2013年10月30日

そんなことじゃ一瞬の自由さえ

タイヤのtubeを交換してもらって、早い話がパンク修理だったのだが、チエーンのサビサビも復活したアヴァランシェちゃんを貰い受けそのままコリアン・タウンへと向かう。

ほんと、気持ちいい日だった。ギター教室だけの日だったからそのまま玉造の劇シブな居酒屋で飲んでいた。自由を満喫。一瞬ね。

自由は「一瞬」てのに慣れるのが必要だ。今・自由を切り売りするしか生きる術のない時代なのだから。そしてその傾向はどんどん加速され、みんな呼吸困難に陥ってしまう・というのが「普通の見たて」だね。先行き・暗いです。

こんな世の中に誰がした?

なのに、なんだか危機感のない日本人全般。不思議な民族。最後になってから「慌てる」のだろうか?

思うのだけど、「右」の方にいれば自由を奪われる側ではなく、それらを支配する側にいることができる・そんな風に思ってるのではないか。もしそうだとするなら、アッタマ悪過ぎだね。

いつだって、支配する側は「一握り」よん。歴史をちょっとぐらい俯瞰してみたらいいのにね。いいように使われるだけだよ。しかも「使い捨て」なのにな。

間違いを繰り返す。ま・しかしほぼ一世紀まえのことをリアルには感じられんだろうなとも思う。首相でさえも「戦争を知らない子供たち」の一人である。

やっぱりその「現場」まで行ってえらい目に遭わないとわからんのだろうな・そう思う。

戦争のことを言うと「そんなの起こりっこないよ」と言ってるくせに中国FU◉K・とも言い、じゃあアンタのその精神の上での「振り上げた拳」はどうすんねん?頭ポリポリではすまんでしょ・まさか。

事情は中国国内と類似してる。大陸では、経済的な不満・自由への不満が「共産党政府」へ向かうのを反日へと迂回させてる。列島では経済的な不満と資本主義ゆえの競争での落伍と絶えず欲望を喚起させられることからくる充足感の欠如を反中へと捻じ曲げられてる。メンタリティは戦前の思い上がった日本人と現在の自信をなくしつつもそれを認めたくない・そんな断末魔的な痙攣・そんなものが垣間見える。

要するに国内が「どちらも不幸」なのね。ただその度合いということでいうと資本主義の「デッド・エンド」により近いこの国の方がもう「策」が尽きている。そんな時は中国を初め他のアジアの国々と仲良くしてその繁栄のおこぼれにあずかりつつ破滅を先延ばしする・それしかないのになあ。

アメリカが日本にもっと露骨にそれをやってる。相似形というのが見えないのね。与えるものがある時はそんなに「ずるさ」は表面化しないものよ。ほんと、GIVE&TAKEが出来ると思う。そんなことが出来るタイミングもどんどん逸していってる。みごとなアタマ悪さだ。
posted by 浪速のCAETANO at 19:13| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

それだけでは「片手落ち」だ、追悼。

lou reed の死への反響が大きすぎる、とおれなどは思ってしまう。これは「消費者」が莫大に膨れ上がってることと関係あり・そう思う。

あのシブさが「ちょうどいいほど」にみなさんが消費者になったことを意味する。LOUがVELVETSが津々浦々までやっと浸透したことも意味する。「おしゃれ」のニュアンスにもハマっていることも意味する。LOU REEDをカッコいいということが「カッコいい」のだ。lou reedという現象は「危険」ではなくなった・ということだ。
そこ若干・勘違いも入ってるけど。

岩谷時子氏も亡くなったよ。越路吹雪や加山雄三は彼女なくしては語れんよ。「二人お〜夕やみが〜・・」「ため息のでるような・・」「ウナセラデイ東京・あーあ」「逢いたくて逢いたくて」「わっすれられないの〜あんの人が好きよ〜」「イカルスの星・あの人を見たらかえれと〜言って〜」「V I C T OR Y サインはV」「ほんきかしら・すきさだいすきさ・世界で一番君が好きさ」「君を乗せて夜の海を渡る船になろう」「君たち男の子gogo」「メルモちゃんメルモちゃん」訳詞なら「はなたのもへるてで、はたしをだきしめて」「あなたの好きな方と踊ってらしていいわ」「わたしは夢見るシャンソン人形」ほら〜・思い出せるだけでこんだけある。もっとある。

小学校時代、加山雄三のLPのなかに入ってた「びっこの子犬」という曲の歌詞が悲しすぎて悲しすぎて、歌詞読んでるだけで、最初泣けてきて、その後、「ん?」と思い、最後はひっくり返ったことを思い出した。

絶対、LOU REEDより「お世話になってる」と思う。世代にもよるかも知らんが。

LOUのことだけをみなさん語りすぎで、「もう・ええっちゅうねん」化してしまいました。
ま・天邪鬼なので・ごめんね。

posted by 浪速のCAETANO at 17:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月28日

HE PASSED AWAY HE PASSED AWAY.

予習終わりでちょっとだけvtr見ようとソファでゴロンとしたら、5:30までそのままだった。今朝はこの秋一番の冷え込み・と言う。10度だって。

で、LOU REEDの訃報に接す。71歳。

その時代の(そこらへんの年齢の)ミュージシャン、その人たちを追っかけて音楽がライフ・ワークになっちゃったわけで、まあ「人生狂わさせられた」ということだけど、そこ・後悔とか一切ない。一般的なサクセスとかには昔から興味がなかったからだ。

その年代の人々、今はあかん人も多いが、それで普通とも思うが、まだ「追っかけたい」そんな人たちもいる。
そんな中の一人が LOU REEDだった。ヴェルヴェッツからソロまで、NY PUNKの先駆けとも言えるその存在なくして「TELEVISION」「DNA」「TALKING HEADS」の浮上はなかっただろう。MARC BOLAN・DAVID BOWIE・IGGY POPらとともに「そっち方面」の趣味というか志向と言うか嗜好は紛れもなく「都市」生活者の視点からのもので「冷戦時代」のあだ花として最高の音楽をおれたちは体験できたわけだが、あんなにNYCに特化した非汎USA的なミュージシャンもいなかったな・そう思う。

ヴィシャス、ワイルド・サイド、ソングタイトルがその人を表す、ま・珍しいのではないか。イメージに「無理」があれば、おれたちも気付くのだが、一生騙してくれてありがとう。そこが60sのミュージシャンの作為のないしぶとさ。逆にマーケティングが入るとどんだけつまんないか、ね。

兄貴たちがいつまでもいると思っちゃいけない。おれからみたら母方の伯父ぐらいの感じだけど。

R.I.P. LOU.
posted by 浪速のCAETANO at 08:56| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月27日

21世紀の「アメノウズメ」

昨日の「GANGIO GANGIOMA」の舞台が頭の中から離れない。

豪華なその世界のゲストたちと同等の立場で「めぐ」が舞っていた。あれは踊りではなく「舞」。

舞踏の文脈でいうなら、おそらく「掟破り」にも見えたその「舞」なのだが、ジャンルの脱国境を成し遂げた素敵な舞い手のDEVUEに立ち会えたその喜びの方が大きい。

めぐは間違いなく「アメノウズメ」。そこ・日本一。「突き抜けた美しさ」があった。もちろん舞踏という現場の、逆風に一見思える・実は順風が背中を押したこともあるだろう。だが、その・これまで垣間見せつつも、自爆していたその表現の顕在化に見事に大胆にそして奔放に成功していた。やったな・めぐみ!!

おれは、その現場に立ち会えて「幸せ」だったよ。こういうの「break through」と言うんだよね。

なによりも「解放されていた」ことが良かった。伊達にいろんな世界に首突っ込んだわけじゃないよな。スケールの大きい舞い手になっていくだろう。その可能性は見える。

すっぽんぽんz・めぐ・のことでした。
posted by 浪速のCAETANO at 15:32| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月26日

Saturday morning

土曜の朝。台風一過(近畿限定)。地震もあった。そういったALL STARS要らんけれど。

ただし、それも「カミの意思」であるなら「仰せのままに」だが。

朝の渋茶がより渋いやないの。まあ実家に行って、日本茶の良さにしみじみなって、そうかおれんちはなぜか急須がないからなあと思いながら、それは我が家でお茶と言ったら長年「中国茶」だったからなのだが、じゃ買いに行こうと買ってきた。で、戸棚の中を・他のもん探してたら急須が見つかる。「ん〜・もうっ!」

一気に2つも急須ができて、渋茶も似合う年になってきたことでもあるしお茶にも凝ってみたい。千利休。

というか「お茶漬け」に凝りたいのかもしれない。ここは、避けて通れないのだ。いつかはどっぷりハマらねばなるまい。そんな覚悟は・ある。

これについてはまたいずれ。

新阪急ホテル、若い頃・散々利用したが、ヘーそうなの。内部告発かな。でしょうね。確かにギターでニセモノつかまされたら腹立つなあ。ただ、マスの卵を「レッド・キャビア」ということ自体・大丈夫なのか・と心配になった。すでにキャビアではないものを・・・キャビアと称することに「?」浪速のカエターノsays、だはは。

阪急阪神のえらいやつの言い訳には「アホか」だけど。「・・・フレッシュ・ジュース」という名の「ものすごく旨い冷凍ジュース」を作ってるメーカーなんてのもありそうな気もするのでね。

もちろん、「ウソ」はいかんが、しかし「ウソ」のまったくない「正しい世界」におれは興味を持てないが。

またひとつ「窮屈」になっちゃったかな・という気がします。なぜヒトは結果・硬直を目指すのか?

そして客はそんなに「ナイーヴ」だったのか?

その「正しい世界」とは「稚拙な関係の社会」「非成熟な社会」と同義であるなあ。そして、上からは秘密保護法だからなあ。

インフラも精神も脆くなってきてる。跡形もなくぐじゃっと踏み潰されてジ エンドでしょうか。
posted by 浪速のCAETANO at 09:19| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月24日

祝・終了

「いいとも」が終わるらしい。めでたい。

あの時間帯「・・場合ですよ」はそれなりに面白かったのだが。「・・場合ですよ」とは「・・・してる・言うてる(場合か)」と言った完全に大阪の反語形喋り言葉の肯定形・開き直り、ということなのだが、そんな言い回しがタイトルになるなんて!なのだけどそこには80sの漫才の盛り上がりがあった。

めでたいのは他でもいない。うちのバカおやじの見る番組がイッコ減って「ざまみろ」だからである。おれは最近よく実家に行くようになって、「いいとも」を毎日親父が見てることをお袋から聞いて「ん?」と思ったことがあった。おれが最も「けっ・」とか「サルめ」とか思ってる・言ってる現象の担い手が「実のオヤジ」だったことを知って「世間に顔向けできんな」と思った。子どもたちの中でも「いいとも」視聴者は50%ほどで所謂アホたちの愛聴番組だったから。足元を掬われる・とはこのことである。まあ、オヤジの行動が生徒たちにバレることはないけれど、それはやっぱりなんか歯切れ悪くなるじゃない・ねえ。

時々、早よ死んでくれ、と思うことがある。あまりに「ゲス」なのだ。お袋にもそこはほんと同情するとこで、アタマのレヴェルはそない変わらんと思うのだがそこに浮かんでることがあまりに違いすぎてそれが喧嘩の原因になってる。しかしそれでも50年以上一緒に暮らしてるというのが「驚異」だ。底は何処までも深い・アタマくらくら。

真似出来ないです。簡単に言えば。もっと複雑にも言えるが言わない。おれでも約20年の結婚生活を送ってきたからだ。かなりのところまではだからわかる。ただ、それ以降というのはもう一線・二線あるような気がするのだ。そこまでの堪え性がおれたちにはなかったというか、何かに甘えてたというか、まあそういったことのmixture+α・そんなとこ。

戻るが、いいとも・はバカ量産に非常に貢献したと思うから。フジテレビ自体・解散でもいいと思うが。そして「・・倶楽部」だけでいいしね。

しかし、誰が一体あの時間帯見てたのか?あの時間帯ヒマな人って、意外に限られる。おれ・とかだ。ふーん・。
posted by 浪速のCAETANO at 10:16| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月23日

スーパー・パワーの前で

最近、2日に1回は、というか3日に2日は鍋なので翌朝はおじやのことが多い。

雑炊・悪くないです。中国の朝のお粥、奈良の焙じ茶のおかいさん、そして鍋の「明日」の雑炊、どれも甲乙付け難いですね。

キムチの素、チラッと入れて納豆も入れて、、、そういうヴァリエイションもね。牡蠣やら鱈やらのエキスとキムチの風味がなかなかのものである。美味しい。味噌を溶いたりとかね。それもイケます。甲殻類もいい味出すし。彼らのこの二度目のオツトメ泣かせるよね。特に鍋食ってる=飲んでる・だからその翌朝は優しさも欲しいわけですから。理・もあってさ。

さて台風。もうお願いしたいが、お願い聞いてくれず接近中である。なんか恨みでも?そんな感じね。そうでなければいいが、また人が死に、土地がひどく削がれるのだろう。家が押し潰され、資産がゴミとなる。そうなるのはいつも「弱い立場」の人々だ。

離党・僻地は見捨てられる運命だが、そこ「相対的」な話で、じゃあ政令指定都市だったら安全か・とは言えない。相対的に安全でしょう・ぐらいのこと。

おそらく「新しい公共」は自民党に戻ってもさらに推進されるはずで、要は「自分らでなんとかがんばって・よろしく」だろう。ただ、おれたちも充分「ボケ」てたのも事実です。ほんと幸運もあって、精神の緩みを促進させることばっかり起こってたんだもんね。

アメリカ・tea party型の小さな政府がいいなんて死んでも思わないが、自分たちの身は自分たちで守る・ぐらいの気構えは要る。それこそ「専守防衛」でないといかんけどね。gunはなくとも流用できるものはいろいろあるよ。ここは「族」に対する心構えでしたが。

天災が問題やねん・やっぱりな。相手が「カミ」だからねえ。日本人全員で「お祈り」すれば効くのかもしらんけど。絶対しないもんね。全員では無理。

しかしみんな・本当にみんなで南向かって「来るな〜・来るな〜」と念じた時、相手が自然であるが故になんか起こるやもしれぬ・いや・まぢで。そん時はおれたちも「自然の一部」になってるような気がするからである。

ま・現実の利益を誘導してるとこが「ちょい弱い」とも思うが、しかし他に「何が」できる?

これが古代人のメンタリティだと思うからさ。人はその外部の進化を選択したがゆえにオノレの進化を止めてしまった生き物よん。古代から「変わってない」と言っていいのである。だから、スーパー・パワーの前ではきっとそれがいいんだって。それしかないんだって。おれはもう確信してます。そうじゃないわ・そう思うやつは「勘違いしてる」とおれは思うが。
posted by 浪速のCAETANO at 17:43| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月22日

夜明け前に

ヒトが移動する週末だった。

おれは月曜までが週末・そんな感じで、それが終わると週の始まる新しいローテーションで、月曜の夕方からプチ解放・なのだが、今日は明日までTESTなムスメが一人いて、結局10時前まで教えていた。休む間もなく次の回転始まる。ビンボー人らしい展開で自分でもくくく・と力強くない・こういうのなに笑いというのだろうか?
自嘲的失笑とでもいえるかな?どうでしょう、ま・そのようなこと考えてるうちにもうすでに次週スタートしてるんだもんね。

ま・いいのいいの。

自分の出来上がったローテーションをちょっといじるだけで何かに適応できるとなると、まあ嬉しい。逆に、数日のためにそこだけ「組換え」が必要となると「ん〜・もうっ」である。ただただ転がって行く・それが人生なのよ・そう言いたい思いたい時がある。

現代の社会はそういったいたいけな個人都合などにいちいち向き合ってはくれないからオノレを見失わないように・そんな心がけが要るのでしょう。隣の宇宙で生きたい・そんなことを思う。お互いに「わかる・んだが見えない」そんな距離感の別宇宙。

思ってる人間はいる。しかし言葉は交わせない。だが、心の支えにはなることができる。ヒトが困った時・切ない時にその人間を思う。フィジカルな実体は・ない。ないが、いつもその彼彼女はそこにいてくれてる・そんな確信もある。でも見えないし・触れもしない。

が、会うこともできる。どこで?「夢で」。

と書いてきて、「ん〜・これって死者のことだな」と気づく。死者の住む場所。

あるいは「ユニマトリックス」のようなお互い寝てる時にだけ実在化する世界。

そういうのを持てる・というか、もうそういうものしか持てなくなる時間帯になるわけで、ここ、大切なとこですよ。いや・まぢで。凡庸なリアリストにはわかんないと思うがリアルリアリストには賛同いただけると思う。別に賛同はいらんですけど。その際、取り締まりには「頭脳警察」ね。やっぱそうなるか・なるなあ。1984みたいだが、結局「自由」なんてものはヒトの心(頭・脳と言いたいがそっち方面の茶々・辟易なので)の中にしかないのだと考える。そこだけの自由を享受するってのは逆説的だが強靭な精神要りますね。

目に見える世界から消えて行く自由にadios。もうどんどん「不自由」にして頂戴。身体拘束はやめて。それ・拷問だから。

しかし、精神のありようとしては「隠れキリシタン」ですね。ですから、そういうのあまり小金稼ぎで使わないでいただきたい。無邪気って無知と意外に共通項あったりするから。

そんなことを考えてると熊野本宮行きたくなってきますね。そこも別に賛同要らんすけど。最近とんとご無沙汰しててランキングは後白河・おれ・後鳥羽、のままですけど。そんなことも、っほんと・どーでもええが、時期を探そう。大切な聖地なので、自分にとって。世界遺産になって、どうしよう・なんて思ってたが、いい感じにみなさんお忘れになってるみたいで、拍手。アクセス悪いのもおれに追い風。そのままそのまま。

ほんま、立ち寄るだけなら「いらわんといて」いただきたいです。お願い。
posted by 浪速のCAETANO at 05:44| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月20日

自主制作がいいと思う

日曜日は予習の日。

ただ、今日はどうしても食いたいものがあったから、合間に作る。それはローストビーフ。

でも大層なのはゴメンなので「卵焼き」用の・で作る。充分なんだから。

塩とブラック・ペッパーをたっぷりまぶしてオリーブオイルで焼くのだけど、トングで「コノヤロー」って感じでね。焼き目がしっかり付いたならホイルを二重に巻いて蒸し焼き。放っておくとグレーヴィー・ソースが染み出してくる。これすてたらあかんのね。肉の方はホイルに包んで放置。余熱でね。その間にソース作りだが今日はバルサミコで行くと決めていた。

グレーヴィー・ソースに赤・みりん・醤油・バルサミコ。玉ねぎを摩り下ろしてそれで終了。いたって簡単。簡単でいいのいいの。付け合わせは人参のグラッセとポテトサラダ、パンを買いに行ってワインは10種・20本ほどあるし。これで晩メシ準備okだった。秋になってよかったね。実感。


JR九州の「七つ星」だっけ。いいな・と思う。けど、値段高すぎる。富裕層向け・ということなのだろうが、なんかそういうのイラッとくる・若干ながら。言うてないがゆーてるよね、暗に、おそらく日本人にはわかる。

ただ、それさ、目的地があって・ないようなものやんかー。そうゆうのが遊戯っぽくってイヤだね。神戸の晩飯付きの遊覧クルーズのゴージャス版でしょ・それなら。お金使いたくてしょうがない層のもの。あ・やっぱりそーゆーことね。富裕層。今や、完全に「無縁」。

電車の話に戻るが、乗るのはやっぱ目的地がないと。こないだの夏の長崎行きでヤツらが乗った「こだま」旅行を自分でしてみたい。

おれは過程がたのしいもん。目的地に向かってクルマ走らせてる時だって、「そこ」がよくって、もういつまでも「着くな」なんて思うもんね。電車も同じく。でも、準備がいる。そういうことにはエネルギー惜しまない。

こだまは車内販売もないらしいから、いっぱい買い込んで行く。阪急の地下寄って行く。大量に食い物買い込む。食えなくてもいいの。ビールと日本酒とワインも持っていく。それに合うものをさっき買ったはず。別に「八角弁当」も買っておく新大阪で。食えなくともいいの。

オードブル盛り・串カツ・チーズ・西京焼き・料亭のお惣菜・そんなの。で、揺られつつ車窓を眺めつつ、飲み食い。いいね〜。で、うとうとする。目が覚める。ちょうど、止まってる。こだまは「抜かれる」から停車は長いらしい。タバコ吸いに出る。冷たいお茶を買ってくる。で、発車する。最初に戻ってまた飲み出す。うとうとする。また同じことを繰り返す。それでもまだ2時間ほどある。本を読む。うとうとする。目が覚める。八角の旨いとこだけ「つまむ」。で・飲む。いやー・理想的・実に。

そう考えると、昔の寝台車最高だったな・と思う。まさに長崎行きの「あかつき」でCM撮りが昔あってP&G時代ね。今考えればおれたちもそうだがエージェントのやつらも大はしゃぎで修学旅行状態だったな・と思い出す。マジメなのは撮影スタッフとモデルのコだけ。バカたち。でもいい時代。もう戻れない。ということは今後は・ない。やっぱ、今の若いの・かわいそうだなとも思うね。

思うことは、なんでもかんでもお任せの「上げ膳・下げ膳」では、おもしろくないでしょ・ということなの。今だって、こんだけ「狭く・窮屈」になってもまだ楽しめる余地はあると思う。やってもらいっぱなしはどうもこちらの精神状態が窮屈になっていかんのね・自分のばやいですが・あくまでも。

隙間はいつでもどこでもあるし、MEDIAが設定してくれたそんなわかりやすいものには乗せられるかよ・とおれは思う。お金があって・アタマ弱いひとびとは「お金回してね・どーぞどーぞ」ですが。






posted by 浪速のCAETANO at 23:50| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月19日

初風邪をひいて

急に寒くなって、風邪を引く。気が緩む・も関係してる。

エアコンの暖房と加湿器を引っ張り出してくる。ちょっと寒・それと頭痛。こんなひどい頭痛・久しぶりなのだが、あんまり風邪右矢印1頭痛が馴染みがなく・なんだかな、だ。おれはほぼ100%風邪右矢印1喉のオトコなのであって、この症状「変なの」だ。

そんなわけで、昨日はせっかく休みにしたのに「寝たきり」のヒトだった。

能登や出雲への小旅行も考えてたのだが、当然叶わず。酒も欲しくなかった。ただし、おれの「新嘗祭」を開催しました。

「新米を食らう」というやつ。

その新米を何と食うか?作れる状態ではなかったから、ワイン買ったあと、久しぶりにコーナンまで行き、となりの「スーパー・マルハチ」でお惣菜を買おうと思った。

意外と楽しい。いや、かなり・楽しい。

鯵フライ・メンチカツ・酢豚・高野豆腐・明太子、こんなものを買う。帰った頃に新米ちゃんはふっくら炊き上がってるはずだ。出来は、ちょっとした「おこげ」などもあって、なかなか。これ儀式なのでね。

白いご飯を食うことがほぼなく、普段なら色が付いている。雑穀や大豆などが豪快に入っている。カレーなどにも良く合う。一度にそんなに食えないので3合炊いてそれを9〜10のラップ飯にして冷凍庫へGO INTOである。

昨日は食べ過ぎ。それから、ごろごろしつつ、本を読んだり、録画してるものを見たり、そうこうしてるうちに「風邪引いた」くそっ!なんかちょっと寒かったんだもんね。気が緩む右矢印1風邪をGET、典型的。バカ。

引いちゃったもんは治さないといかんわけで、さてどうしようか?皮膚科行こうか、な・あほな。

いかんいかん。38・4度もあるじゃん。道理でしんどいわけでした。頓服あったかな?
posted by 浪速のCAETANO at 10:50| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月17日

ミステリアス

これから、このように「見捨てられ」ていくのだな。またすぐに、27号がやって来る。次はおれかも・あなたかも。

竜巻に台風に地震。・自然現象だししゃーない、と言えればいいんだけどね。情報をちゃんと欲しいもんだね。情報があればオノレで何かできるかもしらんしね。大島は・というか「島」の場合、警報が出ないシステムなんですよ・と言われても「なんやねん・それ」である。じゃあ、システム「改善」しなさいよ。

天災の「後半は人災」。もう・ホンネ言えばいいじゃん。普段なら「一応・みなさんのこと・見てますよ」でもちょっと大変な時は東京と政令指定都市、大変になれば東京・大阪・名古屋ぐらい、もっと大変な時はTOKYOだけ、ホンマに大変な時?決まってんじゃん!オレらだけよー。さて「オレら」って誰?

税金、みなさんまんべんなく払ってるはずだが。所得税払えない人たちだって消費税は払う・となればその増税に対しては、ビンボー人の発言力が高まるのが自然ではないか。問題はビンボーそれ自体が今や「ヨゴレ」なのであって、そこに寄り添う政治家・政党がないということ。じゃあそれは、政治家は特権階級になっていてそれ自体が既得権益の象徴的職業ってこと・ばれてるわけでした。その感覚は「スターダム」だなあ。MEDIAもグルで互助会。そんなみなさん、権力好きか?好きなんだろうなあ。ま・いいけど。しかしその感覚、「ふっる〜」と思わんのかね。TOOLはものすごく発達してるが・無駄に、人の進化は停滞。そのインバランスが不幸の遠因になってるでしょう?間違いない。

21世紀は「分配」の時間帯でしょ。

みんな・システムがもう硬直してる中でオノレがTOO MUCH アジャストしようとしてイビツになり、不幸になってる。違うよね。違う違う。世間を日本型システムの一種とするなら、そこもやはり一害あり・だ。むづかしい。そうなると。

フラッグシップが要るんだろう。でもほんとはそういうのなしで人間関係だけでなんとかならんもんか。今はブスでもブオトコでもオノレの欲望全開を「資本主義上・是」とされてしまったから、もうめんどくさいわけである。おいおい勘違いすんなよな、それは「世間」が許してんじゃないからな、「資本主義」がそれを許してるだけだぜ。それって末期症状で痙攣ピクピクで、その先はもうないわけで、未来を先どり・じゃなくって10年後までの収入を今年使ってるみたいなことね。来年はその次の10年分使うわけ。みなさん・「借金体質」になってるわけよ。自分に借金・ある・ないとかはほとんどカンケーなく、そういった「環境」に生きている・ということなんだよ。

そんなことが「続く」わけないわけで、おれたち世代が死ぬ頃までしか「モツ」わけがない。みなさん、オノレが見たいように・つまりこうあって欲しいと思ってしか社会のことを見てないから「悲観しつつも、えー・そこなんでそんなに楽観的?」な珍現象だらけに包囲されるのね。

日本人のことはもうよくわかりません。
posted by 浪速のCAETANO at 06:11| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月16日

次は勝算ある

「明日・警報出る?」とはバカ中学生の希望的質問だが、バカの希望は見事に裏切られ、その代わり関東から北・東、大変。

何とも言えん。島がえらいこと・が、痛い。島・好きだから。これ以上の被害者が出ぬことを祈るばかり。

しかし、もうみなさん、大変!にも慣れて・スレて、あんまり反応しない癖ついてるね。日本人運命論者説・深まれり・だ。

見えないことは「ない」これが今の日本人の平均心境。だから、平均的人心安定のためには「見せない」というチカラが働くことが考えられる。だから、真実はどんどん手の届かないところへ。

福島第一原発もひどいことになってる。完全に「見捨てられた」場所になってしまった。施設もそこでの作業者も土地も。うーん、やっぱりオリンピック・違和感あるよね。

ただ、うちのバカ中坊を責める・という気にもなれんのも、何というか、これだけ「静かに混乱」してると、表面の一見穏やかさ・演出された、との齟齬がありすぎて、なにから手つけていいかさえもわからないからだと思う。そんな時、ヒトは具体性に走る。わかりやすいものを求める。オノレの行為が「無駄」というのが結構クルからなのだが、大変なことを一瞬忘れるその非倫理性に情けなくなったとしても、それしょうがない。


moeLABO、満身創痍ながらも第一回は終了し、課題もよく見えたので次の12月12日へ向けてまた準備。今回、準備ができなかった。前日もライヴがあると思っててそっち、やる気満点だったし、DECADEーIN FAKEファンの方々(それも複数)から「楽しみです・メール」をいただいていたのでそっちの勢いを駆って翌日も・そんなプランだったのだけど、それが透明人間になってたから、急遽、プラン変更で、中途パンツ準備になってしまったわけね。

いや・しかし課題は見えたので。

まあ、やはり協力者がいなかった、今回は。ライヴの狭間で、試験なんかとも当たり、協力者を最後まで募らなかったのもよくなかった。次回は、任しといて!

参加者全員に演奏し録音したものをデイスクにしてお渡しする・のもいいと思う。今回も今・作成中です。次回はほんと、スタッフ充実させてもっと面白いものを。これ「公約」ね。大丈夫です。

マルタニさんと遊ぼうコーナーも復活させて・と。

期待しといてね。anybody can join us。
posted by 浪速のCAETANO at 12:31| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月14日

やるぜ!萌えlabo。

さてさて、第一回「萌える音楽実験室=moeLABO」@MOERADO、本日です。

少数精鋭ゲリラ部隊・密かに集まってね。

一応準備はしています。でも、基本「現場主義」なので、どうなることやら。この、どうなることやら・が「好き」スリリング。収拾つかなくなったらおれなんかやって「収め」ます。

手違いで、だはは、cowboysも全員いらっしゃるので、本日「2曲」新曲(彼らにとっての)仕上げて披露したいな・と。

BOSSA姫も久しぶりです。ここでも参加していただくことになってます。

「参加」がいいねっ。

<みんな生まれつき音楽家>そんなタイトルのイヴェントですので。

その・根拠とは「PUNK」にあるんです。みんな「表層的な」PUNKのイメージにやられすぎて、うるさいとかきたないとかこわいとかで、避けたいみたいな気分になるのはわかるけど、そうじゃないのね。

おれ、うるさい?きたない?こわい? NON・でしょう?

おれは紛れもない「PUNK MUSICIAN」なのね。そこから「脱国境」したんだからね。PUNK第一世代。

PUNKとは『ヘタでも音楽やっていい』そんなENCOURAGEMENTだったわけ。その典型がPISTOLSと思えばいい訳で、いつの世代も存在するバカはそこからスタイルを、もっとバカは音だけをパクったということなんですね。業界もファンもバカだった・という「よくある話」。おれはそんなもんとは違った次元で、そのspiritとともにずっと音楽やり続けてるわけで、だからこんな状態でも「楽しく」音楽をやれてるわけです。

本日お伝えするのは「そんなspirit」の欠片。

その「かなり貴重な」体験にあなたの少しの時間とお金をおれとshareしましょう。結構どちらも「無駄遣い」してるじゃない。お互い様。
posted by 浪速のCAETANO at 12:48| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月11日

危険はすぐそばに

夏がぶりかえし、また半パンの日々。繰り返す。

こんな年あったなあ、と思い出す。そんな年なのよ。そういう納得でヨロシク。

その年も、確か2010と2007ぐらいだったとボケあたまは思い出しているが、リアル・ボケかもしれない。

いや、もう「翻弄」されていいんですよ。なにかこちらがコントロール出来る・と思わん方がいいの。いや・ほーんと。そして精神と意識は「古代帰り」をするのね。そこ・おれは歓迎。

どうせ、今は試験前で身動き取れんから、どんなお天気でも構いません。

一昨日、生野へクルマで向かっていた。本町通りを東へ走っていたのだが馬場町の大阪府警前で渋滞していた。左の車線が滞っていて、ん・もー、など思って右車線をそろそろと進み、信号の手前までやってきてわかったことは左車線の前から二台目のクルマが動いてなかった。軽のライトバンで、あー不運・故障かな、と思い、おれもゆっくり追い越す。気まずいよね。世間に向けて、「すんません」です。

左を見ながら追い越す・すると、運転手はおれぐらいの年のおっちゃんで、なんと「寝ていた」。身動きもせず・寝ていた。な・なんと、だった。

しかし、なにか様子が少しおかしいのだ。もっと深刻な感じに見えた。こんな・道の真ん中で、いくら疲れていたとしても寝るか?ま・いつでもどこでも時間がきたら寝てしまうばか・身近におるが、そのおっちゃんは、そーいった慢性的弛緩がそのベースにあるとは思えなかった。見るからに中小企業の社長みたいだったからね。

で、心神喪失という言葉が浮かんできたわけ。ちょうどオマワリ集団が3人前の横断歩道を渡っていた。おれはそいつらを呼び止め、どーも様子がおかしいから、見に行ってくれと依頼した。一人がドアを叩くが反応なし。で、助手席のドアを開けて声を掛けると目を開けた。あ・良かった。でもあれれ、一瞬目は開いたが、また深い眠りに落ちたみたいだった。おまわりはというと、その場から「はい、義務終了」ってな感じで早くも小走りで横断歩道を歴史博物館の方へ渡ってしまっていた。

おっちゃんは、ほんま、高瀬状態。やっぱ心神喪失やで。青になったからとりあえず発進して、路肩に止め、どうしようかと思ったが、119することにした。場所と見た状態を述べ、あとは救急に任せることにし、生野へと向かった。

どうなったろう?

奇しくも、女子高生が、家の中に潜んでいたストーカーに刺殺される事件が起きてたが、それも警察からの「確認」の電話の直後だったという。

民事不介入の原理原則はまあいい。ただ、「はい、義務は果たしました・一応」そんな適当な処置でその後すぐメシ食いに行ったりされても、どーなのよ・そこんとこ。そこ高田純次ではいかんとこやろ、そんな風におもったな。

目の前の事柄が緊急か否か・そこ判断する能力がかなり劣化してんじゃないのだろうか?

それとは別だが、運転中にそうなったらどうしようと思うこともあるからね。
posted by 浪速のCAETANO at 13:14| 大阪 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月10日

・・に向けて

「女の声」の聴き過ぎで頭の中が「いやーん」になってる。女は全員・歌うべきだ・と暴論。

いや・暴論ではないかな。ないよね。

すっぽんぽんZ・2名なんて、おそらくはそんなことは思いもよらなかった展開だろうと思う。訊いたことないけど。

今・歌ってる人間の中に、歌わんでええし・なのがたくさんいる。歌に倦んでるのね。だったら歌わんでよろしい。やっぱ、自分の出した声にびっくり・そんなのがいいわけよ。ヒトはなんにでもそれなりに馴染むというか順応するのだけど、ルーティンになっちゃあかんよね。ダメダメ。新鮮は移ろいやすし。

moeLABOのことを考えてて、今回のTEXTの一つは、Brigitte Bardotの「麦藁の娘」にしようかな・と思ってる。ま・直前で気・よう変わるんですけど。今んとこ。

それが、「一体・どうなるのか?」となんか心配する方もいらっしゃろう・と思うけど。何とかなる・と思ってる。musician・nonmusician関係なくtogetherしましょう。予習したい方は日曜・おれライヴが一つ飛んでしまいましたので、レオンジーニョまでおこしください。いろいろ教えます。

posted by 浪速のCAETANO at 15:42| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月09日

すっからかん

コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖、この五品目の関税撤廃を公約に反して検討を始める。主語は政府。政府は自民党。先の公約とは自民党のそれで、その公約はついこないだの参院選のものだ。

政府公報のNHKはその報道をしていない。

自給率を上げようって言ってたのは4年前のことだったが、物忘れ激しいんだよね・国民的にね。

北海道民・怒ってないのだろうか?宗男ちゃんや松山千春。

それ・完全にアメリカへの「勇み足なご奉仕」だからね。

自分に影響があるかなあ・と考える。あるのだけど、極小。だから関係ないというわけではない。

国内産はもう「特別なもの」しか売れなくなる。でも、そんなプレミアム付きのものしかないのもどーかな。それ以外はみんな輸入品か。おれも今や「食は細い」がそれでもものは食わなきゃいけない。この三日間鍋を先取りして食っているが、中の具の「白菜・椎茸・ネギ・えのき・豆腐・マロニー・シャウエッセン・シュウマイ・
タラ・豚肩ロース、それにタマノイポン酢・おろした大根・鷹の爪」このうちどれが置き換わるのか?

野菜と魚・肉は国内産のままだろう。まれに100円が惜しくて中国産の白葱を買ってしまうことがあるが、素材は国内産を買い続けるだろう。問題は「加工品」だな。豆腐・ソーセージ・シュウマイ・ポン酢・マロニー、このへんかなあ。

おれなどはそんなに変わりはなさそうだが、「家族」をもってるとまた違うだろうな。

TPPにかんしては肝心のアメリカが「それどころじゃなく」オバマがAPECにも参加できないわけで、だったらもっと「のらりくらり」やったらいいのに、ほんとに国を売りたい・それも安く、そんなアホばかりで、なんなんそれ!だ。ここ、右翼になるところです。

もうTPP・とは日本の農産物、保険・医療をアメリカの経済に取り込む・それも合法的に、ということなのだから、独立国家ならそこ「抵抗」しないと・ね。選挙で「公約」もしてたわけで。そんな、「ウソ言ってもいいのだ」というメッセージを国民に・子供に送っちゃいかんなあ、メーワクだな〜。

中間層を下へしたへ落としこめば落とし込むほど、わしらもうかるけんね、と思っちゃったお金持ちたちはもう「容赦ない」わけで、もうどうしましょう、だ。

年金減る、生活保護減る、消費税上がる。安い・危険な食い物入ってくる。見事に整合性がある。ビンボー人は安くて危険なものを食え・だよね。

悪いもの食っても、放射能浴びても「だからなに?」と思えるか、それでも大丈夫な進化をするぐらいしか残されてないんだよなあ。なんか最近・気負わない「ふつー」がほんとになくなった。っそれも「空洞化」って言えるのでは。

コアの喪失。
posted by 浪速のCAETANO at 11:51| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月07日

LABO

ハードな日月が終わってぐったり。エネルギーをもっと効率良く使えないものか。偏ってる。それが個性と言えばそうだが。

そうじゃないかな・と思ってたのだが、ライヴが一本飛んで、ちょっと助かったかな。そっち方面、ちょっと準備が要って、その時間が取れるかなあと危惧してたのだ。

で、moeLABOに集中。

来られた方々みなさんに参加していただきたい・と思ってる。楽器は愉しい。音階のあるものはそれなりの修練がいるのだが、修練がいるとするなら何だってそりゃいるが、でもその初動のハードルを「限りなく」低くしたいと思ってて、まあそんなこと。まず思いっきりドッカンと音を出してみる。不協和音で構わなくって、アート・リンゼイしていただきたい。アート・リンゼイだらけ・でもいいかな。いいアート・リンゼイ・教える。

そして誰もが「とっつきやすい」のが打楽器かもしれない。何かいい課題曲がないかと今考えてます。

LABOは成功しなくとも、100回失敗しても1回の成功があればいいのだ。どんどん「失敗」しよう。失敗は成功のマザー・と長嶋茂雄は言った。チョーさんに倣おう。

あのさ、身体もまた「楽器」なのね。いろんなとこから「音」は出るでしょう。声なんて身体全体を使う「笛」みたいなもんでさ。消化管さえ楽器である、みたいな。みんなでそれやると「異常」かもしらんが。だはは。

ムキムキのオトコの胸筋、ビンタされる頬、ゆびぱっちん、手拍子、そういった「ビンボー人の知恵」だって悪くない。

まあ、やってみましょう。気軽に覗いて見てください。14日の月曜日、@MOERADO。
posted by 浪速のCAETANO at 21:48| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

伊勢は無視

熊野は後白河にはかなわぬものの後鳥羽よりは行っているくらいに好きだし、出雲大社もすばらしい。だが、伊勢は嫌いである。

ついでに伊勢うどんも嫌いである。数ある食い物の中で、食っててあんなに「頭に血がのぼる」ものもなかなかないぞ。

伊勢神宮・靖国神社、戦前へとおれたちを連れ戻す装置である。1993の伊勢遷宮はこんなに話題になったという記憶はない。もっとさらっと報道されていたと思う。もう、明らかにちょっとしたサブリミナル狙ってるよね。そういうことを「ノーマル」な状態にしようと思ってる彼らが・いる。

伊勢・靖国はまぎれもない「国家神道」だろう。明治時代の新興宗教・捏造された一神教。それによって人々を統合し熱狂させ戦争へと導きヒトを大量に殺すことになったANOTHERオウ◉真◉教。なんにも変わらない。いやまぢで。

山崎豊子さんが亡くなったが、あの世代・まあおれたちの母親世代と言っていいが、言葉がちゃんと肉体化されている。発する言葉と「釣り合う精神」がその言葉の真実性を担保する。

まあいつの時代にも「口だけのヤツ」っていたと思うが、今は「ほとんど」がそうなのであって、おふくろ世代の「地に足がついた言葉」をおれたちはなかなか吐けないでいる。

80sからの、言葉を軽んじ・弄び・その組み合わせで小金を稼いでしまった、そんなことに原因があると思うが、おふくろ世代の方々の使っていた言葉とおれたち以降のかる〜い潤滑油のような言葉とは別種のものだね。

無口・がいいね、だとするなら。おしゃべりなやつは「クレ556」ほどの値打ちはあるが、いくら接点復活させてもさあ、その接点を通して伝えられるものがプーならあんまり意味ないよね。

すべてが「上滑り」・その結果。確かなものをなにもGETせずにみなさん一生を終えていく。おれは家建てたぞ・って?どうでもええわ・そんなこと。御愁傷様。

上滑りしながら、そわそわしてるそんな中、ある場所では戦争の準備が進んでいる。リアルと思えるものが「そこ」にしかない、そんな風に持っていきたいんだよね、それを目論む人たちは。しかし彼らは痛みを感じない。ジジイが決定して・おっさんが命令し・弱者が死ぬ、それが戦争だから。

そして、その戦争は、これがまた「意外に」もう忘れられ・死語となってしまった「イデオロギーの戦争」であったことをおれたちはその現場で驚くことになるのだ。右翼vs共産主義という。びっくり・よね。


しかし、アメリカがえらいことになってるね。
posted by 浪速のCAETANO at 14:03| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月02日

ちっちゃなケアが必要・だけど

絶好のサイクリング日和。言われてたほど気温は上がらなかったと思う。

昨日は寝れなくて、しかも目が早く覚めちゃって、二度寝ができないタイプは起きてしまい、朝めしなどを作り出すのだが、食い終わって、シャワー浴びつつ洗濯をし、干して、ちょっと疲れてるなあと思えばQPコーワゴールドαを飲んで身体動かせば、何となく元気になってくる。

こういうのが一般的な一日だが、やっとそういうの・戻ってきた。で、チャリで生野まで。帰りに北区役所に寄って、国民健康保険を更新して帰ってきてこれから塾&ギター教室でそれから、もう今日は晩メシ要らない。後は、酔っ払いへの道。

清見原神社へも行ってきた。あることを願い続けている。別に御利益を即効で期待しているわけではない。ある意味恒常的に「誰か」のことを案じ、そしてその人の幸運と健康を、おれが祈り続けている、というその循環が自分の心に安定をもたらしているのだ。

自己満足にも近いな・と思う。ただ、何度も定期的にお辞儀二回にパンパンお辞儀一回というルーティンを敢行すること自体が、まさにそのことが「信仰」であり、宗教的行為だと実感する。強烈な教義がないこともいいね。説教がないことは文字通り説教クサさからも自由なわけで、汝・・・・しちゃダメ、なんてこともなく、非常にMY OWN PACEがキープできる。もともとの「神社好き」が高じてる。しかしそういうのを極めようとかいった意思はまるでない。日常の中にそれが在る・ことで満足している。

そう考えてくると明治の「国家神道」の罪は重い・と言わざるを得んなあ。本居宣長・平田篤胤・松下見林・水戸光圀・チミらの罪も重いなあ。

一神教はいいとか悪いとかじゃなくて「辛い」。ヒトを硬直させる。思考停止もさせる。都合が良いのは実に・戦争に・だけであるね。戦後68年経ってまた、この国はそんな方向に進んでます。

みんなの「硬直・思考停止」それが根拠だと思う。一人一人のちっちゃなnationalismが大きなNATIONALISMに化けるのはあっと言う間です。「ヘイト・スピーチ」もうほんとにゲー吐きそうになるが、あれ女の子が拡声器持ってるか持たされてるかしらんが、そのたどたどしさがリアリティを持ってる。

デモンストレイションは意味があると思うが・どちらの立場であっても、しかし、もっと小さい何か・個人における何かの段階で改善されない限り・無理だと思う。しかし、みなさんの聴いてる音楽・見てる番組・読んでる本、それを思うに絶望的になる。

酔っ払いたい。
posted by 浪速のCAETANO at 18:01| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月01日

昼寝のあとで

学校終わりでユルんで、一杯飲んで帰ってon the sofa寝して今目が覚めた。昨日は一日中お勉強三昧だったので。久しぶりだったからね。

初動はチカラが要る。この一週間過ぎればまたペースも出来てくるだろう。SWINGの幅があちこちにとっちらかるのが自分だから。自分内越境。

数が不思議なのだ。

堺市長選で現職:維新は3:2ほどの投票数の比だった。そうか、と思う。総得票数の4割ほどもまだおるか、橋本支持が。約12万票も入ってた。これ・かなりの数。

もうひとつ。あまちゃんの視聴率が「たった」20%ぐらいだった。半分以上の日本人が夢中になってる・くらいに思ってたが。おれは見たり見なかったり。見た時にはそれなりに楽しんでた。脚本の中の「小技」に共感出来る。それなりに、というのはあのターゲットはおれたちよりもう少し下世代なのよね。40代が夢中ってのはよく分かる。あの歌詞の「ふざけ方」も、わかる。

ある程度、「塊」になったバブル世代の感性にビビっとくる・と言えばいいのかな。ただ、おれ、もうちょい年上なんだね。塊になったその世代がやれたことをそれよりずっと前に「先取り」してやってて、飽きた人間だからな。

「塊」に馴染まんのね。40代を見てて思うことは「日本人」だな・ということ。おれたちがある意味「特権的」に先駆的に体験・探索していたことが「拡散」してみんなのものになって、それでもまだそれは大衆資本主義の入り口だったと思うけど、約25年ほど前の話。そこには「塊」としての広がった感性がある。ある程度、何かを選ぶ際に評価が定まったものばかりを選べたということね。もちろん、本人は発見して盛り上がるだろうけれどね。

小泉今日子と山口百恵の違いかな。キョンキョンはいるが百恵はいない。百恵にキョンキョンのような呼び名は、ない。オールドウェイヴとニューウェイヴ。オールドウェイヴで育った人間がニューウェイヴに飛びついた・と、ニューウェイヴが環境だった人たち。その違い。全体的な貧しさは年を経るごとに改善されていた日本。

バブルがみっともなかったのは一般的にお金持ち体験が「お初」だったからね。キョンキョン世代のアイドルたちからかな、「手が届きそうな」雰囲気をもつのは。だから「俺たちの」という仲間意識で今の40代には大っぴらな共感が可能なんだな。

そこが1950s生まれとちょっと違うとこね。おれの趣味なんて世代の中では「超マイノリティ」のそれだから。その分・先端だったですが。

同世代であることに「盛り上がる」そんな経験、よく考えて見たら、ないわ。下の世代とはあった。おれが「知恵遅れ」に見える原因が一つ解明された。同世代の方、たまに出会うが、音楽の趣味なんか訊くのに「すんごい勇気」いるもんな。怖い。世代間のコンセンサスがないのね。自分が、どんなに浮いてたかも今わかる。ひどい話。みんなヒトは自己中心的だろうけどね。

分裂の狭間に存在した世代だった・そーゆーことね。雑食性もしゃーないな。ま今の30代になると時間軸が崩れきったとこで生きてたからもうなにがなんだか・でしょうけど。本人の自覚の問題。してないよね。

もう・周りの全員が外国人に思えてきた。だはは。言葉も上手くならないと。

ま・散らかってるが・相変わらず、でもそんなだから、物事って、傾向でみると「・・・・一色」みたいなものが、それは表面のうつろいやすい部分で、なかなかうごかない底流が存在する・みたいなこともなんとなくだが、数は示唆してるよね。そりゃそうね、TVなんか見ないし・ってヒトも多いんだから。

しかし「あまロス」とは笑ける。なんでもシンドローム化せんでもええって。これも一種の「集団志向」と見える。
posted by 浪速のCAETANO at 00:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする