2011年03月30日

謝意そして・この期に及んで

 大変疲れたのだが、疲れがいのある大変楽しい一夜となりましたことを関係各位にまずは感謝の意を表したいです。

 そして、この大阪に於いても何かしら「気分は自主規制」なムードに負けずに来ていただいた方々に「貴方はエラい」と言わせていただきたい。

 難しいよね。

 目の前のことしか見えないバカはこの期に及んでも3.11以前と同様な「おれ・別にかんけーねーし」な生活を続けてる。

 心が痛むのはバカじゃないから痛むわけです。普通は元気なくなる。何もしたくなくなる。外へ出たくなくなる・というか外に出ることがなにかしら罪な気がする。ご存知のように「空気を読む」という・そのまま外国語に直訳できないような言葉が(まあそんなのはどの言葉にもあるけどさ)大手を振ってまかり通ってたその流れの今だから、敢えてそこまで行って「楽しもう」とは「勇気」の要る行為だと思うからです。少数精鋭の方々に拍手〜。

 家で金縛りに遭ってた方も「それでフツー」だしね。次は7.15が決まっています。時節柄・次回は「南部」でしょうね。梅雨は明けてるかな。明けてても明けてなくても大丈夫。少しずつ準備をしていこうと思います。

 さて、2・3日、意識を遠ざけていたら、その分事態はさらに深刻になっている。ほんとにこの期に及んでもだが、政府は有効な手だてを打てないままだった。福島県は消滅するのではないだろうか。東京もどうなのだろう。今・東北を見捨てて首都圏だけが回復することはあり得ない・と思う。一蓮托生だと思うし、そうでないといけない・そんな気がしてる。この期に及んでの新自由主義はいい機会だから辞めていただきたいと思う。でないと、既に見捨てられ亡くなっていった方々・放射能に脅えてる方々が「浮かばれない」そんな気がしている。

 半減期が80数年のプルトニウムは1/10になるのに300年近い年月がかかる。今直ちに「反省」しても遅いかもしれないが、そこんとこ間違いなく反省す以外にない。
 
 次のエネルギー・それは自然エネルギーなのがメタンハイドレードなのかわかんないが、その分野のパイオニアになるしか道はないと思う。

 エンドルフィン分泌し過ぎのバカアタマはかように思う。 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:44| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

Welcome to SUN HALL

 本日何が楽しみかって、ギタリストがいっぱいいるのね。

 それも誰一人カブらない・というのがいいぢゃないの。

 爆音ギタリスト・正統ロックギタリスト・ボサギタリスト・フラメンコギタリスト・ブルースギタリスト・年期の入った変態ギタリスト。

 そんなのが入れ替わり立ち替わり、みなさまの前に現れてきます。

 もちろんヤル音楽の必然からそうなるのだけど、それだけVARIATIONということですね。飽きようがないよね。

 自分が聴きたい音楽をプロデュースしてみました。

 楽しみは アタマ使って 貪欲に。五七五にておめでとう。

 その楽しさの空気が放射能を中和しながら本州最北端まで三陸海岸を北上する様を夢想しながら。
posted by 浪速のCAETANO at 13:23| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月25日

ホストライヴ少し詳細

 HOST LIVEのアディショナル・ラインナップ。
 
 フラメンコ・ギターの中西くん夫妻も参加が決まりました。

 かなり面白くなっています。音楽を知ってるヒトや音楽に対してオープンなヒトには楽し過ぎる一夜になると思います。

 世界音楽でも世界の音楽でもどっちでも構わないんだけど、「いいなあ」と思えます・必ず。

 出演順を記しておきます。なるべくオンタイムで来た方がいいよ。

 
マルタニカズ・ソロ・セット(19:30)
  *ここ意外なことになります。ほんとに意外。自分でも意外です。
 
Yuumi&藤井拓くんのセット(20:00)
  *ボサ姫と藤井くんは見るのが初めてです。
 
ロス・ソロス・ロボス またはロス・フラカーネス あるいはロス・トルナードス(20:20)
  *所謂南部チームです。ええ声・の2人もええ声でリード取ります。ボサ姫パートも特設してます。
 
キングw/木寺勝久(21:00)
  *キング オヴ ブルース。
 
CVS Cowboys(21:30)
  *純ちゃん、思う存分暴れていただきましょう。

 今回かおるちゃんが「おっちゃんの勘違い」により、欠場ですが、その分・マルタニカズ色・濃いめでいってます。恒例の宗教儀式の替わりは今回は「燃えていただくこと」になるでしょう。

 チケットはSUN HALLのアホの河村くんが、まだ送ってきてませんので、お名前をフロントで(できれば前もって)言っていただいとけば前売り料金にてのお取り扱いとさせていただきます。

 でもって、PRIMAVERAなFOODって一体なに? あなた・一体誰? あなた・クルマ売る?

 TODO O MUNDOチームにもがんばっていたたくことになってます。おいしいワインとともに。

 マルタニカズa.k.a.浪速のカエターノ ホスト・ライヴ@SUN HALL on MARCH 29(Tue.)
<男たちのプリマヴェーラ>


 CU THEN&THERE.
posted by 浪速のCAETANO at 19:25| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月24日

リアリティ

 みんなの電話が遅れて、やややきもき・だったが、結果オーライ・だった。

 今日は大阪府公立の後期入試発表の日。全員合格でした・おめでとう。今年の子たちはみんな豊津からおれに「ついてきた」子らだったから、ここで合格させないと「おれはカス」ということになっていたわけだった。脱カス・で良かったでした。

 さてと。

 ここからは「次」のことを考えないと。最高潮に盛り上がった挙げ句の「あまりにあっけない・バイバイ」ももう27・8年続けているが、毎回毎回のこの「晴天の霹靂」とも言えるし「赤ずきんちゃんガブリ」ともいえるような「おいてけぼり感」には毎回う〜ん・となる。

 留学生たちも、おれの絡んだやつらはみんな日本の大学生になれた。これも昨日知ったのだけど。

 さきほどTVをつけたらセンバツの時期なのね・もう、ということだった。ただ、様子が違う。それは鳴りものなしだったからなのね・ということに気づいた。

 よいのでは・これで。まあ・ブラバンと団は手持ち無沙汰だろうと思うが、最初野球はこうだったしね。審判の「アウト」「セーフ」もよく響く。いつものような大騒ぎ・な環境は「祝祭的」ではあるが、ちょっと本末転倒って気もしてた。それが甲子園の雰囲気だったのかもしれないが、ごく最近からのことだ。やっぱりバブルの頃にだれもが「祝祭感」を求め、そしてバブルが終わっても、その「求める」気持ちというか手法だけが一人歩きし、自己増殖を始め・今日に至る。それは甲子園・に限らず、あらゆるところにある。

 というか・「あった」にしないといかんのぢゃなぁい・なんて思っている。

 狂騒・に近かったその「祝祭状況」はいろんな人々から、パースペクティヴを奪っていってたと思うから。

 それは金融からちびっこに至るまであらゆるところで起こっていたのではないかな。近視眼的になっていた。牛乳瓶の底眼鏡をみんながかけてた・ってことね。

 政治はもろ・そう。とりあえず・やりすごす・だ。それが「やりすごす」ではすまないのが今の現状だ。

 管が「なにもできない」のはそんなとこが原因だろう・と思う。政治風土が「やりすごす」一色になっていた挙げ句の果ての首相だからね。

 メディアの責任はあったりまえなのだが、どんな大変な事態になろうが、これまでは、猟奇殺人が起こったり、力士が八百長してくれたり、受験生がカンニングしてくれたり、巨乳がフィリピン逃げたりして、時のメディアの話題を独占してくれていた。

 ところが今回の大惨事は、おそらく「それを忘れること」が非常に難しいだろう・という気がしている。なぜか・と思うなら、それは「東京」が被害者のはしくれ・だからだ。

 阪神淡路のときがそんな状況がもっとも長く続いたと思うけども、それでもまだ「関西」の話だった。ワイドショーに於ける・その「うんこ我慢してるような」深刻な顔のキャスターが一転・芸能の話になると、「ぷわ〜」みたいな顔と雰囲気になる「転換」がなんかなあ・と思っていたわけだった。しかし、今回だけはそう簡単には元には戻らんだろう。別にいいんだよ・戻んなくても。

 戻んなくていいさ。しばらくは「静かな画面」と「静かな夜」でいいもん。おもしろさ・や、たのしさ・をメディアに求めてた人たちがアホやったわけですよ。おもしろさ・や、たのしさって「身近」にないとあかんのよ。

 おれは、スーパーとかのレジのバイトのねーちゃんとかをよう冗談言うて笑かしてるおっちゃんおるでしょう・あーゆーのにやや憧れるが、そっち方面の才能・皆無。例えば被災地域とかでは、もう「お笑い芸人」では笑えんのじゃないか・と思ったりしてる。それよりも、「そんなおっちゃん」でしょ。それがリアリティでしょう。違うかな?

 ヴァーチャルな世界も「一瞬」でいいからチカラを失うというか・相対化されてもいいとも思う。ヒトとともに街も一瞬で消える・とはほんと・「大変なこと」だから。

 避難所では、「おにぎり飽きた」「酒飲ませろ」「喧嘩」なんてことになってるとこもあるみたい。それが人間なのでね。いやー・飲まなきゃやってられんよね。

 だから「とりあえずやりすごせない」そんなことになってきた。

 ほんまに管・でいいの?

 もう完全に「人災」の時間帯である。全避難所への補給ルートぐらい確保していただきたい。そんな中でも、懲りずにまだ大企業を儲けさせようとしてんのは誰やねん。

 「国民の生活が第一」にブーメランしていただきたい。国民の生活は「奪われた」わけよ。対岸から眺めてるだけじゃ「無意味」だ。そんな印象ないですか?

 本格的被爆者も増えてきている。

 震災後に収録されたと思われるACのCMが流され出したが、それもまたフリクエンシーが上がれば上がるほど「もう・ええっちゅうねん」という言葉がみんなの口をついて出るだろう。もうそんな「時代」ではないし。そんな震災前の考え方でもうどうにもならないし。

 うそと・・・・なフリはもう辞めていただきたいです。今回ほどメディアが「なんの役にも立ってない」ことがちょんバレなのが、いい傾向である。そんなことのための犠牲は限りなく大きかったのだけど。

 リアリティの重さが肩に食い込む日々だ。
posted by 浪速のCAETANO at 16:59| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月23日

静かに前説を

 カオリーニョが今ギターを持ってきてくれた。

 大阪市北区の誇る・二大ギタリスト・おれとかおるちゃんは、ちゃんとしたエレキギターを今持っていない。でTODO O MUNDOのA美店長のストラトを二人で取り合いで借りている。使い回し。

 いや・そのう、家にはいっぱいあるんです。

 別のストラト・ジャガー・テスコスペクトラム5・12弦のストラトなんてのもある。しかし、これがどれもどこかチョーシわるい。別のストラトは一弦の糸巻きが「うにぃ」と曲がっているし、ジャガーはブリッジがアホだし、スペクトラム5は4弦下のピックアップが音拾わず、12弦はネックが反っている。どれも障害のあるギター。どれも直るのだが、全部直そうとすると2桁万円ほどかかりそうで・こわい。

 こわい・から、そっち方面直視せず、借りパチ状態である。かおるちゃんの事情はよくわからんが、まあ「似たようなもの」だと推測する。

 本日リハだったので急遽カオリーニョにご足労いただいた。ありがとね。

 それは来週のサンホールでの「ホスト・ライヴ」のためのリハなのだけど、もう4回目になる。こっち・なんとなく気楽なのであって、その分「ラフレシアン・コムプレックス」がちゃんとやれてないのだけれど。

 こちらは好きな「音楽」をやれる。好きな「歌」を歌える・ではなく、「音楽」をやれる。オリジナル曲のみならず、カヴァーも適度に混ぜれるところが気に入ってる。

 今回・かおるちゃんは「おっちゃんの勘違い」で徹ちゃんとのデュオが決まっていたから、グランジ・トレスはメノス・ウン(マイナス・1)ですが、キングちゃんは来ます。
 
男たちのプリマヴェーラ」というタイトルにて、これさぁ・震災前に決めてフライヤーも刷ってたから、ほんとばかやろうで申し訳なく思うのだが、「こんな時だから・触らなきゃいけない」と梅田の地の果てアルジェリア(中津)の詩人も歌うようによ・楽しさとか元気とかは「自家発電」出来るヒトから隣のヒトへと伝播させなきゃいかんし、自家発電能力のある人間はそれをやんなきゃいけないと思います。

 カウボーイズもそして「南部チーム」も出演します。「男たちの・・・・・」と言っておきながらボサ姫も紅一点で無理矢理入れる・じゃなかった出ます。新しいギタリストとのデュオと、バンドで、マリーザぶちかますそうです。もっとも本人は「ぶちかます」なんて言ってはいませんが。

 南部チームは久しぶり。今回はバンド。いつまでも南部チームではいかんと思い「ロス・なんちゃら」という命名をしようと思ってます。本日の気分は「ロス・ソロス・ロボス」か「ロス・フラカーネス」あるいは「ロス トルナドス」。ルチャ・リブレのタッグチームの名前考えてるみたいで楽しい。

 ダグ・ザームやフレディ・フェンダーやポップなR&BをDr.ソウルなどに織り交ぜやりたいと思ってます。Dr.は岩崎のオリジナル・ヴァージョンで。ここは男三人のハーモニーがなかなか聴かせるので。

 この「ロス・なんちゃら」頻繁にやりたいんだけどねえ。ねえ・ねえ小松くん・ねえ。

 CVS カウボーイズは「アイリッシュ・スコティッシュ・そしてニュー・ウェイヴ」、ロス・なんちゃらは南部とTEX・MEX、ソロでは脱国境世界音楽・そしてあとソンナバナナが出来れば、いや・あと他人に曲書くの忘れてた。キングちゃんもうすぐできるからね。で、ソンナバナナが出来れば、しかし、これはなかなかコストもかかるのであった。老後のたのしみですかね。メディアとしては「パラボラ・スピンズ」を聴いていただくしかないですね。なんだ・このトッ散らかり方は!!!!いや・勝手にトッ散らかるわけで、トッ散らかるのも人生なのでありました。

 震災で、何度も何度も見ることになった・あの津波の映像。現実の被害者でなくとも「深いところ」がかなりダメージを受け・それはいまでも続いている。おれも、いろんなやらなきゃいかんこと(それは被害者の方々の現状に比べればはなはだマイルドな現実ではあるけれど)があって、しかし、それがなかなか手をつけられなかった。そんな時にギターを手にした。歌は、言葉にするとなかなかこれが「意味」があり過ぎて、ハマりすぎると余計手がつけられないし、オチャラケは憚られる。そんなわけで、ギターをただただ弾く。

 自分の中のリチャード・トムプソンやエイモス・ギャレットを呼び出してきて弾く。まあ・最後は自分の味になるのだけど、そういうほんとのオリジナリティがあり、クオリティの高いことしか、出来なかった。被災者のみなさんの5mほど後ろで、静かにギターを弾いていたい・と思った。きっとなにかしら貢献できそうな気さえした。それは自分の気持ちを沈静させることにも大変役に立ったからなのだ。うるさい音は要らないし・がなるなんてとんでもない・と思った。押し付けがましいことはするべきではないのだ。そんな自己満足はなんの役にも立たない。ま・それは平時でもそうだけど。ただただ、みなさんの気持ちを逆なでせず、適度な距離感を保ち、寄り添うようにギターを弾いていたい・と思った。自分にVOLUNTEERが出来るとするならそんなことかな・と思う。被災したみなさんのBGMとしてこころに薄い膜をギターの音で敷き詰めたいと思ったのだ。要らんヒトには「しつれいしました」で良いし。

 音楽は「歌詞」だけではないしね。メロディーもリズムもアレンジも込みで「音楽」だからね。ひとの反応の場所はそれぞれ。それもわかってる。

 だから、その後・はじめてのライヴはそれなりの心構えで臨もう・と思ってます。

 
ホスト・ライヴVol.4 @SUN HALL


 
posted by 浪速のCAETANO at 11:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

逆行社会

 パンクが始まったあの時代。コクのある音楽が、それによって覆い隠されてしまったがその裏に大量にあった時代。

 1970's 後半の話なのだが、その時代が良かった・・・ではなくその時代を志向したらいいのではないかと思う。

 もちろん今ある便利なものはない。しかし、今ある便利なものも持って行けるかもしれない。省エネ・が進んでるからだ。

 原発に関連して2つの異なるトーンがある。政府もNHKも民放も「DON'T WORRY」と言う。

 一方・あの東京消防庁の隊員の記者会見での「涙」がでるような「危機感」だ。

 同じ現場で起こっていることがベースになってそのトーンの著しい違いに困惑する。

 東京消防庁の隊員の方の意見は「ウソ」ではないと思われるから、政府もNHKも民放がウソ・ということになるかと思う。なんでウソ言うの?

 原発はこれまで政府の旗印のもと各電力会社と手に手を携えて進めてきたものだ。ただ東電は民間企業。「お前ら逃げたら許さんぞ」という管の言葉は最大の「暴言」として長く記憶されるだろう。東電から下請け・そしてそのまた下請けへ・と「出頭命令」が下されていると言う。いつだってそんなことだ。名もなき英雄たちが犠牲になるだけだ。

 実は替わりがいなくて困るのは彼らなのであって、管の替わりなんていっぱいいる。一億人以上いるはずだ。

 政治家やメディアが「貴族化」してしまったのはいつの頃からなのだろうか?

 いや・ちょいと名の売れた人々・もその中に入れてもいいか・と思うが。憲法によれば「天皇陛下」以外は「その他大勢」のはずなのだけどね。そして首相を「権力者」と言い替えることが普通になったのはいつの頃からだろう? あれって公務員のトップなんだがなあ。そして公務員とは「公僕」である。国会議員も知事も市長も他の議員もみーんなそうなんだけどなあ。

 いろいろと不思議なことだらけである。

 福島第一の一号炉は耐用年数10年の予定が40年近くも稼働させていると言う。そして原発は「解体」も「廃炉」もできない。唯一の方法は「閉鎖」だというが、紙とアルミホイルと鉛とセメントでがっちがちに固めるしかないのだろう。

 誰がすんの?

 歴代首相のみなさん・先頭たってやるべきでしょ。

 原発に関してはまずは「自民党」の皆様よね。存命している森くんからはじめて小泉くん・安倍くん・福田くん・麻生くん。そしてもちろん鳩山くんに現職管くんも。政治家として「最高」の地位に登り詰めたわけだから・もうあなたたちの上昇志向もアタマ打ってる。お国のために死ぬ・というのが軍人と政治家でしょ。政治家は違うのかな?

 グロテスクなことを言ってるな・と自分でも思う。でもね、本当のグロテスクはこれまで上手く隠されていたわけで、そして電力会社内でもそれは口外しないように強いられてたわけで、こんな時にそこんとこ修正しないことにはタイミングがないのでは。

 原発を全部止めて、日本全国で「計画停電」でも良いのでは。関東・東北が電気がなくて苦労してる。おれたちは日本海の原発に頼って普通の生活をしてる。これもまた変な話よね・実を言うなら。そして寸止めで救われた事故はこれまでまんべんなく全国で起こっている。

 タイトロープの上にみんながいる・ということですから。

 家電製品も30年前から比べるとかなり節電では優秀になってる。だからそんなに電力一般家庭では喰わないのではないか。

 これを機会にみんなそこそこ不便になる。原発はすべて「閉鎖」する。政治はそんな大英断によってみんなの気持ちを再度そちらへ向けるそんなチャンスでもあるのに。数年前に実家へ行った時・豆炭のおこた・を久しぶりに経験したが、ほんわか・じんわりあったかかった。

 そして夜に電気がなくなれば「星」もきれいだろう。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:46| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

疑う

 VOLUNTEERは自己完結してないから行ってもメーワクト言われているけど、そうじゃないと思う。

 そりゃ現場で「ハラ減ったー」で被災者の方々のおにぎり喰ってちゃどーかとは思うが、現場と・と言っても被災地と避難所があり、今回の震災は場所も広域ならば、被害も甚大かつ多様であって、VOLUNTEERの仕事も多様であると思われる。だから「現場」とオノレのおにぎりが確保できる場所との「間」でもなんとかできるのでは。空回りしても「気持ちの問題」の腰折るコタないよね。ほんとに「雑用」みたいなことでもいいのでは・と思う。雑用・がいいんだよね。パシリね。

 TVでの識者と言われる方々のもの言いを聴いていると、「政府がやってるからいらんことすんな」という意見に集約されそうなそんな印象を持つ。みんなでつるんでいる・かの印象だ。みんなとは政府とメディア・だけれども。相変わらず。

 つるんでなにをしようとしているのか・というなら、「真実」を国民に知らせたくない。これに尽きる。

 それでいて、「チミらはお互いに助け合え」というメッセージも流し続けている。

 政府が今回災害初期の段階で「多くのヒトを見捨てた」ことは記憶に止めておくべきだ・と思う。初日の段階で自衛隊10万人でしょう。全力を尽くす・と言うのなら。

 いざ・というとき政府は助けてくれない・そんなコンセンサスができたかも。特にこのような大災害の時には。キャパとして無理な事もわからんでもないが、それにしても、何が何でも・という気迫は感じられなかった。管の顔には「厄介ごと」のニュアンスが浮かんでいたのを見逃さなかった人々も多かったと思う。彼が首相で「本当に」いいのだろうか?

 そんな政府の不作為に居ても立ってもいられない人々がなんかしよう・というのを「邪魔になるから」という理由でシッシッというのはちょっと違う気がする。大学生も高校生も春休みだしね。この時期に遊ぶ事になにかしらギルティに感じるのであれば、とにかく「行ってみる」でいいのでは。組織の良さは認めるが、個人の身軽さもクイックさが必要なときは全然あり・だと思う。必然的に組織化されるよ。

 しかし、彼が首相で本当にいいのだろうか?

 千年に一度の大災害期に、歴代もっとも人間性に関して劣悪な首相のひとりが首相でほんとにいいのだろうか? おれたちはその不幸を嘆きつつ、被災された方々のことを思い、何かするしかできないのはわかるが。さまざまな理不尽な政変後の大災害であるから、みんなが何かを間違っていたあげくに、都知事とは違う意味で天罰・なんて言葉も口にしてみたい衝動に駆られてしょうがない。

 決して不謹慎なつもりはないが、古代的な意味と感覚で言うなら間違いなく「怨霊の祟り」である。歴史的に見て、人口の規模が違うが、過去に於いて、このような災害はあったのである。蘇我入鹿・菅原道真・長屋王・崇徳上皇といった怨霊たち。時の為政者は、たとえそれが、オノレの身に被害が及ばずともそこに何かを感じるのが「人間性」である。何か人智の及ばない「チカラ」に畏れをなす・なんてことは現代に於いても「あってもいい」と思うのだ。科学万能かつ技術万能のつもり・の現代であったとしても、その科学の想像力を・技術を凌駕する大津波が起こったわけだから。為政者のハートがキャパがあって、被災された方々への共感するチカラがあれば、それはいいほうに軌道修正できるはず。ここしかできないんだから・みたいな「開き直り」も見て取れるところに信用が置けない・そんなコンセンサスもできつつあるのでは。

 原発に関しても、発電所の計器類がインでしまっている今・「科学的」なことが実は一切言えない・という状況にも関わらず、ただただ、スポットの数字で「信用せよ」と言われても・だ。それはものすごく「非科学的」だったりする。大丈夫というのなら、そういう学者クンたちが、TVにでるごとに放射能入りの牛乳腰に手当てて一気飲み、げっぷしながら「ほら安全です」と言うべきだ。放射線の総線量と放射能分子の飛来は「意味が違う」という意見もある。

 様々な国が、大使館機能を大阪領事へ移したり、国外退去したりしている。福島原発周辺から避難してきたコドモの被爆量を測定している写真は日本の新聞に一切載らず・ウォールストリートジャーナルに載った。大使退去に関しては「それはちょっと掲載しないよーに」とのお達しが各紙に出ていることももうバレている。なんだか「大本営」に近いかもね。「戦時」にも近い・ということだ。

 被災者の方々のために出来ることをする・そんな献身的な精神の隅に、現政権を斜視する視線も持っとかないと・と強く思う。


 あの丘の上の邸宅ではサイケデリックミュージックが今も流れ、ピース&ラヴに溢れてるんだよ。

 

 
 

 
 
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:03| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

始めよう

 きみのその自粛・どんな根拠やねん? と問いながら歩きたい。

 圧倒的な映像が繰り返されたこととその後の悲惨・さらなる恐怖はヒトを萎えさせるに十分だ。

 ハートの火が消えてしまったような気がしてるヒトも多いだろう。みんな普通はそうよ。しゅん・となるさ。それでこそ「人間」だ。

 さて、それでどーする・それから。

 例えば、疎開・という話がある。疎開で東北から逃れて来たヒトがいるとする。もっというならきみやおれがそのヒトだったりした時、伊丹空港で迎えにきた方が、どんな精神状態でいてくれたら最もありがたいか。

 「満面の笑み」で包んでくれればいい・とおれは思う。「わかった・なにも云わんでよろしい・さああったかいものを食べて・久しぶりの酒も飲み・そしてやわらかな布団で今晩はとりあえず身体と気持ちを休めてね・ほんとうに大変やったね」その笑みの中にはそのような「含むもの」がある・というのが理想だ。そんな笑みの主体・という立場におれたちはいる。

 では、そのためには、おれたちは、十分満たされてなければならないだろう・と思う。あたたかさにも・そう思ったときのちょっと一杯も・きれいなオンナに「おおっ!!!」と唸ったり・とか、どうひっくり返っても・おれたちは「恵まれている」のだから。

 おれは本日・もう寒さも大阪はこれで終わりかな・と思い、やまとの湯へと出向いて来たが、「あたたかさ」ってエラいよね。このあたたかさ・が次に・彼らに最も必要なのだなあ・としみじみ噛み締めながらお湯につかっていた。

 レヴェルは全然違うと思うが阪神淡路・のとき、おれんちは水が出なかった。で、「いささか」不自由だった。だけど、あの揺れはほんとうに恐怖だったが、ものはいっぱい落ちてきたが、幸いに怪我はなかった。あのときも阪神間はどえらい大変なことになっていた。
まさしく同様のことが繰り返されているのだが、もう少しほとぼりが冷めてから、お互いに事の大小はあれども、「あんときはねえ・・・」などと振り返りたい。ほんとの共感にも熟成はいるだろう。

 政府がたるんで、避難所のおじいさん・おばあさんが亡くなっているのは「絶対に許せん」が。それとこれとは全く違う。

 だから、その自粛・なのだけどね、なんだか「当事者でない人たちのそわそわした雰囲気」を感じる。その自粛に「自己決定」のニュアンスが欠けてるように思えるのだ。「こんなときにそんなことあんなことしたら/するなんて」という、おれの嫌いな日本人がそこにはいたりする。そのよーな人々はもうじき「不満」を言い出すだろう。地震のおかげで「野球」が見れん・とか、津波のおかげで「バラエティ番組」がない・とか、放射能のおかげで「野菜」が高い・とかだ。

 それはほんとうにひどい物言いだが「厄介な事になりやがって」だと思う。この国の首相の「ノンヴァーバル・ランゲージ」の中にそれを感じる。政権続投のチャンスぐらいにしかこの大惨事をとらえていない彼の本音が垣間見える。

 それは被災された方にも・そうでないおれたちにも同様に不幸な事だが、更なる被害を被災された方々にもたらす疫病神というよりほとんど死神だ。

 「喪に服す」ということは大切だと思う。まだ大惨事が起こってほんの一週間だ。だからこんな話は時期尚早かもしれない。顰蹙かもしれません。

 だけどね、その疎開を避難をされて来られた方々を迎える我々のハートはその方々をあたたかく包む余裕に溢れてなくてはいけない。そのためにはオノレのこころの求める事をするべきだ。被災された方々・肉親を友人をペットを亡くされ、自分だけが助かった事にややもすればギルティに感じているかもしれない・そしてそれらからは助かったにもかかわらず無情にも家を離れさせられた方々を「もてなす」という言い方が正しいかどうかわからないが、そのようなことだと思う。もちろん出来る範囲で。もてなす側はこころも視野もひろくないとね。

 関西人は今ちっちゃくなっていてはいかんのだ・と思う。おれたちだって目に見えないところは大層痛んでる。しかし、まちがいなく現在は恵まれてもいる。それを自覚した上でかれらに分ける。その自覚のためには、あたたかさをおいしさをハートの栄養にしておかないといけない・そんな義務があるのでは・と思っている。もちろん、被災された方のことを思い、「思いはいつだってあなたたちと共にあり」ながら。

 おれたちは自粛を「克服」するところから始めよう。


 tendernessは「大きさ」の証。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 20:35| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月17日

沁みた

「ある日本人のファンから、彼らの美しい国における大災害の後で、私たち(XTC)のファンたちのことを思い祈ってくださいというメールがありました。もちろんそうすることが私の出来る最低限のことです、と言うのは、私はその大災害が私をひどく悲しい気持ちにさせたことだったこともあり、ただただその災害のレポートが見るに耐えないものだったのです。その災害の中での多くの方々の命や財産がなくなったことに思いを馳せることは理解を遥かに超えていたのです。
 私は日本がいつだってそうであるように復興し、また以前の繁栄に戻ることはよく分かっています、しかし、なんという恐ろしい経験をあなたたちは持たなければならなかったのでしょう。
 私の思いはいつでもあなたたちと共にあることをわすれないで。」


 XTCのアンディ・パートリッジからのメッセージ。

 外からの反応で、もすこし客観的に、これは「どえらい災害」なのだなということを思い知らされる。

 不審に思えることがある。

 防衛大臣が幕僚長の顔色窺っていたことだ。みなさんご存知のように、自衛隊の長は防衛大臣であり、その上司は総理大臣だ。そしていわゆる制服組のトップが幕僚長なのだけど、制服組は大臣(文民)に従うことが義務づけられている。これがシビリアン・コントロールで、過去の戦争の反省が少なくともここには生きているはずだったのだけど、軍隊において上司の命に「てゆーかー」とかは言っちゃいけないのよ。それを言っている。こんなときになんだけど、これは結構怖い話だ。幕僚長と言えばタモガミくんが有名になっちゃったけれど、なんかそんな感じが次のおっさんにもある。

 気になったので記しておきたい。

 3.11以降、日本は別人になっちゃったね・なんてことは言われたくないし、おれたちだって被害を被るのだ。その際は「完全なる人災」だ。

 阪神淡路のときは村山政権だった。今回は民主党政権。なんか、「かつて」の政治家でないとこのような「大事」にはダメなのかもしれない・と思う。小沢くんが首相だったら・あるしは亀井ちゃんでもいいのだ。みんな・すごくまちがった選択をしているよ。まちがった判断。メディアに乗せられてしまったあげくがこれ・だったりする。もしそうでなければ、きっと何千人かは助かっただろう・と思う。

 悲しいですね。

 本日、十三まで「シブい用事」でチャリを漕ぐがあまりに寒く、思わず、昼間から一杯熱燗をひっかけてしまったが、「これや・これをみなさんは今出来ない」と思い、唖然とした。その行為とは物理的・精神的その両方入り交じってるんだもんね。そして同時に、港町に無数にあったと思える・居酒屋もまたほぼすべて消えてしまったのだ・ということに気づく。

 ほんと・アホの極み・なのだが、しかし、本日の昼酒は・あまりに沁みた。
 
posted by 浪速のCAETANO at 17:49| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

隠すのはダメね

 こんな時は善かれ悪しかれ、何かが「隠され」るものだけど、隠さないで欲しい・と思う。

 すべてを公開して、みんなで負担するのがいい。もちろんその第一の主体は「政府」だし「地方自治体」だと思う。我々市民の意思は意思として、そんなことを「政府」が求めてはいかんと思う。

 おれたちはおれたちでできることをするよ。しかし、大災害の時は国が政府が先頭に立たなきゃいかんと思う。

 やってない・と思うから。

 南相馬市の市長が電話で訴えていたが、国や県からの「連絡」「指示」がなぁんにもない・らしい。市・は市民に近い・やっぱり。しかし、県・国は「物理的に」遠い。その「遠さ」がもろに裏目に出てる感じ。市長がメディアを通じて「情報」を得ている・というのが実情のようで・それは一体なんなのだ。

 現場の市長が、おれたちと同じ情報量でどうするよ。

 おれたちはメディアと同じ高さの視点ではいかん。被害者になって初めて気づくことだが、メディアとは遠いところにいる貴族みたいなものだ。シムパシーがスクリーニングされる。もう・特に民放は「視聴率」を思い出してきている。NHKもやはり何かを隠している・と感じる。

 今回のことで、東北の三陸海岸からはヒトの姿が消える・そんな気がしている。それに関東・首都圏はこれまでのいろんな特権的な恩恵からは遠い場になるだろう。すべてのものを集積することによって他と差別化されていたものが、その土台が崩壊しちゃったからね。

 「疎開」なんて考え方も出てくるのでは。ある種の「戦時」だとおれも思います。

 自衛隊10万人体制なんて言っときながら実際は26000人だってさ。アメリカとの合同演習には30000人以上参加してたよね。こんなときに「対中国」「対北朝鮮」なんてことをほざく人々・信じられないわけで、そんな妄想・それこそエネルギーの無駄である。キミが食べているその銀シャリ・被災のみなさんにすぐ廻しなさい。

 そして今はまだ「お金」じゃないでしょう。今は食糧・水・燃料・物資・だと思う。だって阪神のときとも違い、広範囲に渡って45万人が家を追われているわけで、ここもまたスケールに合わせて考え方変えないと。

 お願いだから想像力を働かせて、被災者の視点で、そして決してみなさんを見捨てないで欲しい。既に何千人もの命を見捨てているのだ。

 家族を友人をペットを失い、それも自分が助けられなかったという自責の念に駆られている方も多い。そういう非常なる哀しみの中で、さらにその方々が、そんな感情の中・亡くなっていったりするなら、それは政治による「殺人」だ。

 その後のプレートからではない地震も頻発していることは「無関係」でもない。根拠はないが、そんなものは要らん気もする。誰もその因果関係を説明できない。因果関係がないことも説明できない。そんなときは「何かある」と思うべきだ。

 つまり、「今・安全」な場にいたとしても、それは将来・近い将来さえもその安全を担保するものではないということで、誰もが「被災者」となる可能性・そんなに低くない可能性を意味する。だから、そんな目に遭ったというちょっとした想像でいいのだ。おれたちもメディアの先の被災者の方々に少しでも寄り添う時間を少しだけ持とう。その後はおれたちなりの、被災者の方々とは比べもんにならんマイルドな現実に対処しなきゃいけないからね。

 わたしはわたしの生活をしっかり・・・そんな意見があるのもわかるけれど、それは非常時の為政者たちの不作為を見逃し、それによって何百人もの命を再度失うことに繋がっちゃいけない。もどかしいけれど。

 カトリーナの時のブッシュ・みたいになってるよ。それは「最低の人間」という意味だけどね。

 本日大阪は公立高校の後期入試で、もともと決められた日程で試験を受けれるだけでも恵まれてるよね、と言うと、うん・と頷いていた彼ら、うまくいっただろうか?
posted by 浪速のCAETANO at 17:33| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

今はとりあえず目の前の

 ただただ平身低頭にて、なんとかその場をしのごうとしても、こんな大変な問題は隠し通すのはやっぱ無理で、とりあえず「言うな」といわれてることだけがわかる。東京電力も社内的に大パニックになっているのだね。なんか怒られるのをいいオトナがそんなに怖がらんでも・と思うのだ。ただ、避難所の電気消すとは何事だー。どこまで平和ボケしとんねん。

 でもね、この原発の地震対策はずさんなものではなかったはず。こんな大津波がくるなんてのは被災された津波経験たっぷりの方々でさえ、予想できなかったのだから、「自分のせい」→「真相を出来るだけ隠す」そんな姿勢でなくていいよ・と思う。なによりも大切なのはディスクロージャーで、危機意識をシェアして、少しでも被害を少なく・でしょ。

 今回のことはどれも最初の災害は「誰のせいでもない」から。しかし、そこから先は「誰かのせい」になり得る。

 管くんも、被災後初めての「フォーマルな声明」であるなら、被災者の方々に何か一言言えよ。それから原発の話でもいいんだから。

 ほんと・冷たいというか小ちゃいと言うか。

 しかし、あまりにも甚大すぎるのだ・被害が。それでもできるだけやる・もうそれしかないもんね。しっかりやってほしい。彼らは「政府」に頼るしかないのだから。避難している方は45万人というからこれもまた途方のない数だけれど、それでもやんなきゃいけない。

 21世紀は見事に「分配」の時代になる・もうなった。おれたちも少しビンボーに・不便になって、その分、被災された方々の役に立てればいい。まったくそれはやぶさかじゃない。
 
 それがもし「新しい公共」という、「政府も県もなーんもせんけんね」「あんたらで勝手にやりー」というのに乗せられてっかもしらんけどさ。またそれは後でゆっくり考えようね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:05| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

遠い真実・おそらく

 何かがおかしいよ。TVは嫌なメディアだが、「ほんと」をというか「本音」を映し出すことにかけては優れている。

 もう菅直人は東北を「見捨てている」。自衛隊10万人体制、もっと早く防衛相に「命令」しなきゃ。なにが「一両日中」に・などと言うことを言わせるのか。ビンタ張ってでも、いますぐやらなきゃ。自衛隊員は士気は保っているはずなのだ。

 一両日は過ぎていき、それは72時間が過ぎることとイコールなのであって、今が正にその72時間後なのだ。

 県知事は何をしているのだろう? 岩手・宮城・福島県知事だ。石原さえも出てこない。統制のための情報一元化を官邸が指示しているとしか考えられない。それは各県の実際の被害者の方々からは遠過ぎる。

 あまりにも広範囲で壊滅的でしかも進行形で「途方に暮れる」しかないのだろうとは思う。途方に暮れるような状態であっても、とにかく一人でも多くの人命を助ける・そんな意思を見せないと。管のような「うその意思」ではなく。

 おそらく・だが、死者は5万人を超えるのではないだろうか。それが官邸では「瞬時」にわかったのかもしれない。警察の死者発表が矛盾している。連絡取れない方々が亡くなっているとするなら、それは恐ろしい数になる。そして、そのことよりも「原発」が上位概念だったのだな・ということが見えてきた。

 TV報道ももう「津波」と「原発」の解説はいいから、被害者を救っている自衛隊の姿を映して欲しい。「現場」を映す意外にメディアの役割などあるか。避難所にいる方々が「視聴者」である・という意識がなきゃダメだ。東京の節電などどうでもいい。

 ミクシイでバカの若いオンナが「ド田舎で良かったね・死んだのも年寄りばっかだったし・これが「東京」で起こってたとしたら・・・」と書いていた。ほんとの殺意を覚えたが、しかし、これは極論ながら「東京」「政府」「メディア」の本音にかなりの部分カブる・と直観する。

 家族を友人をペットを亡くし、命からがら避難所まで逃げてきた方々がその避難所で亡くなるなんてことは一人たりとも許されない。原発が「人災」である以上に、それは「人災」だ。日本政府によって「見殺し」ということだ。

 原発の現場にいた作業員の方々もどんな「悲壮」な覚悟で仕事をしていたか・ということだ。ものすごい悲壮感に覆われていたはずなのだ。

  今はすでに情報統制の中にある・と思う。アメリカが9.11以降、別の国になったのと相似で日本もこの3.11以降、「戦時」のような状態になる・そんな危惧がある。

 とりあえずわずかながら募金をしてきた。無力感に苛まれながら。今命がある方はその命を大事にして。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:19| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

提案

 町民17000人中10000万人が行方不明というあの町。ちょっと想像を遥かに超えて、言葉にならない。

 多くの方の死を悼む気持ちと、出来るだけ多くの方の命を救おうという意思と行為、そして原発のメルトダウンへの対応、余震への心配、多くの異なる感情に苛まれながら、じっと見守るしかなく、ただただおろおろと時間だけが流れていく。

 このような超災害、みんなが初体験だろうが、被害者一人一人の困ってることだけは過去の経験が生きるはずだ。シェルターと食べ物・水が迅速・そして継続的にみなさんに行き渡りますように。寒さを防ぐ何かをみなさんに。仮設でもよいからトイレをできるだけたくさん。精神的なことも大切だが、それはもう少ししてから。

 家族を友人を亡くされ、飼っていたペットを見捨てるしかなく、しかし、自分は生き続けなければならない・そんな運命に遭遇した方もいらっしゃるだろう。ほんとうに辛いことだ。辛過ぎる。シムパシーを持ちすぎると泣けてくる。

 管くんは、この際小沢くんの党員資格停止を解除して、小沢くんを本部長にした対策本部を立ち上げるべきだと思うがどうだろう。小沢くんは「地元」である。きっと「いい仕事」をしてくれるはずだ・と思うが。こんなときはイデオロギーも権力闘争も「棚に上げる」が正しい政治家だ。どうだろう? 汚れ仕事だが、きっと小沢くんならできる・と思う。それは「地元」だから。首相ならそんな太っ腹を見せてもらいたい。スタンドプレーはこんなときに「不謹慎」だから。

 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:17| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

思う

 ばあちゃんが明け方ふとんに入ってきて、かけぶとんの毛布とかけぶとんの間で眠っていた。

 震災の時は、「人間」の救助が最優先される。それは当たり前なのだが、そんな中で何万匹ものイヌやネコも死に、そしてこれからも死ぬだろう。

 そう思えてばあちゃんを抱きしめる。

 心が痛む。

 東京の友人たちはとりあえず無事であるとのメールは届いていた。しかし、えらいことだし、こんなとき自衛隊の方々・国民を守って・助けてほしい。

 阪神淡路も経験し、今回も被害にあった・そんな方もいるだろう。何かの知恵があれば周りに伝えていただきたい。シミちゃん・酒にばっか救いを求めず・な。気持ちはわかるけど。

 しかし報道による被害があまりにも広範囲に及び、言葉をなくす。少しでも二次災害から命が守られることを祈るぐらいしか出来ない。こうやって漠然とだが、誰かが名も知らないヒトのことを心配している。こういうのが「日本人」である・そんな気がしてる。
posted by 浪速のCAETANO at 16:54| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月11日

3/29はHOST LIVE

posted by 浪速のCAETANO at 18:05| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

予感

 南海トラフが南に向かって崩壊していく・そして、それはこの国の、その他の事柄の崩壊とシンクロして、そんな予感がある。

 メニエールがきっついなあ今日は・とか思っていたら大阪も揺れていた。

 東北は大丈夫だろうか? 東京もかなりひどく揺れたみたいだ。新宿駅前のものすごいたくさんの人々は家へ帰れるだろうか? 心配する。

 三つ目の茨城沖の地震は、一つ目の巨大地震の流れで起きたはずなのだ。巨大地震の連鎖は必ずある・と思う。プレートのはねっかえりのエネルギーはすぐそばの「こちらもそろそろはねっかえりたかった」プレートへと伝播するなんて事は容易に想像できるからね。

 TWITTERに「ハラになんか刺さってて死ぬう」というトゥイートがあった。ほんとうならえらいことだ。

 津波は地震の溜まりに溜まったエネルギーをそのまま受け継いで陸へと攻め上がってきてた。見ていて「悪意」のようなものを感じた。エネルギー注入・というプログラムが成されたからにはそれをどうしても発散しない事には収まらん・というような問答無用の悪意。クルマも船も容赦なく流されていたが、ヒトは乗ってなかったのだろうか。

 阪神淡路の直下型もあり、南海トラフもあり・とおれたちは誰もがあのNZの被害者たちと運命をシェアしている。なんだか紙一重のところでいまだにSURVIVEしていたりするだけだと思う。誤解を恐れずに言うなら「生きている事の不思議さ」を感じる。それも「今んとこ」と言うだけで明日は死んでいるかもしれないのだけど。

 やっぱりおれたちはあの7500人の方々が亡くなった1995年を忘れられない。今回もまだ情報不足だけど、何人かの方が亡くなったかもしれない。そうでなければそれにこしたことはない。

 今のこの国の状態は「内部崩壊」がひどいが、最後の一撃は「天災」かもしれない。そんな変なシンクロいらんのだが、そんなことを考えるに、つまんない偏見やメンツなどでかんじがらめになることのアホらしさを感じてしまう。

 日本の「幸せな時代」はもう過ぎた・とのコンセンサスを持ってもいいのではないだろうか。

 もう過ぎてしまって、不幸がまんべんなくみなさんの身の回りに散りばめられているからこそ、助け合い・が普通になり、分配もまた普通になる。オノレも大切だが、そのオノレがオノレでいられる環境を作ってくれている「まわり」もまた大切になる。こんなあったり前田・ながら、新自由主義にはそぐわなかった考え方が、これまた「普通」となる・そんなささやかで控えめなUTOPIAはこんな時代だからこそ「逆説的」に目と鼻の先にある。そう思う。

 地震も「あらゆる場所」で起こる・と思っておけば良いのではないか。常に「被害者」になる可能性があり、だからこそ、羽を伸ばす・なんてことも意味がある。

 一番嫌いな態度とは、「NEW」であるから、集中的に話題に上らせ、つぎの大事が起こったらすぐそっち飛びつくこの国のメディアのような態度である・というコンセンサスももう持ってもいいのではなかろーか。もういいかげん・まぢで。

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:56| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月10日

わすれないうちに

<<啓蟄にあたり>>

流れ星さえも 君の瞳目指してた

揺れる雲さえも 君のくちびる目指してた

それは突然の光 夢でも見てるような

まっさらの空気 初めて息を吸う

風向きが変わって 予感はあったんだ

でもそれが一体 何のことかなんて

それは突然の熱 身体が浮かぶような

真っ青な空に 初めて声を出す

はじめはもぞもぞ 動いて運がよけりゃ

寝床が見つかる それに立派な羽根が生える

そのときは 大空を 飛んで やがて

そのときは 流れ星 雲より はやく

君の元へ



2011年3月5日17:00頃・きわきわ52歳のうちに。
posted by 浪速のCAETANO at 12:21| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

SOMEWHAT GOOD DAY TO DRIVE

 スカッ・と晴れてはいるが、寒い。どんな時でも布団の中でぐずぐず・というのはないタイプなのだが、本日そのような遊戯も良いな・と一瞬思った。思っただけでさっと起きたが。

 朝は弱くない。

 窓から差し込む日差しが、「もうほんとは寒いの終わってるのよ」と囁いている。「やんなー」とおれも応える。さんざん寒かった後の気温のゆるみはそのまま気分のゆるみへ。ユルんじゃいけないんだけどね。あと一週間は。

 しかし、それはそれ・なのであって、大勢はもう決定的だ。明日香だろ・高野だろ・熊野だろ・新潟だろ・青森だろ・会津だろ・と行く行かんはおいといてー・訪れたい場所を思う。最初の2つは近い。今からでも行ける・行こうと思えば。明日香なら新名阪乗れば・高野山ならたった100kmのドライヴで到着する。

 しかし、明日香や高野はそのまま熊野まで繋がるから始末が悪い。しかももうすぐ桜が咲き出す。一度・シトロエンBXで桜の時期の熊野を走り回った事があった。寺山の映画の中に居るような気がしてた。超悪路だったけどハイドロニューマチックのシトロエンはドライヴァーにはほぼストレスを感じさせなかったが本体がかなり痛んだ。クルマの鑑・シトロエン。いいクルマだった。よー壊れたが。

 おれはよくわからないのだが、例えばそんな路を4駆で走りたいとも思わないし・プリウスで走りたいとも思わない。そんな選択肢しかない現在のクルマ文化はなんだか貧しい気がしている。小型の(といっても2000ccぐらいまでの)ヨーロッパ車でないとおれは成り立たん・と思うが、賛同していただける方・僅かな数だろう。クルマを降りて周囲を見渡して、そして視線をオノレのクルマへと向けた時、頬が綻ぶ・4駆やプリウスでそんなことにはならないのはもうわかっちゃってるからね。あの時代・は彼方・だ。

 上開けると「いまだにオトコマエ」のサーブ・コンヴァーチブルが生きてるうちに走っとこう。うちのばあちゃん同様・寿命長いタイプだが、いろいろヤレてきてるのは知っている。ただルックスは元海軍のうちのじいちゃんみたいに押しは強い。よし・買い物いってこよう。ばあちゃんのごはんそろそろなくなってきてた。ちょっとひんやり・ぐらいがいいのだ。ガスはえっらい高いが。


バカサウンドながら忘れ難い・トイウモノモアル。
posted by 浪速のCAETANO at 11:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

二重に拘束されて

 入浴後、湯冷めまでの時間は明らかに長くなったが、なんとなく寒いね・依然として。

 身体が寒さを「記憶している」そんな感じ。過去を引きずるわけよね。

 やっぱ20°ぐらいになってくれないと、季節が変わった感じしない。そうなるのはいつでしょう? 早く本格的に暖かくなってほしいが、そう簡単に3月が過ぎられても困る。なぜかようにダブルバインドなのかは・うーー・言ってしまいたいが言えない。

 しかし、日によって体感温度が異なるのはなぜ? たまに自分の身体が呼吸(正確な意味でよ)をしていないな・瞑想中ぐらいに代謝がおちてるな・と思う事がある。変温動物の気持ち・わかるよ・ってなものだ。朦朧としてくる・ダウナーですね。

 公立高校後期まで今日も入れて丸9日。どこに願書出すかも決まって、最後の臨戦モードだ。みんながんばってほしいがここで終わるわけじゃないんだけども、ここ・は決めないと・とここでもダブルバインド。手段の目的化・とは現代のジレンマでもある・現場ではね。そこに「費用」が発生している以上、どんなに説得しても、おかん・だけではなく中学生でさえ「消費者たらざるを得ない」という資本主義社会の「宿命」がそこにはあり、それより上位の概念がすべて嘘くさく思われるのだ。余裕なくすと余計にね。

 手段の目的化といえばあの京大くんだけど、その採点現場が受験生にはブラックボックスである以上、念には念を入れたいこの気持ち〜・というものわからんでもない。手段の目的化においては。

 もう倫理観が崩壊しちゃったこの国で、そこだけ責められてもなあ・となんとなく「あかんこと」ながら、なんだかそこ・だけを責める事の片手落ち感・あるもんね。

 自分が受験産業には世話にならずに普通の公立高校から普通の国立大学に行ったので、受験産業の動機・というものがほんとうはよくわかっていない。他人より1mmでも先へ行く・そんなみょーなガッツもないので、「自分なりにがんばればいいぢゃん」と思っている。しかし、そこに反応する「消費者」はほぼ「ゼロ人」なのであって、先は長いのよ・など言っても、特に視野の狭まったおかーちゃんたちには、通用しない。

 しかし、ものの概念を原理を身につける・なんてことは「効率」からはちょいと離れてみないと、消化不良も起こすし、自家中毒にもなる。みなさんものすごい硬直してらっしゃるので、そんな中で「勉強勉強」と言われても、ストレッチもせずにバック転しろっていわれてるようなもので無理があるし、どっかにクル。そこから離れられずに痛んでいってるコドモたちを見るのは辛い事だ。もっと辛いのはそれを和らげるモードをとると「すべての筋肉」が緩んでしまう。一体何から・そして一体何を・「強要」されているのだろう。何かに「はまり込んで」いるのは間違いなくて、そして、彼らを包む空気自体も何か同様のもうすこし大きな規模の空気にはまり込んでいる・に違いない。

 一難去ってまた一難。安息の日々への道のりは遠いなあ。


 悩める青年

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 11:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月06日

ANNIVERSARIO

 昨夜はANNIVERSARIO前夜祭のパーティを店が開いてくれて、マルタニカズ・トリビュート・ライヴなどもあり、ありがたいことである。

 なかなかみなさん「熱演」されていた。そんな解釈もござりましたか・など、意外な選曲もあり、「来年」がまた楽しみになったりもした。

 で、本日で「I've been livin' for fifty-three years.」となり、本日より54周目の地球公転におつきあいすることとなる。

 日本人は寿命が延びたため、昔で言えば40'sのニュアンスなのだろうが、実際には53回の地球公転を経験してしまった。なにかしらそこんとこ居心地の悪さみたいなものを感じる。現在ワカモノやってる人々はそう齟齬はなかろうと思うが、きっとそれはもすこし人間やってると「そうかもしれない」と思うことだろう。

 55年前は自分は「存在」せず、55年後もまた自分は「存在」していないだろう。そう考えると嬉しくもあり恐ろしくもあり、やや複雑な感情を持つ。同時に自分の「限界」にもふと気づくわけで、まあ存在している間に何かを(それがgloriousであろうとなかろうと)やっておこう・なんて気になる。さて何ができるのか。

 まずはなんとか生き続けることでしょうか。SURVIVAL・ね。生きていさえすれば何かしらできるだろうし、できれば、生きていなくとも生きている時に準じるようなシステムを構築できないか・など思う。となれば「作品」だろうか。

 昨夜は誕生日だったが、命日にも成り立つ「会」のような気もした。興味深い事に。

 ご出席のみなさん・スタッフ、ありがとうございました。

 最近・また曲書き・に関して「もやもや」してきている自分がいる。

 
 存在だけで値打ち・の曲がある。
 
 
 
posted by 浪速のCAETANO at 16:26| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月04日

がおう

 声が少し出て嬉しい。まだ「がおう」ながら。

 あってあったり前のものがなくなることって、免疫はいつまでたってもできんからね。人間は物事に「なれる」から、それが馴染みに、それがあったり前に・そしてそれが突然なくなって・喪失感にとらわれ・こんなことの繰り返しである。

 あんなにいっぱいいろんなものをほぼ同時期になくしたおれですが、それでも声が出なくなるのは、アセった。まだまだなくなるものはたくさんあるのだ。ということはそのリソース・なくなる前に使っとけよ・という話になる。

 「USE BEFORE YOU LOSE IT」ブーガルーの名曲にこんなフレーズがある。けだし名言。

 こんな日本語に最近出会っていない。

 昨日は雛祭りだったですね。かんけーなかったけど。

 集中的にいろんな薬を大量に服用したからおれの肝臓は大変忙しかったと思うし、キャパ以上の働きを強要されていたと思う。すまなかった・と言いたい。もの言わぬ臓器肝臓。こめんね。とは言いつつも、風邪引いてようが、酒を飲まない事には眠れないので、酔うまで飲むのだが、それこそ、あっちもこっちもで大変だったろう。「なにすんねん」と、何か言うとするなら言うだろう・おれの肝臓。

 しかし、本日は寒かった。特に午後。空気が明らかに「冷えてきてた」。もうええよ・そっち方面は。

 スネークマンショー・と言えばおれは「ホテルニュー越谷」の「ゥリーズナブルなお値段」だけど、「こなさん みんばんわー」は「あしだ におみ」さんと同じコンセプトでしたことを今気づくーの巻。ただ今wowow未加入なのよね。

 いまだ喋るときの「音程」は悪い。悪いがとりあえず、「声が出る」とはなんとすんばらしいことでしょう。あったものがなくなり・そして復活しつつあり・ありがたみがわかる・というものだ。「ED」となってバイアグラで復活・に似てる?似てない?どっち?

 ただ、まだ歌を歌えるほどには未回復。

 入試の話。

 ネット社会の目的の究極は「知識の共有」であるとするなら、今度の出来事ってその評価がビミョーですね。クロウズドな状態で個人の能力を競うことが一見「無意味」に思えたとしてもしょうがないって気もする。入試は「遊戯」のひとつ・になっていくような・そんな気さえする。実際「遊戯」なのではないのかな。

 それよりも「入試」の結果が本人の人格よりも大きいなんていう受験生たちの共同幻想のほうが今・ズレてる気がするのはおれだけ?

 あ・マジぃこと言ってる? 立場上。

 しかし彼はすごい「能力」もってることだけははっきりしたよね。匠・だね。ケータイの匠。

 
 バルタン星人のモウスト・フェイヴァリット

posted by 浪速のCAETANO at 17:11| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

lost voice

 やっと病院行けたのだが、「肺炎寸前やったねぇ」と言われてびっくり。50越すと油断できんってさ。

 でも少し様子見て、三日後に循環器内科へどうぞ・とも言われた。

 本人のショックはそこ・ではなく、声を失っていることだ。ささやいているか、突然怪獣になるか・だ。今歌を歌えば「誰よりも」ヘタだ。

 さっき、今日発表のヤツから「受かりましたー」TELがあったけど、「おめでとう・よかったな」と自分は言ったつもりが「ぎょええお゛ー・ぎょぎゃぎゅぎゃ」というような基本ぎゃーぎゅーぎょー系の激しい濁音となるのがユルせない。ま・本人ウカレポンチ化してたからよいのだけど。

 こんなとき彼女やヨメと口喧嘩したなら、こちらが「泣く」ね。言いたい事これっぽっちも言えずにね。ちっちゃなホワイトボードが欲しい。

 思った発音ができないのだよ。不自由である。だから、ものすごく自分がアホに思われて情けない。普段より更なるアホなのね・印象がね。

 今日も区役所2往復して・参った・なのだけど、その窓口でもこの声は「ぎょっ」とされる。

 どんなに「善良な市民」のスマイルを伴っても・である。「善良な市民」にいささかの無理が・という意見もあろうが、「ダイヴァースィティ」に対してもっと寛容になっていただきたい・北区役所の職員のみなさま。それ以外には特に不満はないのだけど。

 そろそろ新年度の事を考えないといけない。いろんな不運につきまとわれてはいるが、これも試練なのだろうが、この歳で試練と言うのもなあ・だ。

 ま・それでも「良い身の振り方」も込みでいろいろ考えるのだった。元気ない時に考えてもあんまりいい結果にはならんが。

 あ〜・おれの美声が・・・。

 

 

 


 
posted by 浪速のCAETANO at 16:35| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

弱っていて

 今罹ってるのは「悪い風邪」で、こいつはタチが悪い。長引いている。もう薬もそう効かない。自分で回復するしかないみたい。

 月末・月初めはそれでも出かけていく用事がまあまああり、傘さすの厭だからチャリで行こうとすると、そんときに限ってまあまあ激しい雨とかが降ってきやがる。それに冷えてもきた。

 頼むで・しかし。

 おのれの誕生日近くというのは、「弱る」時期であると言う。邪悪なものに影響を受けやすい時期なのであって、それを追っ払うのが家族や友人の「おめでとう」の声や、他人の誕生日にかこつけたばか騒ぎなのね。

 今・間違いなく「弱ってる」おれは、今週末まで弱って、来週復帰の予定です。タバコがおいしくないって一番分かりやすい。

 ほぼ10年間分の「垢」を落とさないと、おお・今思ったがそれはおのれの「厄年」から始まったのだった。キキちゃんというゴージャスなシャ・ノワール(黒猫)の死から、始まったのだった。まあよくサヴァイヴしたことよのう・としばし詠嘆。

 しかし、いろんなとこから電話掛かってきて出るのだが声が掠れておれ「おかま」みたいである。初めて掛かってくる電話が三件有り、まず70%以上の確率でおれは「おかま」と思われたに・一票。

 やれやれ・であった。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:48| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする