2018年02月26日

高瀬のBDに

fbの功罪、「今日は高瀬仁さんの誕生日です」と来る。

逝っちゃった人間の誕生日なあ。誕生日であることは間違いなく、詩人や俳人、歌人などの「生誕祭」というのもあるこたある。だが、高瀬のばやい、まだちょっとそこに達するには生々しく、それにこないだ「私的三回忌」が終わったばかりだし複雑な気にさせられた。

これからはというかすでにその傾向は見て取れるが「年中・命日だらけ」となる。その「うーん、もおっ!」からのがれるには、「そっち側」行くしかないんだね。

突然死者が増える時期というのがあり、今やもう慢性化しているが、そうでもない時期と今のブリッジの時間帯が2016だったなあと振り返る。あまりに親しい人間が相次いで逝ってしまうとなると、やはりそれはダメッジ以外の何物でもなく、普段はもう忘れているが、やはり当たり前のものがないといった環境に自分を順応させていたことに気づく。喪失感というものを他で紛らすというより抑え込む、の方が近い。要は寂しさに順応しようとする自分に順応しようとしていた。無意識のうちに。

おれがどこか無意識のある部分で投げやりなのは、そういうことなのかもしれない。彼らが死んでからまた2段階ほど社会は劣化し、崩壊へと近づいている。なんだか生きてる方が罰ゲーム、そんな様相も呈してきている。

死に溢れている、でいいのだろうと思う。みなさん、死のキャリア、であるんだしね。こないだ祖父母の墓参りに、それがメインではなかったのだが、行き、その墓が、荒れてるというよりも、意識されてないかのような印象を持った。だれも気にしてない、そう感じた。ケアされていないというか。まあ、それは自分の死後のメタファーでさえもなく、直喩そのものだったが、なんて言うのかなあ、「儚い」なあと思ったのだった。

自分をどうして、ということは「頼んで」おかないといけないのだが、寿命を全うするかどうかなんて、偶然に頼るしかないことは、高瀬の例を見ても、大杉さんの例を見てもまあわかる。しかもこのradioactive満載の空気の中である。大方の人々の感性に、この世界というよりこの国の余命の危うさへの予感が、generation毎だとは思うけれど、「もう無理なんじゃないかな」と訴えているはずである。命はどんどん軽くなっていく一方で、男女間の、あるいは老若間のお互いへの意識はなかなか改善されず、曲解がその存在感を増しながら偏狭なナショナリズムと相互にドライヴ掛け合いながら、乖離を拡大させている。属性が同じ中でさえよう似たものだからね。息苦しさの中へと人は殺到している。生来的に在った「自由」をいかに高く売るか、がちょっとした成功のベンチマークとなっているのだが、そんなものは10年経てば「あれ?」と誰もが気づくだろう。「勘違い」甚だしいと思うが、一億総勘違いの場合にはこちらの国の人々はそこに抗えないのである。歴史が証明している。

失敗が薬にならんタイプ。そう言えるが、一個体の経験量はたかだか50年ほどであるから、その失敗が50年超以前の場合には別惑星の話、となる。だからまた失敗する。あちらの国もそうだが、こちらの国も分断、が進む。隣人へのヘイトは必ず「返ってくる」のだが、それなしでは生きていけない可哀想な人々が一定数いる。プライドがなくては生きていけないがその発現の方法が誤ってるんだけどもう勢いついちゃってるから無理ね。分断となると、閉鎖的であるから、中での団結は強まる。凝り固まるとそこホグすの大変。コストが掛かる。ほぐそうとする人間はヘイトがおのれに向かうことにも覚悟がいる。誰がそういうリスクを取ろうと思うだろう?

おれはそこもう無理なんだと思う。大抵、暗い話になるのだが、この「実は暗さ」を生きていかなきゃいかんのだろうと思ってる。50歳ぐらいまでやけに楽しい生活をしてきて、そのツケがまとめて、それもやや弱った時期にやって来て、そんなことだと理解するのね。これは誠に勝手な主観的解釈なのだけど、なんだか「いいこともわるいことも意外にイーヴンでやってくるなあ」そんな感想を持つ。それでもまだ、おれはアホだからやれてるんだと思うねえ。すぐ忘れるしね、いろんなこと。

けっこうな時間生きてると人生の中の実存的要素は時に本質を凌駕し、その形を暴力的に変容させる、そんな実感を持つわけね。







posted by 浪速のCAETANO at 11:37| 大阪 🌁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

曽根崎キッドの日々 26

 これ以上話してても、新世界キッドのおじいさんはなんとなく核心からは距離をもってるな、と曾根崎キッドは感じ、「ちょっと一杯行ってきます」とミファソを出た。さつきがやってくるかもしれなかったが、なんとしてもさつきと話をしなきゃ、という気分でもなかった。
 曾根崎キッドはジャンジャン横丁へと向かった。また串カツでも食べようかと思い、先日ゆうと行った店に行こうと思った。店の前には意外にも行列が並んでいた。日曜日だった。串カツ屋は地元以外のヒトが来る日だった。曾根崎キッドはきびすを返してジャンジャン横丁の入り口を横に入った路地の空いている店に飛び込んだ。 少し酔いたい、と思った。
 日本酒のラインナップを見て、曾根崎キッドは少し嬉しくなった。立山の普通酒があった。それを頼むと10秒で出てきた。串カツもあったから数種類頼み、モツ鍋も注文した。すぐに店員が目の前のコンロにふたのしてある一人用鍋を持ってきてかけた。「10分ほどで」と言い残して去っていった。立山を飲みながら、なぜトドムンドの社長は自分の事をバラしてしまったのだろう、と考えた。それによってすごくやりにくくなったのは事実だし、実際にこちらへ来てからいろんなことがありすぎて、何をするのかがよくわからなくなってきた。ゆうは味方ではないとは思うが新世界キッドのおじいさんやさつきにしてもどこまで信用していいのやら、そして根本的なとこではトドムンドの社長だって、一体何を考えているのか。 全然わからない。
 コップ酒を三口ほどで飲み干し、お代わりと黒ビールを頼むと、串カツがいっしょに出てきた。
 「芥子をください」と店員に言うと、小皿にチューブからうにっと絞ったのを持ってきてくれた。ソースをつけ芥子をつけ、涙出そうなくらい辛い串カツを食べ、黒ビールを飲む。時計を見れば5:30だった。串カツを大方食べ終わった頃にモツが煮えてきた。ふたを開ければ湯気と共にやや危険な香りが立った。その香りは曾根崎キッドを挑発しているかのようだった。一旦はしをつけるともう止まらなかった。立山をお代わりし、モツと野菜を食べ、濃厚なスープを啜り、立山を飲み、曾根崎キッドは「トドムンドの赤ワインもいいが、こっちのこういうのも捨て難いな」と思う。多少自堕落になっているかな。それもヨシじゃないかな。
 立山をもう一杯お代わりしようと顔を上げたとき、視線を感じた。L字型のカウンターの反対側に男がいた。その視線はそれまで数分間曾根崎キッドに固定されていたのだな・という気がした。(つづく)  
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posted by 浪速のCAETANO at 00:45| 大阪 ☔| Comment(0) | 曽根崎キッドの日々(作り物・続き物お話) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする