2015年08月31日

ケア 必要

夏のケアが必要だね。ヒリヒリ度は大変高かったので。

今日で8月は終わり。長かった。

昨日は国会前他、各地でかなり熱かった。政権がどこまで「見て見ぬフリ」が出来るか。

現場・は東京だね、やっぱり。帝都東京。「政治」にも余裕が要って、大阪の現状は、もちろん他の地方もそうなのだろう、アホノミクスのおかげで店が潰れるとか、そんな話題ばっかり。それらは「政治」に収斂されていくべきなのに、その機会を持てず、地面近くでグダグダ、それもまた現状だ。生活とは政治の動機であるはずなのに、そこに「溝」がある。交わらない二つの流れという印象を持つ。収支の計算だけに追われ政治のことを考える余裕を持てない、というのがもうひとつの「現状」であったりもする。ここ、「ヤラレタ」ね、と思う。中小零細企業の社長さんなどはほんと引き裂かれるような思いをされているはずである。

SEALDsにはだから頑張ってね、という思いの方々もいると思うね。デモには行かない(行けない)が好意を持って、託した、という方々もきっと存在する。

彼らの怖いもの知らずは買い、だと思う。ものいう国民というのも「習慣」だと思う。それが下の世代を契機に広まっていくことはいいこと。今回の収穫はそういうことではないかな。たとえ、法案が可決されても(されると思うが)、そこ、ある意味「火」ついちゃった。

古代の中国の史書の「倭奴(おとなしい人々)」が「匈奴」になったみたいな。

ぜひ、内ゲバみたいなつまんないことにならず、緩やかにいろんなところと連携して巨悪に対するカウンターとなればいいなと思ってる。

市長は相変わらずの二枚舌だが、そんなの大阪ではみんな知ってる。閣外から、野党の側から、自民を応援ということね。次期か次〃期組閣において「総務相」かなんかニンジンを設定されたのだろう。skg会からの批判に晒される公明の保険ね。

なんか、日本人、心のヒリヒリがカサカサにさらにはガサガサになってきてると見る。この夏の猛暑がそれに拍車をかけた感もある。

ひとりひとりが「ケア」が必要なんだよね。冷静さを取り戻さないと。


posted by 浪速のCAETANO at 13:27| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月29日

何か起こる…

SEALDsはがんばってるし、みなさんデモにも目覚め、ただフェミニズムおばさんへの攻撃、いらんが。ICONは丁重に扱えよ。大同小異が大義でしょ。

にもかかわらず、状況には本日おれは悲観的。悪い方に変化した。総裁選とか橋下とか、バカホモ議員の処置とか。チャンスを敢えて見過ごす。ハナシできてるね、裏ではね。組の分裂とか、気逸らす話もタイムリーに用意された。

与党のロボット化した答弁。野党の戦略的ヤル気のなさ。業界臭。2種類の言葉でこの世界はできている、そんな印象をもつ。「からっぽの言葉」が蔓延してて、肝心な場がそれで埋められ窒息する。包囲はしてるのに手出しができない。傍観者のくせに当事者の物言いをする。それが「IN」だからだ。どうせすぐ忘れるのだ。

しかし「播磨屋のトラック」かっこいい。播磨屋はおかきも旨い。ゴージャスなぼんち揚げだけど。豊津時代はしゅっちゅうもらってた。最近ご無沙汰ですが。

@「真性のバカか安倍晋三・原発汚染水たった7年でどう始末する」

A「天皇陛下お助け下さい・政府は国民を餓死地獄に引き込む積り・国民は困窮の極みです何卒何卒お助け下さい」

3「必ず倒す東京国賊政府・天照大神の無手勝流でなワッハハ」

C「警察及び自衛隊諸官へ・貴官らは皇の臣か国賊政府の用心棒か」

D「朝敵は必滅ぞ安倍石破・皇に背き名を汚し何たる醜悪な人生か」

E「一億死ぬぞ起て皇太子・食糧危機から民の命守れ偽善無用」
皇太子に「命令」できるのは播磨屋だけ。

単なるアジだけじゃない。2択も!

7️⃣「日本人よ どちらへ進む・A型世界の永久平和へ続く皇太子路線・B型戦争と破滅へ続く安倍金儲け路線」
さてどっち?!
G「オリンピックどころか・浮かれてると恐るべき天罰が下るぞ」

H「霞ヶ関諸官に勧告する・このままでは諸官らは全て亡国の逆賊になる・自主的に大政奉還し霞ヶ関の名を惜しまれよ」

こんなのも;
I「親愛なる道奥(みちのく)の同胞たちに捧ぐ・がんばらなくてもいいんですよ!・復興なんてしなくていいんですからね!・復興なんかしたら尊い犠牲者たちが浮かばれないのですよ!日本はこれから、皆さんに先導されて自然へ帰るんですからね!」

11「アベノミクスの果てに待つのは人肉しか食べる物がない餓死地獄」

12「天誅覚悟せよ安倍晋三・拝金政治の末に神国日本滅ぼせば」

アタマクラクラしてきたが、もうひとつ;
13「ロックフェラー・ロスチャイルド両財閥よ・地球革命の起動を手助け願いたい」

文太兄貴の国家論にどこか通じる。国の大事なこと、国民を飢えさせないこと。コメを扱う商売だからね。そして世代だろうか。

皇室は大きいみたい。そこで九州王朝の話をしたらシバかれるだろうか?

実は「播磨屋さん」はいろんなことがわかっている。12がそうだ。

久しぶりに「憂国」という言葉、それもある高いテンションを持った・憂国という言葉を思い出した。

注目はIそして13。13、世界を牛耳る2大財閥に「help」か。そこ複雑な気持ちになる。ちょっとお門違いな気がせんでもない。

I; ここ「右翼」を感じるなあ。「原」ていつからやねんと自分でも突っ込みたいが「原・日本人」的だと思うからだ。底に流れるものですね。これは嫌いでもバカにしてるのでもなく・ね。

こういうのを見たらアベちゃんは「右翼」のフリした、バーゲンセールの会場の管理人というのがよくわかる。

不毛な、議論というのが恥ずかしいWASTE OF TIMEを経て「参議院」で戦争法案は可決される。残念ながら。だが、その「後」なにかある気もしてる。ホントにかつての「戦前」との相似を否定できなくなってきた。一旦燃え始めたエネルギーは保存され伝播するからね。そのアウトプットをいつ・どこ・どうやって、そのマネージメント次第であるね。
posted by 浪速のCAETANO at 13:16| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

始まってるね

階段を降りてサンクスへ行く際に、外の空気に触れる。それだけでおれ内センティミエントがぷるっと震える。 まだbaby sentimientoながら、今年は急成長するに違いない。その根拠はこないだまでの「烈暑」だ。「猛暑」でもいいけど。

秋が楽しみだね。おれは毎年こういう情緒のモンストロウザを経験することに意義を感じてる。昔で言えば「歌人」の一種なのでしょう。ただその方法があまりに日本的手法とかけ離れているために気づかれないのね、だはは。かわいそう。カタチからしか入れん「不幸」なひとびと、多いですね、ご愁傷様。

まあしかし、そんなことはどうでもよく、おれはオノレの編み出したやり方で「気温のグラジュアルな低下」を体感することにするのである。いつものように。

戦争のための立法、50/50ぐらいのところまで来てる。内田樹/上野千鶴子といったアイコンも出来た。でもうまいことやってよね。ここ、そちら側もほんと、民主的にやらないと付け込まれるよ。そこ極力、情緒を避けてプラグマチックにお願い、と思う。国会見てると、こんなんでまだ50/50ですか、とも思うが、常軌を逸してるネトウヨのミナサマまだ多いからね。決してアナタたちのプライドが満たされることはないのよ、アベちゃん信じて付いてっても。逆にズタズタになるよ。民族主義的矜持をくすぐって、結局着地がバーゲンセールの会場でした、なんて「最悪」。何回ひねりした。白井ちゃんもビックリ!よね。

「下請け」で「植民地」で「ATM」っていいとこなし、だ。

まだ米最高裁長官は滞在してんのかな?

国会見てると参院の可決は無理な気がしてる。となると「60日ルール」で衆院へ戻ってくるが、さて、自民党内の党議拘束に何人が離党覚悟で逆らえるだろうか?

総裁選では留任は確実で、そのときに野田ちゃんが出てかき回さなかったら、衆院再可決を阻止する目はないな。野田ちゃんが出て何人が彼女に投票するか、それが衆院での自民内反対票の「分母」となる。その分数は決して「1」になることはないが希望にはなる。あとskg会のお怒りが公明にどんだけ届くか。

「過ぎたるは及ばざるが如し」「環境に過適応の種は次の環境変化に順応できない」こんなことをわかる者が何人いるか。それは目の前を見るか「よくは見えないんだけどちょっとさきを見ようとするか」その姿勢の差です。議員が、自分も国民の一人だったと気付くかどうか、みたいな情けないレヴェルの話でもある。気づきなさい。

株価に関して「上がればオレ、下がれば中国」そんな川柳が載ってたが、いや、もうダメですよ。突っ込んだおれたちの年金、外人投資家に全部取られてチーン・よ。日銀総裁は胃潰瘍になってるんではないかな。

国を売る、の具体例、国民の命を売る、自衛隊員の命を売る。売った後くるり回って手数料入ってくる仕組みだよね。ホンマ・カスやね、きみら。

それとも関係なくSENTIMIENTOは熟成が始まったね。
芭蕉や鴨長明や古代の民のように、大きな営みにのみ抱かれ・ひれ伏したい、そう思います。



posted by 浪速のCAETANO at 12:48| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月26日

この秋の空気を…

今日はゆっくり。ゆっくりする権利があるぜ。な、店長。

BGMは「Ronaldo Bastos」作品集。

そろそろ月末でもあるし、その他の銀行の用事もあり天六まで行く。陰のところの空気は「もう秋」。日向もその熱に邪気はなし。爽やか。30℃超だけどね。

いや、おれたちは33℃ぐらいまでは平気なのよ。そこぐらいまでは以前に経験済み。ところが、今や前人未到の36・37・38度ゆうのはやっぱりなれるにも10年ほどかかりますよ。汗腺の数増やしたりさ。一生内進化にもlead timeいるしな。

塾生たちもインターナショナル・スクール以外は二学期始まってる。最近殺害されたニ名の中1もホントなら学校、あ〜あ、とか言いながら行ってたはずよね。

さて、その事件、容疑者の察するに変質者な点はもし彼が犯人ならキツく罰せられるべきだと思う。そことは別にチビたち、そんな朝まで駅前おったらやっぱりあかんよ。中1というのがちょっと驚く。中2やろ、それなら、とおれは思った。中2は「変わり目」。今、早熟化とは言え、おぼこいのも充分な数いる。イキリ出すのは中2の夏、と相場は決まってるんやけどなあ。カラダだけではなくアタマの発達という側面もある。写真で見た限りでは男の子の方、最後のコドモの年の顔に見えたがなあ。

もう取り返しはつかんが、中1なんてまだ小銭で釣られる、充分に。最速の移動手段はチャリだし。ちびたちの望みを叶えてあげるなんて甘言には徹夜後の明け方ならあっさりひっかかったんじゃないかなと想像する。

容疑者にはそっち方面の性癖と前科まであったみたいだが。


ちょっと似てる状況に、夏場の女子の露出度アップとそれにやられる男子ということがある。女子のなかには無意識な方と意識的な方がおられ、ワカモノ男子ならさほどその効果は変わらないと思うが、おっちゃんには「無意識」が「クル」。クルのと犯罪者になるのとはもちろん次元の違う話。

今回の「コドモがそんな時間に………」と夏場の女子の露出をむりやり並べてみたが、どちらも「刺激」してるのは同じである。ただ露出してる女子も最近は合気道とかを習ってたりするから、返り討ちでエライ目にあったりするかも知らんけど、だはは。蹴りでオトコ殺すんだっているぐらい。その点コドモはヴァルナラビリティ、高い。

想像だが、容疑者は女子に負い目を小さい頃から持ってたのかな。で、少年愛方向へ進んだのではないか。少年愛などというと稲垣足穂先生を連想し、高尚な気もするがそうじゃないよね、彼は。想像ね。

ホモの世界とは、女子校、男子校並みに「クロウズド」な世界だ。一旦浸ると「安全」なのだろう。誤解はヘテロ世界よりは少ないと見る。

安全な立場でオノレの身体的・精神的快楽に浸ろうと思えば、対人関係によって元々は成り立つ快楽の「そこからこっち」だけを切り取るしかない。「そこから向こう」には怖れる対象が存在するのだから。しかし、「そこからこっち」にもマンネリがやってくる。そんな時、「そこから向こう」に「かなり容易な」対象がふと現れたら…。そんなことを考える。あくまで想像です。

実はオトコにとって「克服できない」女子ってかなり手強いし、怖い。そこから転じて、所謂男尊女卑の思想が現れるのではないかな。例えば、よく女性議員に暴言を吐く首相。彼などにおれはそんな心象風景を見たりする。「オンナなんて」などよく言うやつほど実は女性のことを怖れ、ガワしか見ようとしてない。

それにしても、この秋の空気を味わうことなく殺された女の子と男の子が不憫だ。
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2015年08月24日

LOOK BACK THIS SUMMER

昨日の李くんのwedding party=liveでこの夏のおれの音楽の試みは終了。

ライヴ=gigはたったの3回だったが、そんなもんでいいの。バンド形式のライヴはね。アイデアもないままに音を垂れ流すのは「好み」ではないから。一緒に音だしてる人にまず「驚き」を与えたいし、まあそれは往々にしてクロート好みな事多いけどね、でも一緒に演ってるヤツらは音楽的にもアタマいい人たちなので、そのぅ、音楽的にもコンセプトとしても「カッコイイ」ことしかやる意味ないね、と思ってる。

昨日の李くんのpartyの出演バンドは、まあどれも面白かったな。うん面白かったです。李くん、しんどかったねえ。しかし一座公園でのおれの気持ちワカりる?フロント立ってるといらん「気」もらうからね、客席からね。特におれみたいにフレンドリーじゃないやつはね。これ、自業自得とも言うが、だはは。でも、行ってる学校の先生たち来てびっくりしたけど、李くん、去年の学生でした。であれば、さもありなん、とあとで思い直す。

昨日はしかしいらんもんばかり早よから摂取しすぎて、れろれろのへろへろになり生徒の夏休みの宿題手伝ってあげる約束をすっぽかしてしまう。今慌ててメールで送ったけど。

夏が終わって行ってる。おれは今パンイチながらも、夏は終わって行ってる。

純ちゃんは退院したみたいなんだけど、抗がん剤で脚が痺れて歩きヅラいみたいだ。まあ元々左脚でベードラ踏むヘンタイであるからね。しかし思うように身体が動かんのはdrummerには辛いだろうなあと思うのね。
drummerってバンド内ドカチン度やっぱヴォーカルと競るぐらいのNo.1なのであって、どっちが第1位かというのはその形態によるのだけど、身体が資本なのは自明。おれも暴れだすと止まらん方。だからA Decade-IN FAKEオリジナルメンバーのドカチン2名が最後まで残ってることになるのがなんか不思議。非ドカチンがその消耗度の低さを根拠に長続きってのが「人生細く長く」の体現のように思えるでしょ?

ねえ、興味深いよね。ただ純ちゃんとの「2人ADIF」でも成り立つからね。キーの人たちだったのね、おれと北林さん。ドシロートでもわかるようなプレイに2人とも興味ないのは共通してる。というかドシロートよ、明後日こいである。明々後日でもいいのよ。POP社会では全無視もできんが。

ちょっと、純母と電話で喋ってハナシ飛んだが、戻るが、夏はなーんにも考えるかーボケー、と言いながらも国会がアホ過ぎて「悪いアタマを使ってしもた」やないの。おれにとっては、みなさんにとっての実りの秋、とは「Sentimiento 熟成」の秋なのであって、今年はどんな「変容」があったのか、それがオノレにとっての最大関心事なのね。そのためには「充分アホ」になってる必要がある in summer、ということなのよ。

そのライヴは11月に、と思っていて、それとは関係あるない両方あるんだけど実験ライヴを10月にと考えてる。そこでは新ユニットを何個かSTARTさせたいと思ってます。MoeLABOだね。

「すべての方向に進め!」今も昔もおれはそれ。そしてその各部隊は一つの点に収斂する。何故か?

「だって地球はマルいんだも〜ん!」この事実に尽きる。

posted by 浪速のCAETANO at 11:26| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月21日

なぜでしょう

どーも、おれたちのライヴはSEALDsの集会と被るなあ。なぜでしょう?

「夏の終わりの脱国境音楽会」

世界のPOPULAR音楽をモチーフに実験もいっぱいして遊んでおきます、おれたちは。のど、ちょっと痛いけどね、ーだはは。声の上ずりも「実験の一環」で。へへへ。

GANZで!



「そんなことどーでもいーじゃん」さっき、PRIME MINISTERから質問中の蓮舫議員への「ヤジ」。
posted by 浪速のCAETANO at 14:02| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月20日

明日は楽しむ

喉が痛すぎて医者へ行く。いつもの症状だ。

半年に一度、かならず喉をやられる。で、中津のクリニックに行き、診察は45秒くらいで終わり、だいたいいつも同じ薬の5点セットの処方箋でとなりのとなりの元気薬局で薬をもらって帰る。ワンパターンのワンパターンおとこだな、と思う。

よくわかりにくい人間みたいに言われるがそんなことはなく、おれをよく知る人たちは、こんな「簡単」なオトコはおらんのでは、と思われている(と思う)。

みなさんは興味ないと思われるがおれは古井由吉氏の小説が好きで、熱狂的に好き、とは違うが定期的に読みたくなる。今も読んでいる。おれは本を一気に読むことはしない。なんでそんなことをするのかよくわからない。ゆっくり読まないとね、本は。読後感て大事にしたい。何かがオノレの中で「広がっていく」のがわかる。その、直後にはモヤっとした単なる感覚にすぎないものが、しばらく(何時間から何週間)すると輪郭と中身がわかってくる。「あ」とか「うーん」とか唸りつつその正体を確認する。予想通りのことも意外なこともある。

古井さんの本は「いつ」とか「どこ」とかの感覚を忘れさせてくれる。それは「いま」「ここ」が厭なおれの逃避を助けてくれてるのだろうと思うが、文字通り現実がどーでもよくなる。電車かベッドなのだが電車は仕事のインタヴァルだから、インター駅たちの30秒睡眠が「宇宙」の広がりを持つのと同様、至福といえる。しかし至福はそんな多くは要らない。元に戻って「つぎ、いってみよー」となる。大変好きなことが「仕事」じゃなくてよかった、とも思う。音楽でもそうだが。

雨でやや涼しい。コーヒーが旨い。まだ暑い日もあるだろうが、邪気はそう感じない。SUMMER IS gone gone gone。

高校野球の決勝戦、いい試合になってる。練習できんじゃないの。今日は仕事終わりでリハ。

明日は、好きな曲が満載の「脱国境音楽会」。あちこちの国境「溶かし」て時間と空間を行き来して「地球で」遊びます、遊びましょう。19:00OPEN、19:30STARTです。遅れても、曲いっぱいあるよー。
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2015年08月19日

荒野

寝屋川〜高槻の事件。ひどいし、ペニス・チョンやら若者を蹴り殺す女。な〜んか「一見」猟奇なできごと続いてる。

日本人のアタマの中に猟奇の部屋があってそれが膨張しているみたい。ある人々たちのアタマの中ではそのストッパー外れてる。

欲望の喚起にあまりに素直に反応し、そのうちにそれに黒い色が付き、そして相対的に弱い対象へと向かう、そんなメカニズムが透けて見える。

その国の政治と民度の関数。滅ぶ、というのはこういうことなのだね。そう思えば右の方々の言われてることの中である種の礼節に関することは大切という気もする。ただ、言ってるヤツがその実践をなされてないとこが「お前が言うな」になることも忘れずに。それ「支配のツール」ではないので。しかし、礼節、be decent、やれるヤツはやってる。そこでも二極化。

今起こってる事件の加害者って、その内面は真っ黒と思って間違いない。そこには犯罪の美しさはない。犯罪が美しいわけないだろう、との反論ありがとう。いや、かつてはあったのよ。それは理不尽においつめられた人間の最後の抵抗としての犯罪。犯罪自体は憎むべきながら、犯人に感情移入してしまう、といったそんな事件も過去にはあった。今、キンキロウという人名がふと浮かんだけどね。

おそらく、過去と現在の違いはそこなのだ。今の犯罪の「真っ黒さ」は人の心をさらに荒ませる。誰にもその黒さはあって、およそ人はそれを見ないふりすることでやりすごすものだったが、ある時からそこを「積極的に」凝視することが「流行った」のではないか。おそらく小説家のような人々がやりだしたと思う。

心の観察者のやることはいずれみんなに伝播する。「手法だけ」が伝播する、ってのがこの情報資本主義の最終期だもんね。今、脳内はかなり自由度高まってる。で、一番自由にならないのって「オノレの身体」よね。その前に「他人」がある。他人の身体。

嗜虐性を持つ人間はオノレの身体にやりたくてもやれないことを他人の身体でやってるのではないか。抽象度を下げて言うなら、「S」は「M」の気持ちがわからないとプレイが成り立たないということもある。

オトコの腹を蹴り続ける。相手のペニスををチョンする。中一少女に嗜虐の限りを尽くす。少なくとも加害者の心と日常の「荒れ果てた様子」が見て取れる。今は餓死者が存在するという現実ながら概ね豊かというアンビヴァレントを生きないといかんわけよね。これ大変なことだよ。そのポートフォリオのどこにオノレを置くか。ここに置きたいが、現実そこちゃうし、ということもある。それを犯罪によって「解決」しようとするかのようでもある。オノレの命の軽さが根拠になって他人の身体への危害へと進む。それもう猟奇でさえもない。なんか「フツー」ですらある、そんな印象だ。

犯罪の本当の「罪深さ」って犯罪そのものよりも加害者の内面の「荒れ果て」度がむきだしになることだ。それは加害者未満の人の心に見事に引き継がれていく。


posted by 浪速のCAETANO at 14:31| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月18日

メールが届かなかったあなたへ

[2015・夏の終わりの「脱国境音楽会」]

過激とも言えるような今年の夏も「終わってしまった」という気がします。ただ空気は不安定。Cats & DogsにTornade、VolcanoにEarthquakeにRadioactive、オンナに腹蹴られて死ぬ若いオトコ、社会は・日常はひとの内面の体現化のような「荒れ様」で、そんな中、鎮魂の日々が終わってハートのざわつきも少し収まりかけたこの頃、夏の「傾き」は下り坂へと転じるわけですが、週末の「脱国境の夜」へと貴方をお誘いしています。

出演は「浪速のカエターノ=マルタニカズ」と「SENTIMIENTO ' 15」です。

今回のSENTIMIENTO '15 メンツです。

北村嘉章(g)中西雄一(fla.g)坂本卓也(vl)李ヨンウン(b)江弘毅(per)すっぽんぽん'ズAomi(g)岩崎秀昭(per/vo)マルタニカズ(vo/g/key)

8/21(Fri.)
@GANZ toitoitoi 西天満
19:00 open/19:30 start
\2500/2800

夏の終わりを肌で感じ、名残りを惜しみつつも、お互いがお互いに、残暑お見舞い申し上げる、そんな夜になればいいなと思っています。ウエルカム!

THE LABEL Rafflesia marutani kaz

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2015年08月15日

夏の下り坂

浪速のカエターノ=マルタニカズ
SENTIMIENTO ' 15

8/21(Fri.)

@GANZTOI×3

19:00 open/19:30 start

\2500/2800


今年の夏、あまりに暑かっただけに、ちょっと温度が下がると「終わる」そんな気にさせられる。残暑はまだまだだろうけど、ピークはもう過ぎた。

最近の中高生事情。夏休みが8月一杯あった、というのはもう過去の話で8/24とか8/25とか、早い学校なら8/21から二学期である。宿題のペース配分、狂うよね。やや同情してる。どういう意図なのかおれ、よくわかりません。最近そうなった。橋下か?そうかも。

ということで8月は第3週で休みが終わるんですね。 

おれも気分としては影響受けるのね。

そんなわけで奇しくも「夏の終わりの週末」ライヴです。

ホントはここで純ちゃんが復帰の予定だったんですが、ちょっと今回長引いてる。まあ待つだけ待とうと思って待ってたら来なかった。そんなわけで、予定が狂ってしまったけど「脱国境音楽」、SENTIMIENTO ' 15とともに楽しみたいと思ってる。

今回は北村superギタリストおりますのでROCK色強いかと思います。面白いよ。

さて、お盆、敗戦記念日。ネコ曼荼羅のキャビネットを開けて空気を入れ替え、水を替え手を合わせたところ。





posted by 浪速のCAETANO at 12:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月14日

さて

浪速のカエターノ=マルタニカズ
SENTIMIENTO ' 15

8・21(Fri.)

@GANZ toi×3

19:00 open/19:30 start

\2500/2800


あんなに暑かった日々はもう終わったのではないか。何事も永遠には続かない。何事も。

35℃を切ると随分楽になる。おれもまだ「やれるかな!?」と思ったりする。勘違いでもいいのよ。

今日の空は「夏と秋」が共存していたね。

残暑はあると思うが、「あんなに」暑い日々はおわったはずである。みなさん、ごくろうさまでした。よき生き延びたねえ、お互い!など、ハグしたい、みなさんと。37℃に「慣れた」おれたちはしぶといぜ。

「談話」まだ読んでいない。心配なことがある。外国語訳できる文なのだろうか?主語ちゃんと書いてる?

今読んだ。

「謝罪の宿命を子や孫に背負わせてはならない」て言った?ここ、どうかな?

「積極的平和主義」て言うたな?

痛切な反省とお詫びは「お前が」言うとらんな。過去のおっちゃんらに言わして、しゃあないからそれを継続する、ということだね。

侵略の主語は「世界」か?

村山談話とは「似て非なるもの」である。これ「ウソ」を見抜かれないだろうか?

70年前の今日、日本は「ポツダム宣言」をを受け入れて日本は変わったのだったが、今日のは姑息に、しかし完全に方向が変わった、とおれは思うが、どうなのでしょう?

おれは、少なくとも戦争体験者の「話を直に」聞いた人間が死に絶えるまで、傷は癒えないと思っている。




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2015年08月12日

続いてたのね

8・6、8・9ときて8・15の前に8・12があったわけだったね。いろんなこと忘れてます。

なんとなく重いのね、この時期。その重さは逃げたくなる重さではなく、受け止めるべき重さ、と理解してる。

もうその原因も「アンタッチャブル」となり、日本の闇の暗さというか深さに36℃ながらも「寒っ」となること多しだ。

また1年後には「忘れている」はずである。バカ。

まあ、もっとひどいバカが国の中枢にいるんだけど。この時代に「greedy」っちゅうのがもう流行らない。なーにが再稼働だ、バーカ、と言ってあげたい。電力は充分足りてるんだよね。あそこと伊予、火山、鬼界カルデラ、中央構造線とヤバイもんだらけだ。よりにもよって、そこ?

原発稼働させないと交付金減らすよー、だって。いやらしくも浅ましい人々。そんなので構成されるのがこの国の政府である。崩壊の過程にあるのではなくて崩壊した結果なのだろう、今は。その結果が「固定」されていく過程とも言える。もうおれも自分の立場に変化があるとは思えないもんね。そういう意味では絶望の中、無理やり笑おうとしてる。それは人間年齢の寿命が「まだ」あるからに過ぎない。絶望の中のニッチのニッチを探り当てて、そこに居場所を見つけ、なんとかやってるわけで、しかしそのニッチのニッチもいずれ見つけられて大衆化するんだけどね。イタチごっこね。万策尽きた頃、ちょうど地球年齢の終焉を迎える、が理想ですが。

快感原則には厳しいとこがあって、なんかやるにしても楽しくなければやらないし、そもそもやれない。一般的な意味で遊び人ではないが遊び人に間違いない。まあ大変なのはおれだけではないからね。愚直だって悪くはない。不条理の中で死んでいった方々のことを思えば、ものごとに反応し、オノレからの何か働きかけもできることの値打ちが立ち上がってくる。この「通常の」営みがあたりまえながら貴重なのよね。その「一回性」も含んでね。

では本日もたくさん笑って終わりますように、あなたたちの分も、と東南東方向に向かい黙祷。
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2015年08月10日

正念場 2

もう、支離滅裂だなあ、と思いながら、予算委員会をチラ見してた。

どいつもこいつも。バカというより完全に「悪人」である。確信犯の悪人。

気になることがある。ヒロシマでの首相の「非核三原則」はずしなのだが、これが意図的なことだ。ちょっと外してみました。で、反応は?これが首相の意図だと思う。

思い出してほしい。首相は小泉時代に「ちっちゃければ核持ってもいんじゃね?」と公言してた。これ、ホンネ。

だとすると、川内原発の再稼働と絡めて思うに「核武装」が視野に入ってくる。憲法改正に先んじて、またまた「解釈変更」だと思うが。アジしめよったからね。弾薬、核まで「運べる」と中谷に言わしてるのもそこちゃうか?

PLUS、今アメリカは日本をすべての「下請け」に使いたがってる。ものすごくはしょって言うなら、核保持を「こっそり」認めるのではないか、そんな気になる。ナイ・アーミテージ レポートにはそこまでは書いてないが、volume 3ぐらいに「IMPLICATION」されるのでは。2016ぐらいの。国連=連合国の非常任理事国に決まってるし。

rather good news。

首相の答弁が「しどろもどろ」になってきてる。今までは「人気」に支えられてるという自信があって横柄な態度にでてたけど、その人気に陰りが見え、おっさんFBやってるみたいだからそこに上がってるSEALDsなんかのまあまあかわいい女子たちの「安倍やめろ」のコール&レスポンスは意外に「効く」のでは。最近、余裕ないよね。ヒロシマ・ナガサキでの「民意の向かい風」度も実感だろうし。

ああゆうタイプの人間に効くのは「孤立感」そして「汚物視」。「また」ウンコ漏らす日も意外に近いのではないか、と思ってる。

だから、「正念場」。


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2015年08月09日

ナガサキの日

ナガサキの日。5分遅れで黙祷。

田上くん(市長)のメッセージもバカ首相のそれも聞き逃した。誰かが、もし特筆すべきことがあればチェックできるだろう。11:02ていうのはなかなかおれも覚えられない。

奇しくも甲子園では創成館高校(長崎)が試合をしている。相手は天理(奈良)。実家ではどうなっているのだろう?いい試合をしている。でも創成館高校て何?おれもよくわからない。名前、どんどん変わっていく。大阪偕成は元此花学院らしい。さらなるイメージアップが狙いなのだろう。わからんでもないが、特に私立高校ならね。

創成館のピッチャーはサウスポーのアンダースローである。そこ、おもしろい。

現在、3・11の印象が大きすぎて、8・6、8・9という日が一体何だったか忘れられているという。さもありなむ。みんなそれなりに不幸であるし、生活防衛大変だからそんな70年前のことに想いを馳せるのは「余裕のある」人に限られる、というのはわからんでもないね。おれだってこないだ店にとって大切な8・1忘れとったし。

長崎の人の多くは3日前の広島の「新型爆弾」のことは知っていた。ただ、それがおのれの頭上で爆裂するという発想はなかったに違いない。

2000℃の世界、その言われる「生き地獄」は想像に難く、だが「原爆資料館」を再訪した時にその展示物を目の当たりにして瞬間うつ病になった。おれが高校時代を過ごした70sなかばは今思えばそれから30年というタイミングということになる。時代のまさに右肩上がりのムードもあったからだろうが、というかDEAD END感のなさからか、長崎の人もそういう悲壮なムードはなかったような気がする。うちの家族は「よそ者」だったから、そういう話題に遭遇する頻度が低かったのかもしれないが中・高の友人の多くの家族は「原爆を生き延びた」人たちだったはずだ。やっぱりそういう話題というのは経験者同士でしか、それがあまりに悲惨であったがために話題にすることが憚られたのかもしれない。

しかしこないだトーキョーをオキナワ、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマの系列から思わず除外してしまったが東京大空襲があったじゃないかと思い出す。大阪も同様だが。にもかかわらず、東京の視線の中にCOMPASSIONが感じられないのは今東京が東京人の街ではなくなった証拠だなと改めて実感する。大阪はそうじゃないもんね。大阪はおれが大学で戻った頃はまだ「大大阪」の空気は残っていて、しかしこの40年間の間に「地方都市の上の方」そんなことになりさがって、それがいいとか悪いとかではなく、しかしその文化の「分厚さ」はまだ全然捨てたものではなく背後の古都や阪神間の老舗度も含めると、その殺伐度は関東のそれとは比べ物にならないほど低い。おれは埼玉とか群馬とか茨城とかもう「ぞっと」する。そこに感じる匂いは「殺伐」そのものである。リーマン時代の出張ほどしか経験はないが。言い過ぎかな。ま、ええわ。同じ田舎でも関西や九州、そして東北の田舎なら嫌いじゃない。東北は「過去形」になりつつあるが。

東京が地元性のない都市であるのは不幸だ、と余計なお世話を思う。栄えもするが、カネも集まってくるが、常に人から「腰掛けられる」ということになるかと思う。馬鹿政治家たちの振る舞いに象徴されるかな。彼らには「地元」あるからね。多くの上京して仕事してる人々もかなりの割合であてはまる。人が騒ぐだけ騒いであとにされる街、ダイナミズムには溢れてるが、ということね。おれも年取ってきたことのあらわれだとは思うけど、昔からそうだったが人の多いとこ、もうムリだし。

今日、POINTは逃したが、式典を見てて純心高校(Catholic)の女子高生の歌う「千羽鶴」という歌はいい曲だなと思う。おれはあの東北のための「はな〜はは〜なは花は咲く」というのが「ゲー」吐きそうに嫌いで憎んでいる。サイテーの歌だと思っている。この時代、この日本を根拠にしたものにロクなもんはない。しかし「千羽鶴」は被爆50周年の時の曲だった。なるほどね、と思うわけ。1995は境目の年だが、それは地下で進行していた「劣化と腐蝕」が顕在化し出したという意味でだが、まだその辺りだといいもんと悪いもんが混在している。

原爆に「GUILTY」を感じるアメリカ人も徐々に増えてきている。そりゃそうだろうと思う。原爆を「終戦のための仕方なかった最後の手段」とする、これがアメリカの「フィクション」だ。核におけるソ連とのチキンレースでの先行のためである。オリヴァー・ストーンやピート・カズニックらの貢献もあるだろう。真実とは「常に」少数派のものだね。

おお、創成館、強豪天理にサヨナラ勝ち。今日は長崎の高校としては負けるわけにいかなかったね。おめでとう!左のアンダースローまた見たい。

この時期、ヒロシマ・ナガサキからお盆までという意味だが、日本人にとっては「あまりにも特別」である。単なるお盆休みの前倒しなヤツもいるだろうが、おれも今は仕事減ってるが豊津時代は夏期講習でヒーヒー言いながらもヒロシマを、特にナガサキを思い、暑さの中でその激務と余裕のなさを全然レヴェルは違うがえらい目に遭われた方々の辛さを、共有できるわけないんだけども、共有したいという思いでオノレを「いじめた」ものだった。まあ、そのあとは長崎屋の晩めしという至福が待ってたから、口ほどにもないのだが。

気がついたらある街にいて、そこは数十年前に想像を超える悲惨を経験し、その事実を少しずつ理解していき、それをその悲惨の経験者たちに温かい目で見守られていた、というのが自分の少年時代だったのだなと今はわかる。何かお返しをしたいといつだって思ってるんだけどね。もうちょっとおれも「がんばらないと」ね。

長崎を想いながら。8月9日。


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2015年08月08日

「…」型の国

ちょっと冗談じゃないよ、この暑さ。こないだちょっと経験のない眩暈を経験してソファの角で首筋を痛打してしまいそのままソファに寝たきりだった。その余韻が残ってる。

そんな経験、初めてだったからびっくりした。純ちゃんのことを夏場、このところずっと心配していたが、次はおれかな。とにかくH+で生きてる気がしてる。酢酸・炭酸、なんかそんなの。そのクエン酸回路がいのちの根拠ってかっこいい、かっこわるい、どっち?

さて、世の中いろいろ大変。バカの放言、あちこちで飛び交ってるが、あのさ、フィクション信じすぎてるから脳内妄想膨張するのよね。リアルに行こうぜ。

日本が2000年続いてた、てホンマか?

1945、1867、1600、701。日本という国号になってからも少なくともこれだけの「断絶」あるよ。「別の」国、と言ってナンなら、名前変えても良かったぐらいではとおれは思うが。

そして近代国家の体になってからも1945…1951までは「国家」ではなかったよね。「占領」だからね。

だから独立国になって65年というのが「正しい」のではないの?そういう国はまだヒヨッコと言えるのではないか。その独立というのもなんか「頼りない」独立。独立の際にはかならず「逸材」が出てこないとあかんと思うのだが、戦前の死に損ないでしょ、ほとんどが。カスにもほどがある、とおれは思います。ほどがある。

そしてカッコだけ独立・だが日本の独立を形容するなら「植民地型」。宗主国のある独立って論理矛盾ね。これは自虐史観の一つに数えられるのかもしらんが、もしそういうヤツがいたとして、「植民地型」独立ではないと言うのなら、その証拠を見せていただければ。そしてお怒りになるのならその怒りは「宗主国」以外にその対象はないはずだ。なんか不思議。ミステリアス・ジャパン。それもフィクション・ベースの妄想から来ると思うな。

それがリアルにものを見るということではないのかなあ?とアホな上に暑さで脳内温度上がりがちのおれは思う。北朝鮮がミサイル撃ってくる?んなアホな。中国が尖閣諸島取りに来る?あのね、漁船で周りうろうろするのとは意味が違って、ほんとに占領しようと思うなら、尖閣諸島に海軍・空軍常駐させないといかんわけよ。そんな手間なことするか?

南シナ海はとりあえず「対日本」のことではない。そして政府と人々を「重ねすぎ」。中国人・ヴェトナム人・韓国人留学生とおれは仲がいいけれど、彼らは「おのれの国の政府・制度」が嫌で日本に来ている。こんな風な体たらくでもかれらはまだ日本のことをおれたち以上に「信じよう」としてる。あんまり変なことになるのは「面目無い」のよ。

現状は「植民地型独立」とするなら、そのルサンチマン(ressentiment!)は正しくストレートに宗主国へと向かうべきである。だからそれをしない政治家の振る舞いは国を売る、ってことだよね。これがバーゲンセールなとこがまたまたガックリだけどね。

posted by 浪速のCAETANO at 12:44| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

killing the blues

「killing the blues 」


葉っぱが落ちていた  なにかの残り火のように

赤と金の色の中、彼らはわたしたちに火をつけ

まるでそれはわたしたちの瞳の中の

月明かりのように燃えていたのだ


こう言うヤツもいた

わたしが尻尾を手に世界を振り回し

白い雲にバウンドし

憂鬱を消そうとしてたのを見た、と


何かに対してわたしは罪の意識を感じ

そんなことをキミがしないことを望んでる

だって

愛の中 自分を見失うことほど

悲しいことはないからね


さてキミはわたしにこう言う

キミから去って欲しいと

それはわたしひとりで

わたしが必要なものを手に入れるために

出ていくために

キミはわたしに

わたしがもう既に手に入れているものを

もう一度見つけさせたい


こう言うヤツもいた

わたしが尻尾を手に世界を振り回し

白い雲にバウンドし

憂鬱を消そうとしてたのを見た、と
posted by 浪速のCAETANO at 10:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 訳詞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヒロシマの日

急に体調が悪くなって昨日は寝たきり。母親の突然の変容を再確認してその棘の意外な大きさにダメージを受けたのだろうか?
よくわからない。とにかく、何もできない、という日もあるのだ。

今日は、というか70年前の今日は、人類史上初めて「原子爆弾」が使われ史上最大の「瞬間的殺戮」が行われた日だ。その午前8時台はもうすぐ。

その使用に関しては言語道断ではあるけども、バカ右翼の皆様方、ここあんまり「触れない」のね。なぜでしょう?答えは知ってるけど敢えて言わんといてあげるね。

いまだに、その使用の当事者たちの、その使用に関して「ゴメンナサイ」を聞いた覚えがないことがその後の、例えば、原発を「平和利用」などと言う欺瞞的物言いを存在させる余地を残してしまった、と思う。チェルノブイリも福島も、の後では、平和利用の意味はもはやちゃんちゃらおかしいが、また懲りずに再稼働しようとしてるとこなんておのれの頭ん中で核分裂起こってるんじゃないの?

ヒロシマからフクシマまで、そして川内原発までは一本の線で「続いてる」ということなのだ。それは「手に負えないもの」を手に負えると思った人間の奢りと愚かさの具現だ。しかも「懲りない」ところが低脳の極み。低脳の人間が目先のカネに目がくらみ、決定してるとこも酷い話で、 一旦事故が起こったからにはそこは「原爆投下」と同値である。

ロシアのプーチン傘下の高官が「人道に対する罪に時効はない」と言っているが同感。おれは長崎に関わりがあるから実感もあるが、そう考えると、今のフクシマに対するCOMPASSIONの欠如とは今に始まったことではなく、ヒロシマ・ナガサキ・そしてオキナワの悲劇、つまり1945年から列島に顕在化し、その後の70年、そこをほんとうに真剣には考えてこなかったのだなという結論になるね。アメリカのソフト・パワーにはやられたけどね。ただし、それらは、アメリカ内の「反体制・発」です、とくに音楽、in 60s。だからスプリングスティーンの「Born in the USA」にはゲーだったし、JB「Livin' in America」はパロディだったな、自分にとっては。そしてNeil Youngなら「決して」そのような曲は歌わないし、書かない。

本当に中指立てるべきはアジアの国相手ではなくUSAですよ。右翼を標榜するならそう来なくちゃ。

そして、そのオノレらの能力を超えたものに対する畏怖、これはカミに相対する時の感情と酷似すると思うが、ここをなくしちゃいけないのではないの?古代の人間に学ぶべきでは?ぜひ、学んでいただきたい。日本書紀はダメよ。

70年前と同様、今も「人体実験」は続いている、フクシマで。太郎ちゃんのこないだの質問で原発に何かが起こったとしても「まずはその状況を・推移を見て」からしか政府は何もしないと「明言」したね。棄民ですね。棄民が政策。

オキナワ・ヒロシマ・ナガサキ・フクシマの一つがトーキョーであったなら状況は変わったのだろうか?


西に向かい黙祷。


posted by 浪速のCAETANO at 08:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月05日

gone gone gone (done moved on)

「gone gone gone(done moved on)」

ある最高の天気の日に

なーんにも問題のない、と思える日に

お前は目が覚め、ひとりぼっちに気づく

おれがいなくなってるから

ほんとに、リアルに

おれがいなくなってる

なぜって、お前がおれの気に触ることをするからさ

街を歩いてる時におまえが会うみんなが

「どうしてひとりなの?」と

尋ねる

おれが行ってしまったのよ、と

言いな

ほんとに行ってしまうんだから

なぜって、おまえがおれの気に触ることをするからさ

おまえが考えを変えるなら

おれをそばに居させられるかもね

ひとりになりたくなけりゃ

急いだ方がいいぜ

でなけりゃ

おれはほんとに

消えてやる

消えて、消えて、消えてやる

おまえがおれの気に触ることをするからな
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2015年08月04日

なにかしら恥づい

ほんと、時間とお金の無駄だと思うね。バカのよいしょ質問。

一太なんて名前、恥ずかしい。一も太も長男でーす、の意味だし。長男のダメ押し、なんか意味あるのかね?そしてこの無益な時間が「議論に計上された時間」としてカウントされていき、次の採決の根拠となる。

このバカは「口調」だけで、内容が何もない。それに内容のないことを答弁するわけだからネタの繰れてない漫才といえば漫才コンビにしつれいな、ぐらいの浪費。こんなとこで蕩尽しなくていいのよ。フィクションを元によくこれだけものが言えるものだ。これが日本人なのだなと思う。現におれたちに厄災をもたらそうとしている人々だけでなく、「ええ側」を自認する人々の中にもそれはあって、どうも馴染めない。そんな「たーんじゅん」でいいの?ほんまに?はんまにほんまに?と煩がられるぐらいお訊きしてみたい。ま、機会があれば。

ウソだとわかってても、フィクションを信じたふりをずーっとできる能力、それを能力と言えるのならば、がある。今はホンネしかいらんでしょう。太郎ちゃんの非業界臭が唯一なにかを救っている。どんどん露出していただきたい。いいじゃん「民主主義」なんだから。いまんとこ。ガワだけはまだ。

太郎ちゃんは「一郎ちゃん」と組んでよかった。名は体を表す、じゃないが、太郎も一郎も長男とわかる。それで十分。なのに「一太」てなんなん?そんな「長男の念押し」いらんやろ。そんぐらい押しとかなこの子はあかんから、みたいなことか?年変わらんから「一」という語が名前に多用されてたのはよく知ってる。高度経済成長な気分の現れの一環かとも思うけど、今だに「一成(かずなり)」くんて意外に生き延びてるのに最近びっくりした。

おれの場合はまたちょっとちゃうのね。帝国海軍大将宇垣くんが由来ときいたことがある。大日本帝国やぞ。おじいさんが海軍だったからさ。

泣けてくるが、、、。

いや、本題に戻るが、一郎、太郎で十分のところ「なぜ一太?だせえ」というのがほんじつの結論でした。頭痛が痛いとかシュワっとした炭酸とかそんなレヴェル。

ださいわ。


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2015年08月03日

please read the letter

「please read the letter」

逃げてるとこを思いがけずみられたかな

とっさのことで隠れられなかったな

多分、BABY

全部良かったとわかるよ

その手紙を読んでください

キミのドアのとこに挟んどいた

どんな風にそれが明らかになるか

おれたちにもっと必要なものがあったなんてのは

それはどうかな


もう遅い 遅すぎる

ばか者でもそのサインは読めたかもしれないのに

多分、BABY

行間を良く読んだほうがいいかな

その手紙を読んでください

眠りの中で書きました

深い頭の中

そこにいる天使たちの助けを借りて書いたもの



おれの書いた手紙を読んでください

おれの書いた手紙を読んでください


昔 おれはたくさんの言葉に溢れていた

おれの家は指輪、装飾品、可愛い鳥たちで溢れていた

どうかわかってほしい

壁はもう崩壊したんだよ

きみに残したものは何ひとつない

ただ落し物係はCHECKしてみて


おれの書いた手紙を読んでください

おれの書いた手紙を読んでください


おれたちが離れる前に

もうひとつ歌がある

覚えておいて、BABY

そして手紙を読んでください

そしておれたちがほんとに大切にした

秘密と思い出をずっと大事にしておくと約束してほしい

手紙を読んでください

きみのドアに挟んどいた

おれたちにもっと必要なものがあった

そんなことが明らかになるなんてあり得ない


手紙を読んでください


手紙を読んで

お願いだから




by robert plant 、jimmy page




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2015年08月01日

18歳

ほんと、毎年忘れてる。忘れるのが「恒例」となってしまってるのだが、本日「TODO O MUNDO」周年だった。

18年前の8/1に曽根崎の忘れられた露地で始めた。18年ふた昔。もっとかな。目の焦点は自ずと遠い。まああまりにその後いろんなことがあり過ぎて、もういちいち振り返るようなこともあんまりしていない。そういうこと、好きじゃない。だから忘れるのね。そのぅ、「記念日関係」ほとんどキョーミないんだね、おれ。

ただ、思い出してハッとするのはやっぱりその(無駄に?)積み重ねられてきた時間の「厚さ」というか重さというか、そういうことね。ピンポイントで振り返ることは多々あり、と同時に新自由主義の進行とともに「それどころじゃない」現実も包囲網を狭めてくるからそっちの対処もほんと大変だし、その結果どんどん過去は「夢に」近づいていく。あることは過大に美化されるし、またあることは忘れようとするときにエネルギーが入り過ぎてそれにも疲れ、棚上げにしておけば、あるとき気がついて見てみたら意外なものに「変容」していたりもする。なんとなくだが「戦後」に似てるかもしれない、と例によって勘で言うのだが、まあそのぅ、人は時間の産物であるし、いろんなこと同時にできそうで、やっぱりなにかの選択、あみだくじのような迷路の中でジタバタするものなのだな、とそんな感想を持つ。

で、その今日決めて今日やるんですが、騒音問題もあるんだけど、夜の9時ぐらいから「演奏」しようかなと思ってる。

最近「みんなで演奏」が多かったから、たまにはひとりで。久しぶりの「浪速のカエターノ」出動します。

マルタニカズa.k.a.浪速のカエターノ

LIVE
@TODO O MUNDO

本日21:00〜

ノンチャージ
posted by 浪速のCAETANO at 12:26| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする