2012年08月27日

巨大台風が通り過ぎつつ

 巨大台風が通り過ぎつつも、本土は実感もなく、汗が出るだけ。沖縄は大丈夫だったのか。

 本日から二学期が始まる学校(主に非・大阪市の中高)があり、となると、ばかたちは宿題をしてなくて困るの巻である。今・やりに来ている。ほんまにしょうがないやつらである。

 頭脳労働なら手伝ったあげると言ったら、肉体労働まで「手伝ってや」などチョーシ乗るから、「でぶ」とか「ブス」とか言い逃げし、こちらのPC部屋へエスケープ。

 まあしかし、ちょっと早い気するよね、夏休みおわんの。この最後の週が「宿題用」である。伝統に照らし合わせても。

 土・日はどこも行かず、料理と読書三昧。京都国立博物館の大出雲展に行きかけ、帽子と靴まで履いたが、思いとどまった。どーも、こないだ出雲で見たものとほぼ同じではないか・との思い、断ち難かったからだ。

 そして日曜はおそらく「どこ行っても」人多いからさ。平日の時間がある時に、本読みつつ、空いた京阪ででも行こうか・と思う。しかし、京阪・シブいとこ走ってるよね。裏京都みたいなとこ。中世からの流れで言うなら。「京都」が出来てからの時系列で言えば・ね。

 まあ・こうなっちゃったものはしょうがないのだけど、でもしかし、京都はおいしいとこ「取り過ぎ」である。都であったのが794〜1867というおよそ1200年と言うから畏れ入る。そこからの・というか奈良に都があった頃からの「歴史」はほぼ確実であるから、そこは否定し難い。

 問題はその前・である。

 710以前の歴史というものが、あまりにわからなさすぎるわけである。「通史」というものはこの際どうでもいいのであって、それは記紀・それも紀を盲信することが「正しい国民の姿」であるかのような強制力が働いてる? うーん・どうだろう? そう言いつつも、みなさん「聖徳太子」が不在であったことなどそろそろ当然になってきている今、それでも紀は絶対なのかなあ・という疑問は、あってしかるべきだろう。ただ、みんな史上最悪の・というかこんだけ資本主義が「進んだ」あげくの「生活防衛」がメインの日々を送る中、そんなことまで気が廻るかよ・ってのが真実なんでしょうね。

 「生活防衛」は大切よね。おれもそう思う。

 ただ紀がウソってことが判明した今、「わしらはなんでした?」という疑問を追求せずにはいられないのね・おれはね。

 だいぶわかってきてます。だけど、わかんないところもまだいっぱい。

 最近の発見、それは「神話はばかにできん」あるいは「神話はメタ真実」である・ってことです。現実の正統度を補完するために造られた神話は、しかし、そこからフィード・バックして見えてくる事実があるんですね・これが。それと考古学の裏付け。これがぴったりあったなら、仮説がほぼ証明される・なんてことになる。

 なかなかそんなことで「話合う」ひとなんていないんだけど(そこ・ややロンリィ・ね)、ま・いいぢゃないか。知ってることをみなさんに教えたいなあ・と思うのだが、おそらくみんな興味ないんだよね。それを知ってることが別にかっこいいとかじゃないしな。映画や音楽なら、実用性もあるけど。残念である。

 語り口・研究かな。

 
posted by 浪速のCAETANO at 22:25| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする