2011年03月14日

遠い真実・おそらく

 何かがおかしいよ。TVは嫌なメディアだが、「ほんと」をというか「本音」を映し出すことにかけては優れている。

 もう菅直人は東北を「見捨てている」。自衛隊10万人体制、もっと早く防衛相に「命令」しなきゃ。なにが「一両日中」に・などと言うことを言わせるのか。ビンタ張ってでも、いますぐやらなきゃ。自衛隊員は士気は保っているはずなのだ。

 一両日は過ぎていき、それは72時間が過ぎることとイコールなのであって、今が正にその72時間後なのだ。

 県知事は何をしているのだろう? 岩手・宮城・福島県知事だ。石原さえも出てこない。統制のための情報一元化を官邸が指示しているとしか考えられない。それは各県の実際の被害者の方々からは遠過ぎる。

 あまりにも広範囲で壊滅的でしかも進行形で「途方に暮れる」しかないのだろうとは思う。途方に暮れるような状態であっても、とにかく一人でも多くの人命を助ける・そんな意思を見せないと。管のような「うその意思」ではなく。

 おそらく・だが、死者は5万人を超えるのではないだろうか。それが官邸では「瞬時」にわかったのかもしれない。警察の死者発表が矛盾している。連絡取れない方々が亡くなっているとするなら、それは恐ろしい数になる。そして、そのことよりも「原発」が上位概念だったのだな・ということが見えてきた。

 TV報道ももう「津波」と「原発」の解説はいいから、被害者を救っている自衛隊の姿を映して欲しい。「現場」を映す意外にメディアの役割などあるか。避難所にいる方々が「視聴者」である・という意識がなきゃダメだ。東京の節電などどうでもいい。

 ミクシイでバカの若いオンナが「ド田舎で良かったね・死んだのも年寄りばっかだったし・これが「東京」で起こってたとしたら・・・」と書いていた。ほんとの殺意を覚えたが、しかし、これは極論ながら「東京」「政府」「メディア」の本音にかなりの部分カブる・と直観する。

 家族を友人をペットを亡くし、命からがら避難所まで逃げてきた方々がその避難所で亡くなるなんてことは一人たりとも許されない。原発が「人災」である以上に、それは「人災」だ。日本政府によって「見殺し」ということだ。

 原発の現場にいた作業員の方々もどんな「悲壮」な覚悟で仕事をしていたか・ということだ。ものすごい悲壮感に覆われていたはずなのだ。

  今はすでに情報統制の中にある・と思う。アメリカが9.11以降、別の国になったのと相似で日本もこの3.11以降、「戦時」のような状態になる・そんな危惧がある。

 とりあえずわずかながら募金をしてきた。無力感に苛まれながら。今命がある方はその命を大事にして。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:19| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする