2010年06月30日

健闘ごくろうさま

 最も退屈な試合の一つだった。「勝ち・か・負け・か」というスリルだけの試合。川島くんが当たっていたから、こりゃご褒美でPK戦「ベスト8」あるかな・と思ってましたが、最後の延長はもっと思い切って「オフェンシヴ」にしても良かったかな・と思ってる。最後ぐらい、その先に続くことをやったらよかったのに、PKで負けるのはPKで勝つ・ほどにいじましいし、それなら、チリやメキシコのような弾丸攻撃を一瞬で良いから見たかった。

 勝ちにこだわり過ぎる。今回のW杯。それはサッカーから「美しさ」と「スリル」と「スペクタクル」を奪っていて、勝ちにこだわっていても勝つチームは最後は一つだけである。現実にその可能性とノウハウはブラジル・アルゼンチン・スペイン・ドイツぐらいにしかない。だったら、もっと当たって砕ける、そんな馬鹿野郎なサッカーが見たかった。フランス大会でブラジル相手に5点取られながら3点取り返したコスタリカ・チームみたいに。チリとメキシコは良かった。ブラジル・アルゼンチンにひねられたが、それはラッキーなことに世界一のチームとの差を体感出来る。そこが大きい。ベスト16と言っても南米の1.5流パラグアイに退きに退いてPK戦で負けることにどんな「収穫」があるというのだ。

 サッカーがわからない人ほど勝ち負けに囚われるが、それは「一番わかりやすいから」であって、そんなにわかファンは「サッカーという概念」のことは時とともに忘れていくだけの話。「本田さ〜ん」で終わりである。確かにもっとも輝いていたのは「FW本田」だったけど。それは良しとして。

 パラグアイの方がポゼッションで60%超だったということは、やっぱり日本は「攻めてなかった」ということだし、「守備」は最高・なんて話を今回良く聞くが、サッカーは点を取るゲームである。点を取られないゲームでもあるけど。今、モウリーニョ・システムが世界を席巻する中、結局それは「流行」の二番煎じだし、単に最後になって、その「流行」に乗っかった・というイヂワルな見方も出来る。

 これまで、日本がやろうとしてきて、ことごとく跳ね返されてきたW杯での「戦術」を直前でにわかに変更してたまたま安倍くんのアンカーがワークしたわけだけど、攻撃に関しては何をしたいのか、またどんな攻め手があるのか、見えないままだった。松井にももっとドリブルで仕掛けて欲しかったよね。先っちょだけ「試しに入れてる」みたいな試合はほーんと・退屈。デンマークのような大味で「ハイドーゾ」みたいなサッカーは穴があちこちにあるが、南米の粘着質なサッカーにはやっぱりいいとこをつぶされる。お互いそういうことに終始していたから、重苦しいムードになるのはわかってたけど。やっぱ、最後、勝負かけてほしかったなあ。だれも責めないよ。それで1点取られて負けても。PKで負けるよりずっと、後に繋がる。駒野が少しかわいそうだ。監督が責任を取るのが見えるようにしてよ・と言いたい。それには俊輔や森本も出して「総攻撃」の延長後半・ってのがわかりやすい。ベスト8が見えて最後やや大事に・と「セコく」なったね。功に目が眩んで硬直したって感じだった。

 印象としては「以前の0勝3敗」時代からは間違いなく進歩はしているけれど、その後どこを目指すのかよくわからない。オシムは何と言ってるだろうか? パラグアイ戦には辛口だろうと思う。

 やっと、これで「いつものW杯」に戻った。オランダvsブラジル、アルゼンチンvsドイツ、勝った方でファイナルだと思う。奇妙な喧噪の中の大会はなんだか落ち着かなくっていけない。でも日本チーム・健闘ごくろうさま。

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:25| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月29日

なにゆえキミは日本サポーターなのか

 チリもメキシコも去るべくして去った。今回の決勝Tは改めて地区予選のような対戦だ。ブラジル・アルゼンチン相手では一発勝負ではやっぱり歯が立たんか。ドイツvsイングランドも地区予選。パラグアイ戦の後のスペインvsポルトガルなんてイベリア半島予選である。ちょっともったいない。オランダもスロバキアだった。韓国はウルグアイに惜敗。さてニッポンは?

 カメルーンの中津村、デンマークのどこだった? 忘れたけど、日韓大会の時にキャンプ地になった日本の田舎の方々、カメルーン・デンマークを公然と応援していた。なんだかそんなのおもしろいと思った。田舎・ってポイントだと思う。日本国が与えてくれない何かを当時与えられたんだな・と思う。友情とかだけではなく、何かそのもっと大きな概念の何か。カメルーン・チーム、デンマーク・チームのマナーも良かったのだと思うが、当時はエムボマもいたのかな・カメルーンには。「カミ」とまでは言わないが、ある種の神々しさもあったろうと思う。外国人がほとんどいないような街にいきなり「黒くて(あるいは白くて)でっかい集団が」やってくる。大事件だったりする。

 そのとき、そのキャンプ地のヒトビトは「脱国境」していたのだと思う。彼らにサーヴ(仕える・というニュアンスが近いか)することを至上の喜び・と感じたから8年後の今もそんな「非国民的!!!」応援ができるのではないかな。

 今、にわかナショナリストは「都会」に現れる。きっと田舎・と言って悪けりゃ地方では日本という国の求心力は限りなく低下している・と思う。新自由主義も原因だと思う。実際、沖縄は「国家」のために犠牲を強いられ続けられている。そんな時、ネイション・ステートの真似事から始まった日本が、その求心力を周辺に保ち続けるのが苦しいのはわかる。それは国家神道という「ウソの神話」によって戦前までは支えられていたと思うが、戦後そこんとこは根底から覆された。うーん・そうでもないかな。しかし、考えてみると東京を頂点としたヒエラルキーはその「経済格差」によってさらに強固になりつつある。

 なのに、「沖縄は独立すればー」などというこの期に及んでの無責任発言も軽口として現首相から出たりする。多分、周辺の人々にとってはなんか日本とか国家とかが「なんだかピンと来ないもの」になりつつあるという気がしている。今周辺と言ったけれど、地理的な周辺とは限らない。中津のホームレスのおっちゃんに訊いてみたい。「わしは世界市民や」と言うかもしれない。

 英国というのは不思議な国だ。連合王国。イングランド・プラス・スコットランド・ウエールズ・北アイルランドで゜ナショナルチームを作ればいいのに作らない(作れない)。なのにG7には「首相」は一人参加する。ネーション・ステートとはなんなのだ?という素朴な疑問も湧く。現にサッカー・ラグビーではイギリスは「4ケ国」であるがオリンピアードでは「英国」だったりする。WBCとかに参加する際にも「英国」だろうと思う。まあフットボール発祥の地だからしょうがないか・とも思うが、どう「しょうがないか」というのがわからない。平尾くん・おせーて。

 帝国主義の近代〜現代の歴史の中での徒花というべきか。

 W杯を見てて、スコットランド人の大半が「どこのチーム」を応援しているのだろうか・と思うことがある。そう思いませんか?

 「わしは世界市民や」と言った・かもしれない、中津のホームレスのおっちゃんに賛成だ。

 にわかナショナリストは都市に発生する・ことだけはよくわかる。

 と、いうわけで、大きな立場から「日本vsパラグアイ」観戦しようぢゃないの・といった「提案」。その後のスペインvsポルトガルが気になるんだけれど。

 でもいろんな国と対戦することで日本人、少し対戦国への知識や興味が増して、それはいいことでしょうね。


 ある種のユートピア宣言だろう。
posted by 浪速のCAETANO at 14:29| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月27日

見たくない・聞きたくない

 すべての試合を見ることができないことと、思いっきり試験と重なっていることから、W杯への「のめり込み方」が今ひとつだ。

 TVをつけてもネットでも、見てもいない試合の「結果」を知ることになる。故・南方師匠になる。「見たくない・聞きたくない」

 不愉快だ。

 日本国中の果たして何人が「ガーナvsアメリカ」の結果を「速報」で知りたいと思うだろうか?

 結果を速く知ることと、劣化のない録っておいた画像をあたかもリアルタイムであるかの如く見ることは「結果が時系列的には既に出ているにもかかわらず」月とすっぽん・「すっぽん」言うても、亀のすっぽんちゃうで、トイレの詰まり取りの「すっぽん」やぞ・ほどの差がある。もちろん、すっぽんは巷に溢れる「結果速報」の方である。

 それは新手のイヂワル・ではないのか。情報を支配されるというのは、こんなことでもある。ムカつく。みなさん、しかし、そんなことは諦めてるみたいである。飼いならされた日本人だ。

 忙しい中でも、物事をちゃんと体験するには「ココロの準備」っているぢゃん。本日もドイツvsイングランド、アルゼンチンvsメキシコというヨダレたらー・な試合がある。これはどちらも民放ながらリアルタイムで見ようと思えば見ることが出来る。しかし、なのよ、明日は学校もあり、トンボ帰りで塾もあり、寝不足必至である。くそー。でもやっぱりダイジェストではなく90分ちゃんと見たいわけで、それを結果知らんままに見たいわけで、で録っとくのだが、ちょっとした油断でおぢゃん・だ。

 やっと店にずっと忘れていたドリンク剤を回収してきた。飲んで・見よう。

 南九州でも梅雨前線の停滞で凄い雨が降っているみたいだが、中国やブラジルノルデスチでも「洪水」みたいだ。映画セントラル・ステーションでチビッコの父親探しで辿り着いた田舎(ノルデスチ)で見た覚えのあるような、陽性ではあるがややなげやりな色彩の家々の前の路が「川」になっていた。

 ドリヴァル・カイミという偉大な作曲家・音楽家がいる。バイーア音楽の父であるが、このバイーアという土地はポルトガル総督府が置かれ、ブラジル独立時の首都だった。アフリカから黒人たちが「陸揚げ」されたのもこの都市の港である。ミクスチュアが必然という環境だ。アフロ・ブラジリアン・カルチュアの故郷・リオのサンバのルーツはバイーアである。

 同じような街が例えて言うならアメリカならニュー・オーリンズ、キューバならサンチアーゴ・デ・クーバというところか。

 ドリヴァルの直後にルイズ・ゴンザーガの「アザ・ブランカ」がヒットし、その後はみなさんご存知の通り、カエターノ・ジル・からオロドゥン、ダニエル・メルクーリ、レニーニにいたるまで「玉」のようなミュージシャンを輩出してる。

 ここもおれの言う「南部」であって、南半球だから「北」になるのだけどね。不思議な感じだけどね。

 港のある街はそれだけで素敵だと思うのだが、ドリヴァルにも「カンサォン・プライエイラ(海の歌)」というカテゴリーがあって、海・海岸・港・漁師をテーマにした歌がたくさんある。カエターノも彼の歌をよく取り上げて歌っている。カエターノにしてみたら「あなたがいてぼくがいる」という感じだろうか・そうだろう。


 
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月26日

負けるタイミングも大事

 実は今・選挙期間だった。まあ・日本代表が負けてしまってから・かな。

 恐ろしい企みが進行している。しかしその恐ろしさは「ワン・パターン」。新自由主義以外にない。新自由主義と言われて「は?」とハナ垂らすヒトビトがいるとする。簡単に言うなら、お金持ちに・というかお金持ち「だけ」に非常に有利な政治・よね。

 例えば管ちゃんが党の公約を「破って」突然言い出した「消費税10%」、税金をなぜそっちから取る必要があるんでしょうか? お金持ちの所得税をまず取るべきではない? さらに税制全体を見直す・と言っているのだけど、その中に法人税減税というプランがある。会社の税金を安くしましょう・ということね。会社つってもいろいろあるから、超大企業から、潰れかけの有限会社までさ、いろいろ、だから、すでにこんだけみんなが「あいたたた」な中、そしてそのあいたたたは小泉・竹中の「新自由主義」がもたらしたもので、そのおかげでタメのない会社がどんどん倒産し、払えるはずの税金が払えなくなった挙げ句の話だったんだからね。その代わり、巨大企業や公的年金(おれたちの税金)を注入された大銀行は「内部留保」と言って要するに過剰な利益を「貯め」ている。だからおれたちビンボー人の会社や家やイノチの代償がその内部留保と言えないだろうか? せんでもいいような決勝トーナメントで無理に競争させられ大きなものはより大きくなる。小さなものだけでなく中ぐらいのものも消えてなくなる。それが新自由主義。しかも、そのスキームは「教育」までを含んでしまって、ちっちゃな枠の中での「競争」をコドモたちに強いる。で、学のないおかーちゃんがチビっこを「進学塾」に通わせる。これって単なる「フライング」なのであって、よーい・の段階でスタートすりゃ第一コーナーぐらいまでは先頭集団にいることできるよね。で・ドン・が鳴った時からフツーにスタートしたやつでも地力があればバックストレッチぐらいでちゃんと出てくる。地力はないがフライングしてた子はやっぱり「ずるずる」後退していく。変なプライドだけを残して。「昔は賢かった」決まり文句よね。おかーちゃんたちからよく「うちの○○ちゃん、小学校のとき偏差値75あったんですよ」なんてよくこぼされるんだけど、それはあれね、「今の惨状」から察するに、フライングもフライング、そしてそのフライングには当然お金がかかって、そうしてあげることが親の愛情である・という思いがあったのだな、とわかる。愛情の示し方がそんな方法・というような「アタマ悪い」情況がおれたちが親になる頃からどんどん表面に出てきた。なんかヤバいなあ・と思ってた。だからおれたち世代以降の人間はコドモ作るべきじゃないのよ。作っちゃったものはしゃーないけどさ。

 さらに地力があってフライングした子でも、良くて「今の東大生」、悪くするとプライドが精神を歪め、「不同意堕胎」の医者みたいなことになる。枠内の競争しか見えんヒトってワカモノに多い。世間・というか「世界」が狭いのね。当然のことながらそんなやつに「アフリカの惨状」であるとか「分配」であるとか言っても通じない。そんなやつが・ばっかりではないが、公務員試験を受けて毎年毎年官僚になったり、大企業に入ったりしてるわけ。想像力・を犠牲にしないと「今のコドモの勉強」って出来ないのではないだろうか。

 エラい「とんで」しまってるけど・毎度のことながら、新自由主義の弊害は無力な/だからこそ、コドモの精神世界にも影を落とす。コドモって権力に弱い。

 だから、戻るが、税収を安定させるなら、儲けているヒトから取る・これが正しい。資本主義の世の中も、「成功」の後、それを還元するシステムを内包するなら、それはそれで悪くない。ただそのシステムを成り立たせるには「みなさんの同意」が要る。フェアな競争自体は悪くない。そのパフォーマンスに応じて70:30で取り分があるとかそういうのがいいのだけど、今は勝者に100でしょ。いやそれでもいいのだけど、そのうち50は還元する・そんなシステム、あるいはそんな全体的「同意」。それは小さな共同体でなら可能な気がする。しかし、それを拡大していくとどこかで霧散する・そんなイメージがある。また結局、へんな競争意識に巻き込まれてしまうかのような。

 だから、政治・の意味はそんなところにあるような気がする。大きなディレクションを示す・そんなところ。

 それが自分らが作った借金をビンボー人からの増税で補って、自分らだけ生き残る。そんなことをやろうとしてるのが、今の管ちゃんである。ここで困るのは、自民党も民主党も「消費税増税」の選挙だってことよ。だから、NO SIGNIFICANT DIFFERENCE。実質「大連立」だもんね。不毛とはこのことだ。毛が生えん。

 いや・実際に「大連立」するのだろう・と思うよ、参院選後。小沢くん一派を追んだして。そこまではもう見えている。

 今・イメージ悪いヒトビトこそが「反・新自由主義者」なのだ。で、民主党・自民党に選挙勝たせちゃいけない。おれたちにやれることはまだある。選挙区では民主党勝つだろう。でも「比例区」がある。社民党や共産党や国民新党やみんなの党でもいいから、非民・自政党に投票する。新自由主義政党作ればいいんだよ。わかりやすくていいよ・その方が。だから、そうなれば、小沢くんや亀井ちゃんやムネオちゃんたちが「地方と庶民と脱アメリカ/脱新自由主義」の政党を作れば良い。そうなってはじめてアタマ悪過ぎるおおさかのおばちゃんにも「わかりやすい選挙」になる。

 管ちゃんは二重の意味で日本代表が勝ち続けることを願っているだろう。ビミョーです。

 自分でスルーパス出して自分で決める・みたいな。
posted by 浪速のCAETANO at 11:07| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

祝決勝T

 アヴァランシェちゃんはかごがない。今日トートバッグをもってスーパーへ行ってきたが、不便この上ない。でリュック型のディバッグを探す。探しているうちに、普段のショルダーもアヴァランシェちゃんには乗りにくいことを思い出し、リュックも探す。大方さがし終えた後、今使っているショルダーの肩掛けのベルト部分を「最短」にしてみたらどーなのよ・と思いつく。で、最短にしてみたら、それで過不足なくイケた。なーんやそれ・だった。

 安モンのディバッグだけで済んだ。スーパー用だけの僅かな散財で事無きを得た。

 よくよく考えるなら両肩からベルトしてチャリ乗んのってあんまりかっこよくないよな・とは薄々思っていたのだった。中身の入れ替えも大変だしね。スーパー行きは別とし
て。

 ニッポン代表・見事な勝利だった。パチパチ。みんなほんとにストイックにやっていた。ヨーロッパの二流国には勝てるんだもんね。今のイタリア・フランスにだって勝てるだろう。ポルトガルにも勝てるかも。

 今回強いのは欧州組じゃないみたい。南半球ゆえか?

 元気なのはアジアと中南米だ。さて次はその南米のパラグアイであるが、パラグアイもかなりいいチームだ。日本も今いいチームになっている。良い試合になるだろう。

 しかし、気をつけよう。南米のチームはその足さばきがどこかしら「魔術的」である。それはもうそういう「土地柄」だからしょうがないと言える。トゥーリオなんかが怖れてるのはそんなとこだろうと思われる。パラグアイは個人技がある上に組織がしっかりしている。そして日本同様速い。特に攻撃が速い。そして攻め疲れしないメンタリティーがある。日本チームの型にはまった器用さとは異なる、やはり「魔術的」としかいいようのない器用さを持ってる。「こすい」「ずるい」そんな形容も成り立つ。

 いろんなタイプと試合出来て、ものすごい・これは「財産」になるだろう。そういうことの積み重ねでその国のサッカーの底上げがなされる。日本・韓国はその「伸び盛り」の現場に今いる。もしベスト8にのこったら、次はブラジルかポルトガルかチリかスペインである。ここんとこ・更に「値打ち」である。

 でもやっぱり気をつけよう。「魔術的」なサッカーはまた「何が足りないか」をわからせてくれるはずだ。日本のサッカーはブラジルスタイルの個人技のセコいの・から始まって、ヨーロッパの組織を勉強し、最終的には徹底的に「守って」、すばやく攻める・というスタイルに落ち着いた。常にブラジル・アルゼンチンという最強国と闘わねばならない南米の国々の選んだスタイルも必然的にそうなる。来季からレアルを率いるモウリーニョの戦術もまさに「それ」である。ドゥンガの戦法もそれである。これはもう「必勝」のための定番とも言える。それでも南米のチームの攻撃に倦まないメンタルは、その上のステージに行くためには経験を避けて通ることが出来ないものだと思う。だから、そんな機会に恵まれたことを幸運と思うべきだ。

 デンマーク戦はずいぶん改善されていたが日本のサッカーを形容するなら「堅守遅漏」じゃなくって「堅守遅攻」だ。セットプレーの幸運があったからよかったものの、そうでなかったらどう転んでいたかわからない。サッカーとはそんなスポーツだし、逆に言えばニッポンは今ノッてる・とも言える。チーム内が信頼関係に溢れているのがよくわかる。

 今回はヨーロッパ勢がなにか元気がないからサッカー新興国や中堅国にはチャンスである。パラグアイもノッたら決勝まで行きそうな感じだもん。でかくてこれもまた堅守のNZからは点取れなかったけど、ロケ・サンタクルスというご贔屓のジョガドーレもいて、楽しみだ。今回は日韓のときの雰囲気に近いものがある。サッカー第三勢力の国が舞台というのも関係あるだろう。

 日本サッカーのファンではなくサッカーファンとしても日本がいいサッカーをしだしたことは嬉しい。そんな意味で次のパラグアイ戦はとっても楽しみ。日本が勝ち進むに連れ「魂の・・・」なんてとってつけたキャッチがなくなってきたのは嬉しい。代理店のバカが金儲けのために「創作」したコピーなんて、所詮そんなものである。まとめて死ね。バカめ。


 セシ・エンリケス
posted by 浪速のCAETANO at 15:16| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月24日

苦しむ感じはいい感じ

 イングランドの際際の闘いっぷりは、決勝Tに入ってからの上向きの予感である。いいチームだ。初めて好きになった。ドイツも抜けたみたい。ひとつ外しちゃったな。フランスほどガタガタではなかった。

 強いなと思えるのは、ブラジル・オランダ・アルゼンチン。
 ご贔屓にしてるのは、チリ・パラグアイ・メキシコ・ウルグアイ。

 スペイン・ポルトガルが入っていない。珍しい。

 いつもの南米と欧州のチームの間に中南米のチームが楔を入れてる・そんな大会だと思う。南半球ってことも関係しているはずよね。

 毎日見るべきサッカーが見れるって幸せですね。

 本日・真夏日みたいだ。梅雨と言っても最近こんな感じよね。沖縄は梅雨明けたみたいである・とっくに。そういえば小笠原気団はだいぶ列島を覆ってる。

 ほぼ毎日この時間は酒抜きタイムでぼーっとしながら so カジュアルないでたちでPCへ向かっているのだが、まー基本午後2時ぐらいまでは「ひどいバカ」である。そのバカの状態は意外に継続し、しかし、そこはほら「バカの現場」にいるなら、そのバカを自覚することなく時間が過ぎるわけで、バカの幸せに浸っていられる。しかし、いつまでもバカは続かない。やや覚醒してくるわけ・しだいに。そうすると「かなりバカ」→「まだバカ」→「やっぱりバカ」→「立ち直る気配のバカ」→「やっぱりバカ」→「立ち直りかけのバカ」→「やっぱりバカ」というような一進一退の情況を経て「やっぱりバカ」→「ん・・・?なバカ」→「ちょっと待てよ・なバカ」→「ひょっとして・なバカ」→「おいちょっと待てよ・なバカ」そんな風に事態は進行し、「本日」の概要がその輪郭を明らかにさせながら立ち上がってくる。その頃には「あららー・なバカ」→「あいたたた・なバカ」へと事態は悪化し、残された時間とやんなきゃいかんことの均衡があまりにとれていないことが判明してくる。その情況から逃避してまた酒飲んじゃって「帰ってきたバカ」になることも一つの手・なのだが、ま・自分で自分の首締めるってことですが、どーせ初志貫徹できず、途中でチカラ緩めちゃうことはわかっている。しからば、バカからの脱皮・脱バカを積極的に図るしかなかろうて・といった必然的結論が見いだされるのである・ここにきて。

 おそい。およそ、こうやっておれの昼下がりは過ぎていく。で「やや・バカ」ぐらいのレヴェルにまで回復した頃にコドモたちがやってくる・というわけだった。その反復によって成り立ってる。「反復はチカラなり」アフリカ的である。「継続はチカラなり」にはほのかにプロテスタント臭が感じられておれはちょっとごめん。

 かんけーないがW杯の功罪の功の部分ですが、アフリカを世界に意識させてるってとこあるね。次のブラジルでは世界的なブラジル・ブームが来ることはもうわかってる。五輪もあるし。世界的なブームというのは好事家のものではなくなってるってことね。資本主義はいろんなところに照明をあてて、しゃぶれるものは骨の髄までしゃぶりつくすのだ。そしてその責任の構図は当事者たちには見えないことになってる。だからほとんどのヒトは「罪の意識」からは自由である。ジャパン・システム。実験結果はそろそろでてきた。

 またまた飛ぶが、今の管ちゃんの政権は「「公言しない」自民党との大連立」ちょい手前なのであって、その先には突然言い出した消費税アップをはじめとした小泉時代よりもっと進化した「新自由主義」が口開けて待っている。強者だけが人間の生活をできる・そんな時代になる。今・イメージ悪いヒトたちが「いいヒト」たちなのをはやくみなさん・気付かないと。そこではお金持ちはその方がいいけど、かなり減ってしまった「中間層」の人々が「タメ」のなくなった社会でどんどん「下」へ堕ちていきますよ。自分を苦しめるヒトを歓喜を持って持ち上げる・そんな無自覚な愚民になるのだけはヤメましょう。

 そういえば、デンマーク戦って今日? 今夜? あんまり興味ないことはすぐに忘れる。


 南部を目指せ。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:57| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月23日

バカじゃしょうがない自分のアタマでしっかり考えよう

 パクられたチャリは、it's gone behind.代わりにドッペルギャンガーのアヴァランシェちゃんがやってきた。最近・ライセンス契約かなんかしてんのかな・安かった。今回からはちゃんとカギかけよう・と強く心に誓うのだった。でもいつまでモツのかしら・この初期衝動。

 白いクルマ・と言えばアルファ75をかつてのヨメに乗せていたが、それはMILANOだったのだが、あの75のいかついフォルムが白いというのは、下品と上品の見事なミクスチュアでなかなか眩しいものがあった。75はケツがソフィア・ローレンなのだが、そんなワイルドなカラダのオンナが純白のドレスを身に纏って清楚なフリなんて一番ソソられる。よう止まったけど。当時のフィアット以前のアルファってもうほんまに「イタ車」でした。「金曜に出来たクルマはええかげん」を地でいく感じ。おそらくあの個体もそうだったのだろう。

 久しぶりの「ええ感じの前傾姿勢」のアヴァランシェちゃんである。もう・おれのチャリ姿で「笑えん」よ。残念ながら。

 チャリがないと生きては行けないこの中津。昨日も下のZIZZ・F井くんがたまたまおったからチャリ借りてライフまで行く。極端な前傾を強いるクロスパイク故、やや閉口したが、メインの買い物以外にやや深さのあるガラスの皿を買ってきた。なんのため?

 冷麺のため。

 ほぼ最近は「豆腐」と「練り物」で生きているが、唯一の例外は「冷麺」と「蕎麦」
 ほんと今年はそれだけでいいなあ。Vitamin Cと青粒でバランスとって、あとは知らない。肉や魚は冷凍庫の肥やし・となっている。まあでもそのうち使おうと思う日もやってくるだろう。

 そのレギュラー・メニュー以外で何を喰ってるのか・おれは? と心配になっていろいろ思い出してみた。でも安心した。ポテトサラダやマカロニサラダを作ったり、店用のラタトゥユを失敬したり、うざく・鯛のオレンジソース、豚と水菜でしゃぶしゃぶ・と、まーまーぢゃん、という結論となる。料理好きなのだった。もう量は喰えんので、ただ、それで如何に酒を飲むか・ってことしかないので、そしてワインから始まっても最後はまちがいなく焼酎をのんでいるので、歯を磨いた後はもうなんだかよくわからんまま、気がついたらベッドorソファのヒト・という毎日であった。

 しかし、冷麺をいろんな具材で飾り立て、大辛の芥子をなすり付けながら最後は「カオス」となったガラス皿からつるつる・は夏の楽しみのひとつであるなあ・と思う。以前はソーメンをよく喰っていたなあ・と懐かしむが、当時は「大量」だったから、今はそこまでの元気はない。でもそうだなあ・冷麺仕様のソーメンならと・今思った。

 夏のつるつる・よいですなあ。天ざるだけは蕎麦屋で喰うしかないから、まあおれの月曜の遅めの昼メシはほぼ100%@浪速そばである。蕎麦屋にいる時間としては「最高」の15〜16時という時間帯であって、酒も飲んでしまう。そしてその酔いを19:00をターゲットに醒ます・という「日課」だったりする。昼下がりの蕎麦屋はそれだけで「値打ち」だ。

 悲惨な事件がまた起きたが、おれは思うのだけど、ヒトを殺そうなんて思う背景には、旨いもんを喰ってないことがあるのではないか。別に高いもんというわけではなく、しかし舌を喜ばせていない・そんなことがベースにありはしないか。誰かがどこどこの店でこんなシャンパンでこんなものを食べたなんていう日記も氾濫しているし、いわゆる食べログもあるが「俗物」の香りがしておれはちょっと受け付けない。「オマエの舌がなんぼのもんやねん」である。評論家視線とは常に「上から」だからね。ネット社会のあかんとこである・そこ。

 みんなに「権力」が分散することは悪いことではないと思うが、今って分散された権力が「肥大化」して権力の総量が増えて「息苦しい」。その息苦しさよ・ヒトがヒトを殺す原因って。幾ら払って何を喰った・なんてヤメなさい。「恥を知れ」と言いたい。「チョーシ乗んな・カス」とも言いたい。いや・昼メシにどうこうとか、おれが言ってるのはそんなレヴェルの話じゃなくってね。

 だからさ、慎ましくも自分の裁量と工夫で自分の喰うものをマネージしていく・といった「ヒトの基本」をおろそかにするから、価値観がズレて、「世間基準」に吸収されてしまうんだよね。その背後には「オトコは家事するもんじゃない」とかの笑っちゃうよな旧い親たちの存在がこれ意外に強固であったりする。ニッポンは意識がこの20年ほどで右にぐーっとスキューしたし、それに伴ってジェンダーの復古もあって、特に今の30代ぐらいだろうか、おじいちゃんの世代ほどの信じられない旧い価値観で生きてるヤツいるもんね。安倍・なんかの心象とカブる・そんな価値観。サッカーのサポーターたちの年代ね。心底アタマ悪い世代だ。全員とは言わぬがいますぐまとめて死んでくれ・と言っておきたい。身内で今・好んでか無理やりかわからんが、そんなヤツからそんな目に遭ってるヤツもおりまして、それは長年の関係を反古にして自分のお●んこの感覚に賭けるのアタシ・という心情か・と思われるが(もし・そうでなけりゃ拉致・監禁なので)、ほんとにそんなんでいいのかなあ・と思うわけである。世間の考えと自分の考え・感覚とは常に違うもんだったりする。擦り合わせの妙って要る。それを1か0かで硬直するからそんなみっともないことになる。あ〜あ・だったりする。がっかり。

 恋は盲目。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:58| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月22日

この季節のグルーヴ

 朝8時に起きて、料理仕込み中。今週は忙しい。正確に言いますと、他のことを考えられなくなる。違うな。他のことを考えるとこっちがおろそかになる。これが一番近いかな。

 今回はヤマは10日間ほど。まだ「短期集中」な方である。中間テストは苦しかった。でも中学生が一週間ほどの間にまとまってくれてるのはありがたい。中学生の相手はほぼ体力勝負である。だからカラダが「廻ってきたら」ノリもでる。

 ノリ・音楽用語で「グルーヴ」とも言う。最近、というかこの季節・汗ばむ季節になると、毎年言ってるが、「南部をめざせ」の季節が来たな・と思う。その南部とは「アメリカ南部」なのだけれど、その土地から南の方角に目を凝らせば見えるはずの土地をも含む。今年はW杯・中南米のラテン・チームが好調で、それもその季節限定情緒を後押ししてくれている。

 パンクになくて、それらの土地の音楽にあるもの・それがグルーヴなのだった。ここんとこ難しいとこなのだが、グルーヴ感の音楽イノチのヤツは「アタマ固く」思える。一方グルーヴ感を再現出来ないヤツのことは「アタマ悪い」と思う。きっと能力の話なのだが、ヒトはオノレの能力の欠如・に開き直るわけで、まあそのう・そっちの方が「その道一筋感」に溢れ、音楽鑑賞能力に欠けるニッポン人にはわかりやすい。

 要は「未成熟」なのだけど、中津の街でそんなことにアツくなっても虚しいから力説はしないけど、例えば「ノリ」なんて言葉が指すものは「アメリカン・ブラックの」というおそろしく「曖昧で乱暴な」カテゴライズによって、常にそこではマイケル・ジャクソンが踊っているかのようなものが主流である。それは違うと思うよ。

 かろうじて、そんなのもノリ・の中に入るのかもしれないが、それは「周辺の一つ」だと思う。ということは「周辺のその他大勢」も存在するわけで、そのノリのほとんどが前述の地域の産物だったりするのだ。

 おれは季節限定で、そんなノリに「I MISS U」となってしまう。いろんな雑誌にも書いたが、それは関西の気候がアメリカ南部湿地帯(bayou)のそれと酷似しているからだろう・と思える。今は原油まみれのメキシコ湾からの南風はカリブやラテンアメリカの香りを運んでくるが、関西に吹くモンスーンも「南方」からの香りを同様に運んでくる。それは敏感でなけりゃ「あっつ・はあー」で終わってしまう類いのものだけど、その中には、今でも鹿児島や高知、そして和歌山などに残る「南方の風習」の匂いが含まれている。それはヒトを管理から解放する香りであって、おれたちのDNAの一部が南方由来であることを無意識の中で思い出させるのだ。

 中二ぐらいの子が夏休みに「変容」してしまうことがあるのは、このこととも関係あるのよ。「血が騒ぐ」のだね。突然のハッテンによる別人28号・これを倫理で収めようとしても・どっかなー? ということとなる。

 人間はいつでも「発情」できるかわりに「本能」を捨てたのだけど、この日本の夏に関して言うなら「まだ本能的」が残っている・そんな気さえしてくる。いつも発情してる女子が更なる発情!!!なんてのは「歓迎」ですが。うーん・でも期間限定かな。

 夏の間のホテルの「ひんやりした空気」というのは外のじっとり・との対比でかなりいいもんねえ。この時のために、不快指数90%超の外気がありました・って感じよね。

 マーク・ベノやマリア・マルダーやポビー・チャールズ、レオン・ラッセル、アラン・トゥーサンをアタマの中で、あるいは実際に流しながら、じっとりとひんやりを行ったり来たりしたいのね。その際のノリとはジャストから0.03秒ほど遅れるバック・ビートしか有り得ないわけだった。


 うーん・気怠い。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:18| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

ベスト16はこうなる、いや・まぢで。

 4年前の日記を見てみたら、「燃えとるなー・おれ」だった。過去を振り返るとき、未来がこうなっているなんて、「想定外」なわけで、豊津を離れるなんてことも、離れて中津に住んでいるなんてことも「夢にも思いつかない」ことで、他にも二・三あるが、でもなんだか不思議な感じ。

 燃えとるなー・はW杯2006に関しての話。早い話・ポルトガル代表が非常におれの心の琴線に触れてビンビン鳴っていたのだった。

 サッカーに関して言うなら「コドモ」はともかく「オンナ」がきゃーきゃー言い出したら、なんかもう面白みが2ランクほど下がってしまうのだ。だから今回のポルトガル代表はもひとつ面白くない。

 アフリカ勢もやはり力不足と組み合わせの不運で前回同様ガーナぐらいしか決勝Tにはいけなさそうだ。今回はブラジル・アルヘンチーナ以外の中南米が面白い。いや・今回は・ではないな、今回も・だね。毎回わくわくさせてくれるのね。日本が「幸運」ならば決勝Tでおそらく当たることになるパラグアイ・いいねえ。以前の大会も相当強かったが、FKを蹴るGKチラベルトがいたりして何だか「色モン」な扱いをされていたが、今回は正統派だ。チリ・メキシコと合わせて中南米NOT大御所三羽ガラスだ。あ・ウルグアイもいた。じゃ四天王とでも言っておこう。

 彼らのサッカーは「超・攻撃的」で、なんか思うのだけど、このヒトたち「攻めることに倦まない」のね。普通肉体的にだけではなく「精神的」にも攻め疲れ・ってあるのね。それがない。何度でも何度でも手を替え品を替え、攻め上がる。それが生き生き楽しそうなのだ。失敗しても、「それがなにか?」だからね。タフであってサッカーを楽しんでいるのがものすごくわかる。だって悲壮感がゼロ。ブラジル・アルヘンチーナのように「・・・しなければならない」という立ち位置からも少し外れてる。まあ国民はそうでもなく熱狂的で怖いぐらいだけど。そういえば1994では相手に「点をやった」DFエスコバルが帰ってから射殺されるなんてことも起こったが@コロンビア。

 こうなったらいいな・という勝ち上がり。
A組 メキシコ・ウルグアイ そうなる。
B組 アルゼンチン・韓国 残り試合を考えるとそうなる。
C組 イングランド・アメリカ 残り試合を考えるとそうなる。
D組 ガーナ・セルビア ドイツサッカー「チーン」
E組 オランダ・日本 ぜひパラグアイの超攻撃型サッカーの洗礼を受けるべき。
F組 パラグアイ・イタリア イタリアはここで「チャオ」
G組 ブラジル・ポルトガル 金正日の「負けたら収容所」の脅しも限界がある。
H組 チリ・スペイン スペインは勝ち上がる義務がある。

ベスト16では、ウルグアイvsアルゼンチンメキシコvs韓国、イングランドvsセルビア、ガーナvsアメリカ、オランダvsイタリア、パラグアイvs日本、ブラジルvsスペインチリvsポルトガル(赤字が勝者)そうなればおれとしては嬉しいな・ってこと。

 そこから先のことは「鬼が笑う」ほどのものだったりする。中南米が5カ国入っているところがミソである。ブラジルはスペインに負ける「はず」である。負けなくてはイケない。オランダのいるブロックはかなり厳しい。次がブラジルvsスペインの勝者か・ひょっとして。

 ただ、ベスト8ではヨーロッパのチームは最大で3、悪くすると2チームしか残らない。南半球・ということも関係がありそうだ。グループリーグ2試合が終わって最後の試合。ここがまず第一関門的面白いところで予想も何個かは外れるはずだ。

 ヒマか・おれは。いや・ちがうんだってば。


 チリのLA LEY。映像の割りには普通のロックである。


 
posted by 浪速のCAETANO at 18:55| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月20日

またやられた(7台目)

 ラフレシアン・コムプレックスvol.12は満身創痍の状態で、でも終了。これからは今回のような「ゆったり感」をともなってやるべし・との教訓をえる。

 そんな、ちょっと気を抜いてる時に・であるが、またチャリ・パクられた。ふー。

 中津に来てから既に2台目で豊津時代から通算すると7台目ということになる。

 なんでやねん。

 今回のチャリは世間的に、乗ってる姿は「嘲笑」だったのだが、おれは気に入っていたのだ。いや・まぢで。なのに昨日タバコを買いに出ようとしたらなーんか下のゲートら辺すっきりしてるのよ。理由はおれのチャリが消えていたからなのね。

 7台目だから、もう慣れた。慣れたというもののパクられればくそー・である・やっぱし。

 ここ中津はチャリがなくては生きていけない・そんな街なのに/なのだから、しょうがなく次のヤツを注文する。ほんと・無駄な出費が多過ぎる。

 おれは頸椎ヘルニアが進行しつつあり、それと同じ病気のX-JAPANの誰かが、アメリカで手術を受けた・なんて誰かがどこかで言っていたけれど、まあビョーキというものはその現場に行って初めてわかるものであって、「手の痺れ」はもうなんというかパワー半減なのだった。ライヴとかはアドレナリン出てるからなんとかなるものの、普段が厳しい。かなり握力が落ちているはずだった。治らないのよね。付き合っていくしかないのね。残念ですが。

 だからチャリもそのような「嘲笑」を買うようなノリ方しかできないのであるが、今回もそんなのを注文する。チャリって消耗品か?

 日本vsオランダの結果はそんな感じなのだが、日本戦ってなんでこんなに「おもんない」試合が多いのか。全然、見ていて昂揚感がない。松井の前半45分ぐらいかなあ・見るべきものは。アメリカのサッカーといい勝負か・と思う。

 それに比べて南米と中米の特にチリ・メキシコ、いいねえ。その中でもチリの7番、おれの中での大会MVPは決まった。メッシよりも好きだ。メッシの方がすごいのだけど。マラドーナの「ただいるだけ」に代表されるように、アルゼンチンの無策ともいうが、みんなにおまかせ・でもいいのだが、個人技の集合体で勝っていく、まあそれがそっち方面のおもしろさなのだが、これが一番「すかっ」とするのね。マラドーナなどは長嶋茂雄だと思うし、ハーフタイムのミーティングでも精神論と「そこんとこズバーっと」「もうちょっとびしっと」「もうどっかんどっかんいっとこう」ぐらいしか言うてないと思われるが、それでもアルゼンチンは決勝T決定である。ヨーロッパの「組織」とラテンアメリカの「個人技」とは既に言い古された感もあるが、それでもW杯の楽しみは、欧州選手権とは異なり、テイストの異なる全世界からのチームがいて、なんだか試合の噛み合わせが悪くなるとこでもある。

 今回は「組織論」にほころびが出ている大会で、「勝負」しないことには点が入らん・ということは岡ちゃんでさえ認識しているぐらいで、それが松井の右サイド定着・本田の1トップとして現れている。切り込んで「勝負」、それは「個人技」の復活と捉えると、サッカーはまだ面白くなる可能性が見える。もちろん、ディフェンスは組織立たないとあっという間に崩壊するから、そっちはそれでいいのだけど、オフェンスに関しては「我」の強い前線のジョガドーレの存在はもう欠かせない。そこは日本チームも「進歩」している。しかしそれでも「お通夜」みたいな試合はやめてくれ・と言いたい。

 イタリア・フランス・ドイツの今のおもんなさ・もう消えてくれ・と言いたいが、おれはアフリカ勢と南米のトーナメント戦を見たい。イマジネーションのないサッカーはご免である。そんなのが勝つと余計にムカつく。それらがあんまり勝ってない・というのが、組織論のほころびの証拠でもあったりする。飛び過ぎ・跳ね過ぎのボールの影響、それとまだ初戦闘ったチームが多いことでまだスペクタクルなサッカーにはお目にかかっていないが、前述の中・南米勢とアフリカのガーナ・コートジボアールにはそんな可能性が垣間見える。お通夜のサッカーはもういいです。ハエのように・というのが戦術の比喩でなく、戦術そのものだったとは畏れ入りました・岡田監督。次もベントナーにたかってみよう。

 さて、本日からまたまた試験ウィークである。サッカー見てると、「戻ってくる」のが大変なのね。

 それはそうと大会の意義は要再確認
posted by 浪速のCAETANO at 13:23| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月17日

W杯+RAFFLESIAN COMPLEX VOL.12、ア・イソガシイ

 メディアの浮かれ騒ぎを横目に見て、まあ勝ったからいいとは言うものの、カメルーン戦の勝利の評価が難しい。選手たちが一番わかってると思うけど、ソングが出ていたら負けてたかな。カメルーンの内紛に助けられたと思う。おれおれ集団になってたもんね。次のオランダ戦では先制されることを覚悟してMF FWの交代のタイミングが見所だと思う。追っかけるというのは現代サッカーに於いては、かなり「難しい」。

 それは多くの場合、今回の日本もそうだけど、まず堅く守って、敵の攻撃の芽を潰してカウンターというのが最も点を取る確率が高いからだ。最初からこれをやるって言うのもやや監督としては恥ずかしいことだったりする。それなら誰だって出来るからだ。どの監督も最初は理想に燃える。過去の例を見ても「ゾーン・プレス」なんちってた時代もあった。そして「組織組織」と言われたあたりからなんとなくおれはおもんなくなってた。組織で対応出来ない場面が往々にしてあり、そしてその時は100%ビハインドなわけである。そんな時、ブレイクスルーをもたらすのは「個人のチカラ」だった。ロベルト・バッジォしかりマラドーナしかり。

 監督の権限が大き過ぎた時代がつい最近まであって、それはイタリアだったりイングランドだったりの成功例のカタチだけのパクリからまたまた始まっていたのだけど、日本人は主義・思想なくとも「そんなふり」するのはうまく、暗黙の了解の設定も上手いから、なんとなくそうなってた。

 何を言いたいかといいますと、「世界の流行」に振り回されたあと、辿り着いたら、なんと「つまらないサッカー」で「念願の一勝」というわけだった。第一戦だから勝たなきゃしょうがなかったのだけど、実際どのチームも堅い試合しがちだったが、次は違う。あと2試合のうち1試合勝てばいいのだから、そして決勝トーナメントまで行くつもりなら、おれもトルシエに近い意見だ。それは前半を控え組中心の先発にする。そして日本の「理想のサッカー」にトライする。それは控え組・特に俊輔・ケンゴの両中村中心のパスサッカーをやらせる。オランダのパスサッカーに対して日本のパスサッカーがどれだけ通じるか。しかし、それも時間限定前半のみ。なんのために?

 いや、決勝トーナメント行くつもりなら、特に攻撃陣の「どんだけやれるか」はチェックしておく必要があるし、彼らも出たくてうずうずしているだろうし、とにかくボクシングでいう「シバき合い」を一度はやっておく必要があるからだ。決勝トーナメントでは、というかこれからの試合はビハインドな情況の連続であることは目に見えている。だから攻撃陣の選手交代がキーだからね。

 オランダ型の攻撃サッカーをするチーム・例えばスペインとかチリ、アルゼンチン戦への布石です。で、どう考えても、ほんとの勝負はデンマーク戦でしょ。デンマーク戦も苦戦する。その時に特にMFの出来と相性は試合に出さないとわからない。だからオランダ戦で出しておく。それがリアリズムという気がする。オランダも面食らう。予想スタメンと「えっらいちゃうやんけ」と大阪弁では言わんと思うが、ひょっとしたらずるっときてラッキーゴールを取れるかもしれない。

 奇策かもしれない。だけど、奇策とオーソドックスの組み合わせがいいねっ。「あのメガネ・何考えとるかわからん」と思われたい。そしてテクニカル・エリアで「イヒヒイヒヒ」と笑っておく。イヒヒイヒヒでなくとも「アルカイック・スマイル」でもよかろう。充分「不気味」だ。東洋の神秘とも言う。

 あの、そういう機会がさほどなかったし、それ自体が物珍しいから「経験不足」だというのはわかるが点取った時のリアクションに関して:

 バク転の連続からバク宙とか、アフリカン・エロダンスとか、ヒコーキとかいろいろあるでしょう。おれが監督ならイレヴンに全員で「どじょうすくい」をやれ・と命令する。海外に行って思うことは、やっぱ必要以上の誇張っているのよなあってことだ。おれたちがロジェ・ミラのエロダンスにおおっ!!!さっすがアッフリカ!!!と思うような、わかりやすいステロタイプってみんな喜ぶもん。ユニフォームを捲くって鼻のとこまでたくし上げて全員でやる。サーヴィスのためにバックスタンド側に振り返ってもやる。一糸乱れずにやる。これは、日本人の「組織サッカー」のメッセージでもある。日本人はBORGみたいやな・と思わせる。ブブゼラで聞こえんかも知らんが、全員でそのあと敵ベンチを指差して「抵抗は無意味だ(RESISTANCE IS FUTILE)」で締める。そこで岡ちゃんのアルカイック・スマイルも更なる相乗効果を見せる。ガッツポーズなんかいらんしな。点が入ったら手を合わせて「南無阿弥陀仏」・チーンでもう「決まり」である。かんなり話題になると思います。

 アホなことを言うてるうちに「ラフレシアン・コムプレックスVol.12」明日に迫って参りました。W杯開催中ではありますが、キングちゃん・カオルちゃんともども「GRANDE TRES」老体に鞭打って「いやーん」とは言わないである時はアツくある時はクールな演奏をお聴かせしますので、是非お時間作っておいでください。

 おれは一番最初に出ます。なんと19:00です。最近のテーマでもある「A DECADE-IN FAKE」あるいは「SON NA BANANA」の再現も少しずつ進んでいます。シークレット・ゲストはあるライヴ以来「失踪」していたアイツです。
ラフレシア-1.PDF

 今こんな気分。
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:45| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

RAFFLESIAN COMPLEX Vol.12

 あまり外に出たくない。梅雨だからでしょうか。本日は降ってないけどね。

 ラフレシアン・コムプレックス明後日金曜日です。オランダ戦は土曜日ですので、景気づけにどうぞ。今回は、GRANDE TRESに特化したラフレシアン・コムプレックス。おっちゃんら3人のライヴです。おっちゃんら3人の中ではおれが一番の「若手」になってしまい(その差はもはやビミョーなれど)、最も不得意な「しょっぱな出」です。スタート19:00です。まあ空気に向かって演奏するのも「おつ」なものですが。

 いろんなことが大変で雑事に追われ、しっかり準備ができないことが多く、音楽秘書が欲しい。コムプレックス自体もちょっと存続もコミで考えないとな・と感じてる。ライヴ自体のブレーンストーミングがなかなか出来ないから、それは事務的なことが多く、それに関して協力者がいないと、やっていくのが現実的には難しい。と・今更言っているということはおれの孤軍奮闘ではちょっとな・ということになる。

 協力者ができるまでは無理してもしょうがないなとも思ってる。4月からまたおれも忙しくなってしまった。でももっと忙しくしないといけない。うーん・きびし〜なあ。

 ただ、意外なゲストがあるかもしれません。明後日のコムプレックス。区切りの回にはいいかな。これから交渉だけど。2日前に話をしてなんとかなるってのは「あなた・一体・だれ?」「あなた・クルマ・売る?」ですが、誰なんだろうね。

 みんないろんなことに気付くのだけど、それは各自の環境・都合がベースになってしまうから、ある人間の思うようにはならない。それが社会であるとは思うものの、同じ運命共同体内でも指揮系統が作用しないってのはそれが脱構築の今だったりだからでもある。そして誰かが誰かに対して脱構築であるから、話は更なる厄介さも持ち、もうほとんど解決不可能だったりする。あ〜あ・である。

 そんな中、存続危機のラフレシアン・コムプレックスへ、ウエルカム。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:56| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Rafflesian Complex | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月15日

可能性

 海外W杯での初の一勝は良かった。選手・監督・関係者おめでとう・と言いたい。おれも嬉しい。横からの崩し・効果的だったし、長友もエトオを止めた。でもなぜエトオはサイドにいたのか? ソングも出てなかったぞ。また・内紛か。そうかもしれない、そうだろう。遠藤・長谷部・安倍も良かった。運動量も高いレヴェルで終始し、あまり落ちなかったように思う。それでも最後の15分は厭な感じもあったけど。勝ちを拾った・とも言えるが一勝は一勝。勝ち点3は勝ち点3だ。

 そしてあるネットのヘッドライン「川島・カメ猛攻に耐えた堪えた耐えた!!!」

 だから、やめなさいって、そーゆーの。「川島・カメルーンの猛攻に耐えたー!!!」でいいぢゃないの。おれがカメルーン大使館員ならその通信社にナタ持って殴り込むが。

 一番勝つ可能性のある試合に勝った。デンマークvsカメルーン戦でデンマークが勝てば三戦目がリーグ突破の決定戦となる。そういうのがいいね。最後までモチヴェイションを持ち続けられる。で・ひょっとしたら勝てる。2勝1敗、または1勝1敗1分けで得失点差のジャッジになる。希望が見えてきたね。目標は「一次リーグ突破」これでいいのね・やっぱり。

 で、やはりデンマーク戦だ。今・日本国中浮かれてると思うが、もう一次突破を狙うならデンマークの研究をすることね。もうオランダ戦は本田以外は退いて9-1にしてカウンターだけを狙う・そんな「徹底」が要ると思う。世界第四位を目指す・でも「どーせ0勝3敗よ」でもない現実的な戦略でやって欲しい。上位常連のチームのメンタリティっていつもそこにしかないのだし。日本サッカーの希望のようなものが「見えた気がした」一夜だった。でもまだそれがほんとの希望かどうかはよくわからない・というのがもう一つの現実。あんなり浮かれないで欲しい。メディアのバカたち。

 さて今夜はポルトガル・コートジボアール・ブラジル・北朝鮮の「死のリーグ」である。だんだん面白くなってきた。

 
6/18(Fri.) RAFFLESIAN COMPLEX VOL.12

GRANDE TRES あるいは おっちゃんらの逆襲。

CAST:
GRANDE TRES(Caorinho 藤原・KING 堀内・マルタニカズa.k.a.浪速のCaetano)
w/キタバヤシジュン、タクサントス、瀬戸一成、木寺勝久

TICKET RESERVE 2000yen+1drink
AT THE DOOR 2500yen+1drink

OPEN 18:30 START 19:00

 オランダ戦の前日でした。景気づけにお越し下さい。来来。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:44| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

はじまったね。

 カメルーンのことを「カメ、カメ」言うたらあかんわ。ずっと前の世界陸上で「美尻のスーパーアスリート」なんてのもあったけど、ほんと・バカ過ぎる、メディア。

 前回・前々回のようにみなさんが「世界をあんまり知らない」状態から知識が増え、コドモでも(コドモだから)日本のショボさもよくわかってる時代になり、ちょっと様子が変わった。W杯を「消費」にかかろうという意図がミエミエだ。ナショナリズムで盛り上がるより、W杯そのものを消費するという態度が、その変遷を考えると不愉快だ。ものすごーく軽薄な視聴者への視線が感じられて。

 なぜそんなメディアのメンタリティーが出来てしまったのか・って研究の余地があると思うが、でも「カメ」はあかん。アメリカ人に「アメ公」なんてのと同根で、それも面と向かってよう言わんくせにというセコい内弁慶のオマケつき。なさけない。

 昨日は4試合見てしまったが、その日本メディアを媒体にしなければ、こんなに楽しいスポーツ・イヴェントは、ない。イングランドやアルゼンチンは爆発の予感みたいなものが垣間見えた。いいチームだなあ・と思ったのは「ガーナ」。「ガーナ」と「コートジボアール」は強いと思う。コートジボアールはブラジル・ポルトガルの死の組という不運はあるけど。

 つまらない試合もある。やはりチカラはじーっと見てるとよくわかる。攻撃の起点としての誰か一人の中盤のジョガドールの存在は大きい。ナショナル・チームはどうしてもそんなことになる。弱小チームほどそうならなくてはいけない。日本は誰? ポジションから言うと遠藤ということになる。メディアの視点があまりにシロート臭くていやになる。それでは見る側は成熟しないよ。成熟させない方が「カネ」になるって? あ・なるほどね。遠藤でコントロールできるかなあ。延々ガンバ大阪のひとである。松井は通用するはずだ。やっぱり海外のクラブのスピードと様々なジョガドーレたちをカラダで知っていることは強いと思う。

 勝っても負けてもおれはどっちでもいいので、面白いゲームを見たい。その前にあるオランダ戦はもっと興味があるけど。

 カメルーンはDF、穴があるよ。日本もあるけど。だからオフェンスの決定力の差になるでしょう。

 

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:25| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界・地球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月11日

あっけにとられてる間に

 うちの家は東向きなのであって、昨日今日とさすがに暑い。それも午前中。したがって午前中ははなはだカジュアルな格好で過ごす。どれくらいカジュアルかというと・・・ああ別に説明要らんですね。

 明後日から梅雨入り見たいだ。そして本日からW杯である。そんな中:

 今回の政変は静かな雪崩のような不思議な感覚だ。10日間ほどで小沢くん・社民党・亀井ちゃん外しが行われたわけで、メディアの抑えがちな報道トーンのウラには「喜び過ぎ禁止令」でも出ているのだろう。静かだが雪崩だから「あ・あ・」と言ってるうちに事態はどんどん進行する。こんな時、不思議なことにおれたちは「あっけにとられ」アホになるね。

 巳支の変・のことを思う。鎌足と中大兄による蘇我入鹿暗殺のことだけど、そうか政変というのはスピードなのだな・とわかる。敵が「あっけにとられ」てるくらいでないといけない・ということだね。お見事。

 民主党主流はもう「ウヒヒウヒヒ」と笑いが止まらんだろう。

 おれは「小沢くん・亀井ちゃん・宗男ちゃん・田中眞紀子」で新党作ればいいと思う。イメージ悪いよね。さらに時代遅れ。だからその悪いイメージ・ってのがメディアの捏造なんだって。メディアのバックには経団連と官僚(特に財務官僚)がいて、その背後にはアメリカの影がある。アメリカは日本に「永遠のATM」であることを求めている。

 「小沢くん・亀井ちゃん・宗男ちゃん・田中眞紀子」に共通なワードは何か。それは「地方」だ。ああ・康夫ちゃんも入るね。国民新党と同一会派になったからね。これは橋下くんが言うような「地方」とはやや意味が異なる。しかし、ある時点では協力も可能か・と思う。それは大阪を「第二の都市」と見るか「非東京=地方」と見るか、その視点次第。

 NHKが取材するような田舎の・と言えば語弊があるが、昭和の日本人のハートを鷲掴み間違いなし。当然、憲法25条では社民・共産とも提携できる。しかし、9条に関しては提携しない。当たり前か。

 おれは思うんだけど、なぜ硬直するかなあ・そんなに。国民のための政治にするには、与党・野党入り乱れて一つの法案を決めていくべきだと思う。それにはどの政党にも過半数を取らせちゃいけない。20人ぐらいの政党が10個ほどあって、第三極どころか第五極くらいまであって、それは「不安定」なのかもしらんが、アメリカもどこと繋がったらいいかわかんなくなるかもしれない。それ・いいことぢゃん。

 法案ごとに「連立」をする。「米盲従真性M党」があってもいいわけよ。ユニフォームは星条旗柄のスーツに首輪。「武力革命」を訴える党もあっていい。ゲバラのTシャツ。結構支持者集まりそうよね。民族系右翼もオッケー。党則には「ハンバーガー喰うな」は入れておきたい。「民族独立系のふりした実は親米党」党首はキミしかいない・安倍ちゃ
ん。ホームレスや派遣労働者たちの声を代表する政党がないのが実はおかしいな・とも思ってる。湯浅くん・もう取り込まれちゃったみたいだしね。管ちゃんも派遣村に顔出してたのに、それがこの変容ぶりである。

 参院の結果次第では公明党と連立するのだろうが、オルタナティヴがなくなった今・そうなっちゃうともうサイテーである。

 管ちゃんはリトル小泉になるんじゃないか・と思う。そして・あーおぞましいが、竹中平蔵が「主流」として復活してきたりなんかしちったりするような気がする。来年から消費税10%かよう。タバコだって値上げするくせにー。

 あのさ、「コドモの世代に借金を残す」このキーセンテンスを言われると、対抗する言葉って出てこないでしょう。最後に取っておいた必殺技にも似て・なのだが、おそらく、このキーセンテンスは今後「多用」される・と見てる。呪文みたいに。管ちゃんなんて阪大の教授にそそのかされて、税率上げて経済廻す・などと言っている。国民で生体実験すんのヤメてもらいたい。そんなわけわからんバカ教授の自説にそそのかされんといて欲しいですけど。消費税引き上げ前と同等の購買意欲が国民にあって、同等の購買がなされて初めて増税部分が国庫へ行くわけでしょう。その前段階で削がれた購買意欲のままだったらどーすんのよ。ばっかぢゃなかろか・だ。

 そして実はおれたちがすでに「コドモの世代」でもある。すでに借金は巨額に残っている。国債買ってるのが日本人だからダイジョーブってのはよく考えてみないとわからないけど。カツマー氏が増税に反対していて「おっ」と思ったのだが、米国債を売っぱらって、独立行政法人を廃止して・・と、言っているみたいで、しかし、ここでもまたネックはアメリカ関係かー・と溜め息が出る。

 管ちゃんおよび気持ちワルーい顔の玄葉ってやつが、これから「消費税上げないとこの国潰れますよ」というプロパガンダをメディアを通じて始める。特別会計に手を突っ込むと言ってたにも関わらず、それは放っといて消費税アップなんてまっぴらご免だね。ちゃんとやってよね。見事に「沖縄」の話・メディアから消えたね。


 歌い上げるヒト。トム・ジョーンズのライヴァルみたいな立場だったかな。でもいい曲。元歌は多分イタリアーンだろうね。

posted by 浪速のCAETANO at 13:43| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月10日

新人類finds新人類

 旧デッドエンドストリート(TODO O MUNDOが去った瞬間に消滅しました・なんちって)のうちの店跡ではないのだけど2軒隣、えのもと・が入っていたところが「ウルトラ・カフェ」の2号店になっているのは先日確認したのだけど、そのコンセプトが「一階はバル・二階は洋座敷」ときた。なんだか、そうなっちゃうよね・と思った。

 残念ながらトドムンド跡は「遺跡」のままみたいですが。

 おみつのおかーさん・どうしているだろうか。一旦離れるとなかなか足が遠のく。一定の期間はやはり心が疼くのだ。12年と言えば、男女の愛情が3年で冷めるとするなら、4人分である。奇妙な喩え・となったが、質・量ともにかなりの出来事が起こるし、かなりの記憶も残る。隣のハイボールのマスターも亡くなった・と人づてに聞いた。たまに大げんかしていた。しかし、団塊の世代の思考回路の一端を垣間見る貴重な体験でもあった。

 しかし、それらも、イッツ ゴーン ビハインド。

 今TODO O MUNDOは@中津三丁目がThat's it!!!である。

 今月号のあまから手帖で紹介されています。A美店長のちょっと苦手な下アングルからの調理中ショットと共に。でも「ノアールなお好み焼き」はおいしいですよ。いや・まぢで。

 中津の街にもポツポツと知り合いが出来てきて、「古本屋」と「雑貨屋」さんなのだが、どちらも30代の店主で、飄々と店を営んでいる。そのひょーひょー度が、これが世代間の差異というのだろうなあ・おれとかにはとってもできないモードだったりする。「アツさはまるでないが、まあ精一杯やれることはやってます」というような、敢えて「視野を狭めてる」かのような、とてもプライヴェートなムードである。

 育った時代って大きいと思うし、それは成熟の一種とも言えようか。良いとか悪いとかではないのよ。ただすごく自然だから、なにかそれにどうこう言う筋合いを持ち得ないのね。いや・普通そうなのだけどね。本人たちの心の中のバブルがまるで存在したことがなかった・かの印象を持つ。当然他人のことに言及しない。ハートの中にバブルが存在したことがなかったということは、肥大化した自我の存在もあまり感じたことはない。訊いたことはないが、例えば「日本も核保有するべき」なんて発想・思想もないだろうと思う。今・跳んだ・と思われた方多かったと思うけれど、「国の・・」なんていう発想は自我の肥大からやってくるものだしね。そこんとこのオノレの未達成感を「国の・・・」に重ね合わせるわけだけど、コンプレックスよね、元になるのは。いや・そんな風な・ここであかんかったぶんをもっと大きな何かで埋め合わせ・なんていう発想がないみたいなのだ。年だけではなく資質にも関わるとは思うけど。その証拠にアホのくせに「サッカーには強力FWが必要」なんてのと同レヴェルの口調で「核を持つべき」みたいなこと言う同世代のバカもいるけど。お・アホとバカ2種類の形容が入ったね。最大限の賛辞だね。

 きっと、わっけわからん・はしゃぐバカオヤジ・みたいに映ってるんだろうなあ・と思ったりもする。持っている「楽しさの総量」は「悲しさの総量」とも同義かと思うけれど、そんなこと考えるとおれたちの世代なんて、他人に寄っかかるわ、けとばすわ、首絞めるわ、鼻くそつけるわ・みたいなお互いめーわくのかけっこしてるみたいに見えんかね・と思って少し心配になってきた。

 しかし、いろんなバカの集合体が社会であったりするわけなので、それでいいのだ・とバカボンパパ化してお茶を濁すわけ。しかし、コドモたちをたくさん見てきたわけだけど、そんな風になるようなタイプはいたことはいた。ただ、「その後」にタッチできないし、おそらく「その後」とは近年であるわけだから、その環境に関してはわかる。「希望」という概念への距離感の違いは大きいだろうなと思う。だから、今混ざることは悪くないと思う。

 「新人類」なんて言われとったのね・おれたちの世代。隔世の感ありですね。テクノカットよね。
posted by 浪速のCAETANO at 14:43| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月09日

予習の合間

 この頃日曜は、翌日の予習に追われていて、おれは文系だったため、数3というものをちゃんと勉強したことがなく、こないだもちょっと詰まってしまって、まだ明るかったからチャリで逃避の旅に出ることにした。小銭を持ってどっかでカルく飲んでもいいな・とも思っていた。

 コーヨーでぺろのごはんの買い置きも要るなと思っていたから自然と足は西へ・と延びる。今はUSJが出来ている辺りからも少し手前、伝法に実は親父がコドモの頃住んでいた。父方の祖父は、元海軍の軍人で昭和天皇とともに世界一周大航海をした後、戦後大阪で日立造船に勤めていた。多分淀川の河口に造船所があったのだろう。大阪空襲の際には川に飛び込んで助かったという話を聞いたことがある。

 阪神淀川駅近くのコーナンにはたまに行くが、伝法はそこからすぐのところだ。かなりの教育崩壊地域のニュアンスを醸し出している。そんなニュアンスはヒトの精神衛生にはあまり良くなく、温度のある街へと自然にそこからは足が遠ざかる。まあそこからの「温度街」と言えば西九条は近い。しかし、大黒も白雪温酒場も日曜ゆえ開いていない。まあしかし、シネヌーヴォ近くのトムヤン風味のクッパでもいいしな・などはなはだ無責任に近い未来を見据え、向かう。きっとなにかあるのね。なんか、きっとUSJができたことと関連ありだと思うが、街の「見えるとこだけ」小綺麗になっていた西九条の街だった。でも見えるとこだけってのがポイント。

 久しぶりに安治川トンネルを潜ろうとエレヴェーター前に並ぶ。チャリ6台に人間15人ほどを川底よりも深く運び、そこからはトンネル内チャリを押す。こんにちはー・とワカモノが警備のおっちゃんに挨拶している。で、向こう岸の川底に着くとまたエレヴェーター前に並ぶ。降りたときと変わらないメンツを地上まで上げる。するとそこは九条OSの街である。

 長くていい感じに廃れた商店街を抜け中央大通りを越えて、さらに商店街を抜けてしばらく行くと京セラドームがあるからそこをぐるりと右旋回すると大正にでる。かつてのバンド・メンバーが失踪していろいろあって実家近辺に戻っているという話なので、ふらふら探してみる。しかし、当然ながら見つからない。同じ街でもクルマで来るのと電車で来るのとチャリで来るのとでは気分が大きく異なる。どれもそれなり・だが、自由と効率を両立させるにはチャリだったりする。街に対して「つかずはなれず」だ。

 フリーピープルを越して南恩加島まで下ろうかと一瞬思うが、よく考えたらなんのために伝法からやってきたのかわからんぢゃないの・と思い直し、泉尾あたりをうろうろして九条へと戻る。イワサキー・連絡してね。

 九条OS・一体何をイマドキやっている・と思い前を通ると、「女王様」系のイヴェントが目白押しだった。しかも値段が6000円〜8500円だって。びっくらこく。やや明るいオーヴァーグラウンドなSMオタクが市場になってる。アイドル女王様とオタク。そしてそこにも業界のシステムが確立している。うーん・と唸りながらそそくさと立ち去る。なんか問題ぢゃないかい・そーゆーのって。高給バイトの一つとして女王様・ってのもあるとは聞いていたが、なんとなく興ざめだなあ・こーゆーの。もうそこにはかつての谷ナオミや松川ナミのようなまなざしは期待することは出来ないのだな・ということだけはよくわかった。ご縁がないです。

 商店街に戻り、さきほど目星を付けていた居酒屋へ。人いっぱいで地元民のための居酒屋です。奥の座敷でもこちらの小上がりでもみんなで盛り上がっている。おっちゃん・おばちゃんばかりだから、いやなムードはまったくないのね。まだ午後4時だった。末席を汚す。カウンターの隅っこで・しかしここ落ち着くわけ。串カツから寿司までという「理想的」な居酒屋で、しばらく飲む。予習さえなけりゃこのまま「おっちゃんらに乱入」も考えられたが、そこは自粛する。

 逢魔が時をまた同じルートに少し変更を加え、戻る。コーヨーに寄ったが、おれが買い過ぎのため高齢ネコ用レトルト売り切れだった。見つけたらとにかく「全部」買うことにしているのだった。商品管理に「混乱」をもたらしていると思う。「なんで高齢ネコ用こんなに売れんねん」みたいな。店用にズッキーニを探していたらレインドッグズのキイくんと彼女に遭遇。「なんで・・」とはお互いの弁なのだが、よくよく考えるなら・ね。

 温度のある街のことを考えると、「自然に」というキーワードにブチ当たる。「無理に」や「とってつけた」は続かない。しかし、経済的にペイしないものはこれもまた続かない。対象に自然な愛情を注がないといけないのだが、その「自然な」の加減も難しい。もう最近、たぶん長年やっている方はみんなそうだと思うが、食材その他の目新しさとのいたちごっこには「お疲れ」になっているはずなのだ。そんなことじゃないのよね。最後はソフトなのね・とも言い切れないとこもある。そこんとこも自然なバランスが不可欠で、答えからの逆算がすべてダメで、となると、やりたいようにやるのがほんとは一番なのだけどね。いい「場」をみなさんそれぞれの良心と感覚により作っていきましょうね。

 など考えながら帰ってきて、うとうとしていたら才媛からお願いしていた電話が掛かってきて、数3の問題は解決したのだった、


 こないだのイングランド戦のインターの時にかかってた。それだけでももうかなわないのは自明・だ。



 
posted by 浪速のCAETANO at 17:34| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月08日

今回こんな感じ

posted by 浪速のCAETANO at 16:47| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Rafflesian Complex | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そのはしゃぎが「ヤバい」の証拠

 15年前、厚生大臣の時はかっこ良かった管ちゃんであったが、今やその面影はない。変容である。あの凛々しい青年政治家の面影はない。ヒトは変わる。右向け右・だ。

 メディアの手のひらを返したようなはしゃぎぶりが、今後のみなさんの生活を犠牲にして新自由主義が「完成」へと進んで行くことをイムプリケイトしている。

 メディアの利害=財界の利害=官僚たちの利害=自民党支持者の利害、とわかっているなら、おれたちの利害はそこに入る余地がないってのがなんでわかんないかな・と思うが今わかった。TVを見てる人は自分をそっち側の人間と思ってる・というか思いたいのだね。ヒトはオノレが見たいように世の中を見る・とは塩野七生氏のローマのバカ者に対する形容だが、ニッポン人は今・正にそれではないかな。

 もっとアホだなと思うのは、ワイドショーの司会者なんかを「われわれと同じ目線の人」と思ってるフシがある。いや・年収がちゃうって一桁以上。

 渡部のコーモン様とかがあんだけはしゃいでいることがその証拠であったりもする。民主党内の右派からしかける「権力闘争」の意味合いが大きく、こりゃ民主党・参院選勝たしちゃいかんですね。小沢くん150人連れて党を割ったらいいのに・と思う。150人もついてこんだろうけど。

 みんなのなーんとなくの誤解は、小泉くんにあんなに痛めつけられた・というのに、「総理らしかった」という一点であのパーソナリティをいまだに求めてるとこよね。

 もう自民党の支持は永遠に上がらない。社民党の政権離脱の話題も吹っ飛んだ。メディアは「沖縄」の問題も無視にかかっている。みんなを「ウカレポンチ」にしてなぁんにも考えさせない・肝心な問題を忘れさせる・そのことに奉仕するのがメディアだとはっきりわかる。とりあえず、今の政治を受け入れるしか「道」はないのだよ・ふふふ。それがメッセージだったりする。小泉くんが「抵抗勢力」設定した構図によく似てるね。今それは小沢くんの役目みたいだが、やっぱりニッポン人はばかで、あっちにダー・こっちにダーと「大揺れ」だ。みんなの不満のスケープ・ゴート設定なんてのはものすごく旧い対愚民政策だが、それに対抗する有効な意見を言える知識人がほとんど存在しない。敢えて言わないことが・そんなムード作りがほんとにメディアは上手く、立ち上がり口を開くことに要するエネルギーはかつての10倍ほどになっている。「ホされればお終い」だもんね。そのフィールドは限りなく狭まってるしね。

 だからと言って参院選後の「民みん連立」なんて見たくないね。ギョーザ屋ちゃうっちゅうねん。
posted by 浪速のCAETANO at 15:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熊野・古座よりはじめて

 トイレ本はいろいろあり、しかも増殖する一方でトイレの中の棚はパンパンで崩落の一歩手前だ。そして、時間限定であるから、いつもいいとこ・で「じゃ・また」となる。トイレ本のテイクアウトはよっぽどのことがないとしないことにしている。している・ってなんか、あなた、それはあなたの生活・とても厳格な哲学的規律に基づき遂行されてるみたいですね・と言われれば、まるでそんなことはないです。ご存知のように。

 本日は街道をゆく・の熊野・古座編だった。これまたみなさんご存知のように中辺路・大辺路・小辺路・伊勢路と詣で路はあるのだが、中辺路ではなく大辺路で行こうと思ったが、波しぶきが大変で参った・場合にちょいと駆け込むのが古座街道なのだった。

 白浜から下り、朝来で迷う。左折で中辺路・直行で大辺路なのであるが、その後に訪れる天候の変化が前述の「参った」という情況である。日置川を越え、周参見から左折して路は上っていて、七川ダムに達する。一時間もかからない。そこから南へ折れるとR371である。このR371という路はなかなかのもので、山走り・峠走りという意味だけど、北は龍神・高野・橋本まで続く路で橋本から高野山に詣で、高野龍神スカイラインをぶっ飛ばして龍神温泉につかり、そこから南下し標高も下り、そういうエキサイティングなドライヴの後に、なんぢゃ・これ、な路が出現し、先ほどのすーいすいなドライヴは一転「修行ですか?」な路となる。15年ほど前にシトロエンBXGTiで走ったときは車内がドリフだった。室内灯は落ちてくるし、ダッシュ・ボードは閉めても閉めてもぱっかんぱっかん開いた。BXがアホだった・ということもあるが、ほらそのシートのすばらしさゆえにドライヴァー本人はさほどその惨状は感じないのね。しかし、本体のどったんばったんがかなりのもので、しかもBXは車体が「水に浮いている」から「運転しているワタシ」はこれくらいの凸凹どやねん・なのだが、車内はやはり「建て付け」が弛んでるわけで、まあそんなボロフランス車のそこんとこ・かわいいわけだけど、なんにせよ、一番弱ってるとこを責めるのがプロレスの定石なわけで、へへ、で車内はドリフ・というわけだった。おもしろかった。

 そんな古座街道を走り切ると本州最南端・串本へとでる。大辺路の波ざっぱーんとどっちがより幸福だったのかはこうなるとよくわからない。

 神武東征神話の時代から熊野はよく史書に登場する。神武東征のようなもの・がほんとだとして、それが3世紀〜4世紀の中国史書に載っていなかった時期だとすると、先に河内あるいは大和で勢力を誇っていた「先の王」を南から攻め滅ぼした際には熊野という土地の存在は大きい。ただ、熊野の1800m級の山々、そして吉野を越えるのはなかなか大変な道のりだなあ・と思う。八咫烏は人間の「擬鳥化」だと思われるが、そんな役割の人間がいないことにはまず無理だろう。

 熊野に詣でることは、上皇たちの辿った道筋をトレースすると同時に、その神武東征のようなもの・のルートを逆行していくようなものでもある。

 そんなことを思うと、明日香周辺に都を構えた時期なんてのはもうすでにかなりモダンな時代に思えるほど、神武東征のようなもの・の頃はプリミティヴな野望がギラギラしている。

 おもしろいね。おれだけ?


 プリミティヴだが(だから)素敵なもの。「突然女の子たちのお○んこ疼く〜」という内容です。

プリミティヴ・モダン仕様。



posted by 浪速のCAETANO at 14:18| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

それでいいのか

 小沢くんを後ろに隠すことで支持率は回復したが(たーんじゅんね・ニッポン人)、それとともに小沢くんの「政策」もまたなくなりそうなのは良くない。

 小沢くんの「国民の生活が第一」という政策も同時に葬られそうな危惧がある。

 鳩山くんの辞任も、少し冷静に考えてみたらいいと思うが、関係閣僚には岡田外相・北沢防衛相・前原沖縄担当相・平野官房がいる。官房長官は正に無能で、その職務は総理とセットだから、辞めるのは当然だけど、他の三人はどうだろう。沖縄に冷徹な視線を最初から揺るがず持ち続けていたのは彼らだよね。

 アホだったが、優しさゆえ、右往左往して自縛して自爆した鳩山くんだったが、彼だけがその責任を負うことが正しいか。あの三人は鳩山くんの陰に隠れ、隠れてあまりはっきり見えなかったが、その沖縄を見るまなざしは「ムシ」を見るときのそれだった・ということにおれたちは気付かないといかんと思うよ。

 彼らは鳩山くんを見殺しにしただけではないと思う、「沖縄をばかにしていた」のは彼らだったように思う。三人とも留任だってさ。

 少しいやな感じがする。舛添と連立したいなんて言い出す輩もいたりして、そいつ政調会長だったりして、で・なんか多くの大臣が「松下政経塾」出身というのもなんだか気になる。なんか「松下村塾(しょうかそんじゅく)」と名前が似ていて、混同もあるような気もするが、だいぶ違うと思ってる。ナショナルの松下幸之助が作った政経塾だが、ほら、普通、政経というと政治経済・とだれでも思うよね。ワセダの政経・みたいに。

 松下政経塾はさにあらず、政治「経営」だってさ。ここ・割りとびっくりしとくとこである。

 
6/18(Fri.) RAFFLESIAN COMPLEX VOL.12

GRANDE TRES あるいは おっちゃんらの逆襲。

CAST:
GRANDE TRES(Caorinho 藤原・KING 堀内・マルタニカズa.k.a.浪速のCaetano)
w/キタバヤシジュン、タクサントス、瀬戸一成、木寺勝久

TICKET RESERVE 2000yen+1drink
AT THE DOOR 2500yen+1drink

OPEN 18:30 START 19:00


 
posted by 浪速のCAETANO at 09:52| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

新たな終わりの始まり

 昨夜の報道番組はなんとなく穏やかだったのではないだろうか。見てないけど。管ちゃんが首相になったことより、小沢くんの失脚がどうも決定的だということが、そうさせたのだと思う。見てないけど。鳩山内閣でホされた管ちゃんの仕返し・だと思うが、財界・官僚・メディアは勝利の乾杯をあちこちでやったのではないかな。

 管ちゃんは消費税増税担当総理か・と思う。財務相時代から財政規律発言に転向していたし、最近は顔の相がなんとなく変容していることからの邪推だけど。ただ、メディアは支持するのではないかな。それは一見良さそうで最悪の事態になるけど。

 今やメディアが攻撃するものが「善」と言ってもいいかと思う。大変乱暴なカテゴライズながら。

 すごく不思議なんだけど、小沢くんの代表辞任から今日までの流れの中で、あの人なにか悪いことしたのかね? なにか法律を犯した? 依然として「起訴」さえもされていない。なにが起こったかと言うと、「関係者への取材で・・・・ということが判明しました」と例えばNHKのニュースで報道する。関係者って誰? 関係者とはおそらく・いや間違いなく「地検」の人なのだが、それって「リーク」である。そのリークを「情報」として流し続けるNHKをはじめとするメディア。まあそれは「刷り込み」なのだけど、それに乗っかって政治的に批判する自民党・そして民主党の内部。散々リークして、刷り込んどいて、しかし、裁判は維持出来そうにもなく2度も「不起訴」。これは一体どういうことなんだろう? もはや「法治国家」ですらないのだろうか、この国は。そして有罪と決まるまでの間は「人権」は保証されるはずなんだけどね。

 日刊ゲンダイで中和も必要か・と思う。

 サブリミナルの一種よね。慢性的に情報に飢えさせといて、そして仕事なんかをものすごく忙しくさせておいて、一つだけ情報を与える。それは散々飢えさせておいたイヌに「おあずけ・おあずけ・・・はい一本だけ」と骨を与える手法と似ている。その小出しのリークによって世論を創りあげるというこの手法。これはなんというかとても・怖い。ローマ帝国末期的な・というか。国民は常に「スケープ・ゴート」を求めさせられている・そんな感じ。それは更なる巨悪から目を背かせるための手法だと思う。メディアは小沢くんを巨悪・と設定していたが、目に見える「悪」はそれの何倍もの規模の「悪」を隠すために存在させられることを思えば、それによって権力が隠しておきたいことがあるわけである。

 そこでアメリカ・である。アメリカがその巨悪・というよりも、そのアメリカとの関係こそが巨悪なのであって、これまたランボーな話だけど、延々お金を貢ぐシステムの構築とその保全・ということだろう。それは主に自民党で言うなら清和会が担ってきた。それに逆らう・田中角栄・金丸信という人々は策略に嵌められ失脚。民主党になって、それは党内右派・つまり、岡田・前原・仙石・玄葉などという人々が担っていくのだろう。管ちゃんによる布陣は、おや、そんな人たちが名前を連ねている。まだ全部はわかんないけど。今・面と向かってアメリカと対峙するのは得策ではないにせよ、小泉路線に逆戻りするのはいけない。

 権力はほんとに上手くやったと思う。自民党時代は民主党と言うオルタナティヴがまだあった。自民党が崩壊し、そして民主党時代の今、小沢くんを失脚させ、社民党を追い出し、残るのは自民党のばらけた少数政党。今・オルタナティヴがなくなってしまったわけだよ。選択肢をひとつひとつ潰し、「新自由主義」に戻る。見事なお手並みだった。

 何年か先に、みんなは真実がわかって後悔するだろう。今・小沢くんのチカラを無くさせたことを。またまた小泉自体と同じく、自分を痛めつけるものを喜んで支持する・そんなことになろうか・と思う。

 みなさん・「真性M」ですか? 真性Mならしょうがないですよね。プレーじゃなくて?

 それじゃあ、しょうがないね。昔からある「お上」なんて言葉はどーも臭いな・と思ってはいたが。もうこれから「堰を切ったような」弱者が痛めつけられるそんな世の中がさらに進むと予言しておこう。そのときにオノレのアホさに気付いても「後の祭り」である。

 日本の民度はFIFAランキングを凌ぐほど限りなく「低い」。日々の生活費のことしか考えられなくなってしまってるおれたちは「負の意味のエコノミック・アニマル」かもしらんね。悲しいことに。


 真性Mなら「刻印」は必要ですが。いや・まぢで。

 

posted by 浪速のCAETANO at 14:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

なんだかんだ

 管ちゃんが首相になるのはいいのだが、後の閣僚がどうかなあ。完全なる小沢外し・になるような気がする。それでいいんだろうか。

 メディアの思うツボか・と思う。財界と官僚とメディア、このヒトたちは自民党に戻すか、民主党を自民党にするか・にイノチをかけていて、その一番のネックが小沢くんだったのだけど、そこは目的達成したみたいである。プロパガンダがものすごく成功した。第二の田中角栄ということだった。またしても、親米盲従の輩たちの勝利かな。

 二度も不起訴になって、それでもダーティーなイメージを払拭出来んということは、この国の「三権分立」は成立していない・という意味でもある。プラス、ネガティヴ・キャンペーンは効果あり・ということでもある。そんな風に流されていくことでいいのかな。「なんとなく」そんな気がする・というだけで体制が決まっていくのは少し怖い。

 おれは小沢一郎というヒトは好きだ。小沢信者とかではないよ。菅直人というヒトも好きだった。嫌いな政治家は舛添・前原・仙石・森から始まる自民党総裁の面々。もっといるがキリがない。ただ、心配なのは管ちゃんが財務相となって以降の発言が「別人28号」で、財政規律の話ばっかしてることだ。小沢くんに始まった「国民の生活が第一」というスローガンが降ろされてしまうのかな・と思う。どーもそんな気がする。そうなると、プロパガンダ大成功・となる。

 最近はTVでも識者と言われる面々が「すっとぼけたカオ」して、「長期政権って「何故か」親米政権ですよねー」などと言うようになった。「今気付いた」みたいな言い方するのが「コツ」だったりする。まだ「すっとぼけてる」うちはダメなのだが、精一杯ヒントを出しているつもりなのだろう。「確信犯」としてそれを言えないところにメディアの「干すぞ」という圧力があることがわかる。その暗黙の了解から脱しないことには水虫を革靴のウラから掻いてる感は拭えない。

 今回も、小沢くんは非親米でやられたね。鳩山くんが小沢くんを道連れにしたみたいなことになってるのはウソで、小沢くんが鳩山くんを降ろしたというのが正しいみたい。管くんが、小沢くんにしばらく静かに・と言ったのも、ウラで話がついていれば別にいいのでは。ウラで話がついてなけりゃ、政界は再編となろうか。うーん・どうもそうなりそうだ。ちらちら漏れてくるキーになるポストに入る名前が結構絶望的なのだ。管ちゃんは今回小沢くんを「裏切った」可能性がある。とすると、またまた弱者に厳しい政権になる。小泉とか前原のようなあーいやだいやだ「新自由主義政権」になる。清和会の政権と変わらない。厭な感じだ。なんだかしてやられた感じだ。去年に戻ってしまうのだろうか。ぜひ小沢くんにもう一度政界再編をしてもらいたくなる。できるかな。この2日ほどで小沢くんのフリーハンドはものすごくちっちゃくなったようだ。希望が絶望になってしまうような日なのかもね、本日。メディアがはしゃげばまず間違いないだろう。

 しかし、ホンマにこの国のメディアはつまらん。死んだらいいのに・だ。

 さて、テストマッチ最終戦はvsコートジボアール。これカメルーン対策とか言うが、そうかな。ドログバとエトオは持ち味全然違うのにな。日本と同組のチームが韓国とテストマッチやってもあんまり意味ないと思うけどね。「カオ」が似てるだけ。同じく本日も「ロイク」なだけ。コートジボアールはカメルーンより強いと思う。ディフェンスもしっかりしてる。

 このごろ、おれは代表はカメルーンに勝てるんじゃないかな・と思ってる。カメルーンは調子悪過ぎる。エトオがロジェ・ミラに売り言葉に買い言葉というのもカメルーンにとっては悪い材料だったりする。かつての英雄からの現在の英雄への苦言にキレたエトオだが、サッカーも一人では出来ないからね。チーム・ワーク悪すぎじゃなかろーか・と思う。ただやっぱりエトオの天才性とあの速さを抑えれるかな。ドログバへの対処はきっと何の参考にもならんと思うが。まったく別物。本日は4-2-3-1だが、ボランチとCBは気を使いそうだ。

 でもなんか知らんがカメルーンには勝てそうな気がする。

 と・なると、国外大会初の一勝の意義はあるね。さて・どーでしょー。

 6/18の金曜は「ラフレシアン・コムプレックスVOL. 12」@RAIN DOGSです
 今回は「GRANDE TRES あるいは おっちゃんらの逆襲」と題して、
GRANDE TRES(Caorinho 藤原・KING 堀内・マルタニカズa.k.a.浪速のCaetano)
w/キタバヤシジュン、タクサントス、瀬戸一成、木寺勝久
というラインナップでお送りする予定です。
 さて、おれはなにやろうかな。ゆっくり考える・というほど時間もないのだけれど。


 悲しい歌を謳いたい。
posted by 浪速のCAETANO at 18:03| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

メトロ@ジャニス

 メトロファルスのライヴに行く@JANUS。ジャニスと読ませてなぜJAN(U)Sなのかはよくわからん。権利関係? 訊くの忘れた。ブッカーはファンダンゴ初代店長むーちゃんである。

 メトロファルスはおよそ25年前、神戸女学院で対バンした。25年前のライヴァル。今年30周年を迎えるバンドだ。継続はチカラ・だったりする。与太郎ちゃんは、ファントム以来、演劇関係のお仕事も多く、とんでもなくメジャーな人々と仕事を最近はしている。

 与太郎氏とは一昨年HONZIのお通夜で再会した。前夜遅く死んだHONZIが奥の(といっても狭い家で)ベッドに横たわっていて、その呼吸の余韻がエコーしているかのような空間だった。こちらのリヴィングには入れ替わり立ち替わりヒトが訪れ、中川五郎さんや与太郎氏、スカパラの欽ちゃん、スパン子夫婦、ZAKに連れて来られたUA、とか。五郎さんやスパン子夫婦、与太郎ちゃんなんかは腰を据えて飲んでおり、おれも東京で行くとこないからとにかく飲む以外なく、ただただ飲んでいた。ダンナのイデホフも、こんな場合、どんな顔していいのかわかんないよね、でもその気持ちわからんでもない、そんな感情を共有していたような気がする。

 その後曾根崎時代のトドムンドにも何度か与太郎ちゃんは来てくれたし、厳ちゃんやメリーさんもなんかのライヴの流れで来てくれた。

 さて、昨日のライヴ。チカラ抜けてていい感じだった。オリジナル・メンバーは上記の3人なのだが、優秀なサポートを配し、パーマネントのバンドはやはりいい。楽曲がどうこうより、あの時代・とは80年代だが、ということは70年代にコドモだったということで60年代にはもっとコドモだった・ということなのだが、遅れて来たパンク世代のエネルギーの盛り上がり盛り下がりの経験の中から、非ロック音楽へのアプローチが始まり、そこは個人の事故みたいな流浪と行き当たりばったりの出合いの積み重ねなのだが、今の・特にパンク以降のミュージシャンにはその数だけ変なミクスチュアがあり、そしてその個性を最終的に決定づけるのはコドモであった・もっとコドモであった時期の音楽体験が大きい。80年代を真ん中に挟み、時代を下る・遡る、この二つのヴェクトルがダイナミズムを産む。その後であった世界音楽もおれたちにとっては未来を感じるものであったがその中の半分ぐらいは、他の国のミュージシャンの70年代の試行錯誤であったりする。

 時間軸の歪みが顕著になったのも80年代であるが、それはまた「新しいものはないよ」というマニフェストでもあって、それは時間的にも空間的にも、つまり四次元的な音楽の旅を促す強制力が働いていたのだな・と改めて思う。

 そういう旅を結果に残している、優れたバンドです・ということだった。おれたちはお互いにシャイなので、面と向かうとあまり大したこと喋れないのだが、まあそんなことでいいのだった。

 しかし、東京のバンドを見ていつも思うのだが、みなさん分をわきまえているというか、上手いくせにオンステージ/オフステージともに紳士的だ。それに比べて大阪の・・・・いや、ヤメとこう。


 
posted by 浪速のCAETANO at 11:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

オシムは言った

 さすがにイビチャ・オシム、良い事を言ってる。

 「イングランド相手にコンプレックスを持たずに戦った。選手は、テレビでしか見たことがないジェラード、ランパードといった選手が空を飛べる怪人ではなくただの人間であるということが分かったはず。時間帯によってはどっちがイングランドなんだというようなプレーをした。日本は良い内容の試合をしたと思う」

 悪いことの後には、いいことも起こるものだ・とも言っていた。

 そして:

 「大久保、長友はよく走った。長谷部と阿部は体力があるまで、つまり後半途中までは中盤でボールを支配することができた。チェスなら70分までは、イングランドが“参った”と投了してもおかしくなかった。残念なのは残り20分もたなかったこと。なぜかというと1―0で勝っているのに、前に前に走って取られてまた戻るということを何度も繰り返したから。最後は走れなくなっただけでなく、技術の正確性がなくなった。それがオウンゴールになったと思う。今野、中沢ももっとフレッシュな状態でブロックに入っていればゴールになってなかった。最後まで出し切るようなペース配分ができないという問題点が、あのプレーに象徴されていた」

 言わば「オンナのくそマジメ」みたいなサッカーになっていた・ってことよね(オンナの人・そんな意味じゃないんだって)。

 さらに:

  「微調整の時間しか残っていません。ですから準備ができる分野はメンタルです。そこで戦術的にもう少しみんなが共通の判断力を持って、力をセーブするところはセーブするようなテンポを変化させることができれば、残り20分までではなくて90分でも120分でもできるかもしれない。それこそがメンタルの準備です」

 このような至言を吐いてくれるようなおっちゃん・おらんで。ありがたいことだよね。元代表監督。

 それは、岡ちゃんに「やっぱり何かが足らん」ことの裏返し・でもあるが。最近の代表・ジョホールバル時代に舞い戻ったような印象だった。本田を無理に「中田」にしようなんて姑息なメディアの策略とかもまだ現実にはきびしい。俊輔の失速も、単なる調子の悪さか、それとも年齢的な下降線の途上なのか量りかねる。


 ただ、ひとつだけ、今回アドヴァンテージがある。周りが「ある程度」諦めてくれてるとこだ。だからそんなに期待の大きさを両肩にかんじなくてもいいってことね。例えばオランダ相手に、意識だけ「代表」というような金縛り状態ではほんとに「なんにもできない」だろうから。誇りは誇りなのだけど、現実は厳しい。国の・・・・なんていらないとおれは思う。そこはサッカーの出来上がった国においての話であって、国外のW杯で0勝のチームなら、そんな自意識はいらない。ヨハン・クライフが創り上げたトータル・サッカーの血を・超攻撃的サッカーを直に味わう・なーんて素晴らしいことでしょう。そんな中でおれもがんばってみるー!!!でいいのだ。

 ひとつだけ。得点はやっぱりFWというか前線のプレイヤーが取るべきで、なぜならそれはチームを勇気づけるから。点取り屋・というのは、ピュシスからなにか宝物を取り出す・そんな才能を持つに似て・と思
う。特別。

 アホみたいな「代表盲信サポーター」にも「どーせ0勝3敗だよ」と言うような「アンチ代表」の失態を鼻で笑う・と言う立場にも組みしたくないのね。

 W敗は自国の応援をするのが南米・欧州では当然なのだが、それは放っといても彼らは決勝トーナメントに残ることが「経験的に」明らかだからだ。大会4位を目指す・と言った「わかるようでわかんない」目標のとんちんかんチームと国民とは、意味が異なる。

 まだ「我が同胞たち」はサッカー先進国に対して「どんだけ出来るのか」、うーん・楽しみ!!!ってことでいいと思うよ。
posted by 浪速のCAETANO at 17:06| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする