2013年11月18日

冬だった

今日寒かったねえ。手袋男でした。先っちょ出てたけどさ。

月曜は早起きの日。七時起き。一般的には「フーン」だろうね。ただ、朝5時・6時って時もあるのよね。ま・みなさん「それなりに」大変だっつーことで。

しかし、ユルさは人生において大事なこと。そうも言うてられん現実はあるけれど、そこまで詰め詰めにするから人心はインでいくわけよ。そしてみなさん内向きへ。おれは内向き・そんなにいい事とは思わない。ただでさえ列島内で完結しがちな国民性ゆえ、それがさらに強化されることが果たしていいのかどうか?

みんな「しらなさすぎ」。憎悪をある対象に向けることによって小ちゃなプライドを満たすこと、まあそんなことあってもいいとは思うが、じゃあ、その憎悪の対象を・アンタ、リアルに知ってんの?と訊いたことがある。
「誰も知らん」と言ってた。

なんじゃ・それ。

小市民の小心が、妄想の中で何かを怖がっていて、面と向かって何も言えないのが匿名の場で過激になる。過激は過激を呼ぶ。その言葉が身体性に担保されてないからね。そんな言葉って現実の会話の中で現れた時、「あほか・お前」となるのだけど、ネット世界ではその場に存在できるのよね。そしてエスカレーション。

今、楽しいことがおそらくないのだろうと思う。オトナも子供ももう閉塞感というより閉塞そのものが見えるのね。ヤケッパチという気もする。みんなのヤケッパチを利用してる勢力もいることに自覚的になった方がいい。

なんか「あかん」人たちのことを批判することも憚られ、彼らを守っている制度に誰も手をつけられないというのは一体どーゆーことなのだろう。日本も中国と同様にその意味は異なるが民主国家とは言えない。そして中国だけじゃなく北朝鮮ともその情報の不自由度ではよく似てる。「ちょっとした批判で死刑にされんやろ」と言われるかもしれないが、社会的に葬られた方・意外に多い。今・衆院通りそうな法案は更にヒトを無口にさせるはずだ。

さらに「内向きへ」。

言いたいことが憚られる、そんな空気を作るのが上手な人たちがいて、おそらくそれは身の回りの「小さな世界」を守っている・単にそんなことが動機なのだろうが、そこはなにも悪くはないのだけど、その社会がどんどん大きくなっていくのにその精神性が変化しないとそこはどんどん息苦しくなってくる。初心がどんどん損なわれていく。しかしそれはサイクルなのかなあ・など思いつつ渋茶を啜る。

ある体制を批判する組織の構造が批判対象の組織そっくりという笑えない話もほんと・よくある。

救い・がない。

だから組織っていうかヒトの集団、肥大しないままでチマチマやっとるって意外にいいのかもしらんなあ・と思う。ものすごい「盛り上がり」には欠けるけども。シモジモの忖度の度合いはごっつい低くてすむ。「盛り上がり」には非常に欠けるが・・・。

盛り上がる組織って結局「軍」や「国家」みたいになるのよなあ。うーん・もうっ、よね。


さて、CATHERINE SPAAKの若い頃の「狂ったバカンス」をWOWOWでやってたから見てた。うーん・可愛い。おっちゃん(ウーゴ・トナッテイ)はバーバレラにも出てたね。白のalfa spider いいねえ。最後・。フェンダー半分取れとったけど。1962年の作品。最後は田舎のサンバ使ってたね。CATHERENE SPAAKは「QUELLI della MIA ETA」という歌を浪速のカエターノ歌ってます。邦題は「若い世代」と言ってなんだか「青い山脈」みたいだけど、可愛い歌を可愛くないおれが歌ってますが・だはは。

12月はいろいろ毛色の変わったライヴ・あります。またここで告知します。
posted by 浪速のCAETANO at 20:32| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする