2011年08月31日

ぺろが

 長いここ数日だった。

 ぺろが長くないのはわかっていて、しかし、ライヴで一日家を空けざるを得ず、「おれが帰るまでモってくれ」と念じながら音楽をやっていた。

 前日・本格的に「もうヤバい」と思い、その感覚は一週間前にも持ったのだが、段階があったみたいで、そこからおむつもし、バカ生徒に笑われながらもぺろは一週間がんばった。

 ただ、この土曜日は、足が完全にチカラが入らなくなったらしく、立てなくなった。だっこしても「気は虚ろ」だった。目は開いてはいるが、何も見えていない・そんな状態だったと思う。もう何も食べないし、水も飲もうとしないから、指で水を口に何度も垂らしてあげてた。

 床に寝転がっていたから、まあその方が涼しいとは思うのだが、あまりにいたたまれなくなり、バスタオルを敷く。

 そんな中、ライヴで一日空けるのは非常にこゝろに効いた。いたかった。後発組に一度見に行ってくれ・と頼んでいたら、その時はふらふらと立ったらしい。そんな「営業」せんでええのに。

 大正からは深夜になるとタクシーをつかまえるのが難しく、かなりイライラさせられた。

 ハコも良かったのだろうが、ライヴ自体も昔のバカ乗りが帰ってきた・かのような盛り上がりで、その余韻にも浸っておきたかった。カラダが2つ欲しいときってあるよね。

 今度は先発隊から「ぺろ生きてるよ」というメールが来て、ちょうどそれはタクシーが中津へ差し掛かるとこだったから、降りて階段を駆け上る。

 寝たきりながら、息をしていて「がんばったな・ぺろ」と思わず声が出る。「ごめんな」とも。その晩はA美店長に「先に」泣かれ、おれはただただ、毛を撫でるぐらいしか出来なかったのだが、その晩が一緒に過ごす最後の晩だということはわかっていたので、バスタオルのまま、ベッドに連れて行った。一緒に寝ようと思った。

 が、しかし、「暑い」

 そこで、ソファを移動してスペースを空け、目の前にぺろを置いて、一晩中見ておこう・と思ったが不覚にも寝てしまった。ライヴの疲れが出たのだろう。

 目を覚ますと、何かが臭った。まずはぺろが息をしているのを確認し、とりあえず安心し、しかし、何だこの臭いは・と思ってよく見ると、うんこがぺろの肛門から1/3ほど出ていた。臭いはそれだった。その体力ももうないのだ。割り箸でつまみ出そうと思い、その袋を破くと、つまようじが一緒に入っているから、これだ・と思い、うんこを刺し、引きずり出す。うまくいった。ばあちゃん、おれちゃんと介護してる。まあ行き届かないところは数々あるけどね。

 まだ午前中は呼吸はゆったりとしていた。だから少し安心していた。手足の肉球を刺激すると、まだ「掴もう」と反応する。今すぐではない・と確信し、昼メシを買いに出る。帰ってそれを喰い、ちょうど民主党の代表選がやっていたから音を小さくしながらぺろと交互に見ていた。ときどきかるく痙攣する。

 少し、呼吸が荒く・速くなってきて、しかし、まだ肉球の反応はある。ただこういう状態を「危篤」というと思う。アタマを、腕を、足を、背中を、お腹を順番に撫でる。

 飛鳥の地図を見ていて、10分ほど目を離しただろうか、ふとぺろを見ると「息をしていない」。慌てて側へ行き、顔やお腹をカルくぽんぽんと叩く。少し反応があった。そこから手を握り、アタマと顔を撫で、「もういいから早く楽になろう」と呟く。「ありがとうありがとう」と何度も口に出したり、こゝろで唱えたり。

 5分ほど経つと反応がなくなった。思わず上を見る。なんとなく、そこにぺろの「内部」の何かがいる・そんな気がしたからだ。おそらく、いただろうと思う。しばらくいるのかもしれない。それはそれでいい。

 そこから、店長に連絡する。ドライアイスを頼む。

 その日は「お通夜」で何人か来てくれた。「ぺろにゆかりの・・・」そんなひとびと。少数精鋭・かどうかはようわからんが。関係各位にもメールをするがこういうときの反応はヒトの器を露にしてしまう。薄情さも・だ。

 「今日飲み会あるんですか?」という「どっひゃあ」なメールも来たが、まあ今現在の状況しらんもんな。

 店長、飲み過ぎで二日連続の乱暴狼藉だったが、それは「薄情」の対極にある感情から来てるのがよくわかる。

 みんなが帰り、2人だけになる。やっと・泣ける。

 今日までは一応2人やね・ばあちゃん。

 翌朝、トドムンドチームと宝塚動物霊園へ。

 もう慣れたものなのだが、7度目だから。

 焼かれる前に最後に顔でペロの毛の感触を確かめている時には哀しみが突然逆流するかのように襲ってきた。やっぱ、きみは「特別なネコ」だった。そのパーソナリティをだれかに憑依させられないだろうか。きみがいなかったら、まずおれは今生きていない・と思う。きみを絶対に看取るという気持ちが自分を生き存えさせた。これが真実。

 きみの前半は不遇だったと思うが、後半はかなり幸せだったことも知っている。姉ちゃん三人もいたのが一人っ子になっちゃったからね。きみに対する愛情も極自然に沸き上がってきた。おれもそれが良かった。そして、それはおれの「一番弱いパターン」でもある。スポンティニアス・っていうかなあ。まさにそれ。

 焼かれてる時、これはいつものことながら、深呼吸を幾度となく繰り返す。きみを自分に取り込みたい。

 動物霊園のおっちゃん言うてたけど、19歳にしては「骨はりっぱ」やったらしい。おれもそう思った。長寿の秘訣ってなんかあるとは思うけど、きみは小さかったけど、そんな中・骨はりっぱだった。おれを「噛んだ牙」は2つ・もらってきた。タバコケースの中で「からんからん」言ってる。

 宝塚動物霊園にはうちのやつ4人入っているのだが、そこの区画は4が定員で、ぺろは入れない。いい機会だから解約して全員連れて帰ることにした。

 マリーとキキとうーちゃんとたまと一緒に帰ろう。姉ちゃんたちは「え・なんでそこ行くの?」かも知れないが、中津はきみしかしらんわけで、解説よろしく。その他もろもろ解説よろしく。

 どの姉ちゃんたちもそうやったけど・まあマリーは病気やったから違うが、最初はかわいい娘で最後はばあちゃんになって逝く。きみのばやい・ばあちゃん期がひとよりも長く、と思ってたが、そうでもないな、ついこないだまでは・やっぱおねえちゃんのカオしてた。目がきらきらして。ばあちゃんばあちゃん・言ってごめんね。

 一週間ほど前、膝に乗っけたら「耳たぶナメに」来たな。あれが最後やったけど。くしゃみもここ一ヶ月ぐらいはしなかった。個性が
 少しずつなくなって死へと近づいていくのね。勉強になりました。行年19歳・ごくろうさまでした。また・遇おうね・ぺろ。きみで35年のネコ歴は終わり。
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2011年08月27日

NO FUTURE FOR 30 YEARS

 なんか少しダルいなあ・なんかなあ・と思っていたら、まあいわゆる「夏バテ」なのかな・と思いついた。

 こういうとこほんとに「バカ」ですよね。バカだなあと自分で思う。涼しくなって油断した後の「真夏」の日々ゆえ・余計にバテるわけよね。

 前回の外仕事の前にちょっと小腹も空き、長丁場だしな・とも思い、仕事場の近所のローソンへおにぎりでも・と思い向かうと「改装」のため二週間ほどやすむからね・と貼り紙がしてあって閉まっていた。「うわ・なんでやねん」だった。

 近くに別のコンビニってのがないところで、ライヴ直後の仕事だったから、やや疲労がジワジワからだにひろがりつつあって、なんか口に入れたい・と思い自販機で「デカビタ」を買ってしまった。

 情けない。

 50overのデカビタはいただけない。オロナミンCのダブルサイズだもんね・あれ。ほとんど中・高生の飲み物やろ。しかし、ingredientsを見て「ローヤルゼリー」というその言葉に望みを託した。

 新しい首相が、月曜には決まるけど、「脱原発」を明確に掲げた候補者が「ひとりもいない」という不毛だ。

 そればかりじゃない。復興のためには「増税」なんて野田くんはじめ、そこんとこ曖昧にして「財源は?」と突っ込まれると「もごもご」・な方々・多いですね。

 前原くんには「米国の勅命」が下ったみたいです。しかし、彼のアタマん中は「からっぽ」である。まあ・そこは「米国の指示・意図」で埋まるわけだから「準備OK」ということだ。

 「脱原発」で足りない分は当面「火力」で補う。「復興財源」は償還が60年の建設国債で賄う。これしかないのだ。これを掲げろ。

 ただ、これは「官僚と米国」の思惑とは真逆であるから、イノチの危険もあるけど。

 官僚は「原発再稼働」で財源は「増税」だからね。

 この期に及んで、「国民は虫けら」「オノレの懐が一番」というのが官僚くんたちのハラなのだよね。

 また「小沢叩き」チームが息を吹き返してきてる。

 愚にもつかないことを繰り返すあの人たち・だった。

 「将来のコドモたちに・・・・」と偽善者たちは言うのだが、ちょっと待ってちょーよ、今がなけりゃ「将来」なんてないんだが。

 今・を最大限よくすることしか将来の「存在の可能性」さえないのである。「将来」なんて言葉も妙な「進歩史観」の悪しき名残よね。

 あのさ、70's後半から「NO FUTURE」なんですけど。NO FUTUREであったFUTUREをおれたちは30年も生きてしまったわけよ。そして見事に「予言通り」にまずはバビロン化・そしてカタストロフを迎えつつあるわけよ。それはそんなことをおれも「望み」はしなかったが「覚悟」はしてた。そんな中で更なるFUTUREのために・そんな実感のない言葉に反応する人々って正直「アタマ・ユルすぎ」である。ローマ終期と同じ。「都合の良いように世の中を見てる」

 みんなが「主張」と「要求」をするようになるとリソースが足りない・なんてのはあったりまえ。リソースをポジションやステータスと置き換えてもいいけど。大衆社会の宿命ですよね。

 「国民の生活が第一」というマニフェストを誠実に実行する人たちvs官僚および支配層の既得権を守る・プラス米国の意図に従う、そんな対立軸で選挙・なんていうのはなかなか現実にはない。そこが元パンクが「今でも精神的パンク」でいる理由だったりする。



  今聴くと、正統ロックンロールに聞こえるのよ
posted by 浪速のCAETANO at 13:09| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月26日

夏を総括part2

 長かった夏休みもほぼ終わりかけ。ここへきてまた暑さはぶり返しているけれども、「アキアカネ」はこないだ見た。

 夏休み・と言ったが別に休んでいるわけではなく、逆に5割増労働の日々なのだが、明日試験であるとかの切羽詰まった感じはなく、やっぱり「夏休み」なのだ。そんな感覚で生きているから「いつまでたっても知恵おくれ」なのだろう。でもさ、いったん「進む」と戻れないのね。お・今の「含蓄」よね。

 塾の夏期講習は「本編」は本日で終わり。外仕事も明日で終わり。あとは「アンコール」あるいは「ヴォランティーア」だ。やってあげる・わけ。サーヴィス残業のようなものね。

 夏限定・のものが次々に終わっていく。

 弁護士会館の震災復興ライヴも無事・なんとか終了した。

 手の腫れも直ってしまった。あの女医先生に見てもらえるのなら、もうちょい腫れとけよ・とも思ったが、日曜はライヴでギター弾きまくらなきゃなんない。んーん・ダブルバインド。が、しかし、痛みは残っている。「いたいのいたのとんでけー」してくれないだろうか・女医先生。


 夏限定ではないものは延々続く。

 今は余韻に浸るよりも早く「切り替えたい」。

 しかし、まだ「赤」を常温で・とはいかない。いまは「残暑」でいいのだろう。

 秋になるとやっとパンを喰いたいと思うものだ。が、そちらもまだそんな欲求が強く湧いては来ない。

 今・一夏おつかれ〜の身内のホルモン宴会を考えているが、言うたものの喰えるかなあ・いや・喰うぞ・という、そちらは意気込みだけはある。今夏はnot so much 豆腐男 as 昨夏だった。去年が如何に酷夏だったかということだ。

 そう言えば鰻はよく喰ったなあ。おれにしてはビールも飲んだ方。酒の量もだいぶ減ってきている。ズブロッカ二桁杯のあの時分はなんだったのだろう。肝臓ぜっこーちょー・だったということだろう。しかし、毎日飲んではいる。一日そんなに飲まなかったら翌日、酒がうまい。しかし、なぜかいこいの焼酎ロックはキく。ジョッキ・にうれしがるバカだからだろうか。

 いや・切り替えたい。

 しかし、切り替える前に一仕事・塊で残っている。

 良い週末を。そして良い夏の終わりを。


 we must sip the wine together

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月25日

Let's go w/us together to 大正!!!

jornal da Rafflesia
Los Solos Lobos Liveのご案内


今週日曜日、The Other Band of mine「Los Solos Lobos」のライヴがあります。

会場がかなりマージナルな場所です。
大正です。
大正とは言いましても駅前とは違ってそこから南下します。
かなり、南下します。
@田中屋酒店です。
カオリーニョ藤原が一度そこでライヴをやりました。
そこまでちゃりんこで行こう・と思い、エラい目に遭いました。
だから、そんなとこへ「いらっしゃ〜い!!!」とはよう言わんなあ・と思いました。

考えました。
Todo O Mundoでよく使っているMKタクシーさんに分乗して「ツアー組んでいこか」
というのがなんだか楽しそうじゃないか・と思ったわけです。
18:00ぐらいにTodo O Mundoに集合して、でっかいタクシーやちいさいタクシーに
分乗して、一路ディープ大正を目指すわけ。
(ライヴ自体はOpen18:00・Start19:00予定)
そこは「酒屋さん」であるので酒・アテ・有り、且つ・安い、しかも当日は
「投げ銭!!!」
おれたちの演奏がつまんなけりゃほっそ〜いチャリ〜ンでも構わない。
理論上。
総予算3000円もあれば行って飲んで喰って投げて帰れる・のでは。
如何でしょう?
参加ご希望の方はTodo O Mundoまでお電話ください。
06-6147-9923です。
またはミタキくん・あおみちゃんのケータイへ。
タクシーの手配のため出来れば前日27日までにご連絡いただくとTodo O Mundoスタッフの
「手間」が若干省けるか・と思います。
Let's go to 大正 together!!!!


Los Solos Lobosについての2・3の事柄
ここ数年、ブログ等で
「南部を目指せ」

煽ってきました。
この「南部」ということに関して、アメリカ南部を指すわけですが
自分のアタマがパンク/ニューウェイヴに席巻されるまでは
大好きだった音楽がそこにはあったわけです。
それに気づいたのはだいたい1977〜80辺りのことです。
しかし、若気の至り、
当時の風はというか突風だけどパンクの背に向かって吹いていた。
そして、確かに音楽的に「斬新」だった・パンク/ニューウェイヴに
第一世代としてその「新しい波」の中へとオノレから巻き込まれに行ったわけでした。
その結果が
TANKS〜A Decade-IN FAKE〜SON NA BANANA〜PARABOLA SPINSへと至る
「脱国境音楽」
(紆余曲折・ながらも)
の完成へと繋がるのですが。

時代はなんどもでんぐり返りを繰り返し
時間軸がイんでしまった「状況」ができ、
新しい音楽も寿命が短く
(資本主義の宿命ですが)
好きな音楽とヤル音楽なんてのも
その境界線も曖昧な点線となり
そんな中
ニューウェイヴに関しては90'sに自分の中で再構成した
Convenience Store Cowboysが活動を再開し、
じゃあ
南部音楽も
もうやっていんぢゃね。
つう結論がどこかから聞こえた・気がした。
そこには「豊か過ぎる」そして
みんなが忘れてしまってる
音楽があり
名前を挙げるだけで特定の世代と本当に音楽を追究している人々なら
顔にやける。
そして
南部音楽マニアなのに
ニューウェイヴだったTALKING HEADSなどという人たちもおりました。
ジャンルって経験のない消費者には便利なものだけど
少し音楽が分かった者なら
それは、時に非常にうっとおしい。
そこんとこ逆手に取りたい。
「忘れられたジャンル」
に敢えてこだわってみたい。
そして
「南部を目指す」

「運動体」

定義して
全方向に転がっていきたい。
転がるときは「意思」はないのね。
偶然性に任せるわけですね。

通称・南部チーム・Los solos Lobos
でしたあ。





posted by 浪速のCAETANO at 18:19| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月23日

空白で豊潤な一時間

 指の腫れがひどくなって手のひらから中指まで腫れてきた。なんとかしないと、と思ったが午前中は大切な用事で午後から改めて病院行こうと思っていた。

 その場合の病院は中津済生会ではなく淀川キリスト教病院である。しかし、カードを見るなら受付は〜11:00・とある。あいたたた。

 でもTELしてみることにする。

 最初、丁重に規則厳守であると言われたが、具体的なことを色々訊かれ、そして「何科に行くべき?」というこちらの質問に、「皮膚科」と言われ、皮膚科は別棟にあり、以前行ったことがあったのが幸いし、そこへ電話を廻してくれた。そこでも具体的にいろいろ訊かれ、「やっぱ・明日にした方が良いか?」と訊くなら「いやぁ・そりゃ早い方がいいんですけど・・・」「これから来れますか・家は・何分ぐらいで」と言うから「YES・北区・15分」と応えると「じゃあ来てください」となる。

 で、クルマを飛ばして行く。

 良かった・と思う。

 CUTEな女医が担当で、詳細を聞かれ、一旦外へ出、再度呼ばれ、女医が言うには「破傷風!!!の予防接種してから、血液検査・その後抗生物質を点滴して、それが一時間かかるので、その間に検査の結果がでるから、その後診察」そんな手順だった。その検査には白血球やCRPの他に糖尿なんかも含まれる・とのことだった。合併症なんてこわいなあ。

 で、別室に呼ばれる。しかし、破傷風て・なあ。昭和前期かアフリカ大陸か・という気がするのだけど、それはおれたちが一見コーティングされた世界に生きてることの裏返しよなあ。それが剥がれた状態が実は/実にリアルである意味危険な世界だったわけだよね。

 ナースから「破傷風の筋肉注射→採血→抗生物質の点滴→診察」という手順を説明され、はいはい・と従う。

 筋肉注射・久しぶりだ。ケツかと思ったが、肩でした。「少し痛いかも」とナースは言うがなんのなんの「お上手ですね」だった。ベッドに寝て、血を採って、そのまま点滴へ。「空調これでいいですか?」「2℃ほど上げてください」「何かあったら、コールボタン押してくださいね」優しく仕事のできるナースは「天使」でいいのではないか。あまりに天使の少ないこの世の中に於いて。

 そこから約一時間、なんだかとても幸せな時間だった。午前中に起こったこと、歌詞のこと、パフォーマンスのことが睡魔という海に浮かぶ木の葉のように現れては消え、消えては現れ、もうおれは「点滴LOVE」と決定したくなるわけである。完全に今は「ゼロ」なのだが、ゼロ故に無限大でもある・そんな時間だった。

 3/4ほど終わった頃にケツポッケに入れてたケータイが震え、ビクッと起きてしまったが、その後来た別のナースが「そろそろですね・少し早めときます」と水滴落下速度を上げ、おれは点滴の最後のしずくがなくなって、やや心配するのだが正にジャストのタイミングで再度彼女は現れるのだった。

 そしてCUTE女医の血液検査後の診察になる。CRP以外はまだ数値に異常はなく、当然糖尿もなし。しかし、白血球の数値の変化はこれからで予断はダメだと言う。

 おれは気になって尋ねるのだけど「腫れが引くのって・・・」「早くて一週間かなあ」「安静にした状態でですけど」指の安静って・と思うが、それは「極力使わない・下に下げない・心臓の高さに」つまりは注射される時のそんな状態ということらしい。それができないなら一週間ほど入院もいいですけど・と女医はSTRICTである。人差し指を動かさなくても、おれの場合、今その菌が肘の上まで来ているのが分かり、それは皮膚の赤みでおれも納得するのだが、結局w/o人差し指奏法をしても、そこの筋肉を使うからそれは「安静」ではない・ということらしい。「悪くなると、毎回切開して膿を出す」ことにもなります・と女医は脅す。「切開」と「膿」はなんだか気が遠くなるような不安な響きがある。

 帰り際に「やっぱお酒は飲まない方が・・」「痛み増しますからね、控えられた方が」w/smile、と女医はCOOLでもあった。次の通院の確認をして帰る。

 しかし、淀川キリスト教病院はいい。ホスピスで有名だけども、そのhospitalityが群を抜いている・と思う。どうせ待たされるんなら済生会よりも淀川だ。次回は電車で行って淡路商店街探索してみよう・と思う。

 女医の「予言」通り、手はぱんぱんに腫れ、塾後、指3本で何が弾けるか・と水曜用のやれる曲を探す。最悪、かおるちゃんかボサ姫に替わってもらおうかとも思うが、可能性を探る。コードも一本ずつ指をずらさないといけない。あまりに不協和音にならないようなコードの押さえ方を考える。それでもなんとか10曲ほどあった・まあ歌中心で。なんとかなりそうだ。奇跡的に腫れがひくかもしれないし。しかし、ヤバいのは中指まで腫れが拡大してきてることで、もしそうなら「オネーさん指と小指」だけになる。なんぼなんでもそれは無理だ。中指がんばれ。チョクの抗生物質・いい仕事してちょーだいね・といいつつ、やはり飲めんと寝れんのだよな・これが。


 牧師による「不条理」

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:08| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月22日

いてていてて

 ばあちゃんを洗っていたら、シャワーのかけかたが気に入らなくなったらしく、左手人差し指の第二関節をかぶりとやられ、放っておいたら、ものすごく腫れてきた。昨日のリハはヘタながらなんとかなったが本日腫れがひどくなってるやないの・ということでギターを弾くのが困難だ。

 そーかー・こんな試練が夏の終わりに待っていたかー。いろいろ考える。やや油断があった。そんな時に災害は起こる。やーねー。

 Cを抑えようとするとすべからくCmaj7になる。おれはスタイル・カウンシルか。

 済生会の時間外に昨日行ったのだが、専門医がいなくて、若い先生たちが集まってきて好き勝手なことを言うておった。「おれギター弾きなのよぉ」というと「そりゃ大変だ」。

 いや・大変よ。なんかもっと身のあること言ってよ。

 しかし、なにか溜まっておるのだ・おれの人差し指に。ぱんぱんなのであって、手のひらまで腫れてきてる。

 いやー・まいった。ほんと・まいった。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:13| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

夏を総括part 1

 夏は「一旦」終わってしまった。停滞前線がそこまで南下するとそうなる。

 今年の小笠原気団はあんまりガッツなかった・ということで。ガッツいらんけどな。

 実家へ行っていたが、気温が常に30℃未満で、涼しい・というかやや肌寒かった。数十年ぶりに見た精霊流しの現場も小雨が降っていて、風もあり、半袖のTシャツではカラダが冷えた。

 久しぶりの「そうやったそうやった」という「あの」掛け声や、爆竹の「箱ごと鳴らし」に鼓膜もややインだが、やっぱりカラダの冷えとは関係なく、熱くなるものがあった。友人と飲みたかったのだが、電話すると気乗りしない様子。ひとりでホテルのバーへと行く。

 「さだ〜!!!・毛ぇむしるぞ!!!」「いもーと、どブス!!!」名誉市民だって。

 ま・予想通りの展開と結果で、驚きもそんなになかったのだが、ひとつだけ。

 他の都市の「灯籠流し」のような小規模なものではないから、流す・流すってどこへ? と思っていたのだった。流さないでしょ? とも思っていたのだった。じゃあ・とーすんのよ?・と「?」なわけなのだった。

 流す・の果てを見届けたいと思って、港の先まで行ってみた。

 巨大クレーンが「活発に働いて」いた。すべての船は持ち上げられ潰され粉々にされ、巨大トラックの荷台に破片として積み込まれていた。ひどく「無惨」な感じがしたのだが、まあ、あんなもん(巨大なものになると30mもの長さ)海に流すわけにもいかんしな、不法投棄そのものだしな、へんな納得するしかないのだが、それにしても「舞台裏」はなんだか凄まじい。

 路も爆竹・花火の跡がすごかった。ナガサキの街は精霊流しの翌日はとても汚い。と思っていたら、翌日、街へと出かけると、ものすごく奇麗だった。一発の爆竹さえそこにはなかった。そこ・すばらしい。元長崎市民として誇りに思う。

 お盆周辺はゲリラ豪雨が頻発していて、実家の夫婦(パパとママだが)、「ゲリラ・ゲリラ」と彼らの口からも頻出単語だった。なんとなく似合わん気がしていたのだが、そんなことはご老人たちはさほど気にならないみたいだった。しかし、それは「夕立」なんて風情からはほど遠い、時間も選ばない・強いて言うなら「バリ島のスコール」にも似た・容赦のないものだったから。ゲリラ・にも納得するわけ。

 ゲリラといえば、精霊流しの現場でのあの爆竹函鳴らしよ。ゲリラの犯行現場だった・正に。しかし、函鳴らしというのはどこの中華街にもその習慣があるみたいよね。

 さだ〜・なぐっていい? 名誉市民をなぐるとどうなるのだろう? おれが不名誉市民となるだけか。

 ナガサキは日本ではない。

 祭りと言えば、長崎諏訪神社の秋祭りが「長崎くんち」なのだが、おれたちは「おくんち」と言っていたが、この祭りがまたいいの。

 諏訪神社というのは本社は長野県である。あの七年に一回の巨木に乗って滑り落ちる・あの諏訪神社だ。

 諏訪神社はタケミナカタ(建御名方神)を祀る。タケミナカタは出雲神である。国譲りの際にタケミカズチ(建御雷神)とのチカラ比べに負けて東国(諏訪)へ逃げ延びたタケミナカタである。なんか「あかんたれ」な神なのだが、全国に諏訪神社はある。ここにも古事記・日本紀と「現実」の乖離が見て取れる。

 おれたちは「お諏訪さん」と言っていた。ほんとは「おんくち」を見に行きたい。しかし、これが見事に実力テストの時期と重なる。

 この仕事ヤメない限り無理ね。

 おくんち・もまた日本の祭りではない。日本の伝統と中国・オランダ・ポルトガルといった文化とのミクスチュアで、そこでは「アンコール!!!」は「もってこーい!!!」となる。この祭りはよくNHKBSで実況されている。実況に於いては@お諏訪さん境内だが、おれの長崎初体験は、「行列」だった。天狗が先頭の行列。強烈に印象に残っている。蛇踊りやコッコデショよりも印象に残っている。異形の天狗だった。

 なんだー・長崎って日本じゃないんやー・ってのが、ほぼキマリの結論。それってごっついええことやん。頻繁に行こう・と思う。

 長崎はほんとに坂が多いが、好きな場所があって、その坂は上下に激しくうねっていて、クルマで通るとラリー現場のような錯覚に陥る・そんな坂で、おれは一度ランチアで行ったことがあったが、調子のって飛ばしてたら、前から突然現れたバスとぶつかりそうになった。だから坂の向こうってなんにも見えないのよね。

 平地がそんなにない街だから、山がすぐそこにあり、海もすぐそこにある。ヒトは大らか。実家があるのは長崎市の北部なのだが、南にはグラバー園や大浦天主堂、シーボルトの家跡、そして朱色に染まった寺院など、最もエキゾティックなエリアがある。寺町通という路があって、お寺だらけなのだが、落ち着いた風情でおれは大好き。飽きたなら路を外せば川が流れ、眼鏡橋の麓へと出る。

 海の存在がいい。おれは凪いだ熊野灘が大好きだが、大村湾はそれに劣らず「ラ・メール」だし、なんといっても魚が旨い。旨過ぎる。

 聖武天皇が天武天皇の足跡を辿ったように、芭蕉が西行の足跡を辿ったように、おれも過去のおれの足跡を辿るという一日を設けたのだけど(なんでそんなたいそうに言うかなあ)・ダハハ、まあいいぢゃん、本人が本人の・というところに問題があったのかもしれないが、なにかしら「もう終わりかけ」という気がしたのね。事実そんなことだろうよ・とは思う。状況はもう「終わりかけ」。厄介なのは、精神で、なんか燃えカスのようなものがチリチリ言っている。この状況的矛盾を如何にする・ここんとこ課題ですね・あなた、いや・まぢで、わかってんの・そこ、なのだ。

 向こうは「ああー・うっとおしい」なのかもしらんが、おれは高校時代の友人と飲むのが好きで、今回も何人かと「鳥料理!!!」の店で飲んだのだが、酒飲むのが仕事の一つになっているおれは、そんなときは飲んでも酔わず、もっと飲みたい・と思いながらも、みなさんの「明日」に譲歩せざるを得ないのだが、いつも心残りがある。また今度・という動機にはなるのだけどね。

 この夏のポリシーであった「やんなきゃいけないこと・と・やりたいこと」だけをやる・ってのはなかなか成就しつつある。もう8月もあと10日だ。仕事もあと「ワルツ2小節」。弁護士会館ライヴなんて飛び入りもあったが、それも厭ではない。ただ、その日は外仕事と重なって、帰りへろへろ・にはなってるが。そんな日もあと一日だけ。まあ6月に続いてよくやった・と思ってる。なんか二月に一度そんなことに遭う運命なのだろうか? しかし、涼しくなれば平気かも。秋になれば、ちょっと仕事上やんなきゃいかんことも待ってる。変化・だ。

 珍しく「まっとう」に生きているおれとしては、今・後ろめたいことがなにひとつないことが今夏の収穫だったりする。まっとうにもすぐに飽きるのだろうが、忍耐力は若い頃よりある気がする。不思議ね。なにかはなくなるがなにかは増量される。バランスである。

 しかし、心配事というか、半分諦めも入っているが、ばあちゃんがやっぱり・ちょっとちょっと・だ。時間は当たり前なのだが「非情」である。

 cv e mg
 

 


 

 

 
 


 
posted by 浪速のCAETANO at 13:04| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月20日

嫉妬

 オトコの嫉妬・厄介だ。

 嫉妬自体が厄介か? 男女問わず。プライドの問題がそこには関わるからなあ。しかし、そのプライド・根拠があることは少ない。まあおよそ、自分勝手な欲望がその根拠になることがほとんどだったりする。

 そんな例を何個か最近見た。

 まあ、嫉妬という感情はなかなか高度なものである。高度である故に、それがあまりに「人間臭い」マナーで表現される時、そのギャップに驚くものだったりする。

 だから不憫である。

 それが実害になるなら、みんなだまっちゃいないだろう。しかし、実害がなけりゃ、放置・しかない。

 古代においては、嫉妬・によって、要職を追われた人々も多くいた。要職を追われる・というが、その中には最悪・殺される人もあった。

 蘇我入鹿(とされるひと)・長屋王・大津皇子・などである。

 流刑(のようなもの)で済んだヒトの代表は、菅原道真である。

 実害を被って、じゃあだまっちゃいない場合、彼らは「祟っていた」。

 その祟り方も半端じゃなかったから、それが、嫉妬から生じたにしては大変な被害を被ることとなった。

 当時は、嫉妬の根拠は権力欲(それも一族を通しての)であるから、祟り方も大層である。だからみんなはものすごく畏れていた。

 その畏れの根拠は「神」の捉え方によると思われる。神が「慈悲」を持つ・とは西洋の考え方かと思う。日本の神は「和魂」と「荒魂」を持ち、良いこともしてくれれば、怖いこともした。

 その怖いこともコミで神は神・だった。その怖い方担当の神は「鬼」と呼ばれるようになるのだが、鬼の形は「異形」である。角・もそうだし、おじいさん/こども・そんな形をとることも多い。要するにちょっと変わったルックスなのだよね。

 ある頃(奈良時代中頃か)から、鬼は日本の裏社会と結びつく。そこは「律令」で捉えきれない人々の生きる場だったのだが、かれらは、もう一つ「律令」の及ばない立場の人間と深く結びつく。それは誰だと思いますか?

 
 それは「天皇」です。このパラドックスがなぜ成り立つかというと、政治と支配の実権は「天皇」ではなく「藤原」が握っていたからなんだよね。

 鬼の有名どころを列挙するなら、行基・道鏡・役行者。聖徳太子さえ、鬼のグループに入る。意外ですね。

 けっこう「ほんとは/ほんとに」エラいひとたちが多いのね。「嫉妬される側」のひとたちである。

 嫉妬の歴史は権力闘争の歴史だったりする。嫉妬が歴史を作った(あんまり芳しくない方向ではあるが)とも言える。嫉妬するエネルギーはバカにできん・ということである。


 o ciume

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2011年08月14日

休んでやる

 連日の35℃ぐらい・暑いですね。

 しかし、おれたち、世代だろうか? 別にエアコンなしでも過ごそうと思えば過ごせる。10歳下になるともうダメね。

 やはり、生まれたときから・あるいは気がついたときから・エアコンがあったかそうではないか・ってことではないのだろうか。

 汗をかく・正味の意味だが、好きだ。だらだらかきたい。オトコだからだろうか? 女子だと化粧落ちだとか、なんだとかいろいろあるからかもしれない。

 さて、昨夜、集まってくれました「少数精鋭・奇襲部隊」の皆様方へ・「ありがとうね」。あれ途中で「合奏」入ってから、逆に気・抜けてしまいました。あそこは「ひとり」でどこまでもやりたい場だった。次からはそうしよう。「合奏」の場は「ちゃんとある」わけだし。でも、みんな「ヤリタイ」んだよね。その心意気は受け入れてる。

 その合奏は、おれのThe Other band「LOS SOLOS LOBOS」Live@田中屋酒店on8/28(Sun.)です。19:00〜(投げ銭)。

 弁護士会館は24(水)です。12:00より。

 
 では「JOURNEY TO RECOMFIRM SOMETHING」なのだが、どうなっているだろう? 楽しみなような・こわいような。

 偶然だと思うけれどお盆に敗戦を告知したってのが「日本人」だなあ・と思う。そういう恣意性はなかったと思うのだけど、どうなんでしょう?

 そして、だらだら過ごす。本読んで過ごす。ソファ寝で過ごす。豆腐喰って過ごす。ソーメン喰って過ごす。なんだか働き方と休み方が「フツー」なのだが、こんなのも自分史の中では珍しい。しかし、時代は変容してしまったのだ。変容した後に更なる「だめ押し」があったのだ。

 原発はすぐにすべて「廃炉」にするしかない。そう思う。時代に伴うこの気持ちの暗さも受け入れるしかない。暗い中にも「楽しさ」は見出すことができる。いや・ぜったい。

 その芽はオノレの中のリソースを使うしかない。

 意外と「あったり」する。そこもしっかりサーチしてみないことには・だ。

 気持ち悪〜いことを遠ざけて、武士は喰わねど高楊枝がいい。

 短いけれど休みでないと、気持ちとカラダを休ませていないと考えられないこともある。それはなんですか?と問われても即答できないのだが、きっとあるの!

 では、掃除でもするか。おおお、自分でも意外な展開。休みならではだった。


 コーヒーコーヒーコーヒーコケインコーヒーコーヒー

  

 
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2011年08月13日

来てね/来ないでね

 休みのときは、何も考えずに音楽ができれば、それはハートの休日・となる。

 でも来なくてよいよ。みんないそがしいんだろ。おれの歌と演奏って、きみらに緊張を強いるし、ほんとはプラジルとかそんなに好きじゃないんだもんね。ブラジルと他のラテンの曲も、「そんなんやってそれがなんなん?」て思ってるもんね。別にエラくはない・と。みんながいいっていうもんじゃないと、いいと思えないんだもんね。ヒトの歌聞くよりも、みんなカラオケ行って「オノレ」が歌うのが好きなんだもんね。「なんで・わざわざ、意味もわからん・おもんない歌聴きにいかなあかんねん」それがホンネですよね。日本語マンセー。

 本日は、気楽にやれるのだ。というのは、最近弁護士会館のライヴを週イチでやってるでしょう。なんか初見のおっちゃんおばちゃんたちの中にも、少し興味を持ってくれるヒトもいて、それは弁護士だったり、弁護士に相談に来てるひとだったりなのだけど、「言葉を伝えよう」なんてのは無理な話で、音楽とは言葉もあるが音もあり、その総合性が音楽を構成していて、そのミックスが醸し出すなんともいえないエネルギーの波長が、誰かのどこかに・これまた言語化できないような刺激になって、理由はようわからんが「なんとなく好ましい」とか「なんとなく嫌い」とかという感情を引き起こす・なんてことが再確認できてるからなのね。

 なんかさあ・みんな煙たがってるのはわかるわけ、おれのことね。それが原因でトドムンドも煙たがってる? それは残念だなあ・死んで御詫びします。ていうか、社長辞任します。なんか危険な感じするのよね・本質的なとこで。批判される感じなんやろね。最近は人並みに、辛いことにも遭い、かなり「温暖化」してるんだけどねえ。@大衆化社会。

 今日はゲストにLOS SOLOS LOBOSから岩崎とイノリちゃんを呼んでます。鍵盤とvoz。まず自分らが楽しいことをやんないとね。ブラジル・ペルー・メキシコ・フランス・レユニオン・ニューヨーク・デトロイト・ニューオルリンズ・ポルトガル・スコットランド・アイルランド、その辺りがセメル対象となる予定です。

 なーにが「脱国境音楽」やねん。おっさん・はよシネや・と思ってるのは知ってます。でもね、ばーちゃん死ぬまで死ねないの・ごめ〜んね。ん? 最近きみらもスレてきて、「無視」が最大効果を上げることを学んだと見える。うーんなかなかやるねえ@大衆化社会。

 最近・南部チームのためにと思い、70'sの音楽を聴き直すこと多いが、ほんとに豊潤。パンク第一世代だったから、当時は「勢い」と「切実」に惹かれてパンクによってそれらを「上塗り」してしまっていた感がある。今ほどレコードもそんなに買えなかったしね。手でやる音楽としてはほんとに「最高レヴェル」の作品だらけである。「南部を目指せ」というのはおれの中の「運動」なので、一旦動き出したらなかなか止まらないのだけど、その南部から派生するものもたくさんあって、当時MM誌を貪り読んでたから、そこらへんの時系列はほとんどアタマに入っているが、それでも抜けたり・忘れてたりするものもあって、それに気づいたり思い出したりしたときの嬉しさってない。

 おれは、もうヒトがいようがいまいがあんまりかんけーないの。だから、そんな痛めつけられ方はあんまり通用しないのね。残念ね。音楽鑑賞の不毛とともに歩いていくことを決めちゃったからね。

 
「MARUTANI KAZ a.k.a.浪速のカエターノ(caetano naniwano)による脱国境ホームライヴ」
 @TODO O MUNDO 20:00start〜X o'clock、ノーチャージ/投げ銭。
 
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2011年08月11日

つかの間の・・・

 夏前半やっと終了・と思ったら、おまけがついてて、今日まで。

 まあしかし、昼酒に堪え得るほどのカルさなのでオッケー。ただ時間がもったいなく感じる。

 本日も天六を「見回り」に・て、どーいうことよ。なんとなく、「沸く」のよね・気分が。いつの間にB級オトコになってしまったのか。

 身入りも「B級やんか」とは・放っといて。

 さて、休みになると、あれもしたい・これもしたい・あれもせねば・と大風呂敷を広げるのだが、終わってみたらスーパーの袋ほどの収穫・ということが大方である。でへへ。そんなもんよ。

 ただ、お盆と言うか・終戦記念日と言うか、その前後は「JOURNEY THROUGH THE PAST」かな。

 ちょっと確かめたいことがある。

 さて・ホントんとこ、どーだった?

 そんな疑念が浮かんでは消え・だったのだ。だからそれを確かめる。紀伊半島の「南部を目指せ」はお預け・ということに。

 もっと「何でもない時」に行くのが良かったりする・そっち方面。

 あと30分ほどで「解放」だ。「解放戦線・異常なし」であってほしい。

 ということで。

 
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2011年08月09日

8.9ナガサキ

 もう今は「破局」のフェイズに入っているからしょうがないのだが、そしてそれはフクシマが先頭切っているわけだけど、そんな中・本日「ナガサキ」の日である。

 広島のウラン型とは異なるプルトニウム型原爆だった。ものすごく「実験」の意味を感じるのだが、そうなら、ひどくむごたらしく大規模な「人体実験」だった。

 人体実験もその結果が半世紀以上も持続するなら、満足だろうよ。新型爆弾のその「効果」は抜群・ということになる。ええかげんにせえ
よ・ということであった。

 おれは「長崎でも」よそ者だったから、その意味がよくわかったのも随分経ってからだった。ほんと・バカ・なのだが、そういう家族・親族がいなかったのが大きかったのだろう。それにしても、バカ・であることには違いがない。

 しかし、そのバカが、離れた土地から、そのおのれが育った街のことを想うにはこの猛暑というものは「混乱が混乱である」という自覚だけはできて、しかし、なんの結論も出せない・そんな悲しくもないのだが、それもまあしゃーないね・とオノレの限界を知らされる環境としては納得できるものだったりする。

 ただただ想ってる。

 しかし、なぜか「長崎は今日も雨」なのだが。そんな雨のイメージないんだけど。

 よく考えると、太平洋側か日本海側かなんていうと、うーん・どっち?というようなロケーションなのであって、ほんとは「玄界灘側」とか「東シナ海側」とかが正しいような気もするわけ。南国・というイメージはおれにはなく、冬には雪も降った。夏には泳ぎにいった。桜も咲き・紅葉も雲仙で見れる。

 高校時代の彼女が、ため息まじりに言っていたことがあって、それは「長崎って端っこなのねえ」ということなのだが、JRがそこで行き止まり・ということからの話なのだが、憂いを含んだその表情を思い出す。その時はそれがそんなに「貴重」なことだとは思わなかった。端っこが外に開くということも、彼女の値打ちも。

 いろんなものを得・そしていろんなものを失うってことなのね、生き続けるってことは。

 しかし、「人生下り坂がいいね」。自転車に乗ってると余計に思うよね。クルマでも下り好きだけど。一つ間違えると「ちーん」だけど。

 年取ってきて初めて「おもしろい」こともなかなか多かったりするから、世の風潮とはまったく相反していることだけは確か。

 明日・12時からまた弁護士会館で演奏しています。

 本日はボサ姫・昼の部はもう始まってるな。夕方4:30からもうワン・ステージあります。時間ある方は是非行ってみてください。

 
 Chineseのコメントが気になるわけである。
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月08日

どちらか迷う・いつも。

 これからしばらくは35℃前後の日々が続く。ニッポンの夏本番でした。

 暑いのほんまいやなのだが、こんくらい暑くないと「夏」の感じしないってのも変な習慣付いてしまったおれたちよのお。

 たばこが、およそ3.5日でなくなるから、週に二回は天六か十三へと買いにいく。いったついでになんか昼メシと言うか昼酒と言うか・そんな感じなのであるが、本日は十三へ。

 金多呂寿司で飯を喰って栄養豆腐を帰りに買って・と思って本通を奥へ進むと、えっ・「淳ちゃん」が復活してる。15年ほど前に閉まって以来の出来事であって、思わずふらふらと「ホルモン男」となる。「太陽のせいさ」。

 屋号は同じながら別形態・経営・とはピンときたが、まあお手並み拝見・ということで。

 まーまー・でした。ただ、夏場の昼間のホルモン・十三に適当な店なかったから、よかったかも・と思った。そう言えば「しいちゃん」もご無沙汰してる。毎年お中元もらってるくせにだ。ばちあたり。そういえば、今度かおるちゃんと「しいちゃんツアー」しよ・という話があったっけ。ファンダンゴも・というわけでご無沙汰ではある。

 やっぱ十三はよい。今・おれの中では「天六」と「十三」がちっちゃな「ハレ」である。他はなんか遠かったりで食指が動かない。

 これで天六にライヴやれるとこがあれば・なんてのはないものねだりだろうか。

 十三は奥に入れば入るほどいい。澤商店も金多呂寿司も176のガード向こうだ。激安の肉屋・魚屋も奥の奥だ。十三は奥の奥まで行って・ああもうだめ・・な瞬間にアーケードが「明ける」。気分は「バケツの水アタマからじゃー」だ。

 クラインのつぼ・十三商店街でありました。

 あと・十三に「古本屋」があれば・・・・これもないものねだり。

 天六の過ごし方は大抵同じで、これも間違いなく昼だけど、ちょっと一杯・居酒屋でひっかけつつ本読んで、冷たい細うどん・とコーヒーを買って(あるいは飲んで)帰ってくる・たたそんだけである。

 昼に開いている居酒屋が多いというのは「あか抜けて」いる街の証拠である。その証拠に中津はそんなことはない。古本屋はあるけどね・大川くん。


 timeless

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月07日

不在中に

 行く時はまだ2時台で、帰ってきたら11時だったから、その間に何が起こったのかは、はっきりは知らないが、行きにまあまあの人々とすれ違ったり、警備のおっちゃんらの多さや、帰りの大淀界隈の人々の所在無さげに「次」を探す・そんな様子、そしてなによりも確実なことは、新町の仕事場まで、その音が低く響いていたのであるから、淀川の花火は無事に執り行われたのだろう。

 いかがでしたか?

 中津がそんな街だとは、来るまで知らなかった。豊津時代は、ヴェランダから夏期講習の合間に、まずは天神祭・そして淀川・もうひとつ水都祭というのもあったな・その花火をまさに「対岸のこと」として眺めていた。意識の上では「遠い」花火だった。

 その非日常感とは、嫌いではないのだが、セッティングがめんどくさいだけなのだが、人が多いのが苦手でしょう・だからよほど「特権的」に眺められなけりゃ・別にいいよってなる。

 スポンティニアスな盛り上がりにやや欠けるのだった。天の邪鬼でごめんね・と誰に謝っているのだろう?

 まあまあ、楽しみにしてらっしゃる方には、それでどーぞ・と思う。ひねくれてるわけじゃないんだから・と誰かにEXCUSE。

 何事もなかったかのように、日曜日である。

 余韻・というものがほとんど感じられない。みなさん「切り替え」早いもんねえ。非日常とは各自、祭りいがいにもまあまあの頻度で持たないと「やってられん」という現状もあるのだろう。

 さて、後1unitで「中休み」だ。ある意味・もっともバタバタな夏休みではある。見返りは全く大したことはないが。まあ・それでも良しである。そんな高揚感は今は必要ではなく、「何かをしている」だけで良かったりする。最近の自分は「LIKE A ROLLIN' STONE」で描かれる男のようでもある。

 さて、何をしよう。そんな思いさえも「なかなか贅沢」と思えるLIKE A ROLLIN' STONE振りに「なかなか苦笑」ではある。



 HOW DOES IT FEEL?


 
posted by 浪速のCAETANO at 11:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月06日

今年の夏は何かが違う

 夏を働くということは少しずつボディブローのように効いてくる。

 本日久しぶりに9:30まで寝た。なぜかいつも8時に目が覚めていた。

 最近R&Bをよく聴いている。もちろん旧いものばかりだが、イマドキのR&B・とされるものはあんなもんR&Bではない。

 おれは酔うと饒舌にはなるけれども、「言ったこと」を寝ると忘れる・という特技があり、よく周囲の目を「点」にすることがあるのだが、昨日何を「演る」って言うたっけ・と今メモリー・リコールに苦しんでいる。

 なんやった?

 なんやったかなあ?

 ここんとこ「夏のせい」では・ない。

 
 本日66年前、核の被害が人類史において初めてもたらされた・「負の記念日」である。

 うちの親父は当時小六・お袋は小四。このお盆に実家でちょっと確認してみたい。その情報はどこで聞いて・どう思ったのか・ということをだ。

 間違いなくお袋は奈良で、おやじは疎開先の愛媛だと思うのだが、それも含めて確認したいと思う。そしてその後、自分たちが住むことになる長崎にも原爆が・となるのだけども、そんな未来のことに関しては予測もなにもなかったろうとは思うが。

 ほんとは友人の両親(ほとんどがうちの両親よりははるかに年上である)にもインタヴューしてみたい。多くの人が終戦時に長崎に居た・ということでもあるし。そう言えば、「被爆者」の方もいた。「新型爆弾」とは実際にはどんなどえらいことだったのか。

 資料館にも再度行ってこようと思う。

 以前、岸壁の母の舞鶴を訪れた際に、その記念館で、シベリアでの拘留されていた方々の生活の再現が展示されていたが、それにも驚くのだが、戦後すぐの時代は、天災が思いのほか多く、それは豪雨や地震や台風などなのだが、辛いことが延々続いていたという事実にびっくりしたことがあった。

 その時代のことって日本人「忘れている」そんな気がしている。

 原爆にしても、当時は無知だったから、シーベルトだらけだったと思うが、それが風に乗って拡散していたはずだし、それに関しても何も知らなかっただけかもしれないしね。

 なんだか日本人「あっけらかん」だった・そんな気がしている。

 そんな時代がうらやましくもある。いや・大変だったことはわかります。わかりますが、大変の種類はいろいろあるし、おれたちも自分が体験できる大変しか体験できない・ということだってあるしさ。

 季節の行事みたいだが、この時期になるとそんなことを毎年思うような気がする。今年は、まったく忘れていたが、ふと今朝思いついた。しかし、この「胸が重苦しくなるこの感じ」は大切な気がしている。

 ただ、今は、身から出た錆によって別の破局へ向かいつつある時期なので、思いは複雑だ。

 おそらく、お盆前後のこの時期・今年は戦後初めての「なんか違った日々」になろうかと思う。どう違うかと言うのが二日酔いバカアタマが上手く整理できていないのだが、ただ、人はあらゆる理由でぽろぽろ死んでいくのだ・ということだけはわかる。おれたちは・というかプラス20マイナス10ぐらいの世代は史上もっとも「安全でおもしろい子供〜青年期」を送れたのかもしれないな・とは思う。そしてそれはものすごい「UNUSUAL」なことだったのだ。社会と個人の「発達」が見事にシンクロしていた・ということです。そんなことは「一回性」のことなのだった。

 進歩に倦んでしまったこの社会の中で子供を育てることの絶望的な感じ・世のおとーさん・おかーさんに同情するが、まあ協力できることはするよ。「通りすがりのおっちゃん」として。



 なんか夢中だったat the age of 11
 
posted by 浪速のCAETANO at 11:39| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月05日

LONG MAY IT BE

 タバコを買いにいくついでにばあちゃんごはんと昼メシ用のちらし寿司と細うどんを買って帰っていたら、にわか雨。すんでのところでずぶ濡れにはならず、。

 油断ならんなあ。

 しかし、CAUGHT IN A SHOWERだってよかったのだけど。夏・だしね。濡れたい気もする。

 さて、明日は淀川花火である。おれは残念ながら外仕事で、帰りにライフで晩飯買ってきて、その余韻の残る街でハイボールでも飲もうか・と思っている。「すごい人」だしね。

 去年T瀬のマンションの屋上で見たが、なかなか「お腹いっぱい」になった。二年に一回ぐらいでいいかな・というのが正直なとこ。

 どひゃー・となってしまうと「何にもしたくない」症候群になるので。

 いつだったかなあ・おそらく方向から言うとあれが淀川の花火だったと思うのだが、いつものようにオンナ連れで箕面方面ドライヴ後夜になり、箕面のちょっと高いところで今で言うならiPodのシャッフルのような自分編集のテープを聴いていて連れと「あーでもない・こーでもない」と言っていた時、突然南の空に、上がる花火だった。

 予定を知らないと「非日常感」は増し、おれたちは「祝福」されているような気にもなってなかなか良かったのだが、まあ・そんなコストはかけるべきだとはおれも思うが、そんなものは「不意に」見たいものだ・と常々思っている。

 不意とは「ハプニング」であるが、すべてのことがハプニングだったらな・とは正直な感想。「くるよくるよ」なんて言われてるとなんか「妙にカタく」なるとこがあって、いまだにまだ少しあって、顔の濡れたアンパンマンだった。さすがに直近に至ってはマシ・にはなってるが。

 土曜に行ってる外仕事の現場前に良い公園があって、休み時間になると抜け出して、そこのベンチで過ごしている。その公園は木がうっそうと茂っていてビルの谷間ながら、取ってつけた感もなく、なかなか好みだ。ハトも少ないし、近所にあったなら、気候が中庸になれば、毎日そこで「昼メシ」でも良い。さすがに大阪の中心部だ。中津の公園はどこかしら「どーでもええけんね」というような、中途ぱんつな感があって、子供用の何かが必ずあったり、地域性なのだろうか、見捨てられたような印象がある。

 おれは子供が嫌いだから、そんなときは目を瞑るしかないが、それにしてみても、おとなが寛げる公共のスペースが中津には少ない。残念な感じだ。この街はどんな街かとは、その地の公園を見たらよくわかるよね。釜ヶ崎の公園には「ちいちいぱっぱ系」の設備があるはずもないのだ。

 新町は「商品取引所」や「食糧会館」なんていう、生々しくもシブ過ぎる建物やかつての厚生年金会館など、旧い大阪がまだある。新町という名はいろいろ考えさせられる。その食糧会館のゲキ渋の喫茶グリルがあって、「サフラン」というが、そこで仕事前にお茶するのが「定番」である。そっち系の社員やハゲ二人がひそひそ話をしているような、そんな店なのだが広いし落ち着くわけだった。内装はド昭和でメニューもそう。コーヒーも320円の良心価格。カツカレーはおれにとっては時折の「胃拡張チャレンジ」なヴォリゥム。ただ味は期待したほどじゃなかった。

 しかし、9月で閉めるってさ。悲しいね。
 
 おれにとっての店の理想ってのは、限りなく放っといてくれて、がしかし、こちらがなんかして・と頼むと、その時は旧知の友のように接してくれる・っていうものだけど、まあ曾根崎のトドムンドがそうだったのだけど、カウンターってのはなかなか難しいな・と思う。店は客の話を聴いてあげることが大切だろうね。店の自己主張は難しいよね。自己主張しない自己主張でないといけない。中津の店はまだまだそんなとこまではいっていない。

 奇しくも、今週の月曜が曾根崎からするとトドムンドの15年目の始まりであったけれど、もう一度初心に戻ってやってみたい気がしてる。

 さてさて、本日もおしごとおしごと。
 
 いつまでも続けられますように。

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

つかれてる

 ゴミ捨てに外に出たら「あっちっちっち」ですぐに部屋へ戻る。本日は「リアルな夏」だった。

 しかし、昨日はほんとに「疲れた」。昼ライヴと昼酒、どっちも後でくる。ダブルなら「1+1=3」である。

 今3日を1ユニットとして、夏を働いているが、夏前半の3ユニットが終わった。まだルーティン化はならずで、昨日のような・まあ自業自得ながらの「過労寸前」がその証拠である。ぜいぜいはーはー・と言う感じ・まだ。

 本日4ユニット目の初日だ。15時から22時を長いと見るか短いと見るかは主観によるし、おれも長かったり短かったりするけど、まあ一生懸命なのね・これがまた。どんなことやってるのか・とヒトは思うだろうが、ふつーの授業ではないの。ふつーの授業ならまあ「抜く」こともできるかも。んー・どっちもどっちかな。それなりかも。

 まあ・とにかく。家々外・家々外・家々外・と来て今日は「家」。ワルツである。もう生まれて初めてぶりの週休1日なのだが、いや学生時代はそうだったが、土曜日「半ドン」だったもんね。懐かしい響きですね・半ドン。

 現実に外はあっちっちっち・ながら「夏を想う」ことは嫌いではない・というか大好きである。

 おれは「想う」ことで完結してしまう・というはなはだ安上がりな体質を持つこともあって、実体験がすべてというプラグマティストとはやや趣きが異なる。想像力を最近は「悪い方に」働かせ過ぎていたことも有り、これからはまた以前のように「良い」「全方向」に働かそうと想っている。

 わかりやすい情報にも興味がない。情報に倦んでしまうことも避けたい。情報は偏差値と少し似ている気がしている。そこにも新自由主義のにおいを嗅ぐことが出来ると思う。偏差値から自由になることは、バカになることと、セコい競争からおりることであるとするなら、情報から自由に・というのも、自ずと戦略はきまってくるかと思う。

 なんだか、そういうことすべてが最近うっとうしくなったりする。

 平均より「ちょっと上」とかなんか意味あんのかー・おい・」などやや暴言的発言もしてしまいたくなるほどだ。

 いやー・昨日の疲れが残っとる・ただそれだけかもしれない。(なんだそれは)

 無理はいかん。ドリンク飲もう

 この夏はなんかいっぱいライヴをするハメになっています。

 
8/10 @大阪弁護士会館ロビー 12:00〜「脱国境Aライヴ」

 8/13 @TODO O MUNDO 20:00〜 「脱国境Bライヴ」

 8/24 @大阪弁護士会館ロビー 12:00〜「脱国境Cライヴ」

 8/28 @田中屋 大正 19:00〜 「LOS SOLOS LOBOS 」

posted by 浪速のCAETANO at 15:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月03日

ダチョウ駆ける!!

 蝉は今年鳴かないなあ・と夏始まりには思っていたが、やっぱりちゃんと鳴き出したね。安心しました。満を持しての登場だから、「夏キャンセル」なら、カワイソ過ぎるもんね。

 シーベルトを知ってか知らずか、しかし、なんだか「やけくそ」的な鳴き方に聞こえるのは、こちらの先入観か。

 東北の、おそらく福島のどこかの街だと思うけど、ダチョウが走り回ってた映像・衝撃的やったね。でもおれだちょうの足首好きかも。足首フェチの独り言・ながら。

 あのさ、原発の問題は「エネルギーの問題」ではない・ってことを申し上げたい。原発をエネルギー/電力量の問題として論じているヒトは「あやしい」と思って間違いない。いや・まぢで。

 ほとんど、そんな方々ばっか・であるが。

 存在しちゃいかんもの・なのであるから。すごく「シンプル」な話なのだ。その決定を少しでも先延ばしにするためかどーかは知らんが、それに関して「どーだこーだ」と議題を提出するバカ学者たち、結局、原発からチョクでおカネもらってるということじゃなくても、「原発」を推進してきたシステム・それは現在の支配構造とイコールだけど、それは「官・政・財・学・メディア」ということだろうと思うが、そこから直接・間接的に懐が潤う・という構造がある・ということだろうと思う。

 みんな「逃げ切ろう」と思っているだけである。

 日本中で「ダチョウの独走」があっていいわけがない。悲惨の極みに於いては、自然とギャグが発生するわけで、しかし、腹から笑えるわけじゃない。

 肉に野菜にコメ、食べ物もやばいが、ほんとにヤバいのは魚かも・と思ってる。食物連鎖による凝縮よね。

 実際の被災地ではない東北に行けば、「美しい自然」がひろがっているはずで、が・しかし、目に見えない放射能はそこいらにいっぱいある。そんな現実ですね。例えば、なんの情報もなくチェルノブイリを見たら、草は生え、単なる自然のスライスのように見えることだろう。ただ・ヒトはなぜかおらんな・みたいなことは思うかも知らんが。おんなじようなことですよね。

 「国破れて山河有り」・第二次大戦後はまだそうだった。「山河破れて・国のみ有り」今はこうだ。山河破れた状態で国が成立するのか・という疑問も有るが、自然のシステムが発狂している時に人工のシステムがどう機能するか・なんとなく「ソ連の末期」を連想させる。

 自然は人工を内包できるはずだが逆はどうか。人間も実は自然であるから、そして人工とは人間が作り出したにもかかわらず、その手を離れ、人間に逆襲するものであるから、これはかなり「旗色悪い」。シニカルな視点を忘れた「テクノ・ミュージック」みたいなもので、それ自体が自己目的化するなら、もうほんとに作った本人・逆襲されるのだ。精神病。

 狩猟から農耕、蒸気機関・IT・そして核。どこかで線引きは必要だった。「進歩」って罪深い。


 ではこれから「被災された方々」のことを思いつつ、演奏しにいってきます。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 09:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月01日

ビョーキのヒト

「もう外は暑いね・へへん」
「仕事見つかったん」
「うん、仕事はしてるよ。京橋やねん。風俗やねんけど・ははん」
「昨日一昨日は休んでんけど、生理やったし・へへん」
「まあ仕事は何でもなあ」
「そうよ・京橋はええわあ。難波も梅田もええけど、京橋はええわあ・近いし・ははん」
「風俗やねん。一応コンパニオンて言うねんけど・へへん」
「心療内科も通ってるよ・週に二回・へへん」
「冷や奴ください。あとやきそば」
「昨日一昨日は生理やったから休んでん・へへん」
「でもちゃんと行ってるよ・ははん」

 そんな一方的なトークを隣で聴きながら、豚ネギモダンを喰っていた。ビールを飲みながら。

 みんな、少なからず「ビョーキ」であるし、おれだって言われてみるなら、そうだ。自分を確認したいが確認できないで変なとこに迷い込んでしまう。自分探し・なんていう悠長なものともちょっと違う。探す前に自分が「いないんじゃないか?」という恐怖が先に立つ。

 彼女の「ははん」とか「へへん」は言葉尻にそれがないと、発した言葉が「宙に浮く」のだろう。「なんちゃって」だ。敢えて希薄にしないことには、その意味の重さに堪えられないのだろう。へへん・ははんでとりあえず「回収」しとかないことには、後で、影のようにつきまとわれてその重さに潰されてしまう。そんな気がしたのだ。

 敷居の高くない店は日常的にそんなことがあってるのだろう。そう考えると、うちの店も、その手のやつに、もっと距離感考えてうまくやってあげたいとも思うが。頭突きとかしたらあかんね。

 いっそのこと「みんな病人なんだから」ってのがよいのでは。

 みなさん、自分以外が「まとも」であることを期待し過ぎである。自分がいかにまともで・あるいはいかにヘンタイであるか・なんてことって、なんとなくしかわからない。歳取って来ると「ある程度」はわかってくる。しかし、そのわかってくるときのオノレは「まとも」でないことにはその程度のほんとのとこはわかんない。ジレンマだったりする。

 さて8月にトツニュー・だ。おれにとってはアナザー6月であったりする。2ヶ月に一回、同様の目に遭わなきゃいかんのか。人生はなかなか辛いです。しんどいことのヴァラエティはかなりのもので、どーしよーかなあ・と思ってるが、ほんとルーティン化しながらでないとやってらんない。

 まあ、昨日の一件で、まあ店における自分の立場、よーっく自覚させられましたので、自宅でゆっくり過ごさせていただこう・と思う。みんな、安全って好きねえ。しょうがないね。多分に誤解もあるけどね。


 死ねば存在はカルくなるのか。

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする