2012年03月28日

やや・切なさに包まれる春だった

 自分にとってこの時期とは、誕生日から数週間。50うん年前に思いを馳せる。

 なにかしら、初めての「環境」を感じた時期だったはずで、それが、「ほえ〜」だったかはわかんないが、しかし、それが「相対的ではない」その当時の「唯一の環境だった」はずだ。 

 まあ、その後季節は巡り「なんかじっとり」「あちーあちー」「おめすずし〜」「さむっ」などを経験したはずだが、その経験の後で第二回「ほえ〜」の時、「ん・この・ほえ〜」でひょっとしてあの「ほえ〜」なんて思ったかどうか。思ったのだと考えたい。

 幸か不幸かおれは「花粉症」ではなく、春を「お満喫」できる体質で、花粉症の人たち、ほんとにごめんちゃいなのだが、基本この時期は楽しくってしょうがない。ただ、今年はちょっと違う。

 「東北にも春が来た」なんてコピーに騙されてはいかん・と思います。原発周りに春が来たところで「めでたいか?」ということだ。端的に言うなら。

 それは「ほんの気休め」。その気休めに情緒的に流されがちなところを、ちょっと待とうか。

 春なのに・っていうか春だから・かな、なんだか切なさが沁みる。センティミエントな春なのかもしれない。

 梅もこないだ見て来たし、やや遅漏気味の梅ながらも「遅漏やねんけどもうイかな・ええ加減」みたいな咲き方をしてたのが「かわいい」と思ったのだった。次の桜はどうでしょう。

 西の端で東北のことを考えてみよう・と思う。酔っぱらって終わり・かもしらんが、しかし、延々酔っぱらってばかりでいられない。

 店の花見も4/8に予定してる。みなさん・ふるってご参加ください。ちょーし良ければおれ、振る舞いますよ・いろんなものを。晴れて温かかったらいいなあ。ねえ。

 4/4のボサ姫との心斎橋・焼き鳥屋ライヴ、4/13のホストライヴも記憶の片隅に!!!


 使われてる映像いかんでは、かなりクールな「残酷」にもなるヨハン・シュトラウス。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 19:42| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月27日

Tour must go on

 NHKの取材がキャンセルになって、かぢょーん。

 店長もミタキも待ってたんだよー。その話持って来た・誰か名は忘れたが、「そんなことでええの?」ミタキなんか仕事休んで、髪の毛立たせとったぞ・やや無理があったが。人のエネルギーをなんや・思っとんねん。ええ加減にさらせ。

 街をふらふら歩く。まあなんとなく面白いし、コストも掛かんないのだろう。それはいいのだが、メディアの人間たち、お前らは「貴族」か?

 庶民の暮らしを見て歩いて、ちょっといろんなものつまみ食いして、一瞬感情移入したか・のようなコメントを発し、すぐに忘れ、そんなものを庶民が「ありがたがっている」ということに疑いを持ってないとするなら、お前らは「どあほ」である。

 世の大半はそうであったとしても、もうちょい・誇りを持った人間もいるんだよ。マイノリティであったとしてもね。

 大阪人・ほんとそんなバカメディアを補完するようなことばっか・やらされてるけれど、それでいいんですか? いいの?・ほんとにぃ?

 アホたちには「怒り続ける」値打ちもない。


 さて、あすからツアー第三弾。

 といっても行き先は実家であるが。おれも若い頃の子どもだけど、親父もお袋も、最近充分歳を取って来ている。これからは出来るだけ「同じ空気を吸う」時間を出来るだけ取りたい。そして、寺山絡みの話の何かのアウトプットが欲しい。実家へ行くのはそんな「取材」の意味もある。こないだの奈良行きの結果はあまり芳しくなかったが、そこら辺は「想像」でもよいのでは・なんて気にもなってる。片方の当事者が言っていることでも充分値打ちがあろうか・とも思えるからだ。

 ぎりぎりかも知れないが、花見・ができるかもしれない。

 今回、帰ってすぐにライヴがあり、だから、ギターを持って行こう・と思っている。現地でも「浪速のカエターノ」披露してもいいか・と考えている。

 旨い魚が待っている。旨い酒は本日宅急便にて送っときました。

 帰って来てからのライヴは:

 
4/4(水)
 浪速のカエターノvsボサ姫@Tenten。


 心斎橋の焼き鳥屋でのライヴで、ユウミ姫と。チャージが2000円で、あとどうだったかな・忘れました。20:00より。脱国境音楽Acc.版とボサノヴァです。やきとり結構・食べ放題的な感じやったかな。忘れました。

 
4/13(金)
 マルタニカズ・HOSTLIVE@SUN HALLです。

 「男と女のプリマヴェーラ」

 もうこの頃には「春」真っ盛りのはず。花見もまだ出来るぐらいの感じでしょう。久しぶりのCVS COWBOYS暴れたい思います。

 詳しいことはまた・帰ってからお伝えします。

 

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 17:17| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月26日

一転・奈良へ

 賢治の次は修司。

 奈良へ。

 雨が降っていたからクルマで行く。

 「コムゴン」にて昼メシ。フーティウと煮豚と高菜ごはん。いつものように、パクチーとのこぎりコリアンダーで責める。責める・って言うが自分で自分を「責める」。

 「いち」へ。

 いやー、しかし、なんというか、過去のことを「あなた・正直に話しなさいよ」と言われておれは話せるか?と自問自答してしまったのだが、「関係者がいなくなれば・・」とかいう条件付きなら・なんてことにもなるんだろうな。

 なかなか難しかった。しかし、何かを「隠している」のではないか・そんな気もまだする。「失うもの」を持っている人はそこらへん・難しい。気を悪くされると、情報源がなくなることにもなるから、「こっらぁー」とも言えない。言わんけどね。

 もう少しの時間と忍耐が要るな、と思えて、今日のところはこれで引き下がるしかないな・と思った。機会があれば次回。いや・機会はあるでしょう。

 風呂も入らず、旅館で寝る。

 旅館の朝メシが久しぶりで、楽しみにしていた。なんつうことはないものでも何か「特別」な感じってないですか、旅館の朝メシ。

 あぶなかった。アホの三杯メシ寸前で、ストップ。自制が効いた。アホ寸前の巻。

 で、旅館を出て、ひさしぶりに「あそこ」へ行こうと思った。

 天理市役所を東進すると、それはすぐなのだが。

 みなさんは、日本書紀のことをどう思われているのだろうか?

 国の「正史」である日本書紀。まさか180歳の天皇が古代にいた・なんてことを信用しているのだろうか?

 津田左右吉氏の言うような「うそぢゃ・そんなもん」という意見もある。

 どちらも「極論」のような気がしていて、ひとつひとつの真実はその両極を含むSomewhere in betweenなのかも・ぐらいのスタンスがよいのでは・という気がしている。もちろん、架空の人物多し・なのだけど。

 その正史である日本書紀(古事記でさえも)が無視している人物がいる。いや・無視ではないな。その存在を「神として」認め@古事記、またニニギノミコトとは別系統で「降臨」した物部氏の祖として描かれている。まあ霊長類の進化でいうなら「ネアンデルタール人」のような扱いをされている。それが「ニギハヤヒ」と言われる人物である。

 『先代旧事本紀』においては天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊」(あまてる くにてるひこ あまのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)と呼ばれ、下線部注目していただきたいが、彼こそがリアル「太陽神」ではなかったか・という説がある。天照大神は女性ですからね。オトコの陽・オンナの陰、ことわっておくが、これは古代も古代の話で、今の法律・風俗・感覚、そんなものがなかった時代の話なので、フェミニストのおばちゃんに「なんやとー」なんて言われたくないです。

 そのニギハヤヒなる人物、実は「スサノオ」もアマテラスの弟ではなく・実在の人物とする説があり、そのニギハヤヒはスサノオの末子であるという。当時は「末子相続」だったのね。

 日本書紀も「ある意味では」認めているニギハヤヒの降臨、そしてそれが物部氏の祖・なる人物で、畿内の最初の「都・的なるもの」が天理近郊に出来た・という説、そして物部氏が古代の神道・そして戦・を司る氏族であったという事実、それを考えていくなら、つまり政治が「政(まつりごと)」であったことを考えるならば、ニギハヤヒが最初の「大王」そしてその後「カミ」となった・としてもあんまり噛み合わせわるくないのね。

 古事記によれば、神武を生駒で退けた「ナガスネヒコ」の信じる神がニギハヤヒで、しかし、神武が熊野から攻め上った際には「はい・どーそ」と権力を譲り渡したりもする・なんか「人のいい神」だったりもする。ここんとこ、「お話」なのでにわかには信じられないとこだが、「お話」を作る側が記紀ともに「どうしてもその存在を無視できなかった」という事実は「ニギハヤヒ」の存在がリアルだった・ということにはならんのか・とおれは思ってて、記紀神話というのは、ニギハヤヒの系列に「接ぎ木」をして成立させようとしたのかな・とも考えられる。あまり上手い接ぎ木ではない気がするが。

 その後、本格的な「都」といってよい纒向遺跡の(3世紀初め・これがヤマト王権だとされている)・神は三輪山であったが、そこにその後神として祀られた「大物主命」とはニギハヤヒ・その人である・そうも言われる。

 神武=崇神とする説が今はほぼ常識となっていて、九州から「神武=崇神」とされる人がやってきたとしてもそれはその後のことで、さらにその後、応神・仁徳の河内王権によって再度、上塗りされるわけだから、この場合の上塗りは「征服」ということだが、王としての「万世一系」はすでに成り立ちはしない。それと、現代に於ける「天皇」という人の立場と価値はまた別であるとおれは思う。人はみんな・極論「右翼でも左翼でも」あるんぢゃ・ね?と言っておく。

 さてさて、そのニギハヤヒを「祖」と頂く、物部氏の「石上神宮」なのだが、「神社」じゃないのよね「神宮」である。こんなことから、いろんなヒントがぽろぽろ。「伊勢神宮」「明治神宮」・んでもって「石上神宮」、明らかに、これは「天皇・あるいはそれに値する人物」との関連を示唆する。そう思えます。

 そんな石上神宮へ、ぴゅー・っと。何十年ぶりなんだろう。近くにありすぎると・なんかな、ってのの典型。
photo.jpgphoto_1.jpg参道〜鳥居・見たらわかるか。

photo_5.jpg本殿はなく拝殿のみ。この後ろが「禁足地」とされ、それが本殿の代わりである。

 それから梅でも見るか・と月ヶ瀬と向かい、月ヶ瀬で風呂入り、R163を大阪まで走る。久しぶりに走った。寒かったから屋根は閉じたまま。もうすぐオープンにできるだろう。

 でも、あれですよ。R163を走ると木津川が、奈良への「交通」に多大なる寄与をしていたことがよーくわかる。当時の水上交通の価値がよーくわかる。
photo_8.jpg月ヶ瀬梅渓へ。

 月ヶ瀬への路はアップダウンが心地よく、五月山走ってるみたい。楽しかった。楽し過ぎて、ミルクマンの映画トークに間に合わず。ごめんね。

 こう考えると日本人って、過去のことなぁんにも知らずに、目先のことに追われて生きとるな〜・と思うわけだった。それが一般的と言うならそうなのだが、それでいいのかね。まあ、おれも目先のことに追われまくられてるけど。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:03| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

奥の細い細い路 Numero3

 
 DAY5 「賢治の街で」

 シミちゃんから、東京飲みを誘われるも、嬉しいんだけど今「フィールドの徒」であるおれは、ポジティヴに断るのだった。4日間お世話になった大沢温泉、ありがとうございました。でも帰る前に、もいっかい露天。風呂がフィールド、風呂もフィールド。
photo_19.jpg温泉人類学があってもいいぢゃないか!!!
photo_20.jpgおれたちの日常ではありえないものね。


 しかし、善き日々だった。こんなに「非生産的」で、さらに「心も痛まない」そんな日々がこれまで何度あったろうか。今までになかったことが、今あるってことは何かが今までとは違うってことだよね。まあ、個人的なことだけではなく、全日本的にも何かがもう違うわけなので、「違わないのは」ヤツらだけなので、こっち側がノーマルなのよ。

 シャトルバスで花巻駅へ向かう途中、この・今見てるものは「おとぎ話」なのではないか、とずっと思えていた。思ったのではなく、思えたのだ。おれはヴォランティアをする時間もないし(あったりして・だはは)、それは自分がやらずともと思う。自分が出来ることは、東北のハードの復旧・復興ではなく、東北のプライドの復活に末席ながら貢献することでは・と思う。それなら実に参加したい。末席を汚したい。実際に、上方の人間が「憧れ」を持っていたあの東北は別に今も・その東北なのだった。東京中心の変な「ヒエラルキー」もどきが、日本人にミョーな階層意識を作っちゃってるのだ。メディアが、その元凶だと言えるが、それを受けいれる変なお人好しも日本人の中にはある・と思う。

 花巻に戻り、本日は「賢治の日」にしようと思っていた。天気は晴れ・気温は3度(ちょっとここきびしいとこながら)、手段はチャリ・レンタサイクルである。

 ちょっとした事件・でもないけど、あった。くそ重いサムソナイトをコインロッカーに預けようと思ったが、一番キャパがあるのが全部「お仕事中」であった。そこで花巻駅の「みどりの窓口」と「検札」を兼ねてるような駅員さんの所に行く。昔のJRには手荷物預かりってのがあったよね。それがないか・と尋ねるならば、その駅員さんは「ない」と言う。では「預かってくれないか」というとその駅員は「預かれない」という。「そこをなんとか」というとそのアホ駅員は「預かれない・ということになっている」。カチンときた。「ということになってる・てなんやねん」「その官僚的な物言いが気に入らんねん」「せっかくこれから賢治記念館へ行って花巻がこんなによかった・みたいなことになるかもしらんのを、その入り口で、お前がそんなクソ官僚みたいなことで、花巻サイテーにすんのか」「ファックやファック」とエキサイトしながら言っていた・気がする。チャリだから、重たい荷物はだれか・どこかにお預けが前提だしね。
photo_12.jpgこやつがクソ重かった。

 もう、「ということになっている」に、おれはぶち切れて「なぁーにが、ということになってるじゃ・ぼけー」みたいな独り言オトコになってた・気がする。「お前みたいなボケが街の復興を妨げとんじゃ」みたいなこともひょっとしたら言ってた・かもしれない。

photo_21.jpg本日の相棒。内装3段変速・一人力。「イーハトーヴ号」なんて名付けたくなる。→ミーハー。
 
 なんとか、観光案内所に荷物を預かってもらい、チャリを借りて花巻駅から北東に向け出発した。北上川にはすぐに当たり、「イギリス海岸」でぼけーっとする。まだこの時は、名所旧跡探訪おとこ。

photo_20.jpgイギリス海岸にて(1)
photo_19.jpgイギリス海岸にて(2)
photo_18.jpgイギリス海岸にて(3)
photo_15.jpgイギリス海岸の少し上流。北上川そのもののダイナミズムがいい!!!

 そこから、宮沢賢治記念館への路はなかなか遠かった。頼みにしていた陽射しがぱたっとなくなり、雪になる。で、なんとなく方向はわかってるつもりで、会う人会う人に「どこらへん?」と尋ねると、大体のことを教えてくれる。そして最後に「坂を500m上がんなきゃ」と「フフっ」と笑いつつおっしゃる。「自転車は無理よう」とも。

 若干迷ったからか、小1時間ほどかかり、麓までなんとかきた。みなさん同様におっしゃる坂まで来た。そこをさすがに三段内装変速の一番カルいヤツでえっちらおっちら上る。「ま・そらまあまあ・きついな」「ま・チャリでは若干無理あ・る・よ・・・・な」と上ると駐車場に出、そこは宮沢賢治童話館で、いろいろあるのね、イーハトーヴ館とかさ、しかし目指す「記念館」は「そこからさらに500m」ってのが真実でした。その坂はほんとに急で、「あ・これ・ほんと・むりね」でした。
photo_16.jpgこれぜったいむり・ね。


 実は、丸4日のおこた&風呂の生活で足がイんでた。500mの出発点に「なめとこ山」というズバリなそば屋が「鴨つけざる」と看板を出している。ハラも減っていたし、はいっちゃおか・と思うのだが、「映画の前のメシ」の教訓を思い出して踏みとどまる。集中力なくなるのね。寝たりとかね。とにかく「記念館」first。でなけりゃ雪の中走ってきた意味がない。はーはー言いながらも500m上ると、手前に宮沢賢治記念館・さらに奥には新渡戸稲造記念館もある。そして「山猫軒」というレストランもある。また人を惑わせる〜。


 宮沢賢治記念館は「実に・非常に・素晴らしく」おれは1時間以上いて目を皿にしてすべてを見て回った。ものすごく刺激的だった。家にあるものをもう一回読んでみようと思うし、もう賢治全集はこれこそ「大人買い」するしかないな・と思う。これこそ21世紀のバイブルかもしれない・とまで思う。ほんとに素晴らしい宮沢賢治記念館へ、500m上って行ってみてください。まああまりにも遠いのだけどね。まあ、アナザー熊野詣でだったかな、おれにとっては。聖なる土地にはね、カルく行けちゃいかんのよ。これ・絶対に真実。


 ちょっと放心状態になって、ふらふら「山猫軒」へと吸い込まれ、知らないうちにカツカレーを注文していました。お味は、そこそこ、でもいい。山猫軒だから・と、えこひいき。でも地ビールは旨かった。いやカレーもそこそこ・よ。そこから500m下って、新渡戸稲造のことも忘れ、「なめとこ山」のことも忘れ、下って気づき、でもまあどっちでもよく、チャリでまた花巻駅まで戻るのだが、この帰路がこれがまた向かい風の吹雪で、なんかチャリが進まんのね・前に。一番カルいギアにしないと漕げないほどの吹雪なのであって、足も弱ってたのかなあ、しかし、大変な7kmでした。帰りに「羅修地人協会」を右手にちら見しつつも、寄ろうなんて気にはなれず、ただただ、花巻駅を目指した。

 雪まみれ・だったのだろう。レンタルチャリ屋のおばあちゃんが「あっらぁ・寒かったー」と迎えてくれました。100円まけてくれた。こういうのにツーリストは弱いわけよ。聴いとるか・花巻のボケ駅員。荷物を取って、けんじライナーの時間を確認し、ポケットの中のチケットを探すが・ない。「ん?」で、思い出す。宿から出るとき、こっちのポケットに入れてた紙類・全部捨てたな。あいたたた・だ。一緒に捨てたな・チケット。紙類の中に紛れ込んでたんだね。チケット捨てちゃいかんよなあ。じゃあJRで行くか。ちょっと待てよ。あのバカ駅員が改札におるなあ。なんとなく気まずい。どうする。で、「考える」。

 1)無視して改札通る。
 2)もう一回中指立てて改札通る。
 3)「わっはっは、さっきのことは水に流せ・わっはっは」と言いつつ改札通る。
 4)「お邪魔しまん・にゃわ」でにゃわ・んとこで駅員がこけてる隙に改札通る。
 5)アホの子のふりして改札通る。

 大まかに5つほどオプションを考えたのだが、1)はあまりに大人げなく、ツーリストとしてそれはいかんのじゃないか。4)は駅員が「よしもと」知らんのではないか。その場合おれの「ひとりよがり」になるおそれがあり、収拾つかないとまた暴れ・暴言その他さらなる混乱を招いたりすんのはやっぱツーリストとしていかんのじゃないか。5)は最後の手段だが、さっきあんだけぼろくそに言うといて、今度はそれかい・とおれが自分につっこみたいよ。

 で、オプション2.5)と言うか、態度はHARSHで言葉はMILD・という「高等戦術」でいこう。よっしゃ、それいただきぃ!!!と盛り上がりつつもハラを決め、東仙台までのローカル列車各停の旅2520円也の乗車券を購入し、バックをがらがら引きずりつつも改札へと歩を進める。中指を立て、チケットを改札機にスルーさせ、駅員の方を向くと「あれっ?」替わってた・おっさんが。別のおっさんだった。で、宙に舞うおれの左手中指なのだけど、しょうがない、着地は「鼻の穴」ってことで。中指楽勝である。親指だって入るぞ・おれの鼻の穴・だはは。

photo_13.jpg「生活列車・のローカル線、「鉄」ではないけどAMOR」

 あーあ・つまんないことでエネルギーを浪費してしまった。仙台まではローカル列車ゆえ、2度の乗り継ぎである。一ノ関で一回、小牛田で一回。小牛田は「こごた」と読みます。約2時間半。しかし、こんな時はその時間が贅沢だと思う。このスロウさがいいのよね。3列車とも見事にみなさんの足で学生もおばちゃんもおじいちゃんも乗っている。それでも不思議に荷物も置けて座れた。ワカモノのマナーはものすごくいいです・岩手県。本日は、ちょっとした好奇心から、ゲストハウスに泊まることにしていた。民間のユースホステルみたいな印象があって、そういうことも若い頃したことがなく、こういうの一人旅ならではかな・と思っていた。東仙台駅から歩いて15分ぐらい・ということだったから、まあすぐわかるだろうと高をくくっていたのだが、これがまた。

 着いた時間が6時廻っていてもう暗くなっていた。それでもiPhoneのマップを頼りにがらがら引きずって歩くのだが、なんだか着かない。30分ほど迷って、やっと到着。いたひとびとが一斉に「こんにちはー」と言うから、「おいおい、場違いなとこ来ちゃったかな」と最初は思った。温泉では髭も一度も剃らず、延々帽子かぶってたから、髪の毛もえらいことになってて、そしてもうどう見てもおれが最年長なんだね。しかし、最近の「アウェイ好き」がこういう場でもチカラ発揮したりする。そしてなんかみなさん、ご自由な感じなのよね。で、聞けば、北は北海道から南は宮崎、歳も10代から40代まで、国籍も日本人・韓国人・アメリカ人・フィリピン人と多彩。関西人も数人いて、すぐに「なんやおまえー」みたいなことにもなり、まあみなさんといろいろ話しているうちに、多くの人たちは「VOLUNTEER」に来ていることがわかり、おじさん徐々にみんなを見直す・の巻である。浪人・大学生・フリーター・建築士とそれぞれが、ちゃんと意識を持って来てるんだね。ある人たちなど、クルマで100kmのとこまで今日も行って来たということだった。明日も行くのね。多くの方々が、なんと言うか、非常に控え目で、必要以上の高揚感も感じなかったし、それが「英雄的行為」であるなんて自己陶酔もないし、ただただ余っているオノレのエネルギーを少しでも役に立つことに使えれば・というような印象を受けた。宮崎の女子大生は、VOLUNTEERの詰め所のようなところなら寝袋持参で600円で泊まれるのだがシャワーを浴びにここへ来てる・と言っていた。そのうちにみなさんと知り合いになり・みたいなことだった。あまりにもいろんな人がいるから、話も少しずつしか出来なかったが、帯広畜産の大学生は、イザベラ・バードに興味を持ったし、建築士の方は今まで知らなかった東北の歴史に驚いていたし、最初は「VOLUNTEER」ですか・なんて訊かれて「いや・温泉です」みたいな一人だけ非国民な感じだったけど、まあ自分がわかってることを話しているうちに、みなさんそれぞれでいいんだよね・持ち場持ち場で・なんてことになり、後は和気あいあい。いいトポスをつくられましたね、加賀さんご夫妻。今後の健闘をお祈りしています。また・機会あればうかがいたいです。建築士の藤田さんも「思っておられること」ができればいいですね。鎌倉の浪人生たちも来年は合格を。宮崎の女子大生・結婚はアセらずに。山形のバカ女の彼女・大阪貴方に合いますよ。ロバート・仕事がんばって。バスで一緒に帰るはずの彼・なんかバス二台時間差あったみたいです。みなさん・またどこかで遇いましょう。

 久しぶりの二段ベットでアタマ打ちながら寝ました。おもしろかった。@ゲストハウス梅鉢

 DAY6  「シーベルトの街」
 

 朝・出る時、加賀夫妻だけでなく、一階に居たみなさんが見送りしてくれました。ありがとうございます。貴方たちに幸運が舞い降りますように。

 仙石線の苦竹からJRで仙台駅まで行く。重い荷物をがらがら引きずりつつである。しかし、東北は駅は秀逸。おれのようなチョー重いもの持ってる人にほとんどストレスを感じないように駅が出来ている。いたるところにエレヴェーターがあり、もちろんエスカレーターもあるが、99%バッグを持ち上げることはなかった。転がしっぱなし。そして驚いたのは電車が到着してもドアは開かない。乗る人がボタンを押してドアを開ける・そんな仕組み。おもしろいなあと思ってた。さて、本日はpara福島である。おれの旅行・今回は(今回も?)イージーからハードへと移ろって行く。
photo_12.jpg本日もクソ重し。しかし、多くのエレヴェーターに助けられた。

 福島までは新快速の4人がけのJRらしい列車だ。やっぱ、これがいい。窓のとこにお茶とか置いてさ。こういうちょっとしたことが旅情にふくらみをもたせるわけよ。仙台福島間は新快速ってこともあってか約1時間。さあ・福島だし、やっぱり、比較することではないが、一番心の中にさざ波が立つのが自分でもわかる。

photo_11.jpgこのスタイルでないと切ない。photo_10.jpg

 福島駅は西口と東口がかなり遠い。地下通路を通るのだが、数百メートルある。西口にも東口にもスーパーや土産物・書店等たくさん店が入っている。仙台ほど大きくないにしても福島の街もなかなか感じがいい。東口からは碁盤の目に路が延びている。まず、本日もレンタルチャリを借りて出発・したのだが、走っているとニコニコレンタカーがニコニコで2525円で6時間という看板に出会う。発作的に「ニコニコで行こう」となる。手続きをして、チャリを預かってもらって、久しぶりの日本車である。ホンダのLogoだった。旅先ではなんでもいいんだもんね。ていうか、積極的に「頼むぜ・相棒!!!」である。
??-2.JPGFIAT UNOみたいな感じかな。乗ったクルマで言うと。「頼むぜ・相棒!!!」

 地図で見ると福島第一原発方面にはR114だということがわかる。おおまかな道筋をニコニコレンタのにいちゃんに訊いて出発する。奥州街道からR114への左折はどこかなぁ・と思っていたら、三叉路で「HOTEL114」はこっち・と←が出てる。こういうのいいね。東北の路の印象はなんとなく掲示が不親切なのだ。どうも「おれらわかってっから、そんでいいべ」って感じなのよ。いやいや・そうじゃなくってですね、初めて来た人間にもわかるようにしてください・お願いします。一度は自分のクルマで走りたいと思っている。

 そしてR114に入ると、この路がまたおれの「大好きな」路なのよ。田舎道ながら山越えあり、ストレートありのほんとに走りがいのあるっていうか、大阪で言うと「箕面」とか「亀岡」行く途中となんにも変わりなく、R168の五条から風屋ダム辺りまでとも似てて、違いと言うなら両脇に押しやられた雪の絶対量だけ・という、ほんとに走るのが好きなやつなら「たまらん」路だった。
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 その路が「福島第一原発」へと繋がる路だ・という事実に最初は複雑な、そしてしだいにそれは哀しみや怒りの感情へと移ろっていくわけだった。「南相馬」とか「浪江」とかいう、みょーに見覚え・聞き覚えのある・変に有名になった街の名が掲示板に載っている。途中には郊外の街にありがちなスーパーとTSUTAYAの入ったショッピング・モールがあり、そこはまだ「非難区域」ではないのだな・ということがわかる。小学生たちが高学年・低学年混ざって一緒に下校している。なんかものすごくいい子たちに思える。なぜ、きみらがそんな目に遭わなきゃいかんのか・と思うとやや感情的にもなる。南相馬との分岐を過ぎるとまるでクルマがいなくなった。その分岐で停まっていた時、うしろの軽には老夫婦が乗っていて、その後部座席はもので溢れていた。その老夫婦は南相馬へ向かって折れていった。

 福島から35kmということは浪江まであと15kmくらいだったと思う。そこは完全な「ゴースト・タウン」だった。移転や営業停止の貼り紙が目立つ。家には洗濯物も干してないことから、人がいないこともわかる。
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 路肩に停めて、煙草を巻いていたら、前の家からおじさんが出て来て、不審そうな目でおれを見て、クルマで福島方面へと向かっていった。まあ一目見て土地の人間ではないとわかるだろうからどっちにせよあまりいい印象は持たれてないだろう。「この物好きが」みたいな。「このドロボーが」かな? パトカーが二台、浪江方面から帰っていく。他にはまったくクルマが走っていない。しかしね、そこにある風景とは、ほんとに無垢な田舎の風景なわけで、それはここがゴースト・タウンであるという事実との整合性にものすごく欠ける。だから、これが放射能の恐ろしさ・ということなのだね。もう少し行こうかとも思ったのだけど、ちょっと二の足が踏まれた。ゴースト・タウンがつづくだけなのだ・ということだけは、わかるからさ。Uターンすることにしました。
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 福島まで戻ると、大阪桐蔭と花巻東のセミ・ダルビッシュ同士のもったいない一回戦がニコニコレンタのTVでやってた。なんとなく花巻応援したくなってるんですね。そのときはまだ2-3でいい勝負だった。クルマを返して、チャリも返して、駅中にスーパー銭湯があったから、風呂入って、なんかカルく喰って・なんて思ってたのだが、「ちがうちがう」と思い直す。「地元の飲み屋」行ってない。チャリで帰ってくる時にメインの通りではない通りになんか惹かれる店があった。レンタルチャリのおっちゃんに訊くと、メインの通りを勧められた。一度はそっち行きかけたけど、こういう時は自分の嗅覚を信じるべきなのだ。で、おっちゃんの助言は却下。串焼きの店へと吸い込まれる。

 寒いから日本酒。浦霞・栄川・花泉とある。まあ最初は浦霞。昔よう飲んでた。懐かしい。そして旨い。串をいろいろ焼いてもらう。豚タンと鰻が旨かった。浦霞・あっという間になくなる。一杯目としてはこれほどつきづきしい酒があろうか。店の者たちにも原酒をおみやげに買ってある。貴重だよん。宮城の浦霞。酒造所やっと直ったんだからね。そして次は栄川(えいせん)の辛口という言葉に惹かれ飲んでみる。これまた・旨いっ!!!いや・ものすごく旨い。最初から最後まで飲み続けられる・そんな酒。三千盛をちょっと洗練しましたみたいな・と言えば想像つくだろうか。いやー・旨い酒・まだまだ知らないものがいっぱいあるねえ。うれしくなるねえ。もひとつおかわりして、どうも酒好きがバレたらしく(最初っからちょんバレか)、これ飲んでみる? とおちょこでもうひとつの花泉をテイスティングさせてくれる。そしたら・・・・これもまたまた・ものすごい旨いやんか!!!なんか、ずるい感じ。新潟といい、福島といい、「ほんとの酒どころ」の実力たるや、おそれいるわけだった。栄川と花泉はde福島である。そして、おれの悪口の矛先は灘へ向かう。ま・ほどほどに・ですが。これが今までの自分の旅だったなあ・などと一瞬懐かしくもあるわけだった。行った先々で店に飛び込んで、話してバカになって酔っぱらう。今回、そんなことはなかった。まあ「時代」が変わっちゃったからしょうがないが、でも、こういうのもないと寂しい・かなり。こんなんばっかりでも今やどーか・と思うが。でもないとやっぱ・いかんですね。

 福島ならではのいろんな話も聞けました。なぜ、中通りなのか。なぜ、浜通りなのか・とか、会津の特殊性だとか、東電のバカの失態とか。それはまた別の機会に・と思う。百数十年前に書かれたイザベラ・バードの著書とともに始まった、今回の東北への旅は収穫があまりにも多かった。いま、雪の露天風呂も浪江町へのR114もどちらも「夢」のような気がしている。最高の夢と最悪の夢・なのだが、実はどちらも「ド現実」なのだよね。おれたちは、まあ言うなら、イザベラ・バードの時代を引きずりつつも、P.K.ディックの世界を生きている・ということなのだと思う。そのどちらの世界にも溺れず、それらをすり抜けるもの、それは賢治の思想の中に随分いろんなヒントがあるように思えた。賢治の偉大さはあまりにも「とんでもなく」て、一言で言えるようなものではなく、しかし、それは北上川のあの場所がなぜ「イギリス海岸」なのか、なぜ「羅修地人」なのか、を考えることから始まるような気がしている。

 日本のことを考えるのに、もう東京や大阪は必要がない気がした。人を「変なもの」に変容させる変なチカラが働いていると思うからだ。熊野や東北を/から考える・そんな視点がますます必要になる・と思う。東北の人は控え目で真面目だ。熊野の人にも同じことが言える。そのパーソナリティはそれだけではないのだろうが。ただ、おれが知らないだけである。あの花巻の駅員のことをおれはくそみそに言ったけども、彼の中に「規則原理主義」と言った頑ななものを感じなかったのは事実だった。彼はただ、非常に融通のきかないまじめな人というだけなのだろう。融通が利きすぎるのも考えようだもんね。そうやって規則が形骸化していくわけで。恣意性の善し悪し。関西人はまあそんな人たちの集まりでもある。

 東北はチャーミングな土地だ。そして日本人の美徳がまだ充分生かされている土地だ。浪速のカエターノでも行きたい。もうこれからことあるごとに何度でも行く・とこゝろに決めてしまったのだ。<終わり>


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2012年03月23日

奥の細い細い路 Numero2

 DAY3 「混浴と地震と縄文が入り乱れ・・・」

 アフガンで10数人殺した米兵士。PTSDであった以外にも、リアルな「外傷」が脳にあったという説もある。そんなにアメリカの兵士供給事情が逼迫しているとするなら、つまりそんな兵士でも再度アフガンに戻さなければ「足りない」とするなら、もう無理・である。「オバマの戦争」はブッシュの戦争同様失敗・ということだ。ほんとに、どんな「大義」があろうが、わざわざ他所の国に他所のヒトを組織的に殺しに行くことの理由にはならない。STUPIDなことだ。ヤメてください。

 今・揺れた。9:36 最大震度4・岩手県沖。深さ4km・M5。木造だから音がけっこう。まだびみょーに揺れてます。しかし、1995年のおれたちが、なんとなく理解したように、「あの一番でかいやつよりでかいやつは」来ない・そんな認識がこちらでもあるように思う。

 昼メシは肉じゃがを途中まで作って部屋の石油ストーブにかけ、すき焼き風に卵で喰う。卵かったものの・なんにも使ってなかったのだ。で、赤を飲む。あんまり飲んじゃいけない。いや・いけなくはない。どっちでもいい。好きにしなさい。
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 露天風呂は混浴である。ようある混浴の現実として、「ああ・混浴だべ・しなびたばーちゃん、はいってるべ」とかよくあるが、本日、カップルが2組入ってきた。ばーちゃんもいたけど。しかし、そんなとき意外とどう振る舞うか、考えてしまいますね。おれ、タオルで隠したりすんのあんまり好きじゃない。しかし、上がるためにはカップル前を通らずに上がれない。そして、まあ考えたなあ。カノジョと混浴におれなら入るかどうか? これ・なかなかむずかしい。結論が出ないです。うーーん・どうするかなー、と考えてたらのぼせてしまって、お袋からもらった念珠もなくしてしまった。

 なんとなくチョーシ狂う・ってのが現実である。スーパー銭湯でありがちな、すべてを「放り出して」寝てるおっさんのあの状態が「風呂の理想」かとも思うから、そこをねーちゃんがチラ見しつつ通り過ぎるのもどーか・だ。しかし、ばーちゃんの「豪快な股間洗い」には先達の威厳を感じました。そこ・そんなに「特殊な」場所ではなくなってくるのかなあ。なんかその・すごい!!!畏れ入ります。

 こっちへ来てから、TVは見ないのだが、ひとつだけ「相撲」を見ている。大阪場所ってのが、また「へん」ではある。しかし、昨日今日と熱戦が続いている。特に幕の内の前半。今日は「大村崑」ちゃんが砂かぶりにいる。そしておれは髭を剃っていない。今・ほんと、どーでもいいから、なのだが、ヘアガムも持ってきていない。

 今・まぎれもなく「東北」にいるのだが、その広さを一カ所に留まりながらも感じている。それは仙台からの「けんじライナー」に乗ってる時間がただ一つのリアルな根拠なのだが、それと同じ時間をかけても津軽半島の先端まで行けるかどうか。「白河の関」はその歴史が蘇我氏の時代にまで遡る。当時、異人であり、敵であった「蝦夷(えみし)」の侵入を防ぐ目的であった。その後、多賀城が陸奥国支配の最前線となるのだが、意識の上で延々、「日本」と「蝦夷=辺境」を区分けする「場」であったはずだ。司馬遼太郎だったか、書いていた。東京(江戸)にとっては、東北は単なる「Hinterland(後背地)」で「田舎」に過ぎないのかもしれないが、上方の東北への憧れは、そこが「辺境」であるがゆえに募るのだ・と。けんじライナーでも途中、「平泉」に立ち寄った。中尊寺金色堂の平泉、奥州藤原氏の平泉だもんなあ。「藤原嫌い」のおれではあるが奥州藤原氏はちょっと違う。西行もその一族である。その西行の足跡を追った芭蕉の「奥の細道」が決定的かと思う。時は元禄・上方の町民文化が盛り上がった時だし。やはり、上方から東北への憧れというのは、フェチか・と思うほどだ。京都が都だったということが大きく、それが辺境への指向性「東北を目指せ」となったんだね。もうひとつは、イザベラと同様に「異族」との出会い・そんな冒険のニュアンスもあったのだろう。

 イザベラはアイヌと熊に関して言っている。
しかし、どうして彼らは熊を崇拝するようになったのか、その気持ちを理解することは不可能である。というのは、彼らは彼らの流儀によって熊を崇拝し、熊の頭を村の中に安置しておくが、また一方では熊を罠にかけて殺し、その肉を食べ、その毛皮を売るからである。この野生の獣が、無生物である風や雨などの自然力よりも彼らの気持ちを崇拝に駆り立てているのは疑いない。アイヌ民族は熊崇拝者として他の民族と区別することが出来る

 まさに「なめとこ山・・・・」だ。イザベラによるアイヌと宮沢賢治がここで「こんにちは」だ。

 熊祭りでは小熊の頃に捕えた熊(子どもの遊び相手でもあった)が大きくなると、熊殺しの儀式がある。みんなで襲いかかり、熊を絶命させると、頭を切り取り、武器は熊に捧げられ、その武器に対して熊の復讐を祈願する。そして祝宴の中、熊の頭を柱の上に安置し、礼拝(酒)を捧げる。そしてみんなが酩酊して祭りは終わる。

 別の人々は熊に数人が馬乗りになって殺す瞬間にこう叫ぶ「私たちはお前を殺すが、熊よ、アイヌ人になって早く戻ってこい」と。この「アイヌ人になって早く戻ってこい」、これですよね。

 「混浴の おんなはぶたで 雪崩起き
 「山際に 冠雪淡く 彼岸花
 
 DAY4  「雪の露天には雪割りがいい」
 昨日は、赤坂憲雄氏に三度遭った。大阪から持ってきた日経の夕刊、ETVの高村薫氏の番組での対談、そして梅原先生の文庫の解説。東北学の人。やっぱ、そっち方面掘り下げて行くなら、何かに誰かに遭える・ということだね。昨日はSAVVYの元編集長の野田達哉くんが、たまたま陸前高田に取材に来ててFACEBOOK上でチャット。彼、さすがに今東京だから、東北は馴染みみたいで、大沢温泉のまだ先の鉛温泉も紹介してくれた。白猿の湯。そこは「湯治部」というものがあって、自炊部と同じように長逗留できる。風呂で出会った方の話によると、農閑期には「自炊部」「湯治部」は一杯になるという。今回微妙な時期で4泊もできたのはラッキーだった。来年はそこも候補・と今思ってる。

 今朝は氷点下だが、それで大阪にいたら寒くてたまらないと思うが、こちらにくるとさほど「寒い〜」とは思わない。温泉があるからかなあ。それとも精神の解放が原因だろうか? さて、そろそろ「帰りたくないシンドローム」である。試験のできが気になって生徒たちにメール。返事待ち。もうしかし、今は「欲望全開」して、ギャル化してるだろうなあ。もう手に負えん生き物になっているはずなのである。

 朝露天。本日は雪!!!こういうのを待ってた!!!雪見風呂。けっこう降ってて、縁に座って腰までの湯。雪が上半身に当たって、ぴりぴりちくちく、しかし、腰から下は温かい。至福の時である。京都から来たという定年寸前のおじさんと長話。昨日も同じ時刻に入ってたみたいで、となると、話題はあの「混浴状況」へ。「あのおばさんのおっぴろげはどーよ」など。まあ、一週間目くらいになると、お互いすっぽんぽんで話できるようになるのではないか。そんな気がしてる。要は「慣れ」なのよねー。はだかの付き合い自体はもうこの歳になるとそれはそれで「悪くない」。
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 やっぱり食材を買い過ぎて、余ってしまう。で本日は、残ってるものオールスターズでシチューを作ろう。それを喰い切って大沢温泉を後にしよう・と決意する。しかし、なんだか今回はチカラ入り過ぎ、もっと気楽でよかったな。食材ももっと少なくてもよかったな。コーヒーとたばことワインとなんかイタリアンの材料だけでもよかったな。また来年来よう・絶対来よう。湯の峰の「あたらしや」のようなもので、馴染みの宿ができるのはいいものだ。
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 今日は氷点下6度だってさ。今も1度だけど、なぜか「そんなに寒くない」お湯のおかげだろうか。おこたのおかげという気もする。いやー・おこた三昧でもありましたよ。昨日からは座椅子も来たしな。座椅子ないと腹筋つかうつかう。本日も地震である。しかし、起こってるところを点で繋いでいくと、なんとなくだが、そのヤバさに気づく。それは点ではなく太平洋プレートの沈み込む「線」となり、下に引っ張られるユーラシアプレートが接点に限らずあちこちで破損している状態ではないかと想像できる。関東の沿岸部ではなく内陸で小規模の地震が頻発しているのはそれで説明がつくと思う。そんなこんなで、入試では理科は地学を選択していたおれの結論。「東京直下型地震」は起こります。規模はわからない。わからないし、できれば小さくあって欲しいけど、「間違いなく起こります」。内陸ってことで言うと、東北よりも関東だと思う。日本列島って海岸線が三陸はほぼ南北。ところが千葉辺りから北東-南西を結ぶラインとなる。太平洋プレートはハワイの海嶺から湧いてきて日本で沈む。つまり東から西へと移動している。だから南北のラインは東西の動きと垂直だからまだ強い。ところが北東-南西のラインは東西から45度の斜めだろ。東日本大震災で何個かそのプレートの接点が壊れていることがわかっている。それを前提にすると、1列横隊で攻めて来てる敵を1列横隊で受けとめてる三陸沖はまだチカラが均衡するが、斜めに攻められると「破綻」しやすい・というのがお解りになるだろうか? それがプレートの接点で大規模に起これば東海・東南海、接点の奥で起これば関東内陸からフォッサマグナの中部ということになると思う。さらにはそれが富士山のマグマに点火したら・・・・、こわいですねこわいですね。だいぶはしょった乱暴な推論ながら、おれは東京行くのはやっぱりいや。

 こんなに風呂入ったのって何年ぶりだろうか? 基本的に風呂嫌いのおれですが、やっぱ露天のすばらしさだろう。解放感が他の風呂とは比べもんにならないもんねえ。龍神の上御殿のこじんまりした露天もハニーと入るとかなりよいのだが、ここの広々とした露天はほんとすばらしい。広いだけなら川湯の「仙人風呂」という手もあるけど、あれはカイパン必須だからさ。やっぱ「放り出し」でしょう・風呂は・基本。まあしかし、おれが知らんだけで「すんばらしい露天」なんてのはまだまだあるのだろうね。特に東北にですね。
photo_14.jpg最初はこうなのであって。
photo_15.jpgそれがなんども風呂に入ってるうちに〜
photo_16.jpgなぜか突然こんなんなって〜
photo_17.jpgこんなんですらあったりする〜。温泉って不思議。
photo_14.jpgでも、温泉はいらなけりゃこんなんなので〜誤解のないよーにー。

 露天だけでなく、今は「東北」なのだ。おれの中では。今回イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を大阪で途中まで読んでて、こちらへ来るのに合わせ後半を読み続けた。もうイザベラは北海道行っちゃってるが、北海道は蝦夷(えみし)が本州から追い立てられた辺境である。その蝦夷たちの末裔がアイヌ・で間違いないだろう。実は蝦夷たちはかつては近畿地方にもいたのだ。日本書紀にある神武東征の話。神武を最初に生駒で退けた「ナガスネヒコ」そして「土蜘蛛」それらは縄文人のことであろう。どちらも重心の高さをほのめかすネーミングだ。

 倫理観の高い縄文(蝦夷)は倫理観のまったくない現代人そのものと言ってもいい「弥生人」のマキャベリズムに蹂躙され、追い払われ、そして改めて征服された。それが日本の古代のプレヒストリカルな時代の概要だと思う。つくづくやるせないと思う。優しさや気高さは、小賢しさ・セコさによって貶められ、辱められ、なかったことにされる。現代もその何百回目かのその愚行が繰り返され、もうそれに逆らうことも忘れられ、それは愚行に寄り添って美味しい目に遭う・なんてことがマニュアル化されているから、その批判も空中浮揚したまま着地できない。

 イザベラのアイヌウォッチングでも、多少の自治だけを認められつつも、開拓使の管理下に置かれ、そのなかで自滅していきつつあるアイヌの人々が描かれている。貨幣経済・資本主義、それが「農耕・牧畜」の始まりによって運命づけられていたとは言え、その中で歴史の裏側へ押しやられた人々に再度光を当てる・そんな作業が今とっても必要なのではないだろうか。いや・そこはみんななんか頭ではわかってるのね。再生可能エネルギーがいいよね・なんて言うのと相似だと思う。ただし再生可能エネルギーのうさんくささは、「そこで儲けたろ」という資本家がウンコとハエのハエだっちゅうことだ。資本主義でないものを模索する過程が資本主義内部のサブルーチンに組み込まれるシステムが出来上がっているこの現代で、じゃあ・一体どうすればいいのか? わからない。

 「じゃ・早い話・どうすれば」「こうしさえすればいい」そんな短絡的な会話で埋め尽くされているこの時代に、99%の富を独占する1%のほとんどが「ノブレス・オブリージュ」ではないこの時代に何かできることがあるのだろうか? 自分が自分の共同体の中で「ノブレス・オブリージュ」になれればいいのだけど、それさえも土台が崩されつつあるこの時代によ。そこ・みんなが「がんばる」ところかもね。どうがんばるの? そこやねん。But how? いや・まぢでよ。

 こちらでTVを見ていると、震災・津波・原発関連のトピックなどで、「あ・それは今・ここ・の話なのだ」と気づいて、背筋を伸ばすということがありました。その被災からの未復旧に関して話してる人が隣の街の人だったりするからね。大阪でTVの番組を見ているのとは、やはりリアルさが違うな・と。なんか、いつもの旅と違って毎晩「酔っぱらって寝る」なんてこともなかったな。「酔っぱらって寝る」とは、安心が前提でないと不可能な話で、それが今は土台が揺らいでる。震災と津波と原発とあとは社会のどうしようもなさが原因だ。

 ひっつみ・という料理を食べてみた。郷土料理で言わば「すいとん」である。なんとまあ・しみじみとした味!!!とびきり旨いってわけではなく、ただ、これで育った方には忘れられん味だろうな。いろんな思い出が入り込む余地がたっぷりある味だもん。根菜・きのことともに、小麦粉が(吉田健一氏ならうどん粉が・と言うだろう・でもそっちの方が近いか)丸く扁平に伸ばされて何枚か入ってる。ザ・モウスト・しみじみ大賞だ。流れで今日はワインじゃなく焼酎を飲もうと思って氷探索の旅にでるが、事務所も閉まっちゃってて困った。で、外に出て雪だるまの片割れにして持って帰ってきた。
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 オンザスノウ。おいしい。オンザスノウマン・か。明日は寒そうだ。今日から気温がまた下がった。ストーヴをつけている。明日の最低気温は氷点下四度だってさ。江頭着用のこと。明日は「春分」だねえ。にもかかわらず。


 丸三日、どこへも行かなかった。なぁんにもしなかった。本を読んで、メシを作って、風呂に入っただけだった。なんと無益な、なんと自堕落な日々だったろう。しかし、なぁんにもしない・ってこんなにいいのね。まあ、でもさ、休日もなく何日も働いたしね。いんぢゃね・こんぐらい。

 明日は花巻市外を雪の中(雪なのよー)レンタルチャリで走ろうかな・というプラン。ただ、花巻・「坂」多いらしいです。イギリス海岸・賢治の思い込み(今見たらどひゃーorは?だとは思うが)に寄り添いたい。ここでもう一度(本日6度目の風呂へ行く)。・・・・・・・帰って来たが、むっちゃ積もってた、で、雪を露天でも調達。外出なくても良かった。フロゥズン焼酎・だはは。この際、シーベルトもベクレムもI don't mind. しかし、やっぱり、あの露天・夢を見ているとしか思えない。入れば入るほど、そのお湯の熱ささえ幻想的になっていく。その夢とは賢治が見た夢と1mmでも擦んないだろうか。理想を求める気持ち・あるよー・おれだって。それに対する障害って、賢治の時代も今もさほど変わらんのかもしれないね・とも思った。賢治だって、生きてるうちは「リアルでくの坊」と近しい人以外には思われてたんだし。状況はその頃から「変わっとらん」てことかも・ですね。しかし、このフロゥズン焼酎の味、忘れない。来年来ても、この感動の深さはおそらくないからだ。また他の状況はあるやもしれぬが。

 ちょっと今回、エポック・メイキングやったですね。つまんない今のどうしようもない・「来たるべき死と滅亡のために」進んでいるこの国の状況の中、この国がそうならないためにも弥生の考えではなく縄文の・蝦夷の知恵がもう絶対に必要なのである。おれはもう・わかった。それをみんなにわからせるためには、ものすごいパラダイム変換が必要なこともわかった。ここでもまたBut how? なのだが、それはそれ。また明日考えよう。本日の結論、中途ぱんつはいいぱんつ。かんけーないが、でも・なんか移動を求めてる自分もいる。

 ま・いいや、もう一杯だけ飲もう・大沢温泉の雪で。
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DAY5へとつづく。

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:47| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月22日

奥の細い細い路 Numero1

 DAY1  「東北に地は騒ぐ」

 早朝、仙台到着。思っていたほど寒くはない。東北にも確実に春は来ている。Mcにて朝メシ。仙台のヒトはおとなしい・そんな印象を受けた。しかし、バカもいた。バカのワカモノ・バンツ完全にずり落ちそうなバカがおりまして、Mc内で傍若無人に振る舞うことが「なんかかっこよくね?・おれ」みたいな・そんなのがいて「10円貸して〜」と仲間に言い、仲間もそのときは10円なくて、少ししてから「あるよ〜」かなんか、そしたら「なんだ、おせーよ」なんちって、どうせなら「10円ちょーだい」やろ、とおれなんかは思う。あいつらのパンツ、ずるってやってみたいなあ。そんなこと思いませんか? 怒るだろうな。殴りにくるだろうか。パンツずっさがってたら、カルくスウェイでかわせんでー。蹴りにくるだろうか。パンツずっさがってたら足30cmくらいしかあがらんでー。バカは「ずっさげられ損」ということと相成る。やってみよっか・どっかで。

 受験生たちから朝に送ったメールが返ってこないところをみると、持ってっちゃいけないのだろう・ケータイ。去年の「京大」のこともあったし。しかし、そんなのも大震災と津波と原発でふっとんじゃったもんね。

 朝の仙台駅構内Mcは大混雑だ。仙台はちょうどいいサイズの都会。でもいいね。ベガルタもあるし、マー君もいる。まあ、星野もおるが。地方都市もこういう感じだといい。札幌とか博多とか、理想的だと思う。新潟も良かった。少し似ている。越と東北は繋がっていると思う、意識の上で。そして歴史の中でも。

 そう言えば、おれはてっきり、バスのルートなのだけど、名神〜東名〜東北なんて思ってたのだが、そうじゃなくて、名神〜北陸そして磐越自動車道って言ってたかな、日本列島の湾曲をうまく利用してる・そんな気がしたよね。それともこれも震災故だろうか? わからない。

 とにかく仙台には着いた。デパートが開くまでもう少し時間がある。食材を買い込もうと思っているのだが、待てよ、そんないっぱい買って持って歩くのもどうだろう。だって「けんじライナー」は14:50だ・ということで、気仙沼・と思ったのだが、気仙沼は遠く・そして不通の区間が何個もあり、そこはバスが代わりに走っている。どこまでいけるのか、と調べてみたら、松島海岸までは行ける・とわかった。とにかく、ちょっと行ってみたい。

??-3.JPG色の濃い区間は未だ不通である。復旧・全然なにも進んどらんよ。

 10:08の快速に乗る。途中・多賀城駅と言うのがある。「おー・あの蝦夷(えみし)討伐の第一拠点」の多賀城ぢゃん・とやや血が騒ぐ。そして塩竈・松島海岸と仙石線は走って行く。松島海岸の次の駅からは「不通」だ。まだまだ、復旧も復興も全然「なってない」。

 寒いかなとおもっていたが、そうでもなく、日差しは柔らかで、海岸駅の海までの間にいい芝の公園がある。昼寝でもしたいなあと思いつつも、遊覧船に乗ることにする。この凪の時の船はいいもんな。お弁当と酒持って乗りたいと思い、「弁当屋はないのか?」とおっちゃんに訊くが「そんなもんはない」とそっけない。なんとなく、そこらへん、東北人のパーソナリティかもしらんな・と「勘」で思う。まあ・いいや、と思い、乗り場へ急ぐ。後で「お弁当なんてとんでもなかった」ということに気づくのだけど。

 室内ではなくデッキに陣取る。予想通り、凪ぎで、いい感じに船は進む。ふと、「カモメのえさ100円」と書いてある貼り紙に気づく。そう言えば、かもめが港にたくさんいたっけ。でもそれはそんなに特記することでもないがなあ・と流す。いろんな島の説明があるが、「右手に見えますのがナントカ島で、左手に見えますのがカントカ島です」と言われたところで、どうということもなく、「それがどうした」なのだが、時々、「この島は津波で30軒家が流されました」と言われると「そ・そうでしたか」と、神妙にもなる。そんなとき船のおっちゃんがやや「にやにや」しながら、かっぱえびせんを大量にもって客室から現れる。

 それが「カモメのえさ」だったのだが、それを数人が撒くや否や、「ヒッチコック」だった。船が出るとやつらは「つけてきてる」のだね。もう覚えちゃっててね。

 そのカモメを狙ってか、鳶まで追走というか追飛というかしてきて、なんかどえらいことになっていました。けっこうびっくり。なんかわからんが大興奮でした・みなさん。おれもポケット瓶飲みつつ、コーフンの巻。

 船を降りて、芭蕉忌などの写真を撮ったりして、案内所でトイレを借りようと入ったところ「津波がここまで来ました」という「柱の傷」があったが、おれ完全に沈んでました。2m近かった。えらいことである。
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 松島は「牡蠣」の養殖が盛んみたいで、しかしね、焼き牡蠣・今喰うと飲んじゃうからダメよ。浦霞の原酒を二本おみやげに買っとく。おれが飲んでしまわなければ初志貫徹であるが。

 出しなに、サムソナイトがもうアホほど重くて死ぬかと思った。家の最後の12段の階段があるのだが、あそこはヤバい・危険。だれか酔っぱらいが落ちて死ぬだろう・とおれはフんでいる。店長が一番の候補だが、おれも、油断してるから、ゴミ出す時なんかにヤバいときがある。「一歩」踏み外せばもう「酷いこと」になるのは必至。今回も、ちょー重いサムソナイトだったし、むちゃ慎重に降りましたよ。そんなちょー重いサムソナイトをコインロッカーに預けていたのだが、それははたと忘れ、さらにチョー重くなるまでデパ地下で買い物をするおれはおそらくアホなのだろう。重たい上に更に重たい買い物。ほんまに死ぬかと思いました。すでにカラダの節々が痛いです。買い出すと、あれも・これもってなるんだよねー。合わせて50kgはあった。まあしかし、これも自分の食生活の充実のためである。でも、そんな時に限って肝心なもの忘れてたりもする。タイムを買うのを忘れてた。くそー。

 14:50の「けんじライナー」で花巻温泉へ。約二時間半。ほんとに遠い。秘湯だから。でも、おれはすごい勘違いをしていて、花巻温泉というから花巻温泉まで乗って、さて、ど・こ・か・な? と思って通りすがりのおっちゃんに訊くと、「それはここじゃねえっぺ」と言われガチョーン・なのだが、「じゃ・それどこだっぺ?」と問いただせばそれは「大沢温泉」だと言う。そしてそれは花巻「南」温泉郷・と言うのだと。タクシー四千円もかかって、すんごいアホでした。そして、なんとなく苦行の1日だった。

 とりあえず、ぜーぜー・ながら無事到着し、第一回風呂後、晩メシが終わる。本日は「おでん」でした。デパ地下で買った、新潟のあの薄揚げに一瞬見える厚揚げのような「揚げ」がナイスでした。明日はタイムはないが、昼間からイタリアンで白を飲もうと思っている。

 イザベラは津軽海峡の手前で足止めを喰らっている。彼女は日本海側を北上した。おれとは微妙にパラレルだが、彼女が、日本の風俗を、感心しながらも、やっパ・ダメなものはダメと言うとこがおれは好きになってきてる。もちろん基準は当時の西洋なのだが、それでもかなり客観的である。

 おれは今日、花巻の市街地を走るバスの中から外を眺めてて、暗い気持ちになったのは他でもなく、地方の、花巻ぐらい小さい街の風景が、他の小さい街とまるで似通ってしまってることが原因で、まあ・それは今に始まったことでもないけれど、それにしても、安普請の一週間も建てるのにかからんようなパッケージの店舗・それも和洋中のファスト・フード店が街の色になってしまうその哀しさは、ただただそれらが表面的に妙に「明るい」が故に、余計に寒々しい気持ちを募らせる。しかし、彼らの「全国展開力」ってもうすごいなあ。ファシズムに向いてるのかも日本人って。みんなが欲しいもんが欲しいんですね。メディアの浸透度ももうとんでもないとこまできてる。狭い日本の細かいネットワーク。ファストフードの中で嗜好が多様化してる。それ・多様化とは言わんか。だから、個人商店の店の値打ちをもう一度見直さないと。ウ レァォンジーニョ がんばれ!!!

 さて、本日は移動の日だったからいろいろあり過ぎた。明日からはのんびり読んだり書いたりの日々になる・はず。

DAY2 「大沢温泉」
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 7:30起床。NESCAFE香味焙煎の深入りで目を覚ます。これ、イケる。イケます。旅行はコーヒー問題がついて廻る。おれはアホみたいなマンデリン飲みだから、濃いいコーヒーがないと身体のチョーシが狂う。今回も困ってたのだが、これは帰ってからも「つなぎ」に飲めるなあ。

 今、朝の牛乳売りのおばさんたちが館内を廻っている。思わずりんごヨーグルトを買う。いいね。いいシステム。セサミパン・バジルパン・ポタージュ・コーヒーで朝を済ます。充分だったりする。パンが正解だった。

 朝のニュースで新潟・上越市の地滑りのことを知る。実は花巻も、まだ田んぼは雪が高く積もっていて、路こそ普通に走れるが、右も左も白いものが目に入る。遠くを見ると山々も雪を冠っている。その白さはなんだかいろんなものを「隠し」しかし、なにかその下に無垢なものの存在を信じさせるに充分だ。この大沢温泉はずんずん上って行く国道から最後に下るのだけど、玄関から国道を見上げるなら厚さ1mほどの雪が積もっている。河に面した露天風呂からも雪の塊がそこここに見え、まだ雪見酒だって出来る。西に棲んでいる人間にとっては異文化が薫る光景である。ほんとはタバコと赤を持って入ってみたい。チャンスを待っている。

 イザベラは北海道へ渡り、アイヌの人々と暮らしはじめている。
「なんという奇妙な生活であろう! 何事も知らず、何事も望まず、わずかに畏れるだけである。着ることと食べることの必要が生活の原動力となる唯一の善である! このような人々のと触れ合うことの出来る点がいかに少ないことか! 」

 まさに「縄文」だと思うが、少し不思議に思う点は「三内丸山」のあの立派で完結した世界ほどアイヌの人々の生活がよく見えないのは弥生文化の成れの果てに住む人間の何か大きな間違いなのだろうか? 目・曇ってるのだろうか? それとも大いなる「ボタンの掛け違い」によるものか。

 イザベラはアイヌ人のルックスを褒めている。酋長の母のことを「彼女の表情は厳しく近寄り難いが、たしかに彼女は非常にきれいである。ヨーロッパ的な美しさであってアジア的ではない」そして「いちばん若い二人の女はとてもきれいである。私たち西洋人と同じほど色が白い。彼らの美しさは、ばら色の頬をした田舎娘の美しさである」と言っている。

 当時、今もかもしれないが、アイヌの人々が施していた入れ墨、これが「魏志倭人伝」に言われるところの「邪馬台国」の風俗に似てるのね。この辺りの関係はどうなってるのかな? と思う。入れ墨はそのオリジンは「魔除け」であるから、邪馬台国当時は、縄文から伝わった、何か畏れ多きものに対する未分化の信仰があった・と考えている。

 さて、イタリアンは夜に取っておいて、昼間は「やはぎ」という食堂で食べることにする。カレーうどん・鮭のおにぎり。おにぎりでっかすぎて喰えずにもって帰る。取り放題のキャベツの漬物とカクテギが泣かせる。しかし、なんと長渕剛の色紙がある。まだ新しい。日付を見ると2012 3 12とある。つい先日ぢゃん。カブらんでよかった。「縁起悪い」。友部正人氏のやつもありました。

 3.17(本日)だけで、8:18:17千葉県東方沖・震度4、8:38:55同じく千葉県東方沖・震度3、11:04:14岩手県沖・震度1、11:55:11埼玉県南部・震度2、14:12:16千葉県東方沖・震度3、これだけ揺れてる。今日はよう揺れてる。しかし、おれは何も感じていない。

 大沢の湯・南部の湯・豊沢の湯・薬師の湯、とあって露天の大沢の湯は「混浴」である。露天はやはりいい。大沢の湯にどうしても行ってしまうんですね。外から丸見えなのだが、「それがなにか?」といった感じ。基本・「にっぽん・すっぽんぽん」で良いのでは。おれは今回浴衣もなし、どてらもなし、延々ジャージ男なのだが、こう日に何度も風呂入るとなると、パンツの存在に「?」なのであって、もうなんだかめんどくさいわけだった。で・ノーパン2日目。
おれはもう、べたーっと丸4日ここに居続けるのである。これが贅沢だ・と思う。予想できる範囲の贅沢ってなんだか二元的の一方向という「アタマの悪さ」が前提になってる・と思ってる。なんか「素敵」とか、もうどうでもよくって、女子目線も「しらんがな」だ。大方の贅沢知ってるオトナが、今「これがよい」そして今「時間とお金をかけてやる値打ちがある(そんなにお金はかかりません)」と思えるものしかキョーミないんだね。今・なぁんにも「生産的なことせず」ただただ、大沢温泉に4連泊する・これがいい。これだけがいい・今は、なんて切実に思うわけよね。いや・あのさ「生産的」って何なん? なぁんて挑発的なことも言ってみたくなるわけさ。クソ資本主義に於いて、なんて制約付きだもんね。もうじき終わる資本主義。FUCKな資本主義に於いて生産的なんてのは、吉本隆明の過大評価と一緒じゃ・あー・ゆっちゃったー。でも、あの難解な著書を「読んで理解」したヒトの総数はかなり少ないと思う。やっぱ・ムズかしいんだもん。最初はカッコ良かったんだと思う。ただ80年代くらいからの・なんというか、明らかに変な方向行ってからは、なんか「そうかなあ?」って思ってた。吉本隆明と人々との間に入ってうまくやったなあと思えるイトイ氏とかもそうだけど、その・資本主義との折り合いの付け方ってのは、今原発「五年以内に」やめよ・「10年以内」にやめよ・なんてことと相似かな・と思ってる。どっちにもいい顔しようと思えば、より「保守的」な「既得権持ってる」方に利益をもたらすことになるでしょう。おれも当時はアホで自分に無批判だったけど、今なら、それはわかる。資本主義という前提にどんだけシムパシーがあるか否か・ということか・と思うが、そこで恩恵をひどく受けてたら、他のオプションに消極的にそらなるわな。ま・もうすぐ、それは「判明」するでしょう。判明したところで、ビンボー人はビンボー人のままであろうが。ま・いいぢゃん。吉本さんとイトイさんの人間的な繋がりに関してどうこう言うつもりはない。イトイ氏にとって吉本氏は「尊敬」できる大先輩だったのだろう、encounterした。誰と「出会う」なんてのも運命だしね。でも彼のサブカルチュア論って「は?」でした。私見ですが。そして吉本隆明とビートルズはちょっと違うとおれは思うよ。そこ、突っついてもあんましおもしろくないし、改めて書かれるとおもうけど。有名人て、ちょっとしたことで言葉の整合性を問われて大変だなあ。

 晩メシはヤリイカとしめじのトマト煮・ルッコラのサラダで白を飲む。まあ自宅と変わらない。途中から赤へ。
photo_11.jpg

 本日は8人組の男女が隣の部屋にいて、かなり騒々しい。複数日滞在すると、いろいろなヒトが「隣人」となる。しかし風呂に入る、と本を読む、メシを作る、それしかしてないし、しないおれの休日なのだから、周りもあんまり関係なかったりする。もう・あらゆることがめんどくさくなっている自分を発見したりするが、それが長くは続かないことも自覚がある。要は「SWING」なのであって、今向こうの端っこから急にこっちの端っこまで来ちゃったんだ・ということがわかってて、些細な・些細でもないが、心配なこともないこたないが、まあ、とりあえずこんな日常でよいのだ。いろんなことから今やっと「解放」され、ただ、「つかの間の解放」なのだけど、大富豪でもなけりゃ、それで充分。楽しんでます。やっぱ、お湯のチカラ・って大きいかな。今日・春一番が吹いた地域もあったらしいが、それでも明日の花巻・また雪が降るという。まだ、寒さの残ってる中での「お湯」がいいんですね。

 いっぱい本を持ってきてて、それが尋常でないサムソナイトの重さに貢献していたのだが、イザベラ・バード以外に持ってきた12冊全部読めるとは思えんが、これも時の運・何かがその時の自分を刺激して、終了なんてことになる。アルマベスと燃える世界と砂の本が含まれてるが、さてどうなることやら。

DAY3へと続く・・・・・・・。
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2012年03月15日

最終日

 今年の受験も、本日でできることはおしまい。

 吹田の子はもう来てはじめてるが、中津チームが「本日も」遅刻。

 まあしかし、それぞれの「my own pace」は尊重してあげてる。尊重し過ぎたな。今年の反省。

 しかし、女の子が好んで行きたいと思う高校は、「ヤンキー度」が低い。低いから、女の子受けたがる。競争率は大したことないが、男子はほとんど通るが女子の中から不合格者が出る。吹田の子が受けるところは60人も女子が落ちる。考え様だけどまあ公立高校の試験にしては難関である。

 やれるだけのことはやって、後は天命を待つだけである。

 冷静で、落ち着いて、やり抜いて欲しい。

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 ヒトをしばく、なんてのは手がいたい。もう話変わってるんですが。

 愛情がないと、なかなかそんなことはできない。だから、そういうときは「投げる」。投げたいやつがいる。久々に現れた。ちょっと嬉しい。

 しかし、みなさん、ボーグだなあ。ボーグのようだなあ。ほぼ同時にいろんなことを共有する・その先のこと考えた方が良いのでは。

 頭の中覗いたら、「類型的」だと思う。そして、その根拠も「あ〜・それ」とわかる気がするんだね。間違いは、それを「自身の意見」と思ってしまうとこね。


 リベラル気取りの半端ワールドミュージシャン塾経営・としては。はんぱわーるどみゅーじしゃんじゅくけいえい
 ミュージシャンで完結しないところが、作者のセンスを感じる。「おまえ・なんやねん」的な。

 そこまで言うたら、一回店来なあかんやろ。ベース弾けるようになったのかね。

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 ちょっと世間から離れたくなってて、まあ数日だけど、「温泉バカ」になってくる。そこから南西の方角に「気」を送っておくから、キュート・ガールたち、がんばるのよ。
posted by 浪速のCAETANO at 11:49| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

ペドロ&カプリシャスが・・・

 ペドロ&カプリシャスの歌で目が覚めた。

 別れの朝・がいつの間にか、五番街のマリーへと移ろって行き、最後はトモノのおとうさんが壮大なフェイクをかましながら、あの素敵なヴォーカルの彼女の場所で歌っていた。おれは「噂」には聞いていたが、これがそーかー・と感心しながら見ていた/聴いていたのだが、まあその感想を言えといわれたなら「どひゃーっ」と言ってそのまま逃げたい。

 変な夢を見てたなあ。ちゃりんこでクルマと競争するのは、おそらく寝る前に「タモリ倶楽部」のちゃりんこの正しい乗り方・と言うのを見たからなのだが、しかし、かつての彼女たちが4・5人出てきとったなあ。夢の中でも、こっちの女といるときにも、きみだけだよ的なその場の精神の整合性をついつい気にしてしまって意外と疲れる。寝てて疲れるってなんやねん・とちょっと怒ってしまった・目が覚めたとき。

 ペドロ&カプリシャスのあのVo.の人、時代・だが素敵だった。ああいう人居たのよね・あの時代。サイケ・というかね。みなさん・細身で顔は派手。そこが in common。おれの周りにも居た。4・5歳上のじゅん子さんといって、おれが入り浸っていたスタジオで働いてた。


 東京から帰ってきて、だからなんかおしゃれで、彼女も「細身で顔が派手」。ちょっと思い出してしまいました。いいねえ・年上の女。泉重千代さんの気持ちわかるなあ。

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 イザベルは新潟を発ち、山形に入り、米沢平野にいる。ここで、こう言っている。

実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な大地は、すべて、それを耕作している人々の所有するところものである。彼らは葡萄・いちぢく、ざくろの木の下に住み、圧迫のない自由な暮らしをしている。これは圧政に苦しむアジアでは珍しい現象である。それでもやはり、大黒が主神となっており、物質的利益が彼らの唯一の願いの対象となっている

 イザベル・バードは「西洋人女性として初めて・東北から蝦夷を・一人旅・した」その旅行記から引用しているのだが、これがほんの150年前の話なのだけど、ということはそれ以前も「それ以上」なことはなく、日本人の、江戸や上方以外の生活はこんなものだったのだ。

温泉場を訪れて、彼らの風習や娯楽、そしてヨーロッパから何も取り入れてないのにまったく完璧な文化を観察するのは、興味深いことだ

 英国人女性にはそう見えた。彼女は、できるだけ客観的であろうとするが、彼女から見てあまりの惨めさ・醜さ・不潔さに対しては歯に衣着せないが、しかし、それでも「蚤」への不平は何度も出てくるが、トイレのこと(ここ・壮絶な不快度だったろう)に関しては、今のところなんの記述もない。彼女は米と卵を・そして時々、伊藤という通訳兼世話人の少年が手に入れた鶏や土地で振る舞われる野菜を食べながら北上して行く。

 三味線や謡の音が気に入らなかったらしく、「不協和音」と言っている。苦笑するのだが、ここは完全に「西洋音階」しかしらないわけでね。

 訪問される日本人にしても「初めて見る西洋の女」であるから、動物園の動物状態でもある。障子にいくつもの穴が開き、そこから見つめる多数の目に晒されながら旅を続けている。その態度をイザベラは「無作法極まりない」と言っている。しかし、もう慣れてきたみたいだ。こんなこともある。

何百人となく群衆が門のところに押し掛けてきた。後ろにいる者は私の姿を見ることが出来ないので、梯子を持って隣の屋根に上った。やがて、屋根の一つが音を立てて崩れ落ち、男や女・子ども五十人ばかり下の部屋に投げ出された。誰も叫び声を上げなかった。これは注目すべきことである。数人が擦りきずを受けただけで負傷者はいなかった

 もう・笑うとこ満載なのだが、ドリフのプロトタイプみたいな。本人たちが好奇心と畏怖の気持ちがないまぜになってるのがよくわかるんだけど・昔の日本人。はっと今思ったのだがイザベラが知っていたかどうかわからないのだが(おそらく知ってた?)、芭蕉やそのマトリックスでもある西行の足取りを意識的にか無意識にか追っていることになるな・ということである。

 しかし、タフとしかいいようがない・イザベラ。
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 天皇陛下の「3.11」でのお言葉の「TVの意図的なカット」に関して:

 全文を見ようと思うならネットでいくらでも見れる時代に、その意図をごちゃごちゃいうやつはマーケティング的に与し易し・とTWITTERで誰かが、呟いていた。

 そうかな・なんとなく違和感があった。ごちゃごちゃ・言ってるのは「そこ」ではなかろう。

 「意識」がある人間なら、そうやって全文見たらいいだろう。ただし、陛下の言葉の中で、そここそが一番大切だ・と思える箇所を意図的に削った民放だけではなく国営放送はなんなのだ・ということよね。

 人災を隠す・というか、なかったことにする/したい・という意図(だれの?)が見え見えではないか。陛下の言葉の中にはいろんなヒトへの「いたわり」があったが、それもまた大幅というかほとんどカット。

 そこを削ると「野田」のあのすかすかの言葉との整合性ができる。

「不幸で不運なみなさん・あきらめてください」

「しょうがないこともあるのよ」

 苦しんでいる方々への、シムパシーが何もない。TVでの放送しか見なかった人の中にはそんな「あきらめ」の感情も湧いたことだろう。それは「消費税増税への根拠」「新自由主義」「新しい公共」などのコンセプトを自動的に補完することになる。

 メディアの世論操作というのは、「少しずつ・違ったサブジェクトに関して・同様のコンセプト」で、行なわれるモノで、またひとつ、橋梁ががくっと下に下がらさせられた・そんな気にもなるわけ。

 いや、「確認」できる余裕とアタマのあるひとならいいんだよ。

 オマエはどっかのエージェントか・と突っ込み入れたくなりました。70年前なら、殺されてるで。陛下の言葉やで・とおれが言ってるのがおかしいが。



 初代の方がおれの好み。前野曜子。
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:24| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

第四コーナー廻ったぐらい

 今年の受験の終了も、あと僅かで、やや倍率が高いところを受ける子もいるが、そこは何とかしないと。いや・そう思って精神面のフォローをしている。

 こんなつまんない未来の見えない国でオトナになるべく生きている彼女らは不憫なのだが、おれと過ごしたこの「とんでもなく楽しい時間」が何かの糧になってくれれば・と思うばかりだ。

 うちの卒業生たちはほぼみんな、その後「元気」なのだけど、それは、おれがお勉強を「ほぼ強制しない」からだと思っている。「ヤル気にさせる」もウソなのだ。乗せられちゃったやつは後で「乗せられてたなー」と気づく。やっぱりこれも高度な騙し。

 自分でヤル気になるのを待つしかない・んだよね。ただただ・待つ。そして、不思議にそれは「IT'S NOT TOO LATE」なのよ。不思議でしょ。

 ほんと世の中は、短いレンジでしか物事を見なくなって久しいが、それに右往左往させられてるおとん・おかんが、「長い目で見たなら」やっちゃあかんことを「短期的になら」と思って強制・あるいは誘導してやらせちゃう。受験産業もそんな親たちの足下見て、スケベ心満載の「マーケティング」をする。親にもスケベ心があるから、スケベとスケベの利害が合っちゃう。

 それでいいじゃない・と思われるだろう。「消費者」と「メーカー」の関係ならそれでいいんだけどさ。

 そういうの・人間の内面に関して、「あまりにケアしていない」とおれは思ってます。

 あのさ、人って生もの・でしょ。コドモ・というか中学生とか、さらに生ものなわけよ。生ものの扱いに関して、スケベ心の利害の枠にはめ込むなんてことでいいのか・と言いたいわけよね。

 そんな「雑」でいいのか?

 いや・まぢで。

 その雑さ・って、マニュアルで解消できるものでもない。担当する人間が余裕とある種の「人類愛」のようなものを内部に持ってないと無意味なことだろう。

 お勉強を教えることとは「二次的」であり「二義的」である。

 その前にやることがあり、それがやれれば、自然に次のステップへ進むことが出来る。

 「勉強ができたい」という動機は「不純」なことなのよ。違う。

 それをまず考えてしまうから「本末転倒」となる。逆説的に聞こえるかもしれないが。これが真実


 この国の潤滑油不足の関節みたいな延々靴底から足を掻いてるような、「本質への届かなさ」を象徴して余りある現状の理由はここにある。

 やっぱ・近代化を急ぎ過ぎた。そんな気がする。

 今・イザベラ・リードの旅行記を読んでいる。およそ・たった150年前の話なのだが、ひどいものだ。この国が・よ。

 「宝沢とと栄山に来ると、この地方の村落の汚さは、最低のどん底に達しているという感じを受ける。鶏や犬、馬や人間が焚き火の煙で黒くなった小屋の中に一緒に住んでいる。堆肥の山からは水か流れて井戸に入り込んでいた。幼い男子は何も着ていなかった。大人でも男子はふんどしだけしか身につけていず、女子は腰まで肌をさらしており、着ているものと言えばたいそう汚れたもので、ただ習慣で身にまとっているのにすぎない。大人は虫に刺されたための炎症で、こどもたちは皮膚病で、身体中がただれている。彼らの家屋は汚かった。彼らはあぐらをかいたり、頭を下げてしゃがみ込んだりしているので、野蛮人と少しもか
わらない。


 日本人についてこうも言っている。

街頭には、小柄で、醜くしなびて、がにまたで、猫背で、胸は凹み、貧相だが・・」とも

 しかし、その後に
・・・だが、優しそうな顔をした連中がいたが、いずれもみんな自分の仕事をもっていた。浮浪者が一人もいない」とも。

 
 今頃、そんなこと言っても・・・・なのだが、どうもやっぱり「近代化」を急ぎ過ぎた・そんな気がしてる。「近代化」とは「一回性」の代名詞のようなものだから、「はい・もいっかい!!!」とはいかないとこがもう手遅れだが。

 イザベラ・バードの旅行記は「文庫で1500円」というヴォリゥムであるが、面白い。

 今から本格的に「東北」へ入って行くところである。西洋のオンナが初めて東北・蝦夷を旅するわけである。


 おんなじアジア人だもんね。
posted by 浪速のCAETANO at 14:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

1 year after

 仮設住宅でTVを見ている方の視線と思いを、無視するかのような寺島実郎の「原発は進化している」論。

 そりゃないぜ。

 それは・ないよ。

 もう「ベスト・ミックス」とかもいらんからさ。

 再生可能・自然エネルギーも無理なくできるとこだけにして、「火力」そして今ある「水力」で充分。

 以上。

 復旧・復興の原資がないから「増税」・なのに、韓国に5兆円・ギリシアに3兆円・てなんなん?

 とかく、この世は「面妖」だ。気持ち悪い・あいつら。

 この気持ち悪さ・はなんなのよ?

 野蛮・が、こんなに身近に迫っていることも気持ち悪い。科学とは野蛮と距離を置くためのものだったはずが、その道筋に「R」がついていたのか、「一周廻ってこんにちわ」してる。

 ここ・ほんと「反省」が必要なんだって。その反省とは「関係者」だけじゃなくってさ、関係ない人々もコミ・の反省よ。

 原発の事故は、おれたちみんなが、等しく「卑しくなった」その最前線での出来事だ・という・そんな反省。

 今・ややエキサイトして、コーヒーをこぼして、顔からかぶった。なんでやねん。

 いや・そんなことはどうでもいいのだ。

 個人的には「反省」そして、「加害者には批判と糾弾」。被害者の方々には、「優しい視線」を。

 14:46
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月09日

やばいと思う

 大惨事から1年が経とうとしているが、今回のことのやるせなさ・は少なくとも数万人の人々はもう二度と「その場」へは戻れないし、そしてその土地も二度と再生できないという事実だ。

 東北の海と水・東北という大雑把ではいかんな・フクシマ近辺の海と水はえらいことになったまま・だと思える。

 ちょっと怖い話を耳にした。

 ガイガーカウンター・よく売れてるらしいけれど、落とし穴がある。

 線量計は、地表のヨウ素やセシウムが放つガンマ線だけに反応し、ストロンチウムが出すベータ線や、ウランやプルトニウムが出すアルファ線には反応しない。そして空間線量(シーベルト)はまさにその空気に含まれる放射線量なのであって、水が含む・土が含む放射能量の単位である「ベクレル」が問題である・と。何に問題なのか、それは「水と食品」である。

 国内の情報操作はNHKを初めとするメディアによって、もうなんだか、それは「日本人の忘れっぽさ」に訴求するかのような報道によって、これは中学生なんかの反応でよくわかるのだけど、人は元の生活を志向し、それに戻りつつある・みたいな印象を全国の人々に植え付けようとする意図・丸わかりなのだけど、そんなことはないわけよね。でも彼らの戦術は奏功しつつあるかに見える。

 「もう東北って元に戻ったんやろ?」とつい最近・女子中生に訊かれたしね。

 国内の「情報操作」に不審感を抱く場合、こんなのどうだろう。

 EUが「ここからの作物は輸入しちゃダメ」と指定している県がある。それは「宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、長野、山梨、静岡」である。これは空間線量(シーベルト)だけでは「危険の察知」には不十分という意味を裏付ける。

 おれたちは「自然の循環」の中に棲んでいて・ここんとこなんとなく「忘れがち」なとこなんだけどね、おれたちのカラダは70%が水で出来ていて、その水もまた循環している。食べ物はもちろん。

 関東の地形の実感はおれにはないが、ただ水の流れ(循環も含んだ)が、県境が障害になるとは思えない。当たり前だけど。川の・海の水は蒸発し、雲となり、雨となって「その地域」に降り注ぐ。「その地域」とはかなり柔軟に考える必要がある。水が蒸発した地域とは限らないからね。風のチカラによってどの街のにも降り注ぐ可能性がある。

 だから、その水と、水がしみ込んだ土をベクレル(放射能の量)で計り続けないと「それは無意味だ」ということになる。

 そして、ちょっと化学のお勉強をしてみよう・というか思い出してみよう。

 「同位体」ってわかりますか。

 原子は、その性質を陽子の数で決定される。例えば「水素」。原子は中心に「原子核」を持ち、そこには陽子(+)と中性子(どちらでもない)の「席」がある。陽子と同じだけの数の電子(−)が原子核の周りを高速で廻っていて、「+と−」は打ち消され、通常原子は電気的に「中性」である・ということになるよね。そして陽子を一個持ってるもので、その電気的性質を打ち消す電子が一個周りを飛び回ってるのが「水素原子」というものである。ここまではいいですか。

 その電子は陽子・中性子に比べ、遥かに小さく、すぐどっか行っちゃう「プチ家出好きのカルイ女の子」のようなもので、水素の場合
もそうで、すぐに「どっかいっちゃう」。そうすると陽子は一個(+1)、電子は0個(−0)ってことになり、差し引きプラスが一つ多いでしょう、そんな状態を「+イオン」という。このH+というイオンは「酸」と言われ、酸っぱさの元。酢にもレモンにも入ってる。こいつがあるから「酸っぱさ」が生まれる。ここんとこ、あんまり関係なかったかな。まあ基礎知識として。

 で・ですね、特定の原子としての性質は「陽子の数」で決まる。しかし、原子核の中には「中性子」というやつが「いる場合」もある。そして中性子と陽子の「重さは同じ」なのね。

 ではどんなことが起こるか。

 水素原子の中に(a)「陽子一個」のものと(b)「陽子一個・中性子一個」のものと「(c)陽子一個・中性子二個」のものが存在する。これらが「同位体」である。

 (b)(c)は「重水素」と呼ばれ・だって(b)は(a)の二倍・(c)は(a)の三倍の質量を持つからさ。

 で、その(c)のことを「トリチウム」と言います。こいつがβ放射線を出す放射性物質なのね。福島第一原発からはトリチウムが大量に放出(土にも空気にも)されている。

 厄介なことに、まことに厄介なことなのだが、このトリチウムはまったく検出されることはない。なぜか、「性質が水素」だからなの
よ。先にも延べましたが、原子の「性質は陽子の数で」決まる。だから完全に「性質は水素」なんだね。

 それが何か? と思った人は「生き方が甘い」・いや・まぢで。トリチウムはその振る舞いが「陽子一個の水素」と同じであるから、この化学反応式覚えてますか?
{ 2H2+O2→2H2O }「にーHツー・プラス・Oツー → にーHツーO」ってやつよ。どんなに理科苦手な人だって「記憶にある」と思うよ。

 つまり、トリチウム水素の水が「大量に存在し・循環」している・ということ。

 超やばく・ね? いや・まぢで。

 先のEUの判断はそんなことを含むものだと思うけれど、翻ってこの本国では、なんだか、「もう元に戻ってきた」みたいな・以前の街に戻って商店街を復興したみたいな「情緒的」な報道・多過ぎると思わない?

 もちろん、そんなことがあることで、おれたちも「ほっ」と胸を撫で下ろす瞬間もあるけど、その土地が・そしてその水が・さらにその水を吸った食べ物が循環し・流通するということは、そして・その安心の根拠が・例えば「ベクレル」表示を義務づけていないことにあるとしたら(するのだが)これは二次・三次の人災かもしらんなあ・と思うわけよ。

 慣れ親しんだ地元に帰れないストレスもお辛いと思うが、でもやっぱり、放射能の方がより「ケア」が必要でしょう。多分・政府やその意を汲むメディアの意図は「はよ・帰らせて・自分らでなんとかさせよう」だ・と思う。予算・使いたくないのかも。見捨てたいのかも。

 ほんまにFUCKなやつらである。もし・そうなら。
posted by 浪速のCAETANO at 15:08| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月08日

another wild life

 洗濯物がよく乾くようになってきた。   主夫かよ。   悪いか・と開き直ってみる。

 おれが主夫であることで、救われた人々意外に多いんだから。問題は、それがどーもハッピィエンディングではなかったことなのね。

 なんででしょう? わかってるけどそれは公表するものではないのね。

 
 さて、最近は「縄文」が呼んでいる。それが、「越」や「蝦夷(えみし)」の国へ顔もカラダも向いてしまう理由だと思う。

 青森には寺山、太宰、花巻には賢治、かれらと縄文のリンクは顕在化するものではないが、だれでも日本人はこの1年「東北」の事を何かにつけ考えたことと思うが、おれもまた、そんなことはよくあった。ヴォランティアをしに行くことや募金をすることだけが、できることのすべてとは思わない。そのような大きなチカラが今自分にあるとも思えない。

 ただ、東北について「知る」「興味を持つ」ということも何かになる・と思っている。わかったことは「話せる」し、それによってまた誰かが興味を持ち、そしてまたそれを誰かに、・・・・・こんな連鎖は悪くないはずだからだ。

 縄文への興味はもう何度目かなのだけど、青森の三内丸山遺跡の衝撃からもかなりの時間が経った。

 日本の歴史は、特に関西などにいると、都の時期が長かったがために、そしてあまりに多くのことがここら辺で起こっているがために
、その以前のことがなかなか見えない。しかし、ニギハヤヒが「降臨」し、今の天理から桜井の辺りに「最初」の都のようなものができるずっと前、紀元前の話になるが、もちろん関西も九州でさえ「縄文」だったのであって、しかし、その中心は「東北」であった可能性が高い。北高南低というか東高西低というのが縄文の現実だったと思われる。

 縄文式土器に「美を発見」したのは岡本太郎だが、その過度の装飾には当時の「カミ」がなんであったか、そしてカミに対してはどんな態度で接するべきだったのか、さらにはカミと人の関係性へのヒントに溢れていると思う。

 弥生式土器の「機能一辺倒」とは異なる。弥生人はほぼ・「現代人」である。

 一万年以上の歴史を持つ縄文時代だが、その間に湖だった日本海は海になった。とすると、縄文人は「日本沈没」を経験していることになる。間氷期の温暖化で海面が上がり、ユーラシア大陸から切り離される現場にいたからだ。どえらい経験ですよね。

 沿岸部も水没したことだろう。

 三内丸山だけではなく、東北にはいろんな縄文の遺跡が発見されている。日本にもストーン・サークルあったのよ。墓地か宗教儀式の場か、ということみたいだが、興味深い・非常に。

 東北の蝦夷(えみし)たちはなかなか中央の支配に入ろうとしなかった。坂上田村麻呂にも散々逆らい、そして征服された。

 しかし、その縄文の意識は、今も東北の人々のこゝろの「さほど深くない場所」にしっかり残っている・そんな気がしている。

 それをおれは寺山の俳句や映像・賢治の小説の中に感じたりする。最近結婚した後輩の・青森からやってきたヨメにも垣間見たりす
る。それはどう表現したらいいのか定かではないが、人の一生の記憶とかではなく、強いて言うとすれば「DNAに刻み込まれた記憶」に気づいて人類的郷愁を感じる・とかいう類いのものだったりする。なかなか上手く言えないのは、それがあまりにも遠いものであるとともに、細い糸で現代とも繋がっているという・そんな逆説的要素を含んでいるからだと考えてる。

 上書きされた歴史的事実とはある意味厄介で、関西は奈良京都の栄光が近いところにあり、現代の資本主義の中では、それを商売にする以外に人は反応なかなかしなかったりするから、それ以前のあんまりお金になんないようなことに関して、みなさん冷淡なのだが、そんな関西でも例えば明日香であるとか吉野・熊野には、おれには抗い難い魅力がある。別に古代史好きとかではなかったんだけどなあ。へんなの・ってかぁんじ。

 東北の話だった。たとえば賢治の「なめとこ・・」である。もう縄文のコンセプトそのものだと思う。

 そこでは人と熊はリアル50:50だしね。さらに、そこでは「殺す」ことは、なぜか・哀しみよりもそれを包む何かしら大きな生命の流れの一部としてあり、そして、死はカミに戻ることでもあり、そこだけ見ても、それやっぱり「縄文」そのもの。

 アメリカンインディアン(ネイティヴ・アメリカン)やアボリジニといった先住民族の思想と同様、そこには「大いなる知恵」があると思う。

 だから必然とは言え、「農耕」だとか「産業革命」とか現代の「IT革命」だとかは、なんだか長い目で見るなら、どーなんだろ? という気にさせられる。恩恵は充分に受けておるんですけどね。


 ひよわな現代人としては、しかし、その匂いを嗅ぎたいと思ったりする。中沢さんのアース・ダーバーもそうだが、「過去」の重さというのは、今を生きる人間たちには「何の意味もなく」見えることが多く、そんなこと考えるのもタルイという話を、それはおれたちが何の努力もなく日本語を話しているが、その日本語ってさあ・みたいな、先人たちからのギフトであるってことを気づき、そこで悪戦苦闘したり、楽しんだり、祈ったりしたという事実に向き合って何かを思う・それがまた何かになる・そんなことを人が思い始めている証拠だと考えてる。

 学問は象牙の塔内だけのものでもないしさ。

 そんなことを考えながらも理科のヤマかけに励む。当てたんでー!!!


 WILD WILD LIFE また意味ちゃうが。
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2012年03月07日

みなさんどーもおつかれでした

 昨夜は、レァォンジーニョにて、5×回目のお誕生会。

 来ていただいた方々・メッセージいただいた方々・関係者・この場をお借りしてお礼申し上げます。感謝してます。


 スロースターターのおれは、なんとなく深夜にならないとエンジンかかんないのね。昨夜も夜が更けてから「おもしろかった」。

 残念ながらそういう時には、ご近所チームしか残ってないのね。ここんとこトドムンドから続く「ディープな伝統」。

 伝統って大事。

 
 さて、次は、焼き鳥屋ライヴ・花見・ホストライヴって感じかな。レスザンゼロもなんかやると言うてたな。

 その前に受験の仕上げ。ラスト10DIAS 。笑って終わりたいわけですよね。

 久々にあったミルクマンも復活しつつあるみたいで、またご近所感覚のトーク&ライヴなどで気軽に絡んでなんかできそうです。

 レァオンジーニョもカオリーニョがやってきたり、ミルクマンがやってきたりとソンナバナナ人脈のハードコア拠点として、ディープなディレッタントたちのアジールとしての発信をやっていこうと思ってる。

 WEBマガジンみたいなのをやりたいんだけどなあ。そういうのできる・おれの相棒になってくれる人いませんかね。ここんとこ・割とマヂ・なハナシ。

 曾根崎キッドの話とか、また書きたいし。あと「放談」をしたいのね。音楽や映画・アート・社会的な事・ご近所の事・そんなのを一つのパッケージとして定期的に・と言いつつ、やや遅れたりもしながら、出して行く。今・公の場ではなかなか言えなかったりする事(そんなことばっかり・な気もするけど)をもうばんばん言っていく。橋下くんにマークされたりして。

 美女数珠つなぎ・なんてのもやりたい。オトナのおもちゃ数珠つなぎとか。ダメ?

 そんな「俗」と「聖」の狭間でカンペーするっていうかなんていうか。いや・狭間でカンペーじゃないな。俗と聖が共存する・そんな感じかな。「東スポ」と「ユリイカ」が共存する? おっきくでたな。まあ・言うのはタダであるゆえ。

 いや・今マヂでそれをやりたい。ものすごいB型にスキューした感じがなくもないが、ま・いいぢゃないか。


 春のリフレッシュが終わると取りかかりたい。だれか・ほんとに「相棒」いないだろうか。

 足が奇麗で、30〜45の小股の切れ上がった梅の香のするような・・・・・あ・違うもん募集してました。失礼しました。

 
 今・春のリフレッシュのことが自分内盛り上がり・である。生まれ変わって帰ってきたい。その前に「受験・受験」。さて・本日もおきばりやす。


 LIFE IS A POP OF CHERRY
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2012年03月06日

めでたさも半分ぐらいなり

 今年は「閏年」ゆえ、啓蟄は昨日でした。

 しかし、本日はあたたか。これまで、もう「自動的」に寒くない・そんな服を着ていたが、ちょっと本日は「考える」。

 内部の熱を逃がさないでも済むような・そんなことを考える事から自由になる。本日ばかりはヒートテック・しっしっ・である。

 「春は来てしまった」。寒さの底からの春の立ち上がり、なかなかドラマチックに見事だったと思いませんか・今年のばやい。

 公転軌道・うそつかない。

 本日・O Leãozinhoにて、「おれ・トリビュート・ライヴ」があるそうです。おれ自身はトリビュートされるような人格者でもなんでもないのだけど、その生産物は、50's生まれのある個人の、ポップ・カルチュアの中での必然的偶然の歩みと言うか、じたばたの結果と言うか、けっしてロックと名はついてるが結局は演歌と唱歌しか存在し得ないこの日本国内において異彩を放つ何かかなあ・とは思ってる。

 ただ、簡単そうに見える曲でも「ちょいと難しい」。出場者のみなさん・健闘を祈ります。

 参加していただいた方には、ささやかながら、おれ「料理」振る舞わせていただこうと思ってる。

 まあ・何かにかこつけて・おじさんたちの「同窓会」なニュアンスもあり、塾終わりで駆けつけようとは思ってます。ありがとね。

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 今の政治のダメさ加減へのうんざり・が橋下くんへの期待へ向かうようにしむけてるメディアの操作・ゲー・である。

 困ったね。どっちに転んでも「新自由主義」。弱者の切り捨て。

 どうすればいいんでしょう。

 あの「目」の邪悪さ・凶暴さに気づかないのかね。あれ・みんなの「成就しそうにない欲望」と裏で繋がってるから、自分だけは肯定したいつまんないみなさまの「怨念」と同期してるからなあ・と暗い気持ちになる。

 彼・「隠そうと」してないでしょう。あれさあ・みんなにはそのターゲットがこの国を影で支配している層へ向いてると見せながら、真のターゲットは「何度でも言うが」ビンボー人と小賢しい事言うヤツへ向かってるのよ。

 彼が実権を握ったあかつきには「必ず」そうなるんだから。いや・まぢで。

 社会は中から腐敗が始まり、足下がぐらついた時に、頭ゴーンてやられるのね。もうすぐね。大阪市民やめよかな。
posted by 浪速のCAETANO at 15:21| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月05日

Gosto da primavera

 もわー・と温かいのだが、「春」の始まりの終わりぐらいなのだろう。

 フライングした虫たちが「きゃー・雨やったー」とまた土の中へ戻る図が目に浮かぶ。なんだか微笑ましいわけであって、まあ他人事じゃないと言うか・ね。

 春本番近し・で、そんな味をなんだか求めてしまうのだが、玄米茶を飲んだりするのもその一環かとも思うし、ただこういうことは極めて個人的なことだから、賛同いただかなくとも全然それでいいのだが、春の味と言えばまあ菜の花であるとか苦い山菜の天麩羅たちであるとか、そんなことを思うのだが、2012年3/5現在の・わたしが求める春の味「庶民版」は「はまぐり」と「高野豆腐」でありました。

 で、高野豆腐を作った。雨がやんだらはまぐりをこれから買いに行く。もう本格的に温かくなるまで、週イチでこいつらで酒を飲みたい。

 日本の食べ物ってやさしいなあ・と思う。春と秋にそんなことを特に思うが、そこには少し「センティミエント」入ってるかもしれない。

 酒もちょっと旨いやつ注文したい。〆張鶴純か・三千盛超得か、越の影虎特別本醸造か。

 〆張鶴純で始めて、影虎へ進み、三千盛で酔っぱらうまで・ってのが「理想型」ではあるが、軽部さんとこへサーブを飛ばそうか・とも思うが、明日にした。自分お誕生日プレゼント・みたいな、もうそういったかわいい歳でもないが。

 北摂走ると、まだちょっと「変なダメージ」があって、もう「いちかばちか」なのだけど。みんなこゝろにPTSDではある。キワキワで生きてるよねえ。

 しかし、その柔らかさって、春になら「受け入れ可能」だと思う。というか、春にしか受け入れられないだろう。柔らかさを、素直に出せる季節とは春だけである。と、春生まれのバカは春に入れ込む。

 季節を伴う1年を「生き物の一生」に喩えるとは、和風のハナシだとは思うが、それ、馴染む。そういうとこから「かわいい」なんて心情がうまれてくるんだよね・おそらく。かわいいの突出は「難儀」なことでもあるが、それがオリジナルならそれも「受け入れる」べきなのだろう。それを自覚した中年男にはなりたくないが。そういうやつ・多いけどねえ。それに安易に応えてあげるブスも後を絶たないけどねえ。おっと・それ以上は口チャック。

 エニウェイ、その柔らかさって、この時期特有のものですから、みなさんも「梅見」であるとか、苦みであるとか、散々もうええっちゅうぐらいに楽しまれる事をお勧めします。

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 さて、最近、橋下くんのインタヴューに応えてる時の「目」がコワくないですか?

 特に大阪市の労組関係や君が代・日の丸関係のインタヴューなのだけど、都構想なんて時にはそうでもないのだが、そっち方面のことを喋る時の「目」は、何かしらそこに「怨念」の片鱗をおれは見る。それは「復讐者」の立場を獲得した人間の「冷たいルサンチマン」である・と見ている。

 彼の「敵」は官僚ではないのではないか・と思えてくる。彼の「敵」は「弱者」と、平等を志向する層・いわゆる左翼なのではないか。

 大阪人の良識がほんとに試される時間帯に入ってくるなあ。市長のリコールだって可能なのよね。現に康夫ちゃんはそんな目に遇ったしね。まだ今は大阪市民アホが大半なのだろうが。そのうち見えてくる彼の攻撃対象が「自分たち」だとわかった時によ。
posted by 浪速のCAETANO at 14:18| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月02日

バカ夢

 昨夜、ソファで「うつらうつら」の際に夢を見る。

 最近、よく夢を見る。というか、夢を覚えている・が正しいんですね。覚えてた。

 それは「夢の中で夢を見ている」そんな二重構造を持っていて、夢の夢の方にHONZIが出てきた。10秒ほどの邂逅だった、「行くなよ・久しぶりやん」と言ってるのに、引き戸を開けて行こうとするから、「なんでやねん・ひさしぶりやんか」とまた言うと、引き戸を開け、出て行き、閉めようとすると、ほら、よくあるでしょう「こちらを閉めると・そちらが開き、そちらを閉めるとこちらが開く」そんなことになって、「全部を」ちゃんと閉めれず、恥ずかしそうにしていた。

 そんなHONZIはHONZIではないから、「そーゆーの・おかしい」と、その時おれはやっぱりソファにごろんとしていたから、そこから起き上がった時に「目が覚めた」。ああ・夢だったか・・・と、残念がっていたら、となりの紳士が「コホン」と咳払いをした。

 列車に乗っていて、紳士は北欧のオトコのような印象だった。その列車はものすごい角度の下りを徐行していて、おれの側は断崖絶壁で、その岩肌にへばりつくように「そろそろ」と急勾配を下って行ってた。

 どうも、おれは眠りながらその紳士にかなり「もたれかかっていた」みたいで、「ソーリィ」というと「OK」と返ってきた。

 時計を見ると午後八時で、しかし、外は昼間のように明るく、なんだかおかしいぞ・と思っていたら、ある瞬間、思い出した。

 おれは、ノルウェーを旅行中だったのだった。そして、それは「白夜」だった。おれはベルゲンという街へ、この列車で向かっていた。連れはいず、一人旅だった。「ノルウェー」と言えば、「フィヨルド」だよなあ・と納得したりして。

 しばらくすると、意識が飛び、フィヨルドの港町に列車は到着し、隣の紳士ばかりか、列車内におれしかいない。慌てて、降りる。そう言えば、こないだもそんなことあったなあ。「きたぐに」で。もうすぐ大阪着くって時に、京都ぐらいから眠ってしまって、車掌に起こされたっけ。なにやってんだ・まったく。

 港のカフェでコーヒーを頼むが、なかなか来ないから、文句を言いに行くと、なんとセルフサーヴィスだった。じゃなんで「注文」取りに来たわけ?

 たばこを吸ってると、みんなが白い目で見る。「そうかいそうかい」ちっと舌打ちして、コーヒーカップごと外へ出ると、そこは山道で、縦笛の音が聞こえ、その方向へ歩いて行く。タクシーがクラクションを鳴らすから路をよける。タクシーは「プリウス」だった。「なんでまた」と思いつつ歩いて行くと、少女が二人・縦笛を吹いている。背はおれぐらいあるのだが、幼い。森の妖精のような。

 「中一やねん」と言う。ふたりとも奇麗な金髪の長い髪で、あまりの「清く正しさ」と無垢な感じににちょっと欲情してしまう。

 さらに歩いて行くと、銅像のあるコンサート・ホールのようなところに出、そこでコンサートが始まると言う。

 弦楽四重奏だった。知ってはいるが、タイトルのわからない・嫌いではない曲の演奏が始まり、ひとりヴァイオリンのオトコがなかなかかっこいい。弾いてる姿も弾くときのカラダの動きも。曲が盛り上がってきた時に、ひとり演奏を辞め「ワタシ・コレモ・デキマス」と言ってエレキ・ギターを持ち出し、演奏に加わり始めた。よく見るとブライアン・メイだった。

 なんでやねん・と思いつつ、周りを見るとおばあさんがノリノリで、さらに・なんでやねん度は深まるのだった。

 おれ・大嫌いだもんね。

 腹が立って、外に出ると、ブライアン・メイが追いかけてきた。「ごめんな・そんなつもりちゃうねん」というが、「そんなつもりちゃうってどんなつもりやねん」と、切れかけると銅像が倒れてきた。

 ああ・・・ってところでほんとに目が覚めた・ような気がする。

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 さて、これも「夢」なら、どんなにいいことだろう・と思うが、おれは「うっかり」していたが、次の衆院選で「維新」が第一党になれば、「首相公選」といった手続きを踏まずとも「橋下政権」が誕生する可能性があるなあ。

 最初は、「都構想」が主で、国政なんてと公言していた橋下くんだが、いつのまにか、国民の期待は、維新・による国政の刷新・というところまできている。

 アホな大阪のおっさんがインタヴューで「市長のスピード感がええわ」と言っていたが、それは「アドルフ」に匹敵するね。

 アドルフは首相に就任した後、世界で初めて「人権を盛り込んだ」最も当時進んだ憲法であった「ワイマール憲法」を遵守する・と約束した「三日後」に議会を解散し、3ヶ月後には「独裁体制」を敷き、半年後には「ナチス」以外の政党を禁止する・スピード感だった。

 もう・加速度かつくと「あれれれれれれ」と言ってる間に坂を転がっていく。最近のメディアの「媚び方」はそれを「期待」し、それによって「生き延びよう」という意図を感じるに充分だ。メディアの意図のように日本は動く。

 市長だから国会議員にはなれんし、そんなつもりはない・と言っている彼・だが、知事選に出たときの彼の「ウソ」をおれたちはもう知ってるしね。

 「日の丸」とか「君が代」とか「公務員の思想信条」とか、やっぱり「右翼」でしょう・わかりやすく。

 力学がどうこう・なんて言ってる場合ではない気がしてる。はっきり言うと「危険」でしょう。こんなことももうすぐ「書けなくなる」そんな気もする。

 やばい・と思ってます、。


 
posted by 浪速のCAETANO at 13:28| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

弥生

 そろそろ虫たちもスタンバってることだろう。

 冬は・終わった。今・高校生を見ながら、中学生の「公立前期」発表の結果連絡を待っている。

 けっこう・大阪の前期は倍率高く2倍近くあるし、生意気に600字の「小論文」もあったりして、まあまあ大変なのだ。

 突然「小論文」って言われても・でしょ。作文・ではあかんわけさ。それが2教科分の比重なので、いや・直前大変やったですよ。質問出されてそれに答えるのと違って、お題・与えられて「さあ書け・今書け・30分一本勝負」ってオトナでもまあ困るはず。店の客とかに突然書かせてみたい。

 ひとによっちゃ、そういうことがチョー苦手・って子もいるわけで、逆に「駄文」をすらすら、600字じゃ足らんみたいなヤツもいるわけで、駄文ながら。ただ、「読み物」としては時に面白かったりするわけ。

 おれんちはそこんとこ「型」にハメたりはせず、「こことここをこんな風にすると・なんちゃってながら論文ぽくなるぜ」とかいいながら軌道修正していく。

 まあ・前期は「お試し受験」みたいな子も多く、実質の競争率は2倍ってことはなかろうが、それでもやっぱり彼らにしてみたら「初体験」でしょう・「はじめて」ってなんとなくコワい、それもわからんでもない。しかし、すぐ順応しよるが・ヤツら。


 気分からだろうか、日本茶を飲みたくなり、ほうじ茶と玄米茶を飲んでいる。だいたいみんなに毎日振る舞っているのは、黒ウーロン・プーアール・ジャスミン・ルイボスのローテだが、ここ数日は日本茶。なんだか、おじさんの内部にもうきうき感があったりするのだろうか。


 と、言ってるうちに2人・合格との知らせ。もう一人は遠いから、もう少し・待ってみる。別れの季節の始まりでもある。


 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:36| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする