2018年02月25日

五輪はシールド

訃報が続く。これからも続くだろう。わかっちゃいるとは言え、、、。

「個性」がどんどん消えていく。そしてのっぺりした顔だけが、残る。

アスリートたちも大変だなあと思う。スポンサー探し。男子カーリングの子たちが「女子ならそんなことはなかろうが、自分らはスポンサーの継続が、、、、、」と寂しそうだった。オリンピアンといえども、経済合理性からは逃げられない。かなり歪んだ合理性である。富は偏在して、「あるとこにはある」のに、見返りの「多い方」にしか回ってこない。悩ましい。

平昌オリンピック、大変面白かった。DPRKの参加も良かった。おれは綺麗事も必要であると思うから。

が、いつも奇妙に思うことがある。よその国の五輪にもかかわらず、自前のテーマソングを作って放映時に延々流し続ける。耳にタコである。歌詞がいただけない。より「ジットリ」していた、今回。やめてくれよ。電通。いや、ホントに。

こちらの国のアスリートたちの優秀さが際立つけれども、光があれば闇があるのが世の習い。労働者大量合法殺戮🆗、そんな法律ができようとしている。メダル「…個」の他は悲惨なことだらけ。みんなが薄々感じているcatastropheの到来を忘れるには最適な「装置」であったね。五輪のことだけど。それが2年後にはHOMEで開催されるとなるとだねえ、なんだか怖しいのね、おれは。



posted by 浪速のCAETANO at 22:14| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

曽根崎キッドの日々 25

 新世界キッドの顔色が一瞬曇ったのを曾根崎キッドは見逃さなかった。曾根崎キッドは自分の勘に賭けようと思った。
 「おれが四天王寺で拉致されたとき、そいつらの中に、ゆうちゃんがいたし、あの建物から脱出するとき、手引きしてくれたのもゆうちゃんやったし、実は今夜の宿を提供してくれてるのもゆうちゃんなんですよ。拉致したヤツらの一味ってことをおれが気づいてるってことはまだたぶん向こうは気づいてないと思うんやけど」
 「あんた、飛田の広い路の突き当たりのあの家におるんかいな」
 「ええ、あの辺ふらふら歩いてたら、ゆうちゃんと偶然出くわして」
 「えらいとこいってもうたなあ」
 「やっぱ、ヤバいっすか」
 「今日は帰る言うてんの」
 「はあ」
 「そう言うて帰らへんのもなあ。まあ、遅なってもええから帰るか」
 「ゆうちゃんにはそう言ってるんですが」
  新世界キッドの眉間に一瞬深い皺が寄り、その表情はまさに新世界キッド・と曾根崎キッドは思った、がすぐにその皺は拡散し、喫茶店のマスターのおじいさんの顔に戻った。
 「なんにせよ、何時でもええから帰った方がええやろ。まあ、あんたのことはいっつも監視してるやろけどな」
  曾根崎キッドはゆうのいた家で見た新世界のケーブルTVのことを思い出した。
  「ケーブルTVのカメラは何個ぐらいあるんですか?」
  「わしが知ってるのは12カ所やが、その5倍はあるやろな、画面見てたら」
   ということは60カ所だ、少なく見積もっても。今こうしてキッド同士で話をしていることさえ、望遠レンズが捉えているのかもしれない。(つづく)


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posted by 浪速のCAETANO at 00:44| 大阪 | Comment(0) | 曽根崎キッドの日々(作り物・続き物お話) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする