2017年11月11日

長崎にて

実家は切り通しの上にあり、15mほど下には国道が走っている。落下防止のためのフェンスの真下に芙蓉の花が咲いている。母親によると、どこかから飛んできて根付いた、という。

Fleulという花雑誌をいくつも買っていて、ある蓼科の花の通称が「アカマンマ」ということを知る。

花のことは何も知らない。

母親は、山口誓子〜橋本多佳子〜堀内薫というかなり正統な「直系」である。橋本多佳子は最近、中学生の教科書で見たなあ。堀内薫は母親の高校の恩師である。堀内薫のエピソードは色々知っている。いろいろ聞いている。あやめ池にある橋本多佳子のかつての家も母親と訪れた。5年ほど前のことだ。西大寺の橋本美代子(多佳子の娘)の家にもお邪魔したこともある。

俳句はその集まりを「結社」という。時代がかっていて「おお、大層な」と思う。お袋はその正統の直系であるから、長崎でも「その本格」になかなか有り難がられている。だが、俳人の頭の反知性性に辟易することも多いと言っていた。

削ぎに削いだ挙句の「詩」である俳句。削ぐということは以前はそこに言葉が、論理が、情緒が、感情があったわけで、それが削られてもそのコンセプトが、削がれた後にも「そこに」有るということである。読む側は、そこにかつてあったものを感じ、想像し、予測することになるのだが、ここに誤解や曲解も生まれ、それも醍醐味だと思うのだが、それでも揺るがないコアを頼りに「全体性をそこに担保しつつ」読むことになる。

おれは俳句はやらないけれど、詩は書く。形式は異なるけども、なんらかの母親からの、形式的ではない影響を受けているものと思われる。分かり難いと言われるが、知ったことではなく、その中におれ独特のものはあると思う。おれは自分で書いた詩は好きね。

音楽を作ることはエネルギーが必要で、今は忙しくなかなか新しいものを作ることが叶わない。システムを構築しないとな。アイディアはいっぱいあるんだけど。湧いてくる。湧いては消え。そのうち消える前に摑まえる。


ところで、V-ファーレンが大一番である。同級生が社長だった時代もいいとこまで行ったんだが、残念ながら昇格はならなかった。今回は行きそうである。なんかすごいなと思う。高田社長やるね。これからなんちゃら讃岐とのホームゲームだけど、おそらく勝つだろう。来年はJ1だよ。ガンバ、セレッソとの試合楽しみだ。











posted by 浪速のCAETANO at 12:53| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする