2011年12月30日

年末4

 今・国語のテスト中。村上春樹がテキストである。

 昨日で外仕事が終わったのでかなり「ユルんで」しまった。起きたら午後一時だった。あぶないあぶない。

 年末はさすがにいろんな訪問があり、いろんな再会がある。

 曾根崎時代にくらべるとこじんまりした感は否めないが、こちらも投網でごっそりいただく・みたいな人生ではなくなってきてるからそんなんで十分。

 さて、明日は恒例の年越しライヴですが、お酒飲みつつ、ユルい盛り上がりで、この悲惨だった2011を、それでも懐かしさと慈悲と愛情を持ちつつ見送りたい・と思ってます。

 おれたちはほんとにバカで無力だけれど、それでも、周りのチカラになったりなられたり、あるときは中心にあるときはマージナルな場に於いて、関係をつなぎ、なんとかやっていくしかないわけです。

 おれも「雑巾がけ」が最近は厭じゃない。チカラ抜けてくるのはいいことね。

 社会も自分もいろいろあった2011年。それは将来へのフェイズ変換の年となったわけですが、とにかく、それでも対処しながら生きていかねばならない。そんな「苦労」をともにしていくことにやぶさかではない・そんな気持ちでこの年末を過ごしているなあ。

 苦労・その言葉がこれから似合う社会になっていくはずです。戦前・戦中・戦後すぐ、そんな時代の先輩たちの「ご苦労」、そんなものと比較してもしょうがないのだが、おれたちなりの苦労はある・と思うし、それは寄り添い・その少し上をクリアすべき状況として目の前に存在する。

 大変な時代へと逆戻りしたこの2011ですが、この年に亡くなった方へは追悼を、この年に関わった方へは「AMOR」を。

 TODO O MUNDOも大変お世話になりました。「TODO O MUNDO」という名前もまた記憶の隅っこに留めておいてくださいね。

 20世紀名曲 7

 

 
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2011年12月29日

年末3 2011

 年末がどうこうより、はよ休みたい〜・となる時期なのだった。

 みなさん、どんどんVACATION MODEだから? うーん・どうだろう。それもあるが、単純に、ややお疲れ・な感じです。

 まあ毎年、きわきわまで仕事があるのって、この年末だけは「なんかちょっとな」と思う。他の時期なら「なんともない」のだけど。

 残り時間・なんて意識してしまう。これは死ぬことへのシミュレーションのようなものかも知らんですね・とも考える。おそらく、現場に於いても、この年末チックな状況なのだと思う。常に「遣り残し」ってありそうである。

 今年の10大ニュースのようなもの、この時期、そんなのだらけだけども、今現在の危機とは、年が変わったごときことでは「ユルしてくれない」ものばかり。年明けはほんの「気休め」であって、YEARのくくりよりもこのDECADEのくくりの方がリアリティとなる。

 この10年代・って「岐路」だもんね。いい事も悪い事も(悪い事が多いが)、隠れてあるいは隠されていたことが姿を現してきた。

 原発の収束は。
 また地震は起こる?
 資本主義はどうなるの。
 世界のヘゲモニーは。やっぱ・そっち?
 国家って実質なくなる?
 ヒトはなんだかより変な者になる ?
 革命は起こらない?
 やっぱ・戦争になる?

 およそ・以上のことがらが「はっきり見えてくる」のがこの10年代だろうと、思えます。

 そんな中でも、「OCCUPY WALL STREET」で見えてきたもの・これはなんだか「明日への希望」って感じがしたのね。唯一・闇の中の薄明かり・そう思えた。

 そんな中でも、いくつか気になった事があった。

 それは「CAPITALISM(資本主義)打倒」であるとか「REVOLUTION(革命だ!!!)」「TAX the RICH(金持ちに課税せよ)」なんて言葉が手作りのプラカードにえらいたくさん書かれていた事だった。新自由主義のメッカ・WALL STREETにおいてである。「オレらは労働者階級である」「次はゼネストだ!!!」「まず食い物だ。そしてカクメイだ!!!」や「民衆にチカラを!!!」といった嬉しいものもある。

 日本のメディアがそれをあまり・というか、ほとんど「無視」したのもわかる気がするよ。日本語で「資本主義打倒」とか「革命やー」なんて、言う余地がないと言うか、「め●ら」とか「ち●ば」とか「つ●ぼ」とかと同類の言葉になっちゃってるでしょう。酒場で・というか普通の居酒屋でそんなこと・大声で今話せないよね。ゴールデン街とかならともかくね。それらは日本という社会からは「排除」されてしまった、そんな言葉であると思う。その言葉を言うだけで、「危険」とおもわれかねない・そんな空気さえ存在すると思う。

 世界のいわゆる「民主化」のための「直接行動」からはもっとも遠い国・それがニッポンなのだなあ・と思う。もちろん東北の農業者・漁業者や脱原発のデモはあった。ただ、メディアはその「反対デモ」の「総量」が決して臨界を超えない、そんな周到な配慮をもって、それはあくまで「一部の人々の」行動であるかのような報道に終始した。「OWS」の値打ちを下げるような発言も中立を装った態度でさりげなく述べられた。

 国難が起こったとしても、被害者を決して助けない。そしてその処理の費用も、みなさんのお人好しにつけこんで、「みなさんで薄く広く」なんてことになってしまいつつある。「TAX THE RICH」と言う事が、なにか蔑みの視線を浴びてしまうかのような「空気」をメディアは見事に作り出し、コドモたちを官僚の息子のアイドルの虜にして、なにかを感じたとしても、その怒りのようなものが体制に向かわないようなシステムを作り出してる。や〜ね〜。

 悪くしたら「戦争?」なんて危惧する理由が、そんなとこにあると思う。人々が怒れば怒るほど、その怒りはまず「身近」に向けられ、けっしてほんとのターゲットには向かわない。そしてほんとのターゲットに向かいそうになると、その矛先は「近隣諸国」へとずらされる。たとえば、コドモたちには「嵐」の背後にメディアが財界が官僚がいる・なんてことに決して気づく機会がないからよ。SKG会的洗脳じゃないの? もっと適切な「他の会」もありそうだが。

 そんなことがこの10年代に「あからさま」になってくると思っている。悪い方に出たら、もうこんなとこで生きるのは厭だと断言できそう。

 なんかこんなのが21世紀なんだなあ・と過去に向かって遠い目をしたりしてみたりして。


 20世紀名曲6。「唇に涎」

 
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2011年12月28日

年末2 2011

 冬期講習の初日に、やつらのカップ麺用のお湯で右手の人差し指を火傷してしまった。

 ぷっくうっ・と腫れてしまって、水がたまっている。

 で、女医に会いにいく。

 「今度はどうしました〜?」

 その病院は「ホステス・システム」である。担当医を指名できる。前はたまたま偶然だったのだが、今回はもちろん指名する。

 「うわー・微妙やなあ」

 と言いながら、水を抜いてステロイドを塗ってくれる。

 「今日で終わりなんですよね〜」

 実家行ったりして、大阪を離れることを言うと、

 「そっかー、じゃあ今年の分ーと・来年の分とー、2種類違う軟膏処方しときますね。温泉とか行きます?」

 「うーん・キミと行きたい(おれのこゝろの声)」

 「いや行きませんよ」

 「それと、こないだのネコちゃんの時と同じ抗生物質もね・三日分」

 「どんな色になったら皮膚アウトなの?」

 「ちょっと待ってくださいね」と医学書を取りにいってくれる。

 「こんな色かなあ・あんまりいいサンプルがなくてごめんなさいねー」

 「こっちにはいつ戻ります?」

 「五日かなぁ」

 「その時まだ直ってなかったらまた来てください」

 もういちいち女医の言葉が「琴線」に触れるもので、もう、ずっと直さずに感染症にでもなっちゃおうか・など思ってしまう。

 まあ・そんなバカな事も考えつつ、帰ってきたのだが、火傷して「良かった」なんてのは初めて・だった。

 
 昨夜はおれが初めて一緒にやったギタリストが来阪して店を訪れてくれた。35年ぶりの再会で、なんと言っていいのかよくわからない。懐かしい・のだが、それだけじゃなく、まあ何者でもなかった時代に一瞬でも深い付き合いをした人間とその環境というのは、ヒトはやっぱり「大切に仕舞っているのだな」ってことね。しかし、彼の好きな音楽というのは、おれとも被りつつも異なり、そんなこともよくわかってなかったな・とも思った。

 まあその間、少し話してわかった事だが、お互い色々あり、ヒトの成長って確実にあるね・ってことでもある。でもやっぱね、そうなるためには「少しは・闘っとかんとあかんみたい」よ。挫折がヒトのいいアジ・醸し出す・ってことよ。


 20世紀名曲6:チャンピォンノヴダワールド。

 

 
 
 
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2011年12月27日

年末1

 おそらく、来年の今頃はまったく異なる精神状態で年末を迎えている事と思う。「下り坂 両手離しで 激走中」やもしれぬ。

 いろんなものが終わっていく中、何かが始まらなければそれは「正しい新陳代謝」とは言えない。新陳代謝が滞ってしまえば生物でも社会でも、それはもう「ご臨終」である。

 未来というものに「明るさ」のニュアンスがほとんどなくなった後での「未来的」にももう意味はないのかもしれないが、しかし、まだ順列組み合わせ・は残っている。その順列組み合わせ・を試しきりたい。勘違いでもいいのだ。およそ、すべてのことがすでに「勘違い」ぢゃん。

 未来・というのは、ここからは「ザ レーベル ラフレシア」のコンセプトでもあるのだけど、「なんかちょっとした行き違いで実現しなかった過去」のことである・とおれは思っていて、そういう「なんかちょっとした行き違いで実現しなかった過去」というのは進化の過程で消えていった多くの霊長類の枝ほどもあると思ってる。しかし、それは絶えてしまったということではなく、「冷凍保存」されていて、さらに時間軸が歪んで捻れてひっくりかえっちゃった、もう時代とも言えないそんな時間の流れの中で「解凍」してみることもまあ面白いのではないか。無限のネタの宝庫。

 いろんなことがコドモの視点で「新しい」なんてことになっちゃってるが、それも変な話で、そんななぁんにもしらんチビたちに決定されることもないのよね。楽しみの種類も深さもなんかかなり違うのだ。

 こんだけ「個化」されてしまうと、みなさん「共通項」を発見すると「おうおう」なのだけど、そんな世代内部のちっちゃな連帯もあんまりおれは好きじゃない。それはどんなに流行っていても自分が興味のないものには背を向けてきたからなのだと思う。決してメインストリームには近づかなかった人間なので、そこんとこビミョーに話・合わないこと多し・で、どちらかというと、異世代の人間と話してる方が楽だったりする。まあ、世代を必要以上に根拠として強調される事・にはなんか閉口するが。クラスにもいろんなやつしいたしね。

 おれは年末が好きなのかもしれない。いや・年末が楽なのかもしれない。昔からそうだったような気がする。特にクリスマス後の一週間。中学生の頃、バカだから、「持ってるレコードを全部聴く」なんてことを自分に課したことがあって、昼も夜も大音量で聴いてて親父に切れられた事があった。「年の終わり」は時間の切れ目・という意識の成せる業・かと思う。うーん・東洋人。

 年明けて・まっさらの・・・・というより、今年はもう大勢決まってるから何しても・・・なんて意識があったのだろう。思えば幸せなことだ。今はまあ冬期講習でダーっと流れていくだけだが、年の瀬に借金精算のように曲を書く事もある /あった。

 冷蔵庫の残り物でメシ作るみたいなもんかな・と思う。意外にいろんなもんが残ってて、得した気分になったりする。それが正月前の一週間なのだ。


 20世紀名曲5、ゾンビたち

 

 
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2011年12月26日

残り一週間の始まり

 今年はクリスマス後の一週間が、ほんとにカレンダー通りの一週間なのであって、なんとなくわかりやすい。なんやそれは・とも思うが、「底」の年にふさわしい・そんな気がする。底・の年の最後の月火水木金土。

 ほんとに「底」だった・と思う。この数年、底・底・と言ってきたが、まだその後があった。それは、おそらく、過去にまだ未練のようなものを持っていたからなのだろう・と思う。自分の事だけじゃないですよ。周り・そしてもう少し大きい社会の事に関しても。

 2012というのは、最悪度で言うなら「事が起こった」翌年としては「もっと最悪」であろうと思われるが「覚悟」をした身には、堪える事が出来るのではないか。「予測」と「覚悟」。

 今年は「予想できる最悪」を超える最悪だったのだと思う。それは、オノレの数十年の、特に戦争も未体験のバカの想像力ごときでは追いつけそうで決して追いつけない・そんな種類の最悪。

 「破局」というのは、こんな要素がオールスターで出現するのだな・という感じ。でも、やっぱりみなさん「びっくりした」はずなのだ。
そして、「それ」が今来た・ということにも「わかっちゃいる」けど、準備できてなかった。経済と資本主義の「もうあかん」てのはあったと思う。プラス天災と人災の「突然性」は、またそんな今でなくても・って思うよね。そんなことが、おれたちの「傲慢」てことなのだけど。しかし、その反省をし続けているヒト・忘れちゃったヒトに二極化している。

 忘れる事って、ちょっとの間・ヒトを元気にはするだろうが、根本的なところの解決がない中では「空元気」に終わる。忘れる・は思考停止・と言ってもいいが、思考停止しないと、目の前の事に対処できないのではないか・というのもあるのだろう。なんだかそんな不憫さを感じる。特に関西では。

 なぜ、「今年に関しては」サヴァイヴァルできたのか・ってことを「幸運にも」災害に遭わなかったおれたち、もすこし考えないといかんのじゃないの。震災の後、9月3日の台風来たでしょ。あのときに、大好きな熊野がえらいことになった。地面は揺れず、原発もない熊野だけども、川が溢れ、地面は崩壊した。そこでもまたヒトは死ぬことになる。あの那智(だったっけ)の町長・立派だったよね。そんなわかりやすい災害だけでなく、ほぼ毎日ヒトは交通事故や突然の病気や自殺や他殺で命を落とす。

 今・生かされている・でもいいし、結局今んとこ・生きてる、その意味を考えざるを得ない。「選ばれた人間」というより「たまたま選ばれた」しかし、どうして、みたいな事を考えてしまうよね。

 さて、個人的にも最後の一週間は「働き」week。

 今、うちのキュート・ガールズたちは昼メシであった。今日はおれのおごりでカップ麺。お菓子はあるわ。お茶は出るわ。メシも配給のへんな塾よな。

 最終回はピザでも焼いたろか・と思っている。デロンギ戻ってきたし。ヒトを甘やかす天才だった。でも殺伐は厭だからね。こんぐらいでちょうどいいかもしらん。



20世紀名曲4。毎日が日曜日じゃなく、ヴァレンタイン・デー。

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2011年12月23日

寒くなってきた

 この週末、寒そう。

 寒いNATALは、しかし、良い。寒い正月も・また良い。

 空気がきーん・と冷えて、吐く息が白く顔の毛穴がきゅっと締まる感じ・悪くない。

 そんな時、おこた・っていいなあ・と思う。週末は「忘年会的」なことの連打だが、そんな時おこた・っていいなあ。

 おこたおこたおこた・と念じてみる。

 あ・店にあった。忘れてた。ばかでした。冬はおこた・がウリだった。

 明日のすき焼き会・ヒト少なかったら@おこたはどうだ。翌日の「かに会」も同様に。

 今・オトナのすき焼きの出汁を仕込んでいる。おれはすき焼きよりも翌日のカニ会に期待・なのだが、オトナのすき焼きなら、妙齢の女子にも作ってあげてもいい。出汁は「秘伝」なので・一応ね。コドモにはわかんないというか物足りないと言うか、おそらくは。

 寒いNATAL、は今年に「合ってる」と思う。厳しい現実は忘れちゃいかんからね。



 20世紀名曲3、歌詞はイタいけど。
 


 
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2011年12月22日

24日はね

 もうすぐNATAL(X'mas)ですが、TODO O MUNDOでは曾根崎時代からの伝統・「わしらはキリスト教徒ちゃうやん。なんでクリスマスやねん。しかし、今や混沌の世界情勢の中、クリスマスは宗教を超え、「世界の祝日」の意味を持っている。したがって、すき焼きでも喰おう」

 と、その「したがって」以降の論理の飛躍に於ける部分がほとんど無根拠なのですが、アホな慣習も反復する事により、何かしら意味を持ち定着し、誰かかしこいヤツが後付けの理屈を考えてくれる。いや・きっとそうだ・といった楽観が支配し、今に至るわけ。

 そんなわけで、早めに来れたヒトには「オトナのすき焼き」も用意されています。これは「出汁」がなくなったら終わりだからさ。

 まあ今年・とんでもない一年だったけれども、このクリスマス近辺・そしてその後のラスト一週間ぐらいはむずかしいこと言わず、笑って飲んだり喰ったりできれば、と思います。ややこしいことは、逃げずにほら・そこにじーっと待ってるからさ。

 まあ・夏の盛りと年末年始はもうアタマ廻らない。自分は「講習」に追われているから、余計にアタマ廻らない。まあ廻らないと言い切ってしまうには・どーか・とも思うけど。

 まあ今年のうちに飲みたいもの飲んで・喰いたいもの喰って・やりたいこと(あんまりないが)やって、言いたい事(これはいっぱいある)言って、おれにとってだけではなく、みなさんにとっても最悪な一年を終えたいと思います。もう2011という年は忘れられないし、忘れる事も出来ないし、許されない・そういう時間帯でしたから、そして、そこをこれから常にアタマの中のコアなパートに「置いて」生きていかなきゃならんわけだから、それぞれの中で覚悟が要るということなのだよね。

 周りを眺めてみた時、確実に、「フリー」で生きている人々の「生活」が苦しくなっていってる。なんとかならないものか。

 これから、その傾向はもっとひどくなる予感がある。予感というより、もう「決定事項」なのかもしれない。確実に一線が引かれたかのようなそんな意識が蔓延していると思うのだが、しかし、まだリソースは残っている。おそらく。それは故なく「貶められた」人々の中に「存在」する・と思っている。おれも、敢えて堕ちてやろう・と思い過ぎたフシもある。妙なシムパシーに絡めとられたバカだった。まあ昔からそうなんだけど。でも、もうそんなことも言ってられない。

 やりたい・とかそんなコドモじみた言い回しで終わる事ではなく、「やるべき」事に手を付けないと、なーんて思う。


 20世紀名曲2::このジャケットよ!!!



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2011年12月21日

こっちで呟く

その後お元気ですか?

 なんだか知らんうちに12月下旬になってしまった。なんか時間が過ぎるのが早いのは、今年は忙しいからなのだった。

 日本も世界もなにやら忙しい。凝縮された時間を前に、というかオノレもその一部でもあり、もろとも見知らぬ世界へと高速移動しているかのようだ。

 もういろんなことが起こり過ぎて、なにがなんだか・ね。

 しかし、「変わり目」ではあるのだろう。次のフェイズが幕を開けた時、またどう異なったBABYLONが現れるのか。

 わかっているのは、おれたちがご幼少の頃、思い描いていた21世紀とはまったく異なる21世紀である・ということだけ。世界のピークはもう終わってしまってるわけで、それとシンクロするかのようなライフタイムかな。年の差により、そのシンクロ度は微妙に異なると思えるが、団塊の世代の人々がそのシンクロ度が最も高い・そんな気がする。おれたちはちょいと遅れてるのだよね。いつも彼らの「お古」着さされてるコドモのように生きてきた・そんな気がする。

 何か根本的なところが狂っているために、「善かれ」とおもうことをやればやるほどズレていく。なんかP.K.DICKの描いた悪夢に近い
時空をおれたちはキワキワんとこで正気を保ちつつ生きている。とてもシラフではやってられん・と思うよね。

 というわけで本日もさけを飲む。なんだかしまんないの。


 20世紀の名曲1

 本家
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2011年12月20日

確実に終わっていく20世紀

 アメ村のお好み焼き屋で店の家族と客のおばあさんがデレビを見て69やってんてー・となんか騒いでいたからおれも気づいた。

 あの女子アナ(ぷっ)がしばらく出て来なかった事もきっと関係あるんだろうな。と、なると重篤な状態が数ヶ月続いていたということも考えられる。フォーマルには「死亡は17日」らしいが。真実はわからんが。

 新聞で今日・はっと思ったのだが、在日のヒトってどっちのヒト?って思ってたら、在日韓国人・在日朝鮮人と使い分けてるのに気づいた。ふーん・と思った。どっちのヒト?と思ったおれもおれだが、どっちでもいいのではないか・とも思う。半島人とか。でおれたちは列島人で、もうひとつ大陸人がいて、まとめて極東人なんて、大陸より大きな括りが「極東人」なんてのは今意外に「気に入った」。

 そう。そうなのよ。憎悪のシンボルを失って、今後、誰のことを思って「北朝鮮FUCK」とこれまでおっしゃってこられた方は今後おっしゃるのか・?と思うわけである。

 なんか「暖簾に腕押し」みたいな「ずるっ」なことってあると思うのよ。

 金正日という個人が(いろんな逸話・ルックスこみで)、そのパブリック・イメージが憎悪を拡大してきたこともあったと思うから。

 まあ・20世紀的なものがこうやってどんどんなくなっていくわけですが、やっぱりパラダイムはシフトしている。集団指導体制で北朝鮮も安定し、普通の国になってもらいたい。個人の存在感だけで何かが上手く行くというようなことはもうおそらくないのだ。

 こないだのバルサのゲームでもそれを感じた。ネイマールにかつてのマラドーナ/バッジォを見たいという淡い期待は見事に裏切られ、それは彼のもひとつ技量不足もあるが、プジョルが完全に彼を「殺してた」・そんな中では難しい。

 あのバルセロナの3-7-0というフォーメーションが21世紀を示唆している。「個人で打開」ってのは「相手がヘボい」時にだけ成り立つ話だったのだ。だから、アルゼンチンも今のままの考え方ではずっと勝てない。「ONE FOR ALL,ALL FOR ONE」だ。ラグビーだけど。でも、世界最強のチームがまさにそれである・ってことは「大きい」。そこに「ロマン」を見いだせるかってことなのだが、うーん・これもまた難しいなあ。

 まあそのような「ロマン」も自我の肥大の投影であることを考えると、それこそが20世紀の遺物だということに想像が及ぶ。それこそ、近代化途上の夢ってことだったんだよね。

 もうカリズマは実は「必要ない」んですよね。相対的にヒトは「小さく」ならないといかん。人口と食糧のこと考えても、それはおそらく正しい。と・なると、いかに「過去の遺物」である、自我の肥大化・とひとりひとりが戦い克服していくか・ってことがキーになるのではないか。

 北朝鮮がこれからどうなるのか・ってわかんないが、「個体発生は系統発生を繰り返す」のか、大きな存在感(元はと言えば無理から・だが)がなくなったあげく瓦解していくのか、ほんとにわからんのだが、アメリカが「深いとこまで」手を入れられる隙ができたことは確か。北朝鮮の普通の人々には一難去ってまた・・・という気もしてる。しかし、変化は必ず起こるよね。かの地の人々と拉致被害者の家族にいい方に・と思いたい。
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2011年12月18日

Two weeks left

 昨日の新聞に「日本海」「きたぐに」の廃止が決定・と出ていた。

 あまりのタイミングの良さに、おのれの「脊髄反射」を讃える。乗れてよかったよ・ほんと。

 日本的・かどうかというのはよくわからないが、「ある時代の日本」のMemoria であることはまちがいなく、Memoriaであるということは現実であった・ということなのだ。

 こんな感じで「過去」はMemoriaとして収斂していくのだろう。戦争体験を語るヒトがいなくなれば、戦争が、そこには温度のない「歴史」となっていくように。

 そういうものがどんどん消えていくことに、ただただ、列車をホームで見送るかのごとく、何も出来ず、出来る事と言えばこの目に耳にカラダに刻み付けておこうというその集中力しか術がない。

 目に見えていたものがそのように、特に油断していると余計にだが、消えていくように、見えなかったものが突然浮上もしてくるものだ。

 飛ぶが、例えばネイマール。

 ついこないだの今年のコパ・アメリかではほとんど存在感がなかったヤツが、今ものすごい急浮上である。ブラジル自体も存在感が示せずに決勝トーナメントで早々と姿を消したし。

 そこはクラブチームの「寄せ集めではない」組織力・だろう。

 本日の旧トヨタカップは見逃せない。まあバルセロナには現段階での格の違いを見せつけられそうだけど。それはそれ。

 まあ・それでも南米の意地が見たい。マラドーナのデジャヴュをみたい。バルサのディフェンスの中「個人で打開」する瞬間を見たい。バルサの理想的なサッカーと、マラドーナ・バッジォのデジャヴュが同時にそこにあったりしたら、本日のワインはラベルが知らん間に変わっているだろう。

 おれは学校が明日で終わり。冬期講習の激務が待ってはいるが、2011は確実に終わっていきつつある。まあ今年も大した成果もなく終了しそうだ。ギターをよく弾いたことぐらい。そっちらへんの回復はぼちぼち。それがなんやねん・と言われれば、うーん・そうよなあ・としか応えようもないが。まあ・それでもなんとか生き存えた。

 これからおとずれる「さらに厳しい資本主義の最終期」それが何年間になるのか想像もつかないが、SURVIVALが目的・みたいな、プリミティヴな動機でもこれからはいいのかもしれない。内的に「殺伐」ばかりではつらいが。そうならないようなモードもあるはず。これまでの「悪化」をどこかで反転させつつ・ね。
 
 今年は二週間しか残っていないが、二週間も残ってる。要は気の持ち様ってことなのだよね。

 
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2011年12月16日

濃い日々だった

 波には縦波と横波があるが、寝台車の揺れは進行方向に向かって垂直ではなく平行に「疎と密」があって、過去に乗った「あかつき」とは違って、「きたぐに」は「足」の方向に進んでいたから、椎間板が伸びたり縮んだりして、それに合わせて「背が伸びたり縮んだり」したような印象である。

 もったいなくて、あんまり眠れなかったが、その意外と乱暴な揺れ・は一度最後に乗ってみたかったという願望を見事に満たしてくれて満足。

 「きたぐに」って一体まだあるのかないのか「鉄お」ではないおれは、事前に調べ尽くす根気もなかったのだけど、新潟駅のみどりの窓口にて、まだある・と言われ、もう発作的にチケットを買ってしまったわけだった。

 昨日は「村上帰り」で、〆張鶴・定番の純から始まって、月・花・ときて、大洋盛のなんちゃら賞貰ったやつ、そして最後は今しか飲めんよ・と言われ「飲みます飲みます」と即答した「〆張のひやおろし」で締めて、ほろ酔いというにはもうちょっと酔っぱらいで、小雨というにはもうちょっと降ってるそんな雨の中をコーヒー屋を探し、マンデリンを飲んで、なんかしらん本を出来こゝろでパクって、バッグに入れ、乗車券だけで新潟まで特急に乗り、検札が来たら特急券を買おうと思っていたのだが、来なかったので、そのまま新潟駅の改札をすり抜け、「あんた・いろいろわるいことしてるね」と誰かに言われたとしても「心神喪失してましたー」と言って信じてもらえるだろうか?

 新潟〜村上はカクテイでなら1:20、特急なら50分。その「鮭の街」は「酒の街」でもあり、おれの中で勝手に20年ほど「片想い」が募っていたのだ。そして行くなら「今」しかないな・とこれもまた勝手に思っていた。なんとなくだが、もう寝台車もなくなる・そんな予感があり、それは本当の事なのだと思うし、なんだかそんな「濃いい」旅行をしたかった。クルマでとも思ったのだが、昼間に飲みたいし、電車の旅もなんだか「悪くない」と思ってた。ある種の不自由を内在させることって、今とても大切だという気もしてた。

 音楽はあんまり必要ではなく、iPodも要らない。なぜか表紙がぼろぼろの「高い城の男」を持って行ったのもなんだか自分でもよくわからない。その満を持しての際の選択にしても、不可解な事だらけなのだが「予定調和」が要らん・てことなのかな・なんて思ってた。

 最初は「安いバスツアー」でいいや・と思ってたのだが、それでも「日航の28時間ステイ」付きだしな、と思ってて、その間、タイミングが合えば佐渡に行きたいと思っていた。朝の八時に新潟に着き、確認してみるなら、佐渡行きの第二便がもう出る・今出る・ってタイミングだった。日航は朱鷺メッセという人工島の上に立っていて、窓から見た最初の風景が、港・海・そして「佐渡汽船」の発着場だった。10分ほどで行けそうだった。

 ぎりぎり間に合って、二等船室の柱のとこを確保するが、荷物を置いて船内をうろうろし、まあ旅の定番とも言える朝からビールでくつろぐ、おでんなんかも食べてしまう。フェリーだと二時間半のまあ長旅。以前、壱岐に行ったときもそれくらいかかったなあ・など思いつつ。

 佐渡は大き過ぎる島で、出航からしばらくすると島影はすぐに確認できた。んだけども、なかなか着かない。それくらい大きな島だった。島に上陸する時ってなかなか興奮する。

 両津港という東の「ウエストのくびれ」に着く。島の地図を見ると、もっとも北朝鮮側に行ってみようと思っていたのだが、おそらくそこには「何もない」と思われ、レンタカーを借りようかとも思ったが、なんとなく翻弄されたくもあり、ちょうど来たバスにふらふら乗り込んでしまう。それは相川行きのバスだった。ウエストのくびれを東から西へと横断するバスで、相川という土地は佐渡でおそらくもっともにぎやかな場所なのではないか・と気づき、それでいいや・と思った。「佐渡内」でのにぎやかならそれでいい。

 相川は佐渡金山の麓で、そこで穫れた金・銀はおそらく日本の「富国強兵」貢献したわけだ。

 順徳上皇・日野資朝そして日蓮!!!と佐渡へ流されたヒトは多いが、流人とゴールドラッシュ、という相反するパーソナリティの島はそう多くない。しかし、島ならではの哀しさ・はそこここに見る事が出来る。今でも新潟から二時間半である。

 ただし、佐渡の北部の山々は冠雪で、それもけっこう高い。あとで見てたら、1000m級の山々だった。寿司屋の女将が、佐渡は米も水も旨い・もちろん魚もと言っていた理由がわかった。熊野とメカニズムは同じ。熊野は米は取れんけどね。佐渡の酒と言えば「デニーロの北雪」だけど、その銀寿しでは「金鶴」だった。これが燗しても冷やでもなかなか旨く、佐渡は水も米も・・・・という言葉を裏付ける。

 おれは佐渡でまぐろなんて喰う気はさらさらないので、ふぐの白子を突っつきながら地魚だけで握ってちょうだい・とお願いする。

 佐渡は寒ブリも穫れます。新潟では「佐渡の寒ブリ」はブランドだった。

 飲み過ぎで帰りのバスで寝てしまい、見事に港を通り過ぎ、乗ろうと思っていたフェリーにも乗り遅れる。まあ・それもよしなのであって、港の待合室で「高い城の男」を読みつつ、カレーは喰うわ・そばは喰うわ、おれってどしちゃったんでしょう? な食欲なのだった。まあ旅行時にはよくあることだけど。

 往路は「ニッポン晴れ・そして最高の凪ぎ」だったにも拘らず、寿司屋を出ると雨・それもまあまあ激しい。帽子もダッフルのフードもあるからなんつうことはなかったのだが、その雨は翌日まで続いた。そういえば、そんな天気予報だったかなあ。復路の船内では2時間ほど寝てた。夜で何も見えんのよね。

 今回は温泉は行く余裕がなかった。まあ短い時間であれもこれも・ってね。で、ホテルに戻り、入浴剤を入れ、本を読みつつ長風呂をする。角をラッパ飲みしつつ、読みつつ。船乗ってたから見られなかったがあとの番組でネイマールを見る事が出来た。これで、おもんなかった・弱かったブラジル・セレソンにも光が差し込んで来たね。決勝はかなり興味深くなって来た。

 新潟で食べたおにぎりも気のせいか、おいしかったな。みんなのおみやげには村上の「鮭の酒びたし」にした。

 酒も食べ物も両方旨いってなかなかない。

 着いたときが「寒過ぎて」どうなることかと思ったけど、あれは気持ちの問題もあったな。土地のものを喰い、土地のブリリアントな酒を飲むうちにどんどん体温上がって来た。なんの下調べもないままだったが、まだおれの「ハナ」も捨てたもんじゃない・ってのも再確認。

 春になって雪が溶け出したら、REVISITしたい。身軽っていい。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 11:15| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月13日

北・を目指す

 南部を目指す・が「SENTIMIENT」と同じぐらいの比重がおれの中にはあるはずなのだった。

 それが「北・を目指す」とは「なんでまた?」とつっこんで欲しい。

 自分でも「なんでまた?」なのだが、目指しちゃったもんはしょうがない。

 そう・おれは「追われる身」なのである。「追われるもの」は「北へ」逃げる・とは昔から相場が決まっているわけで、おれも「相場内」逃避行をこれからするのだった。

 「何から?」

 うん・そこ大事なとこ。

 「親分から?」「スナイパーから?」「債権者から?」「オンナから?」「当局から?」

 さて、どれでしょう(複数回答可)?

 「そんなこと知るかー・ボケ」と今思った方、いや・ごもっとも。関係・関心ございませんものね。まことに・ごもっとも。


 しかしそのう・そこは、口が裂けても言えない。ブログから「アシ」がつくのは避けたい。

 で・もって、北へ行く。とにかく・行く。なんとしても・行く。放っといて。「最初から放ってる」と思った方・またまたごもっとも。



 あのね、スキーとかスノボではないからね。そういうのおれ・憎んでるのね・どちらかというと。

 正しいミュージシャンはそゆこと・しません。そんなことに「オモネタ」曲も書いたりしないものなのだ・伝統的に。今・伝統が崩れている。ほら・またあ・おれがコンサヴァティヴなヒトになるー。

 
 ついでに雪を見たい。ついでにふたご座流星群も見たい。「寒!!!!!!」という目にも遭いたい。「寝たらあかん!!!!!」と言う目にも遭いたい。おしっこしてて、それが下から凍っていくのを見たい。鼻毛が凍ると処理の手間省けるなあ。


北の人々。





 
posted by 浪速のCAETANO at 16:50| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月12日

BUSY,DIZZYING BUT FUN

 大変な一日だったが無事終える事が出来て胸を撫で下ろす。

 こんなことはひとつの場で接する人々には、もうひとつの場の事はわかり用がないし、おれも最近はそういう「甘えんぼう」でもないからさ・というわけで、オノレの胸に現場ではしまっておくのだけど、まあここからは独り言なのだが、終わってしまうと、「ああ・そーですか」とヒゲの男の「脊髄無関心反応」ぐらいのイッツ・ゴーン・ビハインド感に囚われるが、それはそれ、いろんな逆風吹き荒れる中、まあよーやったんぢゃね・と思います。

 ま・外仕事とライヴが重なっただけの話ながら、最近意識の転換が上手く行くときと行かんときがあり、昨日はリハから外仕事んときの切り替えが難しく「往生した」。

 リハでちょっと精神のある部分に火が付いてしまい、そうなると、それ以外の事は「とっちらかる」そこを「抑え」ないといかんのだが、その押さえ込みがなかなか大変なのね。最近の経験から言うと、なんか出てる。脳内物質に違いなく、それがまだ残っていると、どうも「論理的思考」が出来にくくなるのね。あれ、リハぐらいの時間だったからよかったもののあれ以上やってると「収拾付かなく」なるおそれがあった。

 それでも時間は経過し、そのタイミングはやってくる。三時間、パワー全開で授業をし、杭瀬へとまた戻るわけだけど、四つ橋線から阪神電車という、普段の生活じゃあり得ない乗り継ぎをして会場まで戻った。

 のはいいのだが、割と急いで帰って来たのに、「押しに押し」ていた。まあ月蝕など見つつ、残り物のおでんなど喰いつつ、ライヴの進行を見守る。「飲んぢゃおうか」とも思ったが、そこは責任感で抑制。なんとなくいいライヴが出来そうな時・って予感がある。そんなものには従った方が良いのだ。一時間強ほど押してただろうか・おれは最後だったので、残念な事に結構な数の人が来ていたのに、電車チームが大方帰ってしまった。今日は「いい」んだけどね。

 久しぶりの快心のライヴ。あのね、色々最近ライヴってありましたが、Los solos Lobosとは被る曲は一曲もないですし、おれの膨大なレパートリィの中から、やる環境とやるヒトによっていつもセレクションをして臨むわけで、昨日は久しぶりの「浪速のカエターノ〜SONNA BANANA」という美しい流れ。

 
BELEZA PURA
 MIMAR VOCE
 FINA ESTAMPA
 L'AU A LA BOUCHE
 猫科の動物
 葡萄
 NAO PECO DESCULPA
 A LITTLE SOMETHING
 折り畳まれた時間
 ワタシ誰アル?
 遠い結論
 流れよ我が涙(encore)


 と、セットリストを挙げるのもなかなか誇らしい。おのれの曲と他人の曲ほぼ「1:1」というのも理想的。

 いや、やってる本人が昨日だけは楽しくってしょうがなかった。最近アウェイが大好きである。

 カウボーイズともロボスとも違う、Marutani Kaz、そこ・見とかな。
posted by 浪速のCAETANO at 00:41| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月09日

12.8

 昨日は、30年目のジョン・レノンの命日。そして真珠湾攻撃から70年目の日。

 淡々と過ぎて行った。実に淡々と。

 この国ではすべては風化して行くなあ。時間だけは秒針の動きとともに無情に進むが、それを意識するヒマもなく、おれたちはその寿命をただ生きている。おれの周りだけの事だろうか?

 「方丈記」している場合でもないのだが、この秋はなぁんてことなかったのだが、寒くなって来てから「虚しさ」が募る。なぜでしょう。

 おじさんに虚しさ・となると、もう使い物にならんようなニュアンスに包まれるが、雨の中のピザというか、キッチンに放置された使い切った食器用洗剤の容器というか、まあ・そんなもんね。

 もうほとんど「二次活用」不能ですよね。レヴィ・ストロースでもそこはムズかしかろう。

 忍辱(にんにく)の時期がもう3年近くになるなあ。もうすぐそれも終わる事と思うが、それが終わると何が待ってる?

 ホンネ言うと、ちょっと「こわい」わけである。いや・まぢで。

 この社会で起こる事にもそうだし、それに反応する自分に対しても・なのだが、a little bit scaredなのだ。

 おじさんのこわがり、これもまあなんというか、使いもんにならんなあ。どーすんの。

 いや・なんかね。センサーややインできてるが、カナリアとしては、2012は2011よりも「ひどい・つらい」年になる・と思ってるからなのだが、まあ年の区切りってそんなに意味があるとは思えないし、時間は継続しているから実は今もそんな流れに片足突っ込んでるはずなのだけど、なんか年末ってひとびとの脇が甘くなると言うか、12月も10日近くなるとそろそろ今年は今年みたいな気になってるから、「はよ忘れたい」そんなムードに覆われてるはずなのよ。

 我が家(Todo O Mundo)の年越しっていつもライヴがあって酔っぱらいが乱入して来て、カウントダウンして、おめでとうでシャンパン開けて、あとは「だーーー」みたいな事なのだけど、今年の大晦日は「MUSICOS 大晦日」にしようと思ってる。

 いろんな、ゆかりのムジコたちに入れ替わり立ち替わりやってきてもらって、何曲かやってもらって一緒にやって、そんなことしてるうちに年が明ける、まあ一緒か・例年と・とも思うが、おれももうひとりでいっぱいやるのもしんどいし、ぜひみなさんに振って「楽」させていただきたい・と思ってます。ぜひぜひ。

 
 さて、明日は、自分ではそんなにマークしてなかったんだけども、会場見たらちょっとおもしろいかな・と思えるイヴェントが杭瀬・尼崎であります。場所は阪神杭瀬駅前の「Club90+9」です(パチンコ屋の隣で看板にはカラオケCAT'Sとありました)。ソロと純ちゃんとのデュオで少しやろう・と思っています。久しぶりのパターンです。

 さきほどオケのソフトをチェックしたら、どれも「死亡」していて、「おいおい・今夜ひょっとして徹夜ですか?」なのだけど、しゃーないよね、オノレの音楽だから。

 純ちゃんと二人ということは皮肉な事ながら、一番「ソンナバナナ」ということになる。ほんと・皮肉。おれは11pmです。ポール・ジャクソンも出ます。値段とかよく分からんのですが、そんなバカ高いことはないか・と。「NO NUKES」イヴェントなので。

 週末・体力ありあまってて、ヒマで狂いそうな方限定でお誘いしています。

<>


@CLUB90+9 杭瀬・尼崎 
12/10(Sat.)19:00ぐらいから

 まあ・大晦日もあるしね@Todo O Mundo。

 今回はメールを送る「体力」がありませんでした。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

@しいちゃん

 試験中の高校生の塾を早めに終えて、10日の杭瀬のイヴェントの現場を見に行く。クルマで行こうかと思っていたが、時間が空いて、帰りにちょっと晩飯というか・飲みたい気分になるのではという予感がし、せっかくの相対的ヒマな日だったこともあり、チャリで行ってみる。

 あんまりよく考えず、チャリ漕ぎ出したから、遠回りをしてしまった。海老江まで行く必要なかったのだ。

 ま・ええか、と思い、淀川を渡り、佃島を通り、神崎川を渡る。途中延べ数十人の高校生たちとすれ違うが、さすが思いっきり西淀川区である。教育崩壊地区の面目を保つ顔つきとスカートの短さとしゃべってる内容である。

 杭瀬はなんの緊張も要らん街であって、あるタイプのヒトにはまた異なる緊張なんてのがあるのだろうが、おれには無縁。

 会場に行くと、111111111111(数おおてる?)がリハをやっていた。初見・再見といろいろあり、フレンドリーに迎えられる。

 予定になかったリハスケジュールを決め、いろんなもんもキメ、帰る。その店の並びに「上海ホルモン」があって、はげしく惹かれたのだが、おれがそこでチャリ止めた時に、彼らがメシに出て来て「マルタニさん・バイバーイ」と言うから、おれも「バイバーイ」とその場を立ち去る。うーん・後ろ髪・。

 今度は十三経由で帰る。なんとなくハラが減る。思わずスシローに吸い込まれる。魔が差す・というやつだ・またあ。

 待ってるヒトが大量だったからすぐ引き返す。危ないアブナい。

 そういう、過ちを一度犯すと、我に返るわけで、十三まで戻り、もう行く場所は決まっていた。

 「しいちゃん」の引き戸を開ける。

 quanto tempoである。ファンダンゴ最近出てないことがやっぱりおっきいな。マスターが「まあまあ盛況」というから安心した。

 聞けば、数日前にしいちゃんの三回忌ライヴのようなものがあったらしい。こらー・鶴一、一言言えよ・おれに。

 なんや・それ。

 小さな遺影が花や水とともにビアサーヴァーの横にスペース設けて飾ってあり、おれのいる側からちょうど正面になる。

 「おかーさん・来たよ」「長い事、ご無沙汰してすいません」

 ちょうど、店も忙しく、あんまりかまっていただかなくてちょうど良かった。一時間ほどしか時間もなく、あんまり湿っぽくもなりたくなかったし、かといって、ドライなままいれるにはあまりにも思い出が詰まっており、そんな60分一本勝負でよかったのであって、マスターとかママとかとも実はそんなに無理して喋ることもなく、おかーさんの遺影と向き合って、という「ただそれだけ」でおれは良かったのだ。時は無情にも流れる。

 ファンダンゴでカウボーイズのブッキングをして帰るつもりだったが、ちょうどライヴが始まっている時間帯であって、また今度かな。

 8時になったのでおいとまする。ギター教室へ・と急ぐ。

 それ以上いても何もないのだった。時間とはかなり無情で無常だ。

 やっぱりファンダンゴでライヴして、その後、しっかり行こう。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:49| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月07日

冬の定番

 外出てないからわかんないが、本日「小春日和?」

 お弁当熱も醒めてしまったのだろうか? おれ。自分の事って相変わらずよくわからんですね。

 冬には手袋が欠かせない。手が冷えるのだ。ネックウォーマーも欠かせない。首か冷えるのだ。でも、それらがあれば、意外と薄着でも大丈夫。

 去年から、指が出て、さらに変身!!!によりミトンにもなる手袋を(指手袋と言うのってほんまかい?)20時間/日つけている。この場合、着けているでそれは、着ける・場合にはPUT ONである(in English)。パンツもヅラもコンドームもPUT ONである。がさつな民族よのう。

 おれの去年から愛用の指手袋?は毛糸が一部ほどけてしまい、「あらら〜」な状態になり、次のを探していた。自分でひとつ、店長がひとつ、見つけてきて着けているが、今ひとつ、ほどけた2010仕様と比べて、ごっつい。

 おそらくチャリ乗るときはそれでいいのだが、家にいて、ほらおれのばやい・タバコ巻いたりするでしょう。それにはややごっつい。

 家用の指なし手袋・捜索中である。薄手のやつね。すぐに「出会い」があるだろう。

 
 関係ないけど、一川くんはヤメる必要はないよね。あのバカの田中って輩はヤメて当然ながら。要するに「アメリカ」がまたまた、小沢くん関係者を排除させようとしてて、それを自民・民主(前原たち)に降ろして、その鉄砲玉があの元自衛官でしょう。

 愚直な人間が馬鹿を見て、詭弁を弄して逃げ延びる人間が得をする。そんなノリが「あったりまえ」になってるわけで、しかし、メディアはもう一方的過ぎて、ほとんどのヒトが田中の暴言と一川くんの答弁を「同一視」している。全然違う話なのにね。

 さて、10日の会場視察にこれから行ってきます。

 しかし、これ「指手袋」も「指なし手袋」もおかしい。「指先っちょカーット・手袋」と言うべきではないのか。


 悪い指。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

バタバタaround the weekend

 日曜にイヴェントがあると、こたえる。

 田中屋さんではトラブル続きで「参った」が、喜びグレードを下げてなんとか乗り切る。

 やっぱ、急遽お借りした他人のギターでは、なかなか・ね。

 某新興宗教の集団結婚式で「あてがわれた」べつによくもしらん・性的にも興味ないオンナと「今日しなさい・今しなさい」と言われてる感じ。喩えが何かに抵触するかな、してもいいよ。ほんとそんな感じだったんだから。楽器を弾く=クルマを運転する=能動的なセックスである。イコールとまではいかずとも、オウモスト・イコール。能動的というのは、最初のひと弾き・ひとステアリング切り・ひともみ・といいますか、将棋でいうなら、最初の壱手を自分が下す・ただそれだけの意味ながらですが。

 おれはでも、「I'M SO PROUD〜OOO BABY BABY〜LALALA MEANS I LOVE YOU〜I SAW THE LIGHT」のR&Bメドレーは気持ちよかった。ただ、それをやりたいがためのライヴみたいだったから。かようにハードル高くしないと、やってられんわけである。延々同じ事ヤル・ってのがなかなか出来ないタイプ。

 ギターとクルマの運転と料理とセックスは共通点多し・である。断言できる。

 そして早く帰ったつもりが、寝たのが4時頃であって、まあ一人で飲み直し・していたからなのだが、翌日は最もおれにしては早起きの学校があり・というのを思い出し、無理に寝るわけだが、そういうときなかなか寝れず困るのね。

 それでもなんとか9時に起き(最近おじいさんを超克したね)チャリで長堀橋へと向かうのだった。

 月曜は変則的な日・で、午前中から学校があり、夜も学校があり、ヘタすると5時間ほども中が空く・という困ったというか嬉しいというか・そんな日であって、だから定期テストと重なった最近等は、行って教えて、とんぼ返りで帰って教えて、またまたとんぼ行きで(そんな言葉あるか?)教えて、なんか一日なのにその忙しなさも含めますと、少なくとも二日分ぐらいのエネルギーを使う。

 幸い昨日は、まだ高校生の試験は残っているものの、某女子高生が火曜の科目は「だいじょうぶ」と言ってくれたので、おれは安心してそこんとこ「精神的休養」に当てようというハラだったのだ。

 今・学校は理系のヤツだけになってしまってるので3時間教えたら、はいさいならー・である。それが13:30。きのうは4時間半時間が空いた。

 そんなときに急浮上するもの・それは「ひるめし問題」である。おれは、だいたい「浪速そば」「カレーの市民・アルバ」「ビオラ」「成金屋食堂」「明治軒」などのローテで過ごしているが、昨日は「ライヴが昨日の・今日」といった状況でもあり、なんかちょっと「精神的にもばーっ」と行きたいわけだった。

 新世界へ行こう・と思うのだった。飲みたかったし。少々飲んでも、おれのハイパー肝臓なら18:00には「醒めてる」わけで。

 先日は同様な状況で同様な心境になり南へ進路を取ったのだが、途中日本橋オタタウンらへんで「魔が差し」まる栄にふらふら吸い込まれ、カツ丼を喰ってしまった。喰っても喰ってもカツ丼のままのあのまる栄このカツ丼は暴力装置である。あれは胃袋を「犯す」。胃袋強姦事件と言っても差し支えない。胃拡張チャレンジなどという生易しく・しかもこちらがイニシアチヴを取れる代物ではない。

 胃袋が「いや〜ん・堪忍して〜」と言ってるのが聞こえるわけね。AV撮影現場の監督みたいな気になるわけよ・おれは。

 そんな愚を二度犯すなんてわけにはいかず、今回はストレートフォワードな「新世界行き」を果たす。

 で、ぜに屋へ、直行。串カツともつ鍋でビール・焼酎敢行。最後雑炊で〆るのだが、飲めるメシなのよね・これが。

 メシで飲むなんていうと、この秋まだやっていないが、それはそんな悠長な気分になれなかったからなのだが、大根おろしかつおぶしごはんでぬる燗三千盛である。これはやっぱ年取ってこないとあの旨さ・わかんないだろうなあ・とおれは思うのね。それほど「枯れた・しかし滋味に富む」味だと思う。よし今週しよう。

 で、その雑炊がものすごく旨いわけで、また焼酎お替わりするわけよね。

 ハイパー肝臓ながらかなり、ええ感じになってるわけである。

 さて、時間は15;30。まだ二時間半あるもんね。

 そこから、おれは月曜の定番である・九条行きを敢行する。チャリって便利。

 いつものおばあさんの喫茶店でコーヒー2杯飲みつつ、雑誌と本を読む。ぼーっとする。もう客の中ではおれは「ワン オヴ ザ ヤンゲスト」なのであり、おばあさんたちからも熱い視線を送られているのだった(ほんまか?)。おそらく。

 トイレに二度ほど行き(だってビールに焼酎にコーヒー2杯だからね)、この喫茶店で時間を過ごす。一週間の中で最も寛げる時間だった。なんか安心感があるのね。胎内回帰的な何かなんでしょう・と自分では思う。
 
 「坂の上の雲」をまた最近やりだしたが、司馬遼太郎先生は「あれを映像化・絶対にすんな」と言い残して亡くなられた・と思うが、それは「また日本がミリタリズム」へと滑り落ちる・という警鐘を込めての遺言だったはずだが、でも完全に「映像」になってるよね。そして、あれば見るよね。

 ちょうど「旅順」の意味を考えてたから、著書の中のそこんとこを読もうと、週刊ポストの後に読んでた。現代よりもポスト・だと思う。以前ほどではないにせよ。そこはポストと文春の店・である。

 おれは、百歩譲ったとしても、その・底に流れる「日本的ロマンチシズム」の根底が既に覆ってしまってると思う。あのトーンが成立するためには、今の時代は「ぷー」であっても「なんとか保ってる」という前提が要る・と思うのだ。

 もう保てちゃいないでしょ。

 坂の上の雲・は司馬さんがそれを書いた時代・すれすれのとこでの「過去」としては成り立つと思うが、今・あれをみなさんがどういった気持ちで見ているかはしらないが、「先人のぎりぎりの状況での必死さと有能さ」が今のこの時代にひとつの「ロマン」として見られるとするなら、今の時代の「史上最低さ」においては、それは「グロテスク」というものだ・とおれは思う。

 資本主義が更に高度な・というかデッドエンドに近づき、選択肢が極端に狭まった中での「別の帝国主義の餌食」になろうとしている今の日本で、それを過去のロマンとしてみる事が「ゲー」なグロテスクだと言っている。

 司馬さんの心配は「図星」だと思う。


 間違いを何度も犯す。

  
posted by 浪速のCAETANO at 20:02| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月03日

ろくでなし野郎・赤い羽根

 なんというのだろう。自分の心の中の風景が、あの時代のそれらとよく似てるのだ。

 よく似てる「気がする」のだ。

 短期間・あるプロジェクトがあるとする。それがいい事か悪い事か、その時にはにわかに判断はできない。しかし、そこを超えない事には次がない・みたいなそんなプロジェクト。必然的に視野を狭くせずにはいられない・そんな状況の中、そのプロジェクトの成功だけを思いながらの日々。

 そんな日々の中、おれは東京の街を「うろうろ」していたのだった。ウン10年前。

 思えば「SENTIMIENT」はその頃から内在していたが、当時のそれは「切実」と訳せる気がする。世はパンクの時代。シンクロしていた。

 そのこゝろは、「不安定」うーんちょっと違うな・「未定」かな。

 二十歳過ぎのぎんぎんびんびんと五十過ぎのED持ちでは「内的資質」に差はあるが・だはは、しかしだよ、30年経って見事に同じような場所に戻って来た。そんな気がしてる。ほんと一周廻った。それなりの長い時間だった。30年間なぁんにも成長しとらんのでは・という気もしてる。オトナのばかってリアルばかだからね。

 まあ、ばかは死なんと直らん・ので、「それなりの貢献」を模索するとして、それにしてもバブル前のあの社会的には「オイルショック」は数年前にあったものの、エネルギーが枯渇なんてこととはほど遠い、あの時代と、しょんぼりした今の時代と、その環境の落差があるにもかかわらず、なぜおれ内心象風景が似てるのだろう・と不思議に思っているわけよね。

 ひとつは社会の「びんぼー度」が似てることだろうか。当時も、そして一回りして今も、ビンボー率高しでしょう。確かにお金持ちは身近にいる時代ではある・今は。あの当時、バブル前といっても「前」だしな。まだ、日本人本格的な「チョーシこき」ではなかった。「成り金」的でもなかった。

 少し不思議な事に、当時と今とバイトの時給ってそんなに変わらないのね。雇ってる側の「お腹の中ノアール度」はどうなのだろう? ま・これも一概には言えないですが、働く人間が置き換え可能なんてことは、今じゃある意味雇う側には「完全マニュアル化」されてしまったかな。

 ま・なんかやっぱり「牧歌的」というか、そんなキリキリしたもんはなかったような気がするなあ・あの当時。バイトであったとしても先輩からちゃんと仕事を教えてもらってた。これは先輩が「競争相手」ではないってことだもんね。今は労働するひと同士で仕事の奪い合いみたいなことを強要されている。「個化」がそれに拍車をかけてる。

 
 「未定」・まさにそうだなあ。他人が自分の事・どう見てるかなんて、実はほとんどわかんないし、そして、何者かになりつつあったところ、また何者でもなくなる・というのも「悪くない」。何者かどうかなんてそもそも「自己申告」するものでもないしねえ。


 おれはニール・ヤングが「I'm the guitarist of the CRAZY HORSE 」と自分を紹介するのが、この上もなくかっこいい!!!と思ってるのだが、明日は「ギタリスト オヴ Los solos Lobos」って心境でもある。


 自分が何なのか・なんてよーわからんものだし、ただ、わからんながらここにいて空気を吸ってる。それが実存・かと思うし、その瞬間瞬間に「何か」になるものなんだよね。少なくとも自己認識ならそんな感じ。だから、まあ「探し」にお出かけせんでもいい。

 今は「未定」な人々と手を取り合って、「原発ばーか・死ね」などと叫びたい。あのときと同じく「マーラーズ・パーラー」を脳内でリプレイさせつつ。

 
CU tomorrow@大正


 
 
posted by 浪速のCAETANO at 18:04| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月02日

師走だね〜

 ともすれば、元気なくなり、無力感に苛まれがちな日常だけど、そんなときは韓国料理がいいね(なんやその展開)。

 辛〜いチゲで血の巡りが加速する。EDも直るかも・な〜んて。

 昨夜はトドムンドの誇る「バカ社長'z・ツートップ」の片割れ・南くんと会食。

 久しぶりに、あの時間にあの街界隈を歩く。南くん・カルマ落ちましたか?

 こないだ、うちの店長が「バカ社長'z」というタイトルでFACEBOOKに写真上げとったが、おれも一緒に写っとるやないかい。知らんヤツが見たら(おそらく知らんヤツの方が多い)、バカ社長'z・スリートップに思うぢゃないか。店内不和のニュアンスもあり、抗議の一票。確信犯かよー。


 さて、師走であった。昨夜も夜の街にそんな匂いを嗅いだ気がする。ちょうど、おれも期末テストが一段落して(まだ終わっちゃいないが)ちょっと狭間でカンペーの一日だったから、タイムリーだった。中津村ばっかりで過ごしてたらいかんですね。

 しかし、夜の時間、どうしてもなかなか自由にならんのだが、少し出歩こうと思う。韓国料理屋は活気があったが、次のワインバーは閑散としていた。ヒトは今体温と体臭を求めている・そんな感じ。

 今年中に終えなきゃいかん事、がちょっと切羽詰まって来た。気が重いが、その重さからはそれが終われば解放される。この数日中にいいところまで行かなきゃ・と思う。こればっかりは人頼みができんことなのでね。いろんな経験は今後に生きてくるのだろう(ほんまか?)。酒ばっかり飲んでちゃあかんよね。

 と、言いつつもLos solos Lobos・ライヴである。もう明後日である。大正区に南部の風がトルネードとなって吹き捲くることだろう。曲も満載です。

        
田中屋酒店: 大阪府 大阪市大正区 南恩加島6丁目16-5 06-6551-0198


 18:00オープンの 19:00始まりです。投げ銭です。

 会場の「田中屋さん」は、30年前の京都の拾得・を彷彿とさせる・そんな酒場。前回も、ほとんど気持ちは20歳ぐらいのタイムスリップ感がおれを支配してました。しかし、かなり、特殊な街・大正。電車も通っとらん臨海の方なので・IKEAの方と言えばまだ通じるか、なかなか来場が大変ではありますが、帰り、おれと一緒に帰ってもいいので、師走の第一日曜の夜をラフに楽しもうと思われる方・是非いらしてください。ハイボール300円という「大正価格」なお店です。ちょっとした「第一回忘年会」だね。

 トトムンドのおこたもいい感じよん。


 南部の風。この時期に? ううん・この時期だから。

 

 

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:15| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月01日

闇とのリンケージ

 投票率6割で得票率6割。かけると3割6分。

 イチローの打率ぐらいの感じ・かな。全盛期の・ね。

 現実に「彼」を支持したヒトが、打席に立つとそれでも3回に一回は「凡退」するわけ・だ。

 変な事言ってる? 言ってるんだけど。

 特定の支持政党がないヒトの票も「彼」に入ったのだろうが、そんなことにもなぁんにも「キョーミありません」という人々も多い・ということかね。

 おれも珍しく投票に行き、中津小学校のたたずまいがなかなか良くって、「ふーん」なんて思いつつも、向かいのスーパーでめずらしくも「みかん」を買ってしまった。珍しい行為で始まるとそのシークエンスは奇矯な行動でおわること・多いですね。実感しました。

 平松氏にも前回以上の票が入ってて、なのに、25万票を大差というのかなんだかよくわからんが、50万票も大した数だと思うが、25万票も大した数だと思うのだ。どちらもあまりに大きな数で正直ピンと来ないのね。

 ただ、不思議に「橋下くん支持」というヒトに「会わない」。元共同通信の元作家のエロ親父とバカ社長'zの片割れぐらいだろうか。

 なんとなく、それ・を公言するのが憚られる・そんなことな気がする。なのに75万票・だったっけ? すごい数。

 
 思うんだけど、それは橋下くんは「ヒトの心の闇」の部分に「支持」されているのではないかな・ということだ。

 例えば、例えばだけど、選挙で候補者の名前を書く時って「一人」になりますよね。おれも久しぶりに選挙行って、あのブースに入った時、「あ・こんなにこの時って孤独・というか一瞬・社会から隔絶される感じだったかな」と再確認した。なんか、「悪い事」ができ
そうな、そんな場だった。まあ、普通選挙で平等選挙で秘密選挙であるから、それはそうなのだろうが、もっとも社会的な行動の場、ながら、最も「反・社会的」な行動を取れる・そんな印象を持ってしまったのだった。

 そこで「魔」が差したヒト・意外と多かったりして〜。

 いや・まぢで。


 話は少し変わるが、彼って「慈悲」の心が極少なヒトだと思ってる。敵に対して「慈悲」を感じずに行動できる・そんなヒトかな・と思う。慈悲は想像力と言い替えてもいい。敵を殲滅させるときに、想像力は邪魔だったりする。

 戻るが、それは「ヒトの心の闇」の部分に支持されている・ことと関係がある。もちろん・これ・仮定の話から膨らんで行くのだが、しかし、本人にも選挙戦を闘って、そこは十二分に感じたはずなのね。慈悲はヒトを攻撃の際に逡巡させるもので、それがないことは迷いもない。それがヒトの心の闇の部分と呼応する・とおれは思う。

 どす黒い・ヒトの隠しておきたい部分とリンクしているということは、極めて「現代的」である。おそらく、それは彼ぐらいの年から10〜20歳アンダーの人々の「成就されない欲望」とも深くリンクしている・はずである。

 だから、彼はもっと大きくなるだろう。結構メーワクで悲惨な話がこれから進行するに違いない。

 て・いうか、おれって「大阪市民」ぢゃん。当面の被害者だった。いてててて。
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする