2015年09月30日

世のママたちへ

油断してるとぽろっと本音が出るね。

「国家」に「貢献」だって。子供産むことが。

世の「ママたち」、そしてママ予備軍の人たちBE CAREFUL!視野狭窄に陥らないようにね。この国はもう「変質」してしまったのだよ。あなたたちの記憶にある国とはちょっと違う国になっちゃってるのね。これからの子育てって次元の異なるものになります。子供を守れるのは母親だけ。がんばってください。自分の頭でよく考えて。あなたたちの記憶にない戦争前の社会になってます。

何千億も気前よくばら撒いてその挙句、インドネシアの高速鉄道、中国に取られちゃったね。金をドブにすてる、その(1)。

必死になって買支えしていた株価、ズドーン!5兆円!金をドブに捨てる、その(2)。

あんだけアジアをはじめとする国々にばら撒いて、その挙句、アジアのほとんどの国は「仮想敵国」を日本としてる、という事実。日本での報道はなされない。


思うのだけど、メディアは「代理幸福」に貢献するのね。奇妙なことだけど。みんな、オノレの幸せを考えようよ。

日本版「オリーブの樹」、成就するだろうか?おれは小沢くんにもう一度やっていただきたいね。超逆風とは思うが。民主と維新では「自民の二軍」に過ぎない。SEALDsの背後のイヤラシサにも目を瞑ろうとも思う。巨悪は退場していただきたい。

ママたち、オノレの息子、娘のことだけを考えずにね、とも言いたい。それが視野狭窄ということだからね。最初の意見とは逆説ながら。子育てとは多元的な視点が必要なのではないかと思うしね。
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2015年09月29日

お満月だけ、、?

9時から6時まで、おれにしては激務(だはは)な1日が終わり、またサカナ食いに行って上六からチンタラチャリでお帰りになられた後、ソファでごろんでFRINGE途中で寝てたみたいで、気がつけば3:30だった。

ん、まだ月は「おる」はずとフンで風呂の窓から西の上空を見るなら、おったおった。まだ45度の地点上空に。

こういうときお隣がまあちゃんとした公園っちゅうのはええのよな。

さらにお隣がコンビニっちゅうのもさらにええのよな。

迷った挙句、トリスハイボールとカニカマを持って、かなり出遅れの「お月見」。

うん、まあ、そう言われてみるなら、「でかい」それにやや「赤み」がかってる。

今日、仕事のインタヴァルで入った玉造の喫茶店がじじばばの溜まり場で、それも知性のないじじばばの集会場で、ミヤネ屋の「おさらい」してるような場で、おれ基本的には「先輩」にはそれなりの敬意をもって接するけどさ、その言うてる話題が「福山くんとスーパームーンと阪神」で、あまりに何のひねりもない「おさらい」で、いや先輩、それアタマわるすぎまっせ、とここまで出そうになったが、ま、それは初めての店で波風立てるほどおれも野暮ではないから、しょうがなく「アサヒ芸能」読んでたけど。唯一置いてる週刊誌がアサヒ芸能ってのもそこどーよ。

小腹が空いて、日の出商店街のたこ焼き屋で教えてもらった「週刊誌の置いてる喫茶店」だったのだけど、確かに「アサヒ芸能」置いてたね。

まあ、それはいい。いや、そこに集ってる方々のそれなりの知性ランクがあるみたいで、しかもそれは「自己申告」みたいで、で、その自己申告で知性ランク上位のオヤジが、知性ランク下位のおっさんの「なんで本日の月はでかいの?」に対してこれもまた「ミヤネ屋のおさらい」そんな内容を夢路いとし師匠の喋り方で話してるのにイラっと来ただけなんだけど。

しかし、日本全国で、「Why,supermoon?」「それな、月の公転軌道がな、楕円やねん、どないしたんや」かような会話が500万箇所で行われてると思えば、ヤッパあれね、日本てさ、「ファシズムで自然ちゃう?」そう言いたくもなるぜ。

ま、それもええが。

中津中央公園は、邪魔されないとこがいい。まあ基本深夜であるからどこの公園もそんな酔狂の輩は限りなく0人にちかいとは思われるが。

トリスハイボールとカニカマでの清々しいほどの孤独な月見を堪能していた。時間的に言うと「残り福」みたいなもんかな。いいもんは一人で見た方がいいね、というのも最近の発見。おれはそれをネタに、、、あああ、やめとこ。月と、というか対象物と直で向き合うってのがいいのね。

で、ですね、ふと東の45度らへんを見てみる。星が何個か見える。普通の明るさ。で東の空を見てみる。その角度はビルの灯りと混ざっていろいろ紛らわしいのだが、一際ウソみたいな明るさの光が見えたがいやそれはビルの灯り、おれの「明けの明星好き」にフェイクカマすなよ、たのむでしかし、など思って、公園から立ち去ろうとしたのだがそいつ、ビルの灯りとは相対的な動きをし、というか動かず「ん?」と思ってよくよく観察するなら「本物の金星」やんか!

いやー久しぶりにお目にかかったよ。こんなイカつい「Venus」。本日のお満月に匹敵する輝き。この時間帯はおれも天才になるが、お空も「天才ぢゃん」そんなことを思った午前4:30。そろそろ、阪急も走り出してる。
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2015年09月28日

名月から過去を思う

キタバヤシジュンのPASS AWAYからライヴ三連ちゃん、それが終わったらドロボー、その後すぐ店長anniversarioと目まぐるしすぎてアップアップだった。久しぶりに昨日は12時前のonto the bedだった。何百年ぶりか・ぐらいの。

昨夜の月は神々しかったね。堂々ともしてた。スペシャル・ゴールデン・デラックスな月を愛でつつ、辛口本醸造ぬる燗、といきたかったのだが、前述の疲労蓄積により断念。

今日こそは、と思うが夕方から雲が、小雨が、そんな噂もあって少し心配してる。

今日は十六夜・いざよいですね。今夜がスーパームーンという話もある。明日は十七夜・立ち待ち月。月の「公転軌道のダイナミズム」がよく表わされてるね。徐々に月の出が遅くなるのね。横に寝そべって待ちが立ち待ちになる。気持ちは昨日と変わらないのに出の時間だけは確実に遅れるわけで(48分/day)、平安の女房たちの「う〜ん、もうっ!」というこころの叫びが聞こえてくるようではないの、ねえ。

鞍馬で中秋節を迎えたことがある。もう空気はひんやりしていて熱燗を飲んでた。森の中でもない、人の営みのある・上の方に灯りがそんなにないところ、だから理想的だった。

その夏の初めにはまたまた鞍馬でだが「蛍」の乱舞をみた。目で追っていった先に「普通の満月」があった。それもまた「夢の中」そんな気がしたものだった。

ハポン独自のSENTIMIENTOとでも言おうか。

不思議な気持ちになるのだが、8世紀初頭に権力が九州から近畿に移って200年の間に「日本的洗練」の大方の部分が、もちろん貴族の間だけでだが完成している。歴史書さえも満足に書けなかった近畿の土人の力だけではこんなことはあり得ない。そこは栄華を極めた九州王朝の文化人のチカラが大きかったに違いなく、しかし、その彼らはその出自をうやむやにされ、近畿の貴族の末端に位置付けられるなどしてその業績は抹殺されていると思う。

飛鳥の「白鳳文化」の仏像その他の芸術品が、その後の奈良の「天平文化」のそれらより「洗練」されている件。

それらはすべて九州から「持ってきた」ものだったからね。法隆寺さえ、持ってきたわけで。もちろん救世観音像(聖徳太子と言われる)がおれのblogを読んでるよいこのみなさんはそれが「アマタリシホコ」であることは分かってるわよね。

後頭部に五寸釘を打たれ、包帯でぐるぐる巻きにされ、決して「開けてはならない」と代々言い継がれ、それが戦争に負け、フェノロサにその反対を押し切られてその包帯から解放されたわ救世観音像である。

倭王・武の上表文にもはっきりわかるように九州王朝では文字と仏教は早くから浸透していた。もちろん一般に、ではなく中枢の人々に限られる、が。文字官僚と言われる人々が存在したことは間違いなく、それは帰化人であったはずである。クソ日本書紀は仏教伝来は6世紀と間の抜けたことを言っておるが、九州王朝には遅くとも3世紀には入ってました。だから仏教芸術に於いても「年季」がちゃうのよ。

もっと言うなら「卑弥呼(ヒミカと読んでね)」は文字が読めた。すごいね!

先進国だったのね。土人の近畿とはエライ違いである。チカラはつけてきてるがダッサ、そんな感じ。

あのですね、邪馬壱国(ヤマイ国またはヤマイチ国と読んでね)大和説、や邪馬壱国東遷説の人たち、ちょっとアタマ悪すぎた。

近畿では「矛」でてないでしょ?それで大和説・チーンだった。

隋書タイ国伝に「阿蘇山あり」。これで東遷説もチーンでしたね。

源氏物語さえも九州の話であるとするならさあ、京都って何なの?となる。京都のフィクション、すこし興味あるね。おれだけでしょうが。
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2015年09月27日

中秋節ね

中秋節ですね。スーパームーンと言われている。見えるかな?

予習が終わって、ふと見上げたら「そこ」にあればいいなと思ってる。

そしてHONZIの命日でもある。8年前のことだったな。2007年。その年からいろんなものを「失い」始めたな、今思えば。

その「lostなmode」は今も継続中。ま、そんな歳なんだな。いろんな「あったはずの」ものがなくなっていく。半強制的断捨離LIFEとでも呼ぼうか。しかし人は皆「死のキャリア」であるからね。時間は刻々と過ぎていく。非情にもね。内部も環境もいろんなことが悪化しているが、それでもなにか希望をさがす。無駄だとわかっていても、何かをせずにはいられない。それは馬鹿げたことだが崇高な行為だとおれは思う。アンビヴァレントですが、およそ世の中の事はアンビヴァレントだろう。愚かさと聖なるものが同居してるものでしょう。たとえばSEX。これ、どちらかの値打ちしかないって思うのはダメなのよね。どちらの要素も含む。

であるから最後には「意志だけ」の問題ですね。そうやってまた出発点へと戻ってくる。


今の状況を、60年安保時との相似性で語る人いますが、そうだろうか?
安保から経済へと「話題」を恣意的に変えるということだが。

余地のたっぷりあった60sと高度資本主義のDEAD ENDの今とは全く違うでしょう。やっぱり相似は「戦前」。気持ち悪いことをこないだ首相は言っていた。「一億総活躍、、、」。キモ!である。一体どこで「活躍させられる」のか?あ、わかった「戦場」ね。それと「フクシマ」。なるほど!

さらにGDP600兆って。「言うは易し」の典型。ドアホノミクスの第二弾なんてまたまたおれらの年金をアメリカに贈答するわけで、もうやめてくれえ、と言いたい。消費税増税との整合性は?ん?これもひょっとしたらインフレと「軍需産業」か!「戦争する国」だからね。これも、な〜るほど、だ。

言論統制も始まってる。正しい情報は「自分で」探さないと手には入らない。もう八方塞がりのなかで何を幸福と思い、どこに希望を見つけるか、ほんとに旧い感覚では「生きてはいけない」。いや、ほんと。逆説的でもあるし、強がりでもないんだけど、ある時期からいろんなものを失ってきたおれは「先へ」行ってると思う。みなさんもこれからふつうにあったものを失うのよ。それは、そこに依存していた何かかもしれないし、誰かかも知れない、そして失われるものは皆さん自身かもしれない。そこでも希望を見つけようとする「愚かでもあり崇高とも思える」意志と行為が人から人へと連携されていくときに何かが、というよりも「何かは」変わってるのだろう。変わっても、変わらないこともあるだろうがそれを言っちゃうと、そこからさきは「次の戦略」の話になるからきょうはここまで。

夜、雲が消えてたらいいですね。今夜と明日の夜。


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2015年09月26日

今日そして明日

9・26  あおみ店長お誕生日。

9・27  HONZI 命日(8回目)、MILKMAN お誕生日。

あおみちゃん、危なかったな。

なんだかしかし、昔の仲間のことを考える季節です。純ちゃんが9・16であるからこれからは8月・9月はpublic/privateとモードはちゃうが死と誕生のanniversarioの連続ということだなと覚悟はした。

お彼岸らへんまでは「なんか」あるのだとINPUT。すぐ忘れるからね。

ほんとすぐ忘れる。

TODO O MUNDOに集ってちょうだいね。para Aomi.por favor!

さてその前に本日の小商い。セクシーなおねえさんに英語教えに、である。
posted by 浪速のCAETANO at 18:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月25日

エコノミーなんちゃら切符で

月が「育って」きたが、お天気どうなの?晴れるといいけどね。

ただ、次の夜・その次の夜も「捨てがたい」からまあそのぅピンポイントだけが愛でるに値するというわけでもないんです。この頃、夜が気持ちいいわけで、妙齢女子などと共に愛でたいですなあ。

月は貴族のもの。土人には無関係。

赤も旨くなってきた。今日は外仕事がダブルであってそれから塾だったから、おれとしては「よう働いた」日。小商いながら。

夜はごはんもパンも食わない(食えない)が仕込んでおいたハンバーグに根菜・キノコ・山の芋・などをタジン鍋で焼き、その後リオハとドミグラで煮にかかる。で、開けたリオハとの晩メシ。

今日はあちこち市内をウロウロDAYだったので、地下鉄の「エコノミーなんちゃら切符」で移動してた。 3回乗ったら元取れる。平日800円だが土日は600円!である。すごいね。

クルマに乗らなくなってから、いろいろ発見がある。全然知らなかったことにビックリ多いな。別世界です。しばらくはこのままでいいな。いろんなLINEが出来ていていろんな駅ができてるのね。おれはさあ、このエコノミーなんちゃら切符で1日乗り倒したろかなあ、など思ってる。もちろん行った先で降りてうろうろ付きで。そこで昼間っから酒飲んでね。

今日は久しぶりに玉造下車。日ノ出商店街久しぶりに歩く。真田幸村が玉造のイメージリーダーになっててビックリ。ちょっと店攻めてみよようかななど思うじゃないの。外仕事はこれがいい。小商いながら。

大阪のリアルは正味のリアルね。ノット日本。

一人飲みとか二人飲み、これから盛んになるね。予感。もう国が最低だからね。もうミニマルで愉しむしかないでしょう。今日はスピリットがなんとなく新鮮。なぜでしょう?

さて、出勤しようか。
posted by 浪速のCAETANO at 22:41| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

くそー、やられた。

次々に、いろんなことが起こり、目が回る。

正確には、こちらからの働きかけが終わったと思えば、厄災がやって来る。「平穏」がいいんだけどね、今。

ハイハイタウンの魚の美味い店で、刺身その他でビール・サケ・焼酎とオールスター楽しんでたら、もう食える量のショボさにややがっかりしつつ電車に乗れば店長から「これから10人来るからはよ帰ってこい」メールが来てて、しかもビールが足らんなあ、と言われ、しかしこの時間帯、酒屋はあいとらんだろう、なんぼなんでも連休の最後やで。

で、店長、1軒目の酒屋へ行く。その10人来るよオトコは一人で来店したらしい。芸能人がいるから貸切にしてほしいと言ったという。

で、店長、1軒目の酒屋が閉まってて、店へ戻るが、もしかしてもう一軒の逆方向の酒屋なら、と思い直し、店を覗いて通過する。そのときはそやつは「居た」。で2軒目の酒屋が閉まってることを確認して帰ってくる。その間3分ぐらいだね。すると、男は居なかった。店長は、残された、男のものと見られる携帯から、ちょっと出たのだろうと判断する。で、待つことにする。

おれは、その頃、中津駅に着き、男のいう「アサヒの黒ビール、そうでなけりゃスーパードライ」という注文に応えるべく、うちにあったよなよなビールのTOKYO BLACKとワインを持っていく。その直前に、店長からは「10人来てから買いに行ってもいいかも」とメールあり。

もうこんなときだと缶ビールしかなかろうて。

そしたら「やられたかも」とメール。

なんのことかにわかには判断できず、店へと急ぐ。

ただでさえ無表情の店長、さらにマイナス表情な様子で居た。

「売上げと財布を取られた」と言う。

あららら。

1軒目の酒屋から戻って、店〜2軒目の酒屋往復の間の犯行だった。そやつは店長が店を空ける時、「貴重品とか持って行って下さいね、そんなんでなんかあった時、ぼく困るから」となど、小賢しいことを言うとったらしい。

その後、警察官、さらに刑事まできてえらいことに。残された携帯をおれも店長も触っていたから、犯人との区別目的で全指紋から手形まで取られる。

危害とか加えられなかったことが唯一の救いかな。

そいつは業界人風というかフリというか、170cm前後、かるーいノリのやつ。

しかし、髪の毛は?「ふつー」、服の色は?「うーんとなんやったかな、紺か黒のTシャツ」ズボンは「うーんと、わからない」って、もうちょっと観察しとこうよ客のこと、店長。

しかし、自損・他損問わず、あんた財布よーなくなるね。
posted by 浪速のCAETANO at 13:34| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

DONE DONE DONE

3DAYS done。

シルヴァリィ・ウィークも本日で終わりだね。おれも音楽だけ出来た、なんてことに関してはその恩恵に預かったわけだった。その名称やタイミング、全然意識してなかったから、これも偶然、出会い頭、自転車操業の人間にはそう先のこと考える余裕もないわけで、目の前のことに集中する以外ないから、でも結果的に言うならありがたかった。

3日も続けてやると、なんかいろんな遭遇もある。別府APUの学生と職員の人々、どっかのじじい、0歳児、かつてのトドムンド・ガール、たまたま怪我で帰っていた妙齢女子とその知人、すっぽんぽん'ズ・めぐとも久しぶり(これ変だけど)などなど。

初対面・再会とフェーズは異なるものの「お互い元気」が確認出来ただけでもその現場設定とパフォーマンスは意義があると思えるね。

ご近所ツアー、その名の通り「旅」ですね。petitなから。北区内とごくごく狭い範囲のことだが、被ってたのは3人だけ、延べ50人ほどの方々と「接触」出来た。たった50人と言うなかれ。どこの現場もキャパが小さいから。強いて言うなら2日目かな。bestの出来はそんなときにある。残念といえば残念。

小さい場、それも普段は異なる目的と仕様の場の空気を「変える」というのは、特にそこにいる人たちには新鮮みたいね。

主催の森本くん、フラミンゴ、永井にはこの場を借りて謝意を。

これからはキタバヤシジュンを「背負って」ライヴに臨もうと決意した。おれの背後にキタバヤシジュンがいる。「背後霊ライヴ」、いいんじゃないか。フライヤーにキタバヤシの名をクレジットしといて、なーんて、なかなかBLACK。

夏の胃腸の疲れがまだ取れず、あんまり食えないまま3日間暴れたら体重が60kg切りそうになってる。「チータ」のライヴだったら切ってたと思う。まだそれでも純ちゃんの「倍」あるで、とまたこれもややBLACK。

本日、お彼岸だね。今気づいた。キャビネットを開けて「ネコ曼荼羅」の呼吸をさせる。

「死者と生きる」とは悪くない。おれが死んだらどなたが「おれとともに」生きてくれるのだろうか?そこ、ちょっと興味ある。誰でもあるんじゃない?
posted by 浪速のCAETANO at 12:11| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月22日

DAY 3

純ちゃんの供養と思ってやっている。

昨日のフラミンゴは「完璧」なライヴ。完璧とおれが言うんだから、完璧。でも、なんでそんなとき、人口密度低いかね?

いやでも、そういった不満=煩悩でもあるわけで、そういうものを「超えたい」よね。環境に左右されちゃいけない。

本日はご近所FINAL、天三の「てんてん」です。18:00と「早目」です。本日も坂本卓也くん(Vl)と、なんと「すっぽんぽん'ズ」もいます。

chargeも1000円とお安い。「浪速のカエターノ=マルタニカズの脱国境音楽の世界」へ是非。まあこれを読んで、予定を変えることもないとは思えますが、もしかして今日は「シルヴァリィ・ウイークのエアポケット」であるなんて方は「天三・てんてん」へ。CU There!


今日はちょっと暑いかもね。でも「暑さ寒さも彼岸まで」であるわけで夜になれば十分過ごしやすい。最近、この数日夜空を見上げること、多い。「名月」に至るまでの「上弦〜半月」と月が「育っていって」ます。先週の土曜なんて「これぞ上弦の月」といえるような先っちょの尖り。素晴らしかった。お満月だけではないよね。


安保法制の成立と同時に明らかになった「立憲政治」の死亡と盟友の死が同時に訪れたおれですが、ヒトに関してなら「死ぬまで生きる」でいいのよな、でも制度は違う。自分以外を自然に含むからだ。死んだものも、だから、理論上生き返らせることもできる。

共産党の提案、ものすごく検討に値すると思う。と言うか、「そこ」にしか希望はないのではないかな。大義名分は選挙によってしか成立しない。デモを否定してるんではないよ。それらの終着点が選挙、ということね。衆参同日選が願わしい。

ただ、首相は「その前」に仕掛けてくるよ。そこで国民が「揺れ」なければ希望は継続するでしょう。


さて、ミュージシャン3連チャンのDAY3。自分でよくわかるけど「充実」してる。おれは思うのだけど、1人の人間の消滅はその人の持ってた「技術」の喪失で、だから人はみんな「無形文化財」のなのだが、キタバヤシジュンのタイトなドラムだけじゃなく、曲に合わせて使う「ブラシ」の技術やエンディングに向かって180km/hほどまでも「ともに加速する」あの快感とか、その際の抜きつ抜かれつの攻防とかね、そのようなものまで失われてしまうわけですね。

まるで同様なことですが、おれの節回し、高音、ファルセット、低音、アルペジオの技術、高速アルペジオ、かっこいいストローク、スコットランド奏法、そんなものも肉体の消滅とともに消えて無くなる。生きてるうちに聴きに来といてね。

よ  ろ   し  く。

posted by 浪速のCAETANO at 10:15| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

DAY2

中津の店の周年週間で5DAYSというのは過去にあったなあ。

久しぶりの3DAYSのDAY2、今日はフラット・フラミンゴ。坂本卓也くんのvl.と一部やることにしました。今、しました。

自転車操業なので。

昨日は中津商店街内、広義の中津人民10人ほどplus妙齢single(一部未確認)女子3名でいっぱいいっぱいのお座敷ライヴ。0歳〜推定年齢70歳の中津ならではの、だった。

酸欠なりかけたね。参加型、悪くないね。全30曲。

今日はお客がやや心配だけど、まあ3DAYSには「そんな」日もあるね。

今日はキタバヤシジュンの供養のつもりで。

おひまなら来てよね。




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2015年09月20日

Day 1

本日はご近所ツアーの中でも「スーパーご近所」の、学者くんのやってる「ぱぶり家」というパブリック・スペースでのライヴです。

信じられないcharge・\ 500です。ワンコイン。ご近所ならではの地域共同体価格。物事には「初日・中日・千秋楽」とあんのよね。

終わったらみなさんを拉致して「Todo O Mundo」へ雪崩れ込む手はずに。
今日は店長、維新派に行っているから、鉄板はなし(おれ怖い)。でも、ビール煮と焼きたてのキッシュはあります。

みなさん、ラク〜にwelcome!
posted by 浪速のCAETANO at 17:42| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

カミ・の近くにあるもの

純ちゃん、ええ時期に死んだなあ。いや、まじで。

あんたの命日は、日本の立憲主義の命日で、立憲主義がないがしろにされた以上、政権が変わって法案を逆転廃案にして、解釈改憲というカタチはもう二度としてはいけないのだと、憲法に盛り込むぐらいのことをしなければ「元には」戻らんのよ。

福山くんのスピーチ、委員会でも本会議場でも良かった。太郎ちゃんも良かった。よくやった。その勇気に感銘した。だけど、福山くんが持ち上げた北澤元防衛相、委員会の理事であるが、鴻池ちゃんとうらではちゃんと連絡取り合う中でもある。

全日の馬場のいたわりのプロレスではないが、新日の例えば「長州力の反乱」にも似た「IT'S SHOWTIME」だった。興奮もする、もしかして、とも思う、だが、結果は「予定通り」。

残された「希望」はある。小林節氏はじめ憲法学者たちは違憲の訴訟に動き出す。次の参院選で自民党を大敗させることも可能かと思う。覚えてれば、みんなが。しかしおそらく、首相は先手を打ってくる。

場所は南シナ海。これさあ、アーミテージの部下たちが言ってるから間違いないよ。彼らは「ハイパー・プラグマティック」である。アンチ・ヒューマニスト」でもいいと思う。その兵士の心的外傷などの心乱されない。「替え」いくらでもあると堅く信じている。さぞかし優秀だったことだろう。「恥を知れ」と言いたいが、「は?」という顔をするはずである。同様のメンタリティをDeNAではたらくかつての教え子の同僚のそれらに感じたことがある。

やつらはオノレの作業効率を下げることには「興味を示さない」ことでこれまでやってきてそして成功しているわけで、その成功体験が唯一無二なものなんだね。おれに言わせるときみらもまた「クールな野蛮人」であるね。

その彼らが公言しるんだから、日本には本来「無関係」な南シナ海での米軍の任務を肩代わりしてほしい、と。軍産複合体の要請にも「忠実」なのね。間にいろいろ入ってるが。

今、だからかもしらんが、おれはいろいろ悲観的。

世界も日本の「この変化」には「平和国家の消滅」という文脈で表現してる。あからさまに歓迎なのはアメリカ「だけ」というのは覚えとかないと。思考停止くんたちは「それでOK、それこそがいい」と言ってるが、そんな人の表情を凝視してみましょう。イヤーなものが見えるよ。ほんとなんだから。いろんなタイプのいやーなものがね。

太郎ちゃんが「売国」と言い、鴻池のおっさんに怒られとったが別に謝んなくてもなあと思ってたけどね。歴史は、時間はわかりやすく証明することでしょう。

民主党が「受け皿」を目指すのならば「岡田、前原、野田、長島」を投げ売りで自民党に売って、それからじゃないと他との連携も信じられない。勿論維新も市長たちときっぱり縁切らないと。そこで初めて受け皿の必要条件を満たす、やっとね。

国が幸せになるには、しかし、意外に単純であるということ、今回わかったね。それは「立憲主義」を守っていればそんなに大崩れはないということね、逆説的ながら。

憲法は「カミ」の近くにあるもの、でいい。人間の反乱、それが今回の件。そこの安定が大切、とわかった時にはグズグズにされてしまったけど。

もう一度、なんとかしたいものですね。
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2015年09月18日

葬儀を終えて

jお骨拾いまでするからと約束しときながら、仕事が立て込んでてどうしようもなかった。北林さん、ごめん。

でも、友人が「残っているうちに」死ぬってのがいいんじゃないかな、と思ったな。変な言い方だけど。

オノレの場合と比べてみたりする。なんだか悲惨だなあと予感した。

おれの葬式には「おれ」おらんのよね。おそらく親父・おふくろもいない。その「親不孝」はしないつもり。こら、キタバヤシジュン!

じゃあどうなんの?と考えてみたら、ほら、悲惨だなあ。

「家族葬」はいや。「友人葬」にして。「彼女たち葬」とか。つめた〜い空気流れるだろうね。もうその時は「他人事」だけど、だはは。

遺言書いとこうかなあ、まじで。もうこの時間の「加速」ならば、それは、あっという間にやってきそうだから。

キタバヤシジュンの葬儀で、初めておのれの「番」がまあまあそこまで来てるねと実感した。そして、それがまた一つ「怖くなく」なった。

Slapp Happyのw/faust版(メジャーからのじゃなくって)が流れる中、いらんお涙頂戴もなく粛々と式は進んでた。阪大軽音関係者、中期の変態音楽関係者、今の現在進行形音楽関係者、そうも言えるし、初代A Decade-IN FAKE bassist ,guitarist,、初代 Convenience Store Cowboys bassist ,guitarist,もいた。純ちゃん同様、おれもそのハブになり、あっちこっちとまあまあ忙しかった。

自分の葬式のことを考えてしまった。


posted by 浪速のCAETANO at 20:58| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

キタバヤシジュンが、、、

癌の人間のお袋さんから電話かかってくると、「緊張とイヤな感じ」が同時にやってくる。そしてその電話は取らざるを得ない。

今日・明日という「見立て」らしい。看護師に言わせると「今日」らしい。

学年は2年差だがおれは3月、彼は4月、まる3歳違う。だからいま「還暦」のはずである。還暦=厄年だからね。最後の厄かな。最後でひっかかったな。

北林純がいたから、マルタニカズの音楽はあった。ジャンルをかるーく跳び越える音楽。80s〜90sにそんなことやってるやつなんていなかった。他の誰からよりも刺激をもらった。35年になるかな。お互い天才同士。言わんでも分かるんだからしゃーないよな。また、おれの理解者がいなくなる。とことん孤独になりなさい、ということなのかい?あるいはHONZIが待ってるからそんなに急ぐのか、純ちゃん。

いつ連絡が入るかわかんないから予習しもって起きてるけど、でもさすがに明日だけはおれの唯一の「激務」なので、携帯ベッドの電源で充電するわ。

日が3日経ち水曜の朝、純ちゃんは特に苦しむこともなく逝った、とその夕方、おかあさんと奥さんに聞かされた。月曜にお邪魔して、手を握り、おれと純ちゃんの「作品」である「パンキー・ズーク」のビートを両手に伝えていた。最初キョトンとしていたが、そのうち目が座ってきた。もう表情もさほどヴァリエーションもないのだけど、よくよく考えるなら、おれはずっと彼とは「ビート」で会話してきたのだった。フルセットのドラムがもっとも頻度高かったが、ジャンベやティンバレスの時もあった。35年間一緒にやってきたが、お互いプライヴェートのことはほとんど話さなかった。音楽のことしか話さなかった、と言ってもいい。ビートで会話すること、最後にそれをやれてよかったと思う。

ただ、もう死ぬほどおれは辛いが、いつかはこうなることもわかっていた。逆だったらどうなのだろうか?よくわからない。しかし、稀代の天才ドラマーと言うか「ビート クリエーター」と一緒に音楽をやれてよかった。いろいろ思い出はある。また落ち着いたら書こうと思う。



おれたちの歳って社会的にはおっさんだがガン細胞的にはやっぱりまだワカモノっちゅうことやな、とを改めて実感する。

人が死ぬ時、周囲の人間には時系列における分水嶺がある。おれも何人・何匹と見送ってきたが、行かないでほしい、おれを置いて逝かないで、という気持ちが先に立つ。その喪失の予感はヒトを狂わすに充分なイムパクトを持つ。自分にとってそこに有り、それがオノレのベースを作っているもの、広い意味でのやっぱり「依存」なのだと思うが、依存というにはこちらももっと意識をして場を彼・彼女に「空けた」わけで、それは例えて言うなら、家事・料理が好きな男がいて、しかしそれよりもずっと料理の上手い女と住むようになり、しかしいつの日かその女がいなくなった時に、何もできない自分を発見するようなものである。料理の話とは違うが、おれも前の奥さんとの間でそんなことがあった。担当の問題なんだよね。担当外れたことに関してはどんどん疎くなっていく。その分担当の特化がなされるのだが。

その段階から、それは経緯はどうあれその瞬間には極めてエゴイスティックなことだとおもうが、もうひとつ進むと、行く・逝く、彼・彼女の身になって考えることができるようになる。まあ、生きてるのと死ぬのでは少し違うが、。生きたままで別れるのはやはりある種の生臭さが伴うが。まあこれは生きてる証でもあるけど。死にゆく者たちにたいしてはそこから、オノレのエゴが、潮が引くように消えていく。彼・彼女の生の終焉を見守る、そんな態度が生まれてくる。これまでの経験から言うなら死と生は分かち難く、死は生の行き着く先でもあり、目標でもあるってこと。もっと言うならおれたちは「死ぬために生きている」ということなのだ。だから良き死は良き生と同格でただし死は生をタイムライン的には「上塗り」することができるBIG EVENTであるから、そこ良き生を生きた人はその等価として、そうじゃない人ならそれを大きく覆えすものとしての「死」があるべきだと思うのだ。

しかし、びんぼうにんには、そういう濃密な時間を創り出すことも厳しくなっているねと実感する。いろんなことに追われ、小刻みなスケジュールで動いている人間にはね。豊かじゃないなあ、日本て。みなさんが馬車馬となって初めて成り立ってる。それ、ビンボーな世界だとおれは思うが。死の前でさえこんななのだから、死の後、なんてどんだけ「事務的」か、ということね。流れ作業だもんね。ぜんぜんビンボーであるね。

親友であった原田知世の兄とHONZIを立て続けに失くしたのが2007のこと。あれから8年か、と溜め息をつくが、こういうことは「何度も」繰り返される。自分が「生き続ける」限りにおいて。

35年間と言えばもうお互い「空気化」してたからね。空気の喪失という息苦しさに慣れるのか。まだ、もうちょっと自分のことを観察してみたい。
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2015年09月14日

阿蘇山が

「阿蘇山有り」

阿蘇が噴火。桜島も噴火。もうすぐ富士も噴火する。

volcano・earthquake・radioactive・crazy rain・バカ政治家・ウンコに蝿メディア・金の亡者、これらが現在の日本の厄災のbreakdownである。

まそれはいいとして、イくはないが。

裴世清は九州にだけ来たのである。なぜか?九州にしか行く必要なかったからである。九州が倭国であり、大宰府が首都なのだからそれでいいじゃん、てことである。

「阿蘇山有り」

もし、近畿まで行ったとしよう。瀬戸内海の海・島々の美しさ、大和川、三輪山の記述、どうしてないかね?

どうしてないか?

いってないもん。

その時期は経済規模でなら近畿は九州に迫っていたし、領土においても九州を凌駕していた可能性もある。ただしかし、随が正式に相手にしている王朝は「王・アマタリシヒコ、皇太子・利」の九州王朝「タイ国」だったのだ。

王の名・アマタリシホコ、妻キミ、後宮に700人ほどの女官。

バカ学者の皆さまは、王を推古だとか(じゃ推古は男装の麗人でさらにレズか)、聖徳太子だとか(じゃ、摂政が王のフリして隋の使者を欺いたとでもいうのか)、一番ひどいのは中国の勘違い・書き間違い、もひとつひどいのは、「中国の歴史書なんてウッソ」。

あのさ、中国、かつての中国は「記録のプロ」なのよ。冊封体制というのがあってね、周囲の蛮族(あくまでも中国からの目線だけど)からの朝貢を誇り、そのために最大限「正確に」各所を記述することにある種の「喜び」さえ感じていたのである。第一嘘書いてだれが嬉しいのっていうかメリットがあるの?

「阿蘇山有り」

肝心な場所に、あった本日のような「火を噴く山」が驚きだったわけね。中国には火山は、ない。これ、POINT。

その阿蘇山がかつて同様「火を」ふいた。火山は恐れられた。かつ、火山は人に「土が焼けること」を教えた。日本の、特に縄文の土器は「世界最早」である。日本人はバカだからすべての文明は大陸・半島からやって来たと思ってるがノンノンノン。最初期においては(縄文とそれ以前)日本列島こそが最先端だったのよ。「土器」である。それが半島・大陸へと渡った。コトバさえも渡った。おれたちが「中国語」をむりやり訓読みしてると思ってる言葉も実は本当は日本語由来ということもあるのよ。これまじで。

右翼大喜び。いや事実だしいいんじゃない?

阿蘇山有り。

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2015年09月13日

寺山の魚の女って、、、

こないだ新聞で見た寺山が山田洋次監督へ送った手紙の中の「魚の女」、うちのお袋だったら、とちょっと考えた。寺山がフられた、という魚の女。魚の女とはまた寺山らしいが。

1955となってたな。お袋が寺山を東京の病院へ見舞うはずが、行けなくなり、友人の、当時明大生の今の天理観光ホテル社長に頼んだ。その後、お袋と寺山の関係が切れる。

この社長の明大生、当時お袋のことを好きで、お袋もアホだから親父と結婚するときに寺山との「往復書簡」をすべてこのおっさんに預けて嫁に行く。そしてこのおっさんはその「他人同士の書簡」をなんと処分してしまうのだった。まあ、彼と彼の家庭内で、そんなものがあることが「何か不都合」だったのだろうと想像するが。

その寺山の見舞いの際のことを、お袋が「山本さん、はっきり言うてくれてへんねん」と言ってたと記憶する。

で、そのタイミングと1955というのが限りなく近いことから、おれの想像は「魚の女」イコール「うちのお袋」かも、と思ったのだった。その魚の、ってのがよくわからんが。

まあ、どっちでもいいけど。

今日も秋晴れ。残念ながら予習です。

でもここで残念ながら、は良くない。普通のことが普通にできることの幸せは、それがなくならないことにはわからないではアホなのだ。

常総市。水道・電気が止まっている。不自由だろう。トイレの使用も制限的なはずで、こういうのに人間は最も参る。人間の尊厳を支えるものの斯様なる「脆弱」には正に青天の霹靂の思いだろう。

いやでもほんと「明日は我が身」。

世界には「難民」も多くいるのだ。生まれ育った土地だけでもそうだが、母国から「引き剥がされる」気持ちはいかほどのものか、と震える。ちょっとしたギャグ、仲間内の、そんなもので人は安心していけるものなのに、それどころか日常会話の理解にも支障をきたしたり、さらには周りから疎ましがられたり、それがおのれのせいでは全くなく、国、さらには大国の都合であるわけで「なんなのだ!」と空気にパンチ&キックしたくなるだろうと思うのだ。でも他所で暴れるのも憚られるわけでそのストレスたるやMAXだろうと思う。

大変な思いをされている方々がいる、そこ、忘れちゃダメね。21世紀に於いてはダメね。20世紀なら「しゃーなかった」けどね。ダメダメ。

こないだ生野でヴェトナム人が殺された事件の同じ丁目のヴェトナム人生徒が二人いるクラスの授業がある。ホスト国の人間として何ができるのか、とは常に「考える」べき事なのだ、とか思う次第。




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2015年09月12日

truly comfortable

「うわー、気持ちいい」

外出た時の感想。気温26℃・湿度40%弱。この絶妙の気候、邪気の入り込む余地、まるでないね。ブスもいいオンナに見えてしまうほどの快適環境だ。喩えが合ってるかどうかわかんないが。

オープンで田舎の路、走りたい。

このような稀なる日だけのためにロードスター・カブリオレ・コンヴァーチブル、呼び名は何であれ、オープンはある。はなはだコストとはかかるが。次買うならやっぱりオープンだな、と思う。さて、いつのことやら。

中津での車なし生活も、そろそろ一年になるか。実際要らない。要らないんだもんね。活動量が落ちたことも関係あるかもしれないけどね。チャリで十分。あと電車です。一般的。もっとも嫌っていたことを今受け入れてる。成り行きとはいえ不思議な気分になる時がある。おれのクルマは「遊び」のためだけだったから、実用的なものには一度も乗ったことはない。ボルボ・ステーションワゴンぐらいか、あれはしかし奥さんのクルマだし。彼女にも乗せてたが。荷物はよう積めた。

思い出す、クルマたちとの日々なのだが、ネコたちとの日々同様に。もうフェイズは「変わってしまった」。それに抗う気持ち失せた。それは別人化ではないのか。おそらくそうです。Like a rolling stone という曲がアタマをよぎる。

さてさて、こんな気持ちのいい日は、窓を全開してライヴの準備でもしようかなと思う。一人ライヴはお気楽なのね。その前に風呂入ってビールかな。被災地もこの気持ち良さで覆われていることを願いつつ。今朝、東京湾で地震あったでしょう。もうね、おれたちはどっちにせよキワキワのスレスレで生きてるのよ。だから、できる時にできることをやっとくのがいいんです。すぐ「できなくなる」んだから。sooner or later これは「みなさん」に言えること。
しかし、ほんとにいい天気。



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2015年09月11日

爽やかな秋なはずなのに

tutorから帰ってきてうちの並びの居酒屋に見覚えある顔を見た気がしてちゃんと覗くとヒゲの男がサンマを食っていた。

そんな季節だね。おれもデロンギでサンマ焼こうかなと思った。

今なら刺身もいいだろうと思う。思うのだが、じゃそのサンマどこで獲れた?など思うのだ。太平洋側の東北沿岸?とか思うのだ。なかなか微妙な話だね。

たまにそういうこと思う。

昨日の深夜の客、有機野菜屋とフラメンコギタリスト。おれも酔っ払ってて何を話したのか忘れたが、なんかその変な取り合わせが可笑しくなった。一体何を喋っとったんだろう?後で確認しに行こう。

大和川から葛城方面を眺めるのが好きで、今日も歩きながら見てたが空は「完全に秋」。朝起きてこれまでの流れからトランクス/Tシャツでいるとブルッとなることもある。そのヒンヤリ感はややセクシーではあるが、いかんいかん、風邪引く、とジーパンを穿き上もなんか着る。食欲も回復してくるはずだが、どーでしょう?胃はなんだか重いけどね。

関東東北の大雨、その様子からみなさん3・11を連想されたことだろう。何もできないが、祈るぐらいしかできないが。

鬼怒川、何か行政対策上の手落ちがあったのではないか、そんな気がする。堤防自体が流されるなんてね。自衛隊は「災害救助隊」という名にするべきだ。これだけ厄災が続く国なのだから。明日は我が身。まあ淀川は決壊しないと思うが。でもそれが「油断」なんだろうけど。




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2015年09月10日

大雨で…

鬼怒川が決壊して自衛隊員出動してる。これだけでいいんだけどね、これのスペシャリストでいいのよ。ご苦労様です。

可決へ秒読み段階に入ったね。ロボット答弁、ようココロが痛まんな、中谷くん。そして、タフだね、と変なところに感心する。オノレの立場を守るためには「うそ」も「アホのフリ」もなんでもやる。

「自衛隊」の更に前線には「シロート部隊」。地上戦ね。

ISISが「日本人狙うのもインじゃね」と言ってるよ。

しかし、日本人、そんなことにも「麻痺」しそうである。忘れること、それが「今日を生きる」こと、みたいである。そんな川柳だれかが書くでしょう。しかしもうIRONYも機能しなくなるのだ。

ハンガリーのバカオンナカメラマン、クビになったみたいだけど、なんで「そんなこと」するかね。難民は「野生動物」か?いや、そう思ってるね。

そのメディア人のメンタルってどこの国でも同じじゃないの?日本だって多かれ少なかれ同様だと思う。悲惨な目に遭ったらもうそれは動物園の動物とほぼ同じじゃないかな。そして、悲惨な目には「順番」に遭っていく。今回は、茨城県。堤防の決壊も「想定外」なのでしょう。そして税は逆累進性を強化。悲惨な目に遭ってる人からも「平等に」取る。上場企業の7割は法人税免除だって。何を考えとんねん?と言いたいじゃないか。

株価のヴォラティリティの高さ。商品先物みたいである。大波乱前ね。上がることは、ない。

相場=博打。GPIFでつぎ込んだ「ん兆円」売り浴びせに遭ってどっかいっていまうのね。切ないなあ。相場で負けるって切ないのよ。ほんと、天国と地獄がこんな、隣り合わせの世界もないんだからね。

マイナンバー、キモすぎるから、みなさん、受け取り拒否しませんか?
プライヴァシーって自由の「コア」でしょう。個人の意識が欧米に比べやや希薄な日本人だって、それはイヤなんじゃないかな。人権意識もまたややというかこれはかなり希薄な人たちだが、おれは趣味・嗜好までお上にわかられたかねえよ。

しかし言うても、NETでどんなとこ行ってるか、なんてチョンバレなのだろうなあ、と暗い気持ちにもなるが。やましいことって誰だってあるからね。それを「把握」されるのはゴメンやな。ほんとまぢに「1984」だからね。

ウヨの方々に一度お訊きしたいんだが、そういうプライヴェート関連のお上からの侵食とかどう思ってるの?ってことね。キミがどんだけヘンタイか、どんだけロリか、どんだけワキくさいか、どんだけ上野クリニックか、どんだけカオ・カラダいらってるか、もっとあるがこんなぐらいにするがそういった性癖・過去の恥ずかしいこと、そんなんバレて平気ですか?とお訊きしてみたいのね。

身近な彼に訊いてみようかしら。


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2015年09月09日

ホントならチョンバレならおもしろい

消費税2%分の還付のためにマイナンバー・カードを毎回物買ったりメシ食ったりする度にお店の人にお手数掛けるのもイヤだし、客にそゆことするのもイヤだし、その還付金がa bit「4000円」だって、それをお恵みいただくためのバーターがオノレの収支、すっぽんぽん、ていうのは、ちょっと無理があるのでは麻生くん。かなりもうあからさまだが「びんぼうにんの蔑み方、顕在化」してきたね、アンタ。

能力ないくせにヒットラー願望。下品だね。昔の政治家、悪人でもまだ「品格」があった気がする。きっとあったのだろう。

これは「ガセの可能性」もあるが、だからここからはフィクションとして書くが、フィクションであるからこそ「真実」に接近遭遇できるってこともある。


もしそうなら21世紀の今の混乱はもう最初っから間違ってたということになるし、それは陰謀であり、その陰謀により何百万、何千万の人間が死にあるいは家族・愛する人をなくし、家を・国を追われ、憎しみが拡大・拡散し、ついでにおれもビンボーになり、といったおよそ現在の「不幸」の源の事件が「こりゃまたしつれいいたいやした〜」だったということがチョンバレになる、誰が見てもという、とんでもないことである。

それが「真実」かはこれから判明していくと思われるのだが、そのソース源は「スノーデンくん」とされ、その記事とはこうです;

実はビン・ラディンは生きていてバハマの自分のヴィラに5人の妻と多くの子供達と共に住んでいる。彼は「CIA」から100000$/monthの報酬を受け取りながら悠々自適の生活をしている」

さて、もともと、ビンラディン=アルカイーダは旧ソ連のアフガン侵攻の際にその抵抗勢力としてアメリカの(means CIAの)後ろ盾で作られた組織であるってのは周知の事実。それが「反米感情」を膨らませ、9・11を起こした、というストーリーが「茶番」じゃねえの、ということを世界が「公に」疑うことにならんかね。だって、今もCIAの庇護のもとにあるとしたら、そのscenarioは「ネオコン」の誰かによって書かれ、ビンラディンはその演技をやりおおせたことの証明というか、その報酬によって今があることになる。

今日本ってわかりやすく言いますけど「戦争で食っていく国」になろうとしてるわけよ。another Israelね。アメリカとの一体化とはそういうことね。今、おそらく恣意的になされてることは「あまりに」その変化が速すぎて、国民がその変化についていけず、つまり、過去の良かった時代の印象をたっぷり各人が持ち合わせながらの急激な変化だからもひとつピンときてない、ということ。特に余裕で食えてる人々はその過去のMEMORIAと進行しつつあるものとのあまりにもな解離性に気付くには時間かかるでしょうね。

アメリカの憎っくき宿敵であったビンラディンがCIAのヒトという事になれば、もしそれが真実ならば、そして世界の人々がそれを正確に知れば、20億人ぐらいは本気で怒ると思うがどーでしょう?ISだってそう。マケインとバグダディ、仲良く会談してる。おれは、どうもISの心理戦略に「西洋」のワルヂエが噛んでる気がしてしょうがない。西洋のというのが曖昧ならばもっとはっきり言うけど「Anglo-Saxon」の残虐度、かな。おれはイングランド、スコットランド、アイルランドのトラッドたくさん歌ってるが、その歌詞から汲み取れるある種の残虐さ、とISのそれとの共通を感じる。例によってそれを「証明」して論じるようなクソ学者のマネなどする気もヒマもないけど。

その残虐さは一度ここに書いたことがある。「いかに長い間「死なさずに」苦しみと絶望を味あわせながら殺す」ということ。日本ではAVにそういうワルヂエ発達してるけど、もうそこは従軍慰安婦どころの騒ぎじゃないけどね。ゲスな、弱い者イヂメに才能を発揮する日本人はある意味、そこグローバライズと同調してるのかもしれません。恥ずべきことだけど。

21世紀は壮大なるFICTIONから始まり、そこから世界は逃れることもできず、さらに深みにハマって行こうとしている。日本の状況ってその末端の出来事なんですね。FICTION vs FICTION、STORY vs STORYだね。そういうのに加担なるべく避けたい。と言いつつオノレのFICTIONを展開してるけど、だはは。

武士は食わねど高楊枝。孤高の島国で何が悪い。今日はそんな心境。

食えなかった人が食えるようになると何かが変わる。今ジタバタしてない人はあまりおれは信用しないな。ヒトを信用するってのも今やどうなのか?民主主義ではなく立憲主義こそが「ブレ」が小さいということが今回の教訓でしょう。何度もここに書いたが「民主主義のレールのその先の角にファシズムが涼しい顔して隠れて待っている」のね。待ってたね、見事に。人はかるーくカネで転ぶほどの存在、でいいのではないか。転びすぎて「いつから」転び始めたのか記憶ないヤツもいるくらいで、だはは。話もつうじないけどね、自覚に欠けるから。この数年で堕ちたヒトかな、「必要条件」とは。

弱く脆くも儚い存在のヒトは、一義的に他を支配する場にはいてはいけないんだろう。もっと、カミというとなんだけど、その代替品が「憲法」でいい。特にカミが可視化されない日本ではそれが必要なんだね。カミというと国家神道の話から近畿天皇家の話から7世紀の話から白村江の話から九州王朝の話から君が代の話から日本旧記の話までいってなんのこっちゃわからんとおもうから、そこは置いとくが、カミをないがしろにすると「必ず」厄災が起こります。実はもう起こってるんだよね。それでも「懲りない」とは「真性のバカか安倍晋三」とこれはおれじゃなくて播磨屋さんが言うてました。







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2015年09月08日

ありうる仮説、悲惨な

アベノミクス=アホノミクス→サゲノミクス→ゲリノミクス→ジャー→チーン。

お前らの無断でつぎ込んだワシらの年金どーしてくれる〜!ジム ロジャースはもう既に全株売り抜けた、言うてたぞ。もう50兆ほどつぎ込んでるんじゃなかった?それでも3年ほどのエセバブル相場で、ご愁傷様かよ。

いいとこなしの国。お金持ちは国外へ逃げればいいが、おれたちビンボー人はどうすればいいんだろう?ちょっとマジで心配になる。悲惨な老後だろうね。いやー、ちょっと本気で心配してしまう。高齢者の自殺、増えるだろうなあ。都合いいって?このろくでなし!

おれもキリのいいとこで死のうかなあ。生き恥さらしながら生き続けるのってどうか?

徴兵はないというが、それも怪しい。おれはね、一般に言われてる経済的徴兵はこんな形をとるのではないかと思ってる。

ご存知のように、これから自衛隊は「何処へでも」行くことにはなるだろうが、それとは別にというか、それを一部補うというか、おれは兵のアウトソーシングが登場すると思う。「民間」の兵隊。そこに雇って、と行くのは「借金のある人」。借金ちゃら、とかではなく、比較的高収入を提供されて応募して、行く。行く先はイラクかもしれない、ウクライナかもしれない、アフガンかもしれない。そこは国の軍隊と違って、自由意志だからね、憲法の問題も関係ない。イラクで首切られようがカタワで帰ってこようが「あんた勝手に行ったんでしょ」で話は終わりである。傭兵ともその習熟度において異なり、というか劣り、この人々がおそらく自衛隊の「盾」になるんだね。これからさらに国民を締め上げ、暮らしを崩壊させるからには、その落とし前というか、そのフォローというにはあまりにもサイテーすぎる、その「窮状の解決策」が用意されるはずだもん。しかも「民間」を使うってのがね。あ、行き先は「もう一つ」あった。もうおわかりですね、そう「フクシマ」です。

この、経済的締め上げの挙句、いまみんな、赤紙による徴兵を恐れてるかもしれませんが、経済的に困った人が「自己責任」で、その解決を図れそうな手段を目の前にニンジンされたら、と考えるとこれでしょう、と思うのはおれだけではないと思います。そんなひとには一時金を多少支払うが雇う側もそう負担にならない。なぜなら、すぐ「ころされる」からだ。にわか仕事の訓練なんて戦場で役に立つはずがないでしょう。

戦争で食っていくという最低の転換をした国の国民とは哀れだと思う。他人事ではないよ。
posted by 浪速のCAETANO at 20:51| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

あ〜あ、予習だよ〜

明日から早起きが始まるが「予習したくない病」だ。

風呂入ったり、本読んだり、ビール飲んだり、とどうも「初動」がうまくいかん。ローギアの腰の重さ、ね。

じゃあ、1時からしようか、2時からしようか、2時半からしようか、と誰が誰に言うてるのかわからんことを繰り返して今や3:30。もうええ加減に手・つけなヤバイよ。わかってるぅ?とまたもや、誰が誰に、な心の中の会話が続いてる。

ターゲットを絞ろうと、生徒くんにメール。取り敢えず、物理はパスであすは化学をしたいと、有機を、と返事が返ってくる。まあ、絞れた。やや厄介ながら。

じゃあ、有機化学と数3だけで済む。文系の数学は、その場で。

ネットで監獄学園を見る。「だはは」だった。が、まあ、面白いというかおかしいというか。あんだけ女子というか女子のパーツがこうも値打ちになったのはいつ頃からかな。そんなムードって20年前くらいかなと思う。そこから細分化とギアチェンジを繰り返して、その徒花の一つが監獄学園ということか。実写もあり、らしい。しかし実写ではやはり「副会長」きびしいんじゃないの?日本のアニメ、ある意味凄いもんね。デフォルメされたリアル、得意ね。おかしいのは、そのフランス人とかのコスプレがそのアニメのままだったりすることだ。コスプレってこれもある意味すごい。捻れ方ね。リアルがどこにあるかって人それぞれなんだよね。情報資本主義最終章においてはね。日本人、かなり特殊な場で生きてるよ。外国人と喋るとほんとによくわかる。ただ、彼らは今の日本の環境、たまらなく好きみたいね。

なんとなくだが「箱庭」っぽく思えてるのではないかって気がしてる。おとぎの国とも言えるかな。おれたちはおれたちで安保法制FUCKなど思うが、普通に暮らしてる彼らからするとどうなんだろうと思う。ジャパンハンドラーズたちのハイパーリアルも実はそのおとぎの国感関係あったりして。実態掴んでるのかね。アーミテージをアニメの中に閉じ込めてしまいたい、とか思う。いい役、ありそうだし。

コスプレ自体はおれは好意的。過去にタイガーマスクのマスクをつけたら、全てが「変化した」経験に基づく。「別人28号」って必要だ。あったほうがいい。

バカ政治家たち、全員コスプレ義務、みたいなことにすれは日本の不幸度は2・30%減少するかもしれない、とか思う。
posted by 浪速のCAETANO at 15:44| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月05日

ご近所ツアー

10月になるとちょっと忙しいな、やるならまだ9月中、そう思ってたら一つ決まってその前後にいろいろ不義理していたこともあり、ええいまとめてやってまえ、と相成る。

60曲ほど用意してコア15曲ぐらい決めててのこりを日替わりでと思ってる。

初日の「ぱぶり家」は最近、中津商店街にできた学者くんのパブリック・スペース。ハーバーマス読んだり、ゲームしたり、いろいろ高学歴の子たちが集まってきてる。ちょっと「違う風」を、と思いまして乱入。実は以前からやるやると言っててのびのびになってた。「やるやる」の「のびのび」はよくある話。今回はいろんなついで、がうまくいった。パブリック・スペースゆえcharge \500という破壊価格です。

2日目の「フラット・フラミンゴ」は昔からの知り合い。放浪する店フラミンゴ。日宝エンパイアから始まり、南森町、扇町、と来て4軒目。今は東通り元SMクラブ跡です。どの店でも演ってます。ここは投げ銭。気軽に来て太っ腹というのが好き。

最終日は以前心斎橋店でゆうみちゃんと演りましたね。その何号店になるのかな?天三の商店街内の焼き鳥屋。今回はすっぽんぽん'ズも連れて行きます。start 18:00とちょっとお早いですが。

みなさまと「何処かで」お会いできるとよいですね、と思ってます。

image.jpg
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2015年09月04日

あ〜あ、見えた

経験上、明け方5:30頃とか眠っていて眼が覚める前後とかに見る「VISION」は示唆的なものが多い。「啓示的」と言ってもいい。そこ、いらん力入ってないからね。

もっとも「現代人から遠く離れる」時なんだと思ってる。曲のアレンジ、閃いたりするんだね。余計な力である「常識」などが消えて、深層が、ふーっと浮かび上がり、こんにちは、そんなことである。

いいことばかりじゃない。今日はゾッとした。どこのマイクなのだろう、喋っていた。「大阪市……………を,,,,,,,,,,いたします」よく聞き取れなかった。田舎じゃあるまいし、どこにそんなスピーカー「仕込んでんのよ」?

後で確かめてみたなら「津波警報に関する訓練」と判明したのだが、すごくイヤーな気分になった。

全体主義的というかなんというか、「1984」だったね。そして、今日さらに「戦争が始まる」という確信が強くなった。

それは「空気」を通じて「感じる」ものだから「その根拠を挙げてみろ、今すぐに」と迫られても困るんですが。起こらない方がいいに決まってるんだけど、起こる。

良心のある人々が、崩れる壁を必死に支えてて、それのサポートにいろんな人が後ろから背中を押してるのだが壁はもう「かたむいてしまって」いる。そういうことだ。その壁の向こう側には安倍がいるんではなく、アングロサクソンがいる。良心をとうに捨て去ったAnglo-Saxonたちである。世界の支配者たちね。安倍はパシリにすぎなくてね。この夏で消えるはずだったからね。替えはナンボでもいる。

ヒラリー=稲田という組み合わせが「こわ」だ。トランプはさほど怖くない、と思っている。前面に「良心」がまるで見えないからね。ヒラリーの方が怖い、絶対。オンナの「クソマジメ」こういう時に、怖い。オトコは、というかおれはかな、基本的にあらゆることに「だらしない」から、今や他人に対しだいぶ優しくなっている。クソマジメの女子、他に対して厳しいからね。それも怖い。女性上司を持つ若手男性社員、ご愁傷様です。

ま、バランスとるのがいいのよ。偏らずにね。

もう、朝メシも食って、コーヒーも飲んでシャワーも浴びたおれは常識の殻に覆われてしまった。だから寝起きの時のあのちょっと変わったシャープさはもうない。洗い物をして掃除機かけて夜のリセエンヌたちとの授業の準備をする。その前に外仕事に今日はいく。

でもあれは「VISION」なのだからそこにきっとある。可視化できる層の幾つか下にある、のね。

しかし、「八丈島の、、、、キョン」千葉で大繁殖て、なあ、、、。
posted by 浪速のCAETANO at 13:19| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月03日

UNDER CONTROL?

USAとCubaは国交回復途上にあるが、Cuba危機とは1962のことで実に53年前。当時の米大統領はJ.F.Kである。当時、第二次大戦の記憶もまだ新しく、その直前には朝鮮戦争もあったわけで(いまだに終わってないが)、世界は「大戦争の余韻」の中にあった。そして「次の」戦争とはvs コミュニストだった(アメリカ側からの視点)。

ときどき、年上のひとびとに「敵わないな」と思うのは、その時代への肌感覚がもひとつ鮮明ではないことなのだ。当時おれはまだ「ばぶばぶ」だったからね。4歳。よっちゅ、であるわけで。幼稚園年少組。

Cuba革命が1959でもちろんそれもリアルタイムでは知らない。カストロやチェのことも「後で」知ることになる。ここ、おれたち世代のもひとつ・なとこであるな。ケネディ暗殺は「覚えてる」がそれもリアルな記憶なのだろうか?わからない。だからマリリン・モンローも実は気がついたときには「死んでいた」。

アメリカの「画期」を知らないわけね。大統領で言うならジョンソンから。なんか地味なイメージ。エルヴィスの「全盛期」もどうかなあ?確かに「エルヴィス オン ステージ」は小学校4・5年で見た。その結果、6年時に「この胸のときめきを」をクラスの何かで歌うイヤな小学生となってたが、実はビートルズも10曲ほど歌えた。もうその頃から「DROP OUT」は予定されてたのかもしれない。

小1で東京オリンピック、中1で万国博覧会。ドン・ショランダー、ヴェラ・チャスラフスカ、アベベ ビキラ、ボブ・ヘイズ、円谷幸吉、三宅義信。記憶の限界だ。しかしこれさえ「後付け」されたものかもしれない。なにやら既にp.k.Dick的である。

だから、戦後のことを考える際に、実際の体験は大きい。60年の岸退陣の原因となったとされる国会包囲の「30万人デモ」を実感として知ってる人にとっては8・30はまだまだだと思うのは当然かもしれない。

今、デモをやる意義はもちろんあるけれど、水増しも60年安保のデモを貶めることもやってはいけない。今はまだ首相は退陣してはいない。祖父は退陣させられた。結果が全て。

法案は参院で可決される。ただ小林節氏はすぐに違憲訴訟をすると公言している。最高裁が「独立性」を示すことができるかどうか。きわきわのとこではある。

共産党が提出した「シヴィリアン・コントロール無視」の文章。防衛省の内部にもまだきわきわ良心が残っている人間がいるということだ。今は秘密保護法の時代だ。大丈夫なのかと心配になる。

でも内閣支持率はなぜか「回復」してしまった。そこ誤算だね。やっぱ、日本人・アホでしょうか。

ある時期(今もたまに)「昭和」や「20世紀」みたいな括りで「ノスタルジア全開」みたいなTV番組よくやってた。ああいうもので、おれたちはうまく丸め込まれてるんじゃないかと思う。ニセのというか「編集された」記憶をimprintされ続けてきたのではないか。戦争もしかりでやっぱりどのように想像を働かせても戦争経験者のリアルには到達しない。そこがおれたちの「弱さ」だと思う。そこ、謙虚になるしかないところで、だから逆に年下の人間の「見てきたかのような物言い」に斜視になる。身も蓋もない言い方になるが、どれだけ「お勉強」したところで限界はある。そこ、事実として受け入れるしかないよね。そこが出発点でしょう。効率を求める現代人にとっては厳しい現実だけど。




posted by 浪速のCAETANO at 11:31| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月02日

人命救助の片棒

みっともないね、エンブレムとその周辺。五輪を食い物に、という意図が見えすぎてて。

すっぽんぽん、が思いの外恥ずかしくない、というかおれがそそられないだけすかね、のと近い遠い、どっち?パンモロよりパンチラやろ、と話は宝塚線から神戸線へと逸れていくが。

それも安保法案から気を逸らすため。いや、安保法案はもう参院の可決は「決まってる」。政府側は、8.30にもかかわらず、安心している。そう見える。

メディアの情けなさ、極まれり。あんたら、事実を伝えずしてなんの値打ちがあんの?恥を知るべき、ね。切腹しなさい。

「注目の無い」場所ではヒトの心はもっともっと荒んでいく、という一例;

大和川にかかる阪堺大橋を渡ってtutorへと急ぐ途中、女子中生・小学校高学年?遠目でよくわからなかった、サングラスもかけてなかったから、川岸でなんかしてた。1人が水に浸かって、あとの5人は川岸斜面に順に並び一番川に近い子は木切れを持ち、水に浸かってる子にそれを差し出していた。

おれも目がそんなに良くないし、なーにを遊んどんねん、魚でも取ってるの?そう思ってた。で、歩き去ろうとしたのだが、ん、待てよ、ともう一度よく見てみた。上から見ると、よくわからないのだが川岸の斜面は45度ぐらいのまあまあ急なそれで、木切れを持ってる子も自分がずり落ちそうになってる。

やっとわかった。上の5人は水の中の子を「助けようとしている」のだった。どうも若いオンナたちのそういう場面って深刻に見えないのね、なぜでしょう?そこ、置いとこう。そしてその救助活動はやってもやっても奏功しないように思えた。かといって、水の中の子が溺れてるとかでもなかった。水は満潮に近かったが腰まで。ただし、再三のTRY & ERRORによる疲労からそうなることも考えられたがまだ今はそこまで緊急じゃないと思えた。

こういうときは専門家よな。で110番する。状況を話し、担当はすぐ向かうと言った。で、住之江側に引き返し、上から声をかける。

すぐに助けが来るからもういらんことせずにじーっとしとくこと、そう言うと、一番派手な子が、そいつは一番上でほとんど活動に参加してなかったのだが、ハーイと答える。なんかな、なのだが、まあだいじょうぶだろうと堺側へと向かう。

そこから5分ほどのところに現場があり、ちょうど着く頃に救急車の音が大きくなり、止まった。助けられたと確信する。

それにしても、だ。おれは他所者だから、毎回、鷸くんがいないかな、などと思って川を眺め回すが、そこはLOCOたちは無関心なのだろうか、tutorから帰る頃になると夕方ゆえ、ジョギングのおっちゃんらもいるんだけどね。でも、何人かとはすれ違ったし、バカ高校生のチャリ乗ったのなんて「お、あいつ死ぬんちゃうん」か言いながら通り過ぎていった。住之江側から渡る人間には見えにくいが堺側から来る者にはよく見えるロケーションだったから、それに気づいた人もいるはずなのだ。その子は、今落ちた、という感じでもなく、その証拠にその一番派手なヤツは、もうその状況にも飽きてる感じだった。飽きんなよ。

しかし大和川、住之江側のあの斜面、なんとかしなさいよ。ところどころ階段にするとか。蟻地獄やんか、あれ。あやつらが一体何しとったんかは全然わかんないが。

「くっさー」とか言われてるやろな、助けられた子。過去において「日本一汚い」大和川だった。



posted by 浪速のCAETANO at 12:14| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

セプテンバー

最近の印象、それはコーヒーが旨い。我が家はもう30年ほど「深煎りのマンデリン」である。ときどき浮気したが必ず本妻の元へ戻ってきた。ん?誰の何について?

まあ、それは置きまして、おれは糸の切れた凧のまま、というのも置いて、今年は季節感、必要以上にクッキリ。毎年この時期、昼のニュアンスで半パン半袖で店へ行こうと階段を降りて、ん?寒いじゃないのと着替えに上がること多し、だ。本日もそのような予感である。昼間でもまーまー涼しそうだからね。このままいつまでも、とお願いしておきたい。

さ、9月である。9月であるからにはもうちょっと賢くなる必要がある。8末が週末と重なったこともあり、夏終わりのイヴェント遂行も成し遂げ、気分一新、また始めるよん。そんな感じ。

どうも自分が弱ってる時は周囲に引き摺られるというか、社会のイヤなノリに共鳴してしまうでしょ。そのようなウンコなノリに付き合ってるヒマはないんだよね、実はね。波長は別Hzでありたいと思うわけね。空気読まない人、でいいわけ。民族的にかなんかしらんが、この同調圧力、ほんとごめんである。必要なのは「求心力がクラインの壺の表面を滑った挙句の遠心力」である。

あいも変わらず、サイテーの国に生きざるを得ないおれたちであるが、much more サイテーは世界中見渡せばもっとすごいのがいっぱいある。今だに「相対的幸せ」とも言える、それはおれは留学生たちに教えていただいた。だからといって今悪くなることを、あーと指咥えて見てるのも、どーよ、であるけどね。

まあ、いい感じに気温が下がってきて身体も楽になり、食欲も回復するなら、またなんかしようと思えるだろうし、できるだろう、という希望も湧いてくる。

手始めに「SOLO LIVE・北区ご近所ツアー・3DAYS」そんなことを考えてます。
posted by 浪速のCAETANO at 12:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする