2012年01月28日

大雪列島にて

 雪国は大雪である。

 村上には「大雪 風雪 波浪 なだれ 着雪」注意報が出ている。警報でないのが救い・ではあるが。この「非対称性」が日本のいいとこでもあるが困るとこでもある。

 今降ってる雪は「里雪」と言われる雪みたいである。山に空気の塊が当たって、上昇とともに飽和状態から降り出す雪ではなく、山に当たる前に「漏れる」ように降る雪ということだ。なんだか絶対的「質量」を感じさせる。重そうな雪だ。

 
 EテレだったかBSだったか、「聖徳太子」の非実在性に関する番組が昨日あった。

 もうアカデミックな世界でも太子は「集合体」の表現・ということになっているみたい。それはいいのだが、それはどなたとどなたとどなたの集合体なのよ? いや・まぢで、と、そこが大事なとこだったのだが、そこに関しては、文脈的には「言ってもいいぢゃん」な感じだったのだが発言はなかったね。正史(日本書紀)の呪縛は重いんだなあ。

 新しい発見も出ていた。

 甘樫丘の蝦夷・入鹿の「邸宅」が邸宅ではなかった。もっとずっと質素な家だった・ということ。もし、それが事実なら、蘇我蝦夷・入鹿の、一族の館を「宮門(みかど)」と呼んだ、も「天子の舞」も創作色が深まるし、乙巳のクーデターも本当に正当性のないクーデターという意味も深まる。

 まあ、ほとんど答えに近づいているにもかかわらず、「真実」はいまだ見えない「古代」なのだけど、それゆえ、まだまだ興味は尽きないわけである。いろんなひとがいろんなことを言えて、それがほぼ等しく「真実」の可能性がある。おれたちは現場行って、あるいは離れた場所から1500年!!!以上前の事を「幻視」するしかないのだけど、幻視・する自由にも恵まれている。

 私立高校の入試が終わったら、また奈良に行く用事がある。そのときに明日香に行きたいが、まだ寒いかな。寒いだろうなあ。三山の間を抜けてくる風は冷たそうだ。

 奈良町の宿をとるから、その辺うろうろかな。元興寺近くの宿なのだが、その元興寺から興福寺を「北に見上げる」そこから、古代へと遡ってみたい。鬼の感覚をもって。奈良の元興寺と明日香の元興寺、まあ明日香の元興寺はその全容を経験する事は既に不可能なのだが明日香の元興寺の・日本最初の仏教寺としての素朴ながらも威厳のかけらを感じるのに対し、奈良の元興寺はもういかにも飼いならされた・建てられた時に既に「歴史」であったかのようなそんなやるせなさを思うわけである。

 日本書紀の筆記に関しても、書き方の癖や中国語の文法から「ここからここまでは同一人物による加筆」「あまりにドラマチックなのは創作」なんてこともわかってきている。学者のみなさんの地道過ぎる研究には頭下がる。それでも「意識上」の正史の壁はなかなか高
いと思える。

 この寒さがピークの時期、いろんなことに縛られるからか、意識はものすごく自由を求めてしまう。温かい目に遭いたい・のも一つ。まとまった時間が欲しい・のも一つ。毎日大酒喰らってるだけではいけません。いや・ほんと。時間ってあるようでない。またまた休めない日々ではある。
posted by 浪速のCAETANO at 14:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする