2013年04月30日

連休・いかがお過ごし?

4月も本日で終わり。今は<連休の中休み>という不思議な時間帯だ。

連休の中休み・ってえ。ま10連休といった不届き者もいるこたいるが。

ばかの後継はばかだった、やっぱし。後継と言うからにはまことに正しく前任者の意図や性格や考えを引き継いでいらっしゃるわけだった。

多分、思うに、日本語ってきっと<外人には伝わらない>と心の片隅で思ってるのだろう、かれらは。そんなだから、mediaの人間もま安心してというか弛緩してというか、まるで外部が存在しないかのような言い回しをして何とも思わないのだろうと思う。

過去の世界陸上で、棒高跳びのフィメイル・アスリートに<美尻の・・・・・・>という謳い文句がスーパーで流れたことがあった。<おいおい、バレたらどうすんねん>と心配になった。これなどもう、完全に日本語って特殊だしさ、ま・クレームきたら、日本文化の深淵さと日本語の洗練とかでなんとかなんじゃね、かなんか思ってたとしか考えられない。ま・競技しにきてるわけだしそんなこといちいち目くじら立てんよ・かなんか思ってたはずだ。でももしか周りの・というか同国人で日本滞在が長い方が<どーゆー意味?>なんて質問してきたらどうしたんだろう。She has nice ass,so・・・・・。そんな解説余計あかん気がするが。

10年も前じゃない話。なんぼ司会が<パー>だからと言って、それに合わしちゃあかんやん。

同様のメンタルだと思います。都知事発言。

アメリカが<脱・超大国>へと向かいつつある現在、その後のことをちょっと考えれば、その他の国々との関係が重要になることぐらいわかりそうなものだが。トルコの親日度はイスラムの中でも最上級で、それは串本沖でのトルコ船座礁の際の串本・大島の人々の献身的な救助などという民間の尽力がベースになっていることは否定できない。そして、トルコとトルコ人になんか個人的な恨みでもあれば別だが、あっても言っちゃいかんが、文化を軽蔑するような発言・ダメダメ。

そもそもイスラムに対する偏見・それはアメリカ経由だが、それをな〜んも考えず、ただ損得勘定だけで支持することにしました、そんなことだからこのような<気が緩んだ発言>がぽろっとでるのではないの?

エフィンジャーのSFや同志社の内藤さんの本などよむとイスラムが本来的に悪である・とは間違いなく偏見であることがよくわかる。神にすべてを委ねる、そしてその後の<諦観>へ・とは、日本人も多いに学ぶべきかもしれない(もちろん西洋人であっても)。西洋から見るなら西洋の強欲ゆえに<間抜け>に見えるかもしれないが、その強欲が世界を外部と内部の両方から崩壊させようとしている今、オルタナティヴであることは間違いない。神が死んだ(殺した)西洋と神が機能しているイスラムでは折り合いはなかなかつかないと思われるが、そこで出番がやってくるのが日本人ぢゃん。

あまりに<幼稚園>であるなあ、都知事発言。NYT を敵に回すのもどうかなあ。アメリカのmediaは日本に対して少なくとも客観性を持っている。

まともなニュース番組が存在せず、御用TV局・御用新聞だらけの日本とはいささか様相を異にする。いささか・ね。

皮肉だけど、日本の極右化はアメリカがストッパーになっている。軍事おたくの幹事長が、現行憲法の成り立ちに瑕疵があるような発言をしていたが、それってジャパン・ハンドラーの前で同じことを言えるのかなあ?

こういうの<内弁慶>と言うよね。

アメリカは日本に中国と小競り合いはさせたいのだろうが、だからと言って核武装までは許さないと思われる。しかし、今度の参院選で改憲したいグループが勝ってしまう。ではその後の展開はどうなるのかなあ?振り上げた拳はどこへ、と言う意味だけど。突発性の<事故>が起こらないことを祈ってます。


MAY 4(Sat.)
浪速のカエターノ・LIVE
@O leaozinho
20:00start
投げ銭ですのでチャージはなし。
久しぶりのHOME LIVEです。
連休中・あちこち行った方も行かなかった方も
浪速のカエターノと120分間世界旅行を。
posted by 浪速のCAETANO at 11:22| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月24日

JK MIND

そりゃ先がな〜んにもないとするならとりあえず今だけもりあがっとこか、て気持ちはわからんでもないが。

だけどな、それによく似たメンタルを知ってる。女子高生だ。

それもブスばか、の女子高生。

可愛い・あるいは賢い女子高生なら、う〜ん、ここ微妙、じゃあブスだが賢いってのはどうなるか、ここほんとに微妙なのだけど、その賢さに<自家中毒>せんためにはやはり<少々>は可愛いのは必要条件かもな〜、ま・しかし、先があるって女子高生のアタマでもわかれば今だけ現在の無理やりな盛り上がりにも<チョッとついてけない・ホンネでは>となるのだろうが、もう、どう考えても、どう客観的に見てもだが、ムリやんアタシ・な場合、彼女らはどうするか、未来を食い潰すことになると思う。

気持ちは、そこ、わからんでもない。今がなけりゃ先もない。

ケインズはそう考えた・のかはわからない。わからないが、先への不透明度は同様にあったはずだし、<それでも何とかやってきてるじゃないの>とおれたちがかれにとっての未来から事実関係をもとにして歴史となった過去をコーヒー飲みながら振り返ってはいかんと思う。思うが、しかし、そのなんていうか、<先の詰まり方>は絶対的に違う。<今でしょ>だからだ。

無意識の中で<先・ないでしょ>と呼応してるでしょ。

あ〜あ、と思う。

<やっぱ・ナマでしょ>
<いやいや・ゴムでしょ>

そんな遊戯につかの間盛り上がりつつ、危機を先送りしてるつもりが<先・ない>わけだからその反射波はどんどんもどってくるわけよね。

女子高生マインドとの相似とはもちろんあべのみくすのことだ。他に何が?

ていうか、円高でひーひー言ってた輸出企業が今度は円安で材料費が〜と泣き言かい、そんな印象を持たれてる方多いと思うのだが1$80円が高く100円が安いのなら90円でちょうどいいと言う認識でいいんだね、ということになる。それなら政府はそこを死守するべきだ、で話は終わる。ところが経団連はいま笑いを押し殺しながら記者会見に応じてる。

あのさ、企業ってANNUAL BASEなわけよ。もっと言うとQUARTERY BASEなわけ。経営陣って、ま・つまり社長と言っていいかと思うが、会計年度が勝負なわけで、一年一年評価される。

怖いことを言うなら、社長は、会社に責任を持つ<必要>がない。個人商店の法人成り以外の社長は、単なる<ポスト>にすぎないです。オノレの任期における<業績>だけが関心ごとである・でほぼ間違いない。

責任がない・は<無責任>てことね。

それが<普通>だからね。責任がないってことは権限もないわけで。その程度ものってのは知っとくべき。

そのマインドも何かと似てませんか。

JKよね。

社長はJKだった。

セーラー服のおっちゃんを思い浮かばれた方、FEEL SO SORRY.

しかし現実はJK=社長のマインドが日銀・政府をも巻き込んだ、ということだったね。

そりゃTPPにもいそいそ入るさ。売国。

<売り>ってのも、そういえば<エンコウ>と名前を変えて、でしたね。
posted by 浪速のCAETANO at 11:38| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

災難て突然・いつも

あー、予習疲れる。

オン・シーズンは日曜はこれがおよそ予習に追われることになってるのだが、ま・そこはいいのだけど、学校の理科の先生が辞めてしまって、新しい人が見つかるまでやっといてよ、ということになり、ま・いいよ・いいけど、なんて言ってたのは、去年までは理系の生徒、多くても3人、時には1人なんて年度もあり、そこは家庭教師状態でゆっくり・じっくり理系の数学も教えてあげれてたからなのだ。

おれは文系だったが、ちゃんと準備をするなら理系の数学も教えることはできる。そこ・<ちゃんと準備を>ってとこが大切なのね。

たいていのことは<即答>できる。ただ、<ん・・?>となるのが、やっぱり理系の<数3⃣・きっつい物理・きっつい化学>だ。参考書見ながら・うーんとそこはさあ・・・・となる。原理的なことは大丈夫なんですが。

これまでの理系の人数と、昨今の日中関係の悪化を鑑み、今年も多くてもせいぜい去年ぐらい、つまり3人ぐらい、と踏んでたから、ま・いいよ、と言ったわけ。

そして、公務員試験の特別授業の時に教務課のねえさんにエレヴェーターで会って、<どう、今年も集まった?>と、そこは日中関係の悪化というそんな文脈から訊いてみた。そしたら、やや顔を曇らせ<ええ、まあ>なんて言うから、<そーかー、やっぱ少なかったか>と思い、

<何人来たの?>と尋ねるならば
<12人>。トータルとしてはちょっと少なかったな、やっぱり。

<で、理系は?>
<理系が12人>
<はあ〜・・・は?!!>だった。

突然の<激増>だった。そこは数3⃣教えるクラスでもあり、それも理科が朝9時!から始まり、それに続いてその数3⃣がある。5時間も同じ奴らと顔付き合わせてんのもヤだなあ、理科の先生も大変だなあなんて思ってたら、それ、おれに回って来た。

なんでやねん!

そこのクラスが大変なのは、物理・化学取るやつと、化学・生物のやつと2パターンいることなのね。で、圧倒的に多いのが物理・化学なやつら。まあ、おれもですね、4・5人までなら<聖徳太子>出来るんですが、12人ともなると、しかも<ミーイズム>に溢れた中国人学生たちが相手ではかなり困難が予想される。中国人学生たち、今本当に<日本人学生たち>のあかんとこと相似形。そんな・あかんとこ似てきてどーすんねん・とも思うが、現実はおそろしいほどそっくり。自分の利益になることとコストパフォーマンスに関することだけが興味の対象なやつらを、これまでは笑かし、まあま可愛がってきたのだけど、人多すぎだ。

その3時間の物理・化学・生物のバトルロイヤルが終わるとすぐ今度は数3⃣を2時間。そこから20分の<気持ちだけ休んでね>の休み時間のあと、文系のただ遊びたいだけのやつらをまた12人。休み時間の間に昼メシは食えない。おれのようなダイジェスチンに問題を抱える人間には。

もう、フラフラである。フラフラだった、こないだ。一日5万円ぐらい欲しいわ。

もうすっと帰る気しなくて、<絶対、飲んでやるー!>だったもんね。

そんな明日のため、予習中です。

明日も、絶対・飲んでやるー・です。
posted by 浪速のCAETANO at 18:52| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月18日

さまざまでいい

突然だが、日本人に本当に欠けているものは<多様性>ではないか。

diversityという単語が、一般化するに連れ、それと反比例するかのように実体が失われていく。いつものことだと言えばそれで終わりだけれど。

日本人の昔、例えばフェリーニの遺作<VOICE OF MOON>の中でカメラ・メガネ・集団、そのような類型で扱われていた、そう記憶するが、その時代よりもカウントされる<タイプ>の絶対値が随分減っていると思う。

いつの時代にも、社会や共同体との折り合いの付け方に悩むワカモノ多かったはずなのだが、折り合いわるいままでもまだ生きれたような気がする、以前は。

形は類型的だったが内面の多様性が担保されていた。型の類型化はファッションの選択肢がさほどなかったというだけだ。

最近の傾向:見た目はそこそこながら中身が幼稚園だったり、安易なばか右翼だったり、脊髄反射はすごいんだがアタマ空っぽ、あとは受験生体質がベットリ染み付いた偏差値高くてもバカ、そんなのしかタイプとして用意されてない。わかりやすいものだらけ\だけ。

TV番組がその類型化を押し進めるわけだが、だから見なくなってひさしいけれど、好きな人はいまだに多いみたいですね。

一言で、ある人物を描写することは難しい。だから、まだ小説には可能性はあると思うけど、それは一極集中の圧力と常に対峙する・を余儀無くされる。

タイプの中にハマれない人々、おれはシムパシーを感じてる。なるべく<正直>に生きていきましょうね。

海外のドラマ、アメリカ製は昔のものしか見ないけれど、まあスタートレックとスパイ大作戦ぐらい、ここ話し出すと止まらないのだが、それらじゃなく、今日言いたいことは、ヨーロッパのTVドラマが最近の好み。

例えばイギリスのBBC制作のものとか面白い。

最近では<SURVIVER>が面白かった。その前はNHKでやってた、時空が裂けてとんでもない時代にタイムスリップする、というもの。当然、とんでもない生き物なんかが出てくる。図鑑で見るような。SURVIVERはウイルスによってほとんどの人々が死に絶えたあとの世界を描いたもの。抗体を持った人たちだけのある意味、アナーキーな世界での秩序と無秩序がせめぎ合う。

イギリスのドラマのアメリカのそれらとの一番の相違点。

ブスばっかりが出てるってこと。男女問わず。おもろい顔だらけなのね。アメリカのキャスティングとは違うなあ。

でも、面白い、ほんとに。パターン化されてない。

もう一つ。北欧のドラマが面白い。VOLVOやSAABに乗ってたから、元より親和度は高かった。THE BRIDGEまだ3話しか見てないが、これもまた非アメリカ的と言うか、ヒロインの刑事(女子)がどこでもブラジャー一つになって着替えるとことか、無感情に男をハントしてヤりすてるとことか。好感持ってる。

そして、スウェーデン・デンマークの人々、タバコを吸う。これは意外だった。スモーカー多い。今、スモーカーが<優しい>。ここも非アメリカ的で嬉しくなる。

世界はグローバリズムに覆われつつも、まだ様々だ。おれたちだって、様々でいいわけよ。少なくともおれはそう思うなあ。それが目先の利益を遠ざけたとしてもさ。

今、居場所がなくて暗い目をすることは悪いことではないように思う。

北欧ドラマにもハリウッドの魔の手は迫ってるわけですが。
posted by 浪速のCAETANO at 12:48| 大阪 | Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

散歩がいい

散歩がいいわけだった。イキってなくて。

ほんとは何の用事もなく、というのが理想なのだが、となると<徘徊>と混同されるかもしれない。

ちょっとイカン。ちょっとイカンと思う。なんとなく思う。

自転車屋のおとうさんにハンドルを付け替えてもらう。新地の端っこの・・・事務所へ行く。生物の問題集を買う。これだけこなしつつ、散歩。いろんな目に遭う。

いかにも<ただしそうな>チビ・メガネ・マスクの女からUNITED ARROWS前で話しかけられる。何かなと思って、ハイ?と顔を向けると、歩きタバコ・迷惑ですよ、と責められる。お前とおれの距離は3メーターはあったやろ。このブス・チビ・メガネ・顔にパンツ履いとけよ、お、履いとるな、許したるわ!、と言いそうになるが、あまりに<不毛>なのはわかってる。だから、そのまま四ツ橋の横断歩道へと向かう。

・・・事務所で書類を受け取る。さてここは梅新。本屋となると、ジュンク堂ではないな。紀伊國屋だな。

と思い、梅田へ向かう。夕霧そばや三叶の前から、ああ、inspireはここへ移っとったか、など発見もあり。お初天神商店街を歩くが、なんか昨日も・それもほぼ12時間ほど前にも同じ方向へ歩いていた気がする。

揚子江の本店が移転していた。御堂筋に面したビルの中みたいだったが、最近といっても一年ほど前だが、再訪しといて良かった。ノスタルジーを、ほんの一瞬だけでいいのだが、現実化することもままならない事態が実際に起こってるからねえ。

紀伊國屋へと行く。日頃の不注意と無関心から、昔よく行ったbigmanのとこからちゅるっ・と入る喫茶店てまだあるかな・なんて思って見るならば、案の定、点心というか中華というか・そんな店になっていた。ままならないノスタルジイ。

そうこうしてると電話があり、見慣れぬナンバーながら出てみると義理の妹だった。弟のヨメ・という方がしっくりくるか。つい先日、父親の葬儀があり、おれも弔電を打っておいたから、そのお礼というかなんというか。

儀礼的な話に終始するが、突然知り合いのパーカッショニストの名前が出てくる。彼女はレアな<イタリア古楽>の歌い手で、おれともよくやってたパーカッショニストと今度やるという。打楽器系は最も音楽を選ばんからね。
弟とも差し障りのない話をして電話を切る。他人のような兄弟である。

古書の街からかっぱ横丁を抜けると中津はもうそこ。あったかいから外メシだな・と思い・本日は中津公園。ムチャ近所やん。でも、阪急に沿ってポツリポツリとあるベンチ、意外に<隠れられる>ことを発見した。隠れて何をするというわけではないけどさ。

電話があり、自転車屋のおっちゃんから、ちょっと見て、と言われる。本日2周目、スカイビルへと向かう。

うめきたの巨大ビル群を横目で眺めつつ、<こちらがわ>との非対称に苦笑しつつ、自転車屋へ。

ハンドル交換終わっていて1500円でいいというから、丁重に礼を言い、帰ってきたが、ん?違和感。

何だろうとよくよく見たなら、変速機が前後ろ逆に付けてあった。

戻ろうかと思ったが、まーええか・とも思い乗って帰る。やり直すとなるとブレーキレヴァーもっかい外す必要があるし。1500円でケチつけるおれにケチつけたいと思えたからなのだが。

しかし、変速・やりにく!上町大地登る時だけ・だがね。
posted by 浪速のCAETANO at 15:58| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月15日

FLAMINGO FLUTE PLAYER

ほとんど、だあれも知らないと思うし、説明するのも邪魔臭いのだけど、しかしおれはご幼少の頃、ホントによく聴いていたのだったねえ。

特に、<ジェラルドの汚れなき世界>という邦題の<THICK AS A BRICK>を。

BRITISH TRAD, JAZZ, HARD ROCK,そして IAN ANDERSON のフリーキーなフルート。ジャンルなんてものに反応しなければ、こんなに素晴らしい音楽もない。おれのtrad好きは、JETHRO TULLとLED ZEPPELINに種蒔かれたのだと思う。FAIRPORTやPENTANGLEの良さを分れたのも上記2・バンドのおかげでしょう。

ライヴは芝居がかってるってのは昔からで、来日直前のインタヴューなど読むと、かなり期待は高まっている、おれが。

降って湧いたような話だから余計なのだが、まあ最近の皆様、ジャンルなどというオノレを不自由にするものの中へ、進んで飛び込んで、その挙句、すぐに音楽嫌いになったりするのだけど、バカ。

あのね、知性がないと音楽って<楽しみ続けられない>ってしってたあ?日本の音楽から始まった方、ホント、御愁傷様。かつては日本の音楽の背後にさまざまな国の文化が見え隠れしてたのね。90年代からはなーんにもなくなったね、見事に。<経済音楽>だけが残ってる。御愁傷様。

本日は<英才教育>のエリート女史たちを伴って、<かつての広義のROCK>の破天荒とレヴェルの違いを再確認してきます。ええもんはよくてあかんもんはあかんというトートロジーの世界。でもしゃーないねん。
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2013年04月14日

GAINもなくなる

GAINだけがあってSUSTAINがない。典型的な昨日・今日です。これ・放っとくとGAINもなくなるよね。

しかし、それは<なーんにも感じない>を意味しないだろうか?

末期的だと思う。末期的だとおもうのはその根拠です。何を持って、その出来事に<反応せず>やりすごすことができるのか、なんだけど、、、、、。

いちいち反応してたら精神も身体もモタんもんね。そこはわかる。みなさんいろいろ忙しい。よーっくわかる。全てのことに反応してられん。だから、、、、、。

だから各人の<PRIORITY>にもとずいて行動する。プライオリティ!!かっこいいぞ。できるヤツみたい。

しかし<できないヤツ>もいるんですよね、世の中には。それ、あかんヤツ、ってことになってる。

おれは思うのだが、少々<できない>やつの方がいいのではないか?

できる・を微分すると<オノレの利益をまず第一に考えられる>と言い換えられないだろうか?

どうでしょう?

もう、この社会もいっぱいいっぱいになってきてるのは自明で、企業にしても個人にしても<自助>できるやつだけでいいのだ、他は<滅ぶ運命>にあって、それが<自然の摂理>という、そんなことになってきてると思うのよ。

国の前に人が滅ぶ。国は<滅ばなかった少数>を代表するものとなる。そうなると<国>は生き残れるかもしれない。全世界の<できるやつ>の<ホンネ>を代弁してみたけど、どうだろう?

おれは、ばかミュージシャンだからか、周りのミュージシャンたちにもちろんシムパシーがあり、できないとされてるヤツの<かつて(出来た)フィールド>を奪ってしまった資本主義の論理をまーまー憎んでいて、それしか才能のないやつのそのフィールドを奪って<なんか他・探しなさい>ってのが<あ〜あ>です。

身近なやつらだけではなく、今、そのスキームは一流企業の正規社員にまで及ぼうとしてる。

大丈夫かあ・と心配するわけである。

<貴方ご自身のことをまず心配なさったらいかがでしょう>と言われるだろうが。ダハハ。

放っとけ。

いや、でもね、永遠の<椅子取りゲーム>は継続するわけさ、ホントよ。若いエリート、意外にヒヨワでは。まあがんばってください。

おのれのことばっか考えつつの、そのザマが容易に予想できること、なのにそこんとこ敢えてなかったことにしたい人々がマジョリティなこと、エラいことになってきたよん。

太平洋戦争最末期、江戸末期、元寇の頃、危機は確かにあって、スレスレでそれを回避してきたのだけど、それに先立つこと500年、662〜672の間にもすんごい危機がありました。

白村江の戦い〜壬申の乱なのだけど、日本書紀の中でもここ正味の話になると都合悪いからゴニョゴニョ言いつつ誤魔化してるが、実はこの時<唐の占領軍>が九州にいたわけです。郭務綜がマッカーサーだったわけです。アマテラスの直系、卑弥呼・壹与から旨、讃・珍・済・康・武(倭の五王)、磐井、阿毎多利思北孤、利、等の王を戴いた九州王朝は崩壊し、白村江の戦いには参加を見送った近畿の傍流が新たな王家を名乗ることとなるのだが、その人々が作った<穴だらけ>の正史を<なんかちょっとへんやねんけど逆らわんとこ>なんて思ってるバカ学者たちがオーソライズしてるものを国の歴史とし、過去の真摯な検証もせず、つまり過去に学ばず、合理性のない作り話を無批判に信じさせられ、そんなええ加減なベースがあるから近・現代の歴史の清算もうやむやにしちゃうのだと思うが、今の人々の<済んだことを忘れる・あるいは全ての出来事を消費する>そんな性向の理由はそこにある、と強引に結びつけて北摂方面へとLANCIAで逃走します。
posted by 浪速のCAETANO at 14:03| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月13日

何かを感じながら揺れていた

緊張感ないよね。自分も含めてだが。

脅し、というのはまあわかってるんだよね。こういうのをしかし<冷静な対処>って言ったりする?

なんかそれもちょっと違う気もする。

<無関心>が一番近いと思う。

オノレの国の少し先のことに興味、関心がない、ククク、そんな国、脅しても効果ないよ、キムちゃん。この国の人たちはね、ほんと、せいぜい10分くらい先のことしか興味がないんだからね。エラいひとから、アホなヒトまでね。

最も社会的なことでもTPPで自分は<得する>方に入る?ぐらいじゃないのかな。

ただ、海に落とすのが<お約束>なのはもうわかってるし、そうなりゃ<本当に本土狙う>しか選択肢なくなる。そこからは少しぐらいは緊張感高まるんだろうか。

まあ自分の精神も荒れている、人並みに。

とか言うてると、揺れた。関西では地震は<明け方>に来る、て誰が決めた?

上の方ばっか気にしてたら足元グラグラ。笑っちゃいかんが笑うなあ。<オノレが一番緊張感ないんじゃ、ボケー>と言われても、言い返したりはしません。

人生で2番目に大きな揺れを経験したあとでも、これである。ヒトはオノレの想像を超えるものにしか反応しなくなっている。変にわけのわからん<度胸>がついてしまってるわけだが、ここんとこ、リアルな危機感を持つこととトレードオフだし、しかし結局、その度胸を凌駕するようなドエライことによって滅ぶのだ。おれもあなたも、おそらく。

緊張感のなさを共有、が<空気>だったりするとこが、既に終わってる。ただ、終わったあとに、遅れてやってくる本当のカタストロフの片鱗を今朝揺れながら感じていた。
posted by 浪速のCAETANO at 11:00| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月08日

、、、されてたまるかー

古代のことばっかりにかまけてる間に、今がえらいことになってるが、みなさん、ハッピイなのだそうだ。

ほんとにそれでいいの?いいんだったら、あれこれ言いませんけど。野暮だから。

昨日の花見は寒かった。

あんな時にするもんじゃないです。て、いうか、いつまで花見なのだ、という気もするわけだが、前にも言ったように、集団行動が気持ち悪いのとお満開の桜のbunchが怖いのね。それだけ。儚さにはシムパシーです。

みんな、騙されてると思う。お金持ちのための、つまり、日本の土地とアジア諸国の土地のバブルで終わります。格差はさらに拡大します。より不幸な人々がより増えます。で、チーンです。

それに、大企業が正社員のクビを切りやすくなるみたい。それがいい政策みたいに言われてる、というか、そこに反論がそんなにおもてだってはないところに、ものすごい<倒錯>を見る。日本人ってホンモノのヘンタイやなあ。

いいものと悪いものがあった時に、いいものを<特権>として、引き摺り下ろそうとする。それも<方法>ではあるけど、悪いものを逆に引き上げるなんて発想があってもいいのに、と思ってる。いやあ、あなたそう言いますけど現実はね、、、、、もういいのだ、そんな言い方は。<不幸>で横並びにしてどうする。

国が滅ぶのに立ち会ってるわけだけど、もすこし先延ばししようよ。可能性だって見えるかもしれないじゃん。資源大国にだってなれるかもしれないのに。メタンハイドレードでさあ。

トランスボーダーなグローバル経済に、少しぐらいは抵抗しようよ。<抵抗は無意味だ>であったとしてもさあ。日本語喋ってる国は<ここ>にしかないのだよ、って、おれのほうがよっぽど右翼だ、最近は。

右翼のふりしてババンバン、な首相を頂くという不幸は共有したいところ。ババンバン、は<売国>と言い換えられるけれど。

どなたかが、この国の教育は<手遅れ>ですとおっしゃっていたが、教育に留まらず、ほとんどすべての分野で<末期的>だ。最初ってのが教育から始まるわけだから、<さもありなむ>だけど。

さて、最近の陽気、早い夏の到来を予言しているかのようですが、MARIA MULDAURよく聴いてます。<ルイジアナ ラヴ コール>、大南部大会ね。ブルーズやR&Bが好き、というヤツはよくいますが南部好き、と公言出来る人は少ない。勉強不足。黒人音楽への憧憬が高じて、<のようなもの>ができたのだが、それは真似事から始まったにもかかわらず、ルーツは同じでもまた異なる<グレイトミュージック>だった。こういうのがすんばらしいわけね。われわれ、日本人もそこ、立場は一緒なんだよねえ。いや、まぢで。

<LOS SOLOS LOBOS>やりたくなってきました。

内面まで、奴らに支配されたくないわけよ。つまんない内面しかないんだったらともかく。

posted by 浪速のCAETANO at 11:57| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月03日

さて、社会復帰を

さて、社会復帰、、、、ができるかな?

3・12から始まった春の旅も本日で終わり。長いようで短いようで長いようで、長いようだっちゅうことは復帰に支障をきたす、、、、よね。普通ね。

ま、がんばる。

でも今年度は<忙しい>ぞう。今までちっとも勉強してなかったバチか、ひょっとして。そうかもしれぬ。甘んじて受け入れよう。イマドキ、お勉強、わるくない。お勉強、だからね、何の役にも立たん、実生活において。

いやー、しかし楽しかった、古人も多く旅に死す。で、わしも、と言ったのは芭蕉だが、名文句だよなあ、と思うのだ。

旅中はいろんなことが<不安定>になる。それがあるときから<不安定の安定>といった奇妙な状態となる。だから逆に安定が不安定という倒錯に陥る。動いてないと落ち着かない。

そんな状態から、安定を安定とする常態へと戻っていく。贅沢なはなしである。贅沢がいいねっ。

まとめておこう。

阿弖流為、坂上田村麻呂、遠野、柳田國男、平泉(未遂)、蝦夷、大沢温泉、十割そば、鉛温泉、混浴、万葉集、吉武高木遺跡、細石神社、三雲遺跡、糸島半島、千代の松原、海の中道、志賀島、金印、志賀島神社、苔牟須比売、桜鯛、死に場所、脱国境、桜、菜の花、内海、小島、旧友、家族、姪、新生活、懐かしのうどん、トルコライス、スパゲティ・ペスカトーレ、鯛アラ、麻婆豆腐、ラフロイグ。そんな日々だった。濃かった。濃すぎた。

とっ散らかったこれらをしかるべき場所へ着地させないと。大変なことかもしれない。テーマとしてはあまりにも大きくどこから手をつけていいやら、気が遠くなるけどね。少しずつやろうと思う。

日本の都市、まあ街と言ってもいいけど、いいね。いいけど、あかんね。個性が残っているところが良くって、どこの街にもあるチェーン店の絶対数の多さがあかん。コンビニはこの際いいことにしよう。その土地独自の食べ物、習慣、方言、垣間見える人の性質、なかなか愛おしい。それらは<保存>されるべきだと強く思った。東京のまねが一番よくない。そこのヒエラルキー、ほんとに要らない。

変なことを言う。

この画一化されつつもしぶとく残存しようとしている多様性、儚くもあるのだが、それらがどれだけ残っているかが<戦後>の復興後の幸せを決定するから。

さて、仕事仕事。



posted by 浪速のCAETANO at 20:33| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

君が代を追いかけて

まず、地名ありき。それも漢字に頼ってはいけない。<読み>重視。

博多の官庁街<千代>、博多湾は<千代の松原>、前原市の<細石(さざれいし)>神社、井原(いわら)遺跡、唐津湾、船越の地にある桜谷神社の祭神<苔牟須売神(コケムスメノカミ)>

君が代、の出来上がり。

君が代の<要素>ずらーっと。

志賀島から対岸を臨む。その志賀島神社から対岸を臨む。その海岸とは<千代の海岸>。

春と秋に<山ほめ祭>があり、そこで述べられる台詞に;

<君が代は千代に八千代にさざれいしのいわおとなりてこけのむすまで>
つづいて
<あれはや あれこそは 我が君の めしの みふねかや>
さらに
<志賀の浜 長きを見れば 幾代経ぬらん 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代に>
そして
<今宵夜半につき給う御船こそ、たが御船なりけるよ あれはや あれこそは 安曇の君のめしたまう御船になりけるよ>

びっくり、なことに君が代は<山ほめ祭>において述べられる台詞のしょっぱなの一句だった。

そして、誰かがやって来る。船に乗ってやってくる。安曇の君と呼ばれる人がくる。

この安曇の君だ、次の問題は。安曇の君を<九州の豪族>とする説がある。志賀島神社の宮司が安曇氏だからかもしれないが。

そうだろうか?

上記の台詞の前に述べられる<大祓の祝詞>の成立がBC3c〜AD3cであるところから考えると、君が代自体もその前後の成立だろうと考えられる。近畿天皇家が果たして成立していたかどうか。

安曇の君、とは九州王朝の王者と見るべきだ。安曇氏たちにとっての君という見方も可能だろう。

古今和歌集の<題知らず 詠み人知らず>が君が代であることから、そして紀貫之がそれを選んだということはその歌が意味ある、良い歌だった、ということである。その<君>とは近畿天皇家の君ではない。そうであるならなぜ、作者を、成立の経緯を知らんぷりするする必要があるだろう?歌としては<外せない>が、誰が何のために作ったか、は<死んでも言えん>そういう歌だった。

都府楼前という西鉄の駅がある。いかつい名前。ここに太宰府政庁があった。九州王朝も何度か遷都をしたはずだが、最終的にはこの太宰府に落ち着いた。素晴らしく広く、背後に山を抱え、平城京の比ではない。

博多を流れる御笠川、その水源は太宰府市宝満山である。九州の王者が御笠川を船に乗り下って行き、千代の海岸から現れ、志賀島まで行く。そんなことを想い浮かべている。その時に<さらっと>述べられる(歌われるではなく)のが君が代だった。

今の皇室との関連、ほぼありません。現天皇家のことを思いつつ君が代を歌うこと、なんかズレている。

国歌、としていろんな場で歌うこと、現天皇家を思いつつ。なんかズレている。しかし、君が代自体が上記のような歌であるからには、そしてそれが周知されたなら、橋下くんにcheckされて、口パクしたり、あるいは橋下くん自体もそんなことする動機もまたなくなったりしないだろうか、と思うのだ。

そして君が代につきまとういやーなイメージも払拭され、いやおれ自身が払拭されたもんね、だから、本当のORIGINを知り、九州王朝の栄光と悲劇をわかった上で、九州の王者のために歌おうと思うのだ、歌う機会があるなら。



posted by 浪速のCAETANO at 16:15| 大阪 | Comment(2) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする