2015年07月31日

うーん、どーなの?

ひと月に1000円弱ほどで数百万曲「聴き放題」は「聞き放題」となり値打ちないなあ、とか思う世代の一人だ。

レコードで育ったんだからしゃーないかとも思う。聴くと聞くはやや違う。LISTEN TOとHEARの違いかね、とも思うがもっというならcarefully listen toだろうか?

しかし、そんなに「手に入れることが」EASYなものを「愛せる」のだろうか?もはや、音楽は商品でさえもないのか。じゃなにさ?環境?空気?水以下であることは確か、ね。

しかしそんなことして「いいのか」?おれは疑問。ものの値打ちに対する誤解をサルたちにあたえてしまわんかなあ?マドンナも「タダで手に入るものなんてないのよ」と言っている。姐さんに同意するけどね。

しかし、世にはまだまだ素敵な曲が「埋もれている」。その埋もれている曲がお金をほぼ使わずに、みなさんがそこまでリーチできること。それはいいことなのかも知れないが、うーん、難しいな。ただ、これはおれたちが、というか、おれが、だけどこれまでかけてきたコストはもはやPAYされない、というマニフェストとも受け取れる。おれたちは「俳人」と同じ立場になったということね。

音楽なんてものは「空気を震わせて」なんぼ(まあチョク耳小骨を、でもいいけどさ)、であるとするなら、その曲がそうやってそのAVAILABILITYが高まることはいいとは思うのだが、音楽やってるやつは「greedy」では基本ないからね、経済音楽のひとはしらんけど。この曲でなんぼより、そんなことより、この曲届け!という気持ちの方が強いわけで、そしてその演奏自体が「楽しい」わけで、ここ、にわか音楽家には「?」かも知らんが、長いことライフワーク化してる人間にはわかる。そして実に「生活に余裕がないと」音楽はできません。いや、ギター一本あればできる音楽もあるし、おれはギター一本で他の楽器をみなさんに「幻聴」させるぐらいのことはするけどね、それ、意味ちゃうの。INTERPLAYの楽しさが演奏の楽しさの多くを占めるからね。

ある種の豊かさがその根底にないと音楽はこの日本ではできない。その豊かさの中には「経済的」なものも多くではないがあるということね。もちろんそれだけじゃないが、豊か、のなかには優しさも入ってて、その優しさの発現には余裕がいる。そもそも音楽は特殊な営みだからね。エネルギーです。腹減ってちゃだめなのよ。びんぼー臭い、が致命的な形容であるとおれは思います。精神における「非貧乏」はやっぱリアルビンボーではなかなか難しいな。

で、音楽それ自身に関してはそれが多くの人の耳まで届くことにはYESながら、それを生み出した人間へのCAREがなされないとすると正味のボランティアか、わしらは!?と誰かが怒る気がする。おれは「大衆音楽」を演ってるつもりだが聞き手が「?」という態度になるといった「特異」なミュージシャンだが、まあいろんな経緯というのがあるんだけど、だから、自分の曲をいろんな人が聴いてくれるならそれは単純に嬉しいが、しかしそのぅ、資本側の態度というか、音楽が「商品以下」みたいな扱いをされるとなるとなかなか気持ちは複雑であると言わざるを得ない。もともと「時間芸術」である音楽だが、その一回性をつなぎ止めようとする試みが録音技術であり譜面だったと思うが、そこで一般化されたものが、まあ一般化されたのちの話だが、中古レコード屋の店の前の一枚100円均一よりもチープということになると、なんだか人の営為をバカにしたような話だなという気にもなる。そして「モノ」がないということが切ない。

しかしだんだんわからなくなってきた。おれの立ち位置の中途パンツがその原因かもしれない。




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2015年07月30日

業界臭は、、

国会が気になっていろんなことが手につかない。

やっと、高名な学者のみなさまも「戦争」のリアルな可能性を口にしだした。「アメリカは戦争させない」ということが「楽観」であったことを認めたということね。遅きに失した感、あるけどね。

アメリカのもうひとつのの勢力、オバマとは底で繋がってるのかもしれないが、見た目は明らかに異質の「JAPAN HANDLERS」の書いたシナリオを「忠実」に実行する吉祥寺大学、ただそれだけよ。最初っからわかってた。

今日は仕事がない日だったから参院の質疑を見てた。

太郎ちゃん、「違和感」あるね〜。空気違うね〜。

今は「ガチ」がいいし、ガチしかあかんのよ。かつての前田じゃないと、船木じゃないとあかん。民主党の質問なんてかつての「全日」みたい。

日本の「二大政党制」はうまくいくはずがない。under USAがネックである。アメリカへの「ご奉仕合戦」になるだけで。山口二郎とかいうアホ学者に乗せられたね。まだなんだかんだ言うてるけどね。アホはアホ。

勉強しかしてない学者はおよそ、アホ、でよいのでは。

アメリカの方針も変わってきてるよ。戦争したいバカを暴走させてTPPなんかより手っ取り早く「儲けよう」だと思う。ダメージ受けた後ならTPPでもなんでも「言うがまま」じゃん。これがホンネ。

政治家の「しゃべり」に全日が透けて見える。業界臭がする。業界がもっともイヤなのね。普通のひと、でいいんだよ。民主党はまさに。もう沖縄方式しかないです。

支持率はさらに落ちると思う。解散総選挙に持ち込みたいね。沖縄方式ね。できるかな?業界人。でもここ、「正念場」よね、マヂで。
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2015年07月27日

正念場

パッションフルーツを入れた「Rum」が美味い。

昔、トドムンドが始まった頃、燃えてカクテルを「開発」したものだった。まだ飲めますよ。作った本人、レシピ忘れてるけどね、だはは。しかし、マニュアルはあるから店長ができる。

懐かしい日々だ。

昨日はノリで、店長同級生の集いに乱入。みんな大人になったなあと勝手に感慨。そりゃそうね。有機栽培の野菜・果物を売ってる店長連れベッピンに貰ったパッションフルーツだった。でも美味い、実に。夏の飲み物のマテリアル、これまた、実に。

TVがどうも壊れたみたい。これをきっかけにTVlessもいいか、とも思うが、うーん、どうしようかなあ。ちょっと考える。FRINGEと相撲ぐらいしか見てないからね。

TVlessのヤツも知ってる。すっぽんぽん'ズ・めぐがそう言ってた。

おれの世代は「ものごころついた時」TVというかテレビね・があった「第一世代」だと思う。いろいろ記憶に残ってる、力道山やマルビル、チロリン村とクルミの木(やった?)、おかあさんといっしょ、月光仮面、そしてひょっこりひょうたん島などなど。TV黎明期の人生だったんだな、と思うし、しかし、TVとともに生きてきたね、とも思う、こんだけ今、批判しつつもNHKのドキュメンタリーに簡単に感動しちゃうし、意外とそこら辺、根本的に「バカ」だなあと思うこともある。「ヤラレてるんちゃうか」みたいなことね。ここ、悩ましいとこよね。

もっと後の世代なら、もすこしクールだとも思う。ほかに選択肢がある中でのTV、というか。なんかオノレがやや不憫になってきたが、ただ、モニターとしての液晶というかなんでもいいんだけど、かつての「ブラウン管」ね、それはないとやや困るとおもう。

どうするか暫く悩もう。モニターがなけりゃ「ソファ寝」もないわけで。その分、本を読むかギターを弾くかだろうし。

JCOMやNHKとも「さいなら」できるかもね。いいことかもしれない。ちょっと悩もう。

アメリカの例えばDAVID BYRNEやST.VINCENTの歌詞にも「TV」は出てくる・よく。それがある種の「仙人化」を妨げるというか防ぐというか、POP MUSICIANにはちょっと必要かも、と思ったりもする。大衆の心理は「投影」する・されるべきだと思うから。POPである以上ね。

今日はある場所での「打ち合わせ」というか「TEST LESSON」というか、そんなのでちょっと疲れて(最近、仕事してないので)それと関連あるのかどうかわからんが、「タコスorトルティージャ」を無性に食いたくなり、福島まで戻ってSOLとtequilaで早めのsupper。オープン・エアで気持ちよく、言うても食える量は「口ほどにもない」わけで、ただただtequilaの杯数が増えるだけなのだが。タバスコ・ハラペーニョ・ハバネロの辛さというかイタさが欲しかったのかもしれない。

充分痛くって、明日の朝心配だが。パッションフルーツで中和できないだろうか。

夏はほんと「アタマ」使いたくない。本能と欲求に従いたい。気も使いたくない。ルーティンでいい。参院の集中審議始まったが、しかし、原爆2DAYS、敗戦記念日と「先の戦争」を意識する日々がやってき、続く。70年前のリアルな敗戦記念日のことを思う。「終戦記念日」「国連」に「嘘」があり、、それをちゃんと「敗戦記念日」と「連合国」と正すだけでも、何かが変わると思うがどう?

ある種の「FICTION」のなかにおれたちは生きさせられてるわけでね。

ドイツはその点「徹底」してた。その徹底があれば今、岸信介の孫が「2回も」首相になることはなかった。その徹底は「希望します」の方の実存を否定したかも知らんけどね。どっちが「良かった」のかはわからない。

しかし、おれは思うが「emperor」の存在が政治家の、戦後の前半の緩みを未然に防ぎ、しかし戦後の後半の緩みを拡大させた、と。

明治の「国家神道」は「相当」無理してる。そしてそれは短絡でもある。いきなり「万世一系」と言われてもねえ。もちろん「嘘」だけど。

だけど、「次の」首相候補・女子、100%信じてるみたい。国会で言ってた。

国家神道・その中に天皇の権威は含まれるが、それまで「現実勢力」にやられてた事実もあるわけで。「使われてる」だけ。平成天皇と皇后の「ありがたさ」は筆舌に尽くしがたいけどね。ここ、「倒錯」してるよ、この国。

もっと首相に「焦らせ」ないと。ここ「正念場」。






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2015年07月26日

天神って

コーヒーを買いに天六へ。

なんか人が多いな。浴衣姿、カップル多いなと思ってたら、そうか「天神祭」だった。

商店街は大騒ぎだった。祭は当事者が一番楽しそうである。おれはスエヒロでA定食を食ってビール飲んで、コーヒー買ってその場を離れる。

ところで「天神て誰?」

当事者たち、知ってるのだろうか?

天=アマ=海人=阿毎。

隋書タイ国伝にある、隋の煬帝に生意気なお手紙を送った「タイ国の天子」の姓が「アマ」である。日出ずる処の天子……というやつね。

生意気には「根拠」あり。倭国が延々朝貢をしていたのはその時は「南朝」。倭国というか倭人の朝貢は実は「周」の時代まで遡る。中国の唯一無二の「天子」の冊封体制に喜びをもって参加していたのだが、今やその国は風前の灯火。代わって、蛮夷の(ということはオノレと同列の)王がその立場を奪い取った。であるとするなら、立場は「対等」である。その矜持が自らを「海東の菩薩天子」と言わしめた。

隋はあっという間に「唐」でに取って代わられ、「タイ国」のプライドは維持されることになる。白村江の戦いまではあと60年ほど。

タイ国は倭国であり倭奴国(いどorいぬ国)と読みましょう。倭奴は匈奴に対する中国側から見た呼び方。匈=ヤンキー、倭=おとなしい、です。

邪馬壱国(邪馬台国ではなく、やまいちこくと読みましょう)が博多にあった、とは自明であるが、依然として「近畿説」とか言ってるバカ学者が群れをなしてひと山なんぼで存在するけど、じゃあ言うが近畿から「矛」が出てるか?近畿から「三種の神器」が出てるか?倭人伝にある三種の神器とは「鏡・刀・玉」であるからね。ちなみにだが近畿で出てる三角縁神獣鏡は「国産」だからね、残念でした〜。もひとつ言うなら、「中国製の絹・錦」が出てますか・@近畿。考古学って決定的よん。

三種の神器が出てるのは「王家の谷=糸島半島」しかないのね。

ほら書紀が卑弥呼(ヒミカと読みましょう)と委与のやったことを神功皇后に当ててるでしょう。神功皇后が実在かどうか、ここはおれは確信はもてないけれど、おそらくいたはいた、だが、応神の母としてね、「三韓征伐」だとか、その際お○️んこに岩を当てて応神が産まれるのを我慢した、とかはちょっとあり得んなと思う。息長帯比売命。書紀の筆者が倭人伝を読んでたって証拠だけど。

だから近畿説はたとえば卑弥呼を「ヤマトトトヒモモソヒメ」に当てたりしてる。箸墓古墳を卑弥呼の墓だとかいい加減なこと言ってるけど、じゃあ卑弥呼の墓=家の字から上の点を取った字、は何処だ?ということになるよね。もう一つ言うなら卑弥呼がもらった「金印」は何処?そうなるね当然。

神功皇后が祀られてる神社、これが臭いと思います。神功皇后は九州にいろんなエピソードを残してる。夫の仲哀の突然死や住吉大神になった武内宿禰と出来てたんちゃうか、応神はその時の、、、みたいな。そんなエピソードが残る神社、たとえば香椎宮とかね。

話は例によって拡散してるけれど、卑弥呼の祖先、邇邇芸(ニニギ)、そしてアマテラス、彼らは壱岐の人たちだけどその「アマ族」の神が「天神」。大国主の出雲から支配権を奪い、板付縄文水田を手にした海上交通を司る、大国主の「一の子分」であったアマテラスの一族の信仰していた神こそが「天神」なのであった。

蝉が鳴き出したね。夏本番。

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2015年07月23日

最近ね

最近音楽が面白い。

もう「新しい音楽」はいらんぞ、と思ってた、しばらく前までは。

それがどーしてどーして。いい音はある。確実にある。

音楽ジャンルは無意味と今までも言ってきたが、それでもやっぱヒトはどっちかに偏ってるもので、もっと広い目を持たないとと「反省」してる。音楽に関しては「いつも可愛い女を探してる」そんな姿勢でいい。

思いつくまま列記してみる。
ロバート プラント&アリソン クラウス。

1日に3・4回聴いてるんじゃないかな。King of RockとIcon of Bluegrassの共演なんだけど、泣くほどすんばらしい。T-Bone Burnetteいい仕事してる。MARC RIBOTもだけど。役割ちゃうが。「Raising Sand」だけどね。ツェッペリン時代の曲もこのメンツでやるとまた別のアジ。アプローチとしてはカントリー方向からなんだけど、T-boneとMARCの存在が違和感あっていい。大変優れたMIXTUREになってる。アルバムには収録されてないが、MARC RIBOTのぺけぺけバンジョーのBLACK DOGとかかなりおもしろい。最後はギターに持ち替えてリボー節全開だが。カントリーとケルト音楽は兄弟だってことが改めてわかるよね。でもROUNDERって立派ね。

WALLIS BIRD。前も書いたが、彼女はIRELANDの33歳。彼女はアルバムというより3人くらいのライヴがすごい。ベースとカホンセットぐらいとのライヴが異常にカッコいい。ギターは「ARBERT KING」仕様。これは草刈機で幼い頃左手の指全部切断したことによるみたいです。小指以外は繋がったという。「あほの子」よばわりしてすいませんでした。彼女はビートの塊。ライヴアルバムばっかりだせば良いのにね。おれの嫌いな本格的な女性の歌い手でもある。でも彼女はいい。おそらく彼女はゲイかバイではないかとフんでる。だからかもしらんな。

COMPAY SEGUNDOとELIADES OCHOA。おれの「見逃してたLATIN」。SEGUNDOの作曲能力とOCHOAのバンマスとしての存在感とキューバギターの奏者としての魅力。日本にも「ソン四郎」とかSONを演ってるのがいるみたいなんだが、それ、なんか違うんじゃね、そんな気がしてる。きっと違う。「東京ラテン宣言」にもソンやってるバンド、収録されてたが、それともなんかちがう。sonはギターミュージック。ROCKにその精神が限りなく近いと思う。OCHOAのバンドなんて「EXOTISM」なんてないもんね。SEGUNDOにはあるけど。アメリカと国交回復してどうなるか?見守りたい。いらんことすんなよ、とも言っておきたい。

あと、RICHIE BLACKMORE。「え、なんて?」と思った方いると思うが。今の彼は中世音楽をやってて、これがいい。ルネッサンス期の音楽ね。DEEP PURPLEとは同一人物とは思えないけどね。ACCO.GUITARうまいねえ。

RICHARD THOMPSON。42枚目!のアルバム「STILL」が最近出ましたけど。こないだ、生エレクトリック トリオ見たばかりだからか、またまたいつものことながら曲もギターも歌もいい。もう手がつけられない67歳。おれも頑張ろうなんて気になる。

Todo O Mundoではそんなのが今heavy rote.かな。もちろん他の世界音楽もかかるけどね。
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2015年07月21日

夏の予定 その1)

雨降りそうだ。降ってくれて全然ok。むしろ、降って!

青春18切符、というのがある。今年、それを「初使用」してみようかなと思ってる。何のために?「読書と音楽」のために。

ご存知のように、青春18切符は同一日時内なら、いくら乗っても・どこまで乗っても2300円ほどである。5枚綴りになってて、以前はバラ売り\仕様もできたみたいだが、いまはそれ、ダメなんだって。だから買った以上は延べ5days、乗り切らなきゃいけない。もっとも誰かと一緒に使うことも可能。特急は乗れないが新快速までは乗れる。気が向いて途中下車も構わない。特に「当て」はないのだ、おれの場合。「読書と音楽」が目的だから。強いて言うならかつての、かなり前だが、かつての「表日本=日本海」だろうか。

それようの「読みたくてしょうがないんだが置いてる」そんな本もある。音楽も今は、ネットで「ナンボでも」聴ける。ipadがあれば曲のスケッチもまあできる。その際にまわりの風景がオノレの移動を裏付ける、なんて「いいじゃないの」と思う。

もう始発から、通勤のみなさんとは「逆方向」へ行かなきゃな、と思う。

目的地はないとはいうたが、村上ならrevisitしてみたい。いいねえ、〆張鶴。行く店も決まってる。泊まる宿も決まってる。ショルダーバックひとつで行きたい。必要なものは現地調達。

岐阜なんてのもやや惹かれるが、bad Pointは海の不在だ。どうも山ん中というのが、解放されにくい。長崎育ちのネックだ。

青春18切符は、留学生たちにも勧めている。反応がどーもイマイチながら。

おれの話の中にその「使用感と満足感」が深く含まれていたならもすこし説得力あるかな、と思う。

ごく近々に敢行してみようと思います。




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2015年07月20日

休みでしあわせ

店は休みだし、教え仕事もない。これが「real holidays-yesterday & today」。

本を読んだり、音楽を聴いたり、ギターを弾いたり、昼酒したり、昼寝したり、このlazinessこそが休日の証。もう思い切りダラける。積極的寝たきり生活とも言う。

しかしいろいろ発見があって、楽しい。目三角からは程遠いときに発見はあるみたい。

内閣支持率下がってきてる。もっと加速度ついてもいいぐらいだが。さてここから9月までに回復があるかというと「ない」に一票。参議院の審議、すればするほど姑息な、とももはや言えない「チョンバレのうそ」だらけの答弁を巻き散らすだけだろうから。

しかし、与党が苦し紛れの解散総選挙を打ってきたらどーする?今のままじゃ、前回ほどではないにせよ、結局自民党、勝つよ。他の選択肢があまりに貧弱ゆえね。民主党はダメだと思う。半分は第二自民。維新もどうだろう?市長サイドは極右。じゃあ共産?要は、選挙行ってくださいよーとは言われるが、入れるに値せんような候補者しかいない、これが現状なわけでさ。

沖縄方式しかないと思う。野党も次回、UNITEしなければもう永遠に変わらない。ほんと「戦後」にしか変わらない。

ほんとは憲法学者たちが新たな政党作っていただきたいけどね。今の日本がいつのどんな国に似てるかというなら100年前のドイツでしょうね。民主主義のレールの上に現れた独裁で合ってる。選挙で勝ったから「何してもOK」これ、そんなぶっちゃけ市長が言い出したと思うが、そのマナーに意外といつまでも「そらそや」と言っていた大阪のひとびとのどーしよーもなさはたかじんにはついていってもしんぼうにはどうかなあ、みたいなことで、すこしはマシになってる・なってない、どっち?

でも安心できないのは、今アメリカの最高裁長官が来てて、安保法案の採決を見届けるまではずっと居ることになってる。もう一つ。2016のアメリカの軍事予算の中に日本の「集団的自衛権」の分がすでにデフォルトとなっている、つまりその分「少なめ」のに予算を計上している、そんな事実があること。

支持率を30%まで下げたい。そのときは不支持が6割超えるからダブルスコア。そうなるとレイムダック化し、自民内での安倍下ろしの機会となる。もう安倍ちゃんは「逃げまくりたい」とは思うが、あのわけのわからない答弁をTVですることを避けられないとするなら、野党の皆さんは是非、党利党略に走らずに唯一民主主義がそこに存在する「沖縄方式」で早めの準備されることを勧める。小沢くんにもう一度出番ないかなあと思ってる。亀井ちゃん・鈴木君も。物事はイメージ先行って「ロクなことない」てことには未だシールズの諸君も気づいてないからね。日本人はどっちに転ぶにしても「MOOD」。太郎ちゃんや小沢くんに対する「汚れ視」の根拠が実は非常に薄弱であるってことに気づかないのなら、完全に「片手落ち」ですよ、そこ。メディアがほんとはケツ拭かんといかんのだけどね。「小沢と太郎ちゃんだけはダメ」だと宗主国に「言われてる」は重々わかってるけど。そこがひっくり返らないと植民地のまま。もうほとんど「DREAM」に近いけどね。

さて、突然だけど「天武」は二人いた。

草壁皇子のパパと高市皇子のパパ。

カクムソウとはマッカーサーであって、日本列島は実は二度「占領」されてるのね。前述の2名によって。そして今の馬場町の「難波宮」は孝徳がいたんじゃなくて、九州王朝の「副都」。来るべき唐との決戦に備え、651年、難波の地にもうひとつの行政の場を設けた。孝徳は笑えるがうちの店のちょっと東の豊崎神社(当時は湿地帯)にいた。豊崎長柄宮。地名もバッチリです。天下立評、つまり、律令の基盤の評制の詔が出されたのも@難波宮by伊勢王。伊勢王は薩夜麻のパパね。

ちょっと飛ぶけど、天武のヨメの讚良(イコール持統天皇)がしょっちゅう行ってた吉野、とは奈良の吉野ではないから。あんなとこいつも行くとこじゃない。吉野ヶ里の吉野ね、有明海に面した「軍港」があった。そして、史実の天武(壬申の乱の)がいった吉野もまたその地であり、では誰に会いに行ったのか?それは(1)カクムソウ(2)薩夜麻のどちらかであるのは間違いなくそこで壬申の乱の大義名分を得たわけよね。
そして長良王は長良親王であることから、高市皇子は高市天皇である。その高市天皇は696年に暗殺される。その模様の「書き換え」が蘇我入鹿暗殺となるわけで。そこから先は九州系の血を如何に廃絶するかという不比等始め藤原氏との抗争になる。長屋王の失脚をみてもわかるように結局、天武系の血は天智系に上塗りされていく。天武は二人いるというのはその言ってる天武は大海人皇子ではない天武、つまり薩夜麻、高市天皇のパパ、九州の天子の血、という意味ね。聖武にはもう九州の血は流れとらんからね。

源氏物語さえも九州の話。京都や奈良の「古都」としての伝統・価値、「アーティフィシャル」だったらどーする?



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2015年07月16日

「南部をめざした」日

c一座公演、まあ無事終了だろうな。

大変な日に「当たってしまった」が。そんな巡り合わせ、よくあるが。

GANZから目と鼻の先のヨドバシ前にそんなに人集まってたとはね。

こちらはこちらでミニマルな「集会」。自由のための。まあまあ盛況で終了しました。8月21日にまた「南部をめざせ」のvol.2を別のメンツでやりたいと思ってます。ちょっと、今度は別の角度から攻めることになるでしょう。曲は「ナンボでも」あるので。小さなとこでもなんかやろかなとも思ってる。「浪速のカエターノplus………」として。どうなるかはまたおしらせします。店でもやろかな。

いろんな楽器のひとびとが、一緒にやってくれるというのはなかなか値打ちだね、と思ってる。どう使うか、がセンスですが。面白いことまたやりましょう。楽譜のツールとしての利便性もちょっと実感してるかな。書けんこともいろいろあるけどね。ほんとは書けるみたいだけど。

来ていただいた方、ありがとうございました。また、会いましょう。

そして関係者のみなさま、ごくろーであった。ありがとう。またやろう。

さらに「梅雨は明けてます」
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2015年07月15日

tobeginwith

本日「南部をめざせ」ですが、安保法案、委員会で可決されそうで、ダブルバインド。

トップがバカってほんとに不幸の極みなのだけど、何か行動に訴えたいが、それをおれは、というかおれたちは、「自由を体現し満喫」することで「抵抗・抗議」に代えたい。

「自由」が今後のキーだと思ってる。自由がどんどん侵食されることはもうわかってる。しかし、本当の自由を知らないと、その侵食は指を咥えてるあいだにあれよあれよと成し遂げられてしまうだろう。だから、おれたちは「自由」に関して自覚的にならないといけない。

おれは喩えて言うなら「フェリーニの映画」のように「すべてがそこにある」ものが好きで、そんなもん以外に値打ちを見出せないが、その実現性がさらに困難になっている今、敢えてそんなことを唱えてみたい。

昔はそんなことばっかりを言っていた。聴いてるみんなも「緩んでた」から、机上の空論みたいな受け取られ方をされとったと思う。その実現には当時とはまた質的にも量的にも異なる障害が存在する。でも、そのときの感覚を覚えている人もいるだろう。ダメになる人々はこの国の劣化・腐敗とともに滅んで仕舞えばいいとさえ思う。昨日までの味方が、敵になることもあるだろう。それは、しょうがない。エネルギーがいることだから。そういう人たちはあーだこーだとその理由を述べると思うが、ハイハイと聞いて、またいつか、とその場を立ち去るしかないでしょう。状況は流動的。しかし、その自由にある部分、共感を持つ人々もその時々に必ずいると思う。

事は妄想からしか始まらないということは良く知ってる。

おれの言ってる自由のモードは、目三角ではなく、もっとユルいもの。その中で「潮の満ち引き」のように何度も小粒の・ときに大粒のecstasyを味わう、そんなこと。

とりとめなくってごめんちゃい。でもきっと、今日は楽しい1日。すくなくともおれにとっては。それが演奏者、GUESTのみなさまたちに「伝播」することからしか物事は進まない。ひとの心の中に戦争の種は生まれるというセオリーから言えば、人の心の中を豊かにすることはその災害から人を遠ざけることになる。

まあ、共に楽しみましょう。

CU@GANZTOI×3

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2015年07月14日

明日に、かよ

うちの家は「午前中」が一番暑い。今日も起きたら温度計は34℃だった。

ちょっと待ってほしい。

今日はコーヒーはいきなりアイスだな、と思う。濃いめに淹れよう。

台風が一列縦隊で接近しているが明日までは天気はモチそうだ。祇園祭りの山鉾巡行が危険かもね。

どうもわれわれの「佳き日」に採決強行するみたいだけど、バチアタリめ、と東方へ向けメンチ切ってる。

強行採決した後の内閣支持率は30%を切ると思うが、そうなれば「退陣」となろうか。だからね、国の根本を壊して、で、サイナラ〜、って意味がわからない。さすがに吉祥寺大学の卒業生はトリッキーだ。後はイナダとかいうオンナと決まってるみたいだが、予算委員会で一度「万世一系」って言ってたのを聞いたことがある。新興宗教の信者だった。まあ現首相もtik会だけど。ただ、女子がそゆこと言うとなんかおれはいつも落ち着かんことがあって、それはそこに客観が相対的に少なく存在するのを感じるからなのだがイナダ先生もまさしく、それ、だと勝手に思ってる。同い年。あ〜あ、なのだが。

あのね、思うのだが、おれたちの「学年」と言うのがいいと思うから、そう言うが、「公」の立場に立つべきじゃないと思うね。だって「カルイ」からね、おれたち。一応やる事はやりますよ、だけど、それを「もう絶対に」ちゃかさずにはおれんといったそういう変な「メタ意識」内蔵しちゃってるのね。だから、いいとこまで築いてそれ壊す、得意ね、秘密も守れないし。そういう意味ではなかなかオノレの気持ちを一本化出来ない。それがおれは「いいとこ」、世代特有のいいとこだと思ってたら、このザマながら、だはは、放っといて。まあ、いろんなひとがいらっしゃるのでイナダちゃんはその中でもまだ低メタのおばさんだと思うけどね。

国を壊すだけ壊して、去ることになる現首相、去るのがいつ、とは言えませんが、可能性なら、今年また解散総選挙かな。衆議院だったら、市長もどさくさ紛れに、、、。野党共闘ができるかな。維新は自民の2軍だから期待しちゃだめですよ。

沖縄モードでやらないと、さいてー、オマエらあかん、しね、と思ってるPARTYがやっぱり勝つことになり、そんなもどかしいことはない。

もう終わってるのだけど、終わりきってない。だから、変わらない。

一旦決まったものでも、後でまた「廃案」にすればいいじゃん、と言うワカモノがいます。が、理屈ではほんと、そうなのね。なのよ。ただね、その法案がアメリカにとってのメリットとなってしまった挙げ句はこれかなりひっくり返すのは難しい。

首相が「絶対、中国と「ヤル」」と言うてるでしょ。これも、おそらくだけど、マインドは太平洋戦争の始まる直前の甘いバカとおんなじ。先制攻撃から有利な講話へと持ち込みたい。戦争は出口戦略が見事に難しい。引き時ね。吉祥寺大学にはそれは「無理」。吉祥寺大学の方怒ってるかもしれない。首相が・無理、に訂正。

やっと部屋冷えてきた。

でもこの暑さで「アタマ狂う感じ」悪くない。おれは自覚ありますよ。だから、夏は物事「考えない」。音の中に埋もれて過ごしたい。ややこしいことは「敬老の日」ぐらいから、というのがオノレのStrategy in summer、と思ってるんだが、よりによって「明日採決かい!」にイラっとしてるだけだ。

首相を支えてるのは、「みなさん」のささやかな「保身」への願望です。そんなものはささやか過ぎて、戦争になればグジャと踏み潰されて「イッカンノオワリ」かもしれません。

「終わり切る」ためにはそれもいいのかなあ、なんて考える「誘惑」に駆られるが、それは「終わり切る」の中に自分を入れてないことから来る「まったくの錯覚」ですので、そこんとこ、よろしく。





posted by 浪速のCAETANO at 12:04| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月12日

Sweet Little Angel

頭の中を駆けてく ふと立ち止まって見た

後ろで雲が流れた さっきまでまだそこにいた

冷たい熱の名残り

そしてシーツの窪みはペアの羽根

Sweet Little Angel

ゆっくり動いて 体を重ね

いつの間にか眠ってる

お前とはいつものこと

瞳の中で密かに 揺れてたのは

ネオンの記憶と 煤けた街

蒼いあれは月の夜 喩えて言うなら

抜き足差し足忍び足で飛んできた

Sweet Little Angel

やっぱりその羽根をたたんでくれ

浮かんだままで抱き合う

それも悪くはないんだけど

長いキスの後 目を開けたら

逆さになってた 頭に血がのぼる

月のない夜に 夜に紛れて

抜き足差し足忍び足で飛んできた

抜き足差し足忍び足で飛んできた

por marutanikaz
posted by 浪速のCAETANO at 18:37| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | MarutaniKaz 詩の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女は南を目指して

南からの風を含んだ髪が 南からの風になびいて

分厚い雲と風は彼女に気づく

Bayouで生まれて 南風に甘やかされた

エメラルドの海に小舟で繰り出す

エメラルドの海が顔色を変える

分厚い雲と風は小舟に近づく

この手で地球を曳き寄せてやるのよ

Roja Barco , Estola Roja Barco
Moment Oportuno , mais Lugar Equivocado
小さな舟 赤い 盗んだ舟
語り部のイルカの導くままに

行方知れず それが彼女のプラン

行方知れずになることだけが望み

分厚い雲と風は小舟を飲み込む

マストの軋む音だけが彼女の命の証

Roja Barco , Estola Roja Barco
Lugar Oportuno , mais La Era Equivocado
小さな舟 赤い 盗んだ舟
時間は合ってたが場所が間違った
Roja Barco , Estola Roja Barco
Moment Oportuno mais Lugar Equivocado
小さな舟 赤い 盗んだ舟
語り部のイルカの導くままに

南からの風を含んだ髪が

南からの風になびいて

分厚い雲の上には太陽がいた

ハリケーンの眼の中で 光を浴びて汗を掻く

Roja Barco , Estola Roja Barco
Lugar Oportuno , mais La Era Equivocado
小さな舟 赤い 盗んだ舟
場所は合ってたが時代が間違った
Roja Barco , Estola Roja Barco
Moment Oportuno mais Lugar Equivocado
小さな舟 赤い 盗んだ舟
語り部のイルカの導くままに

por marutanikaz
posted by 浪速のCAETANO at 18:26| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | MarutaniKaz 詩の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月11日

堺にて

大和川を越えたとこにtutor先があり、それが終わって、「さて」と本日塾ないな、と気づく。もっと最初から気づいとけよ、そんな話もあるだろう。そういう「自覚的」じゃないのが、おれのいいとこ=アホなとこなのだけど、それはまあ置いとくね、で、時間があるぜ、とよろこびまして、堺の街で飲んだことってあったかななかったかななどと思ったが、まあ行ってみようと思い、堺東までバスに乗る。

堺といえば堺東です、が生徒くんの意見。「先生の好きそうな店ありますよ」と言うから「ん?チミはどの程度ぼくのこと、知ってるのかな?」と確認しようか、とも思ったが、それも野暮というものだったから置きまして、とにかく行った。12・3分だった。堺は「横=東西」の交通がイマイチである。バスは1・2本/時しかない。昨日も30分待ちとかだったら「帰って」ただろう。縦=南北の交通は南海、南海高野線、JR、地下鉄と充実してるのにだ。是非「あみだくじ」を成立させていただきたい。

商店街を軸に路地を彷徨い、いろいろ見てみたが、うん確かにおれの好きそうな店、多い。生徒くんの眼力にパチパチ。

立ち呑み数件と、イタリアン、店頭で魚介を焼いてる店、どれも悪くなかったが、半外飲みの店頭魚介の店に吸い込まれた。

牡蠣、鰻、大アサリなど焼いてもらう。金目の煮付け、ゲソカラ、菊菜、白身の天婦羅、ダメ押しに鰻ざく、そんなことでビール・サケ・焼酎と進行して、結構満足してしまう。ちょうど携帯の電池も切れ、誰とも繋がってなく、アタマの中整理する意味も込みで、新曲のメロディと詞の世界に遊ぶ。ここ作詞作曲家の特権。おれ、結構時間かかるのね。そして必ずペアで曲書くので、せわしないのは苦手なのね。時間かけて、あーでもないこーでもない、が好きである。そうするうちに愛着も出来てくる。オノレが好きじゃなかったら人前で披露なんかできんでしょ。

今回もそんなことだった。叙事詩を、おれなりのですが、書くのが、叙事詩的な歌詞を書くのが好きみたいですね。で、わかるヤツしかわからなくなる、だはは、いいのだけどねそれで。

堺東の街は、でも活気があった。かつての自治都市の誇りと名残を感じたかった、ということなのかも知らんが、あんまり市内の暗い目のワカモノを見なかった気がする。都構想は堺で竹山ちゃんが勝ったことでもう半分頓挫していた。

帰りの南海、各停もいい感じ。4人がけを占領してアタマで音を鳴らしてた。難波からも中津行きに乗り、「空いたまま」で帰宅する。いいタイミングの日でしたね。
posted by 浪速のCAETANO at 13:43| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月09日

こっちとあっち

オノレの音楽にかかりきってたから世の中のことはあまり気にならなかった。リハも今日で一段落。完璧では、相変わらずないが、まあそれでもあとはフロントマンの「魅力」で、な〜んて。
現場力で。

7・15、おもしろいと思うよ。オノレが歌う曲書いたのも久しぶりであって。でもいいね。もどかしさが極小で。その割には相次ぐ転調に対応しきれてないおれがいるが、だいじょうぶだいじょうぶ、一週間ある。

アタマの中のMTRと、今回はさほど現実の音に開きはなかった。江くんとキューバ話で盛り上がったのも良かった。何をするにも「DRIVE」は要る。人の行動の「熱が伝播する」って素敵なことだ。

その江弘毅のコンガも取り込んだ「雑食性半透膜」Sentimiento '15、出番は20:00過ぎぐらいだと思います。菅野ちゃんのアコーディオンにさかもっちゃんのヴァイオリン、そして中西くんの飛び道具パーカッションとしてのフラメンコ・ギター、江・岩崎・李のリズム隊、それとともにオノレの曲、カルリーニョス・ブラウン、デイヴィッド・バーンのカヴァーなんかをやる予定です。密度は、濃いいな。

戦前の、このウンコ社会でまあお気楽にも音楽が出来るということはなかなか「ありがたい」ことではあるね、と思う。この何もかもが正義について「ひっくり返ってる」社会で、これは世界の大勢かとも思うけれど、おそらくそう考えるならば、多くの人々とuniteすることはできるはずなんだよね。何かが邪魔してるってことね。味方のふりした実は敵ですね。

厄介なのは「敵」のつもり・自覚のない、結果・敵みたいな人。

予想通り株価下がってきたね。予想通り。実力以上の株価はそれをバブルというのね。日本の場合は「買支え」。資金は公的なお金。その前にお気楽な外遊で何十兆も各国にバラマキ。原発に燃料注入。

中でも、自衛隊のミナサマ、可哀想ね。ほんとに同情する。加害・被害どちらとっても、身分は「一般人」。ほんと殺し殺され、その際の立場の不安定さったら、ないよね。これで法案通そうとしてる。

現実に戻ってきたら、ウンコ度増してた。また音楽に逃げたくなった。いつでも逃げれるように常にやっとかなあかんなあと思う。




posted by 浪速のCAETANO at 18:57| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月07日

さーて、次 次

あー、長かった。やっとさっき、期末テストのお勉強終わった。長かったです。大体3週間ほど身動き取れなくなるのね。

いろいろ劣化しつつある世の中を地面近いとこで「支えてる」気もしてるけどね。ほんとにTINY WORLDながら。まあ、それでいいのだが。

しかし今日は、眠かった。学校で化学の問題やらしてる時、寝てたのではないか、おれ。だはは。ま、その後の解説がEXCELLENTだったということで結果オーライということにするのね。

しかしちょっとこたえた。今回は「曲作り」というそれがあることがゼロサムのこっち側をどんどん侵食するものがあって、でそうなるとゼロサムでは厳しくて「プラスサム」に持って行かんといけなくて、ということでニンゲンデカくなったかも。そんな推論も仮説として成り立つ気もするこの3週間。8月からはもひとつ始まることがあるのでまたまたこういう時の対策を考えとかんとなあ、など思ってる。24時間だけはもうひろげられんからねえ、それ以上。そして今は「非効率」を心掛けてるから。人が人に対する際の「効率は不実」なのよね。若いヤツにはなかなか理解できんと思うが、これまで「無意識に効率を選択していた」おれが言うからにはここ、真実なのよ、いや、マヂで。

効率に走っていいとことあかんとこがある。そういうことね。対人ということでは「business mind」というか「businessman mind」はホンマいらんゆうことね。能力はひけらかなくとも「見えてくる」ものなのであって、そもそも、こういうことも他者の評価になにかを委ねてあるわけで、そんなことも自分はもういらん気がしてて誰からどう思われようが、もうどっちでもいいのである。自分はもう何ができて何ができないなんてことは充分にわかってしまってるからだ。

生き続けるということはなかなか奥深いものだね、と最近思う。

音楽でものを考える、これは言語の限界を超えるものへの有効性、まあ社会化というか一般化されてはないが、ここ悪くないなあと思ってる。それこそ言葉足らずになっておれのような「知恵遅れ」にはたからみたら見えるのは「御愁傷様」だが、ただね、言語を超えるものにしか興味がないんだから「しょうがない」んだもんね。ちょっとお勉強できた自覚のあるやつのおもんないのはそこでね。おれはだからむかしからアホが好きね。言葉はツール。かなり「いい線」行っててもまだ未踏の地・No one has gone beforeってとこがあるのね。オノレの言葉で訥々と語ろう。おれもそうしてる。世のヒエラルキーにはその前提として何かの不調がある、がデフォルトです。ほんまにいぢめたろかこいつ、と思うようなんはいっぱいおるよね。それは何かしら不調なものを前提としたものの中でのオノレの評価を「得だからまいいか」と受け入れてそれが習慣となってる油断してるバカ。ほんとの知性があれば、まあそのうちわかるかな。手遅れにならんことを祈ってるけど。

楽器をやるってやつはそこに救いがあるとおれは思う。それと快感原則に忠実というか「弱い」。そこ、大事なことだと思うのね。今現在はおれたち「狂ってる」からまだよくわからんが「過去」に於いては気持ちいいことだからやり続けることができ、それが広義の発展に寄与したことがおれたちの今を成り立たせる一因になったってのがあるでしょう。もう今は充分歪んでてアホの人たちはカネのことしか考えてないし、まそこが史上最大のアホが首相やれるBASEを作ってるわけだけど。自己とシステムの不均衡という不幸を生きてるのはみんな一緒。オノレの中にPARADISOもってないとツライからね。

シンプルさって大事か、と思う。喜びって究極、そんなとこに落ち着くから。


posted by 浪速のCAETANO at 02:07| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月04日

たまのリアル休日に

雨がしとしと、土曜日。久方ぶりの休日でぼーっとする。ゆっくり料理でもして過ごすつもり。ローストビーフはどうだろう。セロリやネギなんかはあったな。

今は断然ステーキよりもローストビーフだ。大トロがいらんくなった時期とそれはカブる。マグロは赤身。トドムンドに於いてもスジカルビステーキが人気である、4・50代に。もう溶けるとか要らんのね。歯がなくなることへの先験性あるいは恐怖/未練と関係あるのかないのか、これ。今のうちに噛んでおこう、みたいな?わかりません。


気分転換に買い物に行けば、気が変わり、でっかい岩牡蠣を発見し、オーブンで焼いてウイスキーかけて食う。そしてタラのムニエル、海老とキノコのアヒージョで白を飲む。昼酒、あ〜Felicidade。しかしもう今日はメシ要らんな、と斯様に食欲は落ちている。
ヒルネでもしてそれからまた作業にかかろうと思う。

みなさまにおかれましても良い週末を。

posted by 浪速のCAETANO at 14:23| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月03日

思い出を汚す

やっと、期末テストの大ヤマが終わる。まだコヤマさんは週明けまでいらっしゃるが、目サンカクな時期は終わった。なんでも「終わる」。妙に「哲学的」にもなったりする。「嵐」から出た、まさにそんな瞬間によくそんなことを思う。それを深く掘り下げていけばおれもちょっとしたもんになるのだろうが、ほら、ばかは忘れて「次、いってみよー」とチョーさん化するので、なんだか「何も起こらず、何もかわらず、そこにはただ風が吹いているだけ」。

さて、嵐と言えば台風である。来週ちょっとやばいね。天気図見るとね。梅雨の後半というのは毎年怖い。試験の終わったjk'sはアウティングで北海道・シンガポールへ行くみたい。おしりペンペンの刑に遭わんようにと。シンガポールの「鞭打ちの刑」はしかしその対象は「おとこ」だったけど。でもいい時期のアウティングだね。試験の終わった梅雨の後半日本を、本州を脱出するというのは。

新幹線の事件。当事者が70代というのが象徴的。新幹線のみならず、日本の右肩上がりの中にいた人である。そして年金も少ないといってもおれが貰える金額のおそらく倍ぐらいはもらってたはず。要は、国の浮き沈みをそのまま、あなたの浮き沈みにして生きてきた世代で、もうここから何かを変えることもできないだろうしなあ。オノレの人生の良かった時代の、外部にあった象徴としての新幹線の中でそういうことやっちゃったということは、その良かったものを自分の人生を呪う際の道連れにしたる、という意思をそこに見る。

テロというのともちょっと違うが、巻き添えの方も出たってことは、最終的にテロ的な意味合いも僅かにある。その意図とは関係なく。あのさ、貧困が「テロ行為」の最大の原因、とおれは思っているが、その要因は国内にもあるよと言いたかったのね。貧困と不満は必ず社会の不安要因になるし、なるだけでなくそれは犯罪を導くことになるし反政府的行為の根拠にもなり得るし、あんまり政府は国民を舐めないことをお勧めするけど。

外に行って殺し合いに加担というよりも、国の中での殺し合いの方が実はリアルかも知らんなぁと半試験明けのボケ頭は思ったりしてる。

30年以上大企業で働いた夫(オヤジだが)をもつうちの母親でも年金じゃ汲々だとこぼしてる。そのウン分の1ほどしかもらえないおれたちはもう死ぬまで働かなきゃいけないし、働けなくなった時は死ぬ時で、しかし人間寿命がまだ残ってたりしたらどーすんのさ?など思ったり。

意外とこの事件は「あとひく」よ。絶望だけは味合わしたらあかんのよ。文太アニキが言ってたこと100%正しいから引くが;

「国民を飢えさせないこと。そして決して戦争しないこと」これが国の役割というか「意味」である、とおれも思うから。

posted by 浪速のCAETANO at 12:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月02日

いいものは実はある

誰が今時「Kid Creole & The Coconuts」のCDを、しかも「Off The Coast OfMe」なんかを買うだろう?

もうお分かりか、おれでした。

大して評価高くないね、このアルバムは。彼らなら、BREAK後のもっとショウアップされ、洗練もされ、それこそ憎むべき米米クラブのお手本となった頃のことを知ってる方は思い出すだろう。

このアルバムはそうなるずっと以前のもの。サヴァンナ バンドの香も充分あるが、ややジミ。しかしああいうド派手な人たちの「ジミレコード」って実はいいのね。ハデなギミックなしに、ヤサグレヤサ男のセンティミエント満載な。オーガスタ・ダーネル、好きなんだね。

ココナッツも可愛い。オトナのオンナで可愛い。ちょっと足りない振りの「見事さ」ですね。ほんとに足りなかったなら、香港やらチェンマイやらに売られてしまうのね。足りてるのに足りない振りの「お上手」悪くない。

2003年の作品。おれ持ってたのに引越しで紛れてしまったみたい。このアルバムは前述のように評価、あまり高くなく、だからかな流通も希少でなかなか手に入らなかった。突然聴きたくなった。2003てのはまあギリギリ。録音技術、当時の方向を鑑みた際によ。bonus trackが5つも入ってるってことはエンジニアの「アソビ」の過剰が懸念されるところだけど、今回聴いてtoo much感はやはりなかった。

もうひとつ。アホの子が歌ってるみたいな「lili marlene」が聴きたかった。とっても。

最近のFEMALE、感心すること多しなのだが、まあANNIE CLERKなんて怪物的にすごいのがアメリカに出てきてるけど、アイルランドで見つけた。彼女の名はWillis Bird。彼女、すごい。作曲能力はほぼ天才的。おれが言うんだから間違いない。歌もいい。そしてギターがいい。左利きというのがいい。そして、キミ、ビンボーな子ですか?右利き用のギターをそのまま左利きとして弾く。それさあ、アホで貧乏の黒人ブルースギタリスト仕様だからね。だがこれ、キミ実は確信犯かい、と言いたくなるぐらいにその変なおれの好きなニュアンスに溢れかえっちゃってるのね。ライヴもかなりアバれてて好み。ちょっと前のANNIE CLERK、ちょっと似てるね。心象風景に共通項があるのかも。歳は一緒。おんなはおんなの厄年(33歳)にピークを迎えるのか?日本の33なんて、そこからおもんなくなるのは社会の保守化とLINKしてるのかもしらんが。こないだ久しぶりに会った清水興氏と喋ってて思ったが、おれたちのムスコムスメ世代はその先をウンコまみれで生きた世代とはまた違うのかもしらんな。直前のものが一番ダサく見える、そんな公式を当てはめることもできるか、と。家に「聴くべき音楽の在庫」があるという幸運にも恵まれてるわけで。

忘れられ、置いて行かれた音楽を「回復」させようとするのがおれの試みなんだけど、それは多くをそこから「学んだ」からなのだが、音楽とはPublic/Privateの両義性を持つが、だからこそというかしかしというかそれはクラインの壺でもあり、一番遠いとこから一番近いとこまでは実は瞬間移動できるってことでもあるよね。private場での熟成が必要条件だけど。

ラフレシア一座公演
<南部をめざせ V15>

7月15日
@
GANZ toi×3
西天満 大阪

19:00 open/19:30 start
\2500/2800
w/o drink

Who'll play?

​​出演者その1

<​ザ モルモッツ​>
ラフレシアの実験動物だって人間だ集団モルモッツ

ナカ〜タ(vo.)
髭(vo. per.)
ナガイ(b.)
高1ひでと(g.)
林くん(key.)
ピコ(dr.)

​出演者その2

<​マルタニカズ e Sentimiento '15>

毎回メンツが変わる「半透膜ユニット」

坂本卓也(vl.)
菅野稔子(acc.)
李ヨンウン(b.)
江弘毅(con.)
岩崎秀昭(vo. per.)
中西雄一(flamenco g.)
マルタニカズ(g. vo.)

​出演者その3

<Los Solos Lobos>

二年振りの「南部音楽研究会」

小松辰(vo.g.)
岩崎秀昭(vo. dr.)
紀平joergeporter暁人(b.)
マルタニカズ(g.vo.)
and more…​


posted by 浪速のCAETANO at 12:07| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月01日

あけまして…

ウンコみたいな政治を戴く、ウンコな年も半分過ぎましたね。腐臭がプンプン。もう大体オワッテルんだけどね。
ただ二倍年歴で言えば「あけましておめでとう」とも言える後半の始まりでしたが。古代の智慧をここはですね、ちょっとお借りしてみるのもいいか、と。

本日から新しい「年」ということで。

そのようなさらっぴんの時間帯、告知です。

恒例の;

​ラフレシア一座公演
<南部をめざせ V15>

7月15日
@
GANZ toi×3
西天満 大阪

19:00 open/19:30 start
\2500/2800
w/o drink

Who'll play?

​出演者その1

<​ザ モルモッツ​>
ラフレシアの実験動物だって人間だ集団モルモッツ

ナカ〜タ(vo.)
髭(vo. per.)
ナガイ(b.)
高1ひでと(g.)
林くん(key.)
ピコ(dr.)

​出演者その2

<​マルタニカズ e Sentimiento '15>

毎回メンツが変わる「半透膜ユニット」

坂本卓也(vl.)
菅野稔子(acc.)
李ヨンウン(b.)
江弘毅(con.)
岩崎秀昭(vo. per.)
中西雄一(flamenco g.)
マルタニカズ(g. vo.)

​出演者その3
<Los Solos Lobos>

二年振りの「南部音楽研究会」

小松辰(vo.g.)
岩崎秀昭(vo. dr.)
紀平joergeporter暁人(b.)
マルタニカズ(g.vo.)
and more…

ちょっとおもしろいかもしれません。この時期、「南部をめざせ」と呪文のように唱えてたのがそうねえ、15年前から3年前ぐらいの時期。とある殺人未遂事件やらぺろの死や店長の病気やらで物事の根本的な成立がかなり怪しくなってそれどころじゃなかった。そのような時にはもっと生活自体の存立のためにハードルをかなり低めへと無意識にシフトしていた自分というものがあったな、と今思えばわかる。

時間がかかるのね。センテイミエント内蔵してるとね。楽しさ、哀しさどちらも数倍。まあその分おれも図太くもなったと思うが。

そのようなものからももうええ加減解き放される時間帯になった。ばかの世話はもううんざりである。

昨日は「すっぽんぽん'ズ」九州遠征の話も出で、これがまた実現しそうな気配もあってちょっと面白かった。ちゃんとプロモーションしよう。サボってた。ちょっとオトナの「制向委」みたいなこともやらせてみようかな、なんてことも思う。

まあそのようなことも含みまして、この夏は進行中。8月にはCOWBOYSも純ちゃんと北村くんにjeorgeporter暁人でやる。モエラドかガンツどちらかで。

二倍年歴の元旦に。

posted by 浪速のCAETANO at 13:41| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 南部をめざせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする