2018年03月24日

【O 60o Anniversario ao Vivo-parte 1】終了。

【O 60o Anniversario ao Vivo-parte 1】終了。

関係各位、ご苦労様。一人でライヴはできないしね。特に「この系」のはいろんな人々が関わっていて、その関わってくれてるという事実が時に「ジーン」とくるわけね。昨日なんかその典型。

みんな、ありがとね!

20s、50s、30s後、30s前、40sというシークエンス。それぞれの作品にそれぞれの「色」とがあって、自分のことながら「興味深かった」。

が、physicalにはかなり大変だった。みなさんそう言っていた。とすると純ちゃんのあの「体力?」は一体なんだったのだろう?ライヴ直前の『 カレー丼と素うどん」がsource of energyなのだろうか?不思議なおっさんだったなあ。

今年は長〜いスパンであと2度ほど、考えてる。シーズナリイにはやりたいし、曲によっては今のメンツで録音も話題に上っていた。考えてみる。

打ち上げが終わったのが4:30なんなん?まあおれの歳のことでみなさんを昂揚させれたのであればそれはそれで良しか?良しとする。

さて、次は「Rafflesia Primavera tour in Kyu Shu」である。


posted by 浪速のCAETANO at 16:50| 大阪 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

曽根崎キッドの日々 52

 曾根崎キッドはトドムンドの社長に連絡しようと思ったが、意識の上で新世界と曾根崎は遠かった。さらにあのおっさんはヒマなときならいいが、ちょっと自分が忙しかったら、露骨に嫌なカオをする。この仕事も自分が頼んだにもかかわらず、頼んだということは、自分がこの一週間忙しかったということだから、そっちはやっぱりやめとこうと思った。
 と、なると頼りになるのは「ミファソ」の面々しかないな。すぐに向かった。
 ミファソに着くと、さつきがいた。顔を見るなり、「また、やったみたいね」と言われた。
「そうかもしらんけど、まあ、それはそうなんやろうけど、それどころじゃないねん」
「どうしたの?」
「新世界キッドの助けがいる。あとさつきちゃんも」
 曾根崎キッドの真剣さにさつきは茶化すのはやめて「おじいさん呼んできます」と奥へ行った。
 新世界キッドとさつきにこれまでのことを話した。

「安本らのアジトは何カ所かあってな。そのさゆりちゃんがどこにおんのかはわからんが、手分けして探そう。ほんでゆうすけはどうや、まだ寝てんのかいな」
「ゆうすけ・・・て・・・・ひょっとしてゆうちゃんですか」
「もう隠しとかんでもええやろ。そうや、あれなあ、お恥ずかしいことにな、わしの孫息子なんや」(つづく)

posted by 浪速のCAETANO at 15:46| 大阪 ☁| Comment(0) | 曽根崎キッドの日々(作り物・続き物お話) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする