2011年07月05日

昼ビールなし

 本日また・夏へ。

 しかし、こう行ったり来たりするのは「好ましい」というのは個人的嗜好か。「3アツ2ヒンヤリ」の連続で7・8月進行していただきたい・というのも個人的嗜好か。

 しかし、もう「毛穴」は開いてしまった。ん・毛穴・はなんかおかしいか、汗せんはどばーっと開いてしまった・が正しいですか。

 ちょっと動くと「汗まみれ」。外出にはハットとガテンタオルは欠かせない。

 コーヒーとタバコとばあちゃんのごはんを買いに天六へと向かうが、相変わらずいい活気の天六商店街だった。今・バンド関係者に2名天六界隈住人がいて、ややうらやましい。今後なにかの事務所を開設するときは「絶対」天六付近である・と意気込むおれであった。顧客が来ても「街が接待」してくれるもんね。春駒の本店がシャッター降りていたがどうしたのだろう?

 こわかったが、せっかくだしと思い、手帳で確認してみたら、およそひと月休んでいなかった。それはこの土曜日までやっと日曜がフルのお休みだった。労働基準法違反だ。しかし、誰を訴える? ということになって振り上げた拳はその形が次第にうやむやになり頭ぽりぽり・だった。

 それが終わると、ライヴもあるが、ちょっと本格的に「現実的な熊野詣で」にかからないといけない。

 夏期講習が始まるまでに済ませたい。そうは言っても、おそらく八月いっぱいぐらいはかかるのだろうが、不自由からの脱却ゆえ・やらねば・と思う。

 不自由からの脱却≠自由のゲットってところが現代のややこしいところなのだが、今んとこ「相対的自由」で我慢してあげるのである。

 信じられない物言いのヤメ大臣がいたが、なにをもって彼にあんな物言いをさせているのかがよくわからない。たがの外れた社会というものは、いろんな生き物を生み出す。明治維新にまで、その原因はまず遡ると思うが、龍馬が暗殺された時点で「理想主義者」がいなくなったことは大きいのではないのか・と思ったりする。

 村上さんも言っているように、今もっとも足りないものは「理想」と「現実主義に陥らない事」かもしれない。

 いろんなものにがんじがらめにされたあげくに、力なく「しょうがないんだから」と呟く現代人の姿があちこちで見える。

 P.K.DICK的状況はもう歯止めもかからない。なにかあるのかな・そんな中、みなさんそんなことを考えているのかいないのか他人のこと故おれにはわからんが、「理想」なくしてなんの人生よ・とは何度も繰り返し、思う事ではある。

 しかし、ひとはあまりに小さい。自分の存在の小ささをカムフラージュするために他人を利用し過ぎである。小さくっていいぢゃないの・リアルにちいちゃいんだから。転がり込んできた立場を利用して、「でっかく」出る・見せる・そんな輩・多い多い。ヤメ大臣もその典型かと思うが、身近にもそんなのは多々いる。それなりに必死である。笑けるのだが、他人を利用するのはいかがかな。

 そういうことを一人でやるのがかっこいいと思うんだけどね。一人でやれて・でみんなともつるむ。これがマナーだとおれは思う。

 そもそも誰しもそんなにおっきくないわけだから。みんな「おむつ」していたわけだし・かんけーなかった?

 本日は昼ビールはなし。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:06| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする