2012年02月29日

閏年

 本日2/29。

 関東は雪降ってるが、関西はほんわかしている。

 こちらは揚子江気団に覆われてるからだ。油断していたら月末だった。勘狂う如月・でもある。

 先日の2月26日は「2.26」の2月26日だったわけだ。

 1936年2月26日の「昭和維新」を掲げたおぞましいクーデター未遂だけど。テロである。

 「維新」という言葉・2度目の使用。そして現在3度目の使用。

 今回はみなさん、忙しいのとアホになってるのと両方で、あんまり気にしてない。一昨年の大河ドラマが「龍馬」だったことも関係あるのだろう。「明治維新」。その余韻・利用してるよね、彼ら・おそらく。

 しかし、その龍馬も殺され、西郷も板垣もメインストリームを外れ、「明治維新」でのこったのは大久保とか山県とかの「カス」ばっかりであったことも忘れてはいけない。そのカスたちのノリが戦前・戦中をつくり、結局戦後にまで残っちゃってるのだ。

 山県なんてサイテーである。「元老」なんちって。明治維新の下っ端が、その上の世代がみんな死んでしまった事で「エラそう」にする。理想のかけらも本人にはない。そんなアホが維新の現場に居た・というだけで、祭り上げられ、本人もその気になる。自己保身しかないんだよね。それは日露戦争から普通選挙と引き換えの「治安維持法」まで続く。

 石橋湛山が山県の死に際し「死もまた社会奉仕」と言った。名言。そんなやつ・いますよね・いっぱい。

 いつの世も「上手く立ち回る」人間が、結局いい思いをしている。めんどくさいことこのうえない。現在は「上手く立ち回る」には「良心の呵責を伴うなかれ」という注釈までついてるかのような・用意周到だったりする。

 「この世は幻よ・ただただ狂え」という言葉で対抗しようと思う。

 1936年も「閏年」だったね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:52| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月28日

心配している

 消費税を上げるのは「社会保障」のため、という大義名分。

 国の収支をおれたちは誤摩化されてるから、「うーん・そーかなー?」「しょーがないのかなー?」と思わされてしまう。

 今回はプラス5%という設定だが、更に上げたいと政府が思った時、どんな口実があるだろう?

 「社会保障」はもう使えない。

 なぜか?

 次の総選挙で、それをやってしまった民主党は大敗するから。かといって自民党も政権に返り咲いたりもできない。

 おそらく現実的には、橋下新党・みんなの党連合が、「第一党にはなるが・過半数までは届かず」そんな結果になると思う。

 民主党も自民党も橋下党も「いかに右翼か」を競うことになり、その右翼度が「人気度」に直結するだろう。そして・・その結末は・・・。


 ここに来て、アメリカが「日本のためにアメリカの兵隊の血を流すのはちょっとな」という態度に出てきてる。

 橋下・石原の「改憲を目指す」宣言。これ・その「言いっぱなし」をそのまま・なんのコメントも出さず、「流しっぱなし」のメディアもどーか・と思うが、それは国民のある種の気分を代弁しているからそうするわけで、メディアの意図もあるこたあるだろうけど、そっち側へ「オモネタ」態度だ。

 大阪市職員が「法律に違反」しているとしても、首長が「憲法改正」を言う事自体は「憲法違反」ではないのか・という疑問が湧く。

 そこんとこ・どーよ。

 こんなときほど、他に気を逸らす報道多し・だ。霊能力者とブスのオトコたらし。ブスは死刑!!!なんて言っちゃうとまた各方面から怒られるが、あんなのに公共の電波使い過ぎである。日本国民の頭の中は「とてもシリアスな問題」と対極に「とてもくだらない事柄」をおいてバランスとる?なんてのがフツーになってしまっている。

 今・戦後最大の「危機」なんじゃないの? いや戦後最大の危機だと思うけどね。

 今の「くだらない話題」のかんけーしゃ・全員デブだった。あ・また、怒られるけど。

 
 戻るが、今回「消費税」しばらくぶりに上げてしまえば、そこからは一気に弾みがついてしまうだろう。で、次の口実は、これは・こわいですよ。

 もう「社会保障」のことは言えません。それ言って、民主党がすでに「負けてしまってる」からだ。これ近未来の話だが。

 アメリカがもう「安保条約」に関して、いつしか「日米同盟」なんちっちゃったのは、そこまでの見通しがあったのかどうかは定かではないが、日本にATMの役割を果たさせようという意図があったのはもう自明・で、実際そうされてきたわけだが、今現在の日本には、その役割を果たすだけの資金もなくなってしまった。だからTPPなのだけど。骨の髄までしゃぶる気よね。

 次は、中国包囲網の実戦部隊としての役割を言ってくる。

 そこに呼応する勢力が、おそらく「橋下・石原」となるのは誰もがそう感じてるだろう。感じてて、現実のおそろしいところは「やばー!!!」よりも「そうだー!!!!」の方がマジョリティ・ってことね。

 もう・フツーの人たちの「中国嫌い」って凄まじい。「見たんか?」と訊いてみたいけどね。「南京虐殺」の河村くんのコメントに対して90%が「そーだー!!!」だったらしい。ここもまた・なんというか、おそろしい。

 「橋下・石原」くんたちが「憲法改正」を言っているのも、「一院制」「首相公選」のことを橋下が言い、「9条」を石原が言い、ナイス・コンビネーションでもある。どさくさ紛れの感は否めないが。戦術的には、世論の・特にパーの人たちの・形成には効果的だろう。賢くとも・パーでも「一票は一票」。議会制民主主義の根幹であり「限界」である。

  
 アメリカの意図の変化・税を更に多く取るために・この国の政治の行き詰まりを打開する・これまで膨らませてきた国民の間のフラストレーションを一気に解決・そんなウルトラCがある。

 それは「有事」だ。ていうか、それしかあり得ない。相手は中国。激しく世論が「憎まない事には」戦争は出来ない。しかし結果はアメリカの「鉄砲玉」としての玉砕だ。

 その前になし崩し的に「核」を持つかもしれない。そうなると一気に東アジアの緊張は高まる。今のイスラエルvsイランと同様になる。


 核をもつまでは、先制攻撃はしないと思うから、それまでに、橋下くんが潰れてくれないと困る。しかし、そういうのって「加速度」つくと、あっという間だという気がしてる。それを後押しする「世論」は充分熟成した・と思えるからだ。


 今のままでも、再度日本は「核戦争」の被害者になり得る。21世紀の戦争は「サイバー&核」の複合戦争で、もうこれは第一次大戦以降の「運命」だが、一般市民の被害は甚大なものになる。核をもたなくとも核の被害者に・・・というのは、数多く存在する「原発」の存在である。日本全部がヒロシマ・ナガサキ・フクシマとなる可能性大だ。

 
 そして、なんだか、その・1民族の犠牲の後、アメリカと中国は「親和的」になりそうな気がしている。そこんとこが、さらに「やるせない」。


 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:06| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月27日

休めん・だけど

 今、こわごわ「いつまで休めんのかおれは?」を調べてみた。

 判明した。3/15と出た。はぁー。

 ま・いいだろう、。なんとか、日々「本家つかの間の癒し」で乗り切ろうと決意する。それよりも来年度の準備しないとね。

 いたちごっこだなあ・なんだか何が幸せかなんて最近よくわかりません。みなさんは「おわかり」でしょうか?

 幸せは「瞬間」にしか存在しないような気がしてる。

 受験が終わったら、知らない土地へ行ってみたいと思う。日本もまあ広いゆえ。

 来年度は来年度の風が吹く。

 そんなこと言ってるからいつまでも、そんなことなのだが。ばかの証拠・ね。

 昔はそんなことなかったんたけどなあ。もうちょっと高みにいて、尊敬もされとったはずだが。


 今はからっきし・である。皆のものの扱いが「非常にぞんざい」。

 老兵は去り行くのみ・か。くくく。

 
 さて、もうそろそろ梅の時期である。自分のANNIVERSARIOの頃になると、「梅」が気になる。今年は寒かったからやや遅漏気味みたいである。桜のハレヒレに対して梅は「今はもう存在しない日本のいいオンナ」の風情がまことによろしい・と思っている。

 花・が桜を指すようになったのは「平安」の頃で、その前は、つまり奈良・飛鳥の頃は花・というと「梅」だった。世はより「派手」で「単純」な方へと向かうから、桜によって「乗り越えられて」しまったのは仕方がない。平安・とは「罪な時代」である。

 紫式部や清少納言のような「感性の鋭いブス」が、宮廷の話を世間にバラしちゃったわけだからだ。

 作品自体は、何の問題もなく・ただただすばらしいのだが、世間一般の知るところになったというのは大きい。描かれている場にいる人々が「自覚」してしまったところが大きい。現在でも「自覚」した芸能人や女子アナなどは、それだけで「エロ」であることからみてもわかるように、階級の自覚はエロと結びつく。

 そんなことの「第一回」が平安なのであって、徐々にいろんなことが派手になり、そうこうしているうちに梅は桜に乗り越えられた・と思う。

 実際、万葉においては梅の歌が7割ほどある。古今になると逆転する。

 嗅覚を(も)刺激する梅は、よく考えるなら、2カ所責めの春の花である。桜の散り際のハレホレヒレは確かにないが。ま・ややジミなんですね。咲く時期も桜に上書きされる。

 しかし、梅は良いので、ぜひ今年もどこかにゴージャス弁当もっていってこようと思う。昼間でもまだ寒いってのが、「梅見」のポイントである。お供は「赤」がいいよね。

 休めない場合は1日を二つにわけて、「半ドン」にするのも「知恵」である。


 どこかしら「梅的」な。
 
posted by 浪速のCAETANO at 17:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月24日

やめんか

 困った市長が、小中学生も留年させるとかなんとか。

 子供は「ばか」でいいのに。「ばか」がいいのに。最初っから私立中受験するようなマインドの子供大量生産してどうすんのよ。

 バカの時代があるからその後の「知性」のフィールドが本人の中に確保されるんじゃないか。

 「おとな」みたいな子供を大量に作ってなにが嬉しいのか。そんなセコい競争の中に巻き込まんでいいから。いや・ほんとのはなし。

 中三でも「まだばか」でいいくらいなのに。「その後」って「ずっともっと長い」のよ。

 しつけを親がちゃんとできず、そこらへんを塾や学校に丸投げして、あと関知せず、そして、払った費用対効果のことしか見えてない。そけが現状というもので、そんな中、小学七年生とか八年生とか、そんなはっきり「こぼれた」ことがわかる体制にして、それがいいなんて、頭わるすぎ・である。

 小学校中学校合わせて9年間・というのが日本の義務教育制度だが、それにほころびが見えるのは、ここ数十年の・やっぱり少しずつの「市場原理」というか、フライングというか・よーい・どんの前に、おかんが、娘・息子を手の引いて、第一コーナーんとこまで連れてってあげてる・それが「なんか得」っていうのを最初は一部の人間・現在は「みなさん」が、そう思っちゃったことに原因がある。

 そんなことしなくてだいじょうぶなんだって。ちゃんと「そこにある才能」は花開くって、そんなことに無自覚な時代が長ければ長いほどいいんだって。いや・これもほんとのはなし。身体と心の成長が「片目でチンバ」ではいかんのよ。

 だから「初めての試験」は中三でいい。この時点が「ちょーどいい」。子供は親のペットではないからね・当たり前だが。

 「幸せな少年時代」を送らせてあげていただきたい・と切に願う一人です。

 いい高校や大学入っても「息切れ」してちゃ・未来はない。大切な事は「それだけ」である。

 

 そんなみなさん「極・小市民」になって何が嬉しいのか。
 
posted by 浪速のCAETANO at 14:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月21日

幻想よりはじめて

 幻想をもたせたもん勝ちなのだけど、その幻想は持たせた瞬間から、EROSIONも始まり、なんかそんなことを性懲りもなく繰り返しているだけなのだ。「モツ」幻想もそりゃあって、あの市長の方やあの学者の方やあのスホーツ選手の方や、それはいつまで「旬」をキープできるか、それは「消費」の文脈の中でしか生き続ける事が出来ない事が「情けない」のだよね。

 ただ、その中でその方々が「旬」のうちにそのノリと突破力によって明らかに「進んじゃう」ことがあってさ、その例えば崩壊しかけの橋が重力には逆らえず、そして一旦がくっと下がってしまえば決してもとには戻らないように、その変化には不可逆性があって、それがほら、なんかそのまわりで囃し立てて思考停止していた取り巻きたちの責任ちゃうの・と言いたかったりするのだ。

 皮膚感覚で生きてきた人が、ちょっとした地位を得て、なんかえらなった錯覚してさ、あったまわりぃのにそのわりぃ頭で考えようとするなら、それを操作するのってちょろい。

 「現象化」してしまったことって、「安もんの信仰」とかわらない。オセロ中島を笑えん感じ。

 一般の人々の感覚って、旬が過ぎてそれから・ぐらいだしね。メディアの責任って重いもんね。なぁんも考えとらんがヤツらは。


 さて、消費税上げの「今回の」理由が「社会保障」という事であるという。嘘つき。

 官僚の無駄遣いを続けるための資金なんです、と正直に言うのがいい。正直って大事よん。

 橋下くんにただひとつ「留保」する点を見つけるとするなら、そこに切り込めるか・ということだけである。後はどうころんでもヒットラー的でしょう。やっぱ・タイプとしては小泉・なのかな。ただ、この元首相も「旬」は長かったようで短かった。結局ポチの鎖を頑丈にしたことと、構造改革!!なんちって、ビンボー人に負担を増やしただけだった。橋下くんがどう「収斂」していくのかかはしらんが、
そこに切り込むためにはヒットラーでないといかんとするなら、こんな不毛な事もないわけで。

 おれたちは「蚊帳の外」だもんね。

 独裁は到底認められんが、議会制民主主義も限界、でもどっちかしかないぢゃん・てことだ。

 ほんとにそーかー?

 一般家庭のゴミ収集も大阪市は「有料」にすることを検討している橋下くんだが、大阪市民は「YES」なのだろうか・それにも。

 おそらく、おそらくだけど、もう既に、彼の目は「国政」へと向いていると思うよ。大阪は府も市も「踏み台」にされて終わる・と思います。

 勘・で言うが、いつものことながら、メディアの支配の中で言うなら橋下くんは「ホリエモン」がいたところにいると思ってる。実(虚)業家と政治家と立場は違うが、しかしよく考えてみよう。どちらも「ぽっと出」であって、メディアをドライヴにしてのしてきた・なんてin commonだし。メディアって、ほんと・アンプリファイア。忘れっぽい日本人の気質というかアホなところだけど、それを後押ししてる。何回でも「だまされたい人たち」なんだなあ・と思う。

 誰かに期待する。なるほど、それって「議会制民主主義」の精神ぢゃん。おれ・今わかった。おれのユルさも「相当」だけど。

 と・するなら、明治以降・さらには戦後、何年もかけてこうなることを目指してきたということにもなる。これ・もう失敗やん。

 DO IT OURSELVESにならないといかん・そんな気がしました。

 議会制民主主義の限界と、その限界を払拭するには危うい独裁にしか未来がない、そんな空気が支配的。それが「今」なのでは。

 まあ・「いい独裁」なんてのもあるかもしらんが、「アホー」って言っただけでinto JAILはごめんしてほしいし。

 まあ・足下の大阪はアレだけど、議会制民主主義の「いらっ」となる点・を橋下くんが突いてるのは事実である。そこに、特に非大阪在住の方々が反応している構図。大阪は次のフクシマであり沖縄でもいいかー・そんな意識が垣間見える。そうぢゃない?非大阪の人々。

 大阪市民としては「それはおやめいただきたい」と言っておきたい。


 ROYALITY IS VALUABLE BUT OUR LIVES ARE VALUABLE TOO.

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月19日

After the WEEK

 Terra セット:

 Asa blanca
 O leaozinho
 Casa portoguesa
 Cielto lindo
 青い花
 San Vicente
 Sunday morning
 ヨーデル〜ポリュシカポーレ
 Flowers
 2001
 ROSA



 周年週間は無事(かどうかわかんないけど)終わり、ほっとしている。始まりはTodo O Mundoで終わりはO Leãozinho。Todo O Mundoで入ってO Leãozinhoで出る。そんなブラック・ボックスな一週間でありました。

 ほっとしている・ってのは正直なところです。

 O Leãozinhoをこれからもよろしくお願いいたします。

 
 しかし、本日・朝きびしかったぁ。目が覚めて9:30。お・よゆーよゆー・でどうも2度寝の癖がついてるおれのセカンド・ウェイカップは、10時15分。「ン? おおお」となって、おそるおそるインターフォンの受話器を取り「・・ちゃん・いる〜?」

 「います」

 「ちょ・まってな」

 だった。

 今二階建て目。ここからが体力使う。

 昼間の空気に「春」を感じてる。寒いのは寒いが、それが「救い」。

 フクシマとか沖縄とかの悲惨なのは「救い」がないところだ。そこ・救わな。なんとしても・よ。

 帝国主義や現在の資本主義によって前者なら「植民地」・後者なら沖縄や・福島に基地・原発をおしつけて、おれたちは安全や享楽を得ているわけで、そして同時に民主主義と平等意識によって中身が出来てきてて、だから、それらを新たに押し付けられる事は厭だと、民主主義と平等意識によって言う。この軋轢・矛盾。それが超難問なのだよね。

 GREEDYな・人格が特定できないようなファンドとされるものも、実はおれたちの欲が先鋭化・巨大化したものであるとも言える。ちっちゃな欲望ならもっていい気がするもんね。でもここんとこむずかしい。

 巨大ファンドにファック!!!!と言った瞬間にちっちゃなfuckがこちらのからだにも無数に突き刺さる・そんな印象もあるしね。

 政治も経済対策も手詰まりに見える今・橋下くんに期待する気もわからんでもないが、特に離れてみてるとそうなのだろうが、やっぱ「新自由主義右翼」でしょう・彼。打倒官僚だけやってくれればいいのでは・とおれは思うなあ。しかし、国家官僚と政令指定都市とはいえ、大阪市の職員では、どうだろう・あまりにレヴェルが違いすぎなくないか?

 国家官僚を打倒できるのかなあ・とそこんとこはやや疑問。そこを評価する声が多いから余計に疑問が募ったりするわけよ。

 
 さて、では数学の解答始めます。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:46| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月18日

Terra

 ジパング・セット:

O Leaozinho
Beleza pura
Desde que o samba e samba assim
唇に涎
Je sui ver ni tu dire・・・・
折り畳まれた時間
Eu nao peco descilpa
コンドル2

ん? なんか忘れてるかも。

「Terra」という呼び方。 GLOBE ・EARTH・第三惑星・地球。
 
 ここがホームではないという考え方もある。火星からおれたちはやってきたタンパク質の末裔とも言われる。ほんとのとこ・よくわかんないが、仮の住まいであったとしても、もう生命が誕生してから20億年ほどになるはずなので、それはホームでよいかと。

 どこからやってきてどこへいく。このイノチの連鎖の旅路を超微分してぐいーっと引き延ばして、更に顕微鏡で眺め、倍率を上げ、それを時間と呼び、またそれを恣意的に区切って、番号をつけ、その何番目かの時間の何分の一をトントントンとみじん切りにし、それをおれたちは一生と呼び、そのなかの何番目かのちっちゃな時間をがんばったりがんばらなかったりしながら限られた数の心拍数とそれに伴う呼吸をこなして、ではさようなら。

 TERRAのこどもたちですね、そう考えてみるなら。そして、出来不出来もそう関係ないなあ・なんて思う。等しくTERRAのコドモたち・と言っていいか。

 大きな存在というのが、そこで必然的に考えられる・そんな気もしてくるわけだった。

 ホモ・サピエンス・サピエンスであるおれたちは同時にホモ・ルーデンスでもある。楽しさの連鎖がドライヴになることにいつ誰が気づいたのかよくそれもわからんが、でもそれを妨げるものとは闘っとかんと。

 意識の対象のおおきなものと、現実の小ささに引き裂かれそうになりながらも、こんな時代だからしょうがないと半分諦めつつも、プログラムされた欲求に従い、一歩・二歩。

 すべての存在に「いとおしさ」を感じたりしながら。

 もういろんな意味で「よれ」てますが、一週間の〆として、最後のチカラをユンケルでチャージ・アップしつつ、「行」を終わりたいと思います。

 本日これからも含め、「O LEAOZINHO ex todo o mundo」の誕生に立ち会っていただいた方々、厚く御礼申し上げ早漏候。
posted by 浪速のCAETANO at 15:57| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

ジパング

 「木・森」のセット:

Fotheringay
Devonside
木の精
Who knows where the time goes
Here there&everywhere
Waltzin' for dreamers
St, Swithin's day
Alison
葡萄
Hard days night

 そろそろ、足・にきてる。
 しかし、ゴールも見えている。弦は死んでいる。変える気力と時間もなくって。そんな時間帯。

 マルコ・ポーロが「東の海には黄金の国おまっせ」とフビライに耳打ちした事で、「てつはう」を伴って元の軍隊が、やってきて、鎌倉武士たちは、それを迎え撃とうと「やあやあ・我こそは播磨の国なんちゃらむらのなんちゃらの息子でなんちゃら・・・」と口上を述べているところを、元の兵隊に集団で取り囲まれ、カラダを八つ裂きにされた。そんな笑えないような笑えるような、戦いが「元寇」と言われる。

 神風が吹いた・とも言われる。実際台風は来たようだ。弘安の役のときはあまりに大量の船が湾の中で身動き取れなく、ひしめきあっていたところに台風が来たみたいです。

 黄金・を求める気持ち、かなり盛り上がってたんだろうなあ・と思う。2度も来るぐらいだしさ。

 現物資産としての金・という話もある。昔は1500円ぐらいだったのが、5年で3倍に跳ね上がっている。ファンドの仕業だが、証券などにカスを混ぜたあのリーマンショックがあっても、そっちの先物への投資(っていうか投機でしょう)は非難の対象にはならん。

 おれも昔240万勝って、200万負けて、なんのこっちゃわからん「ぬか喜び」もあった。「投機資本主義」はだめですー。

 本日は「とっておきの名曲」の数々が用意されている・と思います。「ジパング仕様」の。

 みなさん、寒い寒いと言いつつも、空気には「春」の匂いがすでに含まれている事をもう感じてましたか?

 寒い日はまだあると思うし、手袋・ネックウォーマーは手放せんが、完全にもうそこまで春は来てる。気配は感じてて、それが何か・忙しくて気がつかなかったのだが、本日ワイン買いに行ってて「確信」した次第。

 「レオンジーニョ」の周年ウィークが春を呼ぶ・そんな風物詩になりたいものです。

 今日明日はおれ・10時まで仕事ですので、開始は10:30ぐらいになると思います。シャンパン・コルクもう・どっかんどっかんイッといてくださいね。週末だよん。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:44| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月16日

木・木・木・森

「水」のセット:

空・海
水蒸気
O Leãozinho
Equatorial
Ooo baby baby〜i saw the light
Rumba azul
Monile
Lazy day
Merica merica
Wounded whale
Last waltz

 なんとなく、青はイタリア。セレソンが「アズーリ」だし。
」といいますと、ブリテン。ブリティッシュ・グリーン。クルマで言えば、もはや過去形だが「ROVER」のグリーン。

 ちょっとくすんで、苔のグリーン。エディンバラのラグビー場の芝・ラウンダバウトからスピンアウトして走っていく先の田園・R168を降りていくと見えてくる熊野川の「verde」・そして熊野の森・シュヴァルツヴァルト・ジャマイカの海のエメラルドグリーン・マスカット・初夏のどこにでもある広葉樹。

 

 生命の色ね。そしてやさしい。目に優しいだけでなく、あったかくやさしい。

 なぜ生命の色なのかというと、思うに植物の色だしね。食物連鎖における「生産者」・光合成をするわけで、あのひとたちはハラ減っても、だれか他のイノチを犠牲にしないんだもんね。自前で炭水化物作っちゃうところが「錬金術師」なわけで。それも水と二酸化炭素などという、においもあじもない分子をちょちょいのちょいと組み替えて炭素と水素と酸素から「旨いもん」作れるわけで。もう・天才である!!!

 30年間一緒に過ごしてたネコたちが、みんな先に逝ってしまった後、植物と一緒に過ごしたくなってきてる自分がある。植物に憧れる。「植物系男子

 家に帰ると、BORGの再生装置みたいに「鉢」に自ら植わる・なんちって。

 まあ・そのぅ、ある種の「自己完結」ですね。しかし、そんな噂が広まっても困る。「あのひと・家で・・・・・やねんて」新手のヘンタイではあろう。まあ、みなさん・どこかしらヘンタイではあるが。

 アホなこと・言うとるが、21世紀の生き方としてはオプションではないのかね。「植物系男子」。

 「草食」なんて中途ぱんつではどーなのよ・と空気につっこんでおきたい。

 「鉱物系男子」もいいかも。

 ライヴも4日目ともなると、なんとなくネタにもリミットが見えてくる。

 最後までやれんのか? いや・まぢで。このday4 day5あたりが胸突き八丁ではある。Heart break hill。

 「肉喰おうかな」

 P&G時代のネタ。

 外国人だらけの会社で、人事部長が言ってた。

 「宇宙人だよあいつら。肉喰ってるからなあ・・・」

 後でぽつりと

 「日本人もうどん喰ってますけど・・」

 で、おれはその日の昼メシ「肉うどん」にしました。


 こんな感じ(どんな感じ!?)で本日もやりたいと思います。

 本日「木・森・緑

 

 

 

 

 
 
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月15日

「火」のセット:

 Amor i love u
 O Leãozinho
 猫科の動物
 Love has no pride
 Amor de mis amores
 流れよ我が涙
 Powderfinger
 Hotel chambermaid
 いれずみ
 Jokerman


 人のカラダの組成は70%ほどが「」なのであって、おれたちは元々「水もしたたるいいオトコ/オンナ」なのだった。

 だが、実際に「したたる」とあんまりそれは社会的な評価においては「ダメ人間」といった烙印を捺されがちである。へんなの。

 ハナ垂らしてる子。涎垂らしてる子。お漏らししちゃった子。ダメダメである。子ではなくオトナだとそれはある種「決定的」か。

 ヒトは「水で出来ているくせに、その水をやたらに体外に出してはいかん生物」であることになる。めんどくさい。

 おれたちは「出来のいい皮袋」であることを要求されているみたい。厄介な生き物である。ま・生き物全体的にそういうことだけれど。

 
 海のない奈良から海に囲まれた長崎へ、というのが我が家の「叙事詩」の一部なのだが、好きな海がある。村上龍もよく言っているが、それは大村湾という完全な内海で、「ラ・メール」という仏語のニュアンスがこれほどフィットする海もないなあ・とつねづね思っていた。胎内のような海。

 生物は「海」から生まれたわけだから、そんな海が好きな事と、そいつが例えばニートであることは関係がある事にはならないと思う。ん・なんか変な事言ってる? まあまあ。

 海・は懐かしい。無意識の中で、そこがおれたちの「ホーム」であることを記憶しているからだろう。

 泳ぐというより、潜った時になんとなくそれは感じる。おれたちのカラダは重力から自由になるし、その分、速さからも縁遠くもなるが、その結果、「なにか穏やかなもの」の中に包まれている事がわかる。それは重力のない宇宙での「宇宙遊泳」なんて言葉からもわかるように、大気圏外での身体所作と似通っている。そっちが「デフォルト」なのでは? って気もするんだね。

 水はおれたちの生活圏の温度内で状態変化をし、さまざまな姿を見せてくれる。水蒸気・雪・氷・霜・霧・靄・霞・樹氷・霧氷・雲・雨・雫 ・雰・雹・零・霄・霆・霈・霍・霎・霑・霏・霖・霙・霤・霪霰霸霹露霽霾靄靆靈靂靉 ...きりがないからやめた。

 水と安全は「あって当たり前」だったニッポンではあるが、世界標準に近づいている。これから20年後には世界人口の半数以上は「きれいな水」を手に入れる事が出来ないという。大阪市が水道水をペットポトルで販売してたのを橋下くんが「やめんか」と言った。そういうのが売れる時代は、だからもう少し後だという事だ。

 摩周湖という湖が北海道にあるが、「透明度」が有名だが、あの湖は生物がいない。おれは不気味な感じがしました。でも、世の中には社会を「摩周湖」化したいひともいる。意外にいる。ぜひ「摩周湖」化はあなたのごく周辺だけにしてね・とお願いしときたい。潔癖性は精神の病という説もある。奇麗にし過ぎて「いんきんかと思ったらアトピー・ひー♫」という話もあるぐらいで。

 おれは取材で「イルカ」くんたちと泳いだ事があって、よく思い出すのだが、かれら・かっこいい。身体能力においてかなりおれたちの上を行く。別の時に鳥羽の水族館で、イルカが陸に上がってきて触れることがあって、知ってる? イルカの皮膚ってよくできたゴムみたいなのね。思わず「ちん」と落書きをしてしまったおれは「カス」でした。今・猛反省してます。今なら「ハイ・ブラザー」という気持ちで接したいです。

 水に対する「親和性」は、それによりヒトを寛容にするのでは。まあ・そのう、ひどい事した後でも「水に流せよ」なんちって。そんな寛容を人に強要してはいけません。

 でもね、そんな水がシンボライズする「おおらかでチカラ抜けた夜」が今夜ならよいですなあ。


 なんかふつーながら。

 Gosto muito de te ver・・・・・・・・
posted by 浪速のCAETANO at 14:46| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月14日

 「月」のセット:

 バター・ムーン
 SLOW MOON'S ROSE
 LUA DE MEL
 A LITTLE SOMETHING
 HARVEST MOON
 ワイルド・イースト
 らくだの夢
 FAREWELL FAREWELL
 LONG MAY YOU RUN


 カオリーニョが来てくれてました。ホストライヴやショヴィでの「二人ライヴ」の打ち合わせも兼ね。先帰ったけど、お泊まりやったかな? あとサンホールのばかも。

 TODO O MUNDOは昨日で、なくなってしまいました。まあほんとに「哀しみ」を心に抱えているのはおそらく「おれだけ」のはずですが、長かったねえ。15年だから。最近はやっと天六に「EL MUNDO」なんて店もあるみたいで、その言葉のチョイスっていうかなんていうか、「早過ぎる」のは、「センス早漏」の面目躍如。きみら「遅いねん」。

 まあ、結局、なんだかわからんままに「事が過ぎてしまった」と思う方も多い、と思うし、およそ、世の中そんなことだとは思う。

 何かに自ら「囚われ」にいく・なんてのが、ロックやってる人間としての自分の方法なのであって、それで体内ミックスができるわけね。いろんなミックスというかミックスせずにそこに置いとくのも別にそれはそれで良くって、で、必要とあらば、その引き出し開けて、出してくる。テキストのない事しかやっぱ面白くないね。

 まあ・そんなことで「FAREWELL TO TODO O MUNDO」。しかし、貴方のこゝろのなかに永遠に・・・・・・。


 「」である。

 火を飼いならすことがヒトをサルから分化させたことは間違いなく、そして火を制御することに慣れ、火を甘く見てしてチョーシ乗った事が「フクシマ」に至った・と思っている。「大きな括りの」ですけど。

 かように「火」とは良いものでもコワいものでもあるわけですが、火はヒトの中では「PASSION」となる。もっと言うと「愛や性欲」そんなものに喩えられるというか「そのもの」だったりする。

 今、中三女子の集団がほぼ毎日我が家へと来るが、「求めている」。ものすごぅく、求めているのがわかる。世のおとーちゃんやってる方々、ある意味大変だね・と思う事はだね、こんなこと「娘」にされたら、そいつ殺したる!!!と思うような事を娘は「ぜひ・やって、もっと・やって」と思ったりしている事だ。

 おれは幸いにも今までそんな場に於いては「悪人=おとんの敵役」しかやってきてないから、その危惧からは「自由」であったこと・そしてこれからもそうであることは救いではある。

 その激しい交通量の「一方通行の二つの路」は決して交わらずパラレルなままどこまでも続いている。悲劇であり喜劇でもある。

 ヒトは「火」を使う事でヒトになった。全く同様に人は「愛」を知る事で人になる。ただ、「愛」とは厄介である。「愛」という名のオンナがほとんど厄介なのは何かの「啓示」だろうか・と思う事さえある。世間の「愛さん」イッツ・ジャスタ・ジョゥク。

 その・人になる条件の愛・は、しかし、危険でもある。しかも・かなり。

 愛・はその瞬間に様々な感情(正・負・ともに)を生み出してしまう。

 「ジェラシー」「恥辱」「哀しみ」「怒り」などのかなり高度で強い感情を・だ。

 これらの感情は「高度」で「強い」がゆえに、制御できなければその感情の主にダメージを与える事となる。悪くすると彼・彼女はそれによって「滅んでしまう」かもしれない。 

 「火」と「愛」は限りなく「似ている」と思う。

 本日は、そんな感じです・おそらく。


 バイユーの上に燃える火。


 
 

 


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2012年02月13日

 さて「周年Week」ということですが、まあ、毎日夜が更けてきたなら、なってる音楽が「生」に替わるだけの話ですから、お気軽に来てくださいね。お願いします。

 おれなりの「 MY OWN PACE 」でやっておきますので。

 本日限りで「Todo O Mundo」という店名はFarewellとなります。「意味なに?」とか訊かれながらも、日本語表記においてはシンプルだったから、なんとなく耳に残ったと思われる・カタカナならトドムンド。

 老兵は去り行くのみ・でしょうか。

 ですねっ。引き際って大事。

 「月」っていいですよね。古代なら「太陽信仰」一辺倒で、そのヴァイタルの強烈ゆえに、まあそれもよくわかるのだけど、平安時代になって、遣唐使をヤメ、そこから仮名文字ができてきて、それにより、宮中の女房たちが自分たちの感性を獲得していくのと同時に「月を愛でる」という文化が生まれた。太陽の「陽」に対していかにも月は「陰」であり、それがまた「おかし」という形容詞「趣き」という名詞に代表される、物事をやや対象化して、ワンクッションおいて、眺め・愛でるなんて手法が出来たわけだけど、すごくこれ・「日本的」よね。

 「日本的洗練」のマトリックスはここにある・と言い切っても差し支えないのでは・とおれは思ってます。

 「十五夜の月だけが月ではない」なんて言い方もあり、それは、「完璧」ではないものにも「美」を感じる・見いだす、などという、かなりの「シブ専」な感覚だ・とも思う。

 「花と歌人」西行の歌:

 「くもなくて おぼろなりとも みゆるかな 霞かかれる 春のよの月

 「ねがはくは 花のしたにて 春しなむ そのきさらぎの もちづきのころ

 月は「秋」ということになってはいるが、このように「春の月」もまたそれなりのおもむきとつきづきしさに溢れている。前の歌なんていいですねえ。春霞に霞む月。はっきりくっきりだけではないよねえ。

 後の歌は有名な、オノレの死を予言・と言うか強い願望が成就したというべきか、絶対的自然の幸福感の中で死ぬ・死にたい、といった歌ですが、これもわかるよね。おれの場合・プラス温かかったらいいな。

 今夜は生憎出てないか。

 ま・科学万能(な気がしてるだけ)の時代、月の資源は誰のもん?なんてまたまたグリーティなバカたちが目の色変えてたりして、身も蓋もない感じは否めないが、「情緒」ってのはいつだって微分化しつくせないところに残る。してもしても残る。これはおれの思いですが、DON'T U THINK SO?

 そんな思いを少し共有できる「少数精鋭機動部隊」の方々と一週間過ごせれば嬉しいかな。

 ほんと、義務感なしで「お気軽」に来てくださいね。おれも気軽にやっときます。


 LUA LUALUALUAinc.「cajuina e o leaozinho」
 

 
 

 


 
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2012年02月09日

メールが届かなかった貴方へ。

<<旧暦お正月の頃・Rafflesia Regular Information>>



節分・立春も過ぎ、本格的2012です。
今年の冬は寒かった。まだ寒い。
今んとこ、何も起こらない。
みなさんある意味慎重におそるおそる生きてる感じ。
3.11過ぎるまでは、というのが「人情」だと思う。

表面てのはそんなもので
しかし、地球は今「冬至と春分のちょうど中間地点」を公転中です。
日も少しずつ長くなってきてる。
梅は蕾をつけ始めてる頃。
その香りに包まれたい・そんな気分には抗えない。
これもまた「人情」。

そしてもうすぐ「St.VALENTINE's DAY」。
なんだ・それは?

いや・あのね、
2.14とはTODO O MUNDOの3周年です。
「feliz anniversario!!!」

今、TODO O MUNDOは
「The Bottom of 中津」の「ヒトリ新宿ゴールデン街」
みたいな店になってますが、当初はそんな予定ではなかった。
曾根崎から心機一転
「ガールズ鉄板焼き!!!」の店にしようと思ってた。

しかし、いつの世も
「狙った的は必ずはずれる」
「親のこゝろ子知らず」
「予定はやっぱり未定」
です/でした。

まあ、これがおれたちの三年間のじたばたの結果なのであって、
葛藤と軋轢と殴り合いの結果なのであって、
しかしね、
そんなものさえ若干今となってはいとおしいわけ。
人生事故だらけなのよね。
「実際の事故」も多々ありました。
みんなで3匹いたネコもジーナのみとなりました。

そんな「はーはーぜーぜー」の三年間、
それはひとつの区切りだし、じゃあ
「盛大に祝おうぜ!!!」
と盛り上がってカレンダーを見たら、
なんと「火曜日」だった。ジミやん・むっちゃ。

火曜日に恨みもないのだけど、なんかね。
これダウナー系の事実よなー。

しかし発想の逆転満塁ホームランは必ずあり・なのね。
毎年、周年やってたけれど、やっぱりその日来れない、
そんなヒトもたくさんいて、何日か後に
「おめでとう!!!」
なんていう善き人々の来店におれたちも
こゝろ癒されてきたのも事実。

そこで、こんなのどうかな・と思って。

2/13(月)〜2/18(土)を「周年Week」ってことで、
一日どっかん・じゃなくて、一週間じわじわ続く・っていうの。
で、みなさんに気軽に来ていただく。

しかし、ただ来ていただくだけでは申し訳ない。

おれが今来ていただいたみなさんに「贈れるもの」と言えば、
「脱国境音楽」を演奏することぐらいです。
それで感謝の表現になるのかはよくわからないけれど
そこは「気持ち」の問題ということで
ご容赦いただきたい。


で、月から土までテーマを決めて演奏することを考えてる。

月曜日は「LUNA」
火曜日は「FIRE」
水曜日は「OCEAN」
木曜日は「WOODS」
金曜日は「GOLD」
土曜日は「GROUND」

Lunaには「狂気」なんて意味も内包されてる。
月関連の曲・自分のも他人のもたくさんある。
色で言うなら「輝く黄色」

FIREは「」ヒトがヒトになることを決定づけたもの。
ヒトとサルの分岐点。三叉路ね。
そして「夕焼け」の色「Vermilion」

OCEANは「」・それも大きな海、母なる海よね。
生命は海から生まれました。
色で言うなら「AZUL」

WOODSは「」。熊野の森やシュヴァルツヴァルト、
そしてツイン・ピークスの森。カミの森。
色で言うなら「VERDE」

GOLDは「金の心」「愚者の金」
いつだってヒトを惑わす。魔性の女のようなもの。
色はいいよね。「金色」です。

GROUNDは「大地」・The EarthともTerraとも言ってもいい。
やはり生命の源。
色で言うなら「Marron」


思いつくまま書いてみましたが、
このような「縛り」をオノレに課して一週間
演奏をしてみたらどうなるのか?

It's a CHALLENGE
なんだけど、しかもこのクソ忙しい時期ですが、
二足も三足も草蛙を履いてきた身としては
「ようあること」。

どの日に来ていただいても「満足」していただける
そんな一週間になればいいな・と
思ってます。

ですから、2/14にこだわらずに気が向いたときに
気軽にいらしてくださいね。
どの日も「等価」です。
そして「シャンパン・ぽーん」にお付き合いいただければ。

毎晩22:00より30分〜1時間。Mon. through Sat.
2.13〜2.18
Uma semana da terceira memória de aniversário
de Todo O Mundo para O Leãozinho



The LABEL Rafflesia

Marutani KAZ






posted by 浪速のCAETANO at 12:41| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月08日

また冷える。

 また、冷えてきた。しかし、

 買ったパンツがぴったりで嬉しい。小さな幸せ。こんなことの積み重ねがいいんだよね〜。

 さて今週は入試ウィーク。気合い入れていかなきゃ。っていうかキミらだよ・気合いいれんのは・と女子たちに言う。

 今後の状況を予想するに、キミらが行く公立高校・存在してるといいねえ。未来永劫。

 なんでそんなことするかな・橋下くん。しかし、堺市長の「離脱宣言」くくく。ここグッド・ニューズ。

 出るか・独裁者。おれは出ても出なくてもいいです。

 ところで、東京直下型地震「4年以内で70%」ってすごい。しかし、それがあっという間に「5年以内に28%」になったのもすごい。どちらであったとしても地震は「逃れようがない」というのが事実。そこに関しては、もう運命としか言いようがないと思う。

 そこはいい・しょうがない。「地震・雷・・・・・・・」というぐらいだから、やっぱ一番コワかったのよ・昔のヒトも。そしてある種の「諦観」がそこにはある・とおれは見てる。雷は雷神であって、カミの怒りであったのだけど、地面が揺れるということは、天からの何かではなく、飛び道具ではないところにもっと「根本的運命」のにおいを嗅ぎ取っていたのではないだろうか・古代人。中世人も。

 それが祟りであってもなかっても。

 今の日本を見てて感じる事、それは既得権層(官僚・政治家・財界・マスメディアなどなど)が、守りに入ってる事だ。それも割ともうなりふり構っちゃいられない・そんな守り方である。ディフェンスラインに10人並んでるような守り方。もう悪者と思われようが、言われようが構わない。とにかく、逃げ切る・そんな「強い」意思をそこに感じたりする。


 しかし、そのココロは。

 それは彼らも「日本が滅びる」と思ってるからじゃないのかな。滅びるが過激なら、「もう今以上にはならない」ことへの確信があるからではないか。いや、やっぱ「滅びる」でしょう。

 そう考えると、彼らの行動の裏が取れる。おれたち以上のかなりの情報もってるのが彼らでしょう。だから、アセってる。

 しかし、今はキンタマ過剰に元気・お●んこ疼いてる、そんな目の前の獲物しか見えないワカモノ以外ならなんとなく「そうぢゃ・ね」なんて思っているはずなのだ。

 そして、先述の「4年以内に70%」ってエラいセンセーの「勘!!!」らしい。まあ、「ちょっとキツ目に言うといて」なんて依頼があり、それに応えた・そんな感じだろう。

 そして、都の災害対策に、国のお金をぶんどる・と。ぶんどる先は「東北」かもしれないが、そんなことはどうでもいい。「東京様はすべてに優先する」だろう。

 もっとヤバい気がするのはいわゆるそういう人々、ほぼ「公人」である。そんな人々がもう恥も外聞もなく「おのれとオノレの家族」の保身に走ってる。妄想は更に膨らんでいくが、東京には国の様々な機能が集中している。し過ぎている。そこ・狙われたらかなりヤバいと思うのだが、彼らはおそらく「そこ」で生き延びようとしているのではないか。東京の中でもあそことあそことあそことあそことあそこ、そこだけ無事なら・・・みたいな発想。その下にシェルターを。シェルターはひとつ・にも耐えれるようなやつを。ん?

 ということはですよ、もしかして、戦争を期待してるのはお前らか!!!

 みたいな・妄想ではありますが、そんなに外してないような、そんな推論もありかも。

 経済・福祉政策でビンボー人を救うなんて発想はおそらくどこにもないのでは。「はよ・消えて、効率的に」がホンネなんでしょうね。

 そこで、おれたちはオキュパイ関係者たちと同一の視点を持つに至る。そこ・みなさん、TV見ないで現実見ないと。
 

 THE HARDER THEY COME,THE HARDER THEY FALL.

 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:48| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

無意識の荒みに囲まれて

 この時期、二日に一回は鍋焼きうどんを喰う。

 アゴだし・という優れものがあり、それをベースに酒・みりん・薄口醤油などをほんまに適当に加える。うどんはコシがあるにこしたことはないが、細うどんとかでなけりゃOKで、100均のアルミ鍋が調理器と食器を兼ねる。鍋焼き仕様だから。

 おれは冷蔵庫にあるものを何でも入れてしまいたくなるタチで、まあ「書生のどぶうどん」のような状態になるのだが、まあ構わないな。

 昨日は、イカのかまぼこがあった。水菜もあった。うすあげもあった。卵も落とす。天かすぱらぱら。とろろを散らす。どぶ状態となる。どぶうどんだが旨い。ほっといて・だ。

 しかしアゴだし・えらいわけである。

 時には南部の梅干し入れてみる。意外といけます。

 
 さて本日は塾なしで外仕事のみ。料理に励む。昨夜から実は励んでいた。帰ってからの良い夕餉のために。見たいVTRが溜まっていて、消化しないといけなくて、本日はそういう日であった。

 
 昨日、ひとり「小論文」を書かなきゃいかん女子がいて、いろいろ話をしていたのだが、テーマは「ヒトの繋がり」とか「思いやり」だったのだが、まあ話がいろんなとこへとトッ散らかり、中津駅のおっちゃんの話とかになり、まあ厭な感じもあったが、そのまま話を進めていたら「せんせい、ホームレスとかたすけんの?」という話になり、「あほか、ホームレスのおっちゃんも人間やんか」と展開し、まあなんというか、新自由主義マインドにどっぷり浸かった中津っ子にとっては、彼らはエイリアンか野良猫みたいに見えてるのだな・ということを再確認。

 嵐のメンバーとホームレスのおっちゃんが「憲法上」「同一の権利」を有する・なんてことをじわーっとわかっていただかんとな・。

 目くそ鼻くそではいかんのよ。

 自分のプライドを確立するのは自分より下の人間を笑う事がその根拠ではいかん・なんてことも。

 まあ・そんなオトナばかりしか周りにおらんからしゃーないっちゃしゃーないのだけど。

 よくよく考えれば、その家庭内の価値観に「ほんまか?」なんてツッコむのがうちの塾の歴史でもあり、役割だった。その根拠は紛れもなくおれの存在感だったと思う。最近、影薄いよね。しかし・だ。

 敵は、今は既に出来上がってしまった「新自由主義マインド」なのだから、以前にも増して「巨大」。

 
 すぐそこに、日常の風景として、この寒い夜に、おっちゃんが寝ている。そのヒトに対する想像力も働かない。そんな状況に異議を唱える事すら「無力」であると思い込まされたオトナが育てたコドモの発言が「そういうこと」だったりする。

 無意識が荒んでしまってるということだ。これ・メディアの責任は限りなく大きいし、もはや犯罪的でもあると思う。その大メディアの垂れ流すクソ情報がオブラートのようにひとりひとりを包んでいるし、シュガーコートされているし、かなり厄介だ。しかもコドモたちはTVしか見ていない。

 気持ち・折れそうになるのだが、ここんとこ目と目を見つめ合ったコミュニケィションに賭けるしかないかな。微力だけど。

 コドモたちも強がってはいるが、すでに何かに脅え、カラダの変化に翻弄され、リアルから遠ざけられた自分にも気づきつつある。小学生ならともかく、中学生ならそれはなんとなくわかる。

 ただ、問題は、リアルに気づかない方が、「ちょっとだけいい思いができるかもしらん」という、新自由主義マインドの中でできあがってしまったコンセンサスの誘惑か・と思う。

 でもさ、いい加減わかりなさいよ・オトナが。ちょっとぐらいおべんきょう賢くなったところで、それによって失われるものによっては、かなりの本人大打撃・になるってことをね。

 セコいことしても、そのセコさだけがノウハウとして残るだけで、知性なんてものはみなさんちゃんとあるわけで、それは点数を取るなんてことより、社会のいろんな場面への興味・なんて事の方がよりよい刺激となり、そのヒト独自の社会への参加の仕方がそれによって「特権的に」決定される。学校のお勉強なんて「誰でも知ってる事」よね。テキストがあるわけだから。そっから先よ・肝心なのは。

 ヒトは突然変化はしないものだけど、ヒントを散りばめておくと、何かの拍子にそれがずるっと有機的に繋がる事もある。そんな楽観で明日からもやろうと思うけどね。



  そして、船は行く。
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:53| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月05日

変化するものは変化する

 昨日は立春。少しだけ寒が緩んだような。気のせい?

 そんなこともなかろう。節分までの数日間と比べると気温は少し高かった。

 伝統的な立場に立てば、立春からが新年と言ってもいいわけで、まあ年が明け、落ち着いて「さて今年であるが」なぁんて改まるにはいい時間の隔たりではある。悪くないね。

 悪くない。

 中学生たちはほとんどが「お初」の試験である。大阪の私立は10日。ということで本日も塾。

 もう休みなし・には、今年特に慣れてしまったが、なんとなく修行中・な気がしてる。これはあらたな修行で、別の人格になるための・別の生活体系に慣れるためのイニシエイションで、ま・だから、なんとかがんばってみよ・といった誰かの声に従っている・そんな感じだ。

 一体・何になるのか?ってそこんとこがよくわからんのであるが、ただ、自分の中の身体の変化に関しては、かなり自覚的である。

 おれっていつまで「・・・」なのだろう?と自分ながら不思議だったのだ。永遠に続く気がしていたのだが、それが、急に来た。

 まず精神的に来つつあったのは自覚していたが身体的にそれが時間差で来た。

 一人時間差。金メダルへの道・だった。

 その結果、過去の自分がバカに見えるように、大抵のやつ(まわりはJUNIORだしね)、バカに見える。おそらく、バカなのだが、バカでないような取り繕いを懸命にやっている。ごくろうさん。

 理論武装有り。オトコの証明有り。「ほんとにほんとにほんとにほんとにごくろーさんごくろーさんごくろーさ〜ん」・ですよね。

 みんな・バカの過程を経て、人間へと成り上がっていくのだ。今・それがよくわかる。これ・なぁんも感情が入ってない意見ね。

 まあ・がくればわかる。

 わかったときにまた、話そう。

 しかし、が来ないとわからん・というのも「厄介な」ことではある。そんなジレンマ・おれに感じていたSENIORもいたことだろう。

 ごめんちゃい

 理想とリアルのはざまでカンペーしながら生きていく事にはなんのかわりもないのだけど、それでも体質の変化とはやや決定的な気もする。レッツ・ゴー・トゥ・別人28号。まあ・早くから望んでいたことではありました。しかし、そのぅ・パーソナリティとしては一面的ではない。谷崎のようなヒトもいたしね。そっち方向、今極めるのはヘンタイ扱いされそうだが、そこも一興か。

 異なる人格へと向かうのは、こわいようで楽しみなようで「うっふん」ではある。


posted by 浪速のCAETANO at 13:37| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月04日

事故としてのラスヴェガス・バーガーよりはじめて

 昨日、うちの女子たちが、マックポテトを持ってきていて、二三本くすねたりしてたのだが、その影響か、朝マックをしたくなり、茶屋町か天六か十三か迷った挙げ句、十三にした。中毒性あるよね。

 タバコもなかったので、シリウスタバコが10:30に開くから、それをターゲットに向かう。タバコを買って、Macへと、スクランブル交差点をわたると、Mac十三店は「ラスヴェガス・バーガー」一色だった。

 おれは、ソーセージ・エッグ・マフィンしか興味ないのだけど、「朝マック」の写真が見当たらない。「なんで?」と訊くとおねえさんは「10:30までよ」と言うから、「ああああ」と落胆した後、海老フィレオでお茶にごそうかな・と思った。ところが、「ラスヴェガス・バーガー」一色の店内と客のその「一色性」にやられ、「ラスヴェガス・バーガー」セットを購入してしまう。事故だらけだよ・人生は・。

 朝から「エラいもん」喰ってしまった。

 ポテトまではとても喰えんから、北野高校前の公園でハトの集団にくれてやった。豪快に撒いて。

 十三のスーパーで買い物をしていると、CHICAGOの「25or6to4」が流れる。

 日本人・ほとんど英語わからんし、60'sも遥か彼方であるんだけど、お惣菜のポテトサラダを物色している時にこれに気づくおれの身にもなってくれ。

 CHICAGOは当時、状況の真ん中にいて、直裁的ではないにせよ、おれの印象は「政治的」バンド。

 印象的な曲としては「SATURDAY IN THE PARK」もあった。Occupy運動のベース・みたいな気もする。

 おれは、スーパーの中で「都市ゲリラ」である自分の本来の任務を30年間忘れてしまってたヤツ・みたいな気になったよ。

 しかし、「SATURDAY IN THE PARK」もマンションのCMに使われたり、散々であるが、とっかかりはただの「park」だ。代理店のヤツ「36回死ね」と思う。当時のCHICAGOに何の責任もないが。しかし、後半のシカゴは、バカ親父バンドです。

 リユニオン・ブームでありがたがってるバカ親父(リスナーの方ね)も多いが、そう言う場合、人身御供として「ご一緒」してくれると、風通しの良い社会になるのでは、ちーとは。

 
 十三へはどう転んでも「橋」を渡るしかない。橋・って、「京の五条の橋の上・・・」の時代から「異空間」であった。どこにも「属さない」というか・ね。十三側の橋の入りたてに「大淀←・→淀川」とあり、要は警察の管轄なのだが、行政上はそうかもしらんが、あまり説得力を感じない。地面に接してない場所・は何かしら心許なく、別の言葉で言うなら「自由空間」である。地面より低い川沿いの路と同様のアジール性がある。本日・風強し・だった。帽子被ってなかったから「パパそっくり」だったと思われるが、ま・いいんだもんね。橋の上は特に「誰は誰でもない」。

 かっこいいリヤカーを発見した。
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 天蓋付き・とでも言おうか。
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:16| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

À noite mais fria

 二度寝の「くせ」がついてしまって、ベッドでぐずぐず。大変気持ちがいいのだが、それはこれだけ寒いからなのだった。

 昨夜、今年一番の冷え込みである・というから、深夜、歩いて店まで行く。

 寒さ・を味わいたかった。

 昨夜のそれは、「キーン」と筋の通った寒さで、オトコの血を刺激する、そんな・勝負したろか・な寒さだった。こちらも背筋が伸びる。

 行きも帰りもごくゆっくりと歩いて帰ったが、ペニスが元気過ぎるとこの「滋味」はわかんないだろうなあ。

 昨日は江坂のキュートガールたちは送らなかった。サーブのタイヤが「つるつる」で新御堂が凍結の噂があった。新御堂ピルエットは避けなきゃなと思って。

 クルマに縁のなかった20's、P&G時代だが、ナイトクラビングに励んでた頃、街はやっぱり寒かった。夏の暑さは今の方がずいぶん・だが、冬はこんなもんだったと思う。店を出て、次へと向かうなか、「新鮮」な女子の顔やカラダを品定めしながら「寒い寒い」と言いつつもカラダの一部が慢性的に「熱」を持っていたおかげで、絶望的な寒さではないのね。ホルモンってエラいね。リビドーね。

 昔は店のトイレとかでも・・・・アホでした。

 昨夜はあんまりその寒さを味わい過ぎて、コンビニ前を通り過ぎ、家で飲むウイスキーを買うのを忘れた。空には雲一つなく、もうどんどん地表の熱が放射されていく実感があった。もうほとんど残ってなかったよ・熱は。月は上弦。

 一番寒いとはというのは冬の終わりの始まりである。節分がくると立春となる。まあ正しく地球は公転しているというわけでした。

 ここで一句「うめ待ちの 透明の空 手に息を


 もうひとつの「amor de mis amores」

 

 
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2012年02月02日

兆民が曾根崎に

「日本人はなにを考えてきたか・第4回」は「幸徳秋水と堺利彦」。

 大逆事件は「ひっどい」思想弾圧だが、日露戦争前の植民地となるか・帝国主義の仲間入りが出来るかの瀬戸際の時代で、その後の大正デモクラシーへと至る過程での旧い権力側の焦りからくる暴挙であり、幸徳らはそのあだ花だった。

 正に全員が「無実」なのだろうと思う。冤罪でさえもない。典型的な権力犯罪と言えるが、森近運平の妻にあてた遺書等を見ると、「なんと立派な」と思う。イデオロギーのチカラがある時代とは、ある意味すごいな。

 社会主義とは言うが、幸徳らの考えは多分に愛国的であり、あたまでっかちな左翼思想とも言い難い。どう言いようもなく「アナーキスト」なんて言われているが、「アナーキスト」が正しいとしても、そこへ追い込んでいったのは政府であり、どうしようもなく旧いそれ以前を引きずる「明治」だし。

 天皇暗殺計画というが、花火に毛の生えたほどの「爆弾」である。爆弾とも言えない。爆竹の「函鳴らし」の方が老齢の明治天皇には「効いた」のでは・と思えるほど。

 議会制民主主義に「絶望」したなんてのは、「今」と似てる。

 時の文人たちが、ちーっとも幸徳らを助けようとしなかったことなんてのも、共通かな。なんかあかん時代の風潮って「個人主義」なのかね。

 中上さんが熊野に関してのエッセイの中でよく取り上げていた「大石誠之助」のハナシはなかった。中上さんが、そこ・こだわってたから出てくるかな・と思ってたけど。

 ひとつ、発見があった。中江兆民。ルソーの中江兆民なのだが、「曾根崎」にいた。そこへ、幸徳が身を寄せた。明治二十一年のことである。幸徳17歳。なんだか早熟と言うか・ね。

 やっぱり幸徳のようなヒトは福沢より中江兆民なのだな・という思いを強くした。フランスの人権宣言の進歩性がまたここでも出てくるなあ・と感じる。


 現在は大逆事件に関わった人々の「名誉回復」が進んでいる。進んでいる・って、完全な「権力犯罪」ぢゃん。元老山県有朋なんてさあ。

 かように自由を求めて闘い、犠牲になったひとびとの屍の上におれたちは立っているのだが、そんなことがもうなかなか見えないねえ。哀しいかな。

 今って一番のレフト・で「リベラル」だから。しかし、それでは、ビンボー人は救われん・そんな気がするもんね。そこんとこを正当に代表する政党さえないようなことだし。で、橋下くんに「期待」ってなんかちがうよなあ。




 あんどれ
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北の湯

 雪崩で三人の方が亡くなった玉川温泉は花巻の大沢温泉とともに行ってみたい温泉だった。

 どちらも「自炊部」があり、朝昼晩とおのれで料理をしながら温泉に好きなだけ入れるわけである。たまらんね。亡くなった方がいらっしゃるのにほんとに不謹慎極まりないのだが、それと玉川温泉の値打ちは実は関係ない。

 「湯が酸っぱい。風呂場の天井からぽとりと落ちてくるしずくが目にしみる。ジーパンなんかすぐ穴があいてしまう。それほど賛成が強い硫黄泉で、八甲田の酸ヶ湯(すかゆ)温泉と双璧をなす」と温泉入りまくっている嵐山さんは書いている。

 「ラジウムを多量に含んだ強酸性硫黄泉により、糖尿病、ガン、スモン病はもとより、ケロイド、ムチウチ症、ツブレタ声、脳内出血後遺症、注射ショック障害、ムシ歯から「金欠病!!!!」まで全快!!!」ともある。是非行ってみたい。

 温泉に入ってガン・糖尿・金欠病が直るんですよ。症例順にうちのお袋・親父・おれ、で行くべきである。

 金欠病が・・・・「なぜかしら?」とは思わんでいいのね。お金は廻り廻ってるものだから。血の巡りがよくなればお金ももしかして・だ。最近、回転速度ややにぶってるけれども。

 自分でメシ作るとなると、めんどくせー・温泉なのに、と思う方もいるやもしれぬが、そうかな?

 何もしないでいいのが温泉旅行ってのも「一理」ある。しかし、それ、もひとつな気もするわけね。温泉が非日常であるのはそれでいいが、おれは長逗留してみたい。この長逗留ってのが「できそでウッフン」なのである。

 これ・現代人のしょーもない忙しさに起因するのだけど、そんなものからはできれば頻繁にヒット&アウェイしたいものだ・とは常々思っている。「思っている」だけなのが残念ではあるが。

 ただ、一カ所に長逗留するとなると、することは風呂はいるしかないわけで、いささか単調にはなるでしょう。そんなとき自分でその土地の、例えばキノコを大量に買ってきてキノコ鍋をして、酒を飲むとか、で翌朝は、そのとろとろの鍋の残りで雑炊するとか、そんなことが「おれは」いいのね。旅館のメシって悪くないのだがいささか朝も晩も「早い」。普段、そのような正しい日常生活を送ってない身としては、その「前倒し」にやられる。

 そこが「つかれる」かえって。おれはオノレのメシつくんの・ぜんぜん苦にならんタチなので、そんな方がありがたい。

 おれの温泉と言えば「湯の峰」だけど、熊野博でちょーしこいた「つぼ湯」は260円が750円になんと200%近くも値上がりしてしまった。それでも行けば入るけど、でもなんだかその姿勢はバチが当たるぞ・となんとなく思っていたら、去年の大雨だった。しかし、それといい、この豪雪といい、弱いところがいつも犠牲になる。そんなことでいいのか。

 
 戻るが、その「自炊部」に長逗留したいわけだった。妙齢の女子と行くのもいいが、一人もいい。どうするか。

 最初二人で行くが、二泊ほどでおねえさんは「仕事のため」お帰りになる・というのが理想的だろうか。チャラけていては、そしてしばらくいないと「金欠病」には効かんでしょ。

 東北には恥ずかしながら「一度も」足を踏み入れた事がない。ほんとに、今となっては「恥ずかしい」ことである。

 村上・後、北へ向かうってのが快感になってきてるかもなのだが、今が寒さの底・ということも関係があるのだろう。東北の寒さは「こんなもんじゃない」はずだ。

 早く春がくればいい。といいつつも二月になっちゃったが。早い。



 os afonsinhos do condado

 























posted by 浪速のCAETANO at 01:01| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする