2011年03月08日

二重に拘束されて

 入浴後、湯冷めまでの時間は明らかに長くなったが、なんとなく寒いね・依然として。

 身体が寒さを「記憶している」そんな感じ。過去を引きずるわけよね。

 やっぱ20°ぐらいになってくれないと、季節が変わった感じしない。そうなるのはいつでしょう? 早く本格的に暖かくなってほしいが、そう簡単に3月が過ぎられても困る。なぜかようにダブルバインドなのかは・うーー・言ってしまいたいが言えない。

 しかし、日によって体感温度が異なるのはなぜ? たまに自分の身体が呼吸(正確な意味でよ)をしていないな・瞑想中ぐらいに代謝がおちてるな・と思う事がある。変温動物の気持ち・わかるよ・ってなものだ。朦朧としてくる・ダウナーですね。

 公立高校後期まで今日も入れて丸9日。どこに願書出すかも決まって、最後の臨戦モードだ。みんながんばってほしいがここで終わるわけじゃないんだけども、ここ・は決めないと・とここでもダブルバインド。手段の目的化・とは現代のジレンマでもある・現場ではね。そこに「費用」が発生している以上、どんなに説得しても、おかん・だけではなく中学生でさえ「消費者たらざるを得ない」という資本主義社会の「宿命」がそこにはあり、それより上位の概念がすべて嘘くさく思われるのだ。余裕なくすと余計にね。

 手段の目的化といえばあの京大くんだけど、その採点現場が受験生にはブラックボックスである以上、念には念を入れたいこの気持ち〜・というものわからんでもない。手段の目的化においては。

 もう倫理観が崩壊しちゃったこの国で、そこだけ責められてもなあ・となんとなく「あかんこと」ながら、なんだかそこ・だけを責める事の片手落ち感・あるもんね。

 自分が受験産業には世話にならずに普通の公立高校から普通の国立大学に行ったので、受験産業の動機・というものがほんとうはよくわかっていない。他人より1mmでも先へ行く・そんなみょーなガッツもないので、「自分なりにがんばればいいぢゃん」と思っている。しかし、そこに反応する「消費者」はほぼ「ゼロ人」なのであって、先は長いのよ・など言っても、特に視野の狭まったおかーちゃんたちには、通用しない。

 しかし、ものの概念を原理を身につける・なんてことは「効率」からはちょいと離れてみないと、消化不良も起こすし、自家中毒にもなる。みなさんものすごい硬直してらっしゃるので、そんな中で「勉強勉強」と言われても、ストレッチもせずにバック転しろっていわれてるようなもので無理があるし、どっかにクル。そこから離れられずに痛んでいってるコドモたちを見るのは辛い事だ。もっと辛いのはそれを和らげるモードをとると「すべての筋肉」が緩んでしまう。一体何から・そして一体何を・「強要」されているのだろう。何かに「はまり込んで」いるのは間違いなくて、そして、彼らを包む空気自体も何か同様のもうすこし大きな規模の空気にはまり込んでいる・に違いない。

 一難去ってまた一難。安息の日々への道のりは遠いなあ。


 悩める青年

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 11:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする