2013年01月29日

お湯がやっと

 お湯がやっと出るようになって、幸せ。空気・水なんかと同じように、在ってフツー・なんてものはですねぇ、なくなった時に青天の霹靂なわけですね。おれは、「赤ずきんちゃんガブリ」と言ってますけど。

 お湯が出なかった時に、ニュー・ジャパン行き過ぎて、ほんと会員カード作る寸前だった。作っても良かったのかなぁ。オヤジたちのアジール。

 本日・早く起こされてしまった。そんなわけで。

 アルジェリアで起こったこと。おそらく、おそらくですが、日揮の社員は武装勢力ではなくアルジェリア軍に殺されてる。武装勢力は「日本人の拘束=マネー」なのであるから、大切な人質にそんなことをするわけがないだろ。ウソの証言がなされてる。ウソの証言代・10万円ぐらいだろうと思うが、真実は後に明らかにされると思うが、おそらく・軍が武装勢力も人質もいっしょくたに「ロケット弾!!!」によりクルマごと爆破・というのが真実だろう。あまりにも乱暴・あまりにも雑。

 しかし、「軍」の本質が垣間見える。恐ろしい。軍は「市民」にも銃口を向けるものだ。

 安倍ちゃんの一度目の大失策なのであるけど、メディアは「忘れさせよう」という意図。

 あ〜あ・だ。

 日揮には知り合いがいた。前のヨメの仲良しが日揮の社員と結婚した。おれは式にも行ったなあ。彼氏は東大出。その彼女も彼も今治西出身だったと記憶する。日揮というのはアラビアでプラントを・・・・・なんて説明を受けたっけな。実はアフリカには、自分の友人たちも長期出張していた。一人は外大のアラビア語科を出た・当時は日本興業銀行に行ってたやつで、もう一人は「プロの現場監督」だった。エジプトと中東だったとこれも記憶する。中東をアフリカにひっくるめるのはどうか・とは思うが要はイスラム圏。酒はビールぐらいなら飲めた・と言ってたっけ。

 そんなハナシを聴くと、何故か切なくなる。現場監督は結婚後数年で出張中にヨメにオトコが出来た・なんていう実に切ない実話が在ることも関係しているが、それよりも、日本という国は製品や技術を売るしかなく、場所を選べないし、そうやって外貨を稼ぐしかないか・といったことを本能的に感じた・ということだった。彼らはなんとなく「頼もしく」感じたものだった。時は80S。アホみたいにギターばかり弾いていた自分と比べて、立派な感がありやや気後れもしたものだった。友人の中にはクボタの在中国が長かったやつもいて、かなり偉いさんになってるが、その中国の話もショッキングだったこと・これも記憶する。at 80s。

 海外で働くということの大変さはおれには想像するしかないが、在ってフツーなものかない・みたいな感覚があるのだろうと思う。現実に「お湯」が出ないなんてのも、バリでもあったぐらいだし、おれみたいに毎日かなり酔っぱらうまで寝ることが出来ないような人間には、ほんとうに辛いだろうな。羊料理の連打・とか。それなりに馴染むものもあるとは思うが、乾燥しすぎた空気や埃っぽい風や、いろいろ。

 PANTAの大傑作アルバム「マラッカ」に「ネフードの風」という曲があり、おれは今回のアルジェリアのことの映像を見るたびにその曲のことを思っていた。「100万バーレル・パイプライン」という歌詞。アラビアのロレンス。「おれのからだは、もう既に、あー・キミのものだ」という歌詞。なんだか・たまらないものがあります。喚起力のある言葉によっておのれの想像力に火がつく感覚とでもいうか。

 おれは・だが、どんな死に方でもいいと思ってるし、自分がそのような立場になっても構わないけれど、つまりそれほどヒトの命・特に一般人の命はカルくなっていると思うが、しかし、なくなった方々も最後まで「生きる」つもりで動いていたはずだし、その瞬間の「恐怖と諦め」に報いるためにも日本政府と日揮は「真実」を伝えるべきだと思うし、メディアもがんばるべきだと思うし、そうでなけりゃ、それは日本人が日本人に「興味がない」ということを意味することになる。そんな「うやむや」で終わっていいわけがない。

 企業の技術でもってその地域の中で貢献する・なんてことは日本のためにもっとも理想的なことだと思う。普段ばかみたいに「国益国益」なんて言うのであるなら、そこを一身に背負ってやっていた方々に「不実」は許されないとおれは思う。

WtMUSIC130116.pdfみんな持ち場持ち場でしっかりやらないと。
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月28日

土曜の深夜に

 土曜の深夜に、目が冴えてソファで本を読んでいた。なにかVisionが見えた気がしたが、そんな「気のせい」はままある話だから、そのこと自体はどうでもいいのだが、少しチカラが戻ってきた気がしたのだった。

 もう・ほんとにいつまで「底」の掃除をしてるのかキミは? と斜め前方のオトコが久しぶりに現れたりするのだけど、「よ・ひさしぶり」とは言わず、出て来る気がしてたんだ・実はね。

 あの処理に関してはbestを尽くしたさ。very bestとは言わないまでも。おのれでケツ拭く・これが大切なのであって、それにしても長いなあ・長かったなあ、など少し思う。みなさん・ケツは最後まで正しく拭きましょう・ってなんのことだかわからんよね。

 ま・しかし「戦前」の内に終われそうである。前倒しはおヤメいただきたい。そしていつまでも戦前でいいので、何処までも長い戦前でいいので。

 受験生で、最近見出した高三女子なのだが、よくあることながら「センターでのやや失敗」にfeel depressedで「もうすべてにヤル気が起こらない」ところを父・母が駅前でおれを待ち構えていて、なんとか・・・・というのが昨日だったのだけど、思うのは、競争競争でやってきた子や結果からのフィードバックによることからしかモチヴェートできない子は、その・もっとも自分が得意と思っていたことで失敗するとなかなか立ち直れない。ありがち・なことだろうと思う。むっちゃかわいいかわいいと言われ続けてた女子が、そこを根拠にあるオトコに満を持してアプローチかけたところ、もひとつ洗練したオンナに負けちゃったみたいな。そんなときは自分のことが「ものすごいブス」に思えるはずなのだよね。

 ヒトはおよそ・アホ・なので、ちょっと相対的にいい位置にいるとなればコンペに参加してしまいがちなものなのだけど、そんな偏差値的な発想ではやっぱり幸せとはほど遠いわけで、ほんと世の親の方々そんな目にコドモたちを遭わせないでいただきたい・とお願い。競争を煽る人間・ろくなもんじゃないので、決して信用してはいけません・というか「乗せられちゃっては」いけません。乗っちゃうのよね・これが、意外と簡単に。

 なにかの席を争うのだから「競争」は避けられないわけで、逆説的に聞こえるかもしれないけれど・だからこそ、普段の「ムダな競争」にコドモの精神を晒さないで・ということを言っている。ほんとの競争までに大方の子はすり減ってしまう。親の言い分を信じて疑わなかった子ほど疲弊しているものなのだよ。

 ま・しかし、おれはまだ諦めてなくて、というか諦める必要なくて、二次での挽回が「可能」なのだから、なんてのをとくとくと話をして、終わるのだけど。むずい数学の問題といてる方が。ずっと楽。

 まあみなさん・この時期いろいろな出来事があるから・そしてそれが初体験なことばかりで、精神的右往左往するのだけど、ここからだよ・感情と距離を置くのはね。感情に支配されることは「運」に支配されることにもなる。だれのどのような段階でもそうなのだけど、一旦結果を忘れて、プライドなんてめんどくさいものからも自由になって、目の前のことに集中したほうがいいのね。「その集中がでけへんにゃないかい!!!」あ・そうでした。そうだけどね。

 そうだけど、感情的になると変なエネルギーを使う。およそ・それはマイナスのエネルギーである。エネルギー放出の方向性を決めるのはご自分ですから、そこは・そこに感情を入れるのが間違いのもと・だよね。

 おのれは何ものでも・まだ・ない。受験生なら余計にそうである・なんて思ったりする。おれだって、そんなもんだもん。バカほど「おれは・おれは・おれはー!!!」とうるさいもんなんです。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:49| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月25日

異議を唱えるのが

 異議を唱えるのがほんとに難しくなってきたな・と思う。

 首相・市長ともうほんとにどうしようもない人格の持ち主が国の地方の要職に就いて「好きなことをいい・好きなことをして暴れている」そんな時に、それに異議を唱えることの難しさ・というより「厄介さ」よね・そんなことから滅入ることになる。

 ほんとに忙しい時にはPC前に陣取ることさえままならない。なかった。

 そんななかで2人の日本人に「拍手」をおくってみたい。

 一人は鳩山元首相、もう一人は公明党の山口代表だ。

 「死ねよ!!!」という罵倒が右耳に既に聞こえるが、「別に」である。現実に前者は「国賊」なんて言われてる。後者はその思惑が現実となるかがまだよくわからない。邪魔が入っているからだ。経過を見守りたい。

 おれはみなさんご存知のようにアホなのでどなたかお教えいただきたいのだが、政府は「生活保護予算」を三年で850億円カットする・という。生活保護の支給額が下がるか、その基準が厳しくなることを
意味すると思う。そして、どちらであっても、このことは「最低賃金」をさらに引き下げるという連鎖を導くと思う。であるとするなら、2%の物価上昇という政府・日銀の「目標」は、そういう方々・あるいは年金生活者たちにとって「なぁんにもよくなくね?」と思うわけ。ここ・どうなってんですかぁ〜?(洟)見捨てるってこと?

 おれはさ〜あ、やっぱ・物価はもう上がんないと思うのよね。日本人の超・消費者マインドは「決定的」だと思うわけ。決定的。お金持ちはいいよ。でも、ビンボー人はさぁ、どうすりゃいいのさ? そんでもって土地や株価は上昇していくわけよね。

 ある程度のヴィジョンが見える。電気料金やガソリンや灯油の値段は上がるわけね。しかし、長年おれたちに身に付いた「超・消費者マインド」はメシ屋や飲み屋やスーパーの買い物に対してはシビアなままなわけですよ。で、そんな目に遭うヒトたちは企業努力をするのだけど、それにもやっぱ限度っちゅうもんがある。牛丼100円はやっぱないよね。100円マックはあったとしても。日本のメシって意味もあるんだろうと思うよ。

 で・給料は上げれん・とトヨタの社長が言ってるぢゃん。上がらんのをデフォルト化しましょう・なんて。自営業者もどんどん苦しくなる。まあ・付加価値が・って、これももう言い古された言葉ながら、やっぱそれしかないけれど、要る。もう自営業自体大方成り立たない時代が来てるわけで。ほんと、おれたちもがんばんなきゃいけないんですが。

 ここ・ほんと「間違った道」を歩んでるとおれは思うけど、そんな中でセンカクに来たら「撃つぞ」なんていうのは、かなり物騒なことで、だったら「戦争やー」と応じる人々もいて、なんか「おいおい」なのだけど、そんな中で先ほどの日本人2名がおれは「エラい」と勝手に思ってて、いや・そんなことなのよ。

 ほんとに何度もここで申し上げていることなのですが、大方の右の方々は「なぁんにも知らない」ほんとの歴史を。それを知らずに「書紀」なんかをありがたがってるから余計に目が曇る。そんな曇った目で見たものを前提に行動するから首相も市長も・まあかれらだけに限定するわけでもないが多くの「奉仕する」御用学者
のみなさんとともに、20世紀に於いて「大失敗した」ばかりぢゃん、なのにまた。懲りんなあ。

 西田幾多郎の弟子の方々でさえ、「御用学者化」していくわけでね。「権力」が好きなヒトってのはどこにでもいると思うが、やっぱアホにはアホって言ってあげないと・と思う。

 脱線するが、市長はもうダメなのではないかな。だいぶ大阪市民から「相対化」されましたよね・今回。そうだったらめでたいけどね。ほんとに危険なのは首相では? 首相に前なった時に、それまでの閣僚経験がコイズミ時代終期の「官房長官」が唯一・ってことをみなさん思い出すべきでは? 経験なし・に等しくないかな・それって。

 
 本日は晴れていましたが風がきつかった。帽子飛ばされそうになったけど、それはいかんわけよね。いつも行く清見原神社で、ひょっとしたら近畿天皇家のヒトではないかもしれない大海人ちゃんに「どーよ・最近のこの状況?」など会話するわけだが、風の音がその答えを吹き飛ばすわけで、本日50円玉入れたんだが。 

 そろそろ準備のペース上げないとな・です。WtMUSIC130116.pdf
posted by 浪速のCAETANO at 17:37| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月19日

このままでは西・北アフリカは

 このままでは西・北アフリカは「第二のアフガニスタン」というか「第三のイラク」というか「第二のアフガン」のほうがより近いと思われるが、そうなるしかないよね。

 「テロリストとの戦場」という意味ですが。いいのかなあ・そんなことで。イくないに決まってるけど。

 マリには「サリフ・ケイタ」、お隣のセネガルには「ユッスー・ンドゥール」、ちょっと下ってナイジェリアには「キング・サニー・アデ」という世界的に見ても「最高レヴェル」のミュージシャンがいる。おれは思うのだけど、アフリカはTRIBE(部族)のままでよいのでは。

 良い音楽はどちらかというと、「旧い因習」が残っている地域に於いて、その因習とのハードな綱引きにより生まれるからだ。

 前述の彼らはすべて「グリオ」という歴代吟遊詩人の家系の子孫である。歴史の語り部でもあるし、現代社会の矛盾も歌う。そういう家系の出・だ。サリフ・ケイタの場合はまたちょっと違うが。彼の血筋はグリオどころか王家の血筋。それも13世紀に西アフリカ一帯を征服した古代マリ帝国の始祖スンジャータ・ケイタの直系の子孫だったということだ。

 旧さ・というか伝統社会から切れずに現代と向き合う・そうじゃないと、あんなに強靭な音楽は生まれないわけだった。皮肉なことにそんな西・北アフリカのミュージシャンは80〜90sの世界音楽がブレイクしたときの「メッカ」はフランス・PARIS。そのフランスがマリを攻める・というのは、政治的・経済的に過去より結びつきが強かったと云うか、搾取され続けてきた・というか、そんなことなのだけど。サルコジが・ならともかく、オランドがそんなことせんでええやん・など思う。

 サリフ・ケイタ、歌う、
 ゲンズブールを。
素晴らしい。


 もう・ほんとに、中三女子の乙女心が心配なのよ。もうクラブの顧問からは「他の学校にしろ」なんて言われている。

 しかし、今回の件は市長、思考回路がみなさんに「ちょんバレ」かなあ。いや・まぢで。ちょっとマズくない? ここであんまり我を張っちゃうと「致命傷」になりかねないと思う。そして、その人気に翳り・にも本人気がつきつつある。「お騒がせしましたー」が近い将来あるのではないかな。そして、見向きもされなくなり、また商工ローンの専属弁護士に戻るのでは。そんな気がしている。大阪府市民、踊らされただけ・みたいな。へへへ、おれの予言、当たんないけどね。

 大阪府市民のバカさが、それを支えたわけで、もうほんと、「東京への対抗心」だけで、動くのやめましょうよ。

 すごい「ムダ」に今おれたちは付き合わされてる・っての、ええ加減「気づかな」。
 
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:40| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月18日

市長のアドルフ

 市長のアドルフぶりにもやや呆れるが、あのさぁ、うちに桜宮のまさに体育科を受ける子がいるわけですよ。

 バレー部・女の子だけどね。だから暴力とは関係ない。そのフォローがね、なかなか大変なわけですよ。なんだよ。元は体罰肯定派のくせに。きみの「君が代」口動かしてるか・checking、と体罰ってなんだか「整合性」を感じてるけどね。だから、今回は「スゴく」違和感ある。遺族に会って「えらいこっちゃ」と思いました・でいいやん。ブレ方があまりに極端過ぎて、みんなついていけないよ。

 今回はその「手法」がかなり「独裁的」ですね。なんだか「だだっ子」チックに見えるが。ぼくちゃん。

 確かに市立高校であり、そのトップの意見は考慮すべきだとは思うが、うーん・揺れる中三乙女心の方が自分の立場としては心配。教師を替えるのは賛成だが、入試をこの時期に取り止めってのは行き過ぎだと思っている。あまりむやみに「強権発動」しない方が大阪市民を「騙し続けられる」のではないかと思う。


 アルジェリアの事件の衝撃は、何が衝撃かと云うなら、日本は「完全に・独自色がなくなり、完全にアメリカサイドの国である・と考えが固定化しつつあるな」ということだ。かけらにとってもわれわれにとっても。

 ほんとにそれでいいのだろうか? おれは極端な伝統主義者ではないけれど、でもね、伝統は大事だと最近は思う。新しいものを取り入れつつも・それと伝統との素敵なミクスチュアはありだよね・と思うわけ。

 孫崎さんの本など読むと、従米隷属の首相と自律・自立を目指した首相が数の上では6:4から7:3という割合であるが、最近は従米隷属だらけであるが、そうなればなるほど国際社会の中での存在感は薄れていってる。アメリカの子分のONE OF THEMという認識が広まる。それは、今回のような目にこれからどんどん遭う・ことを予見するものであると思う。今回の事件の当事者には「クール・ジャパン」なんて通用しないような気がしている。

 さらに言うなら、海外でそのような目に遭った方々は「日本による救済」は望みが少ないということになる。今回の安倍ちゃんの行動がよく物語ってる。まずは、事の重大さにびっくりしてウンコ漏らした・と思うが、外交日程を優先した。タイのインラックちゃんはなかなかいいオンナではある。しかし、そんなことは事の重大さを考えた時にどちらを優先すべきか・ってことだよね。

 このような事件が起こったとき、日本は一度・仲介に入るべきだと思う。日本は西洋人もどきではないことをアラブの人々に見せるべきだと思う。最後の機会へのリミットは近づいている。それを逃せばそのRoleは中国が担うことになるだろう。もうアメリカもショボさが見えてきてる。そのショボさの中、威厳を保つために日本に「奉仕」させようと必死なのだ。

 国民が海外でエラい目にあっても、なんだかぼんやりとそれを眺めているだけ・という国、そんな印象を持った。そんな国に税金を払うのって、なんだか「違う」ように思える。

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月15日

今日こそは

 今日こそはカレンダーを買いにいこうと思っている。やっぱ・ちょっと不便である。おれの中のパブロフのイヌが何かあるたびにカレンダーの定位置を見上げ、そして、そこには白い壁が虚しく「在る」、その状況にも「いいいいいっ」となる。そして自分が不憫である。

 習い性とはなかなかに強力で、そんなのを「改正」することにストレス感じるよりも習い性に従おう。

 カレンダーは「エトランジェディコスタリカ」のものをもう20年ほど使い続けている。一日一日・スペースがたっぷりあって、かつての手帳なしの人生に於いては、そこですべてのスケジュール管理をしていたのだった。

 「銀行・英2・数3c・Fandango・はるかBD」こんな一日でした・たとえば。

 そう言いつつも、ほらぁ・一月もう半分すぎちゃったぢゃないか〜。今日こそは・・・・・。

 大阪はなぁんにもなかったが、雪・すごかったみたいですね。転んだ人もたくさんいたろう。だいたい後ろにこけますね。メカニズム。ケツとか後頭部とかが被害に遭うよね。あの首都高で立ち往生していた車列・どうなったのだろう。ブレーキ掛けるとヤバいからね。

 さて、体罰の話。実は、その・まさにその高校を受けようとしている女の子がいる。どうするんでしょう?

 顧問と自殺した生徒の会話ってあれ「完全にSM」ではないか。完全にSMの世界だと思う。顧問はそう言いつつ、下半身若干疼いてたのではないか・そう思う。殴り返せない・そんな環境を設定しているところがまさにSM。閉鎖空間なところがまさにSM。体罰・なんていうからなんか「ズレる」わけで、SMですよSM。バスケの高二なら背丈もさほど変わらんよね・顧問と。支配と非支配・そんな観点から見る必要があるとおれは思います。「体罰は絶対にいけないんです」みたいな正論・誰でも言えるわけで、そんな正しすぎる意見を「敢えて」発言してるやつのこと信用してはいけません。そういう心境なら「どなたも」陥る可能性がある。

 尼崎の・拘置所で自殺したおばさん・とさほど変わらないわけで、「支配」の方法にはいろいろあるわけよ。暴力・というか暴力の「可能性」そんなもので人を支配するゴミみたいなオトコ・いるんですよ。知能犯になると、その暴力を自分自身の方に向ける「可能性」を示唆したりして、それって「幼児の支配方法」なのだけど、街中で、キチガイみたいに泣いている「クソガキ」の方法とほぼ同じなんですが、そんなのをミックスして「人を無力感に陥らせる」そんな・ここほぼまちがいなく「オトコ」がいる。女子はそうではない。オトコがオトコの立場をキープすることの難しさがそこにはあるような気がする。オタクとかおかま・ぢゃない立場だけどね。そんなやつは、いつだって顧問や自殺おばさんと同じ方法を取る。あ・自殺おばさんはおんなでしたね。それはまた別ね。女王様ですね。うわ・キモ。別の意味でキモ。支配欲・ということだと思う。邪悪なんだね。その邪悪に「正当な手法」で対抗しようとするから「深みにはまる」。「支配」そのものが目的化してるわけだから、そんなもの・通用しないです。Be careful my darlin' I've never seen so far.

 実は、その行為の主体者が一番の「恐がり」なのよ。殴ってる側が、もっとも「何かを・畏れている」。それは、おそらく、その環境を・自分の立場を・そしてもっとも畏れているのは、その・殴っている生徒たちなのであった。あのさ、ヒト殴るってさ、一発二発ぐらいで、おのれのこゝろも痛んで、後悔の念に苛まれるわけよ。そこからさらにそれがやれる・なんてのは「精神病」である。すぐに「施設」へ行くべきだ。そこから先が「正気」「非正気」どちらでも・だ。「施設へ」どうぞ。「治療が必要だ・きみには」。

 治るのかどうかはよくわからんが、これ以上、むやみに他人を傷つけないためには、それがいい。そして、そこで小説でもかけ。想像の中で遊び暮らせ。そう言いたい。

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 13:10| 大阪 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月13日

風呂がはいれなくて

 風呂がはいれなくて、大沢温泉のことを考えてたら、「阿弖流為」が始まった。

 こういうSync.好き。

 蝦夷(えみし)のことはいつだってアタマの隅っこにあって、そうはいいつつもやっと去年初めての東北行を成し遂げたのだけど、なんかイザベラ・バードとともに蝦夷の風俗を頭の中で追体験しながらほとんど「夢の中」あるいは「気くるったような状態」で東北を目指した昨年の初春が懐かしい。よろしければ(3/25前後の日々です)。

 俘囚・という考え方。捕えた蝦夷たちを「こちらがわの」最前線に配置する。そしてまだ従わない蝦夷たちと対峙させる。おれはこのような「方法」を死んでも「クレヴァーな・・・」とは言わないぞ・と、こゝろに誓って生きていくけれども、ほんとにやるせなくもアタマに血が上るやり方だからね。

 蝦夷とはアイヌとほぼ同義といっていいと思う。あの濃いいひとたちが、どんどん北へ北へと追いやられていくわけだけど、その世界観と死生観・宇宙観も含めて、そのコンセプトは宮沢賢治の中にたっぷりとそそがれていたんだな・ということがわかる。イギリス海岸で岸に座り込んで煙草を吸ってるとほんとに「全部・わかる」。

 ほんとにすばらしくも感動的な体験だったのだけれど、あれでわたしも一皮剥けました。ひとは基本的に弱いからね。しかし、その弱さの一部は体験を通して裏返ることもありますね。弱いからこその強さ・そんなパラドックス。まあいろんなネガティヴが同時に襲ってきて、もう「こりゃ死ぬしかないなー」なんて、あとはWHEN,WHERE,HOW?というようなとこまで行ったのも事実。ところが、賢治に代表される・あの蝦夷の文化の名残に包まれていると、なんか「死んでも良いし・生きてても良いよ」といったニュートラルな感じなのね。肩肘はって「生きる!!」でもなくもちろん「死んでやるー!!!」でもない。そんなどちらでもなくどちらでもある・と云ったなんとも言えん感覚。土地の持つやや神秘的としかいいようのないチカラがビップエレキバン最強力ヴァージョンのように身体と心をほぐしていってくれました。身体はお湯のチカラも大きかったけど。

 以前はほんとふやけた「オンナ連れ」旅行しかなかったが、今じゃ一人旅の良さをちょっと知ってしまって社交界に「社会復帰」できるのかやや心配。だはは。ま・こーゆーの「なるようにしかならん」ということですが。

 栄川を飲みにまた行きたいですなぁ。ていうかねぇ・もういい加減「資本主義の奴隷」はヤメましょうよ。何処まで行ってももう「キリがない」ですから。そんなもんで小金稼いでプライドにしたところで「イヌ以下」だよん。心が乱れると文脈も荒れる・のがおれの特徴。


posted by 浪速のCAETANO at 13:36| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月11日

無能な・・・・!!

 無能な・・・・!!

 自分のことなんだけれど。しかし、周りにもそれは満ちあふれている。

 ある主婦なら、おれの部屋を見て「なんと無能な!!」と嘆き呟くだろう。おれは、肩をすくめるだけで、それが更なる部屋の主への「無能感」を彼女の中に植え付けることだろう。

 部屋の主が無能なら部屋も無能である。カレンダーがない。お湯がない。

 年が明けて帰ってきてから、なんだか宙ぶらりんである。「時間的宙ぶらりん」。おれは「日付」のようなものに繋ぎ止められていたのか・など考えるにまたまた無能のダメ押しを喰らう。手帳を見たらなんでも書いてあるのだが、そしてiPhoneでおのれを管理すれば良いのだが、そゆのなんか・だ。おれの「無能な」人生がそのようなコムパクトにまとまる・そんな気がしていない。あんまり信用してません。非neatな部屋を見たら、わかりそうなもんぢゃん。

 ロベルト・シューマンも指を怪我して以来、自分を「無能呼ばわり」していた・という。

 ここで偉人を引くと、無能とは隅々まで蔓延しているものであることに気づく。古今東西。

 さて、お湯が出ない。この厳冬に。あったものがなくなることがまたまたおのれの無能感を募らせる。お湯難民始めているが、もうニュージャパンの会員カード作ろうかな・など思う。中津は銭湯がない。阪神大震災の時に住んでたマンションも水が出なくなった。その経験があるし、まだ水だけは出るから、そこはまーまし・と思うのだが、不便とか不自由は、人を思索的にするね。夏ではないから、そしておれは汗かきでもないから「臭さ」とは無縁だけど、それに、東日本大震災でご苦労されたみなさんのことを考えればなんということはない。

 関係ないが、サウナ・って「オヤジの避難所」であるね、まさに。おっちゃんらのアジール。

 水が冷たいから、洗い物がどんどん溜まっていく。もうおわかりですね。局部的に「更なる無能」が出現する・シンクの中。意を決して5分間イッポン勝負で洗う。昨日喰った鍋の豚の脂がなかなかにしつこい。紙皿紙コップ人生にしようかな。テムポラリィにならなんだってオーケーである。「無能の同志感」の連帯がそこにあるかな・ないかな・どっち?

 しかし、昭和三十年代生まれというか1950年代生まれと言うか・言いようはいろいろあるが、割と「しぶとい」のかもしれないなあ・と思うようになってきた。感覚が鈍くなってきてるだけかもしれないが、割といろんな環境にも「対応」できる・そんな気がしている。それは昭和三十年代というか1950年代というかその当時の「環境」が鍛えてくれたのだろう。それは感謝すべきなのだろうと思う。

 
INFORMATION

2/5(Tue.)@Sun Hall

WATCH THE MUSIC(その音を凝視せよ!!)
というライヴをやります。

出演は
マルタニカズ&内橋和久w/北林純
imori
ameen
です。

内橋くんはUAやくるりのプロデューサーとしても高名。最近20年ぶりに再会しました。かつて数度・内橋くん・カオリーニョ・山村誠一の三人をバックにステージに立ったことがありました。楽しみにしています。かっこいいフライヤーを作っていろんなところに撒きますので、そして、おそらくホストライヴともヒトリライヴとも違ったことになりますので、恐いもの見たさで是非おいでください。共演者も「くせもの」揃いです。


 しかし、「無能」からしか「有能」は始まりません。
posted by 浪速のCAETANO at 11:15| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月08日

一月の第二週

 一月の第二週というのは気が抜けるものだ。長い休みの後で、年末となんら変わらない状況がも少し切羽詰まった表情で待ち構えていたりして、こちらは一旦リセットみたいなことになっていたりもするから、また初動が必要だったりもして、なにかしらちぐはぐなことになったりする。

 こう多用する「ったりする」が象徴するようなオノレの意思がちょっと幽体離脱したような意識と身体と環境と状況が噛み合わないボケと突っ込みみたいな、連動性のなさにややうんざり。

 そんなおれでしたー。

 ただ、意識と身体が「ついてけなくとも」待っちゃくれないのは環境と状況なのであって、まあしかしそのぅ・これも自然にSync.してくるのだろう。待っておこう。

 年明けてからいい天気が続いている。西日本だけなのだろうが。雪国の方々のご苦労・・大変だろうなあ。個人の想像力を遥かに越えて日本も広い。あんまりエラそうに「想像力」なんて言わん方が良い。いつだって現実に凌駕されるものなのだから。

 「想像を超える」・という表現・最近あちこちで見られるが、それはマーケティング上の理由もあることは承知ながら、やっぱり「現実」の方が厳しく深い・ことを示している。想像力を越えた現実にしか人は反応しなくなってきていることも事実で、逆に言うならIT技術の発達発展により、おれたちは想像するチカラに「枠」を嵌められてしまいつつあるな・ってことでもある。

 ここでも精神と肉体の「乖離」が見られ、それは別にそんなこと・他人に言ったとしても驚かないようなこと・それをオノレが経験すると「まあ・大変」なこともあり、しかし、それを他人に言ったとしても「ふーん」で終わる・そんなGainのさほど高くない出来事は言うに憚られる・みたいな空気を吸っておれたちは生きているなあ・と思う。ま・Gainは高くともSustainはほとんどない・のだけど。

 まあ・そんなことが、ホームレスのおっちゃんらが、そこに居ても「見て見ぬ振り」できるマインドを補強することになると思うが、それは、おれたちがおっちゃんらを「見捨てる」ことと同様なことが、例えば富裕層がおれたちのことを「めんどくさい」と思うことであったりすることに気づかないバカ・を内包している。

 こないだまでの中学英語のコンテンツの中の一つにケヴィン・カーターというカメラマンがアフリカの国で、痩せた少女が禿鷹に襲われそうな写真を撮りピューリッツァー賞を受賞するが、その栄誉を称えつつも・そしてそれが全世界にアフリカの現状を伝えるというまさに立派なことをした・という賞賛と同時に「なぜ・写真を撮ってる暇があるなら、その時になぜその少女を救わなかった?」という批判・非難が巻き起こる・というエピソードがあった。

 こういう問題はいつでもどこにでもあるわけで、おのれの「職務」と現場に於ける「人間性の発揮」との間でカーターに限らず、おれたちは誰でも引き裂かれることになる。

 それに答えは「おそらく」ない。みなさんがひとりひとりで「その現場」で考えることになる。状況がどちらかに偏っていたならそれを補正するような行動がおそらく良いのだろう・ということしか言えませんね。

 ただ、みんなの視点が、おのれの職務の方に偏りがち・というかおのれの職務以外には無関心というそっち行ってる感は否めない。情報の蔓延によると思われるが、おまえその顔で・と、言ってる内容の噛み合わせの悪さに「ずるっ」となること多い。ほんと・日本人「えらそーなこと言うようになったなあ」というのが感想である。「現実」からエラい目に遭え・と思う。そのあとなら「説得力」も持つよ。

 大方の方々はそんな後には「現実」にすり寄ったつまんないヤツになること多し・ですが。

 言葉は・かつては「言霊」だったが、今はものすごくカルい。カルいにも関わらず、吐かれた言葉はそこらへんに蔓延する。言葉ってカルく言ったことでも、受け取る側はそこまでカルくはない・という事実に気づいた層がいて、先手必勝で先にすこしでも過激に喋ることのアドヴァンテージを実感し実践している。

 ほんまに「現実」に揉まれなさい・と思う。いや・そんなやつはかえってめんどくさいかも。ルサンチマンのエントロピーが上がるだけで。

 会津のハナシ・が始まったが、会津・とはそんな目に遭うことを十分承知の上で、そういう行動を取った・という藩である。維新の世に於いて。単に負けるだけではなく、逆賊の汚名や、その後何十年もの間「悪者」として描かれ続ける・そういう運命を「受け入れた」人々である。そこには、ありふれた言葉で言うなら「美学」が存在する・と思う。論理を越えた美学。いや・なんていうかね、論理さえも空気によって左右されるというのが明治維新の日本でした・ということではないかな。ちょっとはしょりすぎたけど。

 「明治維新」という言葉はもちろん「造語」であるが、「明治維新」という言葉を成り立たせるために「大化の改新」という言葉と現象を「同時に」「造り上げた」ってこと知ってましたか?

 645年の中大兄皇子と中臣鎌足による・対蘇我氏クーデターのことですが、おれたちはばかだから、明治にはそんな過去のことは「確かに存在し」その確かさの上に立って新たなことが行われた・と思いがちだが、現実は、そんなあやふやで心許ない「作られた歴史」を信じ込まされて生きてることも心の隅に置いとくべきでは。興福寺とか春日大社とか談山神社とかありがたがってる方々ってほんと「あけましておめでたい」と思います。

 

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 12:03| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月06日

正月に

 正月にはもっとだらけるはずなのだけど、センター受ける受験生を抱える身としては「予習」に追われていた。

 もちろん、旧友や両親・妹家族などと、混ざり合いつつなのだけど。この二年間・比較的楽な入試環境だったから、なんというかだらけてたわけです。予習なんていらなかった。久しぶりで新鮮。数学はアドリヴではさすがに無理ね。

 西の端も今年は寒く、らしいといえばらしい正月。はじまってしまったね・2013。なんか中途ぱんつな年なのだが、その中途ぱんつな年にいろんな「仕込み」があるわけよね。そして、それが翌年ぐらいに顕在化/表面化するの。まさにそうなるべくして始まってますよー。

 安倍政権はタカ派傾向の政策を封印して参議院選挙までは行きます。って、なんだそれ。コドモ新聞ちゃうから。日本人・ものわかりよくなりすぎね。危険な既定路線を見て見ぬ振りしてあげるわけよね。みんな参加する出来レース。くだらない。

 なんなんでしょうか、この危機感のなさは。諦観?

 諦観・な人が「景気回復をー」なんて言わんよな。うんこなヒトたちに成り下がってる・ということではないのかな。いや・そこまで追いつめられているとも言えるかな。でも、あまりにモノを知らなさすぎるのではないかな。勉強しないヒトたち「おとなもこどもも」増加中。「お勉強」はするんだけどね。今年もそのお勉強で受験生がストレスフルになってしまっている。なぜ・そこまで追い込まれるのか? ムリならちょっと志望校下げれば良いものを。余裕こいて通んなきゃダメだよ・大学なんて。いや・まぢで。

 実家でドラゴン桜の再放送がやってて、見てしまったのだが、「あ〜あ」だった。当時、アラウンド40・もちょっと若かったかな・な母親が、そのドラマのテクニカルなところにだけ、反応していたことを思い出していた。そんなもんなのよ・そんなもん。すべての欲望を全開して、ちょっとでも得をする。すべてはスーパーマーケット・なマインドだったわけで、塾業界もいつの間にやら「サーヴィス業」と成るの巻。

 そこ・ティピカルに表れている気がする。うんこ度・が。もう自分が「勉強してない」母親に限ってそんな反応をしていたなあ・と記憶する。なんでも「買える」気がしてたんだろうね。高学歴・うんこマインドの息子よりもなんだかわからんが元気な息子の方が良いに決まってるんだが、「見えるとこ」しか反応しない馬鹿な母親と見えるところだけを充実させる塾業界は、ウンコマインドの息子・娘の大量生産に一役買ってしまった。そんな「超利己主義」が安倍やら橋下の煽る言葉を下支えすることに成る。そのあげく「兵隊」にとられたらかわいそうね。「あんなにお金もかけて、旦那とのセックスも犠牲にして(んなこたないか・旦那が萎えてるよね・そーゆーツマには)、やや本人の精神も病みつつゲットした学歴が・・弾よけに・・・」ホント・笑えない話です。

 もうオノレのことばかり考えるの・ヤメませんか。そのマインドは諸悪の根源です。

 なんかそんなことを考えていたこのお正月でした。旨いサカナ・料理と旨い酒に囲まれつつ、そんなことを考えてた。なんか、とりあえず冷静になろう。なりましょう。特に女性の方、ベアテ・シロタさんのような他人の国のことに関して「どさくさまぎれに身体を張ってくれた」ああいう方のおかげで、今のあなたたちの権利や地位がある・という言い方もできると思います。

 自分とか自分の家族とかだけが幸せになっても実は「あんまり楽しくない」よ。話とか合わずに。いや・ほんとに。
 



 
posted by 浪速のCAETANO at 18:30| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

明けました

 おめでとうございます。今年こそは良い年になりますように。「半凶」ながら・おみくじ。

 なんでまた!!?

 いきなりケチつくのであるが、だはは、そんなもんだよ。もうね、大したことないの。大したことない・ってとこから・なのよ。何事も。

 再度・諏訪神社にてリヴェンジを図ろうと思っています。

 でも、もう暗くなっているのですが、いいですね、この正月の夜っていうの。シーンとしてて。まあ、うちは電車が「キチガイみたいに」うるさいのですが、なにかしら本日・元旦、貨物線も本数少ないような。

 昨夜・集っていただいたみなさま・ありがとうございました。隣の親戚の乱暴狼藉により、興が削がれましたが、それでも、「抑制しながら」の演奏と歌はおれはなかなか心地よかった。誰のためにというわけでもなく、セット・を。記憶がええ加減ながら。

SUNDAY MORNING
HEAVEN
O LEAOZINHO
KEEP YOUR DISTANCE
FOTHERINGAY
唇に涎
JE SUI VE MI TU DIRE ・・・・・
水蒸気
BELEZA PURA
MY FUNNY VALENTINE
FINA ESTAMPA
折り畳まれた時間
DEVONSIDE
SLOW MOON'S ROSE
ROSA

こんな感じだった・。

いいですね。わかんないやつにはわかんないだろうが。でも・いいですね。

 リラックスを促す環境で、大変気持ち良かった。制御が利いてる・というの? 今年は定期的・とまではいかないだろうが、店でもたくさんやります。@店と外のライヴは「別もん」なのでね。昨夜みたいな・制御の利いた感じで。がなってるやつは「アタマ悪い」です。御愁傷様。

 昨日・ホンマに久しぶりに紅白をきゃりーぱみゅぱみゅまで見てしまった。

 おれが一番キモ・だったのは、ロックバンド風の名前なのに「バカ歌」や「粘着質バラード」歌ってたやつら。TOKIOの方がよっぽとロック。アイドルとかには別に・そんな嫌悪感はおぼえなかった。きゃりーぱみゅぱみゅの歌詞は「酔っぱらった谷川俊太郎」のようでした。つけまつげ。そしてみなさん・なぜか「歌がヘタ」で、特に低音のコントロールが出来てない歌手のみなさまだらけだった。モニターに何か不具合あったのでは。森進一の不調が気になった。舘ひろしのバックはかっこよかった。ちゃんとしたジャズはしっかりロック。桃色クローバーZだっけ(合ってる?)、あの娘らは「ほんもののアホ」ではないだろうか、細川たかし場面にて。あのあと、美輪さんとかのバックとかでなにか「おそろしいこと」が起こったのではないか・と想像しているが、どうだったんだろう。しかし、なにかしらトータル的に「なんか間違い」な気もした。ま・深くは考えてませんが。ただ、みなさん「歌いたくて歌ってんの?」とおききしてはみたい。音楽とは違う感じだった。少なくとも「おれが知ってて・好きな音楽」とは。


 さて、ほんとに「良い年」になればいいですね。みなさまのご多幸を祈りつつ。

 本年もよろしくお願いします。

 

 

 

 


 
posted by 浪速のCAETANO at 18:52| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする