2010年12月30日

年末4

 大晦日〜元旦、荒れ模様になるみたいだけど、そんな年越しもなにかの象徴の様で良いのでは。受け入れようと思ってます。

 大晦日の TODO O MUNDOは21時ぐらいから、いろんなミュージシャンが入れ替わり立ち替わり訪れてくれて演ってくれることとなっています。われわれとともに年越し派遣村・はいかがでしょう。炊き出しあります。飲み物はお金払ってね。

 出演者・というか、立ち寄ってくれる人々:

 キングちゃん・カオルちゃん・ユウミちゃん・中西くん夫婦・レスザンゼロ

 キングちゃんはカオリーニョとの「カオキン(ずるっ)」という無体な名のユニットにて。

 カオリーニョ藤原単体でも。

 ユウミちゃんは、そのとき誰がいるかによりますが、カオリーニョor浪速のカエターノとのデュオも。

 中西夫妻はフラメンコ。浪速のカエターノおよびカオリーニョとの共演があるかも。

 レスザンゼロも「4曲」やるそうです。一番打者。

 その合間合間を浪速のカエターノがホスト的に埋めていく・そんなことになるのではないかと思われます。まあインターヴァルごとに酔っぱらい度が確実に増していく・そういった浪速のカエターノの「崩壊度」も見物かもしらんですね。

 まあ・そんな固い「会」ではないので、ラフに年越しを楽しもう・ということだよね・そうだよね。

 TODO O MUNDO自体は18時から開いてるのかな・どうなのかな? 店長との確認不足ですが、多分大丈夫でしょう。トドムンド日誌にて確認してください。特に何も書かれてなければ定時オープンです。

 
 冬講習も前半は本日で終わる。とりあえずインターミッション。

 正月は親と旧い友人たちと会おうと思ってる。魚のうまい土地柄、毎日カルパッチョを喰ってやろうと思ってます。

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:02| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月29日

年末3

 過去というものはほんとに美しいが、まあそのう・これは「そうあっていただきたい」という切なる思いが脚色してるってこともあるんだけど、今がこう美しくないと、その色のつき方もVIVIDになるのであった。

 過去に豊富にあって今にないもの・それは「時間の無駄」だ。「無駄な時間」と言ってもいいだろう。スローな生活とも言える。スローライフなんて言われるとちょっと違う。お金持ちの余技・なニュアンスはビンボー人には鼻につくの。

 スローであるしかなかった時代の「普通の人生」とは効率なんてことを考えつつも、さほどその効率は上がらず、だけどまあええか・みたいなものだった。

 おれは来年ぜひやってみたい・ということがありまして、それは「夜行/寝台列車」に乗って旅をする・ということなのだけども、それも過去の記憶から来ていることで、それは京都〜長崎を走っていた「特急あかつき」が印象深いからなのだった。

 あかつきにはA寝台とB寝台があったと記憶するが、B寝台が楽しいのね。三段ベッドだった。おれは上段が大好きで、よく代わってもらってた。ものすごく天井低くて、そこで腹筋したら顔面を天井に痛打!!ほどの低さだったが、カーテンを閉めるとこの列車は京都や長崎へと向かっているのが非現実的に思え、どこか知らない国へ実は向かっていました・などという妄想がかなりリアルに立ち上がってくるのだった。

 それは夜行列車の「愉しみ」なのだが、その上段というシチュエーションもそして夜であるという現実も何かしら、秘密めいて、さらに人によってはこれがあかんねん・とも言える「規則正しい揺れ」と「音」が更なる「架空の旅」の真実味を増すのだった。

 P&G時代にヴィックス・ドロップのCM撮りでブルートレインを一両借り切ったことがあった。それも「あかつき」だったと思う。それが寝台車に乗った最後だ。

 寝台車がどんどんというか・もう全廃されたのだろうと思っていた。思っていたら「急行きたぐに」というのがまだある・と知った。それも大阪!!!から出ている。そして行き先は新潟!!!である。新潟の村上にはおれのラヴであるところの「〆張鶴」と「大洋盛」がある。そしてもううまいもんは「満載」だ。

 なんとしても「お金」と「時間」を作りたい・と思った。かつてのおれなら、明日にも行ってしまいそうだが、現実と欲求は割とすれ違うのね。

 自分は「鉄」ではなく、どちらかというならどこへでも「クルマ」なニンゲンだが、今になってかつての感覚が鮮明に甦ってきたよね。その時の「心情」までもね。突然の出来事でやや戸惑っているのだが、こう思った以上は是非実現させたい。

 こんなことを思うってのも、「年末」ならではだなあ。なにか一瞬「重し」が取れるんだろう・と思う。不思議・である。


 なんだかノスタルジーとは際限ない。裏表で「一曲」というすごいアルバムだった。いわゆるプログレだけれども、とても中学時代すきだった。



 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:54| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月28日

年末2

 この正月周辺は寒波到来らしいね。初詣寒そうです。

 正月のいいところは電車がオールナイトであるところ。

 毎日そうしてよ・といいたい。街も人もかっこよくなるのに・と思う。

 さっきまでわーわー盛り上がってた場が「あ・終電なくなる」とそわそわ・そしてそそくさと帰ってしまう方々の行為によってどれだけのダメージを受けるか・なんてのは、残されたニンゲンにしかわからない。店を長くやってると、そんな目にばっかり遭っているわけで、そしてそれは帰ったヤツを責める・なんてのは筋違いなのであって、だから毎日一時間に一本とまでは言わないが、3時・うーん、2時でもいいから、「忘れた頃の最終電車」というのを走らせてもらいたい。JRならびに各私鉄のみなさま。

 便宜だけではなく、いろんなドラマ(犯罪もかな)・そんなのも込みで起こるようで何かわくわくする。やっぱこの時代、飲んだ後、タクシー代エクストラで5000円とか一万円とかはきびしい。トドムンドではMK呼びますけどね。でもMKだっていつも「ハイハーイ」と来てくれるわけでもないし。

 盛り上がった話がどこかにおちつくのが2時ぐらいなのよ・経験上ですが。それが11時半ぐらいに「放置」されるこの「やるせなさ感」ときたら・ないもんね。おれたちまあまあ酒強いので、ええ感じに酔っぱらってくるのが11時過ぎとすると、そこからギアチェンジしてアクセル全開なのに路がない・みたいなことになっちゃうんだね。

 JRも私鉄各社も「公共」を担うつもりがあるのなら、そんなもうひとつきめ細かなことをやっていただきたい。株価も上がるのに。まあ車内は毎日「げろだらけ」というような「マイナス」要因も予想されるけど。

 今・カネ持ってないヤツを元気にさせないとあかんわけよ。あちこち飲み歩けて時間も気にせずどんなタクシーでもokokと拾って帰れる人はどうでもいいのね。たまに飲むぞー・という気になったやつに、心残りなく飲ませてあげれるような環境づくりってのが大切だと思う。一般論だけど、やっぱストレスフルな社会でしょう。ガス抜きは必要で、どんぐらいガス溜まってるかなんて他人にはわかんないし、わかんないことは「カウントしない」ってことになってるけど、それが未来の不幸のげんいんでもある・とおれは思ってて、数値化されたものばっかりが・顕在化してることだけが・「政策の対象」みたいなアタマの悪さではあかんのよ。

 深夜列車を最初にやった私鉄・これはみなさんから大賞賛されると思うけどね。


 よき時代のど真ん中のポップソング
 
posted by 浪速のCAETANO at 16:41| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

年末

 講習はあるが店が年内最後の休みで気楽だ。

 昨日はわがまま娘が「M-1」を見るのが恒例行事となっているから、一時間塾を早くしてくれというからそうする。すると5時に終わって、「鍋でもしようか」という気になる。

 鍋の材料はほぼ常備してあって、別に何かマストアイテムが一つ足りないから「もはやこれはおれの鍋ではない」などとは最近は言わない。もう全く言わないわけで、昨日も「魚」がなかったのだが、そこは「鯖缶」にて代用する。鯖缶はなかなか「ヤル」とおれは思う。三杯酢で和えてもうまいし。

 そんなお気楽一人鍋・あるときは二人鍋をほとんどこれでやってきた・という電気鍋(テレホンショッピングでよくやってるあれ)が、電源入れても作動せず、材料も用意して「鍋のくち」のおれは途方に暮れたのだが、「ちょ・待てよ」とガス携帯コンロの存在を思い出し、カセットガスを振ってみると・残量が心もとない。で、コンビニへ急ぎ、カセットガスを保険で買い、普通のコンロで鍋をし、そしてこっちもってきて、その心もとない残りのガス使用で鍋敢行だった。その鍋はフライパンで代用。そのフライパンは中津商店街のちょっとアタマおかしいと思える荒物屋(だってね・まあまあいいフライパンとティッシュ5箱が同価格だってんだからね)で買ったやや深くやや狭く・な鍋にぴったりな仕様になっていたわけで。

 その後、店長に頼んだ「競馬」の結果等に思いを馳せ、「万馬券」への道とはいかなるものかなど考えていたら、そのM-1が始まってしまったので見てしまった。

 しかし、決勝といっても4位以下の人たちってぜんぜんおもしろくないよね。もはや、お笑いの時代ではない・という思いを強くする。そんな場合じゃないのよ。これがねえ、現実に戦争になっても同じようなことができるなら認めてあげたいが、そんなラディカルな根性もってるようなやつはほとんどいなかった・と感じる。

 笑い飯の芸風・なんか既視感があるなと思っていたら、思いついた。おれは「のりお」に似てると思う。「過剰さが狂気と一瞬クロスするところ」が。

 それから「坂の上の雲」の第9回も録ってたのを見てしまう。

 「龍馬」もそうなのだけれど、特に近代の形成に携わった人々の話を今見るのがなんか辛くないですか?

 龍馬は最後殺され、秋山兄弟もそしてその周辺にいた人々もさまざまな試行錯誤をした結果・・・・・・・・・・・・・・「今のおれたちがある」そしてその社会はこんなに良い社会になった。ここんとこの結論がないと、おれはそんなドラマ自体が現在「機能」しない・と思うから。

 それが多分、バブルの頃まではそんな過去の人々の偉業を讃えることの出来る精神がまだ社会を覆っていたと思うのだけど、結局今・というと、そんな先達の遺産を食いつぶしたあげく借金まで作って「沈没」しようとしている国家に棲むニンゲンとしては、なかなか見るのが辛いわけである。

 司馬さんもなくなる前、そんなことを危惧していたと記憶する。

 なんだか最近は近代史をモチーフにしたものを見たり読んだりってのがつらい・そんな気がしている。

 それが読み物・見て楽しむものとして成立するためには、日本の近代がとりあえずも成り立っていることが条件ではないのだろうか。

 こないだ中国人・韓国人たちに「何か歌ってやー」という話になったとき「チミらはあまりに世界を知らんと思うが、これらがチミらがもうすぐ無視できず、そして消費もすることになる国の歌である」といってブラジル歌謡を歌ったのだが、興味がありそでうっふん・なさそでうっふんぐらいの感じだったけど、明らかに世界のヘゲモニーの行方が混沌としている21世紀初頭ではある。

 今・ふと思うが、やっぱり第二次大戦のダメージはPTSDのようにわれわれ日本人を捕らえている。アホのワカモノもそれは形は違えど同様ではないのかな。「アメリカ」ばっかし見てるなんてのも、おれがアメリカが大っ嫌いってのと表現は逆だが、その元になった事柄は同じこと・のような気がした。たとえ、日本がアメリカと戦争してたなんて「知らん」もんのすごいアホの子であってもね。

 今まで経験した中で最も憂鬱で最もそわそわする年末だったりする。年末が終わって新しい年が始まるのがおれは少し怖い。カナリアとしては。

アストラル・ウイークス
posted by 浪速のCAETANO at 23:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月26日

くるくるぱーの二日間だった

 24・25とTODO O MUNDOでは「わいわい」な時間が過ぎていく。

 24は中国人生徒の友達たちがバイト終わりで集まる・ことになっていたが、これがまた集まりが一糸乱れぬ・わけがなく、集まるだけでかなりの混乱をきたし、さらにそこに韓国・台湾と異なる国民性が混ざり合って、極東サミットみたいなことになっていたのだった。

 やはり「勢い」があるのは「CHINESE」である。というか「一人のチャイニーズ」とここは正確を期しておいた方がよかろうか・と思う。暴れ回っていた・が正しいと思う。授業中暴れ回ると、学級崩壊なのだが、まあそんなこともなかったことはないが、店で暴れるのなら、まあ少しは多めに見てあげるわけだった。

 少し驚いたのは後から来た韓国の男子が、「申し訳ありません・タバコすってもよろしいでしょうか?」と訊くので、「どうぞどうぞ」と言えば、「目上の人の前ではそうする」という「目上って誰や?」と周りを見渡せばなんのことはない・おれでした。だはは。

 「儒教」がいまだ見事に機能していて、びっくらこいた。ちょっとしたカルチュアショックよね。

 後から来た韓国人も最初、おこた部屋にきつきつで入ってるのを見て、「なにこれー・狭過ぎー」と一応コンプレインしておったが、おれは「うそつけー」と思っていたら、案の定、5分後には「狭さ」を楽しんでいた。ダイジョーブよん・おれたち東洋人なんだから。

 しかし、そのバカ中国人一名にヤラれ、落ちてしまい、ふらふらの体で家まで帰ったのだった。そして、翌日は冬期講習初日。

 目が覚める。1:30である。「1;30かー」

 ん? 1:30!!?

 冬期講習は1:00からでした。

 慌てて起きて、玄関まで行くならみなさん踊り場に溜まっていた。「いやー・ごめんごめん」

 こんな時も「笑って終われる」そんな人間関係。こいつらみんないいやつ・なのである。もちろん、その分時間延長でね。

 お詫びのしるしにみんなをクルマで豊津まで送り、さて次は「すき焼き大会」です。

 おれはもうほとんど食欲・性欲・出世欲・にいたるまで限りなく「ゼロ」に近く、やっぱイヴェントが2日続くとなるとその2日めはややぐったりなのね。

 気力を奮い起こしてなんとか店まで行く。店まで行けば仲間がいるのでなんとなく紛れる。

 結局、14・5人いらっしゃいました。「おとなのすき焼き」どうだったでしょうか?

 さすがに、終わった後そんなに飲めず、早々に帰る。みなさん、ごくろうであった。

 そして早く寝て、本日は準備万端にて子供たちウエルカムね。

 くるくるぱーの二日間だった。しかしなんとなく「ピース」なクリスマスだった。本意とするところである。


 かっこいい。
posted by 浪速のCAETANO at 14:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月24日

NATAL



 日本のクリスマスは商業クリスマスで、ノー天気だった日本人には、それはそれで良かったと思うのだが、今年はなんだか暗いね。

 やっぱクリスマス以外の「年末」「年始」、特にやっぱ年末ですね。日本人らしいのは。だー・おりゃー・げろげろ・そういうのが最も似合う・そんな気がする。

 もう今や人はクリスマスだからっつって過剰に騒がないでしょう。東京の一部地域は別かも知らんけどね。おれも周りに外人いたりしたら、それなりのことはしたいけれど、あ・外人おった。中国人に韓国人。まあ韓国人はこれが意外にキリスト教徒多い。中国人にはいないと思うが、商業クリスマスの日本人をなぞっている気がするが、まあ少し興味がある。

 

 もう年末年始の講習にはいっていて仕事嫌いには「休めない」のは辛いのだが、これやんないと「年が越せん」のでね。

 しかしこの人たち(⇩)ほんとにすばらしいです。世界最強。
 
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:27| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月23日

直った!!!

 根性が曲がったヤツも・周囲の暖かさなどにより、いいヤツになる。
 
 アヴァランシェちゃんも、そのハンドルは激しくねじ曲がっていたところを「熱」により、元の姿に戻ったのである。

 「今井自動車」のおっちゃん・サイコーであって、それが直んない場合、おれにしたらハンドル探すか・新しいチャリ買うかの2択だもんね。そうなるとまた「出費」を考慮せざるを得ない。そんなときに「足下見てくるヤツ」だらけのこの21世紀最初の10年の最末期になんと
「1500円」だった。

 行ったときおっちゃんというかおじいちゃんいなくて、おばあちゃんが出て来て「いくらって書いてんの?」と言うから1500円ですー・と嬉しくなったおれは明るい声で言うと、「うん?」と不審そうに考えてるから、ひょっとして「15000円の間違いか?」あるいは、うちのじーさんはいっつも値段安して損ばっかりしてる・みたいな長年の鬱積した何かが今ここで出ないでね・見たくないですー・などいろいろ思ったが、おばあちゃんは「と・いうことはパンクちゃうな」だって。どこかの田舎行ったかのようなのどかな空気が流れていた。

 おれみたいなややこしーののパンクは1000円だったけど基本500円です。

 思うのだが、サイクル旭とかてるてるとか自転車量販店とでも言えようかというチェーン店あって便利だけど、この「融通のつき方」ってやっぱ街の自転車屋さんならではだ。すばらしい職人技でした。おじいさん・おばあさんがちゃんと喰えて幸せに生きていって幸せに死んでいって欲しいと思う。まだ死なれたら困るが。そこに「リーチ」出来ないなら、その国の政治は「ダメ」でFU○Kである。

 あんな「良心」の下で日々を生きていらっしゃるおじいさん・おばあさんを更にイヂメよう・ってのが今の政治よね。ものすごく簡単に言うなら。おれもそっち側にセグメント分けされるけど、敢えてそれでいいよ。

 さらに悪いことは、今はリアルな「戦前」。このみなさんの「狂い方」が「かつての戦前」とそっくり。こんだけ「反中」の機運が政治家からメディアから一般の人々まで高まったなら、アメリカも「許して」くれるかもしらんね。けしかけてくれる・というか。

 よーく・考えていただきたい。日本の最大貿易国とは今やアメリカではなく・中国である。日本と中国が戦争するなら貿易はもうできない。じぁあ中国にとっての戦時の貿易相手はどこになる? おいしいとこいただくよね・アメリカって。

 要は、アメリカだけが「富めばいい」のであって、だからアメリカに再度の軍国主義化を「許して」いただくなんてアホの極みである・ってことはよーっく覚えておくべきだ。

 明日は中韓合同忘年会&クリスマス会がTODO O MUNDOであるが、おれは地味ながら底辺外交をして一緒に酒飲むつもり。

 
 Willie baby


 

 

 おじいさんは、やっぱりハンドルを熱して柔らかくして戻したと言っていた。ほんとにありがたかったのだ。
posted by 浪速のCAETANO at 13:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月22日

崩れる・壊れる・で直る?

 意外に「最悪」な状態の時は、何らかの転換への圧力がかかり、何かから追い出されていった先に「世界」が待っていることも多いと思う。泡宇宙論みたいだが。

 何かをリセットするようなことともそれは少し違う・と思う。少なくとも自分以外の意志で「そこに居られなくなる」のだから。

 そしてその自分以外の意志がメインに働いていた場もそんなに長持ちはしないのだ。闘争の場だったからこそ、緊張感が存在し、それがなくなったら待っているものは内部崩壊だ。驕る平家は久しからず。

 と・小沢くんに言いたい。

 「国民の生活が第一」とは、それが実現されるとするならそんないいことはないわけだから、その政治を実現することにどんな立場になったとしてもやっていただきたい。もう・党除名はほぼ決定なのだから。

 さてアヴァランシェちゃんがやや悲惨なのであって困っているのだけど、本日も気楽にスーパーへ行こうと階段降りたものの、「おーまいゴッド」チャリないんだった・そーだった。なんだか、活動的じゃなくなってしまうのね。しかしこれ直るのかなあ? 金属ってあんなに曲がると戻っても「ぽきっ」と折れそうである。とすると、ハンドルだけ交換できるんだろうか?

 最悪、買い替えよね。ほんまにおれの周囲・機械が壊れていく。G5にアルファにアヴァランシェ。こう立て続けに壊れてくれると、きっとおれ本体の身代わりにインでくれてるのだ・との確信は強くなる一方だが、しかし、ちゃりんこはですねえ・中津に来てもう既に3台目なのである。一年半で三台インでしまう・あるいは持って行かれてしまう・とはなんなのだ? と思うわけでした。浮気性がOS化されているオンナの人みたいに去られていくのはちーと辛い。「あ・バチ当たった!!!」のかもしらんが・うーん・そうかー・そうかなー・そうかも・と胸に手を当てる。

 やっぱアレかね? 熱く熱して元に戻さんとダメよね・きっと。それは不可能に近い気がする・となると、ハンドル交換の道を探るしかないのだろうか? 買い替えはいやだな・アヴァランシェ気に入っていたのだ。だから。FXシリーズのあのフォルムがいいんだもんね。ようパンクするとかわりと「くだらないトラブル」は多々あるのだが、やっぱルックスって大事なのかも。人は記号に弱く・というか・もうほとんど記号にしか反応していない。

 ちょっと自転車屋さん何個か廻ってこよう。

 彼女headsのgirl friend is betterみたいな・ね。

 
 
 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:09| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月21日

さて・やっと年末ムード

 昨夜のカオリーニョ・すばらしかったですね。

 まあ・おれも末席を汚しておりましたが。

 しかし、その後の打ち上げ@TODO O MUNDOで「挨拶はするが・詳しくは知らん」という方々と、じっくりお話しできてよかったです。しかも次に繋がるなにかもそこにはあったかのような・そんな気もするし。

 RAIN DOGSのオーナーが亡くなり、RAIN DOGSもまた今月でなくなり、ただしかし、残されたニンゲンはそこから何かをまた性懲りもなく模索するわけで、その模索の意志がなくなることが最も悪く・ただしかし、そこまではいっていないまだ・という気がした。それが救い。

 一仕事終わって、急に「年末感」が立ち上がって来た。

 この時期も猛暑の夏同様、肝心なことペンディング・な時間帯だなあ。しかし、そんな時間帯がまだその役割において「機能してる」こと・そこにもまだ「救い」はある。

 盆と正月・とはよく言ったものだ。

 気が緩むことは悪くない。緩まないことには締めようもない。緩むことが倫理的にあかんような風潮と、仕事に追われてることがかっこいいような風潮、どちらもこの世から消滅していただきたいが、そうもいかんだろうな。そのいい塩梅・な感覚ってスキャンすんの・日本人ヘタよね。

 今・必要以上にある組織でがんばる・なんていことは、誰かを不幸にしている・とも言える。それが「資本主義」なんだから・と言われても、それで多くの人が幸せではないことが、ではその資本主義自身がダメなのか・そんな資本主義がダメなのか・そのどちらか・ってことになる。

 21世紀も10年過ぎようとしている。こんな最悪の時代になるとはね。ただ・何が悪いかってのがそろそろみんなに見えて来てないだろうか。メディアはそれを隠そう・笑いとギャグで誤摩化そう・とはしている。いつまでも続くかな。本質が見えてる人は増えている。ただ、アホも大量生産されている。

 どうなるのだろう?

 良心的な営みが、そっち側のシステムの中に絡み取られていくのをおれたちは何度もみているが、昨夜のような場に足を運んでくれるような人を増やすこと、そしてその人々と何かを共有すること・そんなことぐらいしか今のおれたちにはできないのかもしれない。

 上等や。
posted by 浪速のCAETANO at 18:29| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月20日

めでたくて・痛くて・びっくり・なんでまた めでたくて・痛くて・びっくり・なんでまた?

 冬期講習を前にライヴが2連チャン。それもさほど責任のないライヴでまあお気楽だ。

 大体、自分主催というのが多くて、客入りのこととか(実際はあんまり悩んでもさほど結果にはカンケーないけど)・進行のこととか・アタマ痛いことが多いのだが、いってやってかえる・みたいなのは大好物。

 今日はカオルちゃん(カオリーニョ)のレコ発がRAIN DOGSで。

 昨日はBossa 姫と後輩主催のパーティ。

 まあ営業が出来てよかった。

 しかし、帰って店に戻るときチャリをこいでると、なぜかわからないが、走っててチャリがアンコートローラブルになる。おそらく着ていた長いコートが車輪かギアに巻き付いたのだと思う。

 「なにすんの・あんた・ちょっとまちなさいよ・いや・まぢで・お・おおお・あ・あっ・うわ・うわ・うわっ」

 そんなことがこれもおそらく3秒ぐらいの間に起こり、地面に叩き付けられてしまった。両手でステアリング持ってるバヤイ・まあそのう・顔面からいっちゃうわけで、左顔面を傷つけてしまった。

 「あああ・おれの美貌が・・・・・」

 店長とヒゲオトコに介抱され、アヴァランジェちゃんはステアリングの左がうにぃいっ・と曲がってしまった。かなりの衝撃だったと思える。と・思える・と他人事のように言ってはいるが、なかなかショッキングだ。いや・そんなことよりも・・・

 「ううう・おれの美貌が・・・・・・・」

 そんなわけで、こんなカオで本日のめでたいレコ発に参加するわけですが、うちのアホがおんなじようなことが友達の結婚式の前日にあったような・そしてその崩壊したカオはめでたい式において存在そのものが嫌がらせであった・そんな記憶があるが、それと同列ということになると、なんだかプライドが・・・そして、おれの美貌が・・・・・・。

 しかし、こんなカオのライヴも「貴重」です。カオルちゃんのためにも、本日・今月一杯で幕を閉じる素敵なライヴハウス・RAIN DOGSへ・いらっしゃ〜い。そして発売したてのカオリーニョ「ボサノバ日本一」を手に入れてください。

posted by 浪速のCAETANO at 15:18| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

ジャンヌ・ダルクがここにいる。

ジャンヌ・ダルクがここにいる。 

 元から論理破綻している、これらの人たちに対してなぜこういう風に「森裕子」議員のように誰も言えなかったのか?

 「保身」しか理由は考えられないのだが、それとは逆にこんなすばらしい国会議員がいることが嬉しい。

 森議員の言ってることはおそろしく「偏りのない意見」で、しかし、これが「反論」に聞こえるほど今の政治も報道も「偏って」いるのだが、森議員の言うように、おそらく誰もピンポイントでその内容を指摘できない「小沢の政治とカネ」という「プロパガンダ」を毎日数分垂れ流すことによる言わば「サブリミナルな洗脳」なのだが、それによって、例えば田舎のおとっつぁんやにーちゃんなどは、「政治に対して」なんか言わんとあかん時、これ言っとけば、まあ大丈夫ってほどな「潤滑油」みたいになってるほどだ。「小沢だけは・・・」みたいな。

 しかし、小沢くんのどこがどういけないのか・誰も言えない。森議員も言っていたように、西松建設の問題や秘書が起訴された問題も所謂、厚労省の村木さんの事件に限りなく近づいている。

 新自由主義とは、誰か大成功する人間を作り上げたなら、そいつが、成功していない人間を「引っ張りあげ」社会のレヴェルが上昇する・という理論だが、しかし、こんだけ「個人主義」「功利主義」が蔓延した世でそれをやっても、大成功した人間の「欲=GREED」は完結せず、もっともっと・と肥大する。

 その後、全体の経済が大きくなっていくのであれば、残された人間もそれに引き上げられることもあるだろう。しかし、経済全体が縮小しつつある時期に、成功者の欲と資金はさらなる利益に向かうとすると、その利益とは「取り残された人間の懐」から持ってくるしかない。

 これが今の世の中を覆っている「構図」です。ユニクロなんて分かりやすすぎるぐらい。おれはユニクロなんて死んでも買うかー・と思ってるけどね。インナーは・しかし、ソックスとかヒートテックは持っているが・・・しゅん。でも、アウターはやーよ。トランクスもだ。

 お金持ってる層・例えば今成功しているひとたち・いい会社に行っているひとたち・大企業経営者・政治家・官僚と言われるひとたちが、現状を維持したい・守りたい・そんな気持ちはわからんでもない。ただ、一家の家計なんてさ、家族四人とかでも年収一千万ぐらいでかなり豊かに暮らせるわけよ。この年収一千万チームがどちらの側に入るのかは「ビミョー」ではあるが、今の制度や仕組み・そして力持ってる側がやろうとしてることは、現状を維持するために必要なお金を、力持ってない側の年収を削って取り込もうとしていることなのであって、それがFU○Kなのだ。

 そしてそのお金の多くはなんと・あろうことか「アメリカ」へと流れていく仕組みなのが更なるFU○KED UPということなのだ。

 みんな目の前のことにしか反応できないように「飼い馴らされ」ちゃってるし、ひどい個人主義の中で育っちゃってて、その怒りをストレートに出すことも憚られる世の中に作られ、それは内向し、更に弱いものへと向けられる・最悪の場合・そういうことが起こる・そんな世の中だ。おれは犯罪の多くは「社会の空気」によるものだと思ってる。

 小沢くんへのプロパガンダも、その既得権益を維持したい人々の総意として、その障害になる人物を排除しようとしてやっていることなのよね。よくよく考えたいのは、今の小沢くんのいない政治が、政権交代する以前よりも「悪く」なっていて、その主体は小沢くんを排除するのに躍起になっている。そしておれたちの生活はどんどん厳しさが増している。

 ラテンアメリカなら「暴動」から「革命」へというようなことが十分考えられる・そんな時である。

 小沢一郎=蘇我入鹿なのだった。

「国民の生活が第一」とは「小沢くんの」キャッチ・コピーであった。そして、そこいらの政策に期待しておれたちも民主党に投票したんではなかったかな。その小沢くんがいない民主党は違う民主党なのはだれでもわかるよね。

 森議員の言ってることを一度ちゃんと聴くべきだと思います。


 現代の「藤原氏ども」これでも喰らえ・だ。ニンゲン辞めちゃうから。退化するぞ・ばかやろー。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:45| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月14日

ちょっと憂える

 そうやんなあ。おれもいつの間に「日米安保条約」のことが「日米同盟」になってしまったのかなぁ・とぼんやりアタマで思ってた。

 中曽根の前の鈴木善幸内閣の時(1981)にそれは、なんかアメリカ側からのハメ・と日本側の「言いたいことよう言わん」が重なって、そんな大事なことが「決定」したとは「お粗末」な話であって、その後の中曽根内閣のときから「ロン・ヤス」関係になって同盟度が深化しだし、それになんらか逆らおうとした、経世会系の橋本・小渕両総理の尽力も虚しく、あとは清和会の首相の元で森・小泉・安倍と続き、民主党政権にはなったものの、小沢・鳩山と結局は退場させられ、今は清和会よりもアメリカの言いなりな状態というわけだったね。

 もう田中均というおっさんは最低だった。なんだかひとりでイライラしていて、「もうそんなことは決まってるっちゅーねん」光線出しまくってて見ていて不快。あれが小泉電撃訪朝の仕掛人ということはよく覚えとかないといけない。もちろん、数人連れ帰った・ということは良かったことだとは思うが、そんな一部解決はちっとも解決ではないとはみんなが思ってる。

 だから、そんなことが最も大きなベースとなって、おれたちはアメリカの文化ばっかり、体感させられてきたわけで、さほど質的にそれが優れているとも言えないそんなものばっかりを「外国と言えば」「まずはアメリカ」というようなあまりな短絡でもって、体験させられて来たというわけだった。

 あんましかっこよくないよ・アメリカって。要するに自分ちの家計の苦しいのを他所を奴隷状態にすることによって安定的にお金貢がす・なんてシステムを全世界にネットワークしたいだけ。日本が今そんなことになっちゃってるが、その前はラテン・アメリカがそうだった。

 その後南米の国々はがたがたになり、その反動で「社会主義国」が「いまどき?」な時間帯にどんどん誕生した。ヴェネズエラのチャベスがよく知られているが、ブラジルも左派政権だし、今回の女性大統領だって元左翼ゲリラだったはず。

 しかし、アメリカはまた更なる転換を図っていて、現在は「ペルー・チリ・コロンビア」に反・社会主義政権が誕生してる。こないだの炭坑の救出劇の時のあの大統領の必要以上の「出演=主演」は記憶に新しいが、彼は、そのリーダーの一人だ。コロンビアなんて、麻薬国家だったくせに、「お金儲け」を目論む人々にとっては「注目の国」であるらしい。ほんまか? とにわかには信じられんが、なんかアメリカは金儲けのポイントを見つけたのだろう。両肩で気持ちよくノル・あのクンビアのビートに浮かれてるうちに大切なもの取られないようにね。

 アメリカは「中国」もそういう風にしたいのだと思う。そう思うと、中国のあの政治的な硬直はそれを防ぐ意味で「今んとこ有効」ということになる。アメリカと同じ地平に立つことの「なんとなくヤバさ」なんてのは中国首脳もわかっていると思う。

 日本は大変だ。地勢学から導かれるべき姿勢と逆方向へ間違いなく向かっていることが、その無理強い・な姿勢が、次の戦争へと導く・そんな可能性が出て来た・と思う。もちろんそんなことはあって欲しくないが。

 それもこれも、そんなコドモ騙しみたいなことで、今の「日米同盟」が成立してしまった・ということに「脱力」せざるを得ない。しかし、日米安保条文にはそんなことはいまだにひとつも書かれてはいないのね。その矛盾はいざというときどう処理するんだろう。

 アメリカに「奉仕」することで、「自分」がお金儲かる・なんておっさん・おばはんらが、えっらそうに喋っている図はあまりに醜悪で、しかも、その原資は税金である。おれが、借金してまで払い続けていた消費税ももちろんその中に入っている。さらに法人税減税を
発表しちゃったバカ管・だった。もうこれで、消費税アップは決まったようなもので、大会社の経営をビンボー人が助ける・という構図がもう誰にでもわかるんじゃないかな。富めるものは更に富み・貧しきものは死んでちょーだい・そんなメッセージがそこにある。

 仙谷は沖縄に「基地があるのは我慢せえ」と言っちゃった。

 そして小沢くんを切った後は「自民党との大連立」が視野に入っている。大政翼賛状態・というのは70年前にあったのね。そんなこと、覚えてるおじいさん・おばあさんもどんどんいなくなってる。人は成長しない。バカが何度も自分の欲から同じことを繰り返しているだけ。その繰り返しのわるいところは、繰り返されるたびに逃げ場が・遊びが・なくなっていくところである。

 ううう・息苦しい。


 EVERY JUNKIE IS LIKE A SETTING SUN.
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:22| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月09日

ジョンの魂に触れることは

 30年前の昨日、転がり込んでた彼女のアパートで「パンクとレゲエ」に関する卒論を書きながら、習慣的につけていたFMラジオから、ジョン・レノンの暗殺を知った。

 今・ジョン・レノンはどう聴かれているのだろうか?

 今・ジョン・レノンは日本にそぐわない。似合わない。

 10年ほど前まではこの時期、無性に「Happy Christmas(War is over)」を聴きたくなったものだった。今はそんなことはない。

 「War is beginning」だからというのもある。あるかもしれないが、それだけではない。

 あの・彼が作った旋律と鼻にかかったあの声は受け入れられているはずだが、彼の思想はどうなのだろう?

 今・ジョン・レノンは奉られている。奉られる・ということは、リアルとは一線を画す。次元の異なる「場」に行かされてしまっている・とおれは思っている。誰がそれをやったのか? 間違いなく残された人間がそうした。オノヨーコのことを言っているのではない。

 その後、ジョンの遺産で喰って来たすべての人間のことである。その際にはオノさんも消極的にその輪の中に含まれるかもしれないが、オノさんにはさほど罪はない。

 ジョンのメッセージ・それは、ジョンが今生きていないということを担保にして、「棚上げ」されている。架空のもの・とされている。

 ジョンのメッセージとは「反戦」「平和」「愛」だ。

 今の日本で、これらをバックボーンにして生きるということは「非国民」となる。「負け組」にもなる。

 ジョンとヨーコが敢行した「ベッドでだらけて・愛と平和・そして反戦を訴える」というあのデモンストレーション。今の日本でそれをやるなら「非国民で負け組」でしょう。

 ものすごく「安全」なモノとして取り扱われているのがジョン・レノンだったりする。それは日本人がやっぱりあんまり英語がわからない・ってのがひとつある。

 おれは思うのだけど、いわゆる「勝ち組」と言われる人々、ジョン・レノン嫌いでしょ。菅直人・古館・ホリエモン・海老蔵・石波・島田紳介・小泉純一郎・竹中平蔵・木村剛・みなさん嫌いでしょう。

 ジョン・レノンを好きであれば、本当に好きであれば、チミらがやってることは自分に恥の感情を持つはずだから。だから好きじゃない・というか積極的に嫌いなのではないか・と思う。今・ジョンはいらっても「安全」な場所にいるから、「好き」とはいくらでも言える。しかし、その好きは・すくなくともおれの「好き」とは違う。

 今・東京某所では「灰皿」のシャンパンツリーが流行っているという。これが今の日本・だったりする。すべてが「ギャグ」になる・そんな世界。趣味の悪すぎる悪ふざけ・それが今の日本の気分だし、これはそうそう治らない気がしてる。

 ディックとオーウェルを足したような・とはよく言っているが、それがおれたちの環境である。それが気にならない人はただ「経済」がその人の周りで上手く回っているから、「気にしないでおこう」としているだけか・と思う。そんな人にもまた、ジョン・レノンは必要がない。

 ジョン・レノンがTVタックルで三宅のハゲに「だまれ!!!」と怒られて・しゅん・となっていることを想像する。あんまりな「悪夢」である。日本の状況はそんなだから、アメリカもさほど変わらんと思うが。でもセントラルパークのストロベリーフィールズには人がいっぱい集まってジョンの歌を歌っていた。「連帯」のかけらがまだそこにはあるらしい。

 日本では、あまりにも小さなセグメンドに人は囚われ、連帯なんて言葉は死語になったか・のようだ。「POWER TO THE PEOPLE」のPEOPLEは複数だ。権力という大きなものにひとりひとりが分断されながら「無駄な抵抗」を強いられているのが今の日本・である。

 抵抗さえもないのかもしれない。だから自殺が年間3万人。救いがない。この救いのなさは一体なんなんだろう・と時々思う。

 おそらく、メディアを賑わす人々とは「チョーシ乗ってる」人々で、そんな人にジョン・レノンの歌は「今」最高にそぐわないはずだ。そんなものに憧れるバカなコドモにももちろん届かない。であるとするなら、今ジョン・レノンを聴けるのは、孤独で清廉な魂に限られる。

 今・「非国民で負け組」で「孤独を強いられ・しかし、魂がそこまでインでない」そんなエエ歳の人々・ジョン・レノンを聴こう。聴き直そう。

 何かを思うはずだ。それは単なるノスタルジーに終わるだけのものではない。その思いがあってどうにかなるかどうかわからない。わからないが、この穢れた世の中とは違う世界を夢想することは、何か意味のあることにも思えてくる。何かを思うことからしか・何も始まらないから。

 人が変わることは、世界が変わることにとって最も効率悪い気がするんだけど、実は「良く変わる」ためにはそれ以外、効率は悪いが確かなことはないのだし。

 奇しくも69年前の12.8とは真珠湾攻撃の日でもある。なんとまあ・である。ジョン・レノンは殉教者となるべくして生まれて来たかのような気もする。考え過ぎだが。ただ、殉教者となることにより、そのメッセージがピュアな状態で「保存」される・ということもある。ジョン・レノンとはそんな運命を背負って生まれて来たのだろう。

 ある種の人々にはジョンのメッセージはいまだ届く・と信じたい。


 パスティーシュ・である。
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 23:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

師走未満の日々であった

 なんだか毎日チャリでミナミまで行っている。アホである。

 まあ試験の時期というといつも少なくとも二週間・間の悪い時は三週間ほどぶっ続きでお仕事なんてこともあるのだが、今回はまだ軽く二週間コース。その間に飲み放題の店忘年会が入って、昨日がしんどかった。この金曜までそれは続くのだが、少し休みたい症候群ではある。

 まあしかし、世の中にはおれの7・8倍忙しい方もいる。質・量を吟味してそんなことだと思うのだが、まあ収入も社会的地位も違うだろうから単純には比べられないけれど。おのれの「能力」に鑑みて忙しい・と言ってるだけですね。イッツ ローレヴェル。

 ローレヴェルでもけなげに生きている。おー・おれって「いたいけ」ぢゃん。更なるローレヴェル化が待っている。

 まだまだ年末・という気はしないですね。これが半分過ぎるとね・急激に年末感・増大してくる。一ヶ月後・とは、まだまだ「遠い将来」なのだなあ・と思う。日々のあれこれに追われて、そんなところまで気が及ばない・こういうのが実感なのではなかろうか。特に現代って、何をしているでもないのに、毎日がいろんなものが隙間を埋めていき、何もしてないのに「なんか今日ばたばたしてたなあ」と言う感じだ。ほんとになんにもしてないのにね。

 まあ・そういうのを「ダメダメ」と言うのだろう。ダメダメ歴・長いかも、結構。ダメダメでも生きていく。けなげな・・・なあ。

 今日tutorに行く寸前に「鍋焼きうどん」を食べたら、行き全然寒くなかった。みなさん寒そうにしていたのに・だ。なんだ寒くないじゃないか・と思って油断していたら帰り・ごっつい寒かった。気温が急激に低下したのが、鍋焼きうどんがエラかったのか・未検証だ。この時期鍋焼きうどんだよなあ・しかし。これもまた実感だったりする。冬の昼間の定番だった。そして夜は鍋の嵐。豆腐マニアックは依然として続いていて、もう毎日でもいいのね。いろんな種類の豆腐を試している。敢えて「木綿」な日もある。のどごしはそりゃ点数高いが、そればっかりではない豆腐の魅力だったりする。

 アルコールを飛ばした酒と醤油で湯豆腐の出汁を作る。それに花鰹わんさか・ってのが定番だが、ポン酢でもいい。自家製もみじおろしを添えて・である、そのばやいは。ちり鍋の豆腐もうまいもんね。鍋と言えば、熊野詣での、最後から何番目かの「王子」に近露王子というのがあって、そこにいくつか旅館がある。そこの名物は温泉を使った鍋なのだけど、これが信じられないくらい白菜と豆腐がもうとろっとろになるのね。温泉の力なのだけど、忘れられない。ほんと・信じられないくらいですから。もう一度食べたい。行けばいいだけの話なんですけどね。アルファがなんだか「ふーっと」消えていったから、ほんとに夢見ているように消えていったから、赤ずきんちゃんガブリ・の余韻にてなんとなく食指が動かない。

 いろんなものとおさらばする時間帯だ。しかし、ま・気を取り直してやってこう。

 いいこともある。中国人留学生の合格がぽつりぽつり・と来てる。こないだ行ったら、ゲキリョウくん京都産業大合格。

 「よかったなあ・ゲキリョウ・・・・、そのカオでー」と最大限の祝辞を述べて帰って来た。また飲みにくるだろう。

 しかし、なんか選考基準が不明瞭な気がする。一科目しか教えてないからかもしれないけど。

 問題児軍団も、なんだかしかし結果を出して来ているのだ。

 
 NEW ENGLAND
 

 
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 21:19| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

冬日和

 本日は、正しくは小春日和よりは冬日和。そんな天気であって、日溜まりに棲みたい。

 南中高度のことを考える。夏なら90°ー35°+23.4°でおよそ80°・ほぼ真上である。それに対して今(冬)は90°ー35°ー23.4°となり30°あまり。これは一定量の太陽光が「担当する」面積がおよそ1:2となる。従って、一定量の面積の浴びる熱量はその逆で2:1となる。

 早い話、今は夏の半分しかおれたちはエネルギーをいただいてない・という話。寒いはずである。そんな中の「冬日和」というのが値打ちである。北欧の人々の「貪欲」とも言える太陽へのこだわりが理解できる。彼らにとっては最高の日差しが言わば「冬日和」なのだから。ただ北海道は荒れているという。厚岸の海岸線をふと思い起こす。厚岸の牡蠣はもんのすごいでかいのよ・かんけーなかったけど。

 本日のtutorはアヴァランシェだな・と思う。ちょっとひんやりぐらいがチャリにはよく、それは走ってるうちにあったまってくるからなのだが、あったりまえだが、そのときに当たる風はややひんやり・がよろしい。あまり基本的に外出ないから、気温の読み間違い・よくある。天候の読み間違いもまま・ある。センサーの不具合なのだが、鈍ってるなあ最近。

 昨日、店長から指摘されて、忘れてたのが発覚したのは、伝統的にトドムンドはクリスマスにはすき焼きなのだった。そのイヴェントを忘れてた。なんかあるってのはわかってた。「箱の数は覚えてる」のだが、中に何入れるかを忘れてる。おっちゃんになるとこのようなものなのだった。なさけなす。

 店の「忘年会」もしなくちゃいかん。なにをいつどこでどんなふうに。考える。

 考えた。

 明日やろう。

 さて冬日和にはチャリ。

 ヴァネッサw/ジャンヌ・モロー
posted by 浪速のCAETANO at 14:29| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月03日

北海道のことが

 北海道の旨いもん特集をTVでやっていたから、釧路に行ったのはいつだったかな・と思い、日記を調べていたがわからなかった。

 釧路と川湯温泉というところに泊まったと記憶する。

 意外に北海道へは行っている。前のヨメとクルマで一周した。千歳でのバンドのコンテスト。そして最近なら釧路。

 いい印象を持ってる。

 まあ旅行といえば、基本オンナ連れだったし、それがあまりにも普通だったことから、30年という時間は大きい。人生の半分以上そうやって過ごしてきたのだからね。オノレの中のパラダイム変換・それが最も無意識の中で納得しがたいものだったりする。

 今・おれを見ているヒトは、なんか今までの中の「一番おれとは遠い・おれ」なんてのを見ているということになる。中津で知り合ったヒトってまさにそうで、なんか面白いよね。今がすべて・なんだけど、「今」は過去の積み重ねの上にチョコンと乗っかってるだけでもある。

 ヒトは変わる。ヒトは変わらない。どっちもそうだし・どっちもどっちだ。

 環境はしかし激変している。適応するのも良し。適応しないのも良し・である。あんまりじたばたするのもちょっとめんどくさい。

 ただ、時代がサイン・コサインのグラフの様に行っては戻り・戻っては行き・みたいなことならじたばたせんでも・という作戦はいずれ奏功するのだが、今って一直線の右下がりだからね。どうなんのー・である。どうなるんでしょう? 空元気もやや虚しい感じだ。

 海老ちゃんの事件・変ですね。あんな加害者の情報の出方・なんか気持ち悪いよね。ワイドショー先行ってのがね。なんかあるよね。押尾・朝青龍のときとの類似を言われているが、なぜ警察は今すぐ加害者とされている人間を逮捕しないのだろう。「政治」な臭いがする。海老ちゃんは加害者でもあるかもしれないが、間違いなく被害者ではある。普段から飲んだら態度悪かったかもしれないが、それとこれとは話はまた別。

 何かこう有名人の事件の際、どうも「真相は闇の中」みたいなことって多い。何かが起こったときにそれを「ケア」したい・という取り巻きがあまりにも多いような気がする。そこで「恩」売って、あとでなんとかみたいな・何も生産せずに生きているやつらの考えそうなことだけど、「場」はいつだって「東京」である。ニュースになるんだからなあ。世も末である。今がほんとの。

 昨日は、暖かかったからチャリでtutor行くのだが、ぽつりぽつりと降ってきて、そのうちまあまあ大粒が降ってきた。だからまあまあ濡れてしまった。ただ、この時期にしては冷たい雨・ではなく、初夏の雨のようだった。しかし、これから冷えてくるのかな。なかなか翻弄してくれるよね・今年の天気ですが。雷鳴りだしたね。古代なら雷神。

 この12月の最初の頃ってよく自分がどこにいるのかが分からなくなる。年末が近づいて来たらそうでもないのだけど、これからのトドムンドは11日が「ワイン会」、そして31日は恒例の年越しライヴ、あとなんかあったかな?

 自分絡みなら20日にカオルちゃんのレコ発が今月で終わるRAIN DOGSであり、ゲストで呼ばれてる。19日にもBOSSA姫とのイヴェントがあるが、それは客定員に達してるみたい。20日は来れる方来てくださいね。是非。今回のカオリーニョのアルバムには少なからず協力しています。だから。そして31日はカオリーニョやボサ姫も来てくれることになってます。マスターや店長にもなんかやらせようと思ってます。まあ最後の月ぐらい「わっはっはー」で終わりたいものです。

 晩飯・ちゃんちゃん焼きでもしようかな。そうしよう。
 
 
 B.B.
 
 

 

 

 
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月01日

before the 'hell'

 天気良し・小春日和ゆえ本日も外メシである。今日は淀川の河川敷。w/モナストレル。

 外メシの大敵は「ハト」だった。

 公園を本日も散策していたのだが、相変わらず日向はおじい・おばあ・ねーちゃんのG、おばちゃんのG・によって占領されており、やっと見つけた二連のベンチでワインをグラスに入れかけたら、ブスカップルが横に座りやがる。視界が「前方5度」ほどのブスカップルで、もうおれはブスという生き物が世の中に存在していることが「世界の七不思議」の一つほどの不思議なのであって、それは生物学的にも・そのなかでも遺伝学的にもなのだが、ほんとうによくわからない。だってブス遺伝子は延々ブスを生み続けるわけで、それがどこが「有利」なのだろう。ほんとうにわからない。基本的人権の適用さえ・無駄である。なあんて・うそうそ。途中までほんと。

 とりあえず、おれのせっかくの昼飯をブスカップルのいちゃいちゃにより、台無しにされたくないおれは、何事もなかったようにその場を去るのだが、で他の公園を探す。日だまりにベンチはあるのだが、ああ、向かいのベンチのおっさんがハトに餌やっている。はー、もうハトの群れだけはほんまにどうしようもなく、馴れ馴れしく足下うろうろされると血圧上がる・だ。

 遺伝子に刻み込まれた過去の記憶から・だろうか。かつて、やつらは恐竜。そして、かつておれはねずみみたいな・であるからかなあ・とも思う。当時・完全に立場は逆転し、食物連鎖においてはおれは下から2番目ほどの「はかなさ」である。だからか?

 そんなこんなで本日はランチサイトに恵まれず、淀川へと向かう。あったかかった・というより「暑かった」。もう少し微調整してくれんもんかね。

 中坊の期末テストは終わり、本日からはtutor の週である。そのtutorもこれで終わる。大学生になるからだ。一人は小五から見ている。もう一人も中二から見ている。いまや・ギンギンである。高三なあ・リビドー溢れ過ぎよ。

 ひとりは「おたく」でもうひとりは「体育会」。まあ・どちらにせよ「萌え」の対象は異なるがギンギンに違いはない。たいへんだねえ・とやや同情するが、当人たちはその現実に当惑しながらも「溜まったものはやはり出したい」であろうと思われる。ただ・思うのはおかんの「愛情過多」がもうなんというかはずかしげもなく全開になっちゃってて、直視するのが怖い時がある。まあ・がんばって(なにに?)いただきたい。

 本日・ほえ〜である。朝からだいぶ本を読んだ。早めに出て、DAYS COFFEEでまたつづきを読もう。こんな時間の使い方ももうなくなるのは分かっている。だからね。

 この歌姫は「圧倒的」。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:26| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする