2012年01月29日

こうなるといいかな

 グルーミィな空。仕事をしている。ほっといて。

 橋下くんの評価・のこの内外差は、なんやねん、ということなのだが、バカ社長'zツートップのレフトサイドの方とよく、飲みながら議論になるのだが、まあこういうことだと思う。

 今、かつての青年将校たちの「新党」が取りざたされてて、元青年将校のおじいさんが、ヤルキー学園であって、ただ、それは亀井ちゃんの先走りが事の発端みたいなことで、そんなに大きな流れにはなる事はないと思うが、ただ、橋下くんと連携をするなら、それはちょっと無視できなくなるだろう・ということなのだが、そんなことは橋下くんのホンネとしてはありだとは思うが、建前として一緒に組む事はなかろうと思っている。

 今・その保守右翼イデオロギーで賛同してしまえば、おのれが都知事の思惑の中に埋没してしまうからね。

 しかし、ホンネは、改革者の顔をしているにもかかわらず、彼は「君が代問題」などから推測するにおそらく、保守右翼イデオロギーの中に収まるヒトなのだとおれは思うし、そこらへんの市民のアレルギーを今は畏れて距離を置いているのだと思う。

 ホンネでやったら・と勧めておきたい。その方がわかりやすいよ。「維新の会」だもんね。

 そんなんで青年将校の仲間入りをしてくれた方がいいとおれは思ってて、それはなぜかというなら、そのわかりやすさは、それに対する反対もまた「わかりやすくなる」からだ。

 今の日本の政治の不幸は、ほとんどが右の集まりしかない事で、右の中でのもっと右・右の中でもまだ左・なんていう曖昧さを内包した集まりしかないことだ。まあ、そのぅ、政治的な意味だけで右とか左とか言ってももう無意味な時代なのだが、その「新党」って政治的な意味での右・なんてのが久しぶりにクローズ・アップされた、やや時代錯誤ながらもある方々には、ある種のカタルシスをもたらす作用がある・そんな気がする。

 立場が曖昧だと、注釈が多くなる。

 世はもう「大きな物語」の時代ではなくなったと言われてから久しいが、そうではない気が去年からしている。

 もう既に民主化は充分なされてた・とみんなが思っていた時に、まだ民主化が必要であると思う人々がいっぱいいて、それは第三世界に限らず、NYにもいて・なんてことが顕在化してきたからだ。

 直接民主制やマルティテュードやマルクスなどという「ヒント」も今は散りばめられている。

 まあ・その「大きな物語」とはかつてのような大きさはないにせよ、これまで封印されてきた考えと、進化してきた考えがどこかですでに「出会っちゃって」んぢゃ・ね? と思えるからなのだ。

 橋下くんが青年将校化してくれると、「そうぢゃなくてさ」みたいなことが、割とはっきりする。それを歓迎する・ということです。

 「大阪人」の廃刊は残念だね。敵を懐に抱え込むなんて荒技ができたら良かったのにね・橋下くん。私怨は置いといてー。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:57| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月28日

大雪列島にて

 雪国は大雪である。

 村上には「大雪 風雪 波浪 なだれ 着雪」注意報が出ている。警報でないのが救い・ではあるが。この「非対称性」が日本のいいとこでもあるが困るとこでもある。

 今降ってる雪は「里雪」と言われる雪みたいである。山に空気の塊が当たって、上昇とともに飽和状態から降り出す雪ではなく、山に当たる前に「漏れる」ように降る雪ということだ。なんだか絶対的「質量」を感じさせる。重そうな雪だ。

 
 EテレだったかBSだったか、「聖徳太子」の非実在性に関する番組が昨日あった。

 もうアカデミックな世界でも太子は「集合体」の表現・ということになっているみたい。それはいいのだが、それはどなたとどなたとどなたの集合体なのよ? いや・まぢで、と、そこが大事なとこだったのだが、そこに関しては、文脈的には「言ってもいいぢゃん」な感じだったのだが発言はなかったね。正史(日本書紀)の呪縛は重いんだなあ。

 新しい発見も出ていた。

 甘樫丘の蝦夷・入鹿の「邸宅」が邸宅ではなかった。もっとずっと質素な家だった・ということ。もし、それが事実なら、蘇我蝦夷・入鹿の、一族の館を「宮門(みかど)」と呼んだ、も「天子の舞」も創作色が深まるし、乙巳のクーデターも本当に正当性のないクーデターという意味も深まる。

 まあ、ほとんど答えに近づいているにもかかわらず、「真実」はいまだ見えない「古代」なのだけど、それゆえ、まだまだ興味は尽きないわけである。いろんなひとがいろんなことを言えて、それがほぼ等しく「真実」の可能性がある。おれたちは現場行って、あるいは離れた場所から1500年!!!以上前の事を「幻視」するしかないのだけど、幻視・する自由にも恵まれている。

 私立高校の入試が終わったら、また奈良に行く用事がある。そのときに明日香に行きたいが、まだ寒いかな。寒いだろうなあ。三山の間を抜けてくる風は冷たそうだ。

 奈良町の宿をとるから、その辺うろうろかな。元興寺近くの宿なのだが、その元興寺から興福寺を「北に見上げる」そこから、古代へと遡ってみたい。鬼の感覚をもって。奈良の元興寺と明日香の元興寺、まあ明日香の元興寺はその全容を経験する事は既に不可能なのだが明日香の元興寺の・日本最初の仏教寺としての素朴ながらも威厳のかけらを感じるのに対し、奈良の元興寺はもういかにも飼いならされた・建てられた時に既に「歴史」であったかのようなそんなやるせなさを思うわけである。

 日本書紀の筆記に関しても、書き方の癖や中国語の文法から「ここからここまでは同一人物による加筆」「あまりにドラマチックなのは創作」なんてこともわかってきている。学者のみなさんの地道過ぎる研究には頭下がる。それでも「意識上」の正史の壁はなかなか高
いと思える。

 この寒さがピークの時期、いろんなことに縛られるからか、意識はものすごく自由を求めてしまう。温かい目に遭いたい・のも一つ。まとまった時間が欲しい・のも一つ。毎日大酒喰らってるだけではいけません。いや・ほんと。時間ってあるようでない。またまた休めない日々ではある。
posted by 浪速のCAETANO at 14:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

Good LIVE.Good PARTNER.


 ちゃぶいでちゅー。

 いや・まぢで。

 寒いぜ。もう、じゃあ雪でも降ってくれたら、あきらめもつくのに、など思う。

 昨日の夕方から急に冷えてきて、世間では本格的「flu」シーズン到来である。手洗いと加湿器でなんとか乗り切りたいですね。

 
 先日の「音楽異種格闘技戦」楽しんでいただけたら幸いでした。しかし、あんなにパラカフェにお客がいたらなかなか聞く側も大変だったですね。しかし、クールな熱に溢れたいいライヴでした。そんなアンビヴァレントな形容のライヴっておれは好き。

 最近、アウェイが好きである・とは公言しているけれど、対戦相手の美豚おーたは、主戦場がパラカフェであるから、これもまたアウェイの一環。しかし私設応援団が、東京ドームへ大挙して乗り込んでくれました。六甲おろしはなかったですが・みたいな・ね。

 そんなかんじ。みんな、Te Amo!!!

 美豚おーたのことはほとんど、リアルには存じ上げておりませんでした。彼もおれのことは同様に・である。まあ、乱暴と言えばこんな乱暴な事もないのだけど、ミュージシャンの「鼻」みたいなもので、当人の了解も得ず、勝手に決めたライヴだったからスリルがあった。

 レフェリーのボサ姫も、華を添えてくれて。ラウンド・ガールとかもさせたかったぐらい。

 格闘技でもなんでもそうだけど、一度「手合わせ」をすると、お互いの力量がわかる。第二戦・ありそうです。

 おれも、さまざまなパターンのライヴをやらないと最近は「気が済まなく」なってきてるから、そのひとつとして「定着」させたい。

 実は、長年音楽をやっているが、ピアニストとDUOでやったってのは記憶にない。それは、自分の「ジャズ嫌い」からきてるのだけど、正確には「ジャズやってるヤツ嫌い」なのだけど、おーたちゃんは、おれに合わせてとっちらかってくれるからよかった。ていうか、やつもなかなかとっちらかっとるな・ナチュラリィ。そこがいい。引き出しもある。音楽的にも文化的にも。そこらへん、脱国境音楽家としては話が出来るタイプ。

 ほとんど一週間前まで、なぁんの連絡も準備もしてなかったのだが、「当日の付け焼き刃集中力」に期待できる場合は、中途ぱんつな準備はせん方がいいのであった。

 珍しいヒトとのデュオだったから、珍しい曲もやれた。「放っといてごめんね」おれの150曲たち・という心境でもある。

 おーたかずおくん、ごくろうさま、ありがとうございました。


 さて、次は「同種内両極格闘技戦」vs カオリーニョ藤原@CHOVE CHUVAだろうか。これ・完全アウェイやけどな。
 

 RECENT FAVORITE,
posted by 浪速のCAETANO at 10:43| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

FRIO


 ちょっと寒いね、最近。寒過ぎ。うちの家はほんと・寒いです。

 ガスファンヒーター・セラミックヒーター・電気カーペット・サーモラクティル・西川の膝かけ、と総動員しているが、まだ寒い。さぶい。

 で、どうしようもなくて、「最後の手段」江頭2:50的タイツを導入する。

 これ、こないだ新潟へ行く時に、万が一の時のためと思って買っていたのだが、ガラガラバッグの奥の方に潜んでいて、忘れてたのだった。まあ、この際、背に腹は変えられん・ってことで。

 で・どーか。

 あったかい!! 

 これ、手放せんというか・足放せんというか・である。

 昔・ももひきというか、パッチというか、ありましたね。そんなものはかなり記憶の彼方へと遠ざかっていたが、まあ・そんなことよね・これ。しかし、もう寝るときも手放せんというか・足放せん・である。

 何着か買ってきとこう・と思っている。

 今のは・真っ黒・ゆえ、江頭・なのだが、鏡に映ったそれは、「笑える」。カラダ硬直して倒れたくなる。

 次は別の色を・など思う。

 プロレスラー気分にもなる。ラッシャー木村・って気分である。「みなさん・こんばんは」だ。

 「みなさん・こんばんは」ってなあ。プロ・の定義はむずかしい。

 肌着も最近はすべて「ヒート・なんちゃら」にしている。これって近年の「ジョーシキ」かね。

 最近の悩みは「洗濯物が乾かない」だ。冬でも洗濯は嫌いではない。だからするのだが、なかなか乾かない。

 
 さて、明後日はおおたくんとの音楽異種格闘技戦です。おもしろいと思うんだけどな。

 
por tim maia

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

メールを送れなかったあなたへ。

浪速のカエターノ
VS
美豚おーた
<<異種格闘技第一戦>>
@楽園食堂=パラダイス・カフェ

レフェリー:ボサ姫ユウミ
http://loco.yahoo.co.jp/place/b5a9b2a770a531cbf9005d45b450b580fe894fba/?prop=search&ei=utf-8&q=扇町&p=楽園食堂

2012年、もう明けて2週間以上経ってしまいましたね。
どえらい年の次の一年、どのように始まりましたでしょうか。
まあ・なんかね、ひどいことが起こり、そして、もっとひどいその処理があり、そして、それ以前から社会がインでしまってるって状況があり、ヒトのハートもそれに準ずるところであり、そんな中での「致命傷」であったことはまちがいないのです、あの天災と人災ですけど。

ただ、しかし、彼らは亡くなり、苦しみ、おれたちも彼らとは比べものにはならんが、まあまあ苦しみ、しかし、死んではいない。
その意味を考えてみたりするわけ。ばかアタマでね。
答えはそんなすっとはでないのだけど、でも考え続けてみる。

今年は「覚悟」の一年でしょう。去年は不意をつかれたけれど。
残されたおれたちのさまざまな行為は「濃く」ならざるをえんなー・と思います。

世界を眺めてみた時、日本の天災・人災と呼応したのかしなかったのかわかんないけど、「アラブの春」やNYからアメリカ全土に広がった「オキュパイ運動」のように、人々がオノレの言葉で語り、主張し始めてきてる。
「オキュパイ運動」の中では「STOP CAPTALISM」とか「REVOLUTION」等、日本でそんなこと言ったら、すぐに「ホされる」そんな文言も並んでいる。
おそらく今って「契機」なのだろうと思います。そして、それはヒトがヒトであるための方向付けの最後のチャンス・と言い替えても良いか・と。

そんな中(どんな中?)
Pianoの太田くんとの音楽異種格闘技戦。
どんな・反則・凶器攻撃・猫だまし・噛み合う・噛み合わない・があるんでしょうか?自分も楽しみ。

1/22(Sun.)20:00start
Charge2000yen(w/1drink)

CU THERE。おまちしてまーす。



The LABEL Rafflesia Marutani KAZ

posted by 浪速のCAETANO at 15:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

やったー・休み!!!

 もう・いや・ほんと、久しぶりの「何もない日」。嬉しい。しみじみと嬉しい。

 朝・橋下くんがTVで山口二郎をこてんぱんにやっつけてた。どっちもどっちなのだが。学者に「行動」を求めてもしょうがないと思うが、学者の「深いとこまで」の言いっぱなし・には、そこまでヴィジョンあるんだったら、あんたヒトのためになんかしなさいよ・という気にもなる。しかし、橋下くん・マナー悪し・である。中野くんのマナー悪しとも似てるようで似てなくてね。

 ただ、府外からは、橋下くん・なんか救世主チックに見られてる。その「温度差」なかなか埋まらないだろうと思う。

 まあ「大阪市民」といたしましては、とりあえずは「見てる」しかない。もし被害を受けるとするなら、割とすぐである。おれたちの商売。

 しかし、彼が言ってる事の中には「正論」もある。そこは事実。官僚的な人々の官僚的な仕事の仕方・への糾弾はおれは「あり」だと思う。しかし、ソリューションはまた別なのではないか・と思うのだけど。教育の改革が「市場原理」ではないよね。明らかに。

 たまにいるアホでいいヤツの身にもなれよ・と思うからさ。

 可視化されているところ・にこだわりすぎている・とおれには見える。そんな、人生単純なら世話ないが。

 そこまでTVを見て、本日はコピー用紙やその他諸々のお買い物にサーブで出かける。

 遠出しちゃおうかとも思ったが、本日は「家で料理」でゆっくり過ごそう・と決めた。一日しか休みがないと、それはちょいと難しいな・と思う。

 クジラを発見したので、それでカルパッチョを作って、野菜のスープを作って、メインはぶりカマのグリルw/バルサミコソースでどうだろう・と思っている。グリル用のホイルもちゃんと買ってある。完璧!!!

 昨日からセンター入試が始まって、本日新聞に問題が載っているから解いてみようと思う。出題傾向ちょっとアタマに入れとこう・と、しかし、こんなんは「気楽」なことである。

 スタートレックを5本ほど見て、ギターを弾いて、ああ・なんと幸せな。今日だけなのだが。おそらく本日のヨロコビは明日にはないので、それで良いのね。

 さてさて、実行に移します。viva la holidayだったりする。


 ナイッフィーバー・ナイッフィーバー以前の彼らはこんなん。
 
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:06| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

たわごとながら

 三権分立を「こんなん形だけやねんけどな」と言って教えなきゃいかんのは非常に恥ずかしい事なのよ。

 小沢くんの裁判、そしてJR西日本の裁判の「無罪判決」は今後、東電にも「無罪」が出る可能性もあるよ・ってことをほのめかすものだから。

 小沢くんは正味の「無罪」だと思う。ただし、あれだけ彼のチカラを削げば、それを企てた人たち・目的達成でしょ。

 政府と官僚は、おそらく、福島のあの地域を「見捨てたい」のだと思う。見捨てれば、お金いらんもんね。事故後の「チェルノブイリ」化・の状態に固定したいのだと思う。ひどい話だ。三陸は天災だとしても福島は間違いのない「人災」なのに・だ。

 JRの事故が、JRに責任がないとするなら、日本はものすごい「野蛮」な国ということにならないか。何百人ものヒトが「事故」で死にっぱなしか。原因つうのがあるだろうよ。原因には組織とか制度とかテクニカルな意味での責任は付いてまわるんちゃうん?それとも死んだ運転手の「責任」とでも言うのだろうか。そんなことにならない?

 一体どれほどのヒトが「メディア」の報道を「斜視」で見ているんだろうか? 「ほんまか〜?」って。

 震災後の様子を見ていると、結局不幸な人が何百万人か増えただけで、なぁんにも変わっとらんということに気づく。

 ヒト・の問題か、制度の問題か? ヒトを変えても余計に悪くなった・ってことは「制度」の問題ではないか・という仮説が成り立つ。

 おれたちに「選挙権」はある。しかし、選挙権しか・ない。選挙が終われば、選挙民は「奴隷」となる・と誰かが昔言っていた。ルソーだったか・と思う。おれは大阪市民であるし、となると橋下くんの奴隷か・それはヤだ。

 昨日・グリーだったっけ、の社長の記事を日経で読んで、少し違和感を感じた。

 彼は、自分たちは石油も鉄鉱石も使わない。「もの」ではないものを作って経済を廻している。それが誇りである・と言っていた。

 なるほど、「地球本体」には迷惑かけとらんよ・と言いたいのだな・と思った。ご立派。

 ただ、生物としての人間の変容には「貢献」しているよね。その変容・はどっちにどう曲がっていくか、わからない「コワさ」を秘めている。

 もちろん、彼の言い分の「化石燃料」や「鉱山資源」を使う事による・例えば「CO2」や「温暖化」の原因からは最も遠い企業・という意味でプライド持ってるのはわかる。だけど、ヒトのアタマん中をそんなに「いらって」いいものだろうか。「ホリック」のコドモ、仕事柄おれは多く知っているがホント「ホリック」なのね。本を読む・とかとは全く違い、それはTVを見ることからTVセットの外側の環境を消し、ヒトを「その世界」に埋没させる・そんな作用があるよね。しかもコドモ〜若者がターゲットであるよね。

 人間関係のちょっとした軋轢が原因で、人間関係そのものを構築できないヒトもまあ増えている。そこんとこ因果関係ってまだ歴史の新しいゲームのせいってのはなかなか言えんとは思うが、殺伐とか孤立とか、「社会性」とはまるで対極にある概念がそこには見えたりしてる。

 それは「慰め」よね。「自ら慰める」いやーん。そっち方面のめんどくさくなさ・もわからんでもないが、「本チャン」の・・・もやっぱりいいもんね。ただ、すぐに・・・・lessにはなるが。EDが何いうとんねん・ってチャチャは今はなしね。

 そう考えると、ゲームやっていようがいまいが、現代の病理は等しくみなさんへと散布されていることに気づくのだけど、つまり等しくスポイルされている我々が「前提」になっとらんのかい?

 ちょっとぐらいスポイルされてて「現代人」という気もするのはわかるのだけど、時代はもひとつ先へと進もうとしてる・そんな気にもなっている。

 おそらく「ダークなSF世界」と「青空の下での昼メシ」そんなものを行き来しながら「おれは」生きていくのだと予想するが、それはテクスチュアのヴァラエティが自分は欲しいからなのだ・とわかっているからそう言えたりもする。

 それを「ダーク(なのは隠しといて)なSF世界」のなかに「青空の下での昼メシ」を含んでしまおうという試みに見えてしょうがないわけなのよ・そのゲーム世界というのが。

 ま・世代的に「アナログ」でした・と言ってしまえばハナシは終わる。しかし、アナログ・デジタルなんて区分ももうさほど意味はない。解析していくなら、みなさん「無自覚にデジタルだった」わけで。

 そのデジタルであったこと自覚しないで「アナログ」だったつもり・ってのが今貴重なのだ・とおれは思う。そこにはなにかしら「余地」なるものが残されている・と思えるから。

 ニッチをどんどん埋めていく。それは現代マーケティングの「大きな市場」を期待できないそんな時代のあだ花ではあるが、でもさ、必要ないものを結局おれたちも買わなくなってきてるでしょう? 倍率を上げて対象を拡大して、また細分化があって、ちっちゃなフィールドをぐいっと広げる。そんなことの繰り返しで「荒野」ができるわけだしね。毛ぇ生えんわ〜・という気がするのだ。


 ダサさが善いわけさ。

 

 

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 16:06| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

江坂

 これから寒いみたいである。定期的にくるですね・寒波。

 こいこい。冬は寒くなくっちゃ。

 うそ。中津駅の「おっちゃん」死ぬな!!

 
 昨日、病院の待ち時間に、カレンダーを買おうと東急ハンズ@江坂まで行ってきたが、売り場がものすごく縮小されててびっくり。

 ミナミにもできたし、キタにもできた(できる?)のかな。まあ・どうでもいいのだが、ペットやチャリがなくなっていた。唯一のハンズではなくなると、そんなことなのだろうか。だろうね。大きいものは中心へと向かう。

 江坂は特に好きな街でもなかったが、便宜上最もお近くの街だったから、馴染みの店も多かった。昔、学校へ通う際、たまに乗る御堂筋線から見下ろす江坂は、ただっぴろい田んぼの中に「カイト」というコーナンのはしりみたいな店だけがあり、ふーん・と思っていた。

 今もだが、東急ハンズから半径200m内に「田んぼ」があるのは全国唯一では?

 そんな、変な街だった。しかし、馴染みの店はあった。生活臭さがそんな店にはあり、最初は「どーかな?」だったが、通ってると「馴染んで」きた。少し懐かしい。

 ごますりトンカツや、豊味園、コーヒーのHiro等だが、まだおれが吹田市民だった前期〜中期までは、中途ぱんつながら、気楽な街だった。公園もあり、図書館もあり、TSUTAYAの最初頃の何号店めかもあり、そこのバーでよくむちゃもした。まだ紳介と巨人がそのちょっと北側に棲んでいた頃の話だ。

 おれが江坂行くのはかわいこちゃんに会いにというのが前期〜中期で、銀行周りってのが中期〜後期だったから、特に後半はあまりいい思い出はない。大阪の他の中途ぱんつな街同様・というかそれ以上に伝統に欠けるから、いらわれやすい。なんとなく「びんぼっちゃま」ぽい。

 そんな中途ぱんつ・ながら、おれも吹田市民は25年以上やってたから、オノレの歴史が街の歴史と重なり合っている。そうなると、それはそれで「わるくないぢゃん」ということになる。自分にとって「いろいろ」あった街であるから、びんぼっちゃま・ながらも、「サウダージ」である。そして、それは「センティミエント」の間違いなく一つでもある。

 昨夜も昼間に続いて吹田のキュート・ガールたちを送っていったが、いまだにやや「複雑な」思いに駆られる。

 浪速でも河内でもなく、そんな要素には激しく欠けるが、北摂はおれは嫌いではない。

 やはり、淀川の存在が大きく、その北側と南側では文化も違おうというものだ。

 長柄の人柱になった垂水の長者巌氏が棲んでいた辺りが今の江坂界隈である。巌ちゃん、「いらんこと言って、それがオノレに帰ってくる」なんか、まぬけでくすっとくるわけである。当時は「摂津の国」。人柱というおぞましいイメージとも違ってね。


 思いは溢れ



 
posted by 浪速のCAETANO at 12:49| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

冬期は終わるけど・・・

 穏やかな休日。今日で冬期講習は終わり。ピザパーティー予定。

 今・みんなは社会のテストである。今日のは某女子校ので、まんべんなく出題されている。いい問題。社会は「連想ゲーム」のようなものだから、解答しながらそこから派生する問題を思いつく限りチェーンのように繋げていく。そんな感じ。解答用紙をシャッフルして、別のヤツの答案を「きびしく」採点する。うちのきびしい・は楽しい・なんですけど。

 もうこの時期になると「受験」のための勉強の意味合いが濃くなっては来るが、「お勉強する」はそんなもんじゃない。「新自由主義的マインド」を極力なくして、昨日のおのれよりちょいとだけものを知る・かしこくなる、そして教え合う。その場にいる事が楽しい。そんなことにならないと、ちょっとぐらい上の高校に合格したところで、なぁんにもならん・ということなのね。

 オノレだけがいい思いをする・では結局オノレもいい思いが出来なくなるのである。そんなことがわかんないヒトがなぜこんなに多いのだろう・と思うのだが、なぜかみなさん「アタマわりぃ」のよね。「セコい競争?そんなものは無意味だ」とセヴンオヴナインにあの震えるような美貌とあのカラダで言うていただきたい。

 資本主義の行き詰まりの中、「アメリカ」のオキュパイ運動の中では「社会主義」「マルクス」という言葉が手作りプラカードの中に踊っている。これが無視できない現実なのでは?

 資本主義のアンチテーゼは「新しい民主主義」とかではなくstill「社会主義」であるのではないかな。えらい学者の方々、そう言ってくんないかなあ。逃げ切ろうなんて思わず。日本では言えませんか?でもアメリカのpeopleが「公言」してるんだけどね。

 
 今日、入浴剤がなくて、「あ〜あ」と思っていたが、やつらがみかん食ってたのを思い出し、「ゴミ箱」の中から、皮を拾い集めて湯船に浮かべてみた。結構イケた。だはは。「清貧」という言葉が浮かんだが、まあ、それもよかろう・なんてね。

 みんながちょっとずつ貧しさを受け入れる・っていうことと、近いかな・遠いかな、よーわからんが、みかんの皮も「資源」であることに変わりなく、ただのゴミになる前にもう一仕事・なんて悪くないじゃないの・と思った。

 冬季は本日で終わったが、実力テストが明後日・明々後日とあり、やつらは来る気満々なのであって、休めない。髪の毛もどうしようもなく、早く散髪したいのだが、週末まで無理かなあ・無理よなあ。

 ピザ焼き過ぎてなんだか疲れてしまった。ちょっとやり過ぎだった。


 好きな声。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 00:06| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月07日

「覚悟」しろ

 書いていた駄文が、フリーズして、うーん・もうっ、でPCを再起動させ、次に書いていた駄文もまたまたフリーズにより別宇宙へと消え、三度目になるが、これも消えるかもね・どーせね・って思えば気が楽である。

 TAKE 3。

 大晦日〜元旦ライヴが終了して、初めて「富島神社」へと初詣をした。地元のカミ・ということになった。富島神社を地元のカミということにするのに3年かかった。中津を棲む場所として認めるのに3年かかった・という意味と同義である。なにかしら「拘り」があったのね。

 20年ほど前に、A DECADE-IN FAKEをSONNA BANANAへと改名した。ファンダンゴの年末オールナイトだったと思う。バナナ投げをした。激沈みの後に大盛り上がりがあった。そんなことになれば良いですなあ・と思う。

 なんのことかはもうすぐわかるけどね。クルマを替える。名前を変える。そんなことをして生き延びてきたのだった。変えていく事が変わらない事でもある。そして、とっちらかるのがアンチ・スペシャリスト宣言でもある。

 お正月は実家で家族・友人たちと過ごしていた。あんなことがあった翌年の正月であるから、顔を見て話をする事の大切さがじわーっと立ち上がってくる。まあ・大した事は話さないが、そういう問題でもないのね。同じ空気を吸うってことね。

 しかし、あれですね。TIMES - THEY ARE A CHANGING.

 自分は長男で、直系の・つまり、家族の中心に位置すると思っていたものが、コドモはいないわ・現在単独行動・となると、いきなり傍流に追いやられる。妹家族のパフォームする・一家に於ける血の連続に時間空間が占領され、圧倒され、おれはなんとなく小さくなっていた。そんなもんなのよねえ。現実。数はチカラであるね。多勢に無勢というかね。

 ディランの歌詞が身に沁みるわけである。LIKE A ROLLING STONEね。

 この歳になると友人たちも「まだまだ元気」なんてやつらはそうそういない。それぞれ、現実に於いて直面する事にエネルギーを費やしている。それもまた人生の真実なのだろう。まだ歓迎されてる(勘違い?)うちが華である。まあでも、善き人間だらけだ。そしていい意味で儒教的でもある。みなさまの今年一年のご多幸をお祈りしております。いや・まぢで。

 毎回そうするのだが、タケミナカタの諏訪大社へ詣で、その後、寺町通という「寺だらけ」の、そこから上ると亀山社中へと至る通りがあるのだが、まあおれにとっては京都の哲学の道と印象が近いのだが、そこを歩いて、由緒ある古本屋で本を探すわけである。アーケードを見下ろす喫茶店でコーヒーを飲み、からすみと角煮まんじゅうをみんなへのお土産で買って・・と正月の行動はやや定番化してきた。しばらく行っていなかった老舗の料理屋へも行けた。昔のままだった。

 しかし、禁煙の場所・増えたなあ。

 戻ってきたら、正月ムードは、自分の周りではあっという間に消えてしまった。それでいいんだけどね。ここは、対価のあるなしにかかわらず、「仕事の場」だから。おれたちの正月的な時期は3月である。でもここから「早いよー」。3月はなんとしても熊野へ行こう。

 
 もう何でも起こる。「起こることはかならず起こる」というのが、昨年、学習された事なのであるから、おれたちは例えば「誰かが死ぬ事」「何かが崩壊する事」を覚悟しながら日々を過ごすわけである。想定とか言う言葉はどうもいけない。会社言葉はどうもいかん。責任がそこでは拡散しちゃう。ひとりひとりが「覚悟」する。おれはそれしかないと思うけどね。

 おじさんたち(おれより上の世代の)が逃げ切りたいと思ってるのはもう自明のことだが、おれも逃げ切るほど「動産・不動産」ともに持ち合わせちゃいないが、おそらく少し似ている感覚として、なにか次の世代の捨て石でも何でもいいんだが、実験結果を残したい。

 そこんとこで「持たざる者」の強みがなにかしら発揮できはしないか・と思う。オノレへの未練もあんまりないけれど、自分がやっていることは「これしかできませんでしたけど」とコメントつけて、形にしておきたい。おれの知ってる何人かの人々へ、「オノレへの未練」を根拠に何かをやってもおそらく、うまくいかないのではないか。そこには「他者」の存在を意識する目が欠けているかも知らんなあ。そして、そのようなものが説得力をもつわけがないのだ。余計なお世話かもしらんが。キミのためを思って敢えて言っておこう・と思う。まあ聞き流してよね。

 さて、松の内が明ける。おれも去年年末にやりたい・と思った事を少しずつ始めようと思います。
 

 ちびライオン。

 

 

 



 

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 12:59| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

元日 2012

 
あけましておめでとうございます。

 旧年中はお世話になりました。

 本年もよろしくお願いいたします。


 
 今年はかつての「戦後」の始まり・と同時に戦前・の両方に喩えられるのではないか。

 破局からの第一歩と同時に、更なる破局を避ける努力も要るという大変な時期の始まり。

 なんでもこいや・ぐらいの気概と胆力を持ってやるしかないでしょうね。やりましょう。

 
 隠されていたものが曝け出され、いろんなことがこれから見えてきます。見たくないものもいっぱい見えてくる。もう見えてこざるを得ない。「見たくない聞きたくない」と故南方師匠化することなく、リアルに向き合おう。向き合う事がこの国のかつての「過ち」を繰り返す・を防ぐ事になる。いや・ほんと。

 
 みんな生活に追われてると、なかなか物事を考えられないと思うが、ぜひこのお正月休みに「落ち着いて」世の中の流れの変なとこをチェックしてみるのがいいのでは・と思う。おれもそうしてみます。

 
 21世紀名曲。


posted by 浪速のCAETANO at 19:42| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする