2011年02月28日

風邪で雨で

 風邪引いてしまった。LORDをOFFして気が緩んだか? きっとそうだろう。

 大体・おれの場合「喉」から来るのだが、早い目のロキソニンが効果的なのだが、それがある・ということを全くもって忘れていた。ないからなあ・と予断をしていて、しょうがないなあ・とこれもまた予断で、で・よくみると10錠以上ありました。ばかですねえ・相変わらず。

 それだけ風邪引くなんてのも久しぶりなことだった。何年ぶりなのだろう。@中津では二度目。まあ1年に一回ぐらいは引いておくのも良いかも・薬も場所とストック確認できるし。

 週末・面白いぐらいに「へーっくしょん・へーっくしょん」だったのだ。久しぶり昨日休んだが、これがまた3月半ばまで休めない。あと2週間。あと15days 。ディランの曲に「7days,7 more days she'll be comin'」というのがあるが、あと15daysでsheはやっては来ないが、何かが自分から抜けていく。

 これから数日はまた寒くなりそうだ。寒は戻るし、行きそうになってた虫たちも「おっとっと」だろうけれど、そんな「タメ」も悪くない。タメないとタメ。

 この地点は「臨界点」なのだな・ということがわかる。春・と 秋・が季節が転換する点なのだな。そんなあったりまえのことも再確認したりして。関数の極値ね。

 かなり激しく雨が降っている。止んだら出かけなくてはいかんのだが、どうなることやら。予報は意外にどこまでも降りそうだ。チャリならぴゅーっと行けるとこを電車に乗るのってタルイでしょ。うーん・しかし、そんな運命かなあ・本日。


 ロン・ウッド&ロン・ウッズ
 
posted by 浪速のCAETANO at 11:29| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月25日

水がないから

 なんとなく風邪気味だったので風呂入るのを控えてたのだが、もー我慢できん・と思い、昨夜風呂を溜めようとすると、なにやら尋常ではない音がするから見に行くと、お湯が出ていない。正確に言うと、おゆが出ようとはしているがお湯がない・そんな状態で、ちょっと危険を感じやめた。

 朝・大家さんが早い時間に来て、とりあえずの応急処置が成されたみたいだけど、さっきお湯をつけてみたたら、同じ症状だったから、水だけ使っている。給湯器もおかしい気もする。

 ということて、吹田に用事があり、その後スーパー銭湯に行こうと思い、絞る。大正か伝法か。近い方で伝法。天八のナニワの湯・はややもひとつ・だ。伝法は一休・なのだが、まあお湯はぼちぼち。一回お湯コーナーからでたらもう入っちゃダメ・ってどーなのよ。不満は多々あるが、居酒屋メニューがあるのだけがナイス。冷や奴にピリ辛胡瓜におでんにコロッケでビール・って感じ。実はそういうことで、朝・水がうちの家には存在しなかったので、朝飯は喰わずに出かけたのだった。

 最初の食事・というかその日最初に口に入れるものがビール・ってのはうちの店長に頻繁に見られる現象だが、風呂後の・という条件が加わると、さすがによー廻ったよ。二本飲んじゃったってことが大きいが。ま・6時までには抜けるので少年少女たち安心してね。

 しかし、おれは不満が残る。それはマッサージ機が充実したスーパー銭湯があまりないことだ。

 昔よく行ってた「秘密の施設」は充実しとったなあ。そこ行けばええやん・と軽く言うな。いろんなこと思い出して生々しいのよ。気分的に遠くなったというのもある。

 次は大正・行ってみる。土地柄・シブ・なはずである。少し時代遅れのちょっと痛いぐらいのマシーンもすきよ。そういうのあればいいよねえ。しかし、これも自分で行ってみるしかない。行くよ。

 しばらく家で風呂は入れない予感がする。だからちょうどいいっちゃちょうどいいんだが。風呂入れないぐらいなんだ・ということである。震災の現場にくらべたらね。

 それとか・リビアとかの報道の後に日本の政治が「政局」として報道されるとなにかしら「不謹慎」な気がする。報道もその不謹慎さを政治家になすり付けようとしているが、お前(メディア)と民主党の中枢の人々がもっとも不謹慎である。それは実は「政局」ではなく「政策」論だからだ。マニフェスト通りやろうよ・ってのがなんで政局なの? ここでも「二分間憎悪」なのだが、そんなメディアの態度は最も不謹慎なものの一つである。

 狼カヴァーズ・ゲイ。
 

 
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2011年02月24日

ついに春へ

 ばあちゃんのごはんがなくなって、天六まで行く。ついでにタバコとコーヒー・フィルターと・あとなんやったかな・と思い出そうとしつつ・思い出せず、チャリをこぐ。

 あったかいと思いブルゾンを春ヴァージョンへと替える。

 天神橋筋商店街はいつもの感じ。ヒトのいい感じの湧き方だ。たいていのヒト元気になる感じするね・あそこ行くと。

 昼飯時であって、誘惑多過ぎて悩ましいのだった。しかしあったかいとなるとやはり「外メシ」を求めるおれだった。

 商店街内の充実の弁当屋にて「のりデラ弁当」を買って、ビールも買って中津まで戻り淀川の河川敷へと向かう。河川敷は今・草が刈られ、昼飯スポットが大量発生している。淀川にはもう何本も橋が架かっているがおれのFAVORITEはあみだ池筋から北野高校らへんまでのクルマの走る橋の東側だ。ほんとはその西側の階段もいいのだけど、一度そこで弁当にワインをやってたら、どこかの高校の野球部のランニング・コースに組み込まれていて、五分おきに野球部たちがドカドカ走ってくるので参ったなあ・だったのだ。本日はほとんどヒトはいないけれど、階段はやはり路・であるから、そっちは避ける事にした。

 もう気分は・本日のバヤイ・ほとんど春のそれで、気も緩むのがそれでナチュラルだったりする。下の路は間延びした走りのジョガーや・競歩をしているヒトなどが思い思いのペースで通行している。向こう岸からはトランペットの練習の音が聞こえる。スケール練習なのだが、AとB♭・どっちを吹きたいのかわからない。そう考えるとサンちゃんうまいよね。

 両手を・草が刈られたばかりの地面に置いてみると、意外にクッションがあり、心地よい。手を置いていると土が少し熱を持っていて、ほんわか暖かい。虫たちもこれなら「臨戦態勢」だろう。堪えきれずフライングしてるやつもいるだろうね。

 寒の戻りはあるだろうが、「SPRING HAS COME」だ。不思議な気分になる。2011年の春を迎える事が出来たのは「快挙」だといいたい。ほとんど見通しが立たず、もう手の打ちようもない・そんな認識だったのが、今ここで、弁当を喰いつつビールを飲んでいる。とっても不思議だと思う。たたそれだけのことが、しみじみとずしんと重たい。人間一人の存在など、運が悪けりゃ留学した先で地震に遭ったり、旅行先で外人傭兵部隊の流れ弾に当たったりしてあまりにもばかげた消滅の仕方をするものなのだ。

 死ぬという「マイナス」のチャンスは何度もあるにもかかわらず、とりあえずその時点で生きていると言う事は「生かされている」と思うぐらいの謙虚さ・でほとんどただしいのだろう。自分の運命ほど自分で何ともならないものはないですね。ほんとに。

 「他力本願」がそんなとき立ち上がるのを感じる。後世の「誤用」から「他人任せ」みたいな意味にも多く使われるが、そうじゃなくてね。他力とは「阿弥陀如来の力」というわけで、阿弥陀如来の本願の力で浄土へ往生しましょう・です。そこには現世の善悪は関係ないからね。

 うちの実家は浄土宗であるが「念仏を唱えるだけ」で極楽往生・とはなかなかおのれを透明にしていくことによって、より説得力を持ってきますね。少なくとも新自由主義の世界とはほど遠い。アメリカで、仏教学を学んでる人々とかもそんな動機が底にはあるのかもしれない。

 目に見えるものだけにとらわれる事の「全体性からの遠さ」みたいなことを考えてしまう1日だった。


 次の泪が落ちるまでに・きみのところへ行くよ。

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2011年02月22日

民衆に空爆はダメ・絶対

 まかりとおっていた不正がいろんな場所でいろんなレヴェルで正されている。

 なのに日本は遅れている。一番遅れてんじゃないの・中国よりも北朝鮮よりも。自由なフリしてババンバン。

 そんなこととは次元の違う話がリビアであって、軍が国民を空爆・虐殺・とは言葉をなくす。しかし元々軍隊にはそういう側面があるからこそ、軍なんてなくなればいいと思うのだが、しかし「空爆」というのは尋常じゃない。軍は為政者側なのは当たり前でエジプトの軍の中立性から市民の側に移行したなんてのが特異なことなのだ。

 しかし、この連鎖はもう止まらないと思う。サウジまで行くよ。中国までも飛び火するんじゃないか。

 為政者を追放するのだからこれは忘れた頃の「革命」と呼ぶべきだと思う。しかし肝心なのはその後・だ。民主的な選挙がある。それはいい。その更に後だ。

 そういう事の成れの果てが今の日本だったりする。

 ここで「迷路」にはまり込んでしまう。「量的」な自由で喜んでる場合ではないと思うのだ。

 日本人の心象風景がこの60年の間に辿った経緯はおよそ今革命が起こっている国々の人々にも今後もっと速いスピードを伴って起こりうる。いい例が中国の人たちの「銭ゲバ(懐!!!)」な様子。

 思うのだけど、ヒトは「喰える」ってだけでかなりの満足感に浸っちゃうものなのでは。そんな気がする。おれはそれはそれでいいと思うのだが、問題なのは「もっともっと」と思う奴らが、そんな程度のことでは済まんシステムを作っちゃってる事と、それによって「普通に喰う」ためにも何かヒトは誇りのようなものを売らんといかんようなことになっちゃってることだ。

 そんなことがもう大きな流れになってしまっているから、「吉野家・すき家・松屋」みたいなことが起こる。そしてその勝者には栄誉が与えられる。そこもなんかおかしい。もっと「ふつー」にならんのでしょうか。それは普通に働いても喰えない・って現状のいびつな解決法だと思う。

 独裁はいやだし、空からのミサイルで身体吹っ飛ばされるのはもちろん嫌だが、民主化後もそんなにバラ色ではない。なにか根本的に変革っているのだ。やっぱ資本主義の限界だと思う。じゃあ・どーすんのさ? と言われても困るのだが、それを考えるフィールドに一杯新規参入があるのは少し心強くもあり。

 リビアのことだけど、最悪そうなるから軍などなくっていい。うー・青臭いねえ・相変わらず。

 こういうのを聴くと・やっぱながぶちは死んだ方がよいのでは。

 よいのでは。

 
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2011年02月21日

追われるオンナは・・

 のりぴーもそうだったけど、「逃げているオンナ」は真のエロである。

 追われている・その切羽詰まった心情の中にエロスが凝縮される。小向美奈子も花と蛇3見て結構がっかりだったのだが、「今撮って欲しい」と思えるほどだ。

 のりぴーも小向美奈子も普段・な〜にも興味ないのだけど、「追われている際」の「オンナの凝縮」がいい。ずっと追われてていただきたい。

 なんかそういうオンナがほとんど絶滅してしまった。オンナが憧れるオンナ・がいいオンナということになっちゃってるが、そういうオンナは心情的におっさんであったりし、そのおっさん度にまた憧れるオンナがきゃあ。あとはオタクが顧客のションベン臭いのばっかり。

 「哀しみ」がネカティヴとなってもう随分経つが、それをネガ・ポジひっくり返すだけではは何か片手落ち。例えば昭和40年代のTVに出ていたオンナ(女優でも歌手でも)なんだか「濃かった」。エロスの凝縮がそこにはあり、それってやっぱり「楽屋」に哀しみが沈殿してたからか・と思う。

 そんなことを思ったのは、チュニジアに始まる中東諸国のデモにおける人々のまなざしの切実さが感じられるからだ。

 まあ・「顔濃い」ってのもあるだろうけど。

 各国によって事情は微妙に異なり、党派的・宗教的に言うならあっちの主流がこっちの非主流みたいなこんがらがる状況はあるのだけど、民衆がそれぞれの国の制度なりに不満を持って暴れてる・という点に於いては共通で、それに対して権力側が弾圧しているという構図もまたおよそ共通だ。

 それはアメリカがエジプトでは、あるいはサウジではそんなにみなさんに「過激に」暴れて欲しくないな・と思いながらイランなら「おー・もちょっと派手にいってや」などの「思いの微調整」を許さないような流れになってきてる。

 事によっては「イスラエル」が存在できないような事態になるかもしれないよ。

 昨夜のNHKスペシャルはやや「いかがなものか」だったけど。多分「やらせ疑惑」がでると思うけど。

 中国もそうだが、北朝鮮はさらにびびっているはずだ。さらに中国の「反日デモ」ももうこれからそんなに起こらないとおれは思う。ほんとのターゲットを中東のデモは示していると思うからだ。

 いわゆる先進国と言われるEU・アメリカ・そしてこの日本で、少し気になってる事があって、それはやっぱり「右翼的政党」「右翼的考え」が力を持ってきている。いわゆる「ナショナル・フロント」と呼ばれる人々だ。ただし、どの国にも「熱狂的ウヨク」というのはいて、かれらが大衆的なポピュラリティを持とうとするとき必ず「コアな」支持者を失うというジレンマからは自由ではなく、だからナチスドイツみたいな事にはならないのだが、「連立」に参加する事ぐらいは可能な話だ。

 EUの国々の右翼政党は「反イスラム・反EU」というのが多い。

 なんかさあ・自由を求める人々。そして自由があれば今度は「制限」を求める人々。なんかそのう・いい塩梅のところでなかなか人間は落ち着けないのだな・という気がしてる。中東の人々の切実さ・にはシムパシーをおぼえるのは間違いないけどね。

 ベルリンの壁が崩れて・ソ連が崩壊した80年代終盤を思い起こす。

 近いものがないかな?

 民主化・とは鵺みたいな言葉/概念でもある。自由になったとしてもより良くなるとはかぎらないところに難しさはある。新自由主義が待ち構えている。それは20年前の「社会主義」に対する「資本主義」からはさらに嫌な意味で洗練されている。幸い中東諸国は「資源」がある。おそらくそれをてこにした、穏健で寛容な宗教国家・というのが理想なのかもしれない。それこそ、各国での微調整はあるとしても。

 中東の人々のエネルギーは今正当に発散されている。

 日本のように「発散」がアメリカ式の「イエー」に代表される場合はつまんないが、そんな中、「追われている」そんな要素が加わると、突然そのエネルギーは内向し、エロスとなって醸し出されたりする。

 逃げ続けて欲しい・土曜も・日曜も・ウイークデイも。

 英語がなかなか良かったりする。
 
 
posted by 浪速のCAETANO at 10:57| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

やや苦しいが

 や〜すみた〜い・やすめない・や〜すめな〜い・やすみたい。

 入試と学年末試験が重なるんだなあ。大阪府の公立高校前期入試というのがこの中途ぱんつな時期にある。それに合わせるかのように(きっと合わしてるんだと思う)学年末試験を前倒しに持ってきてる中学校が多い。学年末ってのは通常3月アタマだったんだけどね。

 塾イヂメである。ま・やるけどね。

 更に今・「人生の一大事」を平行してやっているので、もうた〜いへん・である。もうた〜いへんとかいうと大変に思われないって気もするが、いやホントた〜いへん・まぢで・とか言っても誤解が生じるかもしらんが、ほんまにほんまに大変なんだからー。

 同情して・というてるわけではない。

 これtweetですね。

 最近、色々なヒトと「初対面」する。

 DAVID BOWIEのロウだったと思うが、その中に「新しい街に棲んで・新しい仕事を見つけて」そんな曲があったと思うが、心境としては今そんな感じである。中津自体が新しい街とも言えるがもう1年半も棲んだし、どこか他の街でもいいんだけど、とにかく環境の変化を求めている自分がいる。

 自己分析をするなら「回復の過程」がまだ続いていて、ということは「未回復」なわけで、しかし、春を迎えるということは、自分の中では一つの区切りになり、環境の変化というのはその時なのだろうな・とは感じてる。いつだって「春」に生まれ変わってきたのだった。いままでならクルマを買い替えていたなあ。

 アルファが忽然と消えてから、エンスー度がぐっと下がったおれだけど、しかしまたいずれちっちゃなラテン車欲しいね。

 あの厳寒に身体をこわばらせていたら、知らぬ間に「春」は近づいて来てた。寒の戻りはあるにせよ。

 この時期、TODO O MUNDO周辺はBIRTHDAYラッシュで、そんな少し「ハレ」な空気もその後押しをするのだが、試験と人生の一大事に於いては気も抜けないが、そのトンネルを通り越した先を目線はすでに追いかけている。

 もう二がんばり・という感じだろうか。

 
  
posted by 浪速のCAETANO at 18:09| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月19日

LET'S GET BUSY!!

 本日は、あまりにめまぐるしく・忙しく・なにやってんだかよーわからんような日になると思うのだが、やれるだけやってみよう。どれも手抜けんのだよね・これがまた。

 コーヒーも買ってこよう(なんだそれ?)?

 いや・そんな雑事も混入してるわけよね。あとコドモたちのお菓子も。

 あああ・今日までに支払わないとガス止まるー。そんな雑事も交えつつ人生は終わりに向かって進んでいくのだった。終わりってのはそう他意はないです。あったりまえのことですね。

 天気もいいぞう。アヴァランシェちゃんね。これからしばらくはあったかいみたい。世界は・というか北半球は「啓蟄」に向け進行しています。

 さまざまな事件も起きつつ、また今年も虫たちが「いまかいまか」と地上に出るのを待っている・ってのは前頭葉の発達した人間とはそのドライヴの根源がきっとやや異なる生物たちの・調和した生物たちの営みですが、なにかしら感動的であったりします。

 虫・にもいろいあるけど・・・。

 ワタシも虫になりたい。と打って「無私に」なりたい・と出てきて・うーんそれも希望・と思った。

 と・アホなことを言うてる場合ではなかったのだ。

 では、「HAVE A NICE DAY,TODAY」 TO EVERYBODY.

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:10| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月18日

緊急・明日

 明日(土曜日)、かおるちゃん(カオリーニョ藤原)来襲!!!

 おなじみの「投げ銭ライヴ」です。


19:00か20:00ぐらいから。かなり幅あるけど。
posted by 浪速のCAETANO at 22:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ばかめ

 人間・保身に廻ると「ろくなこと」はない。それもこれまで批判ばっかりしていた側の「突然の保身」は「保身慣れ」していないから余計にみっともないのだ。

 もうどなたたちのことかってのは賢明なる皆様にはお分かりか・と思う。

 16人の会派離脱とそれに対する「虫けら」扱いのメディア(大越くん古館くん杉野くん与良くんみのくんなどなど)。虫けらと思うのであれば「余裕」をもって虫けら呼ばわりすればいいのだが、意外と「力」入ってる。そんなとこに賢明なる人々は「実のところの余裕のなさ」を垣間見たりするわけだね。

 「方便」。

 それも、鳩山くんの「なさけなさ」はちょっと置いといてー、というか「方便だったんだもーん」というご本人の開き直りが欲しいとこだけど・それも置いといてー、どこかを一番最初に「攻め」にいく海兵隊が「抑止力」かどうか・はいい機会だからよく話し合えばいいのに・と思うが、それはなんか触るのもタブーなんておかしいぢゃん。

 そうこうしているうちに「支持率17%」だって。くくく。

 その「場」に居たい・というだけのために、オノレの信条に反することを言う・「悪魔に魂を売る」そんなことだと思う。

 みっともない。恥を知れ・と言いたいが、恥でもおかまでもなんでもよくって、「そこに居たい」んだから、割と手に負えんタイプだ。でも・もうすぐ「チーン」である。御愁傷様。世間でもあっちこっちで「御愁傷様」の嵐なわけよ。チミらだけ「逃げ延びる」なんて「ユルさないから」、「おやつあげないわよ」
posted by 浪速のCAETANO at 18:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

春を思わせる・が雨かよ。

 昼間はあったかかった。農人橋まで用事で行ったが、チャリは気持ちよかった。

 のもつかの間、雨かよ。

 吹田南金田町からチャリで通っている中三生がいて、雨や寒さに心が痛むのだ。

 昨日・ある職業のヒトと会って話をしていたのだが、「正しい知識」を持つヒトというのは社会的に偉大だな・と思う。おれたちの愚行のほとんどは「知識不足」から来るんだもんね。それとヒトは「優しく」なくてはいけない。「優しさ」が機能する場面が必ずあるのだ・と思う。

 「優しさ」とは新自由主義の元では不遇をかこっていた。「屁の突っ張りにもならん」ものだった。優しさから導かれる行為は「譲る」であるから、「競争社会」とはそぐわない。みんなあさましくも「他人より少しでも前へ」と思っているから、譲る・は負け・へとつながり、その根拠になる優しさにもヒトは短絡的に「ネガティヴ」にならざるを得ないと思うヒトが多数であってもしょうがなかろう・と思う。

 でもそーかー?

 誰かを出し抜いてもだれかに出し抜かれ、なんだか「いたちごっこ」いうか「輪の中のモルモット」というか、そんな社会はヒトをビョーキにさせる社会でもあるわけで、やっとこさ・そんなことにも気づきがちな現代人なのだが、年間三万人以上の「負け組」が自殺している・その事実の重さがやっと我が身にこの寒さとともにしんしんと・ではアタマわりいよ。いや・まぢで。

 そういうのは社会の末端で余計に顕著で、弱者同士のイヂメ合いほど悲惨なものはない。やめようね。エジプトを見なさい。弱者でも団結して強者を倒せたでしょ。弱者同士をイヂメ合わせる・なんてのはやつらの「手」だからさ。

 こんなことも「少し疲れてこないと」なかなか見えないのね。乗っちゃってる人々にはなかなかわからんよなあ・とはおれの最近の実感です。

 しかし、まあ・ヒトはいづれ「疲れる」のである。元気バリバリだったのが突然の病気・とか、いろいろあるのよ。まあ・待ってるよ・そこまで。


これ・かなりかっこいい。黄金時代を彩る一曲だろうね。

posted by 浪速のCAETANO at 17:04| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

DIYはDIMと

 TODO O MUNDOの2周年も終わり、関係者・参加者のみなさんごくろうさまでした。

 なんか、いい店よね・TODO O MUNDO。週末・週明けといい具合にヒトも分かれ、少数精鋭集団祝祭酒池肉林泥酔睡眠再度起床再度爆飲泡酒炸裂白赤後追国酒追従自暴自棄朝方帰宅な日々でした。WE GOT A GOOD MEMORY。

 さて、今日から確定申告。初日にする。奇跡のような話なのであるが、そうしなければならない理由があったのだ。税務署はまあまあ空いていて、初日に確定申告をなんてヒトはひまなじーさんぐらいしかいない。そんな中に混じる。

 以前は税理士に丸投げしていたのだが、近年はすべて「DO IT YOURSELF」と自分に言えばそのYOURSELFは瞬間にMYSELFとなるのである。

 まあ・やろうと思えばできるね。マニュアルもついてるし。それ読むのが「うっとおしい」ってのはあるが。6500円の還付もゲットしたぞ。一回ぐらいは飲みにいける。

 今週も色々試される出来事が多い。この歳になってそんな・とも思うが、知らない人々相手にはしょうがないことだった。試されとこ。緊張感が出ていいかな・緊張もたまにはしないと・24時間ユルいままでもな・とも思うのだった。まあアッパー系でいきましょう。

 1970(昭和45年)の紅白より。これ・はいい。この良さがキミは果たしてわかるだろうか。踏み絵です。松平さん。バックコーラスの妙。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:12| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月14日

事態は動いてる

 雪は降る。あなたは来ない。

 よー降っとんなー。吹田チームは塾お休みにした。中津チームは滑りつつ来るだろう。

 JR貨物の軌道や隣の家の屋根、薄化粧の雪化粧である。クルマも本日は乗らん方がいいだろうね。

 きっと雪など見たことのないエジプトの人々・ほんとこれからがんばっていただきたい。日本は相撲の八百長やら巨乳のねーさんのフィリピン逃避行なんかの方がニュース価値があるみたいだが、そうではないから。

 正しい「イスラム国家」になっていただきたい。「イスラム原理主義国家」ではなく「イスラム主義国家」である。原理主義は「遊びのないステアリング」であるから方も凝る。その肩こりが硬直へと繋がるんだもんね。

 過去の日本に於いても架空の聖徳太子・あるいは聖武天皇が「仏教国家」にしようとしたことがある。太子の考えは儒教や道教もミックスされてはいたが、手探りながらそれが良かったと思う。一神教の神と、仏はかなり異なる。

 現在日本は「政教分離」ということになっちゃいるが、「葬式仏教」になる前の仏教はかなり値打ちがあった・と思っている。それも大乗仏教は特に。国家の考え方の根本としても古代に於いては見事に神道と習合し、日本独自の精神基盤になったわけだけども、やはりここでも世俗権力と宗教権力は時にくっつき・時に対立し、しかし、古代も後半になると、道鏡のような法王から天皇になりそこねたような僧も出現するわけだが、オノレを律する「なにか」を持っていないとものすごく「アホ」見える・というのは「今そこにいる政治家」がわかりやすくしめしてくれている。

 特定の政党と宗教が一枚岩になっちゃうとちーと困るけど、そうではなく、各人の信仰とまではいかなくとも、その信条の根拠なんてことになれば「なにかしら宗教的な」考え・とは悪くないと思う。各人が・ということですけど。イスラム教だって全然良いと思う。ただ原理的になるとやっぱり「カタ過ぎる」がしかしそれも当人の内部の話なら良いのでは。

 エジプトは8〜9割がスンニー派と聞く。イスラムでも多数派だ(イランはシーア派)。スンニー派はシーア派と異なり、時の宗教指導者(例えて言うならイランに於けるホメイニ師)の影響は相対化されるという。そして、NHKの9時のニュースの東大野球部のおっさんや古館が言っている「イスラム原理主義」はエジプトとはおよそ馴染まないので。あの人たちうまいよね・そしてズルい。小沢くんに対する「二分間憎悪」とおんなじで、エジプトの革命=原理主義の台頭という「イメージ」を疲れて帰ってきてビール飲んでるおとーさんにサブリミナルしてるよね。気をつけましょうね。なんのために? うーん・そうだなあ、アメリカのテロとの戦いの正当化のため・だろうか? あるいは、それを支持した小泉を持ち上げる=新自由主義に再度お墨付きを与える? あるいはそれらのことを通じて「アメリカの良い奴隷」となることをみなさんに促す。

 そんなところだろうか。

 エジプト人を「上から」見てるとすれば、それは大間違いの勘違い野郎でしょう。彼らの方がずっと「進んでる」。

 
 日本以外のところで「事態は動いてる」そんな実感。

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:05| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リアル周年

 土曜日はいろんな方来ていただいて、寝ていただいて、ありがとう。

 しかし、ほんとの2周年は本日。一昨年のV.DAYに中津トドムンドは再開したのでありました。

 いやー・なんか大変だった。曾根崎を追われた・という流れの延長にしかこの2年間はあり得ず、ゼロからの・というよりマイナスからの再出発だったし、いかにおれが「奥」が好き・と言ってもこんな奥も奥・the BOTTOM of 中津とも言えるような場所で、どうなるのか? というのが正直なとこ。

 これから先のことはわかんないが、ここ中津にて知り合いになったお客の方々、貴方たちが「おれたちの財産」です。どうもありがとうございました。

 さて、今夜もリアル周年で、塾終わりで駆けつけます。土曜とはまた違ったことになるかと。酒を注文するの忘れてて、あんまりヴァリエーションもないんだけど、まあ最悪焼酎飲んどきゃ良いか・ぐらいのユルさで短期集中講座やっときましょう。月曜だからアレだけどね。

 ま・とにかく、。
posted by 浪速のCAETANO at 12:06| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月12日

やったね!!!

 エジプトの民衆のパワー・すごい。

 自分たちは何百人も殺されたが、暴力的でない「革命」(いまだ道半ばながら)を成し遂げつつある。

 大統領を退陣させるとはね。

 エジプトの軍のあり方がなかなかあり得ない。独裁者と民衆の間の緩衝の役回りが見事だ。特殊だと思う。

 イスラム・というよりは「アラブ」と言いたいエジプトなのだが十分イスラムでもある。

 ただイラン型国家にはならないような気がする。いろんな人が希望も込めていろんなことを言っている。希望を言うなら、親アメリカ・親イスラエルではないアラブの大国としてパレスチナ側のスタンスで立派に再生していただきたい。

 ポイントはイスラムの原理と世俗との絶妙なるミクスチュアだと思うのだが、トルコ型ともちょっと違う「アラブの盟主」としてのエジプトになっていただきたい。

 四大文明発祥の地・エジプトである。クレオパトラのプトレマイオス朝のエジプトであるから。そんな過去の偉業がもたらすイメージとは世界の目に対してはものすごく「効果」がある。「歴史」の行く末はまだもすこしあるか・なんて気にもなるというものだ。

 ここでもヘゲモニーの一元化が崩壊しつつあることが容易に見て取れる。アメリカも「変わり身」速い速い。あーあ・となると日本って世界一「遅れてる」。

 エジプトに於いて民主的な選挙が宣言通り行われれば、いいミクスチュアが出来ないだろうか。「アラブの盟主」として、中東・アフリカの他の国のお手本になるような国になると良いな・と思う。「アラブの盟主」だから周りの国々に対する影響も計り知れない。「遅れてる」と思われている地域がこのような「逆転」の可能性があることが今苦しんでいる人々に勇気を与えるだろうと思うからだ。

 今や・産業を除けば「先進国・途上国」の分け方はあまり意味がないものになりつつある・と感じる。

 アナザー・ムバラクさん(sudanese)も喜んでいるはずだ。
posted by 浪速のCAETANO at 12:20| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

周年イヴ

 本日と、日曜を挟んで月曜も「周年」パーティ・のようなものが企画されてます。

 とは言っても「ささやかな」ものがいいな・と思っていて、ささやかな食事とささやかなライヴをちらっとやって、飲みながら、
中津に来てから知り合った方々がメインになろうかと思うし、もっとも曾根崎時代からの長〜いおつきあいの方々もふつうに混ざって「キャリア」をかるくひけらかしていただいてもおもしろい。一見さんが迷い込んできそうな予感もするし、そんなハプニングもおもしろい。
 
 本日が「周年イヴ」・明後日がリアル周年・といったことになろうかと思います。

 変にあったかくなく・よかったなと思ってます。春の予感はあるにはあるが現実にはやや遠くに霞んでいる。手を伸ばせば届きそうだが、実際にのばせばするりと逃げていく。そんな気を持たせる春の到来が予感であって予感ではない。この微妙さが悪くない。

 今回は個人的に感慨深いものになりそうです。しかし、おれはまあ罪深い。
posted by 浪速のCAETANO at 11:44| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月10日

明日はかなり寒そうね

 今日は私立高校の入試。みんなベストを尽くして欲しいと思ってる。でも・まあきっと大丈夫。

 すかっと晴れていいじゃないか・と思ってる。明日は雪つもるってね。地域的幸運でした。

 今年の三年生は、おれの個人的事情で豊津から離れざるを得なかったところを「付いてきてくれた」・そんなやや目頭潤む奴らであるから、特にその「仕事」はほんとに成就し・させないことにはもう生きてる意味がないのである。昨日吹田まで送って行ってその帰り、類塾のバスがサーブの前を走っていた。もちろん職業運転手が運転しているのだが、こちらは人の何役かの一つであって、まあ「分業全盛」の現代に於いて、英語の・数学の・国語の・理科の・社会の・と教え、お茶だしたり・チョコ配ったり・部屋の掃除したり・送迎したり、全部やるアホも「はいはい・ここにいるんですが」と言ったところで「雑音」にかき消される。そんな時代だ。

 まあ・そういう人間・いる・ってことが非現実的だもんね。「分業・専門化」の時代だから。

 でもね、それをやってる。まあ・わかっていただける方にしかわかっていただけないが。割にそんなことだらけだったりするよね・世の中ってね。TODO O MUNDOのワイン会同様・「来たら分かる」=「来ないとわかんない」だったりする。

 ん? そんなことばっかりやってるからあかんのんちゃうん? ・・かもね・・・ですね。

 さて、明日は「建国記念日」という大層な名の祝日である。神武が九州からやってきて、即位した日とされている。くくくく。

 BC660年だって。まあこのような「壮大なホラ」嫌いではないけどね。

 神武が実在だったとして、実在だったとしてもやねぇ・現皇室とは無関係だ。だからといってその正統性が問えない人たちだからダメとか言ってるわけじゃなくて、天皇家・というか大王家もまた数度「更新」されているのだという事実に「見たくない聴きたくない」の故南方師匠にならんでもいいのでは・ということだ。

 しかし邪馬台国の存在とも絡み、この国の成り立ちがいかがなものだったか・という疑問はやはりかなりひっかかるしおもしろい。そこにはやっぱり「天皇性」に関して、よくよく考えないといけないし、近現代の歪んだ国家神道による「何かの過ち」はもちろん考慮に入れないことには収まらないが、そこだけの見方だとやっぱりバイアスかかる。

 しかし、どうもこの国の建国者・と言われる一族は「かなり善き人々」だった気配が濃厚で、その善き人々の所行と地位をうまく「百済系」の人々にパクられた・そんな気配は更に濃厚だったりする。明仁天皇が「祖先を辿れば半島に行き着く」と言ったことは、天皇家においては、そういった「真実」をかなり正確に掴んでいることを示す・という風にフんでる。

 そういう点で言うなら、そこを考えることは「右でも左でもない」。ほんとにそういう情緒性は極力排される。またちょっと違う。

 まあ、建国記念日にそんなこと考えてもよいのでは・と思います。ま・考えないか。でも訊いてくれたら知ってることは言う。わかんないことは一緒に考えましょうか。・・・・・・・シーン・返事なし?

 LOVE OF MY LOVES

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:22| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

機。

 タバコがなくなったから、十三まで買いにはしる。特殊なタバコはその辺には売ってないのが玉にきず。

 十三大橋ではスピード違反の検問の準備をしていた。ごくろうなことよのう。おまわり。

 私立校の入試が明後日。公立の中学の学年末も近づいて来て、またちっちゃな忙しさ・の時期になってくる。

 このところずっと世界に参加していないことに負い目を感じていた。だってほんとに「参加」していなかったし、参加できなかったのだ。もうこんなことも限界だな・と思いつつ、現状の慣性のまま転がっていた。昨日あったことが今日も・明日も起こって「ふつー」という感覚ってなかなか抗い難い。しかし、地面の下ではマグマが溜まってるのね。新燃岳ですよね。

 春と大相撲春場所は大阪の風物詩としてはなかなか悪くなかった。ほえーとなる時期にちょんまげ/着物の力士たちが千日前あたりをふらふら・うろうろしているのを見るのはきらいではなかった。変な方向に行ってますね・その問題。

 相撲を現代の制度と折り合い無理につけさせようとせんでもいいような気がしてる。あのひとたちは「異形のものたち」であって、異形のモノたちはある種の鬼なのだから、社会の闇方面ともやはり繋がっていないといけない。一般のひとびとの「不可能」を一手に集めてまとめて面倒見ているそんな人たち(鬼たち)と思って見ている。そんなものが現代と折り合うわけがない。だから、「あんまりうるさいこと言わない」という態度がほんとはいいのだ。

 困るのはその現場の人たちの中にこまっしゃくれた感性もまた蔓延してしまってるところだ。それは鬼の感性から遠ざかる。

 論じてるみなさん・なぜか「学級委員長」的よね。学級委員の態度って最近多い。学級委員と鬼・接点は・ない。接点がないところで無理にまじわろうとするとこが発言にいびつさがまとわりついて厭な感じよね。

 稽古・というかいじめで人が死んだ・とかではないし。今はいろんなひとがいろんなことを「言わなきゃいかん」とか勘違いしてる。なにも言わん方がいい対象というのもあるし。なんでもかんでも参加・せんでええよ。

 そう・参加せんでもいいときは参加せんでもいいのだ。機が熟さないことはその参加自体がゼロであったりする。

 それは自分にも言える。

 モリコーネ・メロディ
 
posted by 浪速のCAETANO at 16:12| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

結局はオノレに帰ってくるもんね。

 ここんとこ大切だと思うし、そんなに知識もないアホだけれど、再度書いておきたい。

 エジプトの問題は、民主的な選挙が行われさえすれば、「イスラム同胞団」が政権を掌握できるし、それが「民意」だってこと。イスラム同胞団は過激なテロ組織ではないし、アルカイダともタリバンとも全然違うのはいろんな方がおっしゃってる通り。

 そこで思うのは、日本のことなのだ。

 おれたちがエジプトの民意がデモと言う行動に表されて、「がんばれ〜」と思うその気持ち、政府側のバックにアメリカの存在を感じ、しかし、アメリカも迷っている様子がありありと見て取れる感じ、イスラム同胞団の「イスラエルとは仲良くはしない」という表明、どれもこれから苦しみはあっても、きっといい方向に進むさ・進んでね・がんばってね・とエールを送りたくなる。しかし、そのおれたち一見遠くはなれた場所から第三者みたいなカオして、しかしシムパシィを強くおぼえながらTVやYOU TUBEの画面を見ているが、そのおれたちの足下の「なんと心細い」ことだろう。

 アメリカに引きずられ、グローバリズムと新自由主義のど真ん中に捕らえられ、あまりにど真ん中過ぎて自分がいる位置がわかんなくなっている方向音痴ぶりだ。今や「独自」の外交さえできなくなってしまってるじゃないの。

 世界で一番恥ずかしい職業は「日本の政治家」と「日本のマスメディア」かもしれない。そのせいで世界で一番「恥ずかしい国」は日本・になるかもしれない。メーワクな話やんな。

 親米・という形容詞を呪文のように唱え、なんか・これ一種のカルト宗教ぽいよね。恥・がどんどん上塗りされていく。恥で厚化粧されたそのカオは皮膚呼吸ができなくなっていく。老化も早そう。最近の歴代首相のカオに現れる「卑しさ」はこれが原因だ。

 エジプトに正価のナショナリズムを見ている・と思っていて、例えばそれはこの国の・原爆持ちたいウヨクのかた・たとえばタモガミ氏でもいいが、話が下世話なところでおもろいでしょ・ミョーにこの国のマス・メディアにハマるでしょ・そこらへんがメディアが安もんであることと共振するんだと思うな。それは見事な安もんのナショナリズム。おしなべて日本人の「スポイルされた」感じで傷舐め合わないと共感度がぐっと下がる・この現代の不幸ってのもある。

 おれたちの足下ってどうなのよ・というそこを、エジプト見てて考えなかったらちょっとアタマユルすぎるかもわからんよ。

 時代は・というか時代に於けるヘゲモニーは確実に変わり出している。ここ数日・そんなことばかりだ。とすると日本は「過去」にしがみつこうとしていることになる。ほとんど「思考停止」のままで・だ。船頭の質は「かなり」悪い。

 独裁に対する民主化プラス・親アメリカ/イスラエル状態からのエクソダスを求めるひとびと。エジプトと日本の置かれてる状況って「質的」にはそんなに変わりない。追い抜かれ・置いてけぼりにされる・そんな未来があるような気がする。

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:21| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月04日

筋金入りのユルさ

 朝・いつも頭の上にいるばあちゃんがいなくて、リヴィングのふんわかの上にもいなくて、名前を呼ぶと返事しなくて、しかし天気は晴れ・あ・わかった。窓際の10cmもないところでひなたぼっこしてた。

 ファンヒーターよりも太陽でした。それはおれもそう思う。

 もう寒さは来ないのだろうか。そんなことはなかろうと思うけどね。

 昨夜は節分でTODO O MUNDOでも豆を歳の分だけ食べさせられたが、後半きつかった。来年から2歳で一つ換算でいいよ。

 恵方巻きもワイン飲んだ後ではどうしても喰えるわけがなく、ユルしていただいて持って帰った。本日朝、天婦羅蕎麦とともに食した。

 しかし、節分が終わると「立春」だった。「立春」の文字にエロを感じるのだが。アホか・と言われそうだがそうでもない。エロスは春にこそ似合うからだ。エロス=生気でした。だから。

 自分が春に生まれたから、だと思うのだが、春はやっぱり好きなのね。寒さの後の暖かさ。ユルい人生を送ってきたものだ。そのユルさはもう筋金入りで・というと論理矛盾がありそうだが気にせず「筋金入りのユルさ」で話を進めると、それは本人の生活のみならず、自分の関わるすべて、にまで波及している事に驚かされる。バンドのありかたから塾のムード、店の会計にいたるまで。いいのか悪いのかようわからんのだけど、たぶんこの世知辛過ぎ・の世の中で、まあそんなに眉間にしわ・もたいがいにしとかななあ・脳の血管切れてもヤだしさ。そんな気もしてる。

 そんな・おれ的ユルさの社会的表現・TODO O MUNDOも曾根崎を追われ、中津に逃げてきて2年になる。

 まだ2年・もう2年、言い方いろいろ。それはどの観点からってことなのだけど、おれとしては「もう」の方を取りたいと思うわけです。曾根崎の12年がその下敷きになっていて、まあいうなら14年続いた・というニュアンスを強く感じてしまうからです。

 ユル・のままで14年、まあまあそれって「偉業」なのでは?

 この地元超密着ローカル仕様以外に成り立ちようのないこの中津で2年よくモった。TODO O MUNDOよあなたはエラかった・といいこいいこしてあげたい。先の事はわかんないですが。

 2.14が正式周年なのだけど、地味な月曜という事だから、繰り上げてその前の週2.12(土)にささやかながら周年パーティをやろう・なんて企画が店の方で進んでるみたいです。詳細はTODO O MUNDO日誌にて。
 
 人は常に元気とは限らず、いいときも悪いときもある。今はどちらかというとディブレッシングな世の中だったりする。「元気なくって当たり前」である。「ビョーキ寸前・これもまた当たり前」である。「チョーシ悪くても・・・・・当たり前」。だからまあ、そこにいるひとたちでまあ簡単に言うならいたわりあってさ、酒飲んだりメシ喰ったりする時ぐらいだらけようよ・ね。

 そんな甘いことじゃいかん・と言う・ノってる人々もそのうち、「自然に元気なくなる」からね。そうなったら思い出してね・TODO O MUNDOのこと。やや疎遠になってる方々もまた機会があれば・ね。

 おお・ユルいぜ。こんな感じ。
posted by 浪速のCAETANO at 18:46| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

ご免こうむる

 奇妙な事がエジプトで起こってて、それは「親・ムバラク派」のデモ隊が、元からいるデモ隊と向き合い、衝突していた。

 なんの事はない。警察が私服に着替えて、「反ムバラク」のデモ隊に乱暴していた・ということだった。そして「軍」はそれを見過ごしていた。

 エジプトへの心配は、実はオバマへの「がっかり」と同義かもしれない。エジプトの軍の背後にはアメリカの存在をものすごく感じるからだ。

 エルバラダイとは違う場所に「ムスリム同胞団」という存在がある。「識者」はがれらのことをイスラム原理主義と定義し、あたかもタリバーン・やアルカイダのようなレッテルを貼ろうとしているが、果たしてそうなのか?

 同じ原理主義者であっても、タリバーンやアルカイダのように必要以上に過激であったならこれまでその名前が何度か表に出てきていても良さそうなものだと思うが。

 そのリーダーは、「アメリカの援助はご免こうむる」と言っている。我が国の首脳にその爪の垢をなすりつけてもらいたい。それは「根性」の問題かもしれない。きっとそうだろう。あんな砂漠の土地で彼らも、調べてはいないが例えば食糧自給率も大した事ないだろう。

 GDPだってこれまた大した事があるはずがない。そんな中で「アメリカの援助はご免こうむる」だ。

 かれらにあってこの国の人間にないもの・それは「誇り」だろうと思う。今この国には「誇り」が見えない。「経済と誇り」は両立できんのかね。そんなことはないはずだが。今やそうなのかもしれない。おれも胸に手を当ててよく考えてみよう。
posted by 浪速のCAETANO at 16:33| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久しぶりの晴れ間に

 寒さが一段落したみたいで、北国・日本海側の方々は、あんだけ降った雪がこんどは溶けてぐぢゃぐちゃになると思われるが、雪が降らなければ雪かきも必要ではなく、屋根から落ちる事もなく、それが救いだ。

 災害の現場って、今ほんとにそこ以外の人間の想像力があまりにしょぼくて、困ったものなのだが、これは政治とメディアのせいである・と、ああ言っちゃった。もっと正確に言うと、政治とメディアが、そうだから・そう言ってるから、それ以外は「カウント」されない・と直感している若年層と日々接している自分の感想だったりする。

 いや・それは実に「カウント」されない気・もする。コドモたちもほんとに「精神的にもビンボー」だから、TVばっかり見ている。ここんとこ・気の利いたオトナ・というか、物事をマトモに見ようとしているオトナ、正しい事をサーチしているオトナなんかとはなかなかこれが相容れない。実に話・合わない。はしかみたいなものかもしれないが、見事にその年代・中学生が熱狂するものが用意されていて、まあ「嵐」とかなのだけど、なかなかそれって「罪」なことではないかなあ・と思ったりする。思うだけで、「よう言わん」が。もちろん彼らはショウくんの父親がほんとは国民の敵であるクソ官僚だ・なんてことは知らない。バックに○×△がついていて、ヒットチャートも思うまま・なんてことも知らない。経済音楽全盛の21世紀ではある。

 二年前はEXILEだった。あれを「すばらしいから聴いてください」と持ってこられてもやなぁ・脱国境音楽家に。まあ・彼女らにとっては塾のセンセイをもう「啓蒙しちゃう」ぐらいの勢いもあり、当時、彼女との別れ話もあり、何が悲しゅうてそんなときにEXILE聞かなあかんねん・とこの仕事を呪ったものだった。勘弁してよ・だった。

 知識はないが突破力がある年齢ってあるからね。しかし、そこで媚を売ることはいまだできない。まあ一番のポイントはオノレが「弱ってる」からなのだが、このまま弱りっぱなしな気もするわけで、さてどうしましょう・である。

 本日は冬晴れの日本晴れで、公園外メシだったが見上げて見回す限り雲一つなかった。ビルの谷間からの視界だから不完全ではあるけれど。

 さきほどから・というか午前中からなのだが、どうもラマダホテル辺りで、拡声器でオトコがなにかを怒鳴っている。よくそんなに続くなあ・と思えるぐらいに長丁場だ。「なにか」に反対!!!らしいのだが、その何かがわからない。しかし、かなり張ったテンションである。元気だなあ・と思う。そんな時期って誰にもあるのだが、その溢れ出るリビドー・ではなくエネルギーを使う対象ってのが、「その時期」にはあんまりないのね。時間差とは悲しく滑稽だ。演説というより「絶叫」に近い。なんなんでしょう?

 雲がなかったから、陽に延々当たってると暑いぐらいだった。体調狂いますね。みなさんもどうかご自愛ください。

 CHINA GIRLはボウイに「JUST YOU SHUT YOUR MOUTH」そんなチャイナ・ガールももう「いない」。
時代・だね。
 

 

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2011年02月02日

変える・ではなく、変わってきてた。

 日曜の夜にソファでばあちゃんと寝てしまって、ありがちなのだが、早朝に目が覚めた月曜の朝。

 ちょー寒いのは本日まで・といった天気予報だったなあ・と思い、またコンビニまで行く。しかし、一瞬ならそんなに・なのよね。

 もう2月となってしまったけれど、今年は1月の過ぎるのが遅かった。普段ならあっと言う間に過ぎるのだが。理由は分かっているのだが。

 早くあったかくなって欲しいのはやまやまなれど、時間がそう速く過ぎていってくれるのもちょいと困る。そんな変な事情もあり、時間は亀・であって欲しい。だから寒いのは嫌だが歓迎というダブルバインドな今日この頃。

 受験で3月までは身動き取れない。その変な事情の解決はだからこれがミッション・インポッシブルということになって、チーンだ。

 いろんな行事があるのだが、気も乗らなきゃ、そんな余裕がないかもしれないなあ。

 ふと付けたTVで本日は佑ちゃん一色だったが、名護である。でもその名護はあの名護やん。辺野古の名護。

 それはそれ・というのが、バカ民放のバカワイドショーの態度だけど、海もついでにちーとだけ映っていたが「きれいですねー」なんて感想はもうええからさ・その海に米軍の基地あかんやろう・なんて発展的展開のひとつぐらいできんもんかね。それらのことが異なる位相にある・と言い張りたいんだろうが、そうはいかんよ。

 キャンプはええが、基地はあかん・と地元の人に言っていただきたい。いや・言ってるんだろうけれどそれは電波には乗らない。もうすでにそこに「大ウソ」が存在してる。

 「ごさき」という名護のいい飲み屋がその後映って、そこで喰った沖縄んフードや残黒の味とハッピィデイズが甦って苦しくなってきた。あのねーねーたちはどうしているかなあ・と思っていたら、画面で佑ちゃんの追っかけをしてた。

 ムバラクが辞任するという演説をした。アメリカがそれを促した。ただ、この9月に・という話で、デモをしている人々の「RIGHT NOW」・な気持ちとは相容れんものがあるだろう。直接行動は、すぐに結果が欲しいから。デモをしている人は「革命」現場にいるのであって、そんな悠長なこと聞いてられるかよ・というのが実質的な気持ちだろう。チュニジア・エジプト・といわゆる民主革命が成されたとなると、アフリカは「覚醒」するかもしれない。かつて中国に旅行した時(約30年前だけど)上海駅で窓から出入りする大量の(数というより量)人々の様子を見て、それが今の経済発展の中国にまで想像が及ばなかった。まあそんなことがあるにしても、まだまだだいぶ先の事かな・という実感を持った。まだまだだいぶ先=30年なら、あり得る話なのよね。その30年という時間に対する「想像力」がおれに欠けていた・ということなのであって、逆の立場に立てば、それは「希望」ということにもなり、そんなことを思う時、今のアフリカにも「希望」は必ずあり、いずれ、EUの国から、逆に移民が流れ込み、「うーん・キミ肌が黒光りしてないからダメ」みたいな話もまたあり得る。

 実は現代は「発展のマニュアル」がいたるところにあるのだね。タイプもさまざま。しかし、そこんとこ、今の南米で起こっている「再・新自由主義化」みたいなことになりがちか・と思う。だれか特定の人間たちに富を集中させないことには南米の場合ならアメリカと組めない・そんなことがあり、格差のようなものは縮まらない。実際のお金から資源まで「所有」することの意味だって、再考しないといかんのだろう。たまたまそこにあったモノ・はいったい誰のもの? というようなことよね。そもそも土地自体一体誰のもの? よね。

 地球とそこに生きる人間・動物、まあ生物と言った方がいいのだろうけれど、その関係にも思いを馳せない事には済まない。

 「歴史」は終わっちゃった感があるが、そうであっても「時間」が進んでいて、そこではまたべつの「ストーリー」が生まれ育つ・ということだろう。世界史・も22世紀ぐらいにもう一度書かれないといけないのだろう。小さなストーリーが連なってもう少し大きな流れになっていく。パラダイムはほんとに変わってきた。21世紀だ。そこではオバマの「CHANGE」がややマヌケにも思えるのだ。
・キてる。

 いや・実際キてる

 
posted by 浪速のCAETANO at 07:44| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする