2012年04月30日

MY HERO GOES ON

 バーナード・シャーキーの5作目の映画と言える。CSN&Y「DEJA VU」。GWの楽しみに取っておいたのだけど、見ようと思った。

 時は2006年。オバマ登場前のことである。イラクの泥沼化のピークで送られた兵士がどんどん死んでいく、そんな中でニールヤングを中心にCSN&Yが全国ツアーを開始する。そのドキュメントである。

 滑り出しは好調。北部から始めたからなのだ。丁度「LIVING W/ WAR」というダウンロードフリーのアルバムをニールはリリースして、おれも一週間ほどそれをPCから流しながら寝たことがあった。「LET'S IMPEACH THE PRESIDENT」という40年後のプロテスト・ソング(それもかなり直裁的な)が一部で話題になっていた。おれもこのブログで「全訳」を掲載したことがあった。

 対ヴェトナム、そして対イラクと戦争の相手は異なるが、泥沼化という意味では同じで、しかし、それに対して民衆が戦争反対で盛り上がっているかと言えば、日本同様というにはちょっと違うが、2001 Sept.11が原因とされるイラク戦争においてはブッシュ支持の人々がかなりいるのである。だから、そのツアーが南部に入ったら様子は一変する。

 南部、おれの憧れの南部は、実はその音楽の素晴らしさとは様子が異なり、非常に保守的である。キリスト教原理主義者も多い。社会の開かれ方とそこでの音楽のすばらしさとはおおざっぱに言うと「反比例」の関係にある・という持論があるのだが、ここひどく興味深いところなのだけど、それはまたのちほど。とにかく、まあニールヤングにしてみると「喧嘩売りに」行ってるようなものである。

 実際、あるラジオ局では「このクソ老いぼれヒッピーが・・・」みたいな言われ方をし、ツアーの盛り上がりに歌われるその「LET'S IMPEACH THE PRESIDENT」では喝采とブーイングが混在し、実際共和党支持者は途中で帰ってしまう。その数1/3。「党(民主党)大会はヤメろ」。「BULL SHIT」「FUCK」という言葉が飛び交っていた。

 世界の「ニールヤング」とドメスティックの「ニールヤング」の違いがよく見えた。アメリカはニールヤングのアンチが「世界で最も多い国」である。まあそれでもニールヤングはめげない。悲壮感すらない。

 他のCS&Nはひたすらニールヤングに付いていく。一歩引いた善き相棒たちである。

 でも、一番チャラけてる、グラハムナッシュの、おれは最初彼のファンだったのだが、その「狂気の軍隊」と「シカゴ」を久しぶりに聴き、ほろっ・ときてしまった。そうだよね、今こそそれらを歌うときだよね。バッファロー時代の曲も混ぜつつ、そして時には保守系のTVのトーク・ショーに出てキャスターと視聴者を挑発しつつ、ツアーは進んでいく。

 「まだプロテストソングを歌うの? 誰かに譲ればいいんじゃないの?」なんていう意地悪な質問にも「いや・40年間待ったさ。待ちくたびれてまた歌うことにしたんだ」とニールヤングスタイルを貫く。

 3大師匠のひとりだけど、正しくはおれにとっての「英雄」である。ニールヤングってひとは。

 2006だから中間選挙の年に当たり、そこでの民主党の躍進が2年後の「オバマ大統領」を生むことへと繋がる。おれはニールヤングがブッシュからオバマへの流れにひどく貢献したのだな・と確信した。

 ニールヤングたちは、イラク帰りの若者やいわゆるウォー・ヴェテラン、そしてイラクで息子をなくした母親たちと交流しながらツアーを進めていく。しかし、アンチも多いけれど、ニールヤングを持つアメリカって幸せだなあ・と感じる。正確にはカナディアンだけどね。ツアーが始まる前のリハだったかで、「さ・逃げるなら今のうちだぜ」なんてことをメンバーに軽口叩くニールヤングなんてもう最高にかっこいい。

 「MANSION ON THE HILL」というものすごく好きな曲があるが、60・70sのどこが悪い、といったそのハードなノスタルジーにはものすごく共感している。「おれはアーカイヴではないぜ」というマニフェストでもある。この人を見ると自分が「若造」へと戻る。

 バーナード・シャーキー=NEIL YOUNG。

 from DEJAVU

 from DEJAVU


 60's is NOT too far.

 
posted by 浪速のCAETANO at 20:41| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月29日

劣化しないつもりの劣化が

 社会の、なんていうんだろうなあ、カラダで言うなら、血の流れなのか・神経の繋がりなのか・関節の潤滑油なのか、そこ上手く言えんのだが、何かがひどく「緩んでいる」と思うのだ。

 酷い事故が続いている。そんな連鎖、どうなのよ。犯罪の連鎖は聞いたことがあるが、事故の連鎖てなあ。

 連鎖などではないのかもしれない。それぞれいろんなところで偶然今破綻しているだけかもしれない。おそらくそうなのだろう。しかし、その破綻の仕方が「似ている」。

 いやーな事故を思い出す。博多の、バカのワカモノの酔っぱらい運転で母と子が海に落ちて亡くなった・あの運年前の事件だ。あれをきっかけに道路交通法は改悪され、罰金30万の世界へと突入。

 なんかそことも似ている気もする。

 コドモたちを見てて思うこと、それは「何かに追いつめられて」いるかな・ってことだ。オトナだってそない変わらんか・変わらんな。追いつめられる・ってことはどこかに追いつめる主体の存在があるはずなのだが、象徴的な何かや誰がは存在するかもしれないが、それはもっと根の深さを感じる。

 はっきり言おう。市場原理主義がヒトを追いつめている。新自由主義でも同義。

 その先端に「おかん」とかがいるだけの話。

 追いつめられ、余裕がなくなるとヒトは「・・・さえやっとけばいい」といった感情に支配される。おれはこの国の政治の正統性・と正当性に対する批判を市場原理主義が、ヒトの余裕を奪うことで制御していると思っているが、そんな政治の話だけではなく、日常生活に於いてもさほど変わりはしない。みなさん・何かに追い立てられている。

 追い立てられた挙げ句、こんな事故が起こる。そして、事件も起こる。飛躍したねえ。

 確かにしたけど、でもみんな、心のどこかで思ってることぢゃないの?

 競争とは、勝利者は「一名」である。残りのヒトは「LOSER」なわけ。市場原理が拡大するということは、もう何遍も言っているが「要らん競争」をさせられるわけである。で、その競争はフラクタルなのよね。その先端と言うか先っちょというか頂上での競争だけなら、いいのでは・とおれも思う。あかんかな? レアルとバルサがCLリーグFINALで当たる・とかいうことよ。それなら良いのでは。しかも、来年の保証は何もない。そこがいい。

 フラクタル化した競争はもちろん「競争の必要性のない場」に於いても存在する・それがF●CKだと言っている。それはそのマインドがそこまで浸透してしまったからなのだが、それはこの国の価値観が画一化してしまったからだと思う。それが、なんとつまらない「お金」に集約されたんだもんね。資本主義だからしょうがないか。

 バブルのマインドがなにかしらヤバかったかなあ・やっぱり、しかし、新自由主義にみるみるなっていくのは、その後である。そして、今のワカモノの不幸は「新自由主義に生まれた」ことだったりする。

 社会がドラスティックに変わる途上なら選択肢も有ろうが、もう固定化しちゃったなら、彼らは彼らなりの適応を余儀なくされるわけで、なんとなく哀れにおもう。

 そんなマインドが「・・・さえやっとけばいい」ということになり、それ以外のことにエネルギーを使うのってアホらしい・とかね。

 クルマの運転だって、好きでない人は運転せずとも良いのでは。「利便性」だけでクルマに乗らんでいいのでは。

 てんかんの彼はわかんないが、たとえば仕事に行ってお金稼がなきゃなんない、そんなときに余裕なけりゃ、通勤のことなんてできるだけエネルギーを使いたくない・そんな気にならないでしょうか。

 そこ「ヌクとこ」だったりしないかなあ。

 おれみたいに「ただ運転することが好き」なんてバカは、音楽聴きながらのドライヴとは五本の指に入る「愉しみ」であるから、そこでエネルギー使って仕事でぐったり・まあそれもまた笑えん話だが、そんなこともたまにある。

 今朝のバスの事故も何か痛い。原因はわからんが自爆だもんね。居眠りだろうか。ドライヴァーは一人だったと言うし、コストだろうね・そうなると。一番弱いところにしわ寄せが来るもんね。何事にも。

 要するに、みなさん「疲れている」のだ。市場原理主義はみなさんを疲れさしめ、内部から腐らせていく、そんなシステムであることだけが間違いない。結果、ぽやーとした無自覚なヤツがいなくなるそんな世界は不幸だと思う。みなさん「気持ち悪いほど」自覚的だしね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:53| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

楽器屋へ

 これでも喰らえ。

 脈絡はないのね。

 「ぉぉぉーーーーーーーーぃ」「おきろーーーーーーー」とLINEのメールが来るわけである。

 女子高生初心者ギタリスト・ベーシストの買い物に付き合う約束をしていたのだった。

 阪急古書の街へ行く。いや・久しぶりだ。TeiscoのSpectrum5をそういや、買ったな・ここで。何年前だ?

 Rec.ではいい仕事するよん。恋のバンジージャンプのあの変なギターはSpectrum5です。

 nuへ移ってイシバシ楽器のディスプレイが見事で、少しこちらも楽しくなるわけよね。しかし、やつらのお買い物はというと「初心者セット」であるから、もう見事に、ルックスだけでの選択がなされつつあるのだった。しかし、見かけだけなら充分ではある。「マーボ豆腐セット」みたいですが。

 ヒトリは青のストラト、もうヒトリはOLPシルエットのエンジ、ベーシストは水色のジャズベ・タイプを無事セレクト。小さなアンプも付いてベース以外は15000円でおつりがきてた。おれもちょっと弾いてみたが、いちおう・鳴る。しかし、ネックとかすぐ折れるか曲がるかしそうである。

 これが「安もん」と気づくようになれば、まあ第二段階へ行けるのね・キミら。いや・まぢで。

 おれも、ちょっと欲しくなった。テレキャス。30年前にパクられたあの分割払いでやっと買ったテレキャス。ディフュージョンでもいいから欲しいなあ。

 で、買った。

 可愛い「譜面台」を。代償行為。

 買えるかー・っちゅーねん。

 しかし、今・ギターはブーム来てるね。ほんと大衆化社会だな。「けいおん」なんですかね。

 しかし、コドモが必死にコピーするのは「にっくきJPOP」だったりするわけで、そこらへんなんか複雑なものである。

 こちらは「ザ・ビーナッツ」。細分化が未だ・であった証拠だけど、そんな大らかな時代は良かったのではやっぱ。なんちゃら系の「系」なんてなかったし。
posted by 浪速のCAETANO at 17:20| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

今問題にすべきはさあ

 三権分立の国でしょ・日本って。

 司法が政治をしてしまった・というのが、今回のことだろう・と思った。

 しかし、あの判決文・なんかおかしいよね。

 ここ・おかしい。

 「証拠の内容に瑕疵があることと、手続きに瑕疵があることとは別の問題である。検察官が、任意性に疑いのある供述調書や事実に反する内容の捜査報告書を作成して検察審査会に送付したとしても、審査会における審査手続きに違法があるとは言えず、事実に反する内容の捜査報告書が意図的に作成された場合であっても、同様である。仮に、事実に反する内容の捜査報告書のために、検察審査員が供述調書の信用性判断を誤って起訴議決に至ったとしても、そのことから起訴議決を無効とするのは法的根拠に欠ける

 ええ加減な証拠でも、「うそ」の証拠でも、検察審査員がそれをもとに「誤って」起訴議決したとしても、それは「有効」だ・なんて、「アホ」なことを言ってる。なんだ・これ?

 これ、外国語に訳されへんぞ・恥ずかし過ぎて。

 もうひとつ。検察審査会って何?

 どこに「属す」? どこの「下部組織」 ?

 だれか「おせーて」!!

 おれたちは、小沢くんのような政治家を同時代に持てたことを誇りに思うべきだ。他の政治家・官僚・メディア・司法から「言いがかり」をつけられ、政治生命を奪われそうになりながらも「正論の反論」をし続け、そして、「無罪」。いままで公の場、あるいはネットでも構わんが、小沢くんのことを批判したことのある方は「少し反省」したほうがいい。今・小沢に批判的なことを言うのが「小金が儲かり続ける」みたいなセコい動機の方を含めて。

 この際・わかったことがある。官僚が・政治家が・メディアが・怖れているのは「橋下くん」ではなく「小沢くん」だった・ということだ。逆にいうなら、橋下くんは「大したことはない」ということだ。市役所ではなく国家の官僚は橋下くんを怖れてはいない。昨日も書いたが「橋下くん」と「石原くん」はフランス大統領選挙で言うなら「ルペン」のポジションなのだ。石原の「敬礼」すごく悪趣味・よな。橋下くんも「根」は同類。

 小沢くんに対する怖れは、「畏れ」に近くなる。古代で言うなら、ここで小沢くん・ポシャってたら「祟る」のではないか・と思うし。蘇我入鹿にならずにほんとに良かった・と思うひとりだ。

 戻るが、判決文の「ぷっ」なところは、「ウンコの混ざった水でも、ちゃんと蛇口から出てればオッケー」「だって一応・上水道通ってますから」ってことね。「そこ・にウンコはいかん」「確かにいかん」、「しかし、上水道通れば、ま・いんぢゃね」

 恥ずかし過ぎるわ。

 わかった。で・無罪なんや。

 ちょっと、政争に「関わる」の・厭になったか、裁判関連の官僚たち。というか、控訴はもう・ないね。上告ちゃうで・京大法の前原くん。こんなぐらいのツッコミ、耐えなさい。

 小沢くんを否定するヒトに考えてもらいたいが、ちょっとそこんとこ「プロパガンダ」に乗せられ過ぎたな・と思わないか?

 それで、この国は何を失った?

 小沢くんが民主党内に「ちゃんと」いたなら、管や野田なんかが首相になったか? 消費税増税なんてお約束にないことをしようとしたか??

 そして、何を得た? なあんにも・だ。強いて言うなら「橋下くん」だよ。幸か不幸か・だが。

 わからないのは、橋下も小沢もどちらも否定する人たちだ。じゃあ「野田」でええの? ほんまにええの? アメリカさえもそこまで望んでないようなとこまで奴隷化して何が嬉しい? 今・史上最強の奴隷状況やで・いや・まぢで。

 誰かがいるのなら、話は別。いないもんね。おのれの「奴隷度」を競う、みたいな故団鬼六先生も呆れ、沼正三先生も「おいおい、そこまでは」とおっしゃるに違いないヤプー化競争だからね。

 しかし、今回の一連の「小沢くんたたき」ってもう「弾圧」だった。ほとんど昔の「共産党」でしょう・たとえられるのは。西松〜今回の事件(小沢くんサイドでは事件ではないが)は政治・官僚・そしてメディアのある種ファナティックな「犬のきゃんきゃん」に多くのヒトが乗せられてしまった、そんな「日本の恥」だと思う。小沢くんのことを「旧い政治家」というが、新しいってのはじゃあ誰なんだよ・と逆に訊きたい。野田か・前原か・枝野か・岡田か・コイズミJR.か・橋下か。全員、ビンボー人の敵ぢゃん。そして、まちがいなく「ヤプーちゃん」たちよん。

 小沢くんがいないから橋下に期待・なんてマヌケなヒトもいたはずだ。違う。

 橋下くんはメディアの後押しがなくなったら、すぐに潰れます。

 

  
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 20:44| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月26日

きわきわ2

 無罪は無罪であるのだから、そこは潔く認めるべきだと思う。

 小沢くんの「説明責任」と言うが、裁判より重たいものはないはず。三権分立を子どもに教えられないようなことを国会議員は言うべきでもすべきでもないのでは。コイズミjr。

 それよりも、検察の「どぶさらい」ではないのかな・責任というなら。

 検察は証人を脅迫・監禁してウソの証言を書かせ、それを元に「ウソの捜査報告書」を作り、検察審議会のシロートに判断させ、議決させた・のだから。

 国策捜査・という疑いも晴らす必要があるのでは?

 メディアで「小沢くんへのリンチ」を数年続けてきた人々の「反省」を聞きたいが、「裁判がおかしい」なんてことを言うんだろうな。「それでもなにか・・・・」みたいな話が小沢くんの場合はあるのではないか。今も各ニュース番組・なんだか「くやしそう」である。

 おそろしい世界になってしまったものだ・と思う。今更ながら。小沢くんの問題が始まって以来、この国はさらに右カーヴしてしまった。フランスの大統領選挙を見てみるなら、中道の二人に完全右のルペンと完全左のメランシォンのバランスがいい。日本のように全員が右向け右・してないところがうらやましいですよね。石原・橋下くんなどはフランスなら極右のルペンの立ち位置にいるんだけどね。そんなところにしか期待が持てない状況が、それがこの国の「戦争」へと向かわざるを得ない「現実」を示唆している。あ〜あ・だ。

 ぜひ・もう一度小沢くんにがんばっていただきたい。地裁前に詰めかけた支持者が「国民の生活が第一」というプラカードを掲げていた。そこが、民主党政権の一丁目一番地だったはずである。

 控訴しても「無罪」は確実。是非、そのような「まことに無駄」なことはおヤメいただきたい。

 
posted by 浪速のCAETANO at 21:39| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キワキワんとこで

 無罪判決後もメディアは「真っ白という意味の無罪ではない」とかゆってる。

 ばかぢゃないのか。その他の冤罪が証明された人々にも同じことが言えるのか。いつからお前らは「司法の徒」になったのか。

 検察の妄想に加担し、アンプリファイし、反復し、そして「反省」もしない。みのもんた・例えば・は何がうれしくっておざわくんを犯罪者にしようとしたのだろう。この間、メディアは「権力」であることを自分でも公表するようになってきた。かつては「それほどでも・・・」だったけど、今や・・・だ。

 それでもまだ「控訴すべきだ」と言う法曹関係者もいて、あのさ「三度」やっても無罪なものを、四度目やるの? 税金の無駄遣いじゃ・ね? なんてことも言っておきたくなる。検察の証拠の捏造がもうバレてるのに・よ。

 ほんとの「巨悪」ってのはおざわくんではない。「巨悪」のふりをさせられた・のがおざわくんだった。

 司法がぎりぎりのところで踏みとどまった・という印象を受けた。めでたしめでたし・とも言えないが。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:28| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

追悼リヴォン・ヘルム

 彼が歌うと、一気に「南部の香り」が辺りに立ちこめたものだった。

 哀愁たっぷりのリチャード、母性をくすぐる頼りなさのリック、誰が歌っても「The BAND」なのだが、リヴォンが歌えばそれは紛れもない「南部のバンド」だったなあ。

 よくよく考えればThe BAND唯一の「アメリカ人」。それがより明確になるのは、解散後の「RCO ALL STARS」の素晴らしい2枚のアルバムの「大南部大会」に於いてであるが、すべてカヴァー曲なのにこんな素晴らしいアルバムが他にあるかな? ちょっと思いつかない。参加しているミュージシャンの顔ぶれを見るだけで当時は「震えが来た」ものだったし、遠くはそれらは「オーティスへのオマージュ」にも思えた。

 リック・ダンコのソロも超素晴らしいし、満を持して発表されたロビーの「STORYVILLE」も最高にいいのだが、リヴォンの2枚はなんというか「ストレート」なのだね。「わし・南部音楽しか知らんけんのう」の開き直りがいいんだね。The BANDのひとたち・やっぱり凄い人たちだったわけですね。尊敬しております。

 リヴォンのスネアのタメが好きだった。あの・肩でタメるのね。そして、そのスネアは「鼓笛隊仕様」である。メタルのドラマーなんかとは「思想」が違うわけですね。しかし、それは紛れもなくロックのドラムであるのだけれど、そのビートは抽象的。The BANDのある意味「プログレ的」な曲にはひどく合ってた。

 今、Caetano Veloso&David Byrne Live at Carnegie Hallを聴きながらなのだが、丁度今カエターノとディヴィッドの掛け合いの「Nothing but FLOWERS」なのだが、そのぞくぞく度は、出来はともあれこれは、久しくなかったぞくぞく度なのだが、そんなことは上記の「元・ザ・バンド」の人々のアルバムには間違いなくあったなあ・と懐かしくなっているのだ。

 ほんとに興奮することからなかなか遠くへ来ちゃったな・と思う。

 というか、少々のことじゃもう興奮できないのね。当然と言えば当然です。

 興奮は「オノレの内部より」生み出さないと。

 おれは「渋谷系」とは無縁の人生であるから、The BANDがあればBEACH BOYSは要らない体質だから、Richard ThompsonがいればEric Claptonなんて全然要らんし、なんだかオノレのシュミがかなり「アーシー」なことに今頃気づく・なんてのはウソだけど、ほんとにあんまりみなさんが騒ぐほどそれらの方々に値打ちを感じない。というか、もう決まってしまっているのだね。選択完了しているというか、おれの審美眼はもう既に決定済み・みたいです。それで充分豊かな気持ちになれてるから、もういいの。

 だから、そんなひとはあんまりおらんと思うがRichard ThompsonとBEACH BOYSが同時に「ものすごく好き」というのは実は成立しないのではないか・という風にも思えてくるね。何かを選ぶということは何かを捨てる・ということでもあって、そういうところからものすごく遠い場所にいたはずなのだが、自分にとってのベスト以外のものには時間とともに「消極的」になってくるなあ・と思う。何かをいつだって「選びながら」生きているんだよね。

 続いてリヴォンのソロ・2ndを聴いて個人的に供養をしよう。ほんとに歌心満載の・実際に歌ってもいたのだが・理想的なドラマー=ミュージシャンだった。時代をともに生きれたことに感謝します。

オフェリア

ホンキィ

南部の香りが立ちこめ
 

 

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:37| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月21日

ヒトリ飲みの午後

 前に、小沢くんの判決@4.26が「シロ」ならば、野田が予定している「政治日程」との間に齟齬が生じる・と書いたことがあったけど、野田、訪米でのTPP参加表明を撤回した。

 いい兆候だと思っている。兆候が現実になれば・・・と切に願う。

 西宮まで行く用事があって、なんだか最近・そっち方面に縁があるのだが、しかし、駅前・ひどいね。「塾」と「不動産」だらけ。駅前のあの利便をそんなとこばかりに活用・ってのも、あ〜あ・だ。

 しかし、うちの塾も「超駅前」だった。今気づく。西宮と中津ではあまりに違いすぎるが・くくく。しかし、超・駅前のコンビニ隣・って「悪くない」。

 二時間ほど拘束されたからか、「いいいいっ」となって、酒飲みたくなるわけである。昼酒のチャンスを待っていたわけで、昼酒というが、やたらに明るいときから飲んでも・またちょっと違う。なんかした後でないと。なんかすると、酒の味はぐんと「上がる」。昨日はそれ・だった。

 で、十三と言えば「十三屋」だ。やっぱり、すべて=料理からスタッフまで一番の充実を誇る。カウンターの空いてるところへと滑り込む。となりのよう知らんおっちゃんと意味の分からん会話をしながら、ビール・酒・焼酎・と進んでいくわけだけど、あの喧噪の中「素敵な孤独」を味わうわけである。いいね。ばかがよく「本日ヒトリ酒」みたいに、ちょっと同情買いたいのかなんかしらんが、そんなことをアップしたりしてるが、ちがう。わかってない。なぁんにもわかってない。

 居酒屋のひとり・これは「黄金」D'ORである。

 居酒屋ではないが、P&G時代に2回に一回は無理して(地理的に)泊まっていた今はなき九段の「フェアモント・ホテル」のバーでのヒトリ飲みも「黄金」D'ORだった。サンドイッチにビールかハイボールで始まって、ウォッカへ進み、わけわかんなくなって部屋へと戻る。ホテルのバーのいいとこはそんなことだ。もう完全に安心してるわけで、すると酔いも早いのね。

 そこには喧噪はないが、初老のバーテンダーがいて、少し話を振ると控え目ながら、的確なコメントが返ってくる。抑制された態度・ってなかなかできないが、AWESOMEである。陽の当たるとこばかりを歩いて年を取るなんてのもそうなると「どーかな?」なんて思えてくる。無駄に元気・ってメーワクだよね。

 おれは知らない街でふらーっと店に入るのが好きだが、こないだの福島もそうだったが、人生の・が大層なら旅の・醍醐味ですよね。何かをきっかけに「氷河が溶けるように」打ち解けていく・あのダイナミズムがたまんない。それも一期一会・前提で、ね。

 喧噪の中の十三屋もつまるところおんなじで、酔いとともに孤独が崇高なものへ変容するあの過程がいいです。最近、肝臓ちょっと弱っているから、8時までになんとか酔いを覚まさないと・ってのが緊急課題だったけど。しかし、昨日は相手が「おとな」で助かりました。

 今日はレアォンジーニョにて、受験の打ち上げ。新高一のギャルたち(もう手に負えん生物化しているはずです)に「何喰ってもいい」と言ってある。それと、かつての懐かしいべっぴんの塾生が訪ねてくるという。べっぴんは母になってもべっぴんだと思うが、どーなんでしょう?

 そろそろ彼女らが高校合格してから20年近くなる。20年。その年齢の頃の20年なんて長かったよなあ・いろんなことがあって。おれも高校の同窓会・行く気なかったけど、行ってよかったなんて思うもんね。

 しかし、その後のanother20年・早過ぎるというか速過ぎ・である。ねえ。ということは、次の20年などさらに加速してあっという間に老人となってしまうのだろう。なんだか儚いねえ。儚さがあるからいいんだろうけど。まだおれも「きれいなうちに」いろんなヒトと会っておこう・なんて思う。

 満を持してのヒトリ飲みが似合う人になってください・みなさんも。


 変則的な「肩の動き」、「鼓笛隊仕様」のスネア、貴方が歌うと一気に「南部色」に彩られた。WISH THE GOD 'LL WALK W/ YOU . LEVON HELM,BE FOREVER.

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:07| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月19日

生ピ・がいいさ

 めったにその方面は足を運ばないが、ラウンジのママが教え子で、忘年会にうちの店を使ってくれたこともあり、一回行かないといかんな・と思っていて、いい機会だからと行ってきた。

 新地の端っこ。

 生ピアノがあり、なんでも弾けるピアニストがいるからご機嫌だった。年末に顔なじみになっていたから話は早く、久しぶりに「歌って」しまった。マイ ファニー・・とかフライ ミー・・・とかジョージア・・・・・・とかテネシー・・・・とか。スタッフにはオぺラ歌手もいて、その歌の伴奏も彼女がやる。

 ピアノの彼女と結婚して、日本全国どさ回りする「ヴィック フォンテーン」となる・なんて酔っぱらいアタマで幻視する。

 うちのお袋がデヴュー前の前川清の歌を、酒も飲めないのによく聴きに行っていた。長崎市内のいろんなクラブを廻って最後に「おつかれ〜」と訪れる店があり、よっぽど疲れてない限り、そこで本日の歌い〆めをする・ということだった。贅沢・ね。

 ヴィック フォンテーンとは「STAR TREK DEEP SPACE 9」のホログラムの名だが、明らかにシナトラがモデルではある。ただ、ヴィックはシナトラよりは甘く、関係ないがおれの声は、あるヒトから「アンディ ウイリアムズ」といわれたことがあり、こないだはそのピアニストからは「チェット ベーカー」と言われたが、要は「そっち系」であるようだ。ま・アンディのように歌い上げるのは「ちょっと」だが。

 それらの歌は、アメリカの黄金期が背景に浮かび上がり、今となっては「映画」の世界ほどにも「架空感」が満載ながらもだからこそ、今の日本のクソ状況を一瞬忘れるには贅沢でいい。

 今度は「SOMEONE TO WATCH OVER ME 」なんかを歌いたい。

 新地の北東角の8F、「ラサ」というお店です。真由美ママがおります。お店の子たちはみなさん、何か音楽的一芸を持ってる。余裕のある方は是非。

 スポンサー付きで行かないと、「お帰り」の際がやや「気が気ではない」からさ。

 最近、不思議とkey.の人々との付き合いが多い。何かの兆候だろうか。

 関係ないが、小沢くんの4.26に判決の出る冤罪のことを「陸山会事件」なんて呼び方・ヤメた方が良いのでは。メディアはそんな「ずるい」ことを平気でやるんだからな。

 
 映画も良かった。ミミ・ロジャースが。

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:48| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月16日

三年目に思う

 そもそも日本は「西洋」の国ではないし、ただ東洋の中で最も早く近代化をしたというだけの国である。
その近代化も、なんとなくお上から押し付けられた感がものすごくあるわけで、だから、おれたちは「自由」などという概念なんて「あんまりよくわかってない」。苦労して手に入れたわけではないからね。

 古くは「外国」とは中国だったのであって、大陸および半島だったのであって、そこから「米」だとか「漢字」だとか「儒教」だとか「仏教」だとか「食器」だとかを得てきた。人間そのものも得てきた。目のでかくない日本人はほぼ、元大陸・半島人と言って差し支えないわけである。所謂・弥生人。

 近代化後、途上かな、日英同盟(1902)を組んだ。それは主にロシアと闘う(1904)ためだったと思うが、当時の英国は覇権国家である。つまり、世界で一番強かった。

 その日露戦争でチョーシ乗った日本は、恩があった・というよりもある意味「故郷」でもある大陸・半島を侵略(に進出・が正しいという身内に甘い人たちもいるが)し、政治は軍事にどんどん浸食され、天皇の統帥権なんて「わっけわからん」ものを盾に陸軍が、ホンネは「いたずらっこのいたずら」みたいな気持ちで、半島・大陸の中で暴れ、そのうち誰かが「優しく止めてくれるだろう」「はやく見つけて怒って」なんて気だったのだと思う。現実は「ちょっと遅れて、激しく怒られた」のだが、タイミングって大事ね、その少しの遅れがメンツを肥大化し、600年前のなんの根拠もない「困ったときは神風が吹く」などという荒唐無稽極まりない「神話」もけっこう多くのヒトが信じ、超オプティミスティックに太平洋戦争に突入するのだが、そのオプティミストぶりは、アメリカは・・だろう、アメリカだって・・さ、アメリカ・・・あってほしい、あめりか・・・に違いない、という「アンタホントばかね」な「おのれのお人好しを相手にも期待する」そんなタイプのもので、まあ当然そんなもの通用するはずもなく、物量に激しく勝るアメリカに、ミッドウェイ以降は惨敗に次ぐ惨敗を重ね、そこから沖縄・本土大空襲・広島・長崎とご存知のように続くのだが、それでも、原爆前後にでさえ、ソ連に仲介を頼み、その根拠が「スターリンは西郷どんに似てる」だったという笑えない実話もあるくらいで、「おのれのお人好しを相手に期待する」癖はここでも治らず、実はその時「ヤルタ会談」で、ソ連は日本との不可侵条約を破棄して満州に攻め込むことは決まっていたのだった。

 満州での悲惨はご存知の通りだ。

 その後、戦後のヘゲモニー国家であるアメリカのポチで今に至るのだが、あのさあ、イラク戦争やアフガン戦争の時、ほとんど「賛成ありき」で、一応国会審議とかしてたけど、もうほんと一番早く「アメリカに賛成」なんて言っちゃったでしょう・コイズミとか言うばかが。

 日本は「独自の外交」をするチャンスだってあったのだ。しかも日本は「東洋の国」だ。その東洋の・というか「非・西洋」にはまずシムパシーを持つべきだった。その戦争は「宗教戦争」でもあったが、しかし、大方の国民が「葬式仏教」である日本人が「キリスト教」に加担する根拠はそこにはない。

 何を長々と言うてきたかというと、タリバンが日本大使館を、西欧の国々の大使館と「同様に」攻撃し始めたからだ。

 おそらく、当時の政府なんて、こんな「テロの対象」にはならんやろ、と思っていたはず。ここでも「おのれのお人好しを相手に期待する」そんな心理が垣間見えて、なかなか「成長せんものだな」という感想を持つね。

 その前にはゲリラに拉致されたり、斬首された青年すらいたが、拉致された3人を帰国させるのに「国家予算」を使うべきではないなどという、おばかもおばか・三回廻ってぶぅ・ぐらいのバカ意見もでてた。しかも政治家から。

 この時点で、今起こってることも容易に予測できたはずなのだ。なのに、なぁ〜んも手を打たず、なぁんにもしなかった。アメリカにいかに貢いで、自分らだけいい思いをするか・だけに精を出していたこのていたらく・なのだった。

 今、民主主義のそのレールの先にファシズムが涼しい顔をして待っている・そんな状況だけど、それもしょうがないのかな・という気にもなるもんね。

 本日、学校初日で、今年もいい子たちが集まってきている。今年は「中国・韓国・シンガポール・インド」そんな面々。毎年、新しい顔を見るたびに(おもろい顔多すぎるのだが)、「WE」という気持ちになる。去年は中途ぱんつなアメリカ人とかがいて「お・なんか、きみ違う」というのがあったが、今年は「リアルエイジアン・クラス」である。

 また一年、政治とは関係のない「地に足の着いた交流」をやれたら・と思う。


 シンガポール人はジェイソンという「華人」の子孫。LEEを知ってた。
posted by 浪速のCAETANO at 18:06| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月15日

なんか、こんがら

 おれたちはすでにもう経済にがんじがらめにされている。

 だから、今原発最稼働に関して、さらに「経済」を理由にする人のことはおれは信じない。

 江川紹子氏とかが、なんだかおかしい。何があったんだろう・なんて思う。

 しかし、事態はさらに複雑かつ面妖で、橋下くんとかが「反政府」的な立場を取っている。原発最稼働反対。

 メディア(TV)は今、橋下支持であるから、思い切り「原発最稼働・NO!!」に舵を切っている。放送メディアは今や橋下サポーターだから。

 民主・自民は小沢グループを追い出して、大連立を形成しないことには「維新」に負けてしまう・という思いが強い。メディアの中でも産経や読売は最稼働賛成である。そこが彼らの拠り所かと思う。

 でもさ、ほんとに橋下くんが「原発最稼働反対」を貫くか、ということに関しては「疑問」だと思ってる。「反政府」という意味と意図での発言だとおれは思ってる。異論もあるかな。ま・いいでしょう。

 大飯原発の最稼働へのプロセスがあまりにお粗末だったから、なんで民主党はそんなことするんだろうと思うのだが、ひょっとしたら経済界からの圧力を飲むことが政権の先延ばしへ繋がる・そんな裏契約があるのかもしれない。

 しかし、橋下くんを経済界は批判してはいない。橋下くんも経済界を特に批判しない。経済界は、そしてアメリカは、民主党政権を見限ってしまってて、原発最稼働だけをさせといて、そのカウンターとして橋下政権を誕生させて、その後、橋下くんに民主党と同様な態度、たとえば「政権を取ってみたら取る前とは認識が変わった」なんて言わせて、それをうやむやにしてしまうか、なんて見方も出来る。

 そうなると、橋下くんはヒットラーではなくなる。しかし、世の中は変わらない。

 または橋下くん、今の態度を貫く。経済界・アメリカを敵に回して、「改革」を断行する。大阪市でやろうとしてることが霞ヶ関でできるのか? 大阪市でもまだできている気がしないけどね。

 単なる「大阪市長」が、「政府」の「シャドウ・キャビネット」となっている事実はTVを見てれば解る。ムードはすでに「橋下総理」なのだけども、やはりアメリカに楯突くことはできない・とするなら、結局「君が代」と「日の丸」と「中国嫌悪」という方向性が先鋭化することにならないだろうか。

 彼らは「市場原理主義」と「国粋主義」のアマルガムに今見えている。彼らが唱える「道州制」は、それやっちゃうと、地方交付税交付金などもおそらくなくなるんだろうけど、例えば「四国」や「東北」や「北海道」は壊滅状態になるのでは? 国の意義・と言えば、そのでこぼこを均すことも重要なことですよ。

 「東京」電力の発電所が「東北」の福島にあったなんてのは関西にいると「目から鱗」なことだった。

 「関西」電力の発電所も「北陸」にあるんだからね。少々電気が足らずとも絶対に生活できると思うんだが。

 今や、電気自動車の普及とかにも「斜視」になる。内燃機関を持つクルマはやっぱりおもしろい。ふと思い出すのは、新燃料の・なんていったかな、ディーゼルより安い燃料がもう10年ほど前に売られてたことがあった。名前は失念してしまったが、ガソリンの上から入れても大丈夫っていうすぐれものだったが、ガソリン業界の圧力により、売っちゃダメ・ってことになったこと覚えてますか?

 新規に業界に入っていくことって「難しいんだなあ」と思ってた。

 既得権を持った人たちの「延命」を仲良しクラブ的になんか利益を廻し合ってる・ってのが現状で、それは「すべての業界」に共通のことだったりする。

 橋下くんは、そこに切り込むことができるのかもしれないが、やはり思想信条が危険すぎないかな。今の日本で「ヒトが生きていて」彼の年で思想信条を「確定」できていることが、なんだかヤバい。そして確定できる人々が、ほぼすべて「右」で確定していることが「今の時代の特異なところ」ではないのだろうか。

 「ヒト」としてまともな感じがしない。目がコワい。いろいろある。

 ほんとにそれができるのは「小沢くん」だと、今でも思っているが、一度も彼のプランが実践されずに冤罪で獄に繋がれる・なんてことになれば、それは、国と国民の滅亡が早まったと同義かもしらんなあ。
posted by 浪速のCAETANO at 14:18| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

一夜明けて

 風邪で喉が大変チョーシ悪く、しかもモニターが最悪で(サンホール・ちょい質悪いよ最近)大音量も生ギターも大変やりにくかった。

 みなさんの技量に助けられつつ、ラフレシア春特番「男と女のプリマヴェーラ」無事(でもないけど)終了できました・とりあえず。

 今回はメール、送ったつもりが送れてなく、このFuck・Mac、ほんまなんとかしなあかんなあ・と思いつつの巻。

 出演者・スタッフ・そして少数精鋭ゲリラ部隊のみなさま、おつかれさまでした。そしてありがとうございました。

 大変疲れましたが「年三回」はこんなこともやらねば・と強くこゝろに決めているのだ。ランナーズ・ハイみたいなものかな・と思う。しかし、体調とPAのチョーシさえ良ければできる。そんな自信はある。

 ちょっと寒暖の差でやられてしまいました。気が緩んでたかな。それと変なコーフンも直前にあったし。

 
 天六へとまた本日行くのだが、扇町公園で、桜吹雪を見ていたら、ハトが可愛かったのだ。ハトは可愛くないのだ・基本的に。おれの外メシの天敵・なのだが、そいつは可愛かった。おそらく足が悪いのだと思う。ぺろ・みたいに「おっちん」してるのだ。ハト特有の「せわしなさ」もなく、じーっとしてる。ハトを見て、ぺろを思い出すのもどーか・なのだが、なんだかその収まり方がさ、完結してるんだな、過不足ないかわいさで。

 ハトはアホで集団はうっとうし過ぎて、雄バトなんて「やらして・やらして・やらして」と雌バトを追いかけてるだけで、ほんとにヤツら「羞恥」というものがなく、人前ですんな・ゆーても「学」がないからわからない。まあ・ハトに「学」を求めるおれもおれ・ながら。

 この数日はあちこちで桜吹雪でしょうか。一番のクライマックス・ね。

 今日は活動と言えば、それが精一杯で、あとは大量に来た本をスラックキー・ギターを聴きながら読むことぐらい。なあんもする気・ございませんでした。

 風邪ひいているが、なんとか直したい・週末で。
posted by 浪速のCAETANO at 23:49| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月12日

明日は「男と女のプリマヴェーラ」

 ちょっとなんか面白そうです。

 「何してもいいよ」ってライヴって実はあんましなくて、明日はその「何してもいいよ」っていうライヴです。

 明日リハやってから、「こうしようか」なんてこともありそう。異種格闘技戦的なニュアンスも大好きなおれですし。

 7:00〜 <> ご存知Bossa姫とバカテクギタリストの藤井くんのDuo。

 7:30〜 <<松本有加&藤井拓>> ここをすごいおれは楽しみにしてる。前述の藤井くんにこの有加ちゃんがみなさまの「度肝」を抜くことでしょう。

 8:00〜 <<岩崎秀昭>> Los solos LobosのVo.イワサキはかなりイカしたソウル・ヴォーカリストなのであって、彼をフィーチュアしてみました。バックはおれたちが勤めます。好きな曲ばっか。

 8:30〜 <<マルタニさんと遊ぼう>> 前述の若手3人におれが無理難題を吹っかけ困っていただきつつ、返り討ちに遇うかも・みたいな。今回ならではの企画です。

 9:00〜 <> 最近はもうHost Liveの「重鎮化」してます。ここ・ほんとに「何してもいいオリジナル」なのね。今回は珍しい曲もあります。

 明日は意外に早く終われそうです。ワインとフードと演奏を楽しんでくださいon春爛漫の日。

 では、C U @ SUN HALL!!!

 P.S.みなさま、返信Muito OBRIGARD!!!
 
posted by 浪速のCAETANO at 18:33| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

それでもRTはRT

 余韻に浸っているのだけれど、後から店の者たちに聞いた「一部」のリストが、その選曲が「おれのシュミ」すぎて「ぎょわーん」ってなった・かな。師匠ってばー。

 でも、一部は「はげ」しかいなかった・と。

 RT好きでもないやつが聴きに・見にいってもしゃーないと思うのだが、今のRTは素晴らしすぎるのだが、かといってそれが商業的盛り上がりに繋がるとは限らない。そこ・なにかが「間違ってる」のだけど、それはオノレの身の上なんかとも相関があって、必死に考えなきゃいかんとこなのだけど、いい考えがなかなか浮かばない。一般の人のキョーミからは「遥か遠く」にいたりするからなのだけど。

 関連するツイートなんかを見てても「ジェネシス・ホールのバックにサンディーの歌声が聞こえた気がしました」とか、なんとなくズレてるものが多い。そんなこと言ってる人たちへ。

 「今」のRTがすごいの。そりゃ過去もよいが、今がすごいの。そのすごいのを貴方は「昨日」見たの。RTに関しては「ノスタルジア」の入り込む余地はそんなにないのだ。貴方の過去は貴方の過去でよく、それをRTの過去と重ね合わせるのはまことに自由なことなのだが、それは今のリアルなRTを見誤ることになる。特に一部を見た方なら、「When the spell is broken 」から始まり(くそー)、おれが確認しただけでも「Wall of death」「Crawl back」「Time to ring some changes 」(くそーくそー)「1952 vincent black lightning」
、おそらくもっとあるのだ。そんでもって最後は「Tear stained letter」だったらしい(くそっくそっくそー)。でも、ハゲたちのノリが悪く「怒って途中でヤメた」らしい。

 その辺のラインナップってさあ、浪速のカエターノのカヴァー・レパートリーとかなりのどんぴしゃ・かつ、おれが選ぶならRT BEST ALBUM内の曲目なのよね。そのおかげで(かどーかは不明)第二部はかなり「渋め」の選曲だった。それでも充分良かったが。

 まあ、なんと言うか、「すれ違う」んですよね。

 永遠にすれ違う。人は何に反応するか。もう・わかっている。人は「オノレ」に・というか「オノレ」にしか反応しないのだ。「わたしの個人史」にしか反応しないのだ。そして、それが「モノを売る」ためには「良し」とされてもう20年以上経ってしまったのだ。

 これはさ〜あ、かなり絶望的なことではないのかなあ。

 まあそんなことは「わかっていた」ことではあるのだが、こちらが「無防備」になっている時に、突きつけられる事実にはまたまた「ぎょわ〜ん」ではあります。

 シロートの時代。シロートが幅を利かせる時代。演奏するガワもシロートっぽい。シロートにはRTはもったいないなあ。達人のあの超絶ギターは、でも、おれはおそらく誰よりもしっかりと受け止め、再度衝撃を受けました。

 しかし、ビルボードってほんまにカスなハコよね。

 RTを「フォーク」とか言ったのはどこのどいつや。

 進化し続ける1952 vincent black lightning。何度でも泣いてやる。

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:09| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月11日

祝・Richard Thompson三度目の来阪

 哀しいだけではなく、不吉、そんな歌を書く人。そしてそれを歌う人。

 浪速のカエターノのカヴァーでいうなら:

 FAREWELL FAREWELL
 THE DIMMING OF THE DAY
 DEVONSIDE 
 TIME TO RING SOME CHANGES
 WHEN THE SPELL IS BROKEN
 WALTZIN' FOR DREAMERS
 TEAR STAINED LETTER
 など。

 それは英国のトラッドをベースにしながらも、自分の過去・現在の愛・別離・苦悩を超絶ギター・テクニックに乗っけて歌う人。それがリチャード・トムプソンなのだが、今夜三度目なのだが生で聴ける。

 一度目はかつての宿敵ベンタングルのベーシスト、ダニー・トムプソンとのデュオ@Muse Hall。
 二度目はソロで@QUATRO。
 三度目が本日で@ビルボード。

 去年の震災・原発事故で一年延びたが、そんなことはどうでもよい。知識のないワカモノにとっては理解が出来かねるだろうが、彼が世界最重要ミュージシャンの一人であるのはもう間違いのないところ。

 昔すごくて、今もすごい。

 フェアポート時代のバンドとしての重要性もさることながら、その中心人物サンディー・デニーの死亡と入れ替わるように、リチャード・トムプソンは歌を書き、自分で歌うことを選択したように思える。そこからのものすごさといったら。

 最初の紹介では足りないところがおおいにあって、それプラス、かれのロックンロール・ギタリストとしての凄さなんてもうだれも真似できない。それは「LOCH LOMOND」や「MOTHER KNOWS BEST」「TEAR STAINED LETTER」などでもうギター全部ゴミに出しちゃおか・ぐらいの打ちのめされ方をおれなんかするのだけど、それ、最近の自称速いうまいワカモノギタリストに聴かせてみたい。タッピングがどーの・なんか、ゆーてるばーいちゃうし。お前らのギターこそ、ゴミに出せ・今すぐに、である。

 まあ・ゆーても、おれもワカモノギターのある意味上手さ速さなんて知らんし、というか興味がないからなんとも言えんのだけどね・ほんとはね。

 しかしさ、ギター弾きというのはエレキ/アコースティック両方弾きたいわけ、ちゃんと。どっちもレヴェル高くないと、と思う。そんなギター弾きの憧れの頂点にあるリチャード・トムプソンなのだけれど、何度も言うが彼に近づけば近づくほどかれの偉大さがわかる。彼のように「進化」を続ける15歳上の人がいることで、おれもギター「練習」しようなんて気になるわけです。おれたちの15歳上にはリチャード・トムプソンだけでなく、カエターノ・ヴェローゾ、ニール・ヤングなんて人々がいます。

 80'sの終わりか90'sの初め頃に歴史に「アーティフィシャルな断絶」が設けられ、音楽もまた「新しいお金儲け」の時代に見事に入っていくが、わかりやすいところでいうなら、それ以前の人々は「アーカイヴ」となっていくわけよね。そこから後が、例えば日本ならいわゆる「Jの音楽」つまり「サルが作ってサルが聴く」システムでサルぼろ儲け・ということになり「今に至る」なのだけど、そこを「アーカイヴ」な立場から乗り越えてきた人って実はあまりいない。世界的に見ても新しい時代のスターとしてはマドンナとかニルヴァーナとかがいたが、それらがほんとにいい音楽だったのか・ってことに関してはおれは「懐疑的」です。その時代の一部を除いたマイケルの曲とかに関しても。

 アーカイヴな立場からそこのボーダーを乗り越えてくるということは「音楽家としてまだ危険」という意味だよね。断絶以降の音楽は「資本主義に飼いならされた」まあもっともロックの本質的衝動からはほど遠いものだけど、パンク以降のある種の「いびつさ」とは違うところから、パンクの概念をも包み込んでしまうような音楽をやっている人ってのがほんとうに「尊敬すべき人」なのだよね。そこは、やっぱり「世代」ということになる。おれたちぐらいですれすれ。もちろんおれたちでも「遡って」勉強しないと無理。パンクのコアは「嘗てのロック」に存在していたから、そこを結びつける・そんな作業が出来た人、そういう人々が尊敬に値する。それがいないのよ・そんなにたくさん。

 清志郎と細野さんぐらいでしょうか、日本人なら。ただ、メインの表現者としてはやっぱり、上の三人と比べると弱い。おれはそう思う。単純に言うと「歌えて弾く・一人でも」ってことかな。日本は多かれ少なかれ「天皇制」の国だから、だれかを「マツリ上げる」ことに関しては「年期」入ってますから、それは周到にやって、それを資本主義に寄り添わせる。そんな構造がすぐできる。そういうことではなく、肉体を持つ人間がその肉体を使ってどんなレヴェルの表現ができるか・なんてことも少しは考えた方がいい。一人でステージに立って、凄いことをするなんてのが「本当に凄い」のだから。

 いい夜になりそうです。 
 
 Guess who she is & WHO plays the guitar.



 
posted by 浪速のCAETANO at 15:17| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

実は桜は嫌いでした。

 昨日〜昨夜。店の・例によって「長ーい・遅漏系花見」にややファティゲの本日であった。

 外メシは好きなのよ。大好き。まあ、みなさんの「桜を愛でる写真や言葉」に水を差すつもりもないんですが、ホント言うと「桜は苦手」です・おれは。花見の機会でいろんなひとびととともに過ごす・そこだけは良いのだけどね。そんな泥酔するヒトもいないからね・まわりには。

 昨日は、店の近くのタクシー洗車の会社の花見をテイクオーヴァーして・というはなはだ幸運な花見でありました。グッズもテイクオーヴァー。目線・高い高い。史上最高値の花見だった。社長とみなさん・ありがとうございました。

 しかし、昼で、カタはつかず、夜になり、やや冷えてきた頃、上を見上げた時の桜が「やや・こまる」のね。

 意外と「グロい」なんて思うわけですね。威圧感と言うか、何かの「意思」を感じるというか。

 桜は極めて「現代的」だと思う。デコラティヴでもう全部持って行っちゃう。ケバい。自己主張の強さに「はいはいわかったわかった、わ・か・り・ま・し・た」と言いたくなる。特に満開寸前がおれは一番恐怖を感じるんです。それも夜。咲き誇った夜の桜は「かなり」コワいですよ。同士の方・ご連絡ください。

 好みも変わってくる。昔は「ケバい」オンナが大好きだったのだけど、最近の女子のケバさ・ってもうこれは「尋常じゃない」からね。すんごいブスもおらんくなってきましたけど、そこには化粧技術の向上と言う「底上げ」がなされていると思う。それはおそらくいいことなんだろうけど、うーん・なんて言うかなあ、ベースが底上げされるとなると、もうベースを取り除くことはできなくなるもんね。そしてどんどん足し算で分厚くなっていく。顔洗った後を見るのが「こえ〜」ですよね。それは桜とはまた「別の」コワさではある。

 最近・美しいな・と思うのは「坂本冬美」とか「杉山愛」とかなんだけれど、なんというか「内面から滲み出るもの」ってあるんじゃないかな。ガワ・とりつくろっても「無理」が必ずある。もうそんなものに「反応」できなくなってきてる自分があるもんね。オトコだけじゃなく女子も「顔は年齢とともに考えていることが反映されてくる」そんな時代ではないんだろうか? と思う。メイク技術が進んでしまったいまだからこそ。

 誰かの顔・みたいな顔が多過ぎて、P.K.DICK世界を生きてるなあ・と思うこと多し・だ。ただ、こちらも眼力が養われてきたのも事実である。メイクによって作られた顔の内部を見るX線も眼力内部に内蔵されてきつつある。作られた誰かの顔を一皮剥いたあとの「ブス」を発見する術も持ち始めてるってことよね。

 こうやって「メイクによる一見美人」と「ブス発見」といたちごっこは続くのである。

 桜に戻ろう。

 咲き誇った桜は「こわい」し「苦手」なのだけど、蕾の桜には悪意はない。そして、そういった感情がすべてなくなるときがある。それは「桜散る」時なのだけども、そこの桜は「好き」「苦手・あるいは嫌い」を通り越した存在ではないか・と思う。あの・咲き誇っていた花びらたちがあっという間に・そして大量に「散っていく」というのは、咲き誇っていただけに、そしてその咲き誇っていた時期からの時間があまりにすぐなことから、あまりに「劇的」である。「平氏の滅亡」を連想させるんですね。平氏もその栄華を誇った時期があまりに「短い」わけよ。そこでは「色即是空」や「無常」といったもう思想と言ってもよろしいか・と思うが、この時、それらが体現され、日本人は「一番日本人」になるのではなかろうか・と思えるんですね。

 同時に、ある種の宗教的なカタルシスに近い感情も味わうことにもなる。そこではもう桜は「コワく」もなく、ただただそのはかなさに「涙する」そんなことになる。そのダイナミズムが桜の「アジ」だと思う。要は引っ掻き回される。翻弄されるわけ。そんなオンナもおりますね〜。

 梅のような・あるいは、ヒヤシンスのような、そんなオンナがMY FAVORITEではあります。

 よっ!!!冬美っ。

 
posted by 浪速のCAETANO at 19:18| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月07日

メールが届かなかった貴方へ(男と女のプリマヴェーラへのお誘い)

すごい風が吹いてあれがカタチとしては
「春一番」だったのかよ。冗談きついぜ。
そんな感想のマルタニでした。
関西もそろそろ桜「お満開」。

昔ね、曾根崎時代のTodo O Mundoでは、この季節
「お満開スパークリング祭り」というのをやってました。
アホですね。
ま・正しい日本語というのはたいへん難しい。
しかし、これは受け取る側の「こゝろの余裕」にやや依拠する。
世の中には「つまんないヒト」もまあまあ多くって・・・
そんな印象の2012年春の頃ですが。

春はラテン語では
「PRIMAVERA」
もうお馴染みになってますよね。

今回のホスト・ライヴは春ですから
「男と女のプリマヴェーラ」
です。
前回(去年の今頃)は
男たちのプリマヴェーラ」だったですね。
しかし、それでは
コート男子が次々に「ほらー」みたいな
そんなことではいかんな・やっぱりな
と、反省もあって今回
「男と女のプリマヴェーラ」
です。

となると、男女で「ほらー」
なんてことはなくて、
なにやら
「期間限定の発情期」
そんな気配さえ漂ってきたから不思議です。

発情期がなくなった・ということは
いつでも「発情オッケー」なおれたちですが、
春という季節はなにかしら
人間が「先祖帰り」して
やや動物に近づく・そんな季節でもあるかもしれません。
幸か不幸か、誕生日が「啓蟄」という
栄光?をしょって生まれた、そんなわたくしごとではありますが
そこんとこ、先天的に「わかる!!!」なんて気に
なるのはあながち勘違いでもなかろうと思ってます。

今回は若手中心
HOST LIVE
です。

Cast:
北林純・岩崎秀昭・北村嘉章・Novi Naniwano
Yuumi・藤井拓・松本有加
マルタニカズ・CVS COWBOYS


このような・いつもより少人数の
Combo で廻すLiveです。
大御所約二名ダブルブッキング
にておりませぬが
そこはほら「達者なワカモノ」を
Featureしてお送りします。

是非お越し下さい。お待ち申し上げております。
COWBOYS今回ぶちかましたいと考えております。

4.13(Fri.)
18:30open 19:00start
@SUN HALL
お名前を言っていただければ
2000円(ドリンク別)
です。
プリマヴェーラなFood by O Leãozinhoです。



posted by 浪速のCAETANO at 16:01| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | host live | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月06日

進化を続ける人

 ボサ姫とのライヴ、よかったですね。おそらく、来られた方・満足されたのではないでしょうか。

 最近・アウェイほんとに大好きです。

 その後・せっかくtentenでは飲まなかったのに、結局朝まで飲んでしまったわけで、その余韻にカラダがだる〜みたいな状況で、塾をかるくこなして、あ・そーだった。カウボーイズのリハだった・と気づき、エレキを持ってスタジオへ。

 ケースを開けてギターを取り出すが、「よう錆びてた。」弦が。そしてチューニングしてるとすぐ切れた。前のホストライヴ以降触ったませんでした。だはは。

 そんな練習せんやつでええの?

 うーん・わかりません。まあ・しかし、アコースティックは弾いてたんだけどね。

 しかし、だね、バンドは楽しい。その筋の猛者たちと音を出すのは楽しいよ。ただ、たまにやるとオノレの書いた歌詞を忘れている。ここ・ダメね。これが一番ダメ。復習しましょうね・本番までに。

 しかし、おそらく前々日にRichard Thompsonを見るわけで、これはもう間違いなく気持ちは昂揚しているはずであり、精神面は問題ないんです。多分、あのプレイを見て「わかる」のは大阪で何人いるんでしょうか?
ある高みまで行かないと「次の高み」って見えないからね。わからなくってもそれを体験するのはすごくいいことなんですが、なんというか「?」で終わるでしょうけど。それでも彼の音楽のトータリティーを感じるだけでも幸せ・というものだと思う。おれはですねえ・こないだの来日から、どれくらい自分が「近づいた」かを確認してみたいの。彼特有のプレイというのがあり、それはピックを持った親指と人差し指でベースラインを弾きながら中指とおねーさん指でフレーズを弾く・といったもので、結果的にひとりでベースとギターをやっちゃうというアクロバティックなプレイなんですが、それをおれもやっています。それをジャズ的にやるのはつまんない。あくまで、トラッド、そしてロックのニュアンスでやってるところがかっこいいわけ。まあ端的に言うなら「ガッツ」があるかないか、かな。それと、そのプレイに(あくまで歌のバックとして)必然性があるかないか、かな。

 上手さの「次元」が違う。おれは、ジャズってはっきりいうと嫌いで、「おれジャズやってんねん」と言うヤツはさらに嫌いだが、それは本来は「パンク」であったはずのジャズを「技術」のみでしかとらえられないバカが多過ぎるからなのだ。お前ら音楽をなんや・思とんねん、と。「上手い」とは時に「恥ずかしい」ことでもあるのだ。そんなことも「一回も」思ったことはないだろう・お前らは。 なぜか?  バカだから。

 そんな、風潮に凶器攻撃・そして、ギタリストから尊敬を集めるのが彼・なのであって、何度も言うが「次元」が違う。彼の演奏を譜面に起こすのはかなりたいへんな作業だとおもうな。

 まあ・そんなリアリィ グレイトなRichard Thompson、Neil Young、Caetano Velosoとともにおれの「偉大なる先達」です。

 来週は音楽の比重の高い、自分にとってはすばらしい一週間。ということはどんどんビンボーになる一週間。しかし、お金には換えられん値打ちってのも「確実に」存在するの。いや・ほんとよ。


 これを見て「?」の人は音楽ヤメることをすすめるけどね。

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月05日

小沢一郎はそれでも有罪になるのだろうか

 司法関係者も「有罪」は難しいと言う。どんなに調べても過去2回とも無罪だった。

 今回の強制起訴に関しても、なんだかわけのわかんない団体の要請から始まった。

 その検察は「村木さん」の検察である。じゃ・全部ウソぢゃん・ってことになる。

 それでも小沢くんは有罪になるのでは・という危惧がある。なぜか?

 小沢くんが無罪になるとすると、これからの「政治予定」との間に整合性があまりにもなくなるからだ。

 消費税以外にも:

 北の人工衛星打ち上げとなんだか突然物々しい「迎撃」なんて、「ほんまか!!!」がひとつ。

 TPPに参加・やめてや・がふたつ。

 原発最稼働・いやそれまぢで?・がみっつめ。

 小沢くんが無罪になると(なれー・と願ってますが)、「国民の生活が第一」だった民主党の正統性は「小沢グループ」にあった・やっぱし、ということになる。政権交代して以来の民主党のていたらくの真の原因は「小沢陥れ」にあった・ということが世間に晒されることになる。

 日本の政治家はおよそ、「親米右翼」なのであるから、そのなかで一応・かっこだけ「国民の方向いてる」フリの度合いで、ちっちゃな差別化しているだけなので、小沢くんが「現れる」とそんな差はどマイナー・となり、真の政治の「差別化」が出来る。おれたちはそのクソみたいな差の中でしか、投票できず、結局そんなもんミャンマーとさほど根本では変わりないのだ。いや・まぢで。

 それを妨げたい。それがアメリカだからねえ。

 おれは、ものすごく「注目」しています。

 LET'S IMPEACH THE???????????????????????????????????????????????
posted by 浪速のCAETANO at 20:16| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月04日

西の端から

 DAY 1 

 東北から帰ってきて一週間。今は西の端にいる。日本も狭いようでまあまあ広い。
??-14.JPG美しい日の出から始まる旅だった。めでたい。

 長崎は今日は「暑いぐらい」。桜もこりゃ意外に「お満開」早いのでは。旧友たちと「花見」しようよな・と言っていた。約束は守れそうだ。

 死刑囚が3人、本日死刑執行された。あのさ、被害者の「報復感情」はわかる・とは簡単には言わないし、言えない。ただ、死への恐怖と死までのおよそ15分間、死刑囚の人々を苦しませる「必要」がほんとにあるのだろうか? 逆に言うなら被害者は、その15分間の加害者の苦しみで「気が済む」のだろうか? おれは当事者ではないから、そこんとこどうこう言う筋合いはないのだが、「国が被害者に替わって」執行する死刑の・その犯罪同様の「残酷さ」には「おえー」となる一人です。国による死刑というより「国家による殺人」。愛する人を無惨に殺された・とした場合、今のようなことが言えるかという自信もないが、だからといって、「粛々」と書類にはんこで、「死刑!!!@こまわりくん」(ふざけてすいません)というのが、その現場における・おそらく「想像力の欠如」がなにかしらやりきれないだけなのだ。

 五線紙を買いにダウンタウンまで出て、ついでに昼メシは「決めていた」。ボルドー亭でトルコライスを喰う。まあまあ。ただもっと旨いのがありそう。ちょっと「トルコライス行脚」してみようかな・と思ってる。この地に神崎君と言って「トルコライス・マニアックス」というブログをやってる、延々長崎各地のトルコライスを喰っちゃー・アップしてる「トルコライス・バカ(失礼)」の方がおられまして、すごいの・彼。

 トルコライス・バカ、なんちって。面識は・なし。だはは。

 おれごときが、どうこう言うより、トルコライス マニアックス turkishrice-maniax.ks-depots.com/です。ぜひ訪れてみてください。
??-13.JPG@ボルドー亭。トルコ「風」ライスといいます、なぜか。

 さて、本日の晩メシは、鰤三昧、腹身の炙りがいかんなあ・ヤバいなあ・食い過ぎちゃったなあ・鰤だけで腹一杯ってのは「倫理的」じゃないなあ。15kgのやつなんだって。それがどう・っちゅうのがおれはようわからんのだが。しかし、炙りは・反則・タイガージェットシンの狂気凶器攻撃。

 明日は「ヒラメ」だという噂。カルパッチョに一部強奪する予定。

 DAY2

 本日・長崎市は19℃。あの・こないだまでのおれの家の「なんだかしらん寒さ」がウソみたい。しかし、もう春分はすぎてしまったのであって、これからは間違いなく「夏」へと向かうわけだし、気が早いがもう「南部・目指し」ちゃおかな・ぐらいの「気分早漏」のおれなんかはもうすでにアタマの片隅にそんな部屋を準備してしまった。

 
 東国と九州連合に対して朝廷・西国と結びつく東北、これが中世にしばしば見られる政治状況なのだけど、その際の東北の中心とはどこかというなら、それは「平泉」なのだった。奥州藤原氏の本拠・平泉はその「豊富な資源による資金力(主に金)」を背景に、約100年間の栄華を誇ったのだった。そのアイコンが「中尊寺金色堂」なのだが、その金ぴかは、下心のない金ぴかなんだね・京都の寺なんかとは異なり。金がほんとに「豊富」にあった場で、「ただあるからそれをふんだんに使いました」というようなもの。もちろん金の価値は当時も「ものすごい」というのは、今と同じだけど。

 もともとこの金色堂は葬堂である。阿弥陀堂。阿弥陀如来がご本尊。死後、人が行く世界の極楽浄土の主である。ただ、ここには今の(おそらく当時も)感覚ではかなり「おそろしい」ものが在る。それは藤原三代の「ミイラ」なのだけど。

 ミイラってのは、仏教とは何の関連もない。これは蝦夷(えみし)の信仰である。いや蝦夷というより、仏教が入ってくる前の古墳時代・大王が死んで、その際その妻が行う「モガリ」を連想させるし、一部のアイヌが行う、首長の死に伴ってその妻が毎日死者の身体を洗って、もうズバリなのだが「ミイラ」にするそのような儀式があってそれ「そのまま」ぢゃん・ということになる。やっぱり蝦夷は縄文と極近い概念でもあり、文化を担う人々というのはほぼ重なっていると言ってもいいのでは。間違いないだろうね。

 奥州藤原氏の初代藤原清衡は当時の院・白河、鳥羽とうまいこと・やりながら、朝廷と東国・東北とのパワーバランスに細心の注意を払いつつ、平泉に理想郷を作り上げた。100年も・ともたった100年、ともモノは言い様だが、その100年は、後の鎌倉幕府のプロトタイプとも言える。だって武士の政権ってまだなかったですから。

 源義経は奥州藤原氏三代目秀衡が匿い、そして秀衡は義経を大将として頼朝とも闘う気満々であったのだが急死する。四代目、泰衡はかくまっていた源義経を差し出すことを頼朝に求められ、苦渋の選択を強いられ、義経を殺しその首を頼朝に差し出すことになる。しかし、頼朝はそれで泰衡を許さなかったのである。マキャベリズムはそんなことでは妥協などしない。頼朝は平泉を攻め、奥州藤原氏を滅ぼす。

 しかし、宮沢賢治が言っているのだが、賢治は頼朝を「大泥棒」と呼び、そしてその大泥棒は平泉の文化には触れ得ていない。なんだか触ることのできない「品」に気後れしたのだろうか。おそらくそうだろう。武士ではあったが、朝廷の貴族よりもお金持ちで、絢爛豪華な文化と阿弥陀如来に包まれたその王国を見たとき、がさつな坂東武士には、なにかしらストッパーが働いたのだろう。ベースに異なる哲学をもつモノを見たとき、頼朝はそれを破壊するほどには超がさつではなかった・ということかもね。

 毎晩、晩飯がサカナ三昧で、一昨日は鰤、昨日は鰤と伊勢エビ。一昨日の酒は浦霞、昨日はガヴィ、ここはおれの担当。昨日は「また鰤かよ」ということになって、じゃあ・カルパッチョにしようか、そして伊勢エビも刺身だけじゃ芸がないなあ・じゃ二匹はボイルで、味噌部分をアーリオオーリオ仕様にして、上にぶっかけようぜ・って話になり、ここもまあおれ担当。
??-10.JPG鰤のカルパッチョ・鰤の炙りと鰤・伊勢エビお造り・いろんな新鮮すり身のおでん風・伊勢エビのアーリオオーリオは撮るの忘れる。

 チカオちゃんの寝たきりになってしまったおかあちゃんのために「浪速のカエターノ」お茶の間ライヴ。届いたのでしょうか?

 後は、親たちと「同じ空気」を吸っている。何も特別なことはせず、まあ一緒に桜を見ながら、買い物に行ったり、川沿いを歩いたりしているだけ。それをやるためにここにいる。時間はまあまあゆっくり流れています。

 DAY3
 
 急遽、レントゲン部長と番長とで花見。連れて行ってもらった場所がとても良かった。大村湾を見下ろす丘に咲く巨木の桜が7分咲きだった。海が見えるってのがかなり良く、それは長崎ならではの花見だな。生憎やや風が強く、大村湾は「ラ・メール」の凪ではなかったけれど、いや・しかし、「ここで死にたいね」と思いました。死ぬ場所・とは「最も安楽・な場所」という意味である。海と桜の取り合わせ、暖かい空気、赤ワイン、そんなコンディションでね。
??-7.JPGお見事!!!
??-8.JPGラ・メール+チェリィブロッサム
??-9.JPGMEUS AMIGOS IMPORTANTE
??-6.JPG穏やかな「うちうみ」だった。
??-5.JPGばかだった。

 そこからレントゲン部長宅まで戻り、途中牡蠣をアホほど買って、もうなんかわけわかんない宴会状態となり、「右翼がー」「左翼がー」みたいな話になり、ばかトドムンド状態におそらくおれはなっていたのだろう。幸運なことに「覚えていない」。家に帰ったら「笹川先生」の本をレントゲン部長から借りていた。なんなんだろ?
??-3.JPG喰い散らかす。

 さて「俘囚」の話。朝廷は多賀城を造り、胆沢城を造り、徐々に蝦夷(えみし)を北へと追いつめていくのだが、征服された地域の人々は「捕虜・奴隷」となる。それが「俘囚」である。そして、その俘囚がまた次の蝦夷との戦いの「最前線」へと投入されるわけである。同族に同族を攻めさせる。悲劇・だなあ。

 ちょっと時代は遡るが、まだ日本が日本ではなく「倭」国の時代、大打撃を受けたの。元寇なんかよりももっと酷い打撃。これも我が国の伝統かとも思うけども、わざわざ他所の国まで出かけていってそこで暴れる・というやつですけど。それは「白村江の戦い」ですが、もう滅んでしまった百済を再興しようとわざわざ、朝鮮半島まで船を連ねて、唐・新羅連合軍と闘った。結果はご存知のように「ボロ負け」だった。中大兄皇子とその母の斉明天皇の決断なのだけど、なんかこれ、おかしいよね。なぜ滅んでしまった百済のためにそこまですんの? って思うんだが、それは中大兄皇子とその母の斉明天皇がかなりの百済シンパだったことの証明でもあるし、百済人だった、という説があるほど。藤原鎌足もそうであった・そんな説さえある。

 余談になりましたが、それまで「倭国」というのは、いわゆる「弥生人」「渡来人」の国で、その範囲は朝鮮半島南部からまあヤマトまで、広く見積もっても今の愛知ぐらいまでだった。そのわざわざ攻めに行ったあげくの大敗北によって、もうそっち方面に領土を広げることは無理になった。それから、フロンティアは東になったわけよね。東国・そして東北、要は同じ国土に住む「別の民族=蝦夷」を攻めようということになった。その初代「征夷大将軍」(この字が「すべてを物語っているが」)坂上田村麻呂が最初に築いた前線基地が「多賀城」だった・ということです。そして、その際には俘囚が最前線に投入され、同族との戦いを強要された・ということなのだった。

 ここ長崎に来て、厭なことを耳にした。市議会は「がれきの受け入れ(福島ではなく宮城・岩手からのもの)」を決定したみたいなのだが、いくつかある被爆者の会がその受け入れを拒否しているという。「なんだ・それは?」とおれは思ったなあ。放射能に対するアレルギーは広島・長崎が最も強い。それはよくわかるのだが、この国難に臨んで、福島でもない県のがれきを受け入れ拒否ってなんやねん。長崎は、みなさんもうお忘れかと思うが長崎大水害(昭和57年)、さらにはもうそれ以降の巨大災害頻発で上塗りされてしまった感があるが「雲仙普賢岳」の大噴火もあった。そんな際に、やっぱり他府県からの善意の恩恵に与っている。被害者の・なんというかなあ・その立場からの「原理的主張」がなにかしら時代とそぐわなくなってるのではないか・そんな風に思う。おそらくその「原理的主張」による既得権益があるのかな・なんて勘ぐりたくもなる。こんなときこそ、つまんないエゴはちょっと脇に置いといてー、長崎・広島が率先して、そういうことをするなら、他の自治体にも刺激になり、おそらくもっといい国になる可能性がそこにないか・と思うのだ。今・最低なんだから。今とは違うことをしないと。ま・こんなことを言うと、橋下くんへの「余地」を与えちゃうことにもなりますけど。

 DAY4
 昨日の飲み過ぎにより、一日中死亡。赤ワインとええ肉を使った肉じゃがを作る。パパ・ママにも好評。最後は親父・メシに乗っけて喰っていた。こらぁっ!!!糖尿病。
 
 DAY5
 昨夜の早寝により早起き。
 ではあらためて、三人で花見行きましょうか・ということになる。なんやかんや買って桜を見に行く。3年前は、お袋が料理していたが、まあこれも時間の流れ。親父はエビスビール、おれはコノスルのカベルネ。まあワイン一本空けたぐらいからおれもチョーシ出てくるのであって、いろいろ寺山絡みの話の「取材」を敢行する。もうしかし、やっぱし、おれは寺山とうちのおばはんの「純愛」を書きたい。これはもう「純愛」としかいいようがない。あんたらは「平安貴族か」とつっこみたい。「LOVE LETTER」が「詩」ってなんなのよ、一体。そんなことをお袋と熱く喋っていたら親父は食い過ぎて「犬のように」寝ていました。その後、起きてアイス喰うとったが。 
??-2.JPG家族との時間を彩る花だった。

 桜から帰ろうとしているとマー坊から電話。よーし、最後の友人たちとのいい時間を過ごそう。いや・あのね、おれも普段遊んでるように思われてるが、このおよそ30年間以上、ずっとなにかしら働き続けて来た。こんなに「休み続けた」のは初めて。でも休む意味もありますね。意味は確かにある。

 DAY6
 さて、そろそろ仕事モードに戻ろうか。って戻れるのか?
 戻れるさ。ほんまにぃ?
 こっちきて、というか東北でもそうだったし、新潟でもそうだったのだが、すべての「地方紙」になのだが村上龍さんが連載をしていて、それは「55歳からのハローライフ」という小説なのだが、ちょうどおれが村上市に〆張飲みに行って、その前に佐渡へ渡るときに拾った新聞に於いて第一話がスタートしたばかりだった。長崎新聞では「村上龍」「吉田修一」という豪華な連載である。なんか、おそらく大阪や東京にいると、地方のことって見えにくいのだけど、確実に地方は地方で、それが全国版になろうがなるまいが、そこに人が生き、そしてそこにはそこの文化があり、東京発信ののっぺりした情報ですべてが上塗りされている感が大きいけれど、そんな日本っていびつだな・と思わざるを得ない。さらにいうなら、街の規模と人間との相対的な関係を考えると、地方都市の「無理のなさ」って悪くないな・と思えてくる。

 北から西まで「振り幅」の大きな休みだった。何かを学んだつもりなのだけど、それがなんなのか・今もやーっとしている。まだよくわからないが、物事を正面からばかり見ていてもその一面性しかわかんないですよね。それを右や左・上や下から見ると「全体性」にリーチ出来るようなものかなあ。おそらく、もうすぐわかるのだ。

 網元は本日から「月夜間」のために仕事は休みである。昨夜は網元、おれを拉致しつつも、あれやこれやアテを作ってくれながらも八海山の一升瓶を残して先に寝てしまいやがって、ほとんど面識のない・酒の飲めない・しかしさばけたヨメと長話をしてしまった。LAにいる娘には子どももいるから、すでに「おじいちゃん」だ。なかなか複雑な気分になるわけである。ひーおじいちゃんの可能性も大・なのだった。さらに複雑である。
??-1.JPGこんだけ作って寝やがった。

??-11.JPGMEUS AMIGOS IMPORTANTES

 うちの庭に「瓶(かめ)」が何個かあり、ひとつの瓶には金魚がいた。残りにはメダカがいた。奥の方に隠れてて、ときどき水面近くまで顔を出す。かわいい。お袋によると水道水ではあかんらしい。雨水を溜めている・と言っていた。「どこで取ってきたん」と訊けば「買うてきたんやんか」とのことだった。10匹350円なんだって。庭には幅1mで長さが5mほどの縁側があり、そこで月見がしたいものだ。金魚の泳ぐ瓶に映る月なんてのも、小さなしかし奥深い日本的洗練がそこにはありそうだもんね。

 近しい人々へのスーヴェニールを買いに長崎駅前へと行く。風が強い。そして昨日までと打って変わって寒い。寒冷前線が通過して日本全国大荒れの天気である。この風で桜は散り始めていた。いい時にいたものだ。これから大阪へ帰って「第二回花見」です。8日の日曜。今回は「目線は犬より低くはない」予定です。

 明日・というか4/4(水)は心斎橋Tentenにて、ユウミ姫とライヴ。20:00、2000円(foodあり・焼き鳥屋さんですので)。
 4/8は店の花見@中津公園ですね。お昼ぐらいからかな。
 4/11(水)は師匠・リチャード・トムプソンのライヴ@Blue Note
 そして、4/13(金)はマルタニカズ=浪速のカエターノHOST LIVE@SUN HALLです。
 カウボーイズはじめ、ボサ姫・バカテクギタリスト、インクレディブルなピアニスト、ソウルフルなヴォーカリスト、とまたもや盛りだくさんです。18:30オープンの19:00スタート2000円(ドリンク別)、「春」のフード担当は「O Leãozinho」です。

 「もう・そんなんええ」っちゅうのに、「帰りながら食べなさい」とおにぎりを無理矢理持たせられるのだが、しかし、それはまたコンビニのおにぎりとは何か決定的に違う「滋味」溢れる味だったりする。付属のぬか漬けがたまんなかった。

 朝だからかな、大阪はひんやりしている。中津公演の桜・まだまだだねえ。これから「春」ね。昨日のが「春一番」とするならね。
 

 
 

posted by 浪速のCAETANO at 06:50| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする