2016年06月30日

聖徳は消えてるけど

夕暮れの空からの光線が、ビルに跳ね返って、ビルが赤みを帯びていい感じだ。「一見」平和に思える。天気はやっと回復みたいね。

期末テスト。中坊に因数分解教えながら、JKに飛鳥〜奈良の「専門分野」を。歴史の裏話。なんで、天智が自分の娘を何人も天武に嫁がせたのか、とか。なんで天武がその称号がそこにしかでてこない「大皇弟」なのか、とか。簡単なとこでは白村江の戦いでボロ負けしたはずの「日本国」が直後になんで論功行賞をおこなえるのか、とか。余裕のあるJKだから、お勉強とは別の話として面白がってる。おれもちょびっとだけ調子乗って、さらにディープな話を。

高校の日本史の先生、若干気の毒である。理屈に合わないことだらけで、澄んだ目をしたキュートなJK(まだ存在していたとするなら)からたとえば上記の質問をされたらどう答えるだろうか?興味深い。

天武は大海人皇子と言う。この大海人(アマ)が大変大きなキーワードなのね。天皇は「名字がない」ことになってる。平成天皇はアキヒトくん、「希望します」の昭和天皇はヒロヒトくんである。

リアル天皇家には名字有り。

天=海人=アマです。

天武は、だから、大変高貴な出、であるということがわかる。どこの人かは想像してみて。

京都の某神社。

天武系天皇を排除して天智系天皇だけを祀っている。天武系を外さなければならない「理由」あったんだね。その「血」はその後の「天皇家」にとって忌々しいものだった。天武の息子、長屋王(正しくは長屋親王)も藤原に排除される。親王というのは皇太子ね。おとーちゃんは高市皇子。つまり高市天皇。じゃないってことになってるけど。都合悪いね。藤原には。そしてその「高貴な血」はどうしても許せないのね。

8世紀は女帝の時代。持統にはじまり元明、元正、そして称徳(孝謙)と文武、聖武を挟んで四人いる。この「事後処理」の100年間、なんの後処理かというと「白村江」の後処理なんだけどね、ここ興味深い。藤原氏の世というには、その目論見の割に彼らも何度もピンチを迎える。四兄弟が次々に天然痘で死んだり、恵美押勝が称徳に敗れたり。

広嗣がなぜ「太宰府」で挙兵したのか、とか。日本書紀の記述だけでは因果関係が全然わからないことだらけである。

京都に遷都してからですね。「今」との繋がりはそこからはだいぶ見えてくる。貴族化も進む。しかし、そこまではドタバタである。8世紀末までは。どう転んだかわからない。

もうさすがに聖徳太子は「出てこない」みたい。ただ、厩戸皇子がその役割を担ってるって。バカですね。息子の山背兄皇子一族の、蘇我入鹿による惨殺。九州の皇族の実話の言い換えだね。父の用明も架空です。

この時代、6世紀末から7世紀にこちらに天皇はいないです。残念ながら。だれが近畿を仕切ってたかというと蘇我氏ね。蘇我氏って突然登場するよねどこかから送り込まれた監視人だからね。ただ、それがこちらの人々にとってはカチンとくるわけよね。で乙已のクーデターで蘇我氏を全滅させる。憎さ100倍。蘇我氏を悪党化する。馬子、蝦夷、入鹿という仮名のおかげで本名さえわからない。入鹿のみ蘇我鞍作太郎とかろうじてそれらしき名がわかる程度だ。

しかし、聖徳太子の「創出」はなかなかすごい。隋書倭国伝により、ウソはチョンバレながら、なかなか良くできてる。まるでその後の(含む今)お人好しの日本人の心性にぴったりなストーリーである。架空の人物を創出しておいて、その子の一族もすべて絶滅させる。だからその血を引いた子孫はどこ探しても、いない。完全犯罪。

憲法改悪されたら聖徳太子復活するのではないかな。












posted by 浪速のCAETANO at 20:53| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 古代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月29日

雨。九州は豪雨。

雨。

九州に掛かってる梅雨前線で豪雨みたいなので、母親にTEL。崖崩れて、家浮いた映像があったし、よそのうちだが。

斜面にへばりつくように家が建ってるのが長崎、とくに市内である。稲佐山からの夜景はその家々の明かりが貢献しているわけである。

アレヨアレヨという間に、親父が要介護になってしまった。今後の身の振り方ちょっと考えてしまう。そういうのって突然やってくるからさ。

幸か不幸かうちは親が相対的に若かったから、こういうことも先延ばしされ、結局こちらの元気も無くなってきつつあるフェイズにそういうことが起こってくる。少しずつ覚悟だけはしておこう。

いつも思うのは、いつこちらの国が不全になるのか、ということだ。不全というなら今だって十分「不全」ではあるが、本格的に立ちいかなくなるのはいつか、と考えるわけ。

いや、まだ全然大丈夫だよ、とはおそらくどなたも思ってないのね。或る日突然、そんな日はやってくるのだろうが、そのカタチはハイパーインフレなのか戦争なのか、それともその両方なのか。あるいはanother power plant チーンか、南海トラフか、それともその両方か。あるいはあるいはその組み合わせ、もしくは、そこ、連鎖してしまうのか。一つ事が起これば連鎖も十分現実味を増してくる。

どちらにせよ、その不安を抱えながら生きているわけね。おれはこちらの国の寿命とオノレの寿命をかつては重ね合わせていたが、どうもそこまではモタないと思って、親の寿命の方にreviseした。現実はsometime in betweenということだろうが。まあそのぅ、どう楽観的に見積もってもそんなもん。ほとんどの方の同意得れるのではないかな。

オノレの「見たいように物事を見る」のはあかんよ。与党に投票するのって、現状がドラスティックに変わることが嫌で、要は癌のように終わりに近づきたいのだろうけれど、どうだろうな、意外にドラスティックはそっちの方で展開するのではないかな?

ここ10数年でものすごく生き辛くなった。しょうがないね。新自由主義のターゲットになっちゃったからね。おれたちの「一部」が。そういう感覚にも乏しい人々も多いだろうね。先進国の国民である、という呪縛が膜になってるからね。過去の記憶って大きいです。あの時代がまた来る、何かを信じてたら、そういうことかな。来ないんだけどね。来るわけがないのね。それぐらい新自由主義とは、あとはペンペン草しか生えないぐらいの徹底です。根こそぎ。

資本主義自体が、まだぼーっとしてる人たちから何かを掠め取るシステムであることを思えば、今一番ぼーっとしてるのはおれたちではないのかな。掠め取る側にいた「いい時代の幻想」見ながら/見せさせられながら、実は収奪されつつある、ということだから。おめでたい話。出来るだけモノを考えず、この国はこんなに世界に誇れるものがあって、すげえすげえ、と言ってるおれたちはいわゆる「アホ」ですね。

郵貯のときに気づいても良かったんだよね。ほんとにケーハクだったなあ。東日本の時でさえ、気づかなかったとすれば(気付きかけたが忘れたか?)もう実質「終わってる」。実質終わってるのだが、名目終わるのはいつですか?というのが喫緊の課題なのね。

終わっても人は残る。その時に自然(山、川、海)が残っていればいいのだけど。汚染は半永久的に残る。おれたちは突然変異ムタンチスになるのだろうか?

前々から言っているようにもし五輪が開催できたとして、その後のvisionがまったく見えないのね。惚けたような一億人がそこにはいるような気がしてしょうがない。オリンピックなど、おれはほんとにどうでもいいんですが、そこで今のバブルが終わるでしょう。マネーとモノがそこで向き合ったらほんとに怖いことが起こる。少々の小金持ちでも吹っ飛ぶぐらいのハイパーインフレになるよね。もうバブルがちょいちょい起こってくれんことには困るという、皮肉なことになる。バブルはジャブジャブのお金の「避難地」の役割を果たす。緩衝材ね。

移住などということも一つの選択肢かも知れないね。けっこう真面目な話だけどね。留学生たちとは仲良くしておこう。

でもね、これからどう生きていくかってほんとにむずかしいですね。環境はどんどん変わるのに人はそう簡単には変わらん(変われん)からさ。

でもあんまり時間てないのね。ちょっと立ち尽くす。その間も時間は非情にも進んでいく。














posted by 浪速のCAETANO at 16:33| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月28日

イースランドやったな!

こういうことが起こるから、たまらんのよな。

イースランド勝っちゃったよ、イングランドに。

逆転勝ち。

今回のEuro、ほんとにエラい時に開催されてるのだが、その動揺というか激動の始まりを指くわえて皆さん見てる、見ざるをえない、そんなことがピッチ上にも投影されてるよね。これは偶然だろうか?ヨーロッパがヨーロッパ(少なくとも以前の)ではなくなりつつある、これはまあ当たり前っちゃ当たり前だが、お馴染みの風景がガラッと変わるのを見ていると、音楽でいうところの「マスターとスレイヴ」そのsincのリアルタイム度に例えて驚いている。

示唆的だと思うが。Englandは今やるせないだろうな。漂い始めたおれ/あたしたち、そんな感情を今、この瞬間共有してるんじゃないか、そう思う。

マージナル・カントリーに期待する、と言ったが、それはUK4カ国が全て本戦に、そしてアイルランドも出る、そんなことはヨーロッパ選手権では、ラグビーならともかくサッカーでは「ありえなかった」話なのであって、本戦の始まり、つまり予選の終わり、その瞬間からヨーロッパの人々には予見的だっただろうと思う。おれなどはそこんとこ、最近急激に学んだので余計に衝撃度大きいが、現地の人々にすれば何かが(サッカーの世界はシンボリックだから)動き出す、そういうPHASEにもうはいってしまったのだ、とはコンセンサスだったのだろう。

マージナルの逆襲が始まった、とはあまりに象徴的すぎて状況にハマりすぎて怖いぐらいの印象だね。

EUとユーロとEuro、紛らわしいね。順にヨーロッパ連合、共通通貨、ヨーロッパ選手権のことです。

ゲームはさっき終わったところ。England国内、荒れるのではないか。

ベスト8が出揃ったわけだが、新味あるねえ。スペインはまたトンネルに入ったね。あの画期的なサッカーの後は難しい。バルサがメッシ(アルゼンチン)、スアレス(ウルグアイ)、ネイマール(ブラジル)の3トップに象徴されるように、national teamとの乖離は否めない。

今残ってるいわゆるサッカー大国(ドイツ、イタリア、まあフランスも)にさほど突出したものがないから、そしてグループ・リーグで苦しんだチームがノックダウン・トーナメントぐらいにピークが合うことが多いことを考えると本命はドイツだが、こっちのヤマ、つまり、ポルトガル、ポーランド、ウェールズ、ベルギーの4カ国にチャンスありだね。ここでの勝ち残りがファイナルでドイツとやって、でどうか。こちらはそこそこ強いが大きな大会でのファイナリストはポルトガルしかいない。だがウェールズにはベイルがいる。ベルギーはつい最近までFIFAランキング「1位!」である。

あれは2004だったかな。ポルトガル大会での、もう、まさにここで地元ポルトガルの優勝しかありえない。フィーゴ、ルイ-コスタ、デコ、クリスチアーノ-ロナウド、この最強の新旧ミクスチュア、奇跡のようなタイミングで、ギリシアに最初と最後2回負けて、優勝できなかった。そんなことが起こるのがサッカーだから。

今回も、とは言え、ポルトガルには遊びの要素、あるね。見てて楽しい。こっちのヤマの sami-final、その前のウェールズvsベルギーもだが、そこの勝者と、おそらくポーランドに勝つであろうポルトガルとのゲーム。楽しみだ。

クールなつもりでも、そして別にそう装ってるわけでもないのだが、じわじわ来てる。フチボウ。Euro。










posted by 浪速のCAETANO at 07:23| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

おお、フォードくん

昨日言ってたことを実際にやったエラい(というかcleverな)社長おったね。20世紀のアメリカに。

その名はFordくん。T型FORDで大衆車というセグメントを開拓したパイオニアだけど。

「うちの社員の給料を上げてもっと生活に余裕を持たせたら「T型FORD」売れるのでは」そう思った。そこがcleverと言ってる根拠なんだけど。

当時はクルマは贅沢品。そこへ大衆車で殴り込みをかけるわけだから、「そう考えたのは整合性ありまくる」わけよね。

まあおれたちの知能ってうん万年前から「変わってないから」。今の方が偉そうに見えるのもテクノロジーの蓄積の上におれたちが立っているといったアドヴァンテージがあるというただその一点によるだけのこと。

そのT型FORDに憧れたのがアンドレ・シトロエンね。なかなかそこらはウルっとくる話でもあるのよ。大衆化の走りの時代はいいですね。なんのジャンルでも。ダイナミズム内蔵してて。

経済はボトムアップ。Podemosもちょびっとだけ「伸びた」みたいね。ほんまにどエラいタイミングでEuro開催されてる。おれがアホなのか(なのだろう)、コパも同じタイミングでやってたのね。いや、一年ずれてたやんかー前は。なんやそれ。別の年にあるから、両方落ち着いて見れたのに。今回、放送やってる?コパよ。W杯の翌年だったくせに、バカ!

ただ、チリがアルヘンティーナを破ってコパ、ゲットしたみたい。そこは、ええぞええぞ、なのだが。おそらくEuroはドイツだと思うがインターコンチで最終決勝やってよ。チリはええよ。強くておもしろい。見てて燃えるの必至。

ベイルvsC ロナウドじゃなかったね。ごめんちゃい。先で当たればいいな。無理かな。

Q・finalではWales vs Belgie、面白そうね。Germany vs Italy or Spainという黄金カードもええが。新味にちょい欠ける。今回は目新しい戦術というのも特になく、どの国も体張ってがむしゃらというのがいい。そんななかでのポルトガルのあのワンタッチでのボール廻し。やっぱり、アート。意外に好感持ってる。ロナウドひとりのチームじゃない。そこですが。

ソファで寝すぎて首痛い。







posted by 浪速のCAETANO at 19:05| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月26日

マツムラさん(仮名)

今回のEuroは6 NATIONSのようで、ベスト16の初戦はWales vs North Ireland。結果は北アイルランドのオウンゴールにより、Walesの勝ち。Wales のベイルがまだ見れる。次はクリスチアーノ・ロナウドのポルトガル戦だ。

レアル マドリーのスターを擁する2チームの対決。楽しみだ。ジダンも注目しているに違いない。

Euroはえらい時に当たった。

より大きな観点における(EU)民主主義と一国内の民主主義の対立という気がせんでもない。利害が動機になって民主主義がツールにされるようなそんな気がせんでもない。

極右政党が「民主主義」という言葉を多用してるよね。気になるね。 多数決のHarshさ。民主主義のグズグズ度を解消するためのイラチな手法かも知らんね。多数決に至るまで、多数決をせずに何かを解消する、多数派は多数決をとらないまでも十分わかってるわけで、そこで少数派の意見も取り入れ、多数決に至るまでになんとかする。これこそが民主主義の「真骨頂」ではないのか?

なんか、下ごしらえ、裏工作、腹芸、あまり一見いい言葉が並ばんが、でも、そこにあるものは「対話」。対話の対極というか対話不全の挙句が「多数決」なのではないのかな。対話が対話にならない時代背景もあるけどね。みんな「硬直」してて。ストレッチいるね。精神のストレッチ。そのためにはみなさんちゃんと生きれてないとあかん訳で、となると仕事の問題にまた戻ってきた。これもLOOP。

ふう。

人の余裕のなさが状況を生み出し、そこがまた人の余裕をなくしている。「ええい、うるさい」という言葉は、閉塞の解消に有効(な気がする)。

世界で起こってることですね。

おれの家の下のコンビニ。店主、店員含めて10人以上、それも老若男女いるのだが、愛想ということでいうなら、おれはまあまあだと思うのだけど、中には年齢認証の画面タッチをわしにやらせたから「2度といかん」というてる中津のクソオヤジもいるが、その店員の中でも「マツムラさん(仮名)」という夕方担当の女子がおりまして、彼女のニッコリで救われている客がうちの店にも何人かいる。本来の性格とかはどうでもいいのだが、彼女なんかの仕事は、時給5000円クラスだな、と思うもんね。いやー、天使的な仕事されてる方いるんですよ。なんの話をしているかというとLOOPになっていて遠心力と求心力が釣りあってしまえばもうそこから逃れられんでしょ。誰かがどこかで楔を打ち込まないと。それはさやっぱりお金持ってる側、というか資本側というか、イニシエイトするのはそっちしかないわけよ。

マツムラさんは特別としても、すべてのバイトの給料を倍にする(マツムラさんだけ5倍)なんて英断できんかね。底辺が潤えば必ず経済は回る。bottomから上げるのがいいね、とbottom of 中津の店主は思うのだ。以前の曽根崎トドムンド、女子10人超の店だったけど、20年前ですが、高校出たてのなんの経験もないシェフに(彼女の実力はすぐに開花し周囲をうならせるのだが)、まだ店の知名度も売り上げも確定してない時に22万。バイトの女子たちには一律時給1000円、酒飲みたけりゃどーぞ、まかない豪華、売り上げ10万超えたら大入り袋、そんな制度?でやってた。「イエスの方舟」みたいな気もしてたけど。

まあ人はいろんなものに「慣れてしまう」けれど、でも「いい思い」を現場で働く人ができれば、それは客にも伝播する。それをオノレの内面から、自らピュッて出せるマツムラさんはだから天使なのだが、みなさん何かで潤えば、マツムラさんまでは行かずとも、いい循環の(いいLOOPの)きっかけにはなると思う。

時代が違うよ、との意見わかる。ただ違うからこそ、誰かやれるといいんだけどね。突出にはリスクもあれば勇気もいるが、経営感覚の鋭い、分配の意味がわかってる誰か、世界の動向の問題点がわかってる誰か、やってよ。時給ほんの倍にするだけ。











posted by 浪速のCAETANO at 12:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月25日

ガリガリくんは(くん)がアタマ

こどもの口喧嘩レヴェルの言説と態度、そんなものを見せられて、でもそんなものがこちらの国を牛耳ってると思えば、泣けてくる。ガリガリくんを経費で買うような。

がーりがーり(くん)がーりがーり(くん)がーりがーり(くん)とCMソングはなかなか工夫(アレンジ)がされてて秀逸。正しくは「(くん)がーりがーり(くん)がーりがーり」です。言葉が前面に出ると「アタマ」ですってわかりにくくなるのね。

Scotland、Okinawa、Cataluña、と火は広がっていくんじゃないかな。流れならしょうがないもんね。

自分で出来るだけやったなら、あと、もう自分の意思とはかけ離れたとこに判断の主体が移るのなら、もうそれは全世界的にしゃーない、と思うしかない。ちょっと、でも、世界は「激動」し始めたね。20世紀とか19世紀をなぞるのではないのかな。100年経つと人も入れ替わる。そして100年経っても世界は良くなっていない、とすると、同様のことが起こりうるという推測もさほどはずれてちゃいない。そうも思えてきた。昨日今日。

100年前はWorld War 1の真っ最中である。

トランプ現象と被せて論じてる方多いね。重なり合うとこはあるだろうね。いろんな立場の人のいろんな思惑が渦巻いて、しかしながら、そのアウトプットは二者択一であるとするなら、なんだか腑に落ちない気分にもなる。さらに国民投票は「直接民主制」だが、対立を「煽る」ね。住民投票の経験者だったね、おれたち大阪市民。でも、そこひっくり返した卑怯者がおったから、「あれ、なんやったんですか?」みたいなことになった。なんやった? まぢで。

そこから先がないという意味では「国民投票」ってharshだなあ、と思う。オノレらの運命をオノレらで決める。文言は非常に美しく・崇高でさえあるが、その進化系が間接民主主義だったのではないのかな?中に入ってる議員がもひとつだから「機能」しないのね。Servantである、単なるrepresentativeであるということをちゃんと知れば、もっとチェックする手段もあるのではないか。

そこ、やりたい放題だからね。「(くん)がーりがーり(くん)がーりがーり」では、やっぱりあかんよね。どうしたらいいんだろう?

党首討論も「お笑い」としてみるしかないなあ。レヴェル低〜、だよね。最近ほんとこどもの喧嘩レヴェル。ネガティヴ・キャンペーン。野党がそれやるのは政権批判でいいと思う。しかし、与党でそんだけ議席持ってるんなら「横綱相撲」しなさいよ、と思う。

何かを彼は「怖れて」いるようにも見える。もう、アホノミクス決定だから、かな。Brexitはダメ押しぽいよね。GPIFの損失もいずれ明らかにされるだろうしね。そこ、おれらも「怖い」けどね。でもそこ、突くべきよね。なんで手加減してるように見えるのだろう?

それでも2/3が堅いみたいよね。。そこは日米共通かな。ただこれも世論操作という気もするよ。投票率を下げるため。抵抗する気を失せさせるため。寿司ゴチになってるからね。ムサシ、の使用も監督なかなかできなさそうだし、メディアの腐りがもうどうしようもないかな、やはり。72位の国ではある、さすがに。

期日前投票にいつ行けるかな、と手帳を見てる。投票したあとはもうシャーないが、投票まではオノレの一票の「価値」を微かに信じていたい。ナイーヴでしょ。ナイーヴは「切実」にリンクする。Bernie Sandarsに魅せられたのはそこでした。勝つとは限らないが、可能性見失っちゃいかんと思うね。夢見るのとは違うレヴェルの話ね。

飛ぶが、本日またこれから追悼ライヴである。先輩の松さん。延々ブルーズの場で「浪速のカエターノ」の場違いカマしてこようと思ってる。元ブルーズ・ギタリストながら、だはは。


戻るが、勝ち負けでいうなら「だいたい」負ける。でもやっぱ「Taste」に合わんことは出来ない。ただそんだけ。本日の感じ。












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2016年06月24日

brexitからの円高

英国、EUから出るみたいだね。

見通しの良い高台から先を見て判断した変化ではなく、地面近いところで何かがひしめき合う、そんな状況から「とりあえず逃れたい」と思う人がそうでない人たちより「ちょっとだけ多かった」みたい。

まあ、そう騒がんでええよ。日経平均落ち着けよ。また、年金10兆ほど消えた?円高?いやそこはいいんじゃないの。円高歓迎。

円高歓迎よ。

簡単に言います。円安、企業ニッコリ。円高、ビンボー人ニッコリ。

だから、おれは今ニッコリ。そもそも自国の通貨の値打ち下げて喜ぶバカが何処にいる?

あちこちにいるんだけどね。

昨日、中坊の地理教えていて「加工貿易」という言葉に久々に遭遇。おれたちが子供時代でもそう言われてたね。

「資源に乏しい我が国は材料を輸入して製品を作り、それを海外に輸出して外貨を稼いで食ってます」

で、そーかそーかと純粋無垢なおれなどは思ったわけですね。そういうのが背景にあって円安だと輸出にメリットという風に刷り込まれてしまってて、だから大企業の立場みたいなものにシムパシー持っちゃってToyotaさんとかSuzukiさんとかの気持ちになっちゃって「円高大変だねえ」「円安よかったねえ」そんな反応してしまうのだけど、それ間違いね。

円高がいいんです。

あのね、我が国は資源がない。そこは50年間変わりはない。だから、円高で/がいいわけよ。電気料金、ガス料金、そんなのにかかるコストも円高の恩恵は受けるのね。みなさんも円が120円前後の時代と今と比べられるなら比べてみたらいいよね。

円高の影響、じわじわ来るよ。恩恵と言ってもいいよ。資源だけじゃなく食糧さえもないのが我が国ですから。

国内生産の肉、野菜、とかカンケーないんじゃね?と思った人はいっぺんその垂れてる洟をかんで、はいこっち見て〜。牛くん育てるのにも、レタス育てるのにも、電気とかガスとか要るのね。アボカドが安くなる、なんてこととはまた別の話ね。それも歓迎、だけど。

だから円高がいいのね。

企業が、とか、知ったことじゃない、でOK。内部留保たっぷりの儲かってるとこは、今原料を大量に仕入れればいいわけよ。そこにも円高の恩恵。中小でもコストが下がるのは歓迎なはずね。この辺100円前後でウロウロして欲しい。昨今の円安は「作られたもの」。円安➡️株高、円高➡️株安という流れ、散々見ただろう。

作られた、しかも官製の相場だからね。年金の貯金による官製相場。

社長、塾長、ミュージシャン、主夫を長年やってるとコスト意識は身についちゃってる。中でも主夫と社長ね。最近は外仕事もまあまあ多くなってきてるが、給料を貰うってなんか「楽だなあ」というのが実感。世の多くの方、給料生活者だと思うんだけど、そこ、何かを見落とすポイントだね。収入を工面できないってことは、支出にも無頓着になりがち。おれもそこ超無頓着な年収うん千万の時代がありました。服毎月ヨメと合わせて50万買ってる時代も何年も続いた。クルマ5台持ってる時代も何年もあった。駐車場だけで20万近く払ってた。ただ、そういう時代はalready gone behind。

何の話やった?おおー円高や円高。

騙されちゃいかんのね。円安が大企業にとっていい(輸出企業にとって、ね)というのは我が国のためにいい➡️我々にもいい、そんな嘘に騙されちゃいかんてことね。「大企業と我々」のリンクはそない大きくないです。円高と我々のリンクはそれに比べてダイレクト。

今、暮らしむきの悪化にすこしでも対抗する要素が必要なのね。でないと、「夢」見させられるからね。そこ、わかれば首相の嘘にもすぐ反応出来ると思うよ。それと、何かが変わればいいとしても「悪い方に」変わるのはやっぱあかんのよ。みなさん、基本的にカルシウム不足だから堪え性がなくなってるから、あとゲームのし過ぎで「リセット癖」がついてるから、すぐに「簡単な変化」に飛びつくんだけど、それは全世界的にそんな感じなんですけど、「悪い方に」変わっちゃうともう戻れん可能性があるのね。

降ってわいた円高の恩恵で少し家計を防衛しながら、余裕を持って政治に「たった一票ながら」ちっちゃなコミットしてみようと思う。









































posted by 浪速のCAETANO at 14:52| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月23日

「#自民党に質問」をみんな見ようよ

う#自民党に質問、が面白すぎて、散々笑ったあと力抜ける。

もう、冗談みたいな国に「完全に」なってしまってること決定でだが。

あのバカ(おないどし)がよくその担当になったな。国民ナメすぎが垣間見えた。バカ右翼以外は、裸の王様に質問するチビッコになるのがいいね。

「えー?わかりませ〜ん、わかりませ〜ん、なんでなんで〜?」

彼らの言ってることやその背景にある論理性がその程度だからだ。

しかし、そんなちびっこレヴェルの知能で国を動かしてるって「すごい!」

さすが!

首相と副首相に最も顕著だが。

でもある意味、そんなもんでエラくなれる、というかそんなもんがエラくなれる、とは世のバカ中学生には「やったー!」ではないかな。

お勉強できるって「何にもならん」というキョーレツメッセージだから。

ただ、バカ中坊のみなさん、キミらにはエラい(とされている)おじいさん、パパがいたか?

そこ決定的。

おそらく、寄せられている数々の質問にあのバカは答えられず、さらなる深い墓穴を掘ってしまうから、もう放ったのではないかな。支離滅裂なものを論理で説明できんからね。整合はないからね、そこに。

いや、ほんとおもしろい。ただし、かなり脱力しますよ、読後。おれはした。

ちびっこを装ってるけど(違うかな?)、鋭い質問だらけです。いやー鋭いって言うか、「普通の精神にとっては」「普通の質問」だけど。それを「普通」と思わせないメンタルにされてるとこかな、こちらの国の問題は。

キモいわ。自民党。

ホンネだらけの「憲法変えるぜ集会」のVTRもかなり、カルトである。こちらもガンガン配信されている。TVじゃなかなか見れないとは思うね。しかしそれが流れるようなことが一局でもあれば、彼らの「カルト性」は一目瞭然だろう。あの人たちがそんな話をする際に「必ず」目に宿る「狂気」、その由来はなんなのかな?と思うことがある。いろいろ思うがやっぱ、そこ、敗戦でしょうね。敗戦とアメリカに対する鬱屈だろうな、と思う。そっちのカルトの人たちは、ものすごくアメリカに対して屈辱感に溢れてる、そう感じる。もちろん、彼らの目論む体制は「独裁」。あのキモいおばはんが言ってた「国民の生活が大事とかウンコである」って。「国民主権、基本的人権、平和主義」これが諸悪の根源、とも。

だいたい、そっちの勢力って「お笑い」入ってるよね、入ってた。フランスのジャン・マリとか、「コペンハーゲン」でもそんなキャラクターだった。ところがマリーヌやら、そのキモいこちらのおばはんとかになると、特に後者だが、目が怖すぎる。カルト信者の目。銀縁のおばはんメガネも相まって、なんていうんだろうなあ、こちらの国のそっち、って「お笑い」入ってくれない。はいってよう、と思ってる。じゃー、しゃーないな、という反応にもちょっとなる。

やっぱ「敗戦」だね。トラウマ、ね。で、怖いのね、敗戦したから怖いわけね。で、面と向かって文句言えん。ドキドキするわけね。あなたたち「引き裂かれて」るね。大丈夫ですか?心療内科行かんでいい?

まあほんとは国全体が引き裂かれてるんだけど。豊かになりつつあるときはそれを忘れることができたが、豊かになって仕舞えばそこが首をもたげてきて、そしてビンボーになっちゃった今ではそこに矜持を見出す。そんなことか、と。

Loopっていうのね。音楽用語ではね。

Loopは「同じ結果」をもたらすからね。

憲法の9条と1条についての柄谷さんの論文の中での「改憲はどだい無理」「日本人の論理性・反省(一見なさそでウッフンなのだが)は9条に託され体現されている」そんな意味の言葉にencouregeされながら期日前投票には行ってこようと思ってる。

カルトはヤバいし、人前出ちゃダメ。









posted by 浪速のCAETANO at 12:37| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

公示日に

鬱陶しい空模様だが不快ではないな。いま湿度58%。信頼おけんうちの湿度計ながら。

今、親父が2度の癌の手術の狭間で脳梗塞になってリハビリ病院にてリハビリ中だが、ある意味、おっさん幸せ者か、と突っ込みたい。この後に及んで「オノレの」ことだけしか考えんでええっちゅうことに関して。

幸せはミクロ視点の中にしかない。

ちょっと視界広げれば、もうあらゆる悲惨が目に入ってくるからだ。他人事であって他人事でない。感情移入の問題もあるが、リアルに明日は我が身という意味でも。

責任ある立場の人間がこれがまた視野が狭いからオノレの責任を矮小化している。立場を忘れて年収うんびゃくマン(一千うんびゃくマン)のサラリーマンという自己設定しかないのは問題。

なんか、そんな感じ。

自分の仕事のアウトプットはなかなか出ないけれど、仕事してる実感にかなり乏しいものがあるのでは、そう思っていた。自己保身、逃げ切り、そういうのが座右の銘になってる人、多いんじゃないかな。

さて、「IMF」が言いました。アベノミクスは目標達成できない、と。

それでも、アクセル吹かす、と。とりあえず、そこだけでも辞めてよ。ほんと、どエライことになりまっせ。今は貨幣量とモノが実はダイレクトにリンクしてないから、ラッキーにも、一部都市部のミニバブルで収まってるけど、これがその泡弾けたら、その膨大な貨幣はモノとチョクで向き合うことになる。何が起こるの?

ハイパー・インフレーションが起こるの。

ほんまの「チーン」だよ。間の悪いことに、そんなと南海トラフが動かないまでも局地的な劇地震が起こったりとかは充分考えられることでしょう。もひとつ「チーン」。

皮肉なことにバブルが「緩衝材」になってくれてるわけね。ショック・アブソーバー。そういういらんもんで「遊んでくれてる」からまだ救われてるのね。皮肉なことに。

日銀も政府も実は経済対策って「持ってない」。ただ、紙幣刷りまくるのと、それ国債引き受けるのと、ただそれだけ。キミら、中坊なのか。

経済はボトムアップでないと。ドライヴを持つのもボトム付近。市場やスーパーが活気に溢れるような、そんな状態。ボトムのドライヴの絶対値は小さいが、まだ✖️一億人超おるよ、日本人。

消費税,back to 5%、給付金ヒトリアタマ100万円。予算はたった100兆円。財源は道とか作るお金(特別会計ってヤツね)。そこには公開されにくいお金がその予算の4・5倍はあるよ。政治屋にはそこもーたまらんとこだろう。やめられまへんな〜、ってとこね。

みんな、再浮上のキッカケがないんだよね。リチャレンジできる社会、ではない。そういうのが出来るんだったら、おれは自民党でもいいよ。出来るわけがないが。

でもね、それが「真の分配」。ネーション・ステートがかろうじてまだガワだけでも保ってるうちにそれやっとけよ。どうせ、アメリカに全部取られるんだから。それ深刻なselling the countryよん。

おれは三菱自動車の下請けのおっちゃんらが気の毒すぎてしゃーない。

本社のバカがオノレの責任を忘れて、自分を年収いくらかしらんがそういう、自己規定の矮小化が原因のひとつだと考えるから。











posted by 浪速のCAETANO at 12:37| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

こんな順序でないと

こないだ塾中に消費税の話になって10%ってヤーねえ、なんて話になった時に、「5%に戻せばええねん」とおれが発言したら「えっ、なんで?」とJKが言い、「いや、おれたちにカネが残れば、そのうちに政府にも行くわけさ。それとは逆のいわゆるトリクルダウンは起こりそうにないがね」という話をしてた。JKの目に最後は「ハートマーク」浮かんでたけどね。

弱者に余裕を少しでも持たせることが大切なんだよね。だから、今はそれと逆なことをされてるってことかな。経済的に自主性を奪っておいて言いなりに、ノーチョイスにさせる。だから、自民党支持が激減しないのね。虐められるとわかっていても。変態度は高値安定という不思議な人たち。

経済>精神。ここ、おれたちの弱いところ。大金持ち以外はみんな一緒じゃないかなあ。自転車操業のタイヤが10インチか27インチかの違いだけで。おれはかつて26インチほどあったが今は13インチほどではあるが、だはは、ほっといて!

13インチには13インチのやり方があるんですよ。

舛添ちゃんは「小悪」だけど、はら、無駄遣いというのはある、ってわかり、じゃあ、「巨悪」になればもっとあるに違いない、これは蓋然性よね。社会保障の話になると「財源がないから、10%にしなけりゃ、きみらのお世話、できんけどそこんとこヨロシク」と首相は言っていたね。イスラエルの5倍の値段でオスプレイ買ったり、外遊の手土産の何百億とかは「スッと」でるね。そんだけやったのに高速鉄道、中国に受注取られたり、一般の会社なら、左遷で、馘だよ、そんな営業マン。そこ、なぜ、誰も突っ込まないかな?

要は財政再建は、そこを出発点にするから、どうも精神的にちっちゃくなるのね。経済再生から財政再建の道筋を辿れば、まだ成功の確率は高いはず。国が(政府が)元気なくても、相対的貧乏人が元気なら、最終的に国もおそらくはなんとかなる確率が高まるよ。

みなさん、何か勘違いされてると思うのだが、もう「ダメ」なのね、この国は。もうダメ、そんなフェーズにありながらも無駄遣いが出来てるってことはそことここの状況をリンクさせてごらんよ。ブラックボックスの存在が浮き上がってこないかい?「もうダメだ、破綻する」と「まだ無駄遣いできました」のリンクよん。ある人たちがいて、そこは「業界」で、非業界人にそのカラクリは「絶対見せない」ようにしてる。それがブラックボックスだ、と言っている。どこの業界にもあろうと思われる。原価バレたらマズイみたいなことはどこでもあるよ。ただ、金額の大小と、も一つ言うなら「公金」の世界はまた話ちゃうやろ、これが正論ね。

だから舛添ちゃん、吊るし上げて、って言うか、そこからのコノテーションを膨らます(都から国へ)ことなく、憂さ晴らしだけで終わった、もうなんと頭の悪い民族なのだろう、こちらの国の人々は。まあ、諸悪の根源はメディアですが。寿司奢ってもらったくらいでなあ。情けない。オノレだけが良ければいい、これが覆ってるマインドだけど、だからBernie 
 Sandersは決して現れないんだけど。

tvで見た〜、が何かしらエラいみたいなことを克服しないと。ここ超イナカモンマインドね。恥ずいね。いやー、よっぽどのイナカモン。メディア支配をsekouみたいなレヴェルの人間が出来てるってのも、その全体的イナカモンマインドを見越しての話だね。

経済の再生には目もくれず、財政再建ばかりを言うってのはものすごく後ろ向きな政策だからね。それはブレイクスルーの芽を摘むことと同義であって、良くて現状維持、その中でも無駄な競争で落ちて行くわけだから、どんどん悪くなる以外にない。

あのさ、精神の自由には経済の後ろ盾が絶対に要る。個々の経済の縮小(まあビンボーになる、ぶっちゃけ)を、国家妄想膨張でプラマイzeroにしたいんだろうけど、アホには通じるけどさ、それがネトウヨだが、それをほっとけば戦争だし、それも勝手に暴発の一番みっともないひとりよがりのセックス、じゃなかった戦争だし、その前に「身内同士の殺し合い」がもっともっと増える。そこ、政府は「アホのフリ」しますが、asouくんとか上手いけどね、社会現象から何も学ばない人たちが、というか一切放置で、エラい事件起こって突っ込まれたらそこだけゴソゴソ始める、みたいな、そんな態度を「アホのフリ」と言うんだけど、学者くんたちもオノレの無力さにはよ気付こうか。そこ、社会のために役に立たないと。あんたの「賢いの証明」だけの学問ではあかんでしょ。こんだけ切羽詰まってるんだから。ちょっと小銭稼いだら緊張感なくなるって「アホの証明」よん。

面白い話(おれにとってだが)があって、社会主義がアレルゲンのはずのUSAでなぜ、Bernie Sandarsがあそこまでやれたか?

まあ、世代が変わったことや、状況の違いも一つなのだけど、おじいさんの支持者の「思う社会主義、正しくは民主社会主義(Sandarsは自分をこう呼ぶ)」のモデルは「北欧」のそれ、なんだね。あの消費税20%超だが分厚い社会福祉の制度を持ち、介護老人が居ないとされるSweden/Denmark型の民主社会主義。マークの甘いマージナルから次世代の黄金は現れる。「先っちょMambo」の歌詞そのものだね。

今、暴力革命とかはありえないわけで、そんなアナクロニズムで左派を攻撃してるこちらな国のあんたたちが見事なアナクロニズム。「アホっていうやつがアホじゃ!」の世界で嬉しくなっちゃうが、嬉しがってる場合じゃないが、そうなのよね。

ひとつの極端を排除してしまったことでもうひとつの極端に疑問を持たずしてやってきてる「若い経験不足の実験場」に何でも言うこときくとオノレにだけはいいことがある、そんなメンタルで政治をやってきた極東の国があって、その国のあんまり自覚してなかったがいいとこをどんどん犠牲にして、そこはかなり歴史的に文化的に分厚かったのだけど、まだ大丈夫、なんて思ってるうちに土台が崩れてきて、ガワしか残ってない、そんなことになってるね。ここの話だね。だから、もうひとつの極端も(新自由主義だけど)もう資本主義の突然変異の鬼っ子化してるわけで、戻さないといかんわけね。資本はモンスターだから政策で戻すしかないわけですよ。「平等を志向」するしかないじゃないか。「平等にせえ」じゃなくて「志向」するのね。そこからの具体策として儲けすぎてる人々→落ちちゃった人々への「富の再分配」という概念が生じ、じゃあ、累進課税をきつく、消費税をやさしく、これがまっとうな人間の考えることだよ。落ちちゃった人々には「惜しいところ」がいっぱいあるのね。時代を先取りし過ぎたなんてこともある。そんな再チャレンジも封印してしまうのはあかん。新しいものブレイクスルーの萌芽はそんなとこにも十分そんざいするはずだからね。

もひとつ、繰り返すが経済を戻せば財政も回復可能である。身の丈にあった落とし所を見つけないとね。

「消費税5%」それと「みなさんに100万円/1人」あげる。そんな政治家おらんのか?
















posted by 浪速のCAETANO at 12:04| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

おお、カミさま

早起きして学校終えて、辛〜いカレーと生ビール→おばあさん喫茶#2〜帰宅。働くのはこんなもんでいいっす。

ただ、学校も今年までかなあ。Vietnameseたち物理、化学、理系数学とってくれないんだもんなあ。中国人たちで溢れてた数年前が懐かしい。これもまたこちらの国の「オチブレ」関係してるよね。割と気に入ってるんだけどね。思い通りにならないのが「戦前」であるね。

最近のガキたちは、音楽=体制が普通と思ってるみたい。小野島大氏がFBで嘆いていたが、あのさ、完全に断絶ってあるね。「音楽に政治を持ち込みやがって」とか言ってる。あのさ、そこまで「小さいもの」にするからおもんないのにね、音楽がだよ。今の音楽ですが。

音楽はかつては政治をも「内包」にしていたんだけどね。だから60sやその名残が充満している70sやそこでアカんようになった音楽に「Fu○k」と物申したい80s前半ぐらいまではパワーが「まだ」あったのにね。

そんなことはなーんにもわかっとらんのだな。

政治的な言葉を歌詞に盛り込め、とか言うてるんじゃないの。たださ、そこで今生きている身としては「状況」ってあるじゃん。オノレの不運を歌う際にも、オノレの不運はほんとにオノレの責任のみによるものか、とかさ、なんかもちょい大きな圧がかかってるからそうなるのかも、とかさ、少しぐらい考えるやん。

そのアホな若者たちは「音楽って反体制のひと多いのってなーんか、、、」「音楽に政治を持ち込みやがって、、、」そんな意見で溢れてるのに、まあ、少しぐらいは予想してたんだが、ビックラこいた。

ふ〜ん、と思う。思うし、そんな子たちは頭悪いから、おそらく歴史がわかってないんだろうな。物事には因果関係があるなんてこともものすごくショートレンジでしか、もっと言うと自分の生命の誕生ぐらいからのスパンでしか見れてないんだろうな、とは想像できる。物心ついたのがだいたい90sね。日本のメジャーの音楽ウンコまみれの時代だね。それが原点なら体験としてはわかるけど、そこ、見事に「jーポップ」始まった時代よね。そこの断絶って、うわ・やられたな、と思ってたのだ。それ以前には音楽なかったような言説に溢れ、見事なる断絶を作り上げてた。電通の仕業でしょう。

kむろとオアシスをおれは憎んでる。あたまの悪すぎる音と歌詞、グルーヴのない音、一番憎んでる。グルーヴのわからない人間は音楽から距離を置いた方がいいと、本気で思ってる。アホな歌詞にやられるアホな人多すぎてねえ。どうしようも、ないねえ。グルーヴってなんなん?と洟垂れられても、教えない。教わるもんとちゃうから。体感するべきものを例えば小銭かせぐために学者とかが説明してあげるから逆にいかんわけよ。解説、いらんから。わからん奴は距離を取りなさい、音楽って「怖い」のよ。政治的じゃないことってそれは「ひじょーに安全」ということでもある。安全すぎる音楽もなあ。今の子たちってほんと頭悪いから、くそ時代遅れの二元論というか、こっちじゃなきゃ、えーそっちですか、みたいなそんな安もんのパソコンか、みたいな反応しかしなくって、首絞めたろか、みたいなこと多し、だ。何かの断言の後には、、、、なんだけどね、が入る、それが健全な人間です。どっちかに「イキ切る」なんてほんと頭わるい。だったら人参ばっかり食って生きていけ! 

ん、それもよーわからんて?言われりゃそーね。

まあ、なんでも「安全」になって目を付けられて潰されないように、これも「時代」ですが、明らかに物足りないね、おれたちにはね。手法の問題でさ、Clashみたいな直情型もあればDavid Byrneみたいにreally cleverな人間もいる。後者のスタイルは難しいけどね。でも直情のフリって簡単だったわけよ。単純バカだから。カッコと音だけPUNKっていっぱいおったもん。今、ほとんど消えてるけど。NY Punkと「便宜上」呼ばれてた人々はオノレらのことをpunkとは思っちゃいないしね。

ほんと、ガワだけの浅薄な音を垂れ流し、リアルタイムでは選択肢のない「状況」を作って、ビンボーな若者からカネせびり取って、のみならず、彼らの大事な時代の記憶をウンコまみれにしてるわけね。これ犯罪的。て言うか犯罪そのもの。

ウンコまみれの頭だからもうちゃんと物事考えられないバカ大量生産してしまってる。そのうちの何十%はネトウヨになってる。さだ、とかナガブチとかが好きな人間てさあ、「わたし、あほだけでなく、センスのセの字もないんですけど、、」と世間にカムアウトしてるのと同じなのに気づかないのね。同意を得られるからでしょうね。それ、変な自信になるからね。反省の機会にはならない。

もう気持ち悪いのだ。脳ジャックに記憶ジャック、これはもう手の施しようがなくて。過去は取り返せない。オーマイガッドとはこのことだよ。いや、マヂで。





posted by 浪速のCAETANO at 18:52| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月19日

須玖岡本遺跡より

春日市の須玖岡本遺跡から巨大な甕棺が見つかった、と。

そこまではいい。それを奴国の王のものかも、と。王とは言ってないか、有力者ね。

またそこからかー。

奴国はそんなに大きい国ではない。魏志倭人伝には陳寿が邪馬壱国(邪馬台国ではなく)へ至る際の通り道の国。

バカジジイが志賀島で出た金印の「漢倭奴国王」を「漢の倭の奴の国王」と読んだこと(イデオロギーも入ってる)が間違いの元です。もう何度も言うてるから、分かってるよね。

金印授受とは最高の栄誉で(銀印・銅印・鉄印もある)、それを与えるのって何百年に一回のこと。銀・銅・鉄と下るにつれて通常は頻度は上がっていく。

もう一回「おさらい」とをしておくと、「漢倭奴国王」は「漢より倭奴国王へ」と読むのが正しい。与えるもの、与えられるものは一つと一つであるのね。「漢よりいど国王へ」あるいは「漢よりいぬ国王へ」と読みましょう。

いど、いぬって何なん?

奴の読みが「ど」あるいは「ぬ」、倭の読みは「い」です。倭の意味は「おとなしい」、奴の意味は「上から目線での家来」ね。

倭奴に対して「匈奴」という概念あり。秦の始皇帝がそのための万里の長城を築いたと、ウラジオストクら辺から今のモンゴル辺りにいた遊牧民のことね。匈=ヤンキーですね。そいつらに比べて「なんと従順な」という意味が倭という字には込められている。

時代は下るが「旧唐書」に「倭国は古の倭奴国なり」とある。「世世、中国と通ず」ともある。そしてもうひとつ併記して「日本国は倭国の別種なり。…日本は旧小国。倭国の地を併せたり」とある。白村江の戦いで倭国は大打撃を受け滅びつつあり、それに代わる「別王朝・日本」の立ち上げの頃のことが記録されている。次の史書である「新唐書」には倭国の記述はなく、日本国のみである。

ちょっと戻りましょう。

だから奴国がバカ歴史学者の中ではすんごい国ということになってるけど、そんなことはなく、まったくなく、邪馬壱国の下での小国に過ぎなかったのね。当然倭国の中心ではない。倭国の中心は言うまでもなく「邪馬壱国」である。それを補佐するのが「伊都国」。そして宿敵が「狗奴国」。

さて今回の須玖岡本遺跡であるよね。吉武高木遺跡とともに「三種の神器(宝物)」が出ています。「鏡・矛・玉」。それが「権力の証」。簡単な話だ。同時代の遺跡からこんなものは出てません。さらに言うなら絶対出ないよね。三種の神器ではないがいろんなものが出雲からは出るけどね。出雲は博多沿岸に中心が移る前の中心。これもまた当然のことだった。オオクニヌシね。

須玖岡本遺跡からはとても貴重な他からは出ていないものが出ている。なんだと思う?

それは中国製の「絹」。日本製の絹は九州のあちこちで出てるけどね。中国製は須玖岡本遺跡だけ!さあ、ここで魏志倭人伝に書かれていた、魏帝から卑弥呼へと贈られたものを思い出してみよう。鏡に絹だったよね。もうひとつの金印「親魏倭王」もね。須玖岡本遺跡は一時期卑弥呼の墓ではないかと言われたこともあった。

今回の発見はBC150年頃の銅剣と青銅製の柄飾り「はとうしょく」だという。

その時期はいわゆる「天孫降臨」の50〜100年後の時期に当たる。天孫降臨は神話ではなく、壱岐(天国・アマ国)にいたアマテラスの「海人(アマ)族」が釜山の鉄(鉄器)を背景に「天下り」出雲のオオクニヌシから実権を奪った歴史的事実だが、その天下りの地も、そんなクソど田舎の宮崎の日向であるはずもなく、もちろん博多である。チクシの日向(ヒムカ)のクシフル岳。板付の縄文水田が欲しかったんだね。オオクニヌシ方も頑張って戦ったんだが、やっぱり鉄の威力には降参。タケミカヅチvsタケミナカタなんかに象徴的に描かれてる。アメノウズメvsサルタヒコとか。この場合vsはちょっとちゃうけどね。武力のみならず「いろんな」手法で、と読める。

で、今回の「三種の神器」も「中国製の絹」も出てる須玖岡本遺跡で巨大な甕棺(かめかん、ではなく「みかかん」と読んでね)が出た、誰の?

間違いなく、天孫降臨一族の誰かでしょうね。まだ古墳時代ではないから墓の大小でその人物の高貴さは計れない。

ちょっと飛ぶが、大阪周辺の古墳ね、あれ天皇の墓ではないよ。まず、当時、近畿には「王権」はないです。王権の定義とは日本の場合にはその時々の中国の天子に「認められて」初めて、金印とかを例えばもらえるわけよ。天皇という言葉も当時は、ない。天皇は天子とは異なり、唯一無二のものではないのね。地皇という言葉(地位)さえあるぐらいで。

近畿圏には「地方豪族」はいたよ。いたし、それが閉鎖的な中で「王権的」に振る舞ったということは考えられる。しかし、それを王朝とは言わん。仁徳陵、応神陵、「と言われてる」にだけでなんの証拠もない。発掘させろ、と言っても「ダメ」。なんでダメなん?

なぜか?天皇陵じゃないからでしょう。

じゃ、なぜあんなでかい墓を作れたんや?と人は言うだろう。それは「ヒマ」だったから。

「なんやとー!」ちゅう声が聞こえた気がしたけどね。

広開土王って知ってますか?好太王とも言う高句麗王だが、その碑文に、倭国が何度も攻めてきやがって、それをやっつけてやったぜワッハッハ、と書かれてる。当時の新羅の史書にも「倭のボケらがしょっちゅう「越境」して攻めてきやがる」とある。ここにはまあ、予想されたことだが驚くことが書いてある。倭は朝鮮半島にも「あった」のね。越境だもんね。地続きということ。秀吉が半島を攻めた時のような「出張戦争」ではなく、ちゃんと土地があって地続きのお隣さんにちょっかい出してた、と書いてある。新羅の立場で被害を受けたことを嘘書く意味もわからない。これは事実ね。同様に、日本も新羅に占領は別の地域だけど2度ある。一度は白村江後の唐による九州占領の「後釜」として。

倭国がそんなことをしてる時に近畿は海外との戦争もなし、平和だったということね。銅鐸の国の民を使って作らせたわけよね。信仰の強要と言う意味もあっただろう。

だから例えばあのでっかい古墳が誰かの墓なのは間違いなかろうとして、それが応神・仁徳と言われる人のものであったとしても、その人たちは「王」ではない。いや「王」でいいかな。王っていっぱいおるから。日本国が存在し始めるのが672の壬申の乱から710の平城遷都の間だから、例えば河内王朝なんて言葉はそれ自身、論理矛盾なのね。おれはそうおもうよ。このことは何よりも「九州に王朝あり」を認めないという最初のボタンの掛け違えからくるものであって、そんな最初が間違えてたら、その後何を言っても「残念」なことになる。スポットでいい事言ってる方もいっぱいるんだけどね。余計に残念。

日本書紀の「どこが」パクリでどこが改竄でどこが付け足しか、そこを古事記との見比べでチェックしないとね。古事記になくて日本書紀にあるもの、これはウソか九州王朝の史記「日本世記」あるいは「日本旧記」のパクリです。

先ほどの応神は本当に近畿へ行ったのか、父の仲哀のわけのわからん死に方、母とされる神功皇后への「卑弥呼と壱与」の笑っちゃう投影、神功皇后のスーパーウーマン振り、武内宿禰の超長寿そしてなによりも「宇佐八幡宮」の存在。あの道鏡が孝謙女帝により天皇にされそうになり、打倒藤原氏をもう少しで成し遂げれた際に、宇佐八幡宮の神託で覆される。そんなビッグな神社が大分にある。ここ不思議に思うんだよね。応神という人が大きい存在なのはわかる。そこで再度近畿を(神武に続いて)侵略したのかもしれないが、そして地方豪族として都を河内に置いたのかもしれないが、だからと言って河内王朝はない。ある権力の存在は認める。九州の権威を傘に近畿を治めていたのかもしれない。ただ、その系列が後の近畿天皇家に繋がってくるのかに関してもまだ、おれはわからない。明らかな断絶がその後にある。

須玖岡本遺跡の巨大な甕棺、アマ族の誰かというのは間違いないよ。













posted by 浪速のCAETANO at 13:22| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 古代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月18日

ブリティッシュ・ダービー(part1)

いやー、ベイルの左足、凄かった。

今回のEuro、ラグビーみたい。UK全員集合ゆえね。

TVの不調で一回HALFしか見れないが、そうでなけりゃ延々見続けてしまうだろうし、ちょうどええわ、と負け惜しみ。

しかし、England vs Walesをなんと呼べばいいのだろう。ブリティッシュ・ダービー?じゃあ、Scotland vs Englandは?ね、わかんないでしょ。

あり得なかったことが起こると、それにまつわるWORDが用意されてなかったりする。

UKがEU離脱か否か、のタイミングでのEuro、なかなか皮肉なものだ。女性議員への古典的テロ、衝撃大きいけどね。なんかあったらすぐ人を殺す、って世界の地域を問わず、みたい。人命は軽くなってる。オノレが「軽く」扱われてるからね。自分のも他人のもどちらも軽いからね。

昨日、タバコを買いに行った、もっとも安らぐ天満・天六界隈で思った。安らぐ以上に、ここは気分も浮くなあ、と。自分にとっての「街」は天満・天六界隈でいいなあ、と思った。日常と非日常の間のちょい日常寄り。駒川中野も九条もええな、と思ったが、天満・天六界隈にはちょっと負けるなあ。質・量ともに。

おれは新梅田食道街とかっぱ横丁以外の梅田って「ごめんしてちょ」と岡山弁になるぐらいに自分には最早必要がないがサラリーマン時代の会社が阪急ファイヴの裏だったこともあり、たまにふらっとエストの横とか通るが歩きながらゲロ吐きそうなる。もうカラダが受け付けんね。タバコ買いに行く東通りとかはもう日本じゃないと思えるほど、だが、まだそっちは大丈夫なのね。変だね、と自分でも思う。かなり、奇妙な街になってるが東通りと旧バナナの通りを結ぶ路。あかんやつしかおらんけどね。エストの通りよりはマシ。

さて、ブリティッシュ・ダービー(part 1 と勝手に命名)の後半の後半。さっき1-1だった。結果知ってるけどね。もう新聞もネットも油断ならんわ。









posted by 浪速のCAETANO at 14:42| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月17日

高瀬の追悼を終えて

まあ、また店長、財布なくす(n回目、4<n<7)、クオカード10000円ゲット、などプラスもマイナスもある1日。店長のみどちらもマイナス。クオカードin 財布。

高瀬の追悼、凸凹ありつつ、終わった。一つ肩の荷が下りた。

かおるちゃん(カオリーニョ)ほんと、ご苦労さんでした。本来はおれがやるべきだったのだ。純ちゃんの追悼の翌々日の深夜に逝っちゃうわけだからおれのダメージといったら言葉にならず、実際しばらくの間、言葉を失っていた。高瀬に関して「何も言えなくなってた」。一般的なことは言える。でも、そこまで。

5ヶ月弱である人間のことを忘れろと言われてもそれは人によるわけで、相対的若者の、アッケラカンは羨ましいと思う。彼らだってほんとのところは見せてないのかもしれないが。

しかし、昨日のライヴ総勢12.3組。どの人々もクオリティ高く、モルモッツを手伝ってもらったスーパー・ギタリストによれば、「Fuji Rockのようだった」との発言あり。彼はほぼ毎年行っている。出てもいる。その彼がそう言ってた。おれたち、おじさんチームは元より、「若手」の藤井拓の周りの人々、なかなか面白い。何人か一本釣りしたい人たちいた。藤井拓はその中心にいるね。素晴らしいギタリスト。周りの人々、クラシック畑多いみたいだが、どんどん垣根は低くなってるなあ。大歓迎。プレイヤーはどんどん越境すべきなのね。行き着く先はポップ(大衆音楽としての)しかないのだ。その際にその技術が役に立つ。いつだっておれは彼らをプレイヤーとして見ている。こちらは音楽「作る」人間だから出自は問わない。彼らにとっても「グルーヴ」の実感はおそらく目から鱗、と言うか、新世界だと思う。行き着くさきはポップしかない。

ポップと聞いてJ-popか?とそれは「あんた低脳」なわけで、あれは一番ウンコな貧乏でアホな若者からなけなしのカネを巻き上げる経済音楽。。ちょっと、こちらの国ではポップという言葉、狭義に展開しすぎたね。全然ちゃうから。

高瀬のご両親も明日また警察へ行くと言っていた。加害者のバカが、その瞬間のことを「覚えてない」と言い続けていると聞いた。酒も入っていないとも聞いた。そのバカの前を走っていたクルマは高瀬を避けている。スピード出し過ぎは否定できんよね。「真相を知りたい」という両親の気持ちは「当然」だろう。おれはそいつの顔面を正拳突きしたい。そして、結局虚しさに襲われるのだろうが。でもいい。

昨日の「fina estampa」一番は本人で、二番はパパにした。ここ、数少ないおれのライヴのエンターテイメント部分である。「高瀬仁のテーマ」もこれでしばらく歌うこともないだろう。両親も息子の大阪生活がいかに楽しいものだったか、そして、みんなにいかに愛されていたかダメ押しでご理解できたのでは、と思う。

高瀬の死に関して、これは何にしても、なのだが、語る言葉があるかないかが決定的にその死の極論を言えば値打ち(そんなものがあるとするなら)を分ける。今回の「言葉担当」はおれだった。その役割を果たすことができて本当に良かった。

かおるちゃんはじめ、出演者のみんなに僭越ながら「Muito Obrigado」と。













posted by 浪速のCAETANO at 16:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

追われる・追う

梅雨前線は九州と台湾の間、やや九州寄りにある。まだ本格的とは言えないな。

急がなくていいのよ。急いでロクなことあった試しがない。昔「狭い日本  そんなに急いで  どこへいく」そんな名川柳?迷標語?あったけど、それを今は「ほんとだね」と実感できる。今よりさらに「無自覚」に効率を追っていたのだよね。バカでしたね、日本人。今も大概やけど。過去のバカの蓄積が今ですので、必然的結果だろうね。

「追われる」のが苦手である。パトカーに追われる。やくざに追われる。サラ金の取り立てに追われる。もちろん、そういうの、どなたでも御意できようかと思うが、他にもあるよ。熊に追われる。おー最近頻発してる。仕事に追われる。程度問題。ブスに追われる。災難。この場合、もっと怖いのは、ブスに「待ち伏せされる」だ。後ろにばかり気を取られて「巻いたかな」と思い安心して次の角を曲がったらその顔がいた。ホラー映画の手法である。たまらんわ。やめて。

追われる=被害を仄めかす、だと思う。追ってる側には狂気が見え隠れする。少なくとも追われてる側にそれは感じられる。追ってる側は追う「権利」があるかの如く、追ってくる。ロクなもんじゃない。そんなのが多い。大衆社会の弊害ね。人には「身の程」っちゅうのがあったのだ。いや、今でもあるのね。それを忘れさせ「お客様」にするから、アホが調子乗るわけよね。一旦調子乗ったアホは、手に負えんのね。

追う=加害のホノメカシ、だよ。自覚せえよな。

都知事、辞職の意向、と。なーんや、おもんない。もっとジタバタして、国内の憎悪と軽蔑を一手に引き受け、どこまでやれるか試してみたらよかったのに。彼が「巨悪」でないのはわかってる。何かに操られてるのもわかってる。だから、そこに「抵抗」するのを見たかったのに。そして、そうやってると操っている者の影が炙り出されてくるのを見たかったのだ。またまた蜥蜴の尻尾だぜ。アホからの侮蔑と憎悪に負けずに「いや、もっと悪いのん、おりますが」とか言えばいいのになあ、と思う。具体的に名前をあげながら。


約5ヶ月。

ヤツが死んでからの時間だけど。

やっぱり温度差があって、なーんとなく、作られたチラシに批判的な自分がいたな。こちらの人たちには、このチラシ、おれじゃないしと言っときたい。これもすべて「温度差」と「距離」の問題です。客観視もできるようになってしまってた「準・家族」だったんだな、と今思う。

さて、明日はトドムンド、ケータリングもするから、おれの担当のチャンボッタ、これから製作にかかりまあす。

高瀬仁の「客なのに追悼」明日です。おヒマな方、おられればGanzまで。
posted by 浪速のCAETANO at 11:11| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

梅雨早くも一休み

うちのぼろTVは大体45分で画面が「はげしく乱れる」。そこから30分以上消して待たないと、また正しい画面にもどっていただけないので、前半見て、なんかして後半見て、そんな感じだけど、EUROモードです。

たーんじゅん。

今は、グループ・リーグゆえ録画で十分。延長がないからだ。今回フランス大会だったのね。今知った、だはは、いい加減。

いろいろ、失敗するでしょ、生きてれば。もう肝心な取り返しのつかん時に失敗って困ったものですが。得意と言えるものの中にも段階ってあって、最近そんなことを考える。

人の評価って、アヴェレージを根拠にするべきだと思うのだけど、だから陸上のオリンピック選考とか大変だね、など思う。

埼玉のみっちさんから「始まりの始まり」というアルバムが送られてきた。それを聴きつつ、ですが。みっちさんはHONZIのことをとても大切に思ってくれてる方で、去年の冬にムジカで共演した。穏やかないいアルバムでした。蒼々たる東京のメンツをバックに彼女の世界が広がり深まり。

ハシケンのおねえちゃんといった方が通りがいいのかな。

スパン子、熊ちゃん、Alan Patton、スカパラの欣ちゃん、河村博司くん、伊藤大地くん、べちこちゃん、たまの石川浩司、弟くん(ハシケン)、そんな人たちがバックを固めて、ほんと、「穏やか」なアルバムでした。

エンジニアはHONZIのex-夫のidehof。

9月に、大阪で一緒にやろうね、という話になってる。日本橋のどこやったかな。あとで調べればわかる。9.23だったような。それって祝日?ああ、秋分の日の次の日ね。after going through this summer、だけど。surviveできてりゃいいけど。


さて、高瀬の追悼、明後日です。カオルちゃん、キングちゃん、拓ちゃん、ゆうみちゃん、あといろんなセットがあるみたいで、おれたちはおそらく最後のセットのはず。でもよくよく考えればなかなか実現しない組み合わせのライヴだね。ゴージャスと言えなくもないです。高瀬の「雑食」が取り持つ縁といいますか。一個だけ褒めるとするなら、そこ、お前、えらかったぞ。

きっとEmotional Night。
















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2016年06月12日

EURO、始まってた

そろそろかとは思ってたんだけど、オノレの周りのことに気を取られ、気付かなかった。

EURO始まってた。

今、一番強いのはおそらくドイツだと思うが、なんだか勢力地図が変化している。ウェールズとか北アイルランドとか国際大会に縁のなかったチームが出てる plus オランダいないんじゃなかった?

最近フチボウはさほどフォローしてなかったね。なんか以前の熱の高温沸騰ということからは遠い。

オールドタイマー化してるんだろうと思う。おれが熱心に見だしたのはマラドーナの頃からだからもう30年以上になるが今回は一番冷めてる。状況もかわったよね。戦術も、だし。

どうも最近のEUROサッカー、もひとつだ。おれ、EUROこれで5回目ぐらいだが今回、熱くない。

ま、少しづつ引き込まれていくのだろうが。

ただ、ひとつだけ言えることは、コパ・アメリカを見てしまってからは、断然今はそっちの方が面白い、とここは決定。まあ、傾向は確かにあり、以前はまちがいなくヨーロッパサッカーのほうが面白かったのね。ただ、dead end感に覆われてる、今は。

それと、ちゃんと追っかけてない。高瀬も死んじゃったし、話する相手もいない。まあ、ナショナル・チームでのベイルとか、見てみたいジョガドールいないわけじゃないが。

ポルトガルがおもんなくなったのが、やっぱり、おっきいな

戦術にもトレンドがあり、堅いサッカーに楽しいサッカーの挑戦が延々あって、それはいつも跳ね返されてきてたのだが、ポルトガルがそこ、いいとこまで行ってそれをさらに洗練させたスペインが夢のようなサッカーを完成させ、世界を席巻し、それが堅いplus楽しい気がするドイツサッカーコテンパンにやられて、じゃあ次どうしたらええの?という時間帯が今。おれの分析。

それはEUROにおける話。今はクラブ チームのスター独占のピークも終わってると思うが、それでも、メッシ、スアレス、ネイマールを抱えるバルサなんてのもある。反則よね。資本主義だからしょうがないけどね。

その点、何度も言ってるが、ナショナル チームのばやい、「あるもん」でなんとかしなさい、という話だから、そっちの方がおれは興味ある。
だから、ウェールズでのベイルを見たいのだが。

ただ、そこと、ラテンアメリカのサッカーはまた別の時間が流れてる。もちろん、よりよい報酬をもとめてみんなヨーロッパへ行くのだけど、ラテンアメリカのナショナル チームのサッカーのこぎみのよさと攻撃的なとこを見たら、なんかEUROがショボく思えてきた。強い弱いとはまた別の話ね。メキシコとかチリとか最高だもん。ウルグアイも。

まあ、そんなことありまして、ぼちぼち観戦しよかな。マイナーネイション、期待してる。















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2016年06月11日

ぼいんの問題

muhammad ali、これをどうやったらモハメッドと読めるのか不思議だった。マハメドという「英語読み」を日本人が聞いてアイウエオ母音に無理やり当てはめたんだろね。

日本語の「たった5つ」に収束してしまった母音、やや切なく気の毒だ、自分らのことながら。他国の言葉を知れば、その「just 5 short vowels」でよくやってるなと、変な感心をする。オノレらのことながら。

お経とか「声明(ショウミョウ)」とかを聞くと新鮮である。母音はグラデーションであることに気づく。2つ、あるいは3つの母音のsomewhere inbetween(among)なところの母音が聞く者に新鮮である。外国の歌に聞こえる。そうなのだが。

高野山の声明、素晴らしい。素晴らしいが、高野山の宿坊に泊まって朝のお務めの際の読経でさえもかなり、いい!おれは30泊ほどしているが、その中でも忘れられない読経があって、それは金剛峰寺とか胡麻豆腐屋さんから奥の院に向かう路が三叉路になっているとこのお寺だった。名前は忘れたが行けば「ここや」とは言える。

室生寺が「女人高野」と言われるくらいだから、高野山は基本女人禁制だと思っていた。その当時(20年ほど前、もっとかな?)のこと。高野山〜高野龍神スカイライン〜龍神温泉〜熊野、これが当時の「黄金ルート」だったのだが、それを3・4日の休みで、その時の気分と都合で2・3泊するわけね。高野山〜龍神までは、それまでの激務(まあまあ忙しかった)からの解放とお浄めみたいな意味と印象があり、その時の気分でクルマを選んで(だいたい2・3台あった)、その結果、シトロエンかフィアットかプジョーかランチアかルノーかアルファかでちょうど大阪からまずはジャスト100kmの軽い「小走り」を始めるのね。高野山道路のグリングリン度は久しぶりの遠出感を戻すのに「ちょうど良かった」。

で、着きます。「花菱」で精進料理の昼メシ。これ、もう「決まり」ね。身体からアクを抜く。まあ酒は飲むのだけれど、動物性蛋白質を遠ざける。夜は持参かそこらで買ったワインをお坊さんに頼んで冷やしてもらってそれ晩メシとともに飲むのだけれど。

で翌朝、5:00起きでお堂へ向かう。そこで、そのお寺で聞いたお経が衝撃的だった。だいたい真言宗のお経はソロではない。ソウルのコーラスグループ的とでも言おうか、それのコーラスパートの人々がほとんどメイン・シンガーと同程度の頻度で声を出している。リードするのはメインのお坊さんだが。そのときは、まあお坊さんて後ろから見たら毛はないし、そう差はわからない。お坊さんA・お坊さんB、Cという感じ。だいたいトリオ編成だったね。でAの方が声を出し、Bの方がそこへ被って、さらにCの方がとなるのだが、Cの方が女子だったことがびっくりその1。そしてその声が平山三紀だったことがびっくりその2。そのMALE2人の先行するお坊さんたちにその平山三紀絡んだ瞬間、鳥肌が立ったね。お坊さんの声ってみなさん声量のあるなしにかかわらずよく「通る」。平山三紀は平山三紀だからもちろん通る。そのもちろん、当人たちはユニゾンのつもりだと思うのだが、完璧なユニゾンというのはあり得ない。そのピッチはどうしてもズレる。しかしそのズレがいい!それに平山三紀の周波数が明らかにMALE2名と、違う。それもいい。音階上のpolyrhythm、そんな形容当たってると思うのだが。もう聴いてると足の痺れも忘れるぐらいだった。聴いてるうちにそこはほれ、ミュージシャン的には、こんなフリーも嫌いじゃないからさ、ギター持って参加したくなってきた。しなかったけどね、もちろん。この「singing」に合うものは、と考える。いくつか思いついたのだが一番は「ドローン奏法」かな。ふつうギターは下からEADGBEの順にチューニングされるのだが、おれがよく使うチューニングに「DROP-D」チューニングというのがあり、それはDADGBEの順にチューンする。そして延々ピックで6弦を弾きつつ他の指で他の弦を弾く、一人bass/guitarが出来るという奏法があるのだが(ちょっと練習いるけどね、Richard Thompsonがその達人ね)、それをエレキでやって参加、が理想!と思ったね。6弦をもっと下げてもええかな。1オクターヴくらい下げてもいいね。ドローンだしね。そんな「いい思い」をした。

そこで使われている「母音」は5音だけじゃないのね。2音だけとっても5C2で10通りあるそれぞれの2つの母音の間のグラデーションをくまなく使ってなんと自由な「singing」が行われていたことよ。日本語の、依然としてビートへの乗せにくさって、just5音の制限よな、と思ってる。まあそれゆえの面白さって言うのもあるがね。

それを集団でやると「声明」になるのかな。それもまた音楽的にもかなり、素晴らしい。ライヴで聴きたい。高野山、久しぶりに行きたくなってきた。























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2016年06月10日

大統領選へのINSIGHT

Democraticのnomineeはhcで決まったが、それでもおじいさんはキャンペーンを止めないという 。民主党大会に乗り込むと言っている。

一方で現・正副大統領との会談も終えたみたいだ。

おれはアメリカ国民の精神衛生を考えずこちらの国だけのことを考えるならdtに勝っていただきたい。ただし、今言ってることを他のRepubricanたちの説得に負けずに実行するって言うならね。ほんとに「見放して」いただきたい。

自由貿易の自由は、「自由」とはまた異なる自由だから言葉変えんといかんね。「限りなく関税ゼロに近い」貿易とちゃんと言えよ。そこに自由という言葉、そぐわない。商売と自由は「折り合い悪い」。自由はヒトの精神活動に関してのみ使うのがいいと思うよ。アホの勘違いの素。低脳メディアの人々、そこんとこ、よろしくぅ。

で、ニール・ヤング、ディヴィッド・バーン、アニー・クラーク、今じゃリチャード・トムプソンも住んでいるアメリカという国の人々に感情移入をするとしたら、おじいさんのPresidentはもうないから、じゃあどうするか?hcが嫌がると思うが、dtに勝つためならこれしかない。おじいさんをーVice Presisentに!これしかない。

おじいさんとdtの思想はまるで違うのだが、そこから導かれる政策はお互い半周回って向こう側で「こんにちは」ってのも多い。だからおじいさん支持者がdtへ投票、これは考えられることでhcとしてはそれは絶対避けたいところ。

Send Bernie into fhe White House in any position.

お金儲けの上手い人々・企業・金融をバックにしたhc、本人がお金持ちのdt、こう考えてくるとhcは自民党と重なるのがわかるね。dtはみのもんたと孫ちゃんを混ぜたようなもので、そこまではなんとか人的に対応(人格mixtureすれば)できるがおじいさんを誰かに例えることができない。状況は新自由主義の前衛という意味では日米さほどかわらんのによ。差があるとするならイナカモン度においてこちらはまだかなり……ということ、かな。忖度というワザがあるしね。モノ言わずにわかれよ、ね。いい社会の時はそれ、かなり高度なワザで、そこ「洗練」なんて言う概念とも絡み、ちょっとカッコよかったりもするが、ここまでみなさん貧民化した日にゃ、そこどーよ。だね。もともと自己主張(論理に基づいた)苦手だし、となればsilent people化が更に進むのもわかる。「言うたらシバくで」という法律化もあってね。

こちらの国にはおじいさんは現れない、がそれはおじいさん自体が稀なる人物であるから、そう簡単にはどこの国にしたって現れてはくれない。ただおじいさんは「民主社会主義者」と自称してるが、社会主義的な、というか新自由主義という資本主義のデッド・エンド期に、しかも、最も歴史的にそれを嫌うというか、そんなもんは「ない」はずのアメリカで、おじいさんが現れたということに、ここ、何度も言ってるが「クラインの壺」はあるね、と思いたい。現実は奇なり、だね。

OWSが一過性のものじゃなかった、ということ。まあ、それだけSERIOUSであるということ。では翻ってこちらの国では、いつものことながら「真似ごと」は起こってる。まあ、真似ごとがREALIZEすることもあるから、否定するのは間違ってると思うし、否定もしない。が、なんか違う。上滑りかな?メディアのこの緻密に発達した国での限界かな。わからない。わからないが他に理由が見当たらない。そこは愚民化政策も担ってるからね。小沢くんは政治生命絶たれてしまったのに元経産相はセーフ、都知事は死なん程度に首絞められてるが、そこも政局の都合で「なんとでもなる」。正義というものが存在しない。正義の最終段階を担う最高裁も行政のタッチィなことに関しては「高度すぎてむにゃむにゃ」だし。正義がないよね。正義への「幻想」がないのかな。希望もないしなあ。みなさん、諦め「させられてる」。金魚のフンしかチミらに生きるモードとしての選択はないんだからね、と言われてる、暗に。そしてそれ以外の選択肢はもう最小限しか残っていない。

oh my goddess。

ロシア革命って、中国でもおよそ同様だけども、あんなくそイナカモンしかいないような社会で社会主義革命起こすのって、違うのよね。マルクスがレーニンに「今、そんなとこでやってもちゃうて」という手紙を書いてたって有名な話だけど、もしその「実験」をするとするなら少なくとも20世紀末、あるいは21世紀の今ぐらいまで待つ必要がおそらくあった。資本主義の最終形態の中から現れないことにはね。やっと、今そういう実験の環境が「実は」整ってきたのかなあ、とぼんやり思う。多くの国の失敗というか大失敗の連鎖はまずその「環境の未整備」にその原因を孕んでた。ここは間違いない。その良し悪しのことを言ってるのではないのね。誤解無用。

アメリカでのおじいさん現象って本当は「起こるべくして起こった」こと、そんな気がするのね。ただの大統領選ではないのかも知らんね、今回のことは。





















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2016年06月09日

ドナーが来た

小笠原気団の「ひ弱さ」だね。梅雨前線押し上げきれない。

ただ梅雨明けのドラマチックには「ちゃんとした梅雨」も必要。今年は(今年も・か)予想は7.20頃と言われている。夏休みとともにか。It's a long wayだね。

蒸し暑さがまだない分マシね。窓開けて扇風機というのが理想だな。

casio cz-230sという過去の名器(keyboard)があってオークションで3台目を買ってしまった。ドナーになっていただこうという算段なのだが、どうかな?同じとこインでたりして。korgもいいがcasio。昔のやつってなんというか80-90sってまだ業界内で勝負ついてないのね。だからいろんな、他社にない機能が付加されてて、おれはもう完全にcasioにやられちゃった歴史があった。頼りになるのはRolandかもしれないが遊べるのは断然casio。その分よく壊れる。おれの扱いにも問題はある。casioはFIATみたいな印象ね。Rolandはドイツ車に喩えられるか、と。ほんとは2台目もあったのだけど、どこかへ行ってしまった。

さて、まともな一台を製作するのに「なんぼかかるのか」検討つかないが、何としてもベトちゃん/ドクちゃんを単体化したい。

どうなることか、と。casioは音色が素晴らしい。おれは47番の音で「HARD CORE」という往年の名曲を作ってしまったほど。オルガン系・打楽器系もいい。音源として欲しいやついっぱいいるのではないかな。

songも書ける。今だとLAPTOPとわたし、がそっち方面ではアレだけど、cz-230sとおれ、なんていうのもやれるもんならやりたい。治らんかなあ!

この不自由さが「創作のキモ」であると言いたい。誰も聞かんと思うが。空気に向かって言っておくことにする。

80sのKEYBOARD、今人気なのだそうだ。わからんでもない。much too DIGITALってなんか、疲れるのだ。別の意味で。楽なはずなんだけどね。こっちの非DIGITAL度が原因か。だはは、しゃーないやんけ。

そこ、どっちかに突出すると楽なんだがね。諦めつくという意味で。positiveな中途パンツ。これも悪くない。できた音楽で判断していただきたいものだよね。


さて、高瀬の追悼に関して、おれのセットは「すっぽんぽん'ズ」「ザ モルモッツ」のpruduced バンドを一緒にプレイして、モルモッツは北村先生にも参加していただいて、ちょっとゴージャス。おれも安心してキーボード弾けるというものだ。その後、高瀬の好きだったペルー・アルゼンチンの曲と高瀬のためのオリジナル、高瀬がカヴァーしたという、、、、、、、そんな予定。










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2016年06月07日

雨季の中へ

店長母から蕗と若竹が送ってきてたのをおすそ分けしてもらって、揚げと炊く。滋味である。特別本醸造の親友。土の香りというか味というか、いいものだね。野菜とは俄かに識別し難いが、やはりその一種。大江のりも。seeweedも光合成してるしね。生物として大先輩の藻類。

季節的にRoseもよく飲んでる。utility player。ちゃんと評価されるべきよね。分かりやすいものにしか反応しないキミら、あかんよ。insight欠如。

旨いもんはまさに主観だけど、その主観は広く深い客観の土台に乗っかってるのね。

昨日は晴れたりしてたけど、もう今日は梅雨空。まだ降ってないけど。時間の問題ですね。

どうも最近、昼から飲んでるから、楽しい。夕方に復活の際やや支障ありだが。オトナな子どもたちに支えられてる。まあ、これから数ヶ月は「大したヒト」いなくなるはず。約3ヶ月の間いなくなる。根拠は猛暑なのだが、そんな時期に参院選あるけど。なるほど!

高瀬の追悼が16日。松さんのが25日。前者はカオルちゃん(カオリーニョ)、後者はキングちゃん(キング堀内)がイニシャライズしてくれた。おれは純ちゃんのを仕切って、その挙句の高瀬の事故だったからやはりダメージ大き過ぎて、持つべきものは友人。

高瀬の16日はいろんな人が出るみたいですよ。おれの知らないセットも多い。高瀬の「雑食的ライヴ見に行く」の産物。まあちょっと、だから興味ある。その後、一緒にやれる人びとがいるかもしれないし。おれのセットは高瀬が唯一プレイしてた「ザ  モルモッツ」と「すっぽんぽん'ズ」中心です。最後にチラッとだけなんかやろうとは思ってるけど。「テーマ」とか。

自分のこと再開するのは夏からね。いろんなとこから「やってや」とは言われてるが、まだそんな気になれない。今月終わらないとやっぱ、ムリね。今年度は生活のペースもいまだ出来てない。そういうのが整うのがどうかなあ、7月だろうか。でも夏は別件、であるが。超遅漏の2016。おせ〜よ。

あ、降ってきてる。それはそれでいいよね。

どんどん降ってちょうだい。梅雨と言わず「雨季」だったら必要感増すもんね。global standard。

















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2016年06月05日

おじいさん/おばあさん

よく、といっても季節ごとに一回ぐらいだが、中津来てからまあよく行ってた寿司屋が5月いっぱいで終わっていた。おれの好きな「おじいさん寿司」。ご近所だったので残念。寄る年波と家屋の老朽化と、、、、、と書かれた張り紙があった。

アジはどんどんなくなっていくなあ。

おれのLOVEな「おばあさん喫茶」もそう遠くないうちになくなるだろう。切ないものだ。せいぜい行っとこう。

何事も自分が基準になっているから、オノレがおじいさん入ってきてるのに、おばあさんやおじいさんを求めるってのが「どーなのよ」なのだが、まあ、そこらへん、オノレを敢えて客観視しないのがいいのね。

物事は「相対性」をベースにうごいていく。

梅雨入りしたもののまだtraineeのような梅雨だからそれでいい。相対的に!温度が低くて歓迎。いつもなら早くも真夏日だもんね。過ごしやすい。歓迎。梅雨だからって毎日雨ばかりというわけでもない。梅雨前線が居座っちゃったらもうしゃーないが。まだ小笠原気団そないに強くないのね。台風が発生してないぐらいだから。La Niñaでしょうか。

だから意外に爽やか。気分もいい。そう気候に左右されとけよ、と思う。それがチョーシこかずに済むコツかもね。まだ人間、天気良し→悪しぐらいはできるようになってるかも知らんが「悪し→良し」はまだ出来んのではないかな。それでいいのよ。

自然とかMother Earthとかに対しては謙虚がよかろうと思ってる。

さて明日は仕事、ミナミなので、帰りは平野町のおばあさん喫茶かな。

早くお会いしたい。仕事終わりが待ち遠しい。




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2016年06月03日

実は知らんだけ

・イタリアでは有給が年に8週間
・休日や退勤後に上司がスタッフに連絡をすると法律違反なドイツ
・麻薬の使用は他人に迷惑をかけるわけじゃないので合法なポルトガル
・鉄格子も無く、出入り自由な一軒家に住むノルウェーの囚人
・宿題もなく、週に20時間しか授業がないのに、学力は世界トップクラスのフィンランド


ということらしい。。

マイケル・ムーア監督の新作、見に行こうと思ってるのだが、これさ、日本にとってPACIFIC OCEANの向こうの国が「唯一の外国」というのははるか昔の日本人がイナカモンだった時代の話とばかり思ってたところ、実は今でもアホの人たちにはそうだったのね、と気づいて、おえーとなって、だがしかし、そのUSA自体が実はイナカモンであるということがこの映画によって「よくわかる」気がしてる。

そのシステムを無批判に受け入れようと(それもグローバルという美名に騙されて)している、USA以上にお笑いなこちらの国の悲劇が浮き上がってきそうで怖いが。

幼児かよ、おれらは!みたいな法律でがんじがらめになってるおれたちの現状のアホらしさもよくわかりそう。

人権という言葉さえ70年前には知らなかったクソイナカモンが実はおれたちなのであって、言葉知らないなら概念もわかんないわけで、早い話、日米共に、中国人同様のイナカモンだったわけね。

ツインピークス再放送あってるけど、アメリカの田舎の遅れ度、たいがいだ。日本の田舎もすんごいが。

是非見に行ってこよう。見てないけどオススメしておきたい。

さて、もう梅雨、そこまできてる。明日でこの初夏の清しさは終わり。今年はいい気候だったね。暑すぎず。近年だいたい、この時期で真夏日の連打、だったけどね。半袖では肌寒い。そんな最高の時期は過ぎてしまった。いやー、良かった。

春から初夏、ここが黄金であるね。お満喫したー。






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2016年06月02日

空が、なんか

窓から見える空の青の濃さが夏を連想させる。空気は乾いているが。

梅雨入りにはもうしばらく、ということみたい。歓迎。

首相のロクでもない会見、最後まで見て気分悪い。行くとこまで行くみたい。参議院の半数改選ではほんの一石、だけ。大きな流れにはならないだろう。覚悟決めましょうね。ただし、その次の衆院選だろうね、勝負は。民進党早く割れるのがいいよ。

世界経済を新興国経済に矮小化して、そのせいで、、なんてことを言っている。今、10%にしたら下の人々の息の根を止めることになる。日々の生業が生活に結びついてる人々の息の根、ね。たっぷり蓄財できてる方には影響なし。広い意味での「自転車操業」の人たちに痛いのね。ちょっとぐらい余裕がある人たちでも例えば2年後のことなんて不透明だから、やはり、人は小さくなる。保身を常に頭の片隅で考えとかなきゃならない。そこに、うまくつけこんでるな、と思う。首相ね。

老人の現実を見る機会があって、おれならそこまでして生きない、というか独居による生活の不可能性が見えたらもうこの世とはbyebyeしたいと思ったな。ギターが弾けるうちは生きとこうかな。歌が歌えるうち。まあそこはその人の知性にも大きく関わる問題であるから一概には言えんけれど。知性が崩壊してしまったら、やっぱ厳しいね。

アタマにカラダ、そのバランス。凡庸ながらそこを保つしかないんだね。現実的にはまだ死ぬには早い。おれみたいに快感原則で生きてる人間にはそう簡単に免疫不全が訪れることもないはず。

自分に自信があったことが損なわれて、しかしそうなってその回復には人はヤル気を出すのだろうなと思った。親父が、いまリハビリ病院で歩行訓練をしている動画が妹から送られてくる。脳梗塞からきた麻痺であるから寝たきり2ヶ月で体重は20kg落ち、足も純ちゃんぐらいに細くなって筋肉が落ちてしまってた。廃用症候群と医者は言っていた。なんかチャラけたなもあったな、そのシンドロームには。忘れたけど。

アクション、大事なのね。脳でも足でも手でもいいが呼吸によって生じたエネルギーは使わなきゃいかんのね。あるから使う、ではなく使うから発生させる、かな。まあ、ほんの50年経てばおれたちはみんないないのであるから、「いる」うちにそのプリミティヴなエネルギー循環の中で生物としての与えられた生を全うしましょうよ、と言いたい。

ちっちゃいことはいいのね、どうだって。こだわるってことももうあんまりないのね、おれ。

wall st. jornalが「役に立たない一時的な救済」と我が首相を批判してる。いや、救済なんてことも彼のアタマにはありません。合理がそもそもないんだから。新しい判断=the new judgement.。じゃあ、そのジャッジメントの根拠は?「うーん、なんとなく」これがこちらの国の空気なので。今まではカネがあったから世界のATMとして使いようあったけど、カネがなくなったら、もうサミットもG7からも外していただいていいのでは。ビンボー人の見栄で、その家族がさらに困るのはようある話。いまそんなとこ。

空はいま見たら、真夏のそれとは少し言い難い。希望が混ざってたね。ただ、夏を予感させるには十分。量的な問題。さて、予習予習。









posted by 浪速のCAETANO at 12:46| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする