2011年11月26日

忘れてる間に明日ERECTIONじゃなくってELECTION

 いい天気。ワインとお弁当もって公園へと行きたいところだが。10時まで重労働だ。

 また休めないピリオドに突入していて、さて、いつまで続く事やら。考えたり確かめたりするのがコワい。

 まあ・毎晩酔っぱらって「憂さ」は晴らしているのだが、なんかちょっと違う。試験が終われば、どっか行こう。でも一体いつ?

 なんとなく目星はついているが、これを真剣にプランするとなると、その前のハードさも確認する事になるのでなんか気が進まない。不合理な存在ですね・ヒトって。おれだけでしょうか。秘書が欲しい。タイトスカートの似合う。類型的だな。

 おれのような多角的個人商店は、もうホント「小商い」の羅列で生きているようなものなので、そのちっちゃなひとつひとつがちっちゃいながら大切なのである。昔はひとつひとつ「おっきかった」のだけどねえ。こんな感想持ってるひと多いと思うね。後期〜終期資本主義F○ck!!

 これも時代かね・と言ってしまえば、それで話は終わる。そんな悠長な事ではなくてだね。ダブル選挙・って明日じゃなかった?

 明日ですよ。実はそんなに知り合いに大阪市在住のヒト・多くない。外部の方の方が「より熱心」という奇妙な状態のまま、投票日を迎えるわけだが、ほんと・なんだか大阪市内は「静か」だ。そんなに「熱」を感じない。諦観漂う・そんな感じ。

 おれも当事者であるので、どっち入れるなんてことはここでは差し控えるが、行くかどうか・も差し控えるが、「大阪人の抵抗」みたいなものもあんまり見えない。どうころんでも「抜け道は必ずある」と思っているのかもしれない。そんな気もする。どんどん息苦しくなっていってるのだが、まだ、それでも「倍率上げて」「ニッチを見つけて」みたいな変な自信のようなものを感じたりもする。

 どうなることやら。

 悲観も楽観とも違う感情に包まれている。そんなことを感じる。

 この世は幻。いっそ・そうあって欲しい。おれの話ではないですよ。半分ぐらい?

 その後の事を考える。

 成功してない日本人は、他のアジア人と総入れ替え・ということになるのだろう。今でも老舗のそば屋の店員が中国人・なんて例を見たし、もうそれは始まっているのだよね。

 個々の選択は全体の事とは違う・と思いながら、みなさんがそうすると、あっという間にそれは伝播する。上の事に単純に反対するとEU諸国のNF(FN)政党みたいになってしまうが、模索すべき値打ちのある事は「共生」しかなかろう・と思う。日本に、今のところはある魅力・それはおれたちの親世代がいなくなってしまうと急激に細っていくとおれは思うが、そんなことの継続を可能にする何か、をオノレの精神の中に探さなければならない。さがせば出てくるような気もする。おれたちも実は気づいてないのかも。上塗りされてしまった「かつての記憶」の中に埋もれている・のだろう。

 選挙結果については「なるようにしかならん」と大阪市民の一人としては思っています。それが実感。変化・しかしながらさらなる苦痛か、変化しないことへのペイシェンス、その選択だから、「いいいいい〜っ!!!」ってなってるヒトの絶対数の問題かなあ。最近の大阪人・ちょいMではある。<>

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:56| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

爆音の中でわしも考えた

 一度は見に行かねば、と思っていた「爆音ナイト」。

 一緒にやっている北村くんの「monocism」の出てるイヴェントに行って来たのだが・・・。

 生憎、その日も塾三昧で、先日も塾三昧後、うまく気が転換できなくて、ライヴをやったなら「なんとなく・乗り切れず」イクとこまでイケない・そんなこともあり、早い目に出て、どこかで一杯飲んで勢いをつける必要があるな・と思い、新町のそば屋で飲んでいた。

 店員は「CHINESE」、店は老舗ながら。それでも、おれが座った席からは消音された「日本シリーズ第七戦」がモニターに見え、ライヴ前一時間を過ごすのは、まあ悪くないかな。そんな感じ。

 熱燗をうざく・うまき・塩辛なんかで、飲む。「う」には山椒が欲しかったので、中国人店員にたのむと持ってきてくれた。「謝々」と礼を言い、少し馴染む。そんな中、中日はピンチを迎え、ソフトバンクはチャンスを迎え、そんな中、お客が入って来た。南洋系の人たちの男女三人組で、「INDONESIAN」だった。

 ご存知のようにINDONESIANにはムスリムが多い。酒・豚NONである。何を頼むかと見ていたら、天ぷらとごはんだった。なるほどねえ。

 INDONESIANが日本語でCHINESEに注文。うん・日本語もまあ「いい仕事」してるのでは・と思うわけ。「リンガ・フランカ」としての日本語ってわけだった。

 なんだか気分の悪い事ではなかった。そんな言葉を持つ国であることができるように政治家とか、まあかれらだけじゃないが、おれたちもだが、何か努力してもいいのでは・と直感的に思ったけどね。

 さて、このままでは「飲み過ぎてしまう」。

 monocismは19:50からである。その時19:40。VIJONは道渡ればいいだけ。ちょっとぐらい押すだろうし、と高をくくっていたら、意外と押してなかった。片付け・セッティングも迅速に行われ、まあ6バンドも7バンドもでるとしょうがなかろうが。

 monocismは4ピースで、北村くんとVo.以外はサポートらしいが、なんせ、リハを東京までやりに行く。ドラムが東京の子だからなのだが、おれはそういうのが「?」である。まあ、それぞれにそれぞれの事情があると思うし、そこら辺はノーコメント。なんでもかんでも批評すんのがいいとは限んないのね。

 さて、monocism、演奏は、以前CDを聴いた事もあり、ある程度予習もしてたこともあり、確かに「爆音」ではありましたが、耽美的でもあり、知人もいたことで(ここ大事)、最後まで聴いた。ベースがコード弾きしてたのは「おっ」と思った。

 少し離れたところにLobosの小松くんもいて、演奏後「やあやあ」と。北村くんもオフって出て来て「やあやあ」。メインは次の次のSWEDENからのバンドで、「その前に爆音系のバンド」が出て〜・と北村くんが「オノレら」は爆音ではないような口ぶりでいうのに「こっそりウケながら」も、小松くんが「まだ居ますか?」訊くから「うんいるよ」とカルく応える。

 で、次のバンドを聴く。なんと爆音の「インスト」だった。

 しかしみんな「ジャズマスター」使ってるのはなんで? など思いながら聴いていた。確かにジャズマスターのアームは「長くてかっこいいな」など思いつつ。

 
 異変は突然やって来て、少し離れたところにいる小松くんに「おれ・もうむりなんですけど」と。

 で、出て来た。一杯飲もか? ということになり、前の串カツ屋でビール・ワイン飲みつつ「オフレコ」な話満載で盛り上がり、帰って来た。

 いやー・ロックは遠くまできちゃったなあ。

 翌日、「後遺症」で起きられず、予備校・遅刻してしまった。爆音・おそるべし・である。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月19日

Appreciated!!

 朝から久しぶりの本格的な雨。よー降ってた。

 でももう小降りになりそうだ。

 イヴェントの後に休めないのは辛いが、しゃーない。極力情緒性を排除して事に当たる。

 MAN-MACHINEだった。

 感情が疲労を加速させる事はわかっている。だから、封印する。MAN-MACHINEなのね。

 しかし、こまったことにMAN-MACHINEながらハラが減る。しかし、今喰ってはいけない。終わってからバジルのパスタでも喰うか・白で、と思う。


 昨夜、来ていただいた「少数精鋭(かどーか・は置いといて-)部隊」の方々、ありがとうございます。感謝しています。ホームながら、アウェイのような雰囲気の中、まあ昨日はあれが限界。塾終わりがおして、けじめがつかんままに始まってしまいました。

 でもまた次回、「ライヴだけの日」を設定して、個人内リヴェンジいたします。

 とりあえずはお礼まで。
posted by 浪速のCAETANO at 18:16| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

不条理のブリーフ(貴女はパンティ)

 世間では「週末」。世間は「うきうき」かもしれないが、おれは、またまた12月中旬まで休めないピリオド。

 不条理である。

 だけど、不条理はそこだけじゃない。

 この国全体が不条理の肌着を着ているようなものだ。肌着。不条理のブリーフ。

 おれはブリーフはもう35年ほど履いてないが、もうどんなんやったか忘れたな。たまに海パン履くと「近い感触」でしょうかね。少し思い出した。

 延々トランクス人生である。フリーな男・だ。部位的に。

 ということで、本日トランクスでの演奏を・・・・。危険過ぎますか。ですよね。

 不条理のブリーフと不条理のパンティを履いているのだ・おれたちは。それもおそらくオノレが「選んで」。


 EUやOWSでの「行動」の背景にあるものは、おれたちのブリーフ/パンティにも「柄」としてプリントされている。

 また世界の方向が変わってきたことを直観しているヒトも世界には多いんじゃないだろうか。

 「1%」と「99%」という象徴的な数字は、示唆というより、現実そのものであって、その不平等・不公平、その結果としての「階級」への不満が、あちこちで吹き出している。

 「 PEOPLE」という概念がどっちの側からも意識されてきたように思える。カダフィは「取り除かれた」し、でも、同じぐらいの悪人だったブッシュは取り除かれたわけではなかった。フセインは絞殺された。フセインはブッシュよりは悪人ではなかった・と思っている。オバマはOWSの人々を排除し始めた。警官がPEOPLEを殴っていた。

 日本と違うのは「声を上げる」ってとこね。

 おれたちは「不条理なブリーフ/パンティ」に慣れさせられ、情報も遮断され、いらん情報に取り囲まれ、生活に追われ、いらんことにアタマ使わん方が「いい生活」できるよ・とメディアに洗脳され、セコい競争の中に組み込まれ・・・・なんかそんなの。

 このちっちゃな世界が「世界」だと思わさせられてるところに、コドモだけではなくオトナも不幸がある。

 ギリシアやイタリーのことは、やっぱりもうすぐおれたちの問題にもなるわけで、そうなることに対する危機感は「階級」を意識している側の方が「危機感」を持つだろうから当然「準備」もする。あと、五年か十年かわかんないが、近い将来、同じことが起こるのだけど、おれたちに、「声を上げる動機とエネルギー」が残ってるだろうか?

 今、日本政府と財界がやろうとしてることって、弱者の息の根を止める・ってことで、それは「切り捨て」であるし、中間層と言われる人たちも「落とし」、その高度な知識・技術を例えば「時給千円」とかで使う・ってことね。そのためには生活水準も切り下げないといかんし、安い米・安い肉・安い野菜がはいってくる TPPはグー・だもんね。

 おれは、ASEAN+Xでアジアに貢献しつつ、その発展のおこぼれをいただきつつ、何か過去の償いをするいい機会を持つ方がいいと思うが、おそらく、これが最後の機会だとも思うが、そのためにはアメリカとの結びつきを「相対化」しないといけない。ここが、なかなかできない。

 ただ、再確認したけども、こういったEUやOWSといった「運動」って伝播するし、そう考えると「連帯」なんてこともまだ可能な気がするし、「インターナショナル」も歌える気もしてくるよね。支配層は支配層で「階級同士の連帯」をもうすでに「階級内階級」も決定した上で終えている・そんな気もする。

 国もそれぞれ余裕なくなってくるこの近未来、激動が待っている・とおれの中の「カナリア」は言ってる。おれがバカだから、カナリアちゃんもバカかもしらんけど。

 しかしいつかは日本人も覚醒するだろうか?不条理のブリーフ/パンティ脱ぎ捨てて・・・・・・ どーっかなー?

 みんなもっと危機感もって生きた方がよいのでは。こんなこと言って身内からも最近嫌われてるが。おれはそう思う。


 では「超少数精鋭」のみなさま、TODO O MUNDOにて・今夜。


 60'sから50年。そろそろサイクル2周り目もあってよいのでは。


 

 

 
 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:28| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月17日

少しずつ狂ってく

 昨日はギター教室だけの日で、久しぶりに「解放」。天六へ・タバコとコーヒーを買いに。ワンパターンよな・ほんま。

 久しぶりの昼酒。

 しかし、良い店を見つけた。もう、天六の「昼酒」に迷い・はなくなった。そして、お茶のハシゴながら昨日は、不毛ではなく、生える生える・な、良き喫茶店のハシゴ。暮れてくる外と、ローソクの熱さがカラダに心地よい・ではなくローソクの灯りの優しさが、気がつけばコントラストが入れ替わり、酒飲み直しやー・といった気分にさせる。しかし、その2件目は18:30でおしまいなのである。ざーんねん。

 しかし、あの露地・さいっこーやなぁ・とex-デッド・エンド・ストリート・ゴッドファーザーとしては「パチパチ」だった。

 「いいこともある」

 あとは、ロクなことがないが。

 明日のお店ライヴ、なんかおれ一人が「空回り」している状況ですが、だはは・ま・よいぢゃないの。「演りたいときが・ウマいとき」。おれもですね、それが終わると、期末テスト週間に入り、そこから抜けたら翌日「ロボス」のライヴが待っている。

 バンドと「お一人様」は・似て非なるもの也・なので、まあ、「ヒマで狂いそうな方」もしいらっしゃれば、150分間・ご一緒しましょう。ひとり悶々と「狂う」より、アホなおっちゃんの歌聴いて狂った方が「ヒトのせい」にできますよ。なぁんて。

 
 「OWS」排除されてしまったね。オバマも最初はシムパシーを示しておきながらも、時間がくれば「排除」ですか、そーですか。

 世界の「格差」、構造的・だね。そこんとこ「正す」となると、もう・アレ・しかない気がするんだけどね。そうなるにはもう「あまりにいろんなものの非対称化が固定」しているから、それも正攻法では無理。じゃあ・どーするの。

 うーん・ムヅい。おれごときの「アタマ」ではよくわからん。

 しかし、「義勇ハッカー団」という言葉が今・浮かんだ。

 よくよく、考えてみると、言葉も油断してると、すぐに資本に取り込まれてしまう。今・彼らはそこんとこ・すごい敏感で、その手あかの付いてない言葉をすくいあげ、資本の手先へとする術に長けてしまった。

 おれはイトイ某氏が嫌いなのだが、やっぱ、言葉を資本に売り渡す・そんな先鞭をつけちゃったからかなあ・と思ってる。樋口可南子ファンだったというのはカンケーないです。

 でも加賀のオンナはちょっと惹かれる。加賀の・・というだけで。バカでしょう。

 訪れた際、南に大きな壁のようにそびえ連なる「立山連峰」を見た時に感じたことだけど、圧迫感があった。自分は「気が狂うな」と思ったし、おそらく狂う前に出て行く・と思うのだが、それに堪えれるってのは、まったく自分と別の資質を瞬間的に思ったわけだった。

 振り返れば日本海。波は荒いが、魚は旨い。加賀の「寿司屋巡り」をしたい。「雪国」の寝台で終点まで行き、そこから在来線で少しずつ戻りながら、土地の居酒屋で土地の人々と酔っぱらうまで飲み、出会いと楽しい夜のお礼に・等言いながら、ブラジル歌謡を一発ぶちかましながら南下し、そして最後は加賀の寿司で〆る。

 どう? いいでしょう。どっかの旅雑誌・そんな取材いかしてくれんかなー。

 「カレーの市民・アルバ」ばっかりぢゃ・ヤダ。ポイントは溜まっとるが。


 松平さんはディヴィッド・ボウイである。に一票。少しずつ狂ってる?
  

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:42| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月16日

メールが届かなかった貴方へ

 ぐうっと秋も深まって参りました・そんな気がしています。
Todo O Mundoもおこた設営されたみたいです。

今週金曜日(11.18)20:00〜
<<浪速のカエターノao vivo>>
@Todo O Mundoです。

またまた
150分間世界一周
です。
良くも悪くも「J」の音楽に席巻されている
この国で、そんなこと、意味があんのか?
と、思われる方も多かろう・と思います。
しかし・よ、
そこで歌われていることは
「彼女への愛の告白」
「おとん・おかんへの感謝」
「どっひゃー・なギャグ」
そんなことが饐えたような匂いのマナーで
歌われ、これが意外にウケている。

バカか・お前らは、と言いたい。
そんな個人的なことは本人にチョクで言えよ。

そこんとこ、必要以上に「社会的」にすることない。
と、思うひとりです。

まあ、反論もありましょう。
反論だらけ・かな。ま・いいや。

間接的通信手段の自己増殖的発達という状況が
ベースになっていることもわかります。

しかし、伝統的には
「歌」にはもうちょっと重要で高尚な意味があった。

世界各国の「Local Music」にはその名残が充分残っているから、
「今」それを歌うことは、とりあえず
自分がREVITALIZEされることになる。
そして
おれたちを包んでいるこの「日本」から
ちょっとの間、逃れて、
サルバドールのプライア」や「エディンバラの芝生」や
パリの街角」や「リヴァプールの港」や「コインブラのキャンパス」や
ルイジアナのバイユー」や「カンクンの海岸」に心を遊ばせるのは
みなさんにも「悪くない」と思ってます。

これ・拙書「つかの間のiyashi」のコンセプトでもあります。

マルタニカズの「脱国境音楽」も交えて150分。
Chargeはひとりひとりの懐具合に応じて
投げ銭(投げ札?)」で。

その後の予定

12/4(日)
<<Los solos Lobos>>
live@田中屋酒店・大正
19:00 Start。

南部音楽研究会・Los solos Lobos」
二度目のワンマン・ライヴです。

ここも投げ銭。
なんつってもハイボール300円!!!の田中屋さんです。


12/10(土)
マルタニカズa.k.a. 浪速のカエターノ

尼崎は杭瀬のイヴェントに出演します。
「NO NUKES 」がテーマだそうです。
山本太郎くんの姉上の主催で、
これは詳細が決定したらまた「ツウシン」します。


The LABEL Rafflesia

Marutani KAZ


posted by 浪速のCAETANO at 19:42| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月15日

DIZZYING DAYS

 日曜にイヴェントがあると土日月がどっと忙しく・どっと疲れる。疲れた。ばたばた・だった。

 非常に不毛なことをしている気がすることがある。まあこの国家自体が「不毛」を地でいっているわけだから、おれごときの不毛など、目立ちはしない・わけであるが、それにしても、クルマでがーっと走って、帰って、行って、帰って、チャリでごーっと走って、行って、弾いて、帰って、寝て、起きて、またチャリでがーっと走って、行って、教えて、カレー喰って、また走って、行ったら休みで、がっくりして、つまんないサ店二軒もハシゴして、ケツが痛くて、教えて、来なくて、遅れやがって、帰って、愚痴って、飲んで、寝て、起きて、今に至る・わけだが、なんかいっぱいやっていたことが、「なにをやってたんだか」よ〜わからんのである。

 リアル・ではないからだろう・と思う。物事の成り立ちが、おそらく、おれのスタイルと異なるものにはリアリティを感じないのかもしれない。だったら、自分がやれよ・ということなのだが、そういうことなのだが、それが、なかなか・なのよ。

 やっぱり休むときは休まないと、いざ・って時にチカラ出なかったりする。

 ここから、年末に向け、立て直して行こう・とケナゲに思う。しかし、近未来も「多忙ながら不毛」な予感。ま・やっとおれも「フツーのヒト」になった・ということか。


 さいなら・さいなら



 しかし、今「SEEMS フツー」ってのはなにかの必要条件であるな・と思うのだ。時代・だね。小学生のチビが「あいつ・上から目線でムカつく」とオトナに言って、それがなにかしら効果を発揮する・なんて「変な」時代なのである。

 「お客様全盛でマンセー」な時代。そんなのはおかしい・と思うが、周りが「お客様全盛でマンセー」ならば、大勢はそうなっちゃうのよね・残念ながら。そんなの・おかしい・と思いつつもそれを「正攻法」でやっちゃうと「埋没」してしまんうだな。埋没しそうです。

 ま・それでもかまわない。

 残念ながら、予想通りの悪いシナリオでTPPへの参加が決まってしまったけど、まあ「どじょう野田」もサイテーながら、反対の「フリ」だけの慎重派もサイテーで・っちゅうことはわかり、そんなに現実・ニッポンは植民地だったのだ・なんてことももうたいがいわかった・なんてことは「まあ・よかった」のじゃないの・と思うのだ。慎重派は「暗殺」の危険もあったらしいというから、そう考えると、原口くんのあのびびった顔もなんとなく説明できる気もするが。でもね醜く生き続けることと、何かの捨て石になること、そんなのはもう天秤にもかからない。吉田松陰はもうおらんのだよね。そんな政治家たちのマインドは、まあおよそほとんどのニッポン人のマインドと重なり、それは結局、将来の・次の世代への展望をハナっから放棄していることでもある。

 「将来のコドモたちのために」と言いつつも、オノレの一生分の想像力しか持ち得てないわけよね。言い替えれば、それ以上の想像・は拒否しているってことね。おそらくそういう人々の多くは「コドモ」作ってるはずなのに・だ。

 その子たちのためにも「カネ」だけは残しとかなきゃ・ということなのだろう。そして、そのマインドは多くの日本人とシェアされてる。

 「社会」って考え方は「仲間内」と矮小化されてる・と感じることがある。さらに先鋭化しているとも思う。それは目に見えるものだけに反応する・と同義で、目に見えないものは=存在しないもの、という非常に頭の悪い考えがベースになってる・と思う。

 最近、知らないヒトと話をするのが苦にならない。アウェイが好きになってきた。いつまでも何かに守ってもらってエラそうなこと言ってるだけじゃ話にならん。メディアにならなきゃ・自分が。そんな気がしている。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:15| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

カンケー者・みんな死んだらいいのに

 ぞろ目の11日。そのこと自体には意味はなかろうが、あまりにも「重い日」となってしまってるなあ。

 農業だけではなく、東北の漁業も潰すことになるTPP参加表明、敢えて11日に・なんて思ったわけではあるまい。わざとか? ひょっとして。

 経営は大企業・労働者は派遣の日本人かアジア人、そういうの、ダメよ。だめだと思うがなあ。

 慎重派・なんて言われ方、違うといわなきゃ。「反対派」でいいわけよ。ここでもメディアに勝手にネーミングだ。慎重派・なんてつけられた時点でもう負けてる。そこ「ちゃうしな」・と騒がないと・まず。


 なんて思ってたら、巨人の内紛。またやー。

 TPPから目を逸らさせる、下世話な話題。

 ニュースとして「等価」であるなら、下世話な方にヒトの関心は向く。こういうこと、多いと思いませんか?

 ナベツネが絡んでるわけで、もう「怪し過ぎる」。

 なんでもオノレらの思い通りにしたいっちゅうことよね・それって。そんなときの連携は見事である。

 しかし、こんなになしくずしに「国民の生活が第一」って言ってた民主党に政権が移動したあとの、押し返され方をなんと言ったらいいのか。

 深く絶望する。やるせない。

 しかし、まだ、終わってはいない。そんな気がしてる。

 

 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 20:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月08日

あの日あの時

 今日はかなり、秋らしいと思う。それでも平年よりは暖かいという。

 しかし、今年は厳冬ともいう。

 そんなわけで、衣替え。Tシャツ・半袖シャツを奥に、タートルやセーターなどを前の方に。

 毎回・忘れている。どんな服があったかってことをだ。おれも服は「アホほど」持っている方だが、季節が変わる際におよそ・一年前何を着ていたか・なんてことはまるで忘れていて、よくよく見て見ると、この微妙な時期用の服も「アホほど」あり、「な〜んや・キミおったかー・あ、キミもおったか、忘れててごめ〜んね」といちいち、得した気分になっている。今日も・なった。

 そんな俯瞰は大切ですね。たかが・服、なのだけど。しかし、何を身につけるかってまあまあ大きい。似合う似合わんは別として、「気に入るもの」を身につけることでなにかしらオノレが「補強」される・そんな気もするからだ。まあ・逆の場合もあって、「なんじゃ・それ」ってことがないわけじゃないけどね。

 まあ・持ってる服が、もうええ歳になると、そのヒトと言ってもいいわけよ。付き合うオトコやオンナによって微妙に服の趣味も変わる。影響されない・なんて思ってても変わってしまうのがまあ不思議。

 おれはまあその辺、確固たるものを持ってる「つもり」なのだが、外から見るとどうか?

 せっかく痩せたから、この秋冬、昔の「ヨージ」や「オムプリュス」も着てみよう・と思う。延々着れる服なれど、ほのかに漂う「アナクロ」感が結構良いのでは・などと思ってる。おれにしてはややフォーマルとは言え、一般的には充分・ちゃらい・というか、なんか方向がずれてると思うのだ。ずれ・がなかなか・かと思う。

 30年前にサウダージ・である。

 先日、FIVEの横の揚子江ラーメンへ行ったが、ほんとに久しぶりに行ったのだが、横がなんか広くなっていたが、ワンタンメンもヌキ・餃子も、フライネギも、そしておそらく値段も、ほとんど30年前と同じだった。あの薄味・値打ちあるねえ。そんな中、流れてるFMラジオからHALL&OATES・WAIT FOR ME が流れたりして、「ここはどこ・おれはだれ・今何時? 」と、時間空間がうにぃ〜っと歪む体験があった。HALL&OATESはその「X-STATIC」というアルバムだけが「ほんとにすばらしく」、おれにとっては NEIL YOUNG「LIVE RUST」やTELEVISION「MARQUEE MOON」やTALKING HEADS「FEAR OF MUSIC」やGRAHAM PARKER&THE RUMOUR「HEAT TREATMENT」などと共に、もっともターンテーブルに頻繁に乗る「レコード」だった。

 アルバムやアーティスト名をこの程度挙げるだけで、なんとなくおれは血の巡りが2倍ほどになりEDも直るんじゃないか・ほどに思えてくるが、そのエキサイトさせるような「未来」を導くことになる、これらのアルバムの持つエネルギーは、今のワカモノにはなんとなく無縁なのだろうな・と思ったりする。ここでも方向がコース180ほどずれている・そんな気がするからだ。エキサイトメントはきっとあるのよな・今も。ただ、なんというか、ルーツ・ミュージックからの「肝心なパート」の断絶みたいなもの・そこが最も大切で・かつ・危険であったりもするとこなのだか、そこはまあしたたかなコマーシャリズムと言うか、お金・によって背骨をこんにゃく製にさせられて、そこが見えなくなってる。そんな印象を持つ。おれの感想です。

 最近ふと思うのだけど、それは「聴いていたようにしか演れない」ということ。

 おれも、まあ言わば当時の音楽によって「人生狂わされた」人間なので、しかし、それは「うーん・もおっ」ではなく、そんなことがなけりゃ、なんと味気ない人生になったろう・など思い、そのあげくが「このザマ」であったとしても、それはそれで「受け入れる」しかなかろう・と思ってる。まあ「殉教者」みたいだな・と思う。当時のナイーヴさは、もう100%だったもんね。勉強なんてどーでもよかった。「お勉強ばっかりして、この可哀想なヤツめ・東大行きやがれ・ばーか」なんて思ってた。その「ばーか」は何百倍にもなって今・リターンしてくるのだが、そのばーかに頬を往復張られながらも、そこ・はなかなか譲れないとこである。IT'S REALLY「バカの極み」ね。だはは。

 おれもある意味「早熟ながら遅漏」であるから、「えっ・早熟で遅漏でEDってどんな状態やねん」みたいなことにもなろうかと思うが、それはおれだけしか知らんことでもあり、個人情報として見て見ぬ振りしていただきたいのだが、不思議なことに、いまだに技量が上がってきてるのである。そこが「早熟ながら遅漏」の面目躍如たるとこで、「ではEDはどーなってるの?」と、そこは訊かれたくなかったなー・と、ていうか、そこカンケーないとこよ・今。でね、そう、技量が上がってきてる・というのはあんまり若い頃には予想できなかった話なのだった。自意識の消滅度なんかともこれ・関連があるような気がするのだけど、とーかな・ないかな、しかし、一人でもやるようになってから、特にそんな傾向が見て取れる。「遅い」ってことはないんでしょうね、ほんとは。

 いくつになっても技量は伸びる。ギターはいつでもいつまでもやれるからね。どんどん習いにきなさいね。と、広告宣伝も挿入しつつ、なんかおもしろいねー・など思うわけ。

 特に若いギタリストたちと一緒にやってるのがいい。今のギタリスト・みんな上手い・というわけでもないが、おれの関わってるヤツらは上手い。ただ、その上手いやつらに「ん?」と思わせる何かがおれのギターにはあるみたいでそれってほれ、やっぱ「早熟ながら遅漏・そしてさらにEDを患う」というヒトの人生の一回性によるところが大きいはずだから、それがなんのカンケーがあるかと思うかもしれないが、あるのである。

 そんなこともやっぱ30年前のあの日々がベースになっているか・と思えば、余計に「揚子江ラーメン」は滋味に富む・というわけで、店を出た際に、透けたガラスから見えた・一風堂で麺をすすってるワカモノたちが全員「サル」に見えたほどだった。


 G.E.SMITHのG.にも、不用意にも痺れてしまったもんなあ。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:46| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

やや狂ってる

 うーん・休みのないまま日々は続く。

 意を決して、いつが次の休みやねん・と調べてみる。

 う・わ・っ・と事実を知り、目を閉じる。目を開け・そしてじっと手を見る。

 ザーヴィス残業のし過ぎである。誰へのサーヴィスなのだ。よーわからん。そこんとこ・あんまり追求しちゃいかんのよね。本能的にそれを悟り、また・じっと手を見る。

 啄木ごっこをしてる場合ではなくってね。

 いろんなストレスが溜まっているのはよくわかって、精神のエントロピーが高まっているのもよくわかっていて、しかし、ほんとにぶっちゃけるにはまだおれも少しばかりの「失うもの」も持っていて、それができないことで、逆説的に恩恵を受けている人間もいて、しかし、失うモノがなくなるのも、意外と近く、そうなったら、一度何もかも「初代パンク」としての破壊衝動に火をつけるつもり。

 壊さないことには生まれないこともあるのよ。そうする権利は行使することにためらいは・ない。あんまりナメとったらいかんのよ。

 
 日本だけではなく世界もこの一年で変容してしまったなあ・というのが実感を伴ってひしひしと・だ。なにかしらの転換が要るんだろうと思うよね。

 「欲」をそこそこに・というのがキーなのでは・とおれは思ってる。そして「持つ者」がとれだけオノレのリソースを「持たざる者」へ、シェアできるか・だと思ってる。

 持つというのはお金だけではない。が、しかし、お金そのもの・ってのは生々しいんだけど、形を変えて・なら、それも良し。でも、お金に限らない。何かが偏在するなら(当たり前にするんだけど)それを「均す方向」へ・ってことだ。

 「所有」という考えもまた緩めた方がいいと思う。「お金・資産・オンナ・こども」そんな対象への所有感への戒め。

 まあ・なかなか無理だろうけど。

 しかし、性欲や所有欲を「愛」として表現するのもヤメたいなあ・と思う。そういうものからはかなり自由になってきている。「個」が繋がりを持てない・ってのが、しばらく前はアメリカで、そして今では日本でも、そんな「病理」が蔓延しているが、繋がりなんてそう簡単にはできない。時間がかかる。そして、それが望まない繋がり・ということさえある。それでも繋がりは繋がりではある。

 スタートレック世界では可変種の「偉大なる繋がり」やボーグのマトリックスとして描かれるが、それは一瞬で思考や感情を共有できるのだが、それを心地よいと感じるか、「う〜ん・もうっ」と思うかはそれぞれだ。逆に「孤独」を愛するバルカンという種族も「古くから」いる。

 ネット社会の弊害は悪い事もまた一気に蔓延するところで、むしろ悪い事の方が広まりやすい・ことだろう。そのハードのレヴェルにユーザーのレヴェルが達していないことの証明なのだが、その「差」は広がる一方だろうと思う。あと15年ほどで3人に2人が「水」に苦しむという予想がある。当然食糧にも同じ事が言えようか・と思う。大丈夫か? 地球!! 現在70億人。一日あたり20万人増える人口である。

 なんだか息が詰まりそうだ。

 芝生か草むらでもいいのだが、寝っ転びたい。青空に4割ほどの雲があれば尚よろしい。小さく狂ってる自分を感じる。まあフツーか・それって、今じゃ。



 そんなことすんな・って。

 
 

 
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2011年11月05日

逃げたいのだ

 しかしそのう・今は普通に景気がいいなんてことはないのだなあ、常にバブルを包含している・ってことなのだ。

 ギリシアは既にアウトで次はイタリア。その次がスペイン、そしてその後はフランス。そこまで行けばEUの夢は土台から崩壊だ。

 バブルかデフォルトか。しかし、いずれバブルは弾ける。

 新興国と言われる国々にも既にかげりが見えていて、その方がいいし・とおれは思ってるが、もう淡い期待はいらんよ・いらんからね・と言っておきたい。

 韓国と日本のみっともなさは近視眼的に・極東を見てみた時に、アメリカの植民地化レースってことね。どちらが「良き植民地」となるか競争。あああ・さぶすぎだ。

 ケータイという名のパソコンだけを残して、ヒトは孤立化することになろうと思うが、スティーヴ・ジョブズにはその後の展望ってあったのだろうか。良くも悪くも「アメリカン」だと今思う。「個人」という概念がそんな不毛な立ち上がり方というかとり残され方・になってしまうなんて皮肉だ。

 「個人の自由」なんて言葉・よく考えてみるなら、「オノレの勝手」意外の意味で使った事ってあんましないなあ・ってのが感想だと思うが、その「放っといてよ」が自由であるとするなら、そこにはいつだって親とか教師とか上司とかの・つまり組織からの束縛のようなものがあった気がする。そんなことが消え失せた現在、「個人の自由」は宙に浮いちゃってる。

 宙に浮いてかれこれ1or2decades。

 宙に浮いたそれは、偏西風に流され・・・・・、季節風に翻弄され・・・・・台風に蹂躙され・・・・・、もうわけがわかんなくなって今に至る。

 
 これまで普通にあったものがどんどん消えていく・そんな世である。SPELLのひとつもかけたくもなる。それは、「誰のせい」ってのが特定しづらい世だからでもある。怒りは内向し、「内ゲバ」へ。しかし、もうそんなことにも倦んでいる。

 
 さて、またまた休めない日々の真っただ中にいるが、思う事は「逃避」。

 秋晴れの清々しい日に明日香へ・と気持ちは「逃げる」。世の方々はどう考えているかしらないが、飛鳥が都だった頃は「日本」はまだ存在しない。正確に言うなら、飛鳥から平城京へ・新都へ・という動機を持った頃に「日本」という国名が生まれた。「日ノ本」ね。

 「日出ずる処」という中華の世界観の末席から、別宇宙の中の中心へ・といった変容なのだけど、同時にその頃に「大王」から「天皇」への移行もあったはずである。蘇我から藤原へというのはそれに先立つ事半世紀前のこと。

 明日香(東(やまとの)明日香ね)に行って思う事は、ここはどう考えても「蘇我」の地だなあ・ということだ。そしてもう一人あげるとするなら、皇極(斉明)女帝。

 皇極は蘇我の味方なのか敵だったのか、今もって意見の分かれるところだが、それは「紀」をどれくらい素直に読むかどうかってことにかかってくるが、どっちであってもそれなりにおもしろいストーリーとなる。

 これからおっさんガールズがもう来るから、また今度・だけど、なにかしら明日香の地で風に吹かれてぼーっとしていると古代の人々の「言葉」が甦って聞こえてくるかのような「錯覚」に陥るのね。そんな「逃避行動」にはやく出たいわけよ。いや・まぢで。

 

 
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2011年11月04日

なんだそれは?

 世間には、本日休暇とって「四連休」なんて不届き者もいるみたいだが、おれはずっと仕事である。ま・いいけどね〜。

 そういうことにはなぜか「くそ〜」とはならない。時間が有限ってことが身に沁みてきたからだろう・と思ってる。

 何かしら社会と関わりを持って、さらに貢献できることなんてオノレの仕事の他には「さほどない」なんてこともわかってきたからだろう。

 まあ・その他の事を腰据えてやろうとするならそうもいかんが。

 そんな値打ちのあることを持つ人間もそういない・そんな気がする。オノレの仕事以上の「社会貢献」という意味に於いてはだ。

 TPP反対の署名が1000万を超えた。衆参両院の反対署名も過半数を超えた。なのになぜ、TPPへと強引に舵を切ろうとしているのか?

 TPP自体、アメリカの対中国戦略でもある。経済の問題に留まるだけじゃない。アメリカによるASEANプラス3(中・韓・日)の分断である。韓国はFTAで引き込まれ、そして日本がTPPのテーブルに付くとなると、これで中国の孤立化が明白になる。

 良くも悪くも、二つの・現在未来の超大国のどちらのヘゲモニーの下に入るか・という選択の意味もある。

 どちらも気が進まん・という気もする。「鎖国」も良いのでは・とおれは思ってる。鎖国という言葉が「アナクロ」であるなら、「保護主義」「保護貿易」ではどうだろう。

 「自由」という言葉におれたちはちーと踊らされ過ぎた。

 グローバルという言葉自体のうさんくささ・ももう一度相対化して考えるべきだ。「ワールドミュージック」という言葉はF○CKだが、その言葉の裏側にちゃんと存在した、各地の「ローカル音楽」・そのすばらしさを知る身としては、表面がグローバリズムに覆われたとしても、その功罪を全世界の人々が知る事により、深いところでの「変化なし」への希望が担保されればよい・と望む。

 「自由」は「むちゃな金儲け」とあまりにも結びつき過ぎた。

 自由は、不自由からの自由・であるべきだった。今は自由が一回りしてかなり不自由になってしまってる。

 福島原発2号機、やばいと思ってる。そしてその発表のされ方・説明のされ方がまたまた以前の感じに戻ってる。東京電力のペースに戻っている。のど元過ぎれば・な日本人には、原発事故の収束・ほんとに向いていない。じゃあ・原発自体も「向いていない」。これから何十年という時間への忍耐が、すごく短いサイクルにならされてしまったおれたちのマインドと遠くに離れてる・ということだ。どうすんの? 政治家もはやくポストを離れたい・そんなのがホンネだろうと思う。そして誰一人責任をとる事はないだろう。では・どーすんの?

 G20で「マニフェスト」にはなかった10%への消費税増税を発表すると言う。なんだ・それは?

 この世は「ギャグ」化していき、そしてやっぱり戦争が待っている。戦争するなら・革命やろ・その前に、なんてことも言ってみたい気がする。無責任発言。


 she never spoke SPANISH to me.

 
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2011年11月02日

縫う

 昨夜、裁縫をしていた。

 元々が破れ・のジーンズがあり、3ヶ所ほどそれぞれの破れ方の破れがあるのだが、右膝のところが横にビリッと破れていて、そこは元々「杜撰」に茶色の糸で縫ってあっただけなのだが、洗ってるうちにその杜撰な糸が崩壊していた。その程度の杜撰であるなら「おれの杜撰」で「置き換え可能」であるはずで、そんなことを思い、100均で購入した裁縫セットから針と糸を取り出す。

 ファンキーな老眼鏡を使い針に糸を通す。糸二重にして玉結び後縫い出すが、そこはほら杜撰が良いのでちゃっちゃっちゃっ・である。三度ほど念入りに玉止めをして、完成。

 縫い物・そんなにすることないでしょ。おれも久しぶり。そのジーンズの他の破れをZIZZ店長から端切れを貰って改良して以来だった。その出来映えは「超・荒井注」ではあるが、和柄のイムパクト故、おそらく他人は気づかないように思える。まー・そのう、カスタマイズではある。

 ちょっと痩せてしまったので、パンツがどれも大き過ぎて困るわけで、もう絶対に入る事もあるまいと思っていたかつてのパンツが入ってびっくりなのであるが、せっかく入るのであるなら履いてみようと思っている。ちょっとスタイルが旧いというのもあるのだが、これだけファッションにおいても時間軸がうにぃ〜・ってなってることを考えるとなんだかブラン・ニューなことにもなるかもしらん。そこはほれコーディネイトの妙やん。

 
 さて、またまたTPPである。

 昨日・話のついでに女子中三のひとりが「もうアメリカと一体化してしまえばいいねん」なる暴論を吐いていたが、それは対中国のことに関して僅かな知識(tvから)とムードから彼女なりに少し考えたあげくの不用意な発言と思えるのだが、「中国の毒餃子」と「アメリカの毒野菜」とは同類なんだけども、そこがなんだかよくわかっていない。これだけアタマ悪い「親米右翼女子」を作った上に、名実共に植民地化しちゃったあげくはやはり、「そのルサンチマンの矛先」は中国への戦争しかなかろう・とはおれの予想だが、そこでわけのわからんつっかかりかたしたなら、もうこの国には「未来」はなくなる。「分割統治」みたいなことになり「日本国籍」を持つ者は「二級市民」なんてことになるのだろう。

 何かしら、「いらだっている」。今はオトナの理不尽に説得力がまったくなく、それはアホなくせにコドモ作った人々の洞察力のなさが原因だが、しかし、未来を予測する視点を持たないヒトをアホというのだから、何が悪かったのかよくわからなくなる。だからか、コドモたちはそのオトナの理不尽ではなくオトナの過ちに寛大ではなくなる。向こうがちゃんとしたルールでやってこない以上、それにこちらが応える義務も必然もない・そんな態度である。消費者マインドに全身覆われるとかようなるコドモが出来上がる。まあ、「消費者マインド」の親の醸し出す「受験へのプレッシャー」への抵抗とそれからの逃避・そんな側面もあるこたある。

 ただ「人間誰でも間違いあるやん」なんてのが通用しない。今んとこ彼・彼女らには「失うモノはない」のでさらに強気である。ただ、ある種の絶望感みたいなものはおれとも共有している気がする。「日本」とかが終わってしまってもいいと彼女らは苛立ったあげく、よく口にするが、それは、おれはそうは望まないが、望まなくともそうなるな・という点で、ある種、国の未来像がカブる。

 その終わる課程が「キミらがムードで嫌っている中国への宣戦布告」なんだけどなあ・なんてことまではまだ繋がらないみたい。

 食糧の自給なんてことからますます距離を置く事になるTPPだが、それに劣らず、日本がアメリカの「二級州」になることを合理化する・そんなことだから、もっとみんなアセるベキだと思うが・どうか?

 そこんとこ・なにも考えず、なんか「いい思い」できるビジネスチャンスが・・なんて思ってるのなら、それは非常にアタマユル・である。食糧を失い・仕事を失い・プライドを失い・文化を失い・伝統も失う。TPPが導く先はまさに「そんなこと」である。

 そして、「そうなったら」間違いなく「戦争」が待っている。というか「戦争」しかない。それもこちらから「仕掛ける」戦争である。大義はない。先の戦争と同じく・だ。だから今は「戦前」。周囲の態度も共通である。こちらが、堪えきれなくなって暴走するのを「待ってる」。

 アメリカの戦争・イラクやアフガンには武力だったが、日本へはTPPがクラスター爆弾の代わりである。

 「保守」の意義・ってあるよね。しかし「真の保守」は「茶会」とは異なる。まあ茶会はうちのバカ中学生とかの方に共通点がある。しかし、難しいのは「保守のマナー」かもしれない。保守と自由と平等のブレンドが重要でそれには「柔軟性」が不可欠。アタマのカタい二元論者には到底無理で、それは答えのある勉強ばっかりやってきた現代の秀才にはおよそ・「解けない」問いかもしれない。裁縫も出来ないかも知らんが。

 TPPは「絶対ダメ」、いや・まぢで。

 
 SONHO MEU もなくなる。夢もチボーもない時代ってやーね。


posted by 浪速のCAETANO at 14:57| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする