2011年08月21日

夏を総括part 1

 夏は「一旦」終わってしまった。停滞前線がそこまで南下するとそうなる。

 今年の小笠原気団はあんまりガッツなかった・ということで。ガッツいらんけどな。

 実家へ行っていたが、気温が常に30℃未満で、涼しい・というかやや肌寒かった。数十年ぶりに見た精霊流しの現場も小雨が降っていて、風もあり、半袖のTシャツではカラダが冷えた。

 久しぶりの「そうやったそうやった」という「あの」掛け声や、爆竹の「箱ごと鳴らし」に鼓膜もややインだが、やっぱりカラダの冷えとは関係なく、熱くなるものがあった。友人と飲みたかったのだが、電話すると気乗りしない様子。ひとりでホテルのバーへと行く。

 「さだ〜!!!・毛ぇむしるぞ!!!」「いもーと、どブス!!!」名誉市民だって。

 ま・予想通りの展開と結果で、驚きもそんなになかったのだが、ひとつだけ。

 他の都市の「灯籠流し」のような小規模なものではないから、流す・流すってどこへ? と思っていたのだった。流さないでしょ? とも思っていたのだった。じゃあ・とーすんのよ?・と「?」なわけなのだった。

 流す・の果てを見届けたいと思って、港の先まで行ってみた。

 巨大クレーンが「活発に働いて」いた。すべての船は持ち上げられ潰され粉々にされ、巨大トラックの荷台に破片として積み込まれていた。ひどく「無惨」な感じがしたのだが、まあ、あんなもん(巨大なものになると30mもの長さ)海に流すわけにもいかんしな、不法投棄そのものだしな、へんな納得するしかないのだが、それにしても「舞台裏」はなんだか凄まじい。

 路も爆竹・花火の跡がすごかった。ナガサキの街は精霊流しの翌日はとても汚い。と思っていたら、翌日、街へと出かけると、ものすごく奇麗だった。一発の爆竹さえそこにはなかった。そこ・すばらしい。元長崎市民として誇りに思う。

 お盆周辺はゲリラ豪雨が頻発していて、実家の夫婦(パパとママだが)、「ゲリラ・ゲリラ」と彼らの口からも頻出単語だった。なんとなく似合わん気がしていたのだが、そんなことはご老人たちはさほど気にならないみたいだった。しかし、それは「夕立」なんて風情からはほど遠い、時間も選ばない・強いて言うなら「バリ島のスコール」にも似た・容赦のないものだったから。ゲリラ・にも納得するわけ。

 ゲリラといえば、精霊流しの現場でのあの爆竹函鳴らしよ。ゲリラの犯行現場だった・正に。しかし、函鳴らしというのはどこの中華街にもその習慣があるみたいよね。

 さだ〜・なぐっていい? 名誉市民をなぐるとどうなるのだろう? おれが不名誉市民となるだけか。

 ナガサキは日本ではない。

 祭りと言えば、長崎諏訪神社の秋祭りが「長崎くんち」なのだが、おれたちは「おくんち」と言っていたが、この祭りがまたいいの。

 諏訪神社というのは本社は長野県である。あの七年に一回の巨木に乗って滑り落ちる・あの諏訪神社だ。

 諏訪神社はタケミナカタ(建御名方神)を祀る。タケミナカタは出雲神である。国譲りの際にタケミカズチ(建御雷神)とのチカラ比べに負けて東国(諏訪)へ逃げ延びたタケミナカタである。なんか「あかんたれ」な神なのだが、全国に諏訪神社はある。ここにも古事記・日本紀と「現実」の乖離が見て取れる。

 おれたちは「お諏訪さん」と言っていた。ほんとは「おんくち」を見に行きたい。しかし、これが見事に実力テストの時期と重なる。

 この仕事ヤメない限り無理ね。

 おくんち・もまた日本の祭りではない。日本の伝統と中国・オランダ・ポルトガルといった文化とのミクスチュアで、そこでは「アンコール!!!」は「もってこーい!!!」となる。この祭りはよくNHKBSで実況されている。実況に於いては@お諏訪さん境内だが、おれの長崎初体験は、「行列」だった。天狗が先頭の行列。強烈に印象に残っている。蛇踊りやコッコデショよりも印象に残っている。異形の天狗だった。

 なんだー・長崎って日本じゃないんやー・ってのが、ほぼキマリの結論。それってごっついええことやん。頻繁に行こう・と思う。

 長崎はほんとに坂が多いが、好きな場所があって、その坂は上下に激しくうねっていて、クルマで通るとラリー現場のような錯覚に陥る・そんな坂で、おれは一度ランチアで行ったことがあったが、調子のって飛ばしてたら、前から突然現れたバスとぶつかりそうになった。だから坂の向こうってなんにも見えないのよね。

 平地がそんなにない街だから、山がすぐそこにあり、海もすぐそこにある。ヒトは大らか。実家があるのは長崎市の北部なのだが、南にはグラバー園や大浦天主堂、シーボルトの家跡、そして朱色に染まった寺院など、最もエキゾティックなエリアがある。寺町通という路があって、お寺だらけなのだが、落ち着いた風情でおれは大好き。飽きたなら路を外せば川が流れ、眼鏡橋の麓へと出る。

 海の存在がいい。おれは凪いだ熊野灘が大好きだが、大村湾はそれに劣らず「ラ・メール」だし、なんといっても魚が旨い。旨過ぎる。

 聖武天皇が天武天皇の足跡を辿ったように、芭蕉が西行の足跡を辿ったように、おれも過去のおれの足跡を辿るという一日を設けたのだけど(なんでそんなたいそうに言うかなあ)・ダハハ、まあいいぢゃん、本人が本人の・というところに問題があったのかもしれないが、なにかしら「もう終わりかけ」という気がしたのね。事実そんなことだろうよ・とは思う。状況はもう「終わりかけ」。厄介なのは、精神で、なんか燃えカスのようなものがチリチリ言っている。この状況的矛盾を如何にする・ここんとこ課題ですね・あなた、いや・まぢで、わかってんの・そこ、なのだ。

 向こうは「ああー・うっとおしい」なのかもしらんが、おれは高校時代の友人と飲むのが好きで、今回も何人かと「鳥料理!!!」の店で飲んだのだが、酒飲むのが仕事の一つになっているおれは、そんなときは飲んでも酔わず、もっと飲みたい・と思いながらも、みなさんの「明日」に譲歩せざるを得ないのだが、いつも心残りがある。また今度・という動機にはなるのだけどね。

 この夏のポリシーであった「やんなきゃいけないこと・と・やりたいこと」だけをやる・ってのはなかなか成就しつつある。もう8月もあと10日だ。仕事もあと「ワルツ2小節」。弁護士会館ライヴなんて飛び入りもあったが、それも厭ではない。ただ、その日は外仕事と重なって、帰りへろへろ・にはなってるが。そんな日もあと一日だけ。まあ6月に続いてよくやった・と思ってる。なんか二月に一度そんなことに遭う運命なのだろうか? しかし、涼しくなれば平気かも。秋になれば、ちょっと仕事上やんなきゃいかんことも待ってる。変化・だ。

 珍しく「まっとう」に生きているおれとしては、今・後ろめたいことがなにひとつないことが今夏の収穫だったりする。まっとうにもすぐに飽きるのだろうが、忍耐力は若い頃よりある気がする。不思議ね。なにかはなくなるがなにかは増量される。バランスである。

 しかし、心配事というか、半分諦めも入っているが、ばあちゃんがやっぱり・ちょっとちょっと・だ。時間は当たり前なのだが「非情」である。

 cv e mg
 

 


 

 

 
 


 
posted by 浪速のCAETANO at 13:04| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする