2011年08月09日

8.9ナガサキ

 もう今は「破局」のフェイズに入っているからしょうがないのだが、そしてそれはフクシマが先頭切っているわけだけど、そんな中・本日「ナガサキ」の日である。

 広島のウラン型とは異なるプルトニウム型原爆だった。ものすごく「実験」の意味を感じるのだが、そうなら、ひどくむごたらしく大規模な「人体実験」だった。

 人体実験もその結果が半世紀以上も持続するなら、満足だろうよ。新型爆弾のその「効果」は抜群・ということになる。ええかげんにせえ
よ・ということであった。

 おれは「長崎でも」よそ者だったから、その意味がよくわかったのも随分経ってからだった。ほんと・バカ・なのだが、そういう家族・親族がいなかったのが大きかったのだろう。それにしても、バカ・であることには違いがない。

 しかし、そのバカが、離れた土地から、そのおのれが育った街のことを想うにはこの猛暑というものは「混乱が混乱である」という自覚だけはできて、しかし、なんの結論も出せない・そんな悲しくもないのだが、それもまあしゃーないね・とオノレの限界を知らされる環境としては納得できるものだったりする。

 ただただ想ってる。

 しかし、なぜか「長崎は今日も雨」なのだが。そんな雨のイメージないんだけど。

 よく考えると、太平洋側か日本海側かなんていうと、うーん・どっち?というようなロケーションなのであって、ほんとは「玄界灘側」とか「東シナ海側」とかが正しいような気もするわけ。南国・というイメージはおれにはなく、冬には雪も降った。夏には泳ぎにいった。桜も咲き・紅葉も雲仙で見れる。

 高校時代の彼女が、ため息まじりに言っていたことがあって、それは「長崎って端っこなのねえ」ということなのだが、JRがそこで行き止まり・ということからの話なのだが、憂いを含んだその表情を思い出す。その時はそれがそんなに「貴重」なことだとは思わなかった。端っこが外に開くということも、彼女の値打ちも。

 いろんなものを得・そしていろんなものを失うってことなのね、生き続けるってことは。

 しかし、「人生下り坂がいいね」。自転車に乗ってると余計に思うよね。クルマでも下り好きだけど。一つ間違えると「ちーん」だけど。

 年取ってきて初めて「おもしろい」こともなかなか多かったりするから、世の風潮とはまったく相反していることだけは確か。

 明日・12時からまた弁護士会館で演奏しています。

 本日はボサ姫・昼の部はもう始まってるな。夕方4:30からもうワン・ステージあります。時間ある方は是非行ってみてください。

 
 Chineseのコメントが気になるわけである。
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする