2016年10月17日

なんでも慣れる

なんだか早起きにも慣れてきたなあ。なんにでも慣れるっていいのか悪いのか。

おれだけじゃないね。ディラン熱ももう醒めつつある。人の噂も0.75日に近いな。まだそこまでは行ってないか、ないが7.5日アンダーにはなってると思う。なんかひどく世間を騒がしてもまあ3日、長くて5日雲隠れしたら、普通の生活できそうである。

いいのか悪いのか。

本日、投げやり出遅れ昼メシはサイゼリア。そんなにバカには出来んと思う。値打ちっちゅうのは、幾らカネ払ったか、とかじゃないので。時間として良かったか悪かったか、そいだけである。プロレタリアートなら、それでいいの。タバコも吸えるし、書きものもできる。放っといてくれる。そんな3:30pmを過ごせるだけでも、おれはありがたい。いや、まぢで。

コドモのクチになれば、なんでもというか、hungryがよいアピタイザーになるのね。おれはS30s生まれだが、スパゲティもピザもまあまあ少年期の終わりに初体験したわけね、幸か不幸か。幸だと思うが。成長期に「現われた」ものってだいたい赦せるのね。それに関して寛容というかね。そして、当時よりアヴェレージの味ははるかに高いんだからね。

そもそも、おれらぐらいの歳だと、ほんとのグルメっているのかね、と思う。というかグルメっている(ある?)のかね、と斜視になる。

昨日も十三の立ち食い寿司行ってたが、秋刀魚のにぎり、新物で、仕事してあって、切り目入ってて、おろし、ちょんと乗ってて、スダチもついてた。そない有意差ないのではないかなあ。おれたちなんて、「腹へってたら」なんでも美味いんじゃないかなあ。

アッパーミドル時代はそりゃ高い店よく行ったが、もちろんそれはいいものとしての記憶で、残っちゃいるが、今のこの第三次世界大戦前に、そんなのんきでええのかな?人のことは知ったこっちゃないが。

すきやばし次郎の江戸前が超放射能汚染だったみたいなこと、くくくく、笑いを堪えるの、難しい。

デヴィッド・リンチじゃないが、毎日同じものを食う、でもおれは構わんな、と思う今日この頃だった。

そのあとは「おばあさん喫茶」に寄ったけどね。あることがあればかならず「同じこと」をする、でほんとに構わんのね。ヴァリエーションは放っといてもつくので、おれの場合。

今週いっぱい鎖に繋がれた🐕、そんな人生。ああ、自由が欲しいね。







posted by 浪速のCAETANO at 18:08| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする