2016年07月29日

しーん、としてる

これがヨーロッパの国なら、指導者はすぐに追悼のコメントをだし、隣人と心を寄せ合い、この悲劇に耐え抜こう、とか言うコメントをメディアの前で語るか、メディアに乗せるかするはずだ。
何もしない。何もなかったかのように、やり過ごし、リオ五輪のアスリートへのメッセージを午前中かけて収録したりしてる。

そりゃそうだね。植松の手紙がかなりヤバイことを公にしてしまった。おれの行為は「あんたに褒められる」はず、って明言しちゃってるからね。「図星」ということね。少なくともあそうちゃんの思いは体現してくれた。

ヨーロッパの国ならば、明日のブラジル代表とのフレンドリー・マッチで黒の喪章を全員が付けてプレイするはずなのだ。

ナチスがjewish以外に知的障害をもつ人々「20万人」を虐殺していることはみんな「知っておくべき」だ。なんか、「こいつ一人のコストで五人家族が暮らせるんだよね」そんなパブリシティのポスターがあった。

充分、新自由主義的物言いである。80年前か。

その遺伝子はどさくさに紛れ飛んできてこちらの国で実をつけた。花が咲かないタイプの種だったみたい。人の注意をうまくすり抜けてきた。

最近首相が「アンタッチャブル化」している。そう簡単に届かない場を「居場所」にしたみたいである。自民党の中でも今ものすごく風通しが悪くなってるのが透けて見えている。民主主義のコンセプトを転回しだしたのはいつからかなあ、とぼんやり思う。田中角栄も橋本龍太郎も威張ってたと思うが、こんな「いやらしさ」はなかった。どちらかというと悲壮感さえ漂い、そして、もっと、誤解を恐れずに言えば「男らしかった」。卑怯な感じがないのね、過去の首相たち。小渕くんのようにハナから内外でバカにされてた、そんな方もいた。やっぱ小泉かな。それと民主党のなかの「第二自民」による反動クーデター(小沢くん追い出し)、その後の体たらく、その反動かな。

自らを「最高権力者」と称するような下品さはなかったし、関係ないが大相撲の優勝が「幕内最高優勝」みたいにいつの間にかなってたのも、なんか嫌な感じがしていたのだ。パラダイムを少しずつ変えていくのに大相撲は「役に立つ」と思うからだ。

いつだったか、何かの式典に天皇皇后が出席し、もうこれは「やっちゃダメ」な天皇陛下バンザーイ、を天皇皇后の退席時に、鉄砲玉が仕掛け、「三唱」をやり遂げたことがあった。それ「テロ」だったね。アキヒト天皇はものすごく不快な様子だったけどね。首相は、天皇のことを「敬しては」いない。オノレの権力のために利用してるだけ。あるいはひょっとしてその権威さえも実質奪おうとしているフシさえある。その「はずかしめ」である。万歳三唱。オノレの嫌なことを公衆の面前でされること、された側の権威は「低下」するだろ?テロである。血はまだ今んとこそれに関しては流れないが何か大事なものが溶けていった。戦後の日本にとって「かなり」大事にしてたものが。そう思う。第一、憲法を守ろうという側の「象徴」になってる「象徴天皇」というのがかなり皮肉を内在してしまってるの、わかるだろうか?
















posted by 浪速のCAETANO at 08:42| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする