2015年12月31日

不可逆性の路で下り坂を

せっかく今年の暮れはいい感じに早めに終了して、ちゃんと掃除して…なんて思っていたが風邪で終わっちゃった。これから「テキトー」な掃除をして[すっぽんぽん'ズ]と年末ライヴで、その頃にはもう2015も数十分ということになっているから、あっというまに2016である。もう戻れない。時間はほんと、残酷であるね。

そうやって2014も2013も2012も…2008も…2000もgone behindなのだった。人もどんどんいなくなってきたのだ。どんどん、少子化とは言え、生まれてきちゃいるものの、かれらはチビッコであるから、失くした者たちの代わりはできないのだ。

ということは、おれたちはどんどん知己をなくしていってるわけだ。中高年のロンリネスはそんなとこにも一因があったりもする。

思えばJohn Lennonが殺されてしまった時から始まったのだった。Johnはシンボル。その「感じ」がリアル・アンリアルコミで、知人の死の際に「再生産」がなされ、いちいちおれたちは哀しみ・絶望感と無力感に囚われ、そしてまたそこから立ち直っていくことを繰り返すのだ。

そしてそれはオノレが死の当事者になるまで続く。ある時から明文化はできなかったが、そんなことを気づいてはいた。

年を取るにつれ、その比率は、近い者が大きくなっていく。またこれも当然と言えば当然。

「下り坂」はスピードが出る。振り返ってるヒマはなく、危険でもある。それでも障害物を上手いスラロームでクリアして行かねばならぬ。おれたちはそんなフェイズにいる。おれの寿命=この国の寿命でもういいかなという気もしてる。自分の認識として、だが。それはおれが身勝手になってるというよりもこの国の「ザ パワフル」の、国のあるいは民間の組織運営を見てるとそれより先のことを考えてるのなら、今あんたらがやってることはその意味において整合性とれてないよ、だからである。

だから、悠長なことは言ってられない。おれももうだいぶいろんなモノを失ってはいるが、そのうなんというか、そのせいかもう怖いモノがなくなってきた。

来年は間違いなく「忙しく」なるが、それはオノレの活動量が久々にアップすることを意味すると思う。みなさん、浪花のカエターノはもう終わりかと思ってるかもしらんが「意外に元気、それもかなり」ですので、そこんとこヨロシク。ホントの才能ってそう簡単に「枯れないの」。

いや・まぢで。

今年一年、Todo O MundoであったりSentomiento'15であったり、すっぽんぽん'ズであったり、浪花のカエターノであったりしましたが、いろんな場でお世話になりました。この場を借りて、感謝の意を。

Muito Obrigado!

みなさまにとりまして2016が「マシな年」になりますことを祈ってます。












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2015年12月29日

ぐずつく

鼻をかむとその洟が黄色くってぎょっとする。昭和のアホの子みたいでさ。

一回目の処方でもらった薬が、その日の医者が慣れてないやつで、こわごわ処方してる感じだったもんなあ。その点、院長の診断・処方にはキレがあった。

しかし、薬を大量に飲み続けるのつらいね。年末にこんなことになったのは記憶にないなあ。咳と痰と洟と、そしてそれらの処理で頭の血管切れるんちゃうか、ぐらいぐわんぐわん頭がいたい。

なんか味覚障害にも近い。口の中がおかしい。妙にカラカラになる。副作用だね。

今日がお勉強仕事納めのはずだったが、風邪でキャンセルした外仕事の分が一つ明日残ってる。まあ、何ちゅうことないが、声が出ないから、Ganzの年末ライヴは「すっぽんぽん'ズ」を出すことにした。22:20…22:50です。先っちょマンボでこのくだらない年を締める。悪くないんじゃね?

そこから急遽戻って、静かな年越しを有志でしましょうと思ってる。そういう予定。
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2015年12月28日

本当ならいいね

1000000000000000円超の国の借金、実はなんともないって。本当だったらいいね。

消費税も上げる必要ないし、年金も減らす必要もない。すべて財務省の「うそ」である、と。当然、国債の暴落もない、と。

本当だったらいいね。

軍産COMPLEXの世界戦略に乗せられてるだけかもしれない。

だったら、日本人を覆ってる根本的な悲愴感がなくなる。中国に抜かれたGDPも、SO What? となるかもしれない。

ほんとのこと、discloseしていただきたい。「子供・孫世代に借金を……」こんな話も「ブラフ」にすぎなくなる。

本当だったらいいね。

何かしらギスギスしてる、今のこの国も人々も。ただし、生活の質が下がってきてる実感はある。電車、とくにJRなどに乗ってると「下流の民ばっかりだな(含おれ)」と感じる。東京なら違うのだろうが。

来年だが、一つ予言だが、いやな方だが、日本人による中国人に対する「暴力」が表出すると思う。80sのロンドンでPUNKSがNFちょっと入ったSKINHEADSにシバかれてたみたいなことである。日本人の中国人に対する怒り(何に対して怒ってんのかさっぱりわからんが)、面白くなさ、悔しさ、そんなものが中高年のオヤジによる暴力となって現れる。当たんないで欲しいけどね。

今日、仕事納めの人多かったみたいね。楽勝やのう、キミら。

おれは小商いながら明後日まで。風邪で延期した仕事が残ってる。来年に回しても良かったんだけどね。マイ ボス イズ ミーだし。











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2015年12月27日

globalのうそ

まず、来年は「global」という言葉を「ちゃんと」使おう。今使われてる意味は「くそアメリカン」という意味だよね。

くそアメリカン・をグローバルという言葉に乗っけて隠して流通させた専門家たち「quilingism」である。

globe、global・本来は「素敵な」概念だった。人工衛星からの地球を思い出してみたらいいね。水が溢れ、それは液体・気体・固体という状態で存在し、それは生物学的なニュアンスでまず第一義的に考えるべきなのだ。決して資本主義的な意味ではなく。マネタリズムなんかもってのほかなのね。

globeが体現するものって「多様性」であるはずで、それは細菌・微生物からおれたちに至るまで、ほんといろんなものが存在し、そして入れ替わっている。その多様性とその状態をキープしつつのダイナミズムがglobeの面目躍如だよね。

その資源をとってみても、それがあんたとあんたのモンって「誰が決めた?」と誰しもが突っ込みたくなると思うね。そのリーズナブルな解答は「みんなのもの」だと思う。

その本来「まことに善き意味」が「もっとも忌むべき意味」を表すことになり、しかし本来の善き意味の上着のままだから、誰も何かしら反対できない、そんなことになってもう何年?

だから、そこの本来的な意味を早い段階で修正しなかったことのツケが、カウンターの概念に「ローカリズム」を持ってきたり、無理やり「グローカル」なんて言葉をねつ造したりね。

あのですね、そもそも「グローバリズム」は「ローカリズム」の集合体よん。そこにはそもそも「断絶」のなどないのだ。「くそアメリカン・スタンダード」との間にはあるだけなのね。

一つの言葉、たった一つの言葉のシニフィアンとシニフィエを厳密に再規定するだけで、世界が変わる可能性があるとおれは思う。

「グローバル・スタンダード」を「くそアメリカン・スタンダード」によ。世界中のひとがこれを使えば絶対変わる。






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2015年12月26日

gone gone

「Feliz Natal」といろんな方にメッセージを送ると、非キリスト教徒からは「 merry christmas・feliz navidad・Buon natale・joyeux noel 」など返信がある。

こんなもんでいいのよね。

キリスト教徒の方に軽々しく言ったらあかん。言うてもうたが。

妹からは「ミサ」の写真が送られてきた。フランシスコ・ザビエル直系のクリスチャンの家に嫁いでいる。いわゆる「隠れキリシタン」である。

今年、平戸の記事を書いたが、平戸島とは目と鼻の先の街にいる。平戸は長崎市からもかなり遠い。長崎もある意味、宗教都市とも言えなくもないが、平戸界隈はその根の張り方が比べ物にならない。そして教会の美しいこと。400年超の時間の蓄積。

腫れもんに触る感じでいいの、な。

異教のことはわかんないことはわかんなくていいのだ。腫れもんに触る感じ。イスラムに対しても。「分かり合える」がアマちゃんかも。

カオもサルならアタマもサルのブッシュ、なんちゅうことをしてくれた。そう思うね。雑にも程がある。21世紀前半の方向性は「そこ」で決まってしまったもんなあ。19世紀の後の20世紀の後の21世紀は「これ」ですか。随分とがっかりな話。

5 days,5 more days left.

いくつ、 さらにがっかりすることがあるだろうか、その間に。














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2015年12月25日

そんなもんね


異教徒の聖なる日への便乗に過ぎないのは本チャンの本日になると熱がまるで冷めてることが物語っている。見事に「つぎいってみよー」な日本人。アリトルビットシェイモンアスだ。

ええワインとええ昆布とええ鰹節でとった出汁=特製割り下によるオトナのすき焼き。おれも朝メシで食ったが「旨すぎた」。

昨日は食欲性欲出世欲すべてなく、お客があれこれ言いつつ食ってるのを料理は店長に任せてぼーっと赤手酌で眺めてた。出汁作ることでいっぱいいっぱい。

塾が4日。TOEICが一回。出張が3回。リハが一回。店、大晦日まで。大晦日ライブが2箇所。まとめてみた。

忘れていたのだが、マイクロファイバーの敷・掛毛布で寝る時は極薄着でOKなのだった。おれはパジャマなどは着ないので、大方ジャージのオトコだが、それで寝ると「暑すぎる」んだったね。忘れるよね、1年経つとね。暑すぎて暴れて眼が覚めるのね、夜中に、というかおれのばやい朝方というか、朝だが。そもそも、店長の言を引くなら「死体のように眠ってる」らしいおれがそんなに暴れるとはよほどであるなと思い、上下インナー二本勝負で寝たなら、なんとConfortable!一生、in bedでよい!と思った。羽布団との組み合わせは軽くて、夢のようにあったかかった。ジャージだと「もうっ!」なのね。

斯様な「微調整」のもと、人生は進行するのであった。思考停止ってよくない。よくないとわかっちゃいるが、めんどくささと手抜きから「オートマ」にしてしまうことってよくある。

マニュアルのクルマ・マニュアルのたばこのおれでさえそうなんだから、オートマ慣れの世の中は意外に深刻なのでは、とふと思った次第。杞憂ならforget it。でも自動運転のクルマとかアタマでは理解できても「乗ってて気が気ではなく」余計疲れそうだ。そんなに「委ね」ちゃって大丈夫?

アホの政治家に委ねちゃってること考えれば「委ねぐせ」はデフォルトになっとるのかな。

しかし肝心なことは、おれたちはさ、他のことで忙しいからあっちこっちと目配りが必要だが、あやつらは「フルタイムでそのこと」ばかりにかかりきりなんだから最初っから勝負は見えてる。おれたちの負けね。あ〜あ、だね。

岸井ちゃんもフルタチくんも降板が決まり、しかし「装置」としてのプログラムは残る。「5分間憎悪」の装置となるのは目に見えてる。ここからは本格的に。これまでも「そんなフリ」してるに過ぎなかったのかもしれないがここからは、もっとあからさまになると思ってる。

やっぱり「効率的な支配」のことばかり「フルタイム」で考えてる奴らには負けてしまうなあ、とやや脱力する。

風邪ひいてるからか、きょうはあんまり元気が出ない。こんな日もある。しかし来年はこんな日が増える。

はよ風邪治せっちゅう話なのかもしれない。

さて、小商い。





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2015年12月24日

feliz natal !

久しぶりに「いいバランスの風邪」をひく。

なんか言い方、間違ってる?

おれは喉を定期的にやられるのね。で、その症状は風邪のようであり、抗生物質により治るのだけど、今回は喉アーンド鼻水なのであって、そこがバランスなのね。だから処方箋も「総合感冒」となる。

風邪はひいてもfluでない限り仕事は休めないから、でも今年は塾の方はまあ穏やか。受験生がおらんのでね。来年。ただこの時期特有の「駆け込み」がある。tutorで高・大と1件づつ。学校はもう終わったから、外に出るというのはこれらなのだけど、まあこの時期からは責任は取れないけれど、まあ短い期間でもベストは尽くす。プロジェクト・チームみたいなもんだね。生徒くんとの。短期は短期なりのやり方、あるからね。

あと、今日も入れると6日間連続で「多くとも4時間」働いて今年も終わり。こんなぐらいが/でいいのね。幸運なことにおれの場合は「仕込みとコスト」かからないので。幸運なことに。

さて本日、トドムンドは「なんで異教のお祝い事・嬉しがらなあかんねん」という主旨で10年以上前に始め、毎年続いてきた「すき焼き喰うぞ〜の会」です。われわれおよそ仏教徒は〜なんていうと、生殺を禁じてる立場もあるこたあるがね。

しかしこの時期、思うのは「世界の休日」とりあえず銃器を置く日、というニュアンスの日になりかけてたんだけどな。今年はどうなの?そこらへん、もうタガが外れちゃってない?そりゃムスリムにはムスリムの考え、あると思うが、とりあえずよ、西欧の人々は「一発も撃っちゃいけません」よ、今日明日は。撃たれても撃っちゃだめよ。オノレにとって大切な日であることはそこでのオノレの姿勢で全世界に示していただきたい。

まあ日本人はええかげんというか伝統的に習合宗教の民であるからね。そこの「いいとこ」を見つめてみるのも値打ちかも。

X'masはV.dayやカボチャ祭りとはまた違い、日本の高度経済成長の中で取り入れることに意味があった、とおれは思ってる、今や。なにかの象徴だった/です。

おれも今日は店で「Happy X'mas(war is over)」ぐらい〜歌ってもええなと思ってる。












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2015年12月23日

年末がすすんでるね

年末が粛々と進行している。今年はハートが揺れてないから自分内では粛々と、で合ってる。なぜ揺れないか。理由はあるのだけど公表はできない。単純なこと。単純すぎてバカ丸出し。

昨日は冬至だった。うちのjkにそのことを告げると「?」だったからちょいと説明したら「え、太陽が地球を回ってるんじゃないの?」と言っていた。

「天動説」は脈々と「息づいて」ますよ。

でも「実感」非科学的な実感を根拠にするなら、それは「有り」だな。オノレの足元は「固定」されてて、周りが動く。そこから、ちょい飛ぶが、オノレが正しくて周りが間違い、までは以外と「近い」。

プライドの問題は物事の相対化と関連してる。もちろんその根底には資本主義がある。資本主義がある種の宗教になってるのを時々見る。そういうヤツは「合理性」という言葉をよく使うね。その合理性がオノレにfeedbackしているのに彼らは気づいてるのかな?オノレをがんじがらめに、不自由にしてる可能性に触れることはないのだろうか?その遊びのなさにゾッとすること多しだが、今の3・40代のsteeringの遊びのなさはちょっと心配になる。

喚起された欲望、ここ資本主義そのものだが、その充足が「競争率高い」。まだ3・40代はその充足の手法まで「資本主義内」に囚われているから、フラストレーションだろうなと思う。同情。しかしそこ、お前ら「知恵」ないなあ、とも思う。カッコよく「ズラせん」のよね。その充足にはまず「ニッチ」を確保するところから始めないと。類型的ではあかんと思うよ。類型に囚われてる限りキミの欲望の充足は「一生」ないです。ご愁傷様。

和食が続いたから本日はMoroccanかな、と思ってる。3日連続で牡蠣を食っちゃったが本日もまた買ってこよう。おれは「Zn」を求めてるのだろうか。なんのため?


あきひとちゃんBD。おめでとうございます。あなたが防波堤ですよ。
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2015年12月22日

おそらく年末一番の…

今日はタクシーは捕まんないぞー。

リアル忘年会と年末・X'mas前の浮かれポンチが交錯するからね。

余裕のある人たちの忘年会は12月の上旬、それから余裕のなさとともにどんどん年末に向けて押してくるね。だから、おれたちのような零細企業はタイミングを逸し、タイミングが重なり、いったい何の会かわかんないような忘年会になる。昨日は店のそれ。今日はGUITAR教室/モルモッツ合同のそれ。連続して肝臓に負担かけるとこも「びんぼー」の証拠である。

きのうは久々に早い時間から痛飲。よく飲んだ。

今日はトドムンド名物「お初鍋」で、である。

もう今日のような世間が超盛り上がる場面では家のそばから離れんのが一番。考えるだに恐ろしい。中津から一歩も出ないぞ、と固く心に誓う。

おれはまあ、29日ぐらいまで仕事があるからas usual、まあ普段と変わりなくその後、出勤してる。

まあ学校は終わったけど、塾は普段の子たちと冬季の子、tutorは行かなきゃいかんし、toeicもある。予備校はないが、なんだかスケジュールがモザイク状である。丸っきりヒマだと手持ち無沙汰であるのでこれくらいでちょーどいいのだが、正月は「ツヌガアラシト」の研究にちょっと泊りがけで行ってこようと思っている。

なんのこっちゃわからんと思うけど、いいのいいの。

所謂「高志」という場所なのだが、出雲・筑紫・そして高志である。オオクニヌシのサーキット。そこだけまだおれにとっては未踏の地だったのね。そこへ行く。骨休めも兼ねて。帰ってきたらまたget busyなので。

来たるべき波乱の2016に向けてですね、いつもと同じことしてちゃ、やられちゃうからね。change of paceではじめましょう、と思ってる。おせちもこれでかるーくでよくなった。伊おせちだけでいいかという気になっている。

極論。2020で日本は事実上消滅する。「事実上」。その第一歩が来年てことですね。公務員のみなさまも「中途パンツな貴族」ではいれなくなるよ。上場企業もたいへんね。武器以外はモノ売れんからね。三菱と電通以外どこが「残れる」んだろうね。株価、上がるはおれたちびんぼうにんの将来を資金としてつぎ込む、ファンドがボロ儲け。下がるは実力通りプラスおれたちの将来パア。どちらにしても地獄が待っている。ガンもどんどん発病するだろうね。もうしてるけど、顕在化せざるを得なくなる。これで中国とアメリカの景気が悪くなれば、そしてプーチンがほんとに切れたら、日中の小競り合いどころではなくなる。そのときはThe 3rd world warですね。その際にもう「自動的にアメリカの配下に」従属させられるわけよね。選択できないのね、おれたち。「1984の世界plus世界戦争」という未曾有の地獄が待っている。世界戦になれば、どこかの原発(日本だけとは限らない)にミサイル誤爆で全世界チーンである。

自分の寿命をuntil 2020にセット。そこからはまたその時点で考える。でも、もう生きるに値しない国・世界になってるのは「確か」。それまでに国内の治安もどんどん悪化するよ。気をつけよう。殺伐の中を生きる決意、おれはできてる。











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2015年12月21日

10 days,10 more days

おいおい、あと10日だってよ。

最近の常として「年末感」はそうないが。

それでも、例えば年明けて三賀日が終わったころのあの・ほとんど時間がどう転ぶかもわからんような不安定さ・落ち着きのなさ・足元のふらつき感からすると、どちらにせよ、そのような手持ち無沙汰とはやはり異なり、それはもう何かが起こってしまっているからなのだが、2015おれの中では人生史最悪をまたまた更新し、みんなで崖へ向かいその速度を上げ、その崖は大道具さんによって地面がずっと続くかのようなハリボテの発砲スチロールに遠近法を駆使し、描かれていたのだが、ほら物体との距離が近づくと目線が相対的に「上がる」からその道のリニア度がどうもズレてきて、視界良好の人にはハリボテのところで角度ができてるのがわかるのだが、大方は「浮かれた」ままだから、気づかぬままその発砲スチロールに突入して、崖の下へと落ちていくのだ。遠目に見てると、横からという意味だが、さながらそれは国民全体で行うギャグに見えるだろうし、その動きが緩慢であるところから、必死さも逆に感じられず、要はこの人たちには元から「意思」のようなものはなかったのだな、と判断され、もう5分後には忘れられているだろう。

いい悪いは別にして「今」は355日の蓄積があり、「悪い」に決まってるのだが、それでも今年はいい年だった方もいるわけで、そう決めつけちゃいかんな、いかんけれど、大きな下り坂のちょっとした起伏なんじゃないの・それって、そんな気もするのね。おれは今、他人のことが羨ましいという感情から自由になっているので、ほんとにラクになってるが、嫉妬じたいはもっとも高級な感情だし、そこをスルーできる・は人間としてレヴェル一つ下げた?みたいな気もし、ちょっと複雑ですが、気にならんもんは気にならんのよ。

やることに関して言うなら、もうオノレができることにしか興味がなくなった。3つぐらいしかないが、だはは、でもいいの。リーズナブルな「収束」と呼んでもいいのではないかな。

さて「……前夜」というのはあと10日しかないよ。2016になると空気は変わります。「………真っ只中」。下り階段の次の一段は去年より、今年よりもうひとつ「深く沈む」。降りるのはまあ降りれても今度上がるとなると・どうかなあ、一歩では上がれない。いわゆる崖のような「一段」。

その修羅の場面を、人としてまっとうに生き切りたいと思う年末の一瞬だ。。なにかの仕込み、あと10日間。











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2015年12月20日

一人格分・終了。

舞洲。2015最終ちゃんとしたライヴ。

<S.List>

きみの巻き毛の下で

サンバがサンバであるからには

若い世代

Casa Portoguesa

I'll never fall in love again

折りたたまれた時間

Si vous passez pas la

<intermission>

青のルムバ

Beleza Pura

Day Dream Believer

粋な男

Happy Christmas(War is over)

Ju suis veni tu dire ………

Magamarabares

らくだの夢


いい選曲。

誰もこんだろうと思って油断してたら、ヒゲ&拓坊がきてくれた。

cubeはオケ使うとやっぱり限界感じる。

牡蠣うまかった。10個は食ったと思う。ライヴ前に酒だいぶ飲んでたが、このライヴのために来たよ、と言うおっちゃん、おばちゃんがいて俄然気合が入る。

来年はこの1人のセットで、関西の小さな店を回ろう。バンドはバンドで。本当なら純ちゃんとやりたかった、と言うかやってたけどね。

おれ内ゲリラ活動、みたいなものだなと思う。もっともミニマルな形。最小形でないとできないこともあるんだね。おのれの修行という意味もある。

さて、おれの、というか音楽する者としてのおれですが、その2015は終わってしまった。

2016は「GuerraのAno」である。そこでどうおれの音楽は変容するのか、しないのか?興味がなくもない。

人生は実験。おれもきみもあなたもモルモット。
















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2015年12月17日

追悼vol.2を終えて

今年の4月の純ちゃん最後のGANZでの演奏が残っていて、それを聞きながらsettingをしていたら、「あのスネアの音」にやられて絶望的になってた。

今となっては望むべくもないがもっと鼓膜を痛めて欲しかった。

ないものねだり。

存在の不在を確かめるようにライヴは進行し、なかなかおれにとっては「酷」なことながらもひとつひとつ確認せざるをえず、それは混乱ということでもなく、諦観に近いかな、どちらかというと、その中での「次の」可能性を探すといった習い性をややおのれで疎ましく思った。号泣してしまえばそれでキミは自由になれるじゃないか。またまた何かをうしなうけどさ。そう囁くもう1人の自分もいて、しかし、なかなかオノレのプライドはそれを許さんのね。

そういうことがあるから「生きて行ける」んだな。

諦観と言ったが、その中での「茫然」とする自分もいて、まあ店帰ってからは泣いとったが。

ルーティンの一種かな。

彼の場合、普段そんなに会ってなかったし、リハとライヴだけと言っても過言ではないほどで、だから死んだというよりどこか遠いとこへ行っちゃった、そんな印象なんだね。

死ぬ前日も、死ぬというよりおれの印象というなら「なにか別のものになる過程」。大きな環境がその背景にはある。ちょっと変な話に聞こえるかもしれないが「向こうからこっちが見える」のではないか?そうも思った。変な話でごめんちゃい、だが、まことに。

こちらの世界の相対化とかそんなこと。

変な話ついでに;

昨日、リハ中にこの時期に何故か、蝶々がおれの目の前にひらひらと舞い降りてきた。ん、なんだ?と思いつつも練習不足ゆえ、その後も何もなかったようにリハは続いたのだが、そのあとで、かんのさん(acc.)が
「蝶々降りてきてましたね、北林さんかも」なーんて言うから、「え、見た?」とそんな話になって。その場所ってのがおれの目の前だったから、「うーん」と色々考えたのだった。

目撃者2名。一名ではないところに話の妙味がある。

こういう「見る」のは女性であるよね。

梅雨明け夏のカミを92年富士通カリビアンカーニヴァルのステージ上で見たのも、おれとシーラ。

あんた、おったんかい、なんて気にもなる。そういうことを信じることが「そないファンタジックでもない」気が今日はしてます。

GRAN追悼は年明け1・23です。


それからこの土曜日、舞洲のロッジ舞洲、牡蠣小屋にて「脱国境音楽家=浪速のカエターノ=マルタニカズ」今年やり納めライヴがあります。

牡蠣食いつつ、ワイン飲みつつ、綺麗なイルミネーションをバックに世界音楽を演ります。小一時間。昨日、かわいい女子が「目を瞑って聴いてたら世界のいろんなとこ行けました」なんて嬉しいことを言ってくれてた。おれの名前だしていただいたら入場料は要らんらしいです、just500yenだけどね。

そんなことみたいよ。現実に負けずに生きていきましょう。









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2015年12月15日

純ちゃんFAREWELL

純ちゃんFarewellのチラシがやっとでけた。チラシってえ、おれらの感覚ではチラシ。世ではフライヤーと言うらしい。だはは。

しゃらくさい。

とにかくでけた。

なんかこう言うと誰かが業務をサボタージュしていたかの印象を与えかねんなあ。しかし、それは事実。誰やねん?


おれでした〜。ごめんちゃい。

デザイナーさんは、ウサイン・ボルト級の速さで仕上げてくれた。入稿がダダ遅れやったということね。具合の悪いことに期末テストが終わっても多忙なままで、家を開けることが多く、せっかくクロネコヤマトが三階までこ足労いただいても「おらん」こと多しである。それでまた2日遅れた。

Vol.2は「明日」である。アホやったか、お前は、と言われそうであるが、甘んじて聞き流そう。

Vol.1→2→3とだんだん絡むというか参加者が増えていきます。明日はintermediate。3回目はgrandな。

以前のHOSTLIVEみたいなことね。いつもここには北林さんがいたのだった。彼の死に際、いろんな意味で面倒見てたのは間違いなくおれなので、チラシも(フライヤー)も独断専行で作らしていただいた。

​mad dog Junを「送り」にいろんなかたが来てくれたらうれしい。

出演は「ターボー&muniels」「ザ モルモッツ」「Sentimiento '15」

​生前、散々世話になっておきながら「すっぽんぽん'ズ」は今回もaomiだけの参加。ほんと「人として」どうか、と思う。Frankly speaking。

ま、おもしろくないことは色々あるが、本来の主旨を忘れることなく、おれ、きみらなりの「farewell」をします/しましょう。

では明日。12.16@GANZ toi×3。19:00open/19:30start 2500/2800。
















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2015年12月14日

ちょっと遠出

今回一緒に演るドラマーへのプレゼンテーションに道場というところまで行く。

毎日毎日、意外と遠いとこまでいってるなあ、と自分で思う。だいたい寝てるが。川西から先はまた印象が変わってたなあ。・・・観音なんちゃって。観音・神社・神社となんだか宗教LINEだなあ、宝塚線。動物霊園もその先にはある。

なんと道場は武田尾の先だった。武田尾、P&G時代の泊まりがけ宴会でイノシシ食いに行ったなあ。後輩のキヨミちゃんのマタに手突っ込んで寝てたのを課長に見つかって、いやーあの時の「目」怖かったなあ。キヨミは立教だったなあ。など回想にふけりながら道場に着く。JRが遅れ、前の電車がそれが原因であまりのジャストなタイミングで、乗り継ぎバッチリすぎた。結局梅田から35分で着いてしまった。なんと、、、、!

農業始めておよそ10年の伊丹くんは30年選手のカリーナで迎えに来てくれた。30年選手のアルファロメオはこんなにゼーゼー言いつつも走れるだろうか?んなわけないわけで、いやわからんな75とかたまに見るしな。メンテ次第やなあ。おれには向かない。

はたけ・田んぼ観察会の後、採れたものを天ぷらにしてくれる。持ってきた赤を開け、昼メシ。いやー、旨かったねえ。菊芋ってなんなんでしょう?初めて食べた。

農業の現場は「LABO」だな、という印象を持ったな。種子が勝手な交雑を始めるという、異種間で。およそ人間ですね。動物というか。「一緒」やね。植物も淫乱だったね。で、ヒトと羊では受精はしないししたとしても、そのインランが奏功するときもあるみたいで、それはまあ異人種間よりは遠かったとしても、霊長類の間のヒトとチンパンジーはやっぱり無理だがホモサピエンスvsネアンデルタール人との交配との間ぐらいだと「子世代」が生じることがあるみたい。

おかーさん・かぼちゃ、おとーちゃんズッキーニというのんをいただいた。なぜ、おとーちゃんがかぼちゃでなくズッキーニと言うているのかというのは「印象」です。旨かったけどね。自作の米もいただいた。おいしい。

ほとんど一本空け、もうええ加減にリハしな、な。

ドラムのある部屋。最近のというか都会の住宅事情ではそんなことはまず無理なのだが、隣の部屋にはセットされてた。

一通りやって無事終了。

実は、カーリーの1人もその朝、亡くなったという。かつては敵対とまではいかんけど、まあしのぎを削ってたバンドのメンツがぽろぽろとこぼれていき、生き残った人間たちがまた一緒に音を出す、とかいろいろ「思うところ」あるなあ。

一番わかりやすい成功例で言うならRichard ThompsonとDanny Thompsonみたいな。Fairport と Pentangleね。

まあ、生きてる間にやれることやって楽しめるうちには楽しまないと。演奏とは楽しいものだから。

駅まで送っていただき、無人駅から帰る。ん?ひょっとしてこれ悪用する方いらっしゃるよ。

梅田まで行きグランフロント縦断で歩いて帰る。目の前の光景が変わりすぎで俄かに現実感が乏しい。インターコンチの北側の庭園でタバコ吸って我に帰る努力をする。なんのなんの、済生会の裏道通ったらいつもの「Dirty old town」があったよ。

そのあと予習にかかったが、昼間のワインと音楽が効いたか問題が解けない。アタマわる!おれ。

まあ、即興でなんとかする。あれもこれもうまくいくなんてことは「若者時代の幻想」なのだ。

さて今日は二箇所仕事とバカたちのリハお付き合いである。

みなさまもHave a nice,secure day!









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2015年12月12日

ピンハネ野郎、go to hell!

なんか間違ってる。世の中。

何も生み出さない人間によるピンハネの時代だね。エージェント全盛。50:50ならいいんだけどね。25:75てなんやねん。なんもやっとらんお前らが75てな。おれらは,disposable matterか、replasable matterか。

いやーほんと、貧乏人がそこから脱出できんようにできてる。

とある某業者の搾取のひどさに怒ってた。

政府と産業界はグルだね。あいつらはオノレらが雲の上かどこかにいるつもりなんだよね。で、地上でジタバタする人間たちがジタバタすればするほどピンハネ額が増える仕組みになってるということだった。

いや、参ったし、呆れた。予想はしてたけど、そこまで酷いとは思わなかった。バカやろー。


おれも仕事はするが、ほんとそんなにカネいらない。ここ、「度合い」の問題なのだがね。夜の酒が旨い、そのためだけに仕事しているようなものだが、世の中は加減がほんと、むずかしく、やる気なくなるとすぐ食えなくなるし、なんとか身体もアタマも回してないことには生活も回っていかない。うーん、なんとかうまくいかんものか。


タジンが割れたがまた買って、Moroccan三昧。まだ極端に寒くないからそうでもないがモロカン・鍋・鍋・モロカン'・鍋・モロカン・鍋・鍋・モロカン、、、、、、、、、、、となるはずだ。

冬はそれでいい。それがいい。井の頭五郎ちゃんの口調だが。あの食欲羨ましいけどね。

昨日ホルモン食ってて何かしら「原罪」めいたことを感じた。気のせいかな、と思ったが何かしら感じたあまり深く考えると何も食えなくなりそうな気がして、それ以上は「置いた」が、なんだったのかな?

今年は正月、実家へとは行かないから久しぶりにおせちを作ろうかと思ってるが和風・伊風取り混ぜて。ただ、食材の安全などすこしかんがえてもしまうね。何もかもすべてオノレで、とはいかないから、デパ地下なども利用することとなるのだが、そっち方面でも不安になったとしたら「食うもんないやん」てことにもなるわけ。

考え出すとそれこそ「キリがない」。

ラーメンがヤバいという話はよく聞く。おれは全くと言っていいほど外でラーメンは食べない。揚子江に5年に一回行くぐらい。骨髄をとことん煮るってのがやっぱりヤバいと思うけどね。ストロンチウムの凝縮ね。毎日味見するラーメン屋の大将たち、どんどん死んでいくのではないのかな。

今日もさきほどTVでおれもこないだお邪魔した松島(宮城)の牡蠣をラッシャー板前が美味そうに食ってたが、近すぎない?福島に。そんなこと言うとまた食うもんが減ってくるが。

いろいろもうきびしいことだらけで希望の欠片も見当たらない世の中、ある種階級が固定してるから、そこにいる人間にはこんな「楽勝」な時代もないだろうけどね。ダイナミズム、ゼロ。

それでも、まあおれは「楽しそうに生きてますね」な〜んか言われて「どこが〜」なんて答えてるけど、それはきっとバカ時代の名残をどこかに留めていることと、まだ本質的なとこ、「折れてない」からだと思う。どこかに希望が内蔵されてるのだろう。声にはSENTIMIENTO内蔵してるけど。












posted by 浪速のCAETANO at 11:25| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

#3 モルモット リターンズ

「モルモット リターンズ」


帰ってきたよ          やっぱりムリ

帰ってきました        恥ずかしながら

身の程知らずにも  ほどがありました


入れてください       おれってバカ

お怒りはごもっとも    入れてください

ちょっとした夢を見て    そして魔が差しました


唸り声が    聞こえてます

いろんなことに   敏感になりました

中型のネコが    物陰から見ています


入れてください

ひょっとして留守?

​ひょっとして居留守?

lord,have mercy

諦めかけた時 カチャっとカギの音


アヒーンアヒーン

ちゅーちゅーちゅー

ちゅーちゅーちゅーちゅーちゅー

please say you never loose me

just wanna a little bit

これから死ぬまであなたにとっての忠実なしもべの

なかやまクンニくん。

ぺろん












posted by 浪速のCAETANO at 09:47| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌詞 for ザ モルモッツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

#2 自由のために

「自由のために」

おれは待った  こんなに長く

ああ それなのに

もう一年待てだって

おれは泣いた  こんなに長く

ああ それなのに

もう一年待つのか


きみはもう実験には飽きたって言ってたじゃないか〜
なんか最近は遊び半分というかおれを放置してどっか行く〜
おれたちの平均寿命は5歳だって知ってるの〜?


おれは待った  こんなに長く

ああ それなのに

もう一年  待てだって

おれは泣いたこんなに長く

ああ それなのに もう一年

待つのか〜


こないだ窓から外を眺めていた時〜
でかい猫がスズメを咥えて歩いていた〜
ビビったが、その後に見えた風景がアタマから離れない〜


きみはオンナの勘とでもいうかおれの動きを目で追ってる〜
ほんのすこしの優しさで5時間機嫌のいいロボットみたいなおれだけど
そうしながらきみを安心させながらチャンスを待っている〜

おれは待った  こんなに長く

ああ それなのに もう一年

待てだって〜

おれは泣いた  こんなに長く

ああ  それなのに もう一年

待つのか〜

もう待てない〜

おれは出て行くぞ〜

広い世界へ〜

外の世界へ〜

夢の世界へ〜

自由のために












posted by 浪速のCAETANO at 09:29| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌詞 for ザ モルモッツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

#1 スクイーズ ミー テンダリイ

「squeeze me tenderly」

きみは実験と笑いながら  おれの髭を抜いている

きみは実験と笑いながら おれの髭を抜いている

いいけど

また生えてくる  オトコの性(さが)

剃っても剃っても 生えてくる

アタマは やめて〜


きみは実験と笑いながら 脇腹に爪を立てている

きみは実験と笑いながら 脇腹に爪を立てている

血が滲んでます そこ 古傷でした

血が流れてます

ああ、粘膜はやめて〜


おれ、きみのモルモット

やさしく

抱っこしてえ



きみは実験と笑いながら菜箸でおれをつまんでいる

きみは実験と笑いながら 菜箸でおれをつまんでいる

動かさないで

でもやっぱり動かして

動かした挙句どっかいくのは

やめて〜


おれきみのモルモット

やさしく

抱っこして〜










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2015年12月08日

「先進国」

1941というから74年前になるかな。

真珠湾。オアフ島だね。ワイキキから見たらダイアモンドヘッドの反対側。攻撃「させられた」ね。大陸へ向いていた侵略の意図が大国への挑戦をも併せ持った瞬間。そこは生まれてないから知らない。

1981というから34年前になるね。

john lennonが撃たれた。元の連れ合いのマンションに転がり込んでいた大学5回生のおれは卒論を書いていた。

どちらも「本日」みたいである。

日本の破滅の直接的なキッカケの日。考えるなら「その時」から「軍産複合体」へのリアルな貢献してたわけね。お得意さん。「まいど!」ね。

p・k・Dick「高い城の男」にはそのことは触れられてなかったと記憶する。村上龍「五分後の世界」もだが、「if Japan had not been beated,,,,,,,,」な仮定法過去完了小説ね。右翼の人たち〜、読んでますか?必読だと思うけどね。

あべちゃんの頭の中「SF」やな。followerのみなさまも。

同じSFでもJOHNの方は、天国も国家も宗教もない方のないないづくしのSF。こっちは「アホか」とすぐ言われるタイプ。現実ってな、としたり顔で説教されるタイプ。

SF度でいうなら、さほど変わらんよ。おれの意見ね。

世界はSFを孕んで大きくなってきた。SFはだからその一部に含まれてる。不可思議なこと、多し、である。アメリカはその不可思議を「実はね」と後で公表する。日本はそれしないことを法律で決めちゃった。2年前のことである。漏らした公務員、懲役刑。

imagine there's no country.

想像の自由、はかろうじて残されてるような気がする。ただ、口に出すとどうなんだろう?おれたちは幸徳秋水や大杉栄になるのだろうか?貴女は伊藤野枝になるのだろうか?

わからない。

わからないが、JOHNのSFはバカにされ、お花畑呼ばわりされながらもあべちゃんのSFはどんどんリアライズされていってるのはいかがなものか?

偏るね。時計回りの永久運動って「や〜ね」。

次の、か次の次のそっちからのSFはもう決定したね。国内におけるテロですね。今FRANCEで起こってることは今後の国家主義の進む方向を明確に示した。テロ、で国家がモンストロウザ、これであるね。FNの勝利で決定的。ルペンはメルケルの最大の脅威になるだろう。南沙諸島と絡めるか単独か、そしてその順序とかはもっと「アタマのいい」ヤツがもう考えてるだろう

しかし待てよ、と思う。

テロの発明国である我が国に於きましては、テロは起こっとらんにもかかわらず「すでに」FRANCEそっち方面の方々が「苦労して・100人以上が死んでやっと」ゲットした状況が「すでに」ここにありましたね。

すすんでる〜。cool Japan、ひゅ〜ひゅ〜!








posted by 浪速のCAETANO at 10:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月07日

午前6時にとっちらかり、、

昨日、もう一昨日になるがセクシーOLのTOEICの授業の前後、西区、西区でも江戸堀の海に近い方と福島区の新なにわ筋界隈をうろうろしていた。

ちょっと模試っていうか「75分一本勝負」1回やっとこうか、と提案したらセクシーOLが乗ってきたから、じゃ、来週ね、ということになってたのだった。リスニングが60分、リーディングが75分てことになってるのね。100問ある。

普段は一切予習なんて「するかー!」なのだが、こと100問ともなると、しかも授業は90分で、彼女が解いたハナから採点するという自転車操業しか無理だったから、おれもその直前にその100問解こうと思ったわけだった。

で、家にいると昼酒の誘惑に負けそうだった。期末テストど真ん中で、出張サーヴィスもしないと食ってけないのであっちこっち行くのだが、その分刻みのばたばたにちょっとカンマをいれるのは土曜しかないな、と思い、もう明日は来ないように、とjkチームには言っておいたのだ。

その分、日曜が重いが、ま、おれも学校の予習してるから一緒にべんきょうしよっかー、とそんな感じで。学校は理系の数学・物理・化学なので、ここ、さすがに予習必要。

で、土曜のこと。カフェーでも喫茶店でもいいんだけどゆっくりそれができる場を探してた。思いついて某うまいギタリストの教室のビルの下のカフェへと行く。散々家でマンデリンを飲んでたからカフェオレをお供に100問にかかる。ブラウンシュガーの砂糖の塊が付いてきてた。

西区はいいと思う。以前、中津にいろんなヤツが逃げてきてた・隠れに来てた、おれもその1人だけど、それが土人の棲家、がバレてみなさん西区へと移っていってる。その気持ち、よーわかる。今、中津はそういったかつてのセンシティヴな人間ではなくグランフロント等の存在からの金の匂いを根拠にした唾つけの街となっている。別にTodo O Mundoはどっちでもいいけど。関係ないので。おれが常駐してるのはTodo O Mundoだけ、なので。

で、無事授業も終わりまして、そこから飲んでもよかったのだけど、その前に食った天丼が、もう今日はアンタ食えんよ、とのコノテーションだったから、素直に店帰ろうと思いさかもっちゃんのスタジオらへんの路を北上してた。ら、自販機に行列が出来てる現場に遭遇。なんで、また?

最近行った駒川中野や2ビルには50円自販機ってのは見た。しかしそこのは10円だった。じゅうえん!

おれは酒井くにお・とおる師匠が好きで、その中でもねえ、もう最近はあまりにも少額すぎて「なんの意味が?」みたいなことになってるから言わないが「とおるっちゃん、10えんちょうだい!」これが歴代1位だと思ってるオトコであるから、しかし、10円の、あまりにもその存在感のなさゆえ酒井くにお師匠も「こら、ちゃうな・もう」という判断の下、封印されておられると思うのだが、その10円自販機が現実にありますよ、師匠、と言いに行きたいぐらいである。

この、ど貧困の時代である。クソ資本主義のdead endのもう身動き取れん時代なのである。いくらデフレとは言え1/10には物価は下がらんのね。で、アホノミクスでよ、物価上げようとしてるわけよ。給料上がらんのによ。クソ公務員とそれに準ずるものプラス一流企業のみなさまどもは上がるみたいだけど。

二極化。もう言い古されたもの言いながら。二極化。だけどよく考えてみろよ、落ちていった人の絶対数の方が「断然」多いんだぜ。そっちにCOMPASSION持つのが「人の道」だとおれは思うが。このクソ新自由主義者たちめ。

平等を「志向する」ことと分配を「実行する」こと、これだけですよ、「人の道」とは。

江が、加川良のライヴに行ったと呟いてたことからおれも連想の循環が始まって「下宿屋」の彼って高田渡先生よな、とかだけど、実質世の中は「あの時代の」貧しさに回帰してきてるな。おれも、カフェオレと共に出てきたブラウンシュガーの塊を齧ってたりしたから余計に繋がったのかも知らんな。

モノは増え、気を紛らすitemだけは充実し、だが意識が戻っていく場所はおれの感じでは家賃12000円の風呂なしトイレ共同の四畳半のアパートかも。70年代末の、照明は暗かったが光に溢れた時代。肺もよう破れとったが。

ウンコな音楽が最少の時代。

























posted by 浪速のCAETANO at 06:13| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月05日

マーク スチュアートは今一体何を思う、、、

昨日は寒かったな。10度切るとクル。ヒートテック的インナーをもひとつ買いに行く。そして割れてしまったタジン鍋の新しいのを探しに天神橋筋・駒川中野両商店街をうろうろ。

結局、ネットで買う。適当なものがなかった。

昨日は店で右翼チームと。右翼チームだって、だはは。

期末テスト、ターン。あと一週間。来週はリハと「The Pop Group 」。

PUNK/new waveシーンの破壊のあとでpost PUNKとして登場した同い年ぐらいのやつらが時を経て、どーなって、どんなことを今やってるのか、興味がある。おれたちA Decade-IN FAKEもpost PUNKだしね、世に出た時は。

post PUNKというと、おれは上記 ポップ グループ、DEVO、Kraus Nomiなんかを思い浮かべるが、それはリアルタイムの人間としての印象かと思う。ちょっと世代が下がれば、ピストルズなんかと一緒くたにされてしまうかもしれないな、と危惧したり。

そこ、一線を画す。

PUNKは音楽的に「おもしろくない」。日本のバンドが容易にそれをカッコだけ真似できたってのがその証明である。

New Waveと言われる人たちの中には面白いサウンドがあった。今でもIanDury & Blockheadsはかっこいいと思うし、Graham ParkerのバックのThe Rumourなんて最高だ。ブリンズレイ・シュワルツね。アメリカ50・60・70年代サウンドの80年代British版再構成という感じです。Pub Rockがもともとそうだったからね。

だから、「彼らの今」などをまあREUNIONなどでyoutube等で発見して見たりするが、がっかりすること多し。やり続けてないとヘタになる。かつての輝きは見事に失われていたりする。楽器の人はなかなかむずかしいものがある。

Rockはアメリカの「民族音楽」。ルーツがありそでうっふん、なさそで、、、といった。MIXTUREだったわけでね、既に。そこから変な「純化」のヴェクトルと更なるMIXTUREのヴェクトル、それはわかりやすさとわかりにくさとなって体現されるが、そんな退行なのか進化なのかよくわからん変容を遂げていく。こけおどし、それは主に前者の音楽の形容としておれはよく使うが、そんなガワだけいっちょまえなコンサート形態の発展、機器の発展によってなんか子供のオモチャになってしまった。オトナのオモチャならまだ使いでもあるがね。

バカが「騒ぎに」行きだしてから、そっちは見事におもんなくなった。ダサいのが親指2本立ててみたいなことだ。それと前後しておれも「死んだらええねん」を頻発するようになったかな。

「死んだらええねん」

おれの場合は非アメリカ音楽に救われたが、それはよくよく考えてみるならDAVID BYRNEやおれとかがのめり込む前の時代にそっちに手を出してる人たちもいたのね。RYや10CC、Bowieも分かりにくいがそう。有名ではないけれどTEXASの盟友BRAVE COMBOとか。

また別の流れで、SPIRITだけはPUNKのMarc Ribotなんてギタリストもいるし。Latin Playboysのアプローチなんかもいいねえ。壊して再構築。そこ、大事。

PUNKは単なるSPIRIT。それ以上でもそれ以下でもない。そしてもうひとつ付け加えるなら「ヘタでもアイデアがあれば面白いことができる」ということね。Young Marble Giantsなんて面白かったもんねえ。

PUNKのSPIRITは「実家」みたいなもの。自由を思い出すための。実際の実家からは「帰ってくんな」と言われちゃいるが、だはは。

だからPublic Image Limitedが来ても食指は動かんがThe Pop Groupなら、と思う。post PUNKの時代が音楽は「最後の」もっとも自由だった時ね。

今、ところで、おれはとっても自由だけどね。みんなアタマ硬いわ。



















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2015年12月04日

純ちゃん追悼の、、、

立花隆氏がクローズアップ現代で「メクラ」といって国谷さんが番組の最後に「ごめんちゃい」したそうだが、そもそもメクラの人はTVなんか見んやろ、は暴言や否や。

息苦しさの第一歩はそんなとこから始まったんだったなあ、と振り返る。自主規制の「古典」ね。

思わず使うのと悪意を持って使う、の違いを識別すんの、簡単だがむずかしい。ひとつひとつの事象ならかんたんだがそれを網羅するとなると、まずめんどくさい。で、十把一絡げにならざるを得んというのはわからんでもない。わからんでもないが、自分だけは許してほしいなあ、そんなつもりじゃないのよ、と、これは甘えか?

「より安全な方」に枠を広げとくのは保険だけど、それ、アメリカの訴訟社会のめんどくささ直輸入でそうなったと思うのね。どちらが豊かなのか考えた方がいいと思うがもう「手遅れ」。手遅れだらけ。

放送じゃなけりゃヘイトスピーチ、警察も黙認ね。よくわからんね。


試験はまだ続くがそろそろライヴの準備。北林くんの追悼ね。

昨日のblogにザーッとしたことはあげました。まだ年明けの分は不確定要素多いからアレだけど、月命日追悼の分は、Sentimiento'15にかつてのライヴァル・バンド、カーリー・ショッケールの伊丹くんに参加してもらうことにした。おれはそんなつもりサラサラなかったのだけど、お互いにカリブ音楽・アフリカ音楽をモチーフにした楽曲・演奏のメインストリームから逸脱したバンドだったから、A Decade-IN FAKE,、Sonna Banana時代に対バン組まれた。とくに@Fandangoね。

メインストリームって何?知能の低い人用の音楽、とおれは捉えてた。その証明は今の状況が証明してるかな、どーかな。ま、済んだことは水に流そう。

今回のメンツはその伊丹くん(dr.)坂本卓也くん(vl.)かんのとしこくん(acc.)
李ヨンウンくん(b.)とおれです。みなさんの能力を最大限引き出す様なアレンジにしたいね、と思ってる。

ザ モルモッツとターボー&muniels、すっぽんぽん'ズaomiそして浪速のカエターノというラインナップ。トドムンドチームによるハウス追悼、そんな様子だね。

同じ曲でも、1.23とまた違うアレンジをしようと思ってる。北林純と言えばちんば「片目でちんばのせむしおんな」と国谷さんにカメラ前で土下座させそうなタイトルの曲、あるけど、それをインストでやろうと思ってる。どちらのライヴも。メンツが微妙に異なるからそういうの、面白いと思うね。知能低いとよくわからんね。それしょうがないね。でもやってる側が楽しいからいいのね。

未だ「もがり」から出ていない、という意識がある。身体が納得してないというか。だからこれらはオノレを現実に連れ戻すためには必要なイヴェント。それも緩やかに引き戻すということかな。まあもう生きててもいいことってそんなにあるとは思えないが、スポット的に楽しいことはやってかんとあかんわけで、それも技量が要ることなら余計に。

みなさん、純ちゃんの葬式あるいはお通夜に来てくれたメンツばかりでまあ意思統一も今回はOK。おだやかに、しかし狂気もちらほら垣間見える、そんなギグにしたいね。北林純だからね。










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2015年12月03日

adieux

Adieux, "mad dog JUN" <狂気の天才ドラマー・北林純を送る夜>

Vol.2
date: 12.16(wed.) 19:00open/19:30start
venue: GANZ toi×3
senders-off(casts):  Sentimiento'15・ザ モルモッツ・ターボー&muniels・すっぽんぽん'ズaomi・マルタニカズ
adv/dor  \2500/2800(w/o drink)

Vol.3
date: 1.23(sat.) 18:00open/18:30start
venue: GANZ toi×3
senders-off(casts): カオリーニョ藤原・キング堀内・ヰモリ・Sentimiento'16・すっぽんぽん'ズaomi・Convenience Store COWBOYS・マルタニカズ & others
adv/dor  \2800/3000(w/o drink)

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2015年12月02日

電車では寝たふり

駒川中野で買ってきたスペアリブをマーマレードとワインとバルサミコで、圧力釜を使って煮込む。

速い。

もう昼間から飲んじゃおっか、など思う。飲んだかどうかは置いといて。期末テスト、長いぜ。先月の20日から始まったのに今月の10日にならないと終わらない。嫌がらせか。

こちらは終わんの、遅い。遅漏。

早い遅いは時と場合であるな。

この時期はまーまーおれとしては時間に追われあちこち行ったり来たりしてるのだがもう電車(・地下鉄だが)では必ず「目を瞑る」。寝てるのではないの。「個に浸る」のだ。かつて「大衆の中の孤独」とはあんまり良くない意味で使われてたと思う。繋がりたいのに繋がれない、そんなことだった。

事態は変容してしまったのよね。変容して以後、かなりの時間が過ぎたということね。PCやモバイルがそこに貢献してるのは間違いない。

今、おじさんが「かわいいね」とBABYのアタマを撫でようとすると犯罪者扱いされる時代なのだからね。お互いがお互いにとって不審者なんだからしょうがないわけね。

おれのその行為は主に「アレンジ」を考える作業に使われているが、そうやって音楽から「遠く離れた」を時に音楽が「湧いてくる」それもリアルに。イアフォン男にはだからならないし、そういう何かの刺激を受けた挙句の個への耽溺は自分はしない。

いろいろバンドをやってきたし、やってもいるが、他人と共に音を出すことの良さは良さであってよく、ただ、アート自体がこれだけ個人に近づいた時代、1人ならではの音楽形態もあっていい。純ちゃんの第二回月命日追悼の数日後に、ロッジ舞洲での「ちょっとした営業」があり、そこ目指して、そういうことの「発展」したものをやりたいと思ってる。ひとりの気楽さとバンドとはスウィングの両極なので。行ったり来たり、がいいのね。

AWAY上等ね。同じ曲もマルタニカズ'ズによればこうなったみたいなことね。演奏、好きだからね。時に歌ってるのは辛いことがあるが、演奏はいつでもオッケーよん。ん、それ身体使うのしんどいだけか?老化の兆候かもしらんですね。まあ、それでもよし、かな。







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2015年12月01日

師走だな

おー、師走であるね。Bom dia,nao e?

ある程度の寒さ経験の後ではマイルドに感じる。

戦後最悪の2016まであと一ヶ月となりました。覚悟はいい?


パリのアーティストの「アビ・シンゾー」の頭に原発のポスターが語りかけるもの;

ひどい事故を起こしたにもかかわらず原発を輸出するその倫理観のなさ、甲状腺がんの増加にほうっかむり、被曝データをアメリカに渡すため「敢えて」やらない復興。

知らぬは日本人だけであって、日本人だけがそれを恣意的に忘れてる。

そんな風に見えるだろうな、そんな感想を持つ。世界は日本人のようにバカばっかりではないのだ。artistとは「かくあるべき」で、何もかもに「御用だ、御用だあ」な枕詞のつく日本人とは意味が違う、その存在の意味が。

御用学者、御用アーティスト、顔が卑しい。人はそんなに厚顔無恥にはなれないのであって「恥」が顔に現れている。じっくり観察してみましょう。ほんとは「おどおど」している。痛いところを突かれて「声が大きくなる」ってイコール「図星」ってことね。お天道様はちゃんと見ている。太陽信仰は世界の主流ではないがでもこれ「理にかなってるね」。太陽系の第3惑星の住人だし、そのエネルギーはすべて太陽由来。無理矢理人の形に似せた「神」などという概念を作らずとも、ほら信仰の対象はありましたよ。そんなこというと「そーなんですよ、川崎さん、で、我が国の天照大御神がね、、」そっちもっていきたい右の方いらっしゃるかと思うが、じゃ、「なんで持統の後の、明治の前までなんで天皇、伊勢行ってないの?」と挑発しておくね。

川崎敬三さん、お亡くなりになられましたね。昔の俳優って「ハンサム」「美人」という形容があまりにピッタリで、さらに言うなら、ブサイクな司会者だって「わたしですいません」といった控えめな精神が垣間見える。今のバカ芸人がちょっと売れたからって前面に醸し出す「エラそう感」もないですね。日本人、品があったんだね。その幻想を来日する外人たちは見てるのだろうね。

うちのjkのひとりがこないだ小栗旬が中津駅に来てた、と騒いでおったが、そういえばそのロケハンチームが一ヶ月ほど前、店に来てたなあと。結構メジャーな映画みたいだった。うちのお一人様だけが小栗旬小栗旬と騒いでいたが、当然小栗旬に興味のない他の2jk'sの視線は「醒めた」ものだったけど。

いろんなものが劣化してるね。ちょっとしたものが「わんさか」いた方が「儲かる」ということだろう。ダイヴァーシティに対応してるのよ、と言われればそうかも、と思うが。

しらんがな。


師走である。おれも「べつにたいしたことない師としてばたばた」している。











posted by 浪速のCAETANO at 10:11| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする