2018年06月05日

Empty eyes

神戸製鋼は暴れればいいのではないか、と言うか検察に悪質タックルでいいのではないか。関係者からは怒られるかもしらんが、それほどの「unfair」じゃないかな。
些細なことよ。行政のむちゃくちゃに比べれば、ね。

わけのわからん、というか、くそプラグマティストって言うか、zozoのヤツだっけ、子供3人はリスク分散とかなんとか。それは口に出しちゃいけないのではないのか?ひょっとしてcoming warへの現実的心構えとしての発言か?だったらわからんでもない。その場合以外はわからないけど。「親の遺伝子をー」みたいな、頭の悪い方が成り行きで親となって、倫理より現実を上位に置き慣れた挙句の発言と見える。そんなもん慣れんほうがいいと思う。

非常に「虚ろ」な意識で生きてる方多いね。

その虚ろさ、はリアルから遠く離れて、ということが大きな原因かもしらんなあ。imagineの歌詞に「living for today」とあるが、リアルのためには、リアルを回復するためには「living for today」 という意識がとっても大切なのではないかな。povertyがその背後に見え隠れする気もする方多いと思うが、余裕コクと人はすぐダラけるしさ、これまでの99.9パーセントの人々はそうやって生きてきたわけで、人類70万年の歴史を考える余裕のある方は「そうかもね」とか思えるかな?どうだろ。貧富の差だって多く見積もっても1万年(まあ可愛いものだが)。本格的な富の偏在でいうならこの20年ほど。

今日梅雨入りと覚悟していたが。大阪は明日だけ降ってまたいい天気になりそう。いや、いいんですけど。


飛ぶが、honest is the best policyという格言がある。honestyだったかな?まあどっちでも。損・得とはまったく別の考え方。正直、あるいは率直でもいいが、そもそも、そういう人間は損得では動かんからね。honestyとjustice、それらがただ今現在の人間が失いつつある(失っちゃった?)価値観だなあ。

だから、であるなら、神戸製鋼社員の違法タックルは土一揆みたいなものです。ぜひ!


戻るが、最近強く感じることは、ヒトは種として延々と、これからはちょっとはっきりしないのだけど、少なくともこれまでは、続いてきたという思いにとらわれることがある。自分が恩恵に与っていることは間違いなく過去の人間の栄光的所産だし、であるとするなら、自分の我欲とかからはちょっと距離を置いて、というか一旦忘れて、何かしらのことをやり続けることはいいのではないかと思う。例えばFranz kafka。生前は認められるどころか、その存在さえも認知されなかったkafka作品は今ではおれたちにとってはなくてはならないものである。みなさんkafkaになれば、というかkafkaでいいのよ。実存としてのkafkaね。生きてる時のカフカ。その身の上を生きるというか,そのkafkaの不遇をなぞるというか、そんな心構え、それで充分ではないのかな。おのれの現世における、それこそ損得で生きることの恥ずかしさ、ね。そうそう「shame」もなくなったものの一つ。恥の文化、は日本列島固有のものなのに。かつての人類学者(外国の)がこちらの国で「発見」したものである。切腹なんてのがわかりやすいかな、恥の払拭だけど。

繰り返すが「虚ろ」に生きている人、多い。虚ろな人はその目線もまた虚ろである。


posted by 浪速のCAETANO at 14:09| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする