2013年11月08日

brand new killers

いやもうなんていうかほんとに戦慄が走る。そういった悪夢の中でおれを追いかけるのはやつらであると直感が告げている。「話せばわかる」が通用しない。おそらく人間においてもそんな傾向あるはずだが、その確信している原理と比べてもそいつらは「超・原理的」。だから・恐い。恐すぎる。

何というか、懲罰ってひとの想像力に働きかけるだけでもうそれで充分なのではないか・そういう風におれには思える。決して執行されないことが「当局」にだけわかっている死刑宣告。そんなことだ。

ネコ型ロボットだ。どらえもんではなく・です。アメリカの「殺人マシン」ウマ型もあった。どちらも不気味で・限りなく恐い。

殺る側は限りなく「非・人間」へ。しかし殺られる側は肉があり・血がでる、骨も折れる、感情もある、だから「痛みと恐怖」をひどく感じる。痛みや恐怖は数値化が難しいと思う。「おれの・わたしの恐怖・痛み」が唯一で他人のそれらとの比較が難しい。だからこそシムパシーは難しく・また値打ちがあるのだけど。

人間に奉仕・人間のために・が、柔らかい肉と中に液体を持つ人間に代わって・殺る側の「恐怖」をより軽減するために・にまで進んでしまった。何かが間違っているのだが、あまりに周囲に間違いが多くて個別の間違いに気づくのがむずかしい。しかし「殺人ロボット」だけは「必ず」間違ってるよ。

湾岸戦争の時のミサイルの軌道と着地して炸裂する閃光、音もない、そんな映像の衝撃から20数年。慣れとはこれもまた恐ろしい。オバマとヒラリーそして他の首脳たちがソファに座ってビンラデインとされる人物を殺す瞬間を、現地の部隊からの報告を、待っていた、そんなことがあったが、そのグロテスクさは更に進んだな。無人のロボット工場と同じような寂寥と殺伐がバトルフィールドに広がり、光の点としてモニターに映る殺人機械の業績をbigmacを食いながら・あくびなど時にしながら担当者は見つめてるのだろう。寒すぎる絵だからね。

だからもう他の国も殺人機械作ろう。そして究極「戦争」とは「ロボット同士のもの」そこまで行こう。もうそんな殺人ロボットを作ってしまった以上そっちしかなかろうと思います。イヤな未来だが、おそらく「ましな未来」なのではないか。しかしアシモフ博士もこういうことは考えていただろうな。原爆と同じだね。科学者は「進歩」を是とするが、必ずそれを良心の欠けた人間が使うのだ。核の数でビビらすよりロボットの数とその技術力でビビらす方が、まだ「まし」である。それで「人は戦場へは行かない」ことになればいい。幸福なのか不幸なのかわからない未来の図ではあるが、戦争のアホらしさは「際立つ」。

個体発生は系統発生を繰り返す・とすれば、いろんな「動物」がロボット化されるはずだ。おれが一番怖いもの。「カエル型殺人ロボット」。もう考えただけで「狂いそう」になる。

そこ・想像しただけで、「もういけないこと二度としません」そう強く思いますが。
posted by 浪速のCAETANO at 07:45| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする