2010年04月28日

ホストライヴREVIEW

 久しぶりにいい汗をかくライヴで、それまでの冬の体質から夏の体質へと変化してしまった。何だか全身の血が、夏仕様へと入れ替わった・そんな感じだった。

 代謝が一気にギアチェンジしたみたい。一昨日まではヒートテック着ててもまだ寒かったのたけど、昨日からコットンTシャツでOK。

 昨日は@SUN HALL HOST LIVE。

 ゲストのみなさんの音楽にちょいとずつ絡みながら進行していく。ゲストは6組11人。知らん仲ではないがまあまあ大変である。

 ミタキ・サカキバラのアルクヒトビトから。ここではサポートギタリスト。曲・あんまり覚えていない。それでもノリよく弾く。音源のリズムがビート感にやや欠け、たまに見失うがなんのその。これでカラダは温まる。

 次は最近バンドでベースを弾いてくれてる瀬戸一成くん。彼は奇妙なほんわか音楽・とでも言えそうな(そうとばかりも言えんのだが)やっている。これはお互いに本日のコラボに関して「忘れていた」ことがあって、MUTUALあいたたた・なのであったが、楽屋練習でなんとかなる・かな? おれが忘れていたのは、インターにソロがあるってこと。しかし・そのう、ペットが抜けておれひとりが放置されて・バックなし・のソロなのだった。脇に汗かきながらなんとかこなす。

 続いてBOSSA PRINCEZA YUUMIちゃん。パブリックな場で「石畳の街」の初回お披露目なのだけど、転調の際にどーもキーをつかみ損ねてる。舞台袖で「おとんの心境」である。うーん・まだ定着してないな。まあしかし、本番は最大の練習であって、ちょっと難しい曲を作ってしまったか・とやや反省もするが、そのうちできる・きっとね。サンバがサンバであった頃から・をDUOして声をもって上になり下になり、そこは満足な出来。カオルちゃんも最後一曲参加。おれとカオリーニョと一気にDUOするなんてこの贅沢モノ。

 そしてカオルちゃん・カオリーニョ藤原。ここは演奏には参加しない唯一のセット。ただ「共作」した2曲・があって、カオルちゃん最近それをよく歌ってる。「折り畳まれた時間」「あいまいな夜」そのオトコマエ路線から「がたがた」「時代に逆行」「リズムの申し子」と続く。いいラインナップだと思うけどね。おっちゃんやや元気なかったかな。いろいろあるからね・現実は。

 さて、今回の目玉というかお騒がせというか、キタバヤシジュンコーナー。瀬戸ちゃんベースでシューゲイザー・殺害せよ・北村くんをギターにキタバヤシジュンの曲を2曲。1曲目はおれが詞とメロディを担当した10年ほど前に作った「プログレみたいなん」。これは形容でもあって曲名でもある。4度半のコード進行でメロディ・作りにくい歌いにくい.転調も4度半、そして短三度・さらにはもう一回4度半とめまぐるしい。おれもイントロで見事にコード半音ズレの大間違い。しかし、シューゲイザーの爆音にて助けられる。2曲目はCVS COWBOYSの「片目でチンバのせむし女」。なんぢゃこりゃー・なタイトルながら、曲はアイリッシュの伝統をふまえ、さらにはイタリア古楽のパスティーシュ・それらのコラージュ。だいぶキタバヤシさん・入れ込んでて、入れ込み過ぎにて、笑える話多数発生。責任というものを持たずに・責任というものからあまりに遠いところで行きているからなのだが、長い間そうやって生きてきたおっさんの突然の責任感は「滑稽さ」を伴わずにはその責任を遂行できん・という話なのだが、またまた多くの逸話を残した。

 ホストの最後はキングちゃん。ここではハープの木寺くんも加わってギター・カオリーニョ、ベース・おれ、ドラムス・キタバヤシ・というスーパーブルースバンド。最近の常なのだが、木寺くんの横で「座って」ベースを弾く。それはカオルちゃんの目線と同じ高さ・というわけではなく、バンドの骨格を支える仕事をしたい・ということなのだ。常にフロントマンなので、ついつい、立っちゃうと目立ってしまうそんな「習慣」が身に付いてしまってる。それはブルースバンドにおける自分の技量とはやや乖離がある。だから、そんなことを抑えるために座る。そしてキタバヤシ/カオリーニョとアイコンタクトを交わしつつ、音の骨格を支える。まあ・ゾーキン掛け・だね。しかし、そのゾーキン掛けが楽しいのである。ブルーズのばやい。一言でブルーズというがそのジャンル内ヴァラエティは驚くほど豊かでもある。ブギからバラード、ストマン・コード進行のフェントンの曲、そしてストンプと、おれも充分楽しんだ。

 しかし、この時点でかなり疲れてしまった。

 最後に自分パート。久しぶりの「土曜を逃げろ」「ワタシ誰ある?」そして、カオリーニョを呼んでなつかしの「大快楽物質E」。サンホールの社長まで客席おるやん・足立っちゃん。パンキー・ズーク、パチャンガ/サンバ、正統ズーク、と来て最後は「手品師の帽子」で終わる。アンコールにも応えれんほどの疲労でしばらく楽屋で動けませんでした。

 しかし、その間に着々とおれのカラダの中では代謝における「脱皮のようなもの」が行われていたのでありました。

 次のホストライヴは7or8月の予定です。あーーーーちかれた。いや・まぢで。
 


 
posted by 浪速のCAETANO at 16:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

ホストよん

 さて、本日は@アメリカ村SUN HALL、マルタニカズ・HOST LIVEですが、「雨男」いまだ健在で、午後からきっと降るのだ。

 おれたちが奏でる音楽は、今・という時代の閉塞感をひとりひとりが自分の心の中で一瞬取り払ってみたら、すごく楽しめる音楽なのだけど、人は時代のヴェクトルにある程度は寄り添わざるを得ず、そこから来る足元の腐敗に絶えず晒されるわけだから、しかも市場原理主義はそりゃもうカラダごと・家ごと・街ごと持ってっちゃうから、価値観は混乱し、その混乱を整理する間もなく、次の混乱がやってきて、地震の復旧もままならない時に火山は噴火し、洪水が起こり、竜巻が舞う、そんな社会では正気を保つことさえ難しく、あるいは正気を保つために全エネルギーを費やせずにはいられず、人が文化的に生きようとすることは、人が人であるための基本的営みとバーターするしかなく、そんなことを思えば、フツーに生きることだけだって大変なことになっちゃってるから、なんか打倒そんなとこ・で音楽をメディウムとして繋がれんものか・とはいつだって思ってる。

 多様を偶然にも持ち合わせた場合、今はものすごく不利である。でも、しょうがないんだもんね。よく年下の彼・彼女と話をすると、多様を否定的に捉えてることに気付く。イメージがボケて、結局流れていく・みたいなことなのだが、情報過多の環境での自分の護り方みたいなことだと思うのだけど、アタマではわかるが、カラダがそれにはついていけない。まあ・ニッチな世代特有の傾向かもしれないが、どうも固有の「快感原則」に従ってしまう。

 すごすぎてわかんないのか、しょぼすぎてわかんないのか、どっちなのかわかんないのだが、ありのままを曝け出す機会である。もっと周到な準備ができれば良かったが。

 まあでも、参加してくれた人々と来てくれた人々とでいい時間を持ちたいと思ってます。

 土曜は神戸のチリ人と、日曜は中津のインドネシア人の団体と、昨日は中国・韓国・台湾人の生徒と、それぞれ数時間過ごすのだが、なんか、そんなのが「普通」で一向に構わんのだけどね。元気だったら「毎日がパーティー」でもいいんだけどね。「体力だけ」がすべて・ですね。ほとんどアタマっていらんよね。アタマ単独ではね。


 本日来れない方に。VERDADE.
posted by 浪速のCAETANO at 11:01| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

おばさんにオトコを見る

 鳩山首相はおばさんだ。

 その中にオトコを見る。現在のオトコはあんな程度のものだ。だって環境が許さないんだもん。

 表面的な「オトコらしさ」とは虚像なのに、周りにそんなのがいない方々は、TVの画面に求めるのだが、それもTV画面の中自体が虚像なのであるから、そんな無駄なことはヤメたらいいのだ。

 最近の歴代自民党のバカ首相を見てみても、森・小泉・安倍・麻生となんらかの「マッチョ」を売りにしていたと思う。単細胞的に単純なマッチョだったが。で、福田ちゃんである。一番情けなかったけれど、一番「害」がなかった。それがいいのでは。

 21世紀のリーダーとはそうでなくては・と思う。特に、なんかカッコつけたら茶化される日本である。世代によってはビミョーだけど。最近のワカモノは浅薄な考えの上で「カリスマ」を求めてる気もするけど。オノレのコムプレックスに一気にカタルシスを与えてくれるようなカリスマを見つけて「同一化」する。レノン=チャップマン・シンドロームの一般化とでも言おうか、そんな感じ。

 普天間で鳩山ちゃん、追い込まれながら、三択にまで事態を拡大してきた。県内と県外と「国外」である。沖縄や徳之島の人々の大ブーイングによって、サルのアタマの日本人でも、自民党が「奴隷情況」の中で契約した現行案に疑問符を持つ人も多いかと思う。別に沖縄なんてどーなってもいいや・って人も多いと思うが、そんな人々は政治的パワーにはならないと思う。そこは残念ながら「B層」という言葉を当てはめるしかない。残念だけど。

 ここんとこ、急速にアメリカ側の情報として「別に沖縄でなくとも・・・」という意見も漏れてきた。もちろん何かなんでも現行案!!!という意見もその倍以上聞くが、しかし、それは日本のマスメディア経由だから「眉唾」であって、それよりもなによりも鳩山ちゃんは「沖縄の方々の負担を少しでも軽く・・・」という言説を公にしたところに値打ちがある。おばさん戦法。おじさんはすぐ対決へと持って行き、最悪自縛で自爆なのだが、鳩山ちゃんも自縛はシュミみたいだが、対決へとは急いでいない。打たれ強く、忍耐力に富む。ぼんぼんだからかもしれないけれど、政治家に必要以上のルサンチマンはイマドキいらんような気がしている。

 新党が雨後のタケノコだが、あれは自民党が壊れていってるだけであって、なんのイムパクトもない。オノレの「股間」を見て、まず「たちあがれ」だ。そんなレヴェル。「うーん、ダメだった・本日も」という結果に終わる。舛添も、あんなのが「総理にしたい一位」ってのもウソだ。品性の卑しさって見ててわかる。と、すると、メディアの統計自体が何か操作をされている可能性だってある。あのハナの利く、小池のおばさんがついていかないってことでも分かる。アメリカは日本に新自由主義に戻して欲しくって、メディアと経団連は政権自民党なき今はアメリカの一番のポチだから、その意向に沿っているだけ、ただそういうこと。

 不気味なのはわれらが府知事・なのだけど、いまだ様子見・だ。

 リーダーシップがない・とは鳩山ちゃんへの評であるが、でもそんなにリーダーシップが必要だったかね・と思い起こせば「田中角栄」「小泉純一郎」という名が浮かぶ。田中角栄は高度経済成長時代の徒花であり、小泉純一郎はポピュリズムのわかりやすい失敗者・という評価になるのぢゃないかな。後の首相って多かれ少なかれ福田ちゃん的だった。マッチョでもなかった。

 日本の国は藤原不比等の時代を延々引きずっていて、トップが最高権力者であった時代など極・まれだった。後醍醐天皇も失敗してるしね。そのリーダーシップ自体もニュアンスは変容している。

 なんかわかりやすいものだけを与えられ続けてきて、みなさんの脳がかなり劣化している・ことが一番の原因な気がしてる。劣化した脳でさえも、沖縄の負担・というのはわかりやすいと思うのだが、劣化がひどくて、オルタナティヴに話が及ぶと「思考停止」してしまうのだろうか? そんな「自分の護り方」って卑怯ぢゃん。


 来週火曜日は「HOST LIVE」です。サーヴィスいたします。久しぶりの「脱国境の夜」ねっ。


 代表的おばさん・世界的な。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 12:39| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

火山灰からのコノテーション

 飛行機がない時代なら、「えらいこっちゃなあ」と諦観の視線で空を見上げていただけだったろう。

 これだけ交通機関の発達が当然のものになるとそうもいかない。普段の利便性のオトシマエを災害時にはつけないとあかんわけよね。そこんとこ・なかなか悩ましい。

 残りのお金千円しかないから、ホテルを取ることが出来ずに何日も空港内で過ごしてる・という外国人がいた。

 こんなときこそ、不可抗力に対しての滞在費用として「太っ腹」なとこ見せたらいいのぢゃないのかね。それは国が・でもいいし、旅行会社が・でもいいし、航空会社が・でもいいし、それぞれ折半でもいいし。

 一生、それはエクセレントな記憶としてその旅行者に残ると思うよ。普通のホテルが満杯なら「ラブホ」でもいいぢゃん。いい経験になると思うんだけど。

 外国での「無力感」て、想像以上だしね。特にお国の喰いものへの憧憬が最大値の時でしょう・帰る間際って。喰いものだけとは限らず、なんていうか、その非日常を満喫した後の、あんなにそこから逃れたかった「日常」への、それは愛犬・愛猫・あるいは友人との再会かもしれないし、慣れ親しんだ職場への復帰もそうかもしれないしね。

 自然のことはもうしょうがないしね。ピナトゥボ火山の時のことはよーく覚えてる。1991年と言うから20年ほど前だった。たぶんFIAT PANDAで箕面から止々呂美へと抜ける路に夕陽スポットがあり、よく女の子を隣に乗っけて出かけてた。

 いつものように夕陽を眺めて「あーだ・こーだ」論評しながら時間を過ごしていた。太陽が沈む寸前、いつもの色とはやや違うってことが、わかった。その色はややどす黒く、古代であるなら、鬼道をする女王が「不吉な兆候」としてすぐさま亀の甲羅を火にかける
・そんな大騒ぎになるであろう・必要以上に「濃くVIVIDな赤」だった。

 そういったものを見て「胸騒ぎ」がするのは古代人も現代人も同じだから、「なんかこれ・えらいこっちゃ・正確なことはわからんが」ということになった。しかし、基本アホ
なので、こんな凄い色はもう少し見ていたい・という意見も気持ちの中にあり、結局それから1時間ほど「胸騒ぎ」のまま、口開けて眺めていたのだけどね。そのときのことは「遠い結論」という歌になってる。

 フィリピンのなんとかいう火山が噴火したことは前々日くらいのニュースでは知っていたけど、その時は、それがその火山灰によるものだということは全然リンクできずにいた。数日後「あ・そうだったのね」といういつものマヌケだったのだけど、その時はフィリピンと日本の距離への知識がそのリンクを妨げてた・と思う。

 だからアイスランド〜モスクワの距離・なんのその・という火山灰の根性はわかる。

 人だけではなくモノの流通も止まってしまったから、輸入業者は大変だったろう・とは思うが、たとえばチーズを一週間喰えん・なんてことで「そんなんやったら・もう・わし・アバレんでー」という人が何人いるのかなあ・と思ってしまう。似たようなアジって国内にもあるからね。何個かは知っている。日本の「珍味」である。たとえば「山うに豆腐」これが延喜式とかに載ってる「醍醐」ちゃうかー・と思えば違うのだけど、しかし、アジはそっくり。醍醐はチーズそのもの。

 なんだか、余計なモノで膨張させられた世界におれたちは徐々にそれらに慣れさせられつつ、暮らしているのだな・と思える。とりあえずの生活は特に珍しいものはなくとも出来る。

 自給のことをちょっと考えた一日だったなあ。アホは明日には忘れるんだけどさ。しかし、雨降って地上にうまく落ちるといいですけどね・火山灰。でなけりゃ、ちょっと農業とかへの影響心配だもんね。最近ただでさえ野菜高いのに。地殻変動の活動期に入ってるでしょう・もう今や。「ええかげんにせえ・お前ら」というメッセージかもしらんですね、母なる地球からの。

 南部を目指しとこう。
posted by 浪速のCAETANO at 18:49| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

同根の確信

 縁あって、アジアからの留学生たちに数学を教えている。多分彼らは、たとえば日本人学生が行く大学がなく、以前聞いたこともないようなアメリカの大学が突然広告宣伝し始めた時期があったでしょ・10年ほど前だけど、そんな風なニュアンスで日本に来ているやつと説明を学校側からは受けた。

 しかし、留学生試験というのが11月ぐらいにあり、それに受かって、さらに日本の大学の入試に通れば晴れて「日本の大学生」なれる。ハードルは高いとも低いとも言え、個人差もあり、年齢も19〜36と幅広く、国籍も中国・韓国・台湾・ヴィエトナムとヴァラエティに富む。公用語は日本語で、ひょっとして英語が通じるかな・と思っていたが、まるで通じない。「オーライ」が通じなくてびっくりした。そのかわり「メイウォンティ」という語を習った。NO PROBLEMほどの意味だって。

 ある時、人数が減っていて「やや心配になって」学務長に尋ねると「ヴィザがおりなくて・・・」と気の毒そうに言っていた。母国へ帰ったんだって。笑えない話であった。5人の仲良しでやってきて、その中4人帰ったってヤツがいて、ダメージおっきかろうね・彼。

 で、見てて思うのは、みんな全員誰かに似てるのね。こんなことを改めて思うというのは自分の心の中にも何かしら「壁」がある/あった証拠なのだけれど、それが覆されるのは
みんなが誰か日本人であるかのような「カオ」である事実だ。近くて遠かった。でもこれからは近くになれる。それは少し嬉しい。

 全員一年から二年日本語学校に通ってきてるのだが日本語の習得はまちまちで、中国人がマジョリティなので、ちょっと油断すると「中国語の私語」の嵐・となるのだが、数式が媒体となっているからおれの場合はまだマシ・である。数学用語の各国語の翻訳というのを与えられ、「漢字」の東アジアにおけるユニヴァーサリティも実感する。

 そんな舌ったらずのコミュニケーションは楽しい。

 しかし、カオ・おんなじ。

 魏志東夷伝にある「倭」は半島南部にあり、倭人が倭国のことで、ではなぜ同じ字なのかというと、ひとつの同族文化圏だったから・という説があり、たとえそれが間違っていたとしても玄界灘を媒体に交通があったことは間違いなく、元は同根なのね。そんな確信を持つ。特に半島はそうなのだが、大陸のカオもやはり、いるいる・なのね。ヴィエトナムからのチャンくんでさえも、カオだけじゃなくそのデブ度といい、二年前にいた日本のデブと相似で「サカシター」と呼びたくなる。

 国籍やら国境のアホらしさを思う。同時にそれがアホらしいと思えるための教育の大切さもまた思う。日米同盟よりも東アジア共同体の方が「無理」がない。そんな気がする。

 今年は日韓併合100周年だったりする。見過ごしてしまったのだけど、安重根の話・エネーチケー(Q)だけど、再放送がそのうちあるだろう。見よう。なんとなくだが去年やっていた「日本と半島」シリーズの最終回からの流れを汲んでいる気がしてる。日清戦争からの近代史を齧っとかないと、安重根は単なるテロリストで終わる。まあテロリストはテロリストながら。ただアメリカ人の言うテロリストとは似ているようで異なっている・と思う。

 こないだの「大阪アースダイバー」においてもそうだったが経年による意識の変容は地形の変化同様、現在に生きる者の目を眩ます。周縁が一度シャッフルされたかのように見えてその周縁性がまた立ち上がってくる。それはなかなか興奮だったりする。上町台地の実感はチャリンコで天満橋から大坂城方面に南下してみるとよくわかる。当時の「岬」から見える夕陽を想像してみたりしている。今度の聖霊会で簫を聴きに四天王寺まで行こうと思っている。こないだちょっと吹かせてもらったらルックスを裏切る未来的な音が出る楽器で、テルミンやシンセのイメージを得た。楽しみだ。

 1Q84を一気読みするのがもったいなくて、風呂/トイレ用に古代関連の本を古本屋で見つけて読んでいたのだが、そっちに集中してしまった。風呂にあんなごっつい単行本もって入るのは「危険」極まりなくて、ちょうど良かった。


  周?美sings李美子
 
posted by 浪速のCAETANO at 12:27| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

「USTREAM」@TODO O MUNDO

 本日20:00から「USTREAM」@TODO O MUNDOです。

 本日の出演者: カオリーニョ藤原。さて今夜も「時代に逆行」なライヴをぶちかましていただけるでしょーか。ゲストはBossa PRINCEZA YUUMI e 浪速のカエターノです。

http://www.ustream.tv/channel/caorinho-fujiwara-live-todoomundo
posted by 浪速のCAETANO at 18:11| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三つ子の魂百まで

 ワシントンポストの鳩山ちゃんへの侮蔑記事。

 それを「その通りだ」と報じるNHK。

 なんかおかしい話なのだけど、溺れたイヌ叩き・ということか。アメリカは結局、自民党の日本に戻したい・というわけで、現実に自民党が復活しなくとも、民主党が自民党になればよい・ということだと思う。

 小沢くん叩き・そして今回の二度目の鳩山ちゃん叩き。見事にCIAの戦略は成功しているように見える。メディアの論調はもう決定してしまって、残念ながら鳩山ちゃんの政治生命は終わると思えるが、そんなんでいいのかなあ。

 特に今は、オバマは鳩山ちゃんをというか日本を苛めれば苛めるほど、支持を得るという構図になってるから、だから「トヨタ」も苛められたわけだしさ。

 だからそこに何か「不穏」な空気を感じないのかな・と。

 何か大きなチカラがそこには働いていないのかな・と。

 「いじめ」って苛める側と苛められる側の当事者以外に第三者が必ずいて、その第三者の態度はいじめを解消することも、またいじめを決定的にすることも出来、今は苛められている側の国営放送が、苛めてる側に立って、自国の首相を苛める立場を正当化してる・なんていう奇妙な構図だ。

 ワシントンポストの記事も「下品」なもので、どうもそれを書いたニンゲンは恣意的に書いてると思うが、そんなフェアさを欠いた一記者の記事を、まさしく「天の声」化するのはどうなんだろう。

 ジャーナリズムってないみたいだね。日本も、そしてアメリカも。腑に落ちんのは、日本のメディアが「頼まれもしないのに」アメリカの言いなりになってることね。三つ子の魂百まで・とはこのことだけど、そんなんでいいの?


 こんな「アメリカ人」もいるというのにさ。
posted by 浪速のCAETANO at 17:33| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

アン・グラに活路を見出す

 本日は十三ではなく梅田。

 ウエスティン→モントレ→リッツ・カールトン→ヒルトン・ウエスト・とお金がなんぼあっても足りない地域をチャリで行く。梅田の地上はどんどん整然と飾り立てられ、まあそんな中をカマキリハンドルのチャリで走るのは、愉快なのだけれど、しかし、また一段と「都市化」が進んでいるなあ。都市化というか東京化・かな。テキストは東京でしょうね。

 昔は街が綺麗くなるのはなんとなく嬉しかったし、それはオンナが綺麗くなるのと相似形のような気がしていたのだけれど、あんまり整然と街のドレスコードが決定されてしまうようなのはどうなんだろう・と思っている一人だ。

 街が整然と・そして今特にそう思えるのだが「特権的」になっていくと、そこにどうしても似合わん人々は意識的にはじき出されることにはならんのか・と思う。その整然のマナーが大阪の個性を上からペンキでだー・みたいな・だからよけいに思う。神戸や京都って港なり神社仏閣の大きな存在感が東京化を包むんだけど、大阪のこと梅田に関してはやられ放題だと思う。淀屋橋まで行けばいいのね。川があるから。しかし、梅田はサイボーグな街へと向かっていると思う。

 今に始まったことではないんだけど、30年前からそうだった。リトル・トーキョーだった。かなり規模のでかいリトル・トーキョー。いや・東京なんて言い方は大雑把過ぎた。東京の中の新しい街風の街ってことかな。ほぼ3〜5年遅れで波及しているその「新・都市化」とでも言えるような変化か・と思う。同時に名古屋やら博多・札幌の特定の地域もそうなりつつあると思う。

 繰り返すが、かつての阪急の記憶・がまるでなくなってしまったことが悲しいのね。いや実に悲しい。あのグランドトームらへんにはいろいろと想い出もあり、それがこの20年間ほどの間少しずつ変化してきてはいた。ただ、その変化は家で言うなら建て増し・というような、「リヴァイス」で終わっとったものが、今回のは「地面からの」大改築なわけで、だから他所の街・の感が大である。

 しかし、たとえそうであったとしても「ここは大阪」である。

 昨日は第2ビルに用事があって、それもシブいと言えばこんなにシブいもんもないという風な用事なのだが、まあそれはいいのだが、ちょっと時間が余ったので、地下へと降りた。チクビ庵じゃなくって竹生庵で久しぶりに一杯飲んで蕎麦を喰おうとおもって。ところがなくなったか閉まってるかどっちかでなんだか発見できんわけよ。第一〜第四ビルの地下はハービスなんかとも繋がり、ビルとビルの間は広くおしゃれになっているのだが、一旦ビル直下に入ると嬉しくなるほどの「魔境」である・今だに。

 一階でさえも、昨日発見した自販機は「なな・なんと60円・ええええっ」であった。おれが知ってる最安値でした。そこに「赤まむしドリンク」が含まれているのにも好意を持つ。でも・なんでまた? 60円とは言え赤まむしは赤まむしであるから、それなりの効能効果はあるのだろう。1000円超えのユンケルと勝負させてみたい。

 そしてやはり、地上から押し出された人々がそこには大勢いるわけだった。それは安心できた。昼メシの値段もほぼ「やけくそ」なのであって、財布には大変やさしい。ワンコインでお寿司10カンとかさ。

 まあ・なんというか、ビンホー人とヤバ目の方々は地下へ潜るのがいいですね。アンダーグラウンド・ね。


 ブルターニュの英雄。バグパイプが大変よろしい。演奏中カポ移動という大技も!!!!
posted by 浪速のCAETANO at 18:20| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月14日

本日自首・みたいなもの

 ワタクシ事ながら、しかし、一般論ながら、ヤツらは逃げると追っかけてくる。逃げつづけるのも疲れるのね.逃亡犯の気持ちが少しはわかる。

 いやー・後悔でいっぱいだ。時に世間シラズは必要以上のスクエア化してしまうのだが、よくないな。スプーン投げちゃうのもよくないな。過剰反応もよくないな。そうはいいながらもヒトは小さなことに一喜一憂しちゃうのだな・これがまた。

 もう誰かの相談には乗れるような気がした。

 消耗する事だらけのこの世だ。しかし、後ろ向いて走ると欽ちゃんになるのだが、当然のことながら前見ないと危険極まりない。前を向いて歩き・走ろうと思う。

 「体力消耗」、中学生時代によく使ってた。そう言うと、もうなんだかユルされる気がしていた。特にクラブ。しかし、何度も言うとケツ蹴られてた。加減が難しい。

 そう。この世は加減・であるのだった。

 しかし、体力消耗だ。ひどく疲れた。回復プログラムは明日からにしようと思う。

 こんな時は彼女しかない。
posted by 浪速のCAETANO at 19:30| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

久々の仕事でおでかけ

 外での小商いパート1・初日。

 なかなか面白かった。疲れたが。帰ってきたらぺろが「メシもっと一杯入れとけよー・水もー」と狂っていた。いやー・めんごめんご・でも行くとき寝てたくせにー・とたっぷり11才以上用のぐじゅぐじゅのやつをあげる。今ぺろはパソコン前に綺麗に座っておれを邪魔している。過激な「へーっくしょん」もやられた。ぺろばあちゃん・もうすぐ18才だったりする。

 帰ってきたならtutor先の母から電話。今年は受験生だらけだった。

 せっかくミナミまで行ったので、ホスト・ライヴの件打ち合わせにサンホールまでいくが、定休だった。蕎麦を喰って帰ってくる。最近またまた電車乗ってなかったが、なんとか乗れた。ミナミの街は地上も地下も条里制を保っているから、混乱が少ないが最近・ここはどこ・いま何時・となるのが梅田阪急の周辺の地下である。慣れ親しんだ過去の地下の街並がなくなって、しかも阪急百貨店二分割されてるもんだから、なんだか違う街に来てる気になる。ああゆうのおれは好きじゃないな。いや・好きじゃない。鮮魚売り場もなんだか縮小されて、B2などはしょぼいスーパーみたい。元気なくなる。開放感がないのね。反省していただきたい。デパ地下イノチのおれとしてはひじょーに遺憾だ。

 梅田は働き出してからもう30年ほどうろうろしているから・まあ店も梅田だったこともあり、あんまり変わっていただきたくはなかったのね。変わっていただきたくはないところほど変わる。まあそうやっておれたちは奥へ奥へとディープ化するのだけど、もうそれ以上奥はなかろう・と思える今や中津なのだけど、ぽつぽつとJRのコッチ側にも店ができてきた。それも好ましい店が少しずつできてきたのが、まあ嬉しい。少しずつ中津でさえ変わりつつあるのね。でもしかしほんとに少しずつだけどね。

 TODO O MUNDOもあの露地で「ほんわか」点いてる灯りに、ややないと寂しい感も出てきたかなと思えたりする春の頃でした。


 
 淀川長治さんの前説つきの映画「キングコング」があって、ふと思い出して「さいならさいならさいなら」

 
posted by 浪速のCAETANO at 19:18| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月09日

予定は未定

 本日の予定:
 早起きして、8:30には家を出て、新御堂を北上し、すずきクリニックにて「健康診断」。それ終わりで、北摂のどこかで「お弁当とビールorワンカップ」持参で花見。ついでに8Vもオイル交換してあげて。そのために昨夜から絶食。

 本日の現状:
早起きして、8:30には家を出て、新御堂を北上し、すずきクリニックにて「健康診断」・・のはずが、不審そうな困ったような顔と声で「予約なさってます?」と看護士のおばさんが言う。「ん? 予約要りましたっけ?」とおれ。「予約いるんですよ〜」とおばさん。「はあ〜」とおれ。結局次の金曜の予約をしてすずきクリニックを後にした。まだ9:00である。昨夜は店も行かず絶食して今日に備えたのに・しゅん・だった。

 健康診断の後のめし・それはヒトを「無謀」にするものだ。過去を振り返ってみても、「鰻屋」に直行したり、「豚カツ屋」に直行したり、「寿司屋」に直行したり・とその時の気温・湿度とオノレのハラの具合によってその「無謀」の質と種類はちゃうが、まあなにかの「オトシマエ」つけたろやないけ・とやや語尾は南河内のヒトとなるわけ。

 そして今回は千里阪急の豪華お弁当と酒 beneath the full bloom of cherry blossom、うーん完璧・と思っておったのだ。

 なんにもすることがなくなると、ヒトはハラが減る。しかし、午前9時にはモーニングぐらいしか喰うもんてないのね。で、しょうがなく吉野屋の朝定に行くことにした。で、行ってしまったら、牛丼を喰っていた。何十年ぶりやねん。これもなにかの「オトシマエ」なのだろうか。うん久しぶりに喰ったら、何だか旨かった。空腹は最大のアピタイザーではあった。

 オート・バックスは10:00からだろうと思い9:50に行ってみると、受付は10:30からだと言う。で、コーヒーを飲みに江坂へ戻る。こんなこともあろうかと文庫本を持ってきていた。検診の待ち時間に読もうと思ってたのだ。でコーヒーのHiro本店へと行き、ここは駐車場があるから8Vをそこに停めて、マンデリンG1の2CUPSを注文する。Hiroも久しぶりである。上手にいれていた。朝から旨いコーヒーを飲めば気分は上々なのであるが、さらに、ものすごく笑顔のかわいいウエイトレスのおねーちゃんがいた。決して美人ではないのだが、笑顔がもうまるで屈託がなく、この屈託だらけの狙いだらけの計算だらけの「現代女子笑顔業界」(そんな業界あればだけど)に於いては「ザ クイーン オヴ 笑顔」と決定してしまっても差し支えない・そんな笑顔の持ち主だった。

 朝からあんな娘のとびきりの笑顔に会えたりすると一日気分良いだろうな・と思う。あれは遠くからでも足運ぶ値打ちあり・だ。あの表情がテムポラリィなものであったとしてもあんな表情が自然にできるのは「才能」だと思う。まあ・彼女は人気らしく、来るおっちゃん来るおっちゃん・みんなが挨拶されると破顔していた。

 そのとびっきりの「笑顔」はヒトを善人にする。おれは駐車場のタクシーのフォグ・ランプが点いているのをわざわざ店に戻って教えてあげるわけよね。

 オートバックスで鉱物形のオイルを選んで、作業を待っていたら、前のマンションの別の階のおばちゃんと会う。そのおばちゃんはこないだ梅田でも出くわし、なんなんでしょうか? こないだ家庭教師先のばか高校生に、iPod用のトランスミッターを破壊されて以来、クルマではテープを聴いていたので、それを探す。かなり安くなってきてる。2千円台だった。

 8Vは1000kmで1Lオイルが減ってしまう。熊野も行ったし、もうそろそろだと思ってたから、替え時だった。おれのアルファ155・8vのエンジンは「アルファロメオ最後のツインスパーク・エンジン」だ。16vとなるとフィアット製になる。ジュリアからの直系の伝統のエンジンで、回すと「がるるるるるる」と大型ネコ科の唸り声で鳴く。ツインスパークの直4のDOHC8Vエンジンは軽快で、まるでフィアット・パンダやアウトビアンキのようにドライヴが出来る。おれの8Vは所謂ナロー・ボディというやつで、その後の室内の拡大化が成される前のモデルだ。

 クルマのエンジンオイルはバルトリン氏腺液である。今・バルトリン氏腺液が汚れ、量も減り、ネバ・なのである。それを透明で、量たっぷりで、サラ・にするわけね。ピストンに対して「すまん」という気持ちである。そんな悪環境の中ピストン運動を強いていたおれをユルせ・と思うのだ。その代わり本日からは、○○ちゃんのお○○こ内のような好環境であるよ・と言うのである。いきなり激しいピストンだってオッケーだよ・と言うのである。クルマってのはほんと「ニンゲン」であって、カオもケツもあって、内燃機関はもろ・それである。8キトーなんちって。だから電気自動車というのはたとえそれが「ゼロ・エミッション」であって、環境に云々・であるとしても、やっぱりそれは本来的な意味でのクルマ・とは言えんのぢゃないの・とおれは斜視になってる。「うわー・しずかー」などとバカ・タレントがよくほざいているが、そんな「実感」に欠けるもんなんて乗りたかねーし・と斜視の角度はさらに大きくなる。

 ムヅかしい時代だったりする。クルマに関してはおれこそ「時代に逆行」なのであって、しかし、そういう人々の乗るクルマがもうほとんどない・のだった。大事にしたい。

 人生「予定は未定」だった。しかし、開けたサン・ルーフに散る桜の花びらが落ちてくるってのはいいもんだった。来週まで花はモたんかね。

 iPodから流れていた。
posted by 浪速のCAETANO at 16:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アルファロメオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

ネーミング

 花見とは限らないが、外での昼メシが楽しい頃だったりする。世界の果てにいる気分になる。

 世界のあちこちで騒乱と言うか政変と言うか色々起こっていて、みんなアツい。キルギスにタイ。報道はされていないがアフリカのどこか中南米のどこか・そんなとこにも血が沸騰するような現場があると思う。アフガンのタリバーン兵士もアツかろう。

 いたってアツくないこの国のこの感じ、元気なくなる。アツいから元気がなくなるのか、元気がないからアツくならないのか、鶏と卵の関係ながら、そのサイクルの半径はもう見えないぐらいに小さい。

 「たちあがれ日本」というのが新党名だと言う。うーん・考え込む。そんな名前・どうなんだろう。特に興味もないが、どうなんだろう。イタリアに「フォルツァ・イタリア」といういかにも・な右翼政党があった。現首相の政党である。「頑張れ・イタリア」イタリアらしい・と思うが。イタリア人はその点・すぐにハートに火が付くから、それも「より・らしい」のだが、「たちあがれ日本」というのはそれのコピーだと思うのだが、セックス狂いの絶倫ベルルスコーニなら「さらに・より・らしい」と思えるが、我が国の新党のメンツのお父さんたちは「ED」ぽい。「ED」が「立ち上がれ」とゲキっても、なんだか虚しいと言うか、「あんた先に病気治せば」である。EDに限らず。

 みんなの党・は「YOUR PARTY」と言う英語名なのだそうだ。EVERYBODYは正にEVERYBODYであるからなかなか使えなかったんだね。しかし、みんなの・・って、なあ。その「かっくん感」は、おれは「みんなのうた」が浮かんで脱力しました。おれはそれだったら「あなた・の党」にして「あなた・あなた」のその連発によって気持ち悪さを麻痺させて国民を集団催眠にかけてしまいたい。

 一般の「アホ度」に迎合・という感あり・だ。理念などはもう必要なくなった・というわけか。日本の政治ネタは芸能ネタとまったく同列だから、そんなもん・なのだろう。

 「KY」という隠語が何のユーモアも内包せず、何のウィットにも富まず、しかしながら大手を振って一時期市民権を得たが、さっきの党名なんてそんなレヴェルの延長みたいに感じる。アルファベットに鮮度を感じる世代は一年毎に下から湧いてくるが、なんかその感覚に迎合すると言うか、年ごとにローレヴェル化してるように感じる。美しい日本語を守れ!!!という気はないが、美しい日本語を使おうと思えば使える・ぐらいの教養はあってもいいかな。オノレの反省もコミだけど。

 この世のモノゴトを「すっきりと過不足なく言い当てる言葉」には注意しないといけない。それに加えてその選択がすごく「雑」で、そこから漏れるものは漏れっ放し・でいいや、と言うような自堕落な様子もある。ちゃんと話そうと思えば口ごもるが、それはそれで自然であったりする。

 
 はあ〜・懐かしい。牧歌的ですらある。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:50| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月06日

飲み過ぎよりはじめて

 このところ2日にいっぺん15時間ほど連続飲酒〜ソファの人〜ぺろの「へぇ〜っくしょん」で悪夢から覚め・の繰り返しなのであって、もう健康診断と免許更新「今日しかない」と背水の陣である。

 初めての子が本日来るので、掃除掃除とアセっていたら、テーブルの下にぺろのゲロを発見する。でそれを取ろうとするのだがゲロ後ほぼ3日ほど経過している。かぴかぴに乾燥しているわけでこすっても取れない。キッチンペーパーを水に浸してこする。しかし、なかなか手強いゲロなのであって、苦労する。なんとかそれでも床の色が見えて来、こすり続ける。最後は「瀬戸風味」の香りである。たのむで、ぺろ。

 アタマはばかである・本日。深酒と言うならほんとに深酒としか言いようのない深酒で、誰のせいでもなく、静かに自力で立ち直っていくしかないのだが、ふー・だ。

 なんとなくイヴェント続きというか、ばたばたしていた。おれだけではなく、店の者たちもそうで、店の取材から京都のライヴから一日置いて花見と、ほぼみんなもおれと同行しているわけだから、同様にばたばたなのだからね。

 こんな時間を皆の者と持てる・が実は「幸福」なことなのかもしれない。「良き時間」というのは油断しているとすぐに「どっか行ってしまう」。これまでもどんどん「どっか行ってしまった」。きっと油断があったのだろう。モノゴトが好転すること、あるいは拡大再生産していくことが難しい時代にあって、「良き時間」の反復こそが実はすばらしかったりもする。反復は「ノリ」を伴う。反復は「アフリカ的」である。様式とか構成を意識せずにただ反復。一見アホに見えるだろう。アホぢゃないのよ。いや、アホかな?

 とにかく!!

 こんだけあったかかったら気もユルむ。別の意味に於いても「アフリカ的」かもしれない・というわけである。アフリカと中国は今世紀の世界のヒント。良い意味でも悪い意味でも。

 日本人の覚醒剤密輸犯のおっちゃんの死刑が執行されるみたいだが、中国の死刑は年間少なく見積もっても2000人は下らないという(日本は7人)。それはある意味「アジア的」ということになるのだろうが、人権の相対化・かと思うが、そんな中国を目の敵にする日本人多いが、うーん、どちらかの立場を取んなさいよ、はっきりどっちの味方なのか言いなさいよ、ん? どーなのよ、と迫られても困る問題があってね、それは今や欧米だけが世界ではない時代に、人権意識はその欧米に於いて意識されてきて、獲得されてきて、その欧米の特殊性は「時代」と「産業」と「植民地」によってもたらされたわけで、その条件の元で熟成する時間もなしに、まずは日本がカッコだけはなんとかそんな風になり、そして約半世紀遅れで中国が、資本主義のもと、そんな風にしようとは思うが、当局はどうもそんな風に今はまだ無理という認識を持っていて、それやっちゃうと体制が維持出来んというのはホンネで、しかし、資本主義の破壊力はものすごく、意識は前近代のまま大金持ちなんて人々も現れ、それは多かれ少なかれこの日本にもそんな面は見受けられ、まあそんな感性を大ざっぱに「アジア的」と言ってしまったのだが、そんなニュアンスは中南米にも見受けられ、よくよく考えれば、「アジア的」がいまだに主流ではないの?なんてことにもなる。きっと実際そうなのだ。西欧の一部にしか「美しく強い人権意識」なんてのは存在しないのだ・きっと。

 日本人のアホなところは、自分もアホなくせに、他人の更なるアホを見つけて「アホー」というところで、そんなんで死刑かよ、と思うのかもしれないが自分らも「死刑制度」を持つ国であることを忘れたような批判をするとこだけど、まあだから原理主義的にならずに済んでいるのかもしれず、そこんとこなんだかムヅカしいのである。

 現実主義的な柔らかさと言えば坂本龍馬を思い浮かべるが、「竜馬伝」がどんどんチープになっていってるのが少し心配ではある。福山くんのヅラは健在ながら。

 CHINESE ROCKと言えば。しかし、なんだか間延び・な感もあるね。


 
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:18| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

日本のウソ

 すっぽんぽん'ズのリハ前に「党首討論」を見ていたが、暗い気持ちになった。

 世間では、民主党の頼りなさ・学級崩壊的各大臣の好き勝手発言・鳩山ちゃんのブレ、などで支持率は下がり、メディアは民主党のふがいなさを糾弾することに躍起になっている。まるで「そうやっとけばオノレの保身になる」かのように。

 一国の公党が民主的な方法で政権を奪取して、それなのに選挙の前後で言い回しが変わってしまう。国民は騙された・そんな印象であったりする。

 何かがあるんじゃないか・と思う。

 非核三原則の密約は実はあった。それを自民党は「ないない」と言い続けてきて、それを「ある」と言った毎日新聞記者を裁判で有罪にしたぐらいだもん。その密約に値するようなアナザー密約が自民党政権とアメリカの間で交わされている可能性が高い・と思う。

 鳩山ちゃんの「豹変」とは、それを政権内に入って「具体的に」知ってしまったことなのではないか・と推測される。もっと言うなら、そこに反する・ということは、本人に致命的なダメージを蒙ることが示唆された・そんなことではないのかな。内閣内でも、その現実の重さにカルくやられる人々(官房長官・防衛相・外務相・国交相など)が存在し、総理の意見よりアメリカの意見に従うことがその後のオノレのキャリアを考えたとき、そして鳩山ちゃん後の事を考えたとき「メリット」と思ってるからだろう。総理は後はないが、彼らに「後」は充分あるからね。外相などは何度もアメリカ行って「アメリカの意向」を丸呑みすることで「次の総理」の約束ぐらいしている可能性だってある。

 自民党時代になぜそんな学級崩壊にならなかったかというと、心の底まで「そのアメリカの怖さ」が身に染みていたからだろう。そこはメディアとの「共通理解」だったわけだ。

 鳩山ちゃんのぼんぼんならではの優しさのようなものは今社会が閉塞感に溢れている時には「NO」かもしれないが、それでも近年の、森以降の自民党歴代総理よりは「マシ」だと思う。「独裁者」を求めちゃいかんからね。日本人の「忘れっぽさ」は世界一だから、また別のコイズミを求めたりするのが心配。まあ顔を変えて「リセット」って好きでしょう。ゲームとパソコンのやりすぎ。しかし、民主党の支持率下がってもそれが自民党とのゼロサムでないところが、やや「学習」してはいる。
しかし、そこでなぜ「思考停止」するのだろう?

 小沢くんや鳩山くんの「おかね」の問題はほんとに「国内問題」なのだろうか。「外交案件のひとつ」じゃないの。CIAが絡んでる・と思う。いや、ほんとになんでもするのよCIAって。中南米の国なんて何度も反米政権が崩壊させられてる。CIAによって。その結果ヴェネズエラのチャベスに代表されるようにほとんどが「反米社会主義」の国である。

 おそらく、旧政権とアメリカ(軍産複合体をバックにした)との間で米軍基地に関する(おそらくそこには日本の半永久的経済貢献の項目がある)別の密約があって、それを動かせない強いロックがかかっていると思う。

 総理のリーダーシップを発揮するのがそれは「激しくアメリカの意に反する」ことになるのだろうと思う。そこを守備的布陣で堪えているのが「小沢くん・鳩山ちゃん・亀井ちゃん・福島ちゃん」かと思う。世間の認識とは激しくズレてますけど。これが真実ではないかな。 

 日本のメディアの言ってることは「ほぼウソ」なので、そこんとこ間違っちゃいけないんだけど、それは先の密約に対する報道でも明らかだったりする。

 マキャベリを引用するなら「他国を自国の下僕として飼っておくためには、その政治、外交、軍事、経済などのいずれか一つをこちらに依存させておくことだ」っていうこんな意見だってあるよ。

 ほんとの保守なら現実的には在日米軍は必要ながら原理的には認め難い屈辱・と思うはずだから、今の自民党や民主党の一部というか大半かは真の保守主義のヒトたちからは「国賊」でしょう。

 四面楚歌の中で「脱沖縄」を模索しようとする鳩山ちゃんは「ええヤツ」だとおれは思う。そんな発想さえも旧政権には「皆無」だった事を考えれば。沖縄が本土の犠牲に「過去も現在も」なっている・ということを公言して、それに対する行動を約束するなんてのは「コドモっぽい」発想かとも言えるが、以前の「見て見ぬふり・既成事実でしょうがない」という態度よりはずっと「買い」だと思う。

 徳之島の反対集会に小池のばばあがいたが、なんで?

 それはイコール「GO TO 辺野古」という意思表示でしょ。それで徳之島住民の味方のフリをするってのは「偽善者」そのものだったりする。

 でもみんなもそこまではきっとわかってると思うのだ。自民党の日本は名実共にアメリカの属国だということが。で、そう簡単に相手のあることだから変化させることは難しいってことも。しかし、検察とメディア(これってアメリカの手先よん)にころっと騙される日本人。騙されるフリしてるのかもしれないが、しかしもう今それをすることが、なんかメリットあんのかね?

 おれはないと思う。本土の大部分の人々はそりゃ自らの生活に追われ、そんな場合じゃないし、というのかもしれないが、騙されるフリをし続けることは沖縄を見て見ぬふりし続ける・ということが鳩山ちゃんの口から出た以上、それはどうなんでしょう。

 今みなさん経済的に追いつめられて、必然的にそっち方面にエネルギーを使わざるを得ないから・おれだってそうですが・消耗した後でそんなことを考えないといかんし、思わず古館くんとその横にいる元アエラの編集長のもったいぶった物言いに「そーかー」など頷いてしまいがちか・と思うが、違うからね。

 郵政法案だって破局をちょっとでも先延ばし・って意味では正解だから。今がないと「先」もないわけだから。今を犠牲にして先のためにという発想は、自分はコドモはフォーマルにはおらんので、ない。そこまでの「修行」もしていない。今も先も大切で、しかし、今か先かを取りなさいと言われれば「今」と即答する。それは30年前からのパンク・スピリットってえもんだよ。


 ということで明日は「非成長ホルモン」を打たせている「すっぽんぽん'ズ」と京都NEGAPOSIへ乗り込んできます。純ちゃん・瀬戸ちゃん・サントスとサポートも豪華です。京都の方・是非、アウェイのラフレシアもおもしろいよ。


 こんな気分でやりたいものだ。
posted by 浪速のCAETANO at 08:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする