2013年05月22日

自然がカミだった 自然が上位に 自然が上位にある

Texas Tornadosという大大大好きなバンドがあるが、DOUG SAHMやFREDDY FENDERが在籍していたが、DOUG SAHMが生きていたら複雑だろうな。

安全な場所にいてそのパワーにあやかりたい・のとそのパワーに実際に飲み込まれるのってもう天国と地獄ほどの差だもんね。

小学何年生なんて雑誌に<竜巻はどえらい>という特集記事があったなあ・なんて思い出してた。何十年前の話やねん・なのだが。

自然災害が<カミ>なのだな・と思う。

古代に戻ってる、そんな実感があるのね。いいこともしてくれる、そして、残酷非道なこともする、それがカミの<定義>だったわけで。

その恩恵とそこからの受難とは等しく可能性として<在った>はずなのに、おれたちがおそらくは変化したのだろう・恩恵を受けること<だけ>をデフォルトにしてしまった・ということだとおれは思う。科学の発展とその受益により舞い上がってしまってた。思いあがり。

カミの、<おまらえあ、ええかげんにさらせよー>なのだろうか?そんな気もする。

別に自分は神秘主義の徒ではありませんが、ヒトは目に見えるものだけしか反応しなさすぎ・だ。目に見える・を言い換えるなら<科学の限界>である。限界以前の科学の恩恵でもま大変なものだから、それで充分って気もわかる。しかしもっとそのフロンティアは先にあるわけで、そう考えるなら、おれたちはなんといたいけな存在なんだろう・が結論だと思うのだが、どうもそうはなっとらん。

例えば、ネズミはちょっと・だがイヌやネコなんかに学ぶ・そんな謙虚さとかあっても良いのでは。

傲慢、それが最も醜く・痛い。

ね、市長、ね、都知事、ね、首相。
posted by 浪速のCAETANO at 17:48| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする