2012年10月30日

初めて親父におめでとうと

 初めて親父におめでとうとTELをする。1933生まれだから79歳である。

 なんだか、もうそういうことやっとかないと、という気がしたからだ。親父やお袋は根拠もなく「不死身」みたいな気がするのだがそんなことはない。確実に晩年真っただ中なのだ。そんなことを経験していないから、想像力が働きにくいのであって、それはおれがアホだからというだけなのだ。

 ある時期から、なるべく時間を一緒に過ごそうと努力するようになってきた。愛情の対象がおれにはずっとあり、それは一番身近な・あるいは二番目に身近な複数の女性だったのだが、そんなことが40年ほど続いていたから、そして親にべったりなんてのもダサイぜ・みたいな照れもあり、なかなかそんな気持ちにはなれなかった。しかし、今はちがう。

 ある時期は憎しみしかなかった父親ではあるが、まあ・自分も様々な愛憎関係の果てに・・・・みたいなことになると、彼の気持ちもわからんでもなかったりする。まあ・年取るって、ちょっと前までのオノレのバカさを際立たせる・といったなかなか残酷なことでもあるよのう。

 まあ機会があればまた一緒に飲みたいと思う。だいぶ弱くなってるけど。

 
 なかなか寒くなってきた。ここからは寒い日々だろう。覚悟できてるかー? と自問自答する。

 ちょっと家の中整理しようと思ってる。寒いとどうも散らかりがちになる。

 時間は過ぎる。量子の世界みたいにここにいつつ過去にも未来にもいつつ・みたいなダイナミズムが欲しくなる時がある。まあ時間のパラドックスは「置いといてー」だけど。都合のいいことばかり考えがちってのが人ですよね。そのような自由が人をどう変容させるのか・まあSFによくあるテーマながら、ここんとこ・みなさん未体験だから想像力の働くところでもある。

 何かを透視しないことには真実は見えてこない。日本の古代がまずそうなのであって、その出だしと云うか土台と云うか、そこがまるでボタンが2つほどズレているのを考えると、これまでの「日本論」「日本人論」のすべての基盤が崩れていきはしないだろうか? どなたも「真実」を語ってはいないのではなかろうか?

 そんな気がしている。嗚呼・アマタリシホコ。

 
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2012年10月29日

ただただ寿司を喰うために

 ただただ寿司を喰うために、富山へ行く。昼酒・昼寿司。昨日も今日も。

 酒は勝駒。たまに髭の男と行く市橋で、発見して以来、機会があれば飲む・貴重/ 稀少な酒である。地元にはやっぱりあった。

 ローカル線で砺波〜高岡〜富山と移動し、あるいはチンチン電車で用もないのに越ノ潟まで行き、また意味なくフェリーに乗り、対岸から富山までバスで戻る。何してんだか。

 バスからは立山連峰が見え、奥の方の峰峰には雪が積もっている。北陸の閉ざされた感じ・と昔は思ったのだろうが、かつての表日本の認識が勝っている今は、アルプスを背景に、海を臨み、そこから大陸・半島へと思いを馳せる。充分に「開いている」。中国語と同時にロシア語もフォーマル文書には載っていて、フェリーに乗る際、ウラジオストクへの密入国を幻視した。

 白エビも喰った。そんなに感動があったかと云われれば、まあそうかも・というにやぶさかではない・そんな感じ。地魚と云えばまさに地魚なのではある。立山からの水の産物と大将は言う。そのポイントにしかいない・となれば、そういうことなのだろうね。「山が海を作る」とはよく言われる。熊野などもそのサイクルが絶妙な土地であるし、ただ日本海側は列島の形状からその山の水が拡散せず一カ所に留まるというアドヴァンテージがあるみたいだ。そんな偶然はウェルカムなのであって、もうすぐ揚がり出す氷見の鰤ともども、是非地域振興に一役買っていただきたいと思う。当日は奇しくも知事選だったみたいだが、無風な現職三選のやはり地方都市は自民党なんだなあ。しかし、富山市の総曲輪という繁華街は長い商店街だが、ぽつぽつとシャッターが。

 一日は高岡の、次の日は富山の寿司だったが、どちらも小振りの江戸前で、地魚がやっぱ一番贅沢だな、値段ではないな、店の外観でもないな、そんな風に思う。

 高岡と富山に滞在していたが、高岡は人の意識は加賀の一部。富山は越中。廃藩置県の雑なとこね・これ。
高岡の人はそんな屈折もあってか、心のうちを明かさないんだと。一向一揆の弾圧の影響もあるのでは・など思ってしまった。など勝手なことを言ってるけど、酒の旨い土地はRevisitしたいと思う。最近の酒の発見はこの勝駒と福島の栄川だが、年に一度くらいは酒飲みに行きたい。その土地の食い物や米とともに飲むのが良いと思うからさ。

 家では米をほとんど喰わない。しかし、こないだ店長が新潟から新米をゲットしてきてくれたヤツがあって、これをいつ炊いて、なんで喰ってやろうかな、と思案中である。デパートいってこなきゃ・ですね。

 新米・新蕎麦・そしてもうすぐ新酒・であるよね。

 
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2012年10月26日

石原くん・・・・

 石原くん・・・・。

 なぜ・今・なんでしょう? 新党立ち上げなら、都知事やりながらでもできるのでは? 市長みたいに。

 裏があると思うのだけど、わからない。わからないから放っておこう。そのうちまた何かが見えてくる。

 憲法破棄・なんつって。敢えて・わざと・「支那」という言葉使ってましたね。下品なじーさんだな。

 憲法改正についてはかつてはカントリー・ジェントルマンが言っていた。白州次郎先生ですが、吉田茂の右腕ね。その時期だったら勢いで変えることも出来た気がするが。

 半世紀以上この憲法でやってきたという事実がやはり大きいとおれは思う。良くても悪くても。アメリカはオノレの都合で、かつて・オノレが作ったくせに変えさせようとしているように見えるが、都知事はアメリカ嫌いと公言しながらも、アメリカが「今」望むような憲法を作りたいのではないかな。しかし、9条と25条。ここが一番のピンチでもあり、守るべき値打ちでもあり。

 アメリカが核を保持させるかどうか・がポイントかなあ。しかしそうなれば外から見てると「完全な変容」という風に映ると思う。それってなんかメリットあるのかな。疑問だ。

 確かに日本の社会はイんでいる。それも立ち直れないようなイにかただ。しかし、だからと言って「戦争」に活路を見出すのはやはり間違い。極右政党もいてもいいと思うが、それならバランス取りたいよね。いやNF(FN)ですよ、ヨーロッパて言うなら。勇ましいこと言うのは良いんだけど、なんか、まだ日本国内で言ったことは海外にはながれないみたいな錯覚を持ってるヒト多いのかな・と思うことがある。いまどき「支那」なんてさ。あのじーさんしか言わんけどね。久しぶりに聞く。LOGUE OF THE RIGHT.

 さて、週末です。久しぶりの週末感覚を持てる。南部を目指せ・のくせして、また少し北上しようと思っている。

 みなさまも「良き週末を」

 
posted by 浪速のCAETANO at 19:02| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

なんだかほんとに寒い

 なんだかほんとに寒いんですけど。今・足下電気ストーヴだった。カルい方だけどまだ。店もそろそろおこたです。

 痩せると寒さが身に沁みるというのはほんとだね。おでんの季節。そうだおでんを作ろうと思う。これからはシチューだとか鍋だとかそんな人生になるのだな・と実感する。店ももうじき「ボルシチ」出るでしょう。

 ある方から、このブログにコメントが来た。

 1986というから、26年前ということになる。一緒に出た・とあるコンテストで聴いたA Decade-IN FAKEの曲の衝撃が忘れられない、音源はないか・というご質問だった。

 おそらく・あの曲だろうな、という予感はあった。で、送ったというのは以前のブログに書いた。「マルタニカズ全仕事Vol.1」です。

 返信が来まして、滋賀県の細川さんという方だった。

「マルタニカズ様

 このたびは 音源を 送っていただきありがとうございます。

 まずは 長年 追い求めていた曲が 判明しました!!

 A RACE REPLACABLEです。

 もうこの曲で会場は鳥肌総立ちでした。

 当時、この曲を聴いて、世の中には こんなに カッコイイ曲が あるもんかなと 思いました。

 この曲は ファンクのグルーヴが根底にあって・・・

 それでいて BPMは 結構早くて ティンバレスにスリルがあって

 サックスの押さえどころも巧妙で・・・・

 サウンドのバランスが抜群に配置されていて・・・・

 歌は疾走感にみなぎるという感じ・・・・・

 あぁ・・・・あの感じです・…・80年代の高揚感!

 無国籍な空間を ひた走るような・・・そんな

 トータル・サウンドが 凄いです。

 
 詩も歌もサウンドも 溶け込んでいるところが 好きです。

 洋楽を聴くような感覚と 同じ感覚で 「最前線物語」は

 聞かせてしまいますね。

 
 ほんとに こんな素晴らしい音源と再会させていただき

  心より感謝いたします。


 いろいろと楽曲を 聴かせていただきますと・・・・・・

 80年代の緻密で濃密、それでいて 耳になじむサウンドが

 胸ときめきつつも 新鮮です。」
 


 過去の自分ではあるけど、今は亡き梅田キャンディホールを満員にしてた頃の、そしてミュージック・マガジン誌で絶賛された「最前線物語」を作った頃の「あの感じ」が、四半世紀前とはいいつつも甦ってきた。同時に過去の自分ながらやや「誇り」に思えた。この頃はおれの10歳下ぐらいまでの人々しか見ていない。その後の「画期」もあるのだが、ここは第一回AD-IFの大きく盛り上がってた時期で、おれも関大前なんか歩いてたら「あ・マルタニさんや」なんて女子大生から声かけられたりして。

 かなり尖っててかっこいい第二期A Decade-IN FAKE。よく聴いてないヤツには「耽美的」なんて言われてた・が、細川さんもおっしゃるこの「A R R」という曲。PVもあったりする。またそのうち。そのPV作ってくれたのは清水興・氏だったりする。当時のパルコ・スタジオで、林海象氏の第一作目「夢見るように眠りたい」と「BROTHER FROM ANOTHER PLANET」の上映プラス A Decade-IN FAKEのライヴによる一週間!!!という企画があって、その合間に作ったんですが。まあ機会あれば。

 なんでDEVUE出来なかったんだろうね。

 アホにエラそうに言われんのが最も嫌いだから・おれが、という説もありました/あります。だはは。
posted by 浪速のCAETANO at 16:34| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月24日

後半のtutorが突然

 後半のtutorが突然cancelになる。阪急梅田で食後のお茶中だったから、それはそれは・ということで中津で降りて帰る。

 ギター教室まで時間が出来、ゆっくり本を読みながら風呂につかる。あ〜・幸せ。

 一日の最後に風呂に入らなくなって何年? なのだが、昼風呂が好きである。夜・酔っぱらって風呂というのもいかがなものか・である。

 たばこに本・が入浴の友なのであって、でもゆっくり浸かりたい・そんな季節になってきました。今日も3時過ぎにかなり「寒!!!」だった。そろそろ「今年の手袋」買わなきゃな・と思う。ネックウォーマー・どこに仕舞ったかな・というのが本日の「?」だった。ニットの帽子とか。どこだろう?

 引きこもりのプログラマー・を一人見ているのだが、SFを読ませている。今5冊目である。これまでのラインナップは:
 2001年宇宙の旅
 アンドロイドは電気羊の夢を見るか
 15少年漂流記
 アンドロメダ症候群
 アルジャーノンに花束を

 で、本日、ネットの上の島々・を貸してきた。おれのSFコレクション・かなり「かっこいい」のであるが、古本屋に売るなんてのも「芸がない」、自分も読むかもしれないし、やっぱりかつてのハヤカワはなかなか手放せない。読みたい方・貸しますよ。アシモフ、バラード、ディック、ハインライン、エフィンジャー、レム、ホーガン、ル・グィンからシェッツィングまで。もちろんサイバー・パンクも揃ってる。

 ま・値打ちのわかんない方には「豚に真珠」ではありますが。

 お勉強を教える・なんて、成績が上がりさえすればそれでいい・なんて「貧しい」もんぢゃないからさ。ほんと・貧しい。それをやってる側もそこに群がってる子も親も・「全員バカ」かもしれない・そう思う時がある。バカ・コミュニティが出来ててそこでお金と労働が廻ってるから成り立ってるわけで。「何言うてんのー・うちの子こんなに賢こなって○○高校から○○大学通ってんよー」という母、さぞかしご近所で鼻高かろう。しかし、どーなのよ? そんな「いい子」に限って、後から知らんでー・と言いつつ、そう言う場からは素早く、後ろ向き早歩きで「距離」を置くのである。

 今・仕事をやっているひとびとのあまりの「客観性のなさ」「倫理観の欠如」に呆れることがある。なんだか、そこには「開き直りの乱暴」そうでなけりゃ「哀しい諦観」が漂っていることを知っている。働くことの喜び・みたいなものを得ることが出来る仕事・ってほんと少ないんだろうなあ・と感じる。逆算の世界ね。こんだけお金が要ることが決まっているから、仕事しないと・みたいなこと。

 みなさん・なんだか不幸だなあ・と思う。そして大方「内向き」だもんね。内向きでなけりゃ仕事覚えられん・てなこともあるとは思うけれど、そこと社会全体への貢献と、逆の軋轢を理解した上で仕事しないとさ。
富だけでなく、好きな仕事に関しても「1:99」へ世の中は向かってる。すごくよくなりつつすごくわるくなる・これがこの世のダイナミズムである。

 あ〜あ・であった。

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:32| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月23日

本日は木枯らし一号が

 本日は木枯らし一号が吹く・というぢゃないの。しかし、木枯らし一号・て。木枯らしの情緒性と一号二号・28号の合理のミスマッチてわざとそうしてるわけ?

 今店長が新潟へ旅行行っているが、というわけで、O Leãozinhoは昨日お休みだったのだけど、おれも去年発作的にいったよな・新潟、とか思ってた。

 店長ルートはよくわからんのだけど、おれは佐渡と村上に行って、うまいもん三昧の後、今は亡き寝台急行にて帰ってきた。幸せな時間だった。一人旅ってこんなに「いいもんだ」ってのもよ〜っくわかった。

 新潟は「すべて」に於いて、レヴェルがその次元が違った。村上で昼メシに立ち寄って、そのまま夕方まで飲んでしまった料理旅館に次回は「お泊まり」したい。酒は宮尾酒造と大洋酒造のものばかり・それは所謂・至福であったりする。

 今・どの街に惹かれるか・を考えていたのだった。試験である意味「拘束されてる」そんな状態だと、こゝろは非・現実へと向かう。非現実ではないところがポイントである。

 いつも思うのは、やっぱり熊野なのだけれど、海岸沿いの街・例えば勝浦・湯川・新宮なども今のおのれの移動手段状況なら「うーん・ちょっとね」だ。いづれ、また、状況整ったら親の敵のように行ってやろう・と思ってるけどね。

 で、あんまり遠いと「カジュアル」さがなくなる。by airなら北海道でも沖縄でも逆に熊野よりも近かったりするが、それはカジュアルではなかろう・と思う。わかりやすいとこばっかというのは、「あんたコドモですか?」ということだ。もちろん・北海道も沖縄も悪い印象なにもないですが。川湯温泉や釧路湿原や何度も行ってる摩周湖や支笏湖の湖畔の宿、千歳のジンギスカンとキリンビール、釧路の川沿いのカフェや厚岸の
ぽってりした牡蠣や根室のペニンシュラの先っちょから見える、角度的にやっぱ「日本」にした方が収まりが・・・など思える国後島、あるいは層雲峡の近くで道ばたに無造作に積まれたじゃがいもの山、そしてやっぱスピード違反しちゃうよね・なストレート・ロード、あるいは名護のヤバい目をした、しかしかわいい女の子や、まーさむんやのにーさん・ねーさんの笑顔やら、本島でもどえらいきれいなあの海の色、追体験したいものはわんさかある。

 しかし、それは・それ、である。

 そんなんぢゃないのね。もっとほんと・カジュアルな。小銭でさっと行く・そこである。フットワークかるく、複数の人間のスケジュール調整とか必要でもなく、まあ必要であってもいいが、必要以上に必要ではなく。「禁止することを禁止する」みたいだった?いま。

 ちょっと飛ぶが、トロピカリアを観てきた。トロピカリズモの現場を貴重なフィルムで構成した映画で、カエターノとジルが、その映像をこっち側で観ている。オス ムタンチスがよかったね・やっぱり。斬新である・あまりに。今でも充分。

 戻るが、で、思いを馳せるわけです。47都道府県へと。知らんことだらけなんだよね。ただ、やっぱり、なにかの思い入れがガーっとコないことには、行っても面白くない。今の興味はなんと言っても出雲なのだが、来年までは出雲大社修繕中だし、素鵞社も立ち入れない。まあ、周辺の神社も十分廻る価値ありなんだけど。隠岐の島・ここはしかし気になる。オオクニヌシの一族がどうもここから「天下った」ようにおもわれるからである。

 今考えてるのは、これは全然カジュアルでもないが「筑紫」を廻る・ということである。これはまあ春ですね。花巻温泉行った後、実家へ戻って、それから九州(筑前・筑後)をクルマで廻りたい。阿蘇も再訪したい。草千里でひるねをしたい。ニニギの足跡を辿りたい。磐井の古墳・卑弥呼のいた形跡を感じたい。もちろん吉野ヶ里もね。

 いかんいかんこれ「カジュアル」ぢゃないぢゃん。

 カジュアルには・でした。大阪を起点としたばやい、やっぱ、中国四国北陸東海ぐらいにカジュアルさがコ
ンセプトであるとするなら制限がある。その制限こそがカジュアルにはとっても大事なことで、思い立った時にさっと電車・バスに飛び乗ってぐらいのことがいいのよね。クルマだとおれは「燃えてしまう」ので、結局どこかへ行く・なんてことより、走り続けときたいみたいな変な移動偏愛シンドロームに陥ることがままあり、困ったものなのだった。ひとりだと特に。帰って来てよけいぐったりしたりしてね。

 しかし、クルマでさっと行ける・あまりな近場でもないのね。例えば明日香だったり吉野だったり、それは別にクルマで行く。もすこし距離が必要だ。では、どこへ?

 名古屋? 手羽先喰いにか。あり得ない。四国? うどん喰いにか。まあ、でもそうだな、道後とかは惹かれるね。愛媛は行ったことがない。豊後水道を望む宿とかよさそうですよね。ひとつ候補。高知はある。地層が和歌山そっくりだった。荒々しいとことか。でも、愛媛。

 加賀はどうだろう? 加賀の寿司、いいぞ。ここも文句なしに候補。日本海側ってさすがに元「表日本」なのよね。日本海側偏愛である・最近は。島根・鳥取・福井・金沢・新潟、とどこも旨い。あ・ひとつ忘れていた。兵庫や京都の日本海側(城崎・伊根・間人)も確かに悪くないのだが、行ったことがないことで言えば「富山」はどーだ? 氷見や氷見、これからの時期。酒も間違いなく旨いだろう。まあブランド鰤だけではなく、いろいろ旨い魚がとれているはずだ。はい、候補・きましたー。

 あと、気になるのは岐阜なのだ。岐阜には大好きな三千盛がある。岐阜自体はイメージも知人もかなり「ジミ」だ。しかし、三千盛がある。海もない。しかし三千盛がある。この齟齬をどう解釈したらいいのか? ここも行ってみるしかないのではないか・と思う。岐阜に関して、文化的に名古屋圏であること、郡上八幡という街、クルマ屋が多い、三千盛・そんなぐらいしか知識がない、あ・なんとかいう温泉があったな、下呂か下呂温泉は岐阜でしたか。奥飛騨もそうか。奥飛騨慕情か。少し、興味がわいてきた。ということで岐阜も。

 久しぶりにアホ爆裂した。すっとした。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 11:23| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

さて週明けだね

 さて週明けだね。

 明治以降の・最初からその中に痙攣するかのような病理を抱えこんだ「無理矢理の一神教」がすべての根源なのだと思っている。

 そしてヒットラー・を忘れ過ぎてはいないか、と思う。

 「変化」などという言葉にも意識が薄いのではないか。要は「甘い」のではないか。

 市長は、支持率が下がったことを逆手に取り、そして週刊朝日のこともまた逆手に取っているね。それは
「政治」である以上、方法としては悪くない。権力闘争である以上、そこはいい。であるなら、佐野さんの主張と方法もそれでいい。

 市長が大阪でやった特に「君が代・ほんまにうたってんのかどーか・唇チェック」、そこんとこに戦慄を覚えるのだ。
そのマナーの下世話さにぞっとしたりする。

 その君が代。明治以降の考え方から言うなら「賛否両論」である。気分的にもそうだ。

 無理矢理の一神教のヴェールに包まれ過ぎているからだ。その象徴となってしまってるからだ。

 あ〜あ・だ。

 さて、しかしここからが大事なとこ。いや・まぢで。

 君が代は「天皇家のため」に作られた歌ではない。今の皇居にいらっしゃる・まさに「善き人」を体現したかのような平成天皇とも無関係である。江戸から明治へ移る際に、徳川260余年の権威に対抗するために明治新政府側が「設定した象徴」のひとつに過ぎない。

 ひとつにすぎない・などと「軽んじてる」かのようなニュアンスで言ったが、そことは別にまた異なる大いなる意義がほんとはある。これこそ、真の国際的に認められていた倭国(=みなさんが思う日本)の・所謂一般的に言われている飛鳥時代〜古墳時代〜弥生時代〜縄文時代へと遡る、「日本以前」=「本当の日本の古代」の歴史へと繋がる神話と伝統と大きく関わった「歌」なのだから。

 古今和歌集に載っている。
題知らず               詠み人知らず
 わがきみは千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで


 君が代→わがきみ・となっている。

 はっきり言いますと、これは現在の天皇に連なる過去の天皇の誰かに捧げられた歌ではない。もしそうであるなら「勅撰和歌集である古今」にそれが記されていないわけがない。ここ・大事なとこ。○○天皇のとき××により奉呈された、と書かれてるはずであるよね。

 では、この歌は一体どういう歌なのか・ということなのだけど、ヒントです。それは、「ちよ」「さざれいし」「いはほ」が地名である・こと。きみ・は「日出ずる処の天子の妻」の「キミ」であること。そして、それはすでにかなり世界史上でも進んでいた文明をもっていた日本列島の縄文時代に於ける女神にまで連なること。

 これくらいにいといたろ・なのだけど、君が代・マンセーの方の考えてることとも「国家主義の象徴」として死んでも歌わん・な方の考えてることとも「またちがった」真の意味と意義を持つ歌なのでR。

 おお・学校いかなきゃ。

 

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 09:25| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

ほぼ週に二回

 ほぼ週に二回、少路の神社の/からの写真をFBに上げているが、本日みなさん無反応である。もうええっちゅうねん・てこと? おそらくそうなのだろう・くくく。

 しかし、反復はチカラなり。なんのために? だはは。ただ、FBって「自己主張の場」じゃないからさ。

 そこが「一番のトピック」なんだがなあ。趣味の違い・ね。まあ・一般受けとは縁の遠い人生もかれこれ10年?20年? このPOPがすべてな時代になんでまた? ですね、くくく。意外と飽きないのね、おれ。つまんないことには飽きっぽいくせに。

 ポップ・ポピュラー・ポピュリズム。馴染めんなあ。なんかナメられてる気がするわけよ。なんでなん? 乱暴でなかったポップの時代を知っちゃってるからだろうか。

 そうでないものには、良質の・なんて反語的枕詞があるぐらいポップとはある時期から質はダダ下がっていた。ベイシティローラーズなんてのが出てきた時代からだろうか。エス・エー・ティユアー・ティユアー・デイっ!!!ってなんやねん。中一か!!! あるいはYMCAぐらいからだろうか。そのようなテーノー・ファンを意識したテーノーソングがこれまた売れたわけだから、「時代は潜在的にテーノー」だったんですね。ばがを「消費者」として位置づけてみるなら、「やったー!!!!」だったわけね。ある意味「画期」だったね。

 そこから新自由主義までは一本道。あれよあれよ・といった感じ。

 「大衆社会においては均一化・画一化されたヒトはマスメディアによって作られる流行に左右され、そのことによりさらに個性・自主性が失われ、人間関係が薄くなり、ひとりひとりは孤独な群集・となり、さらに管理が進んだ社会では閉塞感にとらわれ易く、そんな中、カリスマ性を持つ人物に頼ろうとする。そして、ファシズムの可能性が高くなる」

 と、アホ高校の現代社会のノートに書いてあった。それで試験用のプリント作ったんだけど、彼女ら、この文言の中にオノレらがどれくらい「含まれてるのか」わかってんのかなあ・と思う。


 おそらく「わかっちゃいない」のは彼女らだけではない。週刊朝日・のことに関して思うことは、もし彼をヒトラーに喩えるのであるなら、その「政治家(芸能人じゃないですよ)」の人格に危険を感じているのであれば、そこは一般論を適用するべきではない。ヒットラーに喩えている側の人間が、一般論的に佐野さんを批判するのはおかしい。そして「ヒットラー」に喩えているのであるなら、その人格を形成した要因を分析することのどこがいけない?

 佐野さんはこう書いている。「この連載で私が解明したいと思っているのは、橋下徹という人間そのものである。もし万々が一、橋下が日本の政治を左右するような存在になったとすれば、一番問題にしなければならないのは、敵対者を絶対に認めないこの男の非寛容な人格であり、その厄介な性格の根にある橋下の本性である。そのためには、橋下徹のルーツについて、できるだけ詳しく調べ上げなければならない

 佐野さんへの批判と云うか非難と云うか・をしている方々、なんとなく「貴族的」な気がしている。そんな態度が「今の状況」を生む遠因かもなあ。佐野さんの、市長への批判は、おそらく「どちらにも痛い」はずであって、そんな批判以外に批判とはありえないものである。おれはそう思う。

 辺見庸さんがこうおっしゃっている。「橋下徹はテレビがひり出した汚物である」
 

posted by 浪速のCAETANO at 14:27| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月18日

やんなきゃいかんことを

 やんなきゃいかんことを「溜めるタチ」なのであって、それはデッドラインが迫ってくると、溜めた分・オノレに返って来るのよね・当然ながら。

 もうほんとに「意を決して」今日・時間があったので取りかかる。その取りかかるまでが遅漏な・おれだった。治らんなあ。

 その内容といっても「銀行行って・コーヒー買って・いろんなところに電話して」こう書くと「何をそんなことぐらいで・意を決してなど大層なことを言うのか・お前は」と思われよう。そうだよなあ、しかし、その銀行はいつもの銀行ではない。そのいろんなところというの同業種のオフィスであって、その数・4つ。そして内容は共通なものもあれば異なるものもある。それがずーっと億劫だった。そしてtutorと学校と試験で追われてたから動けなかった。雨も降ってた。チャリ乗れなかった。本日小雨ながら雨天決行。今までかかったが、なんとかメドが。ふぅ〜。

 昨日はO Leãozinhoにて初めて、外部の人のライヴ。モラルというバンドのお二人が演奏してくれた。そういうのもまあいいね・と思うのだ。彼らには次のホストライヴにも出ていただこうと思っている。

 音楽のいいところはそんなに喋ったことなくともお互いの出してる音を聴けばそこから話が出来・そして事によると弾んでしまうところだ。たいていミュージシャンは演る前は人見知り・で、演った後は意外なほど饒舌だ。変なヒトたち。しかし、それで・普通かもね。みなさん全員が「営業マンみたいなマインド」なわけないし。逆にそんなヤツがやってる音楽ってちょっとあんまり聴く気しないっすよね。

 試験は大山は越えたが後、小山さんが2・3人という感じ。ちょっと目測を誤って、今週で終わると思ってたのが来週火曜までひっぱられた。がっくり。

 沖縄の話。ほんとに気の毒だし、クソ米兵〜め!!!なのだが、アメリカの戦略を日本の政治家が理解していないこと、そしてだからなのだが、それを国民に説明できてないこと、それが遠因という気がしてます。

 ロクなんおらんな日本の政治家って特に近年。政治でメシ喰ってるヤツ・ということであるよね。じゃなかったら「LOGUE OF THE RIGHT(右翼のごろつき)」だし。イギリスで都知事・言われてるらしいよ。ルペンと一緒です。最近特に態度悪し・よね。メディアがチョーシ乗せるからだと思います。良くも悪くも大日本帝国の感性から自由ではない。当時の国家神道って「新興宗教」なんだって。

 ツイッターでもフェイスブックでもいいんだけど、早い話ヒトは「躁状態」になりたいのかな、あるいは、それらのメディアは躁状態を作り出さずにはいられない・そんな性格を持っているのかな・とおれは思ってます。まあ・全員「鬱」の社会よりその方がいいのかもしらんが、しかし、ほとんどのヒトは「ウカレポンチ」なっとるだけでは・という疑念があったりする。クイック・レスポンスを競う、ほとんど反射ね・脊椎反応の世界でしょう。独特の空気感もそこにはあり、やっぱ空気読めないとマズいのね。その空気ってほんと「支配的」ですね。時々アバれたくなるよね。そして「空気読め」というヒトにとってもA型の方・多いの知ってた?
怒られてる・無視られてるのはB型多いのも知ってた〜?

 ま・おれなりのスタッツですが。気にしないでね〜・Aのヒト。ちっちゃな抵抗です。ま・逆風の中・オールバックで歩くのが「荒野の男」なんだけど。

 ネアンデルタール人の話。

 ほらあ・やっぱりな、交配してたさ。この場合ネアンデルタールの男とクロマニヨンの女でしょう・と勝手に思っている。いや・逆もあるのかな。しかし、母親が子供生まない限り形質は連続しないわけでしょう。だからクロマニヨンの母がハーフを生む・ってのが理屈ではないのかな。ネアンデルタールは絶滅してるわけで。押し倒したわけですね。

 これ・間違いないで。


posted by 浪速のCAETANO at 18:24| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月16日

今朝はかなり冷えた

 今朝はかなり冷えたね。10月ってこんなに寒かったっけ?

 おそらくヒトのこゝろも冷えているのだろう。昨日も学校だったが、中国人留学生たちも50/50の確率で「戦争が始まる」ことを感じている。「海の向こうで戦争が始まる」だ。

 おれが毎年毎年努力して築いたこの「親和性」もバカの一言・バカの決断によって水の泡なのだなあ・と思うと猛烈に腹が立ってきた。政治家のクソ野郎め。そして、なぁにが「世界戦略」やねん・アメリカ〜・と、怒りはそっち方面へと向く。

 ヒトの楽しみと云うか喜びと云うか、そういったものを無情にも潰すことはヤメろ。仕事を潰すのもヤメろ。大したペイでもないのに、おれがチャリ飛ばして行っているってのは「国際交流のため」なんて大それたことは言わんが、同世代の日本人に失われた何かがまだあるからだよ・彼らに。それは後発だからでもなんでもいいのであって、いずれ「日本人的クソ精神化」するとしてもさ、「今の彼ら」がなかなかいいわけよ。言葉の問題もあるが・単純に。先生と生徒でもあるが友人でもある。まあ・おれは最近「友人化」傾向強いけど。「先生・かっこいいね」なんて言われて喜んでるだけではないのだ。おぼえとけよ・ボケめ。と誰に言ってるかは言えない。もうすぐ治安維持法発令されそうだし。

 いや・あのね、戦時・ともなればそんなことですよ。実際もうまわりは「右翼」ばっかりぢゃん。

 日本人の多くはそんな情勢になっても「弛緩」しきっているから、おれが絶望しつつ「戦争や・」なんていうと「ほんまにぃ?」と帰ってくるが、うん・だからね、日本在住の中国人たちがそれを「危惧」していることだけは覚えておいても良いのでは。起こんなかったらそれはそれでいいことだしね。ただ、もう「努力」しなけりゃ「起こる」。そんな条件は「整って」しまった。アメリカが明確に戦略を変えた。ここよ・ここ。

 起こさないようにしないといけない・これがおれたち個人個人のこゝろの持ち様というか、憎悪を増殖させないと云うか、敬意を忘れないと云うか、そんなことだよ。もっというと新自由主義から卒業することよ。

 昨日も書いたが「大倭国主義」の結末は悲惨なものだった。今はちっちゃな島々の話でニュアンスは異なるが、メンツとメンツの衝突は大変残念な結果に終わる。よくよく考えていただきたいが、自分がいて、家族や恋人がいて、友人がいて、街があって、生活でフォローできるのはそんなとこぐらいでしょ。気を配れるでもいいが。そこから地方自治組織があって、しかし、そこまでいくとよくわからんよ・ショーミ。そこから近畿圏とか関東圏とか言葉の近い遠いなんてことになるが、もう見たことないヒトだらけである。ただ、シムパシーは持つさ。北海道の人々にも持つ。それは大きな意味での「言葉が通じる」ことがベースになっていて、それが「NATION STATE=国民国家」の意義であるはずなのだ。しかし、じゃ沖縄はどーなのよ。いつまで犠牲にしたら気が済む? そこにも「ウソ」が満載でしょ。たまたま沖縄・で、いつおれたちが「沖縄」になってもおかしくないわけ。そんな曖昧さと残酷と冷酷の視点を常に持ってる国への「精神的同化」をそんなすぐにしたらあかん。アタマ悪過ぎである。お前ら。サッカーやオリンピアードの「また別の高揚感」と一緒くたにしちゃいけない。

 薩夜麻は8年間の「洗脳」の後、帰国が許され、そこから「壬申の乱」へと進んでいく。そこも日本書紀は「ストーリーテリング」なのである。ウソで固められた国家の正史。そんなものをベースにした忠誠なんてあり得ない。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:02| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月14日

2012は

 2012年は戦争の年か?

 そんな気がしている。それ・ヤバいからヤメよう。ヤメようよ。でも始まるのは秋から冬。こんな予言当たらなくともよいが、条件が揃ってきたから。アメリカのゴーサインは出ている。国内はターン トゥ ザ ライト。

 センカクでの小競り合い→総選挙→安倍政権→改憲→核武装→本格衝突。おおまかにはこんなことだと思うが、日米の軍事訓練がなんかヤバかったな。島を取り返す・なんてタイトルね。マズいね・あれ。どの段階でも最後の本格衝突に至らず引き返すことも可能なのだが、一旦転がり出すとわからない。だから最初の小競り合いがその方向性を決める。都知事はA級戦犯となるかもしらんですね。

 どこの国にも戦争をしたい人々ってのがいる。そいつらは「オノレ」は戦わないのね。戦争を「決める」のね。軍人ですらない。しかし、一旦そう決めたなら後は軍人の世界。軍人は命令する。軍人自体も実際に戦うってわけでもないね。戦うのは兵士だからね。前線で。最初に死ぬのも彼ら。

 社会主義中国が相手ではないが、日本はというか「倭国」は唐・新羅連合軍と大戦争をしたことがある。西暦662年のことである。

 白村江の戦い・と云われているものである。この主体は九州王朝である。中大兄皇子ではない。九州王朝は「倭国」であるが、それは列島の、唯一中国に認められている王朝だった。旧唐書によれば、卑弥呼よりもっと前、金印を授けられた倭奴国の時代からずっと続いていた九州王朝「倭国」と近畿王朝を意味する「日本国」を別種のものとして記録している。日本国が記録されたのは7世紀になってからのことである。倭国の使者と日本国の使者が中国で「モメた」なんてことも記録されている。九州王朝には阿毎多利思北孤(アマタリシホコ)という、後の聖徳太子捏造のモデルとなった「天子」がいて、この天子・というのは「中国」に一人しかいないはずのものをプライド高き阿毎多利思北孤が「同等である」として煬帝に送った親書に書かれていた言葉だが、その高いプライドが後に九州王朝を滅ぼすことになる。白村江の戦いは100年ほど後だが。

 当時の倭国は朝鮮半島にも領土があり、これが「任那日本府」と後に近畿王朝の側から名付けられるものだが、新羅と境界を接していた。そしてことあるごとに新羅と戦っていた。高句麗の広開土王の碑文にもそれは明らかだが、どうもある時期から「大倭国主義」の国になったように思える。それより前の時代の倭王武(雄略天皇とされているが、それはウソ)は広開土王と何度も戦っている。

 どの時点から、そのようなあまりにも「誇り高き」姿勢なってしまったのか、ここは想像を働かすとこであるが、仏教をいち早く取り入れたことが大きかったのでは・とおれは見てます。仏教のある意味「平等」の観点がただ一人の「天子@中国」と矛盾すると考えたのではなかろうか。卑弥呼が「親魏倭王」の地位に満足していた頃とは明らかに異なる。

 その白村江の戦いにおいて倭国は四度戦い、四度負けた。さらに悲惨なことに倭国の天皇が唐に捕えられた。しかも8年間もよ。その天皇の名は薩夜麻。天皇不在では国がモタんですよね。そこで日本国に滅ぼされた(併呑という言葉がつかわれている)。

 戦争はロクなことがないです。今も昔も。
 
posted by 浪速のCAETANO at 17:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月13日

普段寝れないが

 普段寝れないが、今日は寝たなあ。久しぶりに起きたら12時廻ってた。満足感。

 中坊と高校生の間のインタヴァル。こういう時間なんか好きだ。ふと空いた時間がいい。コーヒーを温め直したり、タバコを深く吸い込んだり、こんな時が一番幸せなんじゃないかとか思ったりもする。

 こんな時に仕事関連の電話なんてしたくないわけだった。

 なぁんにもない・この真空状態がいいのね。

 次のライヴの構想を練ろうと思わなくとも練ってたり。12/15(土)にホストライヴが決まってます。その前はボサ姫と芦屋のBLUE MICEが11/10(土)。月イチぐらいがおれはちょうどいい。

 ボサ姫、初のアルバムがそろそろ出そうで「君を思い出したくて」というタイトルらしいです。浪速のカエターノ作詞の曲も末席を汚しております。もっと頼んでくれたらもっと書くのにな・など思ってる。

 そうそうボサ姫・official nameをYUUMIから「結美」へ変えたらしいです。読みにくいね。

 本日、昨夜からだがもう「ひんやり」だ。半分過ぎた秋・というニュアンスで、もう赤しかないぜ・という気にさせてくれる。というわけで本日・赤に合う何を作ろうかな・と思案中だ。なんでしょう?

 ビーフシチューか?ビフカツか?ステーキか?ボロネーゼか?どうもそっち方面になるかなあ。いや待てよ、すき焼きでもいいな、あるいはまぐろのヅケにアボカドとか。そのためにはしっかりちょっとの間でも働かないと。うーん・おれって倫理的。

 
 日本、フランスに勝ったらしい。どんどん力着けてきてるなあ。落ち目のフランスとは言え。

 

 

 

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月12日

貪欲から遠く離れて

 貪欲から遠く離れて・というのが最近の自分なのであって、最初はそんな心境が淋しい気がしていたのだった。なんかパワー低下のメタファーみたくて。

 だけどさ、そんなフルパワー出すとこってないでしょ・よくよく考えるなら。自分で言うなら、バンドのライヴの後半三曲ぐらい・あるいは一人ライヴの終盤2曲ぐらい・みたいなことである。それなら、全然大丈夫よな・とおのれでそこんとこ・悟りまして、じゃ・今までのムダに吠えまくるとかムダにキレまくるとか・なんてのは、要するにエネルギーの浪費だったのか・とまたまた悟り、じっと手を見る。

 そもそも、昨日も店に声がムダにでかい二名がいたが、まさにLOUDNESSなのだが、まあおれは慣れたからいいが、新規の客がいたなら「How loud!!!」という印象をもたれること間違いなく・である。

 大きな声よりも「ストレートに届く声」が今必要で、その声とは大きいとは限らない。ひとはほら・肝心なことって意外に小さい声で喋ったりするのね。「おまえとやりたーい!!!」なんてあんまりいわんもんね。山で言うとエコーかかってええかも。やりたーいやりたーいやりたーいやりたーいやりたーいでフェイドアウト・なことで。

 まあ「地声」のでかさ・ってnaturalな話なのでno choice。おれなんて全然声とおらないもんね・普段。そんなヴォーカリストもおります。

 関係ないが最近 Le NEGRES VERTESの1stがアタマん中でよく鳴る。ここわかんないヒト・自分のことダサイと思わなきゃダメよん。カッコいい・アラブ系フランス人。

 勝手にライヴァル視

 
 1986年というからおれは26歳のころだと思うが、あるコンテスト(色々出て荒らしてた)でご一緒した方からこのブログに連絡があり、当時の「衝撃」があまりに印象に残っていて・・・と音源の問い合わせがあった。

 A Decade-IN FAKEですね。それも極初期のことだった。「完全に」とんがってたですね。機械とも仲良しだった。おれはギターもライヴでは弾いてなかった頃ですね。パンク・ジャズ・ファンクのパンクは担当できたけどジャズとファンクは専門家がいたから任せてた。しかしながら「精神」はまさにパンク以外の何ものでもなかった。相当・オンナも泣かせてた時代。だはは。明治は遠くなりにけり。

 ただ、そういった記憶ってさあ・「美化」を免れないでしょう? そしてやっぱりスタジオ録音はライヴに比べて衝撃度は低下する。初期の4作をお送りしてみたのだけど「さて・どうでしょう?」

 「NO SIGNIFICANT DIFFERENCE」と「最前線物語」「光合成の季節」「DE LA SIESTA 」を送っています。「さて・どーなんだろ?」
 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 23:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月11日

 清見原神社にて

 清見原神社にて、一服してからtutorというのが、まあ水・金の日課となってしまったが、生野区はなかなか・な区ではあるが、清見原神社があるから行く事が苦にならないわけである。すごくいいのよ、おれのハートに。

 天武と豊受大神がメインの神社である。縁起には、天武がやってきて、吉野はそっち方向かい?と眺めた事から・・・・とある。そして縁起でそうかー・と思った事は、そこらはかつて大伴氏のホームグラウンドだったわけだな・ということだった。大伴金村の大伴氏だね。

 大伴金村は近畿王朝家の武烈〜継体の時代、まさに天皇家「お家断絶・・・」な時代のかなりの有力者である。河内が本拠で、だから今の生野区も・ということになるわけよね。

 葛城・大伴・物部・蘇我という順番に、栄華から衰退へと移り変わっていくのだけど、継体の即位に大きく絡んだ金村は当時の最重要人物である。継体の即位には古豪といえる大伴・物部と新興の蘇我の連携があったと思われるが20年間も大和へと入れなかった継体への抵抗があったのだと思う。

 もうひとつ。金村は継体とともに「磐井の反乱」を鎮めた・と云われている。

 さて磐井である。さっき「お家断絶の危機」と書いたが、実際には断絶したわけよね。大和に入る時も大和チーム(継体阻止)側との戦闘があったはずだ。じゃなきゃ・さっさと入ってるはず。

 そして九州では箸にも棒にも掛からなかった神武に始まる近畿王朝は銅鐸国家を滅ぼし、近畿に確固たる基盤を築いた。しかし、中国の史書が唯一の王朝と認める「倭国」は九州にある。対外的には倭・とは九州のことである。神武から連なる近畿の歴代大王たちはそのことを自覚し、自分たちは「傍流」であることは身にしみていた。

 しかし、その血が絶えたわけ。で・なんか田舎のおっさんがやってきた。その田舎のおっさん=オホド王=継体はにとっては、縁もゆかりもない九州王朝をちょっとやっつけたくなったとしても不思議ではない。

 で、磐井の反乱・となるのだが、事実はそうじゃない。逆である。これは「継体の反乱」ということであるし、継体のテロ・といってもいいわけだった。それを一緒にやったのが大伴連金村だった。やる前に「継体は金村に」こんなことを言ってる。「九州はキミにあげるから、本州の今で言う広島ぐらいまでボクにちょうだい」と。

 これは何を意味してるか?

 簡単ですよね。九州から広島ぐらいまでは近畿の王朝のものじゃなくって九州の王朝のものだったということね。

 そして日本書紀において「反乱の首謀者」とされる「磐井」こそが、九州の「王」つまり天皇だったということね。6世紀初頭のことである。九州王朝はすごいよー。すでに当時、律令があった。近畿王朝の大宝律令(701)と比べてみて約200年前のことである。かなり進んだヒトたちだった@九州。

 磐井の墓(岩戸山古墳)には石像が周りに置かれ、驚くべきは「裁判の様子」がそこには現されていた。その石像・石人を破壊する様子が日本書紀に記されているが、継体側はなんかシャブでもやってるか・ぐらいの憤り方・暴れ方でその石像・石人を破壊していく。恐ろしいことに書紀にはその後しばらく、このあたりでは不具者がとても多かったと記されていたりする。モノもヒトも破壊した・ってことですね。

 そもそも日本書紀に於いて「筑紫君・・」と書かれている人々、彼らこそ、九州王朝の天皇である。そして701年までは中国の歴史書にはその九州王朝を「倭」として列島の唯一の王朝としてその東夷伝に伝え続けているわけ。

 日本書紀は「ウソ」というより「盗人」ですから、そんなものをベースにした所謂右の方々の思考は思考ではなく信仰としか言いようがない。skg会、・・・真理・、とそないかわらんですよ・いやまぢで。

 その記紀を編纂せよ・と命じたのがこの清見原神社に祀られる天武であるわけで、しかしこの天武に至るまでの天智やその母とされる皇極・斉明、さらに遡って、太子の父とされる用明・さらには女帝・推古(ここは太子でっちあげの事実と相まって疑惑だらけであるし)、鎌足のの素性であるとか、蘇我氏とは何者だったのか・とか、本当はわかんないことだらけである。

 大方の研究が、近畿王家という範囲でしか論じられていないところがもひとつなのだ。701年までは、日本の中心は九州にあった。この一点の真実を無視したあげくの歴史ってどーなのか・と思ってて。

 ただ、神社自体は「大変気持ちのよい・最高の場所」なんですが。

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:03| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月09日

気がついたら

 気がついたら掃除をしてた。アタマ・おかしい。フローリングを磨き上げていた。

 まあええか・というならええんだが。なにか・おかしい。開け放した窓から入ってくる爽やかな風のせいだろうか? 夏の間は、あっという間に汗だくになっていた。ゆっくり半身浴した後だったのだ。ここで汗だくはいやだ。しかし、風が爽やか。「いま・あせかかないよー」とメッセージをくれたのだろう。

 いや・しかし、何かがおかしい。自発的に掃除・だと。どんどんアタマがおかしくなっていく。洗濯と洗い物なら「わかる」、なぜに、掃除をしてしまったのか? ちっともわからない。

 朝一で、ちっとも爽やかではない場所で、ちっとも爽やかではない用事を済ませて帰ってきた事の反動だろうか。

 しかしとりあえず、一段落ついた。「忍耐」と云う名の一ヶ月あまりだった。失ったものは、おそらく、おれに最も大きい。そんな気がしている。自業自得とか言うなよな。少しずつ回復していこう。

 爽やかさが「救い」だ。EMOTIONAL RESCUE。本日、割と・というかかなり忙しい。行って教えて帰って教えて。そんな日が4日続く。何かが終わるが何かが始まる。まあ・今に始まった事ではないが。10日後の休みを楽しみに。また出雲かな。熊野でないとするなら。

 そう言えば今日は「長崎くんち」の最終日だった。もう30ウン年見てない。最初見たとき衝撃的だった。天狗とか蛇踊りとかコッコデショとか。ここは「日本じゃない」と思ったぐらい。しかし、見れない・見たいってうちが「華」かな・とも思います。

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月08日

ヒトの絡みとは

 ヒトの絡みとは複雑なようで偶然も内包して、ちょっと前には考えられなかったような・へんなところで変な関係が出来てたりする。

 世間が狭い・という言い方があたっているかどうか? 少し違うような気がする。

 この2日間・ずっと移動していた。移動しながら、中上ヨメの本を読んでいた。熊野には今・諸事情で行けないが、こゝろは熊野へ行っていた・確かに。その移動距離と時間を換算するなら熊野往復ほどにはなるのだけど、ちょっと主旨が違う。行く・のと行かずに思うの・の違い。全く別次元の事である。

 玉置山という山がある。玉置神社という神社がある。「奥熊野」とも呼ばれる。二度ほど行ったことがある。一人で・と二人で。熊野三山のある意味「開かれ方」とは異なり、ものすごく閉鎖的な印象がある。クルマを止めて下っていく。結構な距離だったと記憶する。

 まず、土地のもの以外は行かないだろう・そういった社である。十津川から下ってR168を左折して入っていく。

 最初行った時は蜂につきまとわれた。おれを刺すでもなく、ただまとわりつかれた。危険な感じは不思議な事にしなかった。何かの使いか、それとも何か・そのものか、そんな印象がある。一人で行ったことがポイントだったのかもしれない。次のオンナ連れのときはそんな気配さえなかった。

 熊野に行幸する際には、熊野三山だけでは片手落ちである。この玉置神社、そして新宮の神倉神社・阿須賀神社、合わせてこの六社である。新宮だけで三社あるからそこは楽だが、本宮と那智と玉置はやや骨が折れようか。まずどれも遠い。R42からどれもクルマなしでは無理である。

 日本の神のことを考えていくと、この熊野をどう位置づけるか・そこがたいへん難しい。

 もちろん神・としては神武以前からなのだが、それが表面化するのは神武以降だ。

 おれは、こう思っている。

 神武の大和侵入の際に葬られた、銅鐸国家(ニギハヤヒの国)その神たちを祀っているのではないか。神武たちのポイントは二つ。最初は大和侵入。その際に八咫烏・高倉下といった機を見るに敏な、銅鐸国家の中の裏切り者たちの力を借りている。そこでの銅鐸国家中心部における殺戮の犠牲者たち。もう一つは十代崇神の時の外部への拡張時の殺戮の犠牲者たち。そしてその者たちの神とはニギハヤヒである。アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤヒノミコトという。もう一人の天孫族。

 それしかないのでは、と思う。ニギハヤヒがどこからきたのかはまだ勉強中だが、その時代とは九州のヒミカ(卑弥呼)の時代より前である。そして、おそらくニギハヤヒはスサノオと血の繋がりがあり、スサノオはオオクニヌシと血の繋がりがあると想像されるから、それが正しければある意味、こちらの方が正統とも言えるかもしれない。アマテラスの一派は力ずくで権力をオオクニヌシから奪ったのだから。

 神武一派が時間をかけて蹂躙した銅鐸国家はある意味「宗教国家」であったと想像できる。宝物が武器ではなく「銅鐸」という鈴というかカウベルというかそんなものだから。銅鐸でラテン音楽をやったらみたいなことをすぐ考えるおれはアホだが、しかし、そこあながち間違いでもない気がする。元の使用法としては。

 いやあ、久しぶりに熊野ことをリアルに感じ、そして考えた。後白河よりは少ないが後鳥羽よりは詣でてるおれとしては、土地勘はかなりあるから、熊野の物語なら想像の話というよりは自分がそこを実際にクルマや足で通過している・そんな気になる。

 中上ヨメ・おそるべし・だった。さすがです。

 
 
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2012年10月06日

嵐の前に

 嵐の前に・なんてのは少し大袈裟、だけど、約二週間拘束(誰が誰を?)する/されることとなるから、気持ちはどっか遠いところへ行ってしまっているのだった。

 さらに熊野の小説など読んでしまって、あかんあかん・なのだった。

 今できるのはPetit旅行だけ、くれぐれもそこんとこ間違いのないように。なんだか、そんな自分を見ていると、そうやって年を取っていくのだな・と思う。要は、懲りないんだろうな・ってことで、オノレの楽しむスタイルはもう決定していて変わらんのだろうということだけはわかる。

 さまざまなことが周囲で起こり、だがそれも一定の解決の目が見えてきた。しかしその負のエネルギーの暴発というのはそこから余韻がさまざまな共振を引き起こし、その揺れが収まった頃にいろんなことが顔を出し、事実の組み替えをヒトに強いて内省させる。曖昧でいれればよかったことがもう曖昧ではいられなくなり、ヒトは新たな地平へと立たされる。時計を早回しするようなものかな。ゆっくり時間をかけてわかればいいことが、素早い理解を要求される事になる。こゝろの準備などしているヒマないから、その何度も押し寄せる波にアップアップになりつつも、首だけ上に出してる。

 この躁状態の後はぐったりするんだろうな・という予感があるが、ぐったりもしてられんのよね。視野の狭い人間は第三者のエネルギーということに無頓着だから、そして状況が物理的に視野を更に狭くさせるから、そこまで気も廻らんと思うが、本来デリケートに出来ている者にはそこの処理は事の処理が終わってから始まるのだ。暴力的とはこんなことを言うと思った。

 たいがいのことは胸に納めようとまずは思うし、自分が誰かに自分の事を相談するなんて考えもつかないが、正確には自分を含むこの状況というわけで、登場人物が増えれば増えるほど俯瞰の高度は高くなる。となるともはや「当事者」でもあるわけで、第三者の存在を求めてしまう自分がいる。というか最後の俯瞰を共に共有できるような存在を求めてしまう。

 こんなときヒトは退行しているのではなく進歩している事がやや嬉しかったりもする。単にそれは年の問題だろうけど。

 ロスを承知で前へ進むことは一見論理矛盾だとも思うがそれ・しか方法がない時もある。おれも十分ハートが痛い。そこをケアしてくれる人間が見当たらないところで自分はオトナなのだということを実感した。
posted by 浪速のCAETANO at 17:17| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月05日

中上さんの小説を

 中上さんの小説を読んでいると「微熱と本気熱の間ぐらいの発熱」があるような気になるのだが、紀和鏡氏の「Aの霊異記」もまた同様な38度ぐらいの・ハートが汗をかく・である。おもしろい。

 ちなみに村上春樹氏のではやっぱり微熱。

 熱が出るのがエラいと言うてるわけではないので、念のため。

 tutor先が朝日新聞だったので、そこのおじいちゃんに古新聞入れを漁ってもらって、村上さんの一文を手に入れる。で、読んでみる。が、あんまりピンとこなかった。おれがアホだからか? そーかもしれない。

 「安酒の・・・・・」のくだりが、よかった。村上さんならでは。いい酒でも飲み過ぎるとおなじか・とも思うが。どちらかと云えば「復帰」の際、安酒は大変。

 「東アジア文化圏」の話。うんたしかにポップ文化の共有と交通は出来ているのだろうと思う。ただ流通し
ているものの個性に共通項があり、その中に「伝統的なもの」があまり含まれていない。

 世界のポップ音楽と同時にエスノ音楽も好きなおれは、そこんとこ片手落ちみたいな気もするし、なんとなくだが、中国は日本に「発情」し、日本は韓国に「発情」していた・そんな気がしてる。蒼井そらやヨン様やら、わかりやすいところでいうなら。それは「東アジア文化圏の初期段階」といったところではないのだろうか。

 それがもうひとつ確固たるものになるには伝統や歴史がそんなものを補完する働きをすると思う。伝統・歴史!!!そうなるとやっぱさ〜あ、「近代にごめんちゃい」から始めないといかん・そんな気がしてくるのね。口にせずとも、そんな態度が要るのではないんだろうか。

 ま・さまざま意見はあろうかとは思いますが。

 
posted by 浪速のCAETANO at 21:51| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月04日

老松町から

 老松町から西宮から三宮と動き回る。よく歩いた。

 デットエンドストリートへも行ってみたが、ウルトラカフェの隣、旧トドムンドのハイボールじゃない側に日本酒の店ができていた。ある人間がいなくなって重しがなくなれば少しずつ他の勢力がそこへ入ってくる。旧ナチュラリーも「J's BAR」とポストに書いてたなあ。もう完全におれたちの通りではなくなっている。そんなものなのね・と目は遠くを見つめている。焦点の合わないまま。

 最近、電車でよく寝る。きっと誰か知り合いに目撃されているだろう。でも構わない。眠たいんだもんね。やや疲れているのだ。ざまあみろ・と思ってるヤツもいるだろう。

 ま・ひるね・ということで。

 以前はどうしても昼間眠れなかった。進歩である。退行かな。

 そろそろ試験期間に突入で、この二週間ハードデイズだろうと思う。なんだよ・それくらい、もっと忙しい人知ってるし、と思われる事だろう。違うねん。毎日そのあと飲まないとあかんわけよ・おれのばやい。遅くまで。そんな中でまた翌日お勉強させるのが大変なの。そのあとまた飲むわけだから。こんなかんじ。

 飲んでアタマ・あほになる。起きてちょっと戻る。またのんではげしくアホになる。起きてちょっと戻る。次も飲んでもんのすごくアホになる。起きてちょっと戻る。でこれが二週間続いて合計すると、、、、、、、、「だいぶアホになっている」こーなるわけよ。

 意外とたいへんやで・これ、いや・まぢでよ。

 一昨日の夜、月を見上げていた。十七夜だった。右側の欠け・が少しわかったが、まだほぼ、まる。立ち待ち月・だが、あまりみなさん、そこ・反応しないのね。イヴェントを「ただ消化」してくだけじゃだめなんだぞー。「あはれ」のわかる人間・確実に減っているなあ。忙しく生きようが、ヒマに生きようが一生は一生。
死ぬときは一人。

 まあそんなことなのでは。

 月はLUNAそしてLUA。Lunaには「狂気」という意味もある。Lunatic(ルナティック)という形容詞、おれは嫌いではないです。昔「Lunatic Evening」というアルバムも作りました。

 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 17:27| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月02日

久しぶりにスーパーへ

 久しぶりにスーパーへ行く。

 日常的に行ってないとなんだか一日が物足りない。なんか最近外食多かったしな。それはそれ・なのだが、料理をしない事には自分ではない気がして。

 天六でコーヒーを買って、西へ向かえば自宅との中間地点にラヴなスーパーがある。

 なんだか、そこは「どーん」としてる。どーんとしてるかしてないか・だ、スーパーって。おれはそう思います。向かいには業務用スーパーもあって、ないものはほとんどない。ライフとかも良いんだけど、なんだか大手資本の大量仕入れによるものは、なんだかみなさんと同じものを同じように喰ってる気がして、もひとつ・なのだ。ちょっと違ったメーカーとかに弱い・おれ。そゆことしてても虚しい気もするのだが。

 最近サンドイッチをよく作る。今・とある事情で客人がいて合宿中である。この客人、朝・起きてこない。おれは二日に一回は早いので、そんな夜はおれがベッド、そうでないときはおれはソファとローテを組んでうまいことやっている。自分と客人の朝メシとしてサンドイッチをよく作る。なかなか便利だな・と再認識する。カロリーと栄養のバランスが「悪くない」。やさいなどもたっぷり入れる。

 パンはほんとは6枚切りの方が好みなのだが、サンクスには5枚切りしか売っていない。だからなかなかヴォリゥームがある。しかし、普通のパンでいい。その方がいいかもしれない。おれも最近ほんと・喰えなくって体重が落ちに落ちて60kgジャストなのだが、それでも、おれのサンドイッチは旨いので、これなら喰える・ということなのだった。店のメヌにしたろか・ぐらいの旨さである。具はなんてことないんですけど。普通のサンドもあれば、昔はよくヴェトナム系のサンドをよく作った。ニョクナムを使って味付けをする。だけ・ではないけどね。

 ビールに合い・ワインに合う。どーも・そっち系の味みたいで、客人はそのサンドで朝からビールを飲んでいる。困ったものだ。

 トーストサンドであるが、焼くのは外側だけ。卵焼き器がいい仕事をする。二枚重ねて乗っけ、そして空中
に放り投げて回転させる。二枚いっぺんにである。その間に内側の部分も熱が入る。が焼き目はつかない。

 その方が具との密着度が高い。マスタードは大事である。粒と普通と両方使う。バターは塗らない。野菜とハムと卵が基本。まあ機会があればごちそうします。
posted by 浪速のCAETANO at 17:18| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月01日

中秋の名月は

 中秋の名月は見逃してしまった。というか、無理ぢゃね・なんて思っていたのだ。昨日の昼間からの天気では。ところが台風一過。見えてたらしいですね。ざーんねん。

 まあしかし、昨日十五夜とするなら今夜は十六夜(いざよい)明日は十七夜(立ち待ち月)、ちょっと不完全なお満月もまた良し・なのだった。不完全なお満月? 日本語はアクロバチックでもある。

 本日・学校で、帰りはスパイス・バーからリスボンで骨休み。留学生たちもなかなか気合いが入ってきた・・・と言いたいところだが、そーでもない。しかし、最初なーんにもわかんなかったジェイソンfromシンガポール、最近賢くなってきたぞ。その調子でがんばる・ね。

 後は全員Chinese。日中友好の修復をやっているわけである・草の根的に。おれの足の指丁寧に舐めやがれ、野田に石原。など、こゝろの声ご紹介してみる。

 中秋の名月・太平洋の向こうでは「HARVEST MOON」です。NEIL YOUNG大先生の名曲にある。

 「ぼくはきみともう一度踊りたい、このハーヴェスト・ムーンのもとで」

 ゴリラの顔で、あの頭頂部毛根撤退の中、このようなロマンチックな曲をはずかしげもなく書いてしまうところがNEIL YOUNG大先生のすごいところで、弟子としてはそこら辺、見習ってるところである。とてつもなくやさしいところと、とてつもなく凶暴というか荒々しいところってのがヒトには内在する。そのどちらをも「表現」のレヴェルまで高めるなんてのはなかなか大変な事なのよ。

 テクニックだけが大事なヒトには、およそつまんないと思うが、歌や演奏に「ハートから直結するもの」を求めている人間にはもう「どうしようもないほどたまらない」のがNEIL YOUNGだ。

 今は亡きSAABコンヴァーチブルで行きましたよ・フジ・ロック。屋根開けて。200km/h出して。忘れられないなあ。w/Crazy Horseだったから感慨もまたひとしおだった。

 グリーンデイルの時のツアーも素晴らしかったけど、60代でもギターを壊す、枯れないNEIL YOUNGはほんと「荒野に立つ男」のイメージである。「荒野の二人」はそんなとこからもきてる。また年に二回ほどはやろうね・と言ってます、カオリーニョに。

 思うにNEIL YOUNGはジミ・ヘンドリックスの分も生きてる・そして演ってる・ということなんだな。

 今日・明日と空を見上げてみようと思います。

 師匠のお満月。

 

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする