2012年10月16日

今朝はかなり冷えた

 今朝はかなり冷えたね。10月ってこんなに寒かったっけ?

 おそらくヒトのこゝろも冷えているのだろう。昨日も学校だったが、中国人留学生たちも50/50の確率で「戦争が始まる」ことを感じている。「海の向こうで戦争が始まる」だ。

 おれが毎年毎年努力して築いたこの「親和性」もバカの一言・バカの決断によって水の泡なのだなあ・と思うと猛烈に腹が立ってきた。政治家のクソ野郎め。そして、なぁにが「世界戦略」やねん・アメリカ〜・と、怒りはそっち方面へと向く。

 ヒトの楽しみと云うか喜びと云うか、そういったものを無情にも潰すことはヤメろ。仕事を潰すのもヤメろ。大したペイでもないのに、おれがチャリ飛ばして行っているってのは「国際交流のため」なんて大それたことは言わんが、同世代の日本人に失われた何かがまだあるからだよ・彼らに。それは後発だからでもなんでもいいのであって、いずれ「日本人的クソ精神化」するとしてもさ、「今の彼ら」がなかなかいいわけよ。言葉の問題もあるが・単純に。先生と生徒でもあるが友人でもある。まあ・おれは最近「友人化」傾向強いけど。「先生・かっこいいね」なんて言われて喜んでるだけではないのだ。おぼえとけよ・ボケめ。と誰に言ってるかは言えない。もうすぐ治安維持法発令されそうだし。

 いや・あのね、戦時・ともなればそんなことですよ。実際もうまわりは「右翼」ばっかりぢゃん。

 日本人の多くはそんな情勢になっても「弛緩」しきっているから、おれが絶望しつつ「戦争や・」なんていうと「ほんまにぃ?」と帰ってくるが、うん・だからね、日本在住の中国人たちがそれを「危惧」していることだけは覚えておいても良いのでは。起こんなかったらそれはそれでいいことだしね。ただ、もう「努力」しなけりゃ「起こる」。そんな条件は「整って」しまった。アメリカが明確に戦略を変えた。ここよ・ここ。

 起こさないようにしないといけない・これがおれたち個人個人のこゝろの持ち様というか、憎悪を増殖させないと云うか、敬意を忘れないと云うか、そんなことだよ。もっというと新自由主義から卒業することよ。

 昨日も書いたが「大倭国主義」の結末は悲惨なものだった。今はちっちゃな島々の話でニュアンスは異なるが、メンツとメンツの衝突は大変残念な結果に終わる。よくよく考えていただきたいが、自分がいて、家族や恋人がいて、友人がいて、街があって、生活でフォローできるのはそんなとこぐらいでしょ。気を配れるでもいいが。そこから地方自治組織があって、しかし、そこまでいくとよくわからんよ・ショーミ。そこから近畿圏とか関東圏とか言葉の近い遠いなんてことになるが、もう見たことないヒトだらけである。ただ、シムパシーは持つさ。北海道の人々にも持つ。それは大きな意味での「言葉が通じる」ことがベースになっていて、それが「NATION STATE=国民国家」の意義であるはずなのだ。しかし、じゃ沖縄はどーなのよ。いつまで犠牲にしたら気が済む? そこにも「ウソ」が満載でしょ。たまたま沖縄・で、いつおれたちが「沖縄」になってもおかしくないわけ。そんな曖昧さと残酷と冷酷の視点を常に持ってる国への「精神的同化」をそんなすぐにしたらあかん。アタマ悪過ぎである。お前ら。サッカーやオリンピアードの「また別の高揚感」と一緒くたにしちゃいけない。

 薩夜麻は8年間の「洗脳」の後、帰国が許され、そこから「壬申の乱」へと進んでいく。そこも日本書紀は「ストーリーテリング」なのである。ウソで固められた国家の正史。そんなものをベースにした忠誠なんてあり得ない。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 10:02| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする