2011年08月03日

ダチョウ駆ける!!

 蝉は今年鳴かないなあ・と夏始まりには思っていたが、やっぱりちゃんと鳴き出したね。安心しました。満を持しての登場だから、「夏キャンセル」なら、カワイソ過ぎるもんね。

 シーベルトを知ってか知らずか、しかし、なんだか「やけくそ」的な鳴き方に聞こえるのは、こちらの先入観か。

 東北の、おそらく福島のどこかの街だと思うけど、ダチョウが走り回ってた映像・衝撃的やったね。でもおれだちょうの足首好きかも。足首フェチの独り言・ながら。

 あのさ、原発の問題は「エネルギーの問題」ではない・ってことを申し上げたい。原発をエネルギー/電力量の問題として論じているヒトは「あやしい」と思って間違いない。いや・まぢで。

 ほとんど、そんな方々ばっか・であるが。

 存在しちゃいかんもの・なのであるから。すごく「シンプル」な話なのだ。その決定を少しでも先延ばしにするためかどーかは知らんが、それに関して「どーだこーだ」と議題を提出するバカ学者たち、結局、原発からチョクでおカネもらってるということじゃなくても、「原発」を推進してきたシステム・それは現在の支配構造とイコールだけど、それは「官・政・財・学・メディア」ということだろうと思うが、そこから直接・間接的に懐が潤う・という構造がある・ということだろうと思う。

 みんな「逃げ切ろう」と思っているだけである。

 日本中で「ダチョウの独走」があっていいわけがない。悲惨の極みに於いては、自然とギャグが発生するわけで、しかし、腹から笑えるわけじゃない。

 肉に野菜にコメ、食べ物もやばいが、ほんとにヤバいのは魚かも・と思ってる。食物連鎖による凝縮よね。

 実際の被災地ではない東北に行けば、「美しい自然」がひろがっているはずで、が・しかし、目に見えない放射能はそこいらにいっぱいある。そんな現実ですね。例えば、なんの情報もなくチェルノブイリを見たら、草は生え、単なる自然のスライスのように見えることだろう。ただ・ヒトはなぜかおらんな・みたいなことは思うかも知らんが。おんなじようなことですよね。

 「国破れて山河有り」・第二次大戦後はまだそうだった。「山河破れて・国のみ有り」今はこうだ。山河破れた状態で国が成立するのか・という疑問も有るが、自然のシステムが発狂している時に人工のシステムがどう機能するか・なんとなく「ソ連の末期」を連想させる。

 自然は人工を内包できるはずだが逆はどうか。人間も実は自然であるから、そして人工とは人間が作り出したにもかかわらず、その手を離れ、人間に逆襲するものであるから、これはかなり「旗色悪い」。シニカルな視点を忘れた「テクノ・ミュージック」みたいなもので、それ自体が自己目的化するなら、もうほんとに作った本人・逆襲されるのだ。精神病。

 狩猟から農耕、蒸気機関・IT・そして核。どこかで線引きは必要だった。「進歩」って罪深い。


 ではこれから「被災された方々」のことを思いつつ、演奏しにいってきます。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 09:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする