2011年11月08日

あの日あの時

 今日はかなり、秋らしいと思う。それでも平年よりは暖かいという。

 しかし、今年は厳冬ともいう。

 そんなわけで、衣替え。Tシャツ・半袖シャツを奥に、タートルやセーターなどを前の方に。

 毎回・忘れている。どんな服があったかってことをだ。おれも服は「アホほど」持っている方だが、季節が変わる際におよそ・一年前何を着ていたか・なんてことはまるで忘れていて、よくよく見て見ると、この微妙な時期用の服も「アホほど」あり、「な〜んや・キミおったかー・あ、キミもおったか、忘れててごめ〜んね」といちいち、得した気分になっている。今日も・なった。

 そんな俯瞰は大切ですね。たかが・服、なのだけど。しかし、何を身につけるかってまあまあ大きい。似合う似合わんは別として、「気に入るもの」を身につけることでなにかしらオノレが「補強」される・そんな気もするからだ。まあ・逆の場合もあって、「なんじゃ・それ」ってことがないわけじゃないけどね。

 まあ・持ってる服が、もうええ歳になると、そのヒトと言ってもいいわけよ。付き合うオトコやオンナによって微妙に服の趣味も変わる。影響されない・なんて思ってても変わってしまうのがまあ不思議。

 おれはまあその辺、確固たるものを持ってる「つもり」なのだが、外から見るとどうか?

 せっかく痩せたから、この秋冬、昔の「ヨージ」や「オムプリュス」も着てみよう・と思う。延々着れる服なれど、ほのかに漂う「アナクロ」感が結構良いのでは・などと思ってる。おれにしてはややフォーマルとは言え、一般的には充分・ちゃらい・というか、なんか方向がずれてると思うのだ。ずれ・がなかなか・かと思う。

 30年前にサウダージ・である。

 先日、FIVEの横の揚子江ラーメンへ行ったが、ほんとに久しぶりに行ったのだが、横がなんか広くなっていたが、ワンタンメンもヌキ・餃子も、フライネギも、そしておそらく値段も、ほとんど30年前と同じだった。あの薄味・値打ちあるねえ。そんな中、流れてるFMラジオからHALL&OATES・WAIT FOR ME が流れたりして、「ここはどこ・おれはだれ・今何時? 」と、時間空間がうにぃ〜っと歪む体験があった。HALL&OATESはその「X-STATIC」というアルバムだけが「ほんとにすばらしく」、おれにとっては NEIL YOUNG「LIVE RUST」やTELEVISION「MARQUEE MOON」やTALKING HEADS「FEAR OF MUSIC」やGRAHAM PARKER&THE RUMOUR「HEAT TREATMENT」などと共に、もっともターンテーブルに頻繁に乗る「レコード」だった。

 アルバムやアーティスト名をこの程度挙げるだけで、なんとなくおれは血の巡りが2倍ほどになりEDも直るんじゃないか・ほどに思えてくるが、そのエキサイトさせるような「未来」を導くことになる、これらのアルバムの持つエネルギーは、今のワカモノにはなんとなく無縁なのだろうな・と思ったりする。ここでも方向がコース180ほどずれている・そんな気がするからだ。エキサイトメントはきっとあるのよな・今も。ただ、なんというか、ルーツ・ミュージックからの「肝心なパート」の断絶みたいなもの・そこが最も大切で・かつ・危険であったりもするとこなのだか、そこはまあしたたかなコマーシャリズムと言うか、お金・によって背骨をこんにゃく製にさせられて、そこが見えなくなってる。そんな印象を持つ。おれの感想です。

 最近ふと思うのだけど、それは「聴いていたようにしか演れない」ということ。

 おれも、まあ言わば当時の音楽によって「人生狂わされた」人間なので、しかし、それは「うーん・もおっ」ではなく、そんなことがなけりゃ、なんと味気ない人生になったろう・など思い、そのあげくが「このザマ」であったとしても、それはそれで「受け入れる」しかなかろう・と思ってる。まあ「殉教者」みたいだな・と思う。当時のナイーヴさは、もう100%だったもんね。勉強なんてどーでもよかった。「お勉強ばっかりして、この可哀想なヤツめ・東大行きやがれ・ばーか」なんて思ってた。その「ばーか」は何百倍にもなって今・リターンしてくるのだが、そのばーかに頬を往復張られながらも、そこ・はなかなか譲れないとこである。IT'S REALLY「バカの極み」ね。だはは。

 おれもある意味「早熟ながら遅漏」であるから、「えっ・早熟で遅漏でEDってどんな状態やねん」みたいなことにもなろうかと思うが、それはおれだけしか知らんことでもあり、個人情報として見て見ぬ振りしていただきたいのだが、不思議なことに、いまだに技量が上がってきてるのである。そこが「早熟ながら遅漏」の面目躍如たるとこで、「ではEDはどーなってるの?」と、そこは訊かれたくなかったなー・と、ていうか、そこカンケーないとこよ・今。でね、そう、技量が上がってきてる・というのはあんまり若い頃には予想できなかった話なのだった。自意識の消滅度なんかともこれ・関連があるような気がするのだけど、とーかな・ないかな、しかし、一人でもやるようになってから、特にそんな傾向が見て取れる。「遅い」ってことはないんでしょうね、ほんとは。

 いくつになっても技量は伸びる。ギターはいつでもいつまでもやれるからね。どんどん習いにきなさいね。と、広告宣伝も挿入しつつ、なんかおもしろいねー・など思うわけ。

 特に若いギタリストたちと一緒にやってるのがいい。今のギタリスト・みんな上手い・というわけでもないが、おれの関わってるヤツらは上手い。ただ、その上手いやつらに「ん?」と思わせる何かがおれのギターにはあるみたいでそれってほれ、やっぱ「早熟ながら遅漏・そしてさらにEDを患う」というヒトの人生の一回性によるところが大きいはずだから、それがなんのカンケーがあるかと思うかもしれないが、あるのである。

 そんなこともやっぱ30年前のあの日々がベースになっているか・と思えば、余計に「揚子江ラーメン」は滋味に富む・というわけで、店を出た際に、透けたガラスから見えた・一風堂で麺をすすってるワカモノたちが全員「サル」に見えたほどだった。


 G.E.SMITHのG.にも、不用意にも痺れてしまったもんなあ。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:46| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする