2016年10月24日

よくはわからんままにだが

「命を持って償います」一体何に?

家もクルマもオノレもほぼ同時に燃やして「消滅させる」。凄まじいな。

元自衛官、一体何に償うのだろう?

その「徹底度」に衝撃を受ける。理由は続報見ないとわからないが。

世代は全共闘。職業は自衛官(元)。

15歳ほど上の方々のことはたまに考える。ニールヤングにカエターノがそうだからだ。自分たちの世代同様、いろんな考えの方がいる、でいいと思う。おれたちよりも、その育ってきた過程がもすこしわかりやすかったはずである。戦後すぐ、という時代ゆえだが。むき出しの時代の少年期だったはずであるし。

都会は都会で田舎は田舎。一周回って今もまたそんな感じかと。ガワは取り繕われてるがね。

梅田からよくチンタラ歩いて中津へ帰ってくることがある。そんな時は目立たない服で帽子、そうやって存在をアノニマスにして、observerとして歩く。ただ、そう客観的でもいられない。街の持つ「感情」が神経に触ってくるからだ。

事故の現場などでは「ピリッと」きたりする。何とは特定できないが何か、がある。思い込みかもしれないが。

梅田は老若男女、多国籍、LGBT、もういろいろである。ヨドバシカメラ周辺、特に。Babylonを想起させる。ブレードランナーのあの街的、と言ってもいいと思う。

現代人は近代人であり、近代人はその固有の文化・文明に包含され、文化・文明は人間という種の固有のもので、人間は生命の一部である。その最先端というか最前線の一つが「梅田」のような、人が集まる地区だ。一方、赤茶けた植物の生えない起伏の上をロバやラクダとともに歩く人々もいるわけで、おれたちが考えていた21世紀とは1/4当たりだが1/4は外れ、残りの1/2は「予想を遥かに超える(下回る)」意外な結果となっている。意外を外れに入れるなら、「なーんや、21st century」ということかと思う。

資本主義の獰猛さを過小評価していたおれはアホだったが、貨幣の存在しない世の中への布石になればいいななど思ってたあまちゃんには、資本主義こそがDEADENDを切り開く唯一のドライヴにしかならないというのは厳しすぎる現実である。それは可能なとこが悔しい。ただし、ひとはかなり「間引き」されることになるが。そこフェアからは遠いからな。

望む世界への前もっての大きな「反動」と見ることもできるが、どうなのだろうか?火星への移住も本格的になるはず、もうすぐ。フェイズは静かに変わりつつあるのよね。

まあ今の時点でのビンボー人であるおれはそこ、新しいフェイズの登場人物にはなり得ないから、もういいんだけど、寿命的にもそんなもんやろ、と思ってるけどね、もうできるだけ、過去のvalueを維持、体験することぐらいしかやることなかろう、なんて極論も言いたくなる。ただし、おれたちの命のtreatmentのことを思うとゾッとするが。

元自衛官のおっちゃんの動機は知らんが、手法も一部どうかと思うが、本質にはcannot but agree。








posted by 浪速のCAETANO at 10:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする