2010年08月27日

The RECORD

 本日で夏期講習も終わる。まだまだ今年は暑いけれど。

 去年の今頃の日記をちら・と見てみたら、半袖・半パンで店に行こうとしたら、寒過ぎて長袖Tに着替えた・とある。去年は「SHORT & NOT SO HOT SUMMER」だったのね。夏もいろいろ。「記録」って大切。

 というわけで先日の「記録」です。たまに几帳面になる瞬間もあって、なんかのビョーキだと思うんだが、何分続くがわからんけど・だはは。

 on8.25@Sun Hall ホストライヴ・「南部を目指せ」の結果発表です。

 < 松原里佳 >
 1. SOUTHERN NIGHT(Allen Toussant)
2. TRITOMA (松原里佳)
 1は長年恋い焦がれていた一曲で、松原さんが参加してくれることになって脊椎反射的に「やろう」と決めた。アラン・トゥーサンはピアニストだから。歌詞といい曲調といいBAYOU近くの風景の中、アラン・トゥーサンが彼のおじいさんのことを思い出しながら・と言っているようにように、濃厚に空気中の水蒸気がカラダとココロにまとわりついて、しかし、天才の作る曲は食後感がとても爽やか。松原さんサンキュー・ソー・マッチ。
 2は最近「松原旅行企画」の名義で彼女が出したアルバムから。おれのギターの出来はともかくがんばってついていく。Vib.&Violin奏法なんちって。拍手が来て一安心。

 < YUUMI >
 1.MAGAMALABARES(Carlinhos Brown)
2.AMOR I LOVE YOU(João Higino Filho)
3.石畳の街(Marutani Kaz)
4.Desde Que O Samba E Samba Assim(Caetano Veloso)

 BOSSA姫に一度さあギターを持たずにやってみない? と3週間ほど前に言って、そこからあんまり連絡も取らず、お互いばたばたしていて、数日前に一時間ほど泥縄式に合わせた。単独での他人のバックってほとんどやったことがなく、しかし、言い出しっぺ・ゆえ、「空元気」で「根拠のない自信」で・とはまるでアホのワカモノの心模様とさほど変わらない。当日は「ギタリスト」が出演者にお客にと多数いて、それもまた困ったもので、ただ1.2.4.は自分も演っているから・ってのが救い。
 さて、1はフリーなおじさんも突然参加。1.2.は気が向いた時コーラスも。2.の最後のコーラスが気持ちよかった。1.は特殊なコーラスを考えてたんだけど、いつもと違ったキーゆえコードがやや混乱して未遂に終わる。次回・がもしあれば。3.は「声張りすぎず、6分ぐらいでコントロールして」という課題曲。彼女なりのキュートネスを出したいんだけど、ということで作曲者自らヘタなギターを弾く。4.はいつもの介護スタイルで。姫に介護って、そのうち誰かにシバかれるだろう。Bossa姫の「チータ」は総じておっちゃんたちに評判良かったです。

 < 南部チーム >
 1.Back To The Island(Leon Russell)
2.Last Decade(Marutani Kaz)
 3.What Do You Want The Girl To Do?(Allen Toussant)
4.Take Me To The River(Al Green)
 まあこれが今回のコンセプト・リーディング・チーム。小松くん・岩崎との三男声。1.のみ「リカ/ユウミ」Cho.参加。レオン・ラッセルにアラン・トゥーサンにアル・グリーンかあ。そんなのにさりげなく自曲を混ぜるのが確信犯というものである。実はこのチームが最も完成までが遠く、練習しても練習しても「まだまだ〜」となるはずで、店で三人で2度ハモりの練習しただけで泥縄と言うならこれこそが泥縄なのであるが、そしてそんな状態で3.などをやってしまう事自体「むちゃ」に違いないのだが、チャレンジするのだった。しかし、やっていて「誇りに思える」曲というのはそうそうないのね。3.はそうです。「地球人」として胸を張りたい。4.でどんなに終わろうとしても終われんのにはびっくりした。このセットはかわいい女子アコーディオニストを入れてアコースティック版テキサス・トルネイドスみたいにしたいと思っている。このチームのいいところは機動性で、これからちっちゃなハコをセメようと思ってます。小松くんも岩崎もまさに「エエ声〜」なのだった。二人ともパンチあるよね。

 
 < CAORINHO藤原 >
 
1.折り畳まれた時間(CAORINHO藤原/マルタニカズ)
 2.忘れた(CAORINHO藤原)
 3.ガタガタ(CAORINHO藤原)
 4.逆行人生(CAORINHO藤原)
 5.リズムの王様(CAORINHO藤原)
 いつものカオルちゃんである。見に来ていた元バカ生徒が「あのおっちゃん・ヤバいなあ」と言っていた。達人ですからね。

 <カオキン(キデカオキン)>
 キングちゃん・カオルちゃん・木寺くんによるブルーズ・セット。打ち合わせで楽屋行ってたからちゃんと聴いてない。ごめんちゃい。

 <マルタニカズセット>
 1.Bared Bard〜LOCH LOMOND(Trad.)
 2.観覧車に乗って(Marurani Kaz)
 3.Rock'n'Roll (Caetano Veloso)
 4.大快楽物質 E(Marurani Kaz)
 5.コンドル2(Marurani Kaz)
 6.手品師の帽子(CAORINHO藤原/マルタニカズ)

 1.2.3.は今回どうしてもやりたかったCVS COWBOYS。ノビくんのベースと北村くんの爆ギターに期待していた。1.も2.も久しぶりだった。1.のソロ・やっぱり弾いて気持ちいい。1.の前半、2での北村くんの「工夫」は買い・だった。壊れかけのニュアンス欲しいとこだったから。で、3.のようなムチャもやってみるのだった。こっち方面からもカエターノをセメるヒト・きっといないと思うんだが。この時だけ「声全開」北村くんの爆ギターのおかげでモニターで自分の声聞こえづらかったが、みなさんパワー全開でそれでいいのだ・なのだ。
 4.は最近よくやるようになったまだA Decade-IN FAKE時代のズーク。天才時代の曲なので、ほんとよく出来てる。ピュ・は未遂に終わるものの「来る」ではディレイも決まって恵ちゃんパチパチ。ここらへんから岩崎の声が絶妙で、やっぱこいつも見事に天才だなあ・と思う。「才能は欠落のご褒美」を地で行ってる。で、カオルちゃんとおれの「ファイナルの定番」・コンドル2と手品師をかなり押してたからわりとさらっとやって、アンコール「ヴェランダ」でおしまい。

 TODO O MUNDOによる「南部を目指すフード」もほとんどなくなって、ごくろうさん。

 そのあと、TODO O MUNDOへと移動して、飲む・喰う・喋る・寝る。出会うはずのないやつらが、ひょんなことから時間空間を共有して、その後普通にバカ話をしているのが良かった。自分が「メディア」になっていると思い「脱国境音楽家」も捨てたもんぢゃないね・と自画自賛してるうちに眠ってたみたいで、「はよ帰って寝なさい」と店長から促され、ギター2本持ちの快挙も成し遂げバタンQでした。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

南部をめざした

 昨日はホストライヴ@サンホール。
 快い疲れだった。二度目だから、ペース配分がわかってきたのかも。
 途中からランナーズ・ハイみたいな「シンガー' ズ・ハイ」。風を受けてチャリ漕いでるそんな感じでまだまだ歌える感じでした。ていうかそんな歌っとらんよね。そうでした。
 
 サンホールはやりやすい。何遍も言うけど。ステージの奥行きが精神的余裕を生み出す気がしてる。純ちゃんのタイコが遠いというのが、「凶暴」から離れておれを安心させるのかも。純ちゃんのリムの入ったスネアは「錐(きり)」みたいです。

 ミュージシャン同士だから音で会話するのが一番雄弁で、そんな会話の後なら言葉はその関係をうまくフォローできるかな。まずはそれぞれと音出し・というのが基本ですね。いい音楽とはほとんどお金にならないというシステムが出来上がっていて、かと言って、自己満足ではいけなくて説得力をモタないといけなくて・と、しかしまたそれでお金になるためにはもっと別の要素が要って、みたいな「四面楚歌」なのだけど、四方八方から責められているそんな中に結構素敵なものがあったりする。そこには「バカ」が喜ぶ要素はほとんどと言っていいほどないのだが、少し音楽の本質を経験した人にはピクっと来るものがあり、そして同時に音楽の持つ「コワさ」も敏感な人間には垣間見える。それは60年代にジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンが体感し、ザ バンドが予感し、それによって解散に至ったコワさを希釈したものだけど、味や匂いは敏感な人間には充分わかる。

 素敵なものは畏れるべきものでもあるのね。

 またそんなややこしい話に持ってくんだからー・と言わんでもよろしい。これ・ホ・ン・ト・なの。

 しかしそんな音楽というのは楽しい。そんな喜びというのもまあ代替不可能であったりする。セックスもそれには残念ながらかなわない。形も残らない。どんなに複数アングルからカメラとマイクで拾っても、演ってる時の当事者の気持ちとは「ちょっと」違う。だから後で見たり聴いたりして思う事と「現場」はビミョーにずれる。

 ただ、コストをかけて掛け値なく楽しい一夜をたまに持つ事は、その値打ちは数値化出来ないほど貴重なものだったりする。昨日の夜は限りなくそんなことに近かった。来ていただいた方々・そして共演者・スタッフの方々が同様の感想を持っていただけたならそんなに嬉しい事はないです。プロデューサーとしては。

 みんな・おつかれ〜。またやろう!!!
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月24日

南部を目指せ-4

 さて、南部を目指してこの夏過ごしてきましたが、目指す日々もあと一日。後々、2010年の夏は「南部を目指す」夏だったんだな・と記憶に残る事でしょう。ま・生きてればの話ね。

 まあはなはだ個人的で、それも今では無名のミュージシャンがほざいていることであるし、だから何さ・という反応もよくわかる。いやいやそれでいいのね。ただ、おれはこういうのが楽しいのね。ホント・楽しい。まあ不十分なのですが、準備・というものができた。ほら学祭とかでも準備って楽しいでしょ。未確定の未来のある瞬間に思いを馳せるからだと思うのだけれど、その瞬間はどうなるのかわかんない。大コケ・する場合も考えられる。大成功な場合も考えられる。ちょっとしたジンクスみたいなものに囚われたりもする。今のこの「態度」が結果を大きく左右するんぢゃなかろーか・など思えてくる。ちょっと精神主義的になったりもするのね。

 いつもやってることなら全然平気なのだが慣れない事をやろうとする際、ほとんど気持ちはルーキーであったりもする。まだ・かわいいとこあるね・とは自分による自分評だったりする。能力総動員で場に臨むというのが好きだったりする。緊張感ね。

 そのテーマが「南部」というのがいいだろう。南に進路を取れ。北ではいかんのね。それはかけおちの男女や指名手配の人が進む方角である。東は「一旗揚げたろう」な方角だし、西は「都落ち」であって、なんだかな・なのだ。このユルい・じたばたしてもしょうがない時期っつうのは、やはり「南」なんですね。
 
 潜在的な熱を求めて南を目指す。たしか欧陽菲菲も御堂筋を「南」へ歩いていた。愛する誰かを探していたように思う。ハートへの栄養が「南」には待っている(気がする)。そうハートへの栄養なのね。何よりも解放される事を望むわけですよ、ハートはね。元気になりたいと願っている。しがらみからも解き放たれ、課長や・妻や・愛人や・クソガキや・ローンや・ストーカーなどから一旦切り離され、こころを自由に飛び回らす事ができるのはなんてったって・「南」。

 「なんで南部なん?」とよく訊かれる。最初からそれをイメージ出来てない人を説得するのは意外に難しい。「合理的」な人がこれがまあまあ厄介だった。「暑いとこ行きたいねん」「大阪充分暑いやん」みたいな会話が続き、ほんとに北へ逃げたくなる事もある。

 戦争中の「南方」なんて言葉も、手放しでは喜べないものの・おれにはかなり魅力的に響く。「行ってしまったら地獄」だった・ということだけど、行く前のなんとなく浮き浮きする気持ちがおれ・わかる。苦労して帰ってこられた大先輩からは「ばかか・お前は!!」だろうけど。大島渚の「戦場のメリークリスマス」なんて映画が成り立つのもやはり南方であって、それは参加者がすべて「異邦人」ということと関係があるように思う。そんなこというな・現地のむちゃくちゃされた人々の事をお前はどー思っとるのだ・ばかもん!!!・と叱責される事を承知で言うと、それは多分「エキゾチズム」なのだな・とわかる。

 実際にそこを訪れる前に「エキゾチズムの徒」となってしまってるわけである。行ってしまえば現実。虫に噛まれるし巨大ゴキブリもいる。しかし、そんなことは「エキゾチズムの徒」には屁みたいなものである。意識の話だから。ハワイであってもいいよね。

 アメリカの南部は当時のミュージシャンにとってエキゾチックだったはずてあって、そこへいくと「自動的」にカリブ海を目にするのだ。隣はメキシコだし。慣性がついてるから、思いはそっちへ。その先にはリズムの宝庫のスパニッシュ・ラテンアメリカがある。マンボ・ルンバ・マリアッチ・ズーク・カリプソ・ソカ・コンパ・メレンゲ・クンビア・様々なリズムを体験しながら進むと、その先にはブラジルがある。これかなり運命的というか象徴的な話だとおれは思ってる。

 そんな「運動」が「南部を目指せ」だったりする。その南部とは固定されてはいない。蜃気楼のように追いかければ逃げて行くのかもしれない。それでもいいの。バカの妄想とも言える。合理的な人々はそう取るだろう。しかしながら、バカの妄想を語るバカに「熱」があれば、それは一緒に演るミュージシャンに伝播し、そしてそれは聴衆にも伝わる可能性はあると思う。ライヴ後冷たいビールを改めて飲もうという方が多ければ「よっしゃ」だったりする。

 25日は@サンホール、HOST LIVE。チケットはお取り置きしておきますよん。食べ物もTODO O MUNDO出張でトドムンドカップルがサーヴしてます。「南部を目指すフード」って何なんでしょう?


 このアルバムがまさに「南部」。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

南部を目指せ-3

 土曜は「婦女子チーム」とリハ。「婦女子」と書いて、下半身ぴくっときたね。いいのかどうかよくわからんけれど。

 ちゃんと説明する時間がなく、しかし、現場が近づくのにはいつだって「最悪を避ける」という方法しかないのはなかなか不本意な事ではある。コミュニケイションにはその前段階のプレ・コミュニケイションが必要で「共通言語」の設定がマストなのだが、そこの設定とはつまんない話で時間を過ごす・だったりする。

 一応「南部を目指す」ライヴのリハ・不完全ながら一回りして、あとは本番待ち。まことに不完全ながら。でもね。完全不完全とは「量的」な話であって、まだ本番前のリハででも詰める事もできる。そう簡単にはギヴアップはしないのよね。ひとりでできることもまあ意外にあったりする。

 しかし、まあ全般的に言うと「ややワクワクしている」かな。前半はややナーヴァスにならざるを得ないが、後半はきっと「いい全開」ができよう・と思う。でもそのためには前半のチャレンジも要るわけで、チャレンジしましょうよ・それなら。

 しかし、(自分の曲も含めて)好きな曲ばかりで構成されたライヴとはやっぱりそこはほら・楽しいわけよ。素晴らしい曲たちでありながらも演奏される機会のない名曲たちがそこにはあるわけでそれは50・60・70年代の金字塔なのであってこの2010年にそれを再現しようともぞもぞやってるバカがニュー・オールリンズから遠く離れた大阪におりまして・なんていうストーリーなのだけど、まあJASRACには内緒でそこんとこよろしくね・ということである。

 南部を目指せ・というコンセプトとは:
 2005年に書いたものをもういちど。

 南という概念はいつも甘い魅力を放ちながらやってきてぼくたちの脳を刺激する。刺激されてそれは欲求に、刺激がきつければ欲望へと形を変える。すると南には何か自分を解放してくれるものの存在を設定したくなる。

 「その日々はもう終わってしまった。今はただひとり浜辺に置かれたデッキチェアに腰掛け、きみのことを考えている。同時に、きみのいなくなったこれからの生活をどうすればいいのか、ということも考える。ぼくたちの想像力のゲームはやっぱりあんな風に終わることになっていたんだろうな。ゲームって事で云えば一番失いたくないゲームを失うことになってしまった。夢みたいな世界に遊んでる内に時間だけが過ぎていき、気がつけばぼくはやっぱりひとりでこうやって浜辺のデッキチェアに腰掛けている。あのきみとの出来事はもう現実として再現することはできないのだ。
 きみは本当にぼくのことを愛していたのか、それとも単にからかっていたんだろうか。」


 例えばこのような事実から一段落するための場として南部はある。そこは何かから一呼吸置いて自分を、自分の周囲を見つめる場だし、しかしまたそんな現実の理屈が意味のない場でもある。そこにあるものは;

 「太陽が沈んでいくのをただ眺め、波の音を聞き、しかしきみのことを知らないうちに考えている自分に気づき、後悔の念にさいなまれ、やりなおすとすれば、という勝手な想像の中に遊び、夜にはジューシーな酒を何杯も飲み、その酔いの中で鳥の泣き声に耳をすまし、沈んだ太陽の名残りつまり夕焼けが完全に消えてしまうまでじいっと浜辺のデッキチェアに腰掛けている」


 というような、あまりに無垢で手付かずの地球の風景と、あまりに情けない自分の現実、そしてそのギャップである。南の、まあ島がいいかなあ、島なり海岸では、都市生活者の、欲望の湧出は形を変え、しかもそれを安易に満たす装置が容易には見つからない。携帯電話も使えない。子供の頃ほどの利便性の中にヒトはぽつんと置かれてしまう。コミュニケーションと云う点からしても人と人の距離とは物理的な距離のことになる。肩書きもただツーリスト/ ストレンジャーというに過ぎず、人はそこで他のすべての人と等価値となる。そのことが自分を自由にしてくれることに気づくにはしばらく時間がかかるものだ。数度太陽に焼かれ、その火照りを癒すことが半習慣化したころにそれはやってくる。心を覆っていた薄皮が剥がれはじめる。腕や背中の皮が剥がれることがもはやメタファーではないというわけだ。

 「満天の星の下で暖かい凪いだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら眠ってしまう。そこでみた夢はロコの娘との情事かもしれなかった。ふと吹いてきた南風が顔をくすぐり目を醒まさせる寸前に理解したことは、まだきみをとても愛していて、しかし、もうやり直すことはできないという残酷でクールな事実だけだった。自分の魂の中深くもぐり込みそんなことを発見する。そして南風が吹きはじめる場所をめざしてさらに南へむかうという決意をするのだ」

 こうして南部への指向は永久運動となる。

 
 今回のコンセプト・リーディング・チューンであったりする。
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

南部を目指せ-2

 そもそもロックと言うか真のポップ音楽というか、ヒップな音楽と言うか、「そんなもの」がどこで生まれたか・というと「アメリカ南部」で正しいと思う。アフターなアクセントを持つビート・その誕生の地がアメリカ南部だった。

 そこからロックはR&B・BLUESを追っかけながらも相互作用の中発展して行くのだが、たとえばエルヴィスなんてやってることは白い顔して黒人音楽だもんね。

 やっぱりR&Bが一番いいのね。それも昔のリズム&ブルーズね。それ自体もいろんな多様化をしていまして、王道の「HI」や「STAX」それに「MOTOWN」ももちろん素晴らしいがもうひとつ大きな勢力というかちょっと変わったガラパゴス化の一種かも知らんがそんな発展を遂げた音楽・それがニュー・オールリンズなわけ。

 ここの音楽はコクがすごい。どんな出汁つかってるのかな・という感じ。アメリカ南部のベーシックな出汁にカリブ海の風味・フランスの洗練・さらにはヴードゥーの精霊/ゾンビまでがその味付けに参加するというまさにごった煮(ガンボだね)・今で言うミクスチュア音楽なのだが、それが洗練とエキゾチズムの両方兼ね備えた見事な音楽群なのだ。

 そこから「セカンド・ライン」というビートが生まれる。このシンコペーションのお手本みたいなビートは「誰が」「どんな風に」やってもとりあえず間違いなく「楽しくなる」という魔法のビートなのであって、まあラテン音楽に於けるクラーベのスリー・ツーの応用と言えるが、それもまたさっきも言ったように「カリブの風」をしょっちゅう受けてたことと関係あるのだった。「IKO IKO」(いこいこ・でもイクイク・でもなくアイコアイコと読みます)という曲が一番わかりやすいです。機会があれば聴いてみてね。その上にプロフェッサー・ロングヘアー譲りのDr. JOHNというピアニストの前後左右にでんぐり返るこれもまたシンコペ満載のピアノが乗ったりするとその楽しさは「さらに倍」となるのね。

 そして、ニュー・オールリンズのピアニスト・プロデューサーと言えばAllen Toussantである。アラン・トゥーサンです。もういろんな人がカヴァーしている「PLAY SOMETHING SWEET」という曲があるが、ブルース/R&Bのマナーに乗っかってはいるが、それとも異なりディキシーのニュアンスもたっぷりあって「これぞニュー・オールリンズ」である。ほんとに素晴らしいミュージシャンで最近では中島美嘉とかに「安売り」していたが、今後一切そんな気の迷いはヤメていただいて、ニュー・オールリンズ音楽の発展にさらに寄与していただきたい・と思う。

 ひとつだけアルバムを挙げなさいと言われれば「SOUTHERN NIGHT」だろうか・やっぱし。

 何かスウィートなのを演ってよ。何かメロウなのをね。少しフォンキィなのが好きよ。ほんとはマリア・マルダー・ヴァージョンが良いけどね。
posted by 浪速のCAETANO at 19:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

「南部を目指せ」-1

 「南部を目指せ」の準備・少しずつ進んでいる。あれやこれや・の出ずっぱりになると思うが、25日にそれがあることでこの夏は充実を見たかもしれない。

 基本・共同作業がなかなか出来ないタチで、一人で何でもやる方がトラブルも少なく、また逃げ場もないから他人に甘える事もなく、完結するのだけど、こと音楽に関していうと「一人の音楽」と「誰かと演る音楽」というのがあって、それぞれそれらは「ジャンル」なのだが、振り子の振れ幅でもある。

 他人と演る場合に例えばカオルちゃんは「誘われる」側だがおれは「誘う」側で、だからプロデュースなのだけど、それが演奏する人たちの刺激にならない事には意味がない。なってることを願ってます。

 ところで「南部を目指せ」とは何なのだ。

 この異常な都市の熱のことを体感した後では潮岬やあるいは沖縄の最高気温を知って愕然とするわけよね。30℃なんだからね。大阪は36・37℃ということを考えると「南部を目指せ」=「涼みにいこう」なんてことにもなりかねないのだがそうではないのね。

 南が北に誇れる事と言えば何でしょう。実はやっぱりそれが「熱」である。そして開放性(解放性)であったりする。暑くて開放的ならば、仕事する気には普通ならんよね。

 そこでいくつかのイメージが湧いてくる。ルイジアナのBAYOU(湿地帯)に建つコテージのテラスにビール片手に、あるいは島のビーチ・デッキチェアに寝転びビール片手、あるいはリズムと歌と踊りを含む宗教儀式をツーリストの目でビール片手に、そんないくつかのイメージ。

 つい最近破れてしまった恋に対する感傷・過去の若かった時代の出来事に対する後悔と諦観・馴染みのない文化を目の当たりにして最初は驚きそして次第に引き込まれて行く、そんな心象風景を伴いながら。

 南には本質的な「豊かさ」がある。しかし、皮肉な事に「南北問題」という言葉が示している事は近代の経済システムと帝国主義が、豊かであるが故に南の財産を、それより上位にあるシステムによって搾取する構造を作り上げてしまった。産業革命をいち早く成し遂げたイギリスが繁栄出来たのも「インド」「中国」という南の国の豊かな資源があったからだ。そのシステムはあからさまに先の1945年まで続き、そしてその構造は大きく変化する事無く現在まで続いている。

 「ヤル」「ヤラレル」でいうならヤラレル側である。困ったものなのだけど、ヤル側の論理がもうこの21世紀には通用しなくなってきてることに注目すべきです。そして「ヤラレル」側の人たちだけしかいなかったのならば、今のこんな「惨状」はなかったということも押さえておく必要もあります。(つづく)


 コンパとズークの雄の合体。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:39| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

終わりの予感

 もうこれは「残暑」になるんだよね。でも「終わりが始まった」からにはもういつまでも夏のモード・ってのも不粋である。言うても半パンに上ハダカにタオルが現実だけど。

 しょうがないやん・と開き直る。こんなクソ暑いしな。しかし、気持ちは晩夏から初秋へ・とおっちゃんのハートは千々に乱れる。

 今年はカルく夏期講習もやっているからまあまあ規則正しく、それで余計に日の入りが毎日一分ずつはやくなってることの実感がある。毎日1分に気付きはしないのだが十日で10分・二十日で20分となればアホでもなんとなく気付く。

 夏の意識としてはいつまでも明るい・だけども、地球の公転は確実に進んでいて、もう実は「夏至」のポイントよりも「秋分」のポイントのほうが近いのだった。蝉の季節ももう終わり。ごくろーさんっした。次なる輪廻に向け、仕込みにはいったかな。

 これからはなんとなくパワー不足の35℃超になる。それでも35℃てどーゆうことやねん・と声を荒げないで欲しい。「終わりが始まってる」。

 およそ一ヶ月間ボケだったアタマへの世間の復讐がもうすぐはじまるよん。こわいですねこわいですね。ボケの反動でちーとぐらいカシコくなってればいいのだが、毎年そんな期待するんだけど、スベって終わりなのよね、ぐすん。

 なかなか思うようにならんこの世ではある。さて、英語の回答の時間。

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月16日

酒とライヴと物忘れ

 昨夜はフラミンゴでライヴ。

 自分の曲をほとんどやらないライヴ。時々そういうことをしないと、セクショナリズムのようなものに陥ってしまう。「おれセクショナリズム」。過去に誰かによって作られた「名曲たち」のなかから「選曲」して自分の体内で血肉化されたものを自分のフィルターを通して再解釈したものを「自分の歌」として歌う。

 世の中にはたくさん音楽をやっているヒトがいるが、ちゃんとした音楽家からちゃんとしたリスナーへと渡る歌が少な過ぎる。

 ちゃんとした音楽家・ちゃんとしたリスナー・その間を取り持つもの、その三つの「不在」が主な原因だが、「えー・というとその環境はガタガタやね」ということになる。「不在」というより「荒らされすぎ」なのかもしらんが。

 JASRACがどうこうというより、「カヴァー」は「オリジナル」より下に見られる傾向があるが、なんのなんの、キミのその軟便のうんこほどの完成度のオリジナルとやらはヒト様にお聞かせするような代物ではなく、陽の当たらないカビ臭い部屋ん中で「自分が作って自分が聞く」だけにしときなさいね、「おおやけ」にせずにね、と忠告したいわけである。

 そう簡単に優秀なオリジナル作品は出来ないし、出来てはいけない。きっとカルく出来てしまったそんなものはたいしたことないからである。音楽がというか「日本のロックのようなもの」の大衆化が始まる80年代に、ロックを知らない世代に対してロックを形から導入するそんなマーケティングが始まって、汚らしい音楽が流通し出した。きたならしい音楽の代表格といえばN淵剛くんだが、そんなおれたちが「ダサ」と「嘲笑」の対象だったN淵剛くんは同じく「ダサ」と「嘲笑」の対象だったリスナーをわんさか獲得し、見事に日本人の中には「イナカモン」が数千万人単位で存在する事を証明してみせたのだけど、それは別の角度からK室くんによって、低能サウンドに意味不明な幼稚園児語を乗っけても「イナカモン」には売れるという、というかこの国には「イナカモン・プラス・バカ」というダブルの資質と才能を持った人々も数千万人単位で存在するという「市場調査」結果までだしてくれたわけでした。決定的だったね。

 最近のワカモノの詞もキモい。ということはワカモノの心象風景がキモい。おれのまわりにはTVのバカ番組外さずに見てるなんてヒト少ないので助かっているが、そんなじゃない集団の中に放り込まれたら「気ぃ狂う」だろう・と思う。ワカモノが他人と違う事をしたいと思いながらも行った先が別の他人とおんなじなんてのは、そこんとこメディアというかTVとバカ番組に大きく囲まれてしまってるという環境があると思う。

 まあ・今やなかなかオリジナル作品ですごいのは書けない時代か・と思うが、だからっつって
新地の横断歩道のところで「木綿のハンカチーフ」歌って小銭かせいでるような別のバカでもいかんのだよ。こないだ見てなんぢゃそれ・と思った。

 ロックという音楽は、同時代的に発展してきたアメリカン・ブラックの音楽と呼応しながら70年代に間違いなくピークを迎え、しかし、それはイギリスのN淵剛的なクイーンのようなリズムに「コク」のない・つまりアメリカン・ブラック的な要素が一つも入っていないバカの琴線に触れる音楽がより「商業的」であるということが判明してからは「あ〜あ」なのであって、やっぱおれは思想的にも感覚的にもルーツ音楽の片鱗が感じられない音は「軽蔑」する傾向にあるみたいである。ていうか楽しくない。その辺、風俗から音楽に入ったわけじゃないから。

 そんな意味も含めて三人で始めて今度25日にお披露目する「南部三世(仮称)」は楽しんでやってる。勉強勉強だったりする。南部のコクは「体感」するしかなかったりするから。こんな現場主義は好みだったりする。少しずつ完成してきてる。でもほんとの完成はもっと先のほうが随分とおもしろい。25日は名だたる名曲たちに囲まれて、自分の曲もそれに遜色ないのを選ぼうと思う。

 しかし、50代と毎日酔っぱらう・と物忘れの相関関係は確かにあるな。おれよりもひどい症例に昨日出会った。TAKE CARE OF MYSELFである。またまたとっ散らかりにて失礼。


 顔役が揃う。
 
posted by 浪速のCAETANO at 12:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

お盆・敗戦記念日に

 朝の番組で「玉音放送」をフル・コーラス聞く。サビの部分「堪え難きを   堪え、忍び敵を忍び」しか知らんでしょう。堪え・の前ブレイク入るのよね。それが昭和天皇のその時の何かの気持ちを表しているかどうかは知らない。

 昨夜・店へ行く前に「日韓」の番組を見ていた。今年は韓国併合100年・ということだから去年から今年をターゲットに「半島と日本」というテーマの番組が多かった。概してどれも良い出来だったと思う。NHKはそういうときはいい仕事をする。ワカモノ向けの番組は「死んだらいいのに」ながら。

 お盆。いろんなところに「死者」が帰ってきているのだろう。このお盆、仏教行事のような気がするが、先祖供養という事から考えると、それだけではないみたいである。やっぱりそこには神道の意味がある。まあ日本人得意の習合の成せるワザだろう。穏やかな気持ちになれておれは好きです。

 夏もこの時期になると「終わりの始まり」みたいな予感でやや切なさに包まれる事も多い。それは「無常観」と通底すると思われるが、自分で自分を分析するのはあまり好きではないので放っている。日本人はデカルトせんでもええよ。

 昨日の日韓の番組でも見てて思うのだけど、西洋諸国の相似形として東洋を見てしまうのはやや違うなと思う。東アジアも結局おれたちの実体験した時期の方が「特殊」だったのであって、その力関係は「古代のそれ」へと収斂して行くのだろう。それがいいと思う。1億三千万・と5千万・と13億ではやっぱり最終的なパワー量が違う。日本・韓国・中国の人口だけどね。それに日本はいち早く脱亜したつもりだったが、欧米の考え方自体の継続性が問われる時代だ。極論だが、「人権」は重視されるべきではないのかもしれない・ほどに思えるときさえある。

 科学者たちの「信頼の置ける予想」として人類の歴史は続いたとしても今後「数千年」であるとする説がある。おれはもっと短いような気がしている。人類が人間として生きる事が出来ないようになった時、ただサヴァイヴァルしているからというだけでは意味がない気がするからだ。でもそれは、このように考えると冷静になれる。

 地球の歴史は46億年とされているが、では地球の寿命は・と言いますと120億年ほどある。もちろん最終盤には生物の住める環境ではなくなる。その頃には太陽に呑み込まれるだろうが、例えば2億年とかのレヴェルでもいいが、当然人類はそこにはいない。地球の陸地はまた「パンゲア」のような巨大大陸に収斂し、もう一度造山活動によって別のチョモランマやキリマンジャロができている。太陽は1.1倍ほどに膨らみ、月は0.9倍ほどに見えるだろう。月は少しずつ地球から離れて行ってるのだ。

 月は空気がないので「風化」がなく、ひょっとしたなら、人類の痕跡がそこで見つかるかもしれない。基地の跡とか墜落した宇宙船とか。それって見つけられないと寂しいけどね。

 しかし、地球は時に環境的に厳しくはなるものの、歴代、生物を生み・育んできたという実績がある。つまり、「次の」知的生命体が登場する確率が極めて高いという事が出来る。過去を見ても、ヴェロキラプトルなんて二足歩行していたし、集団で狩りをしていたし、巨大隕石の衝突さえなけりゃそのまま進化して「爬虫類型ヒューマノイド」になっていた可能性がある。コンピューターを触るラプトル、これが現実の姿になった可能性は高いと思う。

 おれたちが恐竜を発掘したように誰かから「発掘/発見」されるわけだね。そしてそういう繰り返しが十回ほど繰り返される可能性もある・と見てる。人類を進化の最終地点とする味方は「傲慢」と言えるだろう。よくほら地球の時間を時計で表して、人類が登場したのは11:59:59ぐらいでした・という喩えあるよね。その考え方に異を唱える人たちもおりまして、それは地球の寿命全体を12時間にしようよってことなのね。そうなると今は4時台ということになる。まだ地球は半分も「生きていない」。そして人類の歴史は千分の一秒ほどにしかならない。だからそんな生き物に「本格的知性」を期待できないかもしらんでしょう。たしかに世の中には頭のいい人いらっしゃるが、しかし、その生きるタイム・スケールに限界がある限り、その普遍性にも自ずと限界があるって気がします。例えば、それはおれたちが飛鳥時代を見て、そこにある種の「限界」みたいなものを感じる事と似てるかな・似てないかな、どっちかな。

 もう急速にある方向へと「加速度」ついて走り出した人類が行き着く先はどこなのだ・と考えるが、今すぐではないにせよ「悲劇」が待っている事は間違いない。そりゃ絶滅するんだからしょうがないんだけど、できればモルヒネ打ちながらの終焉なんてのが望ましいよね。何世代か先の話ですが。

 今は「意外なことに」氷河期の中の「間氷期」でバカの金の亡者たちが温暖化がどーとか言っ
てますけど、地球はまたいずれ「スノー・ボール」になる。この1万年ほどがやっぱり「温暖」で恵まれていたんだよね。だから農業が可能になった。

 巨大な視野からモノゴトを見ると、これまでの生物の歴史は地球の一ページということがよくわかり、それだからかえって、人類や生物、もっと身近なところでは家族・祖先、知り合った人々・イヌやネコ、そこらへん歩いててすれ違った人々を見る目もちょいと「潤む」ってもんである。

 フラミンゴで「ゆる〜い」ライヴが本日あります。一部25日のための公開リハともいえますが、「体感温度マイナス3℃ライヴ」でもあります。ヒマで狂いそうな方・体温下げに来ませんか。
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2010年08月13日

茄子よりはじめて

 茄子を買ったら、生徒に茄子をもらった。茄子は大好きで、焼茄子・浅漬け・マーボ茄子・オリーブオイル焼きほぼ毎日食べているが、カラダ冷やすんだったっけ?

 冷えて冷えて。ずーんと冷えて。冷えたい・内部から。

 中でも、茄子の味噌汁は素晴らしい。冷えると特に素晴らしい。冷えた方がmelhor。夜に作って粗熱が取れたら、冷蔵庫へ。そんなことをよくやってる。で、朝起き抜けにズズっとイく。朝イチの果物は「黄金」だというが、朝イチの「茄子の味噌汁」も「プラチナ」ほどの値打ち・あるのでは、と密かに思う。出汁はいりこで取る。カツオぶしに比べてちょっとゲスなところがいい。深みが出る。

 TVドラマと言えば(誰もそんなこと言ってないけど)ブレイク・ライブリーちゃんもよいのだが、プライミーバルだ。もう見てないのがあと1.5本とほとんどクライマックス寸前なのだが、時空の亀裂・というSFにおいては当然のことながら現実では「ありそでウッフン」ながらも貧困な最近のヒトの想像力でも充分追っかけて行く事の出来る設定で、その「亀裂」は過去・時に未来とリゾームの茎の如く繋がり、そこへ行く事も出来るし、そこからいろんな生物が出現する。ジュラシック・パークである意味T-REXよりも怖かったラプトルや巨大肉食鳥や巨大ミミズなんかが出てくる。過去の既知の生き物が現代に現れてムチャするのはよくあるかもしれないが、時空は未来にも開けている。

 人間はいずれ滅亡し(現実にも)その後なんらかの生物に取って代わられるわけだが(これも現実)、人間の世界に於いても進化が「進歩」ではないのと同様に、生物もその知性の取り扱い方が洗練するとは限らない。で、案の定「中世」のような社会が広がっているのだが、そこは敏捷性と獰猛さと体躯だけが進化した「超すばしっこく凶暴なゴリラ」しかも狩りには知性を発揮する・そんな生物に支配されている。なんだか、そこらへん「やさしさ」というのは進化に於いては「余計なモノ」みたいな示唆があって「うーん」なのだけど、そうなった原因というのが、「現在」のその当事者たちの行動だった・というオチなのだが、だから当然、現在の良きヒトが未来から見ると「大犯罪者」で、現在のどうしようもない悪党が未来の救済者であるという皮肉の構造が見えてくる。ここんとこ、さらに「示唆に富む」ポイントだったりする。

 と、いうわけで、この初夏から夏にかけて、マイケル・サンデル教授とともに楽しませてもらった。

 ところでこのドラマは英国製である。キャスティングの差・みたいなものがたしかにあって、それはアメリカ製のドラマばかり見てる目には出演者が「シブい」。一見パッとしない。女優も「セヴン」みたいなのはいない。ただ、見続けているとそれなりに男優も女優も魅力がじわじわ
沁み出してくる。モンティパイソン・Mr.ビーンの国ならではか・と思う。

 かつての大英帝国もいまや欧州の一ローカルといった感は否めないが、そんな感じ、悪くない。政府はアメリカの方向く比重は高いと思うが、イラク戦争で懲りた事もあるかと思うが、なんとなくだが意識の上で英国の伝統がさらに重んじられてきてる・そんな感じ。いや、もとからずっとそんなとこはあった。何かアメリカ文化とは一線を画す・そんな矜持の話である。

 連合王国(イングランド・スコットランド・ウエールズ・北アイルランド)だから英国すべてをネイション・ステートとして括る事はできない。それはそれなりの侵略の歴史があるからなのだが、ここらへん倭にやってきた大陸や半島からの人々とニュアンス近いかも知れないが決定的に異なるのはドーヴァー海峡の短さだろう。島国であっても日本は元の大軍に攻められはしたが侵略はされていない。まあ厳密に言うなら半島系の人たちが次々に日本の大王になるから、その後改めての侵略はないという意味だけど。

 ケルトの民(主にブリトン人)は非イングランドに多い。つまりスコットランド・ウエールズ・北アイルランド・そしてアイルランドには今だにケルトがたっぷり残っているということだ。ゲール語の歌も歌われ続けている。ケルトの出自を考えると広いユーラシア大陸の中の意外に東部である。おれたちモンゴロイドとのかなり近い段階での共通の祖先もいたのではないかな。

 まあ英国人ってなんかブサイクなヒト多いでしょ。そんなとこも親近感湧く。昔「謎の円盤UFO」とこれも英国製のドラマがあったが、出演者・見事にブサイクだった。

 25日のライヴで「南部を目指せ」ながらも演ってしまう「LOCH LOMOND(ロモンド湖)」という曲はスコティッシュ・トラッドだったりする。

 カンケーないが、ラフロイグが・ラガヴーリンが・と言いつつ、ケルトのことなんにも知らんのってカッコわりぃよ。

 史上最強のブサイク/カッチョいいバンド。特に上手三人のブサイク度はどーだろう。これが彼らにとっての「南部」だったのね。
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2010年08月12日

好きな事ばかり

 昨日はお休み。倭王・武にまつわる話を読む。継体の前の豪族連合から絶対権力者になろうとする武が当時の最大豪族・葛城氏との最終決戦に勝つまでの話である。

 継体も謎が多いけれど、その前もまず倭の五王の確定もやや心もとないほどで、日本紀(日本書紀)の記述を百済紀・宋書で裏付けを取って、そこから話を膨らませていくわけだけれど、なんとなく、古代の話というのは断片的にしか知識がないものだから文字通り「とぎれとぎれ」にしかイメージ出来ないことだらけだ。

 巳支のクーデター(大化の改新)はなんとなくみんな知ってる。それが中臣鎌足と中大兄皇子によって行われた事も知っている。その前の「有名人」とは聖徳太子(厩戸)である。蘇我氏というのもなんかいた。中臣鎌足は途中から藤原鎌足に名が変わる。なんでまた? 藤原と言えば摂関政治なんてのもあった。そんなもんだと思う。ねえ・わかんないよね。

 蘇我氏と言えば物部氏というのもいた。その前には大伴氏というのもいた。その前には葛城氏というのもいた。で聖徳太子は蘇我氏の人である。ん? なんかこの辺からよくわかんなくなってくる。聖徳太子と中大兄皇子は天皇家というラインでも結ばれているはずなのに、蘇我氏の聖徳太子がいて、それでなんで巳支の変で蘇我氏を滅ぼすの・なんでまた? とこうなったりする。

 継体というオホド王はなんとまあ、越の国(今の若狭・近江)の人らしいぢゃないの。なんでまたそんなとこから? と・なると血が途切れてないですか? みたいなことも考えられる。万世一系じゃなかったんすか・天皇家って? みたいなことにもなる。

 じゃあ、その継体の前はどーなのよ・というのが今の倭王・武のあたり。この頃は東漢氏(百済人)はいるが、蘇我氏はまだ登場していない。武闘派の葛城氏・大伴氏の時代であって、「力ずく」の時代なのだけど、倭王・武は渡来人を用い、進んだ中国・半島の知識を吸収する。先の武闘派の人々はまだ漢字を書けない。

 当時はまだ「河内湖」の時代で大阪の街は殆ど海である。中津や豊津なんて津という地名はそんな由来がある。難波津という地名もあったぐらいで。

 奈良の三輪山周辺に宮があり、これは移動するのだが、しかし、渡来人が多く棲みつき、最先端だったのは河内飛鳥である。奈良の飛鳥(明日香)と葛城山・金剛山を真ん中に東西に飛鳥があった。金剛山も後からつけられた名ですべて葛城山と言われていた。その河内飛鳥と言われる地域・現在の羽曳野・河内長野らへんに葛城氏がいた。

 半島では百済が高句麗に圧迫され、倭に援助と派兵を期待して王の弟とかが長期出張みたいな形で滞在している。

 そんな中での話なのだが、西暦で言うと450年ぐらいのお話です。ほとんど知らないよね。でもおもしろいです。

 しかし、そんなことばかりやってちゃいかんのだった。リハの練習・ってなんだか矛盾があるけど、25日のためにこないだ声かけて、もう15日のライヴ前ライヴに無理やり出す事にしたわけ。乱暴者です。そのための2時間一本勝負のリハだから、おれがしっかりしとかないと・ということもあり、だからリハの練習、リハ用の練習。

 今回(25日)自分絡みでは色々新しい試みを用意してて、BOSSA姫に手ぶらで歌ってもらうのと、CVS COWBOYSが復活するかもね・っていうのと、今回のタイトルにもなってる「南部を目指せ」まあ時間が限られてるから少ししか出来ないのだけど、その後、機動性のあるユニットゆえあちこちでライヴのために出没しようと思っている男の3声チームのお披露目というのがあって、そいつのリハだった。

 これがまあまあ楽しかったのね。メインもコーラスも瞬時に出来る3名がいて、それぞれまあ思うようにやろうよ・ということでやってる。あまりプログラムせずに好きにやるとTHE BANDのコーラスのようになるのでは・という期待もある。他の2名のまあ楽しそうで良かったのだけどね。
 

ラフレシア関係の今月のライヴは
15日がフラミンゴでそのオトコ3声・Bossa姫・浪速のカエターノ
で25日はサンホールのホスト・ライヴ(これまたまた盛りだくさんです・久しぶりにキミも貴女も来たらいいのに。キングとカオルちゃんの「カオキン」というユニットもあります。ネーミングには脱力ながら)


 Bossa姫はあちこちでやるみたいです。
カオルちゃんはもういっぱいで把握出来てない。

 音楽をやっていると何かが活性する。SONNA BANANAもこの際、復活させようか・なんちって。あ・でも最後に3曲。


 プラターズよりやっぱリチャード・マニュエルやんなあ。

 
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2010年08月10日

体感温度マイナス3℃ライヴonお盆

 突然決まったのですが、8.15(日・お盆・敗戦記念日)にフラミンゴ(今もフラット・フラミンゴ? よーわからん・だれがおせ〜て)、「体感温度マイナス3℃ライヴ」を行います。まあ・店主のフラミンゴ渡邊氏とは、顔を合わせれば罵倒し合うフレンドリーな関係であります。

 15人でキツキツだったなあ・こないだのカオルちゃん/とおるちゃん。電話がわからない。最近移転して以前の日宝エンパイヤ状態雑居ビルに戻りました。前の店から路挟んで西側の扇町通りが天神橋筋というか松屋町筋に当たって南に折れてすぐの「楽園食堂」が入ってるビルです。もうええかげん詳細連絡あると思います。なんといっても罵倒し合うフレンドリーな関係なので。

 出演は浪速のカエターノと岩崎・小松くん・BOSSA姫が予定されています。25日にやるユニットの泥縄式本番練習も兼ねてますが。アマチュアリズムがいいねっ。カネ返せ・は「浪速のカエターノ」ソロもちゃんとやるから、それはないです。

 詳細決まればまた。

 墓参りはお昼間でよろしくどーぞ。

 フジロックにおとーちゃん来てたみたいね。
posted by 浪速のCAETANO at 15:57| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月09日

花火の宴から

 T瀬のマンションの屋上から見た淀川の花火、近くで見ると、そして高くで見るとほんとに良かった。いやーコスト(お金だけじゃなくてね)かかってるものはやっぱりすごい。

 20代の頃、同じような場所でPLの花火を見た事があった。それもたしかものすごかったはずだが、驚かされたのは量的なことではなかった。

 夕方までぼーっとしていて、ワインの肴を何か作って持って行こうかな・と思っていたのだが、なんとなくヤル気が出ず、月謝袋の整理でもしようかと思い引き出しの中をごそごそしていたら「商品券」が見つかった。ラッキーだった。で阪急までひとっ走りする。

 RF-1のサラダや小エビフライから始めて魚・肉・煮物と一回りしたかったのだが、梅田の人の混み方に瞬間でおえー・となり、ややくらっとなった。ちゃりを置いたings前から阪急地下
まで15分ほどもかかるわけだった。それでも気を取り直し、極上のローストビーフも手に入れ、帰る。T瀬のマンションは見晴らし最高でスカイビルに「おっす」と言いたくなる。屋上も涼しくいい感じ。ただ、真っ暗なので買ってきた喰いものが「何が何だかわからない闇鍋」みたいなのが残念だった。赤スパークを開けて「ヘーイ」とか言ってると、突然始まるのね。

 唐突であって、まあ当たり前なのだけどほんとに突然始まってトップスピードのパンクバンドの演奏みたいに事は進んで行くのだが、スロースターターのおれには出来ないワザやな・と思いながらも、全然タイプの異なるバンドの演奏に囚われる・そんな感じ。

 夜空をカンバスにして目を逸らさせないのは「映画」みたいでもあり、しかも3Dだからね、「夢の時間」だね。豊津の家から平行な視線で長年見ていたのはこういうことだったのか、と思った。人ごみが大の苦手であるから、このようなことがないとこんなにいい距離・角度で見る機会にもそんなに熱心ではないと思うのだが、こんな特権的なことならやっぱ・いいな。T瀬くんありがとう・というかT瀬の会社ありがとう・というか公益法人ありがとう・というかいや待てよ公益法人ならその優遇措置による内部留保をこないだ還元させられとったな・ということはその還元の手順を省いてこれがその「再分配」であるな・と思えば、この屋上はみんなのものというか、「まあ・T瀬くん・これからもよろしく・わっはっは」とここにいて当然感に浸るわけだった。まあ来年はビミョーながら・な。

 花火はやはり伝統的な意匠のものがいい。時にニコちゃんマークとかハート印とか小中学生を喜ばせるみたいなおままごとデザインが挿入されるのだが、まあアクセントにはなるがそうたびたびは見たくないぞ。おれは超巨大線香花火が好きだった。棚からモノが続けざまに落ちるかのような昔見た流星群の流れ星を思い出させる。

 花火は巨大な「蕩尽」ですね。そのスポンサーはエラいと思う・と思えば淀川の花火は「住民の寄付」によって行われてるというぢゃないの。素晴らしい。そうか、これは「おれたちの花火」だったわけですか。おれも僅かながら寄付したい。なるほど・だから、唐突に始まりもするわけね。大スポンサーがいたなら、きっと「スポンサーにおべんちゃら」コーナーがあるはずだしね。

 よく花火はPLと言われるが、そしてその量は圧倒的だけど、宗教法人が溜め込んだ資金とは淀川の花火は意味が異なる。で、おれは思ったけれど、量はこんなもんでいい。やっぱりそのエネルギーに圧倒されるわけで「イってもイってもまだイカされる」そんな気になりました。オトコは生理上・そこまで貪欲になれないもんね。思考が止まる。お腹いっぱいになるし、年に一回で充分である。そして充分満足しました。

 今日はナガサキの日だ。うちの家族はルーツが関西だから、大阪空襲の話はよく聞いたが、おじいちゃんおばあちゃんが原爆で亡くなったという類いの話がなく、ほんとに「文物」としてしか知らないのだが、浦上の原爆資料館に行くとその恐ろしさはとんでもない。離れても人を殺せる武器を発明してから人はその想像力をまたひとつ減じ始めたとおれは思うが、その一つの「悪の到達点」が原爆だろうね。弓矢と元が日本を攻めて来た時使用した「てつはう」という武器、そんなのの融合なのだが、人が死ぬ瞬間とは関係ない作業によって人を殺す・とは殺人と言う個別の事件を殺戮へと変えてしまう。その行為から気の重さを取り去り、さらにその行為の効率さえ上げよう・という人間の浅はかさも浮き彫りにさせてしまう。

 長崎という街は、その表情が多面的である。それは数ある地方都市の中でもかなり異色と言える。港と坂道・中国の香り・オランダの色・ポルトガルの横顔・カソリックの響き・そしてアメリカの影、佐世保にはかつてエンタープライズが入港した。当然基地もある。

 昔CMで流れていたポルトというお菓子の歌がこんなだった「アモー・テ・ムイント、ポルトポルト、ベシャー・メ・ムイント、ポルトポルト」「すごく愛してるよ・たくさんキスして」という意味だが、そんなことはきっと日本の他の都市では「ありえない」だろう。少し前龍馬伝で、アメリカの使節との交渉を「オランダ語」を介して行うという場面があったが、そうだ、江戸時代の西洋の学問とは「蘭学」だったのだ・という知識としてはわかっている事でも、そんな場面に出くわすと、無意識の中でアメリカかぶれのバカ頭には「目から鱗」である。中華街も神戸のそれとも横浜のそれとも似ているようで似ていない。教会も多い。大浦天主堂が有名かと思うが、美しいのは爆心地に近い「浦上天主堂」だ。高校時代の友人にもクリスチャンが多い。キリスト教を全世界的にその戦略から考えれば、「F○ck」なことも多いのだが、崩壊の近い封建制度の中で、そこではない「もうひとつの世界」を理想郷として描いてみせた宗教のチカラは侮れない。

 そしてほんとに坂道が多い。3Dの街である。ロープウェイで上る稲佐山から臨む「鶴の港」と呼ばれる長崎湾とそこから急激にせり上がる土地の家々の明かりのコントラストは箱庭の様でもあり、最近では5年ほど前になるだろうか、波がほとんどなかったこともあり、あまりの美しさに息をのんだ。夜景とは家々の明かりによるものが多いけれど、その時は港の美しさが突出していた。夜の海は「別の惑星」のようだった。

 その美しい街を原爆が65年前に襲ったわけであった。アメリカのせいでもあり、日本の戦争責任者のせいでもあり、全体主義を受け入れた国民のせいでもあり、その前段階としての帝国主義のせいでもある。誰か一人だけにその責任を押し付ける事は出来ない。ただ、被害者は長崎の市民だった。キリシタンが多い街が原爆に見舞われたということは意味深だ。

 それはアメリカの今やっている宗教戦争は「方便」であることの証明とも言える。正解はレイシストか金の亡者か、その両方という事だと思う。それが「世界の支配者」たちの真の姿だと思う。

 火器の最大値が「核」なのだが、花火くらいでいい。その花火さえ、なんだか圧迫感があるわけで、それは「火」というものの核心でもあって、「畏れ」をもって接する以外にないわけだった。

 HE'S MY "PRIDE & JOY"
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 11:39| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

それにしても暑い

 ヒロシマの日。今日も激しく暑い。

 コーヨーにも行かなくっちゃ・銀行にもいかなくっちゃ・薬局にも行かなくっちゃ・100均にも行かなくっちゃ、この4つを満たす街・うーん・と考えた挙げ句天六〜南森町になった。

 すれ違う歩く人々は鼻の頭に皺が寄っていたり、口元が歪んでいたり、目が虚ろだったり、なんだかヤバい。最近、暑くなる前とかでもニヤニヤ歩き、歌い歩きの人々多い。暑くなる以前にすでにアタマ・イんでる人々というか心身喪失寸前の人間たちに囲まれている・そんな気がしてる。

 近畿地方の天気予報を見てるとこんなだった。最高気温が潮岬が30℃で大阪36℃・京都35℃・豊岡37℃。なんだか常識が覆される感じ。ということは本州最南端・潮岬に「避暑に行く」そういうこともこれからは有り得るわけである。おれの唱える「南部を目指せ」は旅行会社のマーケティングでは「涼みに行こう」と解釈されるかもしれない。

 南東からのモンスーンの成せる業なのだが、都会の熱・というのはそこだけで温室効果があるのだろう。意外におそろしい話でした。熱中症で死ぬのはいやだ。干物もいや。

 さて昨夜はマスターの誕生日でわいわいのトドムンドだった。明日は花火なので「22:00からの開店目標」です。本日もわいわいならよろしいですなあ。そういうことがフツーの幸せということになるのだろう。今の世の中は「どう考えても」サイテー・だが、下には下がある。65年前のヒロシマは「地獄」だったのだから、比較対象にはならんと思う。

 それを想像することは難しくなってきているが、怖いけど想像する・という意思が問われている。

 そんな地獄のことを「想像」できなかった陸軍は65年前の今日・も本土決戦後、ポツダム宣言を受け入れる・ってのはどうだろうか・という超KYだったのだから。バカにもほどがあるわけで。しかし、そのバカ精神・危機管理能力の欠如ってこれは遺伝子の問題って気もする。アメリカとの仲介に望みを託したスターリンは「西郷どん」に顔が似てるから、いいヒトだろう・なんて大笑いな話が、人が100人単位で死んでいるときに「マジメ」に話されていた・という。

 支配する側の視線はみんなの視線とは延々絡まないことだけは同じだが。当時も暑過ぎてアタマ・イんでたからだろうか?


 これが意外に涼しい。
posted by 浪速のCAETANO at 14:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

WHO KNOWS WHERE THE TIME GOES?

 店のブログにまた書かれると思いますが、8/7(土)は淀川の花火とミタキのアルクヒトビトのライヴが重なっていまして、通常の営業ではなく、22:00「目標」で営業の予定です。花火が終わるのが21:00予定です。そこからダー・と傾れ込んでください。人はびっくりするぐらい多いもんね。びっくりしました・去年。

 8/25の準備すこしずつ始めていますが、新しいユニットがあって、それは「生(ナマ)で声」という意味合いがあって、男の声3本勝負という意味もあって3人組でギターが2本にパーカッションに3声あれば「一体何が出来るかな?」みたいな事がある。男の3声。

 声・って情報量かなり多い。数ある楽器の中でもも声をその一種とするなら一番多い。それはホーメイのように訓練で同時に2種類の音を口と鼻から出す事も出来るからというだけの理由ではなくて、人が声帯を震わせてメロディーを口ずさむ時、いや単に一声発するだけでもそこにはかなりの量の情報が込められてしまうからなのね。声がコミュニケイションの手段というよりも声そのものが既にコミュニケイションだから。歌に「ひと」が8割方出ます。ということでJPOPの歌姫の方々ってこれもまた8割方「死んだ方がいい」方々でありました。死んで。

 論理的にはライヴのMCというか「べしゃり」はいらんはずなんだけどね。流暢な「べしゃり」がないとなんとなく不審感が拭えないというのはコミュニケイション不全の症状を表している。少なくともメロディーとリズムとハーモニーと抑揚で言葉にできないものを伝える事は出来るのか出来んのか、そのやりようはどーなのよ・というようなゴスペラーズみたいなキモいハモリじゃない旋律の絡みが出来るかな出来ないかな・と考えてる。

 ちょっと楽しくなってきつつあって、コンヴィニエンス・ストア・カウボウイズも復活しようと作戦を練っています。元メンバーを・・みたいに思うから進展がないわけで、別のメンツを集めればいいだけだった。こーゆーとこほんまにおれ「アタマ悪い」。これに関しては昨日ものすごく盛り上がったアイディアがあって、昨日盛り上がったから今日も盛り上がってるかというとそうでもないこともあるが、いまだ「色褪せない」と思える。いまんとこ。

 生ギターばかり弾いてるとエレキ・ギターを弾きたくなる。逆も然り。そのスウィングを活用しない手はないのだった。そしてそのスウィングがどこへ向かって移動するか、それは「わからない」。JUST AS WHO KNOWS WHERE THE TIME GOES.

 
  WHO KNOWS WHERE THE TIME GOES?
 


 

 
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2010年08月04日

北摂にて

 カオルちゃん・とおるちゃん(カオリーニョ藤原・中島徹)の達人デュオを聴きにフラミンゴへ。技術がある人々・それも遊び心をちゃんと持ってて、というのは聴いてて安心である。

 良かった。

 ホストライヴのチラシをあちこちに配って一仕事終了。

 朝早く起きて、ディフェンスチームの最後の試合を見に行く。今日はヤラレるだろうな・と思いながら。

 見事にヤラレてた。0-4の完敗。相手の9・10・11番なかなかのものだった。でも、まあまあ健闘したんじゃない? 大会を通じて。ショータもタクミもこてんぱんながら。

 おれもタバコ吸ってたら、豊津中の先生に怒られた。「全面的に禁煙ですよ」と。

 えーやんけ、ケータイ灰皿も持参して、一番上のメーワクかからんとこで吸ってんのに。生徒を叱るみたいにおれを叱るな。こないだ2回なんてビール飲みながら吸うとったわ・カス。

 それからシブーい用事で千里中央へ。北摂に行く用事ってシブいのばっか。しかし、そこの駐車場タダだったから、浮いたお金で旨いランチを喰おうと決めていた。たくさんは喰えんがあれこれ喰いたい・と思い、千中の地下を彷徨う。まあ勝手知ったる街であった。寿司屋のコースにしようかとおもったが、以前よく行ってた中華の点心のコースがあった。カルパッチョ・黒酢の酢豚・温野菜・シューマイ・チャーハンが適量ずつで1680円。決まりね。

 よく行っていた。青木保先生ともよく遭ったな・偶然。入ると異常に姿勢のいい愛想のないデブの女と異常に背の高い研修中の男がホールをやっていた。姿勢のいい愛想のないデブはおれにだけでなく、みなさんに平等に愛想がなかった。ライターをクルマに忘れたのでマッチかライターを借りたいというと、「●△×☆※」と言い残して(聞き取れなかった)、奥に入って行った。そして出てきてフツーに仕事をこなしていた。おれは、あんた何て言ったの・と訊き返そうと思ったがひょっとして「置いてません」と言ったのかなと思い、まあいいや・と半ば諦め、お茶の際に・と思ってた。異常に背の高い研修中の男が主にお皿を運んでくるのだが、そいつがまあほんとに慣れてない(研修中だ)と言うか「向いてない」というか、中途パンツな体育会系で喋り方が一言一言神経にさわるのだ。そして異常にでかい。190cmぐらいのでかさってのも地下の中華屋では「無駄にでかい」ということになるんだね。そしてさらに致命的な事に気付く。顔が「押尾学」なのだった。あいたたた・よな。いたい。その押尾が「えー・これが温野菜でございます。えー・この山椒風味のソースを・えー・お好みでえー・かけて・お召し上がりください」オマエは幼稚園の学芸会なのか。

 こいつもちょっと前までは「おれって押尾似!!!」でガッツ・ポーズを自室で決めてたかも知らんのに、今「なんで・こーっ・なるのっ」という事だろう・と思いやや同情する。顔替えたいと思わないのだろうか。

 5分ほどした頃、姿勢のいい愛想のないデブが突然つかつかと近寄ってきて、「帰りにレジで返してください」とライターを貸してくれた。「あれっ・まあまあいいやつぢゃん」という意外な評価になった。「●△×☆※」は「ちょっと待ってください」だったのかもしれない。

 久しぶりの点心のコースは、充分だった.以前ならさらにチャーハン追加・みたいなことだったのだが、もう無理。ビール一本で情けない事に腹パンパンである。

 千中の地下はなんでもあるワンダーランドだったりする。ステーキハウス・寿司・高級中華からシブい/シブくない喫茶店や立ち飲みまである。雑多だから好きね。さらにピーコックに阪急だしね。

 老後の棲み家候補に加えておこう。

 駅から駅へ。エイドリアン・ブリュー大暴れの巻。

 

 
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2010年08月03日

繊細では生きられない?

 ヒトはいずれ死ぬのだけれど、その死に方は基本的に選べない。ガンかも知れない。事故かもしれない。ショック死かもしれないし、雷が落ちるかもしれない、チンピラに刺されるかもしれない。あるいは戦争が起きてその中で死ぬかもしれない。

 いろいろあるが間違いなく死ぬ。そこんとこコントロールできないのだが、唯一「自殺」だけは、成功するとは限らないけれど、選べる死に方だったりする。

 今野雄二氏・通称コンちゃん、が亡くなった。自殺だった。若い人たちはあまりピンとは来んだろうが、コンちゃんと言えばロキシーであり、ボウイであり、バーンである。

 ロキシーであり、ボウイであり、バーンであるってとこが「?」ではない方々とこの気持ちを共有したいと思う。彼はゲイだったと思うし、それはまあ業界では有名な話だと思うから、別に隠さなくてもいいと思うが、オリジナルゲイ特有の美意識を持ってるヒトだった。最近はゲイも細分化の嵐・だったりするから。音楽評論と映画評論。

 彼が喋っている事で感銘を受けたという記憶はあまりないが、「彼がその音楽・その映画を選んだ」というだけで、その映画・音楽にある種の色が見える・というタイプのヒトだった。喋ってることにあまり感銘は受けなかったが、書いてる事には感銘も受けた。生真面目で口下手だったんだと思う。ミュージック・マガジンが主な場だったが、特にパンク前後の「昂揚した時期」の彼の書いたものはドライヴ感があったし、情況の一つを作ってた。自分の事を「筆者は」なんちって、ポップ音楽評論を何かの「論文」の域にまで持ち上げたいんだな・このヒトは、と思った。

 どうしてもカブってしまうのはトノバン・加藤和彦氏とだ。今の時代には存在しづらい精神の「繊細さ」がどちらにもあり、この雑でバビロン化してしまった今の社会では生きててもそりゃ面白くないだろうな・と思う。なし崩しで世間は荒れてきちゃったから。その気持ちはけっこう分かる。おれも、ホモではないが近い精神を持つから。ただ、自殺しないのは「売れてない」から・だったりする。人生の初期に好きな事で成功するとどうしても世を倦む・ということにもなる。それは仕方のない事だ・と想像する。

 どんな事情があったかしらないが、最近はあまりメディアで顔を見る事もなかった。

 一度遭遇した事がある。新幹線の中だった。P&G時代に安売りチケットに何千円か足してグリーン車に乗ってて、トイレに行った帰りにコンちゃんがいた。当時、A Decade-IN FAKEバリバリの頃で、意を決して「今野さんですよね」と話しかけた。おれとしてはインフェイクを売り込みたかったのだけど、「日本で一番トーキング・ヘッヅっぽいバンドです」とかなんとか粘ってみたのだが「興味ないです」の一点張りでコミュニケーション失敗に終わった。「おれ」が「タイプ」じゃなかったんだね。いやん。

 自分で死を選ぶ方・増えていると思う。そこには「絶望」があると思うのだが、そうよね、そうだよね。年間3万人というが、カウントされてない方もっといるんじゃないかな。お隣の韓国でも俳優たちや元大統領まで自殺している。ヒトが「個」になっていることと無関係ではないと思う。でも日本はよく考えてみると「切腹」の国だったね。まあそれは武士文化における「名誉ある死」であるが。

 大坂・という街は侍が少なかった事で封建制度の浸透度が低かった事もあって「メンツ」みたいなものをヒトは重視しない傾向がある。東京の人で大阪来て救われるのはそんなパターンに馴染めた時だと思うが、その大阪人の「合理精神」厭がるヒトも多いけど、ここはポイントである。江戸時代の文化の先駆けが「元禄@大坂」というのも偶然ではない。酒は旨いしねーちゃんは綺麗だ・というような現世享楽主義なんてものがあったと思う。大坂人は日本人にあらず・という気がする。「深刻」が似合わない大阪(大坂)ではある。

 捨ててない過去の80年代前半のミュージック・マガジンのコンちゃんの音楽評論再度読んでみよう。

 ご冥福を・・・

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:10| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

slice of life

 激暑の中、天六まで行く。タオルを持って行くの忘れたので100均にて購入。やっぱ夏は「ガテン仕様」が理にかなってる。蕎麦を喰い・ビールを飲み、中津まで戻りクリュへ。ここはスタバのパクりながら、喫煙席はあるし、おねえさんたちはやさしいし、ナイスなのだった。来てる客がぷーなだけ。

 作業をする。

 おれのばやい・作業である。

 しかし冷房が利き過ぎて、うーん1時間が限界。ざんねん。外へ出る。熱気である。で、家へと戻る。で、どーなんだろうね、この毛穴の「開いたり閉じたり・閉じたり開いたり」っての?

 おれサウナ苦手ですが、要はこういうことなんぢゃないの? そしてそれはある種リフレッシュメントということになってる。ただ自律神経イんでしまう・という話も聞くよね。どっちなんでしょう?

 夏休み前までは早起き・かつ・殆ど毎日飲み会・みたいな生活だったからさすがに夏が始まると同時に疲れも出てきて最近休みの日が「ネムイ」。2日連続寝たきりのヒトだった。

 8月になって夏本番で、これから2週間お盆までギラギラの季節だ。なんか誰かにビアガーデン誘われてたような気がしたけどいつやった? でもそんなことしたくなる。もうどこへてもアヴァランシェちゃんでいってやるー・という気持ちです。夜はまことに快適。もう北海道ぐらいまででも行けそうな錯覚に陥る。ランナーズ・ハイではないが、チャリンコ・ハイも確かにあり、いつもこぎ出しは「ちょっとカラダ重いな」なんて思ってても、風を切って走っていると、降りたくなくなるのね。慣性ですね。ショート・スケールだから上りもギア上げなくともそんなにキツくない。チリンチリンあるいはチーンチーンを着けたいのだけど、テープ巻いてる分、径が大きくなってて、既存のチリンチリンあるいはチーンチーンがサイズ合わない。もう少しがばがばなやつがきっとあると思うのだが、まだ見つけていない。チリンチリンあるいはチーンチーンはないと前のちんたら・ムードの歩行者にイラっとすること多しだから。必需品。サイクルあさひだろうか・やっぱし。城北公園通りに発見した。

 明日にでも早速行ってみようと思う。


 レパートリーがカブるのよね。
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:34| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月01日

過去に包まれた朝

 ああそうか・サーブが今日から里子に出るんだ・と明け方気付き、少し乗ろうと思ってTODO O MUNDO側の駐車場まで行く。

 車検上がってオトコ前になったサーブが、待ってた。もうほとんど・と言っても良いぐらい乗っていず、TODO O MUNDOの店グルマに成り下がっていたのだが、あの一連の出来事さえなければ、アルファと日替わりで乗っていたかった。まあこの時代に二台乗りは逆風過ぎるが。

 さっそくエンジンをかけて上全開にする。午前5:00である。夏の早朝にはよくクルマ乗って箕面を走っていたのだった。最近そんなことは一切ない。でも悪くなかった。

 しばらく乗ってなかったから、運転自体は大丈夫なのだが設備の操作をまるっきり忘れてる。窓開けのボタンの方向が逆で、「開かん開かん」と思いながらむっちゃ閉めていた。キーを抜くのも一旦バックに入れないと抜けないのを忘れてて、力づくでやっちゃうとこだった。

 北港通りに出てUSJまで行ってしまう。なんのため? しかし、当然まだ開いていない。しかし、やっぱりルックス ハンサムなサーブ900Turboコンヴァーチブルは人目を惹く。金髪のおっちゃんが乗っているからではなかろう。両方だろうか。

 ターボもイタ車のそれのような暴力的・ではないが充分に利く。これは自分で持ってると好きになるね。ただ、ヒトにもグレードをやや要求するきらいがあるね。オトナのクルマだからね。

 シロート受けもはなはだ良かろうと思う。世の中シロートだらけ・が現実でもある。

 乗っているうちに変な感じになってくる。屋根は開けているが、空気はクルマとともに動いている。その空気とはおれにとっては「過去の空気」であってこのサーブでの出来事があれやこれや甦ってくる。出会った日・買って乗って帰った日・西宮〜高野山〜新世界〜新地の一日がかりの移動・能勢の雪道・熊野・店からの帰りのトドムンドガールズたちの蛮行。同時にいろんな手触り・当時の呼吸・煙草の煙の消え方までが現れては消える。

 死ぬ寸前にヒトは走馬灯のようにオノレの人生の場面がフラッシュ・バックするというけれども、多分これで乗る事もないだろうという予感がそれを引き寄せるのかもしれない。唯一の非ラテン車だった。珍しいことである。でもイブラヒモヴッチのように丈夫。しかしこれがまた今や中国車だった。時代は変容する。中国車と言ってしまうのにはかなり抵抗あるなあ。

 旧スウェーデン車はガラパゴス化の産物である。オーストラリア化と言っても良い。有胎盤類と有袋類ぐらい他の国のクルマとは異なる。もちろんサーブは有袋類の方ね。硬い鉄と飛行機のテクノロジーを活用したというようなユニークさがあった。同じスウェーデン車でもVOLVOの質実剛健とも違ってそのフォルムには知性を感じた。それもちょっと変な知性。メルセデスのようななんでもおりこうさんというのではなく、理系だけがよくできる高校生・例えて言えばそんな偏った知性。その一般的じゃないとこがいいのね。基本的に一般的・は好きじゃない。おれみたいにラテン車10数台乗り継いでいるヤツには・というかいるヤツだからこそ、サーブの美点もわかるのかもしれない。イタ車フランス車って基本的に武闘派かナンパだから。官能ってのはあるのだけど。サーブは堅いけれど付き合ってみると、その狙ってないかっこよさに惹かれて行く・そんな感じだった。

 時代が変わってみんながクルマの事に詳しくなくなってくると、余計にその偏りが今突出する。オープンで走るとほんとにカッコいいな。プロムナードカーだからブスは乗せれんけどね。それ・何もかも台無し。

 10年乗ったクルマというのもおれには珍しく、やっぱりそれはとても丈夫だったから・ということがある。メカのイタイさんもあの放ったらかし方・イタ車なら少しは心配しただろう。オープンとはやはり「ハレ」のクルマで、それは今ちょっと自分にはキビシいな。気持ちだけ数年前に戻っても意味ないのだった。

 いろんなものとの別れがこれから待っているが、その中の一つであって、これは別の存在になるためには避けて通れない事だった。と同時にやっぱり過去の自分の選択にも「悪くなかったな」と思えるのだった。単なるノスタルジアではないと信じたい。

 粋な男・を捧げよう para SAAB900Turbo Convertible, OBRIGADO.
posted by 浪速のCAETANO at 19:29| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | サーブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする