2013年09月29日

9月も終わるね

もう九月も終わる。月の区切りに何か意味があるのか・というなら、うーん・そーねー、としか言いようがないが、しかし古代からヒトはなにかしら「区切って」いたみたいよ。やっぱ時間の流れにはアクセント要るのね。何かの循環にヒトは反応するわけで。

古代の天皇の年、90歳とか平気である。それを見て、だから史書はうそだらけと思われるかもしれないが、ちょ・待って、と言いたい。うそはある。あるのだが、そこじゃないです。うそは神功皇后とか景行天皇とか。

じゃあ90歳までほんまに生きたのか?と訊かれれば、うん生きた、と答える。

年の数え方が違ったのだ。古代の倭において、年は春と秋に一つずつ取っていったのだ。それが二倍年暦です。

で天皇の年が上のようになる。中国にはもっとすごい「年」がある。900歳とか1500歳とかだ。なんじゃそれ・でしょう。

おれたちは、あまりに今のシステムを遠い過去から「あったりまえ」と思いがちだが、そんなことはないわけで。「明治」から無理に始めたものを「伝統」と勘違いしてること、あまりに多し・なのね。

さきほどのすんごい「年」とは月の満ち欠けを一歳と、満ち・欠けをそれぞれ一歳と考えることで積み重なった年齢。「十二倍年暦」「二十四倍年暦」といいます。

そんな風に、時間の流れにはどこかで区切りをつけないことにはいかんわけね。ただ、その時間を誰が支配するか・ってことがポイントでね。わかりやすいところでいうならそれが「年号」ということだけど。

大化から年号が始まったことになってるが、ハイ・うそー。大化の改新さえ事実かどうか・だ。クーデターはあった。

その7世紀、謎だらけ。激しく列島が「動いた」時期である。「日本」が出現したのも7世紀だ。日本の後ろ盾は「唐」なのだ。それは白村江の戦後の話だけど。意外な話ですけどね。

そこら辺の「紀」はもう面白いほどの「ウソ」だらけで、自前の史書がないものだから他人の「歴史をパクるパクる」。そんなものを「ベース」に国のことを考えてるとしたら、そっち方面の方々、それ問題だよん。

さて、明日から「通常の」生活が始まる。ということは、昨日までは「通常」じゃなかったわけだ。内外合わせると受験生・総勢25名。しまっていかないと。

posted by 浪速のCAETANO at 17:12| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 古代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月28日

続く好天・続くパーティ

清々しい天気が続いている。ほんとに気持ちがいいですね。

昨夜は店長BIRTHDAY2。誕生日のミルクマンと命日のHONZIが参加してる「パラボラ スピンズ」を聴いていた。=SONNA BANANA=A DECADE-IN FAKEですが。

毎夜・いろんな人たち(少数精鋭ながら・それがいいと思うが)が訪れて来てくれ、嬉しく思っております。店長に代わり御礼申し上げます。MUITO OBRIGADO。

たまたま、元生徒が23年振り。その元生徒が体験した印象的な出来事を話していたら、その当事者の3才ほど上の元生徒が来る・みたいな巡り合わせもあり、不思議なことが起こるものだ。そんなときは「いい時」だ・と経験上知っている。

みんな・なにかを「回復」したい・そんなそれぞれの時間帯なのかなと思ったり。そこそこおっさん・おばはんになってきてる。40歳前後・なかなか微妙な年頃なのだろう。

おれもTODO O MUNDOを始めたのが39。みなさん、するにせよ・そうでないにいせよ、転換期を迎えてるという気がせんでもない。

人生の半分生きたということやしな。あの・子供だったヤツらがそんな「渋み・渋さ」を心のひだに引っ掛けながら生きていることに「やや感慨深く」思う。

40代。いろいろあんで〜(おれはあった)。にもかかわらず、いまだにかようなるバカでいることは彼らにとっていいの・わりぃの。どっち?
posted by 浪速のCAETANO at 16:18| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月27日

誕生日&命日

昨日は店長、今日は元音楽仲間・今映画評論家の誕生日。そっち方面ばかりに気を取られてたら、honziの命日だった・本日。

そういう事・ものすごく「忘れる」人間で、だからSNSを本日に限り、ありがたいなと思う。中川五郎さんのFBで知ったからだ。

2007だからもう6年。まだ6年。もう6年かな。

その年は自分にとって「ややその時期疎遠になってしまってるがその疎遠は一時的なもので、その分お互いを、日常の付き合いがない分生くささやフリクションもなくただお互いのやっていることにも素直にリスペクトできる」そんな友人を連続で2人も数ヶ月の間になくしてしまった・そんな大変な年だった。

2人ともその疎遠のインターヴァルの間にお互いを頭の中の「大事なものをしまう場所に」純化して仕舞っていたことを疑わない。おれもそうだし、彼・彼女もそうだったと思う。

かつて「あんなに」近かったからか、それはなかなか良い関係性で、絡みは過去なんだけれど、今を通り越して未来でのコラボレーションを予感させるインターヴァルでもあったからなのだ。

実際HONZIはおれの曲を録音してたりした。彼女が今生きていればなあ・と思うことは時々ある。かなり、マルタニさんのことを作曲家・作詞家としてすごく尊敬していたと数人の第三者から聞いていたからだ。

かつての親友にしてもそうだ。女優の兄でもあった彼はことあるごとにおれをプロモートしようとしてくれていた。TOKYOに住んでればなあ・とは彼の口から何度も聞かれた言葉だが、おれも塾を放って行くわけにもいかなかった。

彼・彼女が生きていたらまた違う展開になっていたと思うし、この悲惨な時代で何かができたとも思うが、仮定の話。

遠く距離をとることは、お互いの「魂」がよく見える。コアの部分がクロウズ・アップされる。一般の人間関係・恋愛においてもそうだが、敢えて距離を取ることで互いが見えると思うが、このせせこましく・スキャンダラスがデフォルトとなってしまっている現代の関係性においてはなかなか難しいことではある。

HONZI・・・とつぶやいてみるが、当然返事はない。ないがなにかしら「彼女がいいそうなこと」が頭の中で鳴る。DAIZO・・・とつぶやいても同様のことが起きる。

キミらはまだ本当の意味で死んではいないのだな・とその時気づく。

架空のHONZI・架空のDAIZOとの架空だが妙にリアルな「会話」をしながら「もう少しおれは生きるよ」と空気に呟いてみる。

REMINDさせていただいてよかった。悲しいというより「豊かな」気持ちになれたからね。

ヒトが「死に切って」しまうには意外に時間かかるものだ。忘れようと思っても忘れられないものってある。

そんなことが似合う時候でもある。
posted by 浪速のCAETANO at 14:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月25日

夏の・ほんとに終わり!

「暑い」は今日で、終わりっ!・・・・・・・・チーン、です。

暑さ寒さも彼岸まで・とは言い得て妙ですね。若い頃、よくこの時期に海外に行っていた。敬老の日と土日らへんから始まって秋分の日とそこら辺の土日までというのが多かった。で帰ってくると「空気が換わってた」。今年はそんな感じ。でもなんだか久しぶりな気がするんだけどね。

今年はこれまた久しぶりに「紅葉」でも愛でに行くか・そんな気分になってる。で、旨いもんでも喰って帰ってくるか・そうも思う。

ヒトって「気分の生き物」ね。気分。気分屋。読めん・な。

HOMEとしての自分主催のライヴは今年はもう終わり。AWAYはある。ある意味・気楽だ。演奏だけに集中できる。そして、何よりも「新鮮」。転校生の最初の発表・そんなことに近いと思う。転校OKよお。

これからは仕事の時期。ON SEASONだ。10月になればまた一ヶ月ほど「休みなし」となる。そのmodeになれば平気になるし、それなりの息抜きもケナゲにしている。何か・自分でもよくわかんないがスイッチが切り替わるみたいである。みたいである・なんて、、、でも自分のことって「意外に」わからないものよね。

あえて解析しなくてよいのでは・そう思う。わかってくる部分ももちろんある。でもわかんないとこに関しては、洟垂らす・で良いんじゃないの?

おれ・「オノレを語る」ほど恥ずかしいことはないと思ってて、よくいるやん・自分が話題だとものすごい嬉しそうなヒト。自己顕示欲って結構キビシイ・なのに、「おれって・ぼくって・あたしって・・・・・」が大好きなヤツ。「最後に今回だけ聞いてあげるからそのあと死んで」と思います。だいたい、できもしないのにプライドだけ・そんなパターンだから余計にうっとおしいのだけど、声まで変えやがって・・・な。

日本人の美徳は奥ゆかしさ・だろ。そうゆう隠しているものを見つけるのがおれは好きです。「奥まで見て〜」「見るか・ボケ!」である。そういうの勘違いだ。足し算だけの世界が一番「頭ワリイ」。でも、足し算しかできんヤツ・どえりゃ〜多いわけで、もうほんとおじさん疲れるわけである。

さて、暑さがホントに終わって今年は秋がちゃんとある。みなさんにとって「実り多きharvestの時期」でありますように。

posted by 浪速のCAETANO at 18:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月24日

good days

やっぱね、でっかい音出すのって気持ちいい。ね・店長、というわけですっぽんぽんズさえも「ダイナマイト!」だった「sentimientoのクリアンサ」無事終わりました。出演者・販売に携わっていただいた方・dj・ホール関係者、guestの皆様、ありがとうございました。また・やりましょう・是非。

昨夜も月は綺麗だった。この数日「祝福」されている・そんな気がしてた。まあ・気のせいかもしらんよ。それでもいーのいーの。祝福の主体ってほら、実体のないものでしょう。おれたちのアタマが創り出したもの・なわけでさ。どーも、その場所に「それ」があった方が「都合がいい」とか「しっくりくる」とかなんだね・これが。

その・実体のないものからの祝福であるから、そんな気がする・がそのリアクションでいいの。

しかし・思うことは、これあんまり強調すると「なんかちょっと変なヒト」と思われる可能性があるからこっそり耳元でウィスパーなのだけど、困った時・それにお願いして、何かいいことあった時・それにお礼言って、そんな時以外でも、日常的に「挨拶」に行って・そういうのって、これが意外に「ココロのピース」に繋がるわけです。

こころのなかで思ったことは「そこに存在したのだ」とは宮沢賢治の言葉だけど、これはかなりradicalな言葉だぞ・と、直観した。もうほとんど「直観くん」ですけど・昔から。それを取り締まるのは「頭脳警察」だということになるね。インナー系のSFに近くもなるが、そして悪くするとそれは秘密保護法の行き着く先・にもなり得るのだが、ここではちょっとポジティブな面を考えれば、賢治が言おうとしてるのは思考はそれ自体現実である・ということなのだ・と思う。夢もまた・現実である。そういうことになる。目に見えないからと言ってそれが現実ではないと誰が「言い切れる」だろう?

実際に誰かが考えたことからしか「現実」は始まらない。そのことより一歩進んだ考えが賢治の言葉なのだと理解する。本当のポジティブとはそれをいうのではないかな。誰かがそれをいう事でお金儲けをしている「ポジティブ シンキング」なんかとはまったく次元の違う話ね。

詩を書く・とはそういうことだな。小説を書く・はわかりやすくそうだが「詩」もまた・ややさらに抽象的にそうだなと思うわけ。

考えたことは存在する。

「それ」というのはもうお分かりと思うけれど「カミ」ってことよね。

sentimientoの第一のヤマは終了しましたが、その余韻と記憶により「二番ヤマ」がある。そう「思い」ます。
posted by 浪速のCAETANO at 15:55| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月22日

幸運

一年とは基本365日であり、それに対して月齢は27日なのだから来年の十五夜が今年のそれとちょっとだけズレる・というわけでもない。ハゲしくずれる。

だから今年の幸運はあの盛夏の酷暑からの明らかな気温のトーン・ダウンをこの初秋の時期に味わえ・しかも十五夜がこの時期だった・この共時性・ということでした。ま・日本人は次々イヴェント起こってないと「モタナイ」という世界に例を見ない稀有な「せわしい」民族であるから結果オーライ。人心の安定を考えるなら。

ま・そんなことはどうでもよろしくって、強調したいのは、早くも「この秋のピーク」が今・来てますよ・ってことだ。そのピークの最終日が明日だった。

良い時間を過ごせれば・と思います。

明日は主に三つのAREAに分かれていて、最初の1時間が【浪速のカエターノとすっぽんぽんZ】次の1時間が【NOVOS NANIWANOS】最後の1時間が【CVS COWBOYS】です。

では C U @SUN HALL。




posted by 浪速のCAETANO at 15:21| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月21日

さてライヴの準備・そして・・

本日「2本」仕事が終わればもう後は「音楽のことだけ考えてていいよ」な情況。

まだ昼間は暑いですね。でもこれが間違いなく日暮れと共に気温が間違いなく下がってくるという確信があるから、生きるに値する秋のお彼岸前。夏と秋の棲み分け。

さっき、冷やしうどんゴージャス版を喰ったが、まだ旨かった。

日本は世界から見たら「ヨシモト」みたいに見えてるんだろうな。吉本興業。BLACK国家。すべては刹那の笑いへ。陰口はあるが、面と向かってはご法度。

最近、曲・詩を書くことにちょっと燃えてきてる。自分に・というわけじゃないのだけど、他人に書きたい。もやもやくん・と呼んでいるが・自分ではね、そんな状態の自分を指す言葉なのだが、ヴェリイもやもやな状態が継続中だ。なんか「犯罪寸前」のヤツみたいで、誤解はやめてね・と思うが、まあこのう、作曲家的発情までもう一息んとこまで「久しぶり」に戻ってきた。あとは周りがいらんこと言わずに見守っていただければ・と思うが。なんか「過保護」の子・みたいだが、さにあらず。

このことは周りへ「還元」できることだから。身近に「おれ」を持つことの幸運・それはかつては「当然」みたいな事だったのだが、しばらくの低迷が続いていた。ただの「飲み屋のオヤジ」になっていたが、そうではないのね。いや・まぢで。もうすこししたら、「わかる」からね。まあわかってる方もいらっしゃるんだけど。

ちょっと、おもしろいことをするぞ・と、お満月に誓ってみたりした。
posted by 浪速のCAETANO at 18:42| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月19日

・・・的な

昨夜もかなりの美しさだった。十四夜。ここから三日ほどは「ほぼ・お満月」な夜が続く。

早くも「秋のクライマックス」きてるでしょ。おれの予言通りに事態は進行していますから。

さっき干していた布団を取り込んだ時、太陽の匂いがした。

本日はリハが2本。その間に塾をやって・といった変則スタイル。弾いて・教えて・弾いて歌って。

最近の夜・肌の体感する「ちょうどよさ」いいですね。上になんか羽織って店へと向かうあの感じ。

今年は赤が旨くなるタイミングもまた例年よりも早い。こないだの豚舌のブロシェット美味でした。

コーヒーも温かい方が美味いよね・もはや。あともらいもんの高級鉄観音とを交互で。

今・郡上八幡に行きたい。なんとか時間を作ってクルマで行こうと思ってる。楽しみだ。

秋刀魚のはらわた・喰いたくてしょうがないのだけど、逡巡してしまう。小市民。でも放射能怖いのはふつー。

地震・竜巻・雷・大雨・洪水、大きなものの怒りによる悲劇が次々に襲ってくる。

洪水とは特に「示唆的」だ。ノアの箱舟はある事実を語る説話だと思うからだ。そこは宗教的な意味合いを一瞬忘れて向き合うべきなのだろう。選民思想とかのこと。

今、すっぽんぽんzとオノレのソロ・ALBUMを作りたい。少しずつ現実感も出てきてる。自分のはもう録音終了してるし5年以上前にね。

moeLABO@Moerado、面白いことにしたい。参加型workshop&live。浪速のカエターノと遊ぼうコーナー。みんなで作ろうコーナー。ゲストはbossa姫とカレシです。

現実のTwitterがもはや「政治の場」と化しているから、なんとなく足が遠のく。でhomeで無責任tweetしてみました。

本日・中秋の名月。


posted by 浪速のCAETANO at 19:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月18日

sentimiento熟成・急激に進行中

いやあ、本当に快適な気候。十五夜ってそろそろじゃなかった?明日?あっそう。

台風が空気を入れ換えてくれて、爪痕は遺しながらも・だけど。

今年のsentimiento・熟成早いよ。何遍も言うけれど。これくらいの気温でさえ「秋だ〜」って思えるでしょう。
根拠はそんなとこにあるのね。

昨日・例の如くON THE SOFA寝してたら「ひんやり」。sentimiento熟成時はSEXY感が付き纏う。いい感じ。ここしかないんじゃないかな。ちょっと人肌さえ恋しくなるもんね。ぬる燗・想像としてのおでん(別に現実でも構わんが)。食欲も少し回復してきてる。見事に気温と反比例。

そんな中、hostlive近づいて参りました。

timetableはこんな感じです。

19:30〜浪速のカエターノ・すっぽんぽんZ

20:30〜NOVOS NANIWANOS

21:20〜CVS COWBOYS

間をdj;kojimaが埋める。そんなことになってます。若秋・なfoodとワインを楽しみながら泣いたり笑ったり踊ったりしましょう。時間は余裕持った設計になってます。秋はバタバタしないの。

すっぽんぽんZファンの方・遅れないでね。今年はこれで最後かもしれません・やつら。

おれは・いきなりのsentimiento全開かもしれません。わかんないけど。まだ・なにも決めてません。週末に考えます。いとつきづきし・なる演奏にはしたいと思ってます。



posted by 浪速のCAETANO at 16:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月17日

なんどでも・ごめんちゃい

台風成りの台風、強烈だったけど、みなさん大丈夫だったでしょうか?川が暴れたねえ。選挙活動を中断して対策にはしった市長もいれば家でTwitter三昧の市長もいる。後者が「おれらの市長」ってのが不幸だ。

水引いたあとがこれまた大変だ。

淀川もそうだが大和川も危なかった。かなり。阪堺大橋から見た水量はすごかった。側道は完全に水没。「津波」に対する心構えしとけよ・ということだろう。自然からの意思・メッセージをそこに感じるとするなら。

そういうのが「アホらしい」と思えなくなってきた。自然が明らかに「変化」しているこの場合、おれたちも「変化」するのが流れだろう。

自然からの「声」を静かに聞こうとするとき、今・おれがそこに感じるのは「怒り」だ。ま・おれがそう感じるだけだが。人間どもをWASH AWAYしてしまいたい・そんな意識を感じることがある。超能力者ですか・あんた?と問われれば、「いえ・そんな・・・」と口ごもるし、CLAIRVOYANTだったあ?と訊かれれば「あ・ちょっと用事思い出した」と席を外すとおもうけど。

そういう風に「感じる」だけなんですが。

自然は今・「やさしくない」そう感じる。母に喩えられるが、怒ったおかんの怖さ・みなさんも体験済みだと思うが、ここは一度おかんにひれ伏すのがいいのではないか・と思ってる。

古代人・中世人ならそうしてたはずだ。そうしたから許していただけるかはしらんよ。おかんの機嫌次第か・と思われる。ただ・いらん挑発はもうダメダメ。何を言われても頭を下げ続ける。怒りが収まるまで。ちょっとぐらい小突かれてもひたすら耐える。たえがたきをたえる。

それ以外に方法がわかりません。わかりません・というのも古代的で良いか・と思われる。

何を(いろんなことを・だろうね)怒っているか・確かめたいが、それさえもが「小賢しい」と判断されるだろう。

さて、賢い気になってしまってる現代人にそれができるだろうか?
posted by 浪速のCAETANO at 15:01| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月15日

歌おう・歌によるが

プーチンにノーベル平和賞を。もちろんオバマから取り上げて。

プーチンが「いつまで」それに値するかは「置いといて」。

voyagerと書くとstartrek世界のキャスリン・ジェインウェイ艦長が、セヴンオヴナインが・・・ということになるが、現実のボイジャー一号はやっと太陽圏を離れたとこらしい。牧歌的であるよね。しかし、これがリアリテイなんですよね。そこらへんもうよくわかんなくなってる・だはは。

エリア51に宇宙人が囚われているのかどうか、そんな話のリアリティもなんだか判別できなくなっている。おれたちの知っている科学ではそれはあり得ないが、科学の「外部」もまた果てしなく、それは現実のボイジャーがこれから向かう「空虚なのかなにかが満ち溢れているのか」わからない空間と太陽圏の比率ほどのものかもしれない・そんな思いに駆られるからか?

それにしても、おれたちの知識のなんと「限られている」ことよ。それに比べて、その想像のなんとまあ「自由な」!VIVA前頭葉。

それはまたこんなことにも喩えられるかなあ。

言葉の限界と表現の無限性。

言葉はそれに何かが付加された時、その表現力は倍増する。音声の抑揚から始まり・身振り・音階。表現力は情報量と言ってもいいかと思うが、そこには意図しないものも含まれるわけでその偶然性もまた「味」だったり。

他人のうたを聴くのは興味があって、ただ、その興味は5秒で萎むことも多いが、興味が長続きする対象には「歌を書いて歌わせたい」と思う。

歌はヘタの方がいい。自信持ってる歌い手はおれの興味の外にあるなあ。ギターで言う「手癖」みたいなものができちゃってると精神的EDになる。現実も・・とか、いらんこと言うな。

ヘタの自覚がある子が譜面に正確に歌おうとする時、これは「かなりいい!」おれは「j」関係の歌い手・特に女子、「もう奥まで見てー」なのとアメリカのバカR&Bシンガーの真似してるバカ女と口の中でこねくり回したように歌うバカ女たち、まとめて香港の魔窟へ売り飛ばしたい・そんな衝動に駆られることがあるが、今興味の対象はそんなところではない。

「萌え」という感覚、あまりに多用され食傷するのだが、そのなかの・バカたちが消費し忘れて宙ぶらりんになっている部分がある。ここはもう「いつまでも存続」するところ。実はそれは前々からあったのだけど、「萌え」に含まれて認知されかけたが、目立たずにそこだけむやみな消費を免れたといった感情だ。SENTIMIENTOと言ってもいいか・と。

そのプロトタイプがあまりにもBIGなシンガーにある。

それは初期のユーミンだ。

風立ちぬ・の宣伝で流れる飛行機雲の「空にーあこがれてー空をこえてゆくー」そこに凝縮されている。他のところは少し演歌はいってるのだけど(演歌がいかんっちゅーんじゃないの・今萌えの話)、そこはわりと平坦なペンタのメロディだけど、ユーミンも歌「ヘタ」だから音程が安定しないのをがんばってしかるべき音程を揺れながらもキープしようとしてる。ここ、か・な・り「かわいい」。「あこがれてー」のとこ、一番顕著。

コンピュータで音程改善なんてせんでもいいからね。歌は「そのひと」がちゃんと出る。そして、これがその人の中の「いいとこ」が出ること多し・である。カラオケとか行きすぎてJのモノマネが身についちゃってる・のはGOTOHONGKONG、だが、だから、歌に対してやや臆病なぐらいがいいわけ。

「歌がいい」というのって、一種類じゃあないから。おそらく70億種類ほどあります。
posted by 浪速のCAETANO at 16:09| 大阪 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

うそだらけ

放射能汚染の水がもう2年半も漏れ続けていて、廃炉には300年かかると言われ、更に日本版NSCや秘密保全法案やらで管理されつつも戦争へと舵を切り、TPPでヤバイもの食わされ、賃金は下がり、増税でさらに貧乏になり、その不満はスルリと躱され隣国への憎悪として「再編成」。どこからどう見たとしても「戦後で一番ヤバい」のにオリンピックがきてなんだか幸せ。

どあほ!

6・7年周期で大地震起こってるんだけどね。首都直下型地震は起こらんよ・多分ね・って、なんか、「弛緩」してる。ま・そんなことを真剣に考えとらんのだよね。そんな時、みんなを「見殺し」にするつもりでしょう。FUKUSIMAに対して今やっているように。ひょっとして、それをベンチマークにしようとしてるね。

おそらく「当たってる」。

もう実質「戦前」ですよ。なのにオリンピック来るからなんだか「幸せ」。

ぼけ&カス!

ぼけ&カス・でしょう、そこ。80sなかばから始まった「バカ大量生産」が見事に奏功したね。いやー、やられた。誰が一体企んだのか?OR、集合無意識の産物か?どちらにしても「国の崩壊」を目論む・なんてのは「普通」じゃないけどね。でも誰かが「そうしたかった」わけで。一体それは誰(ら)?

もひとついやーな巡り合わせを発見してblueになる。2020って日本書紀1300周年ってしってた?なんかいやーな予感。カナリヤの予感。もうほとんど北朝鮮とかわらんと思ってるが「マンセイ度」はさらにレヴェルあがるね。

どんどん眼差しは暗くなって行く。

古代のことで書いたこと、遡れば遡るほどおれが書いたことに「嘘」があります。逆に言うなら新しいものには「真実」がかかれています。おれも勉強したさ。今もしてる。同じことを二度書いてればそれは新しい方が正しい。邪馬台国の東遷なんかが嘘。大嘘。しいません。それでも書紀の嘘に比べれば可愛いもんだけど。

その大嘘が「もうあらかじめ決められた事実」としてこれからまた新たに語られることを思えばゾッとします。でも、抵抗はしたい。それは無意味ではないと信じてる。

小分けにして書こうと思う。
posted by 浪速のCAETANO at 16:42| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月13日

小市民のすすめ

なんだか、大阪市、来月から紙を普通ゴミとして一緒に出せなくなるみたいでホンマ・めんどくさ、だ。

おれんち・仕事柄「紙だらけ」なのであって、それだけ別にしてすごい量の段ボール・・個が出来たとして、で・それをどうすんの?なんか・入ってたチラシでは業者が一個1500円で回収とかなんとか、、意味がわからない。

最強のゴミ焼却炉があるんじゃなかった?北港いく途中のあれ・そうよね。ダイオキシン出る暇もない太陽表面温度ほどの高温でゴーっ・燃やせばいいんじゃないの。

おれ・生活のそういうとこに「コスト」かけんのが【何よりもキライ】なんですけど。ゴミの分別・最高に嫌い。その話を聞いて以来・大変不愉快だ。おれは「市民」が向いていないのだろう。でも現市長を熱狂的に支持したようなアホと一緒には論じられたくはないです。

じゃあ、出ていけよ・なんて言われそうだが、是非言って。

いや・あのね。大阪市民が向いてる・向いてないではなく「市民」が向いてない。じゃあ「村民」が向いているのですか?と黒い瞳に泪を湛えた美少女から質問されたらどうしよう?

そうではないのだ。あのさ、みんな市民のフリしてるだけ。その「フリをする」ってのも大切なことなんだけどね。一万円札を一万円と思う・みんなで、ぐらい大切なことなんだけどね。いや・それだけでいいのね。市民のフリをしておくことが、大切・とっても。

なぜか?

別におれたちはゴミの分別のために生まれてきたわけじゃないから・おそらく。うーん、こういう物言いも最近は流行らんし、HUMANISMだけど。他の生き物のこともあるからね。ガイア的観点。

人の「社会」を成り立たせるためには・そこ・エッセンシャルだしね。だから、そこだけホントに「向かんのにがんばってやってる」わけだからもうそれ以上の市民的制約・やめて・お願い、と言うておるのだ。

そういうちまちましたことをさせる・っての・ほんとに「お前は市民なのだ・わかったか」と言われ続けてるみたいで「本当につらいんです」いや・まぢで。
posted by 浪速のCAETANO at 15:30| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月12日

えっ・なんでまた!?

健診の結果を聴きに、平成クリニックへ。

もちろんメタボではなく、γーGTが高いだけで(前日飲んでた〜3時)織り込み済みで、例によって悪玉コレステロール値が「低すぎる」・低すぎるのもね・もうそれも吹田時代に耳にタコ・で聞いてるので・はいはい気を付けまーす・と言いつつ帰ろうとしたら「ちょっと<栄養失調気味>ですね」だって。

久しぶりに聞きました・【栄養失調】

なんでやねん。

確かに夏は「食えん」し、夜飲み出すともう食べないからね。しかしそれが『栄養失調』って・くくく、オモシロイぞ・doctor!

夏はあかんねん。胃のキャパがなくなる。中津来てからそうなのね。だからたまに「これではいかん!」の【胃拡張チャレンジ】に走る。インドカレーのこともあるし、十八番のこともあるし、しかしメシが基本的にそんなに食えんわけよね。

食うためには、特にこれは男子に特有だと思いますが「意気込み」が必要よね。そう思う。意気込みがない・わけです。勢いと言ってもいい。それ・人間のエネルギーに関わることだと思う。かと言って、おれが今・特にこの夏エネルギー不足だったかと言えば、そんなこともない。腹一杯になるとかえって動けない。メシ食わなくてもパワーは出せる。特異体質。なんかどこかからエネルギーの源を探してきて効率良く燃やすシステムが出来上がったのかもしれない。そうだったら嬉しいと思う。

しっかし、これ、なんだか、【栄養失調】ってなあ。

時代を先取りね。とカナリアの自負。

posted by 浪速のCAETANO at 18:28| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月11日

あーそうか・そうね

ちょっと爽やかだとすぐチャリ男になる。チャラ男ではなくって。

焼肉地帯・生野まで行きは上町台地を横断して、帰りは上町台地を回避して。結果・かなりの発汗。でも、走り出しはかなり気持ちいい。2・3日連続で「ごっつおう」食べたので、ちょっとカロリー消費。しかし帰りに「天ざる」でチャラかもしれない。まあ・どうでもよろしい・ホンネはね。

本日9・11だった。あの9・11の日に尖閣買ったのかあ・とその恣意性にすこし驚いたのだった。

なんか・思うのは見通しとかを立てないまま「危険な賭け(危険な遊戯)」を始めてるなあ・という事。その主語は「右翼」でいいと思う。もっと言うと、おそらくどんな人の中にも存在する「右翼的心情」が・である。

その右翼的心情は、個人から街やcityや都道府県やらをカルく飛び超えて、国家に吸収されている。それはmediaによる連続的な喚起による欲望の肥大化に見合う自己の設定があまりにも現実とかけ離れてしまったかということの結果だけれど、もうそんなことをグチグチいうことさえ憚られ、それだけで充分「非国民」なのだろう。

東京オリンピックに対して、ちらっと「でも福島がさ〜あ・・・」と一言言っただけですんごいバッシングの嵐なのであって、その幸せに「口挟む」のがまたまた「非国民」。

あのね、あーた個人は「個人でどんだけ満たされているの?」と質問してみたい。その血走った瞳の背後にはそんなに幸せが見えないんですけど。あ・おれがバカなのね・おそらくね。

なんか思うのだけど、オノレに楽しさを作り出す能力のない人々・多すぎんだろうか?今・TVが面白いって人はほんと「アタマどうかしてる」と思うが、もすこし相対化してもよかろうに・と思うが、なんか外部のものに「ハマって」ないと現実が生きれないわけでしょ・早い話が。

「かわいそうに・・・」と絶句する。そんなにおもんない人間なのか・キミは。それなのに、おもろい目に絶対遭わなきゃいかんわけ?なんでまた?それで外部のおもろい・を渡り歩くわけか。なるほどー・。

そうゆうのなんていうか知ってる?「消費」って言うのよ。

どこまでも「消費者」として生きてください。
posted by 浪速のCAETANO at 17:58| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月10日

心配症

こんなことにならないようにしたいもの。


1936年8月の2週間、夏季オリンピック大会の開催中、アドルフ・ヒトラーのナチス独裁政権はその人種差別主義、軍国主義の特性を隠蔽していました。ナチス政権はオリンピックを利用して、平和的で寛容なドイツのイメージで多数の外国人観客や報道記者を惑わせました。1931年、国際オリンピック委員会は1936年夏季オリンピック大会の開催地をベルリンに決定しました。2年後、ナチ党の最高指導者アドルフ・ヒトラーがドイツの首相になりました。1936年ベルリンオリンピックのボイコット運動がアメリカ、イギリス、フランス、スウェーデン、チェコスロバキア、オランダで表面化しました。多数の国のユダヤ人選手が個人的にベルリンオリンピックをボイコットしました。しかし、米国のアマチュア体育連盟が1935年12月に参加に賛成投票すると、他の国も同調し、広範なボイコット運動は衰退しました。

ナチスは8月1〜16日の夏の大会に向けて周到な準備をしました。巨大なスポーツ複合施設が建設され、オリンピックの旗とかぎ十字がベルリンの記念碑や家々を飾りました。大半の観光客はナチス政権が反ユダヤ人の看板を一時的に除去したことに気づかず、ベルリンのロマ族を警察が一斉検挙したことも知りませんでした。また、ナチス高官は外国人訪問者はドイツの反同性愛法の刑事罰の対象外であると命令しました。

1936年8月1日に、ヒトラーは第11回オリンピックを開会しました。新しいオリンピックの儀式にのっとり、古代オリンピックの開催地であるギリシャのオリンピアからリレーで運ばれてきた聖火を持つ一人のランナーが到着しました。これまでのオリンピックより多い49の競技チームが世界中から集まり、ベルリンオリンピックで競争しました。ドイツは選手348人の最大のチームを出場させました。2番目は、18人のアフリカ系アメリカ人を含む312人の米国チームでした。ソ連はベルリンオリンピックに参加しませんでした。

競技のイメージはナチスドイツと古代ギリシャを関連付け、優秀なドイツ市民は「アーリア人」文化の正当な継承者であるというナチスの人種的神話を象徴するものでした。一丸となったプロパガンダはオリンピック後も続き、1938年にはドイツの映画制作会社とナチス支持者レニ・リーフェンシュタールが監督し、議論を呼んだドキュメンタリー「オリンピア」が国際的に封切られました。ドイツは第11回オリンピックから勝利者として姿を現しました。大会後報告書が新聞社に送られ、ヒトラーはドイツ拡大のための壮大な計画を強力に推し進めました。ユダヤ人の迫害が再開されました。オリンピックの2日後、オリンピック選手村の所長、ウルフガング・フルストナーはユダヤ人の子孫であるという理由で軍を退役させされ、自殺しました。



たとえば中国・韓国が参加しない・そんなオリンピックもあり得るかな。

おれは2020まではno warと思うけれど、それが楽観論だと言う意見もある。

すべては、今・大喜びしている人たちの心の中に「溜まる」マグマ次第だと思う。
posted by 浪速のCAETANO at 16:19| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月09日

all u need is right

ロビイ活動とかプレゼンとかコンサルタントとか、違和感だらけの言葉が踊る・そんな五輪招致の現場のようだ。

それに対応するご褒美は「収益」や「経済効果」だからある意味ナットク。

福島は「ヨゴレ」だが、TOKYOは安全。そんな物言い・許されるのだろうか?いいわけないけど。意識の上で、FUKUSHIMAを「切り捨て」て手に入れたオリンピック・そんなことだ。現実にそうならないことを(なってる?)・これからは願うばかり。

もう既に商業五輪・naturally・だからそんなこと言ってもしょうがなかろうが、ビジネスマンのはしゃぎ方に身体の芯からチカラが抜けて行く。ピラティスしよかな。

もう、そういう平等を志向するなんて考えは「建前」においても成り立たないのだな。非東京は東京に「奉仕」してナンボ。

さて、しかし、2020までは「NO WAR」ではある。ただし、その後は?

絶対もうやっちゃいかんが、内部にはものすごいマグマが充満するだろう。オリンピックは重しであり蓋であるからそれがあるうちはいいが、その後は?

最も危険な時間帯がやってくる。地元ではメダル・ラッシュのはずだしね。国威は発揚される。政治家はもう少し「長い目」で状況を見ないといかんと思うが、7年後って「near future」やん。そこへ向けnationalismが高揚して行くだろう・二次関数的に。

既に、東京五輪に固執した前都知事への「再評価」が始まっている。維新も復活するかも知れない。堺市長選・ちょっと注目しないと。まあ・世間は見事に「right only」になる。首相の支持率もぐいーっと上昇ね。今。抵抗は無意味・ですね。

7年間の「安全」の代償は「高い」だろう気がしている。もう脚本が見えたね。身の処し方も必然的に決まってきました。それはそれで覚悟もできるわけで。
posted by 浪速のCAETANO at 09:24| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月08日

TOKYO五輪決定で

最悪の事態はこれで避けれると思った。

平和の祭典と戦争は最も似合わない。消費税が上がる不幸も・TPPで絞られる不幸も、人がむやみに死んで行くことよりは「まし」である。

きれいごとをどんどん言って頂戴・安部ちゃん。その綺麗事がキミを縛ることとなる。

今・進行しつつあることにブレーキがかかるとも思わないし、TOKYO一極集中はさらに進むと思うけれど、分かり易過ぎる「悲劇」には2020までにはならない。そこ一点集中でめでたい。そのころには別の安部ちゃんが登場しているかもしれないが、それはまたその時に。
posted by 浪速のCAETANO at 08:09| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月06日

最高の気候/HOSTLIVE

年がら年中・今日みたいな天気でいいよ。でも30℃ってこんなに爽やかだったろうか?

おれたちの暑さに対する感覚、ゲタ履いてる。

昔・35年ほど前、どんなに暑くても33℃だった。覚えてる。それでも暑いなあ・なんかスッとするもんのみたいのう・なんて言ってた。随分マイルドな暑さだったんだな・と今思えば、、、である。

堺まで往復のドライヴ・本日は大変快適。もうホント年がら年中・今日みたいな天気でいいよ。これが温帯よ。

tutor先の引き篭もりに、「どっか行け、旅行しろ、島はどうや?」と言っていたらオノレが行きたくなってしまった。今chanceを・可能性を探ってる。

お天気が良ければ海は最高。悪けりゃ最低。だから、島は「突発的」に行くのが正しいと思ってる。今日決めて明日行く・そんなのがいいだろう。by sea。できればランチア持参で行きたい・とそんな風にも考える。となるとまあまあ大きな・となる。その場合はね。

今年は暑すぎた。だから、少し・今日みたいに涼しいだけでもなにかしら心の中がザワッと騒ぐ。

秋のHOSTLIVEのテーマは毎度っ!の「SENTIMIENTO」であるが、今年は「お彼岸」がそうである。ちょっと早いよね。いつもは熟成が・・・・とか、タメないと「タメ」など言うくせになんでやねん?と思われる方も居らっしゃるはず。

今年のsentimientoは、あの夏の猛暑を思うに、熟成させすぎると「えっらいこと」になる・と判断したわけです。例えて言うなら、いきなりの「ソフィア・ローレン」の出現・そんな感じ。どんな感じ?という方もいらっしゃると思うがそこは「お勉強」していただいてえ。

少女がいきなり・間はしょって熟女に、そんなぐらいの「暑さの仕込み」が行われてしまったわけ。そのタイミングを見分けること・大変に難易度高く、日程調整はかなり難しい。お客様のあることですし、ね。

で、どう考える?;
こう考える。
SENTIMIENTOの「早摘み」だぞ・とね。

今年は往年の女優に例えればもう間違いなくソフィア・ローレンやMMやBBが「出現」してしまう。それほど夏の暑さは「強かった」し、秋の熟成も「深い」わけです。その・「間違いないところ」を早摘みして「いただいて」しまう。ほら、ちょっと盛り上がったんちゃうん?

かならず「いいオンナ」になると確信のある娘ををリセのうちにいただく。えーっと、あくまでも「喩え」よね。

そんな思いのSUN HALL HOSTLIVE por 浪速のカエターノ=marutanikaz, 今度は最高の音でCOWBOYS聴こうか!ゲストはノヴォス ナニワーノス、すっぽんぽん ズです。
posted by 浪速のCAETANO at 17:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月05日

今回はローラー作戦

縫っていたところの抜糸が終わったがマキノに「ムシみたい」など、言われてた箇所が完全に死んでいるのだけどびらびらと小大丸1唇状態になってるとこを爪切りでカーット。内部は薄皮が育っていた。極力乾燥の方向で。

いやー、すごい雨だった。雷といい、トルネイドスこそなかったものの、なんか不穏なものが上空におりましたね。邪悪と言ってもいい。今実家に何ともなかったかを確認したところ。

母は明日句会・と言っていた。まあ一安心というところ。ライヴを句にしたとも言っていた。読んでみたい。

一夜開けて雨は降ってはいないがスカッと晴れてるわけでもなく、秋晴れとまではいかないみたい。しかし空気は入れ替わった。

アレですね。豪雨に竜巻、上の方ばかり気にしてると地面が揺れる。安心できない・そんな日々の中、たまに何も起こらず、ただただ天気がいい・なんて日に外メシしながら「ありがたい」などと思う。しかし、根源的緊張感は残しておきながら・そういうことでいいんだと思うし、それでノーマルなのだ。ナチュラルと言うか。

安心しすぎていたのだ@20世紀。もう世紀末後13年になるわけかあ・と詠嘆。100年前ならアール・ヌーヴォーからアール・デコへ。しかし「余地を詰めつつ」同様のことが進行してるな。その分野をアートからコース0〜360・マークー90〜+90と網羅しながら。詰めていくことが資本主義の運命であるとして、その先には多くの人たちの予想通りの「荒野」が広がるのはもういいが、その荒れ果てた地面に雑草はあるのかが気になる。

多くの人は全体像が見えてはいないから目の前のことに熱中するのはいいとしても、それよりも知性があると自他ともに認める人々がその振る舞いにおいて、客観的に論じつつもやってることはやはり貴方も凡人・それともそこはアホの振り?メタフィジカルな・あんだけ力説されていたその視点だけを見事におうちに忘れてきましたー・そういうとこちょっとかわいいでしょ・ボク、みたいな・ね。

死んでちょうだい・と切に思う。死んでいただければ、そこから先・網羅的に「荒らされず」に残るからだ。もう少し「先送り」できる。勝者がすべていただくシステムを分かり・論じる人々が勝者となること、そこは「おいといてー」なのね。システムは常に彼・彼女に網羅の誘惑をチラリ・チラリ。うーん、逆らえないよねえ・やっぱし。

アール・ヌーヴォーからアール・デコへ。

posted by 浪速のCAETANO at 10:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月02日

HOLIDAYS

今日はみなさんの、最後のRAMADA・ビアガーデンに参加させていただいてその末席を汚す・そんな予定なのだけど、お天気がどうでしょう?おそらく、中止になるでしょう。

RAMADAは東洋ホテル時代によく利用させていただいた。今のジュンク堂あたりにあった東急とともに「おれのラブホ」でした。みなさま・ごめんちゃい。

でも今考えると、どちらもいいバーがあってマナーも「肩肘張らないがしっかり」そんな形容がぴったり。世はバブルだったのかもしれないが、ばか不動産屋とは遭遇したこともなく、いわばそれば「バブル前期」でそういった風俗が一般に浸透する以前の時代だったはず。約30年前の話。一般的なバブルとは距離を置いていたわけで、だって「カッコ悪い」から。センス・エリートにはカネの力だけではなれません。

A DECADE-IN FAKEのヴォーカリスト・フロントマンとしてもう「バリバリ」だった時期で、今でも難波屋界隈ではA DECADE-IN FAKEが日本一カッコ良かったと大言壮語する方がいらっしゃって恐縮である。

原田知世が見にきてたり、濱田マリがファンだったり、山海塾の白塗りが通路固めてたり、なんかわくわく・ぞくぞく、だった。

ほんま、今の時代、似合わんわ・おれ。同様の思いの方、いらっしゃればお互いケナゲに生きていきましょうね。

賢い・カッコいいやつがアホとダサいやつらの論理に蹂躙される時代だと思う。一般論ね。大衆化社会ってそういうことね。じゃあ、そんな時代にかっこいい・賢いとされてるやつは・・・・・・・・・。その・・・・・・・・は書けないが、・・・・いやあ。書けないよ。

ひょんなことからアール・ヌーヴォーに一時間ほど浸ってしまった。ミュシャ展が天六で、もう終わったけどやっていて、たいへん懐かしく、その優美、柔らかさ、曲線、すこしのグロテスク、そんなもののなかに囲まれていた。正直、アール・デコの方が昔は夢中になったけれど、大衆化の・それもまだ罪深くない時期の大衆化に対応したデザインとしてのアール・デコだった。アール・ヌーヴォーとアール・デコはオート・クチュールとプレタ・ポルテだね。そのアール・デコ以前の優雅さと思い切りフェミニンなそれらは、忘れていたタイプのゴージャス美人に再会したような・まるで。

実はこの三日間、店には行ってたが仕事が休みだった。一日目に朝までコースの失敗でその影響が三日目の今日さっきまで残ってたが、最後の一日楽しく過ごしたい。さて。
posted by 浪速のCAETANO at 11:18| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする