2014年07月12日

他人の総括に加筆*A HISTORIA da marutanikaz

昨日言ってた記事は as follows;


ア・ディケイド・イン・フェイク
[A DECADE-IN FAKE]
◇マルタニ カズ[丸谷カズ] / キタバヤシ ジュン[北林純] / オーツキ トリオ / トモノ シウヘイ / マルタニ コージ / カワゴエ トモオ ※『SUPER BOX』
→マルタニ カズ[丸谷カズ] / キタバヤシ ジュン[北林純] / フジワラカオル / シーラD / マラサキソウル[岩崎] / トードーコーエン ※1988年
→マルタニ カズ[丸谷カズ](Vo.) / キタバヤシ ジュン[北林純](Dr.)/ フジワラ重役カオル[藤原カオル/カオリーニョ藤原](G.) / トモノ シウヘイ(B.) / ジーラB (Perc.) / シーラD(Cho.) / ホンヂヨーコ[HONZI/本地陽子](Vln.) ※1990年 大阪朝日放送『Live King』出演時
△198-.--.-- NO SIGNIFICANT DIFFERENCE <Flexi/新品レエベル(ルベエレ品新)>
△1986.--.-- 最前線物語 <LP/新品レエベル(ルベエレ品新)/0011>
▲1986.--.-- プノンペンの外国人/A DECADE-IN FAKE c/w あいぢん/少年ナイフ <Flexi/パブリックブレーン/S&V-002> ※雑誌『SOUND & VISION』第2号の付録
▲1987.10.25 SUPER BOX <LP/BOX/BOX-16> ※「Un Condor Vuela Pespues De La Siesta」(コンドル1️⃣)「Un Condor Juega Muchisimo」(コンドル2️⃣)の2曲を収録
△1988.--.-- DE LA SIESTA <LP/FORUS RECORDS<VICTOR/PRC-30604>
△----.--.-- 光合成の季節 <Ct.+BOOK/asile>
△1989.12.01 endorphin </JMPS-CD1>
▲1990.09.21 MAGIC・MELODIES 〜TURN TO THE POP II〜 <2CD/SWITCH/SWCS-0002> ※「疲労天国」「Like A Hurricane」の2曲を収録
○1985年に結成、パンクでありつつもファンクでラテンな横ノリなサウンドを特徴とするバンド。のちにフィッシュマンズのサポートバイオリニストとしても知られるHONZIこと本地陽子も在籍。バンドは活動休止後、SONNA BANANA[ソンナバナナ]へと発展する。
□ソンナバナナ


ここまで。

「No Significant Difference」は1984 だと思う。「光合成の季節」は1990。実は1985に「Lunatic Evening」というカセットテープをリリースしている。バタームーンやハーフムーン、PERFECT GIANTなどが収録されてる。

活動休止後、ソンナバナナヘ、とあるけど、そうではなくて1990の大晦日のファンダンゴの年末オールナイトのステージ上で改名したから。最初で最後の A Decade-IN FAKEとSONNA BANANAの「時系列共演」。

1987の「Super BOX」で思いっきりラテン方向に舵を切った。ロックの視点からあれだけラテン音楽を本格的に導入したのは「世界で一番」早かったはず。またまた〜、って思っただろ?そこのキミ。それは、Talking Headsの「Naked」の発売が1988であるという「事実」がすべてを物語ってませんか?ここ古田先生風に言えば「こわい」事実。わかんない人には「?」だろうけど。でも、みなさん、事実から目を背けちゃいけないです。

おれたちの当時の反応;
「お、David Byrne「も」ラテンやったぞ!」でした。

そこからは日本人が聴いたことのない音楽のオンパレード。サルサをメレンゲをズークをサンバをパチャンガをソカをショーロをブーガルーを型としてのボレーロをソンモントゥーノを取り入れ、あれは何年だったか亡くなったピリピリがクアトロでの大晦日のオールナイトのカウントダウンを任された時(@カメレオンナイト)に奇しくもアナウンスで言ってくれた「大阪が世界に誇るSONNA BANANA」だったわけで。そのくらいキレキレでした、ということ。黄金時代ね。黄金時代ってないよりあった方がいいでしょ。曲も、当時書いたものは今聴いても「すごい」。おれが曲を書く、という時は頭の中の32チャンネルが同時に鳴るのね。だからアレンジも出来ている。だから最初のリハで達人たちに説明してちょっちょっと手直ししたらそれで出来上がる。そんな便利な内臓ハードディスクを持ってて、いいでしょ!

その達人たち、というのが当時のリズム隊。DR 北林純、B 友野周平、G 藤原カオル(カオリーニョ藤原)、VL 本地陽子(HONZI)。おれもギター弾くからもうこれで曲は完成する。あとはコーラスとホーンズをEXTRAでアレンジしたなら「脱国境音楽」ができあがる。「誰も」やったことのない音楽。いや〜、燃えてましたよ、当時は。
TEXTのないことしか興味のないおれですがそれでも/それだから、か、ものすごく燃えてた。その様子は「ENDORPHIN」から「DE LA SIESTA」〜「LET'S SPIN」by PARABOLA SPINS で聴けます。レッツ スピンはリリースは93年アタマだけど、その音は90年には完成してた。お金がなくて録音できなかったのね。当時でも300万以上かかった。最後はFIAT PANDA売りましたよ、今の店長に。

ちょっと遅きに失す、という気もしてた。そして「土曜を逃げろ」をなんでいれなかったかな、後悔してる。

そうそうメジャーの話がいろいろあって、そこで録るぞ、って思ってたからだ。レッツ スピンは mixed by ZAKね、今を時めく。

そこから、当時STUDIO ANT'Sのにーちゃんだった元木ちゃんをGに加えて北林、友野と四人で裏ソンナバナナって感じでロック コムボを始める。ROCKのギターを弾きたかったし、そのお相手としての元木ちゃんも良かった。今の北村君もそうだけど、完結してるギタリストと一緒に演るの好きだ。ただ、おれの変態ギターはそんな人々にも刺激を与えるみたい。カオルちゃんも言ってた。

そのBANDは早くOUTPUTでたしね。CONVENIENCE STORE COWBOYSだけど。

そうそう忘れてた。1991にSーKENの「東京ラテン宣言」ソンナバナナ名義で参加。おれたちラティーナで絶賛され、そんときのラティーナのヤツに「ラテン界のさくらと一郎」だって、そう言われてた。だはは。でもこのCDはかなりレヴェル高いと思う。ラテン音楽を志す少年少女たち、是非一度聴いてみてごらん。いろんなパターンのラテンが入ってる。その中の「ワタシ誰アル?」は最大のヒット曲ね。今もアレンジ変えて演ってます。おれたちの「帯文句」には「世界の音を噛んで噛んで、胃が痛くなるほどのカクテル音楽。フィリピーナの歌姫は"シーラD"と申します」だって。

その後、前述のPARABOLAのアルバムを作り終えて、ここで、おれの「脱国境音楽の旅・みんなと一緒に」はとりあえず小休止となる。

その後、カオリーニョから「浪速のカエターノ」の称号をいただく、ソロでの活動に入ることになる。そこから先は20世紀末まで、ROLAND買うまで、友野や岡嶋たちとUNITのライヴが多かったかな。店も始めたし。でもROLAND買ってからは録音を再開して、「つかの間のiyashi」のCDはほとんどひとり録音。

そこから、14年。すごい停滞だったなあ。その間にであった人たちは、おれのサイテーな時期に出会ってたということになる。だはは。アカンやつ。まあ、ほんといろいろありましたけど。人との別れ(生き別れ、死に別れ問わず)って、それはその前が良ければ良いほどダメージ大きいでしょ。そういうのが重なるってあるのね。ありましたけど、おれは。ONLY LOVE CAN BREAK YOUR HEARTという曲がNEIL YOUNG師匠にあるが、名言ですよね。

しかし、じょじょに復活しつつあります。停滞期にも曲を書いていた。書かざるを得んのだよね。そしてそれらの曲もそんなに悪くない。LIFEWORKだからしょうがないのね。これ一種の疾患かもしれませんね。努力は特にいらんのだから。

まずはPRODUCEから。

この夏はヒトに書いた曲をカタチにしようと思ってます。再出発。みなさん、どうぞ無視しておいてくださいね。
posted by 浪速のCAETANO at 12:31| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする