2010年07月30日

で・行ってきた

 で、行ってきたのだが、試合は前半0-0でなかなか良い試合だった。思ったほどヘタでもなく、それは前の試合相手が弱過ぎたのだなとわかった。お互いうまくサイドを使うし、ショータが言うほど「退いて」もなく、一進一退の展開。

 後半3分に相手のCKで均衡が破れる。誰が入れたでもないような感じで入ってしまった。中坊ゴールだった。ショータ痛恨である。

 しかし、そこから豊津中も積極的に攻める。で相変わらず、監督の「包茎声」は響き渡っているのだが、その見た感じおっさんながら声がどーも「ムケ前」の少年の監督の声の印象はと言うと、語尾に「にゃ〜」が付いてる感じがかなり近いか・と思う。「今集中だぞにゃ〜・サイトバック上がれ上がれにゃ〜・キーパーナイスにゃ〜・やまちゃんヤマちゃんボール取ったらもっと早くにゃ〜」うん・近いと思う。

 そして豊津中ちびっこFWが左から持ち込んで決める。

 同点になって動きがかなり良くなった。しかし、決定的なチャンスはお互い2度ほどあったのだけど、ひとつはショータのファインセーヴが救い、なんとなくショータ「当たってる」感じがした。

 ラスト5分、走れないヤツがだいぶ増えて、ファールも多くなる。そして後半終わり。

 PK戦となる。キーパーの腕の見せ所だ。ショータのとーちゃん(と言ってもおれよりもだいぶ若い)がスタンドの一番前まで行ってショータに指示している。とーちゃんも元GKである。

 で、PK戦となる。先攻は山田中。一本目外す。豊津中決める。二本目・ショータ、セーヴ。豊津中も外す。三本目・ショータ、セーヴ。当たってると思ったのはウソじゃなかった。昨日一時間で帰らせた甲斐もあるってもんである。しかし、豊津中も外す。三本目までで1-0。四本目、ショータ・初めて入れられる.完全に逆だった。で豊津中外す。1-1。五本目どちらも決める。で2-2。なかなか白熱してきたわけである。六本目・この辺で決まるだろうな。おれもスタンドからショータへ気を送る。そして、・・・止めた!!!これで味方が入れたらなんと勝ちである。「ヤマちゃん・いけよ」と包茎声がする。あ・キミがやまちゃんかー・とおれはそのとき初めてわかる。で、やまちゃん、蹴る・あ・蹴りそこないかっ、あ・しかし、キーパー逆に飛んでてもどれないっ。結果コロコロPKが左隅に決まる。あらら・勝っちゃったよ・豊津中。負けた山田中はがっくりへこんでた。戦前の予想では「有利」だったからね。

 PKの勝利の瞬間はW杯も吹田市の大会も同様である。みんなでわーって感じ。ショータは後輩たちから尊敬されるだろうな。三本止めたよPK。

 とーちゃんに「よかったね」と挨拶して帰ってきた。まあいずれ負けるのだろうが接戦に勝ったのは自信になる。タクミもナイス・タックルだった。ただ攻め上がって、前が開いてるのになんでそこで打たへんかな。最後がややヘタレだった。

 彼らはゲームの中でいろんな事を学んでるな。あの包茎声の指示も的確ではある。いらんこといっぱい言ってるが。次はさらに強敵だろうが、日本チームみたいな感じでいくとこまでいけよ・と思うのだった。

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:08| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

へぼサッカーを見てくる

 うちのGKとSBのコンビ・本日準決勝であるので、これからビールと弁当でも持って見に行ってこようと思う。前回の準々決勝は4-0の圧勝で、しかし本日の相手も昨日4-0で勝ち、「おう・それじゃスペインvsドイツみたいないいゲーム・なりそうやん」とおれが言うと、「どうかなあ?」と自信なさげに答える豊津中ディフェンスだった。

 訊けば、前の練習試合で0-2で負けているらしく、こないだ見たとき、ベンチにふんぞり返って、妙に甲高い声で「こらタクミそこまで上がったら打って終わらな・そうかなあ・そうじゃないやろ・今のパスは良かったけどさっきのパスは無理やろ・どう思うオマエおれやったら一回下げるけどなあ・ていうか逆サイド詰め甘くなってるで・いやそうじゃなくてもっとサイドに追いやってさあ・おいおいあぶないあぶない・ひやー・そのラインしっかり見とけよほんとにー・やまちゃんやまちゃんそこ付く付いて付いて・あーそーきたかー・おれはそうじゃないと思ったけどなー・まあ後でな終わってからな・終わってから・・・・」と延々喋っている監督がいて、そいつが声変わりしそこなったような包茎声で耳障りでしょうがないのだが、「監督はどんな戦術って言うてた?」とショータに訊けば「前半は退いて守る」と言っていた。

 またそれかい・とおれは思ったわけで、というのはショータらのチームはスペインを1万回ぐらいずっこけさせたようなパスを繋ぐサッカーをこないだはやっていたからなのだ。背もみんなちっこいし、おーそうかそうか・とおれは目を細めていたのだったが、監督の包茎声さえなけりゃ、ビールもがんこのロースカツ弁当ももっと旨かったのだけどね。

 形勢が不利となるとやっぱそうきますか。退いて守る・というが、どれくらい意思統一とかできるのかな・と思って注目してる。こないだ見てたらCKがゴールまで届かず全部ショートコーナーみたいなままごとサッカーだったのだけど、まあ相手も中学生である。

 前回は楽勝だったのでタクミはともかくゴールの男・ショータは見せ場がなかったのだけど、今日は忙しいはずである。昨日は練習後だいぶ消耗していたので一時間で帰し、「今日に賭けろ」と言ってある。まあ負けてまた勉強とかもなかなかツライだろうが。おれも感情移入しちゃったらなかなかツライよ。そうなりそうだけどね。

 トンボ帰りだが塾のやつら用のジャスミン茶はもう湧かした。キック・オフが13:00と炎天下だが、やつらは好きなサッカーが出来て、おれはビールを飲む。こんな感じの繋がりは嫌いではないのね。


 爽やかにいこう。
posted by 浪速のCAETANO at 11:24| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月29日

8月を前に

 雨であって、しかし「うっとうしくない」のは連日の酷暑のせいだろう。ただ、明日の予報をみてみると、沖縄30℃・大阪35℃と言う。

 沖縄は「亜熱帯」で大阪は「熱帯」と言えなくもない。「人工の熱帯」。昨夜・というか今朝、店から帰る時、20秒ほどだが、豪雨に遭ったがなんだか気持ちよかった。CAUGHT IN A SHOWER.と言うぐらいだ。

 誰かが言ってたが、おれたちの子供時代と言うから40年ほど前だけど、夏はやっぱり暑かったと思うが、30℃超で「猛暑」だった気がする。それは30℃超が比較的珍しかったということだ。ということは夏に関して言うなら5℃ほど間違いなく気温は上がっている。人間の体温の平均はそんなに変わらないはずだ。当たり前だけど。やっぱりカラダに負担かかってるはずよね。

 アタマで感じる暑さ・ってのもある。65年前の「玉音放送」の場面。地面に正座する人々の服装から(タンクトップとは言わんな当時・ランニング)暑いのはわかるし蝉の声も聞こえる。あの「やるせない」暑さと現在の暑さは比較可能なのだろうか?あるいはヒロシマ・ナガサキの被爆の場面。あの別の意味で「焼けるような」暑さと現在の暑さは比較出来たりするのだろうか?

 もうすぐ八月になる。死者が還ってくる季節だ。なんとなくだが、おれたちの視線も遠いところを彷徨う。それは暑さのせいだけではないはずだ。

 ノスタルジアにも捉えられがちである。歳が歳だからそれも構わんと思うのだが、これまでのことが映画のように思える事がある。どちらかというと映画ぐらい面白かったのだけど、まだこの映画はfin.ではなくもう2章ほど残っている気もするのだけど、最大のどたばたのパートはもう終わっていて、視点はどんどん客観へと向かうはずだ。アタマの芯が冷えていってるのは自覚出来る。

現在は以前のイメージとはいささか異なるのだが、以前のイメージはなかなか強烈なのであってその変化を認識してもらうにも時間がかかる。その一方で感情が昂ると、その中には間違いなく以前の自分がいたりする。しかし、それでも「変容」しているのだった。

 歳をとる事に関して「悪くない」と思えてきてもいる。「初老」のオーラが加齢臭を伴って出まくり・なんてのはちょっと困るけど。出てたらどうしよう。だはは。ちょっと気になるのは周りの音楽家連中の「歯」がよく抜けてる事である。目はおれもダメだけど。もひとつダメな箇所もあったりしたりするが。ただ、それはおれをSAFERにしてくれてる。

 8月を前に日本人は内省的になると思うのはおれだけではないと思ってる。そんな時もないとあまりにバカ過ぎて死にたくなるはずである。ルース駐日大使がヒロシマへ参列するという。小さな一歩だとは思うが、悪くない。FAT BOYのパイロットの世代とルースの世代は違う。中国・韓国人女性を強姦していた日本兵士とおれたちの世代が異なるのと相似である。


 このへなちょこが「夏のムード」だ。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:39| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

ちょいと息継ぎ

 講習一休み。無理はしない(できない)のだ。

 今はまだ三年クラブチームが試合の真っ最中で、三年帰宅部チームと時間帯が合わない。でその他の学年とまさに「寺子屋」状態でそこら辺に散らばっている。そこんとこ・まあおもしろいとこ・ね。

 中津の中二が、社会の宿題で新聞作りが出ていて、「何をテーマにすべきか?」と訊いてきたので日本の古代のことならまあおもしろいのじゃないか・と無責任に言っていたら、三人とも「そうする」と言ってきたので、3つテーマを決めて「協力しつつ」作っている。

 一人目: 卑弥呼から古墳時代まで。
 二人目: 巳支のクーデターと藤原氏の戦略
 三人目: ザ・仏像

 なかなか面白くて、いろいろ教えている。まあ・中坊レヴェルだからそんなに詳しくとまでもいかんのだけど、ちょうど一学期・平安まで学校は進んだので、その中でもまあ事実が確定していない方が良かろう・好きな事が書けるので・と思ってる。今・時代は「過去へ」と向いてもいる事だしね。

 卑弥呼・では邪馬台国の東遷までを、おれの空想も交えまして「鬼道の女王」「鬼道の新女王」台与のことまでと、古墳の様々な形と地域分布とか。古墳と言えば前方後円墳があまりにも有名だけど、それ以外にも円墳・方墳・前方後方墳(四角に四角)から4本足のヒトデのような「四隅突出墳」なんてのまでほんとにさまざまである。

 巳支の変は、まあここはいつでもおもしろいのだけど、蘇我氏と大王家の協力体制の中のせめぎ合いのバランスが崩れた瞬間にどちらが先手を取るか・という話で、それを計画したのが鎌足であって、そしてそれまで権勢を誇った蘇我氏が一瞬のうちに崩壊し、その後釜に藤原氏が座るという見事な策略なのであって、中臣鎌子は藤原鎌足となるが中臣氏も藤原氏も存続し、それは何のため・とか入鹿と皇極女帝は出来ていたとか・そういった女性セブンも含めながら、これは結構おもしろい一面になった。

 仏像は、寺を飛鳥寺・法隆寺・東大寺に限定して、飛鳥大仏・釈迦三尊像・盧舎那仏を中心に蘇我馬子・聖徳太子・聖武天皇のそれぞれの時代背景を解説する・という感じ。

 大阪市の中学校は吹田の中学とはまた違って予算のない中、いろんな工夫をしているかもしれない。まだよくはおれもわかっとらんのだけどそんな気もする。うちには女の子しかおらんからそれもまたよくわからない。ただ、吹田ではなかったこともいろいろ経験しつつある。母子家庭の多さ・とか、「都会ならでは」の如才なさがスタンダードになってるとことか、吹田はぼーっとしとったんやなあ・全体的に・と今思う。

 さて八月のホストライヴの準備を少しずつ始めないと。やることは多い。でも初めての人たちとの共演は楽しみにしている。


 アルヴィノ・レイw/キングシスターズ。のこぎりのようなスティールGだね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:55| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

激務の後のばかオヤジ

 激務の後、店に行ったら「ばかオヤジ」がいた。そいつは、ほんまにばかオヤジで、飲めば飲むほど崩壊していき、挙げ句の果てにおれを拉致して十三まで連れて行きやがるが、行く店行く店、「出入り禁止」の客らしく、何処へ行っても断られる。おれまで、そんなんの連れ視・されるわけよね。

 やっと立ち入りが赦されたションベン横丁のスナックでも柴犬のけつ触って噛まれとった。ばかオヤジ。

 最後はいやや・言うてんのに「キャバクラ行こう・キャバクラ」という話になり、ファンダンゴの並びのキャバクラにおれを引っぱるからけつにローキックして、放置して帰ってきた。ばかオヤジ。頭突きのし過ぎでアタマいたい。

 タチの悪い酒はほんと困ったものだ。今度来やがったら、ハイキックである。ほんまに死んで頂きたい。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:51| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

終わって始まる(またこのパターン?)

 学校は本日で終わり。夏期講習は本日が始まり。

 うまいことやるなあ。殺さず生かさず・って感じですかね。もっとお忙氏はいらっしゃると思うが、本人のキャパとの関連もあり、思い通りに仕事したいですけどね。

 夏の間一日二日ぼーっとしてみたいが果たして可能かどうか。いろんな兼ね合いがユルしてくれるかどうか。ユルして・とお願いしておきたい。

 この歳になるといかに「オノレのカラダを誤摩化しながら」夏をサヴァイヴしていくか・である。今年はモノがあんまり喰えんので、そこんとこどうするか・である。ドリンクも一つ。カレーもひとつ。カレー味ってなんとか「喰おう」という気になる。豆腐も一つ。その三点セットでやっていけるのか? うーん・わからない。わからないが、一応受け付けてるものがそれであるなら見切り発車しかなかろう。あとはワインかな。白ワイン。凍る寸前まで冷やして、カルパッチョと喰っておきたい。お・5点セットになったね。良い傾向だ。

 あとはVITAMIN Cと青粒、これで7点セット。さらに良い傾向。

 最近は完全なる「フリーなオトコ」であるので、それに馴染んできてしまってよく本も読むし、音楽の事も考える。誰かにメシを作ってあげなきゃ・という義務感もなけりゃ・いつ寝ても文句一つ言われない。しばらくこの状態がよく、しかし、「復帰」できるか・ややビミョーなとこではあるが、まあそれもまた「成り行き」だろう。

 学校の後トンボ帰りで講習一日目。目が廻るが、目廻るくらいでいいのである。暑いとか寒い状態では生活が単純化する。それもまた「悪くない」。毎日同じような生活って慣性がつくとそれはそれで快感だったりするからだ。思考停止のアタマにはそれは「都合もいい」。おれの中での「大阪の南部化」であったりする。

 ではドリンクきゅーと一発キメて、アヴァランシェちゃんで行ってこようと思う。


 ロイ・ブキャナン!!!

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:55| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

殺戮の夏

 認めたくないわけである。そんなのがいるなんて。

 何かの「間違い」なのだ・と思う。そんなはずはないのだ。おれはシャワーは朝起きて買い物チャリで行って汗かき切ってからシャワーを浴びたい。

 伏線は2週間前にあった。玄関にそいつはいたのだった。夜だった。おれが玄関へと続くドアを開けると、そいつは「あ・見られた」とでも言うごとく床に放ってあった新聞の折り目に隠れたのだった。それも「頭隠して尻隠さず」というような中途ぱんつな隠れ方。こんな場合、シラフなら「きゃー」なのだけど、酔っぱらっていると「逆上」に近い精神状態となる。「逆上」は「興奮」を呼ぶ。おれはアースジェット「蚊・蠅用」をそのパワーが劣る事を自覚しながら、長い目に集中的に噴射した。「今殺す・すぐ殺す」というような噴射だった。これは効いた。

 伏線は2ヶ月前にもあった。洗面所の排水溝のそばでちっちゃいのがうろうろしていたのだ。ただ、おれもアホなのでそのちっちゃいのと、オトナが結びつかずに、でもよくよく考えるなら、最初から成体なわけはないのだよね。そのときは水で流して終わったのだけど。

 そして昨夜、UVも塗ってたし、ちょっと洗い流そうとシャワーを浴びに風呂場へ。水を流していると隅っこでごそごそ。繰り返すと、シラフではキャーだが、酔っぱらいの場合「逆上」である。「おまえ・だれのユルしをもらってそんなとこにおんねん」というような「権利関係」の話となり、これからのオノレの行為を極端に正当化する・そんなことである。しかし、弱みもある。こちらはすっぽんぽんである。例えばこちらはすっぽんぽん。そんな時に正装した妙齢のご婦人と遭遇したら、と考えて欲しい。まあそんなことはないのだけど、これは有り得る話なのだが、15分前に宅急便から「すぐ行きますー」と電話があり、早シャワーを浴びて出たところでピンホーン。そそくさとバスタオルだけ巻いて玄関を開けると、つい先日ダンナを亡くした生徒のおかんでまだ30代なんてのが、深刻な顔して立っていた。「はいはーい」と無防備にドアを開けたおれは、普通驚き、そんなときってほら、行動がフリーズするじゃない。おかんもおれもフリーズしているときに「巻」の甘かったタオルだけがパラーっと重力に従って落ちていく、午後三時の悪夢・ということも考えられる。その時、汗びっしょりの宅配便のにーちゃんが「すいませーん」とワインの函を抱えて上ってくるのであった。

 それほど、すっぽんぽんは、無防備でさらにいうなら「言い訳出来ない」ってことなのね。そんな情況・情けない情況で、そいつに出会ったわけだった。しかも逆上しているわけである。逆上のベースとなる「こっちはちゃんとしてる」というその条件なしにね。すっぽんぽんで。

 その時おれにある武器はシャワーしかなかったのであった。これ二週間前とほとんど同じ行動
で、シャワーをただひたすらヤツに当てるわけである.当ててどーするか、とにかく目の前から消えて欲しい。その事だけを念じてバタバタ苦しむヤツをとにかく排水溝に流そうと全力を傾けるわけ。約一分かかったろうか。消えていってくれた。その後約一分シャワーを流し続けたのは当然である。少しハイになっている自分を感じ。シャワーを浴びて外へ出る。すっぽんぽんはいかんのでトランクスを履き、もう一度風呂場の電気消そうとバスルームへと入った。

 何気なく、洗面所の陶器の上に置いている文庫本の束を見る。ん? えええっ・ワンモアおった。そいつは嵐山光三郎先生の「カツ丼の道2」の上にちょうど表紙の黒っぽいところを選んでカメレオンみたいに「わしなーんも見てません・なーんも知りません」というような様子で微動だにせず、いた。あいつらは、おれ思うのだけど、人間を見たら「坊さんが屁をこいた戦略」を取れ・と代々教え次がれているのだね。で・そいつも「先祖の教え」を忠実に守っているのだった。

 しかし、おれはすでに「殺人者」なのだった。ほんとに殺人者かどうか「怖くて確かめてない」のだが、できれば殺人者でありたいわけで・このばやい。で、殺人者希望のオトコは殺人者の捨て鉢なこの台詞を口にするのだった.「一人殺すも二人殺すもおんなじや」

 そして、人のうちに勝手に入りやがって「坊さんが屁をこいた」をやってるそいつが、ヒトの彼女のケツ撫でてる間男にも似て「もーユルさん」という気にさせてくれるわけだった。

 殺人も二人目になると「冷静」である。さきほどは「水流」というあまりにプリミティヴで、その結末も確かめられんような「ややヘタレ」な後の事は「見たくない聞きたくない」の南方師匠だったが、今回は冷静というより冷酷におれはなっているのだった。武器の選択も「冷酷」。キッチン・ハイターを手にもう一度部屋に入る。そして「絶対殺す」という意思は揺らがない。いや絶対「殺し切る」である。

 そいつは「坊さんが屁をこいた」戦術が「奏功している」と確信しているかのように「動かない」。「ファイヤー」とおれはジェインウェイ艦長がトゥボック少佐への命令を下す如く、自分で自分に命じる。命じられたおれは「与えられた職務を忠実にそして完璧に実行する兵士」となる。ここらへん・戦争の仕組み・がよくわかる記述であるね。

 「ファイヤー!!!」で、泡が勢い良くそいつの全身を覆う。不意を突かれたそいつは慌て、陶器の中に落ちる。さらに泡を噴射する。すると裏返る。致命傷を与える機会である。そいつが見えなくなるまで泡で全身が覆われるまで噴射する。動きが鈍くなり、そして止まる。止まったのを確認したらもう一度泡まみれにする。殺し切る・とはそういうことである。

 一仕事終わり。現場を離れる。リヴィングに戻って煙草に火をつける。ウィスキーを流し込む。しかしなかなか収まらないものである。この精神の高まりを鎮めるにはやはり女のカラダが一番である。携帯を手にし、ランダムに電話番号を検索する。ふと目についた女の名前で止め発信する。ここらは古典的ハードボイルドタッチなのだが、・・ちがうねん。もうひとつやらなければならないことがある。今のは「逃避」や逃避。

 やらなければならないこと・それは死体処理である。おれは常々思うのだが、殺人者の方々で「エラいっ」と思う事は、その処理に関してだ。ある種の「激情」のもとで殺人を犯す。そこまではまあ「ノリ」の話である。そのあと、ふと我に帰るわけで、そこから、「やっちまった感」と「罪の意識」に苛まれながら、よくできるな・と感心する。よっぽど大変でしょう・そっちの方が。バラバラにしてるヒトいるよね。その「強靭」な精神があるのなら、なんか他の凄い事で来そうなんだが。あるいはマニア・か。それならまた話は別である。

 おれにも、そーなのよ、死体処理という作業が残っていたのだった。気が重い。新聞丸めてそんなかに滑り込ませる・とか菜箸で摘む・とか箒でかき出す・とかいろいろ考えました。どれもどきどきして未遂に終わる。この「小心者」とオノレを罵倒するが、その言葉は痛いなあ・当たってるだけに。先ほどの殺し方にしても新聞でパン・すっとティッシュで摘んで便器にポイでジャーと流して終わるヤツは終わる。パン・すっ・ポイ・ジャー、5秒とかからんのよね。凄いっ!!・と思うね。そんなことが出来るヒト。おれのばやい・ここから、うじうじ君だった。「どーしよっかなー」である。ハラ決まるまではどーしようもなく、うじうじ君なのであって、しかし、「放置」が一番いかんのだ。で・ハラ決める。決めた。

 ティッシュでと思ったが、ここはトイレット・ペーパーだろうと思い直した。「多め」がポイントだ。何掴んでるかわかんないほどの多め・であって、それで一気に「すっ・ポイ・ジャー」をキメる。

 はー・一件落着。

 なんだかものすごく疲れて店にも行けず、寝たのだった。「殺し」って、もーたいへん。


 オトコのChorus。
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:17| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月23日

ヤル気なくてふつー

 うちの中三・本日吹田の準々決勝で、見に行ったろうかなと思っている。GKとCBであって、毎日ふらふらになりながら塾へとやってきている。暑過ぎるかとも思うが、この暑さではヘボサッカーがよりヘボサッカーにもなるだろうし、PKプレゼンターと異名を取るCBのタクミがヘマしはしないかとやや心配だったりする。GKのショータは毎日、リンカン・トムプソンみたいな完全にジャマイカ人のような目をしてやってくる。焼けて色は真っ黒なので「ラスタファーライ」と挨拶しそうになる。もっとも髪はドレッドであるはずがなく、角刈りだが。

 やつらは毎日ほぼ「不当」とも言えるほどの運動量と受ける熱量を強いられている。その結果がラスタの目・になるのであるが、一日ぼーっとしてるラスタ(本国の)とは使うエネルギー量が違う。おれもこんなに日本が熱帯へ近づくのならば、こんな時期に大会なくてもいいと思うし、サッカーは雨降っても出来るからもう少し前倒しして、雷雨のなか開催したら・とも思うのだが。サッカーと夏はやや酷・だ。野球なら半分休んでられるけど。

 W杯のアメリカ大会も過酷だった。ピッチの気温50℃だって。

 しかし、この暑さは尋常ではないよね。熱中症で死んでいく自分を想像出来るもん。水分が失われて、血液がたぎって・目が充血して、外も暑いが内部の方が更なる熱を持って・という感じ。あんまり良い死に方じゃないね。一夜干しの青魚のようなもんですね。

 
 本日の気候のような。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:01| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月21日

しがない店・とか言っちゃいけません

 もう亜熱帯というか熱帯であったりする。特に乾燥帯というわけでもないから、気分は「熱帯」ですね、これがまた。

 やっぱり、かつての夏より過酷になっているな・と体感する。夏によりそれを感じる。おれも汗かくのはきらいではないが、少し動くとどばー・でどんどん脱いでいく.そんな時に限って「ぴんぽーん」と誰かがやってくる。ほぼ9割・宅急便だが、生徒の母なんてことも無きにしもあらず。それは・まずい・かなり。

 環境が変化していることは間違いない。ただし、いつの時代も「変化」はしていたのだろうと思う。ちょっと有機体としてのおれたちに都合悪くなってきてるのよね。何度も言うがおれたちの「実感」にしてもほんの50年前後の話。じたばたしても、おれは「しゃーない」と思う。「お好きにどーぞ」と言うしかない。環境論者の、目・三角にして、「地球環境を・・・」とか言ってることに対しては、ほとんどココロ動かないひとりだったりする。その発想は、地球をこれまで過剰にメシのタネにしてきたことの裏返し、というか発想は同じだ。それは「わしらのチカラで地球をなんとかする」などという傲慢である。要するに「西洋的」傲慢。

 だからおれはエコ・も嫌いだ。エコ・で誰が儲けているかを考えてみたらいいと思う。電気代が安くなることと、エコはちょいとちがう。

 さっき買い物に行って、2軒目のスーパーで買ったものをビニール袋に入れていたら奇妙な貼り紙が目についた。某ローカルTV番組で某お笑い芸人が、ギョーザの食材を買いにきていただいて「感謝感激」。こんな「しがない」店にどーもありがとう・等という主旨のことが書いてあった。「ばかか・おまえにおまえにそこのおまえも」と言いたいわけである。

 たしかに「しがない」かもしらんが、この辺のスーパーとしては一番「しがない」が、そんな卑下いらんし、そして某TV番組某お笑い芸人に対してそんな持ち上げもいらんから。そんな態度がアホをチョーシ乗せるのであって、そこにはある種の「SM」のメンタリティーがある気がする。そんな「プレー」いらんしね。そんなやつが選挙行っても意味がない・と思う。苛められて嬉しいだけだもん。あ・わかった。そんな苛め方じゃなく、こっちで苛めてー・ということか。プロの「M集団」でしたか。もしそれなら「畏れ入ります」だ。

 しかし、そのう、苛められることを「許容」するムードが大勢を占めるのは、そんなのヤだ・って思う人間たちにはフラストレーションが募るよね。それが「加藤くんたち」となるわけで、だからおれはそんな事件の根拠を個人的なものに帰結させるべきではないと思ってる。

 日本人の「事を敢えて荒立てない」という・これはいい特色だと思うが、しかし、そんなかつてはよろしかった民族のパーソナリティは、ところどころで破綻し爆発するようになってきた。やっぱりそこにもグローバル化が影響してるとおれは思う。

 ガス抜きとしてのお笑いがなんかもうワークしてないような気がしてる。それはお笑いがなんだかエスタブリッシュメントになってしまってるからだ・と思う。セレブなお笑い芸人という内部矛盾を抱えながら仕事をするのは大変だとも思う。それを目指すワカモノの芸人にも「憐れみ」の視線・である。

 コドモからおばはんまで今、日本人は人間「卑しく」なっているから、「なんでも売れればエヴリシングOK」とされているが、そんなことではいかんのよ。いや・まぢで。それをひゃーひゃー言ってる中間にいるギョーカイのばかたちがまたこれが手に負えんわけで、その人々は要は自分で何も生み出せないコンプレックスをひゃーひゃー言う対象に投影しているだけなので、まあ最もカスな人々とも言えようか。ご愁傷さま。

 お笑いはもうちょっとしばらくきびしいのでは・と思ってる。今、そんなとこまで・みたいに笑うとこを「えぐって」笑いにしているが、笑うとこなくなるでしょ・そのうちに。まあ・それでも資本主義の世はなかなか巧妙で、かつては買ったブランドがそのヒトの表現だったが、好きな芸人・がそのヒトの表現みたいなことにしてどこまでも延命を図るのだろうけど、今まさにそんな感じ。それはまさに表現でしょ。おれも音楽は「好き」のレヴェルは超えているが、それはそのジャンルすべてに愛情があってみたいな話で、だから「ダレダレを好き」なんて話はなかなかできない。いっぱいあり過ぎて。クイーンが嫌い・オアシス好きなヤツは今すぐ死ね・という話は出来る。「誰々がスキ」とは・だからそのヒトの「表現」なのね。いつでも逃げれるように腰は常に浮いてます。

 地球環境とかよりも人の関わりの深いおれたちの精神環境をなんとかしたいわけである。「業務用スーパー」だからと言って、そんなに「へりくだるなよ」と言いたい。


 気分は「南部」
 
posted by 浪速のCAETANO at 12:02| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月20日

ほんとにばかでした

 ずるっとすべった一日だった。学校を出て何となく「焼肉か鰻」と思いながら、直射日光/熱波の中チャリで走るのだが、直射日光は帽子により遮られ、熱波は走ってると風か中和する。ただ、止まると熱波が、「あ・やっぱりそこにいたのね」とカラダに沿って10cmほどの厚みのウエットスーツ状となっておれを包んでいる。だから走る。走るとウエットスーツは拡散する。拡散するが止まるとどこからともなく出現する。だから走る。走るとどっかいく。が、止まると現れる。それは困る。だから走る。走ると快適。要は走ってないと快適ではない・というわけで、おれはサメかカンペーちゃんなのだった。

 長堀から上町台地を横断して鶴橋へでるが、そこでいきなり「焼肉」いっとけばよかったのだが、もうちょいとカロリー消費してから、あるいはもう少しビールおいしくなってから・と欲・が出、鶴橋の商店街を南に突っ切り井飼野コリアンタウンを抜け、東へ走ると今里新地で、中を縦横に走ってるうちに「焼肉」は顔に当たる風とともに消滅して行き、新たに「寿司」というアイディアも浮かんでくるのだった。そんな中布施の居酒屋を思い出し、そう言えば「あそこも」ちゃんとした刺身から串カツまであったなあということを思い出し、俄然ペダルをこぐ足にもチカラが籠る・というわけだった。

 布施の南・四条通からアーケードに入れば、アーケード全体が「ひえひえ」でかなりの快適を体感し、今・ここ・にその居酒屋はないかなあ・と思うが、一旦アーケードを出て近鉄越えないといけないのね。で、近鉄越えるが、なんでやねん。「おやすみ」である。そーかー、祝日だもんなあ・本日。もう何軒かは、ま・いいかな・と思える店はあるのだが、なんとも献立に個性がない。ふつうであって、今日はまだ昼間だし、なんといっても始まりが「焼肉か鰻」であるので、いささか何でもオッケー居酒屋なら・という心境には今はならず、えっ・じゃあ、なんで布施まで来たのよ、その居酒屋にアタマ支配されとったくせに・そん時は。と突然現れる、久々の右ナナメ前方45度のオトコに対して、「いや・その・・・」と口ごもるおれではあったが、それは時系列的に解説するなら昼のコリアンタウン〜今里新地へと続いた「非日常」の匂いの成せるワザであったとしか言いようもない。久々の右ナナメ前方45度のオトコには早々にお引き取りいただいて、今度は北進して高井田まで出、西へと戻るわけだった。鰻も祝日には旗色悪いよな。

 なが〜い・なが〜い「神路商店街」を抜ける。なが〜いのよ・ほんとに、知ってた? なが〜い・だけではなくしぶ〜いのだけど。しぶさは中津商店街に近い。しかし、なが〜いのである。そのながさはほとんど意味のない長さに思えた。なんか「わけあり」な長さだと直観する。

 そこから玉造へで、南下し鶴橋へ戻る。で、結局アジヨシの焼肉定食プラスミノテッチャン・というところに落ち着く。無駄にはしりまわっとるなあ・おれ。

 おかげで二の腕から下が真っ赤っかに焼けてしまった。

 一旦家に戻り、T瀬に松原旅行企画のライヴにおまえは行くのか・とメールすると、うーんチョっと体調がイマイチ・という返事が帰ってくる。身の程知らずな昼メシ喰うからや・とも思ったが、少し立つと・回復してきましたとメールがある。じゃ・行こか・という話になり堺筋本町までまたちゃりで向かう。松原さんには次のホストライヴでいろいろこき使う予定なので、レコ発ということもあり、行く。「なに・こんなとこでアブラ売ってるんすか」と本人に言われるが、こき使いとバーターでよろしく・である。でもCDは流れてたけどよく出来てました。T瀬に買わせる。

 腕が真っ赤っかでひりひり、よってこれからダイコクへ行ってこようと思う。


 今年の夏はコーラス・ハーモニーで涼しく・と目論む。
posted by 浪速のCAETANO at 10:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

早くも33℃

 ひゃー・早くもアツいね。東向きの部屋だった。クーラーのないPC部屋の温度は33℃。湿度は40%弱でそこが「救い」。

 いやー昨日は久しぶりに寝た。「ヒルネ」「夕寝」「本格寝」と三度寝しちゃった。やっとカラダと気持ちの疲れのピークが一致したって感じだった。一日朦朧としてたもん。まあ、休めるのも束の間・これから一ヶ月またハードなので、それも「全然良し」だった。

 昨日今日とお店は連休で、スタッフたちも各自ゆっくり休んでくれればと思う。まあTODO O MUNDOは激忙・というのは、まあないが、そこでやってる責任を全うするには無駄に疲れているのは良くないし、あんまりおれもこの一ヶ月は助けてあげられない。だから。

 本日、おれは学校が何故かあり、その後tutorのおかんとの進路相談。まあ休みであるから路は空いてるし、帽子にガテンタオルでアヴァランシェちゃんで行って帰りに、鰻か焼肉でもと考えている。昨日よく寝たからかもしれないが、気分は「スタミナ方面」へと向かうのだった。不思議。

 人が「いきりたってない」というだけで、気分は穏やかになる。カナリヤだ。

 よく寝たのだが、やっぱりと言うべきか何と言うべきかよくわからんが、早起きしてしまって、起き抜けにTVをつけたらNHKでテレビ体操をやっているから思わずおれもやってしまう。おじいさんおばあさん用の体操(まあ馴染みあり)がなかなか割と好きで、立てないおじいさんおばあさんのためにも座ったおねえさんがややアレンジした体操を同時にするのだが、うーん・この評価がなかなかムヅカしい・って評価が必要か? という意見もあるが、なんか手とかミョーに縮こまってたりして複雑な気分になる。しかし、体操のおねえさんはおれはかつて大好きだったのだが、ちょっと最近「質が落ちた」ね。以前のグレードにぜひ戻していただきたい。

 そのおじいさん体操の後、続いてラジオ体操第一が始まる。おれは素直なので続けて付き合う。まあしかし一日のウォームアップとしては「過不足ない」エクササイズではある。しかし、おねえさんの質・戻していただきたい。お願いしたい。おれの好みは「アンドロイド」みたいなおねえさんです。最近どうも生々しい・と苦言を呈しておくのである。ブレードランナー世代なので(関係あるのかそれ)。

 いやー・暑くなってきた。なんとか一日SURVIVEできますよーに。では、行ってきます・小商い小商い。


 牧師作。非常に歌詞はキリスト教的である。右の頬をぶたれたら左を・みたいな。珍しい人ヴァージョンで。
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 09:20| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月18日

次から次へ

 演歌ボッサナイト・いかがでしたか? 昨日も一般のお客がいる変な情況だったけど、なんかやれてたね。あーいうの面白い。ならでは・って感じ。「でぶ率」も高かったが、まだまだ詰め込める・と思った。次は9月かな。また来てくださいね。

 「アブラハム渓谷」「階段通りの人々」のマノエル・デ・オリヴェイラ監督の「コロンブス」を見た。淡々とした映画だった。オリヴェイラ夫妻が後半は自ら主演し、なにしろ100才である。しかし、身軽だし、クルマは運転するし、なんか「すごいおじいさん(おばあさんも)」だった。それが一番びっくり。最近見た「イングロリアス・バスターズ」も久しぶりだったが、それからも久しぶり。しかし、実はちゃりでちゃっと行ける場所に住んでいるのだよな。ガーデンもスカイビルも。ホクテン座も。ピカデリーだって。

 気が向けば行こう。そろそろそんな気にもなるのではないか。

 夏の講習の予定を立てなきゃなんないのだが、うーん・迷う。昨日は祇園祭の本番だったが、豊津時代のことを考えると、天神祭の花火を夏期講習の三年生が終わり、二年生とか高校生とかと南向きの窓から見ていた。去年はなんだかすべてに余裕がなく、その割りにヒマだったから、何をするでもなく、ただ店で飲んでた気がしてる。その頃から淀川の花火までが「夏本番」という気がしてる。まだ夏休みもたっぷり残っていて、宿題が大変といっても余裕こいていられる。夏休みに関して言うとどうもそんな「コドモ目線」が治らないのは、コドモとの付き合い故かとも思うが、しかしどうもオトナの側からの視線が持てないままだ。職業環境だろうか。だろう。

 しかし、最近のコドモは大変と言っても良かろうと思う。ある娘などは11時から図書館へ行き、そのあと英語塾へ、そして6時頃からうちの塾へ・とそんなスケジュールである。そんな勉強せんでええのに・と思わず言ってしまうのだが、中学受験を経験したコドモというのはある種そんな日常を送ることが最も慣れ親しんだやり方みたいで、要は習慣化している。親の側も、勉強さえさせとけば家でゴロゴロしないし、めんどくさいことからも解放されてそちらにも都合がいい・とそのおかんが言っていた。うーん・って感じ。

 中学受験、これが難しい。受験した子はそれなりに能力が「開発」されていて、それなりの優越感みたいなものを持っているのだが、それでもしかし、入った先での競争もあり、その優越感と劣等感は裏表の関係にある。勝ち続けるのはW杯と同じで一カ国(一握り)だけ。それで余計におかんはケツ叩く・ということとなる。うーん・どうなのかなあ。そんな環境にいる子は「挫折」の頻度が一般より高いと思う。そのケツ叩かれるのが日常化している子が躓いたときになんとかしてあげれる塾というのはそうないのでは・と思っている。さらにケツ叩いて追いつかせるという方法はもはや取れないのに、一般の塾はそんな方法を取るか、劣等感を確認させて、そこから「ダメ男・ダメ女」としての再生を図るか、どちらもうさんくさいのね。「産業」だから。なんかもっと普通に「勉強をおしえ」られんか・とは常々思っている。教えてもらいに行った先のオトナがアホでした・という笑えん情況があったりする。おれんち来たらいいのに・とは思うが、大阪全土の家庭に折り込み広告捲くほどの資金力はおれにはない・残念ながら。

 まあこれも偶然の出合いであるから、運を天におまかせするしかないみたいである。基本来るものは拒まずなので。何かに特化することの全体性の欠如とは最もおれは忌み嫌うところだったりする。

 それにしても本日アツさ・キてます。クーラーが嫌いなので極力扇風機頼りである。「床」とか行きたくなる。あの自然の涼しさは「値打ち」だ。毎年のように行っていた時代が懐かしい。こないだのライヴがマイナス3℃なら床は自然のマイナス5℃である。うーん・かなわない。

 いや・夏期講習の予定や・予定。早く決めて。今日中ね。明日香も行かないといかんから、うまいスケジュールにてそこんとこよろしく。


 時間はタイト。
posted by 浪速のCAETANO at 12:23| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

演歌ボッサナイト

 本日用の夏カレーを作っていたらアセまみれ。いやー・まいったまいった。でも旨いのができてます。そして予想/予定通り「梅雨は明ける」。では梅雨明け記念いっとこうかー。

 
今夜「CAORINHO 藤原の演歌BOSSA NITE」です。


 20:00より2stg。投げ銭制です。もう知ってるよね。カオルちゃんのアジな歌とギターのハイパー・テクをお楽しみに。連れ(キング・浪速のカエターノ)・弟子(ボッサ姫)も臨戦態勢で飲んでます。本日は幸か不幸か先週みたくご予約なしなので、真ん中の部屋でだらけても聴けます。

 
では「CU@TODO O MUNDO!!!」



 そして、ここからは個人的/業務連絡です。monile1780@mac.comのアドレスが不安定で受信便秘を起こしておりますので、メールは「monile9@gmail.com」の方へ御願いいたします。
posted by 浪速のCAETANO at 14:27| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月16日

アタマ・イんでしまう季節に向けて

 梅雨は大阪は明けたはずだ。夏の間、日本は「思考停止」となる。大体思考停止傾向の人たちだが、この亜熱帯化はさらに思考の初動を遅らす。始動したとしても、そこから「展開」するには空気がアツ過ぎる。だから人は「ぱー」になるのだが、おれも人のことは言えんので、本格的ぱー・となる前に考えておきたいことがある。

 みなさん、選挙行きましたか? おれは行きませんでした。というか手違いか何かで選挙用紙が来なかった。だから不可抗力で行けなかったのだけど、今回は行く気がしなかった。何故か?

 民主党・自民党ともに「消費税率UP」を謳っていたことがひとつ。この二党の中では選択の余地がない。

 そしてもう一つ。今・政治に参加(投票)して、失望することは「ビョーキ」になる気がして、距離を置いた。

 失望が最初からわかってる選挙だった。そして、予想通りの結果になった。それは民主党が負けた・ということではなく、そんなことは最初からわかっていて、そうではなく、新自由主義から距離を置くマイナー政党がさらにミクロ化・ナノ化するはずだと思っていたからだ。マイナー政党とは自民の崩壊から生まれた「たちあがれ」とかマスゾエとかの政党ではないよ。あれは間違いなく自民と民主右派の亜流で、そっちじゃなく、おれが言うのは国民新党・社民党・共産党の三党のことだ。与党にならなくともそちらの相対的地位が上がらないことには、この国は「新自由主義へ一直線」となる。今回の選挙で何がはっきりしてしまったか・というと、選択肢は民主と自民の間にしかないということだった。地方で一人区で自民が勝ったのも去年の衆院選の振り子が逆に揺れただけのこと。

 「ほんとにアンタも好きねえ」と思うのだ。日本人のことですけど、一色に染まるのが「好きねえ」ということ。多様化なんてのは言葉だけの話で「全体主義」なのね、結局は。新自由主義をここまで進化させておいてからの全体主義ってのはきついです。

 国民新党には、その主要な政策である財政出動はかつての自民党である的なレッテルが貼られ、しかし、現在の供給が多過ぎて需要が少ないという受給ギャップ・ここんとこが原因でデフレになってる。

 もっと簡単に言うと、メシ喰いに行こうという人が少なく、お店だけが多いとなると、お店は値段下げなきゃいかんでしょ。これが日本のデフレの現状なので。メシ喰いに行こうという人が増えてお店の数より多くなればお店も強気になれる。それで値段をもとに戻せる。

 メシ喰いに行こうという人にお金を与える・と言っても国民給付金だっけ、あんなショボイ額ではダメで一人100万ぐらいの給付をするわけよ。100兆円要る。アホか・と思われるかもしれないが、年間予算が一年分さらに赤字になるだけであって、そもそも自力で回復しそうにない経済を回すには一か八かやってみたらいいのにと思う。そんなぐらいのカンフル剤が要る。

 その100万円で救われる人は大変多いと思う。人心も安定する。そのかわり、みなさんがんばってやりましょう。ワタシたちも頑張ります・と政府は宣言をする。オバマぐらいの演説を「管ちゃん」がする。無理かもしれないけど。そんなもの意味がないと多くの人は言うだろう。そんなことしても無駄遣いするだけだ・と。しかしね、その無駄遣いで経済は廻るのよ。今は全然廻らない。あのさ、初動が最もパワーが要るのよね。廻り出したら後は慣性が進めてくれる。あのさ、日本は世界の実験場なのだから、このままシュリンクしていくくらいなら、ケインズにもう一度賭けてみるのもいいのでは。そんなことをもっともやってくれそうな国民新党には票入らず。

 小泉が出てきてから「自民党」は旧い・の代名詞化したけど、それは自民党内の「新自由主義・アメリカ盲従主義者」たちの口車に乗せられただけで、昔の自民党はなかなかうまくやっていた。100兆円ぐらいアメリカ国債売り払えばぜんぜんなんとかなる。お金返してもらおうよ。

 社民・共産には「社会主義」ってのが「選択の対象」から外されて行ってるという現実がある。でも間違っちゃいかんのは、この日本でスターリンや毛沢東の社会主義が成り立つわけないのだ。おれたちはアメリカの現状を「そうかそうか・ひどいよね」と眺めてるうちに自分たちもそうなってしまった「マヌケ」である。

 だから資本主義はいいのだけどその枠内で「社会主義的」な政策を取り入れないことには、経済格差はさらに広がってしまう。メディアは社会主義をそれこそスターリンや金正日に重ね合わせて、そこんとこみんなに「現実的」には考えさせないように考えさせないようにしているが、ヨーロッパの伝統国はそんなミクスチュアで政策を成り立たせている。最近のギリシアやらの破綻も元はと言えばリーマンである。アメリカの中のボケがいらんことするから、つまり新自由主義者の大失敗がその原因である。この時代に「平等」を志向することが「何が悪い」。そのバランスが大切なわけで、かつての日本は「社会主義」みたいな国だったのだからね。みんな知らんだけである。60年代・70年代ね。もっとも幸せな時代である。高度経済成長の時代。

 遠い眼をしてみなさん振り返る・と思うが、「高度経済成長」さえも実は「可能」だったりする。今現在の中国の成長は年8%ぐらいだが、みなさん驚かないで、そのうちの7%は「公共投資」なんだよ。国がお金を出してるって意味よ。だから高度経済成長とは「可能」なのね。国が需給ギャップを解消するために必要な道路(まだたくさんある)を造るわけよ・たとえば。仕事があれば経済は必ず廻る。廻れば税収もアップする。今の国は店の掃除もせず、仕入れも抑えて、そのくせ「売り上げ上がらんなー」と言ってるバカ店主・とおなじである。仕分け人を英雄視してるだけではその効果も含めてどちらもショボい。

 日本人はもうバカメディアにほんとにヤラレてしまってるから、そしてなかなかそこから脱皮できないけど、アタマ・イんでる「非論理的」なこの夏の間に「夢」みたいなことなら考えられるかもしらんなあ・とか思ったりしてる。旗色は確かに悪いんだけどね。アホならではの考えは一回りするとカシコイ・かもしれない。
 

 うー・面白い。
posted by 浪速のCAETANO at 13:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月15日

もう明けるよ・だからね

 天気図を見る限り、梅雨は明けつつあり、もう大雨も降らない。最後っ屁こき尽くした・ということ。

 さあ・本格的夏が来るよー。スパークリング飲もうねー。夏はスパークリングなんだよー。カルパッチョでね。

 さて、梅雨明け記念、今週末は盟友カオリーニョ藤原がご来店です。キング堀内ボッサ姫Yuumiもゲストです。浪速のカエターノも基本静かに飲んでますがなんかやれといわれれば、やぶさかではないと思われます。「投げ銭システム」ですから、チャリーンでもバサッ(札のばやい)でもよろしいですが、特製カンカンの中に投げ入れるという姿勢がたいへん大事かと思われます。一種の「富の再分配」の手っ取り早い実践ですね。無形の歌とギターにどんな値段がつくかというのは実は難しい問題で、ある場合は「言い値」ある場合は新自由主義的商品価値の中に埋もれてしまって値段がつかない・そんなことも考えられます。おれたち演り手としてはまあ「一生懸命」ヤル・ぐらいしか出来ないんだよね。そこには「幻想」も必要でしょう。カオリーニョ藤原、張り切ってやっていただきましょう。久々の共作も披露していただきましょう。

 先週に続いての二週連続ですが、先週のクァジプラグドで実験済みですから、少し電気つかってやってみます。

 大体19:30とか20:00ぐらいから始まると思われます。@TODO O MUNDO

 で、ふとカレンダーなど見てみると、連休でしたね。自分が19日仕事だったから全く気付きませんでした。そいじゃみなさん・どっかーんときてください。
posted by 浪速のCAETANO at 15:15| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月14日

あの時・見た

 一日休めるのは何日ぶりだろう・と調べてみたら24日ぶりだった。長かったはずよね。疲れた。

 今日は10時まで寝て、ゆっくりブランチ。電気ガス電話代を支払いに行ってタバコ屋を廻っていたら「凄い雨」に降られた。一瞬のことながらズブ濡れ。そんな目によく遭ってるな。まあしかし、可愛いものであるこんなの。

 実家に電話すると「おそろしいぐらいの雨」が降ってるとオフクロが言う。梅雨の最後っ屁・毎年こんな感じだ。今夜から明日は大阪も豪雨だろう。まさに最後っ屁。そして週末には「梅雨明け」となるはずだ。

 外に出るにも今日は二の足を踏む。本を読んで、溜めていたサンデル先生の「授業」を聴き、また本を読む。何度見てもサンデル先生がデータ少佐((ブレント・スパイナー))に見えてしょうがないのだが、トレッキーだからしょうがないのだった。

 17・8年前になるが、富士通カリビアン・カーニヴァルに「日本代表」で92・93年と出たのだが、あれは92年だったかな。服部緑地で、対バンはジョニー・パチェーコ(from NYC)ニューヨーク・サルサの大御所とミリー・ジョセリーンe ロス ベシーノス(fromドミニカ共和国)当時一番勢いのあったメレンゲ・バンドだった。すごいでしょ。それとSONNA BANANA。もちろんカオリーニョもキタバヤシもトモノもシーラもイワサキもホンヂもミルクマンもいた。その日は梅雨が明けるかなあ・どうかなあ・といったビミョーな日で、朝方は曇ってた。前日はしとしと雨。そんな中演奏が始まり、中盤から後半、「HACKER 1/2」というギンギンのガンガンのハード・ソカの曲をやってる時に「あ・「今」梅雨明けた!!!」という瞬間があったのね。「夏」が人格をもって目の前に現れた・そんな感じだった。ライヴも当時のライヴというのは「完全燃焼」だったし、そんな大きいステージだったから気合いも入っていて、さらに夏直前の野外で湿度ほぼ100%というそんな環境だったこともあって、汗は死ぬほど流れ、眼に入り、みたいないくら水飲んでも、どんどん水分が出て行く「干物になるー」な情況ね。ほとんど理性もなくなり、ただ音楽的な「アタマ」だけで演ってる・というそんな中、その「夏の人格」がふーっと目の前に現れたわけ。

 客席が突然明るくなり、空気の水分がとんでしまったかのような風がひゅっと吹き、もうそれは演奏が始まったときの環境とは全然違うわけ。あのさ、ステージで一番体力使うのはなんといってもヴォーカリスト・ドラマー・パーカッショニスト・ダンサーというそんなドカチン系のパートなのであって、ギター・ベースってそんなに疲れないのね。ラッパ隊も休めるときもあるしね。で、きっとそのドカチンには脳内物質もたくさん出るんでしょう。で、後でシーラに「な・夏さっき来たよな」と確認すると「ワタシも見たよ」と言うておりました。

 ちょうど18年前の今日この頃。あの頃は「幸せ」だったなあ。その翌日、フィアット・パンダの代車で来てた「ランチア・テーマ」に乗って岡山鳥取の旅へ中国道をライヴ・テープ聴きながらぶっとばした。テーマ・速い速い。温泉とらくだと海を満喫だった。期末テスト後・夏期講習前という絶妙な時期にカリビアン・カーニヴァルがあったわけよね。そんなライヴだったら試験中でも出るけどね。

 まだ阪神淡路前でオウム事件も表面化せず、バブルは弾けたとは言え、その実害は全国津々浦々までは及んでいなかった。それなりにみんな生きていけてた。もっと「ぽやー」とみなさん生きていた。狙っちゃってるヒトも少なかった。無自覚な可愛いオンナもたくさんいた。それは90年代のことだけど、まだ良かったのね。おじさんのよく言う「昔は良かった」じゃあなくって「今が悪過ぎる」。日本人はこの20年で「変容」してしまった。それを比較出来ないワカモノは「これ」が現実と思うしかないだろうが、そうじゃないのよ。いや・ほんと。20年前なんて国の借金もほとんどなかったんだから。それだけの借金はどこへ消えたか? アメリカと今現在の「富裕層」と言われるやつらの懐だったりする。

 日本人は「自覚的」になった分、自分のアタマでモノを考えなくなっちゃったし、その間の「アホの大量生産」によって「アホのヒトたちの需要」で経済を回すクセがついてしまう。これはもうどうしようもないような気がする。今・ヒトが「気付く」こと・を商売にしている人が学者から料理研究家まで多く存在するが、それは無意識を意識化することにも似て、しかし、それがもう自己組織化してしまってるとなると、「かわいい」やつがどんどん減って行く。かわいくないやつがどんどん増えて行く。知識・それも「オノレが得する・と思われるような知識」だけをみなさんが蓄えていった先に何があるんだろう? とおれだけではないと思うが・心配になる。


 巷ではこんな感じだった。
posted by 浪速のCAETANO at 18:25| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

知りませんでした

 W杯が終わり、期末試験も終わり、その間に店ライヴも挟みつつ、忙しい日々だった。かように「津波」は同時に押し寄せ、一気に退いていく。後にはただ風か吹いているだけ。

 「フヌケ」る一日だが、しぶーい用事でかつての我が街・豊津へ。対人的シブい用事は、ハラ決まるまではうじうじ君ながら、決まっちゃったら行動はおれは速い。そのご「便利」な豊津で100均攻撃。要るものを買う。ジャンプ傘があったので、杖代わりにして店内を見回る。十七アイテムほど買って、クルマへ戻るが。ん? となる。杖ついたままだった。そのまま出てきてた。

 なんとまあ・堂々とした「万引き」。

 おかしくなったが、ま・ええか・で終わる。

 せっかく北摂へ来たので、緑の中少し走ろうと、8vを転がす。北摂のいいところはなんといっても緑が多い。本日小雨。緑は更なる濃さで迫ってくる。「充実」という感じだ。よく行っていた某公園のベンチでお弁当と第三のビール。小雨がいい感じだった。かつての花火スポットでもあり、デートスポットでもありカー●ックススポットでもある。しょうがないくらいにビンビンだった頃の話だが、あの元気は今どちらへ?

 だはは、病気から「快復」しつつある・ということだね。恋もセックスも「ビョーキ」であった。いやほんとです。そのビョーキにほぼ物心ついたときからつい最近まで罹っていた・ということだった。ビョーキの時期があまりに長いと、ヒトは悟り「ビョーキと共に」生きていこう・とする。しかし、時に病原菌の「暴走」が起こり、他人を多数巻き込み、とても大切なものを失う。失って初めてそれはわかる。まあ「アホ」に満ち溢れた50うん年なのだったが、みなさんの広いココロによって「赦され」ているわけである。ども・しーましぇん。

 帰りに「最強のスーパー南千里ジャスコに寄る。いや、ホームセンターよりこちら・かな。おれにとっては。おれぐらいのやつには品揃えバッチリで、何から何まである。売り場も広くほんとに素晴らしい。南千里の人いいなあ。チョーシ乗って箕面まで・・・とも思ったが、塾は普通にあったのだった。で・帰る。

 この数日間は「梅雨らしい」雨/曇りだ。そんなこともないとなあ。まあそんな呑気を言ってられるのも、豪雨から遠く離れて・だからなのだが、降雨量の偏在は富の偏在同様困ったことだ。土石流なんてとんでもない。かつてR168が崩壊したが、たぶんまだ全回復には至っとらんと思うが、たまたまカメラに映った絵は凄まじかった。なんだか、逆行するみたいだが、日本のインフラってまだ完璧に整備されてないんじゃないか・と思う。無駄を削るのは良いが、その使い道までディスクローズしてくれないと、別の無駄に使われたとしたらそれこそ「無意味」である。またまた国会が捻れ、法案が通らない情況だ。政治は党のためじゃなく・国民のため・と、もう一度確認していただきたい。「仕事」として選挙でてる輩も多いでしょう。タレントやスポーツ選手が一体何が出来るというのだ。みんなってわけではないが、卑しさが前面に出てる。知名度ってなんなのさ・と思う。参議院だからっていいってわけではない。

 彼らが中途ぱんつな「落ち目の知名度」ゆえ、ぽろぽろ落ちていったのは、ざまあみろ・だったりする。しかし、政治屋さんが通っても意味ないがね。しかし、喜納さん落ちちゃったね。民主党の上部に恨みコツヅイだろうなあ。


 HIGHLY HUMID IN THEIR SOUNDS & VOICES
posted by 浪速のCAETANO at 16:28| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

ナイス・ゲーム!!!

 いまだ興奮醒めやらぬ・なナイス・ゲームだった。タコくんまたまた大当たり。

 どっちに転んでもおかしくなかったけれど、オランダはロッベンの2度のカシージャスとの一対一の失敗が惜しかったね。あれはカシージャスが凄かった。ということもあり、イニエスタとのブサイク対決はロッベンの勝ち。そのイニエスタ、途中出場のセスクからのパスを見事に決めてオトコ前が上がる。デルポスケ采配も見事だった。いらちなレフェリーのおかげでイエロー・レッド飛び交う展開だったが、試合自体はそんなに「荒れた」印象はなかった。

 しかし、あの闘いは延長まで見たかった。かなってよかった。点の予感が本編の後半ぐらいからずっとあったからね。スペインが攻める際はぎゅっとコムパクトになりオランダの攻めではワイドに広がる。それぞれの「戦術」が浮き沈みはあったものの・最後まで機能していたことが先の印象を強めた・という気がする。

 2008ユーロの際の輝きはなかったスペインだけど、それは研究されていたこともあり、そんな中でも、ひとつひとつ大事に勝っていった。初戦負けたチームが優勝するのは初めてのことだ。大勝がなかったことも最後まで締まっていた理由だろう。

 スペインはカタルーニャ(バルセロナがある)やバスク地方など、独自色が強く、独立運動さえも存在するくらいマドリードのある中・西部と「スペイン」と括られることに違和感がある。しかもスペイン代表はほぼ「バルセロナ」のメンツだったりした。そんなダブル・バインドなたとえばカタルーニャ人の心境にも変化があって、さすがにそこはW杯なのだが、一体感が強まって、独立を志向する「自治政府」がちょっと「困っている」と言う。ネイション・ステートの矛盾を抱えてた・はずが変に求心力ができちゃったみたいなことで、なんだか興味深いことである。だってバルサ・サポーターはこれまでスペイン代表に対して「て・言うか、それがどーした?」だったわけで。

 ナショナル・チームのおもしろさ・とはある意味「急ごしらえ」なところで、南米のチームとかが強かったりするのは欧米のような確実な「近代化」がいまだ道半ばみたいな現実があって、ナショナル・チームに重心がかかるからだと思う。ところがヨーロッパはなかなかそれがうまくいかない。「ユーロ」が存在する今ならなおさらだ。その点スペインはほぼ「バルサ」という強みはあった。国内リーグの充実はやっぱり大きいね。

 どのチームも「相手の良さを殺す」ことをまず第一に考える中、2008のような派手さはなかったが、それでも「楽しく美しい」サッカーはスペインのゲームのあちこちで見ることが出来た。これからはそんな攻撃型サッカーと退いてから攻めるサッカー、つまり「クライフ」と「モウリーニョ」という思想の闘いになると思う。どんな分野でも何年かに一度は「最終決戦」なモードになるのだけど、どうもそんな感じである。その決戦はリーガ・エスパニョーラに於いて、バルセロナvsレアル・マドリードという闘いに代表される・と思う。フォルランもアスレチコ・マドリードにいるし、もう完全にサッカーは「in SPAIN」だなあ。

 本日、NHKで見ていたが解説の「山本」、またまたうっとうしい。バカの一つ覚え・なにが「勝者のメンタリティ」なのよ。キミみたいなのが、日本のユースの監督をつい最近までしていたことに「おえー」である。今すぐ「死んでいただきたい」

 良い事のウラには悪いこともある。民主党が負けて、それは当然なのだが、「大連立相手」の自民党が増えて、民+自が92→96となってしまった。みんなの党も0→10である。もう小沢くん、亀井ちゃんと合体で新党しかないだろうね。「現代に於ける社会主義政党」を作るしかないのでは? 雑に言うならだけど。しかし、みなさんの消費税に対するYES or NOは今回の結果じゃよくわからんね。一体どっちなんでしょう。パウルに訊く?


 ヴィヴァ・カタルーニャ。

 

 
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2010年07月11日

そろそろ終わり

 クォジプラグド・ウマくいった。打楽器なけりゃやれるね。きっと打楽器もお皿とかグラスだったらオッケーだね。

 実はあの後・第三部というのがあって、「南部特集」でした。楽しかった。音楽というのはあまりにもおれの中では「細分化」されていて、現実問題としてハコの大きさで大きく二つに分かれるけれど、その分かれた後、「今回はやめとこ」と思ったヤツが復活してきたりする。演奏したい曲はもう無限にあって、そんな場としての自分の店は貴重だ。

 昨夜は珍しく予約が入っていて、まあ事故みたいに、奥のお客さんにもお聴かせすることになったが、「良い事故」ってことで。

 またやりましょう。今回予約がはいっていたこともあり、定員が僅かでしたが、次回は奥まで解放してね。

 さて、W杯もファイナルを残すのみ。三位決定戦は残念ながら見れてないが、フォルランまたボレーで決めたみたいである。彼・ほとんどロベルト・バッジォだね。大会MVPはオランダかスペインか、それもヴィジャかシュナイデルの・点決めた方が取ると思うが、おれの中では断然フォルランだ。脂の乗り切った31才。そう言ってもT瀬よりも若いという現実はおれの「世界」を見る目をやや混乱させてしまう。どーゆーこっちゃ・みたいに。

 ヨハン・クライフを先輩にもつオランダだが、そのクライフはバルサの監督になり、クライフイズムはむしろスペインの方に根強く残る。かつて「美しくないサッカーで勝つことは意味がない」とまで言ったクライフの言葉の実現が初めて為されようとしている。それも母国相手に。その瞬間が近づいているが、タコくんもそう予言している。是非延長戦までもつれてほしい。PKは勘弁して・ながら。

 ヴィジャとシュナイデルどちらが得点王になるか・とか中盤のシャビ・イニエスタとデヨングの攻防・とか、ロッベンとイニエスタどちらが「ブサイクさ」を忘れさせてくれるか(忘れさせてくれた方がいいプレーをしてる)・等、興味は尽きない。

 この2チーム初め、決勝Tを残った各チーム、それぞれ良いチームだった。そして残らなかったフランスやイタリア、栄枯必衰というか、時の流れを感じさせた。しかし、フランスはともかくイタリアのあの最後のスロバキア戦の戦術なしの前王者の死にものぐるいの攻撃や、ガーナのギャンのPK失敗や、ベストマッチにあげた各試合のいっぱいいっぱいのジョガドールたちの姿は忘れ難いものになるだろうと思う。だんだん年をとってきてW杯を見る視点も変化しているのがわかる。戦術も大事なのだが、それはやはり最初だけと言うか戦術を実行する体力が残っているときの話で、たとえば、イタリアの最後の数分であるとか、ウルグアイvsガーナの最後の攻防やスペインvsパラグアイの数分間の交互のPK失敗だとか、やっぱり、鍛え抜かれたアスリートたちの際際なところに出現する「人間のチカラ」みたいなものが一番すごいな・と思えるわけだった。

 サッカーに於いては先取点はかなり比重が重く、しかし、今のフットボール・エスタブリッシュメントは、幾度となく逆転勝利をこのW杯で成し遂げている。イタリアにしてもこの「恨み」は必ず次かその次で晴らしたる・と思っているはずで、そんな怨念なり執念なりがその国のサッカーの精神的土台を作るようにも思う。だから日本なんてまだまだひよっこだと思う.酷い逆転され方・の経験しかないんだもん。今回・何遍も言うけど、日本が決勝Tまで行くから、なんだか乗り切れなかった。消えていただいてから「いつものW杯」になったけどね。まあ・それを取り扱うメディアが100%悪いのだけどね。

 「個」のチカラのない状態では戦術は絵に描いた餅となる。日本は「本田の1トップ」に縛られると、また迷路に嵌まり込む。さて、これからどーすんの?

 まあそんなことはどーでもいいのだけど、ワカモノ・コドモに多いけど、戦術だけでサッカーを語り過ぎ・かもしれない。ウイイレとかのやり過ぎか・と思うが、まさにそれは「監督の視点」かとも思うが、おれは問題児、それも「やる問題児」が好きだから、そしてやっぱりサッカーは「点」をとってなんぼ・なのだ。だから今回のMVPはフォルランで決まり。やっぱ・そこに戻るかー。

 これから各国に「モウリーニョ」が乱立するだろう。それはそれでいいのだけど、じぁさ、余計に「やる問題児」が前線に必要じゃないの・とおれは主張したい。日本の指導システムはすべてのポジションをこなさせるから全員がMFみたいになるという。たとえばバルサの下部組織などは好きなとこしかやらせないんだって。もちろん素養と適応性を見た後らしいけど。フォルランなんてDFなんか絶対出来なさそうである。BORN TO BE 点取屋・ということね。やっぱりおれはマラドーナ〜バッジォの系統が好きみたい。センターフォワードタイプではなくね。それは所謂、最近値打ち下げた「10番」ってことなのだけど、フォルランも奇しくも「10番」だった。そんな10番がいるチームはサッカーが仮に引いて闘っていてもどことなく楽しいわけである。

 お祭りはそろそろ終わりである。やっぱりものすごく充実した一ヶ月だった。いろんなところに「不具合」出ましたが。

 
 前祝い。
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2010年07月08日

バラの刺に

 パウルくん(予言ダコ)当たり。

 ここはスペインに勝って欲しかったから、おれもうれしい。ドイツは以前のおもんないドイツだった。これでファイナルに興味が出てきた。で、よく考えたら3位決定戦・てのもあったんだった。ウルグアイvsドイツか、これならいい。スアレスも出れて、フォルランとの絡みももう一度見れる。

 これからtutor行って、本日は中学生たちが試験の結果を持ってやってくる。うちの塾は試験が終わると約一週間お休み。みなさん・おつかれ、おれもおつかれ、という意味だけど、私学の中・高がそんな思惑をすかしやがる。いやん。

 アヴァランシェちゃんフル稼働して通っているが、昨日は外部センサーが毎晩の深酒とフットボール観戦により上手く働かなくて、どう見ても「雨」の空なのに、習慣的にちゃりで行ってしまった。案の定、肥後橋辺りで雨が降り始め、それもかなり悪意のある雨粒で、長堀を通り過ぎる頃には「ずぶぬれ」になっていた。夏の雨だからま・いいか、とも思ったが、クーラーのギンギン利いた部屋にいると風邪ひくのもヤだな・と思い着替え用に無印でTシャツを買って出てきたら、さらなる豪雨になっていた。止むのは確信を持てたのだが、そうだからこそ今ピーク・そんな感じの降り方だった。あ〜あ・なのだが、オタロードを掠めて日本橋三丁目へと向かう。となりのクリーニング屋の前でアヴァランシェちゃんを施錠していたときだった。きーっ・とブレーキの音がして、「あーっ」とオンナの声がして、振り返ると同時にアヴァランシェちゃんがずるーっと前へ移動した。おれのカギを持つ手もずるーっと前へ引っぱられ、その拍子におれは中腰のままバランスを崩し、店の前の花壇の中へとアヴァランシェちゃんもろとも倒れ込んだ。おばちゃんかねえちゃんかわからんぐらいの後ろ姿がよろよろしながら通り過ぎていくのを横目で見ながら。

 指に鋭い痛みを感じてなんだ・と思ったのだが、今まで気がつかなかったが、花壇にはバラが植えられていた。バラの刺が指に刺さっていて、それを取って立ち上がったら二の腕にピリっと痛みがあって、よく見ると血の線が15センチ×4本右手の二の腕、肘の内側につーっと走っていた。倒れた時にトゲにやられたとわかった。tutor先のおかんにマキロンとメモを借りて応急処置をしたのだけど、しかし、あのおばはんかねえちゃんかわからん中途ぱんつなオンナ。ヒトのちゃりにオカマして、一言ぐらい謝ってから行けよ・このどーせブス・とアタマに来ても後の祭りだった。

 tutor終わって外に出ると、むっちゃ晴れとった。世の中・そんなことである。


 la vie en rose
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2010年07月07日

ベストマッチ3

 ブラジルとアルゼンチンに挟まれた国・ウルグアイ。実は第一回大会優勝国である。最近ではセリエA・インテルに出っ歯のレコバがいた。好きなジョガドールだった。

 見た目も血筋も完全に「元スペイン人」。最後に残ったラテンはオランダに破れてしまったが、おれ内大会MVPは、チリのサンチェスからパラグアイのヴァルデスから更に上書きされて、ウルグアイのフォルランと決定いたしました。本日も見事なミドルシュートを決めていた。同様な戦術ながらウルグアイはパラグアイよりも、そしてもちろん日本よりも強い。オフェンスに人手はかけられないのは同様だが、2人か3人で相手ディフェンス5.6人に対峙して「得点の予感」まで持って行ける。ここがすごい。

 なんだか、爆発の導火線が湿気てるかのようなオランダに対して精神的に上から見下してるようなサッカーをしていた。さすがに「精神的ドロボーのプロ」。しかし、オランダ・チームなんかぱっとしない。そんなんじゃドイツに好き放題されるよ。奇しくもセミファイナルは2つのラテンvsゲルマンという組み合わせになったわけで、スペインがもし負けたらゲルマン同士の味気ない決勝戦になる。なんとかそこは避けていただきたいものだが、今のドイツは強いからなあ。オランダにせよスペインにせよ、実際あまり状態良くないままここまで勝ち上がってくるのはさすがだけど、それはヴィジャとシュナイデルの個人のごり押しとこじ開けによるもので、パス・サッカーの醍醐味に関してはまだまだだと思う。おれはこうなったらスペインvsオランダってのを見たいが、ウルグアイが決勝行くんだったらvsドイツでもいいな・と思ってた。「噛み合うんだね」これが。ウルグアイは強いチームとならどれとも噛み合う。そしてそれは「タチ」と「ネコ」のスムーズで軟らかな入れ替わりを生むから、ゲームの流れにノリが発生する。

 思えばイタリアの全盛期は何度でもあるが、リアルタイムで知ってるとこでいうなら、R.バッジォのチームがまあそんなことかな。守備からカウンターだもんね。バッジォとシニョーリやマッサーロと2人ぐらいで、あるいは時には単独でゴールを決めていた。当時は今のリーガ・エスパニョーラやプレミアほどの頻度でセリエAの放映があったから、というかセリエAしかほとんどなかったから、馴染みのジョガドーレだらけで、しかも「カテナチオ」なんちって、おー・なんだかわからんがゴールにカギかー・まあ言えばゴールに貞操帯みたいなものやんなー・ふふふ、発想がなんというか淫微よのう・元ローマ人、なんてみんな思ってたのかどうか知らんが、「○○○チオ」に部分的に反応した男子が多かっただけかも知らんが、なかなか注目の単語であったのは事実。今は金具のユルんだがばがばの貞操帯ながら・イタリアチーム。そういうの「ズラして」なんかすんのも「悪くない」が。

 飛んだが、いや・要するに「堅守速攻」とはそういうことだよね・という話である。で、ウルグアイの場合はほんとに見事。解説の山本とかいうアホが「そーなんですよ・日本と同じなんですよ」と何度も強調するが、そーかー?
 こんなに速いかー? デンマークは和田アキ子みたいなユルユルのがばがばだったから、隙があっただけなんじゃないのー? ま・日本チームの悪口言っててもしょうがないし、今後の日本サッカーのハッテンを祈りカンパーイ・で終わっとくが、「弱者」が「強者」を凌駕するための方法とはやはりそれしかなく、そして、その手法を最大限洗練させたチームが南米にはあり、その中の最高峰の一つが今回のウルグアイ・チームだった。シュナイデルの「あれっ・どう?・ほんまに入った?」みたいなゴールがなけりゃ、「延長」も有り得た。惜しかった。

 これで南米がみなさん消えてしまって、おれの興味も急速に萎えていってる。唯一の希望はスペインだが、んー・難しいな。ヨーロッパ・チャンピオンの矜持次第ですね。後は試合として面白いものを期待するだけだ。今回は南米の最強2国以外のサッカーがすごく面白かったが、それも頂点を極める・というとこまでは行かず、でもこれが時代・ということなのだろう。ばかやろうはばかやろう度をアップ・グレードしていくしかないわけで、それが未来への課題と希望でもある。W杯の楽しみは詰まる所「ヨーロッパの賢型サッカーvs南米のばかやろうフチボル」の激突だったりする。そんな結論を4年ぶりに思い出した。そして、ばかやろうの未来もそんなに暗くもないのだ。

 
 マレーヤ・ムラヤ

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 11:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

忘れることを忘れる

 ちょっと銀行まで行って帰ってきたら汗だらだらである。昼間のちゃりは苦行のよう。

 しかし夜のちゃりはなかなか快適です。街中走るのがいいね。昨日は学校終わりの遅い昼メシからTUTORまでの、アルコールを抜く時間計算を間違ってしまい、酔っぱらいがくだまいてるような英作文と日本史だった。「ような」いらんかな。舌もつれてた。しかし、ノリは良かった。だはは。

 一旦走り出すと、止まるのもったいない。風が当たり続けるの・止んで欲しくない・そんな気持ちに支配される。冷たいジャスミン茶を飲み続けるとそればっかりになる・そんな感じ。これから一週間ほどキタ〜ミナミの往復だが雨が降るとクルマで一人送迎しないといけないから、まあそれもよしだけど、出来れば雨降らないでいただきたい。ちゃりんこ乗ってると体調がいいのだ。いろんな憑いてるものが落ちていく気もする。程よい前傾でいまんとこ頸椎ヘルニアでもなんとかなっている。

 いろんなプランを立てないといけないのだが、そわそわして手につかない。メモ取るのがあまり好きじゃなくなんでも覚えてるつもりが「ほとんど忘れている」という指摘がある。忘れているつもりなく「忘れている」。アルツか。さらに同じ環境で同じ振りをされると「同じトーンで同じ話」をするのだそうだ・おれ。もちろん、酔っぱらっての話ですけど。「何かに関して言うことがコロコロ変わらなくて一貫性があってとっても素敵」と言ってくれる妙齢の女子・がいるというのでもなく、なんとなくマン・マシーンぽくてどーかな・そういうの。酒飲んでると「そのこと」さえも忘れてるのだが。そして同じことの繰り返し。「反復はチカラなり」ほんまか・それ?

 週末の10日は「体感温度3℃減・ライヴ」です。


 寂しい夏・の歌。悪くない。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:22| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月04日

ベスト・マッチ2

 もう日本が負けて(帰ってきてもいる)から、なんとなく、意識の上塗りの上手い日本のメディアとそれに晒される日本人は、次の話題へと移行したいみたいだが、待ったれよ。

 これからがW杯のクライマックスや・っちゅうねん。まあ、「実はわたしそんなにフットボールファンと言うほどのものではありませんでした」というまあ素直な態度とも言えるけど。そんなんが騒ぎ過ぎるから、おれのようなナイーヴなフットボール・ファンは「落ち着きなくなる」わけである。もー・ほんとにぃー。頼んでるから。

 ディエゴの失望と落胆のあとにそれはやってきた。奇しくも前日のビック・ネーム同士の試合のあとの展開と同じだった。まあスペインは充分ビッグではあるし、相手は「あの」パラグアイなのだけども、もう大してその試合見てる人っていないことはおれはよく知っている。

 ただ、日本のような穴の中に閉じこもって出てこないチームと闘うと、パラグアイの試合は雲量10のどんより・なゲームになるが、攻め手が多彩なスペイン相手だとそのディフェンスさえもねちっこいというよりむしろアーティスティックに思えてくるから不思議だ。

 しかし、この日は最初からパラグアイの攻めに見るべきものがあった。おれ内・今回のMVPをチリのサンチェスから奪ったバルデスの突進と突破がゲームを活性化し、そのアートなディフェンスがスペインにサッカーをさせなかった。0-0のまま進行し、後半になり、「なんか起こる」と思わせるに充分な緊張感の後にまたまたデジャビュの如く事件は起こる。試合として面白いのは、やっぱり弱い・とされてる方が先制することだけど、2度あった。バルデスの・オフサイドと裁定された得点と、PKの場面。どちらもノー・ゴールだったが、このディフェンスとドイツの「突然ラテン混血」の攻めとのマッチングを思い描いたりして、コーフンする。

 パラグアイPK失敗・直後スペインPK成功・のはずがやり直し・再度PK・・失敗、とことは進むのだが、「それ」もサッカーのうち・なのだが、フットボールとは「司祭」に導かれる祈りの行為・のようなものだな。「司祭」とは・レフェリーである。人間の眼・なんてのは鍛えたとしてもええ加減なもんで、ヒトは「オノレの見たいように見る」という言葉にもあるように、恣意性を排除出来ない・そんなものなのだね。

 今回も「酷い誤審」が多々あったし、今後もあると思われるが、それによって「おれの四年間をどーしてくれる」と言わないランパードがいたりする。ジョガドールはほぼ全員そのことを「なぜか」受け入れる。特にその傾向はヨーロッパのジョガドールにより多く見られる。南米は最初から「いかに司祭の眼を盗むか」つまり「腕の良いドロボー」となるかに共通のメンタリティーを感じる。日本が・というか東アジアのチームがなかなか勝てないのは、技術不足に加えてもうひとつその「文化風土」への馴染み方か・とも思う。日本は「武士道」の国であったりする。「ズル」はだめで、変なとこ「公正さ」も好きだしね。

 ものすごく「深〜い」うまく言えんのだが、成熟したメンタリティをそこに感じたりするわけだった。

 そんな「幸運」にも包まれながら勝ち進んでいく。だから「こうなったらいいな」という風には決してならない(特に最近は)。そう考えると、オランダは勝つとして、こちらのブロックはスペインに勝って欲しいのだが、ドイツが行くだろうと思う。ドイツはほんとにおれの中ではノー・マークだった。こんなチームになってるなんてね。

 でも見ていて思うのは「タチ」と「ネコ」の組み合わせはやっぱり面白いですよね。「タチ」と「タチ」ではノーガードのシバき合いで、「ネコ」と「ネコ」ではどんより盛り上がらない。スペインvsパラグアイは「タチ」vs「ネコ」のはずが「タチ」「ネコ」入れ替わってたりして、スペインがマッチョのはずだったのに、「そこ・いやん」という場面がたくさんあった。むちゃ・おもしろい。ことセックスであるなら「めくるめく快感の波が・・・・」とかいう表現もにあうわけである。新たな「性感帯開発」をされてしまった・少しぐらいは知ってたけど・そんな感じ・かと思う。

 「勝ち負け」だけにこだわる・なんて「幼児」である。そして日本人は幼児だらけであった。


 しばらくクールダウン。セミファイナルに向けて。
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:13| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月03日

ベスト・マッチ

 こんなゲームが見たかった。やっと見れた。

 というのはブラジルvsオランダ、ではなくってウルグアイvsガーナ。サッカー超大国同士の決戦に隠れて、イマイチ地味な印象があったかもしれないが、「ベスト・マッチ」だろうと思う。必ず、このような試合がW杯にはあり、しかし、戦術的にどうもその出現の確率は落ちていき、後半の後半ぐらいからは勝ってる方は守備的になって、負けてる方は「イライラが募りながら」負けていく・というそんなゲームになる。ブラジルvsオランダ戦もそんな試合だったのだが、ウルグアイvsガーナは違った。ニュースやダイジェストで見た人なら「あー・PK戦ね、日本vsパラグアイ「みたいな」」で終わるかもしれない。ばかめ。あれは「凡戦」、こちらは「死闘」でした。

 時間使って「損した」みたいな気になる先の試合とは異なり、すごい試合だった。やっぱりそーこなくっちゃ・ね。日本チームが消えてから、やっと「以前のW杯観戦の「心境」」に戻れて嬉しい。最近そんなこと言っても「非国民」扱いされなくなったこともちょっとよかった。10年ほど前のあのなんか言うと「非国民」と言われてた時代ほどみんな元気なくなってるから。当時は「堕ちかけ」で今は「堕ちてしまった後」だからか。日本チームが残ってるのって「なんだか・落ち着かない」のね。世間の動向も含めてよ。W杯をすくなくとも80年代から見ている人たちにとってのある種「共通の」感情か・と思うけど。

 いや、そんなことはどうでもええねん。テクニックとアイデアが双方あって、守備的とは言え、攻撃のスタイルが確立されているチームは見ていて「重苦しくならない」日本vsパラグアイの曇天の空を見上げていたような気持ちとはエラい違いだった。延長で足は止まってるがそれでも攻める。延長後半のロスタイム直前に凄いことが待っていて、しかもそれは決定的で、しかし、そこから勝利の女神の気まぐれが始まる。結果はみなさんニュースやネットで見たらいいのだけど、120分間こんなにエキサイトさせられ、クライマックスに向かって密度が増し、そして最後の一分の間に意外なことが瞬時に2つ起こ
り、そこでタイムアップ。それからのPK戦だったのね。

 「記録」と「現実」とは間違いなく異なるので、まあそんなことはあったりまえなのだが、いやー・ほんとにベストマッチ。朝まで起きてるのも意味ありだ。

 もう6チームしか残っていない。ということはあと5試合でW杯もFIN.である。次のラウンドのためのもう2つの試合が本日行われるが、これもまたナイスゲーム必至だろう。でもきっとウルグアイvsガーナほど面白くないだろう・と思う。ただ、そんな目にはそうそう遭うもんではないと思いつつも、遭えるんじゃないかな・と期待してしまうのがばかサッカーファンの性(さが)なのね。

 それにしてもブラジル負けてくれて良かった。今回はブラジルは「負けなきゃならなかった」。ブラジルらしくないサッカーは「ブラジルだけは」しちゃいかんのね。なぜに?
それはブラジルだから・と禅問答化するけど、ここんとこハナ垂れたヒトはブラジル・サッカーのファンでもないし、フットボール見るのヤメたほうがいい。勝ったからOKというのは「日本サッカー」ファンのレヴェルだからね。時間かけて「成熟」してね。

 今回は南米でも欧州でもない「第三者的」な場・での大会だから、余計にそう思えるのかもしれないがフットボール・エスタブリッシュメントとそうでない国々の差が縮まっている。ジョガドールの交通がその要因だと思う。伸びしろのある国々はその伸びしろをぐーっと延ばした。日本もその一つだと言える。しかしフットボール・エスタブリッシュメントの中の国々でも、もうほとんどない伸びしろを諦めてしまった/そこに胡座かいてしまったのがイタリアとフランスだったりする。「満たされた」ということもある。フットボール・エスタブリッシュメントの中でもスペインはUEFAでの優勝でおのれのサッカーのスタイルに自信を深めたし、それは「美しくて強い」ということだけども、それが「含南米」に通じるのか・という課題がある。アルゼンチンは阿呆でおちゃめな監督のおかげで新たな伸びしろを開拓/設定したと思う。それは「マラドーナ化」と呼べる。リオネル・メッシという真の二世の存在が大きいが、それは組織論ばかりが幅を利かせてきたこの20年ほどの戦術論を個人のチカラがひっくり返すという意味で「痛快」だ。オランダはやってもやっても勝てなかったブラジルにやっと勝って、メンタル(自信)を拡大した。

 この三ヶ国は昨今、不遇をかこっていたという共通項もあって、リニューアルされて復活したわけである。上には上の苦しみもあったりする。今・残っているチームのカラーは20年〜つい最近までなら「それだから勝てないのよ」と言われていた原因でもある。あのおもんなかったドイツでさえ「ラテン化」しつつある。それはなんか変な感じだけど。そんな中でブラジルの戦術は、「大男たちによる疑似カテナチオ」とでも言えるものだから、つまんないわけ。自分がかつて負かした相手の戦法ごっつぁんしてどーすんの。ブラジル=イマジネイションという伝統を捨ててまで「勝ち」にいって「負けよった」。強者が弱者の戦法で負けよった。あっほー・と言われてもしゃーない。ドゥンガの戦法はブラジル国民にも不評である。おれはブラジレイロの感覚に「賛成」・「大賛成」。

 待てよ・とも思う。この各チームの変容は「グローパリズム」の弊害かもしらんなあ・とも思うのだ。グローパリズムの大波はフットボール戦術にも及ぶ・と見て良い。そこで孤高に屹立しているためには超強烈な「おれ」が必要なわけね。

 なるほどね、セニョール・ディエゴ・・・・。


 TCHAU TCHAU 今回のブラジル。BOSSA姫も歌っとります。
posted by 浪速のCAETANO at 12:55| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月02日

夏のいろいろ

 期末テストは大波が終わり、しかし気が抜けたときの「おじいさんのおしっこ」のような小波はややボディにクル。

 昨日は大波の最後の豊津チームを8vで送って、そこからTUTORへ。まだそちらは一週間前だ。今年はまあカッコだけでも夏期講習がある。遠いところを通ってきてもらわないといけない。精一杯のことをやってあげたい。

 二日連続で豊津方面の最後に残った2名をクルマで送ったのだが、豊津駅の看板を確認し、最近胃が縮こまっている気がしたので、久しぶりにスシローへと行く。廻る寿司のカウンターはそのやるせないくらいの孤独がなんだかすっぽりハマるのね。過不足なく。たとえとなりのとなりに人がいたとしてもね。となりはヤだけどね。

 で、ひさしぶりに胃を拡張・と思いビール飲みながらあれこれディスプレイ注文するのだが、これが10カンも喰えんのね。残念ながら。まあおれ寿司屋に行っても寿司ほとんど食べないヒトだから・というのもあるのだが、でも喰えない。それでも喰ってたら翌日ゲリだった。夏はトーフ・のカラダになっちゃってるのだった。と言うことでまあ本日もトーフとドリンクで乗り切ろう/おー!!!

 廻る寿司と言えば、中津チームに好評なのは、泉の広場上がったところの栄寿司。豊津の名店とは何の関係もないけれど、一応廻ってるけど、ガンガン注文してくださいねー・という良心店です。タバコも吸えるしね。最近廻らない寿司屋での喫煙・なんとなく憚られるでしょう。ケムリ・ぶわーって吹きかけられたらおれでもあんまり良い気はしないもんなあ。そういえば大阪もタクシー全面禁煙になったね。やれやれ・よね。

 「COOL」に特化したライヴをやりたいな・と思った。COOLも一人歩きしていろんな意味を持っちゃってるけど、「専門家」としてはTONEを設定して音楽をやる・ぐらいのことはしないといかんですよね。ひんやり・かっこいいそんな生演奏。7/10にTODO O MUNDOにて。これまでずっとアンプラグドでしたがセミプラグド・クォジプラグドほどの冒険はできんのか、もうやってもええんちゃうか、やってまえー、という飛び石思考連鎖により、ちょこっと「電気」使ってみる。それでも、あくまでもクールで、がならない。夏にがなったら・あかん。

 ギター指導希望者が増えてきて、本格的に「教室」始めようかな・と思ってます。ある程度まではすぐに弾けるけども、なかなか奥が深いギター類。「ブラジルからアイリッシュ・トラッドまで」。10日のクール・ライヴで、「あ・こんな曲・弾きたい!!」なんてなるといいな・と思います。もちろん・ブルーズでもいい。教えるとなるとこちらもよく考えなきゃならんので、おれにとっても「無自覚」がなくなっていいのでは・とか思ってる。そのうち発表会があったりして、Vi-code借りよっか、なんだか楽しそうである。

 ばかウマ・だけが音楽ではないよ。おれは元パンクなので、ウェルメイドの音楽の良さと同時につまらなさもよ〜くわかってる。ヘタなりに一生懸命やる。これが「音楽的」にも結構いいのね。センスの問題も関係あるとは思うが、まあ「絵」でいうなら、おれの「鳥」みたいなもんですかね。ちがった?

 上手い・とは物事の一面に過ぎない。いや・これ・ほんと。おれがヤルキー学園のうちにはじめましょうね。

 この夏の「VIVO=LIVE」です。

TODO O MUNDO e RAFFLESIA Produce Summer in 2010

既に容赦ない熱気の2010夏・トドムンドとレーベル・ラフレシアのお届けする夏企画で、あるときは「クール・ダウン」あるときは「ヒート・アップ」してみませんか。

7/10(Sat.)
マルタニカズa.k.a.浪速のカエターノの
「体感温度マイナス3℃ライヴ」
@TODO O MUNDO

The LABEL Rafflesia 主宰によるCOOL&SO COOLな脱国境の一夜。Brasil・Latin・Portogal・Scotland・Ireland、世界を自在に飛んで、スパークリングと白ワインとカイピリーニャで「カラダは冷やし」「ハートはアツく」そんな理想の週末を!!!

7/17(Sat.)
Caorinho藤原の
「投げ銭ライヴ」

社長の盟友、演歌Bossaの発明者、Caorinho藤原が今月もやって来ます。今Rec.中。その合間を縫っての恒例トドムンド・VIVO。社長との久しぶりの共作も一足お先に「ナマ」でどうぞ。トドムンドならではの週末ですよね。Bossa Princeza YUUMIも師匠のサポート!!!至近距離でどうぞ。


8/7(Sat.)
アルクヒトビト
Live@Sun hall

マスター・ミタキのバンド・アルクヒトビトがサンホールに出ます。奇しくもその日は「中津の花火」TODO O MUNDOはお休みです。「花火も良いがライヴもね」

8/25(Wed.)
浪速のカエターノ・マルタニカズ
が・ホストの
「HOST LIVE・南部を目指せ」
@SUN HALL

夏もこの頃になると「名残惜しく」なってるはず。宿題終わったかな? 浪速のカエターノによる、10年来の夏のテーマである「南部を目指せ」ライヴです。「GRANDE TRES」キング掘内・カオリーニョ藤原・マルタニカズはもちろん、Bossa Princeza YUUMI、松原旅行企画から松原リカ、モノシズムから北村嘉章、タク・サントス、瀬戸一成その他ゲスト多数。ラフレシアン・コムプレックスとは一味違ってこれも良しよ。

information;Todo o Mundo 06-6147-9923



 

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:41| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする