなに難しくはなさそうだった。しかし、中津では・・・・。

 引っ越しチームは本日2件目の作業らしく、しかし、疲れも見せずてきぱきと仕事をこなしていく。あまりにてきぱきで、もうないっすか・これで以上っすか、と質問され、意外に慌ててしまったおれは靴を30足ほど・つまり全部忘れてしまった。他にも色々あり、結局翌日も翌々日も、引っ越し後の豊津通いをするハメになってしまった。全然、以上!!なことはなかったのだ。

 そして中津へ。中津では引っ越しチームがやや暗いカオをして待っていた。暗いカオの理由は想像通りで、それは中津の住まいの狭い階段だった。

 コレも無理・アレも無理っすわ、と責任者の彼が言う。確かに入って最初の踊り場と次の踊り場の狭さって、これはカオルちゃんを想定したのか・というほどのタッパなのであって、北朝鮮の軍隊ならば、調子よくそこまで前進して来て、この階段でもれなく全員がアタマ打って垂直に足上げたまま倒れる、そんな感じなのだった。しかし、ここでひるんじゃいられない。なんとかならんの・と食い下がるわけだった。

 ユニック・という手がありますけど、と責任者は言うのだった。

 ひょっとして、それ・アレ、あの吊るし? むちゃ高いんじゃないの?訊いてみましょうか。

 しかし、窓がこれまたリヴィングは二重になっていてここは無理。奥の部屋の窓を外す・しかないね、しかし、この自殺予防?のステンレスの横棒・これジャマやなあ。

 2万と消費税らしいです。うそぉ・それ、是非・よろしくお願いしたい。

 で、ユニック隊がクレーン車で来るのだけど、ユニック隊の隊長と引っ越し隊の隊長でしばし打ち合わせ。もうそろそろ暗くなって来ているのだった。はよ・終わりたいよね、お互いにね。

 しかし、念入りにベルトで巻いて、最初のスチールラックが宙に浮いたときは・おおおー・だった。階段通らない家具は約10個ほど残っていて、その中でも一番の難関はやっぱりコピー機。おかしいのは、吊り上げる際に交通を遮断してやるわけで、それがなんだか一大見物になっていた。クルマ・チャリ・人、みんな止まってコッチ見てるわけ。おれも見るわけ。ベッド・ラック・ソファーと順調に吊り上げられ、窓際でのリモコンによる微調整で角度を調整しながら、部屋の中の力自慢たちが支え、内部へと運び込まれてく。そしていよいよコピー機が吊り上げられることとなったが、こいつはそれまでと比べると格段に重い。3階の高さまで吊り上げられたが、ラックとかであれば、中からどこかに手を掛けてたぐり寄せれば後は何とかなるのだけど、コピー機はそうもいかん。100キロ超の重さだからね。だから、やや高めに吊り上げ、斜め上から角度を付けて中へ入れる。その際、自殺予防のステンレスの横棒にその重さを預けざるを得ないのだけど、その時だった。ぼきっ・だって。おれは苦笑するしかなかったのだが、一本折れてしまいました。

 ややアセっているのがわかったが、、その一本、後で応急処置してくれて、まあ・いいんぢゃないの・おれは気にならんけど、と言ったら、そうすか・と彼らもまあ・ほら、こんな時って、勢いを折ってしまうとこのプロジェクトのすべてにケチがつくでしょ、それはおれとて同じ。とにかく、やり切って・しまいたい、そんな気分を共有しているから、そこはもう横棒の一本や二本・別に・だったのね。

 全部無事に入った。ほんとにごくろうさん・だった。クーラーだけが担当者が室外機との高低差にビビって保留ってことになったのだが、まあ、それは後でやるよ。

 段ボール170個。もう考えただけでも、ぞっとする。引っ越しはもうたくさんだと思った。

 実はまだ解けていない段ボールが、25個ほど残っている。一週間以上経ってもまだそんな状態だ。片付けの嫌いなおれ・ということもあるが、少し体調を崩してしまった。カラダもココロももうずたずたになった。段ボールの持ち過ぎで手首を痛めてしまったし、半年前からの背中から肩の筋・そしてそこから来る左腕の痛みと痺れで二晩ほど眠れなかった。枕もどこか行ってしまっていて、それも苦しかった。おれは頸椎が人より前に傾いているから枕無しでは眠れないのも忘れていた。

 しかし、少しずつだが、人は動物であるから、放っといても回復してくるものなのだ。どうしようもなくなって10分単位で激もみしてくれる太融寺のマッサージも見つけて行ったり、快適な枕を買ってきたり、手首に湿布をしたりしているうちに徐々にではあるが、良くなってきていると感じる。もう酒気帯び運転の心配も・ない。無くしたものはあまりにも大きいのかもしれないが、基本的におれはアウトサイダーなのだから、そんなペルソナ被ってマスクマンをいつまでもやってるわけにもいかんのだ。TODO O MUNDOも売り上げはまあ大したことはないが、ヒトの出入りは少しずつ良くなって来てるかもしれない。

 豊津と完全に切れてしまったが、豊津自体も以前ほどのいい街でもなくなってきていたのも事実。潮時だったと見るべきだろう。

 JRの貨物線と阪急のダブルノイズにもそのうち慣れることだろう。おれはJRは貨物線だけたと思っていたのだが、東海道本線も実はそこを通っていて、ある時ふと下を見るなら、人の乗った電車の行き先が、新宮・となっていた。旅情をそそられた。この一週間はTUTORも迷わずチャリで行く。下にスーパー・という利便はなくしたが、日々デパ地下にも行こうと思えば行ける。天六も近い。

 何よりもそのフロアに自分だけ・というのがいい。エレヴェータも必要ない。食洗機も買わないことにした。シンクもまあまあ広く、食器を手で洗うものもいいな・と思っている。ウォシュレットは要るかな・しかし。近くにギター屋もあり、調子の悪いスペクトラム5とブズーキをリストアしてもらうことにした。ESPも目と鼻の先であるから、森野くんを拉致して、プロツールズを完璧にセットアップしてもらおうとも思ってる。ぺろも一度・粗相をしてしまったが、新しいトイレの場所にも慣れてくれたみたいだ。

 最初は音・のことが気がかりだったのだが、このノイズ・特にJRの・人でも轢いたか・ぐらいの急ブレーキの音に慣れている中津人民なら、何の問題もないはずだ。ネットも繋がった・が、アップロードできないのは、DVDがイジェクトできなくて、zaqをインストールできないからなのだが、知人の方に、死によったか・と思われているのも、これもまた、自分の死後の世界をシミュレートする・という希有な体験をしている・と思えば悪くない。と・いうか、別に何のリアクションもないわけで、やや・サミシいね、とも思うが、それも楽だし、社会的に言っても、まあ・その社会的・にもレヴェルというのがあったりするが、必要とされていると・されていないのボーダーの内側と外側の区別ができて・というか学習して、これも良かった。コミュニティ→アソシエイションとレヴェルは拡大というかまあ位相がズレ、人やモノの再編成がなされると思うが、まあそこまで。自分がヒトに対する感じとヒトが自分に関する感じというのは正に同じ強度を持った逆向きのヴェクトルなのであって、社会的・ではなく世間的達成ということを成し遂げていなければまあそれはそれでそんなものなのだ・という、そんな学習事項だ。

 引っ越しの翌日、豊津まで戻ってゴミを下に出す。大量であって、603のえりちゃんに手伝ってもらって、作業するのだが、捨てても捨てても、打ち出の小槌かよ・と思えるぐらいいくらでも出てくる。下の・ここだったら出してもいいよ・というエリアでは足りず、上に積んでもはみ出る。苦情来るだろうな・とも思うが、こればかりはしゃーないのだ。まあ、市役所にも連絡しているし、2・3日がまんしてね・豊津ファミリー住民の方々。その日は、突然のCATS&DOGSで、それも、中津に持って行く残りの荷物を外に出して、えりちゃん、今クルマ出してくるからね、一瞬待っててね・のその一瞬がCATS&DOGSなのであって、いやーごめんごめんなのだった。

 翌々日、本日までが家は自分のもの。駐車場の解約だったり、豊津駅の看板代の精算とか、もうほんまにないか・忘れ物、という最後の最後だから、また行く。行くのだが、クルマで行く気がしなくて、御堂筋線で江坂まで行って歩いていくことにした。昼食時だったので、がんこのロースカツ弁当を買って、どこかで喰おう・と思った。

 豊津まで約15分、これで自分の街として歩くことはもうないと思えばやや感慨深くもあるが、ちょっとハラ減ってることもあって、そこまで感傷的にもなかなかなれない。感傷的になるタイミングとは、感傷的になろうかな・というタイミングとは、常にズレる・残念ながら。で、忘れた頃に来るのね・ドッカーン・とね。

 家まで行く。本日ナガイに服をあげるから、カギはもう開けっ放し。名実共に、取るもんない・の状態である。なんだか、家の中は、もちろんガラーンとしていることもあろうが、埃っぽい。こんななかで最後のメシを喰うのもわびしすぎる・というわけで、ヴェランダに出、よくここでメシ喰ったり酒飲んだりしたなあ・など思いながら、しかし、テーブルもチェアもゴミになっていて、座り込みもまたいかがなものか・どうしようか、と思っていたところ・閃いた。室外機のブロックにぺろ用の夏場涼しい石製の板を掛けて簡易椅子にし、下で買ってきたロング缶とともに食すこととした。

 下に見える庭園・はボランティアのおばあちゃんたちの不断の尽力により、お花畑・と化しており、そう言えば最近、引っ越して来たての若い夫婦+コドモがよく歩いてたりしたなあ。全然そんな気にはなれなかったが。

 振り返れば、なぁんにもない我が家がそこにはあり、おれがこの後、前の家をアタマの中でイメージする際、それが家具があった生活の場・なのか、それともこの中身のないハコなのか、どっちなのだろう・と思うと複雑な気持ちになる。

 ヴェランダでよく月を愛でながらメシ喰ったり、酒飲んだりしたのだった。つい最近の出来事のような気がする・とはよくあるフレーズだが、ほんとに最近までそうしていたのだ。引っ越しの決断が四月。そして今は六月。急転直下とはこのことであった。直観で動くというおれの悪い癖もあるが、情況の急激な変容もそこにはあって、何かの渦の中に巻き込まれたときというのはそんなものなのだろう。

 そして最後の忘れ物であるチャリで中津へ戻る。きれいに掃除すべき・という説もあるが、この家は翌日からリフォームにかかることが決まっていて、そうなると健康上の理由から、埃まみれにはなりたくないわけで、職人さんたちに託す・こととする。ある工務店が、リフォームのモデルルーム的に使い、あわよくば、良い値で売れれば、という展開らしい。どうぞ好きに活用していただきたい。

 

 引っ越してからおよそ10日経った。引っ越してからも毎日・日本橋に通っていたし、いろんな電話もかかってくるし、まあ落ち着くとまでは言えないが、生活必需品も揃ってきたし、中津の地理がこれまたややこしいんだけれども、それは東西南北の勘狂うからなのだが、それにも少し慣れてきた。うちの窓は東向きだということも今頃判明した。昨夜は梅田のビルの間を満月が上って行った。窓を開けっ放しにしていたからだと思うが、ゴキブリを一匹発見して格闘の末、殺した。ドキドキした。これは何かの事故的出来事であると思ってる。リヴィングと寝室に関してはだいぶ片付いてきた・と思う。手首はまだかなり痛く、重たいものは一日に何個も処理出来ないが、それでも少しずつ事は進行している。この夏はシーツの代わりにい草を敷いてみようかと思う。少し畳の感触が恋しかったりする。新しい畳の匂いとか肌触りとかのことである。

 キッチンもまあ使いやすい。料理人としてはそこんとこ重要だったりするのだ。食洗機を置かなければ、調理スペースがかなり広く、ほんとに何もかも落ち着いたら、ゆっくり一日かけて料理をしてワインを飲みたい。ふるまうのも悪くない。リヴィングはコドモだけでなく、いろんなヒトに開放してサロンのようになればいいと考えている。

 しかし、ほんとに・疲れた。

 

posted by 浪速のCAETANO at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

いよいよ切羽詰まって

 もう・ほんとにばかなのであるが、治らんなあ・きっと。

 朝から、そのばかさに打ちひしがれながらも気を取り直し、段ボール。昨日は永井が手伝いに来てくれて、ビデオとCDはなんとかバック。アナログが少し残っているが、それは最終日にでもできるかな・と思う。

 中間テストは続く。

 まあ結局、生徒が大量であっても少数であっても、ここはしょーがない話なのであって、それなりの時間を取らねばならない。tutor チームも来週いっぱい試験であるから、引っ越してもまだユルしてもらえない。

 泣き言を言っているのではなくって、事実確認をオノレに対してしているのだ。

 いや・ほんの少し泣き言も入ってる。

 まあしかし、後2日、パッキングが間に合わないものは「捨て」だね。


TEXAS TORNADOS featuring DOUG SAHM。「昨日ヤってる時、お前誰の事考えとってん?」なかなか考えさせられる一言ではある。オトコの哀しさがそこに。しかし、思想の自由である。続いてADIOS MEXICO. おれの場合は「アディオス・豊津」だけど。こんな風に楽しげに「アディオス」と言いたいものだ。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月26日

DIZZINESS

 いやもうばたばたで、もうた〜いへん。

 アッチ行って・コッチ戻って・そっち行ってまた戻って・今度は別のアッチ。前川くんが店に来てくれてたのであるが、今日朝帰りなら、おれは引っ越し未遂になってしまう。自殺未遂とか殺人未遂とかならまだまあ「救われる」が引っ越し未遂は「ホームレス」を意味するからそれはだめ。

 一部屋ずつ明日から片付けていこう。

 「追手」もしつこい。逃げ切れるだろうか。人類は・その祖先は「逃げて」きたから今がある。おれもその路線を踏襲したい。

 おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんの作戦はきっと「意味を持つ」と見た。

 アメリカに「恋いこがれる」キムちゃんだが、あんなムチャが通るのなら・とおれもムチャしたくなるぢゃないの。

 言う事聞いてくんなかったら「いぢめちゃうから・ニッポン」てつもりなのだろうか。

 「いぢめるんだったら・お金払わないから」と言えばいいのだ。

 オカマがいいかもしらんね。オカマの外交・というか、オカマ「で」外交すれはいいのだ。

 で、最後に「チーン」をかまして終わる・と。

 マジメにやるから「むちゃ」するやつにやりたいようにやられちゃう。

 ヘンタイに主導権握られないためには、こちらがもっとヘンタイになるしかないのだ。

 「青江のママ」になってみんなで平壌に乗り込むのはどーだ。おすぎとかのレヴェルじゃダメなのね。やはりそこは「青江のママ」である。着物きてね。最近のニューハーフではいかんのだ。「青江のママ」である。麻生以下・閣僚みんなで「青江のママ」化して乗り込むのだ。

 あんな「粗チン」なミサイルじゃだめなのよ・かなんか言うわけだ。
北朝鮮のマッチョの気取り方は金正日の「粗チン」のコンプレックスの裏返し・と見る。あれだけハラ出たら更に「粗チン」は進行する。そしてもうあんだけ好きだったセックスができなくなったと見る。

 北朝鮮のミサイルは金正日の「セックスの代理行為」なのだ。

 ご自分は「たら」ぐらいしかもう出ないからこそ・の「飛距離へのこだわり」だ。お気の毒。

 「青江のママ」集団が「なあに・そんな・イキっちゃって・喰っちゃうわよ」か・なんか各閣僚に言わす。こんなやつらをビビらすために高いカネ使ってミサイル飛ばすのがアホらしくなるだろう・金正日。

 んー・おれも疲れているのだ。

 
 プエルトリコの剃っても剃っても髭が生えてくる・おじさん。モントゥーノという「コール&レスポンス」が素敵である。それとフロントチームの意外に運動量の多いダンス。大好きなサルサ・ミュージシャン。

 
posted by 浪速のCAETANO at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

あと5日

 引っ越しの準備が急務なのに、二日に一回朝帰りではいかんのじゃないか。

 いや・ほんと。

 来週は控えざるを得ない。そろそろ待った無し・の時間帯だ。試験と段ボールの5DAYS。まあ・気も紛れることだろう。ハートのマシン化という情況・望むところだ。やらなきゃいかんことで時間を埋める。感情を擡げさせない。ほとほと難儀な性格であるよなあ。しかし自分を、肯定とまではいかずとも、認めてあげよう・と思う。


 オリジナルはクエスチョンマーク&ミステリアンズだが、初めて聴いたのはこの「ガーランド・ジェフリーズ」だった。キッチュなキーボードフレーズと豪快なギターのリフが極めてニューウェイヴ的。このアルバムもギターはG E スミスだった。売れっ子だったのね。あんなカオでね。「ドント コール ミー バックウィート(そば粉・つまり黒いヤツと呼ぶな」というアルバムもありました。
posted by 浪速のCAETANO at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月23日

作業中・探検中

 押し入れ最深部探検隊隊長・川口浩です。

 うっそ。

 しかし魔界の探検は「なんだ・これは?」「なんだ・あれは?」の連続で、心の平安からはほど遠く、ま・これは「フツー」の探検隊であっても同じ事であろうが、基本的に気の安まる隙はないのである。

 午前中は寝てる部屋の下段を攻めていた。発見もあった。誰かが編集してくれた若い頃の5回ほどのライヴの写真アルバムとか、小銭の入ったプラスチックとか、そんなの。

 そもそも押し入れにも2種類あり、その中でも寝る部屋の押し入れ・とは、もっとも、その都度、どう扱いあるいは処理していいものか・またはその処理を先送りする・なんてものをとりあえず入れておくことに使いがちだと思う。そうでしょう。それも下段と上段と言うと、最もその感じが濃いいスペースであるから、そして、それはもうほとんど10年以上アンタッチャブルでありました。そんなわけで、探検は一時中断してコーヒーでも入れるのだ。

 見当たらなくなって、どこいったのかな・あの服、なんてのも出てくる。着れるものは洗濯する。引っ越し先は、洋服の収納はたっぷりあるのだが、その「とりあえず」のモノ入れがそんなにない。処理をせざるを得ないわけ。いい機会・と捉えるしかなかろうて。

 自分のものを捨てるのはなんともないのだが人のものを捨てるのがなかなか・ね、罪悪感に苛まれるのだが、まあそういう風に言われているのであるからそうするしかない。まあ・少しは慣れて来た。安易に「狂う」わけにもいかんのでね。

 いろいろ、それに伴う作業があって、ガスの元栓開けの立ち会いだとか、ネット用工事の確認だとか、クーラーの移設の立ち会いであるとか、6階との荷物の振り分けがこれまたムヅカしく、そして新型fluのおかげで試験が一週間延びた学校があり、もう予定はめちゃくちゃである。混乱の極み・とはこのことであって、一体おれ・どーすんの? と他人事のように言ってはみたが、壁に当たって跳ね返って来た。

 駐車場もまだ契約していない。しばらくはタイムズかなあ。8vやや不憫ではある。

 まあ次の一週間が「勝負」なのであるが、ほんとに「ばたばたくん」である。事が終わったらほんと・入院したい。

 あと、ビデオ・塾用教材・CD・レコード・食器・楽器・録音器材・魔界その1の探検・魔界その2の探検・魔界その3の探検・リース器材の選別・冷蔵庫中身処理・・・・整理しようと思いながら書いてたが、厭になりながら狂いそうになった。

 先は・長い。


 気を取り直して、おれもいっぱいいっぱいであるから、逆療法で。ロシア人と思われているが、実はフィンランド人たちである。ロシア赤軍オーケストラとの共演・これが熱い。曲も天国への階段でこれまた暑苦しい。赤軍コーラス隊はこれまたロシアの大地・である。過剰なリーゼントは言うに及ばす。お腹いっぱいになること請け合いである。みなさんに対するおれからのイヤがらせである。ピース・そして長寿と繁栄を。
posted by 浪速のCAETANO at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

元塾生と

 なんだか切れてしまった。もはや、繋がってなかったりする。

 いいのかわるいのかもよくわかんないが、繋がってないのだからしょうがないの。

 何が・何と・あるいは・何に繋がっていないのかも「?」なのだが、とにかく・繋がっていない。

 昨夜は元生徒のU原が何度も曾根崎時代から足を運んでくれてたのだけど、いつもおれが行けないときを狙って来てくれてたみたいで、それが、やっとタイミングが合い、「おー久しぶり」ってことだった。

 関学の総合政策を出たが、企業と肌が合わず、で・今回公務員試験に受かった(それも本日)ってことで、「おめでとう」ということになった。

 草津の市役所だそうだ。昨今の社会情況を反映して「すんごい倍率」だという。青年は安定を目指す。

 帰りしな、おれのタバコをごっそり盗み、人のチャリを糸田川に捨てていた「アホでヤンキーのN」も今では関東で「フツーに」サラリーマンだという。もう一人の「アホでヤンキーのM」は今NYCでフリーランスの不動産業でなかなかうまくやってる・という。まあ・それぞれ、なんかやっとるな、と安心した。

 ヒトの年と順番がなんだかよくわかんなくなっちゃってるのだが、昨日確認した。やつらの一つ上が「アホのナガイたち」の年代で、やつらの一つ下が「Mグたち」だった。と書くと「アホばっかり」かい・と思われるかもしれないが、まあ・そう。しかし、毎年、昨日も言っていたが「聡明でかわいい」女の子たちもいたね・ということなのだった。まあ、それぞれ、関関同立なり産近甲龍なりのどこかに入ってねわけなのだった。うちの塾そういうのってそれはそれでちゃんとやるのである。

 かつては、もっとみんな生徒たちも「無自覚」だった。それがおもしろかったのだけど、最近は「自覚的」過ぎる。受験産業め〜。もっとぼーっとさせといていいのだから、そんな学生たちを若い頃から追いつめないでね・と言っておきたい。言ってるだけじゃなんともならんが。

 ここんとこも「過去の中の回復したいもの」の一つだったりする。


ミルタォン。浪速のカエターノの重要なレパートリーの一つだったりする。サンバやボッサ・ヌォーヴァとはまた異なったムジカ・ブラジレイロ。出発点はあんまり変わらなかったりする。少しヨーロッパ的とも言えるかもしれませんね。美しいのだった。


 
posted by 浪速のCAETANO at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする