2016年12月13日

受注したヤツらにムカつく

東京の「排除アート」酷いね。お上がそうしようと思うのももちろん酷い話ながら、それを「受ける」アーティストがいることも絶望的だ。

実に、あの鋭いエッジが総合された悪意の存在をあからさまにしてる。

そういうものを作って金もらって、ということはお前(アーティスト)とおっちゃんらは「ゼロサムの中の競合者」なのか?おっちゃんがシェルターを得ることがお前(アーティスト)の利益を損ねることが今までに一度でもあったのか?

それをお前(アーティスト)がやっちゃってることの自覚はあるのか?死んでしまえ。というかお前がこの寒空の下、あそこで拷問のような睡眠で一夜を過ごせ。

そう言えば中津中央公園のベンチにも仕切りがあったな、と気づく。それはそういう意図もあったのかと、気づく。

座りやすい椅子をデザイン出来るアーティストはその人間工学的知識・経験を逆にも全く応用できるわけね。仕切りのあるベンチはおれたちだって「うーん、もうっ!」となる。それを設計している誰かの、そこの角っこからその様子を盗み見て、そして去っていく様子を想像すると、そんな冷笑を伴った意地悪さに後頭部頭突きしたくなる。

スペインではホームレスの人々に夜間、テーブルと食事をサーヴするレストランもある。テーブルと、というのが素晴らしい。社会というものが「自分ら」だけでは成り立っていないことと、現在の境遇とは「happening」の一環であること、「情けは人の為ならず」がよくわかっている人がまだ存在する。

カナダでは、ベンチにもちろん仕切りなどなく、それどころか背もたれに「Find Shelter Here」と書かれ、それがぱっかんと開き、簡易の屋根となる。うちのPMとカナダのトルドーでは品性を比較するのもトルドーに失礼だが。

tutor帰りに、御堂筋線に乗ると楽なので、西田辺まで行き、三井住友のATMに寄ったとき、その隅っこにおっちゃんが一式持っていた。ギョッとしたがそれは一瞬で、その日はかなり冷えていたし、ATMはあったかかった。そういうことを他人事と思ってすましちゃいかんと思うんだ。超お金持ち以外は、そうなる、つまりおれやきみの将来のimplicationでもあるってことね。だってセーフティネットは虫食いだらけだからね。もうどこまでも堕ちます。

「カネ・今・自分」教に支配された「Society」のなくなった国の師走の出来事。











posted by 浪速のCAETANO at 12:45| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする