2018年02月06日

watch your head

北のミサイルじゃなくておのれの国の軍隊やおのれの国に駐屯してる他国の軍隊の方がよっぽど危険である、がおれたちの「学習」ではないか。
JアラートのJはJの、またはJにおける何かが空から降ってくる、がこれまでの「fact」。

こないだ京都の帰りのJRの中でおれはタカラ缶酎ハイと7/11の恵方巻きを楽しんでいたが、その日、十三の7/17でも、京都駅の成城石井でも恵方巻きが大量に陳列されてるのを見て、そして帰り頃にほとんど叩き売りみたいになってたんだけども、それでも需要と供給のバランス、取れてなかった、そんな気がしていたが「恵方巻き大量廃棄」だったね、やっぱり。

恵方巻きに関しては上方から(コンビニやスーパーの仕業だが)全国展開するようになってから「下品な商売」になった気がする。こちらの国の人々の「こっちへダー・あっちへダー」って今に始まった事ではないないが、小売店の貪欲さに振り回され、それが飽和・過剰となった挙句の「愚挙」ですね。St.Valentine しかり。ヒトレヴェルでこじんまりやってる分には問題ないのよね。なんでもかんでも「大衆化」すんな、ということだ。そこらへん「分かってる」人間て少ない。若いヤツに限らない。おっさんにもいる。マニュアルだけでなんとかなるもんでもない。難しい。やれた「気」に、分かった「気」になりやすい世の中ではある。ただし、それが「real pleasure」なってるかどうか、それは本人にしか分からない。おれは、できるだけ独りよがりにならないようにしたいな、とは思う。空気読むとかとはまた別の話。できれば「一緒にイキたい」とは常々思ってるなあ。

経済を「回す」はいいが「回すことを強いられる」あるいは「回すことに不本意にも加担させられる」はごめんしたい。

乗せられてる=大衆ということである。そういうのに「うんざり」してる人たちも結構いるってことだ。マーケティングマン、楽すんなよな。というかだねえ、キミらの尽力はほぼもう「徒労」に終わることも分かんないと。

細分化されすぎた挙句の「のっぺり」した地平、それが今であるね。そんなことは40年前から分かってた。薄っぺらいのね、我々。チョロいのだ。

落ち着いた節分や、これからなら雛祭り、端午の節句、そんなものに戻るといいね、そう思う。十分「保守」だね、それって。商業主義が仲を取り持つからややこしい。諸悪の根源。乗せられるヤツは間違いなくアホなのだが、「それ以外に何があんのよ〜?」と反論されそうだが、いや、あるんじゃないかな。ただ、その評価の基準が「コマーシャリズム」を経由しないとみなさんにピンと来ないってのが問題なんじゃないっすか?

その間でうまくやろうとしてるヤツ、いるけど、もう常にバランス考えないといかんとこ、結構精神にくる。おれはもうそろそろ「降りたい」と思ってるけどね。「もう降りてるやんけ」の声も聞こえた気、したが。だはは。お客の好みに合わせることの重要性と愚かさ、そこは自分のtasteでやんないと。

みなさん勝ち馬に乗りたい。遅れちゃいかん。で、あっちへダー・こっちへダー。ほんと、愚かだなあ。

株価がなかなか愉快なことになってる。昨日がanother black mondayだったりして。









posted by 浪速のCAETANO at 14:32| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

曽根崎キッドの日々 6

 曾根崎キッドが意を決してドアに体当たりをするとドアは開いた。人の気配はなく、直感的にここは地下だと曾根崎キッドは思い、廊下を走った。手が後ろにあるからやや斜交いになって小走りな自らの姿を「おかまみたいである」と曾根崎キッドは思ったが「しょうがないじゃないのよ」と早くも順応しつつある人格のある部分の声に「それもそうだね」と納得しながら廊下の突き当たりまでやってきた。やはりここは最下階で上る階段だけがあり、曾根崎キッドはいつもは一段とばしで上るところを一段ずつ「足上げピッチ走法」で上ったのだった。
 
 それにしてもこの後ろの縛めを解かないことには今後に関していやな感じであることはわかっていたし、ふと冷静になると鼻の詰まりが「もう限界」だった。ここはなんとしても手を自由にしなければ。曾根崎キッドは階段の手すりの角がギザギザなのに目をつけ、階段を上るときに手を縛っている紐をそこにこすりつけた。根気が要ったがなんとかなった。加減を間違えて手首を傷つけてしまったが、今はそんなことよりも鼻の穴問題の解決が先だった。いつもはティッシュをねじりこんでぐるっといくのだが、今は爪のある右手人差し指で同じようにする。曾根崎キッドは鼻の穴がけっこう大きい方だったから、人差し指を突っ込んでぐるっといってみたところ、「あいたたた」鼻の内側の粘膜を引っ掻いてしまった。鼻血が出てきた。せっかく鼻クソクリアしたのに、鼻血が固まっちゃ元も子もない。
 
 しかし、次の優先順位は、とにかくここから出ることだった。
 
曾根崎キッドは、どうして自分がこんな目に合ったかはわからないでいた。見当もつかなかった。トドムンドの社長からは、「四天王寺の駐車場で白いボルボに乗ったおんなに会え。そのおんなに協力してあるものを受け取ってくれ。待ち合わせの合図は無糖のコーヒーである」とだけ言われていた。「みなまで言うな、うっとーしい」というのがトドムンドの社長の口癖であるし、人にものを言うときも「あそこんとこ、これで、な」などと外部の人間なら「はあ〜?」なことも多く、トドムンドのみんなはなんとなく想像でやっているのか、それでもなんとかやれているから不思議だ。基本的にすぐ自分が言ったことを忘れるおっさんだから、ひょっとして曾根崎キッドに言ったことまで忘れていたら・・・などと、ぞっとすることもちらりと頭の片隅に浮かんだが、なんぼなんでもそこまで物忘れは進行していないだろうと気を持ち直した。      (つづく)
posted by 浪速のCAETANO at 04:10| 大阪 ☀| Comment(0) | 曽根崎キッドの日々(作り物・続き物お話) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする