2012年08月28日

カオリーニョが缶コーヒーを持って

 カオリーニョが缶コーヒーを持ってやってきた。

 九月に久しぶりで、黄金のDUOによる「DOIS VIVO(ふたりライヴ)」を行うのの打ち合わせ・だったのだが、まあ気心は知れてるのだが、お互いにいろいろ変化しつつも、その変化を認めつつも、まあ「あの頃」の感じにもまたすぐ戻れる・ってのがおれたちのいいところなのだけど。

 まあ何曲かはかおるちゃんに演奏丸投げの「VOZ」専念なんてのもやろうと思ってて、他人だけの演奏で歌うなんてまっぴらごめんだがCAORINHOだけは「例外」。

 自分の歌には自分の演奏がぴったりなのだが、それは歌とギターの高度な一体化によるものなのだけど、それを口で言うのは難しい。聴きにきてよ・としか言えない。おれも確実に進化しているので、そこは「CONFIDENCE」なのだけど、そしてほぼ全方向にそれらは向いているのだけど、ただ一カ所「敢えて空白」にしている箇所があり、そこがW/CAORINHOというわけなのだった。

 むかしやってたやつもまあまあやろうよ・ということになって、おれも楽しみが増えました。2度やるのだけど、かなりゴージャスな二夜となろうか・と思います。だって、おれの「あれ」とかおるちゃんの「あれ」とふたりの「あれ」やしね。うーん・客で行きたい!!!

 ぜひ・きてください。ここは「自信たっぷりにお送りできる」とこ。これ見ずして聴かずして、音楽聴いてる意味ないです。いや・まぢで。「音楽家の音楽」よね。

 
9/8(土)
@レァォンジーニョ

9/26(水)
@Chove Chuva
です。
posted by 浪速のCAETANO at 20:21| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月27日

巨大台風が通り過ぎつつ

 巨大台風が通り過ぎつつも、本土は実感もなく、汗が出るだけ。沖縄は大丈夫だったのか。

 本日から二学期が始まる学校(主に非・大阪市の中高)があり、となると、ばかたちは宿題をしてなくて困るの巻である。今・やりに来ている。ほんまにしょうがないやつらである。

 頭脳労働なら手伝ったあげると言ったら、肉体労働まで「手伝ってや」などチョーシ乗るから、「でぶ」とか「ブス」とか言い逃げし、こちらのPC部屋へエスケープ。

 まあしかし、ちょっと早い気するよね、夏休みおわんの。この最後の週が「宿題用」である。伝統に照らし合わせても。

 土・日はどこも行かず、料理と読書三昧。京都国立博物館の大出雲展に行きかけ、帽子と靴まで履いたが、思いとどまった。どーも、こないだ出雲で見たものとほぼ同じではないか・との思い、断ち難かったからだ。

 そして日曜はおそらく「どこ行っても」人多いからさ。平日の時間がある時に、本読みつつ、空いた京阪ででも行こうか・と思う。しかし、京阪・シブいとこ走ってるよね。裏京都みたいなとこ。中世からの流れで言うなら。「京都」が出来てからの時系列で言えば・ね。

 まあ・こうなっちゃったものはしょうがないのだけど、でもしかし、京都はおいしいとこ「取り過ぎ」である。都であったのが794〜1867というおよそ1200年と言うから畏れ入る。そこからの・というか奈良に都があった頃からの「歴史」はほぼ確実であるから、そこは否定し難い。

 問題はその前・である。

 710以前の歴史というものが、あまりにわからなさすぎるわけである。「通史」というものはこの際どうでもいいのであって、それは記紀・それも紀を盲信することが「正しい国民の姿」であるかのような強制力が働いてる? うーん・どうだろう? そう言いつつも、みなさん「聖徳太子」が不在であったことなどそろそろ当然になってきている今、それでも紀は絶対なのかなあ・という疑問は、あってしかるべきだろう。ただ、みんな史上最悪の・というかこんだけ資本主義が「進んだ」あげくの「生活防衛」がメインの日々を送る中、そんなことまで気が廻るかよ・ってのが真実なんでしょうね。

 「生活防衛」は大切よね。おれもそう思う。

 ただ紀がウソってことが判明した今、「わしらはなんでした?」という疑問を追求せずにはいられないのね・おれはね。

 だいぶわかってきてます。だけど、わかんないところもまだいっぱい。

 最近の発見、それは「神話はばかにできん」あるいは「神話はメタ真実」である・ってことです。現実の正統度を補完するために造られた神話は、しかし、そこからフィード・バックして見えてくる事実があるんですね・これが。それと考古学の裏付け。これがぴったりあったなら、仮説がほぼ証明される・なんてことになる。

 なかなかそんなことで「話合う」ひとなんていないんだけど(そこ・ややロンリィ・ね)、ま・いいぢゃないか。知ってることをみなさんに教えたいなあ・と思うのだが、おそらくみんな興味ないんだよね。それを知ってることが別にかっこいいとかじゃないしな。映画や音楽なら、実用性もあるけど。残念である。

 語り口・研究かな。

 
posted by 浪速のCAETANO at 22:25| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

そうはいうものの

 そうはいうものの、昼間は暑い。法務局へ行く。用事・シブ過ぎである。

 昼間まで時間があり、天一のコーヒー屋で時間を潰す。潰すと言ってもまあ例の本を読むということだが。

 ウエイトレスのねーちゃんが、おそらく、大学生でまあまあ賢く、哲学科かなんかで、ボランティアをやってて、今度どこかの国へボランティアで行く、そんな話を仕事の合間に延々していた。そんだけ、マスターがふんふんと生返事になってるにもかかわらず延々出来るとはまあいわゆる「KY」のねーちゃんなのだが、そんなのがボランティア行って大丈夫なのだろうか・と心配したが、心配ご無用である、あったりまえだが。

 ま・がんばってねー。

 正午過ぎて、天神橋筋商店街を北上しながら本日の昼メシを模索しようと思った。

 1号線からすぐのエリア・魅力的である。南北とも。そこまで足を運ぶことはどちらかと言えばあまりない。ただ、ちょっとコーヒー屋から漕ぎ出して加速度ついてたから、また来週〜・ということになった。

 これもいいが、そっちもね、そっちもいいが、あっち見てから、なんて思ってるうちにカレーを喰いたくなったのだが、カルダモンが閉まっていて、サグンもなぜか混んでいた。まだ12時台だったからねー。

 結局中津まで戻ってきてしまった。ステーキ・海老フライなどというややおこちゃまメヌになってしまった。ありがちですよね。

 しかし、天神橋筋商店街の昼メシ時とは、もう百花繚乱である。牛くんのように胃袋複数欲しい。カツオブシ工場に紛れ込んだネコみたいになっているオノレを自覚するわけである。ほんと天六住みたい。ダメになるかな。なってもいいけどね。

 今年の夏はエアコンレスで終わりそうだ。壊れてるのに気づいて修理屋にメールで連絡していたら、おれのメールが「あっさりしていること」に修理屋のおっさんがキレやがって、「うちは忙しいから、お前んとこなんか行けるかー」みたいなメールをくれよった。「わけがわからん」おっさんがいるものだ。

 ほんと今年の子たちには「ごめんちゃい」なのだが、文句も言わず来てくれてる。これが去年だったら・と思うとぞっとする。

 そんなわけで、エアコンレスなのであって、勢い、コーヒー屋に籠ることが多くなる。寺山もそんなところで執筆をしてたってさ。だからなんなん・ですが。

 しかし、コーヒー屋の存在は「大きい」。いい街にはいいコーヒー屋がある「はず」だ。昨日、神戸に行った際、にしむらコーヒーで時間を過ごしていたが、高いけれど悪くなかった。530円は高いよね。居心地はしかしよかった。広々してて。そこ、むずかしいとこ。ま・いいかー、が結論ですが。

 和光にも行けてないなあ、残念ながら。究極のおばあさん喫茶だが、おねえさん喫茶より、おにいさん喫茶より、おじいさん喫茶より、断然・おばあさん喫茶である。LOVEである。AMORである。


 Where Did Your Heart Go?

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:18| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月20日

残暑厳しき折りなれど

 残暑厳しき折りなれど、すでに夏の終わりの始まりの終わりほどの段階ではある。暑いのは暑いが、その暑さに「凶暴」はもう感じない。惰性。

 日本海・東シナ海の変な熱さは、ま・おいといてー、というか「冷静」にお願いしたい。

 一部と一部の罵倒し合いに、全部が反応せんでもええよ。いや・まぢで。

 選挙も近いし、どちらにしてもおれたちは二者択一を迫られる。ほんとに「二者択一」という選択肢があればの話だが。サイアク・は避けたいと強く思うけどね。

 領土の話と言えば、「共有」しかなかろう・と思っちゃう。戦略的共有。その戦略というのは、日韓・あるいは日中の「外部」に対しての戦略のことを言う。そのための戦略なのだからその戦略に対して「話し合い」ができる環境を作ることがもっとも重要視されるべきだと思う。

 だから、韓国大統領のあの発言・ちょっとね・だ。都知事の発言のシリーズ、これもちょっとね・だし。

 一人の女を二人の男で取り合う。あるいはヨメと愛人の間で苦労する。答えを出そうとすると「修羅場」は必至だ。領土とお前の浮気をいっしょにすんな・と言われるかもしれないが、おれに言わせりゃ「おんなじ」。

 ケ小平はエラかったということになる。「先送っとこうよ」だから。そのうち関係者が不治の病or事故なんてこともあり得るし。

 浮気して愛人がいる・なんて状況が成り立つためには、ヨメの寛容も条件ではあるが、「共有されている」という感覚を楽しむのがいい・とおれは思います。ほんと・不意打ちみたいに「勝負」されても困るのだ。「共有されている」・悪くないのね・これが。二人も女がいる・ではなくて、二人に共有されている。ここポイントかも。

 「あたしとあの女・どっちか選んでよ」と迫られると、どっちもごめん・と第三の道を選びたくなる・それも人情である。そんなことよりも自分という人間を「享受」していただきたい。享受って英語に訳すと「enjoy」となってること多いです。

 どちらにも「いい顔」したいんだよね。同時には無理だけど。しかし自分が持ってる素養・知識・教養・ウイット・エネルギー、使うことにぜんぜんやぶさかではない。かと言って二倍のエネルギーが出るかと言うとそれはむりでしかし、1.5倍増量ぐらいなら可能。

 国と言うか「国家」だけど、いまだに「マッチョの論理」しかないところがどーなのよ・だ。

 必然なのだよ・それが・わかっとらんねえ・きみぃ・と言われれば「わかっとらんよ・すまんけど」と答えるしかない。相手の国がどれだけ狭量なのかもわからんところで、それは通用しないのかも知らんが、しかし、東アジアだけでも大きな社会であり、その外にはEUがアメリカがある。それだけじゃないけど。そこで近親憎悪みたいなことになることが何かメリットがあるのだろうか。

 日本が「中国」になるぞ・と脅かしているヒトおられますが(ま・これは最・最・サイアクのことだと思うが)よくよく考えてみるなら、日本は「アメリカ」になった、67年前に。「占領」されていたんだから、そしてジャズやロックが「おれたちの音楽」になったよね。だからと言って、日本人は日本人でなくなったのかと言うと「そうでもないんぢゃ・・・・」とおれは思う。割とおれたちしたたかでダブル・スタンダードなのよね。

 すくなくとも日本の「ソフトパワー」は生き残る。中国人はある意味日本に「憧れ」を持ってる。そこは間違いない。いや・占領されてもいいとか言ってるんじゃないのね。中国ももうバブル弾けるからね。日本の盛衰を早送りで追いかけてるからね。近い将来「元気のない国」になるわけ。中国だって「少子高齢化社会」目前だから。2050年にはもうおじいさんの国になってるのでは、かつての日中はおじいさん国家たち・となるわけで、おじいさん同士・助け合えればいいのでは・とおれは思ってるかなぁ。その時、今の中国人のダサさは日本を学習することにより「かなり改善」されている可能性が高い。善きパートナーになれんかなぁ。

 なにを甘いこと言うとるのか・お前は!!!と罵倒が飛んできそうだけど、では、訊くが、そうならなければ、「東アジアチャンピオンベルト争奪戦」を勃発させずにはいられないっすよ。「サイバーplus核兵器」によるこれまでよりも「酷い相互殺戮」しかあり得ない。もちろん、市民も含む・だ。戦闘員だけの闘いってのは日露戦争で終わったんだからね。

 「(勝っても負けても)戦争は悲惨。戦争だけはやったらあかん」この戦争経験者たちの悲痛な訴えをおれたちは「絶対に」わすれてはいかんのね。

 今・もうええ加減にみなさん・お気づきになってなかったらよっぽど・アホ・ということだが、「戦争」へと向かっている。次の選挙ではどこが勝つ(というか少ない負けというか)にせよ、おそらく戦争へ向かう・そんな内閣が出来ると思う。少なくとも「今」よりも。一旦加速度つくと止められない・と思う。それこそ、近い将来が近いうちになる可能性がある。

 おれは殺されたくも殺したくもないです。そんなひよわでいたい。しかし、目の前に殺意ギンギンの敵が迫ってきたらやられる前にやってしまうかも知れない。そこがさらにコワい。

 「戦略的共有」の道を是非探っていただきたい。おれは中国人とも韓国人とも「友好関係」結んでるし。

 その「共有される」感覚にもっと早くに気づいてたら「自分の不幸」も軽減されていたんだよねー・って最後「しまらない」んだけど。

 
 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月09日

予言するぞー

 予言が外れ過ぎて、おれ・アテにならんヒト・ということになっている。おもしろいでしょ。

 なでしこは負ける。男子は勝つ・から始まって、内陸での地震が起こる、から戦争になる・まで。

 ちょっと待ちなさい。

 なでしこはフランスがPK外してくれたから勝てたの。そして男子は、権田のアホがあんなパスするから取られて負けたの。本人・反省しとったがな。女子はシュート4本だけよん。対しておフランスは27本。勝つには勝ったけど・どーよ、それ。

 地震や戦争は予言外れた方がいいぢゃん。今すぐってわけじゃないさ。特に戦争・ってのは「いろんな準備」が要るわけでね。「改憲」とかね。

 全然懲りてないから、また言うぞ。なでしこはアメリカには勝てない。男子も韓国に負ける。

 根拠も言っとこう。なでしこはブラジル型チームには強くなった。突出した個人のチカラに幻想があるチームってことね。そこだったら組織のチカラで足下を掬える。彼女たちが弱いのは北欧型というか、パワーと高さで、例えばロングボール多用で攻めてくるチームだ。フランスやアメリカは、そのどっちも出来るチームだったわけ。フランスに勝てたのはラッキーだったと思ってる。で、アメリカがフランスとも違うのはかなり器用だということ。日本型のパスサッカーさえやろうと思えば出来る。日本の女子のサッカーは成立するとかなり理想的なのだが、男子のスペインのようにね、日本はそこを追求するしかない。そして、それがいいことなのね。で、しかし、アメリカは戦法を変えることが出来る。おそらく試合中に二三度修正してくる。そのどれかにやられるとおれは思ってます。彼女らもW杯のリヴェンジだからさ。ワンバックだっけ、あのおばさんじゃないもうひとりのべっぴんのFWにやられる。

 男子が負けるのはまた別の理由による。彼らはA代表とは少しレヴェルの違いはあるが「世界」を求めてオリンピックに出てきた。で、チョーシよかったし、チョーシ乗ってた。メキシコに勝てていたらブラジルにもひょっとしたら勝てたと思う。ブラジルはディフェンスに難あり・だ。権田のアホがあんなパスさえ出さなかったら…・、いや・まぢで。終わったことは仕方がない。で、ね、彼らは「世界」を求めてオリンピックに出てきてる。その世界とはEUであったり、南米であったり、まあほとんどEUなんだけど、そこは克服しつつある。名前負けしなくなった。でも結果的に中米のというか南米チックなサッカーのメキシコに負けた。意外にマークしてなかったよね・メキシコのこと。最終盤になって、なんとなく目的地への舵がずれてきていることに気づかないか・そこのキミ。最大のズレは三位決定戦である。その相手である。世界・を求めて大志を持って船出したあげくの最終到着地がお隣さんてなんやねん?! だって地球はまぁるいんだもん。いや・確かにそうよ・そうだよ。今・天狗になってたハナを折られて意気消沈して、そこから再度モチヴェーションを高めようとしている男子チームだが、未知の世界へ旅をして、新たな出会いにドキがムネムネして、そしてやっと会えたと思った相手が、近所のおっさんだった。そんなことなんじゃないのか。そんな「精神的ひざかっくん」により、なんだかチカラが入らず負けます。

 チョーシ乗ってもひとつ予言。金メダルはメキシコです。

 「外す」おれの予言なら、みなさんハッピィね。すごくいいことしてる気分だ。

 しかし思うにオリンピックってかなりの「非日常」ですね。いやこんなにおもしろかったよね・ってのを忘れてるもん。四年って長い。四年前からするとさらに悪くなった日本・そして世界だけど「国破れてアスリートあり」ですね。極端な競技だとその数分のために四年間苦労する・そんな精神て「一般的」ではない。とするとどんなアスリートも一般的ではない。水泳で泳いだ後、NHKだと思うが、インタヴューするとき「・・さんおつかれさまです」というアナウンサーに対して今泳いできた選手が「おつかれさまです」と応じる。あれ・おかしくないか? そんなクソメディアに対して、礼儀とかいらんやろ・と思う。少なくとも「おつかれさま」ではない。疲れてるのは間違いなく「キミ」のほうなのだ。会社のカネでいいホテルに泊まって毎日いいワインを飲んで、ちょこちょこっと仕事して、国民の代表みたいなカオして選手の「触れて欲しくないこと」を「気の利いた質問」みたいに訊き、しかし、選手が態度が悪いとなると「叩く」準備ができている。そんな前提がないと選手から反対に「おつかれさま」なんて出て来るわけがない。いますぐ死んでいただきたい。どんだけエラいねん、キミとお前とそこのアンタ、と「空気」に向かって言っておこう。空気に向かって・よ。

 さて、オリンピックももう終わる。今年は秋の到来が早い・と見た。昨日の夕方7時頃、そんな空気が住宅街にあった。しかし、どんどん「余韻」の残らない社会になってきたな・と思う。「詩」が成立しづらい社会と言える。一般的には。しかし、一般は一般。一般ではないところにしか「快楽」はないのだ・とオリンピックは教えてくれている。そこ・再確認ね。

 予言とは来るべき未来の「ワン・オプション」なのでR。
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これは必ず起こります。

posted by 浪速のCAETANO at 09:33| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月07日

出雲へ・出雲で

 二三日・古代(古墳〜弥生〜縄文)を彷徨っていたが、それでも夜はオリンピックを見つつ飲みつつ寝つつ、気がつくと夜が白みかけ「えー・ほんじつだいじょーぶかー?」な日々だった。まあ・だいじょうぶなのだけど。

 しかし、オリンピックって、始まる前は「別に」なのだが、始まってしまえば引き込まれる。商業五輪・ってことは重々わかっていつつも、美しいアスリートの前に釘付けになる。美しさというのは抵抗し難いですね。

 コマーシャリズムにまみれてはいても、現場の「瞬間」の中には、アスリートたちが解放される瞬間が垣間見え、その深いところまでは資本も届かない・そんな気にさせる。

 こんなに調子いいのは日本の変容の現れだと思うが、そんな中でもやっぱり「二極化」というか、科学的なトレーニングに対応しながら、アスリートたちの現在のピュアというのは、そうじゃない堕ちていった人々のネガティヴと相殺されているのではないか。そんなことを考えつつ、飲みつつ・見つつ・寝ていた。

 そんな中、初めて出雲を訪れた。島根は今・神話博なるものをやっていて、割とヒトが多かった。で、出雲に2泊宿が取れず、初日は松江に泊まることになった。松江はやっぱ宍道湖えらいっ!!!なのであって、あの一見・海にも思える大きな湖が市のアクセントになっていて、「いい街だな」と思った。いい飲み屋にも出会い、まだハナ衰えず・を再確認。

 出雲大社には二日とも行ってしまった。稲佐の浜には「密輸・密入国・許さない!!!」と書かれた看板があった。舞鶴でもそうだったが、日本海の海岸は「緊張感」がある。この海岸が、古代に於いては「最前線」だったわけだ。実は「こっちが表日本」なのであった。山陰なんて言われてるが、そのやや暗いと思えるイメージ・それはちょっと・かもしらんなあ・と思う。

 国譲りの説話の根拠を思う時、出雲は、越に至る地域を「征服」し、王国を他地域に先駆け築いていたと思われるが、その中心地とされる地区が「意宇」である。かつて岡田山古墳があったそこに今・風土記の博物館があり、今はまだ「土地勘」と言えるものがないが、そのうち、もうちょっと詳しくなるんだもんね。今回は一回目である。

 出雲大社はロケーションが素晴らしく、内部もいいが、参道とそれを取り囲む庭園がしびれた。昼までも木立の木陰はまあまあ涼しく、それが夕方になるともう離れたくなくなる。ただ、天敵がいたが。

 ウシガエルが合唱で輪唱でコール&レスポンスなのであって、それは吹奏楽のバリサクのチューニングにも聞こえ、しかしおまえらさあ、そんな重低音で「や゛ら゛じでぇ」はないやろ・ないよな。「なんやとー」と来られたら失神するが、おれ、間違いなく。

 そんなヒヤヒヤながらも、そんな障害にも負けず、そこは「NICE TO BE AT」なのである。二日とも同じベンチでたばこを吸い、二日目に全部吸い殻拾って帰った。オオクニヌシに怒られる。

 出雲大社の隣には「出雲国造家」の立派な殿、千家さんち・である。出雲国造家は裏・天皇家とほぼ同義である。ここらへん・もう「日本の闇」と言ってもいい。このひとたちは「いろんなこと」を知ってるんだろうなあ。

 現実にその辺歩いてるおっちゃんに「素鵞社(そがのやしろ)」のことを訪ねたのだけど、「おっきなご神体があるんやけどふふふふふふふふぅ」と語尾がはっきりしなかった。スサノオと言われているのだが、もうひとひねりある気がするのね・どーも。

 日の丸掲揚のためのポールは偶然かどうかおよそ48mほどあった。雲太・和二・京三であるよね。

 ミストの出る巨大扇風機前で涼んでいるといろんなことを考えるし、いろんなことが浮かんでくる。出雲にとっての天国(あまくに)とは隠岐か・とか、オオクニヌシは港港に女あり・とか、実は周の時代の歴史書に「倭人・天日」と記されていて、この時代(BC1100頃!!!)に東夷・としての倭人を中国は知っていて、ではその次の天日ってなんなん? その他に7民族が記されているのだが、その順番は朝鮮半島から順に南下しているわけである。とするなら、倭人は九州であるから、天日とはここらへんのことでは? という仮定も立ち上がる。

 もうわかんないことだらけなのであって、だから「やめられまへん」なのだが、しかし、そうしているうちにも腹はへるのであって、ウシガエルのいる小川に掛かっている橋を超スパートで走り抜けてクルマのとこまで行くのである。あーこわかった。

 駅前の「飲み屋兼蕎麦屋」でビール飲みつつ考える。考えてもどーもわからんとこがある。酒が進む。いつのまにか日本酒になっている。それでもどーにもわからんことがある。日本海は「バイ貝」がどこにでもあるからいい。長崎にも「ミナ貝」というのがいる。小振りだが旨い。そんなことを考えつついつのまにか焼酎になっている。博多の屋台の「マテ貝」旨かったなあ。あれ・獲るのもおもしろいんだよな。砂に空いた穴に塩を入れたら、「にゅっ」て出て来るの。男の気持ちを共有しながら獲る。男のサガによってキミは獲られるのかー・など考えてたら、最初考えていたことを忘れている。はー・とか思いながら、ホテルに戻れば、オリンピックやってたりするから、飲みつつ・見つつ・寝つつしてたら、もう本格的にすべてを忘れたバカがひとり発生するのだった。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 16:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月03日

ジュリー・NO!!!

 天六へ行ったら、暑過ぎて、思わず、ビール。

 思わずビール(?)が最近頻発している。いや・熱いもん。なんか様子が熱い風呂に入ってる・そんな感じである。熱い風呂は嫌いなのだった。

 「人生ぬるま湯」が良いのであって、熱いのはダメ。つぼ湯とかでもものすごく「うめ」るもんね。ご利益なくなりそうであるが。いいのいいの。

 日本のアスリートたち、頼もしいですね。でも「ジュリー」はいかんね、いかんよ・ジュリー。

 柔道の試合で、審判の権威が著しく低下してるのが、いかんね。審判の公平性って、まあ人間であるから100%正しいとは言えんが、テニスの「チャレンジ」方式を取り入れたらいいのになあ・と思う。不服がある場合、選手とステージ下のコーチのみ・が申し立てる権利を持つ。それも1試合1度だけ・そういうことにしたらいいと思う。そこで初めて「ジュリー」登場。それでいいのでは。

 今回の「小姑」のような「はいはいはい・まってまって、ちょい待って」は興ざめだ。選手が技掛けた後、ジュリーのご尊顔を拝す・ってなんかおかしいぢゃん。

 審判おるっちゅうねん・3人も。

 その際の「ジュリー・コール」は、懐かしき樹木希林仕様の「じゅりぃぃぃぃい」がいいですね。

 JURYってのがどうも馴染まないような気が。陪審員だからね。なんかいい和名はなかったんかい・と思う。「イッポン」「マテ」に相当するような。

 えびぬまくんがどーも印象に残ってて。

 野良犬でもなく「捨て犬」の顔ってのが、おれはちょっと「目が離せ」なかった。そんなこと思ってるの・おれだけかもしらんが。しかし、三位決定戦のイッポン・はほんと、カタルシスな一本・だった。ごくろうさん・と言いたい。もう、数々のメダリストの出現でみなさまお忘れになっていると思うが。

 速いとか強いとか力持ちとか、もう「誤解の余地」なくっていいですね。そしてそれらは「相対評価」ながら限りなく「絶対評価」に近いわけでね。人類学に於いてもおそらくもう、「未知の民族」はおらんわけでね、となると、世界一の・・・という形容が「限りなく」正しい・に近づく。しかしヒトは、わかりやすいもん・あんたも好きねえ。

 
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今日も回転できませんでした。編集が言うこときかんのよね。

 

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:30| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月01日

アホにツール

 ちょっと前なら坂本さんの「たかが電気」発言。今なら日本女子サッカーの戦略的引き分け。

 そんなことにネットで噛み付いている方々いらっしゃるが、・・・・・・ヒマかお前ら?

 ヒマなんだろうなあ。

 なんか、言葉って、いかに無記名のつぶやき・であっても、かならずオノレに帰ってくるよね。言った言葉は帰ってくる。言った言葉は「あなた」を作る・ではなく、あなたを「制御する」。それに制御されないとするなら、多重人格だし、それも厄介よね。そんな「器用」もビョーキ以外では難しいと思う。

 情緒的な言葉。感情的で爆発的な言葉。発した後、すごく後悔するし、そんな失敗今までに何度もやっちゃってる身としては、そんな簡単に他人を損なうような言葉を吐けるものだ・とまーまー呆れてる。いかに無記名のつぶやき・であったとしても・だ。キチガイに刃物。バカにツール。

 言えない・ってのもヤバいが、言い過ぎていい・ってのもうざい。

 資本主義のミニチュアってどれもそうだなあ。ほんとは資格が問われるべきなのだけど、問わないから、「誰が何をやっても(言っても)」規制できないし、まあ規制はいかん・ということになってるなら、本人の「良心」にそれは委ねられ、こっれがまた「良心」は目先のお金の障害だったりするから、そんなもの新自由主義「的」教育を受けてきた世代には「は?」だしね。

 みんなディベートの訓練してるのかな・と一瞬思ったこともあったが、「言い捨て」でそれはありえないしね。

 オノレの言葉がオノレに帰ってこない・という「信仰」がすでにあるのかな・とも思う。発しても拡散してきえてしまうのだ・というような。

 確かに、伝えようとする言葉はあっという間に拡散して、もどかしい。でも、ルサンチマン内蔵の言葉って吐かれれば吐かれるほど、何かに付着して少しずつ体積を大きくしてそこら辺に漂い、ヒトを息苦しくさせる。ヒッグス粒子みたいである。そのうち可視化されるわけで、でもあんまり見たくないよなあ。もうすでにいっぱい見てるけど。

 そういうとこ近づかないようにしてるのだけど、ちょっと好奇心で覗き見したら「おえー」でした。

 そんなことより、今行われている、管くんやツジモトたちのパフォーマンスにその暗い情熱を費やしたらどーなん・と言いたいが「それなんか難しそうだから」と返ってきそうな気がする。

 あ〜あ・である。

 
 ちょっと本日、早起きしてしまった。おじいさん化・からではなく、仕事で。もう・この夏は無理はしないことに決めている。環境に不具合ありなので。そう思って閃いた。「レッツひるね」だった。

 ビール&黒ビール、そしていろいろ、で十三から帰ってきて、ひるね。しあわせでした。

 ネットでぶーたれてるひとたち、ひるね・したらいいのに。カラダが疲れるっていいよね・今。まあ、流れとして、カラダ・なーんにも疲れず神経だけがすり減る・ってのがおよそ一般的だと思われるが、ヒトを不幸にしているのはそのインバランスだと思う。神経と同じだけカラダも疲れりゃ、ま「それはそれでええか・また明日」となる気がする。ビールも旨いと思う。

 農耕・産業ときて現代のIT革命によって、恩恵を誰が受けたのか・そしてその功罪は・なんてことは、その内部にいたらなかなかわかんないのだろうが、シランでよかった幸せなヴィジョンを提示されなけりゃ別におれたちはそんなもん「欲しがったり」しなかったのでは・と思ったりする。その「なんちゃら革命」は恩恵を受けるのと同数ほどの不幸も同時に生み出したと思うからだ。

 農耕を始めたことによって養える人数が増え、それが条件のいい土地を巡る争いに発展した・なんてのがわかりやすいと思うが、面白い話があってね、マンモスが全滅したのは農耕開始前ではなく「後」であって、それは、農耕によって「食べ物が豊富」にあるから、「前」なら、もっと大切に狩っていたのが、乱獲が始まり、それで全滅しちゃった。マンモスの「焼肉とメシ」さいっこー!!!って当時のヒトが思ったかどうかは知らんよ。

 30年ぐらい前に感じ、思っていた、「マーケティングによる差別化が等比級数的に進んだ挙げ句の荒野のような世界」が今訪れていて・つってももう何年も前からだが、つまり「NO FUTURE!!!」のFUTUREがNOWなのであって、明確な差異の時代が懐かしくもあるが、それを知ってるおっちゃん世代は、それでもなんだかちっちゃな差異に得意げな相対的ワカモノに温厚な視線を向けなきゃいかん・そんな修行が待っていたわけで、まあそのぅ、それもよし・と消極的寛容と言いますか、そんなことしか選択肢がないのである。中にはほんま「チョーシのってるアホ」もおるけどね。そういうのに限って現世サーフィンうまいんだもんね。そのうち「想定外の大波」来るからね。

 さて、おれ的夏の風物詩「南部を目指せ」ですが、
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 また田中屋さん@大正です。

 ファイルマネージャーがアホで回転してくれないのであなたが回転してくださいね。
posted by 浪速のCAETANO at 18:52| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする